いいアイデアが生まれるのは,よく運だといわれます。しかし仮にそれが偶然でも,その運を引き寄せるもの,運を引き寄せやすくする何かがあるはずです。それを,アイデアを生み出しやすい状況,運を呼び込む土俵を作る,と言い換えてもいいでしょう。 たとえば,コピー機の販売会社の営業マンは,コピーが売れつづければいつかその書類を捨てるのにもお金をかける時代がくると確信しました。そこで,従来の,破ったり焼いたりする方法以外に,いい方法はないかと,あれこれアイデアを考えつづけました。そんな中,立ち寄った立ち食いうどん屋で,ふいに思い出しました。若いころアルバイトでうどんの製麺工場で,生地を回転するローラーの刃で切ってうどんを作っていたのです。書類もうどんのようにこまかく切れば読めなくなる,と気づいたのです。これがシュレッダーの開発につながります。 また,安全かみそりの刃がすぐに劣化してしまうことに着目し,「もっと刃を有効にできないか」と考えていた技術者は,ある日板チョコを切れ目に沿って追ったとき,はっと気づいたそうです。刃に板チョコのように,等間隔に切れ目を入れたら新しい鋭利な部分に差し替えられるのではないか,と。そこで,試作に次ぐ試作を試みつづけ,ついに,切れ目の設定角度は60度が最適であることを発見し,カッターナイフの開発に至るのです。 アイデアを生み出すきっかけになったのは,たまたまうどん屋で製麺機を見た,という偶然かもしれません。同じくが,たまたま見た板チョコからひらめいたのかもしれません。しかしその前に,情報をどう廃棄するかということであったり,刃についてであったり,問題意識をもっていたからこそ,それがアイデアにつながったのに過ぎません。 ここから,アイデアをまとめあげていくプロセスには,二つのポイントがあるように思えます。 第一は,アイデアを生み出すもとの問題意識をどう表面化させるか 第二は,問題意識をどうアイデアをカタチにまとめるか です。それを個人としてではなく,チームとして,組織としてするにはどうするか,を考えて見ます。
問題意識を,問題への感度です。「このままでいいのだろうか」「何かもっとうまくやるやり方があるのではないか」「もっといいモノがないだろうか」と,現状に問題を感じることです。その感度は,わかりやすくいえば,次のように表現できる。 問題への感度は,期待値や基準が明確になっていればいるほど,感じやすいはずだ。組織で言えば,トップが目指していること,何をしようとしているかが共有化されていればいるほど,問題は出しやすい,ということになる。 たとえば,報告・連絡・相談というのが求められます。しかし,それは上位者の職場管理のツールでも部下のアリバイ証明のためにあるのでもありません。それをすることが,共通の目的達成のために不可欠だからです。メンバーがつかんだ情報をチームとして共有化することで,共通認識を持つことができます。ひとりひとりのかかえている問題状況をきちんと共有化してもらうことで,ひとりで抱え込んで追い詰められる事態を避けられるはずです。何のためにチームを組んでいるのか,メンバーの数の和ならチームを組む効果が出ているとはいえません。1+1=2+αをどれだけ出すか,問題意識もまた,個人のスキルとして考えている限り,チームとしての問題解決になることはないはずです。 それよりは,どんな些細な気がかりでも,どんなつまらなそうな違和感でも,チームメンバーの問題意識にさらすことで,「どうです?」「ひょっとしたら」「前にもこんなときが」「それならこうしたら」等々といった,キャッチボールを通して,掘り下げる場があることです。このとき,ミーティングや会議だけを想定されていたら大間違いです。会議のみで問題意識がかわされることはまれです。何気ない会話,雑談,立ち話,重要なことはこうした中で気づかれます。そういうことがフランクにできる場づくりが必要なのです。ポストイットは,はがれる接着剤を開発したシルバーとはがせる付箋を探していたフライのキャッチボールの結果です。それなしにポストイットは世にはでていないのです。
よくこんな質問を受けます。うちの社員に,何かいいアイデアはないか,あったらどんどん出してくれ,というのだが,なかなか出てこない,出てきてもありきたりでつまらないものばかりだ ,社員の発想力をアップするいい方法はないか,と。それはさしずめ,図のようなやり取りなのではないでしょうか。 二つの疑問が浮かびます。まず,アイデアは完成型でなくてはいけないという誤解があるのではないか。「ありきたり」と思っているのはトップだけかもしれない,という疑問はさておくとして ,アイデアづくりとは,端緒の思いつきをキャッチボールで深めていくものです。その共同作業のおもしろさをトップは気づいてもいないし,逆に部下はトップを恐れているのかもしれない。次に ,トップのアイデアへの思いや期待がきちんと伝わっていないのではないか。なぜ必要なのか,何を期待しているのか,というトップの思いです。 キャッチボールという言葉は,少し説明する必要があるかもしれません。周知の3Mのポストイット開発をめぐる逸話で,シルバーという人が,接着剤を開発していて,貼ってもすぐ剥がれてしまうものをつくり出してしまいました。