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チームを育てるマネジメント(5)

年上部下をその気にさせる
 


  • 【ケース5】年上の部下に気兼ねする

     当社では,高齢化に対応して,新規に健康医薬品分野に進出することが決定され,その研究グループのキャップに村上知子主任研究員が任命された。そのおり,事業開発課長の岡部は,君にとって畑違いの分野ではあるが,と村上にこう言ったのである。

    「この製品開発がもつ重要性は十分わかってくれていると思う。それをふまえて,君にはチームのマネジメントをきちんとやってほしい。必要なのは,時間と予算を確保して,成果が上がる環境づくりをしてやることだ」。

     メンバーは,社内で屈指の専門家としてバイオ分野に長年取り組んだ橘研究員,薬品の専門家として他社からスカウトされた北野研究員,いずれも村上より年上であった。その他,専門学校出身の技術者高野,女子2名のグループで,連日深夜まで仕事が続いた。

     当初のスケジュールで,サンプル製造へ移行する予定の期限が迫っていた。ところが,主成分であるVの培養試験の段階で,試験結果の評価をめぐって,橘と北野の意見対立がつづき,立ち往生していた。対立点は,試験結果から,品質が規格をクリアしたとみなすべきかどうか,の判断にあった。

     北野は,「培養のサンプルは十分目標レベルに到達しています。これだけのデータがあれば,いままでの経験では,十分な結果がでていると判断していいと考えます」と,次のステップへ移ることを主張した。他方橘は,「北野君の分析ではクリアしているといいますが,ぼくのデータではまだ否定的です。少なくとも,これだけバラツキがある以上,まだ不十分」と,実験を継続するようにと,慎重な態度をとり続けた。両者とも譲らなかった。

     「まだばらついている,ということですか。何か見落としていないですか」

     村上は,そういうのが精一杯であった。自分の得意分野であれば,どういう条件での実験であれば,どういう結果がえられるか,えられないとすればどこが問題かがはっきりわかった。今回は,専門領域が異なることに加えて,元々,学問的にも未知の部分が多い領域でもあり,どうすれば同じレベルの結果が得られるのかさえ,確信をもてなかった。そのために,両者が明確な結論が出してくれるのを待って,ずるずると日数を費やすことになった。

     「どうしますか,再度日程調整しますか,」

     高野が明らかに不満そうな口ぶりで,村上の指示を仰いだ。既に,いったん製造部や関連部署と決めたサンプル製造の日程を,再三変更し,このままでは,もう一度調整し直さなくてはならないのは明らかであった。そのたびに社内手続きをやり直さなくてはならない。早く的確な方針を出してもらえないか,結論の出ないしわ寄せを受けた高野の顔にそう書いてある気がした。


  • 何が問題なのか

@チームリーダーとして何を期待されているのか

専門外であることを承知の上でチームリーダーに任ぜられた以上,岡部課長が村上に期待していることは,その専門知識ではないはずである。リーダーとして自分に期待されている意味が,村上にはきちんと伝わっていなかったと言っていい。それぞれの実験を継続している流れのまま,何となくプロジェクトがスタートして,何となくここまできてしまったところがある。それぞれの研究の結果として自然に成果が出るわけではない。まずは,チームは何をするためにあり,それを実現するために,リーダーとして自分はどうしたいのかを,明確にしなくてはならない。

Aメンバーにチームのミッションが理解されているか

北野や橘は,自分の役割を,正確な実験だけに限定しているように見える。大事なことは,ここでチームの目的は何かを,改めてメンバーとも再確認することだ。規格をクリアすることなのか,サンプル製造を成功させることなのか,大量生産へのめどをつけることなのか。それに応じて,各自はいま何をなすべきか。

Bいま何が起きているのか

メンバーの研究員が自説を主張することは別に間違いではない。両者は,自説に従えと言っているのではなく,自分の実験に基づいて主張している。それをどう判断するかを,村上チーフは求められている。その判断の根拠がつかめないのであれば,自分の専門分野ではないのだから,その専門である,橘と北野に尋ねていくしかない。サンプル製造に踏み切るために,何があれば決断できるのか,何が決断に足りないのか,何日あれば明確にできるのか,自分が結論を下せるところまで,つまりサンプル製造に入るのを決定するために必要な要件を整理できるように,橘,北野に問い続けていく。そこで,ボールは2人に手渡されたことになる。

