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コトバ辞典


うづき


「うづき」は,

卯月,

と当てる。陰暦四月の異称である。陰暦四月には,この他,

陰月(いんげつ),植月(うえつき),卯花月(うのはなづき),乾月(けんげつ),建巳月(けんしげつ),木葉採月(このはとりづき),鎮月(ちんげつ),夏初月(なつはづき),麦秋(ばくしゅう),花残月(はなのこりづき),孟夏(もうか),

等々の異名があるらしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%88)。

『広辞苑』には,「うづき」の由来を,

「十二支の卯の月,また,ナウエヅキ(苗植月)の転とも」

と載せる。しかし,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/uzuki.html

は,

「卯月は、卯の花が咲く季節なので、『卯の花月』の略とする説が有力とされ、卯月の『う』 は『初』『産』を意味する『う』で、一年の循環の最初を意味したとする説もある。 その他、 稲を植える月で『植月』が転じたとする説もあるが、皐月の語源と近く、似た意味から別の月名が付けられたとは考え難い。 また、十二支の四番目が『卯』であることから、干支を 月に当てはめ『卯月』になったとする説もあるが、他の月で干支を当てた例がないため不自然である。仮に、卯月だけに干支を当てられたとしても、月に当てられる干支は一月から順ではなく、陰暦の四月が『巳』,『卯』は陰暦の二月である。」

と,「干支の卯」説には批判的である。『デジタル大辞泉』も,

「卯の花月。卯の花の咲く月の意とも、稲の種を植える植月(うつき)の意ともいう。」

と,「卯の花月」を採る。

https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%88

は,

「卯月の由来は、卯の花が咲く月『卯の花月(うのはなづき)』を略したものというのが定説となっている。しかし、卯月の由来は別にあって、卯月に咲く花だから卯の花と呼ぶのだとする説もある。『卯の花月』以外の説には、十二支の4番目が卯であることから『卯月』とする説や、稲の苗を植える月であるから『種月(うづき)』『植月(うゑつき)』『田植苗月(たうなへづき)』『苗植月(なへうゑづき)』であるとする説などがある。他に『夏初月(なつはづき)』の別名もある。」

と,やはり「卯の花月」に傾く。さらに,『日本語の語源』もまた,

「幹が中空であるところからウツロギ(空木)といったのがウツギ(空木)になった。初夏,白い鐘の形の花がむらがり咲く。それをウツギノハナ(空木の花)と呼んだのが,ウノハナ(卯の花)と略称された。陰暦四月をウノハナヅキ(卯の花月)といったのがウヅキ(卯月)になった。」

とする。しかし,『日本語源広辞典』は,三説挙げ,

説1 「雨+月」。雨の多い月の意,
説2 「植+月」。苗を植える月の意,
説3 「卯の花月」。卯の花の咲く月の意,

その上で,

「説3が通説ですが,当てた漢字が付会かもしれません」

としている。つまり,「卯月」と当てた字を以って後解釈なのかもしれない,という意である。「卯(漢音ボウ,呉音ミョウ[メウ])は,

「指示文字。門をむりに開けて中に入り込むさまを示す」

とある。干支の「卯」であるが,卯の花の意味は,ここにはない。「卯の花」とは,

ウツギ,

のことである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%84%E3%82%AE

によると,

「ウツギ(空木、学名:Deutzia crenata)はアジサイ科ウツギ属の落葉低木。ウツギの名は『空木』の意味で、茎が中空であることからの命名であるとされる。 花は『うつぎ』の頭文字をとって『卯(う)の花』とも呼ばれ」

る,とある。因みに,「オカラ」を「卯の花」と呼ぶのは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%82%89

によると,

「『から』の語は空(から)に通じるとして忌避され、縁起を担いで様々な呼び名に言い換えされる。白いことから卯の花(うのはな、主に関東)、包丁で切らずに食べられるところから雪花菜(きらず、主に関西、東北)などと呼ばれる。『おから』自体も「雪花菜」の字をあてる。寄席芸人の世界でも『おから』が空の客席を連想させるとして嫌われ、炒り付けるように料理することから『おおいり』(大入り) と言い換えていた。」

とある。『たべもの語源辞典』は,

「この花の色が白くておからに似ているところからの名である。おからのカラ(空)をきらって,ウ(得)の花としたという説もあるが,これは良くない。ウは『憂』に掛けたりすることが多い。」

としている。

しかし,どうも,「卯の花」説は,他の月の命名との一貫性が損なわれる気がする。

陰暦一月の 睦月(むつき)について,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455932349.html

で触れたように,『大言海』は,

「實月(むつき)の義。稲の實を,始めて水に浸す月なりと云ふ。十二箇月の名は,すべて稲禾生熟の次第を遂ひて,名づけしなり。一説に,相睦(あひむつ)び月の意と云ふは,いかが」

とし, 

「三國志,魏志,東夷,倭人傳,注『魏略曰,其俗不知正歳四時,但記春耕秋収為年紀』

を引いて,「相睦(あひむつ)び月の意」に疑問を呈して,「實月」説を採っていたし,陰暦二月の如月 (きさらぎ)についても,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/456805354.html

で触れたように,

『大言海』は,

「萌揺月(きさゆらぎづき)の略ならむ(万葉集十五 三十一『於毛布恵爾(おもふえに)』(思ふ故に),ソヱニトテは,夫故(ソユヱ)ニトテなり。駿河(するが)は揺動(ゆする)河の上略,腹ガイルは,イユルなり,石動(いしゆるぎ)はイスルギ)。草木の萌(きざ)し出づる月の意。」

として,「むつき(正月)の語源を見よ」として,「むつき(睦月・正月)」との連続性を強調していた。当然陰暦十二月の師走(しわす)も,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/455892480.html

で触れたように,『大言海』は,

「歳極(としはつ)の略転かと云ふ。或は,万事為果(しは)つ月の意。又農事終はる意か,ムツキを見よ。」

と,「睦月」との関連性を強調していた。陰暦三月の弥生(やよい)についても『大言海』は,

「イヤオヒの約転。水に浸したる稲の實の,イヨイヨ生ひ延ぶる意」

と,月名に農事との関わりを一貫して守り続けている。そして,「卯月」についても,

「植月(うつき)の義。稲種を植(う)うる月,ムツキ(睦月)の語源を見よ」

とし,睦月との一貫性を崩さない。突然四月になってウツギと関わらせるのは,どう考えても無理筋ではあるまいか。

『日本語源大辞典』には,『大言海』以外のものとして,農事と関わらせる説が,

すでに播いたものがみな芽を出すことから,ウミ月の略か(兎園小説外集),
ウは初,産などにつながる音で,一年の循環の境目を卯月とする古い考え方があって,その名残りか(海上の道=柳田國男),

がある。『日本大百科全書(ニッポニカ)』によると,「卯月」は,

「この月より季節は夏に入り、衣更(ころもがえ)をした。また、この月の8日を『卯月八日』といって、この日には近くの高い山に登り、花を摘んで仏前に供えたりする行事があった。この日はまた釈迦(しゃか)の誕生日でもあり、灌仏会(かんぶつえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、花祭などといって、誕生仏を洗浴する儀式が行われ、甘茶などを仏像にかける風がある。参詣(さんけい)者はこの甘茶をもらって飲んだり、これで墨をすって、『千早振る卯月八日は吉日よかみさけ虫をせいばいぞする』と紙に書き、便所や台所に貼(は)って虫除(よ)けとする俗信があった。」

とある。それが「卯の花」とは到底思えない。翌「皐月」は,

「早苗月」

とも言うそうだから,なおさらである。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%84%E3%82%AE
https://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%88
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%82%89
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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サザンカ


「サザンカ」は,

山茶花,

と書く。『広辞苑』は,

「字音サンサクワの転」

とある。「サザンカ」とは,

学名: Camellia sasanqua),ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹,

である。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/sa/sazanka.html

は,

「サザンカは,中国語でツバキ科の木を『山茶』といい,その花を『山茶花』と称したことに由来する。『山茶』と呼ばれる由来は,端が茶のように飲料となることから,『山に生える茶の木』の意味である。日本では,中世に山茶花の名が現れるが,当時は『サンザクワ(サンサクワ)』と文字通りの発音であった。これが倒置現象によって,江戸中期頃から,『サザンクワ(ササンクワ)』となり,『サザンカ』となった。古く,『山茶花』は『椿』と同じ意味の漢語として扱われ,『日葡辞典』でも,『ツバキと呼ばれる木の花』と解説されていたが,江戸時代には入り,現在で言う『サザンカ』を指すようになった。」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%82%AB

によると,

「漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである『サンサカ』が訛ったものといわれる。もとは『さんざか』と言ったが、音位転換した現在の読みが定着した。」

とある。しかし,

http://www.sato-tsubaki.co.jp/name.shtml

によると,

「万葉時代、奈良朝では隋、唐に遣随使、遣唐使を派遣して日本の特産樹、特産油である椿、椿油が中国に渡ったが、当時の中国文化の中心は北方にあって、そこは温暖な地域で育つ椿の分布圏ではない。したがって、その漢名などあろうはずもなく、日本人のつけた漢名である海石榴、海石榴油の文字が椿、椿油といっしょに導入れたのだ,とされます。(中略)椿は日本から中国へ舶載された数少ない特産物の一つでありました。
 現代では、中国においてカメリア科、カメリア属を指す語は『茶』でありますが(茶科、茶属)、葉や新芽を摘んで茶にするものも『茶』、種子から油を採るものは『油茶』、花を鑑賞するものを「茶花」と呼んでいます。」

