小川チーフが大崎課長から規約の見直し案を2ヵ月後に提出するように指示されたのは,2日ほど前のことであった。小川チーフは,この種の規約改訂に取り組んで来たベテランであった。自分で処理すれば簡単であったが,時間もあり,この1年一緒に改訂作業に取り組んだことのある岸本に任せてみることにした。サブに須藤をつけた。
打ち合わせで,岸本に,「1年一緒にやってきたのだから,君に任せる,自分なりの考えでやってみてほしい」と励ました。須藤には,要領は岸本がわかっているので,その指示に従い,勉強するつもりでやるようにと言った。
数日後,岸本は,一度小川のところへ相談にきたが,「具体案もなく,どうしたらいいでしょうかでは相談にのりようがない。いままでの僕の記録ファイルを手本に自分でどうしたらいいか考えろ」と,自分なりにプランを立ててから相談にくるよう指示した。
1週間後,岸本は,必要と思われる資料収集のリストを織り込んだ,改訂案作成の作業プランを立て,「こんなふうにやろうと思っているのですが,どうでしょうか」と相談にきた。
「いままでは指示通りに動いていただけですから,いざひとりでやろうとすると,不安なもので」
と,細部をチェックしてアドバイスがほしいという口ぶりであった。
小川は,ざっとページを繰り,「後で見ておくが……」と言った後,「もう君に任せたんだから,君の考えでどんどん進めていい。僕のファイルを見ながら,どうしてこういうやり方をしているのかを自分で考えてみることが大事だ」と,付け加えた。
2週間程後,席にいた小川に挨拶をして,外出しようとする須藤を呼び止めた。
「調査かね,改訂の方ははかどっているのかね」と声を掛けた。すると須藤は,「いえ,岸本さんから具体的な指示がないので,まだ動いてません」と言うのであった。
2週間にもなるというのに,と思った小川は,岸本を手招きし,「こんなスローペースでやっていて間に合うのか」と,思わず咎める口調になっていた。
「でも,2週間前にスケジュール案を提出しましたので,それについて指示が戴けるものと思って待っていたのです」と,岸本は心外そうな顔をした。
「君に任せると言ったはずだ。一々僕の指示を待たず,あのスケジュールで,自分なりに案をまとめてみろ」
といいながら,小川は,早まったのか,と後悔する気持ちになっていた。
@指示待ちというのは何か
指示待ちというのは,たとえば,
・言われなくてはやらない
・言われたことしかしない
が考えられるが,前者は仕事の力量の問題で,後者は仕事の質の問題である。前者は,上司の指示をまっている,あるいは上司がないと動けない。後者は,上司に言われていないから動かないだけで,やらなくてはならないことは見えている。理由は,手一杯で仕事をふやしたくないとか,上司への反発とか考えられるが,仕事を主体的に完成しようとせず,上司の指示をまっている面では,問題は同じである。
多くは,指示した側の期待度と受けた側の遂行意識のギャップである。指示した側は,自分なりに考えて仕事を完成させることを求めているが,指示された側は,指示された分だけ進めていこうとする。この齟齬は,部下が,
●自分のチーム内のポジショニング(役割期待)がわかっていない
●求められているレベルに必要な仕事の仕方ができていない
ことからきている。しかしそれは,指示した側が,何をしてもらいたいかをきちんとすりあわせていない結果ともいえるのである。
A指示は成立しているのか
仕事の指示と受命はどこで完了するのか。上司が指示を出したところか,部下がそれを確認したところか。しかし部下がいちいち指示を求めるのは,
・指示の完了状態,方向性,期間の確認が不十分
・どの程度までに仕上げるかの達成基準が共有化されていない
・途中で確認するチェックポイントを決めていない
のかもしれない。それは指示・受命が完了していないことを意味する。上司ができるはずと思っていることは,期待にすぎない。一緒にやったからといって,上司の視点と同じことを学んだとは限らない。一緒に行ったときに,ついていくので精いっぱいで,どの道を通ったか覚えていないのと似ている。それを確かめなかったのは,できると判断して指示を終えた上司のミスである。
B上司と部下との間で何が生じているのか
指示待ちとは,上司の視点で見ると,指示をまっていると見えるが,部下から見ると,仕事の割り当て,仕事の任せ方の行き違いに見える。つまり,部下は指示の仕方を問題にし,上司は指示され仕事の仕方を問題にしている。両者にズレがある。部下に,きちんと仕事を完成させるような指示の仕方をしなかったのは,上司の責と考えるところからはじめなくてはならない
業務遂行に必要な能力には,@英語力や対話力,プレゼン力のような単位能力と,Aおかれた状況で自分に期待される役割を自覚し,それを遂行することで期待に応えていける能力とがある。いまここで問われているのは,後者である。そこでいう役割とは,チームメンバーや上司が「これをしてくれるに違いない」「ぜひこうしてもらいたい」と期待を寄せていることである。その意味で,期待は自分ではコントロールできない。新人であれ,中堅であれ,そのポジションに伴って,周囲が期待するのである。それに応えようとしなければ,期待はずれはつづき,チームの一員として認知されにくい。そこで,
