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コトバ辞典
桃花染(ももそ)めの浅(あさ)らの衣(ころも)浅らかに思ひて妹に逢はむものかも(万葉集)
の、
上二句は序、
桃花染め、
は、
衛士など、下級の人の服色、
で、
桃色染めの色の浅い着物、その色浅い着物のように、軽い気持ちで、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
桃色染(ももそ)め、
とは、
桃色に染めること、
また、
その色、
を言うが、冒頭の歌の原文は、
桃花褐 淺等乃衣 淺尓 念而妹尓 将相物香裳、
とあり、
桃花褐、
を、ここでは、
桃花染(ももそ)め、
と訓んでいる(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、実は、
桃花褐、
の訓みについては、諸説あり、
桃染(ももそ)めの浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも、
と、
ももそめ(紀州本/古義・新考・全釈・総釈・窪田評釈・全書・全注釈・評釈万葉集・新体系・岩波文庫等々)、
と訓ます以外に、
もものはな(元暦校本・西本願寺本・廣瀬本・類聚古集・古葉略類聚抄・京都大学本(左に赭「ものはな」あり)等々)、
あらそめ(神宮文庫本・細井本・西本願寺本上の別筆・他仙覚本系、版本/拾穂抄・代匠記・童蒙抄・万葉考・略解等々)、
あらかち(村田右富実「万葉集巻十二二九七〇番歌「桃花褐」について」)、
つきそめ(旧大系・旧全集・全訳注・新編全集・和歌大系・全歌講義等々)、
等々とある(村田右富実「万葉集巻十二二九七〇番歌「桃花褐」について」)。たとえば、
桃花褐(つきそめ)の浅(あさ)らの衣浅らかに思ひて妹(いも)に逢はむものかも、
と、
つきそめ、
と訓ます(https://art-tags.net/manyo/twelve/m2970.html)場合も、訳は同じく、
桃(もも)の色に染めた薄い色の着物、
としている(https://manyoshu-japan.com/10608/)。
どれが正しいかは判別できないが、
桃花褐、
の、
褐、
を、延喜式で、
退紅、
を、
あらそめ、
と訓む例があるらしいが、『大言海』は、「桃染」(ももそめ)を、
退紅(あらぞめ)に同じかるべし、
としている。ただ、
褐、
に、
染める義はない、
とある(村田右富実「万葉集巻十二二九七〇番歌「桃花褐」について」)。で、漢字、
褐、
は、
ひからびてごつごつした繊維の布、
毛織りの粗末な衣服、
麻や葛(くず)の繊維で織った衣服、
とあり(漢字源)、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、
「枲(あさ)を編みたる韤(くつ)なり。一に曰く、粗衣なり」とあり、靴たびや粗衣の類をいう、
とある(字通)。
褐、
は、
布、粗衣、
で、新撰字鏡(平安前期)に、
褐、胡葛反、入、衣褐也、毛布也、被也、麻也、
黄褐、豆留波美、
K褐、如字、
で、この、
豆留波美、
は、
つるばみ、
で触れたように、
つるばみ染め、
は、
実の煮汁をそのまま使うと黄褐色、
が得られ、
灰汁を媒染剤とすると黄色、
が強くなる。これを、
ツルバミ(橡)色、
と呼ぶ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%8C%E3%82%AE)。さらに、媒染材に、
鉄を加える、
と、染め上がりは黒から紺色になる(仝上)とある、
その色は、古代では、
衣服令義解(りょうのぎげ 833年、養老令の官撰注釈書)に、
家人奴婢橡K衣(謂橡、櫟木實也、、以橡染潤iきぬ)、俗云橡衣)、
とあるように、
紅(くれなゐ)はうつろふものぞ都流波美(ツルハミ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも(万葉集)、
と、
古代では、身分の卑しい人の着る衣服の色(精選版日本国語大辞典)、
を言うが、
桃花褐、
の、
桃花染め、
の、
桃色に染めたもの、
は、『令義解(718)』衣服に、
衛士。p縵頭巾。桃(もも)染衫。白布帯、
とあるように、似たように、
下級官僚の着る衣服の色、
ということになる。この色は、上述したように、
つきそめ、
あらぞめ、
とも訓ますが、
現代で言うピンクとは違う淡く優雅な桃色、
とある(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12158955787)。ちなみに、
退紅、
は、平安時代以降、
たいこう、
と訓ませ、
褪紅、
とも当て、
薄紅(うすくれない)の染色、
で、
江家次第(1111頃)に、
左退紅布袍 是、近衛常袍也、
仕丁二人、著荒染、
などとあり、また、
あとに立たる退紅の仕丁に、是はいかなる人にて御渡候ぞ、と問ば(御伽草子・秋の夜の長物)、
と、
薄紅の狩衣、
の意で、
上流貴族の家の下部(しもべ)の着衣。また、それを着た者、
の意などで使い、上述の、
養老の〈衣服令〉の武官朝服に見える桃染衫(さん)が原型であろう、
とある(世界大百科事典)。ついでに、
仕丁、
は、
しちょう、
してい、
じちょう、
と訓ませ、律令制では、
公民の成年男子に課せられた力役(りきやく)。また、その人、
を指し、
つかえのよぼろ、
とも呼ばれ、
諸国から五〇戸に二人の割合で、正丁を京にのぼらせ、官司に分配して三年間労役に服させた。二人のうち実働する者を立丁(りってい=直丁・駆使丁)といい、他の一人は立丁のために生活の世話をし、廝丁(しちょう)といわれる。女性に課せられた場合は女丁(にょてい・じょちょう)といわれるが、その数は少なかった、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
中央官庁、および封戸(ふこ)主である親王家・大臣家・寺社の雑用に従事した、
とされる(広辞苑)が、平安時代以降には、
宮中・貴族の家や寺社などで、雑役に使われた下男、
雑役に従う人夫、
下僕、
を指した(精選版日本国語大辞典)。なお、
桃花褐、
を、
つきそめ、
と訓ませることとの関連でいうと、
トキ、
は、
桃花鳥、
鴇、
鵇、
朱鷺、
と当て、
ツキの転、
としている。
ツキ、
は、
鴇、
鴾、
紅鶴、
鳭、
とあて(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
トキ、
の古名である(仝上・大言海)。
桃花鳥、
というのは、
鵇色(ときいろ)、
から来ている。
鵇色、
は、
薄い桃色、
であり、「トキ」を、
紅鶴、
というのも、「トキ」の、
鵇(とき)の翅の如き色、
で、それを、
薄紅の灰色を帯ぶる、
とする(大言海)。和名類聚抄(931〜38年)に、
鳭、豆木、俗用鵇字、桃花鳥、紅鶴、
字鏡(平安後期頃)に、
鵇、豆支、又、太宇、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
紅鶴、ツキ、
とある。その翅の色が、染色に色として残ったところからみると、
桃花褐、
を、
つきそめ、
というのに根拠がないわけではない。
とき、
と呼ぶようになったのは、
江戸の頃、
とある(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12158955787)。
「桃」(漢音トウ、呉音ドウ)は、
会意兼形声。兆(チョウ)は、ぱんと左右二つに離れるさま。桃は、「木+音符兆」で、その実が二つに割れるももの木(漢字源)、
