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Critique Back Number 30


高沢公信"Critique"/2004.2.20

 

問題意識と気づきの共有化〜自己点検と相互点検のスキル

 

  • 問題意識とは何か

 「問題」というものが転がっていることはありません。問題はいつも誰かの目を通してのみ“問題”となります。どこかに「問題がある」のではなく,誰かが「問題にする」ことによって,初めて,「問題になる」ものなのです。
 ここには,ふたつの意味があります。
 第1は,「問題」は,誰にとっても「問題」とは限らないということです。その人にとって「問題」と思えても,他の人にとっては何でもないこともあります。もし,誰の目から見ても「問題」なら,実行する,つまり誰が,いつ,どういう解決をするかだけが問題です。ここでいう「問題」とは,誰も気づいていないが,いずれ大きな広がりをもつだろう「問題」,まだ誰も気づいていない危機となる「問題」,まだあまり気にとめられていないが,必ず顕在化する「問題」等々です。
 第2は,同じく問題とされたとしても,それを解決しようとするとは限らないということです。問題と課題とは違うのです。飲み屋で上司の悪口,会社の批判をしているのは,その人がそれを問題だと思っているということです。でも,多くは酒の肴として,翌朝は忘れてしまうのでしょう。誰もが,それが自分が解決すべき問題だと受け止められるとは限らないのです。
 しかし,その問題を,自分が解決すべき問題として,具体的に考え始めたり,行動を起こし始めたとき,その「問題」は,その人にとって,「課題」になるのです。ちょうど毎日風呂に入っていて,いつもお湯だったらいいのにと考えても,大半は風呂から上がった瞬間に忘れるのに,それを忘れず,自分の課題として解決した人がいたから,24時間風呂が世の中に存在するように。
 下図は,人が問題と感じたときにとる対応を図解したものです。

 「後3ヵ月で異動だから」と問題から逃げることもあります。暇がない,予算がない,人手がないと言訳して,問題を避けることもあります。しかし大半は,他の人も別に気にかけていないじゃないか,別に大したことではないと,「問題」を見過ごすのです。
 その一方で,自分の感じた問題と向き合い,何とかならないだろうか,考え始めたとき,始めて問題は解決しなくてはならない事柄として目の前のあるのです。これを,問題意識と呼びます。問題を感じることは,誰にでもできます。しかし,それに向き合わない限り,その問題は,ないのと同然なのです。
 ただ,何を解決しなくてはならない「問題」と意識するかは,その人が何を問題と思うかで,違ってきます。問題とは,現状と基準とのギャップですから,何に基準を置くかで,
 @理想との乖離を問題だと思う(理想との差を問題にする)
 A立てた目標や基準の未達や逸脱を問題と思う (目標未達を問題にする)
 B不足や不満を問題と思う(欲求や満足の満たされないことを問題にする)
 C価値や判断の基準からの逸脱を問題だと思う(価値や意味との距離を問題にする)
 等々に分かれるのです。

 言い換えると,眼前の状態を“問題”とするかどうかは,どういう基準を意識しているかによるのです。つまり,基準の明確化が,より問題への感度を高めることになるはずなのです。

  • なぜ問題意識が妨げられるか〜固定観念あるいは先入観とは何か

 ハンソンは,“見る”とは,次の図を,

 木によじ登っている熊として見ることであり,それは,九十度回転したら,次のような様子が現れるだろうことを見るのである,といいました。そうではないかもしれないのに,です。それが先入観です。

 つまり,われわれは対象に自分の知識・経験を見るのです。あるいは知識でつけた文脈を見るのです。ゲーテの言う通り,われわれは知っているものだけをみるのです。

種村・高柳『だまし絵』(河出文庫)

 図を見て下さい。この絵は,老婆に見えたり,若い女性に見えたりします。しかし,この絵を描き変えます。まず老婆にしか見えないように描き変えた絵を見たあと,この図を見ると,100%の人が老婆にしか見えなくなるという実験結果があります。また,若い女性にしか見えないように描き変えた絵を先に見せられて,図を見ると,同じように100%の人が,若い女性にしか見えなくなるというのです。
 つまり,先に絵を見た経験によって,絵への先入観が作られてしまうのです。
 私たちがものを見るということは,外界からの情報がすべてと思いがちです。しかし,実は外から入る情報は20%程度で,残りは脳内の他の部位からの情報を使っていると言われます。すでに知っているものを見たとき,それと意識するより速く,脳内の回路が起動し,すでに見たものとして見てしまう。このように,経験によって強化された脳が,自分の「ものの見方」を決定しているのです。
 知識とは,学習を通して手に入れた,モノの見方の枠組みであり,知識を学ぶとは,ものの見方を学ぶことです。人間の心は,モノを見るときのクセで折り目がつき,皺(しわ)がつくものである,といわれるのも,無理はないのです。
 もちろん,知識が無用と言うのではありません。知識がなければそもそも見えるものが見えないのですから。しかしそれがときに,新しい事態を見過ごす原因となるということなのです。


