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コトバ辞典
なおざりは,
等閑
を当てる。
あまり注意をはらわないさま,いいかげんにしておくさま。本気でないさま。おろそか。かりそめ。
ほどほどで、あっさりしているさま。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/162782/m0u/
には,「なおざり」と「ないがしろ」について,
「『学業をなおざり(ないがしろ)にする』のように、いいかげんにする意では相通じて用いられる。『なおざり』は、きちんとすべきことを手を抜いていいかげんにするさまをいう。『なおざりに聞き流す』『なおざりにできない問題』。『ないがしろ』は大切にすべきものを粗略に扱う、また無視するさまをいう。『親をないがしろにする』のように用いる。類似の語の『ゆるがせ』は『なおざり』と同じく、手を抜いておろそかにするさま。『一刻もゆるがせにできない』のように用いる。
とある。「ゆるがせ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%86%E3%82%8B%E3%81%8C%E3%81%9B)については触れた。
「なおざり」の語源は,二説あるらしい。
ひとつは,ぱりそのまま)ゾ+アリ」で,なおもそのままであるという意。いい加減である,おろそかにするの強調。
と,
いまひとつは,そのまま)+サリ(避り・去り)」で,何もしないでもとのままで避けている意。おろそかにする気持ちを表す。
由来語源辞典は,
http://gogen-allguide.com/na/naozari.html
「『なお』は,以前の状態が引き続いている状態を示す副詞『なお(猶)』,『ざり』は係助詞『そ』に動詞がついた『あり』の『ぞあり』であろう。『ざり』を『さり(避・去)』で,手を打たず放っておく意味との見方もあるが,副詞の『なお』にその意味が含まれているため,『ぞあり』と考える方がよい。なおざりは,『たいして気にとめない』が原義で,転じて,『本気でない』『おろそかにする』という意味になった。漢字『等閑』は,同義の漢語『とうかん』を当てたものである。」
と,前説をとる。『大言海』は,
「直(なお)タダぞありの約と云う。等は待つ也。閑は離也,。隙也」
と,独自説を立てる。それにしても,なおざりに似た語が,
おざなり,
なおざり,
おろそか,
ないがしろ,
等々とある。
http://squab.no-ip.com/wiki/167
に,こんなのが,載っていた。
「漢字で書くと、等閑と御座成り。『なおざり』はよく注意を払わないことで対応がおろそかになること。『おざなり』は意識して中途半端、いい加減にやっつけること。
いいかげんにして軽く済ませるのが『おざなり』、いいかげんにして避けて放置するのが『なおざり』。物事の達成の要不要自体をおろそかにするのが『なおざり』、達成には真摯な態度で接してはいるもののその質を問わないいい加減さは『おざなり』。」
と。結果は同じでも,放置されるよりは,少しでも進む方がいいか,それくらいなら放置されていた方がましとするか,何だか,究極の選択。
「おざなり」は,
「お+座+なり(そのまま)」
が語源で,その場を取り繕うだけのいい加減な処置,という意味。
「ないがしろ」は,「蔑ろ」と当てるが,
「無き+が+しろ(代・材料・対象)」
で,他人の目を気にしない気ままの意。転じて,あってもなかったように軽く扱う,意。『大言海』は,
無きが代(しろ)の音便,
と簡潔。
眼中に人なきこと,あなどり,軽んずること
と,意味を載せる。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/na/naigashiro.html
は,
「『無きが代(しろ)』がイ音便化された語。『代(しろ)』は『身代金』にも使われるように,『代わりとなるもの』を意味する。『代』が無いということは,『代用の必要すらないに等しい』という意味である。つまり,人がないようなものとして扱うことの意から,軽視したり無視をすること」
とある。それ自体が,なおざりやおざなりにはそのままつながらないが,他人の目を気にせず,いい加減にしたり,だらしなくしたりする,ということになるのだろう。で,
「しどけないさま,むぞうさなさま」
という意味になる。それにしても,なぜ「蔑」の字を当てるのだろう。「蔑」は,
「大きな目の上に逆さまつ毛がはえたさまに『戈』(刃物)を添えて,傷つけてただれた目を表した。よく見えないことから,転じて,眼にも留めないという意に用いる」
とあるから,実に「ないがしろ」にぴったりだ。
それにしても,こうした言葉の使い分けが,もう出来なくなっている。この微妙な言葉のニュアンス差がわからなくなっている,ということは,それを表現する必要がなくなったということで,その分,機微に疎くなってきているのではないか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
小説を読んでいて,
「古文真宝な顔」
とあった。どんな顔なのか。
古文真宝とは,辞書(『広辞苑』)等々によると,
先秦以後宋までの詩文の選集。宋の黄堅編といわれる。前集10巻は漢から南宋までの古体詩,後集10巻は戦国時代末から北宋までの古文の模範とするものを集めたもの。各時代の様々な文体の古詩や名文を収め,簡便に学習することができたため,初学者必読の書とされて来た。日本には室町時代のはじめごろに伝来した。五山文学で著名な学僧たちの間より広まり,江戸時代には注釈書が多く出された,
とあり,さらに,
(古文を収めて難解であることから転じて)まじめくさって,かたくるしいこと,また,頑固な人,
とある。
まじめくさる,
と
かたくるしい,
はわかるが,かたくるしい,と
頑固,
になるのか?それは意味が少し違いはしまいか,というのがそもそもの疑問。
『古文真宝』は,
「前集,後集,それぞれ詩形別,文体別に分類,編集している。もともと塾などの教科書としてつくられたものであるが,各時代の代表的な詩文を多く収めてあるので,主として唐,宋時代の文を集めた『文章軌範』とともに,元,明にかけて広く流行した。」
とあるので,まあ,テキストということになる。
『大言海』には,こうある。
「書名を固くるしき意に用いるに,延喜式という語あり,経書を青表紙という類」
として,
固くるしく,真面目くさりたる意に言う語,
と意味を載せる。そして出典として,『卜養狂歌集』から,
「或る人,蓮を絵にかきて,ダテなるまことに前書きして,歌詠みてくれるという,もとより,ダテは白蓮の,まことに難しき古文真宝を,蓮は淤泥の中より出で,泥に染まらず,花の君主なりと云々」
あるいは,『武道伝来記』より,
「隈なき月に,よもすがらの大踊り,余念なく眺めしとき,常は,古文真宝に構えし男も,云々」
として,古文真宝とは,
日本の俗語に,初心に,かたい男をいう,
とある。やはり,辞書(『広辞苑』)のいう,
まじめくさって,かたくるしいこと,
が,
また,頑固な人,
となるのには少し飛躍がある気がする。
堅苦しいの語源は,
「堅い(うちとけない)+苦しい」
で,うちとけず,しかつめらしく,窮屈,という意味になる。「固」と「堅」を当てるが,どう違うのだろう。
「固」は,
「古」がかたくひからびた頭蓋骨を描いた象形文字なので,「囗(かこい)」を加えて,「周囲からかっちりと囲まれて,動きの取れないこと」という意味になる。だから,
しっかり安定して動きも変わりもしない,
という意味になる。
「堅」の,「臤」は,臣下のように体を緊張させてこわばる動作を示す。「土」ヲコを得て,かたく締まって,こわしたり,形を変えたりできないこと,という意味で,
しまってかたい,
こちこちにかたい,
という意味を持つ。因みに,「硬」は,「更」が,「丙(ぴんとはる)+攴(動詞記号)」で,かたくぴんとはること。「石」をくわえて,石のように固く張りつめること。で,意味は,
しんがかたい,
真が張りすぎて動きが取れない,
という詞意味だが,「強硬」「硬直」とは使うが,しかし,「硬くるしい」とは,あまり使わないようだ。材質というかそれ自体の硬い柔らかいを指しているようで,この辺りの微妙な使い分けは,よく分からない。
話を戻すと,かたくるしいが,
ただ材質のことだけではなく,囗や土を加えて,身動きできない,というニュアンスがある。だとすると,結果として,
頑な
に通じるのかもしれない。「頑な」は,
「カタ(偏る)+クナ(くねる,曲がる)」
で,曲がって偏る意から来ているらしい。偏屈,ひねくれ,になるが,しかし「頑」の字は,「元」が,人の形の頭のところを印をつけた形を描いた象形文字で,丸い頭のこと。「元」が,「はじめ」の意で用いるようになったため,元の原義は,これに「頁(あたま)」をそえた「頑」の字で表すようになった。「丸い頭」の意から転じて,融通のきかない古臭い頭の意になった。
「かたくな」に,「頑な」と当てたことで,曲がっているというよりも,融通がきかないという意味が強まったのではないかと想像される。「頑」の字には,「頑健」「頑丈」のように,がっしりしている意味もあるのだから。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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うたたねは,
転(た)寝,
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,
「寝るつもりでなく横になっているうちに眠ること」
と,意味が載っている。語源は,
「ウトウト+ネ(寝)」で,床に入らずうとうとすること,
という意味と,いまひとつ,
「ウツツ(現)+ネ(寝)」で,仮寝,仮眠,
の意の二説がある。「うつつ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%86%E3%81%A4%E3%81%A4)については
触れたが,うつつは,本来,
現実,
のことなのに,『古今集』に「夢かうつつか」「うつつとも夢とも」等々と使われるうちに,夢と現の区別のつかない状態,
夢見心地
を指すようになった,とされる。だから,
夢とも現実ともはっきりしない状態。夢見心地。夢心地,
という意味で使われるようになって以後のことということになる。『古語辞典』をみると,
うとうとと寝ること,仮眠,
とあるので,語源的には,こちらの方なのだろうと思うが,『大言海』は,
仮寝,
の字を当てて,
現寝(うつつね)の転。たぶて,つぶて(礫),あつみ,あたみ(熱海)
と,例によって転訛の例をあげつつ,現寝を取る。で,
寝るとはなしに寝ること,
と意味を挙げる。『語源由来辞典』,
http://gogen-allguide.com/u/utatane.html
は,
「小野小町の歌に,『うたた寝に 恋しき人を 見てしより 恋てふものは たのみそめてき』とあるように,古くから使われている語で,正確な語源は未詳」
としながら,こう書く。
「漢字で『転寝』と書くが,『転た(うたた)』という副詞は,『どんどん進行して甚だしくなるさま』を意味し,『うたた寝』の「うたた」とは意味がかけ離れているため,語源とは考えにくい。また,『夢うつつ』などとつかわれる『うつつ(現)』が語源で,『現(うつつ)寝』が変化したとも考えられるが,『うつつ』が『夢心地』の意味をもつのは後世のことであるため,使われはじめた時代を考えると不自然な説である」
と。しかし,僕は,
転寝
と
転(うた)た
との「転た」関係が不意に気になる。「転た」は,辞書(『広辞苑』)には,
うたて
と同根とある。「転(うた)て」は,
ウタタの転。物事が移り進んでいよいよ甚だしくなってゆくさま,それに対して嫌だと思いながら,諦めて眺めている意を含む,
とある。で,「転た」は,
ある状態がずんずん進行して一層はなはだしくなるさま,いよいよ,ますます,
程度がはなはだしく進んで,常と違うさま,甚だしく,異常に,
程度が進んで変わりやすいさま,また何となく心動くさま,そぞろに,
と意味があり,三者の意味が微妙に違う。その違いは,副詞としての意味,
いよいよ,
甚だしい,
そぞろに,
の三者に現れている。『大言海』は,「うたた」は,「うたて」の転とするが,「うたて」には,
転(うつ)りて,の略転。うつつね,うたたね,うつかた,うたかた,
と,例によって例示しつつ,「うつりて」の転とする。で,意味は,辞書(『広辞苑』)とは微妙に異なる。
物事,異様に転(うつ)り進みて,甚だしく(あさましく感ずる意を含む)
常ならず,奇(あや)しく,うたた,
かたはらいたく,笑止に,
つれなく,なさけなく,
と。『古語辞典』には,転のほかに,
漸
の字も当てている。で,
うたうたの約。ウタは歌のうた,疑いのうたと同根。自分の気持ちを真直ぐに表現する意。副詞としては,事態が真直ぐに進み,度合いが甚だしいさま。「うたたあり」の形でも使い,後に「うたて」と転じる,
とあり,「うたて」は,平安時代には多くは「うたてあり」の形で使い,
事態の進行を諦めの気持ちで眺める意,
とある。語源はともかく,意に染まぬ進行に,
不愉快,
いたたまれない,
嫌で気に染まない,
といった気持を言外に表している。どんどんとか,甚だしい,という副詞的な背後の,
どうにもならない,
という気持ちがある。その意味では,「転(轉)」の字が,
丸く回転する,
という意味で,「うたた」にこの字を当てた言外のニュアンスがよく伝わる。その意味で,僕には,
転寝
に,この「転」をあてたのも意味があり,
(眠気が)どうにも止まらない諦め,
という方が,語源的に最後に残る,「うとうと寝」よりは,言葉の奥行を感じるのだが。
因みに,「居眠り」は,
「座ったり、腰かけたりしたまま、または他の動作をしながら思わず眠ること」
で,「うたた寝」は,
「寝床に入らないで、眠気に負けてその場で思わず眠ってしまうこと」
だそうだが,転寝の方が範囲が広い。居眠りも,転寝の意味の外延に入ってしまうようだ。
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しくじりというのは,
しくじること,
で,「しくじる」の連用形(名詞化)だが,
縮尻
という字を当てているのを,古い時代小説を読んでいて見かけた。かつては,結構いい加減に当て字をしていたところがあるので,いちいちとがめだてるのはどうかと思ったが,調べてみたがわからない。
http://kotobakai.seesaa.net/article/96457160.html
に,同じように気にした方が,
「井上ひさし『イヌの仇討』(文春文庫1992.4.10)のp83に、「縮尻(しくじ)る」という表記が出てきた。これは初めて見るように思ったが、井上ひさし氏のことであるから、何もなしでいきなりこんな字は使わないであろうと思ったので、まず、杉本つとむ『あて字用例辞典』(雄山閣)を見たが載っていない。次に、『遊字典』を見ると有った。」
と書いている。
「しくじる」は,
やりそこなう。失敗する。
過失などのために勤め先や仕事などを失う。
といった意味になるが,語源は,
「シ(為)+崩れる」の音韻変化,している仕事が途中で崩れる,の意。
と,
「「シ(為)+挫ける」で,仕事の途中で挫けてしまう,の意。
の二説があるようである。『大言海』は,
「為挫(しくじ)くるの略か」
と,後者を語源として取っている。それにしても,「縮尻」の字を当てて,尻を縮ませる,あるいは尻を縮める,とするには何となく意味がありそうな気がする。
「縮」の字は,
つくりの「宿」の原字が,「人+囲みの中に∧印(ちぢんではいったさま)」の会意文字で,狭いスペース(□印であらわされるふとん)の中に,二人の人が縮こまって寝ること。「宿」は,それに「宀(屋根)」を加えた字で,狭いところに縮んで泊まる意味を含む。また「伸(のびる)」や「信(のびる)」の反対で進行や発散をやめて止まる意に転じている。それに「糸」を加えた,「縮」は,ひもをぎゅっとしめて縮めること,
という意味になる。わが国で,「縮」を,織物の一つの,強く撚った糸で織った縮じわのあるちぢみに当てたのは,なかなか含意がある。
「縮」は,だから,
ちぢむ,ぎゅっとひきしめる,ちいさくちぢこまる,ひきしまる,
といった意味になる。
「尻」は,
「九」が,手のひどく曲がった姿で,曲がりくねった末端の意を含む。「尻」は,「尸(しり)+九」で,人体の末端の奥まった穴のあるしりのこと,
で,しりのほかに,
尽き果てるところ,
という意味がある。わが国では,
物の末端,また事柄の後始末,
計算の締めくくり,
といった,メタファに広げて使われ,
目尻,
とか,
帳尻,
といった使い方をする。辞書(『広辞苑』)では,お尻の意味の他に,
「もの」の尻に当たる部分,器物の下部,底面,地につく部分
とか,
続くものの後方の部分として,後部,末,
とか,
長いものの先の部分,太刀・器物の先端・末端,
長く後ろに引いた衣服の裾,
道・川などの終るところ,
物事の結果,また余波,
包み隠した事柄
(尾羽を用いることから)矢羽の数え方,
等々まで,広がって使っていることを示している。だから,尻にまつわる言葉は数が多い。
尻が温まる,
尻が重い
尻が軽い,
尻が据わる
等々。これについては,「うしろ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%81%86%E3%81%97%E3%82%8D)
で書いたように,「しり」は,
「み(身)」の古形「む」と「しり」(後・尻)の古形「しろ」の結合した「ムシロ」の訛ったもの,
とあるように,「うしろ」の古形で,しかも,「後」の字と「尻」の字を使い分けていたようなのである。僕は,
「尻」は,物事の付けのように,一つ一つの振る舞い(しくじり)を指し,「後」は,それ自体がその人の在りよう(の落ち度)を示す振る舞いに敷衍される使い方が多い気がする。「尻」の字と「後」の字が与える印象から来ているのかもしれない。
と書いた。その意味で言うと,「縮尻」は,
物事の付けをきちんと取れなかった,
きちんと帳尻を合わせられなかった,
というニュアンスなのではないか。その意味では,
ミスする
ヘマをする
ドジる
ポカをやる
というよりは,しくじりは少し重い。
仕損ずる
手抜かりをする
不手際をやらかす
失態を演じる
不始末を起こす
という感じではあるまいか。結果として,
味噌をつける,
ということになる。まあ,
下手をうつ,
という言い方があっているか。
上へ
「ひがむ」という言葉が引っかかって,調べ出した。余り奥行はないだろうと,多寡をくくって始めた。
字は,
僻む
と当てる。辞書(『広辞苑』)は,
ねじける,ひねくれる,特に,物事を素直に受け取らず,自分に不利であると歪めて考える,
とあり,他動詞だと,
ひがむようにする,曲げる,曲げて受け取る,
という意味になる。これで終わりのはずである。念のため,ネットで意味を確かめると,
物事を素直に受け取らないで、曲げて考える。自分が不利なようにゆがめて考える。
ゆがんだ考え方をする。考え方がまちがっている。
物の見方がかたよっている。偏屈な考え方をする。ひねくれる。
正常な状態ではなくなる。もうろくする。
ことさらに事実とちがわせる。ゆがめる。
と,よりニュアンス差を言語化して,詳細になる。
語源を調べると,
「ヒガ(僻・ゆがみ・曲り)+ム(動詞化)」
で,ものの見方が曲がっていること,心がねじけていること,を言う,とあり,連用形の「ひがみ」も,同源の名詞,とある。では,「僻」という字は,どうか。まず,「辟」は,
「人+辛(はり)+口」の会意文字,
で,人体を横に裂く刑罰。それに「人」を加えて,
中心から横にそれて片隅に片寄ること,
という意味になる。で,もともと,
かたよる,中心からそれる,
ひがむ,心が脇にそれて偏る,
ひねくれる,
という意味を持っている。で,和語「ひがむ」に当てた,ということになる。あるいは,「僻」がはいって,「ひがむ」という心の機微にわたる表現を得たのかもしれない,と憶測するが,『大言海』は,
「僻(ひが)」を活用す,拉(ひし)げ屈(かが)むの意,
とある。『古語辞典』には,「僻み」について,
判断力や能力の不足・偏りや先入観による間違いをする意,
と注記して,最初に,
物の見方が片寄る,
を挙げる。たぶんこれがニュートラルな意味で,それが,思いや気持ちの偏りになると,
すねる,
になり,それが,極端になれば,
正気をなくす,
となり,それが常態になれば,
耄碌する,
になる,とみると,現実のずれから,心や,意識のずれへとメタファがシフトしていくのがよくわかる。そういう目で見るのを,
僻目,
といい,そういう人を,
僻者,
となる。
似た語は,
いじける(「おじける」の音韻変化。寒さや恐れのために心身ともに元気がなくなること)
ひねくれる(「ヒネ(捻る)+くる(繰る)」で,よじれ曲がる意)
すねる(古語,拗ねる(曲がる)で,不平や不満を素直に表明しないで,わざと逆らった態度をとる意)
ねじれる(捩じれる,ねじった状態で,ねじける,ねじくれると同源)
といったところだが,歪んだ位置からものを見るのは,すねるやいじけるとは少しニュアンスが違う気がする。僻むに関わるのは,
僻目,
僻見,
僻者,
だが,
先入観
先入主
色眼鏡
成心
があるから,結果として,というか,傍からみると,
偏見
億見
謬見
に見えるということになる。歳とともに,それと教えてくれる人は少なくなる。
上へ
初見は,
甚助侍,
という言い回しであった。僕は,林崎甚助のことかと思ったが,まったく無関係であった。因みに,林崎甚助は,
「戦国時代から江戸時代前期にかけての剣客、武芸者。居合(抜刀術)の始祖とされる。旧名、浅野民治丸。名字は林崎、通称は甚助、本姓は源、諱は重信。生年は天文17年(1548年)とも。林崎甚助が開いた流派は、神夢想林崎流、林崎流、林崎夢想流などと呼ばれるが、甚助自身が生前にこの流派名を名乗ったわけではない。この他に神夢想林崎流から分かれた多くの流派(無双直伝英信流、民弥流、水鴎流、関口流など)の系譜では初代となっており、江戸期以降、林崎甚助に教受された弟子たちの業を見聞きした武芸者や修行者が独自に居合を創作する例もあるなど非常に強い影響力を及ぼしている。」
というのだが,僕の記憶は,白戸三平の『忍者武芸帳』に出てきた林崎甚助であった。
閑話休題。
甚助とは,辞書(『広辞苑』)によると,
「情が深く嫉妬深い性質,またそういう性質の男」
とあり,
甚助を起こす,
という言い回しがあり,
嫉妬する,
焼きもちを焼く,
という意味になる。『大言海』には,
「助は,雲助,三助,などと同趣なる擬人語」
とあり,
男女の間の嫉妬,焼き餅,
と意味を載せる。しかし,「助」をつけたところを見ると,男のそれを暗に指している気配である。
甚助は,また,
腎助
とも表記するらしい。甚助は,
「腎張り」を人名のように表した語,
と注記して,
情欲が強く、嫉妬深い性質。また、そういう男,
を指す。腎張りは,もっと直截的である。
好色なこと。多淫なこと。また、その人,
とあり,要は,そういう男の嫉妬を甚助というらしいのである。
で,念のため,「甚」を調べると,
甚だしい
とか
あることに深入りしている,
という意味だが,「甚」の字の「匹」は,
ペアをなしてくっつく,
意で,「男女の性交」を示すらしい。「匹」の字は,もとは,
「厂(たれた布)+ふたつの筋」
で,もとは,「匸」印を含まず,
布ふた織りを並べて垂らしたさまで,ひと織りが二丈の長さだから,四丈で一匹となる。二つの物を並べてペアとなす意であった。そこから,ご多分に漏れず,アナロジカルな意味に敷衍化された,ということになる。
で,「甚」は,
「甘(うまい物)+匹(いろごと)」
で,食道楽や色事に深入りすること,を指す。「腎」は,五臓の一つで,血液を清めて尿を排出する働きをする器官だが,
漢方医学では,副腎をも含めて「腎」といい,精力を蓄えて身体をひきしめる器官,
とし,「腎」の字の,「臣」は,
下二伏せてうつむいた目を描いた象形文字で,身を固くこわばらせて平伏する
という意で,「臥」(ふせる)や「臨」(下を見るに)含まれている。「腎」の上は,
「臣(うつぶせた目)+又(手,動詞の記号)」で,
伏せた臣下のように体をかたくすること,「堅(かっちりとかたい)」の原字,
で,それに「肉」を加えて,
精力を蓄えてからだをがっちりとひきしめる内蔵,
という意味になる。
こう考えると,腎助と言うも,甚助と言うも,いずれも,「腎」「甚」の漢字の意味を十分踏まえている,というところがさすがと言うべきだろう。
甚助を起こす,つまり,嫉妬の類語は,
焼き餅
岡焼き,
法界悋気,
修羅を燃やす,
角を生やす,
等々あるが,勝手なイメージで言うと,「角を生やす」(角を出す)は,女性だと思うが,男の悋気も馬鹿にはならない。嫉妬は,競争相手に対する嫉妬深いねたみの感情であり,悋気で言うと,例の秀吉の糟糠の妻おねが悋気し,信長にたしなめられた手紙が残っている。
「なかんつく、それのみめふり、かたちまて、いつそやみまいらせ候折ふしよりハ、十の物廿ほともみあけ候、藤きちらうれん\/ふそくのむね申のよし、こん五たうたんくせ事候か、いつかたをあひたつね候とも、それさまほとのハ、又二たひかのはげねすみあひもとめかたきあひた、これよりいこハ、みもちをようくわいになし、いかにもかみさまなりにおも\/しく、りんきなとにたち入候てハ、しかるへからす候、」
とあり,「最後に、羽柴に拝見こひねがふ」と追而書が加えられていた。
焼き餅は,「焼き+餅」で,食べた後胸が焼かれた感じがするところから言うらしいが,わざわざ「男の焼き餅は云々」というところを見ると,本来は女性のを指したのではあるまいか。
岡焼きは,傍焼きとも当てるが,「岡」は,「かたわら」の意があるからで,「自分と関係のない男女が仲良くしているの見て、はたからヤキモチを焼くこと」であり,法界悋気は,「法界」は「法界」は自分とは何の関係もない他人の意で,「自分に無関係な人のことに嫉妬すること。また、他人の恋をねたむこと」で,「おかやき」とほぼ同義。
修羅を燃やすは,阿修羅は嫉妬・執着の心が強いところから,激しく嫉妬する。激しく恨み怒る,で表現からしても,一番強い妬心かもしれない。
こまかく探ると,微妙な意味の違いがあるのかもしれない。甚助から遠いところへ来てしまった。
上へ
小三治師匠の『お茶汲み』のまくらに,冷やかしの謂れが出てくる。俗説と思いきや,そうでもないのである。
まくらでの話は,大略こんな感じである。
吉原近辺で作られていた,浅草紙という粗悪な紙がある。いまでいう再生紙で,漉きなおすために,紙を水に浸しておく。ふやけるまでに時間がかかるので,その間吉原をひとまわりしてくる。するとちょうど紙がひやける,そんなことで冷やかす,という。
同じことは,お決まりで,志ん生も,噺の中で,
「近くに紙すき場があり、紙屋の職人が古紙を水に浸して、紙の冷やける間一回り廻ろう、ってんで冷やかしという名前がついたんですな」
と言っていた,という。
浅草紙というのは,
古紙・ぼろきれなどを材料にして漉(す)き返した下等の紙。落とし紙や鼻紙などに用いる。元禄年間(1688〜1704)に浅草の山谷辺りで多く製造されたところからいう,
とある。
http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/02/haiken.html
によると,
「落とし紙(トイレットペーパー)などに使われていた浅草紙は、江戸時代の庶民に親しまれていた安価な漉き返し紙。かえってそのためか、現存するものはとても珍しい。製造方法は、墨が付いた古紙を水に浸し、叩いてくだき、漉く程度の、非常に簡単なもの。良く見ると文字が書かれたままの紙片や、人の髪の毛なども混じっている。」
とある。有名な漉き返し紙には、江戸の「浅草紙」、京の「西洞院紙」、大坂の「湊紙」などがあったらしい。そのプロセスは,
http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/02/kaisetsu2.html
に詳しい。こう調べると,どうも単なるネタとは思えない。辞書では,「ひやかし」は,
冷やかし
とか
素見
と当て,意味としては,
相手が困ったり恥ずかしがったりするような冗談を言うこと。からかうこと。
買う気がないのに値段をきいたり品定めしたりすること。また,その人。
遊里で,登楼せず張り見世の遊女を見て歩いてからかったり品定めしたりすること。また,その人。素見。
とある。ところが,語源を見ると,「ひやかし」は,二説ある。
「冷やす+かす(他人に及ぶようにする)」で,小人の売ろうとする熱意を冷やすように,買う気なく歩きまわる意で,類語に,ちゃかす,おどかす,せかすなどがある,
「紙の原料をひやす間に歩きまわること」で,江戸の紙職人が,紙の原料をひやかしているうちに,吉原を見て遊女をからかったり,目の保養をしたりしていたのが起源,
としつつ,『語源辞典』は,後者は,
「近世の作り話」
とし,「特殊な職人の遊里言葉と庶民の言葉と合理性が薄い」と断じている。しかし,『大言海』は,「ひやかす」を,
「ひゆるの他動,ふやくる,ふやかすの類」
として,「冷くるようにする。ひやす,漬くる」の意味の,次に,こう書く。
「東京の俗語に,素見(すけん)す,ぞめく,そそる」
と書いた後,こう付け加えている。
「もと浅草,山谷辺りにの紙漉業の者,紙料の水に冷(ひや)くる間,北里に遊べる隠語に起こると云ふ」
と。そして,『嬉遊笑覧』(九 娼妓)から引用している。
「素見,ぞめき,万葉に,驂(そめき),沙石集に,世間公私のぞめきなど見えて,古語なり,云々。今はそそるとも,ひやかすとも云へり,云々。或る人云,むかし,山谷には,すきかへしの紙を製する者多く,それが方言に,紙のたねを水に漬けおき,そのひやくる迄に,郭中のにぎわひを見物して帰るより出たる詞といへり」
と。億説かもしれないが,それが面白いので,人々の口に乗ったに違いない。二説の語源のうち,多少胡散臭くても,紙漉きのひまに,郭を素見していた,という方が,ストーリーがあって,もっともらしい。
因みに,「ひやかし」を枕にした『お茶汲み』は,
http://rakugonobutai.web.fc2.com/30otyakumi/otyakumi.html
こんなあらすじ。
「吉原の安大国(やすだいこく)という店に初会で上がった男を見た田毎(たごと)という女郎がいきなり悲鳴を上げた。聞けば、駆け落ちをした男の病気を治そうと、金のためにこんな世界に身を沈めたが男は死んでしまったという身の上。その男とそっくりだったので思わず声を上げたのだという。年季があけたら一緒になりたいと泣くのを見ると、目のふちにさっきまで無かった泣きぼくろが出来ている。湯飲みのお茶を目になすっていたので茶殻が付いたのだ。
『いやあ、面白かった』という話を聞いた男、その店に出掛けて行くと、女を見たとたんに悲鳴を上げ、駆け落ちをした女が身を売ってくれたが、病気で死んでしまった……と女のお株を奪ってしまう。
『どうか年季があけたら一緒になっておくれ……おい、どこへ行くんだい』
『ちょっとお待ち。今お茶を入れてあげるから』」
と話が落ちる。
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野暮天については,「野暮天」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/406147111.html
でも書いたが,先だって,春風亭栄枝師匠の『蜀山人』を聴いていて,
野暮天は,谷保(かつては「やぼ」と訓んだらしい)の天神のことだ,とあった。眉唾だと思っていたが,まんざらそうとも言い切れない。大田蜀山人(南畝)が,
神ならば 出雲の国に行くべきに 目白で開帳 やぼのてんじん,
と狂歌に詠んだことから,「野暮天」または「野暮」の語を生んだ,伝えるのである。
野暮天は,
やぼてん
と訓むが,ある辞書にはこうある。
仏教の「…天」に擬したもので、「天」は程度の高い意を表すという,
と注記して,
たいそうやぼなこと。また、その人,
とあり,
やぼすけ,
とも言う,と。きわめて野暮なこと,つまり,野暮のきわめつき。天は,
高いところ
を指し,脳天,天井と使うのと同じとある。「天」の字は,これも前に書いた気がするが,
大の字に立った人間の頭の上部の高く平らかな部分を一印で示したもの,もと巓(テン いただき)と同じ。頭上高く広がる大空をテンという,高く平らかに広がる意を含む,
と,『漢字源』にはある。その意味では,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9_(%E4%BB%8F%E6%95%99)
でいう「天」になぞらえている,という説も当たらずと言えども,遠からず,なのかもしれない。
なお,「やぼ」は(野暮と当てるのは当て字),
世情に通ぜず,人情の機微をわきまえないこと,特に遊里の事情に通じないこと,また,その人,無粋,無骨。
で,それが広く敷衍されて,
洗練されていないこと,風雅の心のないこと,無風流,
となる。この反対が粋(いき,すい)となる。無粋の骨頂のような自分が,この辺りに深入りするのを避けて,話を戻す。
『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ya/yabo.html)には,
「東京都国立市の谷保天満宮の名から,『野暮』や『野暮天』という言葉ができたとする説もある。しかし狂歌師の太田蜀山人が『野暮』と『谷保』を掛け,『神ならば
出雲の国に行くべきに 目白で開帳
やぼのてんじん』と訓んだことから,そのような説が生まれたもので,それ以前から『野暮』という言葉が存在していたため,『野暮』の語源と『谷保天満宮』は無関係である。」
とある。だいたい,この狂歌が成り立つには,「野暮」という言葉がもともとあったから,「やぼ」で,「野暮」と「谷保」を懸けられたのだから,「谷保天」が「野暮天」の語源というところは確からしいのではないか。
野暮は,『古語辞典』をみると,
野暮,
野夫,
野火,
に当てられている。野暮については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/406147111.html
で書いたので,重なるかもしれないが,
「野夫」の転。藪者の略。世情に通じない者を言う。
「谷保天神」の略。付会のようだ。
雅楽の笙の17の管のうち「也亡」の二管は吹いても音が出ない。その「也亡」が語源。融通のきかない人間を指す。
「谷保天神」は,「やぼ」がなければ成り立たないので,他の二説ということになるが,『大言海』は,
野夫の音転と云夫。又藪者(やぶもの)の転略。藪澤の人,田舎者の意と云ふ。通,粋の反,
と,「野夫」を取る。別に,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E6%9A%AE
に,
「奥の細道で、『野夫(田舎者事であり『野夫』は『やぶ』とも読む)といへども、さすがに情け知らぬにはあらず』と読まれている。このように『いき』の一つとされる『情け』の反対語と関連付けられており、語源の可能性もあるが定かとはなっていない。」
ともあるらしいが,どうやら,一般には世情,特に,遊郭に不案内を指す,というところのようだ。
「地方出身の侍は,落語や川柳などで浅黄裏と呼ばれ,江戸っ子からは野暮の代表ともされた」。
とある。いわれないことだが,首都に住んでいるだけで,優越感を示すのは,それこそ,虎の威を借る狐で,僕には,そいつらの方が,よほど,
野暮,
野暮天,
に見える。いまだと,
「野暮という形容は、派手な服装、金銭への執着、くどくどしい説明などについて用いられる。また、(機能美までに至らない)非実用的で表面的な見栄えの重視、ブランドへの無批判な信仰と依存も野暮といえる。」
と言えるらしいので,まあ,都鄙よりは,個人だろう。
ところで,谷保天神(天満宮)(やぼてんまんぐう)は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E4%BF%9D%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE
によると,
「社伝によると、903年(延喜3年)に菅原道真の三男・道武が、父を祀る廟を建てたことに始まるという。この神社は東日本最古の天満宮であり、亀戸天神社・湯島天満宮と合わせて関東三大天神と呼ばれる。」
と由緒のある神社で,谷保は,
「南武鉄道(JR南武線)が谷保駅の駅名を『やほ』としたため、地名の『谷保』までも『やほ』と言うようになってしまったが、本来の読み方は『やぼ』である。」
という。こういう所業を,
野暮,
というのである。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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鞠躬如は,
きっきゅうじょ
と読む。辞書(『広辞苑』)には,
「如」は語調を調えるために添えた語,
とあって,
身を屈めてかしこまるさま,
という意味とある。あるいは,別の辞書には,
身をかがめて、つつしみかしこまるさま,
とあり,使い方として,
鞠躬如(恐怖・不安の表現)
鞠躬如(緊張の表現)
の二例が載っていたりする。僕の記憶では,確か,『論語』に,その言い回しが載っていた記憶があり,調べると,「郷党篇」に,こうある。
「公門(こうもん)に入るときは,鞠躬如として容(い)れられざるが如くす。立つに門に中(ちゅう)せず。行くに閾を履(ふ)まず。位(くらい)を過ぐれば,色勃如(ぼつじょ)たり,足躩如(かくじょ)たり。其の言うこと足らざる者に似たり。斉(し=もすそ)を摂(かか)げて堂に升(のぼ)るに,鞠躬如たり。気を屏(おさ)めて息せざる者に似たり。出でて一等(いっとう)を降(くだ)れば,顔色(がんしょく)を逞(はな)って怡怡如(いいじょ)たり。階を沒(つく)して趨(はし)り進むときは,翼如(かくじょ)たり。其の位に復(かえ)るときは,踧踖如(しゅくせきじょ)たり。
貝塚訳では,
孔子が宮廷の御門にはいられるときは、体をまるくかがめて,まるで狭い門をやっと潜り抜けるようになさる。門内では主君の通り道である中央部には決して立たれない。門の敷居を踏まず,跨ぎこされる。広場に入って,儀式のとき主君が決まって坐られる場所を通り過ぎるときは,主君がそこにおられるかのように顔色は改まり,歩き方はためらってゆるく,ことばすくなになられる。御用で,衣の裾を持ち上げて,宮廷の階段を堂上に昇られるときは,身体を丸くかがめられ,息を吐くのをとめて,まるで呼吸しないかのようにされる。堂から退出して階段を一段おりられると,顔つきはぼれてのびのびとされる。階段をおりきると,少し身をかがめて小走りにするすると進まれる。もとの主君の座席のそばにもどられると,またうやうやしくなさる。
となる。貝塚注では,「鞠躬如たり」について,
「ふつうからだを鞠のように丸く曲げることだとされている。これに対して,廬文弨は『鞠躬』という熟語として,恐れ慎む形容だとしている。このほうがよさそうである。恐れ慎むのが原義だとしても,ここでは恐れ慎むのあまり,体をすくめて門に入り込むことを言っているのであるから,身を屈めてと意訳した。」
と注記しているので,鞠躬如が,いまは熟語になっているが,かつてはそうではなかったことを忍ばせる。あるいは,『論語』辺りが出典なのかもしれない。ここには,「如」を加えた言葉が,連発している。
色勃如たり(緊張した顔色),
足躩如たり(小刻みに歩く),
怡怡如たり(なごやかに),
翼如たり(翼を拡げた鳥の様にのびのびと),
踧踖如たり(恭しい態度),
等々。しかし,「郷党篇」には,孔子の言行の記録(例の作法)との紹介の要素があり,
恂恂如(じゅんじゅんじょ) 恭慎のさま。口をもぐもぐさせてよくしゃべれない
侃侃如(かんかんじょ) 和楽のさま(古注)。ビシビシと話す(新注)
ァァ如(ぎんぎんじょ) 中正のさま(古注)。和やかに論争する(新注)
踧踖如(しゅくせきじょ) 教敬のさま
與與如(よよじょ) しずしずと進む
等々と出てくる。こう見ると,「如」は,単なる語調ではないのではないか。
「如」は,
ごとし,
〜のようだ,
〜と同じくらい,
と使われるが,「口+女」で,もとは,
しなやかに,という柔和にしたがう,
という意味。しかし一般には,
若とともに近くもなく,遠くもないものを指す指示詞に当てる,
とある。さらに,
「A是B」は,AはとりもなおさずBだの意で,近称の是を用い,「A如B」(AはほぼBに同じ,似ている)という不即不離の意を示すには中称の如を用いる。仮定の条件を示す「如(もし)」も,現場にないものを指す活きの一用法である,
とある。まあ,いまふうに言うと,直喩である。直喩は,前にも書いたが,
直接的に類似性,
を表現する。多くは,「〜のように」「みたいな」「まるで」「あたかも」「〜そっくり」「たとえば」「〜似ている」「〜と同じ」「〜と違わない」「〜そのもの」という言葉を伴う。従って,両者は直接的に対比され,類似性を示される。それによって,比較されたAとBは疑似的にイコールとされる。ただし,全体としての類似と部分的な性格とか構造とか状態だけが重ね合わせられる場合もある。その意味で,鞠躬如が,
鞠のように丸く曲げること,
と,僭越ながら,貝塚注にあったのは意味があるのではないか。
ところで,「鞠躬」を調べていて,『三国志』に,
「鞠躬尽瘁」(きっきゅうじんすい)
と言い回しがあるのを知った。諸葛孔明が、五丈原での決戦に向かうに先立ち,蜀帝劉禅に提出した,所謂,
「後出師の表」
の最後の文句に,
「臣鞠躬尽瘁、死而後已」(臣、鞠躬して尽瘁し、死して後已む)
とある。ここでは,「如」なしに,「鞠躬」が「身を低くしてかしこまる」意で使われている。「〜のような」なしで,人口に膾炙する時代になっている,という証のようなものである。
参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
http://lunyu.lightswitch.jp/?eid=11#01
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小細工というのは,
こまごまと手先を使った細工。また、その細工物。
と言う,そのものずばりの意味もあるが,それをメタファとした(というと細工物師に失礼だが),
その場かぎりの策略。つまらない計略
という意味がある。ズバリ言うと,
内容の浅はかな策略,愚策
ということになる。
似たものに,小手先というのがある。小手先というのは,
手の先の方。手先,
という意味もあるが,それを使った,
ちょっとした機転。小才(こさい)
という意味がある。「小手先が利く」と言った言い回しをする。そこには,
手の先でするような,ちょっとした技能や才覚,
と言うニュアンスで,
軽いものとして皮肉をこめて用いられることも多い,
とされる。そこからさらに転じて,
その場しのぎで、将来を見通した深い考えのないこと,
といった意味にまで外延を延ばしている。
元来が,小細工や小手先の「小」は,「小癪」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E5%B0%8F%E7%99%AA)
でも述べたが,接頭語で,
物の数・形が小さい意(小石,小家,小船,小島,小人数等々),
ものの程度の少ない意(小雨,小太り,小高い,小上がり,小商い,小足,小当たり等々),
年が若い,幼い意(小冠者,小童,小犬等々),
身分・地の低い意(小侍,小法師等々),
数量が足りないが,それに近い意(小一時間,小一年,小一里等々),
半分の意(小半斤,小なから等々)
体を動かす意の句に冠して,ちょっとした動作であることを示す意(小耳,小腰,小手等々)
といった,多寡や程度の少ない意の他に,
未熟なものに対する軽蔑の意,軽んじ侮る意(小倅,小わっば等々),
形容の語句に対して,その状態がちょっと気に触ったり,心に引っかかったりする意(小賢し,小面憎し,小気味いい,小奇麗等々),
言うに言われない何となく,の意。またその状態を憎む意(小奇麗,こざっぱり,小汚い,小うるさい,)。
語調を調える(夕焼け小焼け,おお寒小寒等々)
といった意味がある。もともと,「小」と付いたところで,「嘲り」や「からかい」の意味合いがつきまとっているらしいのである。
漢字の「小」は,象形文字で,
中心の「|」線の両脇に点々をつけ,棒を削って小さく細く削ぐさまを描いたもの,
と,される。だから,
小さい,
という意味と同時に,
小さいと思う,
価値の詰まらないものとして軽んずる,
という意味がもともと含まれている。だから,
小人,
とか
群小,
とか
卑小,
という言い方をする(当然自分を謙遜しても言う「小社」等々)。そこには,『孟子』にある,
太山に登りて,天下を小とす,
というような,「小天下」という,小さく見る,という意味の,いい意味の使い方もあるが,多くは,
小才,
小利口,
小器用
小芝居
小理窟
小賢し
小器量
小商売
と,「小」をつけて,侮る。しかし,不思議だが,「小天下」というような,例えば,
小天才
小秀才
小明晰
小智恵
小努力
小勤勉
小気概
等々という言い方は,なかなかしない。侮るには,自分が天下を見下す程度の気概がなくてはできないのだから。そう考えると,
何に「小」をつけるか,
で,その人の度量が見える。といっても,かつての何某都知事のように,
小役人,
木端役人,
と言いつつ,それ以下だった人物もあるので,口先だけではわからない。
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適当(てきとう)は,
ある条件・目的・要求などに、うまくあてはまること。かなっていること。ふさわしいこと。また、そのさま。
程度などが、ほどよいこと。また、そのさま。
やり方などが、いいかげんであること。また、そのさま。悪い意味で用いられる。
といった意味になる。たぶん,本来は,
「適(かなう)+当(あてはまる)」
で,
ちょうど良い程度,
の意の形容動詞,とされ,近世以後の造語とされる。本来の「かなう」という意味では,むしろ,
適切,
が使われて,昨今,適当は,
テキトー,
と表現されたりして,いい加減の代名詞になっている。『語感辞典』では,適切は,
まさにそれにふさわしい,
という意味で,
「適当」以上にぴったりと合う感じがある,
とまで言い切る。
適当は,『古語辞典』にはなく,『大言海』は,「てきたう(適當)」として,
良く程にあたること,あてはまること,てつけ,相当,
という意味が載っている。「てつけ」が気になるが,それ以上の説明はない。「てつけ」を引くと,「てつけきん(手付金)」の略とある。「手付金」をみると,
「物を買ふべしと約したる証に,先ず其の値の中の若干分を払ひ置く金子。これを払ふを,打つと云ふ。」
とある。もし,(ここからは推測だが),手付金を(払うのを)「適当」と読んだとすると,当該価格にぴったりを手付にするわけではないから,ギャップがあるし,その金額にも幅がある。ここから,適当の,適切の意味から「テキトー」へとスライドしていく余地があったのではないか,と憶測する。
ちょうど,いい加減が,「好い加減」の,
良いほどあい,適当,
という意味から,「いい加減」の,辞書(『広辞苑』)に言う,
情理を尽くさないこと,徹底しないこと,深く考えず,無責任なこと,
というより,
ぞんざい,
投げやり,
ちゃらんぽらん,
へと,意味をスライドしていくのと,見合っている感じである。本来,「好い加減」は,
「いい(好い)+加減」
で,
良い状態,
加減が良い状態,
であったものが,転じて,
一貫性や明確性を欠いて,行き当たりばったりな態度,
になったとされる(『語源辞典』)。漢字の「適」は,
「啇」が啻の変形で,ひとつにまとめる,まっすぐいっぽんになった,という意を含むみ,「辶(足の動作)」をくわえて,真っ直ぐに一筋にまともに向かう,
という意味になり,「当(當)」は,「田+尚」で,
田畑の売買や替地をする際,それに相当する他の地の面積をぴたりと引き当てて,取引をすること,
という意味で,さらに,枠組みがぴったりと当てはまる意から,
当然そうなるはず,という気持ちを表す言葉となった,とある。
その意味では,手付金とは,意味がずれすぎているが,本来の意味の外延に入らないわけではない。しかし,本来の全額の一部しか払わない,という意味を敷衍していくと,
ピタリ,
とか
かなう,
とは随分ずれている。億説だが,
目的や要求に沿って払うべきところを,一部の手付で,約束の履行の予約をする,
という意味では,ある意味,アバウトで,信用取引に違いない。あるいは,それを違えるひともでてくるということもあるだろう。そんなところから,
「適当にやる」
「適当に済ませる」
等々というニュアンスが出たのかもしれない。その意味で,
「テキトー」
とカタカナで表記すると,一層よりテキトー度が高まる気がしてならない。「徹底的」を「テッテテキ」と言い表したのはつげ義春であったが,適当を,
テキトー
と,表現することで,ギャグる感覚が顕現される感じになるのは,カタカナのもつ,ちょっと外れた感から来ているのかもしれない。同じ意味でも,単なる,
ちゃらんぽらん,
投げやり,
と言うよりは,相手のいい加減さが,より伝わってきそうだ。
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そ(其)の場とは,辞書(『広辞苑』)には,
ある物事があったところ,その場面,
その席上,即座,
という意味が載っていて,
その場限り(その場だけで後に関係のないこと),
その場ぎり(仝上),
その場凌ぎ(その場を取り繕って切り抜けること),
その場逃れ(その場限りの取り繕い,一時遁れ),
等々,総じて,糊塗,言い抜け,間に合わせ,誤魔化し,と言った,あまりいい意味で使われていない。
「将来的なことを考えずに、その時だけをうまく切り抜けるために何かを行うことにいう。『逃れ』と『しのぎ(=耐えること)』の相違があるが、実際には、かなり近い意味で用いられる。」
という説明があった。
その場をかわす,逃げ出すため,という心理(という受身)
か,
その場を「言い抜ける」「切り抜ける」「捌く」という心理(という積極的)
か,
の違いはあっても,その場でことに向き合うためではなく,その場でごまかそうとしていることに変りはなく,本人にとっては,結構大違いかもしれないが,その場に立ち会っている相手方からすれば,どっちだって変らず,その場をテキトーにごまかそうとしているのに違いはない。
似た言葉に,
当座逃れ,
当座しのぎ,
一時逃れ,
一時しのぎ,
一寸延ばし
一寸逃れ
というのがあり,
その場,
当座,
一時,
一寸,
と使い訳はあっても,結局,肝心要の,
その場,
を逃げることしか考えていない,ということなのだろう。だから,「一時」いやいや「一寸」,つまり,そのいっとき,一瞬,だけを切り抜けようとする,と見えるのだろう。「当座」は,「その場」が,より限定されている。
居合わせている座,その場,その席上,
その場ですぐ,即座,即刻,
という意味で,確か,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/409638012.html
にあったと思うが,嘘を見抜くには,相手の予行演習を崩す,その場で即答させるのが効く,とあったと思う。だから,相手に余裕であしらう暇を与えないと,本音が露呈せざるを得ない,
その場,
をつくることが必要なのだろう。「場」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E5%A0%B4)については触れたが,「場」という字は,
昜(よう)は,「日+T(高く上がる印)+彡(さん 飾りや模様をあらわす記号 影・彩・形などに使われる)」で,太陽が彩美しく昇るさま。「土」を加えて,日光のあたる高めの開けた地」
を指す。だから,漢字の「場」は,
広く開けた地,
平面より一段高く開けた地,
人の集まる広いところ,
を指すが,わが国では,
その物事が行われている所,時間,場合,
を限定する。だから,芝居の「場」という使い方につながる。その意味では,
「その場」
には,肝心要の,大事な,
そのとき,その場,
というニュアンスがある気がする。大袈裟に言えば,
そこで,どうそれに立ち向かうか,どういう対処をするか,
で,その人そのものの在りようが問われるような,
正念場,
というか,
切所,
なのではないか。だから,
「あとのことは考えずに、その場だけをとりつくろうこと。また、そうした態度・口実。一時しのぎ。」
と何とか取り繕う,と本人が思っているのと,周囲が見ている眼とは違っている。
間に合わせ,
応急処置,
ですむことと済まないことがある。
上へ
つぎほは,
接穂
あるいは,
継(ぎ)穂
と当てる。元来は,
接ぎ木のとき、台木に接ぐ枝など。義枝。
のことで,春の季語らしい。探してみると,
垣越にものうちかたる接木哉 蕪村
とか
雑巾をはやかけらるるつぎ木哉 一茶
とか
椿から李も咲かぬ接木かな 子規
等々,結構句がある。その接穂は,
「接ぎ木を行なう際、接がれる方の木を台木、接ぐ方の木を接ぎ穂と呼ぶ。」
ので,
「接ぎ木は、挿し木や取り木と同じく有用植物を枝単位で栄養生殖させる方法である。他の方法と根本的に異なるのは、目的とする植物の枝から根を出させるのではなく、別の植物の根の上に目的の植物の枝をつなぐことである。接ぎ穂と台木は近縁な方が定着しやすいが、実際には同種ではない組合せもよく使われる。うまくいけばつないだ部分で互いの組織が癒合し、一見は一つの植物のような姿で成長する。勿論実際にはこの接触させた位置より上は目的の植物の枝から生長したものであり、それより下は台木の植物のものであり、遺伝的に異なっている。但しまれにこれらが混じり合ってキメラや、更に遺伝子のやりとりが行われることもある。」
等々と説明される。
話が飛ぶが,確か,ソメイヨシノは,
「ソメイヨシノのゲノム構成はヘテロ接合性が高く、ソメイヨシノに結実した種子では同じゲノム構成の品種にはならない。各地にある樹はすべて人の手で接木(つぎき)などで増やしたものである。
自家不和合性が強い品種である。よってソメイヨシノ同士では結実の可能性に劣り、結果純粋にソメイヨシノを両親とする種子が発芽に至ることはない。このためソメイヨシノの純粋な子孫はありえない。不稔性ではなく、結実は見られる。ソメイヨシノ以外のサクラとの間で交配することは可能であり、実をつけその種子が発芽することもある。これはソメイヨシノとは別品種になる。」
のだそうで,
「明治初年に樹齢100年に達するソメイヨシノが小石川植物園に植えられていたという記録や、染井村の植木屋の記録にソメイヨシノを作出したという記録が発見されたことから、岩崎文雄らは染井村での作出を唱えている。この植木屋の記録により、1720-1735年ごろ、当地の伊藤伊兵衛政武が人工交配・育成したとの推定もある。これによって、現在では染井村起源という可能性が有力である。
現在ではさまざまな遺伝子解析により、ソメイヨシノはクローンであること、日本固有種のオオシマザクラとエドヒガンが最初の親であることが判明」
していて,ソメイヨシノの起源として,
ソメイヨシノ = (オオシマザクラ×ヤマザクラ) × エドヒガン
と推測されているらしい。つまりは,ソメイヨシノは全くの自然から生まれたものではないらしいのである。だから,各地にある樹はすべて人の手で接木などで増やしたものということになる。
閑話休題。
という次第で,接穂という言葉は本来,植木のそれを指しているが,そのメタファから,
いったんとぎれた話を続けようとするときのきっかけ。つぎは。
という意味に敷衍され,
「話の接穂を失う」
というような使われ方をしている。「つぎは」は,
継ぎ端,
とあて,「話などをつぐべききっかけ」という意味で,接穂と同義。「端(は)」は,
端末,
の意で,「ハシ,ハタ,ハシタ」と同語源とされ,
山のハに陽が沈む,
とか
残ったハ数は切り捨て,
と言った使われ方をする。
はた
とか
へり
という意味でいい。「軒端(のきば)」「言端(ことは)」(言葉の端っこ,口先だけの表現が言葉の語源)等々。
「端」という字は,「立+耑」で,「耑」は,
布の端が揃って一印の両側に垂れたさまを描いた象形文字,
で,「立」を加えて,左右揃えてきちんと立つ,という意味になる。そこから,正しい,とか,整っているといった意味に広がる。
また,閑話休題。
で,「接穂」は,どう「接ぎ木」のメタファから考えると,単に話をつなぐという意味ではなく,本来は,きちんとその本題を受けとめてつなぐ,という意味なのではないか。
たとえば,連歌や連句の,
つけ句,
がその接穂の付け方を象徴しているように思える。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~RENKU/nmn17.htm
等々によると,
今日も浮世の晩鐘を聞く
の前句に対する付け方として,
つくづくと木枕のかどまはしゐて
湯あがりの簾にちかき草の花
門松の雪も静かに年くれて
飛ぶ鳥の影もかすかに雲ちぎれ
五月雨の美濃恋しくも旅に居て
等々の付句を例にしている。付けられ方で,前句の意味が変わる。それで思い出した。
コミュニケーションというのは,
相手がどう応えるかで話し手の意味が決まる,
相手の反応で,何が伝わったかが決まる,
あるいは,
こちらの伝えたいことではなく,伝わったことが伝えたことなのである,
という原則がある。話の接穂には,なかなか含意が深い。
椿から李も咲かぬ接木かな 子規
参考文献;
http://haikai.jp/sikimoku/kmr_tuke.html
http://www.h2.dion.ne.jp/~taki99/zanoshikata.htm
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
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悪びれるは,
悪怯れる
とも書く。辞書(『広辞苑』)によると,
多く下に打消しの語を伴って
とあり,
気おくれがして卑屈な様子をする,
未練がましく,ふるまう,
わろびる,
とある。因みに,『大言海』は,
物言いかねて,何となく屈す,また醜き状となる,
臆して醜くなる,
醜態,
とあり,『保元物語』「為朝最期事」より,
「かやうに随分勇士共は,わろびれて進みえず」
と引用する。本来は,どうやら,相手の,
臆した,
みっともない,
様子を指していたらしい。しかし,昨今は,否定形を伴って,
悪びれない,
悪びれた様子もない,
悪びれる風もない,
悪びれもしない,
といったふうに,その様子を非難する方に転じている。悪びれる【わるびれる】の例文(使い方)として,
まったく悪びれた様子がない(謝らない・謝罪しないの表現・描写・類語)
悪びれた感情になる(恐怖・不安の表現)
悪びれる(恥ずかしいの表現)
といった使い方がある,とされるが,
まったく悪びれた様子がない,
という意味で,本来謝罪しなくてはならない状況にあるにもかかわらず,
謝らない
謝罪しない,
ことを非難する言い回しが多い。要は,
恥を恥とも思わないでいるさま,
とか,
やったことを反省するそぶりもない,
という意味で,
ふてぶてしい,
とか,
いけしゃあしゃあ,
といった含意の表現なのである。類語で言うと,
恥じる様子もない
厚かましい
厚顔無恥
鉄面皮
ふてぶてしい
面の皮が厚い
といった,何がしか悖る行為をしておきながら,
しれっとしている
あっけらかんとしている
ケロリとしている
というのが,「悪びれない」の意味の外延だが,厚顔,厚かましいには,単に,
鈍感,
というだけではない,人として,どうなのか,という咎めが入っている。それは,
倫理,
といっていい,それは,
人として,どう生きるか,
人として,どうあるべきか,
といったものに背くにもかかわらず,それに何の痛痒も感じないらしい無神経さを咎めている。しかし,咎める側と本人のギャップが大きいことに,昨今つくづく思い至る。
愧ずべきことと,
恥ずべきことと,
一向に思っていないらしいのである。こういうのを,
荒廃,
と呼ぶ。いまその坂道を転がり落ちているが,そう思わない連中にとっては,
馬の面にしょんべんなのだろう。
だから,よく,
おめおめと,
と,こちらには思えるところに,平然と立っていて,悪びれるところがない。
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破天荒というと,
型破り,
といったニュアンスで受け止めていたが,辞書(『広辞苑』)には,
「天荒」とは天地未開の時の混沌としたさまで,これを破り拓く意,
と注記があって,
いままで誰もしなかったことをすること,
という意味で,
前代未聞,
未曾有,
と同義とある。そういえば,だいぶ前に,国語辞典『大辞林』(小学館)編集部が,
「間違った意味で使われる言葉ランキング」
を示していた(http://www.excite.co.jp/News/bit/E1382004566055.html)が,その四位に破天荒があり,本来と異なる,
豪快で大胆不敵なようす,
という意味で使っていて,さらに,文化庁が発表した平成20年度「国語に関する世論調査」でも,「彼の人生は破天荒だった」を,
本来の意味とされる「だれも成し得なかったことをすること」で使う人が16.9パーセント,
本来の意味ではない「豪快で大胆な様子」で使う人が64.2パーセント,
という逆転した結果が出ているそうで,本来の,「だれも成し得なかったことをすること」に比べると,随分と矮小化されてしまったようだ。『語源辞典』では,中国由来の二説が載っており,
ひとつは,「天荒(天智混沌の未開のさま)を破る」という『広辞苑』説で,今までになかったことをする,意。
いまひとつは,「天荒(科挙にずっと落第してばかり)を破る」で,前代未聞の意。
とある。しかし,素人ながら,後者は,破天荒のイメージとしては小さすぎる気がする。
ウィキペディアは,しかし,この説を取る。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%B4%E5%A4%A9%E8%8D%92
「中国・宋代の説話集『北夢瑣言』の記述に由来する。
中国の唐代、王朝成立から100年以上経た後も、荊州(現在の湖北省)から官吏登用試験である科挙の合格者が出ず、世の人はこの状況を『天荒』と称した。天荒とは本来『未開の地』もしくは『凶作などで雑草の生い茂る様』を言う。やがて劉蛻(りゅうぜい)という人物が荊州から初めて科挙に合格すると、人々は『天荒を破った』と言った故事に由来する。旧説には、天地未開の混沌した状態(天荒)を破り開く意がある。」
と出ている。語源由来辞典も,
http://gogen-allguide.com/ha/hatenkou.html
「『天荒』は未開の荒れ地の意。唐の時代、官吏登用試験の合格者が1名も出なかった荊州は人々から『天荒』といわれていたが、劉蛻 (りゅうぜい) が初めて合格して『天荒を破った』といわれたという、『唐摭言』『北夢瑣言』の故事から。」
と同じ故事が由来としている。しかし,旧説に,
「天地未開の混沌した状態(天荒)を破り開く意がある。」
とあるように,元々「天荒」という言葉の,
天地未開の混沌した状態,
という意味が先にあり,そのメタファとして,「荊州は『天荒』」と言われたのだから,話は逆ではあるまいか。それに,科挙(くらい)といっては,お叱りを受けるかもしれないが,それに初めて合格したのを,
天荒を破る,
というのは大袈裟ではないか。他の地域ではどんどん合格者を出しているのに,遅ればせに受かった程度で,
破天荒,
とは,大騒ぎしまい。やった,と小さくガッツポーズを取る程度でないと,それこそ,とっくに大量の合格者を出している他の地域の笑いものではあるまいか。むしろ,
嚆矢
とか
濫觴
とか
嚆矢濫觴
といった,はじまりの意に近いのではないか。
「嚆矢(こうし)」はかぶら矢(戦端を開く合図)の意。
「濫觴(らんしょう)」は大きな川もその始まりは觴さかずきに溢あふれるほどのわずかな流れである意。
いずれも,発祥を示しはしても,「破天荒」のニュアンスとは違う。確かに,
前代未聞,
とか
未曾有,
に近いが,これは,どちらかというと,人よりは,ことやもの,つまり,出来事や物事のことを指すニュアンスではないか。前代未聞は,
「今までに一度も聞いたことがないこと。非常に珍しいこと、程度のはなはだしいこと」
だし,未曾有は,
未だ曾て有らず,
そのままで,本来,仏の功徳の尊さや神秘などを称賛,というから,ありがたしに近い。しかし,やはり,
今まで一度もなかったこと。きわめて珍しいこと,
という意味に転じている。
やはり,破天荒は,破天荒,他に,
天荒を破る,
意の言葉は見当たらない。しかし,『大言海』がとどめを刺す。
「天荒は天地未聞の混沌悠久なる状態,即ち之を破る意。下文の劉蛻の故事より起こる」
と。そして,
「官吏の登用試験に落第したるを天荒と云ひ,及第したるを破天荒と云ふ。宋の孫光憲の北宋瑣言に『挙人落第曰天荒,故及第者謂之破天荒』とあり」
とし,「此の語,今は前代未聞,未曾有などの意に用いらる。甚だしく変じたるものなり。」とある。
ということは,事態は逆で,「天荒」という言葉はあったが,それには,科挙合格という意味があって,それを破る,合格を,破天荒と言った,と。とすると,
誰も無しえなかったこと,
が結構矮小化される。その意味では,前代未聞でも,大袈裟すぎるのかもしれない。もちろん,科挙合格が大変なことであると分かっていたとしても。
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どんでん返しは,
正反対にひっくり返すこと。転じて,話・形勢・立場などが逆転すること。
「強盗 (がんどう) 返し」に同じ。
とある。強盗返しは,
歌舞伎で、大道具を90度後ろへ倒し、底面を垂直に立てて次の場面に転換させること。また、その仕掛け。どんでん返し。箱天神 (はこてんじん) 。
とある。強盗返しの別の説明では,
「箱天神ともいう。家体あるいは丸物の第一場面の道具がそのまま背後に転倒してその道具の下部に仕込まれた道具が現れ、次の場面になる方法。」
人が龕灯のロウソクのように常に見えていることから。強盗返しというということになる。語源由来辞典,
http://gogen-allguide.com/to/dondengaeshi.html
によると,
「近世,歌舞伎の舞台で大道具を90度後ろへ倒し,底面を立てて,次の場面に転換することや,その装置を『どんでん返し』といったことに由来する。歌舞伎の『どんでん返し』は,中が自在に回転する仕掛けの『強盗提灯(がんどうちょうちん)』に似ていることから,元々は『強盗(がんどう)返し』と呼ばれていた。『がんどう返し』が『どんでん返し』に転じたのは,『どんでんどんでん』という鳴物の音からか,大道具を倒す時の音からと言われている」
とある。ちなみに,強盗提灯とは,
「銅板・ブリキ板などで釣鐘形の枠を作り、中に自由に回転できるろうそく立てを取り付けた提灯。光が正面だけを照らすので、持つ人の顔は見えない。忍び提灯。龕灯(がんどう)。」
のこと。通常,龕灯(がんどう)と呼ばれる。龕灯は,
「江戸時代に発明された携帯用ランプの一種。正面のみを照らし、持ち主を照らさないため強盗が家に押し入る際に使ったとか、目明かしが強盗の捜索に使ったとも言われ、『強盗提灯(がんどうちょうちん)』と呼ばれた。金属製、または木製で桶状の外観をしており、内側には二軸ジンバルにより2本の鉄輪が回転し、内側の鉄輪の中央にロウソクが固定されており、龕灯をいかなる方向に振り回してもロウソクは常に垂直に立って火が消えないような工夫がなされている。」
(http://www.hokusetsu-ikimono.com/kenkyu/syakai/mukashi-dougu/parts/kaichyudentou/gandou-02.JPG)
写真を見ると,真直ぐに立ったろうそくが,二つの輪の回転でどのような向きになってもまっすぐ立つようにくふうされている。その由来は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E7%9B%97%E8%BF%94
に詳しいが,
「演劇を行う施設では演劇空間の時空を自在に演出するために外部からの光を遮蔽することが多く、舞台上の照明は一般的には内部照明によってのみ操作する。このため、舞台照明を一瞬だけ消すことで真っ暗闇を実現することが可能となり、この暗転の中で演劇者は衣装を着替えて次の演技の所定の位置に着き、舞台道具は強盗返の仕掛けを用いることで、場所や季節の切り替わり等のシーンの切り替え等を舞台と客席の間の幕を上げ下げをすることなく、観客の目の前で短時間で行うことが可能となる。」
とあり,
「強盗返は横から見ると床と壁が一体化したアルファベットの大文字の「L」の形をしており、床面に置かれた什器備品等の多くは底面である床に固定されている。歌舞伎では一体化した床面と壁面を備品と共に後ろ側に倒すことで、今までは床に見えていた底面部分の裏側に隠れていた壁面が観客の目の前に現れる。この時、歌舞伎では前述の大太鼓の音が「どんでんどんでん」と鳴り響く。」
後に部隊が回る回転式が登場するが,その場合,強盗返と区別するために,盆廻し(ぼんまわし)と呼ぶそうである。
どんでん返しには,
忍者屋敷の扉のからくり。
の意味もあるが,こういう由来を見ると,どうやら比較的新しい言い回しだということがわかる。
ところで,強盗は,現在ふつう,
ごうとう
と訓む。それを,
がんどう
と訓むのは,
唐音
らしい。『古語辞典』には,がんどう(強盗)で載る。辞書(『広辞苑』)によると,古くは,
ごうどう,
と訓んだらしいし,日葡辞典では,
がうだう,
と訓んだらしいので,がうだう,がんどう,ごうどう,ごうとう,という転訛なのだろうか。『大言海』は,
「がんだう」を「がうだう」の転,
とある。『古語辞典』の「がんだう」の項には,強盗返し,強盗提灯のほかに,
強盗(がんだう)打つ 強盗に入る
がんだうづきん(強盗頭巾) 頭・顔全体を包み隠し、目だけを出すようにした頭巾。苧(からむし)頭巾。目ばかり頭巾。ごうとうずきん。
が載っている。「ごうとう」より「がんどう」のほうが,およそ強面でなくなる語感があるが。
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天眼は,
てんがん
あるいは
てんげん
と訓む。しかし,
てんげん
と詠むときは,本来は,
仏語。五眼 (ごげん) の一。すべてを見通すことのできる眼,
普通の人の見ることのできない事象を自由自在に見通すことのできる力,
を指す。しかしもうひとつ,
「 天眼通(つう) 」に同じ。
とも載る。
五眼(ごげん)は,調べると,
1 肉眼(ニクゲン)…人間の眼
2 天眼(テンゲン)…天人の眼
3 慧眼(エゲン)……ラカンの眼
4 法眼(ホウゲン)…菩薩の眼
5 仏眼(ブツゲン)…仏の眼
を指し,
@肉眼(にくげん)。現実の色形を見る眼。
A天眼(てんげん)。三世(さんぜ)十方(じっぽう)を見とおす眼。
B法眼(ほうげん)。現象の差別を見わける眼。
C慧眼(えげん)。真理の平等を見ぬく眼。
D仏眼(ぶつげん)。前四眼をそなえる仏の眼。
で,仏はこの五眼をまどかに具えて衆生を救う。『大経』では,浄土の菩薩にこの五眼が具わると説く,という。
http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-3183.html
では,天眼について,
「天界の神々は三世(サンゼ)十方(ジッポウ)を観るとされています。三世は過去・現在・未来であり、十方は、四方八方と上下すべての方位です。」
と説明する。
「天眼」のもう一つの意味,
天眼通は,
てんげんつう
とも,
てんがんつう
とも訓むが,
仏語。六神通の一。普通の人の見ることのできない事象を自由自在に見通すことのできる力,
という。六神通 (ろくじんずう) とは,
「仏教において仏・菩薩などが持っているとされる6種の超人的な能力。6種の神通力(じんずうりき)。六通ともよばれ、『止観』(瞑想)修行において、『止行』(サマタ瞑想、禅那・禅定、四禅)による三昧の次に、『観行』(ヴィパッサナー瞑想)に移行した際に得られる、自在な境地を表現したものである。」
とあり,仏・菩薩などが持っているとされる6種の超人的な能力。神通力は,
じんずうりき
と訓むが,一般には,
じんつうりき
と訓んでいる。
人間の思慮でははかれない、不思議な霊妙自在の力
を指す。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E7%A5%9E%E9%80%9A
http://www.aleph.to/enlightenment/snp-01.html
によると,
神足通(じんそくつう)機に応じて自在に身を現し、思うままに山海を飛行し得るなどの通力。
天耳通(てんにつう)ふつう聞こえる事のない遠くの音を聞いたりする超人的な耳。
他心通(たしんつう)他人の心を知る力。
宿命通(しゅくみょうつう)自分の過去世(前世)を知る力。
天眼通(てんげんつう,)死生智) - 一切衆生の過去世(前世)を知る力
漏尽通(ろじんつう,)自分の煩悩が尽きて、今生を最後に、生まれ変わることはなくなったと知る力。
とあり,別に,
神足通 空中浮揚やテレポーテーションをしたり、化身を自在に使って、高い世界へ飛んだりすることのできる能力
天耳通 神々の声を聞いたり、遠くの音を聞いたりすることのできる能力
他心通 他人の心を知る能力
宿命通 自分や他人の前世(多くの過去世)を知る能力
死生智 転生先を知ったり、生きながらにしていろいろな世界とつながることのできる能力
漏尽通 完全なる絶対なる神の叡智
とあるが,漏尽通は,
「苦しみ(汚れ)、苦しみ(汚れ)の原因、苦しみ(汚れ)の消滅、苦しみ(汚れ)の消滅への道(以上、「四聖諦」)を、ありのままに知ることができる」
「欲望・生存・無知の苦しみ(汚れ)から解放され、解脱が成され、再生の遮断、修行の完遂を、知ることができる」
で,これが最高位ということになるのか。
ところで,天眼鏡
は,
てんがんきょう,
と訓むが,
柄のついた大形の凸レンズ,
のことだ。人相見が使って,
運命など普通には見えないものまでも見通すところから,
そう呼ぶ。当たるも八卦とはちと違う。因みに,頂天眼というと,
金魚の一種。背びれがなく,眼球が突出するが,出目金と異なり,上方を向いている。
そうだが,天眼にかけたのだろうか。頂天眼は,
「中国産の金魚で、アカデメキンの突然変異から生まれ、眼が頭の頂上にあり、天上を向いている。」
そうで,既に清の時代にはあったという。
「赤デメキンの突然変異を固定化したもので、デメキンとの違いは眼が完全に上を向いているだけでなく、背ビレも欠如している。眼が天を向いているので『頂天眼』と名付けられた。」
とある。名づけたものに聞かないとわからないが,「天眼」を意識していたことは間違いない。
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釜の蓋が開かない,
というのと,
釜の蓋が開く,
というのとでは,随分意味が違う。
落語で,よく,
「釜の蓋が開かない」
という言い回しをする。せんだって聴いた『もう半分』でも,老爺が,
「(棒手振り仕事でも)休んだら,釜の蓋が開かない」
というような言い方をしていた。『芝浜』でも,
「「文句はそのくらいでいいの?いつ商いに行くの?」
「そうゆう入り方してきたの?」
「暮らしもあるからねぇ。そんなにお酒呑む人じゃなかったから。楽しそうに見えないの。何かあったの?うるさかったら、ごめんよ。勘弁してもらぉ。月ぃまたいじゃったよ。釜の蓋が開かないよ」
「・・・・釜の蓋が開かないとは、これいかに?」
「何?」
「鍋の蓋でも開けとけよ」
「鍋の蓋も開かないよ」
「じゃ、水瓶の蓋でも・・・」
「ふざけんのはやめとくれよ。
てなやりとりがある。『らくだ』でも,
商売に出ないと、釜のふたが開かないと帰りたがる屑屋を引き留め酒を飲ませる,
というところがある。
どうやら,推測するに,
おまんまの食い上げ,
というような意味なのではないか。お米がないから,焚けない,焚けないから,蓋の開けようがない,というような感じだろうか。でも,なぜ釜の蓋なのだろう。
通常「釜の蓋」と言うと,
地獄の釜の蓋,
を指し,辞書(『広辞苑』)には,
正月と盆との16日は,閻魔にお参りする日で,鬼さえもこの日は罪人を呵責 しない,の意。殺生の戒めに用い,またこの日を藪入りとして住み込みの雇い人にも休養を与えた,
とある。その地獄の釜は,
地獄で罪人を煮るための釜で, 火炎の釜、膿と血の湯釜、蛆虫の水釜,
があるらしい。因みに,
釜蓋朔日(かまぶた ついたち)
というのがあり,
(旧暦の)「七月朔日には、地獄の釜の蓋が開く」
ということで,この日を釜蓋朔日というそうである。七月はお盆の月(暦月),釜蓋朔日はそのお盆の月の始まりとされるようである。
地獄の釜の蓋が開くとどうなるのか,
というと,
地獄に閉じこめられている精霊がこのあいた釜の口から出てくる。こうして地獄から出てきた精霊たちは,子孫の待つ家へ戻ってくる。
「この期間は祖霊が戻ってくるだけでなく、いろんな霊があの世とこの世を行き来するともいわれています。
そして、川や海などがあの世とこの世の通路になるため、お盆は川や海に近づくとあの世に引きずり込まれるといわれたりします。祖霊をあの世に送りかえすための精霊流しも、川や海などがあの世とこの世の通路になるからです。
川や海と同様,井戸もあの世とこの世の通路になることがあります。」
との,一文があった。
「地獄の釜の蓋も開く」
とは,
正月と、お盆は、みんな仕事を休みなさい、
という意味だとされる。
そう考えると,
「釜の蓋が開かない」
というのは,
おまんまが食えない,
という意味というよりは,
(地獄の蓋が開く日があるように)釜の蓋が開かない,
つまり,貧乏ヒマなしで,
休めない,
という含意がなくもないような気がする。そういう思いで,
「釜の蓋が開かないよ」
「・・・・釜の蓋が開かないとは、これいかに?」
「何?」
「鍋の蓋でも開けとけよ」
「鍋の蓋も開かないよ」
のやり取りを聴くと,休めないほど貧乏という含意も見えなくもない。
因みに,「竈」は,
竈處
で,井を井戸というのと同じ使い方らしい。
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沽券(估券)
は,「沽」は売る意と注記して,
土地・山林・家屋などの売り渡しの証文。沽却状。沽券状。
売値。
人の値うち。体面。品位。
といった意味が載る。『大言海』には,「沽券」の項に,
沽却
を見よとある。そこに,『論語』の,「子罕編」が引用されている。
子貢曰く,斯(ここ)に美玉あり,匵(ひつぎ)に韞(おさ)めて諸(これ)を蔵せんか。善賈(ぜんこ)を求めて諸を沽(う)らんか。子曰く,沽らんかな,沽らんかな。我は賈を待つ者なり」
要は,売却の意味,というわけだ。売券状,沽券状,つまり,
「地所,屋敷などの売買,所有を証する券(てがた)」
とあって,
「値打ちの意味から転じてヒトの資格,人柄,品位」
という意味になったとする。
「沽」は,
「ためておいた商品を売ったり,買ったりする」
意味だが,「估」は,
商い,値段を見積もる,
という意味があり,「沽券」「估券」と当てるうちに,その「価値」の意味がにじみ出てきた,と考えられる。
ウィキペディアによると,「沽券」は,
「町役人、五人組が立会いのもとで土地の売買が行われ契約書である沽券が作成されたので沽券は土地権利証としても機能した。契約書であるため土地の明細の他に売買代金も記載されたので土地の価値を証明するもの」
とされた,という。その意味で,転じて使われるようになった,
沽券に関わる
という慣用句には,「沽券」が,
「町役人、五人組が立会いのもとで土地の売買が行われ契約書である」
というお墨付きのある,空手形ではない,という意味が強く込められている。見かけだけの体面の意味に,スライドさせるのは,如何なものか。つまり,
空証文,
空手形,
ではない,価値の保証書付き,という意味がある。
あいつに頭を下げるなんて,沽券に関わる,
などと軽々にいう輩は,体面,面子の中身が空っぽの奴が多いのは,皮肉だろうか。
沽券の類語は,
面目,
対面,
世間体,
面子,
威信,
気位,
といった,外面が多い,その人が突っ張って立てている,
見え,
見栄え,
のような,あるいは,
プライド,
といったものであって,それは主観的な思い入れに過ぎない。「プライド」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%89)については触れた。それよりは,本来の,人としての,
矜持,
品位,
尊厳,
品格,
気品,
といったものの方が,大切だし,それは,声高に叫び立てたりせずとも,その存在そのものが,屹立して顕現する。そういう国でありたい,と思う。
そういうのを,心映え,という。「心映え」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba3.htm#%E5%BF%83%E3%81%B0%E3%81%88)については書いた。いま,日本は,それとは真逆の,騒々しい面子を叫び立てる国になっている。明治維新以降この手の軽い面子傾向が強く,戦後消えたと思ったらまたぞろ出てきた。こういう時は,中身がない時と,歴史が教えている。
上へ
へそくりは,
臍繰り
とか
綜麻繰
とか当てるが,
「『へそくりがね』の略で、主に主婦が倹約や内職、バイトなどをして内緒で貯めたお金のこと。
また、「へそくりをする」という意味の『へそくる』という言葉もある。どちらも江戸時代から使われている言葉である。」
との説明がある。語源を調べると,いくつもの説がある。
ひとつは,「へ(綜)そ(麻)+繰り」で,紡いだ麻をつなぎ,環状に細長く幾重にも巻く糸車をへそ(綜麻・巻子)という,からきている。へそ(綜麻・巻子)は,苧環(おだまき)とも言うらしい。へそに麻糸を他人にわからないように繰り,少しずつ貯めたお金を指す。
いまひとつは,衣服の帯の下,つまり臍の辺りにわずかなものを貯え,やりくりして生みだしたお金,という。辞書(『広辞苑』)の当てた漢字,
臍繰り
とか
綜麻繰
が,この二説の反映している。
語源由来辞典(http://gogen-allguide.com/he/hesokuri.html)によると,
臍繰り金の略であるが,綜麻を繰って貯めたお金を意味する「綜麻繰り金」が原義,
とする。「綜麻」と「臍」が混同されたため,当て字で「臍繰り金」となった,さらに,「臍」は「ほぞ」とも言うことから,「ほぞくり金」「ほぞ金」とも言うようになった,としている。
古語辞典では,「臍繰り金(銀)」が載っていて,
主婦などが倹約して内密に貯えた金銭。へそくり。ほぞくりがね,へそがねとも。
と出ている。しかし,『大言海』は,へそくりを,
臍包(くる)みの約,
として,「へそくりがね」と同じとする。で,
一説に,綜麻(へそ)を繰りて貯へたる金の意,
としている。
日本語俗語辞典(http://zokugo-dict.com/29he/hesokuri.htm)は,
「語源については諸説あり、へそは紡いだ麻糸をつなげて巻き付けた糸巻である綜麻(へそ)をいい、『綜麻繰』とする説が有力。昔、女房が内職に綜麻を繰り、それで得たわずかな賃銭を蓄えたへそくり金を、約してへそくりとよぶようになったといわれる。
他には、へそは「臍」の意味で、銭や貴重品を腹巻などで腹に巻き付けておいたところから、他の人に知られないようにひそかにためておくこと、またはその隠し蓄えおいた金銭をいうことになったとする説もある。」
とまとめる。その由来の古さから考えても,どうやら,「綜麻繰」の方が正しいのではないか。
ところで,綜麻(へそ)は,
「『へ』は動詞『綜(へ)る』の連用形から。「そ」は「麻」。紡いだ糸を環状に幾重にも巻いたもの。おだま。おだまき。
である。
花のオダマキと,苧環と,いずれが先か,というと,
語源由来辞典(http://gogen-allguide.com/o/odamaki_syokubutsu.html)は,
「オダマキとは 、キンポウゲ科の多年草。高山に自生するミヤマオダマキを観賞用に栽培改良された もの。 【オダマキの語源・由来】.