会意兼形声文字です(木+兆)。「大地を覆う木」の象形と「うらないの時に亀の甲羅に現れる割れ目」の象形(「前ぶれ」の意味だが、ここでは、「2つに割れる」の意味)から、2つにきれいに割れる木の実、「もも」を意味する「桃」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji308.html)、
と、会意兼形声文字とする説のほかは、
形声。「木」+音符「兆 /*LAW/」。「もも」を意味する漢語{桃 /*laaw/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A1%83)、
形声。木と、音符兆(テウ)→(タウ)とから成る。「もも」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は兆(ちよう)。〔説文〕六上に「果なり」とあり、桃をいう。〔周礼、夏官、戎右〕「牛耳・桃茢(たうれつ)を贊(と)る」とあり、祓禳の呪能があるとされた。神を驚かすおそれがあるので、廟中には用いない。祓邪の儀礼に、桃弧棘矢(きよくし)を用いることが多い。〔詩、周南、桃夭〕は祝頌の詩である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
村田右富実「万葉集巻十二二九七〇番歌「桃花褐」について」(https://kansai-u.repo.nii.ac.jp)
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赤絹(あかきぬ)の純裏(ひたうら)の衣(きぬ)長く欲(ほ)り我(あ)が思ふ君が見えぬころかも(万葉集)、
の、
上二句は序、「長く」を起こす、
とあり、
赤絹(あかきぬ)の純裏(ひたうら)の衣(きぬ)、
は、
紅く染めた絹の総裏の着物、
で、
これだけが袖も長くて上等な着物、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
純裏衣、
は、
ひたうらのころも、
とも訓ませるが、
直裏衣、
ともあて(大言海)、
表裏同じ色なる布帛の衣、
とあり(仝上)、「ひたうら」が転訛して、
褨襁(ひむつき)の拾ひ髪には木綿(ゆふ)肩衣(かたぎぬ)純裏(ひつら)に縫ひ着頸(うなじ)つきの童髪(わらはがみ)には結ひ幡(はた)の袖つけ衣(ごろも)着し我れを(万葉集)
と、
ひつら(純裏)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)が、また、
むさう、
ともある(大言海)。この、
むさう、
は、
ひたうらのころも
に、
無雙(ノ)衣、
とあて、
表も裏も同一の布帛で、縫ひ作つた衣服、
とある(折口信夫「萬葉集辭典」)。つまり、
むさう、
は、
ひたうらのころも、
と同義になる。ちなみに、
布帛(ふはく)、
は、
布と帛、
つまり、
木綿ものと絹もの、
の意だが、ひろく、
織物、布地、
の意でも使う。
むそう、
は、
無双、
とあて、
少(わか)くして、博く經籍を學ぶ。馬融、常に之れを推敬す。時人之れが語を爲して曰く、五經無雙、許叔重(叔重は許慎の字(あざな))と(後漢書・許慎伝)、
と(字通)、
並ぶことのないこと、
二つとないこと、
つまり、
天下無双の弓取り、
などと、
無比、
無二、
の意(広辞苑・精選版日本国語大辞典)だが、
夢想、
とも書き、
若後家のたばこむさうの箱から出(「柳多留拾遺(1801)」)、
と、
器具などの作り方が、不思議な、または巧妙・自在であること。また、そのもの、
をいい(仝上)、さらに、
むさうの袷に着換へさせ(浮世草子「男色木芽漬(1703)」)、
と、やはり、
夢想、
ともあて、
衣服が、裏返しても着られるように、表裏とも同じ布地で同じ体裁にできていること。また、そのもの、
を指し(仝上)、
夢想(無双)仕立て、
夢想(無双)羽織、
などという(岩波古語辞典)。
「純」(@漢音淳・呉音シュン、A漢音呉音シュン、B漢音トン・呉音ドン)の異体字は、
纯(簡体字)、𠄤(古文)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%94)。音は、「純糸」と、模様織りの端にはみ出た地糸、また、赤は赤、黄は黄のように、色の交じらない糸の意、「清純」「純白」と、混じりけのない意は、@の音。布の端、へりの意、布の端に垂れたふち、また布地の長さの単位(一純は端から端まで二十尺)の意は、Aの音。「白芽純束」と、つつむ、束ねる意の場合、Bの音となる(漢字源)。字源は、
会意兼形声。屯(チュン・トン)は芽が地上に出かねてずっしりと精気をたくわえているさま。純は「糸+音符屯」で、布地の両端の房がずっしりと垂れたことを示す。房の糸は単色で、他の色が混じらないので、純色の糸の意となる(漢字源)、
会意兼形声文字です(糸+屯)。「より糸」の象形と「束ねた髪飾りをつけた幼児」の象形(「まじりけのない美しさ」の意味)から、「まじりけのない糸」を意味する「純」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji926.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「糸」+音符「屯 /*TUN/」。「きぬいと」を意味する漢語{純
/*dun/}を表す字。のち仮借して「きよい」「きよらか」を意味する漢語{淳 /*dun/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%94)、
形声。糸と、音符屯(トン)→(シユン)とから成る。混じり物がない、また、「もっぱら」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は屯(じゆん)。屯は織物の糸の末端を結びとめた形。〔説文〕十三上に「絲なり」とし、屯声とするが、金文に屯を純の意に用い、「玄衣黹屯(黻純(ふつじゅん))」「徳を秉(と)ること共屯(恭純)」のようにいう。屯は純の初文。のち屯を屯集、純を純一の意に用いる(字通)、
と、他は形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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ふる雪は消えでもしばしとまらなむ花も紅葉も枝になき頃(後撰和歌集)
の、
とまらなむ、
は、
とどまってほしい、
と訳す(水垣久訳注『後撰和歌集』)。
とまる、
は、
止る、
留る、
停る、
泊る、
等々と当て分ける、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、ラ行四段活用自動詞の、
たま(溜)る(同質のものがひと所に次第に集まり、止まってじっとしている)の母音交替形、
で、
物の進行がその時点まで続いてきて、そこで一切の運動は無くなるが、その物はそこにある意。類義語トドマルは、物事の進行はやんでも、やんだ地点での物事の小さい動きは止まない意、ヤム(止)は、継続している現象や動作がその時点で消えてなくなる意、
とあり(広辞苑・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)、
タマル(溜)の母音交替形(岩波古語辞典)、
以外に、
トム(止・留)の自動詞形(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ツマルの転(大言海・和訓栞)、
ト(所)を活用した語(日本語源=賀茂百樹)、
等々の由来があるが、意味からは、
止む、