とあるので,「山茶花」のもとの「山茶」は,日本から伝来した「ツバキ」に由来するらしい。この説によると,「ツバキ」として献上され,「山茶花」として戻ってきたことになる。しかし,山茶花と椿は,別である。

「ツバキ」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD#cite_note-2

に,

「ツバキ(椿、海柘榴)またはヤブツバキ(藪椿、学名: Camellia japonica)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹。照葉樹林の代表的な樹木。」

とあり,「サザンカ」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%82%AB

に,

「漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来」

とあり,中国へ伝播したときは,「ツバキ」だが,ツバキ類一般に概念が広がり,日本へ「山茶」として戻ってきたときは,「サザンカ」と限定された,ということになるのか。「ツバキ」については,別途触れるとして,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD#cite_note-2

に,サザンカとの見分け方として,

「・ツバキは花弁が個々に散るのではなく萼と雌しべだけを木に残して丸ごと落ちるが(花弁がばらばらに散る園芸品種もある)、サザンカは花びらが個々に散る。
・ツバキは雄しべの花糸が下半分くらいくっついているが、サザンカは花糸がくっつかない。
・ツバキは、花は完全には平開しない(カップ状のことも多い)。サザンカは、ほとんど完全に平開する。
・ツバキの子房には毛がないが(ワビスケには子房に毛があるものもある)、サザンカ(カンツバキ・ハルサザンカを含む)の子房には毛がある
・ツバキは葉柄に毛が生えない(ユキツバキの葉柄には毛がある)。サザンカは葉柄に毛が生える。」

と載る。ツバキ(狭義のツバキ。ヤブツバキ)とサザンカはよく似ているが,特に,原種は見分けやすくても,園芸品種は多様性に富むので見分けにくい,とある。

さて,「サザンカ」の語源は,したがって,

http://yain.jp/i/%E5%B1%B1%E8%8C%B6%E8%8A%B1

の,

「中国で、葉が茶に似ていることから『山茶』とよばれ、その花を『山茶花』とした。日本では中世のころは『さんざか』と呼んでいたが、音位転換して現在の『さざんか』と呼ばれるようになった。」(『由来・語源辞典』)

に尽きているのかもしれない。ただ,『日本語の語源』は,異説を挙げ,

「花のない冬,四国・九州の暖地に美しい花が咲き乱れているところからサキサカル(咲き盛る)花と呼んだ。『キ』の撥音便でサンサカ(山茶花)になり,転位してサザンカ(山茶花)という」

としている。もともと「ツバキ」と「サザンカ」は別種としてある。とすれば,「山茶」として逆輸入されたとき,元々あった名を当てたと考えられなくもない。なぜなら,

「山茶は,ツバキ」

と,『字源』にはある。「山茶」が入ったとき,「ツバキ」とは区別するために「サザンカ」に,「山茶」を当てた,とも考えられる。

「音位転換」(おんいてんかん、英語: metathesis)とは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E4%BD%8D%E8%BB%A2%E6%8F%9B

に,

「言語の、とりわけ語形の経時変化や発音・発語に関連した言葉で、語を構成する音素の並び順(以下、音の並び)が入れ替わってしまうこと。英語のまま『メタセシス』と呼ばれることもある。
かなとかなが入れ替わる形で(より正確にはモーラを単位として)起こることが比較的多いが、子音だけが入れ替わったり、複数のモーラがまとまって動くようなケースもなくはない。子どもがよく間違える。『タガモ(卵)』『すいせんかん(潜水艦)』『ふいんき(雰囲気)』など。アニメ映画『となりのトトロ』では妹のメイがトウモロコシをちゃんと言えずトウモコロシと言ったり、オタマジャクシをオジャマタクシと言ってしまったりする。北陸では「生菓子」を「ながまし」というように方言として定着する場合もある。」

とある。

http://studyenglish.at.webry.info/201310/article_3.html

には,「シミュレーション」を「シュミレーション」と言ってしまうのもその例としていたが,

「音位転換の中にはすっかり日本語として定着してしまって原形が忘れられているものもあります。(中略)「だらしない」はそもそも「しだらない」という言葉が変化したそうです。和語では濁音を文頭に置くと印象が強くなるためそうなったのではという説があります。」

として,音位転換の例を,

しだらない→だらしない
あらたし→あたらしい(新しい)
さんざか→さざんか
したつづみ→ したづつみ(舌鼓)
あきばはら→あきはばら

等々の例を挙げている。

参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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ツバキ


「ツバキ」は,

椿,
海石榴,
山茶,

と当てる。「サザンカ」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457793476.html?1520625823

で触れたように,中国では,「つばき」を「山茶」と書く。でそれが,「サザンカ」の「山茶花」に当てられたことは,書いた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD

によると,

「ツバキ(椿、海柘榴)またはヤブツバキ(藪椿、学名: Camellia japonica)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹。照葉樹林の代表的な樹木。日本内外で近縁のユキツバキから作り出された数々の園芸品種、ワビスケ、中国・ベトナム産の原種や園芸品種などを総称的に『椿』と呼ぶが、同じツバキ属であってもサザンカを椿と呼ぶことはあまりない。」

とある。「サザンカ」で触れたことと重なるが,「ツバキ」は,「サザンカ」と違い,

花弁が個々に散るのではなく萼と雌しべだけを木に残して丸ごと落ちる,
雄しべの花糸が下半分くらいくっついているが,サザンカは花糸がくっつかない。
花は完全には平開しない(カップ状のことも多い)が,サザンカはほとんど完全に平開する,
子房には毛がないが,サザンカ(カンツバキ・ハルサザンカを含む)の子房には毛がある,
葉柄に毛が生えないが,サザンカは葉柄に毛が生える,

という。さて,「ツバキ」の語源であるが,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/tu/tsubaki.html

は,

「語源には、光沢のあるさまを表す古語『つば』に由来し、『つばの木』で『つばき』になったとする説。『艶葉木(つやはき)』や『光沢木(つやき)』の意味とする説。朝鮮語 の『ツンバク(Ton baik)』からきたとする説など諸説ある。漢字『椿』は、日本原産のユキツバキが早春に花を咲かせ春の訪れを知らせることから、日本で作られた国字と考えられている。一方中国では、『チン(チュン)』と読み、別種であるセンダン科の植物に使われたり、巨大な木や長寿の木に使われる漢字で、『荘子』の『大椿』の影響を受けたもので国字ではないとの見方もある。なお、ツバキの中国名は『山茶(サンチャ)』である。」

とある。『大言海』には,

「艶葉木(ツヤバキ)の義にて,葉に光沢あるを以て云ふか。椿は春木の合字なり,春,華あれば作る。或は云ふ,香椿(タマツバキ)より誤用すと。然れども,香椿は,ヒャンチンと,唐音にても云へば,後の渡来のものならむ。海石榴の如く,花木の海の字を冠するば,皆海外より来れるものなり」

とある。『日本語の語源』は,

「アツバキ(厚葉木)−ツバキ(椿)」

とし,『由来・語源辞典』

は,

http://yain.jp/i/%E6%A4%BF

「葉が厚いことから『厚葉木(あつはき)』、葉に光沢があることから『艶葉木(つやはき)』の意など、語源については諸説ある。『椿』と書くのは、春に花が咲く木の意で作られた国字。」

としている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD

は,

「和名の『つばき』は、厚葉樹(あつばき)、または艶葉樹(つやばき)が訛った物とされている。」

としており,葉の厚さか,艶かのいずれかというところになるが,『日本語源広辞典』は,三説載せる。

説1は,「ツバ(唇)+木」。赤い唇のような花の木の意,
説2は,「ツハル(芽ぐむ)+木」。春の始め内部からツハル木,
説3は,「ツ(艶)+葉+木」。年中艶のある葉をもつ木,

『日本語源大辞典』は,上記以外に,

ツキヨキ葉の木の義か(和句解),
テルハギ(光葉木)の義(言元梯),
冬柏の意の朝鮮語ツンバクからか(語理語源=寺尾五郎),
葉の変らないところから,ツバキ(寿葉木)の義(和語私臆鈔),
ツ(処)ニハ(庭)キ(木),もしくはツニハ(津庭)キ(杵=棒)で,聖なる木,神木の意(語源辞典=植物篇=吉田金彦),
朝鮮語(ton-baik)(冬柏)の転(植物和語語源新考=深津正),

等々がある。ま,しかし,葉の特徴とみて,艶か厚さの何れかというのが妥当なのだろうと思う。

問題は,当てた「椿」の字である。

『広辞苑』は,

「『椿』は国字。中国の椿(ちゆん)は別の高木」

とするし,多く,中国では,別の木とする。「椿」(チン,漢音・呉音チュン)の字は,

「『木+音符春(シュン・チン)(ずっしりとこもる)』で,幹の下方がずっしりと太い木」

を意味し,センダン科の落葉高木。という別の木を指す。我が国では,「ツバキ」に当てたし,「闖入(ちんにゅう)」の「闖」に当てた誤用から,「不意の出来事,変ったこと」の意に用い,「珍事」に「椿事」,「珍説」に「椿説」と当てたりする(『漢字源』『字源』)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD

