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コトバ辞典


はらをくくる

 

「はらをくくる」は,

腹を括る,

と当てる。

いかなる結果にもたじろがないよう心を決める。覚悟する。腹を据える,

という意味が載る(『広辞苑』)。「はら」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba8.htm#%E3%81%AF%E3%82%89) で触れたように,「はら」は,

腹,
肚,

と当てるが,肉体の「腹」の意から,背に対する前側の意,胎内の意,更にそこから血筋,物の中程の部分,といった意味の広がりから,転じて,

本心・真情・性根を宿す所,

つまり,

心底,

という意味になり,

意趣・遺恨などを含む内心,

といった意味へと転じていく。「はら」といったとき,ただの気持ちや感情,考えというより,

本音,
本心,

といった意味を含んでいる。「腹の内」というニュアンスである。そこからであろうか,「腹の大きい」などと,

度量・胆力,

という意味でも使われる。「腹を括る」の「腹」は,ただの「考え」というより,

度量・胆力,

の含意がある。漢字は,「腹」の字は,

「右側の字(音フク)は『ふくれた器+夂(足)』からなり,重複してふくれることを示す。往復の復の原字。腹はそれを音符として肉を加えた字で,腸がいくえにもなってふくれたはら」

であり,「肚」の字は,

「土は,万物をうみ出す力をいっぱいにたくわえた土。肚は『肉+音符土』で,一杯に食物を蓄えたはら」

と,いずれも,「張った」とか「ふくれた」の意が強いが,「腹」より「肚」の含意を取りたい気が,個人的にはする。

類語には,

腹を据える,
腹を決める,
腹を固める,

というのがある。いずれも,

覚悟を決める,

という意味だが,少しずつニュアンスが違うようだ。

腹を決める,

は,

決意する,
決断する,

という意味だが,

腹を固める,

も,

覚悟する,
決心する,

でも,

腹を固める→腹を決める,

という感じあろうか。『江戸語大辞典』には,

腹を緊(し)める,

という言い回しがあり,

気を引き締める,
覚悟を決める,

という意味で,ほぼ,

腹を括る,

に似ている。

「腹を括る」には,ただ心を決めるというよりは,

どんな結果になっても、たじろがないように、心を決めること,

という含意があり,

腹を緊める,

の含意と重なる。『笑える国語辞典』

https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%AF/%E8%85%B9%E3%82%92%E6%8B%AC%E3%82%8B-%E8%85%B9%E3%82%92%E3%81%8F%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/

には,

「腹を括る(腹をくくる)とは、覚悟を決める、という意味。『括る(くくる)』は、紐などを物の周りに巻いて締めつけるということだが、『腹をくくる』といっても、メタボな腹をベルトで締め上げるわけではない。ここでいう『腹』は、『心』『気持ち』『気力』を意味し、どんな事態になっても動揺しないよう、気持ちを固く引き締めるのが『腹をくくる』。」

とあり,その覚悟の重さが言われている。由来については,

http://kachilogy.com/enclose-the-belly

「色んな説があるかもしれませんが、下記のような話が有力らしいです。
・戦場に向かう武士が、帯を締め直す
・着物を着ている人が、緩んでいる帯を締め直す
 たるんだ和服の帯を締めなおす。衣服を整え、姿勢を正す。転じて、ひるんだ心を固める。覚悟を決める。腹を据(す)える。」

としている。妥当かどうかは別として,

腹を緊める,

という言葉と重なる。そこからの連想に過ぎないが,江戸時代,平和ボケした武士用の『当世具足着用次第』という,鎧の着方マニュアルがあり,それには,

褌から始まって,襯着(したぎ),小袴,足袋,臑当,佩楯,と進んで,具足をつけ,上帯を付ける。

「上帯は木綿晒らしの布で二重巻きは八尺(2.4メートル)ほど,三十巻きは一丈余(約三メートル)であるが,その人の大きさ好みによる。帯の真ん中を前に当てて左右より後ろへとって引違えて前に戻して結ぶ。この上帯を結ぶときに躍り上がるように胴をゆすり上げておいて上帯を緊く結ぶと胴が腰に密着して重量が肩にかかる負担が軽減される。」

とある。

この帯に,大小の刀を差したり,太刀を下げたりする。

「腹を括る」というのが,この意味なら,上帯を締めるとき,戦場での死を覚悟,ということになる。その意味でなら,「腹を括る」の覚悟は重い。

腹帯を締めて掛かる,

というのは,それを直接に言い表している,とも言える。

ちなみに,「腹を据える」は,やはり覚悟の意味だが,

腹に据えかねる,

という使い方をする時は,

怒りを心中におさめておくことができなくなる,がまんができない,

という意味になり,「腹を据える」には,

怒りをはらす,

という意味があるので,「腹に据えかねる」は,

心中の怒りがはれない,

という意味だろう。で,

腹が据わる,

となると,

物事に動揺しなくなる,度胸が据わる,

と,どちらかというと状態表現になる。その意味で,

腹を据える,

は,覚悟という心理状態より,その身体状況を表現している,と見える。

腹が据わる,

という表現になると,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212829257

にあるように,

「『腹がすわる』は自分の意思や計画がきちんと自分で納得できるものになっていてどんな事態になってもそれを変更するつもりはない、という自信があって落ち着いている。覚悟が決まっている。」

と,ほとんど,「腹を括る」に重なるが,

腹を固める→腹を決める,

ときて,

腹を括る,

あと,その状態を,

腹が据わる,

となるのではあるまいか。

参考文献;
笠間良彦『図説日本甲冑武具事典』(柏書房)

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ほらをふく


「ほらをふく」は,

法螺を吹く,

である。

法螺吹き,

とも言う。昨今の我が国のトップは,うそつきで,うそつきと,法螺吹きとは違う。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1046093990

に,

「『嘘をつく』のは、本当のことを言えない理由があって、それをごまかすために『本当ではないこと』を言うことです。つまり、聞き手に、事実に反する情報を与えることが目的です。
『ほらを吹く』のは、自分の話で相手をもっと驚かせたい、感心させたい、という目的で『大げさな話』『想像で膨らませた話』をすることです。(そのために、事実に反する内容も当然含まれます)この話は、話者自身についての話題で、聞き手の『関心をひく』ことが目的です。事実を隠すのが目的ではありません。」

あったことをなかったかのごとく,喋った記録も改竄することをウソつき,という。

「法螺」は,『広辞苑』にこうある。

法螺貝に同じ,
大言を吐くこと,またその話。虚言。
儲けが予想外に多いこと,僥倖,

最後の意味は,あまり使わないが,『広辞苑』には,『日本永代蔵』から,

「これを思ふに法螺なる金銀まうくる故なり」

を引く。ともかく,「法螺」で,ほぼ,

法螺を吹く,

と同義と見える。『江戸語大辞典』の「法螺」の項には,

「山崩れの原因は,深山幽谷に年久しく埋もれていた法螺貝が,精気を得て土中を飛び出して天上する(海中に入るとも)からで,一夜にして地形に大変化が起こり,跡に大きな洞穴を生じるという俗説」

とあり,

法螺の天上,

とも言うらしい。これも,今日使われない。『大言海』は,「法螺」の他に,

寶螺,

とも当て,

「字の音の約。或は,中の洞なる意か。又は,聲のホガラカなる意かとも云ふ。」とある。

そもそも「法螺貝」は,

「大型の巻貝の殻頂を切り,吹き口をつけて吹奏するホルン属の楽器。世界各地でおもに信号,合図に用いる。法螺は梵語で śaṅkaといい,釈迦の説法が遠く響くことをたとえるもので,仏教では諸神を呼ぶための法具とされている。日本へは入唐の僧により密教儀式の法具として請来されたが,合戦での信号など仏教以外の場でも用いられた。修験道では行者のもつ主要な 12の道具のうちの一つであり,もとは山嶽修行の際,悪獣を避けるために用いた。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)

で,正確には,「貝」は,

「フジツガイ科の巻き貝。日本産の巻き貝では最大で、殻高30センチ以上になる。貝殻は紡錘形で厚く、殻口が広い。表面は黄褐色の地に黒褐色などの半月斑が並び、光沢がある。ヒトデ類を餌とする。紀伊半島以南の暖海に広く分布。肉は食用。ほら。」(『デジタル大辞泉』)

という(「法螺貝」は,「吹螺」「梭尾螺」とも当てる)。

『日本語源広辞典』には,

「ホラ(中のうつろな)+貝」

を取るが,『日本語源大辞典』は,

「(法螺の)字音ホウラの略か。法螺貝の中がホラ(洞)で,それがカラ(空)であるのを貝の殻と結びつけたか。法螺貝を吹き鳴らすことが,大言壮語と結ばれた(語源大辞典=堀井令以知)」

