ケースライティングをはじめる前に,まず,次の点を確認しておかなくては,そのケースの是非が判断できません。
@何のためにケースが必要なのか
A誰のためにケースが必要なのか
Bどういう効果(期待成果)を求めるのか
Cそれをどういう使い方をするのか
Dどのくらいの長さ,どのくらいの質量がほしいのか
等々,まず目的の明確化,続いて,目標の絞込みが不可欠です。それがあって初めて,どういう事実を,どんなところで集めるかがイメージできるからです。
その上で,ケースライティングは,次のように手順化されます。
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テーマ設定 目的のブレイクダウン(何のために,何をする)
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テーマのブレイクダウン テーマの細目化。問題の枠組みには,@問題解決型,A課題(目標)設定型,課題(目標)探索型等々がある。
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事実へのアプローチ テーマの細目に沿って,現場,現実,現物にあたる。必ず5W2Hで。
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メイン事実の設定 中心となる事実を据え,そのポジショニングをする。
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バックデータ ケースの事実を把握するのに必要な,しかしケース本体には入れられない説明事項。背景,組織図,数値。
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事実をつなげる(ストーリーを描く) 事実のポジションと役割を割り振り,プロットを描く。その場合,問題の当事者,語り手(問題のパースペクティブ)を決める。それにあわせて,捨てる事実,見えなくなる事実もある。
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書くスタイルを決める 書き方として,@経時的,A起承転結,B物語などがある。誰の目で,誰を主人公にを決める。誰の目=主人公であるとは限らない。
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ケース評価のポイント @リアリティ,A妥当性,B納得性,C人物の現実性
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この手順を,実のあるものにするには,ケースライティングの実質である,
@どう事実を集めるか
Aどういう事実なら使えるのか
Bどう事実をつなげるのか
Cどう全体の構成をまとめるのか
Dどう書いていけばいいのか
を明確化できなくてはなりません。ここがなければ,ケースは書けません。
たとえば,「中堅女子社員の戦力化」をテーマとしたとします。すると,たとえば,
・女子社員をめぐる,社会的,法的状況
・中堅社員に求められている現実
・現場でのニーズ(あるいはニーズの不在)
・管理者側にとっての問題
・最もいま問題化していること,問題化しやすいこと
・本人と現場との“戦力化”をめぐるギャップ
等々,この問題についてのパースペクティブを描きつつ,ライターの問題意識,企業側の問題意識,女子側の問題意識を洗い出し,テーマをサブテーマ,サブテーマのサブテーマへとブレイクダウンしていきます。これが,事実を集めるときの投網の網の目になります。ここが粗ければ,粗雑な事実しか集められません。もちろん,途中で問題意識は整理し直すことは不可欠です。
こうしたテーマのブレイクダウンから,ニーズにふさわしい現場を絞り込み,具体的事実を集める作業に入ります。取材やインタビューそれ自体は,別のノウハウを必要としますので,それには深入りしませんが,事実集めの心得は,次の点になります。
@事実集めのフィルターを決めない
テーマや問題意識であらかじめ事実を想定し,取材側のフィルターを限定しない。想定外の事実は,こちらの問題意識が現実をつかみ損ねていた証拠かもしれない。課長が対象だからといって,課長クラスの中に必要な事実があるとは限らない。
A質にこだわるな
ブレインストーミングと同じで,質とは先入観である。まず事実を集めること。
B事実を自分の頭で整理するな
事実を自分流儀で整理すると,ニュアンスが消える。事実とはニュアンスである。そのまま,Aが〜と言った,Sが〜をした等々。
Cどの視点から見た事実かを確かめよ
事実は当事者から見たものか,目撃者から,第三者の伝聞か。
D事実の奥行きを確かめよ
ピンポイントの事実だけでなく,その背景,後日譚も拾っておく。
Eその事実への評価も確認しておく
それをどう見ているかは,現場の見解として,それ自体がまた事実となる。