によると,

「『椿』の字の音読みは『チン』で、椿山荘などの固有名詞に使われたりする。なお『椿』の原義はツバキとは無関係のセンダン科の植物チャンチン(香椿)であり、『つばき』は国訓、もしくは、偶然字形が一致した国字である。歴史的な背景として、日本では733年『出雲風土記』にすでに椿が用いられている。その他、多くの日本の古文献に出てくる。中国では隋の王朝の第2代皇帝煬帝の詩の中で椿が『海榴』もしくは『海石榴』として出てくる。海という言葉からもわかるように、海を越えてきたもの、日本からきたものを意味していると考えられる。榴の字は、ザクロを由来としている。しかしながら、海石榴と呼ばれた植物が本当に椿であったのかは国際的には認められていない。中国において、ツバキは主に『山茶』と書き表されている。『椿』の字は日本が独自にあてたものであり、中国においては椿といえば、『芳椿』という東北地方の春の野菜が該当する。」

とあり,

「『つばき』は国訓、もしくは、偶然字形が一致した国字」

というのが妥当だろう。しかし,これまでいろんな面で見てきた渡来人を含めた古代の人々の知識から見て,既存の「椿」の字があるのに,作字するとは思えない気がする。

http://www.sato-tsubaki.co.jp/name.shtml

には,

「一つの有力な仮説として『朝鮮語が転訛したものである』という説があります。これは、椿が中国の沿海諸島から朝鮮半島南海岸地方を経由して日本に伝播したとするもので、椿に当たる朝鮮語の冬柏(ton baik:トンベイ)が転訛して日本語の『椿(つばき)』になったという説です。また、当時『つばき』を海石榴と書いていたことも、この説を有力なものとしています(なお、海石榴は正しい漢名ではなく日本人の付けた名前だとされます)。
 すなわち、この説によれば、つばきは海外すなわち朝鮮から入った石榴(ざくろ)の意味だというのです。三韓時代にはすでに朝鮮南部において、つばきの利用法や椿油の製法が発達していたものと推定され、わが国の椿油の貢献国(産油地でもある)がいずれも朝鮮半島に近接した地方であることから、これらと同時に『つばき』の名前がわが国に渡来したのだ、という訳です。)」

とある。これによれば,日本からの献上品の「ツバキ」が海石榴とよばれ,それが逆輸入されたことになる。サザンカと似た現象だが,「椿」の字が強く残ったのは,「椿」の字をすでに当てていたからかもしれない。

この「椿」が国字ではなく,

「『荘子』の『大椿』の影響を受けたもの」

とあるのは,

http://www.sato-tsubaki.co.jp/name.shtml

のいう,

「日本では朝鮮から来た石榴に似た木では漢名としては不合理なため、中国の架空の植物名で、迎春の花、長寿の花木である『大椿』の漢字を借りて、『日本の椿』にふさわしい『椿』の字を当てたものと考えられます。」

と,僕も思う。「大椿」は,『荘子』の「逍遥遊」篇の,

小知は大知に及ばず、小年は大年に及ばず
奚(なに)を以て其の然(しか)るを知る
朝菌(チョウキン)は晦朔(カイサク)を知らず
蟪蛄(ケイコ)は春秋を知らず
此れ小年なり
楚の南に、冥霊(メイレイ)なる者あり
五百歳を以て春と為し、五百歳を秋となす
上古、大椿(タイチン)なる者あり、八千歳を以て春と為し、八千歳を秋と為す
而して彭祖(ホウソ)は乃(すなわ)ち今、久(ひさ)しきを以て特(ひと)り聞(きこ)ゆ
衆人これに匹(ひつ)せんとする、亦(ま)た悲しからずや
http://fukushima-net.com/sites/meigen/423より)

の,

上古、大椿(タイチン)なる者あり、八千歳を以て春と為し、八千歳を秋と為す,

から来ている。「大椿」は,だから,

中国古代の伝説上の大木の名。8000年を春とし、8000年を秋として、人間の3万2000年がその1年にあたるという。転じて、人の長寿を祝っていう語(『大辞林』『デジタル大辞泉』)。

という意味になる。ここから,人間の長寿を祝って言う,

大椿の寿,

という諺がある。これを知らなかった,とは思えないのである。

なお,ユキツバキは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%AD%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD

によると,

「別名、オクツバキ、サルイワツバキ、ハイツバキ。主に日本の太平洋側に分布するヤブツバキが東北地方から北陸地方の日本海側の多雪地帯に適応したものと考えられ、変種、亜種とする見解もある。」

とある。ここから,数々の園芸種が生み出された。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD%E5%B1%9E
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%AD%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%90%E3%82%AD
http://fukushima-net.com/sites/meigen/423
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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イチジク


「イチジク」は,

無花果,
映日果,

と当てる。『広辞苑』には,

「中世ペルシャ語anjīrの中国での音訳語『映日果(インジークォ)』がさらに転音したもの」

とある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B8%E3%82%AF

にも,

「『無花果』の字は、花を咲かせずに実をつけるように見えることに由来する中国で名付けられた漢語で、日本語ではこれに『イチジク』という熟字訓を与えている。中国で『映日果』は、無花果に対する別名とされた。
『映日果』(インリークオ)は、イチジクが13世紀頃にイラン(ペルシア)、インド地方から中国に伝わったときに、中世ペルシア語『アンジール』(anjīr)を当時の中国語で音写した『映日』に『果』を補足したもの。通説として、日本語名『イチジク』は、17世紀初めに日本に渡来したとき、映日果を唐音読みで『エイジツカ』とし、それが転訛したものされている。中国の古語では他に『阿駔』『阿驛』などとも音写され、『底珍樹』『天仙果』などの別名もある。
伝来当時の日本では『蓬莱柿(ほうらいし)』『南蛮柿(なんばんがき)』『唐柿(とうがき)』などと呼ばれた。いずれも“異国の果物”といった含みを当時の言葉で表現したものである。」

と,ペルシャ語由来,中国語経由説を採る。さらに,『日本語の語源』も,

「いちじくのルーツはイランで,かの地ではアンジーとかエンジーという。中国に渡来したとき,『映日』で表音してインジクォ(映日果。李時珍の『本草綱目』)といった。寛永年間にわが国に伝来したとき,発声を明確にするため,撥音をチに換えてイチジク(無花果)と唱えた(安藤正次『言語学概論』)。ペルシャ語が中国語を経由して日本語化したわけである。」

とし,『たべもの語源辞典』も同じ説を採る。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/ichijiku.html

は,

「いちじくの漢字『無花果』は,花嚢の内部に無数の雄花と雌花をつけるが,外からは見えないことから付けられた当て字である。 いちじくは,ペルシャ語の『Anjir』がヒンズー語で『Injir』になり,中国語で『映日(イェンジェイ)』と音写し,更に『果(クォ)』が加えられた。『映日果(イェンジェイクォ)』が日本に入り,『イチジク』と呼ばれるようになった。また,『イェンジェイクォ』から『イチジク』の変化は,単に日本人が聞き取ったのが『イチジク』であったとする説と,いちじくのすこしずつ熟してゆく過程『一熟(いちじゅく)』の意味として捉えたため,『イチジク』になったとする説がある。」

として,少し含みを持たせている。『大言海』は,

「和漢三才圖絵(正徳)八十八,無花果『俗云一熟云々,一月而熟,故名一熟』。和訓栞,後編,いちじく『一熟の義』。重修本草綱目啓蒙(享和)廿二『無花果,いちじく』。佐渡志(文化)五『無花果,いちじく』音韻假字用例に,熟(じゅく),塾(じゅく),じくは,中略和音なりとあり,イチジュク,ジュクセイ(塾生)などと發音するものは一人もなし。以下略」

と記するのみで,「一熟」説を批判するにとどめている。なお,

「大和本草(正徳)十,無花果『寛永年中,西南洋の種を得て,長崎に植ふ。今,諸国に有之云々』」

と載せて,寛永年中(1624−43)に伝来したものらしい。

『日本語源広辞典』は,

「語源は,『中世ペルシャ語anjiir アンジェール』です。中国音訳は,映日果インジークォ,意訳した語が『無花果』です。近世に渡来。日本で犬枇杷をイチジクと呼んでいましたが,これと似ていたので無花果をイチジクといいます。『イチ(美)+熟』で,『ウマク熟する実』です。イチゴ,イチビコのイチと同源です。ゆえに,直接のペルシャ語源と言えるかどうか疑問です。ちなみに,無花果と書きますが,果実そのものが,花で,花を食用としている果物なのです。」

としている。僕は,

映日果(インジークォ)を意訳した語が無花果,

であり,

日本の犬枇杷と似ていたので無花果をイチジクとした,

というのが妥当だと思う。因みに,「犬枇杷」とは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%83%93%E3%83%AF

には,

「イヌビワ(犬枇杷、学名: Ficus erecta)は、クワ科イチジク属の落葉小高木。別名イタビ、姫枇杷。果実(正確にはイチジク状果という偽果の1種)がビワに似ていて食べられるが、ビワに比べ不味であることから『イヌビワ』の名がある。」

とあり,「びわ」より「イチジク」により似ている。そう命名したのがわかる気がする。

「映日果」の転音説,一熟説以外に,

イタメチチコボル(傷乳覆)の約転(名言通),

という説もある。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%83%93%E3%83%AF
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B8%E3%82%AF
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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つばき(唾)