としている。『日本語の語源』は,

「〈かくあさましきソラゴト(空言。虚言)〉(竹取)の省略形のソラ(空)はホラ(噓)・ハラ(鹿児島方言)に転音・転義した。『嘘を吐(つ)く』ことを『ホラを吹く』というのは山伏のホラ(法螺)貝と見たからである。」

「法螺を吹く」の「ほら」が,音から来たというのも一つだが,

http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%B3%95%E8%9E%BA%E8%B2%9D

の言う,

「日本では嘘つことや大げさに言う人のことを『ほら吹き』と呼ぶ。これは法螺貝が由来となっている。法螺貝は見た目以上に大きな音が出る。そこで予想以上に大儲けすることを『ほら』と呼び、大げさに表現することも『ほらを吹く』と表現するようになった。」

というのも,妙に説得力がある。しかし,ひょっとすると,素人が吹いても,スースーと空気音しか出せない,(音の出ない)空吹きに(実のないという)皮肉な含意を持たせているのではないか,という気がしないでもない。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ho/horafuki.html

は,「ホラ吹き」の項で,

「ホラ吹きの『ホラ』は漢字で『法螺』と書き,法螺貝に細工をした吹奏楽器のこと。そこから,予想外に大儲けをすることを『 ほら』と言うようになり,さらに大袈裟なことを言うことを『法螺を吹く』と言い、そのような 人を『ホラ吹き』と呼ぶようになった。」

とある。とすると,

ほら→予想外の大きな音→予想外の大儲け→大袈裟な物言い,

と転じたということになるが,ちょっとしっくりこない。意味の変化が大きすぎる。『江戸語大辞典』には,

法螺の貝の盃,

が載る。

飲んだ後で,ブウブウ言うしゃれ,

とある。いずれも,『日本永代蔵』の引用となる,

「これを思ふに法螺なる金銀まうくる故なり」

とは,法外の意味をもたせた西鶴の洒落だったのではないか,という気がする。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

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おたんちん

「おたんちん」は,

人をののしる語。まぬけ,

という意味だが,

おたんこなす,

と似て,どこか,揶揄する,からかうニュアンスがある。侮蔑や罵りと比べて,どこか憎めないという含意がある。

おたんこなす,

も,

人をののしる語,

だが,

まぬけ,
とんま,

という意味になる。どちらも,からかい気味である。「おたんちん」の,「ちん」は,

「人名や人を表す名詞に付けて親しみや軽い侮蔑を表す語」

とある(『広辞苑』)。

でぶちん,
しぶちん,

とか,名字に付けて,

(岡という苗字なら)岡ちん,

と呼んだりする「ちん」ではないか,と思う。あるいは,

あんぽんたん,
すかたん,

の「たん」と似た使い方ではないか。ついでに想像を逞しくするなら,

tan⇔tin,

は,前に付く言葉によって転訛しやすいのかもしれない。たとえば,

あんぽんちん(anpontin),

とは言いにくい。やはり,

あんぽんたん(anpontan),

だが,

すかたん,

は,

すかちん,

と言っても違和感はない。いずれの場合も,

けちんぼう,
しわんぼう,

の「ぼう」と同じからかい,揶揄のニュアンスである。しかし,中には穿った見方をしたくてたまらぬ人がいるらしい。

http://www.yuraimemo.com/1271/

では,「おたんこなす」の由来を,

「『おたんちん』という語が変化して『おたんこなす』になったと言われています。きました『ちん』。そして男性諸君の期待を裏切りません。時は江戸時代の新吉原(遊廓街ね),遊女達が嫌な客のことをこう呼んでいたと言います。『おたんちん』と。男性のシンボルである『おち○ち○』が短いことを『短珍棒(たんちんぼう)』と呼び、丁寧に『御』を付け、言葉が長いから「棒」を省略することで『御短珍(おたんちん)』。…そこから『おち○ち○』を「小茄子」に喩えて『おたんこなす』というようになり、『おたんこなす』は『御短』と『小茄子』に分ければ分かりやすいことでしょう。『おたんこなす』本来は『出来損ないの茄子』を指していましたが、単純に『おたんこ=出来損ない』或いは『おたんこなす』 と言う様になったそうです。」

としているが,そんなに無粋な,しゃれっ気の欠片もない言い方をするとは思えない。第一,身体のことを指す,明らかな侮蔑的な言い方と,

おたんちん,

のもつ,ちょっと揶揄する(そこには親しみの情が含まれている)含意とは違いすぎる。『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/05o/otanchin.htm

は,

「おたんちんとは『間抜けな人』や「鈍間(のろま)な人」を罵る言葉である。おたんちんは江戸時代、吉原(遊郭)で働く女性が『嫌な客』という意味で使っていた。これが転じて上記のような意味となり、一般にも普及。おたんちんの発祥が遊郭であることから『御短(短い)』+『珍(男性の生殖器官)』が語源という説があるが定かではない(全国から人(女郎)が集まる吉原では言語(方言)も全国から集まるため、漢字表記の資料がないおたんちんの語源を特定することは困難である)。」

とするのがせいぜいではないか。『大言海』は,

「牡丹餅面の略訛にてもあるか」

として,

「女を卑しめて呼ぶ口語。筑前博多にても云ふ」

と,真逆の意味である。『隠語大辞典』

https://www.weblio.jp/content/%E5%BE%A1%E4%B8%B9%E7%8F%8D?dictCode=INGDJ

は,

御丹珍,

とあてて,

おたんち,
おたんちん,

と訓ませ,

「『たうへんぼく』に同じ、物のわからぬ、理解力を欠く者の称。」

とし,東京の方言で,

のろま、間抜,とんま,あんぽんたん,

との意味とある。あんぽんたん,

のニュアンスが,「おたんちん」に近い。『江戸語大辞典』にも,

「寛政頃,吉原の流行語。好かぬ客」

の意で,

「(舛楼(せうろう)の客はねこか)いゝへおたんちんのほふサ(原注『此こごろのはやりことば,ほれたがねこ,すかぬがおたんちんといふ也』)

を引く。このやりとりの含意は,下ネタではない。ゲスの勘繰りというものである。もっと粋である。なお,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q133819953

は,

「『おたんこなす』もとは『おたんちん』という語が変化して『おたんこなす』になったらしい。(中略)『おたんこなす』は『出来そこないの茄子』から来ているそうです。『おたんこ』は『出来そこない』になるわけです。」

としている。この場合の,「なす」は,接尾語の,

「(似す・ノスの母音交替形)名詞または動詞の連体形について,…のように,のような,の意を表す」(『岩波古語辞典』),

「『のす』に同じ,『似る』と同源」(『広辞苑』),

の「なす」ではないか。「おたん」「ちん」の代わって,「おたん」「こ」「なす」ということなのだろうか。「おたんこなす」について,『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/05o/otankonasu.htm

は,「昭和時代」以降,としており,新しい言葉のようだ。で,

「おたんこなすとは間抜けな人や鈍間(のろま)な人を罵る言葉である。おたんこなすは同義語『おたんちん』からきた言葉で『ちん(男性の生殖器官のこと)』の部分を『小茄子』に例えたという説があるが『おたんちん』の語源自体が定かでないため断定は出来ない。また、おたんこなすは『炭鉱の茄子』の略で、灰をかぶった炭鉱エリアの茄子は売り物にならないことから先述のような意味になったという説もある。こちらも確たる出所がわかっていないため断定は出来ない。」

としている。しかし,「おたんちん」も「おたんこなす」も,どこかにユーモラスな含意があり,下ネタのニュアンスとは程遠いと思う。

『日本語源広辞典』は,『大言海』と同じく,「おたんちん」を,

「ぼたもちづら(牡丹餅面)の変化」

とし,

「botamoti+面から,otanti+nと,bが落ち,後にnが加わって変化した語です。顔にしまりがない意です。」

とある。これなら,「好かれぬ」わけである。『日本語源大辞典』には,

「チンは一種の愛称で,チャン,または関西で言うヤンと同義か。上方でおたふくをいうオタヤンと同義か(鈴木棠三説),

を挙げるが,結局,相手の顔を指しているらしい。それも,どちらかというと,膨らんでいるか,しまりのないというか。。。。

なお,「唐変木」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba6.htm#%E5%94%90%E5%A4%89%E6%9C%A8),「あんぽんたん」 (http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba6.htm#%E5%94%90%E5%A4%89%E6%9C%A8)については 触れた。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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はしたがね