Cリーダとしての意思は何か

村上には,いま自分がどうしたいのかが,メンバーに伝わっていない。なんとなく,サンプル実験に移行していいかどうかの判断がつきかねている状態だが,自分はいつまでに移行したいと思っている,それをするのに,何が知りたいのか,何がわかれば決断なできるのか,を知りたいと口で言わなくてはならない。口に出さない思いや気持ちは決して伝わらない。ましてリーダーは自分の意向をきちんと伝えるところからはじめなくてはならない。


  • 問題の背景に何があるのか

◇ここでのねらいは,自分より年上で,専門性が高い部下をどう使いこなして,チームのパフォーマンスを上げるかである。年齢はもちろん,専門性の高低で,チームリーダーになれるわけではない。チームリーダーは何をするためにいるのかが問われている。部下の専門性に振り回されれば,チーム全体の進捗は遅れ,チーム全体が振り回されることになる。結果として,他の若いメンバーからもそっぽを向かれることになる。

@チームの意味の再確認

リーダーにとって,自分が担っている仕事の目的と意味を自覚し,それを実現するために,チームは何をすべきかを明確にすることがまず必要となる。それは,チームが目指していることを具体化することでもある。たとえば,この場合,新たな健康医薬品の量産化の筋道をつけることだとしておこう。これを,便宜的に旗を立てるといっておく。それは,チーム構成員を巻き込むための目印であり,場合によっては,この旗の故にこそ上位者にも動いてもらわなければならない大義名分となる。

A自分の役割と位置づけを確認する

自分自身が担っている役割が,チームの目指すものの遂行責任だとすると,その意味を自覚し,それを実行するためには,いかにして,関係者を巻きこみ,説得し,その旗を共通の旗とし,共に実現するようにしていかなくてはならない。そのことで思い出すのは,ノーベル賞をもらった田中耕一氏が,授賞式にかつての上司と同僚を伴ったことだ。上司から求められているのは,もちろん専門知識は必要だが,チームとして成果を出すために,どうしたらいいかを,自分の専門性を離れて,考えられることの方がもっと重要である。それを考えられる立場にいるのは,リーダーしかいないのである。

Bそれぞれが自分の仕事の役割を明確にする

 チームの旗が明確になることは, 部下にとって,自分が何をすべきかという旗が立てやすくなることを意味する。担当としてどういう旗を立てれば,チームの旗に貢献するのかを考えるのが,メンバーとしての役割だ。たとえば,実験者にとっては,いかに円滑にサンプル製造に移行させるかが自分の旗になる。

ここで言う,旗をたてるとは,自分自身の意味づけ,自分の仕事の意味づけ,自分のチームの意味づけを考えることであり,それが,チームとの関わり,上司との関わり,他のチームメンバーとの関わり,上位チームとのかかわり,更には組織全体とのかかわりを考えて,自分の役割を主体的に考えていくことである。それが,自分の立場,役割としてチームの目的や目標をどう受け止めるかということである。

大事なことは,自分のチームの目標ではなく,その目標を達成することで,自分や自分のチームの所属する上位チームの目標(チームの目標からみると目的)にどういう形でリンクしているのかを意識することである。それが自分の意味づけであり,自分の仕事の意味づけとなる。

Cチームの目的達成のためにすべきことを詰める

その上で,現状を,一緒に考えなくてはならない。当たり前だが,それぞれの実験が成功すればいいのではない。目的達成にとっての,いまがひとつの分岐点なのだとすると,ここでどちらの決定にしろ,決断をするには何が必要なのか,実験を継続するとすれば,次へのステップに導くために何を確かめればいいのか,実験を切り上げるとしたら,何が具体的なリスクなのか,決断に必要な要因を具体的に絞り込むまで,詰めなくてはならない。それぞれの判断の基準を事実で確かめ,その上で,何をクリアしなくてはいけないのかを具体的にあげて,ひとつひとつつぶしていかなくてはならない。それをチームとして共有化し,決断の材料を全員で洗い上げ,見極めていかなくてはならない。

