『ガルシアへの伝言』(E.ハバード)が一時話題になった。米西戦争時,ローワンという男が,アメリカ大統領マッキンレーから,スペインに反乱したキューバのガルシア将軍への密書を届けるミッションを受けた。彼は,密使としての役割をわきまえて,「ガルシアはどこにいるのか」「どうやってそこへ行けばいいのか」等々とは一切質問せず,黙々と使命を果したという。そういった「黙って使命を果たす人間,そういう人間こそが有能なのである」と,彼の本は主張し,「自分の意志で,自分の能力を信じて任務を遂行する人間」が必要だ,と結論づけた。 メンバーA メンバーB メンバーC メンバーD メンバーE
とすると,一人一人がローワンになることを求める前に,リーダーは自分が目指している旗を,部下と共有化できているかどうか,そのための自己開示が怠りなくなされつづけているかどうか自問しなくてはならない。豊かな時代には,構成員は別に組織に右へならえする必要を感じない。組織の外でも生きていけるからだ。その一人一人に,共有化するに足る旗を立てられなければ,組織は成り立たない。それをすることにこそ,リーダーシップが必要なのである。
リーダーシップの確信とは,「自分が努力すれば,周囲や自分に好ましい変化を生じさせられるという自信と見通し」がもてることである。この能力と自信を「有能感」「有効感」という。この有能感,有効感の手ごたえは,努力の主体が自分であるとする自律性の感覚(自己決定感)が不可欠である。つまり,「自分の考えを実現すればより効果的のはずだ」という自信である。 その確信が独断や思い上がりでなく,真のリーダーシップたりえるには,メンバーや周囲の支えが不可欠となるが,その根拠となるものとして,4つのチェックポイントがあるように思う。 第1は,自己概念のチェックである。自分はかくかくのことができ,それだけの影響力があるとする自画像あるいは自分への自信が,どれだけ根拠があるかをできるだけ客観的に評価できるかどうかである。自分に距離をもてるかどうかだ。必要なのは,「かくあるべし」「こうなくてはいけない」と考える,借り物のリーダー像に背伸びして見せることではなく,現実の自分の身の丈と一致させることができるかどうかだ。そのとき,自分のいいかげんさ,不都合も,アサーティブに開示し,場合によっては,背伸びの自分をネタに笑い飛ばせるくらいでなくてはならない。そのことを通して,自分のリーダーシップの旗と進め方そのものをメンバーや周囲と忌憚なく点検できるはずである。優れたリーダーは,優れたメンバーがつくるのでもあるのだ。 第2は,自己規制のチェックである。もっとはっきり言えば,自己倫理の有無と言ってもいい。リーダーへの信頼性を支えるものに,有能性と誠実性の2つがあるが,その誠実性に関わる。むやみと激昂したり感情を爆発させず,自らの感情や衝動をコントロールし,冷静に処理できることである。感情的になるのは,そこにリーダーの「私」が入るからだ。見えや面子,自尊心や自己防衛が入るからだ。しかしリーダー自身の自己満足のためにリーダーであるのではない。チームや組織の満足や達成のためにリーダーである。とすればどれだけその役割行動のために自身をコントロールできるかが重要だが,といって聖人君主である必要はない。怒りも腹立ちもなくすことはできない。それならなまじ「バカヤロー」と言いたい気持ちを隠すよりも,「おれは,バカヤローといいたい気分だ」と,正直に言葉にすることだ。それが,感情を直接ぶつけるのとは違う,言葉によるやり取りを可能にするはずなのだ。リーダーの信頼のバックボーンとなるのは,言葉である。言葉の力は,2つある。指示の明確さと,自己表現力である。感情を感情としてではなく,言葉として表現しようとしたことで,ひとつは自分の感情との間合いが取れること,いまひとつは相手の感情とも距離を取れる。感情のやり取りを感情のぶつかりあいでなく,感情を言葉にするコミュニケーションの土俵ができるはずだ。 第3は,自己技量のチェックである。能力には,それぞれの人がおかれた状況において,期待される役割を把握して,それを遂行してその期待に応えていける能力(コンピタンス)と,英語ができる,文章力がある等々といった個別の単位能力(アビリティー)がある。どれだけ主観的に有能感をもとうと,そのおかれている状況を把握し,それに応えるコンピタンスがなければ,組織やチームの阻害要因になるだけである。当然リーダーに必要なのは,コンピタンスである。リーダーに求められているのは,組織の有能なメンバー,逸材を巻き込んで,チーム全体の意欲や奮起をかきたてるに足る旗を掲げられるかどうかである。そこでは,組織がおかれている状況の判断,時代の読み,その中で,@何をしなくてはならないのか(環境条件),A何をしたいのか(意志),B何ができるのか(リソース)を考量できる力量が不可欠だ。しかしそれをリーダーが孤独でやるのではない。ということは,そこに人を巻き込む力が必要となってくる。 そこで,第4に,対人感度のチェックが必要となる。つまり,共感度のチェックである。聞く耳のことだが,メンバーの向き合っているものを共に向き合っていくことだ。たとえば,メンバーが大失敗をしたとする。その失敗の結果は責められても仕方ない。しかし,大事なのは,そのときメンバーが向き合っていた状況を,メンバーの立場で向き合って見ることだ。そして,責める前に,「どうすればよかったのと思うか」「他にどんな選択肢がありえたと思うか」と,本人に,本人の結果と向きあわせられることだ。それが次につながる。その状況を,そのときの,部下の立場から一緒になって見ていける姿勢を,共感性と言う。部下自身が別のやり方をすればよかったと気づきさえすれば,その結果の厳しい評価を,部下は受け入れるはずだ。リーダーは,優秀な部下を使いこなす力が要る。しかし人を使うには,合理的で理詰めの「つきあい能力」だけではなく,恐れや不安や悔しさといった感情を受けとめる「ふれあい能力」も必要なのだ。
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