オダマキは、つむいだ麻糸を空洞の玉のように巻いた苧環に由来する。オダマキの花は,内側に曲がって満開せず,全他水に糸巻の枠のように見える。」
とするが,
「苧環は元来は機織りの際に麻糸をまいたもののことで、花の形からの連想である」
とするのもある。むしろ,
「花が開いた形と言うより、つぼみの形が苧環に近い」
といわれる。これが近いのだろう。糸繰は確かに,古くからあるが,花の名の方が先と考えた方が無難である。その名から,というよりそのカタチから糸繰の苧環を発案したのかもしれない。やはり,自然は,発想の母である。
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百尺竿頭は,
ひゃくしゃくかんとう
と訓む。「百尺竿頭に一歩を進む」といった使い方をする。あるいは,修行の世界では,
百尺竿頭に一歩を進め,絶後に再び蘇る,
といった使い方をするそうだ。
「伝灯録」(景徳伝灯録)に由来するらしい。『正法眼蔵随聞記』にも,
「古人の云く、『百尺の竿頭に更に一歩を進むべし』」
と,記述されているそうである。正確には,
「百尺の竿頭に更に一歩を進むべし。此の心は,十文のさをのさきにのぼりて,猶手足をはなちて,即ち身心わ法下せんがごとし」
とある。
「百尺の竿の先に達しているが、なおその上に一歩を進もうとする。すでに努力・工夫を尽くしたうえに、さらに尽力すること、また、十分に言を尽くして説いたうえに、さらに一歩進めて説くことのたとえ。」
百尺竿頭に坐する底の人、
然も得入すと雖も、未だ真を為さず、
百尺竿頭に須く歩を進め、十方世界に全身を現ずべし。
と,「無門関」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba3.htm#%E5%BF%83%E3%81%B0%E3%81%88)にある
。
http://www.jyofukuji.com/10zengo/2003/12.htm
によると,高い竿の先とは,
「長い修行で至った悟りの極地の喩え。しかし、如何ほど高い境地にあっても、そこに留まって安住していたら何のはたらきも出来ない。その悟りより、『さらに一歩、歩を進めよ』と言うことは、百尺の竿の先きから踏み出すほどに不惜身命、命をも投げ出して、衆生救済へ向かってこそ、悟りの意義がある」
という意味らしい。悟りをひらいた境地に満足せず,その先を目指せという意味で,禅門では,
「大死一番、絶後に蘇る」
とか,
「青霄裡に住まらず」
という語があるらしい。霄裡とは,
「雲ひとつ無い晴れ渡った大空。」
のこと,「そのが広がって清々し尊い世界だが、いかに尊い境地であっても、悟りの本当の働きはその青霄裡に留まっていては出来ない」の意味らしい。
また,
http://www.eonet.ne.jp/~jinnouji/page9/houwa08/page251.html
には,
「石霜和尚と長沙景岑禅師の問答です。石霜和尚の『百尺竿頭如何が歩を進めん』という問いに、長沙禅師は『百尺竿頭にすべからく歩を進め、十方世界に全身を現ずべし』と応じた。」
とあり,
「百尺竿頭とは長い竿の先のことですが、それは、きびしい修行を経て到達できる悟りの境地です。修行のすえに悟りを開いたとしても、修行の道に終わりはないから『さらに一歩を進めよ』ということです。」
とある。ステップに置き換えてもいい。ステージを上がると,見える世界が変わる。しかし,その
「百尺竿頭に止まってはならない」
ということなのである。
「修行を積んで徳を重ねたとしても、そこにとどまってしまえば、そして、そこに安住して執着してしまえば、もはやそこは百尺竿頭、すなわち、きびしい修行を経て到達できる悟りの境地ではない。百尺竿頭に止まってはならないのです。」
という意味なのである。
「勇を奮って一歩踏み出してみよ、そうすれば必ず死の底より蘇ることができる。そこには従来までとは全く違った別世界が広がり、新しい生命の根源を手に入れることが出来る。」
視界が変わる,という意味なのである。
たしか,エジソンの名言に,
「ほとんどすべての人間は、もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、そこでやる気をなくしてしまう。勝負はそこからだというのに」
というのがあった。昔営業をしているとき,これで最後にしようと思って,それから,もう一軒行くか行かないかが,差が出る,というようなことを言われた記憶がある。百尺竿頭とは,裏返しの言葉だか,
百折不撓
という言葉に当たる。どん底を更に這い上がろうとするか,頂点を更に昇ろうとするか,精神性は,似ている。
「諦めたときに自分がどれほど成功に近づいていたか気づかなかった人」
が,扉を開けそこなう,というのもそういうことなのだろう。「諦めた」を「満足した」と置き換えれば,そのまま通じる。見えている視界で,絶望するのも,満足するのも,そこが行きどまりという意味では,同じなのかもしれない。しかし,
努力できる,というのも才能の内だ,
という言葉が,怠け者の自分には重い。
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一顰一笑は,
いっぴんいっしょう
と訓む。『韓非子』内儲説から由来するようだ。
顔をしかめたり,笑ったりすること。ちょっとした表情の変化。また人の顔色。機嫌。
という意味で,
一顰一笑に左右される,
一顰一笑に気をつかう,
といった使い方をする。『大言海』は,
憂えては顔を顰め,喜びては笑うこと,
とある。不愉快そうに少し顔をしかめたり,嬉しそうにちょっと笑ったりする顔の表情の変化である。昨今ついぞ見かけない。
http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo81.htm
によると,
「昔、韓の昭候が、古いい袴を保管するようにお側の家来に命じたところ、『そのような古い袴は、だれかにやってはどうですか』と非難めいたことを家来にいわれました。昭王は『懸命な君主は、部下の前で顔をしかめたり、嘲笑したりする場合でも注意しなければならないものです。袴を下賜することは、もっと重大な意味を持つのですから、誰に与えるのかについて十分に注意しなければならないのです』と言ったとのことです。」
という謂れらしく,原文では,
「吾聞く、明主は一嚬一笑を愛(お)しむと。嚬(ひん)するは為に嚬する有り、而して笑うは為に笑う有り。」
とあり,
「多数の配下を持つ者は、自分の一挙手一投足に注意しなければならないという自制の言葉」
である,という。この逸話から,
「弊袴を愛惜す」
という故事成語もある。
信賞必罰を実行すること,
という意味。上記逸話にあるように,
「はき古したハカマ(袴)を家来が誰かにやったらどうか」
と非難めいたことを言われたのに対して,昭王が,「賢明な君主は眉をしかめたり、笑うことさえ惜しむものだ」という言葉と同時に,
「袴は手柄のある者に与える」
と答えたことにら由来する。つまり,顔の表情一つ,下賜することひとつ,意味がある,ということなのだろう。
「顰」の字は,
しかめる,ひそめる,
といった意味だが,「顰」は,「頻+卑」で,「頻」は,
間隔をつめてぎりぎりに近寄ること,
「卑」は,
ひくい,ひくめる,
で,「卑+頻」は,
眉の間隔を近寄せることを,
あらわす。だから,
眉をひそめる,
とか,
顔を顰める,
という意味になる。因みに,「笑」の字は,会意文字で,「竹+夭」。「夭」は,
細くしなやかな人,
で,元は,細い竹のことを指す。正字は,「口+笑」で,
口を細くすぼめて,ほほと笑うこと,
を指す。それを誤って「咲(わらう→さく)」と書き,略して,「笑」を用いるようになった,という。
わらう,
にも,
哂う(微笑)
嗤う(嘲り笑う)
笑う(喜びて顔を解き,歯を啓く,冷笑は苦笑い)
噱う(大笑い,吹き出す)
とある。一顰一笑の「笑い」は,機嫌のいいときを指す。
相手の顔色の変化に振り回される,というのは,恋しているときはそれ自体が恋だけれど,それ以外は,疲労ばかりが募る。自分の心を外に置いて,相手を伺うのは,その時間が,人生の時間の無駄だからだろう。
逆に言うと,上位に立つものは,下の人はヒラメ状態にあることを慮る必要があるということだろう。というより,そういう状態にある限り,チームとしての体を為していない,というべきかもしれない。
ある意味,おのれの一顰一笑に,メンバーに一喜一憂させるようでは,リーダーとしての在りようがなっていない,というべきだろう。身分社会ではあるまいし,自己開示ができていないか,ジョハリの窓で言う,パブリックができていない,ということだろう。
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うつけは,
空け
とか
虚け
と当てる。 辞書(『広辞苑』)には,
動詞「うつ(空)ける」「うつく」の連用形から,
とあり,
中のうつろなこと。から。からっぽ。空虚。
気が抜けてぼんやりしていること。また、そのような者。まぬけ。愚か。
といった意味で,そういう人のことを,
うつけもの(空け者)
と呼ぶ。思い浮かぶのは,勝海舟が知言なり,と評価した,坂本龍馬の西郷隆盛評である。
「われ、はじめて西郷を見る。その人物、茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り。大きく叩けば大きく鳴る。」
と。まさに虚けそのものに似ている。確か,織田信長も,吉法師の時代,
尾張の大うつけ,
と呼ばれていたようだが,いわゆる,
あほ,
たわけ,
をこ(烏滸),
まぬけ,
頓馬,
とは,少しニュアンスが違う気がする。信長は,「『信長公記』に拠れば、幼少から青年時にかけて奇妙な行動が多く、周囲から」大うつけ,と呼ばれていたらしいので,規格外,常識はずれ,を指している可能性もある。実際,
「うつけとはもともと、からっぽという意味であり、転じてぼんやりとした人物や暗愚な人物、常識にはずれた人物をさす。うつけ者ともいう。字は『空』『虚』『躻』などと書く。」
とか,
「実際に暗愚な人物がうつけと呼ばれるというよりも、奇矯なふるまいなどにより『うつけ』と呼ばれるだけで、実際には暗愚なわけではない場合も多い。」
といった記述もある。現に,前田利常がそれを使ったとされるが,兵法三十六計の第二十七計にあたる戦術に,
「仮痴不癲」(かちふてん、痴を仮りて癲(くる)わず)
というのがあり,
「愚か者を装って相手に警戒心を抱かせず、時期の到来を待つ。」
というのだそうだ。その他に,
「『痴』は、将本人の痴呆や老衰など演技することも指すが、愚かな作戦行動を故意に行うことや、軍事力を隠蔽して低く見せることで敵を油断させて後に叩く戦術も指す。(静不露机,云雪屯也)」
とあって,弱小を装うというのもあるらしい。曰く,
「『癫』は狂うことであるが、この語は、偽装は『癫』でなく「痴」によらなければならないことも示している。すなわち、『癫』を演じて、是非善悪、損得が一切関係ないように動き続ければ、何らかの偽装で行っているのではないかと敵に看破されやすい。『痴』つまり『知らない、分かっていない、気づいていない』を前提にしつつ、振舞いとしては合理的である(ただし愚かな結果にはなっている)ほうが、第三者から見て自然であるため、より敵を欺きやすい。」
のだそうである。
「癲」の字の「顛」の「真(眞)」は,
匕(さじ)+鼎の会意文字,
で,鼎の中に些事でものをみたすことをあらわす。後に,「人+首の逆形」の会意文字となり,人が首をさかさにして頭の頂を地につけ,倒れることを示す。「顛」は,「頭+眞(さかさまにしてみたす,たおれる)」で,真の本来の意味を表す。「疒+顛」は,
倒れる,
さかさになる,
という意味で,「癲」は,
精神が狂って倒れる,
気が狂う,
という意味になる。「痴(癡)」の「疑」は,
留まって動かないこと,
思案に暮れて進まないこと,
という意味で,「疒+疑」は,
何かにつかえて智恵の働かないこと,
という意味になる。「痴」は,その俗字。
確かに,狂うより,痴を装う方がいいのかもしれない。しかし,規格外の言動は,常識の目からは,逸脱,痴に見える。
をこについては,「をこ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%92%E3%81%93%EF%BC%88%E3%81%8A%E3%81%93%EF%BC%89)で
触れた。「をこ」もまた,単なる愚かではない。また東西の「あほ・ばか」の言語感覚差については,アホ・バカ分布図(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%A2%E3%83%9B%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%AB%E5%88%86%E5%B8%83%E5%9B%B3)
で触れた。しかし,うつけは,必ずしもあほ,ばか,ではない。
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わくわくは,擬態語である。
興奮して心が落ち着かず,胸が躍る状態,
を表す。『語感辞典』には,
嬉しいことを前にして期待で心が弾み,じっとしていられない意,
とあり,本来は,
「余りの期待で胸が高鳴るような場合に用いるが,近年,単に楽しみに待つ,という程度の軽い意味で頻用される」
とある。すこし「わくわく」のハードルが下がって,安売りされている,ということらしい。『古語辞典』には載っていないが,『大言海』には,
悶えて心の落ち着かざる状,又は,心の動揺する状に云う,
とあり,少しニュアンスが違う。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/wa/wakuwaku.html
によると,
「ワクワクは,水などが地中からでるさまや,物事が急に現れるさまを意味する『沸く』から生まれたと考えられる。『沸く』は,『興味がわく』など感情が生じる際にも使われ,心の中から外へ激しく現れる感情やその様子を「ワクワク」と表現したものであろう。江戸時代には『わくつく』という語があり,『ワクワクする』という意味で使われていた」
とある。確かに,「わくつき」という言葉が,『古語辞典』には出ているが,どうも事態は逆ではないか。
わくわく
という表現があって,初めて,そういう感情になるのを,
わくつく,
と表現した,というのが,たとえば,
むかむか,
から,
むかつく,
となるように,自然に思える。第一,「沸く」という字を当てているのは如何なものか。「わく」には,
涌く
沸く
湧く
とあって,語源は,「曲(わ)+く」で,曲流地で水泡(みなわ)が上がってくるのが語源,とされる。それが転じて,湧水がわく,湯がわく,となる。それを,
「沸」は,泡が左右に押し退けて出ること
「湧(元は,涌)」は,下から上へ突き通して水がわき出ること
の漢字に当てはめて,使い分けている。しかし「わくわく」のニュアンスは,湧いたり,沸いたりする,感情が突出する状態とは違うのではないか。心が内で外へ出ようと沸き立っているが,それが外へ出ない状態と言っていい。その意味で,「沸く」説は,こじつけっぽい。
前に,「々,ゝ,〱,ゞ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%80%85%E3%83%BB%E3%82%9D)といった踊り字に
ついて書いたように,
すらすら,
さらさら,
すくすく,
しずしず,
にやにや
といった,くりかえしの「わく」自体には意味不明なことが多い。でも,わくわく,という表現が,心躍る様子をよく示す。これを,
わくわく
か
ワクワク
か,
の表記の差で,微妙に,わくわく度が違う。カタカナ表記の方が,僕には,踊る擬態がよく出ている気がする。
わくわくの類語は,
いそいそ
浮き浮き
ときめき
ドキドキ
胸キュン
ルンルン
等々,擬態語としては新旧さまざまあるが,
胸を躍らせる
期待を膨らませる
胸を高鳴らせる
胸をときめかす
胸弾ませる
等々と記述するよりは,はるかに,内からの心の弾みが伝わる,擬態語の効果を感じる。
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目的は,辞書によれば,
実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。
倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの。
といった意味が出る。しかし,これでは意味がよく見えない。目標とどう違うか,というと,
目的」は、「目標」に比べ抽象的で長期にわたる目あてであり、内容に重点を置いて使う。
「目標」は、目ざす地点・数値・数量などに重点があり、「目標は前方三〇〇〇メートルの丘の上」「今週の売り上げ目標」のようにより具体的である。
と,まあ不得要領である。しかし, 「目標設定のリーダーシップ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/prod06200.htm#%E7%9B%AE%E6%A8%99%E8%A8%AD%E5%AE%9A%E3%81%AE%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97-%EF%BC%91-)に書いたように,図解すれば,一目瞭然,
目標は目的の手段の一つ,
であり,目標は,相対的に下位の目標から見れば,目的になる。
目的・目標,
という表記の仕方は,紛らわしいが,その意味では,当を得ている。つまりは,ツリー状に表現すれば,レベルが違うのである。
アリストテレスは,
「物事の終り、すなわち物事がそれのためにでもあるそれ(目的)をも原因と言う。」
と,言ったそうだが,僭越ながら,順序が逆である。「どうすれば問題は解決できるか」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/prod0961.htm#%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%99%E3%82%8C%E3%81%B0%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AF%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%8B%EF%BC%92)で表現したように,原因が束になって結果をもたらす。
原因・結果のツリー,
は,
目的・手段のツリー,
の真逆になる。結果が目的で,それをもたらす手段が原因群,となる。
この目的は,
意味,
と置き換えることができる。
意味づけ,
である。その究極は,目的論的な考えで,
自然の諸事物のうちにさまざまな神の意図があるとする,
のもそれで,その関連に,宇宙論にある,
人間原理,
である。それについては,「人間原理」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-6.htm#%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%8E%9F%E7%90%86)
で触れた。これも,意味づけの一種である。また,ジェームズ・J・ギブソンの提唱する,
アフォーダンス,
もまた,環境に見つける,意味・価値である。ただの石ころも,椅子代わりに見えるような,見つけ出した意味である。
前にも触れたが,人の認知形式,思考形式には,
「論理・実証モード(Paradigmatic Mode)」
と
「ストーリーモード(Narrative Mode)」
がある,という。前者はロジカル・シンキングのように,物事の是非を論証していく。後者は,出来事と出来事の意味とつながりを見ようとする。
ドナルド・A・ノーマンは,これについて,こう言っている。
「物語には,形式的な解決手段が置き去りにしてしまう要素を的確に捉えてくれる素晴らしい能力がある。論理は一般化しようとする。結論を特定の文脈から切り離したり,主観的な感情に左右されないようにしようとするのである。物語は文脈を捉え,感情を捉える。論理は一般化し,物語は特殊化する。論理を使えば,文脈に依存しない凡庸な結論を導き出すことができる。物語を使えば,個人的な視点でその結論が関係者にどんなインパクトを与えるか理解できるのである。物語が論理より優れているわけではない。また,論理が物語りより優れているわけでもない。二つは別のものなのだ。各々が別の観点を採用しているだけである。」(『人を賢くする道具』)
要は,ストーリーモードは,論理モードで一般化され,文脈を切り離してしまう思考パターンを補完し,具象で裏打ちすることになる。つまり,ロジックだけでは,生きる意味,つまり,
倫理,
が宙に浮く気がするのであろう。宗教から始まって,あらゆるところに,生きている意味が浸透する。
それは悪いこととは思わない。ただ,自分の人生に意味を付けるのは,結果なのであって,
意味があるから,生きる,
のでも,
意味を見つけたいから,生きる,
のでもない。おのれの為すべきことを為すために,
淡々と生きる,
その結果に意味がついてくる,と僕は思うのである。
何かのため,
でも,
誰かのため,
でもなく,おのれ自身の生きるために,生きる,それでいいのではないか。
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視界というのは,
目で見通すことのできる範囲。視野。
という意味で,眼や光学機械の見える範囲,を指す。見える限界,である。そのアナロジーで,
考えや知識の範囲。
という意味に外延が延びる。同義語とされる,視野は,
眼を動かさずに知覚できる周辺視の範囲,
という意味らしく,
外界の一点を凝視するとき、その点を中心として見える範囲。
という意味で,その制約下で,
視力の及ぶ範囲
という意味になる。その意味で,比喩的に,
物事を考えたり判断したりする範囲,
という意味も,視野でいうのに比べると,少し固定点という制約がある。
こまかいところを別にすれば,
眼の利く範囲,
ということになる。記憶で書くが,「視圏」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E8%A6%96%E5%9C%8F)
でも触れたが,和辻哲郎は,『鎖国』で,
視圏,
という言葉を使っていた。それは,単なる,
視野拡大,
ではなく,
視圏拡大,
というとき,和辻は,
未知の世界への好奇心,関心,
という意味で使っている。その背景にあるのは,
日本民族が何ゆえに世界的視圏を獲得し得ず,したがって,近世の世界の仲間入りをなしえなかったか,
という和辻の問題意識と軌を一にしている。それは,単に,
視野
だけではない,そのアナロジーとしての,
知力,
をも含意している。その意味で,僕は,視圏を,単なる,
視野の広がり,
だけではなく,その,
視線の射程,
がどこまで届いているか,ということを含意している,と思っている。
因みに,「視」の字は,
みる,
という意味と,
なぞらえる,
という意味があるが,原義は,「真直ぐ見ること」という意味である。「野」の字は,
延び広がった郊外の地,
という意味で,「予」は,□印のものを横に引き伸ばし,伸びる意で,「野」は,
横に伸びた広い田畑,野原,
のことを指す。「界」は,
さかい,
という意味で,「介」が,人が中に割り込んで,両側に分けるという意味で,「界」は,
田畑の中に区切りを入れて両側に分ける境目,
の意味。その意味で,視界は,視野のぎりぎりの限界を指すと言っていい。「圏」は,
おり,
や
かこい,
を意味する。「圏」の「巻」は,
「釆(ばらまく)+両手+人が体を曲げた姿」
の会意文字。手や体を軽く巻くことで,「拳」や「捲」の原字。で,「圏」は,
まるく囲んでで取り巻く,
という意味。視界は,あくまで,
視点から見えている範囲,
つまり,パースペクティブを指すのに対して,視圏は,
その全体圏内,
を指している。その意味では,視点が,メタ・ポジション,というか,俯瞰視点に立つ。この視座(物を見る立ち位置)が取れなかったことを,和辻は,世界史の中に織り込んだ日本史を振り返りつつ,日本の鎖国への道を,「国を鎖(と)ざす行動」と呼んで,なげく。
その意味で『鎖国』のサブタイトルが,「日本の悲劇」となっていることは,象徴的である。いま,70年たって,敗戦の苦しみを忘れたかのように,またぞろ自己完結した自己賛美の中にあることを思うと,和辻の格闘は,結局実を結ばなかった。しかし,マルクスではないが,
一度目は悲劇,二度目は茶番,
である。正確に引用するなら,
「ヘーゲルはどこかでのべている。すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ,と。一度目は悲劇として,二度目は茶番として,と。かれは,つけくわえるのをわすれたのだ。」
と。ここで茶番と言っているのは,言うまでもなく,シャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン三世)のことである。
参考文献;
和辻哲郎『鎖国』(岩波文庫)
カール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(岩波文庫)
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ゆるがせは,
忽(せ)
と当てる。まあ,ふつうは,
ゆるがせにしない,
といったふうに使う。辞書(『広辞苑』)には,
イルカセの転。室町時代まで清音,
とあり,日葡辞典には,「ユルカセ」として,
「一字一句ユルカセにしない」
という用例が出ているらしい。意味としては,
心をゆるめるさま,
おろそかにするたま,
いいかげんなこと,
なおざり,
粗略,
とある。この意味の幅は,なんだろう。『古語辞典』には,同様の注記の後,
物事をいい加減にすること,
なおざり,
おろそか,
のほかかに,「また」と加えて,
のんびり構えてあくせくしないこと,
とある。この意味の幅も大きすぎる。「ゆるかせ」の語源としては,
いるかせ(おろそかにする)の変化,
「緩い枷」で,閉め方がいい加減,
の二説があるようだが,前者が通説のようだ。『古語辞典』には,事実,「いるかせ」という項に,
なおざり,
おろそか,
の意が載っている。しかし,『大言海』は,「ゆるがせ」について,
「縦(ゆる)すの意」
とあり,意味として,
心を縦にして,
おろそかに,
粗忽に,
なおざりに,
投げやりに,
いるがせに,
とあり,「忽諸(いるがせ)の項を見よ」とある。そこには,
緩めて厳かならぬを云ふ,諸は助字なり,
とあり,ゆるがせともいう,として,
おろそかに,
なおざりに,
そこつに,
等々,似た意味が載っている。しかし,忽諸を,
なおざり,
と訓ませるのは当て字で,「忽諸」は,
こっしょ,
と訓み,
忽ちに尽きること,
軽んずること,おろそか,にすること,
という意味がある。『大言海』も,「こっしょ(忽諸,忽緒)」(あるいは勿緒とも)が載っていて,
忽ち,尽きること,消滅すること,
の他に,ゆるがせにすること,といった意味が載る。どうやら,
たちまちに滅び尽きる意,
が転じて,軽んじること,ないがしろにすることとなったようだ。
心を緩めて,ぼんやりしていると,忽ち,時は過ぎ,結果として,なおざりにしたというか,投げやりにしたことになり,その付けは,粗忽といわれることになる,といった流れなのであろうか。
「忽」という字は,勿(ぶつ)が吹き流しがゆらゆらしてはっきり見えないさまを描いた象形文字で,それに心を加えて,
心がそこに存在せずはっきりしないまま見過ごしていること,
を意味する。だから,
うっかりしているまに,
たちまち,
いつのまにか,
という意味であり,それは,心がうつろで,ぼんやりしていることに,さらには,ゆるがせにする,気に留めずほっておく,となる。その時間は,「忽」が単位として,
一の十万分の一,微の十倍,
ということからすると,ほんのまばたきの間,ということになる。
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かりそめは,
仮初(め)
とか
苟且
と当てる。
その場限りである・こと(さま)。一時。 「 かりそめの縁(えにし)」 「 かりそめの恋」等々,
さして重大でないこと。ふとしたこと。また,そのさま。 「 かりそめの病」 「かりそめに思ひたちて」等々,
軽々しい・こと(さま)。おろそか。ゆるがせ。 「 かりそめにする」 等々,
といった意味と,使われ方をする。語源的には,
「仮+染め」で,試し染めの意。まにあわせの,ちょっとしたなどの意に転じる,
という説と,もうひとつ,
「仮様」の音韻変化で,カリサマ,カリソマ,カリソメと変った,とする。一時的という意味になる,
仮初は,当て字,というが,苟且は,
こうしょ
と訓み,
その場かぎりの間に合わせであること,
かりそめなこと,
と,「かりそめ」という意味で使うが,中国語の苟且は,
いい加減な(苟且偷安)
とか
目先の安逸をむさぼる,
あるいは,
(男女の関係について)いかがわしい(苟且之事)
とか
いかがわしいこと.
という意味らしいと,
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/cj/8685/m0u/
にあり,苟且をかりそめと訓ませる意味とは少し違うのではないか,と思ったが,手元の『字源』では,
かりそめ
なおざり
と意味が出ていて,どうも少し混乱させられる。しかし,「苟且」の「苟」の字自体は,「いやしくも」とも訓ませるが,
かりそめ
まにあわせ
という意味で,「苟」の「句」は,
勹(つつむ)+口
の会意文字で,ちいさくくぎって丸める,という意味。「艸」をつけて,
草で縛って丸める,
小さくまとめる,
というのが原義。因みに,「且」は,
物を積み重ねた形を描いた象形文字で,ものを積み重ねること,転じて,重ねての意の接続詞となる,
とあり,
物の上に仮にちょっとのせたものの意から,とりあえず,間に合わせの意にも転じた,
ともあり,「且」の字自体にも,かりそめ,一時的の意味がある。その意味では,「かりそめ」に苟且の字を当てたのは,中国語の意味からそう訓むませた,というのが妥当で,中国語では,その意が転じたのだと考えることができる。
ところで,「かりそめ」の原義について,『古語辞典』は,
仮り染めの意,本式ではなく,ほんの一時的なものとして色をそめること,すぐ色あせて消えやすい,
と,「仮り染め」説を取る。『大言海』は,
かりさまの転,ひさめく,ひそめく,あめ,あま,
と,例をあげて,「かりさま」説を取る。語源はともかく,いまは,多くは,
かりそめにも
という使われ方が残る程度ではないか。そこでは,
(あとに打消しの語を伴って)打消しの意味を強める語。決して。仮にも。「かりそめにも法を犯してはならない」
わずかでも。いささかでも。仮にも。「かりそめにも逆らう者があれば罰せられる」
十分でないにせよ,事実としてそうであることを表す語。いやしくも。仮にも。「かりそめにも常識ある大人である以上、そんなまねをするはずがない」
等々。しかし,「かりそめ」が使われなくなるにつれて,その語の語感から,一時的とか応急とか,一時しのぎ,という意味よりは,仮に,という意味が強調すると,
泡沫
夢幻
幻
といったニュアンスが滲んでくる気がする。
かりそめの恋
というとき,そこには,一時的というニュアンスとは違う語感がある。
移ろいやすく,壊れやすい,
というはかなさが際立ってくるような気がしてならない。それが仮り染めにしろ仮様にしろ,原義のもつ意味合いに近いのではないか。
上へ
作家の中沢けい氏が,ツイッターに,安倍首相の行動を,先日,
「ふるさとへ廻る六部は気が弱り」
という古川柳で,皮肉っていた。
先日,安倍首相は,国会開催中にもかかわらず,百地章,宮家邦彦,竹田恒泰といったお仲間の論者が出いてる番組,「そこまで言って委員会」に出演し,「左翼くん」とかといったキャラクターまで登場させて,抗議する人々を揶揄していた。
それにしても,その安倍首相の行動を,
「ふるさとへ廻る六部は気の弱り」
とはうまいことを言うと,感心した。さすが,作家である。そう言えば,
子曰く,士にして居を懐(おも)うは,以て士と為すに足らず,
つまり,士でありながら生まれ故郷に惹かれる人間は士ではない,と孔子が言っていたことに通じる。あるいは,「居安からんことを求」めたり,「土(故郷)を懐」ってはならない,と。
「ふるさとへ廻る六部は気が弱り」は,江戸の川柳らしいが,不勉強の僕は知らなかった。で少し,調べてみた。
六部とは,六十六部が正式で,
「法華経を66回書写して、一部ずつを66か所の霊場に納めて歩いた巡礼者。室町時代に始まるという。また、江戸時代に、仏像を入れた厨子(ずし)を背負って鉦(かね)や鈴を鳴らして米銭を請い歩いた者。」
を指す。略して,六部(ろくぶ)と呼ぶ。辞書(『広辞苑』)には,六十六部について,
「廻国巡礼の一つ。書写した法華経を全国66ヵ所の霊場に一部ずつ納める目的で,諸国の社寺を遍歴する行脚僧。鎌倉末期にはじまる。江戸時代には俗人も行い,鼠木綿の着物を着て鉦を叩き,鈴を振り,あるいは厨子を負い,家ごとに銭を乞いて歩いた。六部。」
と詳しい。『古語辞典』には,上記に加えて,
「中世から近世にかけてそれ専門の聖を生じ,近世後期に入ると,一般の庶民も行い,時に乞食の渡世ともなった」
とある。江戸時代の川柳は,乞食渡世を指しているのかもしれない。六部笠というのがあって,
藺製の笠。中央と周りを紺木綿で包む,
とある。
http://members.jcom.home.ne.jp/k-fujikake/sld135.htm
によると,廻国聖は
「巡礼中、ふと故郷を思えば、気の弱りを覚える」
とあり,その辺りの心理の機微を含めて,中沢氏は皮肉った。さらに,こうある。
「巡礼の六部に宿を提供するのは善事とされたが、泊めた六部の持っていた金品に目がくらんで、『六部殺し』が起きる。この伝承が全国に分布している。」
六部殺し(ろくぶごろし)は,
「日本各地に伝わる民話・怪談の一つ。ある農家が旅の六部を殺して金品を奪い、それを元手にして財を成したが、生まれた子供が六部の生まれ変わりでかつての犯行を断罪する、というのが基本的な流れである。最後の子供のセリフから、『こんな晩』とも呼ばれる。」
とある。この話には,大体こんな感じらしい。
「ある村の貧しい百姓家に六部がやって来て一夜の宿を請う。その家の夫婦は親切に六部を迎え入れ、もてなした。その夜、六部の荷物の中に大金の路銀が入っているのを目撃した百姓は、どうしてもその金が欲しくてたまらなくなる。そして、とうとう六部を謀殺して亡骸を処分し、金を奪った。
その後、百姓は奪った金を元手に商売を始める・田畑を担保に取って高利貸しをする等、何らかの方法で急速に裕福になる。夫婦の間に子供も生まれた。ところが、生まれた子供はいくつになっても口が利けなかった。そんなある日、夜中に子供が目を覚まし、むずがっていた。小便がしたいのかと思った父親は便所へ連れて行く。きれいな月夜、もしくは月の出ない晩、あるいは雨降りの夜など、ちょうどかつて六部を殺した時と同じような天候だった。すると突然、子供が初めて口を開き、『お前に殺されたのもこんな晩だったな』と言ってあの六部の顔つきに変わっていた。」
ここまで読んで思い出したが,「かつて殺した相手が、自分の子供に生まれ変わり、罪を暴く言葉を発する」というモチーフに似たもので, 確か,落語に,『もう半分』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%81%86%E5%8D%8A%E5%88%86
という噺がある。
「夫婦で営む江戸の居酒屋に、馴染みの棒手振り八百屋の老爺の客がやって来た。老爺は,いつものように『もう半分』『もう半分』と,半杯ずつ何度も注文してちびちびと飲み、金包みを置き忘れて帰って行った。夫婦が中を確かめると、貧しい身なりに不釣合いな大金が入っている。しばらくすると老爺が慌てて引き返し、娘を売って作った大事な金だから返してくれと泣きついた。しかし、夫婦は知らぬ存ぜぬを通して追い出した。老爺は川へ身投げして死んだ。その後、奪った金を元手に店は繁盛し、夫婦には子供も生まれた。だが、子供は生まれながらに老爺のような不気味な顔で、しかも何かに怯えたように乳母が次々と辞めていく。不審に思った亭主が確かめると、子供は夜中に起き出して行灯の油を舐めている。『おのれ迷ったか!』と亭主が声を掛けると、子供は振り返って油皿を差し出し『もう半分』」
http://www.ndsu.ac.jp/department/socio/blog/2015/05/post-10.html
には,
「六部は諸国をめぐり、佐渡へ来るとここへ泊まっていました(六部のなかには諸国遍歴を続ける職業的な巡礼者がいました)。ある時、また佐渡にやってきて酒屋を訪れると、すでに娘には先客がいる。六部は純情だったのでしょう、男は自分一人だと思っていたから、怒り、酒蔵に火を放ちます。ところがこの日は、西から入ってくる風、土地でいうシモタケエ(下高い)風が強く吹く日でした。火はその風にあおられ、村を斜めに舐めるように燃え広がって、とうとう90戸の村のうちの70戸までを焼いてしまいます。
六部は相川道を北に逃げました。村を見下ろせる場所まで来て石に腰を下ろし、『あぁ、大火にしてしもうたやあ。こんなに大事になるとは思わんかった。酒屋ばかり焼くつもりやったが』とつぶやいたそうです。これを聞きつけたのが消火の加勢にやってきた隣村の火消しでした。火をつけたのはお前か、とばかり、道の下の滝壷へ六部を突き落としました。それきり六部の身体はあがらなかったということです。六部が落とされた場所は、いま『坊さん落とし』と呼ばれています。」
という話が載っている。それにしても,六部殺しが,あちこちで伝承されているのは,何か曰くがあるに違いない。
「集落の外からやって来る旅人は異人(まれびと)であり、閉鎖的な農村への来訪者はしばしば新しい情報・未知の技術・珍しい物品をもたらす媒介者であった。福をもたらす存在として客人を歓待し、客人が去った後に繁栄を得る『まれびと信仰』に根ざした民話は、古くから各地に存在する。一方で、円満に珍品を譲り受けるケースばかりでなく、客人とトラブルを起こし、強引に奪い取って繁栄を達成したケースもある。六部殺しは、こうした『まれびと殺し』の類型に属す。」
との説明があるが,記憶なので確かでないが,村々には,無料で泊まれるお堂があり,そこの落書きに時代が読める,云々というのを読んだ記憶がある。調べると,
惣堂,
あるいは,
草堂,
というらしく,
惣堂は 案内なくて 人休む
という句があるらしい。
それはある意味,村の中へ入ってくるのを避けるために(事実往来の人を泊めてはならぬという禁制もあったらしい),そういう場所を設置したというふうにも読めるか(謡曲『鵜飼』ではそういうお堂で鵜飼の亡霊に出会う)。なかなか奥が深い。
参考文献;
http://www.ndsu.ac.jp/department/socio/blog/2015/05/post-10.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%83%A8%E6%AE%BA%E3%81%97
http://members.jcom.home.ne.jp/k-fujikake/sld135.htm
藤木久志『中世民衆の世界』(岩波新書)
上へ
鬼女とは,普通,
きじょ
おにおんな
と訓み,辞書(『広辞苑』)では,
女の姿をした鬼,
あるいは,
人間の女性が鬼と化した妖怪,
とか
(メタファとして)鬼のように残酷な女,
というのが普通の意味。ウィキペディアでは,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%A5%B3
「鬼女は、日本の伝承における女性の鬼。一般には人間の女性が宿業や怨念によって鬼と化したものとされ、中でも若い女性を鬼女といい、老婆姿のものを鬼婆という。」
とある。しかし,昨今では,ネット上に存在し,
2ちゃんねるの板の一「既婚女性板」で使われている既婚女性の略の当て字,
を指すという。その板のことを「鬼女板」とも言うそうである。これは,
「既婚女性(キコンジョセイ)」を略して「キジョ」。そのイメージから「キ=鬼」として,「鬼女」となった,
と言われる。僕は,2チャンネルには疎いので,
http://imimatome.com/netyogonoimi/kijo.html
http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%AC%BC%E5%A5%B3
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%B4%BD%F7
等々を参考にしつつ,お勉強させていただいた。
2ちゃんねるには「既婚女性板」について,
「2ちゃんねるの既婚女性・主婦(というか鬼女板の住人)はなかなか過激で、新聞では報道されないようなことも突き止めて広めたり、嫉妬心のようにアイドルのブログを常に監視し、隙あれば批判や特定作業に取り掛かり、あっというまに個人情報を広める恐ろしい存在でもあります。(もちろん、全員ではなく一部の人ではありますが)
また、リアルでも売国企業へのデモを行うなど、行動力は見習うものがあり、『女を怒らせると恐い』と実感させられます。」
等々とあり,なかなかその探索力と言い,行動力と言い,学生やニートとはまったく異なるネット種族のようである。聴いたところでは,あるタレントのブログ写真のボンネットに映った映像から,住所を特定したり,いじめ子の親を特定して公表したり,という側面がある一方,今回のエンブレム事件でいうと,IOC組織委員会が,佐野氏の原案を発表した数時間後には,その写真の元写真を突き止め,コピーライトの一文が削除されていることを明らかにしている。たとえば,
「室内で撮られた写真の窓からみえる鉄塔と山の形、コンビニの看板から住所を割り出した」(の形が地域で違うらしい)
「写真に写ってた鉄棒の棒の形と長さだけから学校の名前と場所を突き止めた」
「ブログの文脈からその女性の働いてる衣料品メーカーを見つけ出した」
等々。もちろん行き過ぎもあり,佐野氏のメールアドレスを公開したことで,それを使った嫌がらせメールや偽注文等々悪意ある行動などが家族まで及ぶというのを誘発したという側面はある(それが辞退の引き金になった)。
それにしても,そのネットでの力量は瞠目される。僕自身は,最近それを知ったばかりで,ただただ驚くばかり。
「既婚女性板とは、主婦が集う2ちゃんねるの板であるが、やや主観的な過激な内容の多いことでも知られる。ネット上の様々な情報機関に特攻する点ではVipperにも似るが、そこに主婦層独特の目線が入る事が特徴で、ワイドショー的なネタには特に敏感かも知れない。」
とか,「インターネットの書き込みを見ただけでは本当に既婚女性かどうかは判断ができないため、ネカマや他の板からの出張の人も多いと予想される。」との指摘もあるが,
「外部サイトで鬼女が話題となるのは時事ネタ系のスレッドが多いが、そういった時事ネタ系のスレッド以外ではほのぼのした書き込みも多い。」
「既婚女性と聞くと素敵な奥さんを想像しがちであるが、鬼女板はワイドショーのノリに近い、噂や愚痴の掃き溜めになっている。」
等々と言われ,通常は,ママ友感覚というか井戸端会議的な話題が中心,らしい。ただ,「鬼女」と命名されるだけのものがあるらしく,
「既婚女性板の住民が鬼女として特に恐れられる理由として、鬼女たちによる異様なまでのリサーチ力が挙げられる。ひとたび鬼女板住民を怒らせたが最後、ブログやSNSなどを元に、住所や実名、電話番号などなどの個人情報を悉く特定され、丸裸にされてしまう。
一例として、大津市の中学生いじめ自殺事件では、加害者少年の転出先や父親の取引先まで突き止めたり、視聴者を『あんたら』呼ばわりしたフジテレビ社員のフェイスブックやブログから、写真をサルベージし、ディレクター時代に視聴者プレゼント用グッズを横流ししていた事実まで特定」
したと言われ,
「Twitter/ブログ/テレビなどでうかつな発言をした個人・団体を激しく叩く書き込みや、個人情報がネット上に流出したりすることを『祭り』というが、その祭りの中で発覚する情報住所や本名、勤務先などを独自に調査し公表しているのは鬼女であることが多い。その調査対象は本人のみならず、家族の写真や愛車に及ぶこともある。」
等々,是非はあるにしろ,端倪すべからざる力技の様である。
かつてネット時代は,個々人が発信する力をつける時代が来る,という予言がされていた記憶がある。ツイッターやフェイスブック,ブログという媒体に注目が向きがちだが,逆に,探索していく素材が,ネット上,全世界に広がっているということであり,嘘とねつ造はすぐに化けの皮が剥がれる。「フォーカスする」という言葉が,かつてあった写真週刊誌から造語されたことがあったが,いまや,個々人が,フォーカスできるということを,今回のエンブレム事件は,思い知らせてくれたようだ。
鬼女がこれだけの実績と力を持っている理由として,こんな記述があった。
「会社員と違い、昼間に暇な時間があること
ニートと違って行動力があること
学生と違って活動資金を持っていること」
が挙げられる。また,
「結婚前にバリバリと様々な仕事をしていた人たちがいることから、誰かが情報収集や突撃に必要なスキルや知識を持っていること、さらに会社や子供の付き合いでリアルなネットワークも兼ね備えていることも挙げられる。何気に高学歴の人も多い。」
とのことだ。鬼女の歴史について,
「元はニュー速という板の祭りで培った情報収集のノウハウだったがニュー速では廃れていき、鬼女に伝承された形になっている。
元々鬼女はニュー速に潜伏しており、昔は男のふりをしてレスしたりROM専であった。祭りの度にニュー速情報解析班が行う解析のノウハウを見たり教えてもらいながら参加していたが、やがてそれを鬼女板に持ち帰り、さらに磨きをかけていった。その頃の鬼女板はブラクラを貼っただけでウィルスだと思ってクリーンインスコしなおすような住民が多かったが、IT関係で働く奥様も参入してきてかなりレベルアップしたなと感心していたらあっというまにああなった。」
との記事もあった。老耄には,言葉そのものもわからないところがあるが,
「祭りが見つかると大量のカレーを作って小分けにして冷凍保存
カレーが切れるまで、ずーっと対外戦闘
身内からクレームが来たら、カレーパスタで応戦
何か祭りの時は夕食の時間を削減出来るように
日持ちするカレーだのシチューだのにするらしい」
とある。
「不自然にカレーが続いたらもしかしたらお前らのカーチャンも… 」
と。一種のストレス発散でもあるが,職人的な探究という側面もある。僕のような年寄には,近寄りがたいが,新しい人種なのではないか。
参考文献;
http://imimatome.com/netyogonoimi/kijo.html
http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%AC%BC%E5%A5%B3
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%B4%BD%F7
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%A5%B3
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カリスマ(Charisma)とは,
預言者・呪術師・英雄などに見られる超人的・超自然的な才能、能力のこと。または、それらの能力を持った人。
人々を率いて、時代に大きな変革をもたらす力、またはそれを持った人。
(超自然的な能力を持っているかのように)人を惹きつける魅力、またはそれを持っている人。
といった意味だが,辞書(『広辞苑』)には,
「(神の賜物の意)超人間的・非日時用的な資質。英雄・預言者などに見られる。カリスマ的資質をもつものと,それに帰依するものとの結合を,マックス・ウェーバーはカリスマ的支配と呼び,指導者による支配類型の一つとした。」
とある。まあ,僕には縁のないことだが,ときに,これをリーダーシップに持ち込むヒトがいるために,話がややこしくなる。しかし,
リーダーにカリスマ性はあるが,リーダーシップにカリスマ性はない。
なぜなら,リーダーシップは,
スキル,
だからである。ことの巧拙,出来不出来,成熟未熟はあるとしても,だ。
M・ウェーバーは
カリスマ的支配
合法的支配
伝統的支配
という支配の三類型として構想した,という。 カリスマ的支配とは,
「『特定の人物の非日常的な能力に対する信仰』によって成立している支配で、その正当性は、カリスマ的な人物の『呪術力に対する信仰、あるいは啓示力や英雄性に対する崇拝』に基づく。そして『これらの信仰の源は、奇跡あるいは勝利および他の成功によって、すなわち、信従者へ福祉をもたらすことによって、そのカリスマ的な能力を実証することにある』。
カリスマ的支配は、偉大な政治家・軍人・預言者・宗教的教祖など、政治や宗教の領域における支配者・指導者に対して用いられ、被支配者・被指導者は支配者・指導者のカリスマ的資質に絶大の信頼を置いて服従・帰依するのである。政治的カリスマでは『軍事カリスマ』と『雄弁カリスマ』が、宗教的カリスマでは『預言カリスマ』と『呪術カリスマ』が歴史上重要である。」
と,ウィキペディアにはある。
ここからは,妄想だが,そういうカリスマ性は,その心理的な影響下にある人間に対しては,強い支配性,指導性をもつが,その支配圏外の人間には,そのカリスマ性は及ばない。それは,リーダーではあるが,リーダーシップではない。もちろんその強いリーダー性が,他へ強い影響を与え,結果としてリーダーシップを発揮することがあるかもしれないが,それは,リーダーシップの本質ではない。
リーダーシップとリーダーシップとを分けることについては,
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba4.htm#%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97,
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba4.htm#%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%92%E3%81%A8%E3%82%8B%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9,
等々で触れたし,リーダーシップとは何かという本質に関わることは,「リーダーシップとは何か」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba4.htm#%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%92%E3%81%A8%E3%82%8B%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%96%B9)
で整理したので,あるいは,繰り返しになるかもしれないが,リーダーシップは,
文脈依存,
だということが一番強い。あるいは,
状況依存,
と言い換えてもいい。いつでもどこでも,共通したリーダーシップがあるのではない。その面で言えば,
リーダー像
は,普遍的かもしれないが,リーダーシップは違う。
リーダーは,チームや組織,集団のパフォーマンスを上げることだ。しかし,リーダーシップはそれとは別だ。その人が,ヒラであろうと,チームリーダーであろうと,役員であろうと,トップであろうと,決して自己完結せず,その問題,その目的を実現するために,必要な人に働きかけ,その人のサポートを得て,それを実現していくことは必要である。そのとき,
リーダーシップ
がいる。それを,
「リーダーシップとは,トップに限らず組織成員すべてが,いま自分が何かをしなければならないと思ったときに(それを覚悟という),みずから旗(何のためかという意味と目的)を掲げ,周囲に働きかけていくことでなくてはならない。その旗が上位者を含めた組織成員に共有化され,組織全体を動かしたとき,その旗は組織の旗になるのであり,リーダーシップにふさわしい地位や立場があるわけではない,ましてやリーダーシップにふさわしいパーソナリティがあるわけではないのである。でなければ,だれも,人を動かせない。このままではいけない,何とかしなくてはならないという思いがひとり自分だけのものではないと確信し,それが組織成員のものとなりさえすれば,リーダーシップである,と考えるところから,リーダーシップを詰めて行かなくては意味がない。」
という言い方をした。これに尽きると,思う。ここに,カリスマ性を入れたければ入れてもいいが,それは本質ではない。
たとえば,ヤマト運輸の二代目社長・小倉昌男氏は,「宅配便の規制緩和を巡り、ヤマト運輸が旧運輸省(現・国土交通省)、旧郵政省(現・日本郵政グループ)と対立した際、企業のトップとして先頭に立ち、官僚を相手に時には過激なまでの意見交換をし…理不尽な要求に毅然として」立ち向かったが,これこそが,トップのリーダーシップである。
要は,トップであれ,平であれ,その人が置かれているシチュエーション,つまり文脈の中で,
自分が何をするためにそこにいるのか,
そのために自分がすべきことは何か,
にどう考えるかに,その人のリーダーシップは依存している,と思う。その文脈の中で,
本当に解決すべきことを,解決できる人を巻き込んで,解決しようとしたかどうか,
がリーダーシップの根幹なのだ。その是非は,その人の文脈の中でしかわからない。だからこそ,そこで,自分が,
何をするためにそこにいるのか,
いま自分がしなくてはならないことは何か,
そのために誰を動かせばいいか,
を本人がわかっているかどうか,
その上で,
いま,自分がすべきことを実現するために,どの人に,どう働きかければいいのか,
をはかっていけるかどうかが,問われている。それができるかどうかは,一般論で語っている限り見えてこない。
実は,これは,アージリスの言う能力と深くかかわる。アージリスは,能力に,
コンピタンス
と
アビリティ
があるとした。コンピタンスとは,
それぞれの人がおかれた状況において,期待される役割を把握して,それを遂行してその期待に応えていける能力,
であり,ある意味,役割期待を自覚して,そのために何をしたらいいかを考え実行していける力であり,その先に,いわゆるコンピテンシーが形成される。つまり,それは,
自分がそこで“何をすべき”かを自覚し,その状況の中で,求められる要請や目的達成への意図を主体的に受け止め,自らの果たすべきことをどうすれば実行できるかを実施して,アウトプットとしての成果につなげていける総合的な実行力,
である。アビリティとは,
英語ができる,文章力がある等々といった個別の単位能力,
を指す。これが,仕事をする能力とするなら,リーダーシップは,コンピタンスの延長線上にある。つまり,
裁量を超えても為さねばならないことがあると思ったら,そのために事態を動かせる人を動かして,事を為そうとする,
ということである。これ以外にリーダーシップはない。
上へ
畳紙は,
僕が読んでいたものには,
たとうし
とルビがあった。しかし,調べると,
たとうがみ
あるいは
たとう
となっている。そして,
帖紙
とも当てる。「たたみがみ」が訛ったもの,とする。辞書(『広辞苑』)には,
檀紙・鳥の子などの紙を横に二つ,縦に四つに折ったもの。幾枚も重ね,懐中に入れて置き,詩歌の詠草や鼻紙に用いる。ふところがみ,かいし,折紙。
厚い和紙に渋や漆を塗り,四つに畳むようにして折り目を付けた包み紙。和服,結髪の道具などをしまう。
とある。和服をしまう和紙と,懐紙とが,同じく畳紙と呼ばれる。あるところに,
「懐紙のことも『たとう紙』といいますので、畳む紙の意味するところは『着物等を畳んでしまう紙(たとう紙)』あるいは『既に畳んである紙(懐紙)』などの紙を指す言葉ですね。『たとう紙』の読み方は、『たとうし』『たたみがみ』というのだと、私は数十年間思ってきました。『紙』をつけずに、単に『たとう』ということの方が多かったですが。
ところが今回ネットで見ましたら『たとうがみ』という読み方しか出てこなくて、『たとうし』の方は見つからないのです……。」(http://ochakai-akasaka.com/150702-tatousi/)
とあった。推測するに,「たとう紙」の意味で,「畳紙」を「たとうし」とも呼ぶようになったのだろう。誰にとっても当たり前だから,「紙」をつけてもつけなくても,「たとう」は「たとう紙」のことだった。しかし,それが実際には,日常に使われなくなると,読みかたが,一律化してしまったように見える。例の,葬儀に真珠のネックレスという間違った(一方的な)情報が,わからなくなった世代以降には,規律になったように。
どう考えても,
たとうがみ,
などと無粋な呼び方に思える。音韻からも,語感からも,
たとう,
ないし
たとうし
の方が和語に叶っている気がするがいかがであろうか。
上記の記事は,お茶関係の方らしいが,和服関係では,「たとうし」と呼びならわしている,と記している。古い呼び方が残っているのは,伝統分野だけらしい。しかし,『大言海』も,
たたみがみ
を取る。懐紙(ふところがみ)と訓ませているが,こう説明している。
紙を畳みて懐中し,不時の用に供(そな)ふるもの。
として,
「常に懐中して鼻紙とするは,杉原紙二十枚を五つに折る。有職にては鳥子紙,松襲(まつがさね),又は朽葉色などに染む。五色なるを色紙と云ふ。又檀紙に箔などを散らしたるも用いる。束帯衣冠の時は,懐中するは多く色目のものを用い,布衣素襖には杉原紙を用いる。」
と。さらに,包み紙については,
「厚紙に,渋,又は,漆などを塗りて,折り目をつけ,四つにたたむべくつくれるもの。」
とあり,どうも,詳しくないが,紙の種類が全く違うらしい。因みに,『大言海』のいう服装を整理すると,
http://park17.wakwak.com/~tatihana/onmyou/yougo_folder/isyou.html
に,「束帯」「衣冠」「直衣」「狩衣」の異同は,詳しいが,衣冠束帯(いかんそくたい)とは,
「衣冠と束帯をつなげていうことばで、江戸時代以降、両者を公家の正装としてまとめて、あるいは混同して言ったもの。鈴木敬三はまた、平安時代末期以降、宮中での束帯の着用機会が減少し、衣冠や直衣の着用が拡大した結果、これらを束帯の代わりに参内に用いることを『衣冠束帯』や『直衣束帯』というようになったとしている。」
布衣(「ほい」あるいは「ほうい」)は,
「布衣は、日本の男性用着物の一種で、江戸幕府の制定した服制の1つ。幕府の典礼・儀式に旗本下位の者が着用する狩衣の一種だが、特に無紋(紋様・地紋の無い生地)のものである。下位の旗本(すなわち御目見以上)の礼装は素襖とされているが、幕府より布衣の着用を許されれば六位相当叙位者と見なされた。」
で,狩衣 (かりぎぬ) の一種。狩衣は
「麻の布でつくられたから布衣と称したが,次第に綾,紗,織物でも仕立てられるようになっても,旧称のまますべて布衣といわれるようになった。」
ともある。素襖(すおう)は,
「単 (ひとえ) 仕立ての直垂 (ひたたれ)
。素袍とも書く。別名革緒の直垂。室町時代にできた男子用和服の一つで,当時は庶民が着用していたが,直垂や大紋の着用階級が定められた江戸時代に,平士
(ひらざむらい) ,陪臣の礼服となった。」
とあるので,一つは身分ごとの服装の差,正式略式の差,で懐紙も違うということなのだ。紙の種類を調べると,
杉原紙(すぎはらがみ,すいばらがみ,椙原紙とも表記)は,
「九州から東北の各地で生産され、中世には日本で最も多く流通し、特に武士階級が特権的に用いる紙としてステータスシンボルとなった。近世には庶民にまで普及したが、明治に入ると急速に需給が失われ、姿を消した。」
身分社会の一つのシンボル,ということだ。伊達や酔狂で,この紙を使えなかった。
鳥子紙(鳥の子紙)は,『大言海』に。
「楮(こうぞ)トがんびトノ皮ヲ原料トシテ、漉キタル紙。今ハ三椏(みつまた)ヲ用イル」
とある。
「主に詠草(えいそう)の料紙(りょうし)や写経料紙に用いられ、時には公文書にも使用された。特に表面がなめらかで艶があり、耐久性に優れた美しいものであるため、上流階級の永久保存用の冊子を作るのに好んで用いられた。」
らしいので,
「鳥の子は厚手の雁皮紙(がんぴし)を指していたと考えられる。……平安時代から雁皮紙(がんぴし)の厚様を鳥の子と呼んでいたと考えられる。近世の『和漢三才図絵』には、鳥の子に関して『俗に言う、厚葉、中葉、薄葉三品有り』と記して、すべての雁皮紙を鳥の子と呼んでいる。」
どうも鼻紙のイメージではない。しかし,雁皮紙(がんぴし)は,
「ジンチョウゲ科の植物である雁皮から作られる和紙である。雁皮の成育は遅く栽培が難しいため、雁皮紙には野生のものの樹皮が用いられる。古代では斐紙や肥紙と呼ばれ、その美しさと風格から紙の王と評される事もある。繊維は細く短いので緻密で緊密な紙となり、紙肌は滑らかで、赤クリームの自然色(鳥の子色)と独特の好ましい光沢を有している。丈夫で虫の害にも強いので、古来、貴重な文書や金札に用いられた。日本の羊皮紙と呼ばれることもある。しかし、厚い雁皮紙は漉きにくく、水分を多量に吸収すると収縮して、紙面に小じわを生じる特性があるために太字用としては不適とされ、かな料紙・写経用紙・手紙などの細字用として使われるのが一般的である。平安時代には、厚さによって厚様(葉)・中様・薄様と言われ、やや厚目の雁皮紙を鳥の子紙と言って、越前産が最上とされた。」
ともあるので,厚いけれどもやわらかいらしい。懐紙もまたステータスシンボルなのである。
ちょっと道草したまま元へ戻れなくなった。紙といっても,貴重品,それをもつこと自体が,身分を反映していた,と思うと,ちょっと切ない。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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髀肉の嘆は,
脾肉の歎
とも当てる。脾肉とは,
ももの肉。
である。
髀肉之嘆
である。実力・手腕を発揮する機会に恵まれないのを嘆くこと。むなしく日々を過ごすことの嘆き
をいう。著者,裴松之が注に引く『九州春秋』に基づく。裴松之(372〜451)は,僕の記憶が間違いでなければ,旧蜀の臣だったと思う。その彼が正史『三国志』に付けた注に基づく。
「後漢末、劉備は曹操との戦いに敗れ、
荊州の牧であった劉表の元に一時期身を寄せていた。劉備が荊州に住んで数年たった。あるとき、劉表の開いた酒宴の席に出席した。劉備は途中厠へ立ったときに自分の股に肉がついているのに気付き、悲嘆にくれて涙を流した。
席に戻ると劉表が不思議に思って訳を尋ねた。劉備は答えた。
『私は今までずっと馬に乗って戦ってきたので、股の贅肉は全くありませんでした。
しかし、今では馬に乗らないため、股に贅肉がついてしまいました。月日は瞬く間に過ぎ、老いが忍び寄ろうとしている。
しかし、私は何の功業もたてていない。それが悲しいのです。』」
このエピソードから生まれた故事成語が,
髀肉之嘆
である。大体,
髀肉の嘆
髀肉をかこつ
と言った言い回しをする。かこつは,
喞つ
とも
託つ
とも書く。「かこつ」は,
嘆いて言う。不平を言う。 「身の不遇をかこつ」「人手不足をかっている」 「無聊をかこつ」
とか,
ほかのことを口実にする。かこつける。
といった意味だ。「かこつ」は,『大言海』によると,
仮言(かごと)の末音を活用せしめたる語。独言をひとりごつ,宣言をのりごつとする,同例
としている。もともとは,
かこつく(仮言付くの略か)
で,事よすとか,その所為とする,かずける,といった意味で,それが転じて,
嘆き言う,侘び思う,
という意味になったとする。『古語辞典』には,
かこつけ(託け)
しか出ておらず,「かこちづけの約」として,口実を設ける,という意味を載せる。で,「かこち(託ち)」を調べると,
「カコトの動詞化。相手に関係があるとして,自分の行為の口実にし,また相手に原因や責任をかぶせるように言うのが原義」
とあり,「かこと(仮言)」は,「物事の原因・理由・責任を他人や他人のことにかこつける言葉の意」とあり,「かこつ」が,人のせいに片寄せるという意味が原義であることをうかがわせる。だから,
髀肉の嘆
と
髀肉をかこつ
で言う,
嘆(歎)く
のと
託つ
の二つ,微妙に意味が違う。しかも,
「喞つ」と当てる
のと,
「託つ」とあてる
のとでは,また,微妙に違うのではないか。
「喞つ」の「喞」は,
激しい鳴声をあらわす擬声語
で,「喞喞」(しょくしょく,そくそく)と,虫などがしきりに鳴く,また嘆声を意味する。
「託つ」の「託」の,
「乇」は,植物の種がひと所に定着して,芽を吹いたさまをあらわす会意文字。一所に定着するという含意がある。家を建ててそこに定着するのが「宅」となる。「宀」は屋根である。「言」を加えた「託」は,言葉を頼んで,ひとところに預けて定着させる,という意味。で,
まかせる
とか
ゆだねる,
から,そこに付託するというか仮託することで,
かこつける,ことよせる,それに便乗する,
という意味を持つ。とすると,
「喞つ」
を使えば,どことなく,めそめそする,というイメージになるし,
「託つ」
を使うと,どこなく,何か,誰かのせいにしかねない嘆きに聞こえてくる。
無聊をかこつ
不遇をかこつ
という言い回しも,その意味で,どちらを使うかで,少しニュアンスが変わる。
劉備の「髀肉之嘆」は,「嘆」なのであって,かこっているわけではないから,人にかこつけているようには見えない。因みに,「嘆」の右のつくりは,
「革(動物の上半身)+火+土」の会意文字,
で,動物の脂を火で燃やすさまを示す。「口」をくわえた「嘆」は,「口が厚くなって乾くこと」を示す。熱っぽく興奮して言葉にならなず舌打ちだけすること,だそうである。で,意味は,なげくだが,言葉にならず息を漏らす,という含意。
「歎」の左側は,「嘆」の右側と同じだが,「欠」は,身体をかがめる,という意味を加えて,喉が渇いて,はあとため息を漏らす,という意味になる。「なげき」の溜息は,「歎」の方が大きいということになる。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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とんずらとは,
「逃れる」を意味する「遁』と同じく「逃げる」という意味の「ずらかる」から成る合成語,
で,逃げ去ることや逃走、持ち逃げという行為を意味する,
犯罪を犯して逃げる,
という意味の俗語である。ここから転じ,サボることも指す,という。主に悪いことをして逃げ去る(逃げ去られた)ときに使われることが多いようだ。
ずらかるというのは,辞書(『広辞苑』)では,
もと盗人などの隠語,
とあり,
逃げる,逃亡する,高飛びする,
(他動詞として)盗んだ品物を処分する,
と,意味が載っている。ある意味,ずらかるは,
単に逃げるという意味でなく,何か悪いことをし,そこから立ち去る(逃げる),
といった意味で使われる。それが,1980年辺りから意味が転じ,
学校を無断で早退する,
といった意味でも使われるようになった。よくある,隠語の一般化の一例である。また,ずらかるには,
ずらする,
という表現もあるそうだ。
http://www.fleapedia.com
によると,
「ずらかるとは、銀行強盗が目的を果たしたとき、または通報されて警官が押し寄せてきたとき、推奨される最善の行動。つまり、『逃げる』という意味の業界用語である。『逃げる』といっても、悪人から逃げる正当な逃走には『ずらかる』は用いられず、悪事を働いて速やかにその場を立ち去るという意味あいで、あくまでも現場で活躍する業界人が用いる言葉である。」
とある。確かに,強盗から逃げるのを,ずらかるとは言わない。
ずらかるは,語源的には,
「ズラ(ずらすの語幹)+カル(動詞化)」
で,同じ姿勢のまま移動するのが「ずらす」なので,
気づかれずに逃げる,
という意味,と言う。ずらすは,
すべらかす,動かす,
という意味だが,
特に位置・時間などが一緒にならないように動かす,
とあり,そこから,放っておくという意味にスライドしていくのが面白い。まあ,パッと見わからないように,動かす,ということなのだろう。
雲隠れ,
高飛び,
出奔,
跡を晦ます,
といったのが類語になる。マインドとしては,
バックレ,
ばっくれる,
に,近い。要は,
知らばっくれる,
しらばくれる,
ということなのだから。この中では,雲隠れが,なかなか含意が深い。
雲の中に隠れること。
姿を隠して見えなくなること。行方をくらますこと。
高貴な人が死ぬこと。お隠れになること。
岸本斉史による漫画『NARUTO』に登場する地名及びそこに所属する人物に対して使用される用語。
といった意味だが,月が雲に隠れたのをメタファーにして使っているが,『源氏物語』の巻名「雲隠れ」が,本文なく,光源氏の死をアナロジカルに表現しているのが最高で,昨今は,トップの雲隠れは,
こそこそ
と醜悪このうえない。逃げるというのは,
三十六計逃げるに如かず,
で悪い意味ではないが,暴虎馮河の輩は,勇ましいことが大好きで,逃げるを,卑怯と同義にした。しかし,それは下々に対してであって,上に対しては,決してそうは言わない。まして,自分自身が逃げるのは,
転進
とかといい,そういう輩は,安全地帯にいて,いつも必ず生き延びる。
参考文献;
http://zokugo-dict.com/13su/zurakaru.htm
http://zokugo-dict.com/20to/tonzura.htm
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当てには,結構意味があり,辞書(『広辞苑』)には,
当てる物,あてがうこと(鞘当,膝当て)
見込み,目当て,特に頼みにしている見込み
借金の抵当
者を打ち,切り,削りなどをするときの,下におく台,添える物
会場で,自船の所在やその進路あるいは海中の暗礁を知るために利用する目標(山当て)
酒の肴
等々の意味が載っている(「宛」と当てるときは,割り当て,差出先の意味)。
多く,「当てにする」という言い方で,頼りにする,といったニュアンスから,広がっているように見える。しかし,語源的には,逆で,
「動詞アツ(当ツ)の連用形りの名詞化」
とあり,本来は,
保護する当て布,肩当て,
の意で,そこから転じて,
目当て,目論み,
の意味に広がったとある。具合的な当てものの意味から,敷衍化された,ということなのだろう。そう思って,念のため,『古語辞典』を調べると,
当て(宛て,充て)
には,
アタ(仇・敵)と同根,
とある。そして,
物を狙ったものやところにぶつからせる
その所にぴったり触れる
の後に,
見当をつける,
というのが出てくる。「あだ」を見ると,
「ぴったり向き合って敵対するものの意,江戸時代以降アダと濁音化した」
とあり,どちらが先かは別として,「あて」「あた」は,
一方は頼りになるもの
の意となり,
他方は,それに敵対する
ものの意となった,ということになる。最近,
当てが外れた,
と思うことがあって,それについて,ちょっと調べ出したのだが,そのとき,うろ覚えで,
当てと褌は向こうから外れる,
というような諺が頭に浮かんだ。正確には,
当て事越中褌(もっこ褌)は向こうから外れる,
と言うそうだ。身に付けたことがないので実感はないが,
越中褌が前から外れやすいのと同様,とかく心当てにしている物事は先方の都合や故意から外れることが多い,
という意味らしい。越中褌は
「ふんどしの一種。長さ100cm程度(3尺)、幅34cm程度(1尺)の布の端を筒に縫い、その筒に紐を通した下着」
で,その着装法はも『守貞漫稿』に,
「紐を通したる方を背にし、紐を前に結び、無紐方を前の紐に挟む也」
という。前から外れるわけだ。因みに,「もっこふんどし」の「もっこ」とは,もっこをかつぐの「もっこ」で,最近はめっきり見かけなくなったが,
「なわや竹・蔓つるを編あんで作った土砂どしゃの運搬道具うんぱんどうぐです。人が担かついだり、背負せおったり、手で持ったりして使います。昭和初期までの土木工事では、このもっこに土をいっぱい入れて、棒ぼうで担かついで運んでいました。土木工事は大変な仕事で、ほとんど人の力で行われていました。」
(http://www.cgr.mlit.go.jp/ootagawa/chiebukuro/search/mame/No_174.html)
で,もっこ褌は,