ある程度判断に必要な事実がでてきたら,リーダーとして自分なりに選択肢をメンバーに提供し,意見を求めてもいい。たとえば,実験をつづけつつ,次のステップへ試行することはできるか,このままサンプル製造にはいるとどんなリスクがあるか,第三者に検討してもらうとしたら適任者はいるか等々。

いまは,実験プロセスとして,各自がその判断を述べているにすぎない。サンプル製造に入れるかどうかは別として,次のステップにはいるために何を見極めればいいかをチームとして決めなくてはならない。その結果,仮に,まだばらついているので,再度実験ということになったとしても,一歩前進している。

 その際大事なのは,「目標レベルに達したかどうか」の判断基準だけをピンポイントに論ずるのではなく,チームのタスク達成までの全体像のなかに位置づけて,その結論が今後にどう影響するのか,その影響を最小限にするには,どのくらいの猶予があるのか,その間に,何を確かめればいいのか,そのために何をしたらいいのかを,ひとつひとつ具体的に検討すべきである。更に次のステップに入るためには,他のメンバーはどういう準備をしておけいいのか,そのためにどう分担するか等々,その役割分担を再度明確にして,チームメンバー全員が困難な現状を突破していくためにすべきことを確認する機会にしなくてはならない。


  • どうすればいいのか

@自分の意思や考えをどう正確に伝えるか

コミュニケーションは自分の伝えたことではなく,相手に伝わったことが,自分の伝えたことである。伝わらないことは,伝えていないのと同じである。そのためには,まずは,相手に聞く姿勢になってもらうための準備作業がいる。共通に,何々について話しあっているという土俵があって初めて会話の歩留まりは上がる。

その上で,言いたいことを明確に伝えるためには,3つの原則がある。

●自分が何を言おうとしているかが,自分の中で明確であること。自分に曖昧なこと,話しながら考えていることは,決して相手に伝わらない。

●わたしはこう考える,わたしはこう思う,と自分の意見であることを明確にする。自分の意見であるということを明示することで,相手にも,自分の責任で,主体的に発言を求めることになる。

●自分が言ったことを相手はどう受け止めているのかをフィードバックしてもらう。相手に伝わっていることだけが,自分が伝えたことだとすれば,相手の受けとめた中身,受けとめた意味を確認するまで,コミュニケーションは完結していないのである。

A対立点や相違点を明確にするプロセス

●共有できる事実をさがす

 判断違いや意見の違いを,いくら交換しても共通点は見つけにくい。まずは事実を洗い出す。たとえば,実験の成否になる材料を具体的に洗い出し,そのひとつひとつについて,合意できる事実を,潰していく。目標達成のジグソーパズルを事実のピースで,埋めていく。残りが狭まればより検証がしやすいはずである。

●感情にとらわれない状況把握

 自説や自分の主張を是とすると,相手を非難したくなる。それではまとまらない。まずは,その気持ちを脇において,いまの状況を観察する。そうすることで,相手の行為の理由や状況が見えてくる。観察するとは,状況や相手について見える事実を客観的に把握することであり,それを言葉にできれば,会話の土俵ができる。

●具体的な提案をする

 観察された事実と自分の感情を区別できていれば,どうしてほしいかをきちんと伝えても,そのメッセージは伝わるはずである。具体的であるとは,5W1Hである。いつ(からいつまでに),何を,どうするのか。たとえば,明日までにこの事実を確かめたら,再度確認しあう,といった提案もできる。

●選択肢を提案する

 やるかやらないかというのは,提案ではない。相手の意志で選択できる可能性を,相手と一緒に考えてもいいが,相手自身が決めたと思わせる,複数(できれば3以上)考える。

B対立点を解消していくための基本スタンスと基本スキル

【その1】相手をただすコミュニケーションの基本マインド

●二者関係から三項関係へ〜相手自身を主題にしない

 部下の「発言」「報告」そのものを,ちょうど提出された企画書を前にして,一緒に企画そのものを検討するように,一緒になって眺める。上司と部下という二者関係から,ふたりで報告そのものを一緒に眺めている関係にすることで,部下何某という属人性を離して検討しやすくなる。

●話の構造をつかむ〜細部よりも全体像

 話の細部や中身をつかもうとする前に,全体の構造をつかむ。構造がつかめれば,細部は後でも確かめられる。たとえば,「○○と思う」の「○○」が中身,構造は,「思う」に現れる。「○○と思う」と「○○とも思う」では,話の構造が違う。「○○」は話し全体の部分であるということになる。