「はしたがね」は,

端金,

と当て,

はしたぜに,
はしたせん,

とも訓ませ,

僅かの金銭,

という意味の他に,

中途半端の小銭,

という意味も持つ。これは,「はした(端)」という言葉のもつ,

中途半端(はんぱ)であるさま,どちらともつかないさま,
引っ込みがつかないさま,どちらにすることもできないさま,
数の揃わないこと,不足のこと,また余っていること,

等々といった意味の翳がつきまとうせいだろう。『大言海』は,「はしたがね(端金)」の項で,

成る数に足らぬ金銭,まとまり居らぬ金,はんぱなる金,又,少しばかりの金,

の意とし,「はしたぜに(端錢・仂錢)」の項で,

百文に足らず,又,三文,五文にもあらず,何れにもつかざる錢,半端なる錢,

と,「はしたがね」と「はしたぜに」を別項にしている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ha/hashitagane.html

は,「はしたがね」について,

「はした金の『はした』は『端』に接尾語の『た』が付いた語で、『はしたない』の『はした』と同源。『端』は『へり』や『ふち』など真ん中から遠い辺りを表す言葉だが、その他、『どっちつかず』『中途半端』といった意味もあり、『はした(端た)』はこの意味で用いられる。このことから、はした金は『半端な金銭』を意味する。また、『はした』は『中途半端』の意味から『数が不足しているさま』も表すため、『わずかな金銭』のことも『はした金』という。」

としている。「はしたない」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%AF%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AA%E3%81%84)で,

本来は,数が揃わないこと,中途半端な状態や気持ちを指した。そこから,現在,慎みがなく,礼儀に外れたり品格に欠けたりして見苦しいこと,間が悪いことを意味するようになった。他に,「ハシタ」は「ハシタ(間所)」の転で,「ナイ」は接尾語とする説もある,

と書いた。しかし,「はした(端)」と「はし(端)」では微妙にニュアンスが違う気がする。「はし(端)」は,

物の末の部分,先端,
中心から遠い,外に近い所,ふち,
切れ端,
多くの一部分,
後に続く最初の部分,

等々,「はし」は,ある見方では先端(端緒),ある見方では末(末端),ある見方では縁(辺端〔へた〕)になる。『大言海』では,「はし(端)」の意味に,

物事の發(おこ)る所,

が最初に載り,次いで,

物事の盡きむとする所,

と載せる。両方の意味になりうる。『岩波古語辞典』には,「端(はし)」は,

「端(は)と同根。『奥』『中』の対。周辺部・辺縁部の意。転じて,価値の低い,重要でないいち部分」

とあり,

物の先端,すみ,はずれ,片はし,

と,単なる「端っこ」という状態表現が,「はずれ」という価値表現へと転じたことがわかる。「は(端)」は,「はた」「へり」の意味であり,「はた(端)」は,

「内側に物・水などを入れたたえているものの外縁・側面」

と,やはり「へり」である。『日本語源広辞典』は,

「ハ(端)+シ(接尾語)」

で,ハシ,ヘリ,の意とする。『日本語源大辞典』は,

ハジメ(始)の義(和句解・日本声母伝・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
ヘサキ(辺先)の義(名言通),

と,ヘリや始め,を語源とする。

しかし,「はした」は,『岩波古語辞典』では,

半端,

と当て,

「ハシはハス(斜)の古形。∧の形であること。このような斜めの形は,円形,正方形,二つ揃っていることなどを愛好した古代日本人に喜ばれなかった。それでハシタは不足であること,一定の規格に達しないこと,不快で気まずいことなどを意味した。アクセントの型から見ても,ハシ(端)とは起源的に別と認められる。」

と説く。その意味で,

足りない,
状態が普通でない,
中途半端,
ひとまとまり以下の少額の金銭,

等々という価値表現を,「はした」自身がもっている,ということになる。関連語に,「はしは(圭)」という言葉があり,

「ハシは斜めで尖っているさま。ハは端」

とある。この「はした」説を,『大言海』は,

半下,

と当てて,

「間所(はしど)の轉」

と,別の角度から光を当てている。つまり,ここでは,

物事の何れともつかず半らなこと,
数の揃わぬこと,

等々,そもそも語源から中途半端の意としている。つまり,

はしたがね,

の「はした」は「はし」ではなく「はした」から来ており,もともともっていた「はした」の意味そのものということになる。と考えると,『語源由来辞典』の言う,

「『はした』は『端』に接尾語の『た』が付いた語で、『はしたない』の『はした』と同源。『端』は『へり』や『ふち』など真ん中から遠い辺りを表す言葉だが、その他、『どっちつかず』『中途半端』といった意味」

という説は,基本的に間違っている,ということになる。おなじ「端」の字を当てたために,どこかで混同してしまっただけである(ちなみに,「はした」を転換しても,「はし」を転換しても,ワードは「端」と転換する)。

ついでながら,「端」の字は,

「耑(タン)は,布のはしがそろって―印の両側に垂れたさまを描いた象形文字。端はそれを音符として,立を加えた字で,左と右がそろってきちんとたつこと」

とある。だから,「末端」「端緒」の「端」でもあるが,「端正」の「端」でもある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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ちんたら


「ちんたら」は,

やる気なく,のろのろと事を行うさま,

の意(『広辞苑』)で,何となく,擬態語の感じがある。しかも,「ちんたら」の「たら」は,

ぐうたら
あほんだら,
あほたれ,
ばかたれ,

等々の「たれ」「たら」「だら」とつながる,どこか相手を貶める含意がある。『実用日本語表現辞典』は,

「のろのろと行動するさま、動作が緩慢でだらけている様子、などを意味する表現。怠慢な様子を咎める際などに用いる場合が多い表現」

としている。手元の語源辞典には載らないが,『隠語大辞典』は,

「漢字で書けば、さしづめ“珍不足”(ちんたらず)か。そう、男性のチンが足りんから、ないない同士でアヘアヘする。俗にレズビアンというやつ。」

としているので,通常使う意味ではなく,あくまで,隠語としての意味となる。『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/17ti/chintara.htm

は,

「ちんたらとはダラダラしたさまを表す言葉で、そういったさまを目上の者が注意・罵る際に使われる。最近では自戒・自己の反省の際にも使われる。ちんたらは状況を表す副詞である。動詞として使用する場合は『ちんたらする』となる(否定形の『ちんたらするな』という形で使われることが多い)。ちなみにこの場合も『日曜はちんたらしちゃった』といったような、単に状況・行動を表す言葉としては使われない。」

としている。言葉の含意をよく言い当てている。

この「ちんたら」について,多く語源とするのは,焼酎蒸留から来ているという説だ。たとえば,

http://www.lance2.net/gogen/z529.html

は,

「『ちんたら』の語源は鹿児島の蒸留所と関係があるんだけど、昔、焼酎を蒸留する時に鹿児島では『チンタラ蒸留機』っていう機械が使われていたんだ。この機械で蒸留する際に中にある鉄釜が煮立って『チン、チン』という音が勢いよく聞こえたんだって。でもこの勢いに反して実際に機械から出てくる焼酎は『タラ〜、タラ〜』というゆっくりしたペースだったんだよね。だから焼酎を作るのにすごく時間がかかったんだよね。そんな様子からのんびりしてのろまな様子を『ちんたら』っていうようになったんだ。」

あるいは,

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1316125278

は,

「チンタラの語源は旧式の蒸留機、チンタラ蒸留機に由来するんだって。焼酎のことを地元では、『そつ』、または、『しょちゅ』と呼びます。デンプンが糖化した残り粕やアルコール化されなかった糖質・その他を含むドロドロしたもろみを蒸溜します。そのもろみのアルコール度数が低いので、熱を加えるのです。蒸溜し流れ出てくる蒸気を、冷やし液化したものが、焼酎となります。その蒸溜最初に出てくる液体を『はつだれ』と言い、
垂れ出る様は、日頃大酒飲みが晩酌でグビグビ飲む量とは対照的に、ぽたりポタリと僅かなのです。」

