第一に,本当に本人のやる気の問題なのかどうかである。上司が,やる気がないと判断しているのは,自分の期待している仕事の仕方,仕事への取り組み姿勢,仕事の遂行能力ができていないからだが,部下には一杯一杯だけなのかもしれないし,これで十分やっているつもりなのかもしれない。それは,上司の期待が相手との間ですりあわされていないことを意味する。
第二は,仮にやる気がないとしても,それが本人だけの問題なのかどうかである。本人にはやる気があっても,それを果たす知識やスキルが欠けていたのかもしれない,聞きたくても,周囲は自分の仕事で精一杯で声をかけられない状況かもしれない,上司や同僚との関係に悩んでいるのかもしれない等々,そうなった別の理由があるかもしれないのである。とすると,それは上司が部下の見積もりを誤ったことからきているのである。
Aコミュニケーションのとり方に問題はないのか
普通なら,「おい,ミスがつづいているようだが,何かあったのか,」と声をかけ,「実は,」と応えることから,両者で,「いまの仕事の仕方」をどうするか一緒に考えていくきっかけができるはずである。それができていないということは,ひとり今西だけではなく,このチーム全体に,係長とメンバー,メンバー同士に,チームづくりの要であるコミュニケーションに問題をかかえている可能性をうかがわせる。
Bどうなったら解決したことになるのか
村井係長として,この今西問題について,どういう完成像を描けているのだろう。今西が,ミスをなくしてくれたらいいのか,それとももっと高いレベルの成長を求めているのか。そこでは,係長自身が,どういうチームづくりを目指し,そのためにメンバーにどういう役割をになってほしいと思っているかが問われている場面なのである。そして,それが,メンバーとどれだけ共有化できているかも,問われている。
ここでのねらいは,部下をどうその気にさせるか,である。メンバーの一員として,本気で仕事に関わろうとする気持ちをもってもらうために,何が必要なのか,何があれば促せるのか,そのためにマネジメントとして,どういう関わり方をすればいいのかを考えることである。
@どういうときにやる気をなくすか
有名な心理学実験に,繰り返し逃れられない電気ショックを経験した犬は,避けられる場面でもそのショックを回避しようとせず無抵抗になるという。これを学習性無気力というが,自分でコントロールできない経験を重ねることで無気力になるのだというのである。それには,ふたつの要因がある。
@自分自身にコントロールできない原因があると感ずる場合(内的要因)
A外的状況がコントロールできない原因があると感ずる場合(外的要因)
要は,自分のリソース(知識・経験・スキル)のせいと思うか,相手のせいと思うかだが,どちらにしても,結局自分に帰ってくる。自分にはとうてい無理だと思うか,たまたまむずかしすぎたが,次は努力すればできると思うか。それは,過去に成功体験をもっているかどうかによって,自分は何とかできる人間と思っているか,いつも失敗している人間だと思うかによる,といってもいい。逆に言えば,努力すればコントロールできるという自信がもてていれば,無気力に陥るのを避けられるのである。そういう自信をどうつけさせるかの問題と考えてみることが大事なのである。
Aそもそもやる気とは何か
「やる気」の「遣る」とは,「ものごとをはかどらせる」こと,やる気とは,「物事を積極的に進めようとする目的意識」(広辞苑)とある。やる気があるとは,それをするための「何か」(目的)が自分の中にあることなのである。それをするためならその気になれる,たとえば,それをする意味や価値や魅力(大切さや値打ち,面白さや楽しさ),興味や関心,自己表現(目立つ,存在感,賞賛)等々が必要なのである。
しかしそのことにどんなに価値や魅力があっても,自分にやれる(できる)と思えなければ,願望や夢,憧れで終わるだろう。その距離が遠すぎれば,努力する気にすらならないだろう。
Bやる気がある状態とはどういう状態なのか
そう考えると,やる気がある状態には,
@その気になれる意味や価値がある(やりたいことかやりたいもの)こと,
Aそれが自分にも,(努力すれば)やれると思えること,
が必要である。ただ,厳密に言うと,「やれる」と思うには,「やれる」という予感(自信)だけの場合と実際に「やれた」経験(実績)があってそう感じる場合とがある。予感だけなら,うぬぼれや過信も入る。現実にぶつかったとき通用する根拠もないのに,のうてんきに自信だけをもたれても困るのである。