彼はそれを「失敗」とはみなさず ,社内の技術者同士のミーティングで,自分にはこの使い道が思いつかないが,誰かいい使い道があったら教えてくれないかと,提案したのです。その中に,いつも聖歌隊で,本に挟む付箋に不便を感じていたフライという人が ,その使用方法として,ポストイットを発案したのです。こうした自分の問題意識をぶつけることで,新しい何かの発見につながるやりとりを,キャッチボールと呼びたいのです。 カーネギーは,「2人の人間がいて,いつも意見が一致するなら,そのうち1人はいなくてもいい人間だ」(『人を動かす』)と ,言っていました。ひとりひとりの発想努力は重要です。が,それ以上に,ひとりひとりの違いを生かしてアイデアをぶつけ合えれば,もっと発想量はふえるはずです。アイデアは ,キャッチボール力なのです。
たとえば,そうすると,冒頭の会話は,部下のもってきた「ありきたり」のアイデアをテーブルに置いて,それを一緒に眺めながら考えている,という構図になります。そうすれば ,他のメンバーも,そこに加わりやすくなるはずです。 まだるっこしいと感じる向きがあるかもしれませんが,アイデアとはこうして深まるものです。これを場の共有といいます。このメリットは,五つあります。 第一は,それぞれ異質な発想をぶつけ合うことが,異質な関係を見つけやすくすることになります。自分の発想の枠を違う視点からの異見で,見方が変わったり,新たな発見をしたりすることを促す効果があります。多くの先進的な企業で ,部門や専門を越えて雑談できるたまり場つくりをしているところがあるのは,こうした効果を狙っているのです。 第二は,アイデアを考えることは,目的ではないはずです。現状をいまよりよくしたいということからかもしれません,売れる何かを作りたいという熱意からかもしれません,あるいはこうあるべきだという理想を実現したいという思いからかもしれません。これが問題意識です。これが共有化できていなければ ,誰もその土俵で,同じ方向を向いて考えてはくれません。これは,先ほどのように図解できます。 少なくとも,どうしたいのか,どうあるべきなのか,といった期待値が共有化されていなければ,そうなっていないことに何の問題も感じないし,それを何とかしなくてはとは思わないでしょう。組織として ,何を目指しているのか,何を実現しなくてはいけないのかという期待値を明確化させ,組織構成員に伝えるのはトップです。目指すものを共有していなければ,同じ問題をみていないし ,同じように何とかしなくてはとは思わないのです。実は,こうしたアイデアのすり合わせの場をもつということは,トップからみると,何が部下に伝わっていないか,どこを向いているのかを確かめる場であるのです。 第三は,こうしたアイデア形成プロセスに参画することで,そのアイデアに対する親和が増し,自分たちのものという意識が生まれやすくなります。これが自分たちのアイデアの価値基準になっていくのです。更には外から来たアイデアへの目利きができるようになるはずです。単純に外から結論だけもってきたときに起きうる防衛的な反発を防ぐには ,こうした熟成のプロセスをとれれば,同じ効果が期待できるはずです。 第四に,人と話すメリットは,話すことで,自分のアイデアが,更に研ぎ澄まされることがあるのです。たとえば,アイデアマンのトップなら,自分のアイデアを,人と話すことを通してアイデアを深めていくはずです。アイデアマンといわれる人は ,いろんな人とのネットワークの中で,キャッチボールを重ねてアイデアを進化させているはずです。 第五は,アイデアは,話しているこの場だけでなく,参加したそれぞれの頭の中で,継続し,発展し,深化され,進化していっているのです。頭の中は,活動し続けるのです。アイデアを考えるおもしろさは ,こういう体験をしなくてはわかってもらえないのです。 この図式は,リナックスのようなオープンソースを,ネット上で,無数の人が,寄ってたかって完成させていくプロセスに似ていなくもない。
この場を共有できるものにするかどうかは,トップの責任です。それを,コミュニケーションの土俵と呼びます。 ジョハリの窓というのがあります。自己理解の仕方として,自分にわかっている自分/自分にわかっていない自分,他人にわかっている部分/他人にわかっていない部分の4つの窓に分けてみようとするものです。
大事なのは,パブリックの部分です。トップと部下の関係に置き換えると,自分の考えが伝わっている程度に応じてしか,相手と土俵を共有できない。必要なのは,自分の考えをきちんと話すこと ,そして部下の状況をきちんと聞きとること。ここを確立する責任は,トップにあるはずです。トップは話しているつもりでも,口頭のメッセージは25%しか相手に届かない。とすると ,相手に伝わった25%だけがトップの語ったことなのです。 「ありきたり」のアイデアしか出ないとすると,トップが思うほど,相手に自分の思いや考えが伝わっていないのだ,と考えることからはじめるべきでしょう。部下は自分のリソース(資源)です。それをどう使いこなせるかはトップの器量です。それはトップの旗の提示の仕方に示されます。大阪万博のときの ,「千里から天理へ」(千里の万博出展ではなく天理の開発センターへの投資)というトップ方針が,今日のシャープの礎になっています。トップは何をしようとしているか,明確な旗を示す必要があるのです。それが ,前述の期待値の明確化です。これが共有すべき場そのものです。これがあることで,メンバーには,いま何が必要かがわかりやすくなるのです。