あるいは,

http://marukikouhou.seesaa.net/article/161035165.html

「『ちんたら』の語源をご存知でしょうか?『焼酎』です。蒸留機から、焼酎が落ちてくる様が『ちんたら、ちんたら』と落ちてきます。やがて、この蒸留機自体を『ちんたら』と呼ぶようになりましたが、『のろのろしている様』を 『ちんたら』と言うようになりました。日本に蒸留酒が伝わったのが、15世紀初頭、蒸留装置が伝わったのが16世紀といいますから、時は、室町時代。鹿児島県で発見された木片に、焼酎と言う文字があります。室町時代1559年のものです。室町時代には、焼酎が親しまれていたことになります。当時は、米が主流で、日本にはまだ、サツマイモは伝わっていませんでした。芋焼酎など、色々な種類が出回るようになるのは、江戸時代になってから。『ちんたら』の言葉も、この頃から、使われるようになったのでしょう。」

あるいは,

https://soudan1.biglobe.ne.jp/qa2615465.html

「さて私は、鹿児島出身です。(私の実家は、代々鹿児島です。)確かにチンタラは、鹿児島が語源だと思うし、その語源先もチンタラ蒸留器から来た語源だと思います。では、そのチンタラ蒸留器がチンと音がしたからチン○○に蒸留器と命名されたのでしょうか?それは違うと認識してます。私は、亡くなった母や叔母にチンタラの語源を50年近く前に聞いて知ってます。それは最初、『チィチィすんな!(遅々すんな!)→チィンチィンすんな!→チンチンすんな!→(意味)遅く迂路迂路するな!』に成ったのです。だから、チンタラ蒸留器も出口から『遅く迂路迂路』出る上、時にタラタラ(ダラダラと同じ=気だるく遅い様を表します。)出る事からチンタラ(遅く、迂路迂路、気だるい様)で出て来る蒸留器と呼ばれているのです。つまり、「日が暮れるぐらい遅い。」って事です。ただ、昔の人は、殆どが小学校出か中学校程度の語学しかなく、カタカナが多く使われていたようです。尚、昔(明治から昭和にかけて)は、その家の男子が軍に行ったりしているので、その家の母と長女が主に醸造酒を作って身内に振舞っていたようです。だから、旧家(本家)には、多くがチンタラ蒸留器を個人所有していたようです。」

あるいは,「天の川酒造」という会社のフェイスブックでも,

https://www.facebook.com/amanokawashuzo/photos/a.215848695203454.47987.180553758732948/337789063009416/?type=3

「ちんたら」の語源として,

「それは焼酎ができる様子からと云われています。モロミを鉄釜に入れ、沸騰させると鉄釜が「チンチン」と音がし、蒸留された焼酎は、つぼ(かめ)の中へ『タラタラ』と少しずつ落ち、この作業の長い、その様を表しているのが『ちんたら』なんです!」

極め付きは,

http://www.kurochu.jp/yurai2.htm

に,

「『南島雑話』に描かれている蒸留器に『ちんたら蒸留器』と呼ばれているものがあります。鉄釜が熱くなると『ちんちん』と音がし、鉄釜で熱せられた焼酎は気体となって樽へ立ち上り、冷めると液化して樽に付き、筒の中を『たらたら』と流れ出ていきます。ゆっくりダラダラやる様を「ちんたら」と表現する事もありますが、これが語源になっているのかもしれません。(あくまでも推測ですが)」

とある。この「あくまでも推測ですが」とあるのが正確で,僕は実態は,逆だと思っている。「ちんたら」という言葉があって,

ちんたら蒸留器,

と名づけたのではないか。「ちんたら」という言葉は,新しい,と思う。あくまで億説だが,この語感は,現代的なのではないか。

そこで気になるのが, 

ぐうたら
あほんだら,
あほたれ,
ばかたれ,

との関連。「ぐうたら」は,語源が比較的はっきりしている。『日本語源広辞典』には,

「近世『ぐずぐずして気力のない男』を擬人化した『愚太郎兵衛』です。」

とある。『大言海』は,「ぐうたらべゑ」のみ載り,

「愚を擬人して,愚太郎兵衛の訛なるべし。愚鈍なるものを十六兵衛と云ふも百文に十六文足らずと云ふなり」

とある。『江戸語大辞典』には,「ぐうたら」「ぐうたらべえ」の両方載るが,

「ぐうたらなこと・者を擬人化した語」

とある以上,「ぐうたら」という言葉が,先にあったのではないか。とすると,「ぐうたら」は,

愚+たら,

と考えられる。

阿呆+たら,

と同じく,「たら」は,接尾語ということになる。「あほだら」は,

あほたれ,
あほんだれ,

とも言う。『広辞苑』は,

阿呆垂れ,

とあてている。「たれ(垂れ)」を引くと,

「(名詞の下に付けて)人を悪く言う意を表す語」

とある。

洟垂れ,
くそたれ,

という言い方もする。「あほんだれ」の「だれ」,「あほんだら」の「だら」は,「たれ」の転訛と見ることができる。

『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/01a/ahondara.htm

は,「あほんだら」の項で,

「あほんだらとはアホの語意を強めた言葉『あほだら』が崩れたもので、目下の者を罵る際や敵意のある者を威嚇する際に使われる。主に関西で使われる言葉だが、『アホ』を気軽に使う関西圏においても、あほんだらは怒りを込めた強い言葉であるため、使用には注意が必要である(口調が同じであれば、アホ→あほんだら→ドアホの順で語感の荒さが増す)。」

とある。この「だら」の語源について,『全国アホ・バカ分布考』(松本修)は,

「『だら』の語源は『足らず』である」

と推測している由ですが,それはうがち過ぎでしないか。そして,この「たれ」は,あるいは,助動詞「だ」の変形なのかもしれない,と思えてくる。

「だら」は,

完了の助動詞「た」(文語は「たり」)の仮定形,

ではないかとする説がある。それだと,たとえば,

https://www.weblio.jp/content/%E3%81%A0%E3%82%89

で,各地のさまざまな「だら」の使い方や隠語を示しているが,

〜だろう,

という意味が,

ばか,

という意味に転じていたりする例がある。「あほたれ」は,あるいは,

あほとちがうか,

という含意が,そのまま,皮肉というか逆説表現になる,ということはある。「たれ」「だら」「たら」は,そんな由来なのではないか,と思えてくる。

参考文献;
http://www.kurochu.jp/yurai2.htm
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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いちょう


「いちょう(イチョウ)」は,

銀杏,
公孫樹,
鴨脚樹,

と当てる。旧仮名では,「いちやう」だが,

「イテフの仮名を慣用するのは『一葉』にあてたからで,語源的には『鴨脚』の近世中国語ヤーチャオより転訛したもの。一説に,『銀杏』の唐音の転」

と,『広辞苑』にはある。『大言海』は,

鴨脚子,
銀杏樹,

と当てて,

「鴨脚(アフキャク)の字の,支那,宋代の音なり。現在の支那音は,広東にて,イチャオ,揚子江北にて,ヤチャオなり。鴨は,我が邦の漢音,アフ,呉音,エフなれば,エ,イ,ヤの轉なり。此の樹の實なる銀杏(ギンチャウ)を,ギンナンと云ふ。即ち宋音なり。脚(キャク)を,チャと云ふは,我が國の明応年中に成れる林逸郎節用集(饅頭屋本)の雑用部に『行脚』『アンヂャ』と旁訓せり。林氏は,宋代に帰化せる者の家なり(沖縄にて,脚半〔きゃはん〕),支那,浙江省邊にては,キャなりと思わる。鴨脚子は,我が國に野生なし。植物の博士,三好學の談に,巨大なるものにても,樹齢六七百年に過ぎずとあり,七百年前鎌倉時代に,禅僧,日本,支那の間に,仕切に往復せり,其頃,支那は,宋代なり,禅僧,銀杏を携へ来たりて,植えつけたるに起これりと思はる。又,明の本草綱目に,鴨脚子とあり,子の字無かるべからず。子は,唯,物と云はむが如し(椅子,冊子,胴鉢子)子を略しては,唯,蹼(みづかき)の義となる。我が邦にても,イチャウの木と云はば,成語となるべし。此樹を,漢名に,公孫樹とも云ふ。」

と,『鴨脚』説を取る。ただし,『大言海』らしく,「鴨脚子」の「子」をとったら,

蹼(みづかき)の義,

としているが,多くは,「子」を省いている。

『日本語源広辞典』も,やはり,「子」を省いているが,

「中国語『鴨脚 ヤーチャオ』

説をとる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/ityou.html

も,やはり,「子」抜きだが,『鴨脚』説を取って,こう書く。

「葉がカモの水掻きに似ていることから,中国では『鴨脚』といわれ,『イチャオ』『ヤチャオ』『ヤーチャオ』『ヤーチャウ』などと発音された。これが日本に入り,『イーチャウ』を経て,『イチョウ』になった。『銀杏』を唐音で,『インチャウ』といい,『イキャウ』となって『イチョウ』になったとする説もあるが,説明の取り間違いによるものである。歴史的仮名遣いは『いてふ』とされてきたが,これは葉の散るさまが蝶に似ていることから『寝たる蝶(いたるちょう)』の意味で『イチョウ』になったとする説や,『一葉(いちえふ)』を語源とする説が定説となっていたことによるもので,これらの説か否定された今日では『いちゃう』が歴史的仮名遣いとなっている。漢字の『銀杏』は実の形がアンズに似て殻が銀白であることに由来し,『公孫樹』は植樹した後,孫の代になって実が食べられるという意味によるもので,共に中国から。」