F出来事のピラミッドをつくる
その出来事の相関図,位置関係を描けるようにしておく。 |
では,集めるべき事実にはどういう要件が必要か。まずは,集める事実を,「管理上の」とか「トラブル」とか,あらかじめ枠組みをつくって,事実にスクリーンをかけることは得策ではありません。どんな出来事でも,組織の中で起こっている限り,組織の中で解決を迫られる問題です。それは私的だ,それは個人的な問題だ,という切り捨て方は,判断放棄です。個人的問題が,組織の中で起きたことが,問題かもしれません。組織の中で,問題視されたことが,問題かもしれません。トラブルも,上司にとって不都合なことがトラブルなら,それは上司の無為無策を示しているかもしれません。
困ったこと,トラブルという表紙が重要なのではなく,その中身たる事実が重要なのです。
【事実の要件】
@状態や行動レベルでとらえること
言葉や概念でまとめたもの,説明や評価は使えません。それを再度具体的な事実におき直さなくてはなりません。「臆病だ」はどういうときにどういうことをするのかが大事なのです。「頭が悪い」ではなく,どういうときにどういうことがわからないのかが重要です。
Aエピソードこそが命
当該出来事,人物の特性は,些細なエピソードの中に現れます。「まいったなあ」というのが口癖,「ついてない」ということを連発する等々。
B人と人の関係(行為,会話)でつかむ
相互の言葉遣いで,表面的とは違う関係,公式な指示命令関係とは違う関係が見える。
C出来事の時制をはっきりさせる
いつ起こり,いつ終わったのか。いつ気づいたのか等々。
D出来事が誰の立場で表現されているかの明確化(確認)
「S君をA主任がしかっていた」という事実に,誰(と誰)がそれを見ていて(伝え聞いて),誰に報告し,誰と誰が知っているのか,それを誰がどう評価しているのか等々。
「S君をA主任がしかっていた」という事実に,
・5W2Hで,なぜ,どこで,何について,どういうしかられ方をしたのか
・その原因,遠因,背景の具体化。それにまつわる周辺情報
・それまでの両者の関係。
・その後の経過。S君は,どうしたのか。A主任はそれについて何か言ったのか。
・それを目撃した人,その評価。噂話。どこまでそれか伝わったか。
Eひとつの出来事の連鎖性をはっきりさせる
出来事が一過性のものか,非連続的なものか,ずっと潜在していたものが突然現在化したのか,間欠的なものなのか等々。
集めた事実群を,どうつなげていくのか。つなげるというのは,
@事実群の間で,序列をつける
A目的からの取捨選択
B事実群の順序(起きた順,発見された順など)
てすが,ポイントは,第一に,誰の視点からかの,パースペクティブを決め,第二に,ウエイトづけをすることにつきます。
ウエイトづけには,
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事実の求心化 事実をテーマで括って,順次,当初テーマへと集約していく
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事実の遠心化 事実を因果関係で,中心問題から同心円で拡大していく
の2つがありますので,それを念頭に,事実の整序には,次のようなカタチがありえます。
@事実を括りながら,テーマのブレイクダウンに対応させながら,テーマへと集約していく
A時系列に従い,単純に生起した順に並べる
B因果関係に従い,並べていく
C各事実を空間的に整序し,場所的な関連性をつける
D出来事の新規性,面白さを中心において,配列してみる
この作業は,ある意味で,事実の作り出す空間をイメージする作業です。このままでも,ケースとしてのまとまりができてしまう場合もありますが,ケースとしての“結構”にまとめるには,もうひと工夫必要となります。
ひとつのケースに,“結構”をまとめるとは,各事実をケースという全体の地図の中に,どう役割づけ,どう位置づけて,布置していくかということです。まとめ方の要件は,次のようになります。
@時間の整序,空間(場所)の設定が明確であること
A全体の事実関係,因果関係が一貫していること
B全体を制御する視点(語り口)が整合性をもっていること
最も重要なのは,Bです。問題のパースペクティブを描くためには,その要となる目撃者(当事者でもいいが)が不可欠です。事実とは,誰かに目撃されない限り,存在しないのです。
したがって,その事実が,誰の目から,どれだけの距離をもって(当事者,相手,関係者,第三者,無関係な目撃者等々),どう見られているか,です。ケース分析の「問題の構造化」を誘うに足る事実が必要だ,ということです。
この「誰」を,便宜的に,語り手と読んでおきますが,たとえば,「G課長が,S子を注意した」という事実を,どう取り上げるか,という問題に関わるのです。「S子は,G課長に注意された」とするか,「G課長は,S子を注意した」とするかで,視点の位置は変わります。その出来事を,誰が,誰の立場で,報告するかという問題でもあります。
