リーダーがしかったり注意して,相手の行動をただそうとするのは,チームの業務遂行にとって,それが「問題」だと感ずるからである。それは,
@チーム全体に悪影響がある
A本人にとってプラスにならない
という2面がある。@は,組織やチームの基準に反している,チームの規範を崩すといったことがあるが,Aは,本人に期待しているレベル,水準から外れている,そんなことをしていては,本人の成長にとって足かせになる等々,現在の役割遂行にとっての意味と将来の成長にとっての意味の2つがある。
どちらの場合も,チーム全体に,自分の方針や考え方,何に価値を置くかについて,きちんと共有化する努力が不可欠である。メンバーに,何を叱られているかが,きちんと伝わるかどうかは,チームとして,チームの目指すこと,メンバーに求めることについて,メンバーと共有化した土俵が確立しているかどうかの試金石である。でなければ,その場主義か,そのつど主義で,一貫しないものになり,メンバーに混乱と反発を与えるだけである。
叱る,というのは,こちら側と相手側とが,その件について共通の土俵に立っていなければ,単に一方的に小言を言うだけのコミュニケーションになってしまう。一方的に行動をただそうとするだけで,相手がそれをまずいとみとめなければ,叱った効果はない。だとしても,成績がトップなんだから,というような部下のごり押しの土俵では意味がない。必要なのは,まったく視点を変えて,この人間がより大きな人間になるために,どうしたらいいかという土俵に変えてみることだ。そのとき,チームのあり方,リーダーのあり方も,その土俵で問題になってくるはずだ。
その視点で見たとき,業務との葛藤は,ひとつの機会である。それを一緒になってどう解決するかを考えていくことを通して,自分にどういう仕事の仕方が求められているかが,わかってくるはずである。それをどう受けとめるかは本人次第であり,その受けとめ方で部下の将来が決まっていくといってもいい。
●まず,徹底的に相手の話を聞く
聞くというのは,
・相手の話を受け止められる
・相手のいっていることを,正確につかみとれる
・内容を確かめたり,掘り下げたりする質問ができる
ことである。それは,相手の,@経験(何が起きたのか),A行動(何をしたのか,しなかったのか),B情緒(どういう思い,感情をいだいたのか)を確かめ,明確にしていくことである。相手が聞いてもらったと思わない限り,聞いていることにはならない。そのために,まず,相手に自分がきちんと聞こうとしていること,聞きとっていることを態度で示す。うなづいたり,相槌というのは,単に相手の話を聞いていることを示しているだけでなく,相手がいま話していることを認めている,という姿勢でもある。
そのとき,相手の話を単なる他人事の情報や伝聞として聞くのではなく,相手が向き合っている状況や世界を,そのとき相手が見たり,聞いたり,感じたり,味わったりする感情を受けとめ,そのとき相手がおかれた立場や役割に立って,その状態や心理を理解し,そうやって自分が相手の世界を理解したことを,言語的にも非言語的にも,相手にきちんと伝えられる姿勢が必要となる。
●相手を受け止め,一緒に考える
@相手の言っている事柄を受け入れる
部下の言っていることを,その賛否,当否は別にして,「そう言っている」「そういう状況にあった」「そういう理由があった」と,ひとまず受け入れる。批判されるとわかれば,自己弁護のために,事実を都合よく歪曲するか,そうしないまでも合理化したくなる。事実をそれ以上語るのをやめるかもしれない。批判するというのは,自分の価値観や意志を押しつける部分があるからだ。
A相手を承認すること
“有能感”“有効感”の手ごたえは,そこで自分が仕事をしている意味を周囲に認めてもらえている,自分は必要とされている,役に立っているという“貢献感”“存在感”と表裏一体である。それを,認めること,あるいはきちんと言葉として,「よく努力している」「頑張っている」「よく貢献している」等々と,具体的に口にすることが必要である。それは,部下をきちんと承認することである。大事なのは,持ち上げることではない。相手の行動や存在についての事実を,事実として言葉にしてやることである。
B自分が受け止めていることを相手に返す