そこで,「やれる」と思えるには,@自分ならできるのではないかという自分への自信(あるいは自分へのプラスイメージ)だけでなく,その裏づけとして,A具体的にどうやればいいかがある程度見通せ(こうすればいいのではないかという予想が立ち),それなら自分にできると思えることが必要になる。そういう予想ができるには,ある程度経験が必要である。自信を空手形にしないためには,担保となる経験が必要なのである。
つまり,第1に,「やりたいこと」が「やれる(かも)」と思えること,第2に,「やれる(かも)」が「やれた!」経験の裏打ちをさせること,2つをセットにして,やる気を現実に着地させることが必要なのである。
C「やれた」ことで「やれる」を強化する
経験の裏打ちをさせるにも,まず実際にやらせなくてはならない。自分にもできると思えるには,
・やることのおおよその見通しができる,
・こうすればいいという,やり方の予想ができる,
・それをするのに必要な知識やスキルが自分にあると思える,
ことが必要である。それには,
・十分やれる可能性のあるものにチャレンジし,
・まず,確実に達成した成果をえて,
「やれた!」という成功感を感じることが必要である。「やれる(かも)」が,実際に「やれた!」を味うことで,次への自信(「次もできる(かも)」)ともっとうまくやりたいという意欲につながる。それには,楽々できるのでは自信にはならない。少し努力してクリアできるようなハードルを,励ましながら,チャレンジさせる必要がある。できないかもしれないとしり込みする不安を,
・できるだけ協力と支援を惜しまない,
・困ったときには,いつでも相談に乗る,
という後ろ盾で支えて,一歩踏み出させ,何とか「できた!」という,成功感を味わせるのである。そうした経験の積み重ねによって,どんなときもある程度「こうすればできる」という見通しをたてられる自分への自信をつけさせることである。
D人の力を借りることの意味を学ばせる
このためには,それが本人だけの孤独な戦いではなく,その努力自体が,メンバーから支えられ認められ,支援がえられ,メンバーとして受け入れられていると感じさせるものでなければならない。なぜなら,「こうすれば」できるという見通しには,ここまでは自分でできるが,ここからは助力があればできるという判断が必要なときがある。成功感で,もうひとつ必要なのは,なんでも自分でやりとげることだけではなく,周りの力を借りて,一人ではできない高いハードルをクリアする経験なのだ。でなければ,自分の力以上の仕事をすることはできない。本人のやる気だけに問題を完結させるのではなく,周囲も巻き込んで仕事をやりとげていく力を育てていくプロセスこそが,チームのパフォーマンスにとっても欠かせぬことなのである。
以上を整理すると,やる気を引き出し,持続させるのは5つである。
@その気になれる意味や価値(やりたいことかやりたいもの)がある
Aやってみて,「やれた!」という成功感を味わう(実績をつむ)
B自分にもできる(こうすればできそうだ)と思える(自信をつける)
Cそうやっている自分の努力をメンバーが認めている(承認される)
Dメンバーとして受け入れられていると感じられる(有効感がある)
Eやる気を育むチームの条件
やりたいと思うものがあっても,自分ができると思えなければ,やる気にはつながらず,やりたいと思っても,どうやればいいかが見えなければ,やってみようとは思わない。またやりだしても,達成の目途が立たなければ,意欲は萎えるし,まして誰も自分のやっていることを認めてくれなければ,やる気は続かないのである。
そう考えると,メンバーのやる気を育てるのは,チームリーダーやチームメンバーが,部下を育てることに関心をもち,その気にさせる仕掛けをつくることが不可欠だとわかるのである。つまり,
@本人にやりたいことを見つける機会があり,
Aそれをやりとげるための助言やヒントをもらうことができ,
B自分にできると感じられる体験をつむチャンスが与えられ,
Cそれを後押しし,励まし支える雰囲気があって,
D一歩一歩やれたという成功感を積み重ね,
Dチームに必要な人間だと認められる
ことが必要なのである。それはマネジメントとしての課題なのである。
●できる実感をもたせる第一歩でなくてはならない
不足しているものが明確になったら,いつ,どういう機会に,どんなかたちで身につけていくかを具体化していく。それには,できなかったことが,できたと実感できるような,小さなステップからはじる。ここが一番大事なポイントになる。はっきりわからないときは,ためしにやってみて,そのステップを一緒に決める。後戻りしてもいいので,無理せず,一歩でも半歩でも四分の一歩でも,確実に自分ができるようになっていることを,自分でも確かめられ,周囲からも認知される成功が得られなくては意味がない。
