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コトバ辞典


よほど


「よほど」は,

余程,

と当てるが,当て字である。

よっぽど,

とも言う。

「ヨキ(善)ホドの転。『余』は江戸中期以後の当て字」

とある(『広辞苑第5版』)。意味が変わっての当て字の転換と思われる。

程よきさま,

が『広辞苑第5版』には先ず載り,

「当年ほど瓜の見事に出来た事は御座らぬ,是はよほど色付た」(狂言・瓜盗人)

の例が載る。その後に,

かなり,ずいぶん,

の意が載り,

すんでのところで,よっぽど,

の意が載る。これは,

「よほど注意してやろと思った」

という最近の使い方になる。『江戸語大辞典』は,すでに,

だいぶ,かなり,

の意しか載らず,

よほど置いてきた代物,

という諺が載る。これは,

「だいぶ多量に知恵をどこかに居てきた人物」

という意味らしい。また,

よほどよりか,

という言い回しも載るが,

普通以上に,なみなみならぬ,

意で,今日は使わない。たとえば,

「三味線の手が余ほどよりか面白く付けてある」

という例が載る。『岩波古語辞典』には,「よっぽど」に,

「ヨキホドの転」

として,「よきほど」のいみにふさわしく,

ちょうどよいていど,頃合い,
いい加減に見当をつけたていど,おおよそ,

が載って,

かなりの程度,

の意が載る。もともとは,

程度や数量が適当するさま,よい程度であるさま,ほどよいさま。ちょうどよいさま,

適度を越えてかなりな程度であるさま,

となり,

ずいぶん,たいそう,

と転じ,

度を越えて十分すぎるのでもうやめたい,やめてもらいたいさま,

と意味が変じて,

大概,いいかげん,

の意に行き着く(精選版 日本国語大辞典),というところだろうか。

「『よっぽど・よほど』の意味は、古くは『良い程、良い頃合、適度』という本来の『よきほど』の意味を保っているが、近世に入ると次第に『適度を越えたかなりの程度』の意になっていく。」

ようである(仝上)。この変化の経緯は,

「中世以降の文献に現われ、意味的な関連から『良き程』の変化したものと考えられる。室町時代の抄物資料では『えっぽど』の形も見られる。『よほど』の形も中世から見られるが、これは、『よっぽど』の促音が、ヤッパリ⇔ヤハリ、モッパラ⇔モハラ等の対に類推して強調の表情音ととらえられたところから、その非強調形として『よほど』の語形が生まれたものと考えられる。近世以降現代に至るまで『よっぽど』が強調ニュアンスを伴うのに対して『よほど』は平叙的である。」

とか(仝上)。『笑える国語辞典』によると,江戸時代が転換点に見える。

「もとは『良き程』、つまり『よい程度』「適度」という意味の言葉だったものが、江戸時代に『適度を超えたはなはだしい程度』に変化したらしい。この変化は、もとはちょうどよい程度を意味していた『いい加減』や『適当』が、『あまりよくない程度』を意味するようになった変化を連想させる。」

とある。音韻の変化は,『日本語の語源』にこうある。

「平安時代には,物事を評価するばあいに,ヨシ(良し。すぐれている)・ヨロシ(宜し。悪くない)・ワロシ(悪し。よくない)・アシ(悪し。わるい)の四段階にわけるのを常とした。したがって,ヨキホド(良き程)といえば『すぐれた程度』という最上級をあらわす評語であった。<三月ばかりになるほどに,ヨキホドなる人になりぬれば>(竹取)は,竹の中から見つけてわずか三か月後にはカグヤ姫は早くも一人前の娘になったことをいう。
 ヨキホド(良き程)の語は,キを落としてヨホド(余程)になり,あるいは,キの促音便でヨッポド(余程)になった。物事の程度が非常・完全・最高・多数であるさまを示す副詞として『非常に。たいへん。立派に。すこぶる。たくさん』という意に用いられた。<今の針で痛みがヨホドニなおった>(狂言・針雷),<いやはや,これはヨッポドの系図でおじゃる>(狂言・酢はじかみ),<花のあと今朝はヨホド節も覚えたが>(浄瑠璃・二枚絵草子)。
 四段階の区別が乱れて,ヨキホド(良き程)がヨロシキホド(宜しき程)と同義語になると,ヨホド・ヨッポドは『だいぶ。相当。かなり。ずいぶん。いい加減。程よく』に転義した。<ヨホド待った。さあ汝持て>(狂言・荷なひ文),<ヨッポドにあがけよ,そこなぬくめ(ノロマメ)>(浄瑠璃・鑓権三)。
 『すぐれた程度の事』という意味のヨキホドノコト(良き程の事)は,ヨホドノコト,ヨッポドノコトに転化した。前者を早口に発音するときには,ホ・トを落とし,ドの撥音便化で,ヨンノコ・ヨンノクに転化した。(以下略)」

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

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随分


「随分」は,文字通り,

分に随う,

で,

「随(したがう)+分(身の程)」

とある(『日本語源広辞典』)。

「分相応の意で,転じて,大変,非常に等の意を表す」

とある。

この「分」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E5%88%86)は,すでに触れたように,

分を弁える,

の意味で使う。意味は,

各人にわけ与えられたもの。性質・身分・責任など,

の意味で,分限・分際,応分・過分・士分・自分・性分・職分・随分・天分・本分・身分・名分等々という使われ方をする。

「分」(漢呉音フン,ブ,呉音ブン)の字は,

「八印(左右にわける)+刀」

で,二つに切り分ける意を示す(『漢字源』)。ここでの意味で言えば,

ポストにおうじた責任と能力

の意だが,「区別」「けじめ」の意味も含む。「身の程」「分際」という言葉とも重なる。それはある意味,

「持前」とも重なる。

分を守る,
とか
分を弁える,

という場合,上にか天にか神にか,分を超えたことへの戒めととらえることができる。

「身」という字は,

「女性が腹に赤子を身ごもったさまをえがいたもの。充実する,一杯詰まる,の意を含む」

とある。「身の程」は,身分がらとか地位の程度を指すようだが,

天の分,

を指すのではあるまいか。つまり,

天から分け与えられた,性質・才能,

の意味のそれではなく,

天から与えられた分限,職分,

の意である。

死生命有
富貴天に在り(『論語』)