「ブリーフに近い形をしていますが、直線裁断であることがは他の褌と共通です。また本体は紐とは別になっており、横方向にずらすことができるのがブリーフとの違いです。
越中褌や六尺褌と違う点は、締め加減の調整に制限があることです。しかし前垂れがないので、ズボンをはいたときに邪魔になりません。」
もっこ褌は,褌の中では最もパンツに近い形をしており,着用したときの見た目はビキニブリーフのそれに似てるのだそうだ。
http://mama.moo.jp/mokkofundosinotukurikata
を見る限り,実体験がないので,絵柄だけから見れば,外れやすいのは,はるかに越中褌ではあるまいか。まあ,どうでもいいようなことだけど。
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落語の『百年目』で,
大旦那が,大番頭に,「旦那」の由来を語るところがある。
「一軒の主を旦那と言うが、それは、『五天竺の中の南天竺に栴檀(せんだん)と言う立派な大木があり、その下に南縁草(なんえんそう)という汚い草が沢山茂っていた。ある人が南縁草を取ってしまうと、栴檀が枯れてしまった。後で調べると栴檀は南縁草を肥やしにして、南縁草は栴檀の露で育っていた事が分かった。栴檀が育つと南縁草も育った。その栴檀の”だん”と南縁草の”ナン”を取って”だんなん”、それが”旦那”になった。』という。こじつけだろうが、私とお前の仲は栴檀と南縁草で上手くいっているが、店に戻ってお前は栴檀、店の者が南縁草、栴檀は元気がいいが南縁草は元気が無い。少し南縁草に露を降ろしてやって下さい」。
と,自分と番頭,番頭と店の者,を準えながら,「家ではあたし、店ではおまえさんが栴檀で、若い者が南縁草。南縁草が枯れれば栴檀のおまえも枯れる」と,番頭を諭すところがある。
この「旦那」の語源が,作り話とわかっても,なかなか味わいがある。
旦那は,檀那とも書くが,
布施をすること。またはその人。
女性の配偶者のこと。
商家の主人のこと。
といった意味だ。辞書(『広辞苑』)によると,
「布施」を意味する梵語「ダーナdāna)」の訳語。
(日本では)特定の寺院に属してその経営を助ける「布施をする人(梵語、ダーナパテdānapati。漢訳、陀那鉢底)」。「檀越(だんおつ、だんえつ)」「檀家」とも称された。
家人召使が主人を呼ぶ語。
女性がその配偶者を呼ぶ語。
が載っている。語源辞典では,
http://gogen-allguide.com/ta/danna.html(『語源由来辞典』)
によると,
「ダーナ」は,「与える」「贈る」の意味で,施し,布施と訳された,
とある。後に,寺院や僧侶に布施をする「施主」「檀家」の意味で,僧侶が使うようになり,その語,パトロンのように生活の面倒をみる人の意味にまで広がった,とある。
面白いのは,『大言海』は,「ダンナ」と表記して,項目を立てている。で,
「梵語,陀那鉢底(ダナパテ)の略転。布施又は施主の義)」
と,注記して,こう載せている。
僧より,其の道に恵みを與ふる信者を称する語。檀越。
檀家。檀中。檀方。
転じて,家人,婢僕より,其の主君,主人を恩義あるにつきて称する語。
又転じて,商人の顧客を敬いて呼び,又賤人より貴人を尊びて呼ぶ語。或いはその代名詞の如く用いる。
とある。これで,「檀那」「ダンナ」のもつ意味の広がりがよくわかる。要は,いろんな意味で恩義(多くは布施類似)を蒙る相手を指す。
その意味で,『百年目』の語る謂れは,その恩義が,廻りまわってくることを,言っている。
そもそも「布施」は,
「檀那(旦那)(ダーナdāna)」
の訳。檀那は,音訳したもの。つまり,檀那と布施は,元来同じ語からきている。
「他人に財物などを施したり、相手の利益になるよう教えを説くことなど、『与えること』を指す。」
その意味で,布施自体と布施する人の両方の意味を,言葉を分けた,ということになる。
「すべての仏教における主要な実践項目のひとつである。六波羅蜜のひとつでもある。」
とされる。「波羅蜜」は,
「波羅蜜、あるいは、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた、パーラミー、梵語: Pāramitā,
パーラミター)とは、パーリ語やサンスクリット語で『完全であること』、『最高であること』を意味する語で、仏教における各修行で完遂・獲得・達成されるべきものを指す。到彼岸(とうひがん)、度(ど)等とも訳す。」
とあり,
「『般若経』では、般若波羅蜜(般若波羅蜜多)ほか全6種(六波羅蜜)を、あるいは『華厳経』などではこれに4種を加え10種(十波羅蜜)を数える。『摩訶般若波羅蜜経』は九十一波羅蜜を列挙するが、全体としての徳目は六波羅蜜である。」
とされているらしいが,ブッダになりうる資質を獲得するために実践する六つの項目,六波羅蜜(六度彼岸)とは,
1.布施波羅蜜 - 檀那(だんな、Dāna ダーナ)は、分け与えること。財施(喜捨を行なう)・無畏施・法施(仏法について教える)などの布施である。
2.持戒波羅蜜 - 尸羅(しら、Śīla シーラ)は、戒律を守ること。。在家の場合は五戒(もしくは八戒)を、出家の場合は律に規定された禁戒を守ることを指す。
3.忍辱波羅蜜 - 羼提(せんだい、Kṣānti' クシャーンティ)は、耐え忍ぶこと。
4.精進波羅蜜 - 毘梨耶(びりや、Vīrya ヴィーリヤ)は、努力すること。
5.禅定波羅蜜 - 禅那(ぜんな、Dhyāna ディヤーナ)は、特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。
6.智慧波羅蜜 - 般若(はんにゃ、prajñā
プラジュニャー)は、諸法に通達する智と断惑証理する慧。前五波羅蜜は、この般若波羅蜜を成就するための手段であるとともに、般若波羅蜜による調御によって成就される。
で,檀那は,その第一歩,という感じである。この言葉だけが,広まった,というのも皮肉ではある。
ちなみに,『百年目』の「百年目」には,
滅多にない好機,(福徳の百年目)
おしまいの時,の意で,陰謀などの露見した時などに言う語
ここで逢ったが百年目」といった使い方をするが,
「ここであったのは百年目で、次に会うのはまた百年後、ということで、もう二度と会うことができないだろう」
という意味らしい。その意味では,滅多にない好機,というよりは,「檀那」という振る舞いは,
一期一会,
同じいまは,ない,と考えた方が,いいのかもしれない。
参考文献;
http://ginjo.fc2web.com/69hyakunenme/100nenme.htm
http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/05/post_9d18.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E7%9B%AE
http://www.jugemusha.com/jumoku-zz-sendan.htm
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
三十二相兼ね具わった,
とはどういう人を指すのか。三十二相というのは,
仏がそなえているという32のすぐれた姿・形,すなわち,
手過膝(手が膝より長い),
身金色
眉間白豪(はくごう)
頂髻(ちょうけい)相(頭頂に隆起がある)
という意味であるが,転じて,
女性の容貌・風姿の一切の美相,
の意味になる,とある。
これだとよくわからないが,『大言海』は,こう書く。
「釈迦如来の身体に具したる,異常なる表象(しるし)」
とあって,腑に落ちる。後半の意味はともかく,
三十二相八十随形好(ずいぎょうこう)
あるいは,
三十二相八十種好(はちじっしゅ ごう)あるいは八十随形好(はちじゅうずいぎょうこう)
とも言う。つまり,仏の身体に備わっている特徴として,
「見てすぐに分かる三十二相と、微細な特徴である八十種好を併せたもの」
である。「仏像及び仏画はこれに倣って作成される」のだという。ついでだから,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%BA%8C%E7%9B%B8%E5%85%AB%E5%8D%81%E7%A8%AE%E5%A5%BD
http://www.heian-bussho.com/style2.html
によると,多少の異同があるようだが,載っているのを,(自分の勉強のために)あげておくと,
1. 足下安平立相(そくげあんぴょうりゅうそう) 足の裏が平らで、地を歩くとき足裏と地と密着して、その間に髪の毛ほどの隙もない(扁平足)。
2. 足下二輪相(そくげにりんそう) 足裏に輪形の相(千輻輪)が現れている。仏足石はこれを表したもの。
3. 長指相(ちょうしそう) 10本の手指(もしくは手足指)が長くて繊細なこと。
4. 足跟広平相(そくげんこうびょうそう) 足のかかとが広く平らかである。
5. 手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう) 手足の各指の間に、鳥の水かきのような金色の膜がある。
6. 手足柔軟相(しゅそくにゅうなんそう) 手足が柔らかで色が紅赤であること。
7. 足趺高満相(そくふこうまんそう) 足趺すなわち足の甲が亀の背のように厚く盛り上がっている。
8. 伊泥延腨相(いでいえんせんそう) 足のふくらはぎが鹿王のように円く微妙な形をしていること。伊泥延は鹿の一種。
9. 正立手摩膝相(しょうりゅうしゅましっそう) 正立(直立)したとき両手が膝に届き、手先が膝をなでるくらい長い。
10. 陰蔵相(おんぞうそう) 馬や象のように陰相が隠されている(男根が体内に密蔵される)。
11. 身広長等相(しんこうじょうとうそう) 身体の縦広左右上下の量が等しい(身長と両手を広げた長さが等しい)。
12. 毛上向相(もうじょうこうそう) 体の全ての毛の先端が全て上になびき、右に巻いて、しかも紺青色を呈し柔軟である。
13. 一一孔一毛相(いちいちくいちもうそう) 身体の毛穴にはすべて一毛を生じ、その毛孔から微妙の香気を出し、毛の色は青瑠璃色である。
14. 金色相(こんじきそう) 身体手足全て黄金色に輝いている。
15. 丈光相(じょうこうそう) 身体から四方各一丈の光明を放っている(いわゆる後光(ごこう))。光背はこれを表す。
16. 細薄皮相(さいはくひそう) 皮膚が軟滑で一切の塵垢不浄を留めない。
17. 七処隆満相(しちしょりゅうまんそう) 両掌と両足の裏、両肩、うなじの七所の肉が円満で浄らかである。
18. 両腋下隆満相(りょうやくげりゅうまんそう) 両腋の下にも肉が付いていて、凹みがない。
19. 上身如獅子相(じょうしんにょししそう) 上半身に威厳があり、瑞厳なること獅子王のようである。
20. 大直身相(だいじきしんそう) 身体が広大端正で比類がない。
21. 肩円満相(けんえんまんそう) 両肩の相が丸く豊かである。円満。
22. 四十歯相(しじゅうしそう) 40本の歯を有し、それらは雪のように白く清潔である(常人は32歯)。
23. 歯斉相(しさいそう) 歯はみな大きさが等しく、硬く密であり一本のように並びが美しい。
24. 牙白相(げびゃくそう) 40歯以外に四牙あり、とくに白く大きく鋭利堅固である。
25. 獅子頬相(ししきょうそう) 両頬が隆満して獅子王のようである。
26. 味中得上味相(みちゅうとくじょうみそう) 何を食べても食物のその最上の味を味わえる。
27. 大舌相(だいぜつそう) 舌が軟薄で広く長く、口から出すと髪の生え際にまで届く。しかも、口に入っても一杯にはならない。
28. 梵声相(ぼんじょうそう) 声は清浄で、聞く者をして得益無量ならしめ、しかも遠くまで聞える。
29. 真青眼相(しんしょうげんそう) 眼は青い蓮華のように紺青である。
30. 牛眼瀟睫相(ぎゅうごんしょうそう) 睫が長く整っていて乱れず牛王のようである。
31. 頂髻相(ちょうけいそう) 頭の頂の肉が隆起して髻(もとどり)の形を成している。肉髻(にくけい)。
32. 白毫相(びゃくごうそう) 眉間に右巻きの白毛があり、光明を放つ。伸びると一丈五尺ある。
何を食べても食物のその最上の味を味わえる「味中得上味相(みちゅうとくじょうみそう)」というのも相の一つとして入っているのも面白い。
「一貫して象徴的で感覚的に偉人化し、超人化しようとされているが、中には造形不可能なものもある。これら瑞相はさらに細かく八十種にわたり述べられ、螺髪が右旋(カール)する右旋婉転や頸に三道が見られること、また鬚髭(鬚・髭)等の細部にわたる八十種好として示される。二九、の真青眼相は虹彩を赤く、両の眼角を青くと常人とは逆に表わされているが、これも仏と凡夫との隔たり」
を際立出たせようといういとかもしれない。当然ながら,仏像に,
http://buddha.anavi.jp/?eid=46
それを見ることができる。たとえば,鎌倉の大仏について,
http://www.kotoku-in.jp/characteristic.html
では,その例をあげている。
八十種好
というのは,
http://blogs.yahoo.co.jp/hakucmi/4721912.html
にあるように,頭から足の裏まで全てにわたって,
「三十二相をさらに細かく記したもの。見える部分から見えない部分」
について,細かく言語化している。
たとえば,
鼻高不現孔 鼻が高く、孔が正面からは見えない。
眉如初月 眉が細く三日月のよう。
身堅実如那羅延 身体が筋肉質で、天上の力士のように隆々としている。
身清潔 身体が常に清潔で汚れることがない。
一切衆生見之而楽 誰でもお会いすれば楽しくなる。
耳輪埵 耳の外輪の部分が長く垂れている(俗に福耳)。
耳朶環状 耳たぶ(耳朶)に穴が空いている。
等々。
三十二相八十種好の「相」「好」とをとって,「相好を崩す」などという「相好」の語源となっているようである。相好は更に転じて,顔かたち・表情のことを指す。
しかし,これによって,三十二に特別の意味が生じたが,元々「三十二」という数を列挙したのには,どんな意味があるのだろうか。元来,
「釈迦像がインドで制作されはじめてまもなく起った考え方」
とあるので,何か意図とねらいが,あったに違いないのだが。
上へ
ふっと,歳のせいか,過去がフラッシュバックのように蘇り,冷や汗をかくことがある。まあ,ろくでもないことばかりしているので,自業自得ではあるが,まさに,言葉としては,
慙愧に堪えない,
といった思いに駆られる。フラッシュバックは,
「フラッシュバック (flashback)
とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害の特徴的な症状のうち1つである。」
とされるので,少しオーバーだが,
「過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出されかつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しいときに特に使われる。」
と,考えれば,そのときのおのれの振る舞いが,背中に汗を書くように,恥ずかしく,
慙愧の念,
というのが最もふさわしい。
慙愧は,
慚愧
とも書く。共に中国語由来で,いずれも,「恥」が語源。
恥ずかしく思う,
意を表す。あるいは,
愧じて恐れおののく,
という意味になる。
「慚」「慙」は,ともに,「心」か「忄」と,「斬」に心がついているが,「斬」は,
ざくざくと切り込む,
という意で,「心」を加えて,
心に切れ目を入れられたように感じること,
という意味になる。「惨」(つらい)と近いらしい。で,
心にざくざくと切り込みを入れられた感じがする,
申し訳ない,
という意味と同時に,
人の評価・好意に対してふさわしくない自分を恥じる,
有り難く申し訳ない,
という意味に,シフトしても使われる。恥じる,には,恐縮する,忝い,というニュアンスもある,ということになる。因みに,「惨」は,
心に深くしみこんで辛い思いを与えること,
で,「慚」「慙」が受ける側,とすれば,「惨」は,与える側,ということになる。しかし,意味は,
惨めで痛々しい,
心に染み入るように辛い,
と,両者ほぼ重なって,心の辛い状態を示す。
「愧」は,「鬼」が,象形文字で,
大きな丸い頭をして足もとの定かでない亡霊,
を描いたもの。丸いという意を含むようで,「愧」は,
心が縮んで丸く固まってしまうこと。はずかしくて気が引けた状態,
を意味する。
漢字では,同じ「恥ずかしさ」で文字を分けて,前にも書いた気がするが,
「恥」は,心に恥ずかしく思う義,重き字なり,とある。「行己有恥」(己を行うて恥あり)である。
「辱」は,はずかしめ,「栄」の反,外聞悪しきを言ふ。転じて,かたじけない,という応接の辞に。
「愧」は,おのれの見苦しきを,人に対してはづる。醜の字の気味がある。
「慙」は,慙愧として用い,きづる,と訓み,はぢとは訓まない。
「羞」は,はぢてまばゆく,顔の合わせがたきなり。婦女子のはづかしげにするなどに多く用いる
「忸」「怩」は,ともに,羞じる貌の意。
等々と使い分けている。「慙愧」は,「忸怩」と似ている。「忸怩」とは,中国語の,
「忸(はじる)」+「怩(はじる)」
で,恥じ入るさま,という意味だが,「忸怩」にはない,「悔い」のニュアンスが,「慙愧」にはある,ような気がする。「悔いる」の語源は,
悔ゆ(後からしなかったらよかったと思う)の上一段化,
だということで,残念だと,唇をかむ,というときの言い回しである。
自責の念にかられる,
とか
汗顔のいたり,
等々とも,ベン図ふうに言うと,両者の円が重なる。それでもなお,ここまで,生かしてもらったのは,ある意味,
天恵
のお蔭というべきかもしれない。ただの,
馬齢を重ねる,
のではない,帳尻の付け方が,問われているらしい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
上へ
ずっと,ばったり会った時の,なんか台詞があったなあ,と喉に引っかかった小骨のように思い出せなくて,あるところで,はたと思いだした。
とんだところへ(を)北村大膳,
である。言われてみれは,ああ,そうだ,だが,しかし,自分が,
ばったり出会った,
というか,
出会いがしらの遭遇,
という意味合いと受け止めていたのとは,ちょっと違ったらしい。
「『とんだ所へ来た』の『きた』に『北村』の『きた』を掛けて続けた言葉遊び。歌舞伎『天衣紛上野初花 (くもにまごううえののはつはな) 』の河内山宗俊 のせりふの一節で、松江侯の屋敷に宮家の使僧と偽って乗り込んできた河内山が、家臣の北村大膳に正体を見破られて言う。」
とある。そんな薀蓄をさりげなくちりばめていたのは,岡本綺堂だが,それについては,「とんだ孫右衛門」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%A0%E5%AD%AB%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80),「喩」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E5%96%A9)
で取り上げた。台詞のテンポか,やはりいいのではないか,という気がする。
件の河内山宗俊のフレーズは,『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』(松江邸玄関の場)で,こんなセリフになる(『せりふ集・歌舞伎』)。
「エエ仰々しい、静かにしろ……。悪に強きは善にもと、世のたとえにもいうとおり、親の嘆きが不憫さに、娘の命を助けるため、腹に企みの魂胆を、練塀小路に隠れのねえ、御数寄屋坊主の宗俊が、頭の丸いを幸いに、衣でしがお忍が岡、神の御末の一品(いっぽん)親王、宮の使いと偽って神風よりも御威光の、風を吹かして大胆にも出雲守の上屋敷へ、仕掛けた仕事のいわく窓、家中一統白壁と、思いのほかに帰りがけ、とんだところを北村大膳。くされ薬をつけたら知らず、抜きさしならならねえ、高頬のほくろ、星をさされて見出されちゃア、其方(そっち)で帰れといおうとも、此方(こっち)で此の侭帰られねえ。この玄関の表向き、俺に騙りの名をつけて、若年寄に差し出すか。但しは騙りを押し隠し、御使僧役で無難に帰すか、二つに一つの返答を、聞かねえうちは宗俊も、ただ此の侭じゃ帰られねえ」
こんなテンポの台詞は,昨今の芝居では,なかなか聴けないだろう。
「月も朧に白雲の、篝霞む春の空、冷てえ風もほろ酔いに、心持よくうかうかと浮かれ鳥の唯一羽、塒(ねぐら)に帰る川端で、竿の雫か濡れ手で粟、思いがけなく手に入るる百両……ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の銭と違って金包み、こいつァ初春から縁起がいいわえ」(『三人吉三巴白浪』のお嬢吉三)
で言う,
「こいつァ初春から縁起がいいわえ」
とか,
「知らざァいって聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が、歌に残した盗人の、種はつきなし七里が浜。その白浪の夜働き、以前をいやあ江の島で、年季づとめの稚児が淵、百味でさらす蒔銭をあてに小皿の一文字、百が二百と賽銭のくすね銭せえ段々に、悪事はのぼる上の宮、岩本院で講中の、枕探しも度重なり、お手長講の札つきに、とうとう、島を追い出され、それから若衆の美人局(つつもたせ)ここやかしこの寺島で、小耳に聞いた音羽屋の、似ぬ声色で小ゆすり騙り、名せえゆかりの弁天小僧、菊之助たァ、おれがことだ。」(『白浪五人男』の弁天小僧菊之助)
で言う,
「知らざァいって聞かせやしょう」
とか,
「問われて名乗るも烏滸(おこ)がましいが、生まれは遠州浜松在、十四の歳から親に離れ、身の生業(なりわい)も白浪の、沖も越したる夜働き、盗みはするが非道はせず、人に情けを掛川から、金谷をかけて宿ねで義賊と噂、高札のまわる配符のたらい越し、危ねえその身の境涯も、最早や四十に、人間の定めは僅か五十年、六十余州に隠れのねえ、賊徒の張本、日本駄右衛門」(『白浪五人男』の日本駄右衛門)
で言う,
「問われて名乗るも烏滸がましいが」
とか,
「しがねえ恋の情が仇。命の綱の切れたのをどう取り止めてか木更津から、めぐる月日も三年越し、江戸の親には勘当受け、よんどころなく鎌倉の、谷七郷は食いつめても、面に受けたる看板の、きずが物怪の幸いに、斬られの与三と異名をとり、押し借りゆすりも習おうにも馴れた時代の源冶店、その白化けか黒塀いに格子造りの囲い物、死んだと思ったお富たァ、お釈迦さまでも気がつくめえ。よくもお主や、達者でいたなあ」(『与話情浮名横櫛』の与三郎)
で言う,
「しがねえ恋の情が仇」
とか
「死んだと思ったお富たァ、お釈迦さまでも気がつくめえ。」
等々,多少聞き覚えのあるセリフを抜き出してみたが,歳のせいか,五七五の作り出すリズムが,やはりいい。
しかし,
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/dentoh6.htm
で,河竹黙阿弥の『三人吉三巴白浪』について(「黙阿弥の『七五調』の科白術」),
「『七五調』というのは和歌・俳句はじめ日本語の伝統の詩のリズムですが、芝居の『七五調』はどれも同じというわけではありません。黙阿弥の『七五調』はすこし前の瀬川如皐の『与話情浮名横櫛』(切られ与三郎)の『七五調』とはちょっと違っております。
切られ与三郎の有名な科白『しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取り留めてか木更津から、めぐる月日も三年(みとせ)越し・・・』を見ますと、『しがねえこいの/なさけがあだ/いのちのつなの/きれたのを』という風に、すべて『七・五』のリズムの頭にアクセントが付きます。これは、いわゆる関東なまりの『頭打ち』のアクセントです。(中略)
ところが黙阿弥の『七五調』を見ますと、お嬢吉三の科白「月も朧に白魚の篝(かがり)も霞む春の空、つめてえ風もほろ酔いに心持ちよくうかうかと…」では、『つきもおぼろに/しらうおの/かがりもかすむ/はるのそら』という風に、『七・五』の二字目にアクセントが付いています。これは『二字目起こし』と言って、上方のアクセントなのです。」
とある。セリフは生きた言葉になって初めて生かされるので,文字ではなく,声音で耳に残ったのが,結局記憶に残る。その意味では,そういわれると,そのように記憶が蘇る(?)気がしないでもない。
字余りも,それはそれで意味があるが,独特のリズムというのは,昨今,字余りだらけの歌詞には,とんと見かけなくなった。字余りも,理由がないと,散漫で,言葉が頭に入らない。口頭のメッセージは,歩留り25%というが,七五調の言葉のテンポは,多分記憶に残りやすいのだ。歳のせいかもしれないが,
とんだところを
を,少なくともリズムは記憶に残っていたのだから。
参考文献;
http://www.geocities.jp/kyoketu/51.html
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/dentoh6.htm
http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/5/5_04_10.html
上へ
喃は,
のう,
で,一つは,感嘆詞で,
いい天気だ喃(のう),
等々と,人に呼び掛け,または同意を求める時に用いる,
とある。「もし」「ねえ」「なあ」といった意味になる。その他に,『古語辞典』では(「なう」),
驚き・喜び,畏れなどの時発する声,
という意味があり,「なう,おそろしや」「なう,うれしや」といった使い方になる。『大言海』では,
南無の音便化と云ふ,
とあり,喃の字を作る,とする。
いまひとつは,終助詞「な」の転で,
文末にあって感動の意を表す,
とある。しかし,『古語辞典』によると,
相手の同意を求めつつ訴える意を添える,
とある。「〜だよね」「〜ね」という意味になるのだろうか。僕が小説でみた「喃」も,例えば,佐々木味津三『旗本退屈男』で,よく使われていた記憶があるが,この含意であった。しかし,そこには,殿さまが下々言うように上から目線のニュアンスがある。
語尾に使った場合,感嘆なのかどうかの区別は微妙に見える。違いは,だから,
一方的ないし,自己完結した呼びかけか感嘆なのか,
それとも,
相手の同意を求める訴えなのか,
というところにある。文面ではわからないが,文脈のなかでは歴然としているのではなかろうか。
「喃」の字の,「南」は,納(中に入れる)と同系の言葉で,中に籠るという意をもつ。で,「口+南」は,
口の中に籠ってはっきり聞き取れない,
という意味で,
くちごもりつつしゃべる
という意味で,「喃喃(なんなん)」とつづけて,
もたもたといつまでもしゃべる,
という意味になる。で,
蝶々喃々(ちょうちょうなんなん),
といった使い方をする。「のう」と訓ませるのは,わが国独特で,
喃(のう),
で,人に呼び掛ける意味に使う。「喃々(のうのう)」で,
もしもし,
となる。
その他,「喃」で始まる言葉は,
喃語
喃喃(なんなん)
がある。
喃語
は,
乳児のまだ言葉にならない発声,
という意味だが,その他に,
くどくどと話すこと。
男女がむつまじくささやき合うように話すこと。むつごと。
喃喃
も,「なんなん」と訓ませると,
口数多くしゃべり続けるさま,
という本義になる。
しかし,
〜だよね,
と言われるのと,
〜だのう,
と言われるのでは,印象が変わる。少なくとも,語尾の「喃」が死語になったのは,身分社会が,一応表面上消えたせいだろう。
上へ
『大言海』をみると,
「しる」は,
しる(痴)
しる(知・識)
しる(知・領)
しる(被知)
が並ぶ。それぞれ,
痴る(器量の奥の知るる義か) 心愚かなる。惚(ほ)くる。
知(識)る(物を明白にする義)万事を明らむる。物事の理を心に承く。交わりて顔を見覚ゆ。
知(領)る 司る,占む,領す。
被知る 知らるの約。他の知ることとなる。
と,簡にして明。贅言がない。国語辞典で「知る」を引くと,ずらずと意味が出てくる。たとえば,『広辞苑』では,
「領(し)る」と同源として,
ある現象・状態を広く隅々まで自分のものとする意,
という意味を,縷々書く。因みに,「領る」については,
ある範囲の隅々までを支配する意,原義は物をすっかり自分のものとすること,
で,治める,領有する,といった意味が並ぶ。「痴る(しれる)」は,
「領(し)る」の受身形で,支配される意,
とある。つまり,知と痴は,親子というか支配被支配の関係から出ている。いまは,
判断・識別の能力が働かなくなる,
ふざける,
といった意味になるが,上から,見下げてそう言っている,あるいは,そう言われている,という意味が含まれる。『大言海』の,
器量の奥の知るる義,
というのは,なかなか含意が深い。
ところで,「しる」の語源は,
「しるし(著し)」を語源とし,はっとわかるからしる(著し)とする説,
と,
心を占領する(領る),つまり占るとする説,
とがあるらしい。しかし,「知る」行為自体は,占るではなく,目にとめるという方ではないか。それがのちに占めるになる。いずれにしても,
ものを占める
のと
知を占める
のと
ひとを占める
のとが,アナロジカルに重なっているというのは,言葉の汎用化がどう広がるかを伺わせて,なかなか興味深い。
漢字の「知」は,
「矢+口」
で,矢のように真直ぐに物事の本質を言い当てることをあらわす,
という。因みに,「聖」は,「知」の語尾がのびたことばで,もともと,
耳も口も正しく物事を当てる知恵者のこと,
という。「智」は,智恵をあらわすが,「知」で代用する,という。「識」は,右のつくりが,原字は,「戈(棒くい)+Y字型のくい」で,目印のくいをあらわし,「言」を加えて,
目印や名によって,いちいち区別してその名をしるすこと,
という意味。どちらかというと,
みわける
とか
区別する
のニュアンスがある。『字源』には,
知は識より重し,知人・知道といへば,心の底より篤と知ることなり。知己・知音と熟す。識名・識面は,一寸見覚えあるまでの意なり。相識と熟す。
とある。知の方が識より,深くて重い,らしい。
「痴」は,本来「癡」と書く。「痴」は,その俗字。「癡」は,
「疑」が,戸惑って動かない意,思案にくれて進まないこと,
という意味で,「癡」は,「疒」(やまいだれ)を加えて,
何かに支えて,知恵の働かないこと,
を意味する。「癡」の「疑」には,
「疑」の右側は「矣」のもとのかたちで,人が後ろを振り返ってたちどまるさまで,「子+止(足を止める)+矣」で,愛児に心惹かれてたちどまり,進みかねるさまをあらわす,
という意味があり,思案に暮れているからといって,呆けているとは限らない。だから,知と痴は対比できない。問題なのは,知らないということではない。確かに,
無知,
というのは,知らないということだが,「無知」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E7%84%A1%E7%9F%A5,http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E7%84%A1%E7%9F%A5)等々で
述べたように,
ただ知らないこと
ではなく,
知らないことを知らないこと,
であり,だから,無知は知から恥に通じる。
子曰く,由よ,汝に知ることを誨(おし)えんか,知れるを知れるとなし,知らざるを知らずとせよ,これ知るなり。
と,孔子が,由(子路)に諭したのも,それに通じる。
知は,もちろん個人の努力もある。しかし,多くその人の置かれた文脈による。そのことは,「変える」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B)
で触れたことと関わる。
「これを応用すると,『人間の能力』も,関係が物象化したものです。たとえば,家族がそろってニュース番組や芸術番組を見ながら夕食をとり,時事問題や芸術について会話があるような家庭で育った子どもは,お笑い番組をみながら夕食をとる過程で育った子どもより,自然と『能力』が高くなります。意識的な教育投資をしたかということではなく,長いあいだの過程の人間関係という目に見えないものが蓄積されて,『能力』となってこの世に現れる…。」
とすれば,大事なのは,知の有無ではなく,無知の知の有無こそが問われる。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
眼
と
目
はどう違うのだろうか。まずは,日本語「め」の語源は,
メ(見る器官)
の意で,「見る」と同根。「芽」と同根という説もある。『古語辞典』では,
古形マ(目)の転。メ(芽)と同根とある。で,「見る」を見ると,「み(見)」の項に,
マ(眼)と同根。眼の力によって物の存在や相違を知る意,
とあって,結局「マ」「メ」は転訛しやすかったというしかない。語源的には,
「目+入る」あるいは,「目+射る」の音韻変化(『大言海』)
「ミ(真・精)+る」
の二説あるが,『大言海』は,「見射るの義」として,
目を転じて活用す。手(て)る,とる,名(な)る,告(の)る,
と例示している。本来,「ま」が「め」に転じたとすると,それを分解して,「み+る」ではなく,「み」のみで語源を考えないとおかしいのではないか,と素人は思う。
で,日本語の「ま」か「め」に漢字の「眼」「目」を当てたのだが,この違いは何だろう。
「目」は,
モク(呉音),ボク(漢音)
と発音し,日本語で「ま」とか「め」と訓む。これは,
めを描いた象形文字。瞼に覆われている「め」のこと,
を言う。ただし,別のところに,
「目の形にかたどり,それを縦に書いたもの。黒い眼球、まなこ」
とあるので,「目」の象形であるとしても,異説はある。でないと,漢字「目」の意味に,
めつき,
とか
あな,
とか
見なす,
とか
目印
とか
格子の目
といった意味が出てくる意味がよく見えない。
一方,「眼」は,
ゲン(呉音),ガン(漢音),
と発音し,「まなこ」と訓む。「眼」は,
つくりの艮(こん)は,「目+匕首(ひしゅ)の匕(小刀)」の会意文字で,小刀でくまどった「め」,または小刀で彫ったような穴にはまっている「め」。一定の座にはまって動かない意を含む。「目+艮」で艮の原義を表す,
とある。意味は,こちらははっきりと,
まなこ,
とか
目玉,
と限定されている。そう考えると,「目」は,カバーする意味が広いのかもしれない。
しかし,「目」と「眼」は,どう使い分けているのだろうか。
http://www.weblio.jp/phrase/%E7%9B%AE%E3%83%BB%E7%9C%BC%E3%83%BB%E7%9E%B3_1
その他等々を見ながら,挙げていくと,目は,
一目瞭然
面目一新
満目蕭条
夜目遠目
一目十行
面目躍如
長目飛耳
眉目秀麗
飛耳長目
鳶目兎耳
等々と使い,眼は,
紅毛碧眼
千里眼
近視眼
開眼供養
酔眼朦朧
眼高手低
雲煙過眼
眼光炯炯
眼光紙背
着眼大局
等々。どうもはっきりと使い分けている。当然,両者を混同しない。
開眼
とは言うが,
開目
とは言わない。
「目」は,全体,「眼」はまなこ,を指すと考えると,意味がある。あるいは,
着眼
というのと,
着目
というのとを比べてみると,辞書では,それぞれ互いの意味に載せているが,同じ
めのつけどころ,
にしても,微妙なニュアンスの差がある。別に,「着眼」が視野が広く,着目が狭い,などとは思わないが,『語感辞典』には,「着眼」について,
目のつけ方の意,
「着目以上」にふだん人の気づきにくい点に注目する場合に使われる傾向が強い,
とある。で,「着目」は,
ある点に眼をつけて,注意深く見る意,
とある。「目」と「眼」の違いからすると,「着眼」の方が,眼をつけているそのことを指していて,「着目」は,眼をつけることを広く指している,と取れるが,僕の個人的な語感では,
着目
が,個々の目の付け所,眼のつけ方,を指し,
着眼
が,それを束ねたものの注視のことを総称しているような印象である。漢語の「着眼」に対して,「着目」の和語ふうの語感からくるものかもしれない。しかし,
眼目
という言い方をするのだから,単なる印象に過ぎないのかもしれない。しかし,
果たし眼(まなこ)
天眼(通)
眼光
観察眼
活眼
等々という使い方から見ると,眼の方が,目より鋭く,特異性が高そうである。ただ,目に関わることわざは,
生き馬の目を抜く
壁に耳あり障子に目あり
岡目八目
目から鼻へ抜ける
等々,いずれも,ほとんど使い分けていないところをみると,和語としては,目と眼の区別はあいまいになっているような気がする。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
上へ
「向かっ腹」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E5%90%91%E3%81%8B%E3%81%A3%E8%85%B9)を取り上げたら,東生亭世楽師匠から,
「向かっ腹とは所謂標準語(?)なのでしょうか?
お向かいの何さん。とは言わず
お向こうの何さん。ですよね?
向こう三軒両隣は向い三軒では無いですよね?
向島はむかい島とは読みませんよね?
むこうっぱら立てたって詮無い事よ。
とは歌舞伎の科白でも祖父の口からも聞いていますのですが、向かっ腹とは余り聞いた覚えが御座いませんのです。」
ご質問をいただいた。当座,
「標準語かどうかはわかりません。昨今あまり使いませんが,西の方ですが,僕自身も使っていましたし,『大言海』に載っているところを見ると,明治頃には使われていた感じではないかと思います。あるいは,お尋ねいただいて気づきましたが,『向かっ腹』は,『向こう』ではなく,むかつくの『むか』と繋がるのかもしれませんが,正直分かりません。僕の語感では「向こう腹」ではなく,「向かっ腹」でした。ただ,例示いただいた,お向こうさん,とは僕らは言わず,『お向かい』と言いましたから,ひょっとすると,西南藩が西からお江戸へ攻めのぼってきた明治維新以降,『お向かい』派が強まったのかも,とは億説です。」
と,まあ,いい加減なご返事を申し上げたので,気になって,「向こう」「向かい」について,調べてみた。
辞書(『広辞苑』)によると,「向こう」について,
「むかひ」の音便,「むかふ」の転とも,
と注記があり,「向かい」が,本来,と読める。『古語辞典』には,「むかへ」は,
むかひ(向)の他動詞形,
とあり,「むかひ」については,
向き合ひの約,互いに正面に向き合う,の意。また相手を目指して正面から進んでいく,意。
とあり,「向き合う」がつづまって,「向かい」になり,訛って,「向こう」となった,と読める。
『大言海』は,もっと直截的で,「むこ(向)ふ」について,
「むかひの誤用。閏(うるひ)をうるふ,病(やまひ)をやまふと云ふが如し」
と。念のため,『語源辞典』を,見ると,「むこう」は,
「むかひ」のウ音便,
とあり,「むかう」は,
「向き合ふ」の変化,
とある。あるいは,別に,
「『むかう』の終止形・連体形の名詞化として、歴史的仮名遣いは『むかふ』とするが、連用形『むかい(むかひ)』のウ音便形とみて『むかう』とする説もある。
という説を載せているものもあったが,いずれにしても,「むかひ」が本来なので,「向こうっ腹」は,「向かっ腹」の訛ったものなのではないか。あるいは,語源を異にする,「ムカ腹」かも知れない。
辞書を引くと,「むかい(むかひ)」は,
向き合っていること。正対すること。また、正面。
自分の家の正面にある家。また、その家の人。
という意味だが,「むこう」の方が,圧倒的に並ぶ意味が多い。たとえば,
正面。前方。また前方の比較的離れた場所。
物を隔てた、あちらの方。距離を隔てた、あちらの方。目的とする地や、外国など。
相手。先方。
今後。これから先。「―三日間」
向こう正面。「向こう桟敷(さじき)」の略。
歌舞伎劇場で、花道への出入り口。
等々,意味が多様で,外延が遠くまで広がり,訛った後の方が様々重宝に使われてきたと言えるのかもしれない。そのせいか,
向かい,
と
向こう,
では,成語の言い回しが微妙に違う。「むこう」と言って,「向かい」と言わない例は,
向こうに回す(相手として張り合う)とは言うが,向かいに回すとは言わない。
向こうを張る(張り合う)とは言うが,向かいを張る,とは言わない。
向こう意気(相手に対抗して張り合う気持ち)とは言うが,向かい意気とは言わない。
向こう気とは言うが,向かい気とは言わない
向こう髪とは言うが,向かい髪とは言わない,
向こう傷とは言うが,向かい傷とは言わない,
向こう切り(茶室で、炉を点前畳の客畳寄りの隅に切ること。またその炉。)とは言いうが,向かい切りとは言わない,
向こう三軒両隣とは言うが,向かい三軒両隣とは言わない,
向こう正面とは言うが,向かい正面とは言わない,
向こう桟敷とは言うが,向かい桟敷とは言わない,
向こう造(り)とは言うが,向かい造(り)とは言わない,
向こう脛とは言うが,向かい臑とは言わない,
向こう付け(膳の中央より向こう側につける刺身や酢の物などの料理)とは言うが,向かい付けとは言わない,
向こう面(向こうっ面)とは言うが,向かい面とは言わない,
向こう詰め(本膳料理で、本膳の向こう側に据える魚の姿焼き)とは言うが,向かい詰めとは言わない,
向かふ歯(上の前歯)とは言うが,向かい歯とは言わない(むかばと言うが),
向こう鉢巻(き)とは言うが,向かい鉢巻とは言わない,
向こう見ずとは言うが,向かい見ずとは言わない,
向こう持ちとは言うが,向かい持ちとは言わない,
等々,こう挙げてみると,「向こう」が,何だか,由来のありそうな使われ方をしているのがわかる。もちろん,
向こう合わせというが,向い合せとも言う,
向こう側というが,向かい側とも言う,
向こう岸と言うが,向かい岸とも言う,
向こう河岸と言うが,向かい河岸とも言う,
向こう唐門というが,向(か)い唐門とも言う,
向こう様というが,向かい様とも言う,
向こう隣りというが,向かい隣とも言う,
等々,両用のものもあるが,現在の語感で言うと,多く「向こう」に親近感があり,「向こう」側にシフトしている気がする。
逆に,「向かい」と言って,「向こう」と言わない例は,
向かい風とは言うが,向こう風とは言わない,
向(か)い鬼とは言うが,向こう鬼とは言わない,
向(か)い郭(城郭の虎口(こぐち)の向こうへ張り出した郭)とは言うが,向こう郛とは言わない,
向(か)い座(向かい合う形の座席)とは言うが,向かい座とは言わない,
向(か)い潮(船の進行方向と逆の方向に流れる潮流)とは言うが,向こう潮とは言わない,
向(か)い棚(棚が左右にあり、中央に間隔をあけて向かい合っているもの)とは言うが,向こう棚とは言わない,
向(か)い付け(前句の趣向に対立する趣向で付句すること)とは言うが,向こう付けとは言わない,
向(か)い槌(相鎚)とは言うが,向こう鎚とは言わない,
向(か)い礫とは言うが向こう礫とは言わない,
向かひ腹(正妻から生まれること)とは言うが,向こう腹とは言わない,
向かひ火とは言うが,向こう火とは言わない,
向かい女(正妻)とは言うが,向こう女とは言わない,
等々,どうも,(「向こう」と訛ったために「向こう」との使い分けで)「向かい」が,その意味を「正面に向き合う」というニュアンスに純化されて強まり,それに伴って,「迎い」という色合いがより混じった気がする。憶測だが。
『語感辞典』によると,「向こう」は,
道・山・川・海などを隔てた反対側や,遠く離れた場所,
という感覚で,「向こう」で,あっちとかあちら,という相手側を指す使い方をする。その分,「向こう」は指す範囲が広がり,注とょうどが増し,それに対して,逆に,「向かい」は,
正面に相対する,
というニュアンスが強まっているのではないか。そのため,正面の家も,
お向こう,
というと遠い感じがし,
お向かい,
という言い方に変ってきているのではないか。 会席料理では向付は,「むこうづけ」だが,連句では,向付(むかいづけ)と呼ぶらしく,前句と対向する
視点で付ける付け方を指す。その距離感は微妙である。
参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
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遺憾とは,
期待したようにならず,心残りであること,残念に思うこと,
思い通りにいかず,心残りなこと,気の毒,
という意味である。謝罪代わりに,昨今政治家が,やたらに使う。要は,
残念,
とか
無念,
という意味で,ここには,自分を部外者に置いて,感想を述べているニュアンスがある。
可愛そうに,
という代わりに,
お気の毒,
と置き換えてみれば,言っている本人の立ち位置がわかる。あるいは,
残念です,
と言えば,少なくとも,一応は,本人の感情はもろに出てくる。しかし,
遺憾です,
というときは,自分の残念な感情を,一旦丸めなければ,言語化できない(あるいは,あらかじめ迂回用の辞書があってそれを機械的に使っているか,いずれにせよ,自分の感情を眺める(よく言えばメタ・ポジション)ことをしない限りこうはいえない)。その両者の語感の差が,当事者であるか他人事であるかの差だ。
「謝る」ということについての,主体の位置については,「謝る」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E8%AC%9D%E3%82%8B)
でも触れたことがある。謝る代わりに,「すみません」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba3.htm#%E3%81%99%E3%81%BF%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93)のもつ曖昧な逃げ口上のニュアンスについて
も触れた。
「遺憾」は,そもそも謝る代替として使っている。当事者として,
御免なさい,
ということに抵抗があるために,
気の毒に思っています,
残念です,
といったとすれば,当の相手は,どう受け取るか,と考えただけで,
遺憾(の意を表す),
という表現の,小狡さというか,図々しさが見えてくる。勘ぐれば,
「期待したようにならず」
とか,
「思い通りにいかず」
残念,気の毒,といっているとき,「思い通りにならなくて」「期待したようにならなくて」の主体が,
気の毒な状態にある相手,
を指しているとは限らない。当の自分が,
こんな謝罪まがいの状態に置かれていること,
そのことを指している,と取れなくもないのである。「謝らされる」状況に追い込まれたことによって,
相手に対する謝罪の含意を込めつつ,
しかし,こんな状況に追い込まれることになった,
(そのときの自分の)振る舞い,言動を,残念,
と言っているだけではなく,
こんなところで謝罪もどきを言わされる羽目になったおのれを残念,
と言っているのかもしれないのである。それは,「すいません」が,
相手(への迷惑が済んでいない意味)
と
自分(の心の片が済んでいない意味)
に対して,「すんでいない」という言い方をすることで,暗に,
責任を分有させている,
ということにかこつけるなら,
相手の(置かれた状況の)残念さ
と,
自分が(こういう状況に追い込まれた)残念さ
の両方について,ちょっと傍観者(メタ・ポジションといってもいい)の位置から,両睨みで,言っている,というと,わかりやすいだろうか。ためしに,不祥事を起こした企業トップの謝罪会見で,
申し訳ありません,
という代わりに,
すいません,
と言っている場面を想像するか,
遺憾です,
と言っている場面を想像するか,
で,その語感の差を味わってみればよくわかる。すいませんは,いくらか他人事が混じっているが,遺憾ですは,
ほぼ他人事,
だというのがよくわかる。
「憾」の「感」は,
心に強くショックを受けること,
で,「憾」は,
残念な感じが強いショックとして心に残る,
という意味で,
うらむ
とか
残念
という意味をもつ。「憾」は,
やや軽い,
とあり,「怨」が一番強い。「恩」の反対で,恚也,怨也,という言葉がある。「恨」は,我が心に残りての怨みの深いを言う,とある。残念とかの思いも,軽い,ということがわかる。
「遺」は,
「辶+貴(盛り上がって目立つ)」
で,物を残して立ち去り,その者がむっくり目立つことをあらわす,という。同じ「のこる」意として,
「残」は,そこなうという意を含み,あれ残る,
「遺」は,形見に残す,
という意味で,どうやら,「遺憾」は,当事者として,
自分が,
を遠ざけるだけでなく,いま,ではなく,時間的にも,
遠い向こう,
という過去を見やる意味がある。
当事者でもなく,
いまでもない,
とは,思い出の感想を述べているに等しい。確かに,実感というか,人としての感情が見えないわけだ。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
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おのれを浅はかな奴だとは自認するが,
あさましくはない,
とひとりごちたところで,「あさ」は同じでも,語感が違うと気づいた。
「浅はか」は,
考えが浅いさま,浅薄なさま,思慮の足りないさま,
奥行がなく,浅いさま,
深みがなく,あっさりしているさま,軽々しいさま,
といった意味だが,『古語辞典』では,
アサは浅,ハは端の意か,浅く外れているさま,
と,注記があって,
空間的な浅い,
という意味と,
心遣い,考え,愛情などが浅い,
と二つの意味が出ている。どうやら,空間的な奥行の無さが原義で,それを敷衍した意味が,「浅」慮のように感じる。ただ,語源辞典は,まったく別の説を載せている。
「浅+量」で,アサは浅い,ハカは量(量る・考え)で,考えが浅い(「浅墓」は全くの当て字),
「浅し+はかなし」で,浅くて弱い,
とある。しかし,この両説とも,語彙の外延が広がる,という意味から考えると,こじつけではないか。むしろ,今の意味を考えても,「あさはか」は,空間的な意味から,という『古語辞典』の説に傾きたくなる。
「浅まし」は(『広辞苑』では),
動詞アサムの形容詞形,意外なことに驚く意が原義,善いときにも悪いときにも用いる,
と注記があり,
意外である,驚くべきさまである,
興ざめである,余りのことに呆れる,
(あきれるほど)甚だしい,
なさけない,惨めである,見苦しい,
さもしい,心が賤しい,
といった意味になる。語源は,『広辞苑』の,
浅む(意外でおどろく)の未然形+しい
のようである。『大言海』によれば,
もともと浅しという意の語,
とある。さらに「あざむ(浅む)」を見よ,とあり,
浅(あさ)を活用して,あざむと云ふなり,あきれ返るによりて濁る(淡(あは)むをあばむと云ふと同趣),この語の未然形アサマを,形容詞に活用せさせて,あさましと云ふ(勇(いさ)む,いさまし,傷(いた)む,いたまし)。すなわちあさましく思うなり,あざ笑うも,あざみ笑うなり,
と詳しい。「あさむ」を「あざむ」と濁ることで,意味は評価を下す意味を込めることになる。しかも,加えて,
驚き呆れる,あっけにとられる,興ざめ,の意を含む,
とある。ただ,いやしむというのではなく,
驚き呆れる,
という意味があるということは,想定外,意想外,ということだ。
そういうことをしない人がそんな振る舞いをした,
とか,
こういう場でそんなことはしないだろうということをした,
というニュアンスであろうか。
しかし,元々「浅し」は,
深しの対,
だから,空間的に,
奥行がない,
とか
平面的,
という意味であり(色や香りに転用されて「薄い」もある),それが時間的に意味を広げて,
時間経過が少ない,
となり,身分や関係に敷衍されて,
地位が低い,
縁が薄い,
となり,結果として,
心の至りつくところが深くない,
智恵が未熟,
情が薄い,
趣きが少ない
となる。どうも「あさはか」も「あさましい」も「浅」と縁が深い。浅いということは,あまりいい評価にはつながらないらしい。
薄っぺら
軽い
表面的
皮相
は,いずれも,貶める言い方に通じる。「浅(淺)」の「戔」は,
「戈」二つからなり,戈(刃)で気って小さくすることを示し,小さい,少ない意,
で,「浅」は,水が少ない,意。しかし,「浅い」という意味だけで,やはり,貶めるニュアンスがある。
浅学,
功浅,
等々。何ごとも深く奥行の見えない深みのあるのがいいらしい。嗚呼。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「ほうほうのてい」は,
這う這うの体,
と書く。
いまにも這い出さんばかりの様子,
散々な目にあって,かろうじて逃げる様子,
という意味である(『広辞苑』)。『日葡辞典』では,
ハウハウノテイニテニゲタ,
とあるそうだから,本来は,
這う
が訛ったものなのだろう。『古語辞典』には,
はふはふ,
として,
やっとの思いで歩くさま,
体裁の悪いのも何も構っていられないさま,
という意味が載っている。やはり『大言海』の説明がふるっている。
歩みがたきを,強ひてなす状に云ふ語,
辛うじてあゆみて,
として,
失敗(しぐじ)りてそこそこに逃ぐる状に云ふ,
とある。しくじって,こそこそ逃げる,のを,本人の身になれば,いたたまれず,這うようにして,去る,という状態であろう,と惻隠して言う言葉なのだろう。たぶん,逃げる本人は,
ほうほうの体で逃げる,
とは言わない。その場に居合わせた周囲の人には,そう見えた,ということだろう。そこには,憐憫が混じっている。その意味では,類語としてあがる,
辛くも,
間一髪で,
首の皮一枚で,
危機一髪で,
命からがら,
というのは,似ているようで,まるで視点が違う。
その場にいる自分自身が危なかった,
と言えるニュアンスではない。そういう一般的な危機ではない,
おのれのへまが招いたもの,
だから,ほかの人はそこから逃げ隠れする必要はない。そこには,
ただ危なかったと述懐するような自慢の色はない。
いたたまれず,
尻に帆掛けて逃げるさまなのである。あるいは,
尻尾を巻く,
や
とんずら,
という方がニュアンスは近い。でなければ,「ほうほうのてい」に含まれる,
恥ずかしさ,
や
いたたまれなさ,
が抜けてしまう。
それにしても,昨今,
厚顔無恥,
というか,
面の皮が厚い,
というか,廉恥心の欠片もなくなったように見えてならない。廉恥心とは,
恥を知る,
というより,
恥が何たるか知っている,
という意味だ。無恥は,無知から来ている。それについては,「無知」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E7%84%A1%E7%9F%A5)
で書いたが,
之を知るを之を知ると為し,
知らざるを知らざると為す,
それを知らぬを無知と言うばかりではなく,無恥という。
本来,ほうほうのていで,逃げるべき時に,逃げずに,そこに開き直る。いや,冗談だと,言い募る。
そこに居座ること自体,恥ずかしいのに,それを恥もせぬ,
無恥,
とは,まさに無知。それもおのれを知らず,天に恥じぬ。もはや,恥知らずではなく,人間としての何かが欠けている,というべきではないのだろうか。
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「むかっぱら」は,
向っ腹
とか
向かっ腹
と書く。
むかむかと腹を立てること。
どうしようもなく腹立たしい気分。
やり場のない怒り。
という意味である。語源的には,
「むかばら」の音変,
であるとされるが,手元の『語源辞典』では,
「ムカマカ(擬態語)+パラ(腹が立つ)」
とあるが,どうも首をかしげたくなる。「腹」は,
業腹
とか
腹立つ
とか
腹が煮える
とか
腹に据えかねる
等々だけでなく,
腹を割る
とか
腹を決める,
等々,心や気持ち,あるいは胆力といった意味もある。前にも触れたが,語源的には,
「ハラ(張る)の変化」で,飲食したり退治を宿したりハル(張る)ところという意味,
というのと,いまひとつ,
「ハラ(原)」が語源で,人体の中で広がって広いところ,の意,
という説がある。『大言海』は,
「廣(ヒロ)に通ず。原(ハラ)・平(ヒラ)など,意は同じと云ふ。又張(ハリ)の意」
と,集約している。他の辞典にはないが,『大言海』には,
料簡
の他に,
怒り,立腹
の意味を載せている。語源で言う,「はら」に,「怒り」の意味が含んでいた,とも言える。『古語辞典』で,
心底
意趣,遺恨などを含んでいる,内心
と,載せているのに通じる。
まあ,向かっ腹は,むらむらとくる怒り,である。業腹は,
「業火(激しい)+腹」
で,非常に激しい怒り,
腹の中で業火が燃えるような,ひどくいまいましい,
という意味で,似ているが少し違う。むかむかする,のである。吐き気を同じく,むかむか,というから,似たように,腹の内からこみあげてくる怒りである。ただ,そこに,
いまいましさ,
があるのが業腹である気がする。いまいましいは,
忌忌しい,
で,不潔で,汚らわしい,不遜,といった意味を含めて,
癪に障る,
小癪な,
という思いである。向かっ腹には,それがない。ただ,その理不尽さ,その不合理さに腹が立つのである。現政権のしていることに感じるのは,その,
向かっ腹,
である。怒りは二次感情ということは,「二次感情」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E6%84%9F%E6%83%85)
で触れた。向かっ腹も,業腹も,心の中にある価値観と抵触して,
許しがたい,
という感覚から来ているに違いはない。いま,怒りの背後にある,
価値観,
の戦いである。それは,
誰かのためなのか,
誰ものためなのか,
そろそろ利権にまみれた,誰かが得するための政治を踏みつぶさなくては,おのれの血でその付けを払わされることになる。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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若造は,
若蔵,
若僧,
とも当てる。
若者や未熟者の意。多くは卑しめて,あるいはあざけっていう語。
造,
という言い方もある。
あるいは,
青二才,
とも呼ぶ。「青」は,未熟の意。
人柄,技両の未熟なること,
と,『大言海』にはある。二才は,
「アオ(未熟)+ニサイ(幼魚)」
で,ボラなどの幼魚を二才,というのに喩えて,
歳若く経験の乏しい男を罵って言うという。
毛二才
とか
小二才
といったいい方もしたようだ。ただ,語源には,
「アオ(若く,経験浅く,未熟)+ニサイ(新背,新成人)」
とする説もある。若者組に入る新入りを,「新背(にいせ)」といい,それが訛ったとする。たしか,薩摩では,若者を「にせ」と呼んだのではないか。
似た言葉に,
若輩(弱輩)
というのがあるが,これは,中国語では,
「若(なんじ)+輩」
で,おまえたち,の意味。日本では,「若」を若いと転じたので,
歳の若いもの,
という意味になった。
似た意味には違いないが,「若輩」は,自分のことを謙遜して言うことが多い。それに対して,
若造,
青二才,
は,人からいやしめて言われることが多い。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/4483/m0u/
によると,
「『若輩』『若造』は、その若さのゆえに未熟者と見なされ軽蔑されるのだが、『青二才』は、経験が乏しいのに言うことだけは一人前といった生意気な若者に対して用いることが多い。」
とある。「小癪な」と言うのに似た使われ方のようだ。
それにしても,いま,こう言う言い方をする人は,少なくなった。年齢だけではなく,未熟さを謙遜して,
若輩者ですが,
という言い方すら,最近寡聞にして聞かない。当然,僕個人の経験でも,経験者や高齢者が,若者を,
青二才,
などと罵る場面に出会ったことがない。
それは,いつの間にか,高齢者の積んできた経験や技量が,一切合財(とはいわないものの)役に立たなくなったから,(と世の中か若い人たちが,というより年寄りたちが)思っているせいなのかもしれない。
本当にそうかどうかは知らない。しかし,国会での今の政権を担っているひとを,自民党の長老たちがたしなめているが,しかし,
青二才,
とは,言わない。言っていいと思う。ほぼ,やっていることも,言っていることも,
チンピラども,
なのである。たとえば,
http://togetter.com/li/832562
に明々白々になっているのは,そのチンピラもどきの一人,礒崎陽輔総理補佐官が安保法案についてツイッターでケンカをふっかけて,相手10代の女子に完全に論破されてブロックして逃亡した,と噂されている一部始終を見る限り,チンピラそのものである。
いま(戦争体験,戦後体験を含めた)経験者の声が,路傍に捨て去られた後に来るのは,
草茫々の亡国,
なのではないか。それは,ITだのテクニックだのといった技量だけでは測れない人の器量の差の結末なのではないか,と年寄は思うのである。
上へ
「小癪な」という「小」は,接頭語で,
物の数・形が小さい意(小石,小家等々),
ものの程度の少ない意(小雨,小太り等々),
年が若い,幼い意(小冠者,小童等々)
身分・地の低い意(小侍,小法師等々)
数量が足りないが,それに近い意(小一時間,小一年等々)
体を動かす意の句に冠して,ちょっとした動作であることを示す意(小耳,小腰,小手等々)
といった,多寡や程度の少ない意の他に,
未熟なものに対する軽蔑の意(小倅,小わっば等々),
形容の語句に対して,その状態がちょっと気に触ったり,心に引っかかったりする意(小賢し,小面憎し,小気味いい,小奇麗等々),
といった意味がある。「小癪な」もその一つ,
小賢しい,
生意気なこと,
の意味になる。類語は,
小賢しい,
とか
小面憎い,
となるが,「癪」は,いわゆる病気の意を除くと,
腹立ち,怒り,
腹の立つような事柄,
の意で,
癪に障る,
という使い方で,
癇癪を起す,
腹が立つ,
という意味になる。「小」がつくことで,
その(癪の)程度が小さいが,ちょっと気になる,
という程度に収まっている,という意味だ。
「こづらにくい」
は,祖母の口癖で,子供の頃,よく「コヅラニクイ」と耳で聞く限り,
癪に障る,
と,ほぼ同義だと受け止めていたが,「つら」に「面」の字を当ててみると,「腹が立つ」ところまではいっていないのである。「癪」=怒りとすると,その怒りの気持ちにちょっと抵触する,といったニュアンスなのである。むろん,
小賢しい,
とは,ちょっと意味がずれ,ベン図になぞらえると,重なり具合が微妙なのだ。「小賢しさ」は,
確かに,相手の言いぐさは,生意気なのだが,その言いぐさが正鵠を射ているから,反論できず,
小賢しく感じる(小才を振りかざすさまをそう感じる),というのに対して,「小癪な」は,
そもそもおのれに向かって反論してきたこと自体が,生意気だ,
と感じる(そういうことをおのれは言うのか,という受けとめ方な)のではないか。
小賢しさには,これ見よがし,というか,小利口ぶっているさまがある。小癪には,その言動に対する,
小憎らしさ,
がある。だから,癪に障るのである。
小面憎い,
の含意はまさに,似ている。
「癪」の字は,いわゆる,「しゃくを起す」の「しゃく」で,
いや胸が急激にいたんで痙攣をおこす,
さしこみ,
の意である。「癇癪」は,まさに,発作的な怒りを指す。「癇癪」の「癇」の字は,
ひきつけ
を指すが,「疒+間」で,
間をおいてまた起こる,
という間歇性を示す。ただ「感情の激しい怒り」を指す意味は,わが国だけで使われる意味のようだ。小癪に障ることが多いということは,
自分の立場を守ろうとするせいでそう感じるのか,
あるいは,
小生意気な,小面憎い(小僧っ子政治家の)振る舞いが,目につくせいだろうか。
若造,
と,つい言いたくなる自分を抑えている。
上へ
「分」は,「ぶん」の意の「分」である。
分を弁える,
の意味で使う。意味は,
各人にわけ与えられたもの。性質・身分・責任など,
の意味で,分限・分際,応分・過分・士分・自分・性分・職分・随分・天分・本分・身分・名分等々という使われ方をする。
前にも書いた気がするが,「分」の字は,
「八印(左右にわける)+刀」
で,二つに切り分ける意を示す。ここでの意味で言えば,
ポストにおうじた責任と能力
の意だが,「区別」「けじめ」の意味も含む。「身の程」「分際」という言葉と重なるのかもしれない。それはある意味,
「持前」とも重なる。
分を守る,
とか
分を弁える,
という言葉が身に染みる。あるいみ,「慎み」とは,そういうことなのではないか。
慎むこと。控えめに振る舞うこと。
江戸時代,武士や僧侶に科した刑罰の一つ。家の内に籠居 (屏居)して外出することを許さないもの。謹慎。
物忌み。斎戒 (さいかい) 。
といった意味があるが,上にか天にか神にか,分を超えたことへの戒めととらえることができる。
「身」という字は,
「女性が腹に赤子を身ごもったさまをえがいたもの。充実する,一杯詰まる,の意を含む」
とある。「身の程」は,身分がらとか地位の程度を指すようだが,
天の分,
を指すのではあるまいか。つまり,
天から分け与えられた,性質・才能,
の意味のそれではなく,
天から与えられた分限,職分,
の意である。
死生命有
富貴天に在り(『論語』)
の意である。
潔さとは,
身のほどを弁える
とか
分を弁える
ところからしか生じないと,僕は思っている。潔いとは,
思い切りがよい。未練がましくない。また、さっぱりとしていて小気味がよい。
等々といった意味だが,単に気風のことを言っているのではあるまい。「潔し」は,
「イサ(勇・イサムの語幹,積極性ある意)+清い」
で,潔白ですがすがしい,意味とされるが,古くは,「清」「明」「潔」をイサギヨシと訓ませていた,とある。その意味では,
積極的で清浄なという男性的感覚,
として,本来は(自然の風景が澄んでいるという意味の),
綺麗に澄んでいる,清浄である,
という意味だったのかもしれない。それから派生して,
気分がすがすがしい,さわやかだ,
と,主体側の気分を表現する意に転じたというのは,わかりやすい。そこから,
思い切りがよい,さっぱりしている,淡々としている,
に転じるには,人の在りようなり振る舞いを指して言うようになった,と考えられるが,そこは,風景にすがすがしさを感じるのに準えて,人の振る舞いを指し,さらには,それを評するこちらの気分に転じた,とたどれなくもない。
「潔」という字の,「求vは,ぐっとひきしめるという意で,それに水を加えて,
清い(清廉潔白),
きよめる,きっぱりとけじめをつける,
といった意味で,「潔い」という字を当てたところから,漢字の意味に引きずられたのではないか,と勘繰りたくなる。
「けじめ」という言葉は,
「ケ(段・分段)+チ(つ・の)+目」
で,分け目,区別の意味で,そこから準えて,
道徳や規範によって行動・態度に示す区別。節度ある態度。
という意味に敷衍されている。分,身の程と近いが,差異というか切れ目に着眼しているので,目線が外からの色合いが強い。分,身の程は,内からの自分での弁え,ということになる。
潔さとは,分を守ることの徹底に見る。僕は,松陰の『講孟余話』よりも,それ(みだりに異国に華夷の弁を立てるの)をたしなめる山県太華に,身の程を見る。腐儒などと言われるものの方が,(小楠も含め)まっとうである。いま,憲法学者を罵るものに,(文を弁えぬ)無恥の暴虎馮河を垣間見る。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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恥
というのと,
恥ずかしい,
とか
恥じらう,
というのとは,もちろん,和語か中国語かの語感の差もあるが,随分印象が違う。しかも「はじ」と読ませて,
羞(恥じて眩く,顔の合わせがたきなり),
恥(心に恥ずかしく思う),
愧(おのれの見苦しきを人に対して恥ずる。醜の字の気味がある),
辱(はずかしめ,栄の反対。外聞悪しきを言う),
慙(はづると訓むが,はぢとは訓まない。慙愧と用いる。愧と同じ),
忸(忸・怩ともに恥ずる貌),
等々とある(括弧内は『字源』による意味の違い)。しかし,「恥」の字と,
はじる,
と表記するのでも,随分印象が変わる。
「恥」は,「心+耳」で,心が柔らかくいじけること,という意味らしい。ただ,『漢和辞典』では,「羞」と比較して,
「羞し,恥じて心が縮まること,『慙愧』と熟してもちいる。辱も柔らかい意を含み,恥じて気後れすること。忸は,心がいじけてきっぱりとしないこと。慙は,心にじわじわと切り込まれた感じ。」
と説明があった。「恥づ」は,語源的には,
「端+づ」
で,中央から外れている,末端にいる劣等感,を意味する。『古語辞典』にも,
自分の能力・状態・行為などについて世間並みでないという劣等意識を持つ意,
と注記がある。だから,
(自分の至らなさ,みっともなさを思って)気が引ける,
となるし,逆に,
(相手を眩しく感じて)気後れする,
結果として,
照れくさい,
という意味になる,ようである。それにしても,「恥ずかしい」と「はにか(含羞)む」とでは,随分ニュアンスが違う。
「はにかむ」は,
「歯+に+噛む」
で,遠慮がちに恥ずかしがる様子が,歯に物をかむようなので,はにかむというらしい。しかし,恥ずかしがり方よりは,何を恥ずかしがるか,が問題のようだ。
「行己有恥」(己を行うて恥あり)
とある。
「子貢問うて曰く『如何なるこれこれを士と言うべき』子曰く、『己を行うて恥あり。四方に使いして君命を辱めざる、士と言うべし』」
にある。ここで言う恥は,
「端+づ」
の恥ではないのではないか。『大言海』に,「はぢ(恥・辱)」として,
恥ずこと,面目を失うこと,恥辱,
恥を恥とすること,名を重んずること,廉恥心,
とある。この説明が一番僕にはピンとくる。廉恥とは,「廉とは,清潔の義」で,潔くして,恥の感情の強いこと,とある。あるいは,「恥じを知ること」とも。
ここにあるのは,自己倫理なのではないか。世間体というのも,もちろん一つの基準であるし,世の中の基準というのもあるが,ここでは,自分の生き方としての確信なのではないか,それを自恃といってもいいし,自負といってもいい。しかし,それは,自惚れや奢りではない。
子曰く,由よ,汝に知ることを誨(おし)えんか,知れるを知れるとなし,知らざるを知らずとせよ,これ知るなり。
それは,知ったかぶりとは無縁のことだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%9E%E6%81%A5%E5%BF%83
によると,「恥ずかしい」と思うとき,
自己の存在が取るに足らない物と感じ、自己を否定したいと思う「全体的自己非難」
恥を感じる状況から逃げたい、もしくは恥を感じた記憶を消したいと思う「回避・隠蔽反応」
自分が周囲から孤立したと感じる「孤立感」
人に見られている、人に笑われていると思う「被笑感」
とあるが,恥の本質は,どうもこのどれとも当てはまらない気がする。おのれの人としてのありよう,あるいは,大袈裟に言うと,
人としてある使命,
のようなものに照らすのではないか。それは,よそにある尺度ではなく,自身の中にある尺度,倫理である。自己倫理とは,
(おのれ自身の内的な声として)いかに生くべきか,
というコアの自分への戒め,である。
だから,無恥は無知に通じ,無知は無恥に通じる。そのことは,「無知」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E7%84%A1%E7%9F%A5)
で触れた。
参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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あてずっぽう
とは,
根拠や目当てなしにことを行うさま,
という意味である。この語源が,また,よく分からない。
http://gogen-allguide.com/a/atezuppou.html
の『語源由来辞典』によると,
「江戸時代,根拠もなく推し量ることを『当て推量』といい,『あてずい』とも略された。それが擬人化され『あてずい坊』となり,変化して『あてずっぽう』となった。」
とある。もっともらしいが,擬人化される謂れがわからない。手元の『語源辞典』によると,
「当て+寸法」
で,
鉄砲伝来以来,atezunpouが促音化し,atezuppouと音韻変化した,
とある。なぜ「鉄砲伝来」の説明がいるか,というと,「teppou」と掛けたいのかもしれないが,あくまで,音韻変化の結果として似たというだけなのではないか。どうも首をかしげたくなる。
しかし,『大言海』は,「あてずっぽう」について,
當推坊(あてすいぼう)の急呼転にて,當推量を擬人化したる語なるべし,
とある。「呼転」とは,
