出典;マッハ『感覚の分析』(法大出版局) 上図は,マッハの自画像である。寝椅子に横たわる自分が,自身にどう見えるかを示している。マッハはこの奇妙なデッサンを,「自己観察による私」と名づけた。鼻の左側に開けた視界に,肩の突端になびく髭,下方にむかって短縮された遠近法で,胴,肢,足と順次つづいていく……。こう見えるかどうかは,いささか眉唾だが,視界の狭さのアナロジーと見なすと,自分の限界と自分の限界を自覚する自己認知能力の制約といった,ふたつの限界が見えてくる。 一般に,リーダーとしての影響力が強まるほど,「よい情報」は,十倍ぐらいに増幅されて入ってくるが,「悪い情報」は,十分の1ぐらいに縮小して入ってくる。自分についてなら尚更である。しゃべっている通りには自分には聞こえないし,他人に見えているように自分を見ることはできない。自分を見る目を曇らせない「自己認知」の手がかりとして,“ジョハリの窓”が有効である。 “ジョハリの窓”は,「自分にわかっている自分/自分にわかっていない自分」「他人にわかっている部分/他人にわかっていない部分」の4つの窓に分けて自分を考えてみようとする。
第1は,オープン(パブリック)な部分。行動・感情及び動機について,自分がよく知っていて,他人にも知られている部分。ここには,「自分は……の人間である」と思っているし,他人もそう認めている。自他共に認めている自分の姿がある。ここでは,自分の考えや言動は容易に相手に通ずる。 第2は,ブラインドな部分。行動・感情及び動機について,他人からは見られ,知られているが,自分自身ではまだ知らない部分。ここでは,自分だけが自分のことを気づいていない。たとえば,周りは皆その欠点を認めているのに,自分だけがその欠点に気づいていない。自分が自分に盲目になっている。 第3は,クロウズド(プライベイト)な部分。行動・感情及び動機について,自分自身はよく知っているが,他人には意識的に隠している部分。ここでは,自分だけが胸に秘めていて,他人に知らせていない自分の姿がある。 第4は,未知の部分(わからない領域)。行動・感情及び動機について,自分も知らないし,他人にも知られていない領域。ここには,自分も他人も気づいていない自分の姿がある。 ある意味では潜在的な部分。自分の知っている自分の姿は,@とBだけである。@とBでしか,自分の姿は把握できない。 オープンの領域は,“公的自己”とも呼ばれる領域である。ここでは,お互いはすでにわかっていること(共通項として知っていること)を基盤として活動できる。相手に疑心暗鬼にならず,自分を隠す必要もなく,自分の内的資源を十分活用できる。チームワークが成立する基盤は,ここである。リーダーに求められるのは,ここを広げる努力である。まずは,自分が何を目指し,何をしようとしているかを,広くメンバーに表明し明示すること。と同時に,メンバーからのフィードバックを受止め,自分の知らない部分,気づいていない部分を受けいれることによって,ブラインドの部分を減らすことである。でなければ,リーダーは裸の王様になる。聞く耳は,リーダーシップの根拠であり,リーダーの力量を左右するものなのである。
明治維新後35年も経って出版された『痩我慢の説』で,福沢諭吉は,幕末の勝海舟の政権運営を,「予め必敗を期し,その未だ実際に敗れざるに先んじて自ら自家の大権を投棄し,只管平和を買わんとて勉めたる者」と痛罵し,「立国の要素たる痩我慢の士風を傷(そこな)ふたるの責は免かる可からず。殺人散在は一時の禍にして,士風の維持は万世の要なり云々」と厳しく断罪した。しかし,福沢から送られたその本へ,勝は「行蔵は我に存す,毀誉は他人の主張,我に与からず我に関せずと存じ候」と素っ気なく返事しただけでした。勝のその返事の後背にあるのは,福沢への痛烈な冷笑であり,おのれへの強い矜持です。勝の口癖を借りるなら,「機があるのだもの,機が過ぎてから,なんといったって,それだけのことサ」であり,そのとき,百難を引き受けたのはおれだ,と勝は言っている。両者の見ていた危機が違うのだといってもいい。「徳川幕府あるを知って日本あるを知らざるの徒」でしかない,「学者だから,自分などの通る道とは違う」のだ,と勝は言い切っている。 【組織はメンバーの様々な役割遂行の函数である】 【メンバーのリーダーシップを束ねられるリーダーシップが求められる】
重要なことは,リーダーシップとは,リーダーのみにあるのではなく,それぞれの立場の者が,その責務を果たすために発揮すべきものだ。ひとりひとりの役割遂行に伴って発揮されるメンバーのリーダーシップは,リーダーのリーダーシップに収められるべきものではない。それなら,リーダーの器量以上に組織力は大きくならない。そうではなく,リーダーのそれをはみ出すようなメンバーのリーダーシップを束ねられ,ひとつの方向に向けていけることこそが,リーダーに必要なリーダーシップなのだ。そのためにこそ,仕掛け作りの機能が重要になる。それによってリーダーシップの器量そのものも大きくなる。 |
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