の意である。

「随(隨)」(漢音ズイ,呉音スイ)の字は,

「会意兼形声。隋・墮(=堕,おちる)の原字は「阜(土盛り)+左二つ(ぎざぎざ,參差[シンシ]の意)の会意文字で,盛り土が,がさがさとくずれちることを示す。隨は『辶(すすむ)+音符隋』で,惰性にまかせて壁土がおちて止まらないように,時制や先行者のいくのにまかせて進むこと。もと,上から下へ落ちるの意を含む」

で,「したがう」という意ではあるが,

「なるままにまかせる」「他の者のするとおりについていく」「その事物やその時のなりゆきにまかせる」

という含意である。

とすると,「随分」は,

身分にしたがう,

とはいうが,

身分相応,
あるいは,
分相応,

と,逆らわず,そのままに,という含意になる。それが,

可能な限りぎりぎりの限界,

と意味の範囲を拡大し,そこから,調度視点を変えたように,価値表現に転じ,

程度が甚だしい,
ひどい,

という意味になる。既に『江戸語大辞典』には,

「助詞『と』を伴うこともある。かなり,相当」

と,意味を転じている。『由来・語源辞典』(http://yain.jp/i/%E9%9A%8F%E5%88%86)は,

「古くは文字通り『分(ぶん)に随(したが)う』、身分相応の意で使われていた。これが、分に応じてできる限り、極力の意になり、大いに、非常にの意にも使われるようになった。ひどいの意は明治時代に生じた。」

としている。江戸期には,まだ,

かなり,相当,

であったが,明治期,ついに,

ひどい,

にまで価値表現が深まった,ということらしい。つまり,

身分相応,

分に応じてできるかぎり,極力,

かなり,はなはだ,

ひどい,

と意味が変化した(『語源由来辞典』)。いまでは,

滅法(めっぽう),
物凄い(ものすごい),
やけに,
矢鱈(やたら),
余程(よほど ),

と同義語となっている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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はなはだしい


「はなはだしい」は,

甚だしい,

と当てるが,副詞に,

甚だ,

がある。形容詞「はなはだしい」は,

普通の程度をこえている,はげしい,

意であり,副詞「はなはだ」は,

程度が著しいこと,たいそう,非常に,

の意である。当てている「甚」(漢音ジン,呉音シン)の字は,

「会意。匹とは,ペアをなしてくっつく意で,男女の性交を意味する。甚は『甘(うまい物)+匹(色ごと)』で,食道楽や色ごとに深入りすること」

とあり(『漢字源』),「はなはだしい」の意である。これだと分かりにくいが,「匹」(漢音ヒツ,呉音ヒチ,慣ヒキ)の字は,

「会意。『厂(たれた布)+二つのすじ』で,もとは匸印を含まない。布ふた織りを並べべてたらしたさまで,ひと織りが二丈の長さだから,四丈で一匹となる。二つの物を並べてペアを成す意を含む」

とあり,対の意である(『漢字源』)。

『岩波古語辞典』は,「はなはだ」は,

「ハダ(甚)を重ねた語の転か。平安時代には漢文訓読体に使われた」

とし,

程度を大きく超えているさま,非常に,
全く,全然,
(打消の語を伴って)たいして,

の意とある。「はだ」には,

「ハナハダ(甚)のハダと同根」

とある。『語源辞典・形容詞篇=吉田金彦』も,

「上代,極端にの意を表す副詞ハダがあり,これはハ=端,ダ=接尾語である。このハダを重ねたハダハダからの変化」

とし,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ha/hanahadashii.html)も,

「甚だしいは,副詞「甚だ(はなはだ)」を形容詞化した語。上代に『極端』の意味を表す『は だ(甚)という語があり,それを重ね合わせた『はだはだ』が変化して『はなはだ』になったと考えられている。『はだ(甚)』の『は』は『端』の意味で,『だ』は接尾語である。また『はな(花)』は目立つものの形容にも用いられる語なので,甚だしいの『はなはだ』は『はな(花)』に『はだ(甚)』を合わせた合法俱考えられる。』

とする。ただ,『語源由来辞典』の,「『はな(花)』は目立つものの形容にも用いられる語なので,云々」は意味不明た。「はな」については,すでに触れた(http://ppnetwork.seesaa.net/article/449051395.html?1547249553)が,

「はな(鼻・端)」は,ともに,

「著しく目立つ意の,ハナ」

で,顔の真ん中で著しく目立つ,ところからとする。それが転じて先端の意となる,「はな(端)」も,

鼻の義(言元梯),

とされるほど,端と鼻は,ほぼ同源で,「はな(花)」は,

著しく現れ目立つ意で,ハナ(端)の義,

と,つまりは,

鼻→端→花,

意と転じている。目立つのは,「花」ではなく「鼻」であった。「はな」が,「はだ」とつながるのでなければ,この説明は意味を成さない。

『大言海』は,形容詞「はなはだし」と副詞「はなはだ」を別語源とする。副詞「はなはだ」は, 

「華やかなる意かと云ふ,或は,噫程(あなほど)の轉か」

とし,形容詞「はなはだし」は, 

「はだはだしの轉。いたたき,いなたき。へたたり,へなたり。したたり,しなたりと同趣」

とする。「はだはだし」は,

「いたしの重語のいたいたしの転」

とする。「いたし」は,

甚し,

と当てる。甚だしい意である。意味の流れから見れば,

甚し→甚甚し→甚だし,

と一見通るが,

いた→(はだ)→はなはだ,

の転だと,ちょっと無理がある気がする。「いた(甚)し」という語が,

いた(甚)し→いた(甚)→いと(甚),

と転嫁する流れはあるが(『日本語の語源』)。副詞「はなはだ」と形容詞「はなはだし」を別語源とするには,少し無理があるように思える。

副詞「はなはだ」について,『大言海』と同趣なのは,『日本語源広辞典』で,

「「ハナヤカの意のハナの繰り返し,『ハナハナ』の音韻変化です。」

とする。『日本語源大辞典』は,この他に,

ハナクハシ(花曲)の転か,またハナハダ(花膚)の義か,またハナバナシ(花々し)の転か(菊池俗語考),
ハナハタ(花発出)の義か(柴門和語類集),
アナアナ(呼那々々)の義(言元梯),
ハナヤカナルハダ(肌)の義か(和句解),
ハナホド(端程)の転か(国語の語根とその分類=大島正健),
アナガチ(強)の転か,また,アマハタ(天機)と同じか(和語私臆鈔),
ハタハタの転(日本古語大辞典=松岡静雄),
ハナレハナレシキ(離々如)の義(名言通),