「つばき」は,

つば,

とも言う。

唾,

と当てる。『広辞苑』は,「つば」の項で,

古くはツハ,

とし,『日葡辞典』の「ツワ」を載せる。「つばき」の項では,

「動詞ツハクの連用形から。古くはツハキ・ツワキ」

と載せる。『岩波古語辞典』も,

「古くはツハキと清音。室町時代にはツパキ・ツワキの形が現れた」

とあり,室町末期の『日葡辞典』に「ツワキ」とあるのが納得できる。『岩波古語辞典』に, 

「古くは,ツだけで唾液を表したが,ツバ(唾)という用語もある。Tufaki」

とあり(『広辞苑』『岩波古語辞典』『大言海』ともに「つ」(唾)の項が載る), 

「液,小児口所出汁也,豆波木(つはき)」(新撰字鏡),
「唌,ツハキ」(名義抄),
「唾,ツワキ」(文明本節用集),
「唾,ツバキ」(明応本節用集),

と変化の跡を載せている。で,「つ」(唾)から,唾を吐く意の,

「つはき(唾吐き)」,

唾液を飲み込む意の,

「つ(唾)を引く」

という言い方があった。『学研全訳古語辞典』には,「つはく(唾吐く)」(カ行四段活用)の項で,「つばを吐く」意と載る。『広辞苑』の「ツハク」は,この意である。で,『日本語源広辞典』は,「つばき」の語源を,

「『ツ(唾)+吐き』の変化です。古語ツは,唾。ツバキとも。動詞のツハク(ツ+吐く)から,ク音脱落より,唾となった」

とする。「つばき」の語形変化については,『日本語源大辞典』は,

「『十巻本和名抄』に『都波岐』,『新撰字鏡』に『豆浪支』とツハキの語形が見える。院政期加点と目される『高僧伝長寛元年点』に,『唾手(ツワキハイテ)』の語形がみえるところから,ツハキ→ツワキの変化が私的できる。ツバキと濁音化した例は,室町時代からみられ,『堯空本節用集』に『唾 ツバキ』と見えるほか,『日葡辞典』の見出し語にも見える。室町時代には,ツバキのほかに,ツハキ,ツワキ,ツ,ツハ,ツバ,ツワの語形が存する。このような状態は江戸時代まで続くが,次第にツバキがツバと共に優勢となる。なお,ツハキ→ツハケ,ツバキ→ツバケの変化も室町時代以降に生じたものの,一般化せず『日本語俗語辞典』の域にとどまっていた。」

と載せている。しかし,「つばき」は,

ツ(唾)吐く,

意の略であって,

ツ(唾)吐く→(ツハク→ツワキ→ツバキ)→ツバ(唾),

と,変化したことの意味は分かるが,「つ」がツバの語源の謂れは明らかではない。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/tu/tsuba.html

も,「つば」について,

「『つば』は『つばき』の『キ』が脱落した語。 古くは『ツハキ』と清音で 、『ツ』が『唾』、『ハキ』が『吐く』を意味し、唾を吐くという意味の動詞であった。 平安時代 頃より、『ツハキ』は『唾液』の意味で使われ始め、ハ行転呼音で『ツワキ』と、濁音化した『ツバキ』の形が見られるようになる。江戸時代に入ると、『キ』の脱落した形での使用が 増え、『つば』が一般的な呼称となった。」

とやはり,「つばき」の語形変化をたどるだけである。「唾吐き」以外の語源説は,

ツはイズ(出)の上略で,人体から出るものであるところから。ハキは吐の義(日本釈名),

のみである。後は,

ツバ気の義(言葉の根しらべの=鈴木潔子),
ツバは口・舌・脣の意。キは液汁をいう(国語の将来=柳田國男),

と,ちょと「つ(唾)」から外れていく気がする。「つ」が「イズ(出)」と言うのもいいが,和語が擬音語・擬態語が多いことから見ると,「つ」は擬態語なのかもしれない。臆説かもしれないが,擬態語に,

「つー」

というのがある。

「糸で引かれたように真直ぐに移動する様子」

を示すという。上記の『新撰字鏡』の,「液,小児口所出汁也,豆波木(つはき)」という「つば」の説明から考えると,これではないか,と独り合点するのだが。

因みに,「唾」の字は,

「垂は『作物の穂の垂れた形+土』の会意文字。唾は『口+音符垂』で,口からだらりと垂れさがるつば」

の意である。

https://99bako.com/2212.html

に,

「『つば』は漢字で『唾』と書き『つばき』がより正確な言葉です。(中略)『つば』は話し言葉です。書き言葉としてはふさわしくありませんので、かしこまった表現が求められる文書の中で『つば』を使うことはできません。」

とあるのは,如何なものか。語形変化からみたとき,こういう断定は,一方的に過ぎるし,ばかげている。今日の紺色一辺倒の終活服装と似た,頑迷固陋さを感じさせるだけである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

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まゆ(眉)


「まゆ」は,

眉,

と当てる。

眉毛(まゆげ),

とも言うし,

まよ,
まよね,
まみえ,
かうのけ,
まゆね,
まよね,

とも言うと,『大言海』には載る。言うまでも無く,

目の上部に弓状に生える毛のこと,

である。『岩波古語辞典』には,

古形マヨの転,

とあり,「まよ」には,

マユの古形,

とある。

『大言海』は,「まゆ」の語源を,

「目上(まうへ)の約転かと云ふ」

とするが,「まよ」が「まゆ」の古形なら,この説は成り立たない。しかし,「まよ」の項で,『古事記』から,

「麻用(まよ)がき濃に,かき垂れ,逢はししをみな」(応神),

を引用しており,「まよ」が『古事記』で使われていることを記している。

『日本語源広辞典』は,「まゆげ」の語源を,

「マ(目)+ゆ・よ(そばにあるもの)+毛」

とする。「まよ」と関わらせている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ma/mayuge.html

は,

「目の上にあることから、『マノウヘ(目の上)』『マウヘ(目上)』の意味と考えられる。 ただし、古くは『マヨ』と言い、音変化して『まゆ』となっているため、『マノウヘ』『マウヘ』が直接音変化したものではない。『マミ』とも読むことから、「眉」の 呉音『ミ』からとする説もある。 漢字は、目の上に毛があることを描いた象形文字である。」

と,『大言海』説では,「まよ」からの由来がはっきりしない。

『日本語源大辞典』は,「マウヘ」説以外に,

メウヘ(目上)の約転(日本釈名・名言通),
マユ(目上)の義(柴門和語類集),
マユ(目従)の義(和語私臆鈔),
マウヘゲ(目上毛)の義(日本語原学=林甕臣),
メウヘゲ(眼上毛)の義(本朝辞源=宇田甘冥),
マウヘノケの略転か(風土と言葉=宮良当壮),
マユ(蚕)の義,またマヨケ(両横毛)の義(言元梯),
「眉」の字音から(外来語辞典=荒川惣兵衛),

とある。僕は,古形「まよ」から考えると,

マユ(蚕)の義,

というのは捨てがたい。「繭」の項で改めるが,「繭」も,

まよ,

と万葉集で言われていることもあり,「眉」と「繭」がつながる気がしてならない。ただの素人の語感,

眉という言葉の感覚,

繭という言葉の感覚,

の類似だけに依るのだが,『日本語の語源』は,「マユ(繭・眉)」として,こう述べている。

「『万葉集』に,マユ(繭・眉)をマヨという。マヨゴモリ(繭籠り)・ニヒクハマヨ(新桑繭)。マヨネ(眉根)・マヨガキ(眉書)・マヨヒキ(眉引き)など。雄略記のマユワ(眉輪)王が『古事記』にはマヨワ(目弱)王にかわっている。」

漢字を当てなければ,「繭」も「眉」も「まゆ(よ)」でしかない。同源の可能性は高い気がする。

因みに,「眉」(漢音ビ,呉音ミ)の字は,象形文字で,

「目の上のまゆがあるさまを描いたもので,細くて美しいまゆ毛のこと」

とある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

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まゆ(繭)


「まゆ」は,

繭,

と当てる。この「繭」(音ケン)の字は,

「『両側に垂れるさま+糸+虫』で,虫の糸が垂れて出てくるまゆをあらわす」

とある。

https://okjiten.jp/kanji1861.html

は,

「会意文字です。『桑』の象形と『より糸』の象形と『頭が大きくグロテスクな蚕(かいこ)』の象形から、糸を吐いて蚕が身を覆う『まゆ』を意味する『繭』という漢字が成り立ちました。」

と,より具体的である。

「まゆ(繭)」も「まゆ(眉)」と同様,

古形はマヨ(mayo),

である(『岩波古語辞典』)。『大言海』は,

「又,マヨ,訛して,マイ」

ともある。「まゆ(眉)」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457961706.html?1521057800

でも触れたように,『日本語の語源』は,「マユ(繭・眉)」として,

「『万葉集』に,マユ(繭・眉)をマヨという。マヨゴモリ(繭籠り)・ニヒクハマヨ(新桑繭)。マヨネ(眉根)・マヨガキ(眉書)・マヨヒキ(眉引き)など。雄略記のマユワ(眉輪)王が『古事記』にはマヨワ(目弱)王にかわっている。」

と述べている。漢字を当てなければ,「繭」も「眉」も「まゆ(よ)」でしかない。同源の可能性は高い気がする。『日本語源大辞典』は,

形が人の眉に似ているところから(名語記),
マユフ(眉生)の義(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),

と,眉と関連させる説もあるが,大勢ではない。その他に,

マユウ(真木綿)の義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子),
マは形の丸いことからか(国語の語根とその分類=大島正健),
マは接頭語,ユはイの転で蚕の尻から出す粘液質の糸状のものをいう(日本古語大辞典=松岡静雄・風土と言葉=宮良当壮),
さなぎで籠っている丸い空間でマヨ(曲節)(衣食住語源辞典=吉田金彦),
「マ(丸)+ヤ(家・屋・舎)」の音韻変化で,「丸い蚕の家」の意(日本語源広辞典),