・自分は何をするためにチームメンバーとしているのか
・それを果たすことで,チームの目的や方針にどうリンクしているのか
・そのために,自分は何をしなければならないのか
・そのために,何ができなくてはならないのか
を相互ですりあわせ,周囲の期待とのギャップに気づかせ,それに応えるには,何が足りないのか,それを身につけていくのに,何をしたらいいのかを確認し,期待に応える一歩を踏み出させなければならない。
A仕事をチームとリンクさせることで当事者意識を喚起する
期待されている役割とそれに必要なスキルを確認するだけではなく,日々の自分の仕事そのものがチーム全体とどう関わるのか,またチームは上位部署とどう関わるのか,その一翼をになう自分の仕事がどんな位置にあるのかを確認する。点になっている仕事を線にして,チームにつなげる。上司に指示された課題も,チーム全体の中に配置することで,自分の担当業務の一環であることに気づければ,それをすることが自分の仕事だと気づくのを促せる。
指示待ちなのが,ただ指示がないからやらないだけなのか,未経験による不安なだけなのか,まったく一人でできないレベルなのか,によって違う。
@言われていないからやらないが,やる必要のあることが見えている場合なら,なぜ相手にたのむのか,その仕事にどんな意味があるのかを確認した上で,相手がその仕事を受けて,どういう完了状態にしようとしているのか,そのためにどう進めていくつもりなのか,進捗上どんなことが予想されるのか等々,相手の考えを引き出すように質問してみるのがいい。そのやり取りを通して,完了状態や進め方をすりあわせるのと同時,相手にやる力があることを認め,チェックポイントを決めて,必要ならいつでも助力を求めるように伝えておく。
A途中でチェックポイントを決めてチェックしてもらえればできるレベルなら,チェックポイントを,時間か仕事の区切りかで決めて,そこで相互チェックする。最初は短い間隔で,少しずつ長くし,そのつど次のステップの課題を検討しながら進めていく。
B基本的にいちいち聞かないと次へ進めないレベルなら,何ができ何ができていないのかを細かくチェックして,仕事を完成させるプロセス全体を経験させなくてはならない。このレベルを前提に,どう進めるかを,4段階にわけて考えてみる。各段階が,指示まちからの成長のステップにもなる。
@メンバーとしての役割の確認と刷り合わせ
役割意識をもつには,受身ではなく,
@周りの要求や期待を主体的に受け止める姿勢があること
Aチーム全体の仕事を頭に入れ,その中で自分がすべきことは何かを考える姿勢があること
Bどうなりたいのか,どんな仕事をしたいのか,何を身につけたいのかといった自己成長の視点から,いまの自分の仕事の意味を考えられること
が重要である。本人にそれを考えさせるために,たとえば,
・部門の使命・果すべき基本的機能・役割は何か
・その機能・役割を果すためにどんな仕事が必要なのか
・それをチームとして,どういう分担・配分で担っているか
・その一端として,本人に期待されている役割は何か
・その役割遂行にとって,重要な業務は何か
・それをするためにどういうスキル・能力が必要か
とったことを問いかけ,本人に考えさせながら,一緒に考えていく。このプロセスを通して,本人の希望や志向も確認していくことができる。
B主体的に仕事ができるように育てていくステップ
必要なのは,その役割にふさわしく,主体的に仕事をしていく力をつけることである。そのために,バラバラではなく,全体として仕事を完結させることである。そこで,たとえば次のようなステップをとってみる。
@少しずつ指示を高めながら,自信をつけていく【第1段階】
Aその仕事をしている意味を感じさせる【第2段階】
B実行をサポートしつつやりとげさせる【第3段階】
Cチームを意識して,自分の成長をどうはかるか考えていける【第4段階】
もちろん,言わないとやらないというので,一方的な教示をすればするだけ,指示待ちを助長することになる。すべてのステップでは,求められている役割を自覚し,自立して仕事をできるようになるため,問いかけて考えさせ,応えさせてまた問いかけるという,相互のキャッチボールのプロセスが不可欠になる。自分で考えて,展開がひらけ,それを自分ですることで達成感を味わい,面白さと自信をつけさせることがねらいである。
【第1段階】
@指示の中身の確認〜どういうやり方を期待しているかを刷りあわせる
@何をするのかの明示(完了状態を具体的に示す)
Aそれをすることの意味(それをすることがどんな意味があるのか)
Bいつまでに(与えられた期間の明示)