「語中・語尾の音を、その語を書き表す仮名自身の発音によらず別の音に発音すること。」
という。『大言海』は,
筒袖(つつっぽう)
風来坊
悔しん坊
を例示している。そのほかに,暴れん坊,食いしん坊というのもある。因みに,「当推量」をみると,
「あてずいと,下略するは,極隋一を,ごくずい云ふがごとし」
とあり,
「推當(おしあて)に思ひはかること。略してあてずい,また,あてずっぽう」
とある。どうやら,『語源由来辞典』に軍配が上がりそうである。
ただ,公平に見ると,
当て推量→あてずい坊→あてずっぽう,
という変化説の他に,
「物差しもなしに長さを測ることをいう『当寸法(あてずんぼう)』が転じた」
との説もあるにはある。
「あて」というのが,「宛」「当」「充」「中」と,当て方で少しずつずれる。「宛つ」「当つ」「充つ」「中つ」の名詞化なので,それぞれを(『大言海』で)見ると,
「当つ」は,突き合わせる,触れさせる,
「中つ」は,目的に当つ,の意。目的に届かす,
「充つ」は,「宛つ」ともあてる。割り当てる,あてがう,
等々だが,「あて」で,辞書を引くと,「当て・宛て」の字を当てて,今は厳密な区別をつけていない。
@めあて。目的。
Aみこみ。めあて。
Bたより。期待。
C当てること,あてがうこと,
等々,むしろ,他の語と複合して,肩あて,肘あて,当て身, 鞘当て,さけのつまみ等々として使われている。
あてずっぽうも,
目当て
なのか,
見込み
なのか,
期待
なのか,
あてがい
なのか,
で,当てにした空頼みが違うニュアンスが出るのが面白い。はずれた「あて」は,何であったにしろ,当てにされた側は,とんと覚えがないに違いない。
類語に,
壁越推量
揣摩(しま)臆測,
というのがある。「揣摩」は,
「あれこれ推し量ること。推し量る意の「臆測」に重ねて、意味を強調した語らしいが,『戦国策』が出典という。いまはあまり使われない。一番似ているのは,
山,
とか
山勘,
とか
山を張る,
他が,これについては,「やま」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%84%E3%81%BE)
で触れた。
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後生楽,
という言葉があるらしい。
「ごしょうらく」
と,読む。出典は知らないが,意味は,
後生は安楽と思って安心すること,
心配事も苦にしないで、のんきなこと。また、そのさまや、そのような人。ののしったり、しかったりするときにもいう,
とある。もともと,
「後生」の意味から,派生したに違いない。「後生」とは,
今生
や
前世
に対する言葉で,「来世」のこと。もともと,
来世の安楽,
とか
極楽往生,
との意をもっている。そこから派生して,
人に折り入ってものを頼むときに言う。『大言海』に,
「人を救ふ善根は,後生安楽の果報とならむとの意」
とある。「後生の勤め」とかと言って,
極楽往生を願って,この世で徳行を積むことから,
「後生を願う」
という意味で,人に頼むときに,
「後生だからお願い」(とは,昨今言わなくなったが)
等々と言って,
「後生善処するから,お願いします」
「私の頼みを聞いておくと,後生に果報があるよ」
とは,なかなか虫のいいことを言う。
してみると,後生楽は,後生にあるかのように,のんきにしている,という意味だが,どうも,明らかに,(場違いに,今風に言うと,空気を読めず)のんびりしている奴への面当てというか,嫌味で言う言い方のように思える。
それにしても,「後生」にまつわる言葉は多い。
後生一生
後生気
後生心
後生善処
後生立て
後生だのみ
後生願い
後生始め
後生菩提
後生の生まれ変わりを頼んで,「後生立て」し,「後生を願う」。むろん,「後生嫌い」(後生と言うより信心嫌い)と言う言葉もあるくらいだから,すべてではないにしても,今生ではなく,他生にすがるしかなかった憂世のしんどさが逆に垣間見える。
後生大事
後生は徳の余り
もそれを示す。もっとも,
後生願いと栗の木にまっすぐなものはない
後生願いの六性悪
と,その底意を嘲るものもあるし,
後生より今生が大事
というもっともなのもある。
話が違うが,「後世動物」という概念があった。
「動物界には多細胞動物と、単細胞で運動性がある原生生物が含まれていた。この、動物扱いされていた単細胞生物を原生動物というのに対して、多細胞の動物をまとめた呼び名として後生動物が使用された。」
「後世」と訳したのは,時系列的に,多分つながっているという感覚なのだろうか。「個体発生は系統発生を反復する」という「反復説」のヘッケルの唱えたものらしいが,人は,受精卵から成人するまでの個体発生プロセスのの間に,
「単細胞生物→多細胞動物→脊索動物→魚類→両生類→爬虫類→哺乳類→類人猿類→人類」
という系統発生を繰り返している,という説である。単細胞以降の後生,そう考えると,成長し,生まれ出る前に,
輪廻転生,
を繰り返している,と言えなくもない。すでに,その意味では,生まれ出た,今生が,
後生,
なのではないか,という気がする。
参考文献;
中沢弘基『生命誕生』(講談社現代新書)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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「
仕方がない」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E4%BB%95%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%84)には触れたが,同義の表現として,
仕様がない,
やむを得ない,
詮方ない,
詮ない,
余儀ない,
是非もない,
よんどころなく,
等々がある。どちらかというと,
他に打つ手がない,
そうする他ない,
避けて通れない,
逃げられない,
不可避の,
といった意味だが,いずれも,「〜(余儀,是非,栓,仕様,仕方,等々)」がついて,「ない」となっているが,なんとなく,これを,昔の人は使い分けてたのではないか,とふと気になった。
「しかた」は,前にも書いたが,
「サ変の連用形,シ(為)+方」
やり方,手段である。「仕方」は,だから,
なすべき方法,やりかた,
ふるまい,
(仕形とも書く)てまね,
という意味が載る。「仕様がない」の「仕様」も,似た意味で,「仕様」は,
「仕(しごと)+様(ほうほう)」
で,物事をする手段,方法,を指し,
施すべき手がない,
という意味から,「始末におえない」「しょうがない」に転じた。「やむをえない(やむをえず)」は,
已むを得ない,
とか
止むを得ない,
と当てる。ほかにどうしようもない,仕方ない,という意味だが,「やむにやまれぬ」は,
とめようとしても止められない,そうするしかない,
という意味だが,「やむなく」「「やむない」となると,仕方がない,となる。「やむ(已む・止む)」は,
長く続いていた現象や状態が自然に止まり,消え失せる,
という意味で,「やむなく」も「やむにやまれず」も,自力ではなく,他力,ありていに言えば,他責のにほひがしなくもない。
「詮方なし」は,語源が,
「サ変動詞の未然形『せ』+意志の助動詞『ん』+方(方法)」
なので,「為ん方無い」が正しい。「詮方ない」は,「詮無い」との関連の当て字ではないか。で,「詮無い」は,
「詮」は,中国語の選ぶ,具わる,
という意味で,「詮」の,「全」は,
「集めるしるし+工または玉」
で,ものを程よくそろえること。「言」をくわえた「詮」は,
言葉を整然と取り揃えて物事の道理を明らかにすること,
とある。「詮なし」は当て字らしい。「詮方なし」が語源とある。『古語辞典』をみると,
「詮は物事の理の帰着するところ」
とあり,
無益・無意味である,
かいがない,
という意味が載っていて,「詮方ない」のやむを得ないというニュアンスではなく,「やる意味がない」という意味から来ているようだ。用例も,
「一人当千と聞ゆる平家の侍どもと軍して死なんとこそ思ひつれども,このご気色ではそれもせんなし」
とあるので,しかたないというより,その甲斐がない,のでしかたない,と仕方ないは,結果として訪れる。
「余儀ない」の「余儀」は,
「余(他)+儀(方法)」
で,「仕方ない」の「仕方」や「仕様がない」の「仕様」と似ている。たた,「儀」は,
ほどよく整った手本となる人間の行為,
が原義で,手本(儀法)とか作法(儀式)といった意味がある。
「是非(も)ない」の「是非」は,
是と非,
正と不正,
良し悪し,
の意味であり,是非を云々することもない,というところから,仕方がない,という意味になったと思える。似た使い方で,「是非に及ばず」は,前にも書いたが,
織田信長が本能寺で光秀軍に取り囲まれた際,
「是非も及ばず」
と漏らしたと,『信長公記』にある。この場合はわかる。是非を云々するに及ばない,そんな暇はない。そういう切迫した事態だとということではなく,
おのれが重用した惟任光秀が,
という意味では,おのれの所業の付けである,仕方ない,というニュアンスではないか。『大言海』は,
為ん方ない,是非するまでもない,やむところをえず,
と,「是非」の意味を載せる。
「よんどころない」は,
「よりどころ(根拠)がない」
の音便化。
「おのずからとみずから」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E3%81%8A%E3%81%AE%E3%81%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A8%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%8B%E3%82%89)でも書いたが,結局,手段がない,是非(のいとまも)ない,と理由をあげながら,つまるところ,
(自力では)止むをえない,
と諦めてしまう。それは,他責化といってもいい。
潔い,とは思わない。生きる執念がなさすぎる。おのれを大事にしない,というよりは,大きな流れに逆らおうとしない,その結果命を粗末にすることになる。まだ打つ手はあるにもかかわらず。だから,何度でも為政者に騙される。いつまで,こんなことを繰り返すのだろうか。まあ,おのれにもあるその心性の,自戒を込めて。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
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「おたんこなす」は,
まぬけ,とんま,と類する,人を罵る言葉,らしい。「おたんちん」が意味として出る。「おたんちん」を引くと,「おたんこなす」が出る。「おたんこなす」は,「おたんちん」から来たらしい。語源は,
「牡丹餅面」の変化したもの,
という。「botamoti+面」から,otamoti+nと,bが落ちnが加わって変化した語,とされる。『大言海』も,
牡丹餅面(ぼたもちづら)の略訛にてもあるか,
と注記している。ただ,
「女を卑しめて呼ぶ口語」
とあるところが重要に見える。併せて,
「筑前の博多にても云ふ」
と付言している。記憶にないのだが,夏目漱石の『吾輩は猫である 』で,苦沙弥先生が,細君に,
「夫れだから貴様はオタンチン・パレオロガスだと云うんだ」
と言っているのは,「おたんちん」にかけたしゃれと言っていい。この使い方が,たぶん,「おたんちん」のもつ意味を反映しているように思える。
俗説は,一杯ある。たとえば,http://zokugo-dict.com/05o/otankonasu.htmには,
「おたんこなすは同義語『おたんちん』からきた言葉で『ちん(男性の生殖器官のこと)』の部分を『小茄子』に例えたという説があるが『おたんちん』の語源自体が定かでないため断定は出来ない。また、おたんこなすは「炭鉱の茄子」の略で、灰をかぶった炭鉱エリアの茄子は売り物にならないことから先述のような意味になったという説もある。」
と出ている。その他,
「『おたんこなす』本来は『出来損ないの茄子』を指す ことから、単純に『おたんこ=出来損ない』或いは『おたんこなす』 と言う様になった。」
「『おたんちん』とは、江戸の新吉原(要は遊廓街)での言葉で、遊女達が嫌な客のことをこう呼んでいたと言います。男性のシンボル『おち○ち○』が短いことを『短珍棒(たんちんぼう)』と呼び、丁寧に『御』を付け、言葉が長くなるので、『棒』を省略して『御短珍(おたんちん)』になったのではないかということです。『おたんこなす』は「御短」と『小茄子』に分けます。「おち○ち○」を『小茄子』に喩えて『おたんこなす』という言葉が完成したようです。」
等々。いやはや,まことに理屈と膏薬はどこにでもつく,とはよく言ったものです。しかし,億説と退けられないのは,『大辞林』には,「おたんちん」について,
まぬけ。人をののしっていう語。
の他に,
〔遊里語〕 嫌いな客。
が載っている。だから,どういう意味か謂れなのかは別に,遊里で使われていたことは確かのようだ。
「〜ちん」
というのは,接尾語で,
人名に付いて、軽い親しみや軽い軽侮を表す語。また、容姿・性格などを表す語に付いて、そういう人の意を表す,
で,「しぶちん」とか「でぶてん」とか「あほちん」といった使い方をする。
「おたんちん」も「おたんこなす」も,悪罵というよりは,からかう,揶揄するニュアンスがある。『大言海』や苦沙弥先生の使い方を考えると,遊里で使っていても,悪意や嫌悪があるようには見えないのだが。
ぐず,のろま,頓馬,と言うのと,おたんこなす,というのと,
たわけ,馬鹿,まぬけ,と言うのと,おたんこなす,と言うのと,
ばかたれ,あほんだら,ぬけ作,と言うのと,おたんこなす,と言うのと,
あんぽんたん,薄のろ,あほ,と言うのと,おたんこなす,と言うのと,
比較すると,どこかユーモラスな感触がある。面罵と言うより,おちょくっているというか,茶化しているという雰囲気が伝わる。
別に遊里説に異をとなえる気はしないが,ひょっとすると,嫌っているふりをして,
あのおたんちん,
という言い方をしていたのではないか。衒いというか,照れ隠しというか,本音を隠すという意味で,使っていたのではないのか,という気がしてしまう。
色男 (ねこ) もおたんちんも、かよひ郭の仲街 (なかのちゃう)
と言う言い回しがあったようだから,持てないやつの総称としても,
うちの宿六,
とか
馬鹿亭主,
と似た,ニュアンスで言ったのではないだろうか。今の語感で言うので,間違っているかもしれないが,
おたんこなす
や
おたんちん
には,罵りや嫌悪よりは,親愛を込めた揶揄のにほひがしてならないのだが。
参考文献;
http://zokugo-dict.com/05o/otankonasu.htm
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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閑日月は,
かんじつげつ,
と読み,
暇な月日。
ゆったりとして余裕のあること。
という意味だが,どうも単なる閑人や庶人については言わないらしい。たとえば,
英雄閑日月あり,
とか
名人閑日月あり,
という使い方をするようだ。たとえば,
「英雄といわれるほどの人物は、遠謀と大志に思いをはせ、小事には無頓着で悠々としているので、傍目には暇人のように見えるということ。」
であり,まあ,閑人が,しゃれで,英雄を気取って,「閑日月」などと言ってみるということもある。
しかし,ずっと暇な場合には使わない。
はさまれた時間,
を指すのではないか。しかし考えたら,
閑,
暇,
隙,
そのものが,合間を指しているのではあるまいか。このことは,「暇」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E6%9A%87)
で触れたことがある。ひとつながりの時間の流れの,
句読点,
という感じであろうか。「閑」は,
門+木
で,牛馬の小屋の入口に構えて,勝手に出入りするのを防ぎ止める閂の棒,を指す。「ひま」の意に用いるときは,
「間(すきま,あきま)に当てた仮借的な用法だが,後に,「閑」を使うことが多くなった,
とある。つまりは,
ひま,
とか,
たいせつでない,
とか
用事がない,
といった意味になる。「隙」のつくりは,
「小+小+白(ひかり)」
で,小さな隙間から,白い光が漏れることを示す。それに,「阜(土盛り,土塀)」を加えて,土塀の隙間を表す。だから,「隙」は,そのあいた,「間」(あいだ,あき)そのものを示す。「暇」の「叚」は,
「かぶせる物+=印(下においたもの)」
という会意文字で,下にものを置いて,上にベールをかぶせるさま,という。それに「日」を加えて,
所要の日時の上にかぶせた余計な日時,
を指すらしい。て,
仕事がなくて余った時間,
とか
官職や奉公を辞めてひまになったこと,
という意味では,「間」というよりは,のっぺりとした無為の時間,という意味がある。だから,
閑日月,
とは言っても,
暇日月,
とは言わない。「閑」の字は,上述のように,「間」(閨jの当てたので,「間」自体が,
忙の反,
という意味を持つ。まさに「閑」は「間」なのである。「ひまじん」は,
閑人,
とも
暇人,
とも
隙人,
とも当てるが,のべつ暇な人は,暇人であって,たぶん,閑人とは違うのであろう。
上へ
土性骨というのは,
「ど」は接頭語で、「土」は当て字,
だそうで,ど根性とか,どでかい,といったいい方をする。もともとは,
「ど(接頭語)+背骨」
が,せぼね,しょうぼね,と訛ったもの,という。意味は,
強い心根,
ということになる。連想で,「性根」を思いつく。『古語辞典』で,「しゃうね」(性根)を引くと,
正念
が,転じたもの,として,
しっかりした心,
正気,
という意味になる。ところが,『大言海』で,「しゃうね」(性根)を引くと,
ネは,根を和訓したるものか,
として,
根性に同じ,
という意味を載せ,「コン(根)」を見よ,とある。で,「根」をみると,
ね,もと,
仏教の語,人の天賦の性質,性能。根性,
ことを行ふに久しく堪へ忍ぶ精神の力。精力,気力(根気,精根,根が強い)
という意味を載せている。どうやら,「せぼね」が「どせぼね」から「どしょうぼね」と変ったのだが,「ね」に,「根」の字のイメージが付きまとったのではないか,と憶測をたくましくする。声で出してみると,
どしょうぼね
の「ぼね」は,「骨」ではあるが,「どせぼね」が「どしょうぼね」に訛ったとき,「土性骨」と当てたものらしいが,「性骨」という言い回しは,「しょうぼね」とは読ませず,「しょうこつ」と読ませる。その場合,
もって生まれた資質。特に技芸・運動の素質。また個性。
という意味で,「土性骨」の意味の「性根」の意味とは少しずれる。いや,むしろ,その素質を指す言葉で,「根性」とか「性根」という意味は,「土性骨」にしか使わない。むしろ,「土性骨」と漢字をあてたとき,性根の「根」のもつ意味が影のように付きまとっていたような気がする。
話を戻して,「どしょうぼね」の接頭語「ど」を引くと,
罵り卑しめる意を表す。たとえば,どあほう等々,
その程度の強いことをことを表す。どぎつい,ど真ん中等々,
とある。で,ふと思い出すのは,
ドン引き,
の「どん」で,これは,
接頭語「ど」を強めた語,
とある。どん尻,どん底,といったような。ただ,横道にそれるが,「ドン引き」は,もとは,
「もとは、映画やテレビの撮影で、ズームレンズを引いて被写体を小さくすること」
をいったらしく,
「日本語俗語辞書」(http://zokugo-dict.com/20to/donbiki.htm)
によると,
「もともとドン引きは映画撮影やTV撮影で使われる放送業界用語で、目一杯引いて撮る手法(広範囲を撮影するもので、ズームアウトともいう)のことを言った。ここから、芸人の間で、ギャグ、ネタが全くウケず、お客さん引いた状態のことをドン引きというようになる。」
とある。が,「どん」とつよめて,「引く」状態を言っていることには間違いない。
で,「土性骨」は,したがって,
性根,性質を強め,またののしって言うとあり,辞書によっては,
性質・根性を強調,またはののしっていう語。ど根性。「―をたたきなおす」
人をののしって,その背骨をいう語。「―をへし折るぞ」
と,区別するのもある。
いずれにしても,「土性骨」は,ただ根性の意ではなく,そこに悪意が含まれている。類語で言うと,
神経が図太い,
ちょっとやそっとでは動揺しない,
肝っ玉の大きい,
腹が据わる,
等々という意味で,
土性骨のすわった ,
土性骨のある,
という使い方もするが,
それがない奴に対して貶める,
あるいは,
相手への面罵の言い回し
として,の含意が強い気がする。昨今,あまり使われないのは,男気,心臓に毛が生えている,というのは,鈍感の代名詞のようになり下ったせいかもしれない。サムライがいなくなると,やたらとサムライを持ち上げるのは,蛮勇というか猪武者と同義だ。
暴虎馮河
とは,思慮のなさの代名詞である。僕は,臆病であることを称揚する。無駄にいきがるやつにろくなやつはいない。
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奇妙奇天烈は,
奇妙を強めていう語で,「奇天烈」という字を当てることもあり,
何とも奇妙なさま,ひどく不思議なさま,なんとも変なさま,
の意と,辞書にはある。「きてれつ」は,意味不明のようだが,江戸時代に用例がある。
非情に奇妙なこと,
珍妙,
と,辞書にあるが,むしろ,奇妙を強調する語呂合わせに思える。
では,「奇妙」は,というと,
珍しいこと,説明できないような不思議なこと,
ふだんと変わってすぐれていたり,面白みのあること,
とある。前に触れた,「面白い」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84)
に書いたように,「面白い」が滑稽の方へシフトしたり,「をかし」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%92%E3%81%8B%E3%81%97)が「可笑し」に変じていくのと同じように考えると,奇妙も,元は,
面白みのある,
といったニュアンスだったりのではないか。語源は,中国語で,
「奇(珍しい)+妙(すぐれる)」
で,
予期せぬ不思議さ,
という。「奇」という字の「可」は,
┐印で,くっきり屈折したさま,
で,「奇」は,「大+可」で,人の体がくっきりしてかどばり,目立つさま,また偏る,という意を含む,とある。「奇」は,
珍しい,
とか
あやしい,
という意味がある。「くすし」というか,普通ならざるすぐれもの,という意味で,
異
というニュアンスがある。
「妙」の字の「少」は,
「小+ノ(けずる)」
の会意文字。小さく削ることを表す。「妙」は,「女+少」で,女性の小柄で細く,なんとなく美しい姿を示す。細く小さい意を含む,という。「妙」は,
精巧善美を極める,
とか
極致
とか
神秘
という意味がある。その意味でも,「奇妙」は,本来は,
不思議にめずらし
めずらしくすぐれる
と,漢和辞典に意味が載る意味だったのだろう,と思う。漢和辞典には,奇妙とは別に,
奇奇妙妙
が載っており,この繰り返しは,「々,ゝ,〱,ゞ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%80%85%E3%83%BB%E3%82%9D)
で触れたように,強調の意図があり,
極めて不思議,
甚だしく奇妙,
という意味となり,古語辞典も,「きめう」として,
不思議窮まること,世にも珍しいこと,
並みはずれてすぐれていること,
という意味しか載せない。これが,『大言海』になると,
奇しく妙なること,珍しくすぐれたること,
の他に,
常に異なりて,面白きこと,
を載せ,意味が,微妙にずれる端緒を示している。
奇奇怪怪
も,奇怪の強調で,
極めてあやし,
という意味になるが,
奇妙奇天烈摩訶不思議,
と重ねると,その摩訶不思議さが倍増する。「摩訶」は,
(梵)mahāの音写。大・多・勝
の意で,非常に不思議と,不思議を強調してる。言葉遊びのきらいがなくもない。
因みに,奇妙というと,奇妙丸という,織田信忠の幼名を思い出す。確か,
奇妙丸
といったと思う。真偽は知らないが,
「生まれたばかりの信忠を見た信長が『なんか変な顔だ』と思ったからだとか」
というらしいが,二男の信雄は,幼名が,茶筅丸,三男信孝は,三七(3月7日生まれだったためとも),四男秀勝は,於次,五男勝長は,坊丸,六男信秀は,大洞,七男信高は,小洞,八男信吉は,酌,九男信貞は,人,十男信好は,良好と,いい加減な名が多い。幼名に「お捨て」とか「捨丸」などと,縁起を担いだりしないらしいところが信長らしい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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鼻毛は鼻毛ではないか,と思ったが,念のため辞書(『広辞苑』)を引くと,さにあらず,
鼻孔中に生える毛,
という説明は,むろんあるが,その後に,
愚者,
と
女に甘いこと,またその者,
という意味が載っている。で,『古語辞典』を調べると,
愚者,
女に甘い男,
の意味しか載っていない。では,と,『大言海』を調べると,
「鼻の孔の中に生ずる毛」
とある後に,
「鼻毛長しとは,女に誑かされてあるなり,鼻毛を抜くとは,だしぬく,鼻毛を延ばすとは,女に迷ひ溺るる意。鼻毛を読む,鼻毛を数ふ,とは,女色に迷ひたる男を,女の見抜きて翻弄する意」
と,続く。どうやら,鼻毛は,愚かさと,女色に迷うこと,という暗喩になっているらしいのである。
「鼻毛で蜻蛉を釣る」という言い回しは,鼻毛を長く伸ばしているたととえ(それ自体愚かさをあらわす)のほかに,「阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ」と,阿呆を強調する表現になる。
「鼻毛らしい」という言い回しは,
女に甘いさま,
という意味である。さらには,(『大言海』にもあるが)「鼻毛が長い」自体が,
女の色香に溺れ,うつつをぬかしているさま,
という。さらに,「鼻毛を伸ばす(鼻毛が伸びる)」だけで,
女に甘く、でれでれしているとなる。どうも,ここまで来ると,「鼻毛」自体に,そういう含意がこもっているとしか言いようがない。そう考えると,少し前,なでしこジャパンの佐々木則夫監督が
「女房から言われたんですよ。女性を扱うんだから目やにや鼻毛、身だしなみにはしっかりしなさい、と」
と発言していたのに,深い含意が出る。あるいは,加賀藩三代目当主の前田利常が,幕府からの警戒を避けるため,故意に鼻毛を伸ばして愚君・アホ殿を装ったというのも,鼻毛の暗喩の意味を考えると,なかなか意味深い。そこには,バカ殿様だけではなく,女色に溺れていて,政治向きには関心がない,という含意もある。
そう考えると,「鼻毛を抜く」というのも,単なる出し抜くとか,誑かす,という意味だが,もともとは,「鼻毛を読む」,つまり,
女が自分にのぼせている男を翻弄する,
あるいは,「鼻毛を数える」も同じ意味だが(数えて抜く,か,抜いて数える,か),結果として(女性に)出し抜かれる羽目に陥る,というところに端を発して,騙される一般に転訛していったのではあるまいか。
鼻毛は(ウィキペディアによると),
「外鼻孔から入った最初の部分である鼻前庭に密生している毛を指す。鼻腔、いわゆる鼻の穴は、鼻の周囲の皮膚が直接連続しており、その表面には顔面の皮膚部と同様に皮脂腺や毛根が存在する。この毛根から生える」
ものであって,
「鼻腔奥部の粘膜表面にも細かな繊毛があり、鼻腔に入った粉塵や鼻粘膜から分泌される粘液を鼻腔の後方へ運搬する役割を担っているが、これは通常『鼻毛』としては認識されていない。また、鼻表面に生える産毛も同様に『鼻毛』とは呼ばれない。」
つまり,「鼻腔内部の鼻前庭から生え、鼻孔から露出する可能性のあるもの」を指している。なかなか難しいが,鼻孔からのぞいていないものは,「鼻毛」とは呼ばないらしいのである。
鼻毛の機能は,
「鼻から空気を呼吸する際に、フィルターのように塵埃や微粒子をからめ取ることで異物が気管支に入り込むことを防ぐほか、鼻呼吸時の吐息に含まれる水蒸気を吸着し、鼻から息を吸い込む際に蒸発させることで、わずかながら呼気の水分を回収する作用がある。」
のだとされるが,花粉症で悩まされる僕には,いささか,効果が薄い。
鼻毛が,多く男性(の女狂い)を揶揄するのに使われるのは,
「女性の場合は男性に比べて細く成長も鈍いため、男性のように鼻孔の外にまで伸びることは少ない。」
という性差があるせいに違いない。
「『鼻毛』の用法はかなり古く、平安中期の10世紀に編纂された漢和辞書『和名類聚抄』(『和名抄』)(934年成立)には、「鑷」という字に「波奈介沼岐、俗云計沼岐」(ハナゲヌキ、俗にケヌキと云ふ)という注記が見られる。さらに、13世紀の観智院本『類聚名義抄』(『名義抄』)には〈彡偏に鼻〉の字に『ハナケ』の読みがあり、16世紀の『羅葡日辞書』(1595年)にも『Fanague』の表記があるという。」
とある。
夏目漱石の小説『吾輩は猫である』には、猫の主人となる苦沙弥先生が鼻毛を抜いて原稿用紙に植え付けるところがあるが,これは,漱石自身の癖を戯画化したものらしいが,やはり,鼻毛に絡むことは,おりこうには見えない,
ちなみに,赤塚不二夫『天才バカボン』の,
http://www.koredeiinoda.net/manga/oyaji.html
バカボンのパパの(鼻の下に鼻毛とも髭ともつかぬ放射線状の毛をたくわえている)は,鼻毛に見えて(ずっと鼻毛と思ってきたし,それが妥当に思えるが),
「原作では、表紙で本人がはっきりと「これは鼻毛ではなくヒゲですのだ」と明言している回がある。」
そうで,鼻毛ではないらしいのだが,やっぱり鼻毛でなくちゃ。
それにしても,鼻は,「木で鼻をくくる」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E6%9C%A8%E3%81%A7%E9%BC%BB%E3%82%92%E3%81%8F%E3%81%8F%E3%82%8B)
で書いたように,
鼻が利く,
とか,
鼻が高い,
とか,あるし,鼻息も,
鼻息が荒い,
とか,
鼻息を窺う
とか,情けないイメージがないのに,鼻毛は,兎角イメージが悪い。
参考文献;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BC%BB%E6%AF%9B
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木で鼻をくくるは,
きわめてそっけない態度,冷淡な態度をとること,
のたとえとして使われる。
ただ,どうやら,
木で鼻をこくる,
という言い回しが本来らしい。「こくる」とは「こする」「強くこすって取る」の意味で,
「木で鼻をかんでは,紙のようにしなえようがないことから」
そう言うらしい。「くくる」は「こくる」の誤用が慣用化したものであるらしい。
http://www.nihonjiten.com/data/253997.html
によると,
「商家では丁稚に貴重品であったちり紙を使わせず、木の棒で鼻水をこすらせた。『丁稚』の『丁』は下男のことで、下男の通称『久助』は、『久しく奉公する人』を人名のように表した語。」
とある。
ただ,『故事ことわざの辞典』には,意味として,
相手からの相談や要求に対して,無愛想にふるまう,冷淡にあしらう,
という意味の他に,
さっぱりする,
という意味がある。鼻をかんでスッキリする,という意味があるのだろうか。
類語については,前に,「けんもほろろ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%81%91%E3%82%93%E3%82%82%E3%81%BB%E3%82%8D%E3%82%8D)
で,
取りつくしまもない,
にべもない,
そっぽを向く,
すげない,
鼻にもひっかけない,
木で鼻をくくったような,
つっけんどん,
そっけない,
について検討した際,いずれも,メタファーを使っていることを書いたが,「木で鼻をくくる」は,少しニュアンスが違う。木の葉では,うまく鼻がかめなかったからなのではないか。
それにしても,「鼻もひっかけない」が類語だが,鼻に関わる言葉が,多いのに驚く,たとえば,
鼻も動かさない,
鼻(の先)であしらう,
鼻が利く,
鼻うそやぐ,
鼻が高い,
鼻が曲がる,
鼻突き合わせる,
鼻で笑う,
鼻突く,
鼻で笑う,
鼻にかける,
鼻につく,
鼻の先智恵,
鼻を明かす,
鼻をうごめかす,
鼻も動かさない,
鼻持ちならない,
鼻を折る,
鼻を欠く,
鼻を挫く,
鼻を高くする,
鼻を突く,
鼻をつままれてもわからない,
鼻を鳴らす,
鼻もひっかけない,
鼻薬を嗅がせる,
鼻白む,
鼻高々,
鼻っ柱が強い,
鼻面を取って引き回す,
等々。因みに,「はな」は,
「著しく目立つの意の,ハナ(端)」
が語源。確かに,顔の中心に目立つには目立つが。それから転じて,
先端,
という意味にも用いられる。
岬の鼻,
ハナからうまく行くわけがない,
等々。その場合,「端」の字を当てる。しかし,「ハナ」という言葉が先にあったのだとすると,「鼻」の転用というのは,少し変な気がする。むしろ,「ハナ」を「鼻」に当てることで,「ハナ」の意味にふくらみが出たという感じなのではないか。それには,漢字の「鼻」の字の効果もある気がする。
漢字の「鼻」の字は,
自(鼻の形を描いた象形文字)+界(空気供給)
だと,される。いずれにしても,顔の先についている。顔の尖端についているから,いい面でも,悪い面でも,見事に鼻に出る。ちょっと威張れば,鼻にかける。ちょっと自慢すれば,鼻高々。だから,相手を凹ますのも,鼻を挫く,鼻を明かす。ちょっとあしらいが冷淡なら,鼻先であしらう,となる。相手の感情の機微も,鼻で笑う,鼻も動かさない,で見える。いってみれば,日々の振る舞い,仕草をそのまま感情や意思になぞらえている。目で見えるようだ。こういう言い回しは,日常の中から生まれたに違いない。
しかし,鼻毛となると,随分品が落ちる。
鼻薬を嗅がせる,
鼻毛が長い,
鼻毛を抜く,
鼻毛を読む,
鼻毛を伸ばす,
鼻の下になると,もっと情けない。
鼻の下が長い
鼻の下が干上がる,
鼻の下を伸ばす,
いやはや,鼻にまつわる言い回しだけで,ネタは尽きない。
参考文献;
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
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昔取った杵柄とは,
「若い頃に身に付けた技量や腕前のこと。また,それが衰えないこと。」
「昔、若い頃に、しっかりと鍛えて、身につけた技能は、年がたっても、そのことを忘れず、 十分にやることができるというたとえ。」
という意味である。
若い頃に身に付けた餅をつく腕前は,年をとっても体が覚えているため衰えないことから,
そういうらしい。いわゆる,
手続き記憶,
である。スキーや自転車といった,身体で覚えた記憶である。
「杵柄」とは,
脱穀や餅つきに用いる杵の柄,の部分のこと,である。
「杵の柄を上手にあやつって、餅をしっかりとつく」
という意味になる。だから,よく,
「かつて、しっかり体に身につけたことは、ある程度、年が過ぎても、そのことを体で覚えているので、 昔のように、上手にやることができるということです。」
と説明される。しかし,僕は,あまり信じない。確かに,スキルは,身についている。しかし,現実に日々それを繰り返し,強化している人と対等に渡り合える,というのは思い上がりである。
かつて自分がやったことがあると,そのイメージでわかったふりをするのが,最悪の経験者であるのと同様,自分の(できているときの)イメージ通りに,いま体が動くわけではない。
だから,
騏も老いては駑馬に劣る(及ばず),
昔千里も今一里,
昔の剣(つるぎ)今の菜刀(ながたな),
昔は肩で風切りいまは歩くに息を切る,
等々と,逆の諺の方が圧倒的に多い。「才能」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E6%89%8D%E8%83%BD)
で触れたが,どんなスキルも,日々鍛錬しつづけなければ,劣化する。かつて自分が出来たと思ったイメージ通りには,自分ができないことは,おのれ自身で気づく。それに気づけないのであれば,それは,おのれのノウハウとはなっていなかった,ということだ。
なぜならば,スキルもまた,
自己完結
しているわけではなく,環境とというか,状況との格闘抜きには,上達はない。とすれば,何十年も前に自分がそのスキルを立てていた状況とは変わっていれば,そのスキルは,状況対応できないことになる。つまり,
状況変化に対応できないスキル,
とは,時代遅れであり,化石化そのものに他ならない。前に書いたことと重なるが,
スキル,
を,
Knowing how,
と置き換えると,ただそれをやれるという埋没化した即自的なものは,スキルとは言わない。G・ライルの,
Knowing that(そのことについて知っている)
と
Knowing how(そのやり方を知っている)
で言う,
Knowing that,
つまり,Knowing howのKnowing that,
そのやり方についての知,
を持たなければ,おのれのスキルそのものをメタ化できない。つまり,俯瞰する力がない。それでは,自分のスキルを測ることなどできはしないのである。所詮,
昔取った,
という形容詞抜きでは,誰にも認知されないであろう。ある意味,
昔取った杵柄,
という言い回し自体に,一種の,
揶揄,
がある。まあ,こんな感じである,
「昔鳴らしたんだってねえ,お手並み拝見」
である。明らかに,相手のほうがメタ・ポジションに立っている。多く,どんな剣豪も,老いては,試合をしない。目利き力だけで,生きる。それが,本当の意味での,
昔取った杵柄,
というものの意味である。「目利き」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E7%9B%AE%E5%88%A9%E3%81%8D)については書いた。
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憚り,
というと,今はあまり使わないが,
便所のことだ。語源辞典では,
「言うを憚る所」
という意味で,便所の意で,本来は,遠慮,恐縮,支障の意とある。つまりは,もともと,
「憚る」
から来ている。それについても,語源辞典は,
「ハバ(幅)+カル(動詞化)」
として,
幅があって,狭いところに入りきらない意,
とあり,転じて,気兼ねして避ける,遠慮する,という意で,近世になって,
幅をきかせる意,
にも使うようになった,と説明している。辞書(『広辞苑』)には,「憚り」について,
おそれつつしむこと,
差支えがあること,
憚りさまの略,
便所へ行くこと,または便所,
とある。語源の意味の分枝が,そのまま生きているらしい。『古語辞典』では,
(「ハバメ」(阻)と同根。相手方の力や大きさに直面して,それを怖れ,あるいは障害と意識して,相手との間に距離を置くのが原義)
と注釈が入っている。ある意味,この場合,物理的な障害ではなく,相手の権力や力,あるいは神威のようなものの大きさを意識して,という意味だ。だから,本来は,
敬遠する,遠慮する,
相手を気にして,差し控える,
という,心理的な「慎み」の意味であったが,それを,物理的な物や人に投影することで,
周囲に差しさわりになるほど一杯にふさがる,
はびこる,幅をきかす,
と,意味が逆転し,こちらが遠慮するものから,相手そのものが,まさに,支障,障害そのもの,こちらを邪魔するものに変っていった。名詞化した「憚り」も基本的には,意味は同じで,
怖れ,謹み,遠慮,引け目,差し障り,
差し控えること,
に加えて,感謝の意味が加わり,「御憚り」で,
「人の親切に対して恐縮に絶えない」
という,感謝,ありがとう,という意味になる。言ってみると,恐縮の対象が,随分,
畏れ多いもの,
から平地へ降りてきたというか,安っぽくなったというべきかもしれない。「憚り」で「便所」を意味するのも,随分ちっぽけなものを憚るようになったのと対かも知れない。どうも,いずれも,江戸時代になってからということなのではないか。
憚りながら,
も,本来は,
畏れ多いことながら,
という意味であったはずが,
口幅ったい,
と随分平地へ降り,
言いにくいことですが,
といった,単なる遠慮というか,配慮というか,という,言ってみると,丁寧な口調になった,と言えなくもない。いつもながら,『大言海』は,「ばばかる」を,
「差し控える」意
と
「はびこる」の意,
を別項を立てている。「憚る」の「はばかる」は,
沮(はば)むの自動か,
と注記し,「他を侵さじと差し控ふ,畏れ謹む,遠慮する」という意を並べ,もう一項の「はばかる」は,
(はびこるの転といふ。あるいは幅の活用か,幅ある物の狭き間に入り難き意に起こる)
と注記して,「満ち余る,ひろがる,はだかる」「進みあえず,行き悩む」の意を載せる。
ここまで来て,古語辞典も,語源辞典も,語源を混同していたことに気付く。本来,
道にはびこる,
の「はばかる」と,
畏れかしこむ,
の「はばかる」は,まったく別だったのではないか,という疑問である。なぜなら,由来が,まったく違うからである。それが,「はばかる」という,同一音のことば故に,混同していった,というのが正しいのではないか。
『大言海』の用例は,いずれも,古く,特に,「進みあえず,行き悩む」の用例は,天智記から録っているのである(「行き波波箇屢」と万葉仮名であるが)。
「憚」という字の「單」は,薄く平らな働きを描いた象形文字。「憚」は,心を加えて,心が平らかで,上下に震えること,という意味。で,「心配して差し控える」という意味を持つ。
古語辞典とは逆に,「ふさがる」意味が,本来のもので,それに,「憚」字を当てたことで,漢字のもつ意味に引きずられて,
畏れ差し控える,
という意味を得たのではないか。文字をもたない民族である我々は,「真名」(漢字)を得ることで,「仮名」(ひらがな)を手に入れたが,それによって,漢字と和語との相乗効果の中に,深い言葉遣いの陰翳を育んできた,と言っていい。漢字をやめるとか制限するなどということは,自分たちが二千年余培ってきた文化の冒涜である。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「ちょこざい」は,
猪口才,
と当てるらしい。
さしでがましい,
なまいき,
こりこう,
という意味だが,三者微妙に意味がずれる。
「差し出がましい」は,出しゃばる,という意味。差し出口が,分を越えて口出しすること,だからそのニュアンスがある。
「生意気」は,なまじいに粋がること,年齢・地位に比して物知り顔や,差し出がましい言動をすること,という意味だが,語源的には,「生(中途半端)+意気」で,中途半端に意気を示すだが,年齢の割に偉そうな態度を見せるということになる。
「小利口」は,目先のことに気が付き,抜け目のないこと,小才のあること,小賢しい,逆に,だから気が利いている,とも,小意気ともなる。出過ぎかどうかで微妙に変わる。
「小(こ)」というのには,
賢しいにつくと,小賢しいになり,
生意気につくと,小生意気になり,
細工につくと,小細工になり,
と,あまりいい意味にはならない。『古語辞典』の「小」の説明がいい。
物の小さいことを示す,年齢の小さいことを示す,身分・地位の低いことを示す,
といった「少」「低」の意の他に,
未熟なものに対する軽侮の意を表す,
とあり,さらに,
程度の少ないこと(足りないこと),ちょっとした動作であることを示す(「小腰をかがめる」等々),
といった「少ない」「わずか」といったニュアンスで,また,
その動作がちょっとしたことであるが,妙に気に障ったり,心に残ったり臑することを言う,
とある。この「小」と猪口才の「ちょこ」とが関係ありそうである。
猪口才の語源は,
「ちょこっとした(少ない・軽少な)+才能」
と
「ちょこ(猪口)+才(才能)」
の二説があるが,猪口の「ちょこ」は,「ちょく」(猪口)の訛。ちょこは,杯のほか,さしみのつけじょうゆを入れる小さい器や,ちょっとしたつまみの料理を盛る器をさすこともあり,盛りそば,ざるそばなどのつけ汁を入れる器もそば猪口という。
「ちょこ」は,「ちょこちょこ」とか「ちょこまか」とか「ちょこっと」といったときに使う,「ちょこ」であり,つまりは,いずれにしても小さいを意味する。
「ちょこちょこ」も,本来は,小児などの小足にあゆむさま,をさしているから,「小」と同様,少しとか,少ない,という意味から,それが(大人から見て)からかう意味になり,やがては蔑む意に転じた,というところではないか。たとえば,
ちょこちょこは,ほほえましいが,ちょこまかは,気に障る,
というように。あるいは,
小才,
は,まだ気が利くが,
小利口,
はちょっと,気に障る。
猪口才,
は,もっと目障りになる,という感じであろうか。その出し方が,なかなか難しい。
出る杭,
も,出なければ,認知されないが,出過ぎると,今度は,
煙たがられる,
か,
厭われる,
それにしても,いつまでこんなことをしているのだろうか。資源のない国にとって,
出る杭,
いや,
出過ぎるほど出る杭,
を出さねば,どうやって生き残っていくのだろう。
上へ
新造,
というと,例の(といっても,もう一般に通じないだろうが)
「ご新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ、いやさお富、久しぶりだなァ。」
という与三郎の台詞が思い浮かぶ,いつぞや,落語会で,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/417758970.html
さん生師匠の「お富与三郎」を伺ったせいかもしれない。台詞は,与三郎の,
「しがねぇ恋の情けが仇,命の綱の切れたのを,どう取り留めてか木更津から,めぐる月日も三年(みとせ)越し,江戸の親にやぁ勘当うけ よんどころなく鎌倉の谷七郷(やつしちごう)は喰い詰めても,面(つら)に受けた看板の疵がもっけの幸(せいうぇ)いに,切られ与三と異名をとり,押借り,強請(ゆすり)やぁ習おうより慣れた時代(じでえ)の源氏店(げんじだな),その白化(しらばけ)た黒塀に,格子造りの囲いもの,死んだと思ったお富たぁ,お釈迦さまでも気がつくめぇ,よくまぁ おぬしぁ 達者でいたなぁ。」
と,有名な文句につながるのだが,この背景は,
「若旦那・与三郎は、木更津海岸で美しいお富を見染め、たちまち二人は恋に落ちます。しかしお富は、妾の身。逢引が見つかって与三郎は、身体に34ヵ所の刀傷を受けて海にほうりだされます。お富は海に身を投げますが、救いあげられ、江戸に売られ、人の世話で何不自由なく暮らします。数年後、身を持ち崩した与三郎が仲間の蝙蝠安とゆすりに行った源氏店で、なんと、お富の家に。互いに死んだと思っていた二人は、再会に驚いて」
という顛末になる(『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』)。因みに,「げんやだな」とは,
「玄冶というのは三代将軍家光の時代に将軍お抱えの医者として名を馳せた岡本玄冶、その屋敷のあった所が玄冶店です。『冶(や)』の字を『治(じ)』に置き換えると『げんじ』となり、そこへ「源氏」という字を当てて芝居の舞台にしました。」
ところから来ている。
さて,話を戻すと,新造とは,『古語辞典』では,
新しく造ること,
新婦の称,
近世前期,新しく客を取るようになった遊女,
近世後期,禿あがりで比較的若く,姉女郎にに付属して自分の部屋を持たない遊女,
とある。ところが,これに「御」をつけて,
御新造となると,
新築の建造物を敬って言う語,
身分ある人の新婦の敬称,
武家・医者・上中層町人などの妻女の敬称,
と変わる。与三郎の,「御新造さんえ」は,多分に皮肉が交じっている(お富は,多左衛門の妾になっている)。
このいきさつは,やはり『大言海』にあった。
(貴人,妻を迎ふる前に,新しく其の居所を造る故に云ふと云ふ。其の居所指して云ふ名称なるべし)
として,大穴持命が娶るために屋を造る云々という『出雲国風土記』を引いていた。で,
身分ある人の新婦を呼ぶ敬称
とし,呼称の階層を,
奥様の次,おかみさんの上,
略して,
ごしんぞ,
と呼ぶ,とある。ひょっとすると,敬称の御新造が先にあり,それに準えて,遊女を称したのではあるまいか。そのせいか,遊女の新造にも,
振袖新造,
留袖新造,
太鼓新造,
番頭新造,
があるらしいが,普通は振袖新造を指す,という。振袖新造は,
「吉原で御職女郎(その娼家の中で最上位の遊女。最も売れっこの遊女)に付添った若い見習い(まだ水揚げの済まない)女郎のこと。16〜17歳で客をとるが、新造はその前の段階を指す。身の回りの世話をする。姉さん女郎のところに複数の客が登楼している場合に、待たせる方の客の話相手をするのも仕事。美人で器量がいいと、引込新造(振袖新造の中でも、禿時代から花魁に付いて勉強している花魁候補生)になる。」
要は,売り物のとしての付加価値を高めるために,吉原の娼家が,あれこれランクを付けたものなのだろう。「新造」こそ,いい迷惑である。
語源的にも,
「新(新しく)+造(つくる)」
で,嫁の居所を新たに造る意から,武家や町家の妻女の意を表した,
とある。そういう財力のある者でなくては,御新造と呼べる嫁を娶れなかった,というべきかもしれない。
御新造は,
ごしんぞ
と,「ごしんぞう」の訛ったもの。与三郎の台詞はそれ。それにしても,昔の,歌謡曲「お富さん」は,
粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の洗い髪
死んだはずだよお富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん
エーサオー 玄治店(作詩 山崎正)
と,一場をきれいに描きっている手際に,呆れる。子ども心に耳に残った言葉が,うろ覚えなのに気づかされる。。
参考文献;
http://ginjo.fc2web.com/173otomi_yosaburou/otomi.htm
http://www.kabuki-bito.jp/kabuki_column/todaysword/post_174.html
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仕方話は,
仕形噺(仕方咄)
とも書く。
身振り・物まねによって話をすること,
または,
身振りを交えて演ずる落語,
という意味である。「仕方ない」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E4%BB%95%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%84)と重なるかもしれないが,少し探ってみたい。
仕方は,
なすべき方法,手段,やり方,
ふるまい,しうち,
(「仕形」とも書く)てまね,身振り,
という意味である。「しかた」は,
「サ変の連用形シ(為)+方」
で,本来の意味は,
為べき手段(手立て),
の意味で,やり方,ということになる。
という意味のはずである。
しかし,「仕方」を,
手振り,身ぶり,
を指すには,何か意味がありそうである。
仕方舞(仕形舞)は,ずばり,
身ぶりや手まねで表現する舞。ものまねの所作をまじえた舞,
である。舞に所作があるのに,あえて,「仕方」を付けるには,「仕方」にしかるべき意味があったからではないのか。しかし,手元の辞書では,わからない。
漢字の「仕」は,何度か触れたことがあるが,「つかえる」という意味であり,「士」は,「おとこ」という意味で,
陰茎の突き立ったさまを描いた象形文字,
という。「牡」の字にもある。
男
という意味と,
直立する,
という意味とが含まれる。「仕」は,
真直ぐに立つ男(身分の高い人のそばに真直ぐ立つ侍従)のこと,
として,「事」に通じ,事君(君に事ふ)と仕君(君に仕ふ)とは同じ,とある。
「方」は,
左右に柄の張りでた犂を描いたもの。→のように,左右に直線状に伸びる意を含み,方向の意となる。方向や筋道のことから,方法の意が生じた,
とある。
では,「形」は,というと,
左側は,もと「井(ケイ)」で,四角いかたちを示す象形文字。「彡(さん)」は,指事文字。飾りや模様を表す記号として,彩,影,形などに用いられる,
とあり,で,「形」は,
いろいろな模様を為す,わくどりや型のこと,
とある。だから,「形」には,
かたち(外に現れた姿),
型,外枠,
カタチ,実物,
かたち,ようす,
という意味と,
かたどる,物の形を写し取る,
という意味がある。
ということから,勝手に妄想すると,
「仕方」は,
なすべき方法,手段,やり方,
であり,
「仕形」は,
身振り・物まねによって話をすること,
だったのではないか。手振りは,無意識の話の中身をなぞっている,何か形を表現しようとしている,のである。その意味そのものが強まれば,
身振りを交えて演ずる話,
となる。どうも,億説だが,「仕形」と「仕方」は別々なのではないか。「しかた」という読みから,両者がまじりあったのではないか,と。
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けれんみは,
外連味
とあてる。
はったりを利かせたりごまかしたりするようなところ,
という意味だ。「けれんみたっぷりの芝居」「けれんみのない文章」といった使い方をする。
語源辞典には,「けれんみがない」で出ていて,
「外連(歌舞伎芝居用語 わざとらしく客受けする演技)+み(接尾語)+がない」
で,はったりやごまかしがない,誠実で自然な態度をいう,とある。
外連
は,戯の慣用語ゲの当て字,外(ゲ)を使い,「戯れにはったりをする役者を道に外れた連中」と見て,「外連」を使い,意味を通わせたと思われる,としている。
他の説では,「けれん」は
「江戸末期、歌舞伎で宙乗りや早替りなど大掛かりで奇抜な 演出をいった演劇用語から一般に広まった。それ以前は、他流の節で語ることをいった
義太夫節の用語で、『正統でない』『邪道だ』の意味を含む言葉であったことまでは解っているが,語源は未詳」(http://gogen-allguide.com/ke/kerenmi.html)
とし,「けれんみ」が使われるのは近代以後としていて,すこし矛盾がある。こういうときの『大言海』は,
(上手の節を真似て,似て非なるに起こり,外の者も,それに連れて真似る意なりと云う,いかが)
として(「いかか」とは,珍しく,審らかではないらしい),
義太夫の節を語るに,本法を破り,おのが作意にて,偏に味をつけて語ること,
とし,転じて,
事を紛らかすこと,
とある。どうやら歌舞伎の演技ではなく,義太夫の我流を言ったものらしい。「けれん」も「けれんみ」も『古語辞典』には載らないが,『広辞苑』には,共に載っている。近代以後,という説は,一理ある。
けれんは,辞書では,
「もとは演劇用語で、歌舞伎で早変わりや宙乗りなど、奇抜で大がかりな芸によって観衆に意表をつくような演出をいうようになり一般にも広まった。
かつては『邪道な』という意味合いも含まれていたが、現在では『けれんみのない文章』というように「ない」を伴なって、いい意味合いで使われることが多い。」
とある。例の,市川猿之助の,
「『義経千本桜』「四ノ切」で披露した「宙乗り」を皮切りに、明治の演劇改良運動以後は邪道として扱われ顧みられなかったケレンの演出を次々に復活させた『猿之助歌舞伎』」
がまさに,外連である。
けれんみの類語は,
はったり,うけねらい,巧を弄して拙を成す,芝居気たっぷり,子供騙し,
等々いい意味はない。しかし,
ごまかし,
横様,
わざとらしい,
とは少しニュアンスが違うようだ。もし,
中身のないこと,
という意味なら,むしろ,
こけおどし,
の方が近い。こけおどし(こけおどかし)は,
虚仮威し,
と当てる。
見えすいたおどし,
愚か者を感心させる程度のあさはかな手段。また見せかけはりっぱだが,中身のないこと。
実質はないのに外見だけは立派に見えることにもいう,
とある。
虚仮は,
内心と外相が違うこと,
思慮が浅い,愚かなこと,またそういう人,
(名詞などの上に付けて)むやみにするという意を添え,また,けなして言うのに用いる,
とある。
虚仮にする
虚仮の行
虚仮おしみ
虚仮歌
といったふうに使うが,総じて,嘲るにおいがある。語源は,仏語だが,
虚仮(きょか)の呉音,
で,「世間虚仮,唯仏是真」からきているそうだ。どうみても,「虚仮」は,中身のないのに,虚勢を張っている,ところから転じて,ただの間抜け,を意味するようになったようだが,
虚仮の一念,
というか,
虚仮の一心,
とも言う。上辺だけでは,ひとを見誤る。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
彌造(弥造あるいは弥蔵とも)は,
やぞう(やざう)
と読む。隠語大辞典(http://www.weblio.jp/content/%E5%BC%A5%E9%80%A0)によると,
「弥次郎兵衛の転語で、懐手して拳を肩先にふくらませる格好。町の無頼漢や下品な職人がする風体。」
とある。弥次郎兵衛は,というと,
「人形の一種。頭と胴に見たてた短い立棒に,腕に見たてた長い横棒をつけ,横棒の両端におもりをとりつけたもの。立棒の下端を指で支えると,大きくゆれながら,バランスを保つ。振り分け荷物を肩にした与次郎人形の姿に作ったのでいう,与次郎人形,つり合い人形」
とある。『広辞苑』によると,
振り分け荷物を肩にした弥次郎兵衛の人形を用いたから言う,
とある。『古語辞典』では,「彌蔵」を当て,
近世,男の奉公人の通名,
懐手して拳をつくり,衣を突き上げる恰好。近世後期,江戸で言う,
とある。『広辞苑』では,「弥蔵」と当てている。
奉公人の通称,
懐手をして,着物の中で握りこぶしをつくり,肩の辺りを突き上げる姿形。江戸後期,職人,博徒などの風俗。
とある。やっている仕草はよくわかるが,これは,
ちょっと粋がって見せている,
ということなのだが,どうも,普通の町人というよりは,火消や鳶職の人を指しているに違いない。だから,
男伊達,
を気取っている,ということになる。「伊達」については,「サムライとヤクザ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba4.htm#%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%81%A8%E3%83%A4%E3%82%AF%E3%82%B6)
で触れたが,いまで言うと,
鳶職の人のズボン,
あるいは,
土木・建設工事の作業服,
というか,
ニッカボッカ(Knickerbockers)
をさらに膨らませたのを穿いている,のがそれにあたるかもしれない。かえって危ないのではないか,と思うが,どうも流行らしい。
元来は,(鳶や火消しは)通常の着物では仕事として動きにくいため,
下半身は股引き,上は筒袖,
というスタイルで,いまの洋服と変わりがない。忍者や行者(修行僧)達もちょっと膨らみのある,裾は絞ったものをはいていた,というから,激しい動きや足捌きを必要とする人にとっては,
袴
でも邪魔で,足首を絞る必要があったのだろう。
忍者袴,
と呼ばれたりするが,まあ,要は,脛の部分に巻く布や革でできた,
脚絆,
を巻いたものなのかもしれない。かつての日本軍の歩兵が巻いた,
ゲートル,
でもある。
「障害物にからまったりしないようズボンの裾を押さえ、また長期歩行時には下肢を締めつけてうっ血を防ぎ脚の疲労を軽減する等の目的がある。日本では江戸時代からひろく使用され、旧日本軍では巻き脚絆が軍装の一部を構成した。現在でも裾を引っ掛けることに起因する事故を防いだり、足首や足の甲への受傷を防ぐ目的で着用を義務付けている職場がある」
としているから,ニッカボッカと股引の混血のようなものになる。それをわざわざ膨らませる,というわけだ。
話を元へ戻すと,
彌造,
は,ちょっと男伊達を気取った風体ということになる。それにしても,本来,
奉公人
を指していたはずなのに,どこから,
粋な格好つけ,
に変ったのだろう。『大言海』は,
懐手をして,着物の中で握りこぶしをつくり,肩の辺りを突き上げる姿形,
の意味しか載せていない所を見ると,明治には,まだそんな風体が残っていたのかもしれない。そのせいか,野村胡堂の『銭形平次』には,
彌造に馴れた手,
腹立ちまぎれの彌造をこさえて,
彌造を拵えて,
と,鯔背を強調する書き方をしきりにしている。「いなせ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%9B)については書いた。
上へ
々,ゝ,〱,ゞ
は,漢字でも仮名でもなく,しいて言うと,記号で,
踊り字
というらしい。そのことは,
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B8%8A%E3%82%8A%E5%AD%97
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%80%85
http://e-zatugaku.com/nihongo/odoriji.html
等々にくわしいが,「々」が気になったのは,
時々
とか,
堂々
という単に,重ね字というか,省略の使い方ではなく,
明白と言わず,
明々白々,
と言ったりする使い方,同じように,
奇々怪々,
颯々爽々,
呻々吟々,
黙々沈々,
明々快々,
と言い表すことで,強調する使い方に興味が惹かれた。これは,
興々味々,
強々調々,
と,まあ原型が推測できる限り,強調としての効果がある。そんなことを考えているうちに,本来,一字でもそういう意味なのに,
各を各々,
とか,
屡を屡々
と使ったりすることで,これも強調する効果があることに気づく。ただ,
点々
とか,
転々
とか,
方々(「かたがた」ではなく,「ほうぼう」)
とか,
一々
とか,
高々
とか,
様々,
とか
取々,
等々かは,一字での意味とは,少し違ってくる。強調というより,誇張のニュアンスが出てくる。漢字の意味をはみだしている。当て字のものもある。たとえば,
度々
は,「たび」が,旅の回数の意のタビらしく,「度」は漢字の「回数」を意識して当て字として使っている。
態々
も,「わざとわざと」の変化で,「態と」は,漢字の「態」の含意を意識した当て字になっている。なかなか含意が深い。
そうやって漢字の重ね字の使い方を見ていくうちに,和語の重ね使いにも目が向いた。たとえば,
さてさて,
とか
さてもさても,
とか
そもそも,
とか
つらつら,
等々は,それぞれ「さて」「さても」「そも(それも)」「つら(連ね)」には意味があるので,強調する意図で使っている。しかし,多くは,たとえば,
すらすら,
さらさら,
すくすく,
しずしず,
にやにや,
といった,擬態語という分野の言い回しが多い。あるいは,
擬音語
とか
擬声語
といった分野に当てはまるものもある。
http://pj.ninjal.ac.jp/archives/Onomatope/column/nihongo_1.html
によると,金田一春彦は,
「擬声語」:わんわん,こけこっこー,おぎゃー,げらげら,ぺちゃくちゃ等
「擬音語」:ざあざあ,がちゃん,ごろごろ,ばたーん,どんどん等
「擬態語」:きらきら,つるつる,さらっと,ぐちゃぐちゃ,どんより等
「擬容語」:うろうろ,ふらり,ぐんぐん,ばたばた,のろのろ,ぼうっと等
「擬情語」:いらいら,うっとり,どきり,ずきずき,しんみり,わくわく等
と,5つに分類しているようだが,理由はともかく,繰り返しが多い。この場合,様子や,状態,雰囲気,気分,心もちなどを感覚で言い表しているので,「わんわん」の「わん」や,「ざあざあ」の「ざあ」,「きらきら」の「きら」,「ゆらゆら」の「ゆら」ね「にやにや」の「にや」のように,ある程度意味が推測出来たり,感覚がわかったりするものも少なくないが,逆に,
ことこと,
さくさく,
くるくる,
ほくほく,
ずしずし,
とことこ,
よちよち,
わくわく,
くすくす,
などのように,「わく」だけとっても意味がないが,「わくわく」で,その高揚が感触として伝わる表現もある。また,一見,
いらいら
や
さばさば
や
ぐずぐず
のように,語源がはっきりしないものが多い。しかし,
「さばさば」が,「さっぱりさっぱり」
「いらいら」が「いら(棘)いら(棘)」
「ぐすぐず」が「くずるぐずる」
のように,語源から見るとそのいわれに根拠がある。
しかし,くりかえしは,根拠があってもなくても,何かを強調したり,際立てたりするのに,結構重宝で,
ラブラブ,
こてこて
等々,いまもわれわれは使っている。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「でたらめ」は,
出鱈目,
と当てる。江戸末期から使われていた,という。「目」はサイコロの目を指し,
さいころを振って、出たその目のままにする意,
という。
根拠がないこと,
首尾一貫しないこと,
いいかげんなこと,
またそのさまや、そのような言動,
をいう。まあ,その実例は,今日のどこかの政府に,絵に描いたように顕現している。意味は,
いい加減,
に似ているが,「いい加減」は,「良い加減」とあてるように,
「いい(良い)+加減」
から来ていて,本来,良い状態,良い程度ををさし,それが転じて,一貫性や明確性を書いて,行き当たりばったりな態度に使うようになった。ある意味,
加減の基準(の幅)がぶれまくる,
という意味合いだろう。『大言海』は,
好加減,
と当てて,「東京語,加減も,位も,程合いなり」として,
ほどよきこと
心を尽くして処分せぬこと,いいくらい,
と,意味を説く。「心の有無」を,ここでは問題にしている。
「出鱈目」は,サイの目次第だから,
出たとこ勝負,
という感じである。『大言海』は,「出た次第の目の意,出鱈目は当て字」としている。で,
「口に出ままに,虚言などを述べ,または,法にも理(すじ)にも当たらぬ仕業などすること」
とある。一六勝負だから,である。だから,
筋の通らない,
でまかせ,
ということになる。結果として,いい加減と似ているが,そもそも,出たとこ勝負なのだから,思いつくまま勝手なことを言ったりしたりするので,もともと責任とか徹底性とかがあるはずはない。いい加減は,
その都度基準が違う,
から,その場しのぎといってもいい。『デジタル大辞泉』には,
「『でたらめ』は思いつくまま勝手なことを言ったりしたりすることであり、『Aさんをめぐる噂 はでたらめだった』では『いいかげん』と置き換えられない。」
として,
いい加減な解決の仕方,
とか
いい加減な態度を取る,
というのは,
出鱈目な解決の仕方,
とか
出鱈目な態度を取る,
には置き換えられない,とする。確かに比べてみると,そこに微妙な語感の差がある。敢えて言えば,
倫理の有無,
なのではないか。つまり,(その人の生き方,ありようと関わる)責任の有無が入るか入らない,という感じであろうか。出鱈目は,口放題だから,その埒外である。たしかに「でたらめ」は「いい加減」に(「いい加減」を「でたらめ」にも),言い換えられない感じのなのである。
『大辞泉』には,
「類似の語に『出まかせ』『めちゃくちゃ』『ちゃらんぽらん』がある。『出まかせ』は『口から出まかせを言う』のように勝手放題の意で、『めちゃくちゃ』は『めちゃくちゃな話』のように筋道の通らないの意で、『でたらめ』と相通じる。『ちゃらんぽらん』は無責任の意で、『いいかげん』と相通じる。』
ともある。そう,でたらめは,出放題だから,嘘とか,空ごと,とはちょっと違う。そういう責め方の外にある。いい加減は,虚言,戯言,譫言につながる。
さて,どっちが,無責任度が高いのだろうか。それが,責任ある地位の場合は,どうか。
参考文献;
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「あなかしこ」は,
穴賢,
とも当てるらしいが,『広辞苑』では,
恐惶,
の字も当ててある。一般に,
アナは感動詞,カシコは,畏(かしこ)しの語幹,
と説明される。意味は,
@ああ,畏れ多い,もったいない,
A呼びかけの語。恐れ入りますが。
B(下に禁止の語を伴って副詞的に)けっして,くれぐれも,ゆめゆめ。
C畏れ多いとの意で,手紙の末尾に用いる語。恐惶謹言。
といったところである。ただ,『古語辞典』では,細かいようだが,
ああ,恐ろしい,ああ,恐縮である,
と
ああ,畏れ多い,もったいない,
を区別している。「穴賢」と当てる,「賢い」は,もともと,
「畏(かしこ)し」の転義,
とあり(『広辞苑』),
恐ろしいほどの明察の力がある,
才知・思慮・分別などが際立っている,
(生き物のや事物の)性状,性能が優れている,
抜け目がない,巧妙である,
尊貴である,
(めぐりあわせが)望ましい状態である,
(連用形を副詞的に用いて)非常に,甚だしく,
といった意味に転じているが,元来は,
「海・山・坂・道・岩・風・雷等々,あらゆる自然の事物に精霊を認め,それらの霊威に対して感じる,古代日本人の身も心もすくむような畏怖の気持ちを言うのが原義。転じて畏怖すべき立場・能力わもった人・生き物や一般の現象も形容する。上代では,『ゆゆし』と併用されることが多いが,『ゆゆし』は物事に対するタブーと感じる気持ちを言う。」(『古語辞典』)
という背景がある,とされる。とすれば,
畏れ多い
や
畏怖
や
畏敬
が先で,そこから,
優れている,
際立つ,
となり,
ありがたい,
と転じていく,というのはよく分かる。
しかし,僕の中では,「御文」の末尾の(独特の節回しで)言い回しのイメージが強い。
たとえば,法事で,菩提寺(真宗大谷派)の住職が,お経をあげた後,必ず席を替えて,詠まれるのが,たぶん(記憶に合うところを重ねてみると),
「夫 人間ノ浮生ナル相ヲツラツラ觀スルニ オホヨソハカナキモノハ コノ世ノ始中終 マホロシノコトクナル一期ナリ
サレハ イマタ万歳ノ人身ヲウケタリトイフ事ヲキカス 一生スキヤスシ イマニイタリテ タレカ百年ノ形躰ヲタモツヘキヤ 我ヤサキ 人ヤサキ ケフトモシラス
アストモシラス ヲクレサキタツ人ハ モトノシツク スヱノ露ヨリモシケシトイヘリ
サレハ 朝ニハ紅顔アリテ夕ニハ白骨トナレル身ナリ ステニ无(無)常ノ風キタリヌレハ スナハチフタツノマナコ タチマチニトチ ヒトツノイキ ナカクタエヌレハ
紅顔ムナシク變シテ 桃李ノヨソホヒヲウシナヒヌルトキハ 六親眷屬アツマリテナケキカナシメトモ 更ニソノ甲斐アルヘカラス
サテシモアルヘキ事ナラネハトテ 野外ニヲクリテ夜半ノケフリトナシハテヌレハ タヽ白骨ノミソノコレリ アハレトイフモ中々ヲロカナリ サレハ 人間ノハカナキ事ハ
老少不定ノサカヒナレハ タレノ人モハヤク後生ノ一大事ヲ心ニカケテ 阿彌陀佛ヲフカクタノミマイラセテ 念佛マウスヘキモノナリ アナカシコ アナカシコ」
という,御文(おふみ)と言われるもので,末尾に必ず,「あなかしこ」がつく。当然手紙なので,末尾にある物なのだろう。
御文(おふみ)は,
「浄土真宗本願寺八世蓮如が、その布教手段として全国の門徒へ消息(手紙)として発信した仮名書きによる法語。本願寺派では『御文章(ごぶんしょう)』といい、大谷派では『御文』、興正派では『御勧章(ごかんしょう)』という。なお、本願寺が東西に分裂する以前は、『御文』と呼ばれていた。」
という。
「蓮如の孫である圓如が、二百数十通の中から80通を選び五帖に編集した物を『五帖御文(ごじょう
おふみ)』という。そのうち1帖目から4帖目には日付があるものを年代順にならべてあり、5帖目には日付が不明なものをまとめてある。そのため、4帖目の最後、第15通「大坂建立」は、蓮如の真筆では最後の御文。遺言ともいわれる。」
という。上げた御文は,御文の5帖目第16通「白骨」(はっこつ)と呼ばれるもので,御文の中でも特に有名なものである,という。この御文は宗派により呼び方が異なるらしいが,大谷派では,
「白骨の御文(おふみ)」
とある。
たしかに,手紙形式を取っているので,末尾に,「あなかしこ」とくるのはおかしくはないが,
http://sairen99.cocolog-nifty.com/kotoba/2012/10/post-1c19.html
によると,
「『御文』を書かれた蓮如上人としては、
『親鸞聖人のおしえをいただき、その聖人のおしえやお気持ちを、謹んであなたにお伝え申しあげます』という気持ちがあったことだと思います。」
として,
「お手紙の書き手は、誰に向けて手紙を書いていると思いますか?
