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Critique Back Number 28


高沢公信"Critique"/2003.12.20

 

リーダーシップのビジョン(理想像)とビジョン(未来像)のリーダーシップ

 

  • リーダーシップのビジョン

 明治維新後出版した『痩我慢の説』で,福沢諭吉は勝海舟の幕末の政権運営を,「予め必敗を期し,その未だ実際に敗れざるに先んじて自ら自家の大権を投棄し,只管平和を買わんとて勉めた」と痛罵しました。福沢から送られたその本へ,勝はこう返事したと言われています。「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張,我に与からず我に関せずと存じ候」。簡潔な,しかし痛烈な返答の後背にあるのは,勝の矜持です。リーダーを語ることとリーダーたることとは違います。リーダーシップを論じることとリーダーシップとも違います。『痩我慢の説』は,維新後四半世紀経て後執筆され,更にその10年も後になって上梓されています。そのときが終わってから,何を言おうと所詮リーダーシップでしかないのです。では,リーダーたるとはどういうことでしょうか。

 かつて,森前首相が,IT戦略会議で,「自分もパソコンのキーボードを叩ける」と自慢したところ,出井議長(ソニー会長)が,「あなたのすべきことはそんなことではない」とたしなめたと言われています。「リーダーである」とは,組織(やチーム)の目的を達成するための指導者であり,目的達成の責任者として存在します。自薦他薦も含め「リーダーになる」ことは難しくありませんが,メンバー(組織構成員)がリーダーと認知しなければ,リーダーではありえません。メンバーにリーダーと認められなければ,リーダーが旗を掲げても,振りかえると誰もついてきていないということになりかねません。しかもいまリーダーであるからといって,いつまでもリーダーでありつづけられるわけではありません。

 メンバーから問われているのは,(あなたは)「何のために(何を実現するために)リーダーとして存在しているのか」です。その答は,リーダーである限り,自分で出さなくてはなりません。その答が出せなければリーダーは失格です。

 もちろん「リーダーである」ことは目的ではありません。あくまで組織の目的を達成することが目的です。それにはたえず「組織の目的は何か」を明確にさせなくてはなりません。もちろん,時代の変化とスピードの中で,組織の目的は変わらざるをえないでしょう。だからこそ,常にメンバーと共に“目指すに足る目的”を掲げ直す努力をしつづけなくてはなりません。

 リーダーは,一方では,自分は「何を達成するためにリーダーとしているのか」「その目的を達成するためにリーダーとして,何をしなくてはならないのか」「その目標を達成するためにはリーダーとして,どうすればいいのか」等々と自問しつづけなくてはなりません。しかしそれだけに自己完結させれば組織維持そのものが目的化します。だから他方では,果してこの組織は存在しつづける理由を,かつて持っていたようにいまもまだ持ちつづけているのかどうか,組織の使命そのものの問い直しもしなければなりません。それもまたリーダーにしかできないことなのです。それを忘れて,組織の延命に汲々としているありさまは,もはやリーダーシップとは無縁のものです。

 Leadership のshipは,Friendshipのような状態を示す意味と,Leadershipのようなスキルを示す意味をもっています。語源的な意味は別として,Leadershipとは,リーダーである状態を保つためのスキル技量)と考えられましょう。自ら何を(達成)するためにリーダーであるのかに答えを出し,それを実現していく力量です。環境変化,時代の変化,組織の内部変化に対応して,何のために何をなすべきかのを明確に立てて,そのためにメンバーを組織し実現していく実行能力です。

 まだ町工場のトップでしかなかった井深大と盛田昭夫は世界を目指すことをぶち上げ,作り始めたばかりのオートバイで本田宗一郎はマン島TTレースを目指すと宣言しましたが,これこそが旗幟であり,ビジョンなのです。それは,自分たちが日々達成する目標や労苦によって果されるべき輝かしき未来を指し示すものでなくてはなりません。それを実現するために,いまの戦略があり,目標があるのです。

 たとえば,織田信長の天下布武はビジョンですが,武田信玄の風林火山(動かざることのごとく,侵掠することのごとく,静かなることのごとく,はやきことのごとし)は戦術でしかありません。風林火山を実現することによって何を目指すのかが信玄にはなく,戦いの戦術はあっても,ビジョンはなかったのです。

 とった戦略や戦術,目指す目標が,何のためなのかを語れないリーダーは目の前の戦いや目標を目的化しています。そこに従うもの一人一人に(実となる)未来はありません。構造改革も,規制緩和も,リストラも手段に過ぎません。それを達成しても,次々に新たな負荷が加わるだけで何の未来もなければ,どこにも達成感はなく,ただ時代や状況に追い立てられているだけにすぎません。

 リーダーシップとは,その目的からみて目標・手段は適切か,あるいはその目的はいまも重要か,もっと別の目的を創れないか等々と,問いを続けられる力量です。その答えがビジョンであり,旗幟です。旗幟を鮮明に掲げ続けられるかどうかは,リーダーが組織の目的とどれだけ格闘したかの結果であり,そこにこそリーダーシップが必要なのです。戦術・戦略を語るのはその後のことです。

【ビジョンのリーダーシップの構造】

 もし,誰がその立場に立っても与えられた役割しか果たせないなら,誰がリーダーになっても同じです。今日,日本の組織が硬直化しているのは,一人一人が,自分に与えられた役割と格闘し,目的達成のために,何をすべきか,何にウエイトを置くべきかを主体的に考えようとしないし,またリーダーもそれを望んでいないからです。その格闘の中にしか,自分がリーダーである意味は,自分に見つけられないはずであり,それこそが,誰でもない自分がここでリーダーである意味なのです。

 リーダーが,リーダーとしての立場と役割とは何かを自問しながら,何を目指すことが組織の未来を決することになるのかと,組織の目的と格闘し,その方向と行く末を描き出していく。下位者一人一人もまた順次,それを実現するために何をしたらいいか,それぞれの役割の目的と格闘しながら,主体的に考えていく。そういう組織が硬直化するはずはありません。その責は,ひとえにリーダーシップの硬直化そのものにあります。リーダーシップに弁解はありえません。掲げたビジョンそのものがすべてを語るからです。そのビジョンは,それを実現するために何をすべきかを,メンバー一人一人に考えさせる値打ちのあるものなのかどうか。リーダーはその是非で,おのれのリーダーシップを問われるだけなのです。(了)

リーダーシップ論については,ここをご覧下さい。


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