また,『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E9%8A%80%E6%9D%8F

は,「銀杏( いちょう)」として,

「一説に、葉が鴨の脚に似ていることから、中国では『鴨脚(アフキャク)』といい、明時代に日本からの留学僧がそれを『ヤーチャウ』と聞き、『イーチャウ』、さらに『イチャウ』となまって伝えられたとされる。漢字の『銀杏』は、実の形がアンズに似て殻が銀白であることに由来する。また、『公孫樹』とも当てて書くが、もとは漢名で、人(公)が植えてから孫の代になって実がなり、食べられるようになるという意味。」

と,『鴨脚』説を取る。しかし,『岩波古語辞典』は,「いちゃう」に,

銀杏,

を当てて,

「室町時代以後に字書類などに見え,イチャウと振仮名がある。『銀杏』の宋時代の発音インチャウの訛がイチャウとなったものであろう。『いてふ』と書くのは,語源を『一葉(いちえふ)』と考えたからで,イチエフがつまってイテフとなる。『鴨脚』とも書くので,その唐音ヤチャオの転と見る説もあるが,疑わしい。」

と,『鴨脚』の音転訛説を一蹴している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6#cite_note-10

は,

「中国語で、葉の形をアヒルの足に見立てて 中国語: 鴨脚(拼音: yājiǎo イアチァオ)と呼ぶので、そこから転じたとする説があるが、定かではない。」

とし,その注記に,

「ただし中国語の j 音(の一部)は18世紀以前には g 音であった(すなわち『脚』は「キァオ」であった)ことが知られており、名の借用がそれ以降であったとするなら、イチョウの移入時期との間には齟齬がある。また、現在の中国語では『鴨脚樹』の名はかなり稀。中国語版ウィキペディアの記事银杏(拼音: yìnxìng)では、中国語における古称は『银果』、現在の名称は『白果』(ベトナム語「bạch quả」の語源)、『银杏』(朝鮮語『은행』および日本語『ぎんなん』の語源)、別名『公孫樹』、イチョウの実は『银杏果』となっているが、『鴨脚』という表記には全く触れていない。」

とある。因みに,「イチョウの移入時期との間には齟齬がある」とは,

「欧陽脩が『欧陽文忠公集』に書き記した珍しい果実のエピソードが、確実性の高い最古の記録と見られる。それは現在の中国安徽省宣城市付近に自生していたものが、11世紀初めに当時の北宋王朝の都があった開封に植栽され、広まったとする説が有力とされる。その後、仏教寺院などに盛んに植えられ、日本にも薬種として伝来したと見られるが、年代には諸説ある。果実・種子として銀杏(イチャウ)が記載される確実な記録は、室町時代(15世紀)後期の『新撰類聚往来』以降で、鶴岡八幡宮の大銀杏や、新安海底遺物(1323年に当時の元の寧波から日本の博多に航行中に沈没した難破船)からの発見については疑問もある。」

ということで,音の由来の肝心の音が合わない,ということだ。

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%86

は,『日本国語大辞典』よりとして,

銀杏の唐宋音「インキョウ」より。(黒川春村『碩鼠漫筆』)
「杏」の唐宋音は「アン」であり、「キョウ」は慣用音。唐宋音の推定音はIPA: /iənɦiəŋ/。
鴨脚(オウキャク)の唐宋音、推定音はIPA: /iakiau/。入宋、入元した僧が「イーキャウ、イーキョウ」と言っていたものを「イーチョウ」等と聞き取った。(『大言海』、新村出『東亜語源志』 現在の有力説)
「一葉(イチヨウ)」より(貝原益軒『日本釈名』・『大和本草』)
葉が蝶に似ることから(松永貞徳『和句解』)

と諸説を載せるし,『日本語源広辞典』もほぼ重なるが,

銀杏を唐音でインキャウといい,これがインキャウとなり。さらに訛ってイチャウとなった(碩鼠漫筆)

が,現在の中国語の古称「银果」が,今日も続いていること,中国語では「鴨脚樹」の名はかなり稀ということ等々から見ても,妥当なのではないか。『岩波古語辞典』の説に軍配を挙げたい。

ただ,「鴨脚」説に,考えられる一つの可能性があるとすると, 古い時代の「鴨脚」という言い方が,本国ではすたれたが,辺境の地の日本にのみ残ったということだ。しかし,とするなら,ベトナムなどの他の周辺国にも残っていなくてはならないが。『大言海』のいう,「鴨脚子」の「子」が落ちているのも,残存した言葉と見なすと,理解できなくもない。それは,記録上の室町時代より前に(『大言海』のいう鎌倉時代に),日本に入ってきたということが前提で,だが。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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いじめる


「いじめる」は,

苛める,
虐める,

と当てる。

弱いものを苦しめる,
あるいは,
ことさらきびしい扱いをする,

という意味で,

さいなむ(苛む),
いじる(弄る),
しいたげる(虐げる),
いびる(呵責る),

と似た意味になる。当てた漢字を先に見ておくと,「苛」の字は,

「可は,『⏋印+口』からなり,⏋型に曲折してきつい摩擦をおこす,のどをからせるなどの意。苛は『艸+音符可』で,のどをひりひりさせる植物。転じてきつい摩擦や刺激を与える行為のこと」

で,「苛」は,からい,ひりひりする,きつくしかりつけてしかる,という意味で,最後の意味は,呵責のような,「呵」に当てた用法,という。ついでに,「呵」の字は,

「『口+音符可』。可の原字は⏋型に曲がったさまを示す。それに口を添えて,更に口を加えて,呵となった。息がのどもとで屈曲し,はあ・かっと摩擦を帯びつつ出ること。」

で,のどをかすらせてどなる,という意味になり,「呵」の字が「苛」の字とダブったようである。「虐」の字は,

「虍は虎の略体。虐は『虍+つめでひっかくしるし+人』で,とらが人をつめで引っかくさま。ひどい,激しいという意味を含む。」

この字には,しいだける,むごいしうちをする,という意味がある。

「いじめる」は,比較的新しい言葉らしく,『岩波古語辞典』に載らない。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q119912656

には,

「『苛める』はすでに江戸時代に使われています。滑稽本『浮世風呂』式亭三馬1809〜13年刊)『初めての座敷の時、がうぎといぢめたはな』がうぎ=豪儀。程度のはなはだしいさま。」

とある。確かに,『江戸語大辞典』には,「いじめる」が載り,

「(意地の音を活用させたものとも,弄〔いじ〕るの派生語ともいうが確かでない)強い者が弱い者を意地悪く苦しめる,辛い目に合わせる」

として,安永二年・南閨雑話の,

「何ンでもおいらんを,またいじめねんすまいか」

の用例をひく。『大言海』は,「いじめる」に,

「虐待」

を当てて,

「弄るの語根に,別に,口語動詞の活用を生じたるなるべく,ナブルの所為の,烈しくなれるものと思はる・俚言集覧,イヂメル『いぢるとも云へり』

とある。因みに,「弄る」の項では,

「又,イジクル,静岡県にて,イゼル,と云ふ。その転じたる生り(現身〔うつしみ〕,うつせみ)。クルは,一転なり(ねぢる,ねぢくる)。此語,セセル,セセクルに同意の語なる。綺(いろ)ふを下略して,其のイを冠したるならむ(窺狙〔うかがひねら〕ふ,うかねらふ。拜〔をろが〕む,をがむ)」

としている。「いじめる」が「弄る」と意味が重なっているのがよく分かる。

『日本語源広辞典』は,「いじめる」の語源を,二説載せる。

説1は,「イジル(弄)+める」で,弱い者を,指で弄ぶように苦しめる意が語源,「める」は,次第にそのようにさせる意の,造語成分,
説2は,「意地+める」で,仏教の意地を活用させた語とみて,意地悪をする意,