一番の対象は、手紙を差し上げる方ではなく、書き手自身だと思います。手紙は、相手に対する思いやりの気持ちを表現します(励まし・注意・感謝・お礼等々)。自分の気持ちと向き合った上で、相手に向かうのが手紙を書くということです。
差出人でありながら、宛先人でもあるのです。自分の気持ちと向かい合わなければ、手紙は書けません。
蓮如上人の『御文』は数多くありますが、それぞれ誰に宛てての「御文」なのか、だいたい分かっています(想定されています)。
確かに、それぞれの方に対して、親鸞聖人のおしえをお伝えしたい気持ちいっぱい(あなかしこ)にお手紙を書かれているのですが、それは同時に、蓮如上人自身がおしえに、自分自身に真向かいになることであります。」
と付け加えてある。ということは,それをよみつつ,住職もまた,
自身に向かって自問している,
という形式になる。手紙を繰り返し伝える,とは,読み手が聴き手に伝えるだけではなく,読み手自身も,蓮如をなぞって,自問する,というカタチになるのかもしれない。前記の書き手(真宗のお寺の副住職らしい)は,
「『あなかしこ』には、『謹んで“あなたに”お伝え申しあげます』という気持ちと共に、『弥陀の慈悲、親鸞聖人のおしえを、この蓮如、有り難くいただきました』という感謝の念が込められているように感じられます。
そのように感じられてこそ、『あなかしこ』が『南無阿弥陀仏』と聞こえてきます。」
とまとめている。あなかしこには,
畏怖
と
畏敬
と
(それが転じた)感謝
の思いがこもっている。
あなかしこ
には,手紙の末尾で,読んでいただいたことへの御礼もまたこもっているようである。
あなかしこ あなかしこ。
上へ
捨てるについては,「捨てる・棄てる」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba4.htm#%E6%8D%A8%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%83%BB%E6%A3%84%E3%81%A6%E3%82%8B),「捨てる」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba3.htm#%E6%8D%A8%E3%81%A6%E3%82%8B)
等々で書いたが,はたと気づいたことがある。かつて,決断とは,
何かを断念することだ,
ということを読んだ記憶がある。断念,とは,
何かを取り,何かを捨てる,
ことだ。選択した以外を,捨てるということだ。捨てるとは,その他の道を取ることを断念する意味がある。その意味では,捨てるというのは,それを捨てることで,それに関わる選択肢を取るのをやめることだ。それは,意思決定には違いない。(捨てるべき)それのもっている,
未来,
というか,
可能性,
を捨てる(諦める)ということだから。もっと踏み込むと,それのもつかもしれない,
希望
や
夢
を捨てるということになる。逆に言えば,捨てられないのは,そのもの(こと)のもつ未来の可能性,あるいは夢を断念できないからだ。
大袈裟のようだが,自分の例で言うと,本がある。若い頃一切を捨て,更に数年前,半分近く捨てたが,またもとの黙阿弥になっている。本を買うのは,知識(情報)のもたらす,
新しい視界,
未知の眺望,
面白さ,
新たな興味,
等々,それへの期待や思い入れを通して,
未来の自分,
あるいは,
(知識や情報を)知った,わかった後の自分の未来,
あるいは,
それを楽しみエンジョイする自分,
等々を買うことだ。だから,本が捨てられないのは,廃れたり,役に立たなくなったもの以外,
いつか(いずれまた)必要になる(捨てた後必要になって,捜したがついに手に入らなかった経験が再三ある),
いつか(いずれまた)読む(読みたくなる),
いつか(いずれまた)使う,
いつか(いずれまた)役に立つ,
いつか(いずれまた)探す,
等々という自分の未来(ありうる可能性,あるいは,なりたい自分,ありたい自分)を見据えて,捨てない(捨てられない)のである。逆に言えば,捨てられないのは,
いまの自分のへの執着とかこだわり,
というのもあるかもしれないが,僕には,
未来の自分(の可能性),
への期待が(まだ)あるから,と気づく。あるいは,時間軸を延ばしたとき,
いまとは違う自分,
への希望(夢),といってもいい。いまの自分の基準で,捨てないのではない,と僕については言える。
その本を捨てることで,その本を買ったときの希望や夢を捨てる,
ということになる,という感じなのだ。その希望は,ささやかなものだ。
もう少しゆとりが出たらじっくり読みたい,
感動した思いをまた味わいたくなるだろう,
その本にまつわる過去の想い出をなくしたくない,
再度調べて読み直す必要が出るかもしれない,
もう一度ゆっくり読み直したい,
等々,過去にこだわっているように見えるが,そういう自分の未来に希望を持っているからだ。たとえば,失恋した相手からもらった本でも,その本にからまる思い出とともに生きていく自分が未来に見えるから捨てない。しかしもし,明日,死ぬかもしれない,とわかったら,その想い出は,
死ぬのにいらないかもしれないし,
いや,だからこそ,
死ぬまで持っていたいと思うかもしれない,
いずれにしろ,捨てると決めたとき,その過去を未来には持って行けない(持って行かない),と決めるということだ。それは,一つの断念に他ならない。それは,そのまま,以後の生き方の,
いくつかの選択肢の一つをそこで捨てる,
ということとほぼ重なる。捨てる,とは,そういうことだと,僕は思う。それを捨てることが,
自分の未来(の可能性)を捨てること,
とわかって捨てるなら,潔くなんかなれっこないのである。自分の未来の選択肢は,たくさん残しておきたいに決まっているのである。ある意味,それは,
自分(へ)の見切り
でもある。
いまの自分(へ)の見切り,
であるかもしれないが,それ以上に,
なりたい(ありたい)自分(へ)の見切り,
であり,それは,
別のありえる(なりえる)自分の見切り,
でもある。捨てることは,結構重いのではないか(もちろん買い直したり,買い戻したりするのは,そういう自分(の未来)を見切れない(見捨てられない)からである。)。
因みに,捨てる,棄てる等々,「すてる」の使い分け,言葉の意味の違いについては,「捨てる」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E6%8D%A8%E3%81%A6%E3%82%8B)
で触れた。ここでは,「捨てる」の意味である。
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よこざま,
という言葉がある。
横様
あるいは
横方
と書く。当然ながら,
横の方向,
とか
横向き,
という意味たが,僕が見た用例は,
当然でないこと,
道理に背くこと,
よこしまなこと,
という意味であった。どうも「よこ」という言葉に意味がある。
因みに,漢字の「横」は,「黄(呉音おう・漢音こう)」が,火矢の形を描いたもので,上は,「廿+火(=光)」の略体,下は,中央にふくらみのある屋の形で,油をしみこませ,火をつけて飛ばす火矢。火矢の黄色い光,つまり,「黄」は,
動物の脂脂肪(廿印)のついた火を描いた象形文字で,四方八方に発散する火矢の光,
を表し,「横」は,「木+横」で,中心線からはみだして広がる横木,勝手に広がる意を含む,という意味で,多少「はみだす」という含意がなくもないが,和語「よこ」の方にその意味が強いようだ。
「よこ」には,いくつか語源があるが,
ひとつは,「ヨコタフ」が語源で,体をヨコタエルのヨコ,
いまひとつは,「ヨ(寄)+コ(方向)」で,正面に対して,「寄る方向」がヨコ。不正な方向,ヨコシマのヨコ,
この第二説が,横しまは,横様に通じる,と言えるが,どうも,直感的には,順逆がさかさまの気がする。「よこ」のもつ(当然でないという含意というか)意味から,横様が出たのではあるまいか。
もう一つの説は,
ヨキ(避き)と同根。平面の中心を,右または左に外したところ,またその方向の意。タテ(垂直)に対し,水平方向の意。転じて,意識的に中心点に当たらないようにする,真実・事実を避ける意から,「よこごと(中傷)」,「よこしま(邪悪)」等々,故意の不正の意に用いた。類義語「ワキ(脇)」は,中心となる者にぴったりと添ったところの意,
この説の方が,委曲を尽くしているように思う。ただ,(ここまで書いてきて,はたと気づくのは)ひょっとすると,本来,タテ(正道)に対して,ヨコは,縦にするのを横に倒す,という喩から,もともと正しくない,という意を含んでいた,とも見られなくもない。
横様雨,
横様斬り,
は,たた横向きを指しているだけだが,
横様の死,
は,横向きの含意がある。横様の死が「横死」の訓み,で文字通り,非業の死,というニュアンスだが,
犬死,
というか,まっとうではない死に様をしめしている。ただ,
横様の幸い,
は,予期しない幸い,僥倖,というか棚ぼたである。想定外,とか不意に,というニュアンスがある。「横死」の「横」にもそんな含意があるのかもしれない。
横矢,
横槍,
は,側面を,鑓や矢で突かれたことを意味しているから,そこにも,不意打ちのニュアンスがある。
しかし,考えると,
横言,
横訛り,
横飛び,
横恋慕,
横流し,
横取り,
と,「横」のつく言葉は,横向きという以外は,ほとんど悪意か,不正か,当たり前でない,ことを示すことが多い。
横を行く,
と言えば,無理を通すだし,
横車,
も,横向きに車を押す,ことだから,理不尽さ,という意味合いを含んでいる。
横紙破り,
は,線維に沿って縦に破るのではなく,横に裂こうとする含意から,無理押しの意味が含まれる。
そういえば,「横板」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E6%A8%AA%E6%9D%BF)
で,「立板に水」に対して,「横板に飴」という言い方について書いたことがあるが,ひょっとすると,「横」に意味があり,木目に逆らって,というところに,不正とは言わないが,不自然さ,というニュアンスを含めていたのではないか,ということに思い至る。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
「うしろ」は,
「う(内部)+しろ(区域)」
で,内部から転じて,後部となった語,とされる(『日本語源広辞典』)。あととか背後の意味も持つ。しかし,『古語辞典』をみると,「うしろ」は,
「み(身)」の古形「む」と「しり」(後・尻)の古形「しろ」の結合した「ムシロ」の訛ったもの
とある。で,かつては,
まへ⇔しりへ
のちには,
まへ⇔うしろ
と対で使われる,とある。『大言海』には,
身後(むしり)の通音
とあり,むまの,うま(馬),むめの,うめ(梅)と同種の音韻変化,とある。ちなみに,「しり」は,
口(くち)と対,うしろの「しろ」と同根。
しり(後)
で,前(さき)後(しり)の「しり」が語源とある。いずれにしろ,「後」は,
背後から,後部,背中,後姿,裏側,物陰,
までの意味がある。普通は,
後ろ
と当てるが,「後」という字は,
幺(わがか,ちいさい)+夂(あしをひきずる,おくれる)+彳(いく)
で,足をひいてわずかずつしかすすめず,あとに遅れるさまを表す。後に,「后」に通じるが,「后」の字は,
人の字の変形+口(あな)
で,しりの穴(后穴)を指す。「後」と通じて用いられる。
「後」というのは,したがって,
遅れる
だの
物陰
だの
裏側
だの
背後
だのと,余りいいイメージではない。そのせいか,
後ろ足(逃げ足),後ろ明かり,後ろ歩み(あとじさり),後ろいぶせ(将来への不安),後馬(尻馬),後ろ押し,後ろ髪,後ろ影,後ろ軽し,後傷(向う傷の逆,逃げた証),後ろ暗い,後袈裟,後ろ言(陰口,愚痴),後詰(うしろづめ,後詰(ごづめ)),後ろ攻め,後ろ千両,後ろ盾,後ろ手,後ろ付き,後ろ違い,後ろ礫,後ろ飛び,後巻,後ろの目,後弁天,後ろ前,後ろめたい,後ろを見ず,後ろ向き,後見,後見る,後ろ矢(敵に内応して味方を射る),後安し,後ろ指,後を切る,後を見せる,
等々,どうも明るいものが少ない。
ついでに,「尻」という字は,九が,
「手を曲げてひきしめる姿を描いた象形文字で,つかえて曲がる意を示す」
とあり,「尸(しり)+九」で,人体の末端の奥まった穴(肛門)のあるしり」のこと,とされる。
したがって,「しり」も,
尻から抜け,尻に敷く,尻に帆掛ける,尻も溜めず,尻も結ばぬ糸,尻を割る,尻がかるい,尻が重い,尻馬,尻ごみ,退く,尻目,尻が据わる,尻が長い,尻上がり,尻足,尻押し,尻が来る,尻こそばゆい,尻から焼けてくる,尻切れトンボ,尻毛を抜く,尻声,尻ごみ,尻下がり,尻すぼみ,尻叩き,尻に火がつく,尻ぬぐい,尻抜け,尻早,尻引き,尻舞い,尻目,尻目遣い,尻もや,尻を落ち着ける,尻を食らえ,尻を拭う,尻を引く,尻を捲る,尻を持ち込む,
尻も,後と同様,あまりいい意味はない。そのせいか,「しり」と読むとき,尻と後は,
しりうごと,で後言,とあて,
しりえ,で後方とあて,
しりえで,で後手とあて,
しりさき,で後前とあて,
しりざま,で後方とあて,
しりざら,で後盤とあて,
しりつき,で後付とあて,
しりっぱね,で後つ跳ねとあて,
しりぶり,で後振りとあて,
等々,どうも語感で,「後」の字と「尻」の字を使い分けている感じである。しかし,「うしろ」と訓ませるときは,
後ろ暗いが尻ぐらいとも,
後ろめたいが尻めたいとも,
後ろ指が尻指とも,
後を見せるが尻を見せるとも,
「尻」を当てることはないようだ。どうも,妄説だが,「尻」は,物事の付けのように,一つ一つの振る舞い(しくじり)を指し,「後」は,それ自体がその人の在りよう(の落ち度)を示す振る舞いに敷衍される使い方が多い気がする。「尻」の字と「後」の字が与える印象から来ているのかもしれない。「しり」と「うしろ」では,随分語感が違う。
いずれにしても,背後や背中と言うのは,そうそう人に見せない者なのだろう。後が陰なく,晴れ晴れしているのもいいが,どこか陰翳がない。それよりは,どこか得体のしれないところがある方が,人は魅力的なのかもしれない。
いい歳をして,
いい人ですね,
と言われるのは,聊か恥ずかしい。後ろ影が,暗く,単なる後姿ではなく,暗く深く見える,
陰翳
が,ほしい。それは,たぶん,どれだけ修羅場をくぐったかに,よるのだろう。だから,後傷は恥であり,
向う傷,
が誉れなのだ。それは何にも,成功失敗,功の有無を指さない。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
ごくつぶしとは,
穀潰し
と当て,
定職もなくぶらぶらと遊び暮らす者。無為徒食の者をののしっていう語。五穀潰し。
という意味である。しかし,語源は,
「穀(米穀)+潰し(食べる)」
で,飯を一人前に食べるが,ぶらぶらと働かないものを罵る言葉,
である。
国の借金が膨らみ続けているのに,平然と,
http://lite-ra.com/2015/07/post-1259.html?utm_source=rss20&utm_medium=rss&utm_medium=twitter&utm_source=twitterfeed
と,2520億円の散財を意思決定する,こういうのも,穀潰しである。穀潰しどころではない,一人前どころか,2520億円あれば,
日産スタジアム×4
被災地の鉄道が半額で復旧可
肺炎の治療薬が112億人の子に
等々,巨大なことができる。それを捨ててまでするべきことかどうかのまっとうな判断ができていない。
一年前に,ある方が実名で書かれたFB記事に,
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=719538388105516&set=a.417886121604079.73054558.100001480848971
と,ある。安倍政権ときわめて近い「政財界の大物」(JR東海の葛西名誉会長の発言として,つとに有名だから)は,
「そろそろどこかで戦争でも起きてくれないことには、日本経済も立ちゆかなくなってきますなあ。さすがに日本の国土でどんぱちやられたのではたまらないから、私はインドあたりで戦争が起きてくれれば、我が国としては一番有り難い展開になると思ってますよ。」
これが,集団的自衛権行使容認の閣議決定から始まって,武器輸出三原則を撤廃し,武器の輸出推進政策に転じ,国内軍需産業を強化・育成するための「防衛生産・技術基盤戦略」なるものも決めた。まさに,軍需産業強化の路線である。それは,既に,産業界レベルから,戦後の民需中心の産業基盤を本質的に変換しようという流れそのものにつながる。
さすが国鉄(日本国有鉄道)生え抜きの人間の考えることだ。こういうのを,
穀潰し,
という。戦後,営々と培ってきた日本の経済構造をそのように本格的に転換すれば,
戦争なしでは成り立たない経済構造,
に変る。いや,アメリカの軍産複合体がそうであるように,
戦争そのものが市場であり,戦争を意図して引き起こそうとさえする,
構造へと変質させようとするものではないのか。因みに,軍産複合体(military-industrial complex)とは,
「戦争から経済的利益を得る政治的・経済的集団,特に戦争に迎合する産業にかかわっている集団のこと。アメリカにおける国防総省 (ペンタゴン)
を中心とする軍部と巨大な軍需産業群との癒着した関係や相互依存体制をさす場合が多い。」
とのこと。ロッキード社、ボーイング社、レイセオン社といった巨大兵器メーカーと伍していくつもりなのであろうか,あるいは,旅客機製造に部品メーカーとして参加するように,その傘下として加わるのであろうか。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA2F/a2f1202.html
によると,
「陸・海・空・海兵隊・予備を含めて350万人以上の人間を擁し、あらゆる近代兵器を持ったアメリカ軍部は、そのメカニズムと力において他に類を見ない組織である。しかもその軍は、2万以上の企業と組んで、巨大な「軍産複合体」(MIC)を形成している。」
軍産複合体の根幹を成しているのが「ウォー・エコノミー(戦争経済)」であるといわれる。だから,ディロン・リード社のジェイムス・フォレスタルやジェネラル・エレクトリック社のチャールス・ウィルソンなどは,
「アメリカが必要としているのは、永久的な“戦争経済”である。」
と言い切っている,とされる。
それが,財界というか日本の企業人の総意なら,日本は,企業としての自助努力を捨てて,国頼みの企業になり代わろうとしていることを意味する。それは,
国が,アメリカとともに戦争すること,
に依存する,と言い換えてもいい。そのために,自分たちトップが血を流すのではない。少子化で,数の減っている若者たちを,おのれがすべき企業努力の代わりに,金を生む人身御供として,戦場へ送ろうというのか。
まったく,戦前の日中戦争へと突入していくことと重なる。不況も,業績不振も,自助努力で打破しようとせず,国に頼る,しかも,若者の血の代償によって生き残ろうとする,そんな企業に,存在価値があるのか。
『大言海』に,穀潰しを,
「米を,徒に,食ひ減らすのみなる,意」
として,こうある。
「労することなく,世に益することなくして,徒に生活する人を罵る語」
と。おのれが経営者として労することなく,ただ徒食三昧しておきながら,行き詰まると,国にすがって,戦争をおっぱじめ,利益を得ようとする,そんな経営者を,
穀潰し,
と言わずして,何と言うのか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「縹緻」あるいは「器量」について書いているうちに,「器量」の方について,書き残したことを,ふたたび書く。
僕は,自分に器量も度量もないせいか,
器量,
度量,
雅量,
広量,
大量,
力量,
技量,
という,人の奥行を示す言葉が,昔から気になっていた。この中で,その人の大きさを示すのが,
器量,
度量,
雅量,
広量,
大量,
その人のもつ才覚,技能,能力を示すのが,
技量(「技倆」とも書く,腕前,技能の多寡),
力量(人の能力の大きさ),
だら,ここでは,前者の五つが,問題になる。しかし,器量を除くと,雅量(広くおおらかな度量),大量(度量が広いこと,広量),広量(度量が広いこと)は,いずれも,
度量
の大きいことを指しているので,度量と器量の対比,ということになる。因みに,「量」は,前にも触れたが,
「穀物のしるし+重」
で,穀物の重さを天秤で計ることを示す。穀物や砂状のものは,秤と枡のどちらでも計る。で,後に分量の意となるから,
はかる,
と,
かさ,
と,
ます,
の意がある。はかった嵩を取るか,はかった容量をとるか,どっちにしろ,大きさの程度という意味になる。
「器(噐)」は,
「口四つ+犬」
で,さまざまの容器を示す。犬は,朱ネイの多いものを代表している,とある。つまり,器は,
道具であり,
入れ物,
である。だからといって,器量は,その人の図体やがたいの大きさを言っているのではない。辞書的には,
その地位・役目にふさわしい才能・人柄,
才能・力量の優れていること,
ものの上手,
となっているが,むしろ,それなら,技量や力量と言えば済む。それも含めた,
人としての器の大きさ,
ということを準えているのだろう。「度」(ものさしのときは,ドと読む)は,
「又(て)+庶の略体」
とある。尺(手尺で長さをはかる)と同系で,尺とは,尺取虫のように手尺で一つ二つと長さをはかること,という意味らしい。だから,「度」は,
ものさし,
めもり,
基準,
といった尺度に関わるものが多く,そこからの転用で,
心・人柄のぐあい,
といった意味になっている(「態度」「大度」)。
そう考えると,「度量」は,
こころをはかる,
という意味なのだが,辞書的には,「長さと容積」「尺と枡」という意味の他,
心が広く,心を広く受け入れる性質,
となっている。
しかし,器量は,器を指し,度量は,物差しを指す,当然,
度量は,はかる側からの視点,
と
器量は,はかられる側からの視点,
を比べれば,常に,度量の側が,いわば,メタ・ポジションに立っている,という意味では,常に一歩先にいる,という感じであろうか。
だからか,器量の意味は,
その地位・役目にふさわしい才能・人柄,
才能・力量の優れていること,
ものの上手,
と,技量,技量のメタ・ポジションに立っているイメージである。まあ,力量や技量のある人,という意味である。ついでに,技量と力量を比較すると,
技量(「技倆」とも書く,腕前,技能の多寡),
力量(人の能力の大きさ),
で,力量が,技量のメタ・ポジションに立っている。技量は,力量の一部,ということになる。
力量,つまり能力については,「才能」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E6%89%8D%E8%83%BD)
で触れたが,これは,そこでも書いたことだが,アージリスの言った,
コンピタンス
と
アビリティ
の区別で,より明瞭になる。コンピタンスとは,
それぞれの人がおかれた状況において,期待される役割を把握して,それを遂行してその期待に応えていける能力,
であり,ある意味,自分への役割期待を自覚して,そのために何をしたらいいかを考え実行していける力であり,それは,自分がそこで“何をすべき”かを自覚し,その状況の中で,求められる要請や目的達成への意図を主体的に受け止め,自らの果たすべきことをどうすれば実行できるかを実施して,アウトプットとしての成果につなげていける総合的な実行力,である。アビリティとは,
英語ができる,文章力がある等々といった個別の単位能力,
を指す。どうも,これは,Knowing howでしかなく,やれることの意味と目的がわかっている(Knowing
that)のでなければ,知っていることにはならない。この両者かずあって,力量と言う,ということになる。これの許容量という意味で,通常力量とされるが,むしろその受容余地という意味で,器量こそが,キャパシティなのではあるまいか。
上へ
「きりょう」と聞いて,
縹緻
と思い浮かべた人は,相当の人である。ふつうは,
器量
を当てる。意味は(『広辞苑』によると),
(「器」は材の在る所,「量」は,徳のみつる所の意)
と注記して,
その地位・役目にふさわしい才能・人柄,
才能・力量の優れていること,
ものの上手,
(「縹緻)とも書く)顔だち,見目,また容姿のすぐれていること,
とある。『古語辞典』でも,ほぼ同じ(もうひとつ「からだつき」という意味を加えているが)。『大言海』も同じ。
「器量」という漢字に出典があるらしいのだが,漢字の「器量」には,
はたらき,
度量,
という意味しかない。で,最後に,わが国のみに通用する訓義として,
みめかたち,
の意味が載っている。「器(噐)」は,
「口四つ+犬」
で,さまざまの容器を示す。犬は,種類の多いものを代表している,とある。つまり,器は,
道具であり,
入れ物,
である。孔子が,
君子は器ならず,
といったのは,特定の用途に対応する道具であってはならない,という意味を込めていた。「量」は,前にも触れたことがあるが,
「穀物のしるし+重」
で,穀物の重さを天秤で計ることを示す。穀物や砂状のものは,秤と枡のどちらでも計る。で,後に分量の意となる,そうだ。だから,
はかる,
と,
かさ,
と,
ます,
の意がある。「量」と対比して,「はかる」漢字は,物理的な「はかる」と心理的な「はかる」も,「計る」として,対比している(処が,実際的で面白い)が,その字の多いこと。
「計」は,物の数を数える,
「図」は,(「はかる」と読む)料度,軽量の意。(「はかりごと」と読む)謀略,
「量」は,ます。後に転じて,分量をつもり見る,
「謀」は,心に慮る。人と相談してはかるに用いる,
「度」は,ものさしのときは,ドと読む。転じて大度と用いる。はかると訓むときは,タクと読み,尺度。長短を計る如く,心につもり見る,
「称(稱)」は,はかり。秤にかけて軽重を知るように,釣りあいよくする義,
「権(權)」は,物の軽重を掛けてみるように,差し引き見計らう,
「測」は,水の深浅をはかる。転じて,奥底のはかり知られぬ義,
「料」は,ますめに数える儀,心にはかりつもるにも用いる,
「忖」は,先方の心を推量する,
「商」は,商量,商略に用い,彼此をつもりはかる,
「揆」は,度に同じ,一つのかたに合うか合わぬかをはかる,
「略」は,田地の境を計量する義,切り盛りするに用いる。はかりごとと訓むときは,策略等々。はかると訓むときは,こうすれば善,こうすれば悪と,ひとつひとつはかる,
「算」は,算木。転じて,謀略の意に,
「議」は,ことのよろしきを評定する,
「程」は,これ程と限量をたてる,
「詮」は,はかりにものをかける如く,品位の高低を詳しく品評してわかつ,
「衡」は,はかりのさき,転じて,左右を見合わせ公平にはかる,
等々,これくらいでやめておくが,物理的に計ることが,心での是非,可否の判断になぞらえられ,細かく,文字が使いわけられているのに驚嘆する。これは,使うのも覚えるのも大変に違いない。
いやいや,本題から外れた。ようするに,「器量」という字からは,
縹緻,
の意味は伺いしれない。「器量」という漢字に,
縹緻
の意味はないから,当て字には違いないが,
「器量」の当て字,
という言い方はおかしいだろう。
「 縹緻」の「縹」は,
「糸+票」
で,「票」は,「要(細い腰)の略字体+火」で,こまかい火の粉が軽く目立って飛び上がるさま,を表し,「縹」は,
薄い藍色,肌色,はなだ色の絹布,
薄く軽いほんのりと浮かぶ(「縹渺」等々)
という意味があるが,「はなだ色」というのは,ウィキペディアには,
「縹(はなだ)もしくは縹色(花田色、はなだいろ)とは、明度が高い薄青色のこと。後漢時代の辞典によると『縹』は『漂』(薄青色)と同義であるとある。花色、月草色、千草色、露草色などの別名があり、これら全てがツユクサを表している」
とある。「緻」の,「至」「致」は,
隙間なく届くこと,
で,「緻」は,糸と糸との間が隙間なくくっついていること,の意味。だから,
こまかい,
とか,
隙間がない,
という意味になる。精緻,緻密の「緻」である。どう考えても,「縹緻」の「縹」の字も,「緻」の字も,見目のよさを示す意味はない。しかし,憶測だが,どうやら,見目麗しさに,
縹緻
を当てた人は,「はなだ色」のもつ特色をよく知っていて当てはめたのではないか。とすれば,なかなか端倪すべからざる人物というべきではないか。縹色(花田色)は,
「本来、露草の花弁から搾り取った汁を染料として染めていた色をさすが、この青は非常に褪せ易く水に遭うと消えてしまうので、普通ははるかに堅牢な藍で染めた色を指し、古くは青色系統一般の総括的な呼称として用いられたようだ。ただしツユクサ(ボウシバナ)の栽培種であるオオボウシバナは未だに友禅などの下絵作業に利用されている。」
そうで,
「花色といえば移ろい易いことの代名詞であった。枕草子に『移ろひやすなるこそ、うたてあれ』と嘆かれている儚い色は露草の青である。」
そのはかない美しさを示すのだとすれば,なかなか皮肉な人でもある。小野小町の,
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
である。
人の器の容量を表す,
器量,
度量,
雅量,
広量,
大量,
力量,
度量,
技量,
という言葉が,昔から気になっていたが,この意味の器量については,「器量」に続く。
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「ゆする」は,『広辞苑』によると,
揺り動かす
(遊里語)言いがかりをつけて,脅したりして相手の心を知ろうとする
(「強請る」とも当てる)脅したり,言いがかりをつけたりして,無理に金品を出させる
が意味として出ている。しかし,『大言海』は,「ゆする」を,次のように,項を分けている。
ゆする ル・レ・ラ・リ・レ(自動四)(一)響動(とよ)む。どよめく,(二)ゆれる,ゆらぐ,ゆらゆらと動揺す。
ゆする ル・レ・ラ・リ・レ(他動四)(一)ゆする,ゆさぶる,人の目を覚ますために押し動かす。揺り動かす,(二)おどかして,金銭などを強い取る,ねだる,強請る。
ゆする ルル・ルレ・レ・レ・レヨ(自動下二)前々条の語に同じ。
この厳密さが,何度も言うが,村上一郎が,『草莽論』の冒頭で,
「『さうまう』と『さうまうのしん』を別項として,この大辞典の編著上の見識を示している。」
と書いた所以だと思う。ついでに『古語辞典』をみると,
揺り
と
揺すり
を分けているが,「揺すり」に,
「根底に衝撃を与えて,その振動を全体に及ぼす意」
と注記が入っている。そういう原点を考えると,「ゆすり」の意味の波及がよくわかるところがある。更に意味を見ると,
(衝撃の起点から)震動を伝える,ふるわし動かす,
(あることがきっかけで)こぞって大騒ぎする,
ゆさゆさとゆさぶる,ゆさぶりをかける,
おどしかけ,または言いがかりをつけて,自分の意志を相手に受け入れさせる,
あり,名詞化して,
おどすなどして金銭をむりやりとる,
(上方で言う)飾ること,凝ること,
高慢,自惚れ,特に着飾って自慢すること,
とある。別に辞書の紹介をしたいのではないが,辞書もまた,編者の著作なので,編者の仮説に基づいて,意味をひもとく。どれが正しいかではなく,どれが,言語感覚として,腑に落ちるか,ということなのだろう。
僕には,『大言海』の解釈がわかりやすい。それに,
根底に衝撃を与えて,その振動を全体に及ぼす意,
を加えると,そこから,「強請(ゆす)る」につながる気がする。強請られるに値する,瑕疵というか,後ろ暗いことが,その人の在りようそのものに関われば関わるほど,そのゆさぶりは,
全体に波及する。
岡本綺堂『三浦老人昔話』の「鎧櫃の血」に,ある旗本が,赴任地の大阪城の番士を務めるため御用道中をする,という話が出ている。御用道中は,公なので,
「道中は幅が利きます。何のなにがしは御用道中で何月何日にはどこを通るということは、前以て江戸の道中奉行から東海道の宿々に達してありますから、ゆく先々ではその準備をして待ち受けていて、万事に不自由するようなことはありません。泊りは本陣で、一泊九十六文、昼飯四十八文」
というわけで,「駕籠に乗っても一里三十二文」の時代,「御用」という看板のおかげて,楽な道中をすることができる,らしい。そして,こんなことが出ている。
「御用道中の悪い奴に出っくわすと、駕籠屋があべこべに強請ゆすられます。道中で客が駕籠屋や雲助にゆすられるのは、芝居にも小説にもよくあることですが、これはあべこべに客の方から駕籠屋や雲助をゆするのだから怖ろしい。主人というほどの人は流石さすがにそんなこともしませんが、その家来の若党や中間のたぐい、殊に中間などの悪い奴は往々それを遣って自分たちの役得と心得ている。たとえば、駕籠に乗った場合に、駕籠のなかで無暗むやみにからだを揺する。客にゆすられては担いでゆくものが難儀だから、駕籠屋がどうかお静かにねがいますと云っても、知らない顔をしてわざと揺する。云えば云うほど、ひどく揺する。駕籠屋も結局往生して、内所で幾らか掴ませることになる。ゆすると云う詞ことばはこれから出たのか何うだか知りませんが、なにしろ斯ういう風にしてゆするのだから堪りません。それが又、この時代の習慣で、大抵の主人も見て見ぬ振をしていたようです。それに余りにやかましく云えば、おれの主人は野暮だとか判らず屋だとか云って、家来どもに見限られる。まことにむずかしい世の中でした。」
とある。この中の,
「ゆすると云う詞ことばはこれから出たのか何うだか知りませんが」
というくだりが気になったので,蜿蜒調べた次第。しかし,綺堂先生のご説は,当たらないようである。むしろ,「揺する」という言葉の語感からの汎用に見える。
「強請る」のゆするは,
蠕動がじわじわと全体に響いていく,
というニュアンスで,単なる,
脅す,
や
脅し取る
という強面ではないし,
せびり取る
や
吸いとる
や
搾り取る
とも違う。あえていえば「強要」が近いか。『語感辞典』には,
「恐喝に比べ,脅す迫力が弱い」
とあったが。それは当人の心理とは関係なさそうだ。ところで,
強請る
は,「ゆする」と読ませるが,そのほかに,
ねだる
せびる
せがむ
とも読ませる。その違いを,
「ねだる」は,相手に甘えてものを要求する気持ちが強い,
「せがむ」は,物や行動を性急にかつ連続して要求すること,
「せびる」は,主に金銭を強要する色合いがある,
と,区別している。そういう意味では,「強請る」には,
「ねだる」から「ゆする」
間での,意味の幅がある。それは,同じことをしても,相手には,
(度を越した)ねだるの延長線
か,
(度を越した)せびるの延長線
か,
(度を越した)せかむの延長線
か,
(度を越した)ゆするの延長線
かの,その閾値というか境界を越えるか越えないかは,両者の関係,求める側と強いられる側との関係に依存しているように見える。あるいは,それは,
セクハラ
や
パワハラ
のもつ関係性とダブってくるように見えるのは僻目だろうか。
参考文献;
岡本綺堂『三浦老人昔話』(kindle版)
村上一郎『草莽論』(大和書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大野晋・浜西正人『類語新辞典』(角川書店)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
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「貧乏ゆすり」というのは,
座っている時などに,身体の一部(特にヒザ)を揺らし続けること,
をさす。『古語辞典』では,
びんばふゆるぎ,
という表現で出ている。貧乏ゆすりをしている人は、,指摘されるまで気づかないことも多いらしい。
貧乏ゆすりの原因には,いくつかの説がある。
「何かのきっかけ(脚の後ろをイスに当てるなど)で筋肉が収縮し、それから起こる一連の伸張反射によって、脚の前後の筋が交互に収縮伸張を繰り返すため。」
「ずっと座っていると、下半身の血流が滞ってしまうので、それを解消するために反射的に貧乏揺すりをする。
人間は何もしないという行為は、心理学的に不安になる事が多いために、それを解消するために貧乏揺すりをして気を紛らわせる。」
「貧乏揺すりをしている人は、たいていの場合において何かしらの欲求不満、ストレスを抱えている。
取りすぎたカロリーを本能的に消費しようとするため。」
等々といわれるらしいが,貧乏ゆすりは,何かしらの欲求不満,ストレスを抱えていて,それから脳をリラックスさせるためや,逃避行動の一種ではないかということらしい。確かに,ストレス解消手段の一つではあるらしく,
「足元からの刺激が中枢神経に伝わり、イライラや緊張感を緩和させる」
のだという。だから,中断すると,かえって,イライラが募ってしまうかもしれない。
「貧乏ゆすり」は,「貧乏」にあてこすっているように聞こえるが,
「貧乏+ゆすり」
が語源で,「貧乏ヒマなし」の類で,席を温める暇もない,というところから,
せわしなく膝を動かす,
仕草を言ったのではないか,と想像されるが,
貧乏人が寒さに震える様子から,
高利貸しが貧乏人から取り立てる際に足をゆすることが多かったから,
江戸時代に足をゆすると貧乏神に取り付かれるといわれていたから,
といった諸説があるが,真偽はわからないが,
「『貧乏揺すり』というように,『いらいらしている際の足を揺する行為』に対して名前をつけているのは日本のみである。」
という。会話では,
Jittering
とか
Fidgeting
と言うらしいが,別に膝を揺すっていることを指しているのではなく,
(落ち着かず)そわそわ,もじもじする
という心理を指しているようだ。だから,本来の貧乏ゆすりの意味と近いかもしれない。
因みに,「貧乏」というのは,
貧しいこと
であるが,中国語の,
「貧(貧しい)+乏(財産が乏しい)」
から来ている。古代から,この語は使われていたらしく,
ヒンボク,
ビンボク
とも読まれていたらしい。まあ,関連する語の多いこと。
貧乏神,
貧乏くじ,
貧乏葛,
貧乏芸,
貧乏性,
貧乏線,
貧乏蔓,
貧乏徳利,
貧乏鼻緒,
どれも,余り有り難くない。
漢字から調べてみると,「貧」は,
「分+貝」
「分」は,「八印(左右にわける)+刀」の会意文字。刀で,二つに分けること。
「貝」は,われめのある子安貝,また二枚貝を描いたもの。古代には,貝を交易の貨幣に用いたので,貨・財・費などの字に貝印を含む。
で,「貧」は,財貨を分散し尽くして乏しくなったこと。
ひょっとすると,「貧乏」であること自体が,ストレスであるかもしれない。しかも,将来に何の見込みも,何の見通しも立たないと感じたとき,その解消は,
貧乏ゆすり,
では果たし得ないのではないか。昨今の社会自体が,苛立ち,ストレスで貧乏ゆすりしている状態は,いい兆候ではない。
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くりからもんもんは,
倶利伽羅紋々
と書く。意味は,
背中に彫った倶利迦羅竜王の入れ墨。また、その入れ墨をした人。転じて、入れ墨。
とある。倶利伽羅とは,
梵語Kulikaの音写で,倶利迦羅竜王の略。倶利迦羅竜王とは,
「不動明王の化身としての竜王。形像は、岩上で火炎に包まれた黒竜が剣に巻きついて、それをのもうとするさまに表される。剣は外道の智、竜は不動明王の智を表したものという。倶利迦羅明王。倶利迦羅不動明王。倶利伽羅。」
とある。不動明王とは,
「梵語Acalanāthaの訳,五大明王・八大明王の主尊。大日如来の命を受けて魔軍を撃退し、災害悪毒を除き、煩悩を断ち切り、行者を守り、諸願を満足させる。右手に利剣、左手に縄を持ち、岩上に座して火炎に包まれた姿で、怒りの形相に表す。両眼を開いたものと左眼を半眼にしたものとあり、牙を出す。制吒迦(せいたか)・矜羯羅(こんがら)の二童子を従えた三尊形式が多い。不動尊。無動尊。」
と,まあ,ここまでチャンクダウンしても,不得要領。いやはやおのれの,無学非才,無知は,救いがたく,恥じ入るばかり。
倶利伽羅紋々の「紋々」は,
模様の意味の紋を重ねたもの,
だが, 倶利伽羅王が火焔に包まれた竜から,「燃え燃え」との説もあるが,「模様」が淵源のようだ。特に,「倶利伽羅紋々」といった場合,入れ墨でも,本来は,
背中一面に彫った刺青,
を指すらしい(それから入れ墨一般に広がったらしい)ので,まあ,確かに「紋々」という印象かもしれない。
『大言海』の「倶利伽羅」の項の説明がいい。
「(梵語krkara黒龍と訳すと云う)岩の上に立てたる剱を,黒龍の,巻きめぐりて,其の切先を呑まんとし,其の背に,火焔の燃えあがる象を図したるもの。剱は不動明王の三摩耶形(さんまやぎょう)にて,右手に持てる降魔の剱,龍は,左手に持てる縛の索(なわ)にて,龍の剱を巻くは,即ち不動の化身の像なりと云う。勇肌の火消,鳶の者などの,その背に,此図を文身(ほりもの)にしたるを,倶利伽羅もんもんと云う。燃え燃えを火焔の勢いに因みて,勇ましくはねて云うなるべし」
と。この説の説得力がある。
この倶利伽羅紋々のいわれについて,野村胡堂は,『銭形平次捕物控』「お珊文身調べ」の中で,文身(ほりもの)は,もとは罪人の入墨から起こったとも言われるが,これが盛んになったのは,元禄以降,特に宝暦,明和,寛政と盛んなったとして,
「大模様の文身の発達したのは,歌舞伎芝居や,浮世絵の発達と一致したもので,今日残って居る倶利伽羅紋々という言葉は,三代目中村歌右衛門が江戸に下って,両腕一パイに文身を描いて,倶利伽羅太郎を演じてから起こったことだと言われて居ります。」
と書いている。倶利伽羅太郎のことはよくわからなかったが,四代目歌右衛門について,
「四代目中村歌右衛門(二代目中村芝翫)は、天保四年中村座九月狂言『手向山紅葉御幣』において、『芝翫名残り狂言何れも大出来大々当りくりから太郎にて腕に倶梨伽羅龍の入れぼくろせしなり此節歌川国芳画にて水滸伝豪傑のにしき画大に流行して東都侠者彫ものにせし也是によりて芝翫如是にして看官の眼をよろこばせしなり』と評されるように、ほりものと所縁が深い人物であることは、間違いないと言えるであろう。」
という記述(大貫菜穂「上方浮世絵にみるほりものの発露」)があるので,三代目か四代目かは知らないが,上方歌舞伎から持ち込んだもののような気がする。
「いれずみ」は,
「入れ+墨」
で,文身,刺青とも当てる。『大言海』は,
刑の名。肌に傷付けて,墨汁を差す。後の標となすなり。徳川氏の制には,追放,敲き等に付加(つけ)て行う。二の腕に,幅三分ずつ,二条入れる。あるいは左,あるいは右。またあるいは,顔にも入れる,
が最初に出る。つぎに,
ほりもの,
ときて,「ほりもの」の項には,いわゆる彫物のほかに,
人の膚に針にて,人物,花鳥など,種々の象を刺し作り,墨,朱なとを差し入れること。市虎(いさみ)など身の飾りとす。いれずみ,箚青,雕青,文身。
という説明がある。刺青は,「アルプスの氷河から発見された5300年前のアイスマンの体には入れ墨のような文様が見つかっている」など,
「体毛の少ない現生人類の誕生以降、比較的早期に発生し普遍的に継承されて来た身体装飾技術と推測されている。」
という。日本でも,世界的にも古く,
縄文時代に作成された土偶の表面に見られる文様,
があるし,縄文人と文化的関係が深い蝦夷やアイヌ民族の間に入れ墨文化が存在している。
三世紀の,『魏志倭人伝』には,
「男子皆黥面文身以其文左右大小別尊之差」
の記述があり,その後の,『後漢書東夷伝』にも,
「諸国文身各異或左或右或大或小尊卑有差」
との記述があり,入れ墨の位置や大小によって社会的身分の差を表示したり,他の生物への威嚇効果を期待したりと,意図は異なるが,日本人(だけではないが)にとって,刺青は,縁がある。世界的にもタトゥーがはやっているのは,飾りもさることながら,人類の気質に起因しているのかもしれない。
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「べらぼう」は,
箆棒
と当てるが,
便乱坊,
可坊,
とも当てる,らしい。
並はずれてひどいこと。程度がひどいこと。はなはだしいこと。また、そのさま。
筋の通らないこと。普通では考えられないようなばかげていること。また、そのさま。
人をののしっていう語。たわけ。ばか。
といった意味に使われているが,この語源が,諸説ある。
「薄弱萎軟,竪立てせぬを,へらへらとも,べらべらとも云ふ。延宝(1673〜81)の頃,大阪に可坊(べきぼう)と云へる異相の男ありきと云ふ。或いは箆棒の義,穀潰の意なりと云ふは,如何か」(『大言海』)
「寛文(1661〜73)末頃,見せ物となった畸人。頭の先が尖り,赤くまるい目,猿のような頤,全身真っ黒で愚鈍な感じであったという。」(『古語辞典』)
「寛文(1661〜73)年間に見世物に出た,全身まっくろであたまがとがり眼は赤く丸く,あごは猿のような姿の人間。この見世物から『ばか』『たわけ』の意になった。」(『広辞苑』)
「語源は,『箆+棒』です。穀潰しにしか役立たぬものの洒落です。ベランメイ(箆のものの変化)も同じ語源です。相手を罵る語です。転じて,大変の意です。別に異説として,江戸時代の奇人便乱坊(全身黒く,頭が尖り目が赤く丸い)に由来するという説がありますが,罵る意味が薄く,疑問に思われます。」(『語源辞典』)
「べらぼうとはもともと『あほ』や『ばか』という意味で江戸時代から使われていた。これが転じ、『程度が尋常でないこと』という意味で使われるようになる。また、べらぼうが『あほ』や『ばか』という意味から、そういった出来事や人、言動を罵る言葉としても使われる。ただしこの場合、語意を強める接尾語『め』をつけたべらぼうめや、ここから転化したべらんめえ(べらんめい)のほうが使用度が高い。」(http://zokugo-dict.com/29he/berabou.htm)
「べらぼうは,漢字で『箆棒』と書くが当て字。語源は,寛文年間(1661〜73年)の末頃から,見世物小屋で評判になった奇人に由来する。その奇人は全身が真っ黒で頭がとがり,目は赤くて丸く,あごは猿に似て非常に容貌が醜く,愚鈍なしぐさで客を笑わせていた。
奇人は『便乱坊(べらんぼう)』『可坊(べくぼう)』と呼ばれていたことから,『馬鹿』や『阿呆』の意味で『べらぼう』という語が生まれた。
やがて,人を罵る言葉は普通でない者に用いられることから意味が派生し,程度がひどいことや筋の通らないこととして使われるようになった。
一説には,江戸中期の『牛馬問』に,『阿房らしきことをべらぼうと隠語す。これは下賤の時花言葉(はやりことば)なれども今は通用の語となる』とあることから,博打用語を語源とする説もある。しかし,博奕用語の『べらぼう』が『阿房らしき事』をいみするようになった経緯は不明で,奇人の話よりも後の書物であるため語源としては定かではなく,この語が一般に広く使われるまでは,博徒のあいだで使われていたと考えるにとどまる。」
(http://gogen-allguide.com/he/berabou.html)
その他,見世物小屋についての説明にも,
「まず京都の四条河原がその発祥地として,すでに慶長期(1596‐1615)ころには蜘舞,大女,孔雀,熊などの見世物が,歌舞妓や人形浄瑠璃などにまじって小屋掛けで興行していた。籠抜,枕返し,からくりなどが寛文期(1661‐73)の前後に流行し,そのころ〈べらぼう〉という言葉の語源になった〈べらぼう(べら坊,可坊)〉という畸人の見世物もかかった。享保期(1716‐36)以後には曲馬,女角力(おんなずもう),綱渡りなど,宝暦・明和・安永期(1751‐81)には火喰い坊主,蘇鉄(そてつ)男,馬男,曲独楽,曲屁(きよくへ)福平,女力持,エレキテル,鬼娘,飛んだ霊宝,ビイドロ細工,曲鞠などが行われた。…」
と,「可坊」が例として出ている。確かに,そういう見世物があったのかもしれないが,ちょっと「べらぼう」との関連では,異和感がある。で,少しさらに調べてみると,五街道雲助という噺家の,
http://www.asahi-net.or.jp/~cq1t-wkby/otosi.html#chapter32
『落とし噺演題』という中に,見世物小屋説について,
「三馬の『浮世床』などを読んでも『こんべらばぁ』などとのべつに江戸っ子の口から出てきて、べらぼう=江戸弁のような言葉が上方の見世物から出ているとはどうも思い難い。」
といった感じを懐いている中で,「 川柳大兄(川柳川柳師匠のこと?)と楽屋でこの話をして」いて,
「オレのがきの時分に、ウチの方でね(因みに川柳師匠は秩父の山間の生まれ育ちです)あの便所のさァ、もちろんその頃だから汲み取りのやつでさ、あれ糞が溜まってくると、した後におつりがはねかえって来るんだよ。雲ちゃんなんざ知らないだろうけどさ。だからその防止ってほどのもんじゃないけど、甕の上に縦に棒が渡してあるんだよ。つまり糞がこの棒に一旦当たってそれからズルリッと下に落ちるから、はねないわけなんだよ。わかるだろ。でね、この棒のことをべらぼうと言ってたよ。ウチのほうじゃ。」
という説明を聞かされた,とある。そして,雲助師匠は,
「『べらぼう』は『便乱棒』が訛ったものだったんですよ。関東一帯で使われていた言葉が秩父に残っていたとしても不思議はありません。便乱坊の見世物が転じてべらぼうになったのではなくて、便乱棒に糞が積もったような姿の生き物の見世物だから便乱坊だったんです。」(http://www.asahi-net.or.jp/~cq1t-wkby/berabou.html)
「べらぼう」という言葉が先にあった,という感じは,僕もする。この説が最もリアリティがある。
確か,三田村鳶魚だったかが,書いた本は当てにならない,その時代を生きていた,じっちゃんの,
そんなものなかった,
の一言にはかなわない,と言っていたが,まさに,それを地で行く話なのかもしれない(もちろん。個人体験は,たまたまをそもそも,としているきらいがあるにしても)。
同じ糞べらといっても,かなり違いがあるらしいが,例えば,
http://www.honda.or.jp/honda/gaki.html
によると,『餓鬼草紙』という絵巻物の一場面にある図らしいが,
「道ばたで子どもが排便をしています。大便がつかないように高下駄をはき、しかもはだかです。右手には糞(くそ)べらを持って踏ん張っています。糞べらを支えにして勢いよく大便を出せば,お尻につかなくてすみます。仮についたとしても糞べらでこき落とすのです。」
とある(周囲が汚いので高下駄を履く,とも言う)。どうもこれは,ハイヒールの謂れともつながる話のようだ。それで,不意に思い出したが,
如何是仏
乾屎橛(かんしけつ)
という問答がある。その意は,
仏とは何かという問いに対し,くそかきべらじゃよ,と答えている。目の前の何であれ、そこに仏を見る。そこに総ての世界を見る。乾屎橛にこだわってはならぬ。こだわった瞬間、そこに意味をみてしまう。それが柄杓でも、太刀でも構わぬ,ということらしい。
ただ,「箆(篦)」の字は,
びっしりと並ぶ,
という含意があり,本来は,
くし,
を意味し,わが国では,どういうわけか,
へら,
と
の(矢柄)
を指し,細長く平たく削ってつくっただけの小刀,を意味する。
因みに,「べらぼうめ」は,「べらぼう」に強調の「め」を接尾語として付けたもので,「べらんめえ」は,「べらぼうめ」が音変化したもの,というよりは,
「江戸っ子の早口の巻き舌のはなしぶり」
では,そうなるのだろう。それにしても,たった一つの言葉を探るだけで,日本の文化の底へと辿らされる。
参考文献;
http://www.asahi-net.or.jp/~cq1t-wkby/otosi.html#chapter32
http://gogen-allguide.com/he/berabou.html
http://zokugo-dict.com/29he/berabou.htm
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「まくら」は,落語で言うそれは,
「頭に置くものの,洒落」
が語源という。一般には,
「落語はマクラと本編、そしてオチで構成されています。この3つを、それぞれ独立させることなく、一連の流れで話します。この流れで一席の落語ができあがるというワケです。」
と説明される。実は,厳密に言うと,その前に,マエオキというのがある。
「えー,一席お笑いを申上げます」
とか,というものである。これだけでも,
時候の挨拶(お暑いところを)
客の来場の様子(一杯のおはこびで…)
来場への謝辞
口演内容の予告
落語について(毎度ばかばかしいことを…)
等々とあるらしいのだが,ま,これは長々続かない。たぶん,ここで,会場の雰囲気や反応を,確かめているのだが,その流れで,(その境がわからないことも多いが)まくらへとすっと入って行く。まくらと言っても,いろいろの意味合いがあるようで,たとえば,
自己紹介をしたり,
世間話をしたり,
本題に入るための流れを作ったり,
本題でわかりにくい言葉の説明をさりげなく入れたり,
現在では廃れてしまった風習や言葉に関する予備知識を解説したり,
軽い小咄を披露したり,
小咄などで本題前に聴衆をリラックスさせたり,
本題に関連する話題で聴衆の意識を物語の現場に引きつけておいたり,
「落ち (サゲ)」への伏線を張ったり,
等々,演目へとソフトランディングするための,雰囲気づくりとなっている。場合によっては,吉原の話をするための言い訳が加わったりする。
結局,まくらは,その演目に合ったものをするが,基本的には,
演じる落語の演目に関連した話をする,
現代ではほとんど使われなくなった人,物,様子などの解説をする,
2種類が骨格で,それにいろいろまぶす結果,上記のようないろいろな話が加えられるらしい。小三治師匠のように,
まくらだけで高座が終わる,
ということもあるが,そこまで行くと,本題に入らなくて(そこで終わらないで),このまま続けてほしい,と(観客側が)いうほどの,まくら自体が,
エンターテイメント,
になっているからかもしれない。しかし,それは,噺家としての力量が前提で,誰とは言わないが,ある売れっ子の若手(というより中堅か?)噺家のまくらを聞いただけで,ある意味,その人の噺をきかないでもいい,とチャンネルを切り替えさせる見立ての目安にはなっている,と感じた(結果,チャンネルを回した)。本人が勘違いしていればいるほど,まくらで,その力量が見える気がする(ただ僕がその噺家が嫌いというだけかもしれないが)。
「マクラは、噺の本題とセットになって伝承されてきているものが少なくない」
という。しかし,素人ながら,マクラの果たす役割は,ただ,
現実(この会場のこの時,この場)と噺の世界,
をつなぐ,
回路
というか,
異次元を開くまじない(「開けゴマ」みたいな),
というだけではないという気がする。もちろん,そういう意図があるにはあるが,僕は,いま,噺をしようとしている噺家その人が,その導き手で,その人の口先に乗って,一緒に噺の世界へ入って行くための,
協約関係,
というか,
共同作業関係,
というか,
同盟関係,
というか,
違う言い方をすると,この(噺の)船頭の船に乗ってついて行っても大丈夫,という,見立ての位置づけにあるのではないか,という気がする。独演会が多いので,初めから,その噺家を目当てに出かける場合,それは不必要に見えるかもしれないが,寄席で,次々と噺家がとっかえひっかえ(失礼,入れ代わり立ち代り)登壇する場面を想定すると,
まくら,
は,ある意味,リアルの噺家の人柄と力量とを見極める場になっているのではないか,という気がする。
「マクラはお客さんが本編に入りやすい状態にほぐす役割を兼ねているのです。このマクラは落語にとって前フリなのです。また、マクラは『話す』のではなく、『振る』といいます。なぜなら、まずはこのマクラでお客さんを『振り向かせる』ということでしょう。」
とある。しかし,当たり前だが,まくらにその噺家の技量と力量が反映している。
ちなみに,「枕」の語源は,
「マ(間・床と頭の間)+クラ(座)」で頭を支える道具,
という説と,いまひとつ,
「マク(枕く)+ラ(接尾語)」人体上部につける寝具,
という説がある。上につけるという意味で,枕詞という言い方があり,『枕草子』のマクラは,最初におく題詞(見出し)の意味を指す。『大言海』は,
「間座(まくら)の義,頭の隙間を支うるなり」
と,前説を取っている。したがって「枕」には,いわゆる「まくら」の意味以外に,それに準えて,
頭の方,
とか,
物事の拠り所,
とか,
前置き
とか,
序
といった意味がある。落語の「まくら」も,その流れと言っていい。ついでながら,「枕」という字は,まさにマクラの意だが,「枕」の
「冘」は,人の肩や首を重荷でおさえて,下に押し下げるさま,
という。古い時は,牛を川の中に沈める様だという。「枕」は,木製の枕。
考えれば,「枕」次第で,いい夢の世界になるか,悪夢になるかの分かれ道だ。「まくら」はなかなか意味深い。
参考文献;
野村雅昭『落語の言語学』(平凡社選書)
http://allabout.co.jp/gm/gc/207062/
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「語るに落ちる」とは,
「問うに落ちず語るに落ちる」
の略である。
問い詰められるとなかなか言わないが,かってに話させるとうっかり秘密をしゃべってしまう,
あるいは,
うっかり本当のことをしゃべってしまう,
という意味である。
「秘密というものは、人に聞かれたときは用心して漏らさないものが、自分から話し出したときはついうっかり口をすべらせて真実を話してしまう」
という人間心理の陥穽を言っているらしい。「落ちる」とは,
白状するという意味,
とするものもある。
「問うには落ちいで語るに落つる」
「問うに落ちぬは語るに落つる」
ともいうらしい。まあ,構えている間は,抑制が効くが,おのずからしゃべっているときは,うっかりと漏らしてしまう,という意味では,
口を衝いて出る,
口走る,
とも似ている。麻生副総理が講演で,
「憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」
と発言したと言われるが,、まさに,語るに落ちるを地で行っている。この発言から,麻生氏が自分たちが作ろうとしている憲法草案がどういう意味をもっているのか,を漏らしているのである。
どういうわけか,日本の為政者は,語るに落ちるというか,不用意というか,人間の度量が狭いというか,多く,本音を漏らす。
黙して語らず,
などという,おのれを厳しく律するなどというマインドとはおよそかけ離れている。いまの憲法を,
「みっともない」
と,言った総理大臣が,「みっともなくない」と見なしているのが,自民党憲法案を指しているのだとすれば,麻生氏と同様,民主とか民意とかが,よほどお嫌いらしい,ということは想像がつく。
語るに落ちる,
というよりは,
問わず語り,
というほうが妥当かもしれない。もう,言いてたくて言いたくて仕方がないのである。そして,どうせ大したことにはならぬと,高を括っているらしいし,現実にその通りに収まってしまい,ますます図に乗っていく。
ところで,「語る」の語源は,ひとつは,
「タカ(型,形,順序づけ)+る」で,順序づけて話す,
と,いまひとつは,
「コト(物事・事象)+る」で,世間話をする,物事を話す,
の,二説ある。カタリベ,カタライベなどがあるので,随分古い言葉だとされている。『古語辞典』によると,
「相手に一部始終をきかせるのが原義。類義語ツゲ(告)は,知らせる意,イヒ(言)は,口にする意,ノリ(宣)は神聖なこととして口にする意,ハナシはお喋りする意で,室町時代から使われるようになった」
と,注記がある。「ことば」に関わる,
舌
言
語
詞
辭(辞)
の違いについては,「ことば」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%B0)
で触れたことと少し重なるが,「語」の字を調べると,「吾」は,「口+五(交差する意)」からなるが,「五」は,指事文字。×は,交差を表す印。五は,「上下二線+×」で,二線が交差することを示す。片手の指で十を数えるとき,→の方向で(親指から折って)五の数で,(今度は指を立てて,逆の)←方向に戻る,その転回点にあたる数を示す。で,「吾」は,AとBが交差して話し合うこと。後に,吾が我(われ)とともに一人称を表す代名詞に転用されたので,「語」がその原義を表すことになった,という。で,「言(言葉)+吾(交差する)」は,互いに言葉を交わし合う,という意味。
まあ,口でしゃべっていることが,表情や微妙なしぐさに,巧まずして現れる,というから,語るに落ちる,と言わなくても,既に十分,その口の裏が見えていることが多い。
それにしても,語るに落ちる,などは,もはやかわいいとしか,昨今言えなくなった。なぜなら,平然と噓を言って,まるで恥じることがないからだ。やっていることと言っていることが百八十度違っても,あるいは,前言との齟齬があっても,臆面もなく,平然と言い募って恥じることがない。
最早人間としてどうか,と思うレベルで,語るに落ちるとは,ちょっと次元の違う輩が,これだけ政治家として成り立つということは,それを選んでいる日本人,日本社会そのものが,到底信用できない,という証に見える。
前に,「こと」として,事と言が使い分けられていたことについては,「言霊」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-5.htm#%E8%A8%80%E9%9C%8A)
で触れたが,言を事として憚らない,という時代になったのに違いない。
言必ず信、行必ず果,
が望むべくもないが,それにしても,
言必ず偽,行必ず欺,
とは。。。。。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「りょうけん(れうけん)」は,
了見
とも,
料簡
とも
了簡
とも当てる。意味は,
考え,思案。(「料簡が狭い」)
考えめぐらすこと,よく考えて判断すること。(「よく料簡して前後を考え…」)
とりはからい,処置,取るべき対策。(「何卒,御料簡あるべしとの御意」)
堪え忍ぶこと,よく弁えてこらえること,勘弁。ゆるす。(「何程詫びても料簡はならぬ」)
である。ただの「考え」というよりは,
何かを決める,何か対応する,何かの対策をとる,
にしても,「よくよく思案して」というニュアンスが込められている。だから,
「料簡勝ち」は,我慢強いこと,
「料簡尽く」は,互いに腹を立てずに穏やかに物事をまとめていくこと,考えに任せて事を運ぶこと,
「料簡なし」は,(思案がつきて)どうにもならない,
「料簡違い」は,不心得(だが,思案が甘いか,思案が偏っているので),見当違い,考え違い,
「料簡深い」は,考えが深い,思案が深い,
「料簡物」は,よくよく考えてみなければならない事柄,
等々,となる。「料簡」は,
はかり選ぶこと,
だが,「料」は,
「米+斗(ます)」
で,穀物をざらざらとますにいれて,かさをはかること,
とある。「簡」(本来は,門の中は,「日」でなく「月」だから「間」は,「閨v)の「間」は,
「門のすきまがあいて,月(日)がその隙間から見えることを示す」会意文字,
で,「簡」は,一枚ずつ間をあけて,綴じる竹の札,を意味する。紙の無かった時代の竹の札である。「簡」には,
「擇」(は,良し悪しをよること)と対比して,「擇より一層優れて良き方を取る」
という意味がある。つまりは,「料簡」で,
考量しつつ,判断していく,
という意味があることになる。
「料簡」は,「了簡」とも書くが,この場合,
「了(さとる,よくわかる)+簡(えらぶ,比べる)」
で,比べて,判別する,という意味になる。「了見」ともあてるが,「了」は,
「物がもつれて,ぶらさがるさま,またぶら下がった物をからげるさまを描いたもの,転じて,長く続いたものをからげて,けりをつける」
という意味の象形文字。「了簡」をつかうと,
あれこれ比較考量し終えて,考えがまとまった,
という方に,意味がシフトしているように見える。さらに,「了見」となると,「見」は,
「目+人」
で,目立つものを,人が目にとめること,また目立って見えることから,現れる,
という意味になる。そうすると,「了」と「見」で,
比較考量の結論がはっきり表れている,というか決まった,
というニュアンスになる。そうすると,
料簡→了簡→了見
の順に,推し量っているプロセスが,結論側にシフトしていく,という意味になる。そうすると,たとえば,
「料簡尽く」
には,
互いに腹を立てずに穏やかに物事をまとめていくこと,
と
考えに任せて事を運ぶこと,
の二つの意味があるが,前者は,
料簡(推し量りながら選んでいく)
でいいが,後者は,
了見(考えがまとまる)
でないと,それをごり押ししていくニュアンスが,でない。あるいは,
「料簡なし」は,
(思案がつきて)どうにもならない,
だから,既に(思案の果ての)結論側から見ているので,「了見」にあうし,
「料簡違い」は,
不心得(だが,思案が甘いか,思案が偏っているので),見当違い,考え違い,
だから,やはり,(思案の果ての)結末が出ているという時点からみているので,やはり,
「了見」が合う気がする。まあ,料簡の浅い人間の言うことだから,
了見違い,
に違いないが。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
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「おこがましい」は,
「をこがましい」
と表記し,
「烏滸がましい」
と当てる。で,
ばかげている,物笑いになりそうだ,みっともない,
出過ぎている,差し出がましい,
といった意味になる。語源的には,
「お(を)こ(おろか)」+「がましい(接尾語)」
となる。前に,「をこ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%92%E3%81%93%EF%BC%88%E3%81%8A%E3%81%93%EF%BC%89)については触れたが,元来,「をこ」は,
烏滸
とも
痴
とも
尾籠
とも当てる。
おろかなこと,ばか,たわけ,
の意味で,『古事記』に,既に出典がある。『古語辞典』によると,
ウコ(愚)の母音交換形,
とあり,『大言海』には,
可笑(をか)しは,此の語の転という,
とある。意味は,
あほらしきこと,ばかげたること,
だが,『大言海』には,こう言う一文が添えてある。
「尾籠(をこ)と当て字して,尾籠(びろう)と音読にもせり。また,後漢の頃の南蛮に,烏滸(をこ)の国あり,其の風俗に,理非を転倒して,笑うべきこと多し,その語暗合して,後に混淆せり」
と。「をこがまし」は,『古語辞典』には,
ばかげている,みっともない,
という意味しか出ていないが,『大言海』には,その他に,
差し出がましい,
という意味ではなく,
さかしらである,でかしだてなり,こしゃくなり,
が載っている。「でかしだて」とは,
上手くやってのけたという様子を誇示すること,得意然とすること,
だから,小癪なのである。
『古語辞典』には,
馬鹿馬鹿しいこと,
しか意味がなかったのに,『大言海』には,
小癪,さかしら,
の意味が加わり,現代では,それが,
差し出がましい,
と若干ニュアンスを変えた。「おこがましい」が,
差し出がましい,
という意味になったのは,江戸時代という説もあるが,『大言海』には,その意味はないので,妄説といっていい。むしろ,
さかしらである,でかしだてなり,こしゃくなり,
であること,要は,
ちょこざいな,
ことが,言ってみれば,場所柄,立場柄からみれば,
出すぎであり,
場所柄を弁えず,
となり,
差し出がましい,
ということにつながるところから生まれた,と考える方が無難である。「小癪」から「差し出がましい」までは,ほんのあと一歩であるように思う。
穿ちすぎかもしれないが,「をこ」に「尾籠」を当てたことが,影響していなくもない。「尾籠(びろう)」は,
例を失すること,無作法,
汚くて,汚らわしく,人前では失礼にあたる,
という意味だが,「をこ」を「尾籠(をこ)」と当てたものを,音読して,「尾籠(びろう)」と読むようになったものだから,本来は,
礼を失すること,無作法,
の意味であり,
汚いもの,汚らわしいこと,
に使うようになったのは,江戸時代のようである。とすると,「尾籠(をこ)」に,
無礼,不作法,
の意味が写ることで,結果として,「尾籠(びろう)」に,
汚い,
という意味が残った,ということであろうか。結局,「烏滸(をこ)」が「尾籠(をこ)」に,意味まで,スライドしていった,ということになる。言葉は,確かに生きている。いまや,
おこがましい,
自体が,死語である。それは,
差し出がましい,
不作法,
自体が,死語となることを意味している。つまりは,いまや,
差し出がましくでしゃばる
のを,よしとするのであろうか。あるいは,
慎み深い,
とか,
身の程を弁える,
とか,
分を弁える,
自体が,死語なのかもしれない。
嗚呼…!