等々。また『日本語の語源』は,音韻変化から,

「ハタ(将)は『その上にさらに加わること。その上また。さらにまた。』の意の副詞である。(中略)『たいそう。はなはだ』の意の副詞,ハダに転音・転義した。(中略)これを重ねたハダハダはハナハダ(甚だ)に転音した」

と,「ハダ(甚)」を,

ハタ(将)→ハダ(甚),

とする。諸説あり,決めてはないのだが,やはり,

「ハナハダ(甚)のハダと同根」

とする,上代の副詞ハダ(甚)の重語ハダハダがハナハダへ転訛したとみるのが,一番納得がいく。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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いちじるしい


「いちじるしい」は,

著しい,

と当て,

はっきりとわかる,
顕著である,

という意である。「著」(チョ,漢音チャク,呉音ジャク)の字は,

「会意兼形声。者(シャ)は,柴をもやして,加熱をひと所に集中するさま。著は『艸+音符者』で,ひと所にくっつくの意を含む。箸(チョ 物をくっつけてもつはし)の原字。チャクの音の場合は,俗字の着で代用する。著はのち,著者の著の意味に専用され,チャクの意に使うときは,着を使うようになった」

とあり(『漢字源』),「あらわれる」「いちじるしい」の意である。「著し」について,

「近世以降シク活用も。古くはイチシルシと清音。一説に,イチはイツ(厳・稜威)の轉。シルシは他とまぎれることなくはっきりしている意」

で,また「著しい」は「シク活用」で,

語尾が「しく・しく・し・しき・しけれ・○」

と変化するが,もとは「ク活用」で,

語尾が「く・く・し・き・けれ・○」

と変化した。「著し」の意味は,

神威がはっきり目に見える,
(思いあたるところが)はっきりあらわれている,
思っちとおりである,
思ったことや感情をはげしくむき出しにする性質である,

と(『岩波古語辞典』),今日の意とは少し異なり,「はっきりわかる」ものが,具体的である。

「室町時代まで清音。イチはイツ(稜威)の轉。シルシははっきり,隠れもないの意」

とある(『岩波古語辞典』)。「いちしろし」が清音「いちしるし」の古形で,

イチシロシ→イチシルシ→イチジルシ,

と転訛したとする(『岩波古語辞典』)。『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/i/ichijirushii.html)は,

「上代には『いちしろし』の形もみられるが,『いちしるし』の母音交替と見られる」

と,「いちしるし」の変形とみているようであるが。「稜威(いつ)」とは,

「厳霊なる威光」

の意で,

「漢書,李廣傳『威稜憺平隣国』注『李奇曰,神霊之威曰稜』

としている(『大言海』)。

その『大言海』は,

「最(いと)著(しる)しの轉。いちじろしは音轉(あるじ,あろじ。わるし,わろし)」

とし,「逸(いち)」の項で,こう述べる。

「最(イト)と音通なり(遠之日(ヲチノヒ),一昨日(ヲトトヒ)),イチジルシも,最著(いとしる)しなるべし,和訓栞,イチジルシク『著を訓めり,最(イト)白き義なり』,案ずるに,優れたる意にて,一なるべきかとも思はれ,又,普通に用ゐらるる逸(いつ)の字も,呉音は,イチなり(一(イツ),いち),正字通りに『逸,超也』とありて,逸才,逸品等々とも云ふ。然れども,上古にも見ゆる語なれば,漢字音を混ずべきにあらず」

「いちじるしい」は,「最」といっている。

『日本語源広辞典』は,しかし,三説挙げ,

説1,「イチ(いっそう)+シルシ(目立つ・著しい)」,
説2,「イト(たいそう・甚)+シルシ」
説3,「イチ(稜威)+シルシ」

『日本語の語源』,

「いとしるし(甚著し)はイチジルシ(著し)になった」

『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/i/ichijirushii.html)は,

「著しいの『いち』は、『いとうつくし』『いとおいし』 の『いと』や、『いたく(甚く)感銘した』の『いたく』と同源で、程度が激しいことを表す「いち( 甚)」。」

と説2の「甚」を採る。「甚」と「最」と当てる漢字は違うが,「いと(甚)」は,

「極限・頂点を意味するイタの母音交替形」

で,「いた(甚)」は,

「イタシ(致)イタリ(至)イタダキ(頂)と同根」

とする。「イタ」と「イツ(チ)」と繋がりそうな気がする。『大言海』は,「いと」に,

最,
甚,
太,

の字を当てている。では,「しるし」は,何だろか。『岩波古語辞典』は,「しるし」に,

徴し,
標し,
記し,
銘し,

と当て,

「シルシ(著し)と同根」

とする。「しるし(著し)」は,

「シルシ(徴・標)と同根。ありありと見え,聞え,また感じ取られて,他とまがう余地が無い状態」

とする。その「しるし」を『大言海』は,

「知るの活用,効(しるし)と通ず,明白の義」

とする。「しるし(印・標・徴・籤・符・約・證)」は,

「記すの活用,記(しる)しの義」

とある。「効(しるし)」は,「効・験」と当て,

「著しに通ず」

とする。敢えて,順序づければ,

しるし(記)→しるし(印・標)→しるし(著)→しるし(効)→しるし(知),

という意味が転じたことになる。

『日本語の語源』は,

「『知る』を形容詞化したシルシ(著し)は「いちじるしい。はっきりしている」意である。これを強めたイトシルシ(甚著し)は,「ト」の母交(母韻交替)[oi]でイチジルシ(著し)に転化した」

とする。

「いと(甚・最)・しるし(著し)」

が,

いちじるし,

に転じた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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サムライ


「さむらい」は,

侍,
士,

と当てる。

「サブラヒの転」

とある(『広辞苑第5版』)。「さぶらひ」は

「主君のそば近くに仕える」

意であり,その人を指した。

「平安時代,親王・摂関・公卿家に仕え家務を執行した者,多く五位,六位に叙せられた」

つまり,「地下人」である。「地下(じげ)」とは,

「昇殿を許された者、特に公卿以外の四位以下の者を殿上人と言うのに対し、許されない者を地下といった。」

のである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E4%BA%BA)。さらに,

「武器をもって貴族まったく警固に任じた者。平安中期,禁裏滝口,院の北面,東宮の帯刀などの武士の称」

へと特定されていく。

「さむらい」に「士」と当てると,

「武士。中世では一般庶民を区別する凡下と区別される身分呼称で,騎馬・服装・刑罰などの面で特権的な扱いを受けた。江戸時代には幕府の旗本・諸般の中小姓以上,また士農工商のうちの士分身分の物を指す。」