で,説2には否定的である。そして,

「この言葉は,近世から使用例が増えます。1603年の日葡辞典にはなく,比較的新しい語のようです。」

としている。逆に,

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/2478266.html

は,「意地」説を取り,

「いぢ:『意地』はこころ。『意地悪し』はこころのねじけたさまである。わざと他人を困らせるようなことをする。
める:『減る』は自動詞。「罵る」は他動詞。非難する。悪口をいう。罵詈(めり)を活用させた語。ののしること。」

と,分解している。因みに,「める」は,しかし,

減る,
下る,

と当てて,「少なくなる」「衰える」意である。ちょっと首肯できない。『日本語源大辞典』は,「弄る」説,「意地」説意外に,

イーシメル(締)の意(国語本義・日本語源=賀茂百樹),
イヒチヂメルの略語か(両京俚言考),

を挙げるが,いまひとつではないか。やはり,意味の重なりから見ると,『大言海』の,

「弄る」説,

に傾く。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/ijime.html

で,名詞「いじめ」について,

「動詞『いじめる(苛める・虐める)』を名詞化した語。『いじめる』は『いじる』からか、『いじ( 意地)』の活用と考えられるが断定は難しい。『囲締(いじめ)』の意味からといった説もあるが、いじめの原義には集団による行為の意味は含まれていない。特に集団による行為をさすようになったのは、1980年代初頭から、陰湿な校内暴力を言うようになってからである。『いじめにあう』ではなく『いじめられる』としか言わなかったように、社会的問題となるまで名詞の使用例は非常に少ない。名詞の『いじめ』が成立したのは、陰湿な校内暴力が増えたことと,その問題がクローズアップされたことからといえる。」

としている。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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むくげ


「むくげ」は,

木槿,
槿,

とあてる。

蓮(はちす),
木蓮(きはちす),
槿花(きんか),

とも言う。芭蕉の『野ざらし紀行』にある,

道のべの木槿は馬に喰はれけり,

が,記憶に残る。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%82%B2

に,

「ムクゲ(木槿、学名: Hibiscus syriacus)はアオイ科フヨウ属の落葉樹。別名ハチス、もくげ。庭木として広く植栽されるほか、夏の茶花としても欠かせない花である。和名は、『むくげ』。『槿』一字でも『むくげ』と読むが、中国語の木槿(ムーチン)と書いて『むくげ』と読むことが多い。また、『類聚名義抄』には『木波知須(きはちす)』と記載されており、木波知須や、単に波知須(はちす)とも呼ばれる。『万葉集』では、秋の七草のひとつとして登場する朝貌(あさがお)がムクゲのことを指しているという説もあるが、定かではない。白の一重花に中心が赤い底紅種は、千宗旦が好んだことから、『宗丹木槿(そうたんむくげ)』とも呼ばれる。
中国語では『木槿/木槿』(ムーチン)、韓国語では『무궁화』(無窮花; ムグンファ)、木槿;モックンという。英語の慣用名称の rose of Sharon はヘブライ語で書かれた旧約聖書の雅歌にある「シャロンのばら」に相当する英語から取られている。」

とある。

しかし,同時に,

「初期の華道書である「仙伝抄(1536年)」では、ムクゲはボケ、ヤマブキ、カンゾウなどとともに『禁花(基本的には用いるべきではない花))とされ、『替花伝秘書(1661年)』『古今茶道全書(1693年)』でも『きらひ物』『嫌花』として名が挙がっている。ほか『立花初心抄(1677年)』『華道全書(1685年)』『立華道知辺大成(1688年)』では『一向立まじき物』『一向立べからざる物』としてムクゲの使用を忌んでいる。『池坊専応口伝(1542年)』『立花正道集(1684年)』『立花便覧(1695年)』などではいずれも祝儀の席では避けるべき花として紹介されているが、『立花正道集』では『水際につかふ草木』の項にも挙げられており、『抛入花伝書(1684年)』『立華指南(1688年)』などでは具体的な水揚げの方法が記述され禁花としての扱いはなくなっている。天文年間(1736-1741)の『抛入岸之波』や『生花百競(1769年)』では垂撥に活けた絵図が掲載される一方で、1767年の『抛入花薄』では禁花としての扱いが復活するなど、時代、流派などによりその扱いは流動的であった。江戸中期以降は一般的な花材となり、様々な生け花、一輪挿し、さらには、枝のまたの部分をコミに使用して、生け花の形状を整えるのに使われてきた。茶道においては茶人千宗旦がムクゲを好んだこともあり、花のはかなさが一期一会の茶道の精神にも合致するとされ、現代ではもっとも代表的な夏の茶花となっている。」

ともあり,その扱いの変化はおもしろい。

『日本大百科全書(ニッポニカ)』によると,

「ムクゲは古代の中国では舜(しゅん)とよばれた。朝開き、夕しぼむ花の短さから、瞬時の花としてとらえられたのである。『時経(じきょう)』には、女性の顔を『舜華』と例えた記述がある。白楽天も一日花を『槿花(きんか)一日自為栄』と歌った。一方、朝鮮では、一つの花は短命であるが、夏から秋に次々と長く咲き続けるので、無窮花(ムグンファ)と愛(め)でた。朝鮮の名も、朝、鮮やかに咲くムクゲに由来するとの説がある。ムクゲは木槿の転訛(てんか)とされるが、朝鮮語のムグンファ語源説もある。日本では平安時代から記録が残り、『和名抄(わみょうしょう)』は木槿の和名として木波知春(きはちす)をあげている。これは『木の蓮(はちす)』の意味である。『万葉集』の山上憶良(やまのうえのおくら)の秋の7種に出る朝顔をムクゲとする見解は江戸時代からあるが、『野に咲きたる花を詠める』と憶良は断っているので、栽培植物のムクゲは当てはめにくい。初期のいけ花ではムクゲは嫌われた。『仙伝抄(せんでんしょう)』(1536)には『禁花の事、むくげ」、『替花伝秘書(かわりはなでんひしょ)』(1661)にも「きらい物の事」に木槿と出る。『立華正道集(りっかせいどうしゅう)』(1684)では、『祝儀に嫌(きらふ)べき物の事』と『水際につかふ草木の事』の両方にムクゲの名があり、以後立花(りっか)、茶花に広く使われている。ムクゲは木の皮が強く、江戸時代は紙に漉(す)いた(『大和木経(やまともくきょう)』文政(ぶんせい)年間)。これはコウゾの紙よりは美しい。ムクゲの品種は江戸時代に分化した。『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(1695)は、八重咲き、色の濃淡を含めて12の品種をあげている。その一つ『そこあか』は、千利休(せんのりきゅう)の孫の千宗旦(そうたん)の名をとどめる、白色で中心部が赤いソウタンムクゲを思わせる。」

と,お国によって,愛で方が異なるのも面白い。「槿」について,『漢字源』には,

「花は朝開いて,夕方にはしぼむので,移り変わりのはやいことや,はかなてことのたとえにひかれる」

とあり,「舜(しゅん)とよばれた」というだけの謂れはある。日本で,古く,「あさがお(朝顔)の名があったのもそのゆゑである。しかし,朝鮮では,「夏から秋に次々と長く咲き続けるので、無窮花(ムグンファ)と愛(め)でた」というが,今日,「木槿」は,韓国の国花,という。

さて「むくげ」の謂れである。『大言海』は,

「字の音の轉」

とする。『由来・語源辞典』

http://yain.jp/i/%E6%9C%A8%E6%A7%BF

も,

「日本には奈良時代に渡来したとされる。漢名『木槿』の字音『もっきん』が音変化したもの。また、韓国名の『無窮花』(ムグンファ)から来たという説もある。」

としている。

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%82%B2

は,

「木(モク)+菫(ゲ)すなわち『木に生えるスミレ』が訛って「モクゲ」⇒「ムクゲ(槿)」となったとする説が有力である」

とする。『日本語源広辞典』も,

「中国語で,『木(ムク moku)+槿(ぎん kin gin)の音韻変化』が語源」

とする。『日本語源大辞典』も,

木槿の字音の轉(万葉代匠記・日本釈名・年山紀聞・滑稽雑談所引和訓義解・古今要覧稿・外来語辞典=荒川惣兵衛),

を挙げる。僕は,字音の転は転としても,

中国語の木槿(ムーチン),

ではなく,

韓国語の『무궁화』(無窮花; ムグンファ),

の転,ではないのか,と思う。ただ,木槿のイメージが,我が国では,中国と似て,朝顔のような儚さ,であったところから見ると,朝鮮半島経由ではない,という気もするが。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
https://item.rakuten.co.jp/hana-online/niwaki_mukuge_soutan/

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はら(原)