  • どう気づきを高めるか〜個人としてのスキル

 先入観を崩すには,発想の柔軟性が必要です。これは,別のいい方をすると,ものの見方の多角化です。保育園の保母さんがしゃがんでいるのは,園児と同じ目線を取ろうとするからです。副支店長を公募したスーパーがありましたが,それはお客様の視点から売り場をチェックするということです。われわれは,知らないものを拾ったとき,よくあっちからこっちから眺めます。これを「ためつすがめつ」するといういい方をしますが,多角的とは,それを意識してやることなのです。
 左利きの人の不便さは,右利きの人には意識しにくいことです。
 子供の立場で使いつらい自販機は大人の視点では気づきません。
 若い人には何でもない重さが,年寄りには腰を痛めるほどの重量です。
 売り手には扱いやすい商品分類も,買い手には欲しいものが探しずらいだけです。
 こうしたことは意識しないと気づけないのです。そうすると,
 視点が変われば(モノの)見え方が変わり,
 (モノの)見え方が変われば(見る側)の見方が変わる                                
 意識的に視点を動かすことで,いつもの自分の位置や立場からはなれ,別のところから見ることができます。そうすることで,見慣れたものの違った側面に気づくことがあります。
 そのためのツールは,ふたつです。ひとつは,チェックリストです。どんなものでも構いません。いわゆる5W1Hでもいいし,自分の犯しやすいミスをリスト化してもいいでしょう。筆者は,下図のようなチェックリストを作っています。

@視点(立場)を変える いまの位置・立場そのままでなく,相手の立場,他人の視点,子供の視点,外国人の視点,過去からの視点,未来からの視点,上下前後左右,表裏等々
A見かけ(外観)を変える 見えている形・大きさ・構造のままに見ない,大きくしたり小さくしたり,分けたり合わせたり,伸ばしたり縮めたり,早くしたり遅くしたり,前後上下を変えたり等々
B意味(価値)を変える 分かっている常識・知識のままに見ない,別の意味,裏の意味,逆の価値,具体化したり抽象化したり,まとめたりわけたり,喩えたり等々
C条件(状況)を変える 「いま」「ここ」だけでのピンポイントでなく,5年後,10年後,100年後,1000年後あるいは5年前,10年前,100年前,1000年前等々

 ここでいう,「変える」とは,それを意識すると置き換えても同じです。自分が取った視点を意識したときはじめて,では別の視点に何があるかと考え始めることができるからです。たとえば,「視点を変える」の,「視点を意識する」は,「〜と見た」とき,「いま自分は,どういう視点・立場からみたのか」と振り返ってみる,ということです。そうすることで,では別の視点ならどう見えるか,と考えていくことができるのです。
 第2は,人とのキャッチボールです。
 キャッチボールという言葉は,少し説明を要するかもしれません。周知の3Mのポストイット開発をめぐる逸話があります。シルバーという人が,接着剤を開発していて,貼ってもすぐ剥がれてしまうものを創り出しました。彼はそれを「失敗」とはみなさず,社内の技術者同士のミーティングで,自分にはこの使い道が思いつかないが,誰かいい使い道があったら教えてくれないかと,言ったのです。その中に,いつも聖歌隊で,本に挟む付箋に不便を感じていたフライが,その使用方法を思いつき,ポストイット発案につながったのです。
 こうした自分の問題意識をぶつけることで,新しい何かを発見することにつながるやりとりを,キャッチボールと呼びたいのです。ブレインストーミングを雑談化したイメージです。カーネギーは,「2人の人間がいて,いつも意見が一致するなら,そのうち1人はいなくてもいい人間だ」(『人を動かす』)と,言っていました。ひとりひとり生まれも来歴も違う人間なら,モノの感じ方も考え方も違って当たり前です。だから,ひとりひとりの発想も違うはずです。チェックリストを使ってひとりでやる発想転換を,人とのキャッチボールを通してしようとするのです。しかし,大事なことは,人に正解を教えてもらうのではありません。自分と違う切り口からの発想に,自分の中で答えに気づくことなのです。したがって,キャッチボールは一方通行であるはずはありません。キャッチボールをしそこなうのは,自分にとってデメリットなのです。それが以下のタブー十ヶ条です。

