趣味の写真に熱を入れている沢田君は,いまも同僚に,先日の休暇で訪れた北アルプスの山岳写真をアップした自分のブログのアクセス数をふやすためにどんな工夫をしたかを熱心に語っていた。アクセス数は,既に十万のオーダーにのせた,といいながら,周りの驚きに,自慢らしく,ポイントを3つだけ教えると言って,声をひそめて話していた。飛び飛び聞こえる話からは,なかなかいい着眼のように思え,その半分も仕事に発揮してくれないかと,飯田主任は聞きながら,複雑な気持ちであった。
飯田主任は,来年度の新規企画立案のひとつを沢田君に先月来依頼しており,今朝もそのの進捗状況をただしていたところだった。そのときは,はかばかしい返事がなく,
「どうなの,進み具合は,」
「どうもまとまらなくて,」
と言訳し,手元のデータをみて見ると,ネットでかき集めたらしい資料が山になっているが,それをぱらぱらとみる限り,何か明確な問題意識があって,それを集めているというよりは,ただ,キーワードでピックアップしたものを手当たり次第プリントアウトしただけのようにみえた。
「君に,何か仮説のようなものがあるなら,聞かせてくれ,少し一緒にもんでみると,何か筋がみえるかもしれない」
飯田主任がそう提案しても,そうですね,とつぶやいてただ首をふるばかりで,何か具体的な目安があるようには見えなかった。
「何か手助けが必要なら,いってくれよ」
と,助け舟を出して,話のきっかけにするつもりだったが,沢田君は,
「別に」
というばかりで,とりつく島のない表情で,明らかに早く解放してくれという顔であった。さすがに飯田主任も思わず,
「そんなんで,まにあうのか,」
すこしじれて,飯田主任がせまると,
「ビミョウですね,」
と他人事のような口調なのであった。とにかく間に合わせるようにと,久保田課長にせっつかれていることを,念押したばかりであった。
久保田課長と外出して帰った飯田主任が,モニターを見ると,ちょうどメールが入ったところで,急いで開くと,「所要のため,お先に失礼します」とかかれた,沢田君のメールであった。あわてて目を上げると,ちょうど沢田君が,ドアの向こうに消えるところであった。
@問題意識をもつということで何を期待しているのか
管理者が,部下に問題意識を持て,という言うとき,何を期待しているのか。どういう仕事の仕方,仕事への姿勢を期待しているのか。その目標状態を明確にしているのだろうか。逆の言い方をすると,問題意識をもった仕事の仕方をすると,何が違うのか。チームの成果にどう影響するのか。その期待は部下にどう伝えられているのだろうか。あるいはそのモデルが,上司自身あるいは他のメンバーにあるのか。
A個人の努力に期待することでいいのか
問題意識ということで求めているのは,目の前の仕事に流されず,そのタスクに自分なりの仮定や仮説,つまり問いをもって仕事をすること,たとえば,
●このままでいいのか
●他に方法はないのか
●何のためにしているのか
●どういう状態にしたいのか
●そのために気になることはないのか
●どんなアプローチがあるのか
●他にアイデアはないのか
といった,与えられた課業の幅と奥行きを意識することを期待しているようだが,それを部下個人の努力や創意だけをあてにする姿勢でいいのか。
B趣味の問題意識と仕事の問題意識
趣味での問題意識を評価して,それを仕事に発揮させようとするのは,発想としては悪くない。しかしそれを本人には伝えようとはしていない。飯田主任は,趣味でできているのに仕事ではできていないことをマイナスに考えているふしがある。沢田は,趣味で問題が意識できるようには,仕事で問題が見えていない。それを発揮させるのは,「趣味でみせた問題意識でいいんだ」と認めてやるだけで,本人の中で仕事と趣味を融合させる気づきになるはずである。
Cチームの問題という問題意識はないのか
飯田主任は,問題意識を個人の仕事姿勢や仕事への取り組みマインドとみている。だからチームでは,個人的な問題意識に頼って仕事をしているようである。これは沢田だけにとどまらない,他のメンバーも,自分勝手な問題意識で仕事をしている可能性がある。しかし問題意識を高めるために,マネジメントとしてできることはないのだろうか。少なくとも飯田主任には,これがマネジメントの問題ととらえる問題意識はないようだが。
◇ここでのねらいは,仕事をこなすのではなく,その仕事の目指すものを意識し,それを実現するためにどうしたらいいかを考えて仕事をしてもらいたいということである。そのためにマネジメントとして,どう関わればいいかを考えることである。
@問題意識とは
意識とは,「〜の意識」だから,「〜」を意識しているとき,われわれは「〜」が何かを知っている。それが花であれば,花とは何であるかを知っているから,花を意識する。問題意識という場合,「〜」は問題のことである。それを「問題」と意識するには,問題が何かを知っていなくてはならない。われわれは知っていることしか意識できないからだ。
A問題とは何か