等々があるが,「古形がマヨ」ということを考えると,「マユ」で語呂合わせをしているものは,省いていいのではないか,と思う。「まゆ(眉)」の項,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457961706.html?1521057800

でも触れたが,『日本語源広辞典』は,「まゆげ」(眉毛)の語源を,

「マ(目)+ゆ・よ(そばにあるもの)+毛」

とする。「まよ」と関わらせている。とすると,「まゆ(眉)」の「ま」は,

丸,

で,「まゆ(繭)」の「ま」は,

目(「め」の古形),

ということになる。しかし,「まよ」で,「繭」と「眉」を指していた以上,「ま」は,両者に共通する別の意味なのかもしれない,という気がする。『岩波古語辞典』には載らないが,『大言海』に,接頭語「ま」について,

「御(ミ)また,實(ミ)に通ず」

として,「まことの,偽ならぬ」という意味が載る。「美(ほ)むる意」の発語,

「真(ま)」

にも転じている。とすると,「ま」ではなく「よ」の方に意味があったのかもしれないが,該当するものが見つからなかった。なお,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%AD

に,

「日本では繭という言葉は、多くの場合にカイコのそれを意味する。その豊作を祈願して、繭を擬した白い玉をこの枝に飾ったものを繭玉と称し、神社等で縁起物として使用する例もある。」

とある。

参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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眉唾


「眉唾」は,

欺かれないように用心すること,

の意だが,よく唾を眉につける仕草で表現したりする。『広辞苑』には,

「眉に唾をつければ,狐狸にだまされないという俗信に基づく」

とある。『岩波古語辞典』には載らないが,『大言海』にも,

「眉に唾をつくれば,狐狸に魅せられずと云ふに出づ」

とある。

眉に唾をつける, 
眉に唾をする,
眉毛を濡らす,
眉を湿す,
眉に唾を塗る,

等々とも言う。『江戸語大辞典』に,多くの言い方が載っているところから見ると,この時代発祥かと思われる。で,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ma/mayutsuba.html

は,

「眉唾とは、騙されないよう用心すること。眉唾物の略で、真偽の確かでないもの。信用できないもの。眉唾もの。 」

と,意味を載せる。この意味の方が分かりやすい。その由来を,

「眉に唾をつければ狐や狸に 化かされないという俗信から生まれた言葉である。江戸時代には『眉に唾をつける』や『眉に唾を塗る』などと言っていたものが、明治時代に入り、『眉唾物』や『眉唾』という 言い方になった。」

とある。『故事ことわざ辞典』は,『俚言集覧』から,

「眉につばをする 眉に唾を塗れば狐に魅せられぬといへり。因って人に欺かれぬ用心に云ふ詞なり。彼を狐狸に比していふなり」

を引いている。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1176353986

には,その謂れについて,

「狸や狐が人を化かすと信じられていた頃、眉につばをつけると化けているものの正体がわかるとされていた。よって、疑わしい物は眉につばをつけて見ると正体がわかることより、転じて疑わしい物を『眉唾もの』というようになった。 親から聞いたことですが、小さい頃から信じてます。
唾には、魔力を封じる力があると信じられていました。(平安時代、陰陽道が信じられていた時代です) (大ムカデ退治で、矢に唾を塗って射たら刺し貫けたというのもありますよね) そして、眉に唾を塗ると、魔術から開放されて、本当の姿が見えると信じられていたのです。ですから、「眉に唾を塗る」というのは「だまされている、たぶらかされているのではないかと疑って、その魔力から逃れようとする」という意味をもっているのです。そこから、眉唾ものというのは、信じられない(だまされている、たぶらかされている)もの という意味で使われるようになったのです。  
語源1・平安時代にいた豪傑が山で大ムカデに出会い、大ムカデの噴く炎で危うく自分の眉毛が焼けそうになった。そこで眉毛に自分のツバをつけてこれをしのぎ、さらに弓矢にもツバをつけて大ムカデを射殺したと言う話から、あまりに荒唐無稽な話を「まゆつば」と言う様になったと言う説。
語源2・ツバを眉毛に付ければ、キツネやタヌキに化かされないと言う説。 
昔の子供は転んで傷をつくったとしても、指で舐めてツバを付け、それを傷口に擦り付けおまじないを言ってそれで終わりだった。このツバを付けるという行為は、古代の日本では、ツバは神聖なもので霊力があるとさえ言われていて、霊力のあるツバを眉毛に付ければ、キツネやタヌキに化かされないと言う言い伝えも有る。 キツネ等が人を化かす時、その人の眉毛の数を数えて化けると言われていたので、数えられないように眉毛にツバを塗った事から『まゆつば』と言う言葉が誕生した。この化かす化かさないから、騙す騙さないとか真偽の程が不明な事に対して『眉唾、眉唾物』などと表現されるようになったとする説が一般的な様子です。江戸後期の人情本『春の若草』に「眉毛へツバを付て聞かねへと」等の用例が見受けられます。 他の説では、古代中国並びに平安時代に『眉毛にツバを付ける』ことで災難を逃れる逸話があって、どちらも余りにも荒唐無稽な話なので、ここから半信半疑で真偽の程がわからない事・物に対して『まゆつば』と表現されるようになったと有ります。」

と詳しい。「狐に魅せられない」云々は,

http://www.wikiwand.com/ja/%E3%82%AD%E3%83%84%E3%83%8D

にあるように,「キツネは女に化けることが多い」からのようで,それは,

「キツネが陰陽五行思想において土行、特に八卦では『艮』に割り当てられることから陰気の獣であるとされ、後世になって『狐は女に化けて陽の存在である男に近づくものである』という認識が定着してしまったためと考えられる。関西・中国地方で有名なのは『おさん狐』である。このキツネは美女に化けて男女の仲を裂きにくる妖怪で、嫉妬深く男が手を焼くという話が多数残っている。キツネが化けた女はよく見ると、闇夜でも着物の柄がはっきり見えるといわれていた。」

とある。この他,

http://okiteweb.com/language/mayutsuba.html

には,「眉に唾つけると狐にだまされない」という俗信の由来について,二説挙げている。

「一つ目は、キツネは人の眉毛の数を数えて化けたり騙したりすると考えられていて、眉毛の数を数えられて化かされないように、眉毛に唾を塗ることで固めて、キツネに眉毛の数を数えさせないためという説です。
 二つ目は、平安時代の豪傑が、山の中で炎をふく大ムカデに出会い、炎に眉毛を焼かれそうになったので、眉毛に唾をつけてそれをしのいで大ムカデを倒したという話があり、そこから、そのような荒唐無稽な話のことを『眉唾物』「眉唾」というようになったという説です。」

さらに,

http://www.tisen.jp/tisenwiki/?%C8%FD%C2%C3

は,

「語源1  平安時代にいた豪傑・俵藤太・藤原秀郷が近江三上山で大ムカデ退治をしたと言う逸話が伝承されている。どうも八又の大蛇(やまたのおろち)などと同じ様な豪傑が山に住む魔物を退治したパターンの荒唐無稽な英雄活躍談の1つなのだが、この時、大ムカデの噴く炎で危うく秀郷の眉毛が焼けそうになった。そこで秀郷は眉毛に自分のツバをつけてこれをしのぎ、さらに弓矢にもツバをつけて大ムカデを射殺したと言う。ここから、あまりに荒唐無稽な話を『まゆつば』と言う様になったと言う説があります。
語源2  古代中国の伝説では、鬼に出くわした時は、自分の眉毛にツバを付ければ必ず鬼が逃げ出したと言われていた。何故なのか判らないが、これは日本で1970年代末に流行った都市伝説『口さけ女』がポマードと言われると逃げ出すと言う伝承に近い物なのかも知れない。しかし、やはり荒唐無稽な話なので『まゆつば』と言われるようになったと言う説があります。
語源3  昔の子供は、転んで傷を作ったとしても、指に舐めてツバを付け、それを傷口になすりつけ『チチンプイプイ』とおまじないを言ってそれで終わりだった。実はこのツバを付けるという行為は、動物も行う自然治癒の方法だったりする。その為か、古代の日本では、唾(ツバ)は神聖なもので、霊力があるとさえ言われていた。『古事記』に書かれている海幸山幸?の逸話の中では、器の中に珠を入れ、さらにそこへツバを吐いて約束の強固なことを確かめたりしている。霊力のあるツバを眉毛に付ければ、キツネやタヌキに化かされないと言う言い伝えもある。
これはキツネなどが人を化かす時、その人の眉毛の数を数えて化けると言われていた(何故かは判りませんが)ので、数えられないように眉毛にツバを塗った事から『まゆつば』と言う言葉が誕生したと言う説もあります。」

と詳細な語源説を挙げている。「つば」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457938309.html

で触れたように,どちらかというと,古代,「つー」という唾の垂れる擬態語に近い。つまりさほどの霊力を示す謂れのある言葉には思えなかった。「唾」に霊力というのは,為にする説で,いささか「眉唾」な気がする。そもそも,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/433049053.html

で触れたように,「きつね」の化けた女性は,情が深いのである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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イチゴ