キャッチボールタブー10ヵ条

@話し手を,どうせろくな話はしない奴だと評価して締め出していないか
「あいつの話はおもしろくない」「どうせたいしたことじゃない」「いつもくだらないことしか言わない」「いつも言い訳ばかりだ」という態度をしていないだろうか。そうなるとほとんど聞いていないし,当方が聞いていないことは相手にわかるものだ。
Aそこまで聞けば分かったと早合点で結論づけていないか
「そこまで聞けばわかった」「よっしゃ」「まかせておけ」「みなまで言うな」と勝手に早呑込みしてしまっていないだろうか。相手は別のことをいいたいのかもしれないのに!
B相手の話に自分の期待を読みこんで聞いていないか
「おれのことは,わかってくれるはず」「あそこまで言ったんだ,きちんとやってくれるはず」「あれだけ教えたんだ,できるはず」という,一方的な思い込みはないか。それでは相手のことが見えてはいない。あるいは逆に,「そうだろう,よくわかる」「そうだ,それがおれの言いたいことだ」と,自分の期待や願望だけを聞き取っていることはないか。それでは,相手の本当に聞いて欲しいことは聞こえていない。
C自分の聞きたくない部分には耳をふさいでいないか
「そういうことを言いたいんじゃないでしょ」「そんなことは聞いていない」と,途中で遮ってしまっていないか?言いたいことを決めるのは,相手なのに。
D相手の話から自分のイメージを勝手に広げて聞いていないか
相手の話から勝手に自分のイメージを広げて,相手の言うことを聞いていない。勝手に解釈する。片言聞いただけで,勝手に自分の空想やアイデアを肥大させていく。そこには相手の気持も考えも全く入り込む余地はない。
E答えの予行演習をして聞いていないか
相手の話の途中から何を言おうかと一生懸命考えていて結局聞いていない。どう叱るかとかどう言い訳するかとか,自分の都合や事情にこだわっているいるだけ。それならコミュニケーションする必要はなくなってしまう。予想しない結論になるから会話がある。
F相手の言葉尻や態度に感情のカーテンをおろしてしまっていないか
後輩のくせに,新人のくせに,そういう生意気なことを言うのか。相手の言葉尻にこだわっているのは,結局自分の立場やプライドを傷つけない心地よい言葉を重んじているだけ。中身が自分の意向や趣旨に反すれば聞く耳をもたないのだと,相手は受け取るだけだろう。
G相手の話の中身よりは話し方や表現に目を奪われていないか
そういう言い方はあまりいい表現でない,言い方が間違っている,表現にミスがある,と口の利き方を問題にして,自分の価値観でつい説教を垂れる。たまたま表現スタイルで文句をつけているが,結局形式を理由に中身を聞く耳をもたず,自分の価値観を押し付けているだけ。
H相手の発言以上の意味を読みこんで聞いていないか
相手が意見や提案をしたとき,「君は何かね,僕のやり方に文句をつけているのか」「僕の考えは間違っているというのか」と悪意に解釈したり,単に私的に賛意を示しただけなのに,公に賛同したと触れまわったりしていないだろうか。相手の言葉の意味は相手のものだ。それを確かめて,自分と同じかどうかは確かめなくてはならない。
I聞きたいことや都合のいいことだけしか聞こえていないのではないか
聞きたいこと,おいしいことだけしか聞かない(人を選ぶ,情報を選ぶ)。おいしいことしか聞かない人には,おいしいことしか誰も言わないということにほかならない。とても相手の悩みに聞く耳をもてそうもない。

 デビッド・アウグスバーガー『聞く』(2)を参考にしている。


  • 気づきを高めるチームとしての取り組み

 問題の特性から,次の点が言えるはずです。
 第1は,問題が誰かの目を通してのみ“問題”となるのだとしますと,共通な問題が“ある”のではなく,ひとりひとりが問題にしている問題を,共通な問題に“する”というプロセスを経る必要があるということを意味します。
 第2は,問題とする“基準”,たとえば達成すべき目標,維持すべき水準,保持すべき正常状態,守るべき基準等々が共有化されていなくては,何を問題とするかがバラバラになってしまう。基準が共有化されてこそ現状に対して“問題”を共有化できるのです。
 第3に,基準と関わるひとりひとりの意識には,理想との差,目標の未達,不足や不満,
価値や意味との距離等々ありますから,チームとして目指すもの(目的),期待する成果(目標)をすりあわせる必要があるのです。
 そこで,「問題を意識する」ことを高めるには,次の4点が重要になりましょう。
 @そのことについての知識・経験があること
 A目的や目標が何であるかを知っていること(目的意識)
 Bそれが自分の問題であると感じること(役割意識)
 Cそれを自分が何とかしなくてはならないと感じていること(当事者としての自覚)
 つまり問題意識があるから問題が見えるのではないのです。問題が見える立場と意識があるから問題意識が強くなるのです。どういう状態だと問題が見えやすい状態とすることができるか,ということなのです。 それは,こういうことです。チームの目指すものは何かという目的意識があるから,その中で自分は何をすべきかが意識でき,その役割意識があるからこそ,何が問題かに気づきやすい,ということなのです。これをたえず,チーム内で確認し,すり合せることが必要です。