である。それにしても,かつては,「をこ」に,
「嗚呼」
の字を当てていたこともあるという。なかなか意味深である。まさしく,
嗚呼,
である。
参考文献;
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
http://gogen-allguide.com/o/okogamashii.html
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「ちゃんちゃらおかしい」とは,
身のほど知らずで,噴き出したくなるほどおかしい。笑止千万だ。まったく滑稽だ。
といった意味だが,
チャンチャラ可笑しい
とか,
チャンチャラおかしい,
と表記したりする。
昨今,ちゃんちゃらおかしいことが目白押しだ。まあ,冥途の土産に見物させてもらうのも悪くはないが,平知盛ではないが,
「見るべきほどのことは見つ」
とはまだまだ言いかねる。かほどに,無恥な時代は,近代以降でも珍しい。
僕は個人的には,明治以降,どういうわけか,日本人は夜郎自大になった,と思っている。徳川時代は,もう少し謙虚であった。幕末維新を通して,尊攘派には,そういう気質は垣間見えた(桂小五郎辺りが征韓論を口走っている),かれらは僥倖にも,天下を取ったが,天下を動かせる知性も見識もなく,西欧猿真似の列強指向に奔り,それにつられて,まるでおのれが西洋人にでも成ったように,列強の尻尾にぶら下がって,アジアを見下し植民地化し,いつの間にか(多くが雪崩をうって)夜郎自大に成り下がったとしか思えない。
海舟と小楠には,日韓清の三国で連携して,西欧列強に対抗しようとする,まっとうな見識があったが(隆盛もそれを承知していたと思う),しかし国を挙げて怒涛のように列強猿真似の脱亜入欧へ突き進み,いってみれば列強の真似をして植民地のおこぼれをあさる餌につられたとしか思えない。僕は,敗戦は,西欧列強の猿真似の結末だったと思っているが,一旦,戦後消えた,その心性が,またぞろ結界の隙間から抜け出て,おのれを縛ってきたはずの結界自体を破って自儘になろうとしている,と見える。
海舟は,独特の自慢が入っている臭みはあるが,
「日清戦争はおれは大反対だったよ。なぜかって、兄弟喧嘩だもの犬も食わないじゃないか。たとへ日本が勝ってもどーなる。支那はやはりスフィンクスとして外国の奴らが分らぬに限る。支那の実力がわかったら最後、欧米からドシドシ押しかけてくる。つまり欧米人が分らないうちに、日本は支那と組んで商業なり工業なり鉄道なりやるに限るよ。
いったい支那五億の民衆は日本にとって最大の顧客さ。また支那は昔時から日本の師ではないか。それで東洋の事は東洋だけでやるに限るよ。
おれは維新前から日清韓三国合従の策を主張して、支那朝鮮の海軍は日本で引受くる事を計画したものさ。」
と,『氷川清話』で述べている。
まことに,夜郎自大な連中の言う,
美しい日本,
まっとうな国,
というのは,猿真似日本の時代を指していて,ほんとに,ちゃんちゃらおかしい。よほどおいしい思いをしたのに違いない。愛川欽也が,
「石原裕次郎のうちは新興成金の特権階級だったから、戦時中でも飢えることなく汁粉とか食べていたと言うので、殴りたくなった」
と言っていたそうだが,そういう美味しい思いが忘れられない,ということではないのか。
ちゃんちゃらおかしいのニュアンスは,意味は確かに,
非常に滑稽だ,
笑止千万,
だが,
噴飯もの,
とか
失笑もの,
といったニュアンスとは少し違う。相手のおろかしさや,滑稽さに,笑う,ということは笑うのだが,おかしな振る舞い,言い方そのものを指しているのではないのではないか。
臍が茶を沸かす(臍で茶を沸かす)
とか
片腹痛い
とか
笑止の沙汰
とか
狂気の沙汰
とか,
が近い。
「臍が茶を沸かす(臍で茶を沸かす)」は,
「おかしくてたまらないこと、また、ばかばかしくてしようがないこと。多く、あざけっていう場合に用いる」
とあるが,「あざけって言う」のところが味噌なのだろう。
「片腹痛い」は,
「傍ら(かたはら)+いたし」
で,「傍ら」を片腹の意に誤ったことから起こった。
「身のほど知らずな相手の態度を笑い飛ばす」
という意味で,「笑止」のニュアンスは,近いかもしれない。「笑止」は,
「笑止は当て字で,『勝事』の転で,本来,普通でないことの意」
であり,本来の意味は,
大変なこと,
困ったこと,
気の毒なこと,
で,そこに,室町以降「笑うべきこと」が加わった,という感じである。その結果,
恥ずかしく思う,
という含意が影のように付きまとう。「勝事」は,
人の耳目を引くような事柄
奇怪なること,
と出ている。『大言海』は,
(笑いも止まる意かと云う)他人の人笑いとなることを,気の毒に思うこと,
とある。「ちゃんちゃらおかしい」には,そのニュアンスがある。片腹痛い,と苦笑しつつ,やがて,
「我が身の上に気の毒なること」
と,そのつけが,まわてくることまでも予想する,ぞっとしない可笑しさのような気がしてならない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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木偶は,
でく,
とも,
ぼくぐう,
とも,
もくぐう,
とも読む。意味は,
木彫りの人形。また,人形。でこ。もくぐう。
操り人形。くぐつ。てぐつ。
役に立たない人。愚か者。でくのぼう。
ということになる。ただ,『大言海』は,
でくるばうの略か,
とあり,「でくるばう」を引くと,
傀儡,
という字を当て,
(人形の操りにて,出で狂ふのより名とす。ばうは,坊にて,嘲り,親しみて云う接尾語)
と注記があり,
ぐぐつ,操り人形,でくるぼ,
と,意味が載っている。ちなみに,「でくるぼまわし」と別項が載っていて,
傀儡子,
という字を当て,
くぐつまわし,人形つかい,
とある。で,ついでに,「くぐつ」の項を見ると,「傀儡」と当て,
(華厳経私記音義,「機関,久久都からくりなり)
と,注記があり,意味が載っている。
@操り人形の類。でくぐつ。てるくばう。傀儡(かいらい)。其の人形を,歌に合わせて舞わす伎を業とする者を,くぐつまわし,傀儡子(かいらいし),
A諸国をめぐるくぐつまわしの妻女(くぐつめ)は,淫を売りしより,くぐつは,遊女の名となる,
「でく」を探ると,以上のようだが,「もくぐう」となると,少し意味が変わり,たとえば,
「副葬用につくられた木製の人形。エジプトでは古くから盛んにつくられ,古代ギリシアでも初期には用いられた記録がある。中国では戦国時代の楚の国で用いられた例が多く,一般に彩色が施されている。」
となる。ここでは,あくまで,日本流の「でく」でいくとすると,語源辞典は,
「手+くづつ(操り人形)」
で,
テクグツ→デクグツ→デク,
と訛ったもの,という説を取る。上方(西日本,福島,栃木)では,
デコ,
というらしい。しかし,「でく」が,「でくるばう」の略,というほうが,僕にはよくそのカタチが見える。つまり,本来は,
でくるばう,
で,それに,
でくのぼう,
で,「坊」を当てたために(「朝寝坊」や「忘れん坊」に倣って「坊」をつけたために),少し意味が変わったのではないか。本来は,「ばう」は,
坊,
ではなく,
棒,
ではなかろうか。木偶人形を見てみたり,操作したことのある人ならわかると思うが,棒の先で,口や目の開閉をする。大学時代,素人ながら,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163102.html
で書いたことがあるように,人形を自分たちで手作りしていたことがあった。そのとき,頭部は,粘土で象ったあと,上に,ボンドと和紙を何重にも重ね貼りし,乾いたところで,中をくりぬき,操作棒をつけて,タコ糸で口や目とつなげて,手元で操作できるようにした。それに衣装を着ける。阿波人形では,
http://www.joruri.jp/html/ningyo/ningyo3.html
と,精巧になっているようだが,木偶は,
棒が中心にある,
のである。「でくるばう」は,その通り,棒が狂うように舞う,というか,そのように操作する。僕らは,中腰でやったが,舞台装置によっては,立ってできるだろう。だから,「木偶」の語源について,
「『でくのぼう』の『ぼう』は,親しみや軽い侮りを表す接尾語としてもちいられているため,『木偶の棒』と書くのは誤りである。」(http://gogen-allguide.com/te/dekunobou.html)
とあるが,僭越ながら,『大言海』も含めて,順序が逆である。最初,人形(つかい)を,
でくるばう,
といっていたのであって,それに,後に,「坊」を当てはめたのではないか。本来,もともと,
でくるばう,
といっていたとき,「棒」を指していたと考えなければ,「ばう」を付ける意味が見えない。
因みに,「偶」の字の,「禺」は,「上部が大きい頭,下部が尾で,大頭の人真似ざるを描いた象形文字」。それに「人」を加えて,人に似せた姿であることから,人形の意となった,とある。日本では,木彫りなので,
木偶,
とあてたものだろう。本来,だから,人に似せて人形,の意味で,考えると,
でくるばう,
が,約められて「でく」になったときに,当てられたのではないか,そこから,
木偶の坊,
と当てたと考えた方が,わかりやすい気がする。まあ,素人の億説ですが。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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いまや死語に近いが,
愛想(あいそ)も小想(こそ)も尽き果てる
とは,相手の言動などにあきれ果て、好意や愛情がすっかりなくなってしまうこと。何ごとも,中途半端な僕は,
愛想も小想も尽き果てた,
こともなければ,
愛想も小想も尽き果てられた,
こともない。類語は,
愛想も臍の緒も尽き果てる,
と言うのだそうだ。「小想(こそ)」は語調を強め,整えるために添えられたもの,ということだ。
味噌もくそも一緒,
という言い回しと同様,
愛想が尽きる,
を強めるために,言葉の流れというか,走りというものだろう。
精根尽きる
を,
精も根も尽きる,
というのに似ている。「愛想」というのは,「お世辞」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%8A%E4%B8%96%E8%BE%9E)
で触れたが,
人に接して示す好意や愛らしさ,
とあって,その他に,
好意のあらわれとしての茶菓などのもてなし
飲食店の勘定(書)
とある。語源は,
「愛(愛らしい)+相(様子)」
とある。好意の互恵性というのがあって,
「他者から好かれると,その人を好きにならずにはいられない」
という説がある。これは,前にも書いたが,
第一には,好意的な自己概念を求める欲求がある,
第二には,自己評価と類似した意見の他者を好む傾向がある,
という仮説がふたつあることによるらしい。しかし,giveばかりでは,貸が増えて,気持ちの帳尻が合わない。
「愛」という字の,「旡(カイ・キ)」は,象形文字で,腹が一杯になって胸をつくさま,で,「欠」(腹が減ってしぼむ)の反対。で,「つまる」「いっぱいになってつかえる」といった意味を持つ。「夂」は,下向きの足の形を描いたもの。「降」,「各」(足が使える),「逢」等々,足を示す印として用いられる。で,「足」や「行きなやんで足が遅れる」という意味を持つ。
「愛」は,
「心+夂(足を引きずる)+旡」
で,心が切なく詰まって,足もそぞろに進まないさま,
を表し,「いとおしむ」「めでる」「かわいがる気持ち」という意味を持つ。
「想」は,「相+心」だが,「相」は,「木+目」で,気を対象に目で見ること,AとBとが目で向き合う関係を表し,「ある対象に向き合って対する」意を含む。で,「互いに」「二者の間で」「みる」「たすける」といった意味をもつ。「心」は,心臓を描いたもの。「滲」「沁」「浸」等々と同系。血液を血管の隅々まで,沁み渡らせる心臓の働きに着目したもの。「心臓」「こころ」「真ん中」といった意味になる。
で,「想」は,ある対象に向かって,心で考えることを意味する。
「愛想」は,好意を持って,相手にひたすら向き合う,
という意味となるのだろうか。『古語辞典』では,
「愛想(あいそう・あいそ)」は,
「愛相」(あいそ)
あるいは
「愛想・愛相」(あいさう)
の両方で出ていて,「愛相もこそも尽く」と出ている。で,
「愛崇(あいそう)」の転,
とある。「愛憎」あるいは,「愛相」の字を当てる。で,「愛崇」には,
人に接する時に示す行為と敬意,
言葉遣いや物腰に感じられる情趣・風情,
とある。
念のため,「崇」を調べると,「崇」の字は,「山+宗」で,↑型にたかいこと,転じて,↑型に貫く意を派生した,とある。「たかい」「たっとぶ」「終わりまで貫き通す」という意味を持つ。「宗」は,「宀(やね)+示(祭壇)」で,祭壇を設けたみたまやを示す。転じて一族集団を示す。「族」は,kに転じたことば,という。だから,「みやまや」「本家」「中心」「たっとぶ」等々の意を持つ。
『大言海』は,「愛崇」について,
愛敬相より移る,愛敬の条をみよ,あいそというのは,略転,心に移して書くなり,
とある。で,「音頭」,「おんどう」を「おんど」というのと同じ,とある。意味は,
ひとあしらいのよきこと,礼あり,情あること,
となる。「愛敬」は,
愛敬相より転じて,すべて顔色に可愛気のあること,
とある。「愛嬌相」とは,
柔和な心と温和な恵みを施す容貌,態度。阿弥陀如来,地蔵菩薩などの相貌にいう,
とある。こう考えてくると,
愛想も小想も尽き果てた,
と言っているのが,誰かによっては,大変なことなのかもしれない,と思えてくる。仏の顔も三度,というのに似ていなくもない。
参考文献;
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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ルビというのは,
Ruby
で,宝石のことだそうである。
19世紀後半におけるイギリスでの文字サイズ名称として,他にエメラルド(6.5ポイント),パール(5ポイント),ダイアモンド(4.5ポイント),瑪瑙(5.5ポイント)などが存在した,
と言われる。もちろん,
「文章内の任意の文字に対しふりがな,説明,異なる読み方といった役割の文字をより小さな文字で,通常縦書きの際は文字の右側,横書きの際は文字の上側に記される」
ものである。
「日本で通常使用された5号活字にルビを振る際7号活字(5.25ポイント相当)を用いたが,イギリスから輸入された5.5ポイント活字の呼び名がruby(ルビー)であったことから、この活字を「ルビ活字」とよび、それによってつけられた(振られた)文字を「ルビ」とよぶようになった」
とのことである。活版印刷ではなくなったが,かつては,
「ルビをつけることを一般的に『ルビを振る』と表現するが,より専門的な用語として組版業界用語では『ルビを組む』と表現する」
とのことである。活版ではなくなったせいもあるが,いまは,活字の大きさではなく,
「振り仮名用の活字」
から,
振り仮名そのもの,
を指すようになっている。しかし,ルビで,言語表現の幅が広がったのではないか。たとえば,
百日紅(ひゃくじつこう),
を,
百日紅(さるすべり)
と,ルビを振ることで雰囲気が変わる。当然,別もそうだ。作家,というか小説家は,それをフル活用していたように見える。たとえば,
扮装をいでち,
鱗をこけ,
等閑をなおざり,
淫売をじごく,
蜻蛉をとんぼ,
等々,幾らでも,自分の膨らましたいイメージに誘導できる。
漢字を和語で振り仮名を振る,
という読み方の導きだけではなく,
漢字にカタカナのルビを振る,
和語にカタカナのルビを振る,
カタカナに日本語のルビを振る,
カタカナに横文字の頭文字をルビに振る(たとえば,クオリティ・オブ・ライフにQWL),
日本語に横文字の頭文字をルビに振る(たとえば,脳波記録検査に,EEG),
等々,実用的だけではない,多様な使い方がある。ある意味表現しようとすることの意味の陰翳を付けることができる,と思う。
しかし,と,ここまで書いて,ふと気づいたのは,当て字は,ちょうどその逆なのではないか。で,調べると,
「日本語においては,漢字とかなの混用によって語の切れ目を表示するため,かつては借用語を含め自立語は全て漢字表記する傾向があった。このため表音文字(かな)で転写できるにもかかわらず,固有名詞の借用語を中心に漢字による当て字の事例が大量に存在する。固有名詞の語形は中国語からの借用が多いが、日本語独自の例も見られる。」
とある。とっさに浮かぶのは,万葉仮名である。音を借りただけではなく,その意味も含めて使っているケースがある。その辺りは,「日本語の考古学」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-5.htm#%E5%A5%A5%E8%A1%8C)
で書いた。
ルビも含めて,当て字も,表現力の薄い日本語をどう厚みを出すか,悪戦苦闘した結果については,
「ことば」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%B0),
「漢語」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E6%BC%A2%E8%AA%9E),
で触れた。
当て字の多くは,中国から借りた。たとえば,
ギリシャ・希臘
メキシコ ・墨西哥
キリスト・基利斯督,基督
等々。しかし,日本流にアレンジしたものも少なくない。
ドイツ・独逸(中国語表記は「徳意志」)
ベルギー ・白耳義(中国語表記は「比利時」)
等々,その他,アメリカ・亜米利加,フランス・仏蘭西等々もある。和語の当て字は無数にある。詳しくは,
http://www.geocities.jp/f9305710/ateji.html
に譲るが,出鱈目(でたらめ),滅茶苦茶(めちゃくちゃ),珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん),珍糞漢糞(ちんぷんかんぷん)から始まって,珈琲(コーヒー),咖喱(カレー),型録(カタログ),といったものから,目出度い(めでたい),出来る(できる),多分(たぶん),滅多(めった),兎に角(とにかく)まで,無数にある。
一つは,「漢語」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E6%BC%A2%E8%AA%9E)で書いたように,懸命に明治期に漢字を当てはめたが,その他に,漢字を借りて,表現の幅を広げたいという意識があった,と推測する。
接吻(キッス),背景(バック),頁(ページ),浪漫(ろうまん),骨牌(カルタ),憂鬱(メランコリイ),郷愁(ノスタルヂャア),露台(バルコン(バルコニー)
,帷(カーテン),石鹸(シャボン),
等々と表現することで,何となくハイカラ(古いが)な感じが出た。しかし,いまでも,
麦酒(ビイル)
珈琲店(カフェ)
牛乳(ミルク)
緑玉(エメラルド)
白金(プラチナ)
蹴球(サッカー)
は,生きている。その精神(マインド)は,東スポの当て字から始まって,今や一般紙でも,平然と使う。歌舞伎の演目も,
『恋女房染分手綱』(こいにょうぼう そめわけ たづな),『与話情浮名横櫛』(よわなさけ うきなの よこぐし),『再茲歌舞伎花轢』(またここに かぶきの
はなだし),『再茲歌舞伎花轢』(またここに かぶきの はなだし),
等々,いやなにより,昨今のきらきらネーム,
星音(しおん) ,乃愛琉(のえる) ,姫麗(きらら) ,來夢(らいむ) ,妃翠(ひすい),南椎(なんしー),愛舞(いぶ),留樹(るーじゅ),
等々も,その行き着いた先だろう。
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けんもほろろ,
は,
無愛想に人の相談などを拒絶するさま,
取りつくすべもないさま,
という意味であるが,
いずれも,「雉の鳴き声」を語源にしている。たとえば,
「その鳴き声『けんけんほろほろ』が無愛想に聞こえることから」(『古語辞典』)
「『けん』も「ほろろ」もキジの鳴き声。それと『慳貪』をかけたものか」(『広辞苑』)
「『けん』も『ほろろ』も,擬態語。キジの鳴き声や羽音を,けんつく,つっけんどんにかけた語」(『語源辞典』)
「慳貪なるを,けんけんというを,雉の鳴声の,けんけんほろろに寄せたる語。もには意なき感動詞。つれもなし,らちもないの類」(『大言海』)
最後の『大言海』が,さすがに言い尽くして,漏れがない。
異説に,
「『けん』『ほろろ』はともに雉(きじ)の鳴き声。あるいは「ほろ」は「母衣打(ほろう)ち」からか。また、『けん』は『けんどん(慳貪)』『けんつく(剣突)』の『けん』と掛ける」(『デジタル大辞泉』)
の,「あるいは『ほろ』は『母衣打(ほろう)ち』からか」がある。「母衣打(ほろう)ち」は,
(「保呂打ち」とも書く)キジやヤマドリなどが翼を激しくはばたかせ、音を立てること,
とあるので,やはり雉がらみである。そのながれで,「つっけんどん」は,
とげとげしい,無愛想,
という意味だが,語源は,
「つっ(突,接頭語)+慳貪(無慈悲)」
となる。「慳貪」は,
ものを惜しみむさぼること,
情け心のないこと,愛想のないこと,邪慳,
である。「突」は,「つい」と音便化したりするが,突っ伏す,突っ張る,突っぱねる,突っ走る,突っ放す,突っ突く,突っ込む,「突」で,思いがけず,という意味と(「つい」と音便化する),「勢いを付ける」「ものともせず突き進む」という意味を強化しているように見える。
「着く」「付く」と同源で強く力を加えると,「突く」となる,
とある。それは,漢字の意味によって差が出ている,という。「突」が,
穴から突然犬が飛び出すさま,
を意味するので,突発性というニュアンスが込められている,ようである。
昔,ある先輩の口癖て,
けんもほろほろ,
取りつくヒマもない,
というのが耳に残っている。口伝えで記憶すると,そういうことはある。
「けんもほろろ」の類語には,つれない,冷淡,冷ややか,よそよそしい,他人行儀,そっけない,といったもののほかに,結構気になる言葉が多い。たとえば,
取りつくしまもない,
にべもない,
そっぽを向く,
すげない,
鼻にもひっかけない,
木で鼻をくくったような,
つっけんどん,
そっけない,
等々,「そっぽを向く」は「外向を向く」だし,「そっけない」は,「素気なし」と書くから,まあ,わかりやすいが,そっけないに似ている,「すげない」は,いくつか説がある。
「スガナシの変化,ヨスガナシ・ヨルベナシ(因所無)の意」とするもの(素気ないは,「すげない」の当て字を「そっけない)と読んだところから出た),(『大言海』『語源辞典』)
「スは接頭語。ケは気,ナシは無し。力を添え合うべき間柄にあっても反応せず,相手に手を貸さず,情をかけない意。類義語,つれなしは,無関係,無関心であること」(『古語辞典』)
その「つれない」は,関係性そのものがないこと,あるいはそういうそぶりという意味になるが,これには,いくつか説がある。
「『連れ無し』の意。二つの物事の間に何のつながりもないさま」
「『つれ(方言,仲間,友)+なし』で薄情の意。
「関係性」そのものがない(あるいはない素振り)を指しているので,「相手にしない」という対応の仕方とは,確かに『古語辞典』の言う通り,「つれない」だけは,「けんもほろろ」の類語ではあるが,「そっけない」「けんもほろろ」とは,微妙に違う。
同じ類語で,「取り付く島がない(もない)」というのは,
相手がつっけんどんで話を進めるきっかけがみつからない,
という意味だが,辞書には,
(「し」と「ひ」の混同から)「取り付く暇がない」は誤った言い方,
とあるところをみると,結構誤用があるのだろう。語源は,
「とりつく(たよりすがる)+しま(島)+ない」
であるらしい,「溺れかけている」という状態に準えて,
「頼りにしてすがる島さえない」
の直訳,とある。「島」は、頼れるもの,よりどころを表すらしい。「島(嶋,嶌)」は,
「渡り鳥が休む,海の小さな山,つまり島のこと」
という意味で,そのものずばりだろう。あるいは,別に,
「航海に出たものの,近くに立ち寄れるような島はなく,休息すら取れない」といった状況のこと,
で,困り果てる様子にたとえていう,とあるが,うがちすぎかもしれない。。
最後に,もうひとつ,「にべもない」
鰾膠(にべ)も無い,
と表記する。「にべ」は,
にべ科の海魚,にべの浮き袋でつくる,粘着力の強い膠のこと。にべの浮き袋は,粘りっ気がつよい。その粘着力から,人との親密関係になぞらえられた。で,
にべもしゃりもない,
等々といった使い方もするようだ。
こう見ると,いかに,自然や周囲の道具になぞらえた表現が多いかがわかる。言語表現は,
現実や現実生活を丸める,
ところから生まれる。現実が,自然や生活感を薄めると,言葉が,単純化し,
やばい
や
かわいい
でなんでも代用する。それは,作り上げてきた日本語が,先祖がえりしていることかもしれない。言葉は,現実を写す,ということから言うと,我々は,いま,幼児化しつつある証かもしれない。
参考文献;
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「とんちんかん」は,自分の代名詞みたいなもので,
頓馬,
ということだと思い込んでいたが,必ずしも,的を射ていない。辞書(『広辞苑』)によると,
鍛冶屋の相鎚は相互に打ち,音が揃わないところから,「頓珍漢」とあてる,
と,注記した上で,
物事の行き違い,前後すること,辻褄のあわないこと,
とんまなこと,
とある。あるいは,
見当違いであること,
という意味も加える辞書がある。語源も,
鍛冶屋の相鎚を打つ音が交互に揃わないこと,
で,言行がちぐはぐなこと,という意味とある。もう少し詳しく,
「鍛冶などで師が鉄を打つ間に弟子が槌を入れるため、ずれて響く音の『 トンチンカン』を模した擬音語であった。 音が揃わないことから、ちぐはぐなことを意味
するようになり、さらに間抜けを意味するようになった。 漢字で『頓珍漢』と書くのは 当て字」
と,説くものもある。ちなみに,
とんま,
は,
「ノロマの当て字『鈍間』を読み誤ったものの変化」
とあるから,まさに,
とんちんかん,
というか,
間抜け
の見本のような話だ。もっとも,異説に,
「トント(とんと)+マ(のろま)」
という語源説もあるようだが。
とんちんかんは,類語をみると,
まぬけ,
とか,
とんま,
とか,
鈍い,
とか
あほ,
とかがあるが,それとはかなりニュアンスが違うのではないか。まあ,結果として,見当違いのことを言っているのだから,そう言われるだけのことだ。
目茶目茶,
ちぐはぐ,
荒唐,
というのとも,まあ,そういうことも結果としてはあるにしても,少しニュアンスが違う。
あることを話していて,それとはつながらない話を継いだり,
あることの例に,見当違いのことをだしてみたり,
ある人のことを話しているのに,別の人のことを持ち出したり,
等々,一つは,その人の話の流れが,前後脈絡が,
ちぐはぐになる,
とか,
その場の雰囲気,文脈と違うことを言い出すという,場違いさ,
とか,
何か話をしていたのに,例を話しているうちに,枝葉末節に流れ,明後日の話になっていく,
等々,必ずしも,その人自身のことを指している,というより,その人の話の仕方,その人の話し出し方,といった,話の中身や会話への関わり方,を指しているように見える。まあ,それ自体が,
まぬけ,
には違いないが,
的外れ,
とか
場違い,
とか
見当違い,
とか
辻褄の合わない,
とか
符合しない,
とか
不適切,
という言い回しが,的を射ている感じがする。空気を読まない,という言い方は,集団圧力で嫌だが,
その場の雰囲気を弁えない,
というような,例えば,通夜の晩にお化けの話をするとか,エロ話をするとか,という類は,
頓珍漢,
というより,
道理を弁えない,
というべきか。葬儀の席で居眠りするなどは,
べらぼう(篦棒・箆棒)
で,
論外,
としか言いようはない。「とんちんかん」は,まあ単なるご愛敬ですむが,それを意識して,ずらし,そらし,とぼけ,嘘,方便,嘯きは,笑いごとでは済まない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・浜西正人『類語新辞典』(角川書店)
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老いさらばえるを引くと,
老いさらぼう
から転じたとある。「老いさらぼう」を引くと,
歳をとってよぼよぼになる,
甚だしく老衰する,
とあり,
むく犬の老いさらぼひて,
という『徒然草』の文言が,引用されている。しかし,僻目で言うのではないが,
よぼよぼになる,
までは,描写なのでまだ許せるが,
年をとってみすぼらしくなる,
となると,ちょっと反撥を感じる。それは,視る側の,加齢に対する価値判断だろう,と。ま,それはさておき,
さらぼう,
は,「曝(さ)る」から来ている。
雨露にさらされて骨だけになる,
痩せ衰える,
という意味である。『大言海』には,
「さら」は,曝(され)の転。賓客(まれびと),まらうど。何(いづ)れ,いづら。
「ばふ」は,形状を言う語。散りばう,よろばう。
とある。実にわかりやすい。語源は,したがって,
「オイ(老ゆ)+サラボウ(風雨に曝される)」
で,「年を取ってみじめな姿になること」らしい。どうやら,「老い」は,和語では,
惨めで,
みっともない,
ものらしいのである。「老い」の語源は,
「老ゆ」の連用形,
から来ているが,「老ゆ」の語源は,
「大+ゆ」
で,「自然に経過してそうなる,であろうとされている,という。因みに,上代語「ゆ」の語源は,
経過する,
の意味である。〜を通って,の意味となる,とある。
「老」の字は,
年寄りが腰を曲げて,杖を突いたさまを描いたもので,
からだが固くこわばった年より,
を指す。しかし,「老」の意味は,中国語では,老いる,老ける,という意味だけでなく,
長い経験をつんでいるさま(「老練」)
老とす(老人と認めて労わる,「老吾老,以及人之老」)
年を取ってものをよく知っている人,その敬称(「長老」「古老」)
親しい仲間を呼ぶとき(老李,李さん)
といった意味があり,貧しい日本の,姨捨伝説とはちと違う。「曝」という字は,「暴(ぼく・ぼう)+日」だが,「暴」は,
「目+動物の体骨+両手」の会意文字
で,「動物の体を両手でもって日光に当てるさま」
という。「曝」は,さらに「日」を加えて,面を外に出す意を含む,という。「暴」の俗字。「共」は,
「上部はある物(「甘型)の形,下部に左右両手でそれを捧げ持つ姿を添えたもの」で,「供」(両手で捧げる)の原字。
日に曝される,ということなのだろう。皺も増えるわけだ。「老い曝(さらば)う」以外にも,似た言い回しは,
老い歪む,老い朽ちる,老い果てる,老い屈まる,老い耄れる,
等々あるが,ろくな言葉はない。「おゆ」に「老」を当てて初めて,
年ふる,
の「ふる」は,旧るを当てる。
古くなる,
年を経る,
という意味だ。「故」「「古」も当てる。だから,
故(もと)なること,
という意味もある。「古い」は,だから,
「フル(歴・経)+シ」
で,歴史を経た,という意味になる。
新しいものを有り難がり,若さ(あるいはロリコン好みとも言う)を尊ぶ風潮に,妬くわけではないが,それは,年経た年月をなかったことにするに等しい。そのせいか,戦後僅か70年で,積み重ねたものが消滅しようとしている。GDPで測ればいいというものではないが,それに合わせて,今や大卒初任給は,アジアで,シンガポール,韓国の下に行く。70年に一体何を蓄積したのだろう。日本文化の層は,増えたのだろうか。未だに北斎しかない,ということはないだろうね。
老い先よりは,生い先を考えるのは,悪いことではないが,長いタームで見ていたとは到底思えない,そんな昨今の風潮である。
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「なしくずし」は,
済し崩し,
と当てる。意味は,
借金を少しずつ返却する,
物事を少しずつすましていく
という意味のようである。語源も,
「ナシ(済し)+崩す」
で,借金返済等の義務を少しずつ果たし,済ましていく,
という意味とある。『古語辞典』にも。「なしくづし」として,同様の意味が出ている。『大言海』は,その借金返済の意を,詳しく,
借りた金高のうちを,若干ずつ,至大に返済すること,
高利貸しなどにいう語。一円を借りて,毎日十銭ずつ十五日に返し,計一円五十銭となる類。
とある。今日でも,会計用語では,
なしくずし償却
という,
「基本的には減価償却と同じだが、暖簾代や特許のような無形資産に用いられる。減価償却は製造工場のような有形資産に適用される。特許は実際に減耗しない為、特許に掛かった費用は、複数年に分けて(なし崩し的に)経費として計上される。無形固定資産の償却は,基本的には原価配分の原則にしたがって,残存価額を考慮しない『定額法』(例外として鉱業権には生産高比例法が認められている)によることになっている。したがって,取得原価のすべてが償却可能額であるのでこれを『なしくずし償却』と呼んで特色づけている。」
等々と説明されるごとく,生きているようであるが,しかし,多く,今日,
なし崩し的,
というのは,あまりいい意味では使わない。まずは,借金の返済の仕方を,物事の処理一般に汎用化して,
ものごとを一度にしないで,少しずつ片付けてゆくこと,
徐々に行なうこと,
と転じて,そこから,
正式な手続きを経ず,既成事実を少しずつ積み上げること,
と,というように転化して,
「済し崩しに既成事実が作られる」
というような使い方をする。例が悪いが,ソリューション・フォーカスト・アプローチで,
イエスセット,
というのがある(逆の,ノーセットもある)。相手がイエスとしか言いようのないことを積み重ねていく,
いい天気ですね,
そうですね,
明日もこんな感じでしょうか,
そうですね,
と,重ねていくうちに,一種トランス状態に入って行く。そのうち,まあそうだな,と変る。例の霊感商法と同じである。
幸せになりたいですか,
はい,
幸せになりたければ○○しませんか,
てなことを重ねて言って,
幸せになりたかったら,これ(壺だったり,塔だったり)を買いなさい,
という奴である。これが,なし崩しである。イエスセット話法などと言う人もいる。詐欺と霊感商法と新興宗教は,紙一重である。例の,「割れ窓理論」,
「軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論。建物の窓が壊れているのを放置すると,誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」
も,一種のなし崩しへの対策である。体験では,放置自転車の買い物籠にペットボトルが一つ投げ捨てられているのを放置しておくと,瞬く間にその辺り一帯がゴミの山と化す。
閑話休題。
一つ穴が書いてしまえば,
まあ,いいか,
このくらいならいいか,
ここまでならいいか,
ここまでいったんなら,これもいいか,
等々となる。乱暴な言い方だが,例のサンクスコストも同じである。サンクスコストとは,
「埋没費用ともいう。事業や行為に投下した資金・労力のうち,事業や行為の撤退・縮小・中止によっても戻って来ない投下資金または投下した労力」
をいう。たとえば,それまで開発等々に相当額を投入してしまうと,その投入額に目が行って,意思決定が先延ばしになる。
既に生じてしまった回復不能なコストは,現在および将来の意志決定入れるべきではない,
というのが意思決定の鉄則である。しかし,我が国は,サンクスコストに引きずられて,ずるずる,まさに,
なし崩し的に,
資金投入し続ける,ということが戦前戦中戦後を通して,変らない宿痾である。とりわけ,
サンクスコストの額が大きいほど,エスカレートしやすい,
と言う。当然そこに巨大な利権も絡んでいるにしても,原発再稼働も,その視点で見ていい。日中戦争(につづく太平洋戦争も)をずるずる戦線拡大し続けたのも,戦艦大和の製造がやめられなかったのも,八ッ場ダムが結局継続されたのも,失う金額(の多寡)に目がくらんで引きずられたと言ってもいいかもしれない。結局なし崩しに,(国民にとって)巨大な借金(だけならいいが命の危険も)が膨らんでいく。
そうやって,知らぬ間に,ティッピングポイントを過ぎ,気づくと,もはや後戻りがきかない。ちょうど,振り込め詐欺にあって,送金ボタンを押した瞬間,あれ,と異和感を懐くのに似ている。後戻りは効かない。
しかし,何時,われわれは,それに気づくのだろう。
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行きしな,の「しな」
道すがら,の「すがら」
通りすがり,の「すがり」
通りがかり,の「かかり」
行きがかり,の「かかり」
行きがけ,の「かけ」
が気になってきた。
端緒は,「道すがら」と,「通りすがり」,それとの連想で,「行きしな」の違いは何だろう,というところから始まった。
まずは「行きしな」「帰りしな」の「しな」。辞書によると(『広辞苑』),
「しな」は,接尾語,
とあり,「行きしな」は,
行く時のついで,行きがけ,
とある。語源的にも,「しな」は,「しに(途中)」の音韻変化,とあり,
〜の場合,〜のおり,〜ついで,
という意味,とある。しかし『古語辞典』によると,「しな」は,
しだ(時)の転,
とあり,「しだ」には,「さだ」と同根として,
「行きしな」「帰りしな」などのシナの古語,
とあり,「とき」という意味になる。因みに,「さだ」は,
シダの母音交換形,
で,時機,盛りの年齢,という意味とある。ということで,「行きしな」は,
行く途中,行く道々,
といった意味になる。では,「道すがら」とどう違うのか,辞書(『広辞苑』)には,
道を通りながら,歩きながら,みちみち,途中,
という意味とある。『大言海』では,
行く路すがら,
とあるので,通り過ぎる,というニュアンスが強いのかもしれない。語源的には,
「過ぎ+ながら」の略,
とあり,通りすごしていく,という意味になる。「すがら」は,
途切れることなくずっと,
という時間経過を示していて,
名月や池をめぐりと夜もすがら,
で,それが空間的に転用されと,
道すがら,
になったと,考えられる,と。当然,
途中,
という意味合いが出てくる,という感じである。「行きしな」には,
途中で立ち止まるとか,立ち寄る,
というニュアンスがあるが,「道すがら」には,
みちみち,眺めた,
という感じなのではないか。
では,「通りすがり」は,というと,意味は,
たまたま通り合わせて,通るついで,通りがけ,
という意味になる。「すがり」は,ここは(どこにも載っていなかったので)想像だが,
過ぐ+り(ある動作が継続中であることを表す助詞),
で,
ちょうど(たまたま)通り過ぎつつある,
という意味なのではないか。そこでの出会いが,たまたまなのは同じだが,
道すがら,には何か(そのことに)意味が主体側に見え,
通りすがり,には行き過ぎていく側には(袖擦り合う程度で,他に)何の意味も見出さない,
というニュアンスがある気がする。
「通りががり」は,
通りかかったこと,道のついで,通りがけ,
という意味だが,「かかる」は,語源的には,
「二物に渡してつなぐ」
という意味があり,
「カク・カカ・カケ(渡して繋ぐ)+ル」
で,通りすがりに較べると,少し,
タイミングがあった,
という意味が含まれている気がする。「行きがけ」は,その意味では,
行く途中,行くついで,
という意味よりは,
行こうとするとき,
で,「かけ」は,
(他の動詞の連用形につき)着手して中途まで行く,
という意味になり,行こうとする,そのついでに,
「行きがけの駄賃」
というように,自分からかかわっていく,という意味が強くなる。因みに,「行きがけの駄賃」は,
「馬子が荷を受け取りに行く途中の空馬に別の荷物を載せて駄賃をもらい,こっそり私利を得た」
の意味で,何かをするついでに他のことをする,という意味になる。さらに,「行きがかり」では,
行くついで,
というよりも,そこから遁れられない,という意味で,
既に物事が進行しつつあって,あるいは関わりができていて,
それまでのいきさつから深く立ち入ってしまっている,
ということになる。
その意味で,「途中」という意味を持ちながら,「行きしな」「道すがら」「通りがかり」「通りすがり」「行きがけ」「行きががり」は,それぞれ関わりの経緯の有無,を微妙に言い表している。
ついでながら,「行」「道」「通」の字の当て方にも,意味があるのかもしれない。
「行」は,十字路を描いたもので,みちをいく,動いて,動作する,という意味。目的があって進む,という意味か。
「通」は,「甬」は,人が足でとんとん地板を踏み通すこと。「辶(足の動作)」を加えて,途中でつかえとまらず,突き通すこと,
「道」は,首(あたま)を向けて進みいく行くみち,
漢字のニュアンスからは,
「行きしな」は,何かしようとして行くついでとなり,
「通りがかり」「通りすがり」は,寄り道のニュアンスがある。
「道すがら」は,みちみち,ということになる。
漢字のもつ意味を損なわずに,使い分けている,とも言える。いまさらながら,かつての日本人のもっていた言語感覚,音感に,敬服する。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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判官びいきは,
判官贔屓
とあて,
ほうがんびいき,
とも
はんがんびいき,
とも読む。判官びいきとは,
「第一義には人々が源義経に対して抱く、客観的な視点を欠いた同情や哀惜の心情のことであり、さらには『弱い立場に置かれている者に対しては、敢えて冷静に理非曲直を正そうとしないで、同情を寄せてしまう』心理現象を指す。」
のだという。「客観的な視点を欠いた同情や哀惜の心情」だから,理屈ではない。心情的な,ファン心理に似ているのかもしれない。『大言海』は,「はうぐをんびいき」として
「判官は,左衛門少尉,兼,検非違使判官(ジョウ)たりし源義経を云ふ。文治以後,兄頼朝と不和ありて,遂に追討せられ,甚だ不遇なりしを憐れむより起こる」
とある。転じて,「弱者に与すること」とも。で,
「『判官』の読みは通常『はんがん』だが、『義経』の伝説や歌舞伎などでは伝統的に『ほうがん』と読む。」
のだそうだ。元来,
「日本人は判官贔屓という言葉の成立前から、伝統的に同様の感情を抱いてきた」(上横手雅敬 『源平の盛衰』)
のだそうだが(僕はそうは思わないが),判官びいきというのは,
「弱い者いじめの反対、つまり、弱きを助け強きをくじくという言動に対しては、無批判にかっさいを送ろうとする心理」「弱者の位置に立たされたものに対しては、正当の理解や冷静な批判をかいた、かなり軽率な同情という形をとる」(池田弥三郎
『日本芸能伝承論』)
というのだそうだ。江戸時代には,「一般に、弱い立場に置かれている者に対しては、敢えて冷静に理非曲直を正そうとしないで、同情を寄せてしまう」心理現象となっていた,という説がある。
だから,「人々は贔屓の感情を次第に肥大化させ、歴史的事実に基づいた客観的なものの見方を欠くようになり、ついには短絡的に義経を正義、頼朝を冷酷・悪ととらえるに至った」
と指摘もある。まあ,その意味では,忠臣蔵もそうだし,山中鹿之助もそうだし,楠正成もそうだし,日本武尊もそうだし,あるいは真田幸村もそうかもしれないし,天草四郎もそうかもしれないし,大友皇子もそうかもしれないし,大津皇子もそうかもしれない。
しかし,僕は,弱いものの肩をもつ,というのが,日本人の心情とは思わない。たぶん,そういう心情が発揮されるのは,我が身に危険が及ばないかぎりのことだ。弱者や被植民地の人を,平気で,差別し,平気で,抑圧し,平気で,暴力を振ってきた(埴谷雄高は台湾でそれを目撃したことを書いていたはずだ)。いまもまた,いじめについて,外からは,いじめられるものを,判官びいきする。しかし,自分に火の粉が飛んでこないかぎりだ。当事者になった途端,
長いものに巻かれ,
平気で,一緒になって,いじめる側に回っても,平然としている。それを,別に非難する気もないし,咎める気もない。ただ,
「日本人の真情」
等々と,一般化してはならない。たぶん,人は,一般に,対岸の火事なら,同情もし,贔屓もする。しかし,我が身に火の粉が降りかかってまで,弱者を庇う生き方をすることは,なまなかの思いつきや意思ではできない。
いい例は,(ずいぶん昔亀田興毅とファン・ランダエタフ)ボクシング試合で,負けたかに見えた亀田興毅が判定勝をした試合後,
「敗れたファン・ランダエタ選手の母国ベネズエラの日本大使館に、日本から数千通にも及ぶ激励のメールが殺到したというのである。その内容は、『あなたの勝ちだった』、『こんな問題で日本を嫌わないで欲しい』、『あなたがチャンピオンだ』など」
という例だ。一見,フェアを尊ぶように見える。しかし,それは,観客としてであって,当事者になった瞬間,豹変する。その後の,すさまじい,
亀田興毅バッシング,
は,下手をすれば押しつぶされかねない。その後も,ちょっとしたことで(あるいはそう意図して煽られただけで),暴風雨のようなバッシングに曝された人が何人もいた。小沢バッシングもそれだ。
理非曲直,
等々問わない。判官びいきは,容易に,
身びいき,
や
依怙贔屓,
に転換する。「贔屓」とは,
気にいったものに特別に目を掛ける,
であり,理屈も根拠もない。感情の好き嫌い,と同じレベルである。和語の「ひいき」の語源は,
「引き」
である。引き立てる,の引きである。では漢字はというと,
「贔」は,貝(財物)を三つ合わせたもので,重い荷物を背負うことで,鼻息荒く怒る,という意。
「屓(屭)」は,「尸(からだ)+贔」で,体を重いものの下にいれて,ひいひいと頑張ることを示す,鼻息の音を表す擬態語で,ひいひいと鼻で息をする意。
で,贔屓は,語義上は,「鼻息荒く力んで,他人のために後援すること」という意味になる。ただ,「贔屓」は,
中国における伝説上の生物。石碑の台になっているのは亀趺(きふ)
と言うらしい。
「贔屓は龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、その姿は亀に似ている。重きを負うことを好むといわれ、そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。日本の諺『贔屓の引き倒し』とは、『ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、その者のためにはならない』という意味の諺だが、その由来は、柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからに他ならない。」
のだそうだ。いま,その心情的な暴風雨が,どの向きに殺到するのか,当事者になったとき,それを避けるすべはない。
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「へんてこりん」は,「へんてこ」で意味が通じる。
「変梃」とも当てるが,語源に絡んでいて,
「変+梃」で,梃の調子が悪いことから使い出した,
とある。「変なさま,奇妙なものや人」の意で,
へんちき
とも,
へんちくりん
とも,
へんてこりん,
とも言う。では,この「りん」という語尾は何か。「goo辞書」には,
「りん」は口拍子で添えた語,
とある。そういえば,
「ちんちくりん」
とか
「すってんころりん」
とも言う。「ちんちくりん」は,
背の低い人を嘲る語,
と
着物などの丈の足りない意,
とがある。語源的には,
「狆をもじった語」
だという。「ちんころ」とか言ったりする。本来は,だから,
背の低い愛らしい人,
という意だったようだ。富永一朗の「チンコロ姐ちゃん」は,多分そういう含意だ。しかし,それが転じて,
衣服が身体に比して小さすぎて珍妙,
という意になった。そこに,多少,あざけりのニュアンスがある。似た言葉に,
「つんつるてん」
というのがあるが,この語源は,
「突き+釣る+天」
で,
「足が突き出し,吊るような衣を着た天王を約した語」
なのだ,そうだ。だから,着物の丈の短い様子を言う。
「すってんころり」は,
勢いよく転ぶさま,
で,「すってんころり」ですむところを「ん」を付けた口拍子なのかもしれない。
「すってんてん」という語もあるが,
「ス(素)+天々(頭)」
の意で,頭にけが一本もないこと,から転じて,無一物になる意になった。「天天」は,いわゆる幼児語で,
頭
の意で,「おつむてんてん」と言ったりするところから来ているので,ちょっとと出自が違うようだ。。
似た言い回しで,
「あんぽんたん」
というのもある。語源的には,
「アホンダラを,撥音化して,薬名らしくもじったもの」
という説がある。江戸期の,反魂丹,万金丹をもじって,安本丹,とした語だというから,これは,「丹」に意味がある。これも,「なんたらリン」とは違う。
どうも,語尾に「ん」は,
「この仮名の声は,他の語の下につきて,鼻に触れて発するが如くして出づ。『行燈(あんどん)』『天秤(てんびん)』の如し。他の音の下に加わりて出づることあり。真名の『まんな』となり,ゆゑ(ゆえ)のゆゑんとなるが如し。また他の音を変じて出づることあり。かほばせ(顔)のかんばせとなり,いかに(如何)のいかんとなり,ぬきいず(抽)のぬきんずる(抽んでずる)となるが如し」
と,『大言海』にあるが,「ん」は,拍子をとるのに都合がいいということなのかもしれない。
未然形について,まだ起こらないことを想像して
あらむ,
と言っていたのが,平安中期以降,
あらん,
という表現が生まれた,と言う(〜せむと,が,〜せんと,となったり,飲まむが飲まん,になった)。「出来ぬ」が「出来ん」になったりというのもある。あるいは,
あるのだけど,
を
あるんだけど,
と「の」を転じると,語りがくだける,だけではない。たとえば,
「とんでもない」は,
「途(と)でもない」の転,
との説もあるから(「飛んだこと」の否定表現という説もあるが),「ん」が入ると入らないでは,「とんでもなさ」が違うような印象がある。似たのに,
「どん詰まり」
がある。『大言海』は,
「止(とど)の詰まり」の音便化,
としている。一般には,「どん」は接頭語とされ,どん底,どんぴしゃり,どん尻,の「どん」で,「ど」を強めている,という説が一般的のようで,「ど」は,関西弁の「ドあほ」の「ど」で,それを強調したものとされている。いずれにしても,「ん」は,強める意味がある。
ただ,「ん」は,転じる前の,「ぬ」「む」「の」とは違い,「ん」を挟んで,ただ鼻に抜けるだけで,テンポが変る。だから,
Un
ではなく,
鼻音化
されていないと,そのリズムが消えて,汚らしくなる。誰だったか,歌手が,最近,
Un
と,鼻に抜けない人が目立つようになった,と言っていたような気がする。音感というか語感の感度が鈍ってきたのかもしれない。せっかく「ん」を発明したのに。
「んまい」
も,unmaiではなく,鼻に抜けるから面白い。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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アホ・バカ分布図(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9B%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%AB%E5%88%86%E5%B8%83%E5%9B%B3)というのがあるそうである。しかし,似た言葉に,「あほ」のほかに,
たわけ,
をこ(烏滸),
まぬけ,
たわけ,
頓馬,
等々がある。「をこ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%92%E3%81%93%EF%BC%88%E3%81%8A%E3%81%93%EF%BC%89)については触れたが,この言葉が気になるのは,子供の頃,(中部圏にはちがいないが)どこで覚えたかはっきりしないものの,
ばかの大足,小足のたわけ,ちょうどいい加減がくそだわけ,
という悪口というか罵りというか,「おまえの母ちゃんでべそ」の類である。しかし,地域によっては,
馬鹿の大足,小足のたわけ,
ではなく,
ばかの大足,小足の間抜け,
とも言うらしいのである。地域によっては,そのあと,
「ばかの大足,小足の間抜け,中途半端のろくでなし」
と続けるところもあるらしい。辞書では,「ばかの大足」は,
「大きな足は、ばかのしるしであるということ。大きな足をけなしていう言葉。『間抜けの小足』などと続けることもある。」
とある。ウドの大木,の類か。長く,「馬鹿」は,例の,「鹿を馬」というか,「鹿を指して馬という」という諺,『史記・秦始皇本紀』にある,という,
「秦の始皇帝が死んだ後、悪臣の趙高が自分の権勢を試そうと二世皇帝に鹿を献上し、それを馬だと言って押し通してみた。しかし皆が趙高を恐れていたので、反対を唱えた者はおらず、『鹿です』と言った者は処刑された。『鹿を馬』『馬を鹿』ともいう。」
という故事に拠っているものと思い込んでいたが,どうやら,
馬鹿,
は当て字らしい。「莫迦」とも当てる。
「梵moha=慕何(痴の意)、または梵mahallaka=摩訶羅(無智の意)の転で、僧侶が隠語として用いたことによる。また、『破家』の転義とも」
言われる。この場合,中国語で「破家」を当てるため,平安期の留学生が伝えた,と想定されているらしい。さらに,
「鎌倉時代末期頃から『ばか」の用例があり、室町中期の『文明本説用集』では、「母娘」「馬娘」「破家」に「狼藉之義也」と説明している。雅語形容詞である『はかなし』の語幹が変化したという説もある(金田一春彦ら)故事の『鹿を指して馬と為す』との関連については、『後付け』であり、語源とは直接関係ない。中国語の『馬鹿(マールー)』は『赤鹿(あかしか)』のこと。』
とある。『大言海』は,
「趙高が事は,欺きて侮蔑したる意とはなれ,愚なる意を為さず」
と簡潔である。その他語源として,
「おこ(woko)の関東方言。voko kkko bokko bako bakaの音韻変化」
というのもある。では,「間抜け」はというと,「間(ま)」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba3.htm#%E9%96%93%EF%BC%88%E3%81%BE%EF%BC%89)
で,「間(ま)」の意味について触れたように,語源は,
「マ(間・芝居や音楽での調子や調子)+抜け」
の,「変な調子の意」から来ている。転じて,他人と歩調が合わずテンポの狂ってしまう人を言う。
「とんま」は,
「のろまの当て字の『鈍馬』を読み誤ったものの変化」
で,頓馬は当て字。
「たわけ(もの)」は,
戯け
と当てるか,
田分け
と当てるかで意味が違う。「戯け」は,古い言葉で,『古事記』にもあり,
淫らな通い婚
を指したらしいが,後代は,ふざけること,馬鹿者,を指す。「田分け」は,
田地を分け与えて分家を出すこと,
という意味で,「たわけ」の語源に関わってくる。一説(渡部昇一)によると,
「封建時代,幾世代にもわたって財産である田地を分けると,その家は衰退する」
というところから,その愚かさを指している,という。こういう「聞いたふうな説」が一番いけない。
「『バカげたことをする』『ふざける』を意味する動詞『戯く(たはく)』の連用形が名詞となった。」
という語源が,まあ,素直ではなかろうか。
さて,そこで,「あほ(う)」である。語源には,
五山の禅僧が阿呆(アータイ)の漢語をアハウと読んだという説
関西方言の「アア,ホウカ」の音韻変化した説,応答が「アア,ホウカ(ケ)」としか言えないことを揶揄している。
始皇帝の阿房宮(項羽に妬かれたが,あきれたほど馬鹿でかく全焼するのに三か月かかった)説。
等々があるようだが,はっきりしていない。ただ,『大言海』は,
元来,あわう,若しくは,あばうなるべし。あわは,狼狽(あわ)つの語幹(狼狽(あわ)を食ふ)あわ坊の約。小狼狽(あわて)を擬人化したる語。とちめんぼう,同趣なり。新竹斎物語に「くだらぬ理窟,あわう口」,続松の葉に「恥を知らぬは,あほう坊」,またあわわの三太郎などもあり,但馬にて,あはあ,駿河にて,あっぱあと云ふ。あわて者は,まぬけ者なり。常に阿房と書くは,秦の始皇帝の阿房宮を,当字にするなり。あほは,約(つづめ)て云ふなり。山椒(さんしょお)をさんしょ,愛相(あいそう)をあいそがつきる。」
と書き,さすがにその見識を示している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%91%86
によると,「阿呆(あほう、あほ)」は,
「日本語で愚かであることを指摘する罵倒語、侮蔑語、俗語。近畿地方を中心とした地域でみられる表現で、関東地方などの『馬鹿』、愛知県などの『タワケ』に相当する。」
とある。そういえば,上記の,
ばかの大足,小足のたわけ,ちょうどいい加減がくそだわけ,
には,「あほう」はでてこないで,たわけが繰り返されている。僕には実感がないが,「あほう」「ばか」には,
「関東圏であほは馬鹿よりも語感が強く、使う相手やタイミングを考慮する必要のある言葉である。逆に関西圏では馬鹿よりも軽く、親しみの意を込めて使われることも多い。」
らしいが,それは(というかどの悪口もそうかもしれないが)両者の文脈次第で,「あほ」も「ばか」も「たほけ」も,愛情表現ということだって,ありうる。
ま,ともかく,考えてみると,僕の記憶している,
「ばかの大足,小足のたわけ,ちょうどいい加減がくそだわけ」
は,少し地域色が強すぎるのかもしれない。
「ばかの大足,小足のあほう,ちょうどいい加減がくそだわけ」
とすると,いくらか,全国網羅したことになる…か?