を確認しただけで,また本人にゆだねてしまえば,同じことがおきる。そこで,「指示した目標」について,自分の想定していることを元に,その仕事に,相手がどれだけのことを考え,見込んでいるかを見積もらなくてはならない。
まず,「指示されたことをやるために,やらなくてはならない大きな柱は何か」と,質問してみる。仮に,それが,イ,ロ,ハのような答えなら,指示された仕事の全体像が見えていないことになる。そこで,なぜ,A,B,Cがなくては,達成できないのか,指示された目標を達成するための,おおよその構想をするとはどういうことで,どうすればいいのかを,考える機会にする。
Aステップに細分化し,手順を具体化する〜やれるレベルにブレイクダウン
大きな柱になることを,そのままやり出せば,やれるかどうかの見通しのないままはじめることになる。まずは,それぞれを具体的な手段に落としてみる。そうすることで,自分に何ができるのかできないのかがはっきりしてくる。
【第2段階】
Bその仕事をする本人の意味,チームにとっての意味を考える
・なぜ本人に担当させるか,本人の仕事との関連を明確にする
・取り組むにあたって,十分できると判断している根拠を伝え,上司としての期待を示す
・その仕事のチーム全体での位置づけ,他の関連する業務とそれを誰がやっているかも教示しておく
・それをすることで,次にどんなことにチャレンジしてもらうかも伝える
・その仕事自体のもつ,知識,スキル,経験の意味,おもしろさも伝える
【第3段階】
Cそれを実行するための段取りを検討する〜仕事をすすめる構想をたてる
実行の段取りについても,相手の考えを聞きつつ具体化していく。特に,
どういう手段と方法で(実施の道具,手立て,使用資源)
どういう手順とステップで(実施の段取り,スケジュール)
どれくらいの予算・コストで(必要な経費)
をつめて考える。同時に,どのポイントで,チェックしあうかの時期も確認しておく必要がある。その他,
・その目的遂行で期待される成果や予測される制約条件,利用できる資源なども教示しておく。
・中間での報告・相談などの必要性を指示し,必要なら応援するので,いつでも声をかけるようも伝えておく。相談相手を決めておくといい。
大事なのは,周りに聞きにくいからと,一人で抱え込ませないことである。必要に応じて,上司やメンバーにどうアドバイスや支援を求めていくかに気づかせることが,自分でできないこと,やっていけないことをやろうとしないポイントとなる。
D実行プロセスでのサポート
実行することでしか身につけられないことがある。たとえば,自分であれこれ工夫しながらなんとか達成しようと,試行錯誤するプロセスである。ここで,必要とされるのは,
◆精神面
・行動する前にいつから,どうやって,実施していくかを計画する
・計画を立てるときに,成功失敗の予想をあれこれ考える
・自分独自のやり方でやろうと工夫を試みる
・その場で何が有効か,適切な行動を選択する
・周囲の状況や条件をよく調べ,見通してからとりかかる
◆行動面
・わからないことがあると自分で資料をさがしたり,調べたりする
・経験に当てはめたり,実物と比べたり,いろいろな視点から検討する
・自分の考えをわかってもらうために,人に伝えようとする
・うまくいかないとき,いろいろ試して出来るように自分で努力する
・うまくいくよう必要なものを整え,効果を上げる準備をする
・自分ができないときに上司や先輩に相談して,達成できるようにする
等々だが,このプロセスで,どうタイミングよく,「いま何が必要なのか」とか「他に何か方法はないのか」などと問いかけ,一方的な助言やアドバイスでなく,本人に考えさせながら,気づかせていくことが必要である。
【第4段階】
E全体の流れとの関連に気づかせることでチェック力を高める
本人は,自分の担当職務の出来不出来にのみこだわりがちである。しかし管理者のチェックとしては,チームの力をどう借りるか,あるいは逆にチームにどんな影響を与えるか等,チーム全体に目を向けるように注意を促していくことが必要となる。したがって仕事をチェックするときも,
@未達,逸脱はないか
A優先順位に間違いはないか
Bスケジュールに無理はないか
Cムリ,ムダ,オチはないか
という本人の仕事の進捗度だけではなく,
Dチームに影響を与えることはないか
Eチームの協働態勢によってカバーできることはないか
といった,チーム全体の中での位置づけと全体との関連を振り返る視点を強調する必要がある。
F自己改善ポイントをどう気づかせレベルアップを支援するか
いままでのやり方では
自分ひとりでは
いますぐには
いまのままでは
・メンバーの力を借りればどの位できるのか
・管理者がサポートすればどれだけやれるのか
等々,本人だけでなく周囲の支援を含めた視点で振り返らせたい。また,本人に不足しているものをどう身につけさせていくかは,少し長期の視点から考えていく必要がある。
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