聴いているというのには,うなずいたり,相槌を打ったりすることだけではなく,相手の言っていることを,きちんと受けとめていることを,相手に返すことが必要だ。それは,@きちんと聴いてもらえているということの反映であり,A中身の確認であり,B言いたいこととの齟齬があれば,それが更に相手に話を進めさせる素材となる効果がある。その反映のさせ方としては,
・相手の言っている事実や事柄(5W1H)を返す
・意味内容を返す
・感情や思いを返す
の3つがある。返し方には,次のようなものがある。
・要約(中身や経過,論旨をまとめてみる)
・キーワード(話の鍵となりそうな言葉や事実を返す)
・「他には」「その意味は」と追加を促す(それで?そして?と更に促す言葉で返す)
・感情や気持ちを表現する(それは悔しいねといった感情をくみとって返す)
・焦点をあてる(方向性や根拠,意味か理由か,何か一つのものか,人にか,焦点をあてて返す)
C自分の受け止めたことのフィードバック
自分が受け止めたことを伝える。「〜というように受けとめたが,どうか」「それはこういう意味と感じるが」等々とフィードバックする。
フィードバックには,本人にとって,
・相手が自分のことを相手の目を通してみること
・相手が自分のことをどう受け止めたかを聞くこと
の2つの効果がある。それを通して,@言っていることの確認,A曖昧な点の明確化,B両者の受け止めた事実と意味の共有化,等々の作業となる。
Dどうしたいのかを確認する
その上で,どうしたいか,どういう状態にしたいかを確認していく。はじめは,問題に焦点が当たって,業務や上司にこうしてほしい,というようないつもの相手への要求や要望しかででこないかもしれない。しかしその目的が,たとえば営業のパフォーマンスをあげるためだとしたら,それを相手にわかってもらうには,どうしたらいいのかを考えさせるところからはじめてみる。自分の要求通りにならないからといって,相手を非難しても,相手は動きはしない。どうしたら相手を動かせるかを考えることで,相手の仕事がどう自分の業務遂行に影響するのか,自分の業務は相手の業務にどう影響するのか,相手がどうなってくれたら自分の仕事にプラスなのか,それは相手の業務にとってどんな意味や効果があるのか,そのことは結果としていまの顧客サービスをどう変えるのか等々,自分の仕事を,相手との関係の中で,あるいは顧客との関係の中で,更には競争企業との関係の中で,改めて見直す機会となるはずである。
●相手に考えさせ,自分の中に答えを探させる
このとき必要なのは,自分自身に答えを探させることだ。たとえば,「何やってんだ」という上司の発言は,「(お前は)何やってんだ!
」(と上司であるオレが判断している)と,分解できる。それは,自分の側の判断基準で,ものをいっているに過ぎない。
相手の答えを促すには,土俵を相手に移さなくてはならない。つまり,判断基準も,答えも,相手にゆだねることを意味する。
上司の判断基準ではなく,部下の判断基準で,どう思うかを聞くことになる。そうすると,たとえば,(部下である君自身は)「何やってんだ」(と思うところはないか),という問い方になる。それは,相手に,自問自答しつつ,自分の中のリソース,経験,知識と対話し,どうしたらいいのか,何が考えられるのか,を導き出すように促すことだ。それを,こちらはただ見守る。
その答えは,部下自身のものだし,部下自身の仕事の進め方,部下自身のノウハウを反映しているはずである。無論,それにアドバイスすることがあるとしても,それを部下は,自分の土俵の上で,自分の主体的な判断で,受け止め,考えるはずだ,という姿勢をとる。一見すると,主導権を譲っているが,土俵をそうやってコントロールしていくことに意味がある。
その上で,たとえば,最終的に,業務と一体になって顧客へのサービスの質をあげていきたい,そのために,業務に協力を求めていくのだとしたら,業務にどう働きかけたらいいのか。業務に動いてもらうためには,どこまで自分ひとりでできるのか,上司にしてもらいたいことは何か,他のメンバーにやってもらうべきことはないか,他に連携すべき部門はないかを問いかけながら,上司として,メンバーとして,サポートすべきことを詰めていく。これは,彼にとってリーダーシップを発揮する機会になるはずである。結果として,上司を動かし,メンバーを動かし,他部門を動かすことで,より大きな仕事をするために,何をしなければならないかを体験することにつながるはずである。それは,他のメンバーの仕事の仕方をも変えていくはずである。(完)