 問題意識を高めるために,確かにひとりひとりのレベルアップも不可欠です。チームで仕事をしているときは,それだけでは問題の解決になりません。ひとりひとりのミスや不注意を起こさないようなチームとしての仕組みをどう作るかが課題でなくてはなりません。
 たとえば,コミュニケーションでもそうです。職場のコミュニケーションは,仲良しになるために必要なのではありません。コミュニケーションの目的は,共有化した職場の目的・目標を達成するために,それぞれが分担している役割の間での情報交換です。

報告:PDCAの共有化(仕事の進捗状況の擦り合せ)

連絡:業務情報の共有化(保有知識やチエ・ノウハウのレベル合わせ)

相談:問題状況の共有化(事態の現状認識や見通しのキャッチボール)

 たとえば,報告・連絡・相談というのが求められます。しかし,それは上位者の職場管理のツールでも部下のアリバイ証明のためにあるのでもありません。それをすることが,共通の目的達成のために不可欠だからです。メンバーがつかんだ情報をチームとして共有化することで,共通認識を持つことができます。ひとりひとりのかかえている問題状況をきちんと共有化してもらうことで,ひとりで抱え込んで追い詰められる事態を避けられるはずです。何のためにチームを組んでいるのか,メンバーの数の和ならチームを組む効果が出ているとはいえません。1+1=2+αをどれだけ出すか,問題意識もまた,個人のスキルとして考えている限り,チームとしての課題解決になることはないはずです。
 大事なことは,ひとりひとりの問題意識を,一個人のスキルや能力として自己完結させないことです。ひとりでできることは限度があります。どんなにすぐれた問題意識の持ち主でも,所詮個人の発想の枠から出ることはできません。
 それよりは,どんな些細な気がかりでも,どんなつまらなそうな違和感でも,チームメンバーの問題意識にさらすことで,「どうです?」「ひょっとしたら」「前にもこんなときが」「それならこうしたら」等々といった,キャッチボールを通して,掘り下げる場があることです。このとき,ミーティングや会議だけを想定されていたら大間違いです。会議のみで問題意識がかわされることはまれです。何気ない会話,雑談,立ち話,重要なことはこうした中で気づかれます。そういうことがフランクにできる場づくりが必要なのです。ポストイットはそれなしに世にはでていないのです。

  • 自己モニタリングのしかけ

 エラーやミスを防ぐには,自分の行動や気持ちをモニターする自己モニタリング,自分で自分の行動をチェックし軌道修正するのが不可欠といわれます。しかし,それを個人に押しつけるのでは意味がありません。ここでの「自己」は,チームと置き換えて,自己点検→相互点検→全体点検をまわすことが有効だと考えています。そのツールがキャッチボールです。ひとりひとりの問題への気づきのレベル差を,マイナスと考えるのではなく,プラスとみなすなら,それを活用して,チーム全体としての気づきを高めればいいのです。

気になるシート

 一般に,自己モニタリングのプロセスは,Plan(計画)→Do(実行)→Check(確認,軌道修正)→Action(次への対応)によって実現されるといわれています。ひとりひとりが,自分のその日の段取りを確認し,その通りできたかどうかをチェックしながら,軌道修正して,次にアクションを取るという個人の仕事のモニタリングを,チーム全体のものにするとは,ひとりの力量に押しこめないということです。ひとりでは気づけないことがあります。それを全体の耳と目で感知したものを,全体の中でチェックすることが,チーム全体の仕事を完結させることなのです。
 たとえば,図のシートを使って,日々の些細な確認をする作業が,チームの目的と目指すレベルの確認となり,その共通の土俵づくりが,メンバーに共有化されていくプロセスとなれば,そのことでひとりひとりの問題意識を高めることになり,それを日々意識せずざっくばらんにすりあわせることができる,という循環を効果的にするには,地道な日々のキャッチボールを積み重ねていくことです。(完)

引用・参考文献
1)ノーウッド・R.ハンソン(渡辺博・野家啓一訳):知覚と発見上.P181〜185,紀伊国屋書店,1982.
2)デビッド・アウグスバーガー(棚瀬多喜雄訳):聞く.すぐ書房,p50,1985.
3)海保博之,田辺文也:ヒューマンエラー.新曜社p86〜93,1996.

ロジカルシンキング研修プログラムについては,ここをご覧ください 。
また,「科学的・論理的に思考する」については,ここをご覧ください。


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