とあり(『広辞苑第5版』。凡下(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba12.htm#%E5%87%A1%E4%B8%8B)については触れたが,

「鎌倉幕府では、侍は僕従を有し、騎上の資格ある武士で、郎従等の凡下と厳重に区別する身分規定が行なわれた。しかし、鎌倉中期以降、その範囲が次第に拡大、戦国時代以降は、諸国の大名の家臣をも広く侍と称するようになり、武士一般の称として用いられるようになる。」(仝上)

という。

それをメタファとして,「さむらい」というと,

なかなかの人物,

の意で使うらしいが,「さむらい」を褒め言葉と思うのは,僕は錯覚だ思っている。かつて,いちいち言わなくても,侍は,侍であった。

「武家」という言い方をすると,

「日本における軍事を主務とする官職を持った家系・家柄の総称。江戸時代には武家官位を持つ家系をいう。」

のも(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AE%B6),そこから来ている。

「平安時代中期の官職や職能が特定の家系に固定化していく『家業の継承』が急速に進展していた。しかし武芸を職能とする下級貴族もまた、『兵の家』として武芸に特化した家柄を形成し、その中から軍事貴族(武家貴族)という成立期武士の中核的な存在が登場していった。これらの家系・家柄を指して『武家』もしくは『武勇の家』『武門』とも呼ばれている。」

ということになる。「さぶらふ」者に変わりはない。「さぶらひ」は,

侍ひ,
候ひ,
伺ひ,

と当て,

「サモラヒの転。じっと傍で見守り,待機する意。類義語ハベリは,身を低くして貴人などのそばに坐る意」

とある(『岩波古語辞典』)。「さもらふ」は,

「サは接頭語。見守る意のモリに反復・継続の接尾語ヒのついた形」

とある(仝上)。接尾語「ひ」は,

「四段活用の動詞を作り,反復・継続の意を表す。例えば,『散り』『呼び』といえば普通一回だけ散り,呼ぶ意を表すが,『散らひ』『呼ばひ』といえば,何回も繰り返して散り,呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は四段活用の動詞アヒ(合)で,これが動詞連用形のあとにくわわって成立したもの。その際の動詞語尾の母音の変形に三種ある。@[a]となるもの。例えば,ワタリ(渡)がウタラヒとなる。watariafi→watarafi。A[o]となるもの。例えば,ツリ(移)がツロヒとなる。uturiafi→uturofi。B[ö]となるもの。例えば,モトホリ(廻)がホトホロヒとなる。mötöföriai→mötöföröfi。これらの相異は語幹の部分の母音,a,u,öが,末尾の母音を同化する結果として生じた」」

とある(仝上)。とすると,「モリ(守)に反復・継続の接尾語ヒのついた形」の

「もり+ひ」

つまり,「もらふ」である。「さ(sa)」を付けると,

samöriafi→samörafi→samurafi→saburafi→samurai,

といった転訛であろうか。その経緯は,

「「サムライ」は16世紀になって登場した比較的新しい語形であり、鎌倉時代から室町時代にかけては『サブライ』、平安時代には『サブラヒ』とそれぞれ発音されていた。『サブラヒ』は動詞『サブラフ』の連用形が名詞化したものである。以下、『サブラフ』の語史について述べれば、まず奈良時代には『サモラフ』という語形で登場しており、これが遡り得る最も古い語形であると考えられる。『サモラフ』は動詞『モラフ(候)』に語調を整える接頭辞『サ』が接続したもので、『モラフ』は動詞『モル(窺・守)』に存在・継続の意の助動詞(動詞性接尾辞ともいう)『フ』が接続して生まれた語であると推定されている。その語構成からも窺えるように、『サモラフ』の原義は相手の様子をじっと窺うという意味であったが、奈良時代には既に貴人の傍らに控えて様子を窺いつつその命令が下るのを待つという意味でも使用されていた。この『サモラフ』が平安時代に母音交替を起こしていったん『サムラフ』となり、さらに子音交替を起こした結果、『サブラフ』という語形が誕生したと考えられている。『サブラフ』は『侍』の訓としても使用されていることからもわかるように、平安時代にはもっぱら貴人の側にお仕えするという意味で使用されていた。『侍』という漢字には、元来 『貴族のそばで仕えて仕事をする』という意味があるが、武士に類する武芸を家芸とする技能官人を意味するのは日本だけである。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D)。

サモラヒ→サムラヒ→サブラヒ→サムライ,

と転訛したことになる(『日本語源広辞典』)。

「『初心仮名遣』には、『ふ』の表記を『む』と読むことの例の一つとして『さぶらひ(侍)』が示されており、室町期ころから、『さふらひ』と記してもサムライと発音していたらしい。一般的に『さむらひ』と表記するようになるのは、江戸中期以降である。」(『精選版 日本国語大辞典』『日本語源大辞典』)

「さぶらふ」(その名詞形「さぶらひ」)の原義,「主君の側近くで面倒を見ること、またその人」が,

「朝廷に仕える官人でありながら同時に上級貴族に伺候した中下級の技能官人層を指すようになり、そこからそうした技能官人の一角を構成した『武士』を指すようになった。つまり、最初は武士のみならず、明法家などの他の中下級技能官人も『侍』とされたのであり、そこに武人を意味する要素はなかったのである。…『サブラヒ』はその後『サブライ』→『サムライ』と語形変化を遂げていったが、地位に関係なく武士全般をこの種の語で呼ぶようになったのは、江戸時代近くからであり、それまでは貴族や将軍などの家臣である上級武士に限定されていた。 17世紀初頭に刊行された『日葡辞書』では、Bushi(ブシ)やMononofu(モノノフ)はそれぞれ『武人』『軍人』を意味するポルトガル語の訳語が与えられているのに対して、Saburai(サブライ)は『貴人、または尊敬すべき人』と訳されており、侍が武士階層の中でも、特別な存在と見識が既に広まっていた。」

その時代,「凡下」も意味を変える。

「元は仏教用語で『世の愚かな人たち』『世の人』(『往生要集』)などを指す語として用いられていた。これが一般社会においては官位を持たない無位の人々(白丁)の意味で使われた。後に武士(侍)が力を持ち始めると、武士の身分と官位には関連性が無かったために武士の中には有位の者も無位の者もいた。そのため、無位を含めた武士層と対置する無位の庶民に対する身分呼称として雑人とともに凡下が用いられるようになった。」