大事なことは,できたという事実を,「できたね」とタイミングよく言葉に出して認めることである。ほめられることに,性格的に抵抗を示すものも,事実には素直に反応できる。わずかなことでも,できるレベルに上がったことを,ひとつひとつをきちんと認める姿勢が,やる気のバックアップになる。
それを段階的に一歩一歩踏んで,できた体験を積み重ね,自分がやった結果できた満足感を味わせる。できたことはやりたいと思い,やれたことは,もっとうまくやりたくなるはずである。ただ,しばらくは本人のペースを意識する必要がある。当然他のチームメンバーの協力も欠かせないだろう。
●サポートすることを明言すること
このプロセスでは,「できる(かも)」が感じられるように,
・現有のスキルや知識を正確にフィードバックし,
・やれる見通しをつかむためのヒントや助言を与えて
・後押しとなる励ましをして,
まずは,第一歩を踏み出させ,ついで,
・きめ細かなフォローの姿勢,
・どんなときにも相談に乗ったり,支援するという態度,
・具体的で,肯定的な承認とプラスのフィードバック
によって,確実に「できた!」につなげていく。大事なのは,言葉である。言わなくてもわかるではなく,言わなくては伝わらない。ひとりで抱え込まなくても,メンバーや上司がサポートするし,そのための機会や場はいつも開いていることをきちんと言うことが,不安を支えるつっかい棒になる。同時に,きちんと伝えておきたいのは,人の力を借りることの重要性である。今後より大きな仕事をする際には,どれだけ人の力を借りられるか,人の力を引き出せるかが問われる,いまそれを学ぶ機会でもあるのである。
Cその2:その気にさせるものを確認する
●やってみたいと思う意味や価値を確認する
その気になれるものを見つけ出すのは,簡単ではないが,キーワード風に言うと,「なりたいこと」「やりたいこと」「こだわっていること」「大事にしていること」「魅力を感じるもの」「時間を忘れて打ち込めるもの」等々を言葉に出させてみる。仕事と私生活は別,自分の好きなことと仕事とは関係ないと思い込んでいることも多いので,私的なことに踏み込んでみることも突破口になる。仕事の経験だけでなく,「いままでわくわくしたことはなかったか」「自分でやった!と思った経験はないか」といった質問も投げかけてみる。上司が趣味で熱中したことが仕事に役立った例なども,相手に自分の中から,価値や意味を見つけ出すヒントにはなる。
何が本当にやりたいことかが見つかるとは限らない。たとえば,漠然と「企画的な仕事」と,憧れをいうかもしれない。それを一笑しないことだ。何がしたいことを見つけるための,ひとつの取っ掛かりと考えて,その理由やその何をやりたいと思ったかを掘り下げてみる。ぼんやりした憧れは,意外と本人のやりたい的の周辺であることが多い。企画と言いながら,自分のアイデアで仕事をしていくことや,人のやらないことを提案することや,ひとを巻き込むといったことなのかもしれない。それをピンポイントに絞ってみることで,業務との接点が見つけやすくなる。
●上司としての期待をきちんと伝える
同時に,上司側として,チームメンバーの一員として,「どうなってほしいか」を,チームの全体像からブレークダウンして,具体的に提示する。どういう役割を担ってほしいのか,その役割はチーム内でどんな意味があるのか,そのために何ができるようになってほしいのか,それは本人にどんな意味があるのか等々。そのとき,いま何が,どれだけできているかを具体的に示すことが必要である。
やりたいことのすべてが仕事の中で実現できるわけはないが,「やりたいこと(興味・関心)」と「やらなくてはならないこと(期待)」の接点を,具体的な業務にみつけられるよう,自分が生かせる,意味があると思わせるものを,一緒に考えていく。個人の(こうしたいという)目標とチームの(こうなってほしい)目標をつなげることで,日々の仕事ひとつひとつに,自分にとっての意味が見えてくるようにするのである。それには,本人のやりたいことがピンポイントで具体化されているほど,接点となる具体的な場面や仕事が見つけやすいはずである。
このとき大事なのは,それをきちんと着地させるために,
@「やりたいこと」が,いまの仕事の中に,具体的に示せること,
Aさらに次の仕事や将来の仕事に,具体的に展望できるようにすること,
B「やれる」という感じをもてるように助言とサポートをすること,
C「やれた!」となるために,具体的な一歩を経験できること
である。その先にどんなステージが描けるのかを考えることは,ただ直近の仕事をこなすだけの対処療法で終わらせないために不可欠である。AをやったらB,BをやったらC,CをやったらD,というステップアップの全体像を具体化することで,ステージ毎に意味がでて,いま何が必要かが全体の中で見渡すことができる。そのとき具体的なモデルになる人物があるとなおいい。