参考文献;
http://gogen-allguide.com/a/ahou.html
http://zokugo-dict.com/01a/aho.htm
http://gogen-allguide.com/ta/tawakemono.html
http://gogen-allguide.com/ha/baka.html
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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「をこ」,つまり,現代表記で,「おこ」は,
痴
烏滸
尾籠
という字を当てるらしい。
愚かなこと。ばかげていること。またそのさま。
という意味になる。柳田國男は,
「人を楽しませる文学の一つに,日本ではヲコといふ物の言ひ方があった」
「人をヲカシと思わせるのが,本来はいはゆる嗚呼の者」
等々といったいるらしい(「鳴滸の文学」)。だから,「嗚呼」とも「鳴滸」とも当てるらしい。『古語辞典』を見ると,
ウコ(愚)の母音交替形,
とある。で,「うこ(愚)」をみると,
ヲコ(烏滸)の母音交替形,
とある。なんだか,同義反復のようだが,「をかし」との関係が,気になる。「をかし」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%92%E3%81%8B%E3%81%97)については触れたが,そこで,『古語辞典』に,
「動詞ヲキ(招)の形容詞形。好意をもって招きよせたい気がするの意。ヲキ(招)・ヲカシの関係は,ユキ(行)・ユカシ,ヨリ(寄)・ヨラシ(宜,ヨロシとも)ナゲキ(歎)・ナゲカシの類。ヲカシをヲコ(愚)の形容詞化と見る説もあるが,平安中期以前のヲカシの数多くの例には,ヲコ(愚)のもつ道化て馬鹿馬鹿しく,あきれて嫌に思う気持ちの例はなく,むしろ好意的に興味をもって迎えたい気持ちで使うものが多い」
とある。「をかし」の語源を,
「ヲコ(愚)の形容詞化」
という説を,そのとき,スルーしてしまったが,柳田國男の説を鑑みると,
動詞ヲキ(招)の形容詞形,
という方が,むしろ,もっともらしく見えなくもない。しかし,語源に言う,
古代語「ヲク(招・呼)」+シ(形容詞化)
で,思わず笑みがこぼれる心的状態になることをいう,とある。「平安時代の造語」とあり,
知的感動がある,
趣きがある,
という意味になる。始め,「をかし」は,滑稽の意味ではなく,
「あはれ」の対象に入り込むのとは異なり,対象を知的・批評的に観察し,鋭い感覚で対象をとらえることによって起こる情趣,
と,「あはれ」と対比して使われていたことを考えると,確かに,「をこ」から出たとするのは,「をかし」が,「可笑し」と当てられるような意味に変じてからの,後講釈に見えてくる。
「をこ」自体の語源は,
「ヲコ(蕃人の愚かな風俗)」
だとされている。「烏滸」が,
後漢時代の中国で,黄河や揚子江に集まるやかましい人たちを指していた,
とされる(http://gogen-allguide.com/o/okogamashii.html)
ので,それによると,
「やかましいことを烏に喩え,水際を意味する『滸』から『烏滸』と当てた」
という,中国由来のようだ。「尾籠」は,当て字で,鎌倉時代以降につかわれ,それ以前は,(柳田國男の当てていた)「嗚呼」が使われていた,という。それを「びろう」と音読して,和製漢語に変じた,という。当然意味も,
無礼,不敬,
汚く,汚らわしくて,人前では失礼にあたること,
と変じた。だから,現在,「おこ(烏滸)がましい」は,
出過ぎている,差し出がましい,
という意味で使われているが,本来は,
「オコ(愚か)+がましい」
で,
ばかげている,物笑いになりそうだ,
という意味だったらしい。ただ,ウィキペディアを見ると,「烏滸」で,
『記紀に『ヲコ』もしくは『ウコ』として登場し、『袁許』『于古』の字が当てられる。平安時代には『烏滸』『尾籠』『嗚呼』などの当て字が登場した。』
として,こうある。
「平安時代には散楽、特に物真似や滑稽な仕草を含んだ歌舞やそれを演じる人を指すようになった。後に散楽は『猿楽』として寺社や民間に入り、その中でも多くの烏滸芸が演じられたことが、『新猿楽記』に描かれている。『今昔物語集』や『古今著聞集』など、平安・鎌倉時代の説話集には烏滸話と呼ばれる滑稽譚が載せられている。また、嗚呼絵と呼ばれる絵画も盛んに描かれ、『鳥獣戯画』や『放屁合戦絵巻』がその代表的な作品である。」
とあり,烏滸芸,烏滸話,嗚呼絵,とあるのが,どうやら,冒頭の柳田國男の「鳴滸の文学」に言うことで,そこには,
「是はただ単にをかしいことばかり言って,人を笑はせようとした者のことであって当人自らは決して馬鹿ではなかった」
とある。芸なのであるから,当然である。しかし,烏滸絵については,
「男女の秘戯を描いた絵。古くは〈おそくず(偃息図)の絵〉〈おこえ(痴絵,烏滸絵)〉といい,〈枕絵〉〈枕草紙〉〈勝絵(かちえ)〉〈会本(えほん)〉〈艶本(えんぽん)〉〈秘画〉〈秘戯画〉〈ワじるし(印)〉〈笑い絵〉などともいう。」
とあるので,意味が転じていった結果なのかもしれにない。それは,
「南北朝・室町時代に入ると、『気楽な、屈託のない、常軌を逸した、行儀の悪い、横柄な』(『日葡辞書』)など、より道化的な意味を強め、これに対して単なる愚鈍な者を『バカ(馬鹿)』と称するようになった。江戸時代になると、烏滸という言葉は用いられなくなり、馬鹿という言葉が広く用いられるようになった。」
とある,「烏滸」から「馬鹿」に変じたことと重なるのかもしれない。
で,滑稽との対比が気になってくる。「滑稽」は,
「(『滑』は乱,『稽』は同の意。知力に富み,弁舌さわやかな人が巧みに是非を混同して説くこと,また『稽』は酒の噐の名,酒が器から流れ出るように弁舌の滞りのないことともいう)」
と注記があって,
面白おかしく,巧みに言いなすこと,転じて道化,諧謔,
馬鹿馬鹿しく,おかしいこと,
という意味になる。語源は,
「滑(なめらかに)+稽(はかる)」
という中国語が語源。で,
「滑稽(こっけい)は、中国古代の歴史書『史記』中の列伝の篇名として知られる用語であり、当時は、饒舌なさまを表した。後世、転じて笑いやユーモアと同義語として日本にも伝わり、滑稽本などを生んだ。
一説には、滑稽の語源は、酒器の一種の名であり、その器が止め処無く酒を注ぐ様が、滑稽な所作の、止め処無く言辞を吐く様と相通じるところから、冗長な言説、饒舌なさま、或いは智謀の尽きないさまを、滑稽と称するようになった、という(北魏の崔浩による『史記』等の注釈に見える)。」
と,ウィキペディアにはある。どうやら,「烏滸話」が「滑稽本」になったのではなく,「烏滸」が,「馬鹿」に堕していくにつれて,「烏滸話」は下ネタになっていったように思える。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「はんちく」というのは,東京の方言らしく,
半ちく,
と書く。
中途半端,
という意味で,
何をやらしてもはんちくだね,
とか,
はんちくな仕事して,
という使い方をする。しかし,
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%AF%E3%82%93%E3%81%A1%E3%81%8F
(のみにしか出ていないが)によると,意味が転じて,
(転じて)閑散,
という意味にも使い,
「午前中だけで、学校はんちくだから。どっか遊び行こ?!」
「今日は店、はんちくで終(し)めぇだから、祭りでも見て来いよ。」
とある。どうも,この用例を見ると,
半ドン
の意味に見える。因みに,半ドンとは,最近使わなくなったが,
「土曜日など授業や仕事が半日で終わる日のことで『半分ドンタク』の略である(半ドンのドンが、当時、正午の合図に鳴らした大砲の音とする説があるが、明治始めにドンタクという言葉が流行していることを考えると、ドンタクの略が有力である)。1876年(明治9年)、それまでの1と6のつく日を休日(一六どんたく)にする形から、日曜を休日、土曜を半休(半分どんたく)という欧米にあわせる形をとった。翌年には半ドンと略した言い回しが普及。」(『日本語属語辞典』)
とある。「どんたく」とは,オランダ語(zondag zonは太陽,dagは日を意味し英語のsunday同様、ラテン語dies solisの直訳)の転訛で,
日曜日,
転じて
休日,
を意味する。博多どんたくの「どんたく」も同じである。その意味では,「はんちく」を一人前の半分とすると,「半ドン」の意味に転じた謂れもわからなくはない。それにしても,「はんちく」は,どこから来たのだろう。
「はんちく」と似た言い回しに,
なまはんじゃく,
というのがある。
生半尺,
と当てると,中途半端,いい加減,半(なから)半尺,といった意味になる。
生半熟,
と当てると,半熟を強める言い方で,未熟,生半可,を指す。もともと,
半
という言葉自体が,
半(はん)
二分の一を表す語。ある物の半分,
不完全であることを表す接頭辞,
奇数。なお、偶数を表す対義語は丁,
等々といった意味があり,半端とか,半可通とか,半熟といった使い方をする。「ちく」は,何かが訛ったものか,転用だと思うが,勝手な妄想をすると,「ちく」で連想するのは,
チクる,
の「ちく」である。「口(くち)」の倒語だが,半人前,というか,半人口を指しているのではないか,と考えたくなる。あるいは,「半畜」とあてたらどうであろうか。「こんちくしょう」「あんちくしょう」というときの「畜」である。
実は,子供の頃高山に住んでいて,そこの方言に,
はんちくたい
というのがある。もともとは,
歯がゆくていらいらする様を表現したもの,
だったようだが,
いらいらする,
にシフトし,いまでは
腹が立つ,
という意味で使われているようだ。僕の個人の言葉感覚では,歯がゆい,じりじりするというか,やきもきする,といったニュアンスで,悪意の表現ではなかった気がしているが,なにせ,半世紀以上前だから,意味も変わっている。
実は,これは,江戸弁から来ている,と言われているのである。飛騨は天領だから,代官が入れ替わり立ち代わり,江戸の風儀を持ち込んだせいだと推測される。そこで気になるのは,
「はんちく」
と
「はんちくたい」
のつながりである。「はんちく」な奴を見ていて,じりじりするところから,客体の表現から,主体の,はんちくな奴を見ている側の感情表現になった,と考えると,実に,長い年月をかけて,言葉が,生きている,と実感させられるのだが。
参考文献;
http://zokugo-dict.com/26ha/handon.htm
http://gogen-allguide.com/ha/handon.html
http://www23.atwiki.jp/hidagorin/pages/35.html
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「ちゃらい」は,
「チャラい」
とも表記する。
俗に,服装が安っぽく派手なさま。ちゃらちゃらしているさま。
また,
軽薄で浮ついて見えるさま。言動が軽薄で浮ついていること,
という意味である。
http://zokugo-dict.com/17ti/charai.htm
によると,
「チャラいとは言動が軽い様を表す俗語『チャラチャラ』を略し、形容詞化する接尾語『い』をつけたもので、言動が軽く浮ついている様や服装が派手で安っぽい様を表す。チャラいは1980年代に使われ始めた言葉で、徐々に使用度が減っていたが、近年、同様の意味で再び若者に使われるようになっている。」
とある。「ちゃらちゃら」というのは,
「小さな薄い金属片などが互いに触れあったり,他の堅い物に当たったりしてたてる音。またそのさまを表す語。」
「よどみなくしゃべるさま,多弁なさま。べらべら。」
「浮ついた態度や軽薄なそぶりで気取るさま。また、服装が安っぽく派手なさま。」
「雪駄の裏の金属を響かせて急ぎ往く足音。」
「女がしなをつくりながら歩くさま。派手で安っぽいさま。落ち着きなく,軽薄なさま。」
といった意味がある。そもそも「ちゃら」というのが,
口からでまかせに,出鱈目をいうこと,また,それを言う人,
偽物,
差し引きゼロにすること,
という意味で,「ちゃらちゃら」自体に,その「ちゃら」を強調する気味がなくもない。そのせいか,
ちゃらかす(出鱈目を言う,冗談を言う)
ちゃらくら(口から出まかせを言う)
ちゃらける(チャラを言う,出鱈目を言う)
ちゃらつかす(出鱈目を言ってごまかす,ちゃらちゃら音を立ててある意思を示す)
ちゃらっぽこ(でたらめ,うそ。またでまかせを言う人)
ちゃらほら(「ほら」は接尾語。口から出まかせを言う)
「ちゃら」に関わる語は,あまりいい意味はない。で,少し語源を調べたが,たとえば,
「ちゃらかす」は,「チャラ(ふざける)+カス(接尾語動詞化)」
とある。「か」は,接尾語で,
カアヲ,カボソシなど,接頭語のカと同根(接頭語「カ」をみると,アキラカ,サヤカ,ニコヤカなど接尾語カと同根,とある),
で,
物の状態・性質を表す擬態語の下につき,それが目に見える状態であることを示す(「のどか」「ゆたか」「なだらか」「あざやか」など。後に母音変化を起こして。「け」となり,「あきらけし」「さやけし」などのケとして用いられ,「さむげ」などのゲに転じる),
とある。「ちゃら」な状態が目に見えるということを示し,動詞化した,ということになる。
因みに,「ちゃらんぽらん」は,
「ちゃらん(鉦の音)+ポラン(鼓や木魚などの音)」
まさにふざけて,いいかげんな出まかせの音,転じて無責任な態度の意。「ちゃらほら」「ちゃらちゃら」も同源としている。だが,上にも書いたが,「ちゃら」の意味に,擬音を当てはめた,という気がしないでもない。
「ちゃら」は,上記の「でまかせ」という意味だが,『古語辞典』には,「ちゃり」として,
ふざける,
という意味が出ていて,その名詞は,
茶利,
と当て,
滑稽な文句または動作,ふざけた言動,おどけ,
(人形浄瑠璃や歌舞伎で)滑稽な段や場面,または滑稽な語り方や演技,
という意味がある。「ちゃり」の動詞化の「ちゃら」という連想も捨てがたい。その連想で,「ちゃめ」というのが浮かぶ。「茶目」と当てるが,
子どもっぽい,滑稽じみたいたずらをすること,またその人,
という意味である。「茶色の目」がいたずらとはつながらないので,「ちゃ(ら)」からきているのではないか,と思いたくなる。。
そういう意味で,「ちゃら」に関わる語を拾うと,
おべんちゃら(口先はかりで実意のない世辞を言うこと,またその言葉,その人)
べんちゃら(口先だけで上手いことを言ってへつらうこと)
へいっちゃら(ものともしないさま,平気)
へっちゃら(ものともしないさま,平気)
と,まあ,口先三寸,でまかせ,無責任,という意味が,一貫している。
どうも,「ちゃら(い)」は,類語で言うと,
うすっぺら,
ぺらぺらな,
浅はかな,
軽い,
安っぽい,
というよりは,
嘘っぽい,
無責任,
というニュアンスが強い気がするのだが。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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確か吉本隆明の口癖は,
無知の栄えたためしはない,
であった気がする。
ロラン・バルトによれば,
「『無知』とは知識の欠如ではなく,『知識に飽和されているせいで未知のものを受け容れることができなくなった状態』」,
を言うそうだ。逆に言えば,
「自分はそれについてはよく知らない」
と涼しく認める人は「自説に固執する」ということがない。他人の言うことを、とりあえず黙って聞く。
確か,神田橋條治氏は,
優れた人ほど(この場合セラピストないし精神科医を指す),知らないことは知らない,と言える,
と言っていた。そうすれば,相手は,喜んで教えてくれる,と。勝海舟も,
主義といひ,道といつて,必ずこれのみと断定するのは,おれは昔から好まない。単に道といつても,道には大小厚薄濃淡の差がある。しかるにその一を揚げて他を排斥するのは,おれの取らないところだ。
という。発想力とは,
選択肢をたくさん持てること,
であると信じている。。確かに,吉本の言うように,
知ることは,超えることの前提である,
けれども,その「知」とは,
Knowing that
だけではなく,
Knowing how
を持ったものだし,もっと言うと,
Knowing howのKnowing that
を持つことだ。それは,現実を捌き,新しい事態を切り抜けるだけではなく,
未知の視界
を拓いていくものでなくてはならない。だから,知識を得るとは,
見たこともないパースペクティブ
を手に入れることだ。前にも,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/403368447.html
で書いたが,無知とは,辞書的には,
知識がないこと
智恵のないこと
とあるが,どうもそういうことではない気がする。確かに,
無(ない)+知(知る)
で,知らない,ということに違いないが,中国語源では,
無恥
つまり,
無(ない)+恥(はじ)
恥知らず,の意味だという。だとすると,なかなか意味深で,確かに,
知らないこと
ではなく,
知らないことを知らないこと,
と考えると,無知は無恥に通じる。
子曰く,由よ,汝に知ることを誨(おし)えんか,知れるを知れるとなし,知らざるを知らずとせよ,これ知るなり。
と,孔子が,由(子路)にこう諭したのも,そう考えると意味深い。
しかし,だ。「知らざるを知らず」とするのは,そういうほど簡単ではないのだ。何を知らないかがわかるというのは,知についてのメタ・ポジションが取れることだ。そんなことがたやすくできるはずはない。
別のところで,孔子は,自分自身は,「生まれながらにして之を知る者」ではなく,
学んで之を知る者
であると言っているが,「学んで之を知る者」の次は,
困(くる)しみて之を学ぶ者
であるという。しかし,問題は,何を,どう苦しめばそうなれるかだ。個人的には,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/415067457.html
で書いたことと重なるが,
問い,
だと思う。答ではなく,何を問うたか,である。
「問う、如何なるか是れ、近く思う。曰く類を以って推(お)す」
である。
「如之何(いかん)、如之何と曰わざる者は、吾如之何ともする末(な)きのみ」
とはそれである。清水博氏の言われる,
「創造の始まりは,自己が解くべき問題を自己が発見すること」
である。それは,吉本の言う,
「沈黙とは,内心の言葉を主体とし,自己が自己と問答することです。自分が心の中で自分に言葉を発し,問いかけることがまず根底にあるんです。」
であり,それは,
「 自分と, 自分が理想と考えてる自分との, その間の問答です。『外』じゃないですよ。 つまり,人とのコミュニケーションじゃ ないんです。」
であり,この場合,コミュニケーションとは,対話であり,それを読書や講義と置き換えてもいい。
参考文献;
清水博『正命知としての場の論理』(中公新書)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
吉田公平訳注『洗心洞箚記』(たちばな教養文庫)
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はやては,普通,
疾風
か
颯
という字を当てる。「颶風」を当てるのもある。「て」は,風の意,らしいので,
急に激しく吹き起こる風。寒冷前線に付随することが多く,降雨・降雷をともなうことがある。急風,陣風,はやち,
と辞書(『広辞苑』)にはある。『大言海』には,「はやて」は,疾風,迅風を当て,「はやち」を見よとある。で,
速風(はやち)の義,「ち」は,風の古語,
さらに,
野分の風は,疾風の一種なり,
とある。風の語源を見ると,
「カ(気)+ゼ(風)」で空気の動き,
という説と,もうひとつ,
駈け,馳せ,駈け,の変化,天翔けるもの,空高くすかけるもの,
という説が載っている。「チ」に風という意味が,ない。ただ,「ち」は,『古語辞典』には,
激しい勢いで吹く風。複合語に使われる,
とあって,「東風(こち)」「はやち」の例が載る。「ち」は,風の中の特殊なものということになる。で,風が気になりだした。手始めに,「風」の字。
風の字は,大鳥の姿。鳳の字は,鳳が羽ばたいて揺れ動くさまを示す。鳳と風の原字は,まったく同じ。中国では,鳳を風の使い(風師)と考えた。風は,「虫(動物の代表)+凡」。「凡」は,広く張った帆の象形。はためき揺れる帆のように揺れ動く風を表す。
という。和語の「かぜ」は,漢字の「風」の字の影響が強い。個人的には,この字以外に思い浮かばない。しかし,「風」の音は,「フウ」(呉音)「ホウ」(漢音)なのである。
気になって,漢字の「風」からみを調べてみると,
颪(国字,上より吹き下ろす風),
颯(さっと風の吹くさま),
颱(中国の南海に起こる暴風),
颶(つむじ風),
飄(つむじ風,急に激しく起る風を飄風と言う),
颮(あらし),
飃(風の貌,つむじ風),
颺(吹き上げる),
飅(微風の声)
飆(つむじかぜ,荒い風)
颭(風が吹いて波立つ)
颸(すずかぜ)
等々,まだまだあるらしい。風の種類ごとに作ったのではないか,と思わせるほどある。我々が,「颪」という字を作ったように。たぶん,広大な大地の風は,伊吹下し,赤城おろしというような風の感覚ではなかったのだろう。
その意味では,我々も,「和語」で,風の種類ごとに作っている。その辺りは,「風の名称辞典」
http://www5a.biglobe.ne.jp/accent/kaze/na.htm
に詳しい。
風は,空気の流れ,あるいは流れる空気自体のことであるから,空気のそよぎ,揺らぎがあれば,どこでも風に名がつく。名をつけることで,それを認知した証になる。名づけることで,それが,自分の世界の中のものになる。
風向によっては,
北風,南風,東風,西風
と呼び,その強さや感じ方で,
そよ風,春風,強風,突風,
と呼び,それは場所によって,
海風,陸風,潮風,谷風,出し風,颪,ビル風,
となり,地域によって,
からっ風,春一番,木枯らし,六甲颪,やませ、
呼び変る。まあ,望ましくないが,
竜巻,塵旋風(つむじ風・旋風),乱気流、砂嵐,
も風である。風は,
「一般的には低気圧・高気圧の通過といった総観スケール気象による変化(約4日周期)が最も大きく、次に季節変化によるもの(1年周期)が大きい。またこれと並んで、『風の息』と呼ばれる小刻みな風向風速の変化によるもの(約1秒周期)も卓越する。海陸風の影響を受ける地域では、約12時間周期の変化も卓越する。」
とされ,強風,突風は,
「『強風』と呼ばれる風は、数十分〜数日間程度連続する風速の大きい風を指す。強風の大きさを表す数値としては最大風速が適している。」
「『突風』と呼ばれる風は、数秒〜数分程度の短時間吹く風速の大きい風を指す。このような風は、強風の期間中において、気流の乱れつまり風の息によって突発的に生じるものがほとんどである。」
と定義されるが,後から,あれば「竜巻」であったなどと,知らされても,それを風とは思えないのが人情だろう。
それにしても,「はやち」の「ち」が,「風」だとすると,「やませ(山背)」の「せ」は,なんだろう。調べると,
「ヤマ(山)+セ・チ・ジ(風)」
とある。山を越してくる風の意だが,「背」は,当て字らしい。どうも「ち」のなまったものなのだろう。で,調べると,
煽(あおち)風(物がばたばたして起こる風),
朝東風(あさごち 春の朝に吹く風),
あなじ(乾風 冬に近畿以西で吹く,船の航行を妨げる強い北西季節風。あなぜ。あなし),
追風(おいて 追い風),
おぼせ(淡路,伊勢,伊豆などで4月頃の日和の時に吹く南風),
強東風(つよごち 春,東から吹く強い風),
盆東風(ぼんごち 夏の終わりに吹く東風。暴風雨の前兆という),
まじ(真風 西日本で南または南西の風をいう。桜まじ。まぜ) 。
南東風(みなみごち 東のやや南寄りから吹く風),
東風(こち 東の方から吹いてくる風。特に春の東風,梅東風,桜東風等々),
星の入東風(ほしのいりこち中国地方で陰暦10月ころ吹く初冬の北東風),
等々,「ち」が,「て」「し」「じ」「せ」に訛っている。そう言えば,「東風(こち)」といえば,
東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな
というのがあった。そのほかに,「はえ」と「ならい」がある。
黒南風(くろはえ 梅雨入りの頃,どんよりと曇った日に吹く南風),
白南風(しろはえ 梅雨明けの頃,南から吹く風)
等々。「はえ」は,「南風」と当て,語源は,
梵語「vayu(風神)」
で,沖縄,西日本は,「南は前」の意識があるので,マヘ,ハエは同じ,と見られている。「ならい」は,
冬に吹く強い風。東日本,特に三陸から熊野灘に至る海岸で言う,
とあり,「ならい風」と言い,
筑波東北風(つくばならい 筑波山の方から吹いてくる北風),
がある。まあ,言葉が,文化だということがわかる。地域ごとに異なる。言葉によって,あるいは,その言葉を使う人にとって,独特の風景が見え,季節が見える。
ヴィトゲンシュタインの言う通り,ひとは持っている言葉によって見える世界が違う,とはまさにこのことだ。もう一つ付け加えるなら,持っている漢字によっては,もっともっと見える世界が違う。「かぜ」というのと「風」と言うのとでは,風景が違ったはずである。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「のたうつ」は,
ヌタウツの転,
とある。
苦しみもがいて転がりまわる,
のたくる,
という意味である。しかし,『大言海』をみると,「のたうつ」は載っていなくて,「ぬたうつ」で,
「沼田打つ」
と当てて,
「うつは,寝がえりなどする意。またヌタラウツとも云う」
とあって,
猪,草を集めたる上に転がり臥す,賻顚(輾転)。(かるもかくの条,見合わすべし)
人にも言いて,ぬたくる,のたくる,のたうつ,もがく,
とある。人に使うのは転用したものらしい。で,
「かるもかく」
を調べると,「かるも」は,
枯物(かるもの)の略かという,
とあって,枯草を当てる。で,「かるもかく」は,
枯草掻
と当てて,
枯草(かるも)を掻き集めて臥す。猪の眠る時することなり,かるもの床,臥猪(ふすい)の床などと言いて,心安く眠るものなれば,和歌に多くその意に寄せて言う。
とあって,
かるもかき,臥猪の床の寝(い)を安み,さこそ寝ざらめ,かからずもがな,
かるもかく,猪の名の原の仮枕,さても寝られぬ月をみるかな,
の例が載っている。
で,(『大言海』では)「ぬたくる」は,「ぬたうつ」の転とあり,意味として,
うねり転がる。もがきまわる。のたくる。
と,はや,もがくの意味に転じているが,併せて,
塗りつける,筆に任せて書く,
の意がある。この使い方は,いまも,確かにある。ただ,
「ぬた」
は,「沼」で,「沼田」を当て,ぬまた(沼田)に同じとある。『古語辞典』で,「ぬた」を見ると,沼地の意味の他に,
泥,泥土,
と併せて,
魚肉・野菜などを酢味噌であえたもの,
とあり,その他,
しまりがなく,だらしないさま,
ぐうたら,
とある。どうやら,「のたうち」は,
蜿うち
とか
蜿くる
とも当てたりするが,本来は,猪の寝姿を指し,どうやらゆったり眠る,と言うニュアンスが強かったのが,そこに,外見の,というかあまり見栄えの良くない様子から,だらしないに,転じた,というのは推測がつく。酢味噌和えの「ぬた」も,「ぬた(沼)」のイメージからの転用なのもまあ,想像がつく,しかし,のたうつの,
苦しみ,もがきまわる,
という意味はどこから来たのだろう。語源を調べると,
「ノタル(くるしみ)+打つ」
とある。しかし,ヌタウツから来ているのだとすると,この語源は,僭越ながら,ちと,疑わしい。
むしろ,「のた(沼)」と輾転との関連から,
沼にはまってもがく,
という意味と重ねたのではないか,というほうが,言語感覚に近い。『古語辞典』には,
ぬたうち
にだらしない意味はあっても,もがき苦しむ意味はない。で,「ぬたうち」の次項に,
「ぬたくり」
があり,そこに,
泥の中をくねりまわる,
とある。猪と沼が,ここではつながっている。因みに,『語源辞典』には,併せて,
「のたりのたり」
の語源は,「ゆるくうねる様子の擬態語」とあるが,「うねる」の状態を指したものだろう。『古語辞典』に,
のたり
は,ゆったりしたさま,とあり,「のたり」は,別項で,
のたくる,這う,
とある。「のたり」は,とすると,
「のたり」
と
「ぬたり」
がどこかで,混用されたのではないか,そしてもがき苦しむ様子と重ねあわされた,と想像する。ま,素人の勝手な妄想だが。言葉は,面白い。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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頭を抱えるというのは,
良い考えが浮かばす,考え込む,
という意味だ。しかし,同じ意味で,
胸を抱える,
という言い回しを見た(岡本綺堂『半七捕物帳』)。思えば,考えたら,思い悩むのは,胸なのだから,
胸を抱える,
と言ってもおかしくはない。
「あたま」の語源は,
「当て+間」
で,鍼灸点のヒヨメキから,頭頂のことを意味し,のちに頭全体を指すようになった,と言うのが,ひとつの説。いまひとつは,
「ア(天・最上部)+タマ(丸い部分)」
が語源と言う説。江戸期に,カシラに代わって使われるようになった。では「カシラ」の語源は,というと,三説ある。
ひとつは,人間の肉体の上部を言う,「カ(上)+シロ(代)」。
いまひとつは,髪の毛の生えている人体部分を言う,「カ(髪)+シロ(代)」。
もうひとつは,中国語『頁』の別音katの転kasiに,諧音ラが加わったもの。
で,漢字の「頭」の字を調べると,「頭」の,「豆」は,
たかつき(食物を盛る脚付きの台)を描いた象形で,じっとひとところに立つ,
という意を含む(のちに,たかつきの形ををした豆の意に転用)。「頁」は,
人間の頭を大きく描き,その下に小さく両足を添えた形を描いた象形文字,
で,「頭」「額」「顎」「顔」等々の字に,あたまを示す意符として含まれている。そこで,「頭」は,
「頁(あたま)+豆(じっとたつたかつき)」
で,真っ直ぐ立っているあたま。
では,「胸」の語源はというと,
「ム(身)+ネ(幹)」
で,人の根幹をなす部分である。首と腹の間の前面。心,思い,の意。
「胸」の字は,もと「匈」と書く。「凶」の字の,「凵」印がくぼんだ穴を表し,「×」印はその中にはまり込んで交差してもがくことを表す。「匈」は,空洞を外から包んださま。胸は,
「肉+匈」
で,中に空洞を包み込んだむね。肺のある胸郭は,うつろな穴である,とある。
で,両者の使われ方をみると,
頭は,
頭が上がらない,
頭が固い,
頭が切れる,
頭が下がる,
頭ごなし,
頭でっかち,
頭にくる
頭に浮かぶ,
頭の中が白くなる,
頭を絞る,
頭を悩ます,
頭をはねる,
頭を冷やす,
とある。しかし,胸の方は,
胸が熱くなる,
胸が痛む,
胸が躍る,
胸が焦がれる,
胸が裂ける,
胸が騒ぐ,
胸がすく,
胸がつかえる,
胸が潰れる,
胸が詰まる,
胸がとどろく,
胸がふさがる
胸が悪い,
胸に当たる,
胸に余る,
胸に一物,
胸に納める,
胸に刻む,
胸にこたえる,
胸に据えかねる,
胸に迫る,
胸に手を置く,
胸を痛める,
胸を打つ,
胸を躍らせる,
胸を借りる,
胸を撫で下ろす
等々とあって,頭が思考なら,胸は,心や心立て,器量と言った人の心情,心意気まで含む。
そう考えると,頭を抱えるは,思考の煮詰まった感じだが,胸を抱えるというと,もっと広く,勘働きも含めた広い思いが行き詰まった,という感じになる。
頭を抱える,
よりは,
胸を抱える,
ほうが,抱えているものの方が深刻な気がするが,いかかであろうか。別に大きさや重さで比較すべきものではないだろうが,それが解けたときは,胸がほどけた方が,気が軽く,視界がより開ける気がしてならない。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「仕方がない」は,多く,
諦め,
の含意がある。語源的には,
「シカタ(手段。方法)+が+ない」
で,どうにもならない,やむを得ない,という意味である。
「理不尽な困難や悲劇に見舞われたり,避けられない事態に直面したりしたさいに,粛々とその状況を受け入れながら発する日本語の慣用句」
という説明がある。同義の表現として,
仕様がない,
やむを得ない,
せんない,
詮方ない,
余儀ない,
是非も無し,
是非も及ばず,
がある。どちらかというと,
他に打つ手がない,
そうする他ない,
避けて通れない,
逃げられない,
不可避の,
という色合いが濃い。「おのずから」そうなっている,という,「おのずからとみずから」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E3%81%8A%E3%81%AE%E3%81%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A8%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%8B%E3%82%89)
で触れた,無常観にも通じるのかもしれない。しかし,天災や天変地異ではない,人為のことにまで,そういうことで,自分を責任の埒から免れさせようとしている,責任逃れの色がなくもない。
織田信長が本能寺で光秀軍に取り囲まれた際,
「是非も及ばず」
と漏らしたと,『信長公記』にある。この場合はわかる。是非に及びようはない。そういう切迫した事態だとということではなく,
おのれが重用した惟任光秀が,
という意味では,おのれの所業の付けである。
あるいは,昭和天皇が,1975年,訪米から帰国した際に行われた記者会見で,広島市への原子爆弾投下について質問されて,
「遺憾に思っておりますが,こういう戦争中であることですから,どうも,広島市民に対しては気の毒であるが,やむを得ないことと私は思っております」
と答えたのも,過去のことだから,こうしか言いようはないのかもしれない。しかし,そういうことで,ご自身が開戦の詔を発したということについては,口を閉ざしている,という意味では,免罪符になっている,とも言える。
もっと言えば,まだ起きていなない,あるいは起きつつある,まさにその瞬間に,
仕方ない,
と言うのは,いかがであろうか。ここにもまた,自分たちの力ではどうしようもないのだから,どうしようもない,まさに,
長いものに巻かれろ,
式の諦観,というよりは,責任放棄である。
「しかた」は,
「サ変の連用形,シ(為)+方」
やり方,手段である。「仕方」は,だから,
なすべき方法,やりかた,
ふるまい,
(仕形とも書く)てまね,
という意味が載る。
まだ,いま,手は打てる,打てるのに,何もしない楽の方に,
いまだけ,
金だけ,
自分だけ,
の刹那の中に,逃げてしまうのは,後になって,
やむを得なかったね,
というのと同じである。敗戦の焼け野原で,
仕方ない,
と思えたから,いま生きている。いま命をつないでいる。しかし,
仕方ない,
と言えないまま,野面に,海に,山に,屍をさらした人は,その言葉をつぶやくことさえない。いま,その瀬戸際にある。おのれや,おのれの子が,そうなることを想定しなくてはならない。自分の子が,屍をさらすのを,
仕方がない,
などとつぶやくようでは,人間をやめた方がいい,かも。
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ほどほどは,
程程,
と当てて,
それぞれの身分。身分相応,
と
丁度良い程度,適度,
という意味がある(『広辞苑』)。明らかに,後者は,前者に派生した,と思われる。前者は,結構古くから使われた言葉のようである。『古語辞典』をみると,後者の代わりに,
その都度,毎回,
が載っており,その頻度から,ちょうど良い,と言うニュアンスに転じたのではないか,と想像したくなる。『大言海』をみると,
(ほどを重ねたる語)分限に応じてなすこと,それ相応,
とある。で,「ほど(程)」の語源を見ると,
「ホ(含む)+ド(処)」
で,ある含みをもったところ,範囲,程度,
とある。実は,「程」は,『大言海』では,
物事の分限を言う接尾語。ばかり,だけ,
と
頃に,折に,
しか載っていないが,『広辞苑』や『古語辞典』にはものすごい量の意味がある。因みに,『古語辞典』には,
「奈良時代にはホトと清音。動作が行われているうちに時が経過,推移していくことの,はっきり知られるその時間を言う。道を歩くうちに経過する時間の意から,道のり,距離,さらには奥行,広さなどの空間的な意味にも使われた。平安女流文学では,時間の推移に伴って変化する物事の様子・具合・程度をいい,広く一般的に物事の程度を指すように使われた。中世になると時間の経過を言う意は減少し,時間の全体よりも,時の流れの到達点,時の限度の意に片寄り,時の中の一点を指すとともに,数量や程度の極度に目立つさま,あるいは限度などの意を表した。他方,平安時代には,経過する時間の意から発展して,時間の進展の結果を言うようになり,…ので,…からという原因・理由を示す助詞の用法が生じた。漢文訓読本では,動作や行為の持続する時間を示す『頃』『中』『際』はアヒダと訓んでいる」
と長い注記がある。「程」の字の影響かもしれない。
漢字の「程」の「呈」の下部の字(テイ)は,人間が直立したすねの所を‐印で示した指事文字。「呈」は,それに口を加えて,まっすぐにすねを差し出すこと。一定の長さを持つ短い直線の意を含む。「禾(いね,作物)」を加えた「程」は,禾本科の植物の穂の長さ。一定の長さ→基準→はかる,等々の意となった,とある。
「程」を辞書で引く(『広辞苑』)と,その意味の多様なことに驚かされる。おおまかに,
時間的な度合を示す(おおよその時間の経過,季節)
空間的な度合を示す(ほど遠い,の程を,広さ)
物事の程度や数量などの度合いを示す(程のよい人,見分,当たり,)
例示する意を示す(〜されるほどの)
といった使い分けがある。「程」という漢字は,
目盛で測った度合(「程度」「程量」)
一区切りずつになったコース,物事を進めていく上の一定の基準(「過程」)
乗り,一定の決まり(「章程」)
みちのり(「道程」「行程」)
長さの単位(一程は,一分の十分の一)
で,日本語の「ほど」とは,かなりニュアンスが違う。どういうか,
ピンポイント,
ではないが,といって,その,
間(あいだ),
の幅がはっきりしていない,
という意味で,そのゾーンは,かなり曖昧である。しかし,
ほどあい(程度,ちょうどいい程度)
ほどがある(物事には程度がある,度をこすのをたしなめる)
というとき,一定の判断基準がある。だから,
ほどがよい,
は,「洗練されて粋である」という意味になる。その意味では,「ほどほど」は,似たニュアンスの,
そこそこ,
まあまあ,
まずまず,
チョボチョボ,
とは違う。ほどほどは,
そこそこ,
ではなく,いわゆる,
「中庸の徳たるや、それ至れるかな」
という中庸,というのに似ている。「そこそこ」ではないのである。「そこそこ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%9D%E3%81%93)については書いた。そこで,ほどほどと対比をしたが,ただ真ん中,可もなく不可もない,中程度ではない。だから,「ほどほど」は,
節度,
でもあるし,過不足なし,というのが近いか。しかも,
無理がない,
のでなくてはならない。つまり,ほどほどは,意識しないと,保てないのである。
彼を是とし又此を非とすれば
是非一方に偏す
姑(しばら)く是非の心を置け
心虚なれば即ち天を見る
この感覚である。ある意味,バランス,であるが,その洗練された感覚,という感じである。僕のように,中途半端に尖った人間のよくできる立ち位置ではない。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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いつぞや,朝っぱらから,
ABE IS SLEEPING
の,のどかな映像を見せられて,
むかっ腹
が立った(それについては,http://ppnetwork.seesaa.net/article/416592147.htmlで書いた)が,この,
朝っぱら,の「ぱら」は,
腹
だと言う。つまり,「朝っぱら」は,
「朝+腹」の促音化
で,朝食前の空腹状態が語源で,促音は,朝を強めた言い方になる,という。しかし,
むかっ腹
は,腹には関係なく,
ムカマカ(擬態語)+パラ(腹が立つ)
で,
わけもなく腹が立つこと,
という説明になっている(『日本語源辞典』)が,いまいちしっくりしない。別に調べると(『広辞苑),
ムラバラの促音化,
とある。で,「むかばら(向腹)」を調べると,
むかむかと腹を立てる,
とある。だから,「朝っぱら」も,
朝腹,
で調べると(『古語辞典』),
(促音が入って,アサッパラともなる)
とあり,
朝食前のお腹,
という意味と,
極めてたやすいこと,
朝飯前,
の意味が載っている。ついでに,「朝飯前」を調べると(『大言海』),
朝起きてより,朝食を食う前,
僅かなる間隙(ひま)に言い,たやすきことに言う,
とある。どうやら,朝飯の前というのは,
腹の減った時間,
という意味と,
(食べるまでの)僅かな時間,
という意味とがあり,まあ,そのぐらい簡単にできる,というニュアンスがある。その意味では,その時間は,お腹のすいた,余り機嫌のよくない,エネルギーのない時間,という意味もあるかもしれない。
因みに,「はら(腹)」は,
ハラ(張る)の変化,
という説がある。人の盛り上がった部分で,飲食したり,胎児を宿したりしてハル(張る)ところ,という意味である。いまひとつは,
「ハラ(原)」
が語源で,人体の中で,広がって広いところという意味である。そうなると,「原」を調べないわけにはいかない(『日本語源辞典』)。これにも二説あって,
「ハラ(ハリ,開・墾・治・拓の音韻変化)が語源で,開墾して広がった地,
と,いまひとつは,
「ヒロ(広),ヒラ(平)」が語源で,ハルバル(遥々)やハラ(腹)と同源。広がった広い平地,
という意味になる。
念のため,「腹」の字を調べる(『漢字源』)と,右側は,「ふくれた器+夂(あし)」で,
「重複したふくれることを示す」
とあり,往復の「復」の原字,という。それに,「肉」を加えた,「腹」は,
腸が幾重にも重なってふくれた腹,
の意。異説(『日本語源辞典』)では,
「月(肉)+右側のつくり(覆う)」
で,体内部を覆い包むところ,という意味になる。「原」の字は,
「厂(がけ)+泉(いずみ)」
で,岩石の間の丸い穴から,水が涌く泉のこと。源の原字。水源であるから,「もと」の意味を派生するが,広い野原を意味するのは,原隰(げんしゅう),和泉の出る地,の意味から。ま,「原」が,
ひろびろとした,
という意味なら,「朝っぱら」は,
朝腹
よりは,
朝原
の方が,気分爽快で,朝飯前の気になるし,また,「向かっぱら」は,
向腹
よりは,
向原
の方が,なんとなく,とめどなく広がって,腹立ちが,根拠なく,雲散霧消していく感じで,いいのだが。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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手古の人,
という言い回しがあって,よく分からなかった。辞書を引いてもわからない。ところが,ネットで,
手古
を引くと,
手古摺る
と出ている。てこずるとは,
処置に困る,
とか
もてあます,
とか
閉口する,
という意味だ。それならよくわかる。それを,『広辞苑』で引くと,
梃摺る
と当てている。そして,こう言う説明がある。
「安永1772〜1781頃から始まった流行語」
語源には,諸説ある。
「テコ(梃子)+スル(摺る)」で,対象が大きすぎたり,重すぎたりして,支点が取りにくく,扱い兼ねる,
「テコ(梃子)+ズレルの意のズル」で,梃子の視点がずれて扱い兼ねる,
手助けをする者のことを「てこ(手子)」といい,手伝いの手を煩わせること,
手の甲を摩るという意味,
等々。いずれにしろ,
手子は,梃子とも当てる。
「手助けをする者。鍛工・土工・石工などの下回りの仕事をする者。てこの衆」
という意味で,「梃の衆」あるいは「手子の衆」は,
梃を使って働く人々,土工,石工など,下働きの人。手子,梃の者。
である。たぶん,岡本綺堂は,『半七捕物帳』で,その「手子」の意味で,「手古」を当てて,「手古の人」と使ったのだろう。しかし,
手子
に,梃子とも,梃とも当てているところから考えると,「手子」は,梃子の意味からの流用の可能性が疑われる。「梃の衆」が,梃を使う人であったことが効いているようだ。
手古
の字では,
手古舞
というのがある。「梃舞」の当て字,とある。ここでも,「梃」である。『広辞苑』には,
「江戸時代の祭礼の余興に出た舞。もとは氏子の娘が扮したが,後には芸妓が,男髷に右肌脱ぎで,伊勢袴・手甲・脚絆・足袋・草鞋を着け,花笠を背に掛け,鉄棒を左に突き,右に牡丹の花を描いた黒骨の扇を持って,あおぎながら木遣を歌って神輿の先駆けをする,」
とある。しかし,本来は,手古舞は,
山王祭や神田祭を中心とした江戸の祭礼において,山車を警護した鳶職のこと,
といい,もとは「てこまえ」といった。現在は,この「てこまえ」の姿を真似た衣装を着て祭礼その他の催し物で練り歩く女性たちのことをいうようになった。「てこまえ」とは,
梃子前,
と書き,
木遣りのとき、梃子を使って木石などの運搬を円滑にする役
を指す。言うまでもなく,木遣りとは,
1202年(建仁2年)に栄西上人が重いものを引き揚げる時に掛けさせた掛け声が起こりだとされる,
掛け声であり,それがが歌に変化し,江戸鳶がだんだん数を増やした江戸風を広めていった。今日,これが残っているらしい。
ここでも,「梃子」が生きている。ここでは,手伝い,という意味だろう。かつては,鳶や大工は,町内で何かあれば,必ず手伝いをしたものだ。だから,
てこずる
も,
手古摺る
手子摺る
梃摺る
と当てる。因みに,『大言海』は,「梃子擦る」を当て,
「梃の利かぬ意かと言う」
とある。かつては,結構当て字を平気でしていたので,元来が何であったのかが分かりにくくなっているが,
梃子でも動かない,
という言い方もあるから,本来,梃子から来たのに違いない。ま,
手伝いの手を煩わせる,
という意味である。手古舞(梃前)も,梃子も,お手古も,手伝いという意味では,人手を借りなくてはならない,という意味で,共通する。
それにしても,漢字は,よく意味を示す。「梃」の字は,
「木+廷」で,まっすぐ伸びた棒。「壬」は,人が真っ直ぐ立つ姿。その伸びた臑のところを一印で示した指事文字。似ているが「壬(じん)」とは別字。「廷」は,それに「廴(のばす)」を加えた字で,まっすぐな平面が延びた庭。
梃子,
つまり重いものを手でこじ上げるのに用いる棒である。日本語の「てこ」は,
「手+こじる」
つまり,テコジが約されて,テコとなった。漢字を借りただけである。その意味で,梃の比喩,
何かの目的のための手段,
という意味が,いろいろ広くつかわれた結果と考えれば,言葉は,なかなか奥が深い。
因みに,「てんてこまい」も,「天手古舞」と当て,語源は,
「テン(太鼓の擬音,てんつくてん)+テコマエ(梃前)」
で,
「木遣に梃を用いて運びやすくする人,祭礼で神輿の先頭に立って歩くもののこと,この梃前の「前(ヒト)」が転じて「舞」になり,忙しくて落ち着いていられない意となった」
とあるので,無縁ではない(もっとも異説もあり,「てんてこ」は,祭囃子や里神楽で用いる小太鼓のことで,その音に合わせてあわただしく舞う姿から「てんてこまい」と呼ばれたとしている)。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
http://gogen-allguide.com/te/tentekomai.html
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ひとりぼっちは,
ひとりぽっち,
とも言うが,
ひとり(独り,一人)+法師
つまり,
ひとりぼうし,
の訛ったもので,本来,
独法師
とあてる,という。で,
一人住みの法師,
から,
世間から取り残されてただ一人でいること,
という意味に転じた。法師は,
ほうし,
と読むが,法は,呉音ホフで,
ホフシ
とするのが正しいとある。で,
仏法に精通して人の師となる者。また僧の通称,
とある(『古語辞典』)。また,独法師は,
宗派・教団に属さなかったり,世俗を離脱した僧侶の境遇を称した,
とも言われるから,「ひとり」ということが強調されると,
ひとりで,
とか
ひとりだけで,
という感じになる。ぼっちは,
ぽち
の促音化したもの,とあり,
ぽっち
に同じとして,
指示代名詞や数量をあらわす名詞に付けて,「わずか〜だけ」の意味になる。たとえば,
百円ぽっち,
というように。「ぽち」には,それに,
不足の気持ちを表す,
ともあるから,「たったこれっぽっち」という言い方には,その多寡の少なさを,言っている。
その意味では,まあ,多くは,
独法師
が,
ひとりほうし,
↓
ひとりぼっち,
と訛ったものとしているが,僕には,
(たった)ひとりぽっち(で),
という孤独な感じから,
ひとりぼっち,
となったと考えた方が,妥当のような気がする。で,
独法師
という文字を後から当てたのではないか,と勘繰りたくなる。
しかし,法師には,『広辞苑』も『大言海』も『古語辞典』も,
男の幼児,
という意味が載っている。昔男の児は頭髪を剃ったからと言う。だから,
ぼう,
とも読んだとある。(いまはどうか知らないが,かつては)確かに,男の子を,「ぼうず」とか「ぼう」と読んだ。『大言海』には,
昔男の子は,頭髪を剃れり,
と説明の後,
ぽっち,
ぽんち,
とある。ぽっちは,
坊稚
と当てて,法師の転,とあり,「ぽんち」は,やはり,
坊稚,
と当てて,法師の転で,法師の意味の,
男の子
を意味させている。つまり,ここからは,
一人でいる男の子,
という意味が浮かんでくる。その場合,法師は,僧のことではなく,
男の子,
を指し(そう言えば,自分の息子のことを「うちの坊主」という言い方もする),そういう意味で,独法師は,
一人でいる男の子,
を指し,その転じたもの,ということになる。だから,文字通り,「独法師」の転じたことには変わりはない,か。
と考えてきて,ふと思い出したが,例の,
だいだらぼっち,
のことである。柳田國男が,
別名,ダイダラボッチは「大人(おおひと)」を意味する「大太郎」に法師を付加した「大太郎法師」で、一寸法師の反対の意味である,
としている。この場合,「ぼっち」は,「法師」である。
だいらんぼう,
でいらんぼう,
デエダラボッチ,
デイラボッチャ,
タイタンボウ,
大太郎坊,
の「坊」に意味があるのではないか。『広辞苑』には,区画(「坊」は,「土+方」で,堤防の防と同じで,堤や壁で後に,四角く区切った街路の意,)や僧侶,男の幼児の意味の他に,
有る語に沿えて,親しみまたは嘲りの気持ちを込めて「〜な人」「〜する人」の意を表す語,
とあり,
風来坊,
けちん坊,
朝寝坊,
の使い方がある。「だいだら法師(ぼっち)」の「坊」は,それだろう。とすると,ぽっちには,
ひとり,
という意味と,
たったひとりぽっち,
という孤独感と,ひょっとすると,
嘲り,
の(「やぁい,ひとりぼっち」といった)ニュアンスがこもっていることになる。
参考文献;
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)辞典
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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目利きとは,スキルの
メタ・ポジション
なのだと思う。
「
スキル」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB)については触れた。カッツの管理技能の三つの基本的技能に,
テクニカル・スキル(techical Skill),
ヒューマン・スキル(human Skill),
コンセプチュアル・スキル(Concrptual Skill)
があるが,カッツは,
テクニカル・スキルはとは各職能分野における仕事の方法,手続等に関する知識・技能である。
ヒューマン・スキルとは,集団メンバーと上手に相互作用し,チーム・ワークを盛り立てていく技能である。上役,同僚とうまく接し,部下を上手に使い,組織の能率をたかめる,いわゆるヒューマン・リレーションの技能のようなものである。
コンセプチュアル・スキルとは,ものごとの全体的な関係を洞察し,論理的な思考を働かせ,創造性を発揮していく。
とそれぞれを説明するが,
https://img.jinjibu.jp/updir/kiji/YWK12-1023-management_skill0101.gif
と図示されるように,上位に行けばいくほど,テクニカル・スキルは,ウエイトが小さくなる。自分で操作したり,実施するというよりは,管理に回るからだ。その場合,とりわけ必要なのは,
目利き,
ではなかろうか。丸投げや放任でない限り,本当にできているかどうかを,見抜けなくてはならない。だから,
コンセプチュアル・スキル
のウエイトが高まる。佐野勝男氏等の定義では,コンセプチュアル・スキルは,
「ものごとの全体的な関係を洞察し,論理的な思考を働かせ,創造性を発揮」
なのであって,これも前に書いたが,
「ものごとの全体的な関係を洞察」
が鍵になる,と思う。これを,
目利き力
とか
俯瞰力
と呼ぶべきものだ。その視野によって,そのことの,その出来事の,そのものの,
意味づけができる,
ことでなくてはならない。これこそが,と上位者に求められる。
目利きとは,
目+きき(試して調べる,意のキクの連用形)
で,良否を見分けることを言う。キクは,
「耳にもっとも強く響く音(キン・キ)+く」の耳に強く作用する意,
と,
「キ(生きる力)+ク」で,キを活用して現象を強く認識する意,
の二説がある。本来は,
刀剣,書画,器物などの真偽,好悪を見分けること,またはその人,
という意味になる(『大言海』)。
「聞き」は,
感覚で音弥声を感じ取る,
が元の意味で,
味を試す,
の聞き酒の聞くや,
効果がある,
の利くは,後の転用。要は,
鑑識眼
審美眼
具眼の士
見巧者
ということになる。ここからは,まったくの想像だが,対象をきちんと聞き分けるとき,
見立て
や
準える,
のと似た思考方法を取っているのではないか。何かになぞらえるとき,全体の類似性もあるが,AとBを比較し,それぞれの下にツリー状にぶら下がる下位概念,まあ特徴を対比している。真贋でも真偽でも,対比する時,AとB,それぞれの下にツリー状にぶら下がる特徴というか,あるべき印というか,具わるべき要因,を比較しているはずである。その意味では,自分の中にある,
対比するものの引き出し
と同時に,
つりーの下にぶら下がる特徴(要因)の,更に下(の下の下の…)にぶら下げられる微細に渡る特徴,
が多いほど,比較対象の細部を見ていくことになる。その意味では,ものを見るポジションが,
大まかな全体像から,
微細な細部にわたるまで,
遠近自在にできることが,
メタ・ポジション
と一言で言いながら,目利きの力の奥行なのだろう。それは,知識ではなく,
Knowing how
の
Knowing that
を幅広く,奥行深く持っていなくてはならない。そういう目利きは,市井に密かにいる。
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やまは,
山
だが,
山を掛ける,
とか
山を張る,
とか
山を当てる,
とか
山勘,
という言い方の「山」は,どこからきているのだろう,直感では,
山勘
の山が,山師から来ているのではないか。山師は,
鉱山師の略,
とある(『大言海』)。つまり,
鉱物の鉱脈を探っている人,
となるが,山事,つまり,
投機的または冒険的な事業,
をしている人から来ているのだろうか。
山勘,
は,あてずっぽうという意味だが,語源には諸説があって,
例の山本勘助から来ている,という説,
山を掛けた,勘,という説,
山師の勘,という説,
と,(山本勘助説は,山を張るが使われ出した近世以降とは時代が合わないので)どうも堂々巡りする。そのそも「やま」というのは,
野や里に対して,人の住まない所,
という意味で,語源的にははっきりせず,
「ヤマの二音節を分析せず,一語其のものとしてみる」
として,
高くそびえ,盛り上がったところがやま,
である。
神が降下し,また神が領有する神聖な地として信仰の対象,
とされ,近畿では,都を守る山として,比叡山を指す。よく,山車や山鋒を,
やま,
といったりするのは,そこから来ている。「やま」の意味は,
平地より高く隆起した地塊。通例,丘より高いもの,
を言う。で,山になぞらえて,
うず高く盛ったもの,
や物事の絶頂,
といった用例の他に,
(山師の仕事のように)万一の幸を願ってすること,
というのがある。「やま」のもつそういう意味は,
鉱山師が,やま(鉱山)を賭ける,
という意味から派生したとみるのが順当なのだろう。いまや,山師は,
ペテン師,
とほぼ同義になっている。
やま
自体は,本来神聖なもので,山そのものがご神体と考えてきたのだから,ある意味,そういう信仰心の薄れたところから,山自体が,投機の対象に堕した時期以降に,「山勘」の「やま」の意味が生まれたのだろう。
かつては,
山上がり,
という言葉があり,野辺の喪屋に忌籠りする意味の,「山」であった。いまや,たとえば,
山出し,
は,
山から材木・薪・炭などを運び出すこと。またその運び出したものや運び出す人足
田舎の出身であること。田舎から出てきたままで洗練されていないようす。
という意味だが,本来は,「やまいだし」で,
山から運び出す,
という意味である。後者の田舎者は,江戸時代以降である。戦国期を抜けて,山は,いつの間にか,金儲けの対象であり,山は,それにつれて,意味が蔑視に変っていくように見える。
宝の山
や
ごみの山
や
借金の山
となり,
山分け
の山に成って行く。山勘は,あるいは,鉱山師の目利きを意味したのかもしれない。しかし,山のイメージが変るにつれて,いかがわしい意味に堕していった,そんなことを想像してみる。
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「たちまち」は,
忽ち
と当てるが,辞書(『広辞苑』)には,
一説に,原義は「立ち待ち」,立って待っているうちにの意,
と,注記し,
にわか,
急に,
すぐ,
という意味を並べる。別の辞書(『大辞林』)は,やはり,
「立ち待ち」の意からか,
と,断って,
非常に短い時間のうちに動作が行われるさま。すぐ。即刻。
思いがけなく、ある事態が発生するさま。にわかに。急に。
(多く「たちまちに」の形で)現に。確かに。まさに。
という意味を並べる。古語辞典では,
「立ち待ち」の意。立ったままで事の成るのを待つ意から,ごく短い時間を表す,
とある。語源的にも,
「立ち+待ち」
で,立ったまま待つうちに,その姿勢で待つうちに,
の意味とする。じつは,この「たちまち」に行き着いたのは,
月の名前,
を調べていて,
満月が十五夜(望月)で,
十六夜の月が,不知夜月(いざよいづき),
十七夜の月が,立待月(たちまちづき),
十八夜の月が,居待月(いまちづき),
十九夜の月が,寝待月(ねまちづき),
二十夜の月が,更待月(ふけまちづき),
と,だんだん月の出が遅くなり,立って待っているうちに,次に坐り,いずれにしても横になって待たないとならないくらい月の出は遅くなり,ついには,夜更けに昇る,という次第。
立ち待ちは,
立ったまま待つ,
あるいは,
其のときになるまで眠らずにいる(『大言海』)
という意味だが,
立待月,
の略でもある。「立待月」は,
「立ち+待ち+月」
で,立って待っているとほどなく出てくる月,を指す。
なんとなく,「立待月」から,「たちまち」が出たと思いたいが,そもそも,
観月,
つまり月見の慣習は,中国に由来する。とすると,それの前後,
十三夜の十三夜月(じゅうさんやづき),
十四夜の小望月(こもちづき),
から,二十日まで,こまかく指折り数えていくのは,日本的だ。「立ち待ち」をそれに当てただけだろう。まあ,
立って待っている間に出る,
という,時間間隔なのだろう。現代人の感覚だと,だんだん,満月に向かって,月の出が遅くなり,立ち待ちどころか,イライラしてしまうが,その待つ間を楽しむ,という感覚だったに違いない。
因みに,「忽」の字の「勿」(ブツ)は,
吹き流しがゆらゆらとして,はっきり見えないさま,
を描いた象形文字。「忽」は,「心」を加えて,
心がそこに存在せず,はっきりしないまま見過ごしていること,
という。これだと,「たちまち」というより「うっかり」「ぼんやり」の気がするが,意味を見ると,
いつの間にか,
うっかりしている間に,
という意味。つまりは,一瞬気がそれ,ぼっとして,また元へ戻ってきた感じであろうか。我に返ってみれば,
ほんののつかの間,
である。裏返せば,
たちまち,
か。
乱は忽ちにする所より生ず,
という。主観的には,たちまちだが,うっかり,ぼんやりは,放心の時間である。「忽」(こつ)はまた,単位でもある。
10-5(10万分の1),糸の1/10,微の10倍に当たる,
微(わずか)の十倍である。因みに,須臾は,
10-15(1000兆分の1)
だそうだ。
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「いわれ」と「いわく」は似た意味である。
「いわれ」は
謂れ,
と当てる。「言われ」とも当てるが,
(動詞「い(言)う」の未然形+受身の助動詞「る」の連用形から)物事が起こったわけ,言われていること,来歴,理由,由緒,
という意味になる。「言う」を当てているが,本来は,「謂う」らしい。この違いは,
「
曰く」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%8F)については触れたので,多少重複するが,
「謂う」の「謂」は,「言+胃」で,「胃」は,
「まるい胃袋のなかに食べたものが点々とは言っているさま+肉」
で,「まるい胃袋」をさし,「言」を加えて,
口をまるくあけでものをいう
という意味になる。特に,人に対して言うのを指す。あるいは,その人を評するのにも使う。で,何かをめぐってものを言う時に使う。
「言」は,「辛(切れ目をつける刃物)+口」で,
はっきり角目をつけて発音すること,
をいう。
「曰」は,「口+乚印」で,
口の中から言葉が出てくることをしめす,
という。「謂」「話」と同系統で,口を丸く開けて言葉を出す意で,漢字を組み立てる際には,「曰」印は,言うという意に限らず,広く人間の行動を示す音符として使われる,とある。
「曰」が一番広い意味なのかもしれない。僕は,
曰く因縁
と思ってきたが,どうも,
謂れ因縁,
とも辞書(『広辞苑』)にはある。
語源的には,「いわれ」は,
「言は+る(受身)」の名詞形,
とある。「いわく」は,
「イハ(言ふの未然形)+ク(名詞化の接尾語)」で,
(〜と)言うことには,の意が転じて,理由,事情を意味するようになった,とある。
曰くと謂れは,差がないようだが,あくまで憶測だが,
謂れ,
は,受身なので,伝聞というか,そのように言われてきた,というニュアンスがある。それは,主体の語りではなく,周囲に語られてきたこと,という感じである。
曰く,
は,未然形なので,
「まだそうではない」という意味であり,「そうしようとする」「そうなるだろう」
の意味が含まれていたのではないか。『孟子』の,「浩然の気」を問われての,
いわく言い難し,
がそれをよく表している。「言葉で言い表しようがない」という意味である。「曰く」の意味を見ると,
言うことには,
言うには,
という意味が,わけや,仔細という意味の他にある。
いわく因縁,
いわくつき,
というとき,
「ものごととの背後にある由来やいきさつ」
「何か特別の事情(前科や犯歴等々)のあること」
は,まだ「謂れ」にはなっていない。ここで,それを語り手が,言わないかぎり誰も知らない理由,ということである。それをこれから話すことで,「謂れ」になっていく。その意味で言えば,
謂れ,
と
曰く,
とは,まったく別のものではないか。とすると,一見,
謂れ因縁(物事の背後にある由来やいきさつ)
と
曰く因縁(物事の起こった由来)
と書くと,同じように見えて,まったく違うことになる。そうなると,
「謂われもなく」
は,何となくだが,その謂われのなさの意味がもう少し深まる気がする。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「をかし」を調べていて,『大言海』の,
わらふ,
にであったので,「わらふ」にからめて,少し調べてみた。「をかし」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E3%82%92%E3%81%8B%E3%81%97)については触れた。『大言海』の「わらふ」の項には,その漢字が,
笑・嗤・咲・哂・哄・莞・粲・噱・咍,
と挙げてあり,「わらふ」の意味を挙げる前に,まず,こういう説明がある。
「顔の散(わら)くる意という。笑は,おかしき也。嗤はわらいぐさにする也。咲は,笑の古字。哂は,わっとわらう。哄は,どっとわらう。莞は,ほほえみわらう。粲は,歯を出してわらう。噱は,ふきだしてわらう。咍は,あざけりわらう。」
と,その後に,
喜び楽しみて声をたつ。笑むあまりに声を出す
ほころぶ,咲く,ひらく。
と,「わらふ」の意味が来る。因みに,「散くる」は,『大言海』に,「わらく」は,
(散[ハラ]に通ず)乱れ散る。はららく。ほろろぐ。
とある。顔が(笑い)崩れる,さまを言っているらしい。「はらはら」「はらめき」の「はら」に通じるのかも。それにしても,『大言海』は,『古語辞典』よりはるかに,奥行のある説明になっている。
つくづく思うのだが,『大言海』の発刊当時(昭和五年)には,この漢字がまだ生きていた,ということなのだろう。つまり,「わらい」を表現する漢字の奥行があった。いま,「わらい」で引いても,「笑・嗤・咲・嗤」ではないか。それだけ,漢字によって,その笑いの意味が細かく伝えられた,ということだ。それをすべてが読めたかどうかは知らない。しかし,お上が定めた当用漢字以降,言語表現が浅くなった気がしないでもない。それは,新聞雑誌からルビの消えたときではないか。たぶん,愚民政策というより,(政治家や官僚が)おのれの使えない漢字を制限する,という自分の鏡を写した政策だったのではないか,と勘繰りたくなる。漢字のルビがあれば,誰も困らなかったのだから。
閑話休題。
「笑ふ」の語源は,
「ワラ(割・破る)+ふ(継続)」
で,顔の表情が割れ,それの継続・反復する状態をいう,らしい。
「顔の表情が割れ続ける,がワラフ」状態,
というわけである。
漢字の「笑」の,
「竹」は,タケの枝二本を描いたもの。周囲を囲むという意味が含まれる。
「夭」は,細くてしなやかなさま。人間のしなやかな姿を描いた象形文字。
で,「竹+夭(ほそい)」は,細い竹のこと。正字は,「口+笑」で,口を細くすぼめて,ほほとわらうこと。それを,日本では,「鳥鳴き花笑う」という慣用句から,花がさくの意に転用された,という。
そのせいか,日本語の「笑う」には,
口を開けて,喜びの声を立てる。喜び・うれしさ・おかしさ・照れくささなどの気持ちから,顔の表情をくずす。
(「嗤う」とも書く)あざけりばかにする。嘲笑する。
(「笑ってしまう」「笑っちゃう」の形で)あまりひどくて、相手にするのもばかばかしいほどである。
(比喩的に)花のつぼみが開く。また、果物が熟して皮が裂けること,また縫い目のほころびること。
(俳句などの文学的表現に)春になって,芽が出たり花が咲いたりして,明るいようすになる。
(膝が笑うというように)力が入らず機能しなくなる。ゆるんだりほどけたりする。
等々,結構多様な使い方になる。笑うことが楽しく,嬉しいことだけではなく,わらうしかないさまも,比喩的に使っている。
「笑い」の機能については,
(当惑や驚き,不安,悲しみを喚起する刺激に対する反応であることもあるが)多くは,くすぐり等々の触覚刺激をはじめとして,言葉や視聴覚の刺激に対するもので,緊張の解消や快い感情,ユーモア体験にともなう,人間に特有の身体反応,特に顔面を中心とした表出行動,
と定義されたりする。笑いの対人関係効果にもつ親和力は,
新生児微笑
と呼ばれるもののもつ効果で十分発揮されている。この生得的行動に対して,ほとんど養育者は高い確率でポジティブな応答を返す。この相互作用は,強い伝達力を持っている。笑顔に怒る人は,まずいない。
笑いは,クスグリへの反応を除くと,
うれしさの笑い
言葉の役割をする笑い
可笑しさの笑い
にわけられる,という。そう考えると,
笑い
と
微笑み(笑み)
は違うのかもしれない。因みに,「ほほえみ」は,
「ホホ(頬)+えむ(笑む)」
で,頬の筋肉がゆるみ,にこにこする意味である。「えむ」は,
「エム(口が開きはじめる,さける)」
で,にこにこする,を意味する。「にこにこ」は,擬態語で,そこから「にこやか」が出ている。『大言海』「ほほゑむ」の説明が面白い。
「含(ほほ)み笑むの意ならむ。或いは云う,頬笑むの義,頬に其の気色の顕るる意,と。」
こう説明されると,
忍びて少し笑う,にっこり笑う。
花少し開く。咲きそむ。わころぶ。
という意味がよく伝わる。「ゑむ」には,
「口をひらかんとする義,ゑらぐ(歓喜)に通ず,
とある。微笑みのもつ言語代替行為は,言葉以上に「行為の互恵性」を引き出す。しかし,それ以上の効果があるらしい。
「ヒトは表情豊かな生物です。表情を作るための顔面筋が,ほかの動物たちに比べ,はるかに発達しています。バラエティ豊かな表情は他者とのコミュニケーションに役立つのはもちろんですが,…表情を作る本人にも影響を与えます。」
それを,
顔面フィードバック
と呼ぶ。
「恐怖への準備は,恐怖の感情そのものではなく,恐怖の表情を作ることによってスイッチが入る」
らしい。つまり,笑顔を作ることによって,ほのぼのとした気分,楽しい気分にスイッチがはいる,と。あるいは,微笑むことで,自分の(相手への)好意に,自分で気づく,というように。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
池谷裕二『脳には妙なクセがある』(扶桑社)
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おかしい
を『広辞苑』でひくと,
「をかし」として,
ヲ(招く)の形容詞形で,心惹かれ招きよせたい気がする意か,
とある。そして,大別,
@(「可笑しい」とも当てる)笑いを誘われるようなさま
A物事を観照と評価する気持ちで,「あはれ」が感傷性を含むのに対してより客観的に賞美する感情
に分けている。@の方は,
滑稽である,変だ・いぶかしい,変だ・変わっている,粗末である,
といった意味であり,Aの方は,
心惹かれる気がする,面白い・興味がある,趣きがある・風情がある,かわいらしく愛すべきである,優れている,
といった意味になる。
語源を見ると,
古代語「ヲク(招・呼)」+シ(形容詞化)
で,思わず笑みがこぼれる心的状態になることをいう,とある。「平安時代の造語」とあり,
知的感動がある,
趣きがある,
という意味になる。
『古語辞典』をひくと,
「動詞ヲキ(招)の形容詞形。好意をもって招きよせたい気がするの意。ヲキ(招)・ヲカシの関係は,ユキ(行)・ユカシ,ヨリ(寄)・ヨラシ(宜,ヨロシとも)ナゲキ(歎)・ナゲカシの類。ヲカシをヲコ(愚)の形容詞化と見る説もあるが,平安中期以前のヲカシの数多くの例には,ヲコ(愚)のもつ道化て馬鹿馬鹿しく,あきれて嫌に思う気持ちの例はなく,むしろ好意的に興味をもって迎えたい気持ちで使うものが多い」
とある。結局辞典も編者の考え方ひとつで,こう偏りが出るものに違いはなく,この説によれば,「平安時代の造語」ではなく,そういう意味で使われるようになった,というのが近いのではないか,ということになる。
招きよせたい,
とは,主題側の心を見れば,
惹かれる,
ということになる。「惹かれる」のが,
趣きや風情
なのか,
その面白さ
なのか,
で意味がわかれる。
「あはれ」の対象に入り込むのとは異なり,対象を知的・批評的に観察し,鋭い感覚で対象をとらえることによって起こる情趣,
と説明されると,メタ・ポジションからの視点と聞こえる。それは,まさに,「面白い」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84)の変化と似ている。「面白い」も滑稽さではなく,知的な面白さも含めていたと考えれば,面白いが滑稽の方にシフトしたように,「をかし」が「可笑し」にシフトしても別に驚かない。
平安時代,「もののあはれ」と対置的につかわれ(はじめ)た,「をかし」は,
「『もののあはれ』がしみじみとした情緒美を表すのに対し,『をかし』は明るい知性的な美と位置づけられ,景物を感覚的に捉え,主知的・客観的に表現する傾向を持ち,それゆえに鑑賞・批評の言葉として用いられた」
とされ,それが,
室町時代以降,滑稽味を帯びているという意味に変化した。世阿弥の使い方では,狂言の滑稽な様を「をかし」と呼んだそうだから,清少納言が「をかし」と使ったのとは,すでに,かなり変化したことになる。でも,まだ,そこには,
「品」
が残っていたのではないか。江戸時代の滑稽本でいう「をかし」とは,少し違うだろう。
ちょっと面白いのは,『大言海』が,また,特別な項目立てをしていて,
をかし(可笑)
と
をかし(可笑・可咲)
と
をかし(可愛)
とに分けていることだ。意味が変わったのだとしたら,確かに,これが正しい。
「可笑」は,こう説明する。
をかしきこと。滑稽なること。笑うべきこと。
「可笑・可咲」は,こう説明する。
(痴愚と通ず)をこなり。痴なるがごとく見えて笑うべし(笑うにも,嘲笑,鑑賞,侮弄の三つあり)。いぶかし。
「可愛」は,こう説明する。
物を愛ずる時は自ら笑まるるより転じて,愛ずべし,賞すべし,褒むべし,おもしろし。
それにつけてある注が,
かなしに,憂し,面白しの二義あるがごとく,咲,笑の字に,喜楽と侮弄との二義あり,わらうもまた二義を兼ねたり,
とある。なかなか含意が深い。
当たり前のことだが,辞書の編者も,知力を尽くしている。ひょっとすると,辞書を読み比べると,こんな,意味,解釈の奥行の差が出てくるのではないか。これこそがまさに,
をかし,
である。因みに,『大言海』の「わらふ」の項が面白い。
「わらふ」(笑・嗤・咲・嗤・莞・粲・噱・咍)
として,それぞれの漢字で,わらい分けてみせている。これについては,別途書いてみたくなった。
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いまどき,
とんだ孫右衛門。
で意味の分かる人は,それほど多くはいまい。
「喩」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba1.htm#%E5%96%A9)で,泥道で難儀するのを,
粟津の木曾殿,
という喩を使った話をしたが,明治・大正期の人たちは(というか僕が無知なだけだが),総じて,この喩が,半端ではない。たとえば,岡本綺堂『半七捕物帳』の「張子の虎」に,
「尻を端折はしょって番傘をさげて、半七は暗い往来をたどってゆくと、神明前の大通りで足駄の鼻緒をふみ切った。舌打ちをしながら見まわすと、五、六軒さきに大岩おおいわという駕籠屋の行燈がぼんやりと点っていた。ふだんから顔馴染であるので、かれは片足を曳き摺りながらはいった。
『やあ。親分。いい塩梅あんばいにあがりそうですね』と、店口で草履の緒を結んでいる若い男が挨拶した。『どうしなすった。鼻緒が切れましたかえ』
『とんだ孫右衛門よ』と、半七は笑った。『すべって転ばねえのがお仕合わせだ。なんでもいいから、切れっ端ぱしか麻をすこしくんねえか』」
これで一定の読者には通じるのである。これは,歌舞伎の『恋飛脚大和往来』,人形浄瑠璃『けいせい恋飛脚』を歌舞伎に脚色したものだが,そこで,通称『梅川忠兵衛』と言われるものからきている。
大坂の飛脚屋亀屋に養子に出した忠兵衛の,実父孫右衛門が,「新口村の場」で,
大坂の飛脚屋亀屋に養子に出した忠兵衛の実父,大和国新口村の百姓孫右衛門が,「新口村の場」で,遊女梅川と逃げてきた忠兵衛が,知り合いの百姓の久六家で,(忠兵衛が店の金を横領して逃げている事は村中に知れ渡っており,庄屋に呼ばれた)忠兵衛の見知った顔が集まるため,ぞろぞろと道を行くのが見える。その最後に孫右衛門が見え,孫右衛門に会うことが叶わぬ忠兵衛と梅川は,遠くから孫右衛門に手を合わせる。すると孫右衛門が凍った道に足をとられ,そ下駄の鼻緒も切れて転んでしまう。忠兵衛は飛び出して助けたいと思っても出て行くことができない。代わって梅川が慌てて走り出て,孫右衛門を抱え起こして泥水のついた裾を絞るなどして介抱する。
と言う見せ場である。その,孫右衛門が転んで鼻緒が切れたことになぞらえて,言っている。しかも,半七は,
「転ばねえのがお仕合わせだ」
と,芝居にかこつけて,もう一つ念押ししている。この喩えの奥行が,すごいと,つくづく思う。
もうひとつ,同じ『半七捕物帳』「お照の父」に,
「そら、向島で河童かっぱと蛇の捕物の話。あれをきょう是非うかがいたいんです」
「河童……。ああ、なるほど。あなたはどうも覚えがいい。あれはもう去年のことでしたろう。しかも去年の桜どき――とんだ保名の物狂いですね。なにしろ、そう強情におぼえていられちゃあ、とてもかなわない。
というくだりがある。「とんだ保名の物狂い」の「保名の物狂い」も,似たものである。いわゆる,
葛の葉,
である。葛の葉は伝説上のキツネ,葛の葉狐、信太妻、信田妻とも言う。葛の葉を主人公とする人形浄瑠璃および歌舞伎の『蘆屋道満大内鑑』(あしやどうまんおおうち
かがみ)も通称「葛の葉」として知られる中に出てくる。
「安倍保名(やすな)の恋人・榊の前が,無実の罪を着せられ,身の潔白を証明 するために,保名の目の前で自害する。そのショックで保名は気がふれ,今春の
野辺をさまよっているのです。そこで死んだ姫とそっくりな葛の葉に
逢う。いつしか二人は恋仲となり、結婚して童子丸という子供をもうける。童子丸が5歳のとき、葛の葉の正体が白狐であることが知れてしまう。次の一首を残して、葛の葉は信太の森へと帰ってゆく。
恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
この童子丸が、陰陽師として知られるのちの安倍晴明である。」
というようなわけで,「物狂いの」部分だけ独立して所作(踊り)となったのが,『保名』らしいので,あるいはこちらを指しているのかもしれない。いまは,歌舞伎は「子別れ」が中心らしい。
もうひとつは,「槍突き」で,
「『だが、槍突きはその猟師に相違ねえと思う。俺がこの間の晩、柳原の堤どてで突かれそくなった時に、そいつの槍の柄をちょいと掴んだが、その手触りがほんとうの樫じゃあねえ。たしかに竹のように思った。してみると、槍突きは本身の槍で無しに、竹槍を持ち出して来るんだ。十段目の光秀じゃあるめえし、侍が竹槍を持ち出す筈がねえ。』」
と出る,「十段目の光秀」だ。これは,この話が,竹槍による,いまで言う通り魔事件なので,多分想像がつくが,明智光秀が,山崎の合戦で敗北し,勝竜寺城から坂本城へ落ちのびる途中,小栗栖で落人狩の竹槍に刺されたことを指している,ということは,一応の推測できる。しかし調べれば,
絵本太功記・尼崎閑居の場
が十段目である。史実と歌舞伎は全く変わっているので,そこでは,
「尼となった皐月(光秀の母)の住む竹藪の庵室,皐月と操(十次郎の母)は出陣する孫の十次郎のために,許嫁の初菊と結婚式をあげさせ、祝言と初陣の杯を交わします。
十次郎が出陣していくと、光秀が旅の僧に化けた久吉(秀吉のあたる)を追って登場します。光秀は隠れているはずの久吉を槍で一突きしますが,意外にもその槍にかかったのは母の皐月でした。皐月は苦しい息の下で、主君を討った光秀を諫めます。」
といった筋になっているらしいので,「十段目の光秀」というのは,一揆に刺される光秀のことではなく,光秀が誤って母を刺したことになぞらえているらしいのである。
最後に,時代の反映かもしれないが,
白鼠,
という表現が使われる。これもよくわからなかったが,主家に忠実な雇用人,まあ番頭を指したらしい。
大黒天に仕えた白鼠,
つまり,大黒天の使いで,それが住む家は繁盛する,大黒鼠といったところから,喩えというか,なぞらえて言うらしい。『古語辞典』には,
大黒天を主人に,奉公人を白鼠にたとえて言う,