「イチゴ」は,

苺,

と当てる。「苺・莓」の字は,「苺」は,

「艸+音符母(どんどん子株を産み出す)」

で(「母」の字は,「乳首をつけた女性を描いた象形文字で,子を産み育てる意味を含む), 「莓」の字は,

「艸+音符毎(子を産む。どんどんふえる)」

とある(「毎」の字は,「頭に髪をゆった姿+音符母」で,母と同系であるが,特に次々と子を産むことに重点をおいたことば。次々と生じる事物をひとつひとつ指す指示詞に転用された)。いずれも,いちごの意味だが,バラ科の一群の植物の総称とある。我が国では,オランダイチゴのことを指す,とある(『漢字源』)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4

に,

「漢字表記の場合は、現代の中国語では、オランダイチゴ属は『草莓 拼音: cǎoméi ツァオメイ』とされる。明治時代から広く日本国内各地で生産されるようになったオランダイチゴ属は、日本語では『苺』と表記される場合が多い。」

とある。なお,

https://okjiten.jp/kanji2331.html

に,「苺・莓」の字について,

「会意兼形声文字です(艸+母)。『並び生えた草』の象形(『草』の意味)と『両手をしなやかに重ねひざまずく女性の象形に二点加えた』文字(『おっぱいのある母』の意味[2点は両手で子を抱きかかえるさまとも、乳を子に与えるさまとも言われている])から、乳首のような形の実のなる『いちご』を意味する『苺』という漢字が成り立ちました。」

と,より精しい。なお,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4

に,

「漢字には『苺』と『莓』がある。これらは異字体で『苺』が本字である。辞典によっては『莓』が見出しになっていて『苺』は本字としていることがある。現代日本では『苺』、現代中国では『莓』を普通使う。」

とある。

我々の今日いう「イチゴ」は,

オランダイチゴ,

を指す。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4

に,

「古くは『本草和名』(918年頃)や『倭名類聚抄』(934年頃)に『以知古』とある。日本書紀には『伊致寐姑(いちびこ)』、新撰字鏡には『一比古(いちびこ)』とあり、これが古形であるらしい。『本草和名』では、蓬虆の和名を『以知古』、覆盆子の和名を「加宇布利以知古」としており、近代にオランダイチゴが舶来するまでは『いちご』は野いちご全般を指していた。」

とある。それまでの「イチゴ」は,野イチゴを指すらしい。

また,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4

には,

「狭義には、オランダイチゴ属の栽培種オランダイチゴ(学名、Fragaria ×ananassaDuchesne ex Rozier) を意味する。イチゴとして流通しているものは、ほぼ全てオランダイチゴ系である。(中略)最広義には、同じバラ亜科で似た実をつける、キイチゴ属 (Rubus) やヘビイチゴ属 (Duchesnea) を含める。これらを、ノイチゴ、と総称することもある。」

江戸時代にオランダ人によってもたらされ,一般市民に普及したのは1800年代という。本格的に栽培されたのは1872年(明治5年)からである,とか。

『広辞苑』は,「類聚名義抄」を引いて,

「覆盆子,イチゴ」

と載せる。『岩波古語辞典』には,「枕草子」の,

「見るにことなることなきものの,文字に書きてことごとしきもの。覆盆子」

を引用している。「覆盆子」は,

木苺(木イチゴ 御所苺),

を指す。なお漢方で「覆盆子」は,

http://www.kanpoyaku-nakaya.com/fukubonsi.html

によると,

「「第二類薬品」
覆盆子は名医別録の上品に収載されている。
果実の形が伏せた盆に似ているところから覆盆子の名があるといわれる。
「基源」
1)中国産;バラ科のゴショイチゴの未成熟果実(偽果)の乾燥品である。
2)韓国産:バラ科のクマイチゴおよびトックリイチゴの未成熟果実の乾燥品。」

とある。結構高価である。

さて,『大言海』は, 「いちご(苺)」の項で,

和名抄「覆盆子,以知古」
枕草子,あてなるもの「いみじううつくしき兒の,いちご食ひたる」
本朝食鑑(元禄)「苺,訓以知古」
合類節合集「覆盆子,苺」

等々を引いているが,

「語原,考へられず,但し此の語は,イチビコの中略なるべし(濁音,顛倒す,臍(ほぞ),戸ぼそ,継(つぎつ)ぐ,つづく)。相新嘗(あひにひなめ),あひなめ。洗染(あらひぞめ),あらぞめなどの如き,中略あり」

とし,「いちびこ(蓬蔂)」の項で, 

「イチビの語源。詳ならず。但し,苺は,この語を中略したるなるべし。コは兒ならむ。物と云ふ意に添ふる例あり,大葉子,稲穂子,蒲穂子,の如し。」

とあり,『大言海』は,

いちびこ→いちび→いちご,

を採っている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/ichigo.html

は,

「いちご は、『日本書紀』には「伊致寐姑(イチビコ)」、『新撰字鏡』には『一比古(イチビコ)』、『和 名抄』には『伊知古(イチゴ)』とあり、『イチビコ』が転じて『イチゴ』になったと考えられる。いちびこの語源は諸説あり、『い』が接頭語、『ち』が実の赤さから『血』、『びこ』は人名に用いられる『ひこ(彦)』を濁音化したもので植物の擬人化とする説。『いちび』は『一位樫(いちいがし)』のことで、『こ』は実を意味し、いちごの実が一位樫の実と似ていることから名付けられたとする説。『いち』は、程度の甚だしいことを意味する『いち(甚)』、『び』は深紅色を表す『緋』、『こ』は接尾語か実を表す『子』の意味で、『甚緋子(とても赤い実)』とする説がある。
 現在、一般的に『イチゴ』と呼ばれるものは、江戸時代の終わり頃にオランダから輸入された『オランダイチゴ』であるが、それ以前は『野イチゴ』を指していた。オランダイチゴも赤い色が特徴的だが、野イチゴは更に濃い赤色であるため、いちびこ(いちご)の語源は『い血彦』や『甚緋子』など、実の赤さに由来する説が妥当。
 民間語源には、1〜5月に収穫されるから『いちご』などといった説もあるが、『イチビコ』の『ヒ』が何を意味したか、『5(ご)』を『コ』と言った理由など、基本的なことに一切触れておらず説得力に欠ける。
 漢字の『苺(莓)』は、『母』の漢字が『乳房』を表していることから『乳首のような実がなる草』と解釈するものもあるが、『苺』の『母』は『どんどん子株を産み出す』ことを表したものである。」

と詳しいが,『日本語源大辞典』に,

「『イチビコ』は,『書紀−雄略九年七月』に『蓬蔂,此をば伊致寐如(いちびこ)と云ふ』とある」

「イチゴ」の語源は,「いちびこ」から説き起こさなくてはなるまい。『日本語源広辞典』は,

「上代語の『イチ(美)+ビ(実)+コ(子)』です。『旨い実』が語源なのです。平安期にイチゴに変化しました。」

とする。『日本語源広辞典』は,「イチジク」の項で,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/457909922.html?1520885030

「語源は,『中世ペルシャ語anjiir アンジェール』です。中国音訳は,映日果インジークォ,意訳した語が『無花果』です。近世に渡来。日本で犬枇杷をイチジクと呼んでいましたが,これと似ていたので無花果をイチジクといいます。『イチ(美)+熟』で,『ウマク熟する実』です。イチゴ,イチビコのイチと同源です。ゆえに,直接のペルシャ語源と言えるかどうか疑問です。ちなみに,無花果と書きますが,果実そのものが,花で,花を食用としている果物なのです。」

として,「イチ」の解釈は一貫している。『日本語源大辞典』は,

イチビコ(蓬蔂)の略(東雅・大言海),
イチビコはイチビ(赤檮・檪)の転。イチビはイツイヒ(厳粒)の約(日本古語大辞典=松岡静雄),
イチビコ(甚緋子)の意(語源辞典・植物編=吉田金彦),

という「イチビコ」系以外に,

イツ(魚)の血ある子の如しというところから(日本釈名・滑稽雑談所引和訓義解),
ヨキチコリ(好血凝)の義(名言通),
イはイシイ(美味)の上略。チはチ(乳)の味。コは如の意(和句解),

を載せているが,どうも,

緋色や血の色(赤)系,
か,
味(美味,旨い)系,

に大別されそうだ。気になるのは,

「『いちび』は『一位樫(いちいがし)』のことで、『こ』は実を意味し、いちごの実が一位樫の実と似ていることから名付けられたとする説。」

である。『語源由来辞典』は,「イチイ・一位(いちい)」の項で,

「昔、笏の材料にしたことから、 位階の『正一位』『従一位』に因んだ名というのが通説。一説には、イチイの材は他の木材に比べ非常に赤いことから、『イチ』は程度の甚だしいことを意味する『いち(甚)』、『ひ』は深紅色を表す『ひ・び(緋)』で、『いちひ(甚緋)』が語源とも言われている。旧かなは『イチヒ』なので、音変化の点で問題なく、ブナ科の『イチイガシ』も赤いという点で一致しており、『いちひ(甚緋)』の説も十分考えられる。」

とあり,

「種子や葉 にはアルカロイドを含むが、薬用にもされる。実は秋に赤く熟し、多肉質で甘い。」

としていることだ。赤系と味系が,ここに合致している。人は,命名するとき,知っているものと関連づける。「イチイ(ひ)」の実と「いちびき」の実が似ているとすれば,「いちひ」には意味があるはずである。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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よだれ


「よだれ」は,

古くは,「よだり」

と言ったそうだが,『岩波古語辞典』には,「よだり」の項に,

「平安時代にはヨタリと清音。タリは垂り」

とあり,

「涎 ヨタリ」(名義抄)
「涎 ヨダリ」(下学集)