武士の台頭によって,相対的に他を呼ぶ呼称が変わったことになる。

かつては,武家の従者の,地位の高い者を郎党、低い者を従類といった。武家の従者で主人と血縁関係のある一族・子弟を家子と呼んだ。従類は、郎党の下の若党、悴者(かせもの)を指す。家子・郎等・従類は、皆姓を持ち、合戦では最後まで主人と運命を共にする。この下に,中間、小者、あらしこ、という戦場で主人を助けて馬を引き、鑓、弓、挟(はさみ)箱等々を持つ下人がいる。身分は中間・小者・荒子(あらしこ)の順。あらしこが武家奉公人の最下層。中間(ちゅうげん)、小者(こもの)、荒子(あらしこ)まで武士身分に位置づけられる(天正19年(1569)の秀吉の身分統制令)。ここまでを武家奉公人と呼び,「士」とした。凡下ではないのである。だから,江戸時代以前では主家に仕える(奉公する)武士も含めて単に奉公人と呼んだが,江戸時代以降は中間や小者は非武士身分とされた。まあ,戦のない時代,武家にとって無用となったということだろか。

「江戸時代の法制面では、幕臣中の御目見(おめみえ)以上、即ち旗本を侍と呼び、徒(かち)・中間(ちゅうげん)などの下級武士とは明確に区別した。諸藩の家臣についても、幕府は中小姓以上を侍とみなした。」(仝上)

とある。江戸時代,「さむらい」の意味をまた変えたのである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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傾く


「傾く」は,

かたむく,

と読むが,

「古くは,カタブク。『片向く』の意」

とある(『広辞苑第5版』)。「かたぶく」の項には,

「中世以降カタムクと両用される」

とある。『岩波古語辞典』には,「かたぶく」は,

「カタは一方的で不完全の意。ブキはムキ(向)の子音交替形。安定直立から斜めにずれて倒れそうになる意」

とある。

『大言海』は,

「偏(かた)向くの義」

とする。『日本語源広辞典』も,

「カタ(片)+ブク(向く・寄る)」

で,

一定の基準(水平または垂直)から片方へそれる,

つまり,

斜めになる,

意だが,それをメタファに,

考えや気持ちがある方面に引きつけられる,
陽が西に沈みかける,
(首を傾げる意から)不審に思う,
不安定になる,

等々の意を持つ。「傾く」は,

カブク,

とも訓む。やはり,

かたむく,

意だが,その「傾く」をメタファに,

異様身なり,異端の言動など,常軌を外れている,
自由放恣な行動をする,
ふざける,戯れる,

意から,

歌舞伎を演ずる,

意へとつながり,名詞化して,

歌舞伎,
歌舞妓,

と当て字することになる。この「歌舞伎」は,

「天正時代の流行語で、奇抜な身なりをする意の動詞「かぶ(傾)く」の連用形から」

とある(『広辞苑第5版』その他)。

ただ,この「かぶく」は,

「片向く」

ではなく,『大言海』には,

「頭(カブ)を活用せしむ(頭(かぶ)す(傾),頭(かぶ)る(被)同じ),まくらく(枕),かづらく(鬘)の例なり,頭重く,ウハカブキになる意より,傾く義となる」

とある。「うはかぶき(上傾き)」とは,

物の頭がちにて,傾くこと,

つまり,

頭でっかち,

であり,さらに,

派手で上っ調子なこと,

の意がある。この意が,

かぶきもの(傾者),

異様な風体をして大道を横行する軽佻浮薄の遊侠の徒,

を指すのにつながる。「かぶく」

には,

傾く,

つまり,

常軌を逸する,

意と,そこに,

自由奔放さ,

へのちょっとした憧憬も含意している。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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かぶく


「かぶく」は,「傾く」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba13.htm#%E5%82%BE%E3%81%8F)で触れたように,『大言海』は,

「頭(カブ)を活用せしむ(頭(かぶ)す(傾),頭(かぶ)る(被)同じ),まくらく(枕),かづらく(鬘)の例なり,頭重く,ウハカブキになる意より,傾く義となる」

とし,「うはかぶき(上傾き)」とは,

物の頭がちにて,傾くこと,

つまり,

頭でっかち,

であり,さらに,

派手で上っ調子なこと,

の意がある(『岩波古語辞典』)。この意が,

かぶきもの(傾者),

異様な風体をして大道を横行する軽佻浮薄の遊侠の徒,

を指すのにつながる。「かぶく」

には,

傾く,

つまり,

常軌を逸する,

意と,そこに,

自由奔放さ,

へのちょっとした憧憬も含意しているように思える。

「『かぶく』の『かぶ』は『頭』の古称といわれ、『頭を傾ける』が本来の意味であったが、頭を傾けるような行動という意味から『常識外れ』や『異様な風体』を表すようになった。」

とある(http://gogen-allguide.com/ka/kabuki.html)のは飛躍で,「傾く」自体に,

一定の基準(水平または垂直)から片方へそれる,

という意があり(『広辞苑第5版』),「かぶく」のもつ「傾く」意そのものに,

外れている,

という含意がある。

むしろ,

「かぶくとは、どっちかに偏って真っすぐではないさまをいい、そこから転じて、人生を斜(しゃ)に構えたような人、身形(みなり)や言動の風変わりな人、アウトロー的な人などを『かぶきもの』と呼んだ。」

というほうが正確である(http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/kabuki/kabuki040111.html)。

で,そこから転じて,

「風体や行動が華美であることや,色めいた振る舞いなどをさすようになり,そのような身なり振る舞いをする者を『かぶき者』といい,時代の美意識を示す俗語として天正(1573〜92年)頃流行した。」(仝上)

となる。「かぶき者(傾奇者、歌舞伎者とも表記)」は,

「戦国時代末期から江戸時代初期にかけての社会風潮。特に慶長から寛永年間(1596年〜1643年)にかけて、江戸や京都などの都市部で流行した。異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのこと。茶道や和歌などを好む者を数寄者と呼ぶが、数寄者よりさらに数寄に傾いた者と言う意味である。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%B6%E3%81%8D%E8%80%85)。その風体は,

「当時男性の着物は浅黄や紺など非常に地味な色合いが普通だった。しかし、かぶき者は色鮮やかな女物の着物をマントのように羽織ったり、袴に動物皮をつぎはうなど常識を無視して非常に派手な服装を好んだ。他にも天鵞絨(ビロード)の襟や立髪や大髭、大額、鬢きり、茶筅髪、大きな刀や脇差、朱鞘、大鍔、大煙管などの異形・異様な風体が『かぶきたるさま』として流行した。」