●相手と同じ目線になる〜見る位置を合わせる

 実験担当者と同じ問題意識で聞く姿勢になる。相手が実施者で,自分はただその結果報告を聞くという関係では,すでに相手の話を聞く関係づくりになっていない。相手の体験する視線と同じ位置に,自分の目の位置をおくことで,相手の話を聞こうとする姿勢が相手に伝わる。同じ位置で,相手の主観の世界を見ようとする姿勢である。それも相手に伝わるはずだ。そのとき,相手が何にこだわっているのか,相手の判断基準で,実験を眺めて見ることが必要だ。

●明確化,キーワード化,要約化〜まとめてみる

 「あなたの話をこういう風に理解したが,それでよかったか」「その状況を私はこう受け止めたんだが,それでいいか」と確かめていく。あるいは長い話をまとめて,要するにこういうことでいいのか,とまとめて返す。それ自体が聞いていることの証になるし,話の焦点を絞っていくことになる。また,まとめられることで,相手には自分の言いたいことの整理にもなる。

●わからないことは,「わからない」と伝える〜知らないことを開示する

 上司に,「わからない」「それはよく知らない」と言われると,部下側は,それについてより説明しなくてはならない。それは,より聞くきっかけとなる。さらに,「よくわからないが,私の思いつくのはこんなことだが,それでいいのか?」とか「こう考えてもいいのか?」等々とやりとりをすれば,それ自体が相手にいろいろなことを考えるきっかけとなり,「ああ,こういうことかもしれません」と答えを見つけたりすることになる。

【その2】質問のスキル

 専門性が高く,自分より事態がよくわかっている相手が,自説を主張し続けるのを聞くだけではなく,相手自身に,答えを考えさせるのがいい。自分の土俵で,期限が迫っている,どうするつもりかと訊くのは,詰めよっているだけになる。そうではなく,相手の専門性の土俵の上で,相手の専門性をリスペクトしつつ,相手自身に考えさせる質問をする。たとえば,「期限どおりに,実験を終わらせるには,何が必要と思うか?」「何があれば,期限までに終えられると思うか?」「そのために,いまできると思うことは何か?」等々,相手自身に考え,答えを探し出してもらうのがいい。

質問例としては,たとえば,次のようなパターンがある。

・具体例で質問する。「具体例を挙げてみて?」「たとえば,それはどういうこと?」

・質問を細かく細分化する。5W1H(誰が,いつ,どこで,何を)で噛み砕く。「何が引っかかっている?」「それをクリアするにはどうすればいい?」

・曖昧さを確かめる。「それはどういうこと?」「もう少しはっきりさせるとすると?」

・事実を確かめる。いつ,どこで,だれが,何を,どうしたをピンポイント化

・仮定を立てる。「それがダメだったとしたらどうしたらいいと思う?」「それが達成できたとしたら?」「OKにするには何が足りない?」

・意見を聞く。「君はどうしたらいいと思う?」「君はどう思う?」

・問題を確かめる。「何が気になる?」「何かまずことは?」「どこに矛盾があると思う?」「未解決なのは?」

・課題を確かめる。「どうすべきだと思う」「何をしたらいいと思う?」

・意味を確かめる。「どんな意味があると思うか?」「どれくらいの重要度だと思う?」「何が大事?」

・根拠を確かめる。「どうしてそう思う?」「その根拠は?」

・思いや気持を確かめる。「どうしたかったのか」「どうなればいいのか」「どんな感じ?」「君の本心を聞かせてくれないか」「どうしたいと思う?」

・影響を確かめる。「どうなると思う?」「このままでいくと何が起きると思う?」

・ニーズを確かめる。「どうしたい?」「何がしたい?」「どういう状態がいい?」

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目次



研修プログラム一覧

管理者の役割行動・目次

リーダーシップとは何か

リーダーシップに必要な5つのこと【1】

リーダーシップに必要な5つのこと【2】

中堅社員研修・管理職研修

管理者の役割行動とは何か

管理者の役割行動4つのチェックポイント

管理者の管理行動例

コミュニケーションスキル@

コミュニケーションスキルA


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