を載せる。漢字は,

涎,

と当てる。「涎」(漢音セン,呉音ゼン)の字は,

「延は『止(あし)+廴』の会意文字に,引き延ばすことを表す記号ノを加えた会意文字。廴は足あとを長く引いた姿を示す。涎は『水+音符延』」

で,よだれ,もしくは,「長くのびるよだれ」「水が細長く流れるさま」の意である。『大言海』は,「よだり」の項で,

「よよむ口より垂りいづるしずくの意」

とあるので,漢字「涎」の意とほぼ重なる。「よよむ」とは,『大言海』には,

「(ヨヨは,明らかならぬ撥音に云ふ語)老人の歯の落ちたる口つきにて,脣動きて,舌出て,聲あやなし。」

とある。しかし,『岩波古語辞典』には,「よよみ」の項で,

「まがる,体が曲がる」

という意を載せ,「名義抄」の,

「斜,カタブク・ナナメナリ・ヨヨミ」

を載せる。いずれかの判断はつかないが,「よよ」について,『岩波古語辞典』は,

涙を流して激しく泣くさま,
よだれのしたたりおちるさま,
雫を垂らしながら,酒や汁をぐいぐい飲むさま,

とあり,どうやら擬態語らしい。『大言海』には,「よよ」について二項立て,

(涎(よだり)のヨ是なり)口にしまり悪しく,言葉,唾,涎などの洩れ出る状に云ふ語,
水の垂り落つるに云ふ語,

に続いて,別項は,

(前條の語の轉,泣けば,涙,涎,垂れば云ふと云ふ)泣く声,

と載る。どうやら,推測するに,「よよ」は,

よよと泣く,

というように,状態を示していた語が,そこで起こる,涙,華水,涎の垂れる状態へと転じ,その「よよ」と「垂れ」が結合して,

よよ+垂り,

となったようである。「垂れ」は,

「タリ(垂)より遅れて現れた形」

と『岩波古語辞典』にあるので,

よよ+た(垂)り→よたり→よだれ,

と転訛していったように思われる。あるいは,「よよ」の醜態は,老人のしまりのないさまに限定して指していたのが,一般化していったのかもしれない。いずれにしても,涎だけを指していたのではなく,涙,華水,果ては,飲んでいるものの滴り落ちるのも指したと思われる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/yo/yodare.html

は,

「よだれは、古くは『よだり』『よたり』と言い、平安時代以降『よだれ』に転じた。よだり(よ たり)の『たり』は、『垂れる』『垂らす』意味の動詞『垂る』の名詞形。 よだれの『よ』は、『緩む』『弱い』の意味など流れ出る箇所の状態を表しているとする説や、『よよ』と泣く時に 垂れるものの意味など、諸説あるが未詳である。『名義抄』では『鼻水』を表す『洟』や、『涙』を表す『涕』を『よたり』と読ませていることから、唾液だけではなく、鼻水や涙など垂れ流れるものを『よだれ』と呼んでいたようである。」

『日本語源広辞典』は,

「ヨ(複合語成分・穴・間)+垂れ」

トイウノハ,「ヨ」をそう解したということなのだろうか,少し意味が解らない。しかし,『日本語源大辞典』を見ると,諸説ある。

ヨヨム口から出り出づる滴(しずく)の意(山彦冊子),
ヨヨと泣く時垂れるものの意(箋注和名抄・日本語源=賀茂百樹),
よだれ(夜垂れ)の義(日本釈名・柴門和語類集),
ユルミウルホヒタレ(緩潤垂)の義(日本語原学=林甕臣),
ヨワタレ(弱垂)の義(名言通),
イヨタリ(弥垂)の約(隣女晤言),
ヨはヨロコブ(喜)の義。タレは垂の義(和句解),

結局,垂れている状態表現に変りはなく,恐らく,垂れるものすべてを指したと想像される。

垂涎( すいぜん・すいせん・すいえん)というと,

同じ垂らすのでも,物を欲しがっている状態表現になる。思わず,パブロフの犬を思い出すが,

http://kotowaza-allguide.com/su/suizennomato.html

によると,「垂涎(すいぜん・すいえん)の的」について,

「『賈誼新書』に『一国これを聞く者、これを見る者、涎を垂れて相告げん(国中でそれを聞いた者、見た者は、ごちそうを前にしたときのように涎を垂らして、互いに言い合うだろう)』」

とあるのに基づく,とある。こうなると,涎を流すのは,醜態であるという状態表現から価値表現へと転じている。さらに,

商いは牛の涎,

という諺もあるらしく,

http://kotowaza-allguide.com/a/akinaiwaushinoyodare.html

によると,

商いは牛の涎とは、商売をするには、せっかちであってはならず、気長に辛抱強く続けるべきである,

という意味だとか。涎より,四つの胃袋で徹底的に吸収する,牛の反芻の方が,諺になりそうな気がする。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)

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うやむや


「うやむや」は,

有耶無耶,

と当てるらしい。

あるかないかはっきりしないこと,転じていいかげんなこと,曖昧なこと,
胸がもやもやしているさま(主として明治期に用いた),

と意味が載る。後者は,明治期の特有の意味かも知れない。『江戸語大辞典』には,

あるかないかはっきりせぬこと,転じて,もやもや,むしゃくしゃ,悲しみや怒りで胸の乱れるさま,

とあり,

うやもや,

とも言うとある。これをみると,はっきりしないという状態表現から,そのこと自体と似た心の乱れ,もやもや感という価値表現へとシフトした,と見ることができる。『岩波古語辞典』には載らないが,『広辞苑』には,

有耶無耶の関,

という項が載り,

山形・宮城の県境にある笹谷(ささや)峠(大関山)辺りにあった古関,

むやむやの関,
もやもやの関,
有也無也の関,

とも言うらしいが,別に,

出羽象潟(きさかた)の南にも同名の関があった,

とある。『大言海』には載り,その項に,

あやふや,むにゃむにゃ,

として,こう付記してある。

「陸前,柴田郡より羽前に超ゆる笹谷峠,古名,大關山と云ふ關ありて,有耶無耶と云ひしと伝ふ。その説あれど,附會なり」

『江戸語大辞典』には,「うやむやのせき」の項で,

(うやむやの)「意を,奥州の有耶無耶の関にかけていう」
あるいは,
「有や無しやの意を,有耶無耶の関に掛けていう」

とあり,「有耶無耶の関」があって,それに「うやむや」の意を掛けて使ったらしい。前者だと,

「轟く胸は有耶無耶の関に人目を忍ぶ身は,包むとすれど顕はるる目色を」(天保佳話十年・貞操婦女八賢誌),

後者だと,

「後にはあふ瀬の有や無やの,関も人目もいとはねども」(天保四年・仇競今様櫛)

と,用例が載る。このことは後で触れるとして,「うやむや」であるが,『デジタル大辞泉』は,

有るか無いかの意から,

としているし,『日本語源広辞典』も,

「『有りや無しや。有ヤ無ヤ』で,あるかないかわからないような曖昧模糊とした状態。漢語らしく有耶無耶としたのが語源」

とする。しかし,『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/u/uyamuya.html

は,

「うやむやは、『もやもや』などと同系の和語と思われるが、はっきりしていない。『有りや無しや(ありやなしや)』を漢文調に書いた『有耶無耶』が、いつの間にか音読され『うやむや』になったとする説もある。しかし、『ありやなしや』を漢文調に書いたのではなく、元々『有耶無耶』は漢文で、その訓読が『ありやなしや』である。また、『うやむや』の当て字 として、意味的にもぴったりな『有耶無耶』が漢字表記として使われるようになったこと から、『有耶無耶』を語源とするのは間違いと考えられる。」

と,事態は逆で,「うやむや」という和語に,「有耶無耶」を当てた,とする。たぶんこれが正しいのだと僕も思う。「うやむや」が,

むにゃむにゃ,

と同義とされるのは,逆に言うと,

むにゃむにゃ→うやむや→有耶無耶,

と転訛したということも言えなくもない。擬態語の宝庫である和語ならではの言葉に違いない。

ところで,「うやむや」は,「有耶無耶の関」が語源とされる説があり,手長足長という妖怪と関わるとされる。たとえば,

http://jimoto-b.com/3545

は,

「秋田県象潟町の『有耶無耶の関』が語源という説があります。その昔、手長足長という人喰い鬼が住んでいました。『手足が異常に長い巨人』という点では日本各地と共通していますが、手足の長い一人の巨人、または夫が足が異常に長く妻が手が異様に長い夫婦の巨人とも言われ、この点は各地で異なります。その手長足長という人喰い鬼は、秋田県と山形県の県境にある「鳥海山」に住んでおり、山から山に届くほど長い手足を持ち、旅人をさらって食べたり、日本海を行く船を襲うなどの悪事を働いていました。鳥海山の神である大物忌神はこれを見かね、霊鳥である三本足の鴉(カラス)を遣わせ、手長足長が現れるときには『有や』現れないときには『無や』と鳴かせて人々に知らせるようにしました。国道7号線にある『三崎峠』が『有耶無耶の関』と呼ばれるのはこれが由来とされています。
それでも手長足長の悪行は続いたため、後にこの地を訪れた慈覚大師が吹浦(現・山形県 鳥海山大物忌神社)で百日間祈りを捧げた末、鳥海山の噴火で手長足長の鬼は吹き飛んで消え去ったと言われています。また消えたのではなく、大師の前に降参して人を食べなくなったともいわれ、大師がこの地を去るときに手長足長のために食糧としてタブノキの実を撒いたことから、現在でも三崎山にはタブノキが茂っているという一説もあります。」