という(仝上)織田信長も「かぶき者」といわれるだけの風体だったことになる。

これが,現代の歌舞伎となったのは,

「17世紀初頭,出雲大社の巫女『出雲の阿国(おくに)』と呼ばれた女性の踊りが,斬新で派手な風俗を取り込んでいたためも『かぶき踊り』と称されたことによる。」

という(仝上)。これは,

「その行動様式は侠客と呼ばれた無頼漢たちに、その美意識は歌舞伎という芸能の中に受け継がれていく。」

ことになる(仝上)。

『日本語源広辞典』は,「かぶき」の語源について,

「語源は,唐の時代の『仮婦戯(仮に女になる芝居)』で,中国語源です。通説は,『動詞カブクの連用形』ですが,疑問」

とする。しかし,唐代のものが,天正から,慶長にかけて流行った風体を「かぶき者」と呼んだ理由が,これでは説明が付かない気がする。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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かぶり


「あたま」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba8.htm#%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%BE)で触れたように,「あたま」は,

「『当間(あてま)』の転で灸点に当たる所の意味や、『天玉(あたま)』『貴間(あてま)』の意味など諸説あるが未詳。 古くは『かぶ』『かしら』『かうべ(こうべ)』と言い、『かぶ』は 奈良時代には古語化していたとされる。『かしら』は奈良時代から見られ、頭を表す代表 語となっていた。『こうべ』は平安時代以降みられるが、『かしら』に比べ用法や使用例が狭く、室町時代には古語化し、『あたま』が徐々に使われるようになった。『あたま』は、もとは前頭部中央の骨と骨の隙間を表した語で、頭頂や頭全体を表すようになったが、まだ『かしら』が代表的な言葉として用いられ、『つむり』『かぶり』『くび』などと併用されていた。しだいに『あたま』が勢力を広げて代表的な言葉となり、脳の働きや人数を表すようにもなった。」

と,

かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま,

と変遷したということらしい(『語源由来辞典』http://gogen-allguide.com/a/atama.html)。「かぶ」は,『岩波古語辞典』には,

「カブラ(蕪)・カブヅチノカブと同根。塊になっていて,ばらばらに離れることがないもの」

とあるが,『大言海』は,

「かうべと云ふも,頭上(かぶうへ)の轉なり」

とある。この「かぶ」の転訛のひとつ「かぶり」は,

「頭振(かぶふり),又首(かうべ)振の約(紙縒(かみより),こより。杏葉(ぎゃうえふ),ぎょえふ)。カフリを振るは,重言なれど,熟語となれば,語原は忘れらる,博打を打つの如し」

となる(『大言海』)。しかも,「かぶる(被る)」は,『大言海』は,

「頭(かぶ)を活用せしむ」

とあり,「かぶく(傾)」の項に,やはり,

「頭(かぶ)を活用せしむ(頭(かぶ)す(傾く),頭(かぶ)る(被),同じ)」

とある。「かぶる」もまた,当たり前だが,頭とつながる。

「やぶれかぶれ(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba10.htm#%E3%82%84%E3%81%B6%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%81%B6%E3%82%8C)で触れたように,「かぶる(被)」は,

カガフリ→カウブリ→カブリ,

と転訛している。この「かがふり」は,

冠,

につながる。「冠」の「かうぶる(冠・蒙)」は,

カガフリ→カウブリ→カウムリ→カンムリ→カムリ,

と転訛する(『岩波古語辞典』)。当然「かぶる」「かふり」は,

かぶと(兜),

につながる(http://ppnetwork.seesaa.net/article/451755286.html)。「かぶと」には,

「朝鮮語で甲(よろい)をkap衣をotという。その複合語kapotを,日本語でkabutoとして受け入れたという」

ような(『岩波古語辞典』)朝鮮語源説もあるが,「かふり」「かぶ」との関連から見ると,

「カブ(頭,被る,冠)+ト(堵,カキ,ふせぐもの)」

と(『日本語源広辞典』)か,『日本語源大辞典』も,

カブは頭の意(古事記伝),
カフト(頭蓋)の音義(和語私臆鈔),
カブブタ(頭蓋)の約転(言元梯),
カブト(頭鋭)の意(類聚名物考),
カブは頭。トは事物を意味する接尾語(日本古語大辞典),
頭を守る大切なものという意で,カブ(頭)フト(太=立派なもの)か(衣食住語源辞典),
カブツク(頭衝)の義(名言通),

等々「『かぶ』は頭の意と考えるのが穏当であろうが,『と』については定説を見ない」が,「かぶ(頭)」とつながるとみていい。

次いでながら,「かずける」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba11.htm#%E3%81%8B%E3%81%9A%E3%81%91%E3%82%8B)で触れたように,

被く,

と当てる「かづく(かずく)」(下二段)の口語,「かづく(かずく)」は,

「『潜(かず)く』と同源で,頭から水をかぶる意が原義,転じて,ものを自分の上にのせかぶる意」

とある(『広辞苑』)。「潜く」は,

「頭にすっぽりかぶる意」

であり(『岩波古語辞典』),その名詞形,

「かづき」(被)

は,被り物の意だが,

被衣,

とも当て,

衣被(きぬかづき),

の意でも使われる。によると,「かづき」は,

「室町時代頃から,『かつぎ』へと移りはじめたらしい」

とあり(『岩波古語辞典』),「衣被」も,

きぬかづき→きぬかつぎ,

と転じている。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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かぶれる


「かぶれる」は,

気触れる,

と当てる。

漆にかぶれる,

の,「かぶれる」である。つまり,

漆または膏薬などの刺激で皮膚に発疹や炎症がおこる,

意であり,それをメタファに,

その風に染まる,感化される,

意でも使う。

あの思想にかぶれる,

という使い方をする。

『岩波古語辞典』は,

「黴と同根」

とする。「かび」は,

「ほのかに芽生える意」

とする。さらに,

「かもす,醸の字也。麹や米をかびざせて酒に造る也」(源氏物語・千鳥抄)
「殕,賀布(かぶ),食上生白也」(和名抄)