溜(たま)る、
なのだろう。ここでは、
後に残る、
消えずに残る、
意である。
とまらなむ、
の、
なむ、
と表記する言葉には、
上代の係助詞「なも」の音変化。「なん」ともいう、係助詞・終助詞の「なむ」、
完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む(ん)」の、連語「なむ」
上代東国方言、動詞・動詞型活用語の終止形に付く。推量の助動詞「らむ」に同じ「なむ」、
「希望の「な」の下に助詞「も」の添った形で希求する意を表す助詞、
などがあるが、ここでの、
なむ、
は、
「希望の「な」の下に助詞「も」の添った形で希求する意を表す助詞、
で、助詞ではあるが、古くは、
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万葉集)、
上(かみ)つ毛野(けの)乎度(をど)の多杼里(たどり)が川道(かわぢ)にも子らは逢はなも一人のみして(仝上)、
と、
なも、
で、
活用語の未然形を承ける。「希望の「な」の下に助詞「も」の添った形である。「も」は事の成否につき、不確実・不可能視する意味を根本にもつ助詞であるから、「なも」は率直に「な」と誂えるよりも、遠慮して不可能と思いながら、希求する意を表す、
とあり(岩波古語辞典)、この、
なも、
は、のちに、
我妹子は釧(くしろ)にあらなむ左手のわが奥の手に巻きて去(い)なましを(万葉集)、
飽かなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなむ(古今和歌集)
と、
なも→なむ、
と、
なも、
から、
なむ、
に転ずる。この、
なむ(なも)、
は、上述した、係助詞の、
上代の係助詞「なも」の音変化。「なん」ともいう、係助詞・終助詞の「なむ」、
と、
なも→なむ→なん、
と、転訛する「なむ」は全然別のものである(岩波古語辞典)。ただ、この、
なむ、
に言及するものはほぼないが、この「なむ」は、
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(万葉集)、
を、
願望の助詞「なむ」の古形(伊藤博訳注『新版万葉集』)とするように、
青山に日が隠らばぬばたまの夜は出(い)で那牟(ナム)朝日の笑(ゑ)み栄え来て(古事記)、
と使う、
文末にあって動詞・助動詞の未然形を受け、ある行動・事態の実現を期待し、あつらえ望む意を表わす、
終助詞の、
なむ、
との関係が微妙である。この終助詞、
なむ、
も、古形は、
明き浄き心を以ちて仕え奉る事によりてなも天つ日嗣は平けく安けくきこしめし来る(続日本紀)、
と、
なも、
で、のちに、
惟光とく参らなんとおぼす(源氏物語)、
と、
なん、
と転訛していく。少なくとも、語源的に関係があるのではないか、という気がするが、それに言及するものはないようだ。
さて、で、元に戻して、冒頭の、
「希望の「な」の下に助詞「も」の添った形、
の、
なも、
が、
なも→なむ、
と転訛した、
なむ、
であるが、
なむ、
の、
な、
は、
勧誘・希望・決意、
を表す(岩波古語辞典)、
終助詞(広辞苑)、
で、接続は、
活用語の未然形に接続して分を終止させる(広辞苑)
活用語の未然形を承ける(岩波古語辞典)、
活用語の未然形に付く(学研全訳古語辞典)、
動詞・動詞型助動詞の未然形に付く(デジタル大辞泉)、
動詞・助動詞の未然形を受けて希望の意を表わす上代語(デジタル大辞泉)、
と、未然形を承け、
霜露に衣手ぬれて今だにも妹ががり行かな夜は更けぬとも(万葉集)、
と、一人称が主語の場合は、
話し手の希望・決意、
梅の花咲きたる園の青柳をかづらにしつつ遊び暮らさな(万葉集)、
熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出(い)でな(万葉集)、
の、
一人称複数や、
梅の花盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり(万葉集)
の、
二人称や、
道の中國つみ神は旅行きもし知らぬ君をめぐみたまはな(万葉集)
の、
三人称が主語の場合、
勧誘・慫慂を表す、
例が多い(岩波古語辞典)とし、その点では、助動詞、
む、
とほとんど同じ意味を表すが、活用はしない。この「な」の方が古い語なのであろう(仝上)としている。つまり、用例のひとつは、
鳰鳥(にほどり)の淡海(あふみ)の湖(うみ)に潜(かづ)きせ那(ナ)(古事記)、
と、自己の行動に関しての希望や、その実現の意志・願望を表わし、
……しよう、
……したい、
意、
ほととぎす聞けども飽かず網捕りに捕りてなつけな離(か)れて鳴くがね(万葉集)、
と、願望・要求・勧誘の意を表し、
……したい、
……しよう、
……してください、
の意、
教へ賜ひ趣(おもぶ)け賜ひながら受け賜はり持ちて、忘れず失はず有るべき表(しるし)として一二人を治め賜波奈止那毛(はナとなも)(続日本紀)、
と、他者の行動の実現を希望し、
……してほしい、
意と使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。この終助詞とされる、
な、
には、以上の、
希望の意、
以外に、
禁止の意、
のものがある。このうち、
希望の「な」は、上代特有のものである。意味の面では、助動詞「む」とかなり接近したもので、例えば、
沖辺より船人のぼる呼び寄せていざ告げ遣らむ旅の宿りを(万葉集)、
に、
あるは云はく、
として、
旅の宿りをいざ告げ遣ら奈(ナ)、
とあるように、
告げ遣らむ、
に対して、
告げ遣らな、
が異伝としてあったといったことでもうかがわれるが、中古に入ると、
「む」にその席を譲って、希望の「な」は用いられなくなる、
とある(精選版日本国語大辞典)。一方、禁止の意の、
な、
は、
今日まで用いられてきた。同じく禁止の言い方である、
な…そ、
とともに訓点資料には見られず、また、
な、
は、
な…そ、
の形による禁止表現よりも直接的できびしいものといわれ、中世以降、禁止表現としては、「な」の方がよく用いられたが、
相構而(あひかまへて)一所へばし落ちぬるな(保元物語)、
懸入る敵に中を破(わら)れな(太平記)、
と、連体形を受けるもの、連用形を受けるものなどが現われる(仝上)とある。ちなみに、この禁止の意を表す終助詞、
な、
は、
水(みな)そそく鮪(しび)の若子(わくこ)を漁(あさ)り出(づ)那(ナ)猪(ゐ)の子(日本書紀)、
と、文末にあって動詞・助動詞の終止形(ラ変は連体形)を受け、禁止の意を表わし(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、
……(する)な、
の意で、
後(のち)は、汝鳥(などり)にあらむを命は那(ナ)死せたまひ曾(ソ)(古事記)
の、
な……そ、
よりも強い禁止を表す(仝上)。禁止の、
な、
は、
汝ら疑ふことなとのたまふ(金光明最勝王経・平安初期点)、
と、
禁止の副詞「な」、
の、
文末におかれるものと起源的には同一である。平安時代には漢文訓読にも用い、
大和路は雲隠(くもがく)りたりしかれどもわが振る袖をなめしと思ふな(万葉集)
かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな(源氏物語)、
と、
男子の上位の者が下位の者に対して用いる禁止表現となり、並行して行われた、
な(副詞)……そ、
が、女子のいる、また助詞に対して用いる優しい禁止表現であるのと相違があった(岩波古語辞典)とする。この、
な、
は、奈良・平安時代には、
活用語の終止形を承ける、
が、院政期以後、