「はら」は,原っぱの「はら」である。

「向かっ腹」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E5%90%91%E3%81%8B%E3%81%A3%E8%85%B9)で触れた「はら(腹)」 (http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba8.htm#%E3%81%AF%E3%82%89) で触れたように,「腹」の語源の一つに,「ハラ(原)」があり,人体の中で広がって広いところ,の意,という説がある。『大言海』は,

「廣(ひろ)に通ず,原(はら),平(ひら)など,意同じと云ふ。又張りの意」

とする。「原」の項では,

「廣(ひろ),平(ひら)と通ず。或いは開くの意か。九州では原をハルと云ふ。」

とある。しかし,『岩波古語辞典』は, 

「晴れと同根」

とする。「晴れ」を見ると,「晴・霽」の字を当て,

「ハラ(原)と同根か。ふさがっていた障害となるものが無くなって,広々となる意」

とするので,意味は,『大言海』と同じである。『大言海』の「はる」の項を引くと,

墾,
治,

という字を当てるものと,

晴,
霽,

の字を当てるものと区別しているが,前者は,

開くの義,開墾の意,掘るに通ず」

とし,後者は,

「開くの義,履きとする意,

として,いずれも「開く」につながる。その意味は,

パッと視界が開く,

晴れ晴れ,

という感じと似ているが,それは,

開いた(開墾した),

という含意があることらしい。つまり,開く(開墾する)ことで,開けたという意味である。

「原」の字は,

「『厂(がけ)+泉(いずみ)』で,岩石の間の丸い穴から水がわくいずみのこと。源の原字。
水源であることから『もと』の意を派生する。広い野原を意味するのは,原隰(ゲンシュウ)(泉の出る地)の意から。また,生真面目を意味するのは,元(まるい頭→融通のきかない頭)などに当てた仮借字である。」

とあり,もともとは起源の意味で,そこから派生して,平原の意がでてきた,ということらしい。

その「原」を当てた「はら」の語源について,『日本語源広辞典』は,二説挙げる。

説1は,「ハラ(ハリ,開・墾・治・拓の音韻変化)」が語源で,開墾して広がった地の意,
説2は,「ヒロ(広),ヒラ(平)」が語源で,ハルバル(遥々)やハラ(腹)と同根で,広がった平地の意,

である。「はるばる」あるいは「はるか」という語感とつながっていく。『岩波古語辞典』は,「はるか」で,「はら」と同じことを書いている。

「ハレ(晴)と同根。途中に障害となるものが全くなく,そのままずっと,かなたの果てまでみえているさま」

と,日本は照葉樹林帯であり,本来,草原が手つかずであるはずはない,ということを考えると,「墾」「治」を当てた意味はなかなか深いのではないか,と思う。念のため,「墾」の字は,

「貇(コン)は,深くしるしをつける意を含む。墾はそれを音符とし,土を加えた字で,力を込めて深く地にくわをいれること,力をこめてしるしをつける意を含む」

であり,「たがやす」「荒れた地にすきやくわを入れてたがやす」意であり,「治」の字は,

「古人はまがった棒を耕作のすきとして用いた。以の原字はその曲がった棒の形で,工具を用いて人工をくわえること。台は『口+音符厶(=以)』の会意兼形声文字で,ものをいったり,工作するなど作為を加えること。治は『水+音符台』で,河川に人工を加えて流れを調整すること。以・台・治などはすべて人工で調整する意をふくむ。」

と,「墾」「治」ともに,自然を開く(加工する)意を含む。

『日本語源大辞典』も,「はら」について,諸語源説を,

ハラ(開)の義(東雅・和訓栞・大言海),
ヒロ(広)の義(日本釈名・和語私臆鈔・言元梯・大言海),
ヒラ(平)の義か(日本釈名・大言海),
平らで広いところから,ヒララカの反(名語記),
ヒロクタヒラ(広平)の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子・国語の語幹とその分類=大島正健),
ハラはヒラ(平)またはヒロ(広)の約,ラはツラ(連)の約ダの転(和訓集説),
平々として人のハラ(腹)に似ている4ところからか(和句解),
腹も同語か(時代別国語大辞典・上代編),
ハルカ(遥)の義か(名言通),
ハレ(晴)と同根か(岩波古語辞典),

と並べるが,しかし,その上で,「はら」について,こう述べる。

「上代において,単独での使用例は少なく,多く『萩はら』『杉はら』『天のはら』『浄見はら』『耳はら』など,複合した形で現れ,植生に関する『はら』,天・海・河などの関する『はら』,神話・天皇・陵墓に関する『はら』等々が挙げられる。したがって,『はら』は地形・地勢をいう語ではなく,日常普通の生活からは遠い場所,即ち古代的な神と関連づけられるような地や,呪術信仰的世界を指す語であったと考えられる。この点,『の(野)』が日常生活に近い場所をいうのと対照的である。しかし,上代末,平安初期頃から,『の』と『はら』の区別は曖昧になった。」

つまり,この説でいくと,「はら」は,もっと曖昧な,意味の幅の広い言葉で,その意味では,

はるか(遥),

という言葉のもつ語感が,始原に近く,

晴,
霽,

を当てる字から,

墾,
治,

という字を当てる意味にシフトした,と見ることができる。「はるか」について,『日本語源広辞典』は,

「ハル(ハルバルの意)+カ(接尾語)」

で,遠く離れた状態をあらわす,という。もとは,空間的な意味だが,時間的にも使う,とある(『岩波古語辞典』)。その,

人からの遥かに離れた感覚,

が,

広がり,

を感じさせ,

はるけき,
はるかす,

といった遠い感じだけでなく,視界が開く感じにも,意味はつながっていく。「はるか」に,日常から離れている「はら」だからこそ,「晴れ」に通じ,

ハレ(霽),

になるのであり,「の」は,

ケ(褻),

なのである。ハレ(晴れ、霽れ)は,

儀礼や祭、年中行事などの「非日常」,

「ケ(褻)」は,

普段の生活である「日常」,

を表しているとされるが,「ハレ」は日常の軛から脱するとき(場)でもある。その意味で,僕には,

はるか,
はるばる,

は,そういう気分や状態を表す擬態語だったのではないか,という気がしてならない。

なお,「ハレとケ」については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%81%A8%E3%82%B1

に詳しい。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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の(野)


「の」は,

野,

と当てるが,「はら(原)」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba8.htm#%E3%81%AF%E3%82%89)に触れた折,『日本語源大辞典』は,こう述べていた。

「上代において,単独での使用例は少なく,多く『萩はら』『杉はら』『天のはら』『浄見はら』『耳はら』など,複合した形で現れ,植生に関する『はら』,天・海・河などの関する『はら』,神話・天皇・陵墓に関する『はら』等々が挙げられる。したがって,『はら』は地形・地勢をいう語ではなく,日常普通の生活からは遠い場所,即ち古代的な神と関連づけられるような地や,呪術信仰的世界を指す語であったと考えられる。この点,『の(野)』が日常生活に近い場所をいうのと対照的である。しかし,上代末,平安初期頃から,『の』と『はら』の区別は曖昧になった。」

今日,

野原,

と一括りにして言うが,この説に従えば,





とは,区別があった,ということである。繰り返しになるが,「はら」は,「晴れ」に通じ,

ハレ(霽),

になるのであり,「の」は,

ケ(褻),

なのである。ハレ(晴れ、霽れ)は,

儀礼や祭、年中行事などの「非日常」,

「ケ(褻)」は,

普段の生活である「日常」,

を表しているとされるが,「ハレ」は日常の軛から脱するとき(場)でもある。あるいは,「の」は,

現実の平らに開けた地,

を指すが,「はら」は,

非現実の地,

を指すという言い方もできるのかもしれない。

「野(埜)」の字は,

「予(ヨ)は,□印の物を横に引きずらしたさまを示し,のびる意を含む。野は『里+音符予』で,横にのびた広い田畑,のはらのこと。古字埜(ヤ)は『林+土』の会意文字。」

で,のび広がった郊外の地,という意味である。和語「の」は,『岩波古語辞典』には,

「ナヰのナ(土地)の母音交替形」

とある。「なゐ」は,

地震,

と当て,その項に,

「ナは土地,ヰは居。本来,地盤の意。『なゐ震(ふ)り』『なゐ揺(よ)り』で自身の意であったが,後にナヰだけで」

とある。その「ナ」が母韻交替で「ノ」になったということになる。つまりは,「土地」という意である。『大言海』は,

「ヌの轉」

とある。「ぬ(野)」をみると,

「緩(ぬる)き意」

として,

「野(の)の古言,

として,『古事記』の,

次生野神(ヌノカミ)名,鹿屋野比賣神,

等々を引く。とすると,

ナ→ヌ→ノ,
あるいは,
ヌ→ナ→ノ,

と交替したということなのだろうか。ただし『日本語源大辞典』には,

「ノ(野)を表すときに用いられる万葉仮名『努』は,江戸時代以来ヌと呼ばれてきたが,昭和の初め橋本進吉の研究によってノの甲類に訂正された。ただし,『奴』と表記されたものはヌと読む」