アイデアは,要素の組み合わせであり,いいアイデアを手に入れる方法はアイデアをたくさん考え出すことです。共有する場ができたとすると,そこで効果的にアイデアを出すには ,スキルを共有することも必要です。アイデアづくりには,分ける,グルーピング,組み合わせる,アナロジー,の4つの原則があるのです。 「分ける」は,一体のものとして見ている,いまあるカタチ,いまある意味,いまある条件,いまある構造,いまある位置関係等々を分解することで,新しい関係づけを見つけます。「分ける」を目安は, ・もう少し細かくならないか ・もう分けられないか ・他の分け方はできないか ・何か前提にしていないか ・自分で条件を設定していないか ・型にはめていないか ・他の視点はないか ・見落とし,ヌケはないか といったことになりましょう。 わけるという例では,たとえば,一体だったものを分けることで,それ自体が商品になったりします。たとえば,有名店のラーメンが,その出し汁自体を商品としたり,手打ち蕎麦店の ,手打ち作業自体を客に経験させることを商品としたりするのもそれに当ります。また温暖化ガスの排出権を取引するのもそれでしょう。 「グルーピング」は,バラバラになった情報の中に,意味のある「つながり」(基準)を見つけ出します。 「グルーピング」する目安は, ・まず似たところはないかと考えてみる ・違いはどこにあるか。逆に,似ても似つかないものはどれか ・別に言い換え(置き換え)られないか ・両者に関係づけられるものはないか,無関係なものはないか ・両者をそれぞれ別のモノ(似たもの,関係あるもの)に置き換えてみる ・結合してみる,合わせてみる,重ねてみる ・それぞれを統一する(括れる)ものはないかと考える ・それぞれを由来・背景・根拠・理由に遡ってみる ・それぞれをこれからどうなるか,下ってみる 等々となります。 これは,業種のくくり方とか商品アイテムのくくり方を,別種にし直したりすることで,従来と異なる市場を発見することがあります。たとえば,プラスが出した小型の文具セットは,確かに小型文具品をセットにしただけのようですが,事務用品という実用性からファッションやおもちゃの領域を開拓したことになります。あるいは,ドレッシングを調味料の棚に並べるのではなく,生野菜の販売棚にくくることで,店としての食べ方の提案になっていきます。店舗の中にそうした試みがいくつもみつけられるはずです。 「組み合わせる」は,異質の分野のもの,異なるレベルのものを組み合わせることで,ピース自体の出自にかかわりなく,新しい全体像を見つけ出します。全体だけでなく,その一部分同士からも新しい組み合わせを見つけます。 代表的組み合わせは,ラジオとカセットを組み合わせたラジカセですが,昨今は,電子レンジで調理する手軽さから,米飯と具材を組み合わせたセット米飯が花盛りです。マツタケ釜飯,ホタテ釜飯,五目釜飯等々。MPU(マイクロプロセッシング・ユニット)は,コンピュータの中央処理装置(CPU)を1チップに集積したものですし,LSIはIC1000個以上を集積したものですが,これも組み合わせ例でしょう。あるいは,デスクトップファクトリーと呼ぶ,精密機械用の超自動組み立てラインも実用化されています。最近のカメラつき携帯電話 ,音楽プレーヤーつき携帯電話も,もちろんこの例です。 「アナロジー(類比/類推する)」は,似たもの,異分野の例になぞらえる,たとえる見たてることです。似た「〜を通して」見る(考える)ことです。 たとえば,スタッドレスタイヤの目的は,アイスバーンを滑らないことです。ではその同じ目的で,それに役立つものはないか,たとえば,北極の白熊はなぜ滑らないのか,その手の構造を通して見て考えるのです。 ・白熊の手は爪がある,それを役立てられないか ・白熊の手の皮膚は筋肉との間がルーズで接地面が広がる,その構造を利用できないか ・白熊の手は毛が接地面の水を弾き出す,その仕掛けを利用できないか 等々,「白熊の手の機能を通して」見ることで,その機能からタイヤに使えるアイデアを見つけ出そうとすることです。冒頭の,カッターナイフやシュレッダーはアナロジーの例と言えるでしょう。
しかし,いくら口で言っても仕方ありません。成功体験を積み重ね,それを共有化することから始めなくてはなりません。誰も何も提案してこないなら,ひとつでもふたつでも提案につなげ ,提案されたら,些細なものでも,何が何でも成果につなげ,本人にも,周りにも,提案するとおもしろくなる,と思わせる体験を共有化することです。小さくてもいい,自分たちのアイデアを成功させたという体験を積むことが ,最大の場の共有なのです。まずは,どんな些細な提案も,一緒にまがりなりにもアイデアへと完成させきることです。その体験の蓄積が,組織としての開発プロセスのノウハウになるはずです。 以下続く
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