其の貸しを恨みて不覚するな(昨日より今日)、
と、
終止形の位置に進出するにつれて連体形を浮けるように変わった(仝上)とする。上述の、
連体形を受けるもの、連用形を受けるものなどが現われる(精選版日本国語大辞典)、
とあるのはこのことである。副詞の、
な、
は、
遠き妹が振り放(さ)け見つつ偲ふらむこの月の面(おも)に雲なたなびき(万葉集)、
と、動詞・助動詞の連用形(カ変・サ変では未然形)の上に付き、すぐ下の動詞の表す動作を禁止する意を表し、
……(する)な、
……(してくれる)な、
の意で、この副詞の、
な、
に、終助詞、
そ、
を加えた(学研全訳古語辞典)、
な……そ、
は、相手に懇願し、婉曲に禁止の気持を示し、
どうか……してくれるな、
どうぞ……してくださるな、
の意になる(仝上)。この、
な……そ、
は、上述した、終助詞「な」に比してもの柔らかで、あつらえに近い禁止の意を表す(学研全訳古語辞典)とある。本来はこの、
「な」のあとに、連用形(カ変・サ変の場合は命令形の古形「こ」「せ」)を置くだけで、禁止の表現として十分であり、最後に添えられる「そ」は、禁止の気持をさらに強める働きをするものであったらしい。ただし「そ」を添える言い方も古くからあり、「な+連用形+そ」という型は、禁止表現の型として、早く固定した。中古末には「な」を落とした「…そ」という形で、禁止を表わすようにもなったが、近世には見られなくなる。この、「そ」に関しては、(イ)サ変動詞の古い命令形、(ロ)サ変動詞の古い未然形、(ハ)係助詞「そ」とつながるものなどの説がある(精選版日本国語大辞典)。
閑話休題、
「希望の「な」の下に助詞「も」の添った形、
が、
なも→なむ、
と転訛したが、元の、
なも、
の、
も、
は、
かも……かも、
で触れたように、
疑問詞を承ける係助詞の一つ、
で(岩波古語辞典)、やはり、種々の語に付く(デジタル大辞泉)。
「も」は、承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役割をする。これも格に関係なく、主格にも目的格にも補格にも用いる。承ける語を不確実なものとして提示するばかりでなく、下文も、打消・推量・願望などの不確実な表現で終わるものが多い。「も」は承ける語を不確実なものとして扱うので、否定の形となる時には、全面的な否定になる。(中略)或ることを確実であると確信できない意味を表す「も」の用法から、「これもあれも」と不確実なものを二つ並べる気持ちを表し、「も」は並立の意味を表したり、類例を暗示したりするのにも用いられた、
とある(岩波古語辞典)。係助詞、
も、
は、
体言・副詞・形容詞や助詞などを受ける。「は」と対比される語で、「は」が幾つかの中から一つを採り上げる(それ以外は退ける)語であるのに対して、「も」はそれを付け加える意を表す。格を表す語ではなく、主格・目的格・補格など種々の格に当たる部分につかわれる。「も」を受けて結ぶ活用語は、意味に応じて種々の活用形となるが、通常は終止形で結ぶ(広辞苑)、
「も」は、文を言い切る力が文末にかかっていって、文末の述語は終止形となる。このような働きがあるところから、「も」は係助詞とされる(「は」も同様である)。このときの結びは終止形で、普通の文の言い切りの形(終止形)と同じである。この点が、連体形結び・已然形結びになる他の係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」とは異なっている。また、係助詞「ぞ」「こそ」が付いた、「もぞ」「もこそ」は不安や懸念の意を表すことが多い。(学研全訳古語辞典)、
などとあり、文中用法は、まず、文中の種々の連用語を受け、
太刀が緒母(モ)いまだ解かずて襲(おすひ)を母(モ)いまだ解かねば(古事記)、
と、
…も、
の意で、
同類のものが他にあることを前提として包括的に主題を提示する。従って多くの場合、類例が暗示されたり、同類暗示のもとに一例が提示されたりする。類例が明示されれば並列となる。単文の場合は活用語を終止形で結ぶ、
使い方や、
沖つ鳥胸(むな)見る時羽叩(はたた)ぎ母(モ)こはもふさ(適)はず(古事記)、
と、
主題を詠嘆的に提示、
したり、
我が命謀(モ)長くもがと言ひし匠(たくみ)はや(日本書紀)、
と、
願望の対象を感動的に提示する、
使い方がある(精選版日本国語大辞典)。また、
男も女も恥ぢかはしてありけれど(伊勢物語)、
と、列挙・並列の意で、
…も…も、
家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり(土佐日記)、
と、添加の意で、
もまた、…も、
帳(ちやう)の内よりも出(い)ださず、いつき養ふ(竹取物語)、
と、類推の意で、
…でも、…さえも、
家に行きて何を語らむあしひきの山ほととぎす一声も鳴け(万葉集)、
と、最小限の希望の意で、
せめて…だけでも、
何も何も、小さきものは皆うつくし(枕草子)、
と、不定の意を表す語に付いて、
…もみな、
限りなく遠くも来にけるかな(伊勢物語)、
と、感動をこめて意味を強め、
…もまあ、
の意等々で使う(学研全訳古語辞典)。係助詞、
も、
の、文末用法は、文末、文節末の種々の語に付いて(学研全訳古語辞典)、
はしけやし我家(わぎへ)の方雲居立ち来母(モ)(古事記)、
と、
…なあ、…ね、…ことよ、
と、詠嘆の意を表すが、
文末の終止形(文中に係助詞がある時はそれに応ずる活用形)およびク語法を受けて詠嘆を表わす。体言を受ける場合は同じく詠嘆を表わす他の係助詞が上接して「かも」「はも」「そも」などの形となる。終助詞とする説もある、
とある(精選版日本国語大辞典)ように、係助詞、
も、
の、文末用法も、
終助詞、
も、
との区別が付けにくい。終助詞、
も、
は、
終助詞、活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法について、詠嘆の意を表す。体言には「かも」「はも」などの形で用いる。「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
終助詞。文末で、活用語の終止形、助詞、接尾語「く」に付く。感動・詠嘆を表す。…ことよ。…なあ。「かも」「ぞも」「はも」「やも」、主に上代の用法で、その後は「かな」に代わった。係助詞の終助詞的用法ともいう(デジタル大辞泉)、
などとあり、
春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影にうぐひす鳴くも(万葉集)、
では、
鶯が鳴いているなあ、
といった意味になる。
難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも(万葉集)、
というような、
終助詞としては、主に奈良時代に例があって、形容詞終止形を承けるものが極めて多い。動詞終止形、あるいは否定形を承けることもあるが、これらの「も」は、用言の叙述を言い放たずに、不確定の意を添えてその表現をやわらげるものと思われる。平安時代以後、文末にはあまり使われなくなった、
とある(岩波古語辞典)。ともあれ、この、
も、
の、
承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役割
から。
なも、
も、
事の成否につき、不確実・不可能視する意味を根本にもつ助詞であるから、「なも」は率直に「な」と誂えるよりも、遠慮して不可能と思いながら、希求する意を表す(岩波古語辞典)、
という意味につながることになる。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