では問題とは何か。認知心理学では,“いまはこういう状態である”という初期状態(現状)を,それとは異なった別の“〜したい状態”(目標状態)に転換したいとき,その初期状態が“解決を要する状態”つまり“問題”と呼ぶ。言い換えると,眼前の状態を“問題”とするかどうかは,目標状態をもっているかどうかによる。つまり目標状態がなければ,問題は存在しない。
B問題を意識するとはどういうことか
問題はどこかにころがっているのではない。誰かが問題にすることによってしか,問題にはならない。しかし誰かに問題でも自分には問題ではないこともある,自分が大騒ぎしても誰も問題と思ってくれないこともある。もともと共通の問題があるのではない,共通の問題にするだけである。しかし,とりあえず自分がその問題と向き合い,何とかならないだろうか,と考え始めたとき,はじめてその問題は自分が解決しなくてはならない問題として目の前にある。これが,その人が問題を意識している状態である。
Cどういう問題を意識するのか
初期状態(現状)と目標状態とのギャップが問題だとすれば,何を問題として意識するかは,何を目標状態におくかによって違う。たとえば,
●理想との乖離を問題だと思う(理想との差を問題にする)
●立てた目標や基準の未達や逸脱を問題と思う (未達を問題にする)
●不足や不満を問題と思う(欲求水準が満たされないことを問題にする)
●価値や判断の基準からの逸脱を問題だと思う(価値との距離を問題にする)
等々といった差になる。
たとえば,「遅刻」を問題にしたとしよう。それは,あるべき基準との差を問題にしたことになる。しかし,世の中ではそんなことを問題にしていること自体が問題だとして,いつもわくわくできる職場になっていないからだ,という目標状態との差に問題を変えると,理想とのギャップを問題とすることになる。
わくわくする職場を目標状態にして気づく問題では,メンバーの元気や落ち込みに目が向く,遅刻しないことを目標状態にして気づく問題では,時間すれすれに飛び込むメンバーに目が向く。こうした問題への意識の差は,良し悪しではなく,その問題解決で何を目指そうとするか(目的)によって変わるのである。たとえば,ひとりひとりの創意工夫を発揮してもらうことを目指せば,そのためにどうしたらわくわくする職場をつくれるかを問題意識としてもつことになり,メンバーの落ち込みが引っかかる。一方,ミスなくロスなく仕事を完結するということを目指せば,どうすればきまったことを守れるか,を問題意識としてもち,わずかな遅刻も見逃せないこととして引っかかってくる。
Dどうすれば問題を意識しやすくなるか
つまり,その目的に応じて,目標状態が違い,意識する問題が変わるのである。ここで問われているのは,ひとりひとりの問題意識ではなく,メンバーに問題を意識しやすくするために何が必要なのかなのである。
たとえば,ゼロ災害を目指して,清掃が行き届いた状態を意識していれば,わずかな埃,汚れにも目が向く。新たの商品開発を目指して,ひとりひとりのアイデア力を意識していれば,わずかな発想の芽にも敏感になる。それに目が向かざるをえないはずである。それによって実現したいもの(目的)がどれだけ意識されているかによって変わるのである。とすると,個々人のスキルやマインドだけではなく,チームとして,何を目指しているか,そのためにどういう状態にしたいのかが,明確であるかどうか,それをチーム内でどれだけ徹底できているかどうかに左右されるのである。目的意識によって問題意識は決まるのである。
E求められている問題意識とは何か
そうしてみると,ここで期待されている問題意識とは,目指している目的からみて,「本当の問題は何か」「もっと大きな問題はないのか」と,問題そのものを問い直す姿勢,あるいは意識的に問題を立て直す姿勢と言えるのである。それは,逆に言えば,目指す目的にとって,どういう状態になっていればいいのかという,目標状態そのものを問い直し,場合によっては,新たに目標状態を設定し,いままでなかった問題を見つけ出すことをも意味しているのである。つまり,問題意識にとって本当に重要なのは,目的実現のためにどんな目標状態でなければならないのか,そうなるとどんなことが問題になるのかと,問題そのものを立てられることなのである。
問題意識を高めようとするとき,その要因には,
@チーム全体が目的意識がクリアでなく,方向性がばらばら,
A自分のなすべき役割がはっきりせず,自分のなすべきことが見えていない,
Bどういう状態にすべきかが,目的と対比してもはっきりさせられない,
C問題は見えていても,どうしたらいいかのアイデアが行き詰まってしまう,
D日々ついつい問題を意識せず,後から気づくことが多い
等々,さまざまなレベルがある。それをひとりひとりのスキルアップで対応していくのも一つだが,チームとして,実務の中で,問題意識をもった仕事の仕方そのものを求めていくほうが効果的な気がしている。そういう考え方で,以下,チームとしての問題意識の高め方を展開してみる。
@問題意識を高めるチームとしての取り組み
問題の特性から,次の点が言える。