とあるので,「ヌの轉」説は,消える。

『日本語源広辞典』は「の」の語源について,『大言海』の「ぬ(野)」を「緩(ぬる)き意」としたのと同じく,

「ゆるやかにのびているノ(和)」

で,緩い傾斜の平地の意,とする。『日本語源大辞典』

伸びる意の古語ノから(東雅),
ノブ(延)の義(国語本義・音幻論=幸田露伴),
ノブル(延)のノに通ず(国語の語幹とその分類=大島正健),
ナヰ(地震)のナの母音交替形。山のすそ野,緩い傾斜地(岩波古語辞典),
ノ(野)は,平地に接した山の側面。麓続きをいう(地名の研究=柳田國男),
ヌルキの義か(名言通),
田畑などに境を分けてノコ(残)る所の義か(和句解),

と並べた上で,

「上代の用法はハラ(原)とよく似ているが,古代にノ(野)と呼ばれている実際の土地の状況などを見ると,もと,ハラが広々とした草原などをさすのに対して,ノは低木などの茂った山裾,高原,台地状のやや起伏に富む平坦地をさしてよんだものかと思われる。」

と述べる。山が神体と見なされた時代,「の」はその裾の地を指した,というような気がする。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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兎の数え方


兎は,

一羽,二羽,

と数える。これについては,諸説あるが,

http://japanknowledge.com/articles/kze/column_kaz_02.html

には,

「獣(けもの)を口にすることができない僧侶(そうりょ)が二本足で立つウサギを鳥類だとこじつけて食べたためだという説や、ウサギの大きく長い耳が鳥の羽に見えるためだとする説などが有力です。
それだけでなく、ウサギの数え方の謎は、ウサギの名前の由来とも少なからず関係があるようです。ウサギの『う』は漢字の『兎』に当たるものですが、残りの『さぎ』はどこから来ているのかはっきりしたことが分かりません。一説では、『さぎ』は兎の意味を持つ梵語(ぼんご)『舎舎迦(ささか)』から転じたものだとか、朝鮮語から来ているとされています。さらに、『さぎ』に鳥のサギ(鷺)を当てたとする俗説まであります。仮に、ウサギが『兎鷺』と解釈され、言葉の上では鳥の仲間と捉(とら)えられていたとしたら、『羽』で数える習慣が生まれても不思議ではありません。現代では、ウサギを『羽』で数えることは少なくなり、鳥類とウサギを『羽』でまとめて数える場合以外は、『匹』で数えます。」

とある。また,

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000101035

は,うさぎを“何羽”と数える由来は諸説あり、正確な説は定かではないとされているとしつつ,

・宗教上の理由で僧侶が獣の肉を食べるのを禁止されていたため,後ろ足二本で立つウサギを鳥と見なして食べていた時代の名残,
・「ウ(鵜)とサギ(鷺)という二羽の鳥」ということで,兎二匹で一羽と数えるという説,
・獲るときに鳥と同じように網に追い込んで捕まえたからという説,
・ウサギの長い耳を羽に見立てているという説,

を挙げる。また,

https://www.benricho.org/kazu/column_usagi-2yurai.html

は,

@ 長い耳が鳥の羽のようだからとする説。
A 骨格が鳥に似ているからとする説。
B 二本の足で立つ兎を鳥に見立てて、鳥と称して食べたとする説。
C「ウサギ」を「ウ・サギ」と分解して発音し、「鵜う」と「鷺さぎ 」の二羽の鳥であるとする発音説。
D ぴょんぴょんと跳ねる様が飛ぶ鳥のようだからとする説。
E 肉が鳥肉に似ているからとする説。
F 耳を括って持つことがあり、括ったもの、束ねたものを数える「 一把いちわ」「二把にわ 」から、鳥にも似ているので「一羽」になったとする説。
G 網を使った捕獲方法があって、鳥を捕る方法に似ているからとする説。
H 兎を聖獣視する地方で、そのほかの獣と区別する意味合いで数え方を変えたとする説。

等々を挙げ,その他に,

「一種の『 洒落しゃれ 』から始まったのではないかとする説もあります。上記のような様々な理由から鳥に似ているため、猟師などが『洒落』で、鳥を数える『一羽』を使っていたのではないかとする」
やはり, 

説も加えているが,結局,南方熊楠『十二支考』の「兎に関する民俗と伝説」の,

「従来兎を鳥類と 見做みなし、獣肉を忌む神にも供えまた家内で食うも忌まず、一疋二疋と数えず一羽二羽と呼んだ由、」

に落ちつくようだ。鍵は,「うさぎ」という言葉にありそうである。

『広辞苑』には,

「『う』は兎のこと,『さぎ』は兎の意の梵語『舎舎迦(ささか)』の転とする説と朝鮮語起源とする説とがある」

としている。『大言海』も, 

「本名ウにて,サギは,梵語,舎舎迦(ささか)(兔)を合せて略轉したる語かとも云ふ(穢し,かたなし。皸(あかがり),あかぎれ)。転倒なれど,乞魚(こつお),鮒魚(ふな),貽貝(いがい)など,漢和を合したる語もあり。朝鮮の古語に,兔を烏斯含(ヲサガム)と云へりと云ふ(金澤庄三郎,日鮮古代地名)。」

と,両説挙げる。「う(兔)」の項では,

「此の獣の本名なるべし。古事記上三十二に,『裸なる菟伏也』継体紀に,『菟皇子』などある,皆,ウと訓むべきものの如し」

としている。『岩波古語辞典』は,「うさぎ(兎)」の項で,

「兔,宇佐岐〈和名抄〉,朝鮮語t`o-kkiと同源」

とするのみである。『日本語源広辞典』は,梵語説の他に,

「ウサ・ヲサ(設)+ギ(接尾語)」

で,いつでも飛び出せるように,ヲサ(用意)のある動物を指す,という。「おさ」とは,

おさおさ怠りなく,

の「おさ」なのだろうか。しかし,この「をさ」は,「長を重ねた語」で,

いかにも整然としているさま,

の意で(『岩波古語辞典』),ちょっと意味がつながらない。『日本語源大辞典』は,「う(兔・兎)」と「うさぎ(兎・兔)」と「おさぎ(兎)」とを項を別にし,「う」については,

「ウ」の音は安らかに発せられるところから易産の意で名づけたか(和訓栞),
ウム(産)の「ウ」と同じ(俗語考),
ウサギの略(日本語原学=与謝野寛),

と挙げているが,

「一拍語の語源解釈は,その音を含む種々の語に付会されやすい。また一拍しか音がないのであるから,諸説の真偽の判定も困難である。」

としている。「うさぎ」では,

ウと言う。ウサギは後の訓(和訓栞),
「万葉−東歌」にはヲサギとあるので並び用いられたか(時代別国語大辞典・上代編),
本名はウで,サギは梵語ササカ(舎舎迦)を合わせて略轉した語(大言海),
ヲサキ(尾先切)の転(言元梯),
ウはウ(菟),サギはサケ(細毛)の転(日本古語大辞典=松岡静雄),
ウスゲ(薄毛)の転(日本釈名),
ウサギ(愛鷺)の意か(和字正濫鈔),
うちへうつぶいた鷺の意(本朝辞源=宇田甘冥),
かがまったさまが,憂くみえるからか。ウは中,サキは上(和句解),
ミミフサナギ(耳房長)の義(日本語原学=林甕臣),
朝鮮語t`o-kki(兎)と同源(岩波古語辞典),

等々を挙げた上で,

「ウが古形であり,オサギ(ヲサギ)は,上代より東国語形として見える。一拍語であるのを嫌って『サギ』を補ったのであろう。このサギを『暮らしのことば語源辞典』では鷺にもとづく説を紹介している。」

とし,「おさぎ」では,

うさぎ(兎)の訛語(大言海),
ヲサギ(尾先切)の転(言元梯),
白兎は形が白鷺に似ているところから,ヲソギ(偽鷺)の義(言元梯),

としている。『岩波古語辞典』も,「をさぎ」を,