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見欲(みほ)しきは雲居に見ゆるうるはしき鳥羽の松原童(わらは)どもいざわ出(い)で見むこと放(さ)けば国に放けなむこと放けば家に放けなむ天地(あめつち)の神し恨(うら)めし草枕この旅の日に妻放(さ)くべしや(万葉集)
の、
こと放(さ)けば国に放けなむこと放けば家に放けなむ、
の、
ナムは希求の助詞、
で、
同じ引き放(さ)くのなら、国にいるときに引き放してほしいものだ、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
うち靡く春ともしるくうぐひすは植木(うゑき)の木間(こま)を鳴き渡らなむ(万葉集)
の、
鳴き渡らなむ、
の、
ナムも希求の助詞
で、
鳴きわたっておくれ、
と訳す(仝上)。
な-む(助詞)、
で触れたように、
なむ、
と表記する言葉には、
上代の係助詞「なも」の音変化。「なん」ともいう、係助詞・終助詞の「なむ」、
完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「む(ん)」の、連語「なむ」
上代東国方言、動詞・動詞型活用語の終止形に付く。推量の助動詞「らむ」に同じ「なむ」、
「希望の「な」の下に助詞「も」の添った形で希求する意を表す助詞、
などがあるが、ここでの、
なむ、
は、
上代の係助詞「なも」の音変化。「なん」ともいう、係助詞・終助詞の「なむ」、
で、この、
なむ、
も、古くは、
なも、
で、中古には、
なん、
と、
なも→なむ→なん、
と転訛していく。この、
なむ、
は、
疑問詞を承けない係助詞の一つ、
で、
明き清き心を以ち仕へ奉る事によりてなも天つ日嗣は平らけく安くきこしめし来る(続日本紀・宣命)、
(鹿の)異にして奇(くす)しく麗はしく白き形をなも見喜ぶ(仝上)、
と、
「なむ」は奈良時代には「なも」の形で使われた。多く宣命に例があり、歌にはほとんど用いない。それは「なも」が会話体においてすでに持っている内心の確信・信念を強調して表す語であるために、歌の中には用いなかったからであると思われる、
とあり(岩波古語辞典)、その、
明き清き心を以ち仕へ奉る事によりてなも天つ日嗣は平らけく安くきこしめし来る(続日本紀・宣命)、
は、
平らけく安くきこしめし来る[は]明き清き心を以ち仕へ奉る事によりてなも、
というのが順直な表現であり、
異にして奇(くす)しく麗はしく白き形をなも見喜ぶ、
も、
見喜ぶ[は]異にして奇(くす)しく麗はしく白き形をなも、
が普通の形だったと思われる(仝上)。この「なも」が平安時代に入ると「なむ」の形に転じた(仝上)。
なも、
は、『万葉集』ですでに「なむ」を多用。中古には、
会話文・手紙文に多用され、中古末には衰退し始めた。「なん」とも表記されるようになる、
とある(学研全訳古語辞典)。
なも、
なむ、
は、
自分が考えたこと、また伝聞したことによって、すでにその通りと確信を持っていることをあらわす、
とし(岩波古語辞典)、宣命では「思ふ」「聞こしめす」などという動詞と一緒に使われることが非常に多い(仝上)とある。平安時代になると、今昔物語集で、
……となむ語り伝へたるとや、
とあること、また、
なん……ける、
と呼応するものが圧倒的に多いように、
伝聞を表す助動詞「けり」と共に使われることが非常に多い(仝上)。この、係助詞、
なむ、
の性格は係助詞の中においては、やや特異で、
(イ)(A)原則として、「む」「らむ」「けむ」「まし」といった推量系助動詞が結びにならない、
(B)「うれしくてなむ」のように、結びが省略される場合が他と比べて目立つ、
(C)和歌にはほとんど用いられない、
などの文体的制約があり、
(ロ)(A)散文で使用される場合には、物語作品に多く日記作品に少ない、
(B)文の種類としては、地の文、会話文に多く、心話文には少ない、
(C)もっぱら和文資料において用いられ、訓点資料には例を見ない、
などの特徴を有す(精選版日本国語大辞典)とある。この係助詞、
なむ、
は、
体言、活用語の連体形、副詞、助詞などに付く。連用修飾語に付くときは連用形に付く(学研全訳古語辞典)、
上代の係助詞「なも」の変化したもの、名詞、活用語の連用形・連体形、副詞、助詞に付く。中古の散文、特に会話文で多く用いられた。文中にある場合、これを受ける活用語は連体形となるのが原則である。ただし受ける語が接続助詞を伴って下に続く場合は、連体形で結ぶとは限らない(デジタル大辞泉)、
ナモの転、ナンとも。種々の語に付き、その語の内容を強める働きをする。和歌に用いられることは少なく、会話・散文に多い(広辞苑)、
上代の係助詞「なも」の変化したもの、体言またはこれに準ずる語句、および連用語を受け、説明的に事物をとりたてて示す。中古の会話文および解説的性格の散文に多く用いられる(精選版日本国語大辞典)、
とあり、用例を見ると、和歌は少なく、個人的には、
ほととぎすここに近くを来鳴きてよ過ぎなむ後(のち)に験(しるし)あらめやも(万葉集)
の、
いまこの時を過ごした後では、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
なむ、
天雲の行(ゆ)き帰(かへ)りなむものゆゑに思ひそ我(あ)がする別れ悲しみ(万葉集)、
の、
行ってすぐ帰ってくるものに違いないのに
と訳す(仝上)、
なむ、
もそうだと思うが、多くは、
強意、
の意図で、多く散文で使われ、
その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける(竹取物語)、
柿本人麻呂なむ、歌の仙(ひじり)なりける(古今和歌集・仮名序)、
夜半(よなか)うち過ぐるほどになむ、絶えはて給ひぬる」〈源・桐壺〉、
等々と、
文中に用いられて、その付いた上の語句を強調する。文末の活用語は連体形で結ぶ(学研全訳古語辞典)、
文中にあって係りとなり、文末の活用語を連体形で結ぶ(連体形となるべき結びの活用語が、接続助詞に吸収されたり、終止形をとったりする場合もある)。平安時代初期から中期にかけて盛んに用いられ、「なむ…ける」の呼応によって、いわゆる「物語る文体」を織りなし、「伊勢物語」「源氏物語」等の物語文学作品において、特徴的な文体を形成することとなった(精選版日本国語大辞典)、
上の事柄を強く示す意を表す(デジタル大辞泉)、
幾つかの中から取り立てて強調する。幾つかから選ぶために、強調したものについて述べる語は、それ以外への思いをこめて言い切りにはならず、活用語の時は連体形となり、係り結びの関係が生ずる。院政期に終止形・連体形の機能が同一化するのに伴い、連体形終止の独自性が失われ、係り結びに乱れが生じた(広辞苑)、
とあり、それは、
かくかしこき仰せ言を光にてなむとて見たまふ(源氏物語)、
かかる仰せごとにつけても、かきくらす乱り心地になむ(仝上)、
と、
「なむ」で言い切った形になることもあり、「なむ」を受ける結びの「ある」「言ふ」「侍(はべ)る」などを省略した形で、余情を表す(学研全訳古語辞典)、
「……なむ」の後の述語を省略し、余情をこめた柔らかな物言いにする(広辞苑)、
「なむ」を受ける活用語を省略して余情を表わす(精選版日本国語大辞典)、
(文末で)上の事柄を強く示すとともに余情を残す意を表す。…てねえ(デジタル大辞泉)、
という使い方へと転化していく。また、
かかる仰せごとにつけても、かきくらす乱り心地になむ(源氏物語)、
では、
「なむ」の下に連体形「侍(はべ)る」が省略されている、
かたちになる(仝上)し、「なむ」を受ける結びの部分に接続助詞が付いて下に続く場合、たとえば、
