たとえば,下図は「何に見えるか?」 (行宗蒼一氏による) たとえば, 山の手線と中央線 等々。いわば,この評価の仕方は,数がどれだけ出せたかだ。たとえば,20分で50といった風に。これは,一人でやるにはちょっとした工夫がいるが,グループでのキャッチボールによっても,数を出すには工夫がいる。
出たアイデアに巧拙はない。ないが,具体的でないと役には立たない。たとえば, ボール と言ってしまうと,それで終わる。が, ベースボールの球 と言うと,いや, ピンポン球 等々と,具体的な類推ができる。ここに,アイデアを考えるときのヒントがある。まず, 具体的であるほどいい ということだ。
それは,たとえば,単に, 野球ボール というよりは, 糸の切れかけた使い古しの野球ボール と言ったほうがいいということを意味する。その伝で言うと,ボールの数だけ,具体例がつきつぎ出せるということだ。 糸の切れかけたサッカーボール 更には, 川上に見えた止まった野球ボールの縫い目 等々。 とすると,それとの関連で,具体的に出されたものほど,アイデアを誘発しやすいということが言えるはずだ。 具体的なディテールが,詳細で,個別的で,いつ,どこで,何がどうしたとピンポイント的であるほど,いろいろな反応を,記憶の中に呼び覚ましやすいのだ。たとえば, 割れかけたピンポン球 そういう調子で,具体的であることを追求していく。 串に刺さっただんご と言うよりは, レントゲンで撮った団子3兄弟の長男 あるいは, 一という苗字の人の印鑑 からは,
小田急百貨店のマークの点が落ちたところ(いまから書き入れるところ) 等々が浮かんでこよう。その調子で具体的に考えていった例としては, 等々,具体的,個別的なモノであるほど,それを受け止めて受けるイメージや印象がいろいろに広がりやすい。それも,いま丁度何かが起こった直後,いまにも何かが起ころうとしている直前といった,コトの一瞬を表現としてつなぎとめることができていると,なおさら効果的だ。この,印象の受け止め方,あるいは印象の広げ方にも,発想のヒントのひとつがある。 |
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