この,「手長足長(てながあしなが)」は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E9%95%B7%E8%B6%B3%E9%95%B7

に詳しいが,

秋田県、山形県、福島県、長野県、福井県などに伝わる伝説・昔話に登場する巨人」

であり,

「その特徴は『手足が異常に長い巨人』で各地の伝説は共通しているが、手足の長い一人の巨人、または夫が足(脚)が異常に長く妻が手(腕)が異様に長い夫婦、または兄弟の巨人とも言われ、各地で細部は異なることもある。手の長いほうが『手長』足が長いほうが『足長』として表現される。」

各地の社伝,昔話に残っていて,秋田の伝説は,上記の通りだが,他に,

「福島の会津若松に出現したとされる手長足長は、病悩山(びょうのうざん、やもうさん、わずらわしやま。磐梯山の古名)の頂上に住み着き、会津の空を雲で被い、その地で作物ができない状態にする非道行為を行い、この状態を長期にわたり続けたという。その地を偶然訪れた旅の僧侶がことの事情を知り、病悩山山頂へ赴き、手長足長を病悩山の頂上に封印し、磐梯明神[1]として祀ったとされている。このことをきっかけに、病悩山は磐梯山と改められ、手長足長を封印した旅の僧侶こそ、各地を修行中の弘法大師だったと言われている。」

とここでは,慈覚大師が弘法大師に変っていたりする。しかし,この説話自体は,中国からの伝播だとされている。

「『大鏡』(11世紀末成立)第3巻『伊尹伝』には、硯箱(すずりばこ)に蓬莱山・手長・足長などを金蒔絵にして作らせたということが記されており、花山院(10世紀末)の頃には、空想上の人物たる手長・足長が認知されていたことがわかる。これは王圻『三才図会』などに収録されている中国に伝わる長臂人・長股人(足長手長)を神仙図のひとつとして描くことによって天皇の長寿を願ったと考えられる。天皇の御所である清涼殿にある『荒磯障子』に同画題は描かれており、清少納言の『枕草子』にもこの障子の絵についての記述が見られる。」

『日本伝奇伝説大辞典』によると,

「中国の外界(四界)に住むといわれる想像上の異常人。または神仙。『山海経(せんがいきょう)』巻六,海外南経に『長臂国在其東,捕魚水中,両手各操市魚』。郭璞注に,『旧説云,其人手下垂至地』とあり,すこぶる手が長い人間が住む国のことが記されている。次に,同書巻七,海外西経には,『長股之国,在雄常北』。郭璞注に,『長臂人身如中人而臂長二丈,以類推之,則此人脚過三丈矣』とあり,今度は足の長い国のことを記している。(中略)この長臂人・長股人を採り入れたのは,日本の内裏であった。ここで両人は手長・足長と名を改め,清涼殿の荒海の障子に二人の魚を捕る姿が描かれたのである。」

このことは,『枕草子』『大鏡』『古今著聞集』にも言及されていいる。これを描いたのは,

「手長・足長が不老長寿の神仙に比定された」

ものらしい。それが東北の果てに伝わったときは,民を悩ます厄介な巨人に堕したことになる。

手長足長(手長足長(秋田県、山形県、福島県、長野県、福井県などに伝わる伝説・昔話に登場する巨人)の昔話(福島県・猪苗代町,山形県)は,たとえば,

http://www.rg-youkai.com/tales/ja/07_fukusima/05_asinagatenaga.html
http://www.yamagata-info.com/story/tenagaasinaga/text.htm

に載る。

参考文献;
乾克己他編『日本伝奇伝説大辞典』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

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もやもや


「もやもや」は,『デジタル大辞泉』には,副詞として,

煙や湯気などが立ちこめるさま。「湯気でもやもや(と)している浴室」
実体や原因などがはっきりしないさま。「もやもや(と)した記憶」
心にわだかまりがあって、さっぱりしないさま。もやくや。「彼の一言で、もやもや(と)していたものが吹っきれた」
毛や髪などが群がり生えるさま,「口髭のもやもやと生えた」〈紅葉・二人女房〉
色情がむらむらと起こるさま。「数々の通はせ文、清十郎ももやもやとなりて」〈浮・五人女・一〉
ごたごた言い争うさま。「人中でもやもや云ふほどが費 (つひえ) 」〈浮・新色五巻書・三〉

さらに,名詞化して,

わだかまりがあって心がさっぱりしないこと。「胸のもやもやを晴らす」
もめごと。ごたごた。「このもやもやはこの客からおこった事ぢゃ」〈浮・御前義経記・八〉

と,多様な意味を載せる。『江戸語大辞典』をみると,「もやもや」は,

心の結ぼれるさま,気がくしゃくしゃするさま,

を載せ,次いで「もやもやしい」が載り,

思い悩んで胸中が晴れ晴れとしない,

という意味になる。なお,「もやくや」もほぼ同義で,

心中のすっきりしないさま, 
ごたごたするさま, 

を指すが,「もやくる」と動詞化すると,

騒ぎを起こす,
気がむしゃくしゃする,

という意味になる。『江戸語大辞典』の「もやくや」には,

「くやは接尾語」

とある。また,『擬音語・擬態語辞典』によると,似た言い回しで,「むさむさ」もあり,「むさむさとした心もさっとはれやかになったぞ」(『四海入海』)という用例がある。

こうした流れから見れば,「もやもや」は,擬態語に思える。『擬音語・擬態語辞典』は,「もやもや」について,

@煙や湯気などが立ちこめてぼやけている様子,
A納得がいかなかったり,明確にならなかったりして,不満や不安が残っている様子,
B毛や草などが生い茂った様子,

と意味を載せた上で,

「『餅』と『もちもち』の関係のように,おそらく『靄(もや)』と関係のある語だろう。靄が立ち込めたように,ぼんやりとはっきりしない様子を表したのが原義で,それが比喩的に人の気持ちや物事の状態などに用いたものと思われる。Cの意味は,湯気が立ち上る様子からの転化ではないだろうか。
 江戸時代には,現代では見られない用法でのぼせたり情欲の起こったりする様子を表した例がある。ぼやけた様子からの類推で生まれた用法だろう。『おなつ便(よすが)を求めて数々の通わせ文,清十郎ももやもやとなりて』(浮世草子『好色五人女』)。また,不平を言ったりもめたりする様子も表した。現代語の『ごたごた』や『ごちゃごちゃ』にあたる。はっきりしない様子を転用したものと思われる。『人中(ひとなか)でもやもや云ふ程が費(ついえ=ごたごた言うだけ時間の無駄)』(浮世草子『新色五巻書』)。」

として,「靄」との関連を強調している。そして,同じ擬態語「もやっ」と比較して,

「『もやもや』は,その状態が持続していたり数量が多かったりして,動的・複数的なものとして捉えるのに対して,『もやっ』はまとまった静的なものとして捉えた表現」

で,「もやーっ」となると,「もやっ」よりはっきりしない状態が長く続く様子。となる。

「もやもや」は,擬態語で決まり,と思うが,『広辞苑』は,

@(疑問・推量の助詞モ・ヤを重ねた語から)分明でないさま,不確実なさま,朦朧,
A頭の働きが鈍っていたり気分・雰囲気などが重苦しかったりするさま,思い煩って心が結ぼれるさま,
B色情がむらむらと起こるさま,

という意味を載せる。これだと,

疑問・推量の助詞モ・ヤを重ねた語から,

が「もやもや」の語源と見なすことになる。この説の背景は,

もやもやもあらず,

という言葉から来ていると思われる。だから,『広辞苑』は,「もやもやもあらず」を,

「『もやもや』を強めた語」

と解釈する。「もやもやもあらず」は,『岩波古語辞典』には,

「モヤは係助詞モとヤとの複合。推測・疑問の意を重ねた語。不確実なので相手にただす意。日本書紀の訓読に使われた語。」

として,

ああかこうかと問いただすこともできない,不便だの意,

とある。

「御(おはしま)す所に遠ざかり居りては,政を行はむに不便(もやもやもあらず)」(天武紀)
「久しく老疾(おいやまい)に苦しぶる者は進止(ふるまい)不便(もやもやもあらず)(同)

という用例である。他でも,「不便」に,「もやもやもあらず」と訓ませている。

しかし,「もやもやもあらず」は,あくまで書紀の訓読で,ここは,

「モヤは係助詞モとヤとの複合」

とみなしていいが,「もやもや」は,やはり擬態語であり,『擬音語・擬態語辞典』の言うように,

靄(もや),

と見なすのが妥当ではあるまいか。「モヤは係助詞モとヤとの複合」というような,抽象度の高い表現は,意図的にしない限り,文脈依存の擬態語中心の和語にはなじまない。そして,「靄」自体が,

「もやもや(擬態語)の気象」

という『日本語源広辞典』の説が正しい。「もやもや」とした状態を,「もや」と呼び,「靄」の字を当てたに違いないのである。「靄」というような抽象度の高い概念は,中国由来と考えていい。「靄」(アイ,アツ)の字は,

「謁の字は,行く人をおしとどめること。遏(アツ おしとどめる)と同系のことば。靄は『雨+音符謁』で,雲がおしとどめられて,たちさらぬこと」

で,意味は,「雲やかすみがたちさりかねてたなびくこと」「もや」「低くたちこめた薄い霧や煙」と,この字を当てたのは当然である。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)