と丁寧に説明している。『大言海』には,
商家の番頭の,忠なる者の称。チュウと言うより言えるなるべし,
とあり,不忠なるを,黒鼠と言う,
とある。いやはや,奥が深い。
参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)辞典
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横板に飴,
という言い方を,岡本綺堂がしている。いろんな人が,取り上げているので,いまさらめくが,
立板に水,
という言い方はする。因みに,立板というのは,
立てかけてある板,
という意味の他に,
牛車の車箱の両側をそう称する,
木目を垂直あるいはそれに近く通るように用いた板,要は,縦に木目の通った板,
という意味がある。でもって,「立板に水」とは,
弁舌すらすらとしてよどみのないさま,
とあり,「横板に雨だれ」が対で載っている。横板とは,
木目を横にして用いる板,
後坐(能舞台の正面奥の部分),能舞台で囃子方の座の後,鏡板の前の称,床板が横に張ってあるところからいう,
で,「横板に雨垂れ」は,
つかえながらする下手な弁舌,
つまり,立板に水の逆。そのほかに,
横板に泥,
横板に餅,
という言い方もあるらしい。言ってみると,喩えやすい言い方なので,幾らでも,バリエーションはできる。「立板に水」も,
立板に玉(豆),
という言い方もあるらしい。あるいは,
横板に飴を抛付くるが如き
という言い方もあるようだ。確かに,飴は,つっかえつっかえ落ちるだろう。ま,使いやすい,というか言い替えやすい言い回しには違いない。
立板,の「立」は,「縦」の意で,鍵は,木目にある。本当を言えば,縦に置いても,横に置いても,そんなに変わらないから,
立板に飴,
といってもいいところを,「横板」ということで,木目に逆らうという含意がある。それがわからないと,たぶん,面白さが半減するのかもしれない。
そういえば,昔,編集者の時代,紙を注文するとき,
(紙の)タテ目とヨコ目
ということを意識していたはずだ,ということを思い出した。
「紙はひとつのライン上で製造され,一度巻き取られる。巻き取られたロールの状態では常に紙の目の方向は一定だが,シート状(平判)に紙を切る時に縦横どちらの向きでカットするかによって縦目と横目の違いがでてくる。紙のタテ目は,紙の長い方の辺が紙の目に平行している紙で,A判タテ目はAT,B判タテ目はBTと表示する。紙のヨコ目は,紙の短い方の辺が紙の目に平行している紙で,A判ヨコ目はAY、B判ヨコ目はBYと表示する。」
ということらしい。まあ,その当時,そこまで明確に知っていたわけではないが,ここでも,タテヨコが生きている。。
閑話休題。
しかし,ここで言っているのは,立板,横板は,滑舌のことではなく,喋るスピードのことである。
しかし,思うのだが,どんなに饒舌な人でも,どんなに天才的な詐欺師でも,
不意打ちには,弱い,
あるいは,
初めてのことを話すときは,遅くなる,
らしい。これについては,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/409638012.html
で書いた。だから,通常,
いつも,考えていることを話しているか,
いつも,そのことについて,しゃべり慣れているか,
何回も話したことがあるか,
何度もこう言おう,ああ言おうと,反芻していることか,
等々という以外,その場で,考えながら,喋らざるを得ない状況だと,滑らかにはいかない。だから詐欺師には,
こちらから質問をする,
のが有効だと,言われるのである。
余程頭の回転が速い人でない限り,話すスピードは,意識の流れの1/20〜1/30に遅くなるので,どうしても,ある程度,そのことを言葉に置き換えるのに時間がかかる。心の中から,言葉を紡ぐには,言語に置き換えるためのタイムラグが,コンマ何秒でもあり,
立板に水,
とはいかない。その言語力,というか,語彙が多ければ,速いかと言うと,
かわいい,
やばい,
で済まさず,そのことに的確な言葉を選択しようとするので,逆に,テンポは落ちる。それが当たり前で,だから,話していることが信用できるのである。
口車,
とか
口八丁,
とか
口巧者,
というのは,
立板に水,
とか
一瀉千里,
とはだいぶ違う,と思う。
上へ
喩
とは,
他の例を引いて、ある意味・内容をさとらせる。
たとえば,岡本綺堂や三田村鳶魚あたりのものを読んでいると,喩えが半端ではない。例を挙げると,
置いてけ堀の話の中で,本所で堀を探すのは,
高野山で今道心を尋ねるようなもの,
という言い回しが出る。今道心とは,
仏門に入ったばかりの者,という意味である。喩えは,
言いたいことを,
それに似た,
何か別のことで言う,ということだ。もともと言葉は,現実を丸める。丸めなくては,言語(この場合指示表現)にはならない。だから,ユング派の人は,言葉を覚えると,人は,
宙に浮く夢を見る,
というような言い方をする。現に,僕は,中空の木立の間を(平泳ぎ)泳ぐ夢をよく見た。それは単に泳ぎを覚えたころのことなのかもしれないが,少なくとも,言語化は,体に対して距離を取れなければ,言葉に置き換えられない。メタ・ポジションと言い換えてもいい。匂いを嗅いでいる瞬間と,その匂いを言語化するところとでは,匂いに対する距離が違う。たとえば,堀を探す,と似た距離を,同じ距離のもので,置き換えるとき,
かっぱ橋で柄杓を探す,
と言うか,
高野山で今道心を尋ねる,
というかは,時代背景(同時代の文化的文脈という意味も含めて)もあるが,個々人(読み手)の教養レベル(という文脈),ということもある。それは,泥道で難儀するのを,
粟津の木曾殿,
というレベルになると,その距離感が,よく分かる。言わずと知れた,木曽義仲の,最後の場面のことを喩えている。平家物語には,
「木曾殿はただ一騎、粟津の松原へぞ駆け給ふ。頃は正月二十一日、入相ばかりの事なるに、薄氷は張りたりけり。深田ありとも知らずして、馬をさつとうち入れたれば、馬の頭も見えざりけり。」
とある。同じ表現をするにも,泥道に足を取られた自分を見る目線と同じ距離感のところに,この例文がなければ,こういう喩はでない。
喩は,『大言海』には,
意の述べ尽くしがたき,或いは露わに言い難きを,他の物事を借り比べせて云う。
他事に擬(よそ)へて言う。
とある。
他のことにことよせて,
言うという意味もあるが,ここでは,前者のことを考えている。「他の物事を借りる」ためには,同じ(丸める)水準にあるものでなくてはならない。そして,その言い換えが,相手に伝わらなくてはならないので,(読み手かいし聴き手が)同じ文脈にいることが暗黙の内になくてはならない。
語源的には,「たとえる」は,
「タテ(立て)+トフ(問う)の下一段化」
で,対立物を立てて,問い比べる,という意味で,例を挙げて説明する,準える,という意味になる,とある。しかし,例を挙げるのは,具体例,抽象度の高い「概念」を,具体的例示を上げることで,それは,
例える,
であって,喩えるとは違う。僭越ながら,その認識プロセスが混同されている気がする。『古語辞典』には,「喩へ」について,
甲を直接的には説明しがたい場合に,別のものではあるが性質・状態などに共通点をもつ乙を提示し,甲と対比させることによって,甲の性質・状態などを知らせる意,
として,「なぞらえる」を意味として載せている。しかし,「喩ひ」をみると,
たとえ,例。
とある。あるいは,日本語では,
例示の例える
と,
なぞらえる「喩える」が,
混同されている,ということなのだろうか。たとえて言うと,「例える」は,
ツリー状に,上位の(概念の)下に,下位の具体的例示がぶら下がっている,
ということが言えるが,「喩える」は,
「甲」と「乙」(の概念が)が別々のツリーを構成し,その構成員としてぶら下がっている下位の例が,似ている(と対比できている),
というふうに対比できる。そもそも概念が違うのである。
では,「喩」はどうかと言うと,
「口+兪」で,
「兪」は,中身をくりぬいて作った丸木舟。邪魔な部分を抜き取る意。で,「喩」は,
疑問やしこりを抜き去ること,
とある。で,意味は,
さとす,
さとる,
疑問を解いてはっきりわからせる,
たとえる
例を引いて疑問を解く
たのしむ
が出ている。これを見る限り,「喩」の意味でも,例と喩は混同して使われているようだ。しかし,
「中身をくりぬく」
というのは,喩そのものではないか。
あることをいうのに,その中身を差し替えて言う,
と。その意味で,例だと,
その中身が,具体例を列挙することになる
が,喩だと,
(中身に別の)一つを入れ替える,
というようになる,と考えると,腑に落ちる。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
どうせ,
というのは,貶める口調である。
どうせ,俺なんて,
どうせ,大したことではない,
どうせ,たかが知れている,
どうせやるなら,
どうせ無理,
等々。必ずしも自分だけではないが,結果として,口に出す本人を貶める。だからか,
「『でも』『だって』『どうせ』,この3つのDが成功しない人の口癖です」
とまで酷評される。
意味は,辞書によると(『広辞苑』),
(断定的な気持ちまたは投げやりな気持ちを伴う)どのようにしたところで,いずれにしても,つまりは,所詮,
等々とある。『古語辞典』には載らない。ただ,
どうで,
で載っている(「どうで」は,『広辞苑』にも載る)。
どうしても,どうしたとて,つまり,どうせ,
と,意味が載っている。『大言海』は,両方載っている。「どうせ」は,
いずれにしても,なにせ,なにしろ,つまり,どうで,
という意味で,「どうで」を引くと,
いずれにしても,どうするとも,つまり,どうせ,
と載る。語源がわからないが,「どうで」と「どうでも」が似ている。「どうでも」は,
どうしても,いかにしても,なんとしても,是が非でも,
と,わずか「も」がついただけで,どうでもいいではなく,「どうにかしたい」に変る。
所詮も,同じ意味で使われるが,
詮ずるところ,(理の)つまるところ,押し究めたる,突き詰めたる,つまり,結局,到底,究竟,
という意味だが,原典は,経文で,
人をして,道を明らめしむる(能詮),人に明らめさせらるる(所詮)という語あり,
という。
憶測だが,「とても」は,「到底」から来たのではないか。到底は,
つまるところ,結局,
(後に否定語を伴う)いかにしても,どうしても,とても,
という意味になる。語源は,
「底に到る」
という中国語から来ている。
とても,どうしても,
の意味で使う。
どうせ,とても,どうで,所詮,到底,結局,つまり,
に通底しているのは,「先が見えている」という本人の意識(あるいは思い込み)である。つまり,
「結果の先取り思考であり,まだその時点に達していないにもかかわらず,現時点で,その結果になるであろう状況を先取って受けとめそれに感じとって生きるという発想形式」(竹内整一)
である。
今流のポジティブ思考では,
マイナス面というか,限界に焦点を当てている,
から,「どうせ」をマイナス思考の元凶のように扱う。本当にそうか。
日本人の伝統的な無常観,
に根差しているのではないか。そこにあるのは,
久方のひかりのどけき春の日にしず心なく花の散るらむ
と,嘆いてみせる。しかしその底のしたたかさを見なくてはならない。
「世界全体に占める日本の災害発生割合は,マグニチュード6以上の地震回数20.8%,活火山数7.0%,死者数0.4%,災害被害額18.3%など,世界の0.25%の国土面積に比して,非常に高くなっている。」
しかも,その日本列島に,高い密度で人が住んでいる。そこにあるのは,諦念だけであろうか。
「有るものは無くなり,盛んなものは衰える」
という時間感覚である。それは,
「春はやがて夏の気をもよほし,夏より既に秋は通ひ,秋はすなはち寒くなり,十月は小春の天気,…」
という先取りの,「どうせ」なのだ。「春の日の雪だるま」と喩える。しかし,だから,一日一日を大事にするのであり,好奇心に満ち溢れており,色好みであり,ファッションに敏感なのであり,食に貪欲なのだ。
世はさだめなきこそ,いみじけれ
とは言い得て妙。「どうせ」の先にあるのは,この精神なのではないか。
しかし,日本列島に自己完結した時代ではない。
つぎつぎなりゆく,
うつろひゆく,
のが自然(おのずから然らしめる)であるが,その自己完結から抜け出せなければ,
どうせ
は,その流れに埋没した結果にしかならない。そこからおのれを引っ剥がして(メタ・ポジションから),
身ずからというのもいい,
しかし,「おのずから」のなかに,
「おのおの其処を得」ていく,
のもいい。ただ「移る(移るは,写す,でも,映すでもある)」を眺めているだけではなく,
「おのずから然らしめるもの」
を写し取っていく,ことが必要なのではないか。その辺りは,「おのずからとみずから」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E3%81%8A%E3%81%AE%E3%81%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A8%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%8B%E3%82%89)
で触れた。その意味で,
「どうせ(どうで)」
は,
「どうでも」
に意味を変える。
参考文献;
竹内整一『「おのずから」と「みずから」』(春秋社)
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才能
という言葉には,ついうなだれる。才能は,
才あり,能あること,
才幹
ともいう。と,『大言海』は,にべもない。『広辞苑』は,
才知と能力。ある個人の一定の素質。または訓練によって得られた能力,
とある。語源は,『広辞苑』の言う通り,
「才(才知)+能(能力)」
で,理解して処理する頭と能力の意味。どうも,才能は,音楽,スポーツ,学問などの領域で,
「訓練によって将来優れた能力を発揮すると期待される素質的な能力」
を指して使われているが,心理学的専門用語として確立された概念ではない,と『心理学辞典』では,言っている。
ある場合は,生得的なものとして,
ある場合には,その人とそれを取り巻く環境との相互作用を指し,
ある場合には育成するべき可塑性のあるものを指す,
と様々な意味合いで使われている。
才知,
というと,
物事をうまく行なう,頭の働き,
という意味が強い。どちらかというと,才知と知性では,ちょっと意味が変わるかもしれないが,「知」としては,G・ライルの,
Knowing that(そのことについて知っている)
と
Knowing how(そのやり方を知っている)
という意味合いでいいのではないか。ただ知っているだけではなく,そのことをどうやるかが,わかっていなければ,知っていることにはならない。横井小楠が,学ぶとは,
「書物の上ばかりで物事を会得しょうとしていては,その奴隷になるだけだ。日用の事物の上で心を活用し,どう工夫すれば実現できるのかを考える」
ことだといったのは,そういう意味だ。能力というのは,一般的に言って,
どれほどできるかできないかという力,
のことをいうらしいが,その場合,できるという,その「何」が,が問題になる。ぼくは,アージリスの言った,
コンピタンス
と
アビリティ
の定義を思い出す。コンピタンスとは,
それぞれの人がおかれた状況において,期待される役割を把握して,それを遂行してその期待に応えていける能力,
であり,ある意味,役割期待を自覚して,そのために何をしたらいいかを考え実行していける力であり,その先に,いわゆるコンピテンシーが形成される。つまり,それは,
自分がそこで“何をすべき”かを自覚し,その状況の中で,求められる要請や目的達成への意図を主体的に受け止め,自らの果たすべきことをどうすれば実行できるかを実施して,アウトプットとしての成果につなげていける総合的な実行力,
である。アビリティとは,
英語ができる,文章力がある等々といった個別の単位能力,
を指す。どうも,多く,能力を言うとき,後者を指しているのではあるまいか。それは,Knowing
howでしかなく,やれることの意味と目的がわかっている(Knowing that)のでなければ,知っていることにはならない。
能力=知識(知っている)×技能(できる)×意欲(その気になる)×発想(何とかする)
と(僕が)言うとき,知っているには,Knowing howの(メタ化である)Knowing that を含めている。
たとえば,
「情報処理能力や作動記憶容量といった概念は,どの活動においても,共通に必要とされる情報処理の側面に注目」
したもので,一般に言う,知能に該当する,という説明がある。その場合,自分の中に後天的に蓄えられた,経験と知識であるリソース,
意味記憶,
エピソード記憶,
手続き記憶,
の多寡ではないのではあるまいか。
思うのだが,同じ知識を蓄えても,それをさっさと自己流の行動(問題解決)に応用していく,すばしっこさは,生得のものではなかろうか。どんなに熱心に練習しても(それ自体が素質なのだが),誰もがイチローにはなれない。だから,神田橋條治さんが,
自己実現とは遺伝子の開花である,
という言葉が意味を持つ。
「鵜は鵜のように,烏は烏のように」
とその言葉は続く。鳶は鳶であり,鷹は鷹である,鳶は鷹にはならない。アヒルに交じっても「醜いアヒルの子」は白鳥になったように。そうなると,
「自分が鵜なのか,鷹なのか」を見極めること
こそが,勉強であり,修行である。遺伝子の持つ可能性を,開花させるも,蕾のまま萎れさせるのも,おのれ自身である。
しかし,残念ながら,(確か岸田秀さんの言葉だったと思うが)「人は,幻想をもつ」,そこが人の人である所以ではある。
参考文献;
神田橋條治『技を育む』(中山書店)
中島義明他編『心理学辞典』(有斐閣)
宮城音弥編『心理学小辞典』(岩波書店)
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ふつう,「嘱託」は,
ショクタク
と読む。「属託」とも当てるらしい。で意味は,
頼むこと。仕事を頼んで任せること。委嘱。
正式の雇用関係や任命によらないで、ある業務に従事することを依頼すること。また、その依頼された人やその身分。
という意味である。嘱託殺人とか嘱託社員というのが今の使われ方である。類語としては,
委嘱,委任,付託,負託,寄託,委託,
といったところであろうか。しかし,「嘱託」を,
ソクタク,
と読み,同じく「属託」という字も当てて,
ゾクタク
とも読む。意味は,
報酬を出して,味方になることを依頼すること,
懸賞金で罪人を捜すこと,また,その賞金,
である。『広辞苑』には出ているが,他の小さな国語辞典には出ていない。ちなみに,『大言海』を見ると,
「ソクタク」は,
懸賞にて罪人を検挙すること。賞格。募格。犒(こう)金。
とあり(因みに「格」は止めるという意味があり,「犒」は労う意味があるので,推測できる),それと別項で,
「ゾクタク」があり,
又,しょくたく。頼み委ぬること。また其れを受けたる人
とある。すでに,「しょくたく」の意味が載っている。しかし,『古語辞典』となると,「そくたく」しか載っていない。つまり,
自己の利益のために報酬を払って頼むこと。またその報酬。
懸賞金を付けた罪人を探すこと。またその懸賞金。
である。語源がわからないので,あてずっぽうだが,たぶん,報酬を払って人に何かを頼むことを,
そくたく
といったのであろう。懸賞金を付けて,罪人を探すのは,その派生として生まれたのではあるまいか。江戸時代,「嘱託(懸賞金)」をかけて,たとえ同類でも訴え出れば罪を問わないという立札(嘱託札)を立てた,という話がある。
横道にそれるが,そういう立札を立てても,誰も訴え出るもの(「返り訴人」といったらしい。敵方から味方になるのを「返り忠」というらしい。『隠し砦の三悪人』で,「裏切り御免」と藤田進が叫んでいたやつである。)がない,そこで,所司代をつとめていた板倉周防守重宗という人のアイデアで,その立札の横に,
「ここに立ててある嘱託の金子は余り少ないから申し出ないが,これを倍にしてくださるなら,同類のありかをもうしあげましょう。」
と意味のことを描いた立札を,平仮名書きで立てた,という。それを見た仲間が,誰かに先にやられたらそいつだけ助かる,と疑心暗鬼にかられて,早速訴人してきた,という。なかなか江戸時代の為政者も悪知恵がはたらく。
閑話休題。
漢字から調べてみるとすると,
「嘱(囑)」の「属(屬)は,
ショク(漢音)
とも
ソク(呉音)
とも読むが,
ぴったりくっついてはなれない,
意で,「口+屬」は,相手の耳に口をくっつけて言い含めること,という意味になる。で,
言い含める,
とか
いいつける,こうしてもらいたいと押し付ける,
という意味を持つ。「言葉で何かを(強引に)伝える」といったニュアンスであろうか。「託」は,「乇」が,
植物の種が一所に定着して芽をふいたさまを表す会意文字,
で,一所に定着するという意味があり,「宀(やね)」を付けると,家を立ててそこに定着する,と「宅」となる。「言+乇」で,「託」は,
ことばで頼んでひとところにあずけて定着させること,
という意味になる。で,
まかせる,
とか
かこつける,
という意味になる。こうみると,「嘱託」の意味は,「懸賞」とか「報酬」というニュアンスはなく「しょくたく」と使っている,今の使い方の方が,漢字のもつ意味からは自然に見える。用例を見る限り,
賄賂,嘱託に耽り(源平盛衰記),
とか
嘱託の高札ありといえども(切支丹退治記),
と,そんなに遡らず,いちばん「そくたく」がポピュラーだったのは,「嘱託札」が立てられた江戸時代のようだ。しかし,『大言海』には,「しょくたく」が見えているのだから,
「頼む」
というニュアンスと,
「報酬」
という意味だけが,濾されて残った,ということのようだ。ひねくれた言い方をすると,金で誘って「返り訴人」を雇う,「訴人」になる委託をする,ということの,言葉のロンダリングに見えなくもない。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸の盗賊 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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節(フシ)の語源は,
「フ(経)+シ(処)」
で(出典は『大言海』らしい),竹,葦などの区切り,をいう。たた,「フシ」と読むのと,「セツ」と読むのとで,どう違うのか。
節(セツ)は,中国語の「節」が語源。ただ,「節」の説明は,二つある。
一つは,「竹+即(断ち切ること)」
いまひとつは,「即」は,の左側は,「皀」で,人がすわって食物を盛った食卓のそばについたさまで,「ごちそう+膝を折ってひざまずいた人」の会意文字。ここでは,「卩」の部分(膝を折る)に重点があり,「竹+膝を折った人」で,膝を「ふし」として,足が区切れるように,一段ずつ区切れる竹のふし。
どうも素人が言うのも何だが,
竹になぞらえるか,
膝になぞらえるか,
の違いだが,「区切れ」とか「切れ目」の意味になったものらしい。だから,「節」には,竹の節もあるし,関節もあるし,音楽の節もあるし,文章の区切れ(文節)もあるし,季節の変わり目もあるし,割符の切れも(符節)もあるし,振る舞いの切れ目(節度・礼節)もある。だから,準えられるものにどんどん敷衍されていく便利な言葉に違いない。
天地は節ありて四時成る,
という。この場合,節(せつ)のことである。ちなみに,「節(せち)」とも読むが,そう読ませると,
季節の変わり目
とき
節日
と意味がほぼ特定されてくる。
節(せつ)で引くと,
竹や枝の骨のふし
季節の変わり目
時期,
区切り(曲のふし,分のくぎり)
志を守る
控え目
君命の使者の標識
節点
等々。「節(ふし)」で引いても,大きな差はない。ただ,『大言海』は,「せつ」のほかに,「ふし」を二項に分けて載せている。(「経(ふ)る處の意かという」と断ったうえで)一つ目は,
(経る処の意)竹・葦などの幹の中に,隔てとなれるもの,
樹の幹に柄だの差したる痕
動物の骨のつがい目
絹・麻糸のところどころに瘤のごとくなれるもの
で,いわゆる「フシ」の発祥にかかわる「経る処」を指しているものそのもので,いまひとつは,それら準えた,
事の廉。間に隔てあるより,事の箇条,
時の窺うべきところ,機,時期,
歌の調子の長短,高低の変ずる所,
と分けている。昔,村上一郎が,
「草莽とは,草莽の臣とは違う。『大言海』は「さうまう」「さうまうのしん」を別項として,この大辞典の編著上の見識をしめしている。」
と書いていたのを思い出す。
「その節はありがとうございました。」
というとき,「せつ」とは言うが,「ふし」とは言わない。
「節を正ず」
というとき,矢の箆(やがら)の「ふし」を揃えることだから,「せつ」とは言わない。
節を折る,
とか
節を全うする,
は,やはり「せつ」と言う。微妙な使い分けは,言語感覚として,たとえば,
「せつ」は準えた側,
「ふし」はそのものをさす場合,
の使い分けがあったような気がする。例外的に,「ふしをつける」というような,言いがかりを付ける,と言う言い回しがあるが。
たとえば,メールマガジンに,
「四季の巡りにも,程良い節(せつ)がある。」
「人間も物事も節(ふし)を設けることで成長する。」
という使い分けがあった。
「節」は,切れ目という見方もあるが,節目があること,が強さにもつながっている。惰性に流される,感情に流されるのを押しとどめる堰とも言える。そうみると,
行いを抑える角目(節操,枉節,礼節)
勝手な行いを抑える(節操)
節目を超えないようにほどほどに抑える(節度,節約,節制)
という使い方が生まれてくるのも,「節」「節目」の,止める,抑える,結果としての剛性からの喩えの気がする。
「節」という字に,日本語の複雑な奥行と,言葉の源流が垣間見える気がする。
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濫妨
と
乱暴
とは違う。乱暴は,
荒々しくふるまうこと,
粗雑であること,
という意味であるが,濫妨は,
乱妨
とも表記し,
荒らしまわること,
略奪すること,
という意味になる。
どうも,元来は,戦国時代の,乱捕,乱取,
敵地に乱入して略奪すること,
という意味である。
乱妨取り
とも言い。
戦国時代から安土桃山時代にかけて,戦いの後で兵士が人や物を掠奪した行為を指す。当時の兵は農民が多く,食料の配給や戦地での掠奪目的の自主的参加が見られた。人狩りの戦利品が戦後,市に出され,大名もそれら乱暴狼藉を黙過したり,褒美として付近を自由に乱取りさせた,
という。それらの狼藉は黙許というか,悪事ではないとされていたようである。ルイス・フロイスは,
「日本での戦は,ほとんどいつも,小麦や米や大麦を奪うためのものである」
と書いていて,戦国期の日常的に荒廃した田畑が,一層そういう傾向を助長したとみられる。戦国期の人身売買の記録もあり,人取り(生捕り)は,多く,身代金目当てか,売買であり,武田信玄の軍による大掛かりな人取りについて,
「男女生取りなされて,ことごとく甲州へ引越し申し候,さるほどに,二貫,三貫,五貫,十貫にても,身類ある人は承け申し候」
という記事もある。また謙信も,関東に攻め込んだ折,攻め落とした小田城下で,人の売買をしていたともある。
すでに江戸時代に入る,大阪の陣を描いた,
「大坂夏の陣図屏風」
にすら,徳川方の雑兵による大規模な乱妨取りが,大坂市中で行なわれている様子が克明に描かれている。
乱取は,常態であったらしく,『甲陽軍鑑』には,桶狭間の合戦について,緒戦で織田方の砦を落としたため,戦いに勝ったと思った今川の兵が略奪に夢中になっている中,織田軍が味方のように入り交じり,義元の首を取った,
という説明があり(現に「今川軍が略奪し、油断していた」と徳川家康の証言もあり),今川方が略奪に夢中になっている隙を織田方に突かれたのが敗因,という説があるようである。
切り取り(斬取)強盗武士の習い
という諺は,こういうことを背景にしているに違いない。諺の説明には,
人を殺して金品を奪ったり,強盗したりすることは武士には珍しくないことである。
零落した武士が生計のために言った口実。
とある。口実かどうかは知らず,切り取って領地を増やす,ということを含めれば,武家のありようを,そのままの表していると受け取っていい。
何せ,武器を持っているのだから,強いに違いない。しかも,江戸時代になると,法度で,刀と脇差の二本をさすことは,士に限ったのだが,面白いのは,その寸法が定められていて,
寛永十五年(1638)には,長刀が二尺八寸以上,大脇差が一尺七寸以上,
となっていたのに,
寛文十年(1670)には,刀が二尺八寸九分まで,大脇差が一尺八寸,
と長くなっていく。普通は,
刀は,二尺以上,
大脇差は,一尺九寸以下,
中脇差は,一尺七寸九分まで,
小脇差は,一尺以上,
となっていたらしい。二尺となれば,刀と言っていた。どうもこの背景には,
長脇差,
いわゆる長どす,というやつで,例のやくざ者がさすようなもののことだ。これが,だんだん伸びて,長脇差だか刀だかの区別のつかない,二尺以上のものが出てくる。極端になると,
二尺五寸以上の脇差,
をさすのまで出てくる。どうも,その走りは,旗本らしい。二本さして出歩くかわりに,長脇差一本で出歩くようになり,二本差しの手前,それを長くして体裁をとった,ということらしく,二尺以上の長脇差,二尺五寸の長脇差をさすものさえ現れた。それを,
旗本流,
と異名をつけられたりした,という。それがいわゆる長脇差(長どす)になっていったものらしい。二本をさせないので,寸法の長い脇差をさした。幕府も,
長脇差を帯はし,目立候衣服を着し,不届之所業に及び,
云々と,度々禁制をだしたらしい。江戸時代も中期以降,男伊達を見せる場のなくなったサムライがヤクザ化し,ヤクザがサムライ化してゆく経緯は,「サムライとヤクザ」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba4.htm#%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%81%A8%E3%83%A4%E3%82%AF%E3%82%B6)
で触れた。もともとは,農民から発祥したのが武士だから,かつては農民も,刀を皆さしていたのかもしれない。しかし,
「一体刀を帯しているということは,腰が重くって立ち居にもうるさい」
ことになる。自然おごそかににふるまわざるを得ない。天和三年(1683)に,町人は一切刀をさしてはならないことになったが,一本であれ二本であれ,あんなものをさしていては,仕事にはならない。
「本当の閑人だから,刀をさして威張ってみる気になれた」
ものに違いない,とは名言である。
参考文献;
三田村鳶魚『捕物の話 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)
藤木久志『戦国の村を行く』(朝日新聞社)
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燕合わせ
というのは,
燕算用(つばめさんよう)とも言う。
合わせ数えること,
合計すること,
という意味である。略して,「つばめ」「燕算」とも言う。
帳尻
というのが類語である。帳尻を合わせる,というと,
帳簿に記載した事柄の末尾が合う,
という意味だから,転じて,
事の顛末,
話の辻褄,
を合わせるとも言う。
古語辞典を見ると,燕算用とは,
収支の決算,
しめ,
として,井原西鶴『世間胸算用』から,
「毎月の胸算用せぬによつて,燕の合わぬ事ぞかし」
という用例が載っている。ただ語源がわからない。『大言海』には載っていないので,江戸時代の用法かもしれないが,それにしては,『広辞苑』に載っているのが面白い。
算用
というのは,
数を計算すること,
勘定,
あるいは,
支払,
精算,
を意味する。帳尻の合うか合わないかは,ここにはなく,ただ計算する,というところまでを指す,と言っていい。
ただ,古語辞典をみると,「燕算用」の略,「燕」そのものも,
合算すること,しめ,決算,
という意味を表したらしく,その用例として,
「(絶句の)三の句で転換するほどに,一・二の句と断ちたるやうなれども,四の句で燕を合するほどに,よく一・二と相続する也」
とあるので,合算して,帳尻が合う,というニュアンスがなくもない。ここでは,燕合わせは,喩えとして,帳尻,というか,平仄(ひょうそく)が合う,という意味に拡げられている。
平仄とは,
中国語における漢字音を,中古音の調類(声調による類別)にしたがって大きく二種類に分けたもの。漢詩で重視される発音上のルール。平は平声,仄は上声・去声・入声であり,漢詩作法における,平字,仄の字の韻律に基づく排列のきまり,
を指す。日本では一般に「平仄を整える」という使われ方をし,ほぼ「てにをはを整える」の意味で使う。「平仄」をつじつまとか条理という喩として使う場合は,「平仄が合わない」意味で使う。
その意味では,上記例は,「合算」という意味の「燕」ではなく,「辻褄」という意味の「燕」に拡大されている。
結末を付ける,という意味に広げれば,けりをつける,に似ていなくもない。「けり」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E3%81%91%E3%82%8A)については書いたが,「けり」を付ける,つまり,「〜しける」と,「けり」をつけることで,そう語っていることが,語っているいまの時点から見て,それが,
終ったこと
過去のこと
として,
それを終わらせる,
ということだから,帳尻を合わせる,とは微妙に違うが,決着を付ける意味では重ならなくもない…。
それにしても,「燕」は何から来たのだろう。
日本語「つばめ」の語源は,二つあるらしい。
「チュバ(鳴き声)+メ(小鳥を表す接尾語)」
つまり,鳴き声を発祥とする説。ツバクラ,ツバクラメも同類。いまひとつは,
「ツバ,ツマ(軒端)+メ」
軒端に巣をつくるコトり,という意味を発祥とする説,
とがある。漢字の「燕」を探ると,燕を描いた象形文字というので,ここから「燕合わせ」の意味が見えそうにない。敢えて妄想すると,ツバメは,かつては,電線に列をなして止まって居た。ああやって列をなす鳥は,他にあまりないので,それを数えるのをさしたのかもしれない,と妄想をする。鯖を読むというのが,
「下駄をはかせる」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E4%B8%8B%E9%A7%84%E3%82%92%E3%81%AF%E3%81%8B%E3%81%9B%E3%82%8B)
で触れたように,
鯖は大量に捕れるが鮮度の低下も早いいので,時間を惜しんで鯖の数量を目分量でざっと数え,急いで売りさばいた,
という謂れからきていることをみると,何となく,燕の生態から来ているような気がしてならない。まあ億説だ。さらに妄説を続ければ,音韻と音感から,たとえば,「つばめ」と「つぼむ」の転訛のような変化かもしれない。
参考文献;
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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仕出しには,
(工夫して)創り出すこと,工夫・趣向を凝らすこと。またそのもの。新案。流行。
装い。いでたち。おしゃれ。
注文に応じて料理を作って配達すること。出前。
財産を作り上げること。また、その人。
演劇・映画で,本筋に関係なく,ちょっと現れるだけの端役。通行人や群衆など,場面の雰囲気を作るような役。
建物などで,縁側のように外側に突き出して構えた部分。
等々の意味がある。語源をしらべても,
作り出す,
で,注文に応じて,料理を作って出す意とあり,
芝居用語では,
「し始める」
という意で,通行人など,ごく軽い役をさしている,とある。古語辞典を拾うと,
シイダシ。
の略とあり,
ものごとを新しく作り出す,また,やってのける,
というのが初めに載る。つづいて,仕立てる,初めてする,新工夫,と続く。後は,いわゆる国語辞典と同じだ。
本来は,
しいだす,
だったのだろう。そこには,
なしはじめる,
新しく作り出す,
準備する,
料理などを調えて届ける,
やってのける,
かせぎだす,
等々の意味が続くが,本来は,古語辞典にある,
しいだし,
で,「為出し」と当てる。これだと,
つくりだす,
しはじめる,
事をやってのける,
という意味になる。芝居用語で,「仕出し」を,
し始める,
としているのは本来の使い方を残しているのかもしれない。通行人とか,何となく人が通るとか,で芝居の場面が設えられて,ストーリーが始まるからであろうか。そこから,端役をさすようになった,というのは,何となくわかる気がする。
一般に言えば,エキストラであり,通行人,群集など物語で重要性の少ない役を演じる出演者だが,その人がいなければ,町の雰囲気は出ない。人がいて,町という場面になる。。日本の映画業界では、「仕出し」,古くは「ワンサ」とも言ったらしいが,「わんさ」とは言い得て妙。音楽の分野では、楽団などの演奏に正メンバーなどの代理として臨時出演することを言うらしい。
いまは,仕出しというと,仕出し弁当のような,出前の意味だが,仕出し弁当は,天和・貞享(1681〜88)の元禄直前頃始まったとある。出前と似ているようだが,少し違う。感覚としては,店屋物は,出前という印象だが,仕出しというと,祝い事や法事などに用いる和食の弁当や寿司などと,ちょっと印象が違う。その印象を強めているのが,予約の有無だ。出前というと,予約が要らない感じである,というのである。
そば,うどん,などの,いわゆる出前は江戸時代から存在したと言われるが,出前という言葉自体は,明治頃まで遊女の年季勤めが終わり,遊里を出る前をさす意味にしか使われなかった,という。
出前は,出(店の外へ出る)+前(本来敬称,客)で,
「前」は「一人前」「分け前」など「それに相当する分量」「分」を表す接尾語。「前」で,出向いて注文された分を届ける意味,
と,
敬意を持っていう時の「お前(御前)」の「前」で,出向いて御前のところに届けるといった意味,
との二つの説があるようだ(http://gogen-allguide.com/te/demae.html)。
しかし,仕出しという言葉から考えると,前にも書いたが,「仕」は,「人+士」で,
「士」は,男の陰茎の直立するさまを描いた象形文字で,男,直立の二つの意味を含む,
という。それに「人」をプラスして,
真直ぐに立つ男(身分の高い人のそばに真直ぐに立つ侍従)のこと,
と言い,「事(じ)」に通じ,仕君(君につかふ)と同じこと,
とある。「為出す」を「仕出す」に当てたとき,そこに,「仕」,つまり,つかえる,というニュアンスが込められたのではないか,と想像する。だから,仕出しは,いまで言う出前のように,普通庶民が簡単に取るものではなかったのではないか。
時代劇でよく見るように,ついこの間まで,豆腐ややシジミ・野菜のように,売って廻っているのがあったし,落語などでもあるように,そば・すし・天ぷらなども,屋台(といっても天秤棒を担い)売り歩いていた。
一般庶民は出前など取らない。大店の主人,家族,大名などに限られていたと考えていい。
となれば,「(料理を)出す」のを「仕(つかまつ)る」としたことに意味があるのかもしれない。ただ,「為(す)」の連用形「し」に,「仕」を当てて用いる例は,
仕事
仕儀
等々あり,そこでも,「つかえる」「役目につく」という意味が込められていたようであるから,「仕」のもつニュアンスが生かされているような気がする。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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付(き)人は,
付き添って世話をする人,
という意味で,芸能人や相撲取りの身の回りを世話する人というのが相場である。ウィキペディアでも,
「一般的に,徒弟制度やその流れを汲む育成システムが存在する組織の中にあって,序列・位・格などでより上位の者の側に付いて,その雑務などを務める者のことである。」
といい,内弟子とも呼ばれ,いわゆる「かばん持ち」などがこれにあたる,という。で,
「徒弟制度で人材育成が行われている職種の多くにおいては,“師匠”“先輩”“上司”などの上位の立場にある人間が,“弟子”(直弟子、孫弟子、弟弟子、練習生)または“部下”などの後進の育成を行い,“弟子”は付き人として“師匠”の仕事の補助や身の回りの世話をしながら,その仕事の手順・技法・作法・慣習などといったものを習得し,師弟関係を築き上げてゆく。また“師匠”が所用で外出したりそもそも外を回る仕事では、“弟子”もそれに付いてゆき,現地でも雑用や下働きなどをこなす。」
ということになる。これだけなら,別にブログのネタにはならないが,三田村鳶魚話の中に,
「火付盗賊改に限ったことでありますが,付人といって,軽輩の者を許して使う。」
というのがある。例の池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』では,
元盗賊の密偵,
を手先に使っているが,これを指している,と思われる。
「常に自分の側に置いて使うのみならず,牢屋の中へ入れて罪人の状態を探らせる」
などということをやったようである。当然巡邏する時にも付人は随行する。
「付人が悪い」
という諺が,三田村鳶魚の生きていた時代,大正前後にはあったらしいが,
「火付盗賊改の方の言葉から出たことのように思う。」
とあった。長谷川平蔵は,付人をうまく使ったようだが,中には二股を掛けたり,役を使ってうまいことしたりと,あまり評判がよろしくない向きもある。そんなところから,「付人が悪い」と出たのではないか,というのが三田村鳶魚の説である。
しかし,『大言海』には,「付人」として,
付き添い護る人,
とあり,
カシヅキ
モリヤク
という意味も添えられている。
カシズキは,
「傅き」
と当てる。意味は,
大切に養育すること,
世話をする人,介添え役
とある。ここで連想だが,
傅役
という言葉がある。
必ず,かつて貴人や武家では,世継ぎを育成する役として,傅役を付ける。鎌倉,室町あたりだと『乳母めのと』とその夫が該当するというが,
戦国期だと信長の傅役として,平手政秀が有名である。信長の乳兄弟は池田恒興だから,既にこの時代は,「乳母めのと」は傅役の意味から切り離されていたらしい。傅役との関係は,例えば,武田信玄の嫡子義信の傅役である飯富虎昌は,義信廃嫡時,処刑されている,というほど,両者のつながりは強い。さらに,江戸時代になると,「御三家」当主の「付家老」を傳役と呼んだりするようになるらしい。
傅役の始まりは律令制下の朝廷で,皇太子の指導を司どった役を「東宮傅(とうぐうふ)」と言う役職だったからである,と言われている。
で,ここからは想像だが,本来の付人は,傅く(かしずく)ひとから来ているのではないか。言い換えれば,傅役である。
付人が悪い
という諺(?)は,そうとらえれば意味がよく分かる。
三田村鳶魚さんの説に逆らうようだが,付人は,本来傅役の意味だったのではないか。それが,御三家の監視役「付家老」をそう呼ぶようになり,ついには,火付盗賊改の手先の元盗賊にまでの格に下がった。その意味では,現代の付人が,師匠の世話役,というのは,少し格が上がったのかもしれない。
「傅役」は,最近,
守役
と当てるようだ。護るから守るに代わり,傅く意味が消えているのが,面白い。
「守」は,「宀(屋根)+寸(て)」で,手で屋根の下にかこいこんでまもる,意味。ついでに,「護」の字の,「蒦(かく)」は,手で外から包むように持つことを意味する。それに「言」を添えて,「護」は,外から取り巻いて庇うこと。
なんとなく,気のせいか,「守」方が,過保護に見える。「傅」の,右側のつくり(音はフ)は,「専」ではない。「物に手をピタリとあてがう,助ける」の意で,「補」(ぴたりと布を当てる)「敷」(ぴたりと面に当てる)「膚」(ぴたりと身体に引っ付いた肌)と同系,とある。「傅」は,それに「人」を加えて,
ピタリと付き添うおもり役,
とある。この字の方が,付人に近い。
参考文献;
三田村鳶魚『捕物の話 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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こむら返りというのは,
「ふくらはぎ」や「足の裏」などが激しくつって痛む状態のこと
である。医学用語では,
「『有痛性強直性筋痙攣』といいます。主に腓腹(ひふく)筋でおこるので、『腓腹筋痙攣』とも呼ばれています。腓腹筋とは、ふくらはぎのことです。」
とされるようだ。「こむら」は,
腓
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,
「脛の後方のふくれたところ」
を指し,
ふくらはぎ,
こぶら,
とも言う,とある。だから,こむら返り(腓返り,こむらがえり)は,
こぶら返り
という言い方をすることもある。要は,
「(足が)攣(つ)る」
というやつである。他にも指・首・肩などもこの症状と類似した状態になる場合がある,という。そう言えば,脛が攣ったことがある。いわゆる,
弁慶の泣き所,
という箇所である。症状は,
「筋肉の意識しない持続的な強直性収縮である筋の攣縮を示し、有痛性である。こむら返りを生じている筋は硬く収縮しており、局所の筋が硬く膨隆しているのがわかる。筋攣縮の持続は数秒から数分であることが多く、特に激しい運動の後や、水泳後、睡眠中に見られることが多い。特に睡眠中は眠気が吹き飛ぶほどの激痛が襲うものの、寝起きで早急に対処ができない為、起床後にふくらはぎの筋肉痛や寝不足が残ることがある。
原因は神経でなく、筋肉固有の問題があるといわれ、下位運動神経終末部での過興奮によるのではないかと考えられているが、特定には至っていない。」
とされ,原因としては,
・筋肉の疲労
・運動不足
・水分不足及び体液中の電解質の異常
等々され,一過性ではなく、頻繁に繰り返し起こる場合は,
・椎間板ヘルニア、糖尿病、動脈硬化、甲状腺異常などの疾病
・降圧剤、抗高脂血症剤、ホルモン剤などによる副作用
・妊娠中
等々が考えられる,とされる。自分の経験では,
運動による疲労,
と
運動不足による過負荷(急な負荷)
等々によって生ずると思ったが,病気で薬を飲んでいるとき,その副作用で起こることもある,と警告された。事実,上記の脛の攣りは,その最中に頻繁に起きた。ふくらはぎなら,揉むなり伸ばすなり,なんかなだめる方法があるが,脛は,延ばしようも,揉みようもなく,ひたすら全身固まって,激痛の痙攣が去るのを待つしかなく,小一時間かかった記憶がある。
いずれにしても,健全な状態でないから起きるのだろう。せんだって,落語会へ行って,噺家が,噺の最中に中腰のまま噺を続けて,変だなと,思ったが,後で,その噺家が,途中で足が攣ったと打ち明けた。どこで起こるか予測できないから,確かに困る。
「こむら」の語源は,
「コ(小)+ムラ(叢・群)」
で,脛の背面の,筋肉のふくれた部分を指す,とある。「腓」は,ふくらはぎをあらわす漢字なので,これを当てた。『和名抄』には,
「腓,古無良,脚腓也」
との説明があるらしい。『大言海』は,
「小叢肉の義か」
とある。「肉叢(ししむら)」ということばがあり,「肉のかたまり」という意味で,「小叢肉」とは言い得て妙かもしれない。
「こむら返り」について,語源由来辞典
http://gogen-allguide.com/ko/komura.html
には,
「平安時代以降から見られる語」
とあり,
「平安末期の漢和辞書『類聚名義抄』に『転筋 コムラガエリ』とあり,こむら返りは,ふくらはぎの筋肉がひっくりがえったような感じから名づけられたと考えられる。」
とし,
「『こむら』や『こぶら』の語源には,隆肉の意味で『瘤(こぶ)』に接尾語『ら』で『こぶら』になったとする説や,肉のかたまりを『肉叢(ししむら)』と言ったことから,『股(もも)』に対して小さな肉のかたまりなので,『小叢(こむら)』の意味とする説などがある。近世に『ふくらはぎ』という言葉が生まれ,主に『ふくらはぎ』が用いられるようになったため,江戸後期には『こむら』お『こぶら』の語は用いられなくなった。」
とある。「こむら(こぶら)返し」の中にだけ,「腓(こむら)」が残ったということらしい。「こむら返し」には,古代のにほひがする,というわけだ。
参考文献;
http://komura.eek.jp/turu/
http://www.itaikomura.com/
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「ばつをあわせる」は,
跋を合わせる,
と当てる。
調子を合わせる
とか
話の辻褄を合わせる
という意味だが,「話の辻褄を合わせる」という意味なら,
帳尻を合わせる
とか,
平仄を合わせる,
と言い方があるが,しかしちょっと違和感がある。それだと,一応辻褄が合う,というか整う,という感じになる。そうではなく,むしろ,
その場しのぎ,
というニュアンスなのではないか。その意味では,
調子を合わせる,
とか
折り合いをつける,
とか
という感じに近くなる。使い方としては,
うまくばつを合わせてその場をごまかしました。
会議で失言したが、彼がうまくばつを合わせてくれた。
という例になる。
跋は,あとがきの意味だから,帳尻を合わせる感じに受け取りがちだが,漢字の「跋」の,「犮(はつ)」は,犬の後足に「/」印をつけて,犬が後足を跳ね上げることを示す指事文字。したがって,
ものをはねのけて,二つにわける,
という意味を基本的に持っている。それに「足」を加えて,
草を踏み分け,はねのけて進むこと,
足を跳ね上げることから踏みにじる,乱暴にふるまう
という意味が生じた,とある。乱暴な要約だが,
道のないところに無理やり道を付ける,
といったニュアンスであろうか。
三田村鳶魚の話では,こういう使われ方をしていた。
元治の頃火付盗賊改についた古河近江守は,巡邏先(火付盗賊改役の頭は,テレビで長谷川平蔵がそうであったように,街を巡回したようだ)で,橙を買った。しばらく経つと一つ足りないことに気づく。で,
「誰かに取られた,と言いますと,ついていました付人(元盗賊を手先に使う場合こう呼んだ)が,それは私が取りました,と言って袖から出した。古河近江守は,いや,これはなくなったのではない,貴様を試そうと思ったのだから,一つ袂へ隠したのだ,お前達は急にその場で跋を合わせることばかり骨を折っているふうがある,それで御用が勤まるか,と言って戒めた。これは,付人の弊を救おうとしたものなのです。」
というのである。昔取った杵柄,とっさにひとつくすねた,と付人は(思ったのか,そういうことにしようとしたのか),おのれが白状した(近江守はそれを跋を合わせると感じた)が,しかしこの話は,そういう振る舞いを,(近江守が仕掛けたか,いたずら心でそうしたかは別に),そうやって瞬時に,取り繕ってみせた近江守のその場の裁き方のほうが,「跋を合わせる」にふさわしいように見える。第一,付人なのに,火付盗賊改の頭の懐から一つ橙をくすねるようなことを,それも相手に分かるようなやり方をするものかどうかが,まずは疑わしいではないか。
だから,どうも,「跋を合わせる」という言葉のニュアンスは,
調子を合わせる,
とか
その場を繕う,
というよりもっと強く,
這っても黒豆,
と言い張る,というか,強引に幕引きをする,という感じが色濃い気がする。
鹿を指して馬と為す
という故事,つまり,
「秦の趙高が自分の権勢を試そうと二世皇帝に鹿を献上し,それを馬だと言って押し通した。皆が趙高を恐れていたので,反対を唱えた者はおらず,『鹿です』と言った者は処刑された。」
だと,もっとニュアンスがはっきりする。三田村鳶魚の例は,仮に,付人と古河近江守の立場が逆なら,ああは行かない。権威というか権力を背景にして初めて成り立つ「その場しのぎ」なのではないか。
跋を合わせる,
にそんな謂れがあるかどうかは知らないが,勝手に言葉のニュアンスを想像してみた。
参考文献;
三田村鳶魚『捕物の話 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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忍(しのび)というと,
『忍びの者』(村山知義)
や
『忍法帖』シリーズ(山田風太郎)
が思い浮かぶし,白土三平の『忍者武芸帳』というのも記憶にある。あるいは,テレビドラマの『隠密剣士』というのもあった。結構夢中になった記憶がある。いささか年齢がばれるが,そういったイメージとは裏腹に,確か,島原の乱の最中,幕府軍から放たれた伊賀者が原城に忍び込んだものの,相手のしゃべっている言葉がわからず,しかも発見されてほうほうの体で,逃げ帰るという醜態を演じた,というのも読んだ記憶がある。
もともと忍というのは,忍んでいるからこそであって,忍びでござい等々と名のるべきものではない。多くは,
乱波(らっぱ)
透波(出波)(すっぱ)
突波(とっぱ)
と呼ばれたり,
草
とか
伏
とか
かまり
と呼ばれたりする。三田村鳶魚は,
「乱波・出波は,少人数,数人あるいは一人でやる場合と,集団で用いる場合は,少し様子がちがう。普通の忍びは,戦時でないときに使うのだが,戦時は『覆』といって,これはだいぶ人数が多い。多ければ千人もに千人もになるし,少なくとも二三百人ぐらいはある。」
と言っている。山蔭に隠して,不意を襲うので,「むらかまり」「里かまり」「すてかまり」等々と呼ぶという。少人数を隠す場合,「伏」とも呼ぶ。「草」とも言う。
戦国時の戦いは,多く境界線,つまり「境目」で起きる。そのことは,「境目」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-5.htm#%E5%A2%83%E7%9B%AE)
で触れたが,その場合,「草に伏す」とか「ふしかまり」等々と呼ぶ。
記憶で書くが,織田信長が美濃攻めをしていたころ,まだ木下藤吉郎といっていた秀吉が頭角をあらわしたのは,ちょうどこの戦いにおいてであった。秀吉が三四百の足軽大将になったのは,永禄七年(1564)頃と言われる。秀吉の功は,多く境目での草入りであったと思われる。美濃方の諸将を調略していき,安藤守就,稲葉良通,氏家直元の西美濃三人衆を誘降にも功があった。その頃,蜂須賀小六,稲田大炊助,青山新七郎,松原内匠助,浅野又右衛門,前野将右衛門等々といった草創期の家臣や与力は,ほとんどが草入りとしての活躍と言っていい。
ということは,「草」というのがイコール忍というのではなく,「草」という敵領国を侵食していく戦術の手立ての一つとして忍があったと考えるべきだ,と思う。
山鹿素行は,桑名藩主松平越中守定綱のために『武教全書』を描いたそうだが,その中に,忍とは,「敵国へ往来させて,いろいろなことを探る」と書いてある由だが,この場合,ほとんどが,隣国,境を接している国と考えていいように思う。かつて,遠国,ことに中央のことについては, 「連歌師」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3-4.htm#%E9%80%A3%E6%AD%8C%E5%B8%AB)で書いたように,連歌師がその役を果たしたというが,半端なものが探ってくる末端な情報より,それなりに中枢に伝のある人物の方が正確な情報を得られるからだ。,
『武家名目抄』の職名に,透波の説明があり,
「これ常に忍の役するものの名称にして一種の賤人なり。ただ忍(しのび)とのみよべる中には庶士の内より役せらるるもあれど,透波とよばるる種類は大かた野武士強盗などの中りよび出されて扶持せらるるものなり。されば間者(間諜)かまり夜討などには殊に便あるが故に,戦国のならひ,大名諸家何れもこれを養置しとみゆ。…(透波,乱波)の名儀は当時の諺に動静ととのはず首尾符合はせざるものをすつはといひ,事の騒がしく穏やかならぬをらつはといひしより起これるなるべし」
とあり,関東では乱波といい,甲斐より以西では透波と呼んだ,とある。ただ,これは,江戸後期になって編纂されたもので,忍というものが,ちょうど家系図が整えられるように,ある程度整理された後の話で,伊賀組,甲賀組,根来組等々が,二十五騎組として同心としての地位を確立した後の話に過ぎない。
それを専門とするものが,伊賀,甲賀の他,紀州の根来,信州の戸隠等々にいたことは確かだし,修験道の盛んなところは,大概忍びに長じていた,という。間諜や敵地のかく乱をすることを,
細作
という言葉があるほどだから,常態としてあったことは確かである。ただ他国に入ると,方言というか,日常会話は異国の言葉のようにわからない。その意味で,伊賀の者が薩摩に潜入したって,すぐにばれる。そういうイメージは数が少ないのではないか,と推測する。
『政宗記』等々には,草の活躍のことか詳細に書かれているようで,たとえば,
「奥州の軍(いくさ)言葉に草調儀などがある。草調儀とは,自分の領地から多領に忍びに軍勢を派遣することをいう。その軍勢の多少により,一の草,二の草,三の草がある。一の草である歩兵を,敵城の近所に夜のうちに忍ばせることを『草を入れる』という。それから良い場所を見つけて,隠れていることを『草に臥す』という。夜が明けたら,往来に出る者を一の草で討ち取ることを『草を起こす』という。敵地の者が草の侵入を知り,一の草を討とうとして,逃げるところを追いかけたならば,二,三の草が立ち上がって戦う。また,自分の領地に草が入ったことを知ったならば,人数を遣わして,二,三の草がいるところを遮り,残った人数で一の草を捜して討ち取る。」
とある。これはもうゲリラ戦といっていい。この時,実は本当の情報戦である。草が入ったことを知る,あるいは,草が臥してあることを探知する,このための情報が不可欠である。
情報とは差異である。
という。違う言い方をすると,違和を感知する,といってもいい。
クラウゼヴィッツは,情報を得ることではなく,情報の彼我を総合する判断力で,指揮官の真贋が問われる,と言っていたように思う。「彼我の情報が互いに支持を保証し,或いはその信頼度を増大し合い,こうとて心のうちに描かれた情報図がますます鮮やかに彩色」されたときこそ,指揮官の力量が問われる。昔も今も,希望的観測を蓋然性と勘違いする,あるいはこうなるかもを,こうなるはずと置き換えて,意思決定を散々繰り返してきた,あの悲惨な敗北をもたらしたのに,昨今又その意思決定を繰り返しつつある。きちんと検証しないものに,きちんと未来を構想できるはずはない。
秀吉は,美濃への草入り中,先手の弟小一郎の部隊と離れた本陣を四五百の敵に襲撃を受けて,あやうい目にあった。草入りのときこそ,忍のもたらす情報は生死にかかわる。
草は,敵方への攻撃ばかりではなく,敵方の情報を獲得する目的でも行われていた。具体的には,
「敵方の使者を捕えて書状を奪ったり,敵方の者を捕虜にして情報をききだすことである。」
という。いかに書状が行きかっていたかは,残された文書からも推測されるが,関ヶ原合戦直前の直江兼続の書状があり,上杉景勝と伊達政宗が戦争状態になり,帰趨を決していない相馬への書状を巡って,境目で敵の伏せに書状を奪われたが,その場で,その伏せを倒して,書状を奪い返したことを称賛している。毛利と対峙していた秀吉が,光秀方からの使者に神経をとがらせていたのは,こういう背景として考えると,つながっていく。
透波という言葉の意味には,
盗人
詐欺師
すり
の他に,野武士,強盗から出て間者を務めた者という意味があるが,『本福寺跡書』には,本職が桶師が防戦に加わったとの記述があるそうだが,桶師が別の顔を持っという意味では,透波というものが,庶民に紛れるという意味で,草の草たる所以が見える。
北条氏が雇っていた乱波は,風魔といい。北条が滅亡すると,盗賊集団になったと言われる。それが跳梁したのが,江戸時代初期で,町奉行所でも勘定奉行所でも対応できない無頼をとりしまるために,例の火付盗賊改が設けられた,というふうに考えられている。火付盗賊改が荒々しいのは,もともと先手組という戦時の先方を務めるという位置もあるが,そういう輩を扱うところから始まったからでもあるらしい。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸の盗賊 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)
笹間良作『日本戦陣作法事典』(柏書房)
盛本昌広『境界争いと戦国諜報戦』(歴史新書y)
クラウゼヴィッツ『戦争論』(岩波文庫)
吉田孫四郎編『武功夜話』(新人物往来社)
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ツイッターに,こんな投稿があった。
「新幹線で子供がめっちゃ騒いでて,親は放置の構え。
そしたらその隣席のお客さんが微笑み顔で子供に向けて
『かわいそうだねオマエ。躾もしてもらえず,ずっと迷惑かけ続けるんだねぇ。』
って。親は顔真っ赤にしてあたふたしてた。
そういう攻め方もあるのかと妙に感心してしまった。」
いや,確かに,感心してしまう。
躾は,
身+美
で,日本製の漢字。峠と同じ。
礼を学ばずば,以て立つ無し
と。孔子は,息子の孔鯉に言った。孔子は,
礼を知らざれば,以て立つ無き也
と,別のところで言っている。
自分のことしか見えなくなっている人が多い。そういう人には,他人はそこにいない。いないと考えなければ,普通,車内で,化粧をしない。素の顔が,最後完璧に化けるまでを目の前で目撃されても,そこには,人はいないのである。その年齢が,
いい歳
をした世代にまで上がって来たのに,吃驚させられた。そう,考えれば,若いときにそうしてきた人は,いまや,そういう年齢になってきたのだ。「箸」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E7%AE%B8)で書いたが,
箸の持ち方がおかしい人が増えた気がする。鉛筆の持ち方が,どう考えてもそれでは書きにくいだろうという持ち方の人も目につく。文化というなら,あるいは,
日本的
というものを貴ぶなら,まず隗より始めよではないのか。
躾を,ウィキペディアは,
「しつけ(躾・仕付けまたは仕付)とは,人間または家畜の子供または大人が,人間社会・集団の規範,規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように,訓練すること。概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。ドイツ語では,しつけのことを,die
Zuchtというが,これは人に限らず動物(家畜)の調教,訓練の意味もあり日本語のしつけと同じである。」
とし,こう付け加える。
「なお裁縫(特に和裁)では,ちゃんとまっすぐに縫えるように,「あらかじめ目安になるような縫い取り」をしておくこと,それに沿って縫っていくことを仕付けと言う。」
と,見事である。そして,
「『やって良いこと(=誉められる)』『やってはいけないこと(=罰せられる)』の区別をつけさせる」
とも。そこにあるのは,
恥
ではないか,と思う。恥については,「自画自賛」(http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba2.htm#%E8%87%AA%E7%94%BB%E8%87%AA%E8%B3%9B)
で触れたが,
恥を知るは勇に近し
という。恥ずかしいと思い知る,ことは,「這っても黒」ということ以上に勇気がいる。
過ちを認める勇気
である。『孟子』は,
恥ずることなきをこれ恥ずれば,恥なし
と。だから,
過てば則ち改むるに憚ること勿れ
なのである。しかしである。それを「過ち」と認識できなければ,たとえば,是非善悪を躾けられていなければ,おのれの過ちには気づけない。気づけなければ,それを恥とは思わない。
嘘を言っても平然としていられるどこかのトップは,たぶん,是非善悪を躾けられなかったに違いない。だから,恥を知らないし,恥ずかしがることもない。
恥じらいの心が耳に出る,
等々ということはないのである。
子を見れば親がわかる,
とは,ある教育実践者の漏らした述懐である。
この親にして,この子あり,
である。親の顔が見てみたいものである。
子どもを放置して,躾けないことは,一種の,
無視
と同じである。つまり,
ネグレクト(養育放棄)
である。その見本が,今日,世界に恥をさらしている。ひとごとではないのである。
参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
小林勝人訳注『孟子』(岩波文庫)
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普通何かがあるから,それを書く。しかし,それではつまらない。人と違うことをしなくては,自分を表現したことにはならない,そういう思い込みがある。だから,(書くことがない場合でも)何もなくても,何かを必ず書き出し,書き切る。そのために,僕は,試みに,お題を決めて,そこから何が書けるかにチャレンジしている。
その言葉から,何が出てくるか,言葉自身から何かが広がることもある。その言葉に感応して自分の中から何かが出てくることもある。しかしさっぱり何も出ないこともある。それでも,ペンディングにして,そのまま置く。置いたことも忘れることもある。いつか,違う形でぽっと浮いてくることもある。
書くとは,編集である,と思っている。
アイデアを考えるのと同じである。アイデアは,まったく違う格納庫におさまった,記憶の中の何かが,全く別の格納庫の何かとリンクすることで,ぱちぱちとはじけて,結び付く。格納庫(といって場所を指しているわけではないが)は,大きくは,
意味記憶
エピソード記憶
手続き記憶
となる。
ひらめいた瞬間の脳は,広範囲の部位が活性化する,という。わずか0.4秒である。それがアイデアのも既存の要素の結びつき,あるいはバラバラの要素が意味あるようにつながる,あるいはつながってある意味を作りだすということの意味だ。意味が意味と結びついただけでは,何も生まない。意味の応用に過ぎない。しかし,意味に,全く異なるエピソード(体験)が結びつくと,ひらめく。
編集とは,自分の持っているリソースのつなぎ合わせである。もちろん,アイデアは自己完結してはいけないので,誰かとキャッチボールする必要はあるが,端緒は,自分の中から泡のように,浮かんでくる。
その意味で,書くというのを,そういう編集の一端として見る,何が出てくるかは,わからない。しかし,何かが出てくるはずだ。自分の中にある何かを,意識しているもの,無自覚のもの,無意識のものを言語にしていく。
意識の流れは,言語化のスピードの20〜30倍と言われている。
言語か出来るのは,ほんの1/20か1/30なのだ。一つのことを言語化しても,そのほかにもまだ言語化しきれないものが残る。そこが面白い。徹底的に言語化してみなくては,自分のリソースは見えてこない。
その釣り針役にお題を立ててみている。書くことが編集なら,自分の脳のなかにあるものを,つながらせるためのきっかけに,どんな大物がつれるのかを試みる。単なるゴミかもしれないが,それもよしとする。
辞書で,語句を拾ってみることも考えたが,それでは僕に必然がない。で,お題も,浮かんでくるのを待つ。それが,いま,浮かんでくるには,浮かんでくる理由が,たぶん,僕の中にある。その機を大事にしたい。
柳生宗矩が,兵法書で,こう言う。
物ごとに体用(たいゆう)ということあり。体があれば,用がある也。機は体也。機から外へあらわれて,様々のはたらきあるを用という也。
機とは即ち気也。座(居場所)によって機という也。心は奥也。気は口也。…心は一身の主人なれば,奥の座に居るものと心得べし。気は戸口に居て,心を主人として外へはたらく也。
言ってみると,おのれの心を引っ張り出し,言語化する。その瞬間の機によって,そこから見える世界は,変わる。
昔,何かで,
文体は人を表す,
というようなことを読んだ記憶がある。単なる文章の彫琢を言っているのではない。その人の人柄を表すのは,当たり前で,その先に行かなくてはならない。おのれの語りたくないことも,語りだすうちに語ってしまう,そういうのを本当の意味の心の言語化だと思う。
文章を書きだすと,たとえば一行書きだすと,その瞬間に,文章の描き出そうとする世界が広がる。それは,もはやリアルの世界を描写しているのではない。虚実皮膜というのとはちょっと違う,嘘を,虚構を書こうとしているのではない。
しかし,人は,いろんな自分があり,その自分のひとつが,自動的に動き出す。そうなったとき,文章化,一つの完結に向かって動き出す。起承転結か,序破離か,ともかく一つの結論へと流れていく。
その自分の流れから鑑みると,六層あるという大脳皮質のコラムの,どこかから始まって,自分の思いもかけない記憶の層とリンクして,つながり始め,ひとつの連結を生む。しかしリンク自体が,ハイパーにまた別のリンクとつながりを生み,思いもかけない世界を書き出せる,ということもある。そこが,面白い。
それを,書く次元と呼ぶ。どの次元になるかは,自分でも,わからない。書き出すとき,いくつかのキーワードとキー世界が見えているが,書き始めると,それは棄てられてしまうこともある。
ある意味で,自分のリソースの探検なのかもしれない,書くという行為は。いわば,書くということの,
遊び心,
と,呼んでもいい。軽やかに,言葉と立ち結び,紡ぎ,何かが織り出されていく。織り柄は,書きあがるまで本人にだって見えない。それが理想である。
いま,そのチャレンジに,自分の「書く」ということの伸び白のひとつを見つけている。
参考文献;
柳生宗矩『兵法家伝書』(岩波文庫)
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前にも書いたが,発想力とは,
選択肢
がたくさん出せることだと思っている。アイデアは,その出現形態の一つに過ぎない。
ずいぶん昔,アイデアについて,
http://ppnetwork.c.ooco.jp/prod02100.htm#%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A2%E3%81%A5%E3%81%8F%E3%82%8A%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0
と構造化したことがある。
アイデア一杯の人は決して深刻にならない,
と言った人がいる。その通りだ。これっきゃないと,思い詰めるから,自殺にまで追い詰められる。それ以外にも一杯選択肢があると思えば,どうということはない。
人はひらめいた瞬間,脳の広い範囲が活性化するという。それは,思いもかけないこととつながるからではないか。とすれば,選択肢を広げるためには,いろんなものとつながるような仕掛けをすればいい。
その意味では,自己完結しないで,
ブレインストーミング
のように,人とのキャッチボールをすることが有効なのは,当たり前だ。人が,自分にとってメタ・ポジションになるという意味もあるが,自分にとって,「地」になっていた部分が,人とのキャッチボールによって,思いがけず「図」に変わり,見慣れた風景が変わるように,見え方が変わるのに違いない。
もちろん,発想は,
自分の知識と経験の函数,
だから,自分の中にないことは,出現しない。しかし,大したことがないと思っていたことが,改めて,別のものとつながることで,意味を変えるかもしれない。
その意味で,
本来バラバラで異質なものを意味あるように結びつける,
のを創造性と言った,川喜多二郎の言は正しい。しかし,もっと踏み込むと,
どんなものでもつなげることで新しい意味づけをしさえすればいい,
あるいは,
新しい意味が見つけられるなら何と何を結びつけてもいい,
と読み替えてもいい。となると,
結びつけ,
に意味があるのではなく,
意味づけ,
の方にウエイトがかかる。ヴァン・ファンジェなどが言うように,創造とは,
既存の要素の新しい組み合わせ,
というのは,逆で,
既存の要素,
は結果なのであって,
新しい組み合わせ,
の「新しい意味」に意味がある。それは,
いままで考えられなかったような意味を見つけ出すことがあって,初めて,要素のつながりに意味が見えてくる。
そう考えると,多機能と組み合わせとは本質的に違う,ということが言える。
多機能は,いまあるものに機能を追加したのだから,新しい組み合わせも新しい意味も,そこにはない。
例えば,携帯電話に,カメラがついたのは,
多機能,
なのか,
新しい組み合わせ,
なのか。その人の創造性というものの考えが試されている試金石というか,踏み絵になる。
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いまもそうだが,人との間合いが上手くとれない。歳とともに,表面上うまくごまかす手立てには長けてきたが,基本的に,距離の取り方がわからないことに変わりはない。
それが照れとなったり,「つんでれ」と呼ばれたりするのは,人との距離の取り方,間合いがわからないからだ。親しくなると,不意に間合いを詰めて,相手のパーソナル距離に踏み込んでしまったりする。そのあたりの機微がわからない。
ときどき本人は気づかず,ずかずかと無遠慮に踏み込み,「相手の心にいっぱいひっかき傷をつける」と言われる。自分の想いをぶつければいいというものでもない。それは開示というよりは,構えなしの居合抜きの気配だ。
本当は,相手がもっと踏み込んでほしいと思っている時も,逆にそれが読めずに,遠慮というか,照れ隠しというか,遠巻きにしていて,近づきたくないのだと,相手が逆読みして,関係が途切れることもある。そんな時に,自分が取り残された感じがするのは,双方向の関係がつくれていないためだ。
では,親しくなったらいいのかというと,それはそれでいっそう難しい。どんなに親しくなっても,その分,微妙な距離の取り方がますます難しくなる。自分としては,同じ土俵の上で,結構いい関係性にあると思い込んでいるのだが,相手から,「居心地がわるい」と言われて,そのことに驚く。「えっ,そうなのか」と,こっちの無神経さが浮き彫りになる感じで,こっちが逆に居心地悪くなる。自分がまた距離を測り損ねたことに落ち込む羽目になる。
まあ,僕が人の心や感情が読めないだけの話かもしれない。というか僕が勝手読み,希望的思い込みをしているだけで,人との間合いなどという高尚な話ではないのかもしれない。
でも事態は同じだ。相手の気持ちや感情や思いが読み切れないというのは,結果であって,相手とどういう関係性にあるかが,少し客観的に見ることができない,つまり距離感が測れないということに変わりはない。
人との距離の取り方の難しさに気づいたのはいつごろだったろうか。何度も転校するたびに,自分の居場所がなかなか見つからない。居場所が見つかるころには,転校せざるを得なかった。しかし,不思議といじめられた経験はない。仲間外れにされた経験もない。まあ,人懐っこかったのだろう。笑顔で人をごまかすのには,その頃も無意識で長けていたのかもしれない。いやそうではなく,相手が,お客さん状態においていただけで,本格的な関係づくりに入れないままいなくなる,を繰り返していただけかもしれない。
いつも,放った言葉が中空を流れていくのが見える,そんな感じだ。相手に届かない時は,それがそのままシャボン玉のように消えて行く。
相手の言葉が見えるのに,その意味が何色にも見えたりする。そのどれかが選択しきれない。どれを選択していいかわからない。だから黙る。次の言葉はやってこない。
あるいは,勝手読みしすぎてしまう。勝手に狎れると,自分の勝手読みで相手との関係を思い込む。そうすると,傷つけるか,傷つけられるか,そのあたりは,至近距離の居合抜になる。それまでは,とりあえず借りてきた猫状態で,様子を見る。その飛躍というか,中間のない,接近法なのかもしれない。ゆっくりと,じりじり間合いを詰めていくというのが,苦手だ。まだるっこしい。それも,人との距離感に馴れない理由なのかもしれない。
面倒くさくなると,引き篭もる。誰とも会わないか,雑踏を遠くから眺めている。黙って立っている自分を自分で開き直るしかない。
非礼であると承知のまま
地に直立した
一本の幹だ (石原吉郎「非礼」)
そうやって自分一人でいることを好む。それを自恃と呼んできた。而立をそう解釈した。
一期にして
ついに会わず
膝を置き
手を置き
目礼して ついに
会わざるもの(石原吉郎「一期」)
という間合いが好きなのは,面倒を避けているからかもしれない。石原吉郎の詩に惹かれるのは,そういう自分の尖り方を,言語化してくれていると解釈しているせいかもしれない。
西垣通さんは,こう書いている。
われわれはよく,情報や知識を共有するとか,心を開いて共感するとか言う。だが,それらはあくまでも,心がほんとうは閉じているという絶望的な事実をふまえた上での,一種の希望以上のものではない。
心とは徹底的に「閉じた存在」なのである。自分の痛みのようなクオリアは,他人には決して分かってもらえないことが,その証拠といえる。
私のクオリアとあなたのクオリアのあいだには当然,渡れないギャップがあるのだ。同じ赤色を見ていても,両者が見ているのが同じ色だという保証はない。その意味で,クオリアレベルで見ると,人は皆,閉鎖系の閉じた存在なのだ。感情も,感性も,知覚も,本当に共有できるという保証はない。
だからといって,もちろん,希望を捨てる,と言っているのではない。
参考文献;
西垣通『集合知とは何か』(中公新書)
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黙っていても
考えているのだ
俺が物言わぬからといって
壁と間違えるな(壺井繁治)
という詩がある。ここで言っているのは,沈黙は,何も考えていないということではないという,沈黙の非言語表現のことだったが,たしかに,言葉になるのは,
思いの20〜30分の一だか,ほとんどは,言葉にならないか,言葉で,丸められている。
まあ,
言われたことばより
言われなかった思いの方が重い
語られたことより,
語られなかったことの方が深い
には違いないが,ヴィトゲンシュタインではないが,
およそ言いうることは言い得,語りえないことについては沈黙しなければならない。
ということもある。つまり,
語りえないのである。
語る手立てがないのか,
語る言葉がないのか,
語るには掬えないほど重いのか,
語るにはまだ意識に上ってこないものがあるのか,
言ってみて,口に出してみて,初めて,それは違う,という自分の言いたいことと言わなければならない思いとが,微妙な齟齬を持っているのに気づくことがある。
私の言語の限界が私の世界の限界を意味する,
とヴィトゲンシュタインは言う。その意味では,言葉にできないということは,それが,私に見える世界の視界を限るものなのだ。でも,ヴィトゲンシュタインは,
私の心の限界が私の世界の限界である。
という。ということは,言語化されることで,私の世界は広がる,とも言える。言語より,心は広い,意識より,無意識は遥かに広い。
沈黙は,確かに重い,
しかし黙っていては,いないも同じだ,と僕は思う。
黙るということは,アクティブではなく,受け身な行為にしか見えない。仮に,抗議の沈黙でも,黙っている限り,事態は動かない。動かすためには,言葉にしなくてはならない。
言葉にすることは,口に出すにしろ,書くにしろ,手振りをするにしろ,物理的に波風を立てることだ。バタフライ効果ではないが,この世は複雑系だ。単純に因果だけでは動かない。
その意味で,黙るということが罪であることに変わりはない。
ひとつは,自分の想いに対して,
ひとつは,自分の存在に対して,
ひとつは,この世界に対して,
ひとつは,この世界の同時代の人に対して,
ひとつは,この世界の次世代の人に対して,
黙ること自体で,不作為の罪,「為さざることの罪」になる。
ふと思い出したのは,メラビアンの法則である。
これは,矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について,他人にどのように影響を及ぼすかを判断する,あの(有名な)アルバート・メラビアンが行った実験結果である。
これは,好意・反感など,態度や感情のコミュニケーションにおいて,感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたとき,人の行動が相手にどのように影響を及ぼすかというものだが,それは,
話の内容などの言語情報が7%,
口調や話の早さなどの聴覚情報が38%,
見た目などの視覚情報が55%
の割合であった,というのである。まさに,言葉にならないことのほうが,はるかに影響が大きいが,それは,言わずとも,振る舞いに現れている,ということだ。
なら,口に出そう。どうせ伝わっているのだ。そこで黙っているのは,相手に勝手解釈を許すことになる。それをも,許したことになる。
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