を引く。『大言海』は,「かび」の項で,

黴,
殕,

の字を当て,

黴(か)ぶるもの,

の意とするがどうも,この語源説は行き止まりに思える。

『大言海』は,「かぶれる」を,

「気触(けぶ)るの転」

とし,「か(気)」は,

気(け)の転,

ということらしい。

『日本語源広辞典』は,

「カ(感)+フレル(触)」

とする。「か」を,

気,

とするか,

感,

とするか,といなら,「気」に思える。その他に,

「蚊触」

とする説もある(和訓栞)し,

「香触」

といる説もある(俚言集覧)。「香」とするものに,

「カは香,ブルはクスブル,イブルのブルと同じ。またはカオブ(香帯)」

というのもある(音幻論=幸田露伴)。

「易林本節用集」も,

「蚊触」

と当てているらしく,「蚊」による仕業という認識があったらしい(『日本語源大辞典』)。

しかし,「感」はともかく,「香」はあるまい。ひとまず,『大言海』の,

「気触(けぶ)るの転」

を採る。この「かぶれる」をメタファにした,

思想にかぶれる,

の意は,「香」ではぴんとこまい。臆説かもしれないが,

被れる,

なのではないか,という気が少ししている。意味だけだが,「黴」が,

黴ぶる,

なら,

被る,

と重ねられる気がする。「かぶ(頭)」を活用させ,

カガフリ→カウブリ→カブリ,

と転訛した「被る」と重なって仕方がない。むろん臆説だが。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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カビ


「カビ」は,

黴,

と当てるが,『大言海』は,「カビ」に,

黴,
殕,

の字を当てている。

黴(か)ぶるもの,

の意とする。「かぶれる」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba13.htm#%E3%81%8B%E3%81%B6%E3%82%8C%E3%82%8B)で触れたように,『岩波古語辞典』は,動詞「かぶ(黴ぶ・上二 )」は,

「ほのかに芽生える意」

とする。さらに,

「かもす,醸の字也。麹や米をかびざせて酒に造る也」(源氏物語・千鳥抄)
「殕,賀布(かぶ),食上生白也」(和名抄)

を引く。『岩波古語辞典』がこれを引用したのは,

かぶ(黴),

かもす(醸),

との関連を示唆したかったからだろうか。現に,

「発酵する意のカモス(醸)の元のカム(醸)の異形カブ(醸)の連用形から名詞化したもの(語源辞典・植物篇=吉田金彦),

とする説もある。『岩波古語辞典』の「かむ(醸)」には,

「『かもす』の古語。もと米などを噛んでつくったことから」

とある。発酵と黴とが,

かぶ(黴),

かむ(醸す),

と同じであってもおかしくはない。

「バ行音(b)は鼻音のマ行音への転化,

はありる(『日本語の語源』)。ただ,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ka/kabi.html)は,

「発酵する意味の『カモス(醸す)』の元の形『カム(醸)』の異形が『カブ(醸)』で、発酵して カビが生えることを『カブ』といい、その連用形から名詞に転じたとする説が有力。」

としつつ,

「ただし、『古事記』の『葦牙の如く萌え騰る物に因りて』に見られる『牙』は『カビ』と読み、植物の芽を意味しており、『黴』と同源と考えられる。『牙』が『黴』と同源となると、『醸す』を語源とするのは難しい。」

とする。

動詞「かぶ(黴ぶ)」の名詞形が,

カビ,

だが,『岩波古語辞典』には,まず最初に,

芽,

の意があり,

「葦かびの如く萌え騰(あが)るもの」(古事記)

の用例が載るのは,上記の理由と思われる。この「芽」との関連で,「カビ」の語源を,

カは上の意。ヒは胎芽を意味するイヒの原語(日本古語大辞典=松岡静雄),

とする説もある。また『日本語源広辞典』も,

「カブ(膨れる・芽)」

とし,「かぶれる」と同源とする。『語源由来辞典』も,

「『牙』を考慮すると、毛が立って皮のように見えるところから『カハミ(皮見)』とする説(名言通)や『カ』は上を表し、『ヒ(ビ)は胎芽を意味する『イヒ』とする説(日本古語大辞典=松岡静雄)が有力」

とする。この他に,

カはア(上)の轉。密生して物の上を被ところから(国語の語根とその分類=大島正健),
キサビ(気錆)の義(日本語原学=林甕臣),
クサレフキから。クサの反カ。レは略。フキの約ヒ(和訓考),
ケフ(気生)の義(言元梯),

等々があるが,

かぶ(黴),

かもす(醸),



麹,

とつながると見るのが妥当ではあるまいか。『大言海』は,「かうぢ(麹)」の項で,

「かびたち,かむだち,かうだち,かうぢと約転したる語」

としている。考えれば,「麹」も,

コウジカビ,

である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

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かもす


「かもす」は,

醸す,

と当てるが,古語は,

か(醸)む,

である(『岩波古語辞典』)。

「もと,米などを噛んで作ったことから」

らしい。『大言海』は,

「カム(醸)は,口で噛むという古代醸造法」

である(『日本語源広辞典』)が,当然「か(醸)む」は「か(噛)む」に由来する。『岩波古語辞典』には,「噛む」は,

「カム(醸)と同根」

とある。

「カム(噛む)はカム(嚼)に転義して食物を噛み砕くことをいう。米を噛んで酒をつくったことからカム(醸む)の語が生まれた。〈すすこりがカミし神酒にわれ酔ひにけり〉(古事記)。(中略)酒を造りこむことをカミナス(噛み成す)といったのがカミナス(醸み成す)に転義した。カミナスは,ミナ[m(in)a]の縮約で,カマス・カモス(醸す)になった」

という転訛のようである(『日本語の語源』)。しかし,

石臼で米をかみつぶして酒を造るところから(俚言集覧),
かびさせて作るところから(雅言考・和訓栞),
カアム(日編)の約。日数を定め量って造るという義(国語本義),
カメ(甕)で蒸すところから(本朝辞源=宇田甘冥),

等々の異説もある(『日本語源大辞典』)。

では,「こうじ」からみるとどうか。「こうじ」は,

麹,
糀,

と当てるが,「糀」は国字である。両者の区別は,意味上ないが,

「糀」 : 米を醸造して作った物
「麹」 : 大豆・麦を醸造して作った物
「こうじ」を醸造するための元になる菌(種)のことも「麹」の漢字を使用しています。

と,ある味噌屋のサイトでは区別していた(http://www.izuya.jp/daijiten/kouji-a_5.html)。

漢字側からは,「こうじ」は,

「麹子(きくし)がなまって,こうじとなり日本語化した」

とある(『漢字源』)。因みに「麹」(キク)の字は,

「会意兼形声。『麥+音符掬(キク 掬手でまるくにぎる)』の略体。ふかした麦や豆をまるくにぎったみそ玉」

である。

「応神天皇のころ朝鮮から須須許理(すずこり)という者が渡来して,酒蔵法を伝えて,麹カビを繁殖させることを伝えた」

とある(『たべもの語源辞典』)ので,この説に説得力がる。

しかし,『大言海』は,「かうぢ」(麹・糀,)の項で,

「カビタチ→カムダチ→カウダチ→カウヂと約転したる語」

とし,『日本語源広辞典』も,

「カビ+タチ」

とし,

「カビタチ→カムダチ→カウダチ→カウヂ→コウジの変化」

とする。『たべもの語源辞典』も,

「カムタチ(醸立)→カムチ→コウジ」

とし,『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ko/kouji.html)も,平安時代の漢和辞書『類聚名義抄』の,