年ごろよく比べつる人々なむ別れがたく思ひて(土佐日記)、
では、
「なむ」を受けて連体形「思ふ」となるところだが、下に接続助詞「て」が付くため、連用形「思ひ」となって、結びが消滅する(学研全訳古語辞典)。ただ、この、
結びが省略される、
使い方は、同じ係助詞の「こそ」や「ぞ」に比べて語勢は弱いといわれる(デジタル大辞泉)。
なむ、
は、従来、文末に来た場合も係助詞とされてきたが、
終助詞、
と見る見方になっており(岩波古語辞典)、この、
なむ、
は、普通、
ゆゆしき身にはべればかくておはしますもいまいましうかたじけなくなむ(源氏物語)、
いま四五年をすぐしてこそはともかくもとのたまへば、さなむとおなじさまにのみあるを(仝上)、
院にもかかることなむ聞しめして(仝上)、
あやしくこそ聞こえつべき心地なむする(仝上)、
これなむえ保つまじくたのもしげなき方なりける(仝上)、
等々と、
会話に使われる。源氏物語などでは、文末の「なむ」は、ほとんど「侍り」に置き換えることが出来ると言っても差支えない。つまり「なむ」は相手を鄭重に待遇する、しかし、自分自身は確信をもっている意をこめた判断辞である。その意味は、「自分は心の内で……と確かに思っている」ということを表明することである、
としている(岩波古語辞典)。この、
なむ、
も、上代には同じ意味で、
なも、
を用いたが、
「万葉集」でもすでに「なむ」の方が優勢、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
なん、
とも表記した(学研全訳古語辞典)。格助詞の、
なむ、
と同様、
なも→なむ→なん、
と転訛し、
青山(あおやま)に日が隠らばぬばたまの夜は出(い)で那牟(ナム)朝日の栄え栄え来て(古事記)、
ま遠くの野にも逢はなむ心なく里のみ中に逢へる背なかも(万葉集)、
と、
活用語の未然形に付く。他に対する願望、…てほしい。…てもらいたい意(学研全訳古語辞典)、
文末にあって動詞・助動詞の未然形を受け、ある行動・事態の実現を期待し、あつらえ望む意を表わす(精選版日本国語大辞典)
動詞型活用語の未然形に付く。他に対してあつらえ望む意を表す。…てほしい。…であってほしい意(デジタル大辞泉)
で使うが、
願望の対象に対して積極的に働きかけるのではなく、自分の手の届かない事柄の実現を、いわば、他力本願的に願うのが本義である。上接する助動詞が「ず」「ぬ(完了)」「る(受身)」といった非意志性のものに限られる文法的特徴が見られ、心話文に多く用いられ、会話文で相手に面と向かって用いることがないという文体的特徴もそうした本義を反映している、
とあり(精選版日本国語大辞典)、終助詞による希望表現とされる用法には、
(イ)自らの行動の実現を希望するもの、
(ロ)他者の行動の実現を希望するもの、
があり、これにはまた、
(A)二人称者の行動に関する場合、
(B)三人称的なものの行動・状態に関する場合、
があり、
なむ、
は(B)に相当する(精選版日本国語大辞典)としており、上掲の、
ま遠くの野にも逢はなむ心なく里のみ中に逢へる背なかも、
では、
(遠くの野っ原ででも)逢ってくださればいいのに、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
なむ、
は、
平安女流文学に多く用いられたが、漢字ばかりで書く記録体には「なむ」はほとんど使われなかったので、その文体引き継いだ鎌倉時代の軍記物では、「なむ」の表していた柔らか丁寧な表現は不適当だったものと思われ、軍記物には見えなくなる、
とある(岩波古語辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
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真玉つくをちこち兼ねて結びつる我(わ)が下紐(したびも)の解くる日あらめや(万葉集)
の、
真玉つく、
は、
「をちこち」の枕詞、
玉をつけた緒、
の意、
をちこち兼ねて、
は、
今と将来とを兼ねて、
の意、
遠(おち)も近(こち)もずっと変わらぬ思いで、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
石瀬野(いはせの)に馬太伎(ダキ)行きて遠近(おちこち)に鳥踏み立て白塗(しらぬり)の小鈴(をすず)もゆらに(万葉集)、
の、
馬だき、
の、
だく、
は、
(馬を)操る、
意、この、
をちこち、
は、
あっちこっち、
の意となる(仝上)。
をちこち、
は、
遠近、
彼方此方、
とあて、文字通りには、
遠くと近くと、
の意だが、
宇治川(うぢがは)は淀瀬(よどせ)なからし網代人(あじろひと)舟呼ばふ声をちこちきこゆ(万葉集)、
と、
あちこち、
あちらこちら、
意で、本来は、
「近いところ・遠いところ」を対比的に指した、
と思われるが、漠然と、
各所、
の意でも用いられた(精選版日本国語大辞典)が、時間軸に転じて、冒頭の、
真玉(まだま)つくをちこちかねて言(こと)は言へど逢ひて後(のち)こそ悔(くい)にはありといへ(万葉集)、
と、
将来も今も、
将来と現在、
昔と今、
の意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。平安時代以降は、
主に和歌などに現われる。歌学書で意味が問題にされているところから、遅くとも平安後期には既に日常語ではなかったと見られ、語形の似た「あちこち」が出現する、
とある(精選版日本国語大辞典)。
壹宿の行有り。道の遠近に數有り(管子)
と、
遠近、
を、
えんきん、
と訓ませても、
遠近を問わず、多くの人々が集まる、
というように、
遠い所と近い所、
遠いことと近いこと、
の意で、やはり、
年紀之遠近は只可然様に(「政基公旅引付」永正元年(1504八月一二日))、
と、
年月、日時などのあとさき、
の意でも使う。
遠邇(えんじ)、
も、
遠近、
と同義になる(精選版日本国語大辞典)。
をちこち、
の、
をち、
は、
彼方(をちかた)、
で触れたように、
彼方、
遠、
とあて、
「こち」「そち」の対。「をととし」の「をと」と同源か。一説に、海の意を表すワタの母音交替によってできたとする(広辞苑)、
隔路(へち)の義(大言海)、
コチ(近)のコの発音と対照的な発音ヲをもって、近に対する遠の意を表したもの(国語溯原=大矢徹)、
遠方のものは小さく見えるところから、ヲは小、チはカタ(方)のタの転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ホチ(隔所)の義(言元梯)、
遠い方をいうアチと通じる(和訓栞)、
カノチ(彼内)の義(名言通)、
トヲキ地の上下略か(和句解)、
元来、遠く隔たった向こうの意。代名詞的に、「かなた」「あちら」の意にも用いる(デジタル大辞泉)、
等々、とあるが定まらない。意味は、
白雲の八重に重なるをちにても思はん人に心へだつな(古今和歌集)、
と、
遠く隔たっている場所を指し(遠称)、
また、
ある範囲にはいらない場所、
をもいう(精選版日本国語大辞典)ので、
遠く隔たった場所、遠方、かなた、あなた、
の意、さらに、時間軸に転じて、
遠く隔たっている時を指す(遠称)、
ので、ひとつには、
昨日よりをちをばしらず百年(ももとせ)の春の始めは今日にぞ有りける(拾遺和歌集)、
と、
それより以前、
昔、
の意、また、逆に、
このころは恋ひつつもあらむ玉匣笥(たまくしげ)明けて乎知(ヲチ)よりすべなかるべし(万葉集)、
と、
それより以後、
将来、
の意で使う(岩波古語辞典・大言海)。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