第1は,問題が誰かの目を通してのみ問題になるのだすると,共通な問題があるのではなく,ひとりひとりが問題にしている問題を,共通な問題にするプロセスを経る必要がある。
第2は,問題とする“基準”,たとえば達成すべき目標,保持すべき正常状態,守るべき基準等々が共有化されていなくては,何を問題とするかがバラバラになる。基準が共有化されてこそ現状に対して“問題”を共有化できる。
第3は,基準と関わるひとりひとりの意識には,理想との差,目標の未達,不足や不満,価値や意味との距離等々あるから,チームとして目指すもの(目的),期待する成果(目標)をすりあわせる必要がある。
そこで,「問題を意識する」ことを高めるには,次の4点が重要になってくるはずである。
@チームの仕事についての知識・経験をもっていること
A目的が何であるかを知っていること(目的意識)
Bそのために自分が何をすべきかを考えていること(役割意識)
Cそれをしなくてはならないのは自分であると感じていること(当事者意識)
つまり,問題意識があるから問題が見えるのではない。問題が見える立場と意識があるから問題意識が強くなる。そうすると,チームとして,どういう状態だと問題が見えやすい状態にすることができるか,である。それは,チームの目指すものは何かという目的意識があるから,その中で自分は何をすべきかが意識でき,その役割意識があるからこそ,自分にとって何が問題かに気づきやすいのである。これをたえず,チーム内で確認し,すり合せることが必要となる。
問題意識を高めるために,ひとりひとりのレベルアップももちろん必要だ。しかしそれだけではなく,ひとりひとりが問題意識を強くもてるようなチームの仕組みをどうつくるかが,マネジメントの課題なのである。たとえば,報告・連絡・相談がある。これは上位者の管理ツールでも部下のアリバイ証明でもない。それを,共通の目的達成のために不可欠なものにできているかどうかが問われている。ひとりひとりのかかえている問題意識をきちんと共有化し,チームとして取り組もうとする機会にできていれば,それが自分が向き合うべき問題なのか,チームとして向き合うべき問題なのか,組織を挙げて向き合うべき問題なのかをすりあわせられるし,その問題意識を介して,チームの目的を確かめ合い,当人の役割意識のあり方,当事者意識のもち方をただすことができ,自分の抱え込んではいけない問題(たとえば上司のマターやチーム全体のマター)をひとりで抱え込んで,追い詰められる事態を避けることもできる。
大事なことは,ひとりひとりの問題意識を,一個人のスキルや能力として自己完結させないことだ。ひとりでできることは限度がある。どんなにすぐれた問題意識の持ち主でも,個人の発想の枠から出ることはできない。それよりは,どんな些細な気がかりでも,どんなつまらなそうな違和感でも,チームメンバーの問題意識にさらすことで,「どうです?」「ひょっとしたら」「前にもこんなときが」「それならこうしたら」等々といった,キャッチボールを通して,掘り下げる場があることだ。それは,ミーティングや会議だけではない。何気ない会話,雑談,立ち話,重要なことはそうした場で気づけることも少なくない。それを可能にするチームの雰囲気が,ひとりひとりに自分の問題意識に敏感にさせていくはずである。
Aチームとしてのモニタリングのしかけをつくる
チームとして,個人の問題意識→メンバー相互の問題意識のすりあわせ→チーム全体の問題意識と展開する,そのプロセスそのものが,各自の,相互の,チーム全体のキャッチボールの場になる。ひとりひとりの問題への気づきのレベル差を,マイナスと考えるのではなく,もののとらえ方の異質さと考え,それを生かして,チーム全体としての問題意識を高める場とできればいい。
ひとりでは気づけないことがある。全員の耳と目で感知したものを,全体の中でチェックすることが,チーム全体の問題意識を高めることにつながるはずである。たとえば,下のようなシートを使って,日々の些細な問題意識をざっくばらんにすりあわせる作業が,チームの目的と目指すレベルの確認となり,メンバーに共有化されていく。そうしたプロセスが,ひとりひとりに自分の問題意識を研ぎ澄ます機会となり,チームとしての問題意識を高め,チームとしての成果に近づく好循環になるはずである。それを支えるために,互いの問題意識をキャッチボールできる機会をつくりつづけることである。
つまり,こうしたモニタリングの機会そのものが,
・チームの目指すものを確認し,ベクトルを揃えることになり,
・どういうレベルの問題意識が必要なのかの共通認識となり,
・どんなことを見逃さないことが大事なのかを教えあうことになり,
・ひとりひとりの問題意識を切磋琢磨することになり,
・チームとしての問題意識を研ぎ澄ますことになり,
・問題意識をもって仕事をするとはどういうことかを確かめることになり,
・チームとしてのパフォーマンスにつながる
はずなのである。それをチームでできるのはチームをあずかるもののマネジメントしかないのである。
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