《ライター>語り手>当事者》
些細なことのようですが,次の二つを比べてください。
「G課長は,S子を注意した。これだけ言えば,わかるだろうとG課長は思い,S子は,課長はいつも口先ばかりだから,言っていることとやっていることが違う,と思った」
「G課長は,S子を注意した。これだけ言えば,わかるだろうとG課長は思い,うつむいているS子の様子をうかがった」
前者が,事実を俯瞰する“神の視点”だとすると,後者は,G課長の目線に視点を固定した,“当事者の視点”ということになります。
確かに,前者は,すべての事実と心の動きをくまなく見ることができますが,これは現実の問題解決当事者の視点とは異なります。誰のパースペクティブで問題を捉えるかが,問題解決の第1歩゜だとすると,後者の偏った視点の方が,現実のわれわれの情報収集,目撃のあり方に近いはずです。後者の方が,その視点からの問題解決へとつながりやすいことは事実でしょう。しかし,同時に,その視点の限界を意識していないと,誤ったアプローチに陥る可能性はありますが。
この他の視点としては,
S子=私,G課長=私という視点
S子の視点
G課長やS子の同僚の視点
等々もありえましよう。要は,その語り手が決まることで,事実のパースペクティブ(視界)が決まるということなのです。たとえば,G課長の視点で描くとすると,すべての事実,情報は,G課長の目や耳を通したものであり,G課長の推測や感情のスクリーンを通しているということです。G課長の言動そのものも,そう本人が言っている通りかどうかは,留保した上でのことになります。
さらに,集めた事実も,すべてが,G課長を通した,間接情報に変わった形で,配置されるということになります。
さて,こうした,予備的な作業のあと,全体をどうまとめていくか,ですが,まとめ方のパターンは,2つです。
@まず全体の流れを構想する→事実をそれにあわせて配置する
A事実のつなぎ方を工夫する→全体の構想が見えてくる
後者は,事実群のむ整理,関係づけの中から,全体を見つけていくのですが,前者は,皮袋を先に立てて,それにあわせて,事実を配置するということです。
ここでは,前者を例に,考えてみます。これは,ケースの目的,期待成果から,ケースの“結構”を考えていこうというものです。
たとえば,問題のタイプとしては,
・問題解決型
・課題(目標)設定型
・課題(目標)探求型
の3タイプになりますが,これをもっと噛み砕くと,以下のようにさまざまなパターンを考えることができます。
@突発の緊急事態を前に,どうしていいのかわからなくなる立ち往生型
A混迷した事態に,どうしていいのか考えあぐねている思案投げ首型
Bあんなことをするんではなかった,こうしておけばよかったと思い悩む後悔型
Cあれこれ片っ端から試みる試行錯誤型
Dあれこれ引っ掻き回してますます事態を悪化させてしまう悪あがき型
Eこれだけやったんだから仕方がないという居直り型
Fこれだけやったのにと落ち込む自信喪失型
G最悪の事態なのに,まだあきらめず,何とかしようと,次の一手を考えつづける粘り腰型
Hどうすればもっとうまくいくか,あれこれ考えて考え抜いている思索探求型
I意思決定に必要な情報の不足に悩み,あの手この手で情報収集をはかろうとしている情報探索型
Jあともう一歩で何とかなる,いいアイデアはないかと,やり方の工夫を探す助言支援型
K新しいこと,未経験なことでも,自分の力を過信して突進する猪突猛進型
L己の力をきづかず,臆面もなく自信をひけらかして敬遠される完全浮いている型
M自分は何をしたらいいのかがまったく自覚できていない役割喪失型
Nどうしたらせっとくできるのかがわからず立ち止まっているもっていき方探求型
O知識もあり,理屈はわかっているが,実践がいつも伴わない頭でっかち型
P周りに足を引っ張られて,泥沼に陥っている人間関係不信型
Qチーム内の人間関係が最悪で,目標達成に誰も意欲を示さない葛藤苦闘型
R部下が優秀で,手綱がさばききれず,振り落とされ気味の悍馬に翻弄される騎手型
S上司の思いつきに振り回され,部下からも見放されて鬱状態のストレス圧迫型 |
等々,無数のパターンがありますが,この方向性を枠組みとして,事実をつなげていくということになります。ちょうど,事実をつなげながら,全体をテーマに集約していくのとは,逆方向からのアプローチなのです。
さて,いずれにしても,最後に,事実を書き上げていくには,
@ひとつの立場からの情報・事実・推測で,
A(語り手の)主観による,偏りとゆがみをもち,
B問題のパースペクティブが不完全である
ことによって,ケースはケースらしくなるのです。そこから,問題のパースペクティブを描き,解決を練っていくためには,
・不足した事実や見えない事実を,ジグソーパズル風につなげられる
・推測可能な情報,伝聞が盛り込まれている
・問題のパースペクティブを描くための骨格となる仕事・人の系に漏れがない
ことが肝心です。ここを最後のチェックポイントとして,ケースを完成させていくことになります。