以往、をつかた、
とあるのは、この意になる。上代においては、
方向を表わす代名詞は、指示代名詞に「ち」を付けて、「こち」「そち」等の言い方をするが、遠称にはこのような言い方がなく、「をち」「かなた」がこれを代用している、
とし、上述のように、「万葉集」の例では、
未来、
を表わしているのに対し、中古では、拾遺和歌集の例のように、
過去を表わしていると見られる(精選版日本国語大辞典)。上述の、類聚名義抄に、
以往、をつかた、
とある、
以往(いわう)、
には、
ある時点よりあと。以後。…よりこのかた、
の意と、
已往(いわう)、
の誤用から、
ある時点・基準よりまえ。以前、
の両義があり、類聚名義抄が、どの意で使ったのかははっきりしない。
本来「以往」は将来を、「已往」は過去を意味するが、日本では混同されることが多かった。「以往」は「日本書紀」に三例あり、古訓は全て「ユクサキ」と本来の意味で用いられている。しかし、「風土記」や「続日本紀」の例にも見られるように古くから「以前」の意味で誤用された。「観智院本名義抄」には「以往」にヲツカタ・アナタ・イニシヘ、「已往」にサキの訓がある。「色葉字類抄」では「以往」をサキツカタ・古今部とし、「已往」は掲載されていない。「已往」は「続日本紀」のような適切な使用例があるが、平安鎌倉期以後の用例は少ない。「以後」の意に使われた誤用も一部見えるが「文明本節用集」に「已往
イワウ又作以往」、「塵芥」に「以(左傍「已」)往(イワウ)」とあるように中世では混同していたことがうかがえる、
とある(精選版日本国語大辞典)。なお、
をち、
は、「をち(遠)」が訛って、
をと(遠・彼方)、
ともいう(デジタル大辞泉)が、これは、
現代語の「おととし(一昨年)」「おととい(一昨日)」の「おと」もこの語にもとづき、時間的に遠いことの意を表す、
とある(デジタル大辞泉)。この、
をと、
を使う、
大宮の袁登都波多伝(ヲトツハタデ 彼つ端手)隅傾(すみかたぶ)けり(古事記)、
と、
をとつはたで、
というと、
「をと」は「おち(遠)」の転、「つ」は助詞。「はたで」は「はて(果)の方」、
の意で、
あちらのはし、
の意になる(倉野憲司訳注『古事記』・精選版日本国語大辞典)。
こち、
は、
此方、
とあて(岩波古語辞典・大言海)、
コはこれの意。チは方向を示す接尾語。話し手が自分の居る所、またそれに近い方(方向・場所・時間など)を指していう。中世以後には自分自身を指して言うようにもなった。類義語コナタは、何かがある、そのこちら側を言うことが多かったが、のちにはコチとほぼ意味が重なった(岩波古語辞典)、
此路(コチ)の義か、彼路(アチ)、其路(ソチ)何路(イヅチ)に対す(大言海)、
チはミチ(道)の略(和訓栞)、
コノミチ(此道)の略(類聚名物考)、
コノチ(此地)の義(名語記)、
等々の由来が説かれるが、
話し手の近くを指し示す指示語。「こ」に方向を表す「ち」が付いた形で、「そち」「あち」「いづち」などと系列をなす、
とあり(日本語源大辞典)、
古くから用例があるが、古代には同様に方向を表わす「こなた」の方が多く用いられた。室町時代以降用例が多くなり、「こちら」「こっち」等の形態を派生した。現代共通語では「こちら」「こっち」に勢力を譲って、「こち」はほとんど用いられなくなっている、
とする(仝上)。用例をみると、
「をち」の対、のちに「あち」の対で、
日下部(くさかべ)の許知(コチ)の山と畳薦(たたみこも)平群(ヘぐり)の山の此方此方(こちごち)の(古事記)、
と、話し手側の居る場所・方向をさし示す(近称)。平安時代の仮名文では副詞的に、助詞「へ」や「に」を伴わないで用いられ、
こなたの側、こっち、こちら、
の意(「此方此方(こちごち)」は、「こち(此方)」を重ねたもの。どこと具体的に指さず、不特定の二つ以上の方向ないし領域を指示する(不定称)。あちらこちら。あちこちの意)、
この空間的な方向が、時間軸に転じ、時間的な意の「をち」の対で、
こちよりては大納言の娘の后に立つ例なかりければ(大鏡)、
と、
(過去から見て)現在の方、
の意、
「そち」の対で、一人称の代名詞のように使い、
軽重不得とは、彼は我と重して、こちを軽し、こちも我と重してあれをは軽するほどに(史記抄)、
と、男女ともに用い、対等またはやや上位の相手との話に用いる自称で、
当方、私、手前、自分、また、私ども、われわれ、
の意、
「あち」の対で、
こちのひらつつみのやうにして掛に異にせんためぞ(六物図抄)、
と、外国に対して、
日本、本朝、
の意などで使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。上述したことと重なるが、現代語では、
「ここに」「こちらへ」のように、移動方向・場所を示す格助詞を付けるのが常であるが、平安時代の例では、「こち」が助詞を伴わず動詞を直接に修飾する用法を持っている。副詞に近い働きをしていることになるが、時を表す語の場合は、名詞が副詞に近い機能を果たすので、それに準じて考えることができる、
とある(学研全訳古語辞典)。
「遠」(漢音コエン、呉音オン)の異体字は、
远(簡体字)、逺(俗字)、𢕱、𨖸、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0)、字源は、「遠名」で触れたように、
会意兼形声。「辵+音符袁(エン 間があいて、ゆとりがある)」(漢字源)、
会意兼形声文字です(辶(辵)+袁)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「足跡の象形と玉の象形と身体にまつわる衣服のえりもとの象形」(衣服の中に玉を入れ、旅立ちの安全を祈るさま(様)から、「とおざかる」の意味)から、「とおくへ行く」を意味する「遠」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji212.html)、
と、会意兼形声文字とするものがあるが、他は、
形声。「辵」+音符「袁 /*WAN/」。「とおい」を意味する漢語{遠 /*wanʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0)、
形声。辵と、音符袁(ヱン)とから成る。距離が長い、ひいて「とおい」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は袁(えん)。〔説文〕二下に「遼(はる)かなり」とし、遼と互訓。袁は死者の衣襟のうちに玉(〇)を加え、枕もとに之(あし、はきもの)を加えて、遠く送る意。それより遠方・遐遠の意となる(字通)、
と、形声文字としている。
「近」(漢音キン、呉音ゴン、慣用コン)は、
会意兼形声。斤(キン)は、ふたつの線がふれそうになったさま。または、厂型の物に、<型の斧(おの)の先端が近づいたさまと見てもよい。近は「辵(すすむ)+音符斤」で、そばにちかよっていくこと(漢字源)、
会意兼形声文字です(辶(辵)+斤)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「曲がった柄の先に刃をつけた手斧」の象形(「物を小さくする為の道具」の意味)から距離、時間を小さくする、「ちかづく」を意味する「近」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji211.html)、
と、会意兼形声文字とするものがあるが、他は、
形声。「辵」+音符「斤 /*KƏN/」。「ちかい」を意味する漢語{近 /*ɡənʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BF%91)、