「麹 カムタチ カムダチ」

とあるとして,

「カビダチ(黴立)→カムダチ→カウダチ→カウヂ」

の音変化が有力としつつ,

「中世の古辞書では『カウジ』しか見られず,『ヂ』の仮名遣いが異なる点に疑問の声もある。」

とする。しかし,

かもす(醸す)の連用形「かもし」の変化(『語源由来辞典』),
カムシの転(語簏),
カウバシキチリ(香塵)の意から(和句解),
キクジン(麹塵)の転(日本釈名)

等々の異説もある(『日本語源大辞典』)。ただ,「かも(醸)す」という言葉があったのだから,それを表現する「麹」があったとみる見方ができる。ただ,物事を抽象化する語彙力をもたない,我々の和語から考えると,

麹子(きくし)→こうじ,

の転訛は捨てがたい。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

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かむ


「かむ」は,

噛(嚙)む,
咬む,
咀む,
嚼む,

等々と当てる。

「噛(嚙)」(コウ,漢音ゴウ,呉音ギョウ)の字は,

「会意。『口+歯』。咬(コウ)と近い。齧(ゲツ かむ)の字を当てることもある。」

で,かむ,意である。「齧」(ケツ,漢音ゲツ,呉音ゲチ)の字は,

「会意兼形声。丰は竹や木(|)に刃物で傷(彡)をつけたさまをあらわす。上部の字(ケイ・ケツ)はこれに刀をそえたもの。齧はそれを音符とし,歯を加えた字で,歯でかんで切れ目をつけること」

で,かむ,かんで傷をつける意である。

「咬」(漢音コウ,呉音キョウ)の字は,

「会意兼形声。『口+音符交(交差させる)』で,上下のあごや歯を交差させてぐっとかみしめる」

で,かむ,かみ合わせる意。

「咀」(ソ,漢音ショ,呉音ゾ)の字は,

「会意兼形声。且は,積み重ねた姿を示し,積み重ね,繰り返す意を含む。咀は『口+音符且(ショ・シャ)』で,何度も口でかむ動作をかさねること」

で,なんどもかむ意,咀嚼の咀である。

「嚼」(漢音シャク,呉音ザク)の字は,

「会意兼形声。爵は,雀(ジャク 小さい鳥)と同系で,ここでは小さい意を含む。嚼は『口+音符爵』で,小さくかみ砕くこと」

で,細かく噛み砕く意である。。

「かむ」意は,いわゆる「噛む」「噛み砕く」意から,舌をかむ,のように,

歯を立てて傷つける,

意,さらに,

歯車の歯などがぴったりと食い合う,

といった直接「噛む」にかかわる意味から,それをメタファに,

岩を噛む,
とか,
計画に関わる,

という意に広がり,最近だと,

台詞を噛む,

というように,台詞がつっかえたり,滑らかでない意にも使う。『岩波古語辞典』では,

鼻をかむ,

の「かむ」も「噛む」を当てているが,

洟擤(はなか)み,
擤(か)む,

と当てる(『大言海』は「洟む」と当てている)。あるいは,漢字を当て分けるまでは,同じ「かむ」であった,と考えられる。

「かむ」について,『岩波古語辞典』には,

「カム(醸)と同根。口中に入れたものを上下の歯で強く挟み砕く意。類義語クフは歯でものをしっかりくわえる意」

とする。『日本語の語源』は,「かむ」の音韻変化を,こう書いている。

「カム(噛む)は上下の歯をつよく合わせることで,『噛み砕く』『噛み切る』『噛み締める』などという。
カム(噛む)はカム(咬む)に転義して『かみつく。かじる』ことをいう。人畜に大いに咬みついて狂暴性を発揮したためオホカミ(大咬。狼)といってこれをおそれた。また,人に咬みつく毒蛇をカムムシ(咬む虫)と呼んで警戒した。
カム(咬む)はハム(咬む)に転音した。(中略)カム(噛む)はカム(嚼む)に転義して食物を噛み砕くことをいう。米を嚼くで酒をつくったことからカム(醸む)のごがうまれた。」

逆に言うと,「かむ」という語しかなかったということなのではないか。漢字を当てなければ,文脈を共にしなければ,意味が了解できない。

で,「かむ」の語源は何か。『日本語源広辞典』は,

「『動作そのものを言葉にした語』です。カッと口をあけて歯をあらわす。カ+ムが語源です」

とする。あり得ると思う。似ているのは,

カは,物をかむ時の擬声音(雅語音声考・国語溯原=大矢徹・音幻論=幸田露伴・江戸のかたきを長崎で=楳垣実),

という説がある(『日本語源大辞典』)。

かむ行為の擬態語,擬音語というのが一番妥当に思える。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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かち


「かち」

徒,
徒歩,
歩行,

等々と当てる。

乗り物に乗らないで歩くこと,
陸路を行くこと,

の意で,

徒士,

と書くと,

徒士侍,

つまり,

騎乗を許されない武士,

の意となる。

『広辞苑第5版』には,「かち」は,

「『くがち(陸地)』の略『かち』の意が転じて」

とある。『大言海』も,

「陸(かち)の義,陸(かち)より行くと云ふべきを,略して云ふなり」

とあり,「かち(陸)」の項ては,

「陸地(くがち)の略ならむと云ふ。出雲(イヅクモ),イヅモ」

と載る。陸路を,

くがぢ,

と読む(『岩波古語辞典』)し,「陸」を,

くが,

と訓み,「くが」は,

「クヌガの約」

とあり(『岩波古語辞典』『広辞苑第5版』),

「海・川などに対して」

陸地を指す(『岩波古語辞典』)。

歩行,

を,副詞的に,

かちより,

と訓ませる。万葉集に,「他夫(ひとづま)の,馬より行くに己夫(おのづま)の,歩従(かちより)行けば見る毎に.哭(ね)のみ泣(な)かゆ」という長歌があると『大言海』にある。『岩波古語辞典』には,

徒歩より,

と当て,