形声。辵と、音符斤(キン)とから成る。「ちかい」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は斤(きん)。〔説文〕二下に「附くなり」とあり、附近の意。もと場所的に接近する意。のち側近・卑近、また近時・近年のように関係や時間の意に用いる。〔詩、大雅、ッ高〕「往け近(こ)の王舅」は䢋(き)の誤字で、䢋は助詞。「往けや王舅」の意である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
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まそ鏡見ませ我(わ)が背子我が形見持てらむ時に逢わざらめやも(万葉集)
の、
持てらむ時に、
は、
(この私の形見(鏡)を)持っていてくださる限り、
と訳し、
逢わざらめやも、
を、
お逢いできないなどということがありましょうか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ざらめやも、
は、
打消の助動詞「ず」の補助活用の未然形「ざら」に、推量の助動詞「む」の已然形「め」、反語を表わす助詞「やも」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
ざら(打消の助動詞「ず」の未然形)(補助活用)+め(推量の助動詞「む」の已然形)+や(係助詞「や」と終助詞「も」の組み合わせで反語を表す)(Copilot)、
とあり、反語的な表現、
…しないであろうか、きっと…する、
…しないだろうか、いや、きっと…するに違いない、
の意で、
命(いのち)をし全(また)くしあらばあり衣(きぬ)のありて後(のち)にも逢は射良米也母(ザラメヤモ)(万葉集)、
では、
あとになって逢えないなどということがあろうか、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
種しあれば岩(いは)にも松は生(お)ひにけり恋をしこひばあはざらめやは(古今和歌集)、
では、
(一途に恋い慕い続けていれば)逢えないなどということがあろうか、
と訳す(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
やは、
は、後述するように、多くは奈良時代に使われた、
やも、
が、平安時代になると、
やは、
がこれに代わって使われた(岩波古語辞典)もので、
やも→やは、
は、意味はほぼ同じになる。
ざらめやも、
の、
ざら、
は、打消の助動詞、
「ず」の補助活用の未然形「ざら」、
になる。
打消しの助動詞、
ず、
は、
ずは、
で触れたように、
動詞・助動詞の未然形を承けて、承ける語の動作・作用・状態を否定する意を表す。形容詞の場合は、「思ふそら安くあらねば嘆(なげ)かくを留(とどめ)めもかねて」「若草の新手枕(にひたまくら)をまきそめて夜(よ)をや隔てむ憎くあらなくに」のように、形容詞の連用形の下に「あり」を加え、「あらず」の形で否定する、
とあり(岩波古語辞典)、
……ない、
……ぬ、
の意味になる(学研全訳古語辞典)。その活用については、
〇・ず・ず・ぬ・ね(岩波古語辞典)、
ず・ず・ず・ぬ・ね・○(精選版日本国語大辞典)、
異同があり、この活用の前に、古い活用形と思われる、
昨日(きのふ)今日(けふ)君に逢わずてするすべのたどきを知らに音(ね)のみしぞ泣く(万葉集)、
と、
に、
の形があり、打消しの助動詞には、
に・ぬ・ね、
の系列があって、この方が古く、後に「ず」が発達したものと思われる(仝上)とあるが、「ず」の活用は、
「ず」の系列「(ず)・ず・ず・〇・〇・〇」
と、
「ぬ」の系列「(な)・(に)・〇・ぬ・ね・〇」
と区別し(デジタル大辞泉)、さらにその不備(「ず」が他の助動詞などに接続しにくい)を補うため、連用形「ず」に動詞「あり」の付いた「ずあり」の音変化形、
「ざり」系列「ざら・ざり・〇・ざる・ざれ・ざれ」、
が生じた(仝上)とする。ただ、「に・ぬ・ね」の系列の未然形「な」については、
他国(ひとくに)に君をいませていつまてか我(あ)が恋ひ居(を)らむ時の知らなく(万葉集)、
しかれども谷片付(かたづ)きて家居(を)れる君が聞きつつ告げなくも憂し(仝上)、
と、「なく」の形で使われるもので、
「ず」の連用形「の」のク語法のひとつである、
と、「な」を否定する説もある(岩波古語辞典)。また、
「ず」には未然形がない、
という説(仝上)では、「ざり」系列についても、
「ず」の未然形としては「ざり」の未然形「ざら」を使い「行かざらむ」「咲かざらば」のように用いる、
としている(岩波古語辞典)。また、連用形「ず」は、
連用中止法として、主として書きことばに用いられている。また、助詞「に」「と」を伴って、「ずに」「ずと」となることも多い(学研全訳古語辞典)とある。
なお、「ざり」系は、
上代には例が少なく、形容詞の補助活用と同様に、「ず」の補助活用として中古以降多く用いられた、
とある(精選版日本国語大辞典)。また、
「ず」には未然形がない、
という説(岩波古語辞典)は、
ず、
の成立についても、
さす竹の皇子の宮人ゆくへ知らにす(万葉集)、
という形は、意味上、
ゆくへ知らず、
と同じなので、古い打消しの「に」に「す」が結合して、
nisu→nzu→zu、
という変化によって、
ず、
という形が成立した(岩波古語辞典)とみなすのに対して、
「ぬ」系列の未然形を認める説(デジタル大辞泉)、
では、
未然形「な」と連用形「に」は奈良時代に用いられたが、「ず」は、この「に」に動詞「す」が付いて成立したものという、
という見方(デジタル大辞泉)もある。そして、この未然形、
な、
は、
接尾語「く」の付いた「なく」の形で後世にも用いられた。また、中世以降、終止形は「ず」に代わり「ぬ」が用いられるようになり、未然形「ず」は室町時代以降「ずば」の形で用いられた。なお、現代では、連用形「ず」は中止法として主に書き言葉で用いられ、終止形は「べからず」の形で禁止の意を表すのに用いられる、
とする(デジタル大辞泉)。この「ぬ」の系列の活用は、
未然形としては、上代、いわゆるク語法の「なく」や東国方言の「なふ」の「な」をあてることができ、連用形の「に」は、上代に「しらに」「かてに」などの連用修飾法、また、万葉集に「梅の花み山としみにありともやかくのみ君は見れど飽か爾(ニ)せむ」の例があって、四段活用と認められる。ただし、終止形、命令形の確かな例は見あたらない、
とある(精選版日本国語大辞典)。「ざり」系に付いては、
連体形の「ざる」 連体形「ざる」に推定・伝聞の助動詞「なり」や推定の助動詞「めり」が付く場合、「ざるなり」「ざるめり」となるが、撥(はつ)音便化して「ざんなり」「ざんめり」となり、さらに「ん」が表記されないで「ざなり」「ざめり」となることが多い(学研全訳古語辞典)、
とも、中世以後の口語では、
「ざり」系では主として「ざった」が目立つほか、連体形の「ぬ」の終止法が一般化した。中世末期には関東では、「ない」が一般化し、関西系の「ぬ」と対立するようになった。関東でも、「ませぬ」の変化した「ません」は広く用いられており、その他慣用的な用法としては「ぬ」系も残っているが、明治以後、国定の読本をはじめ、口語文の標準としては、「ない」に代わられたといってよい、
とある(精選版日本国語大辞典)。
以上のように諸説あるが、一つの考え方として、
ざらめやも、
の、
ざら、
は、
「ず」が他の助動詞などに接続しにくいのを補うため、連用形「ず」に動詞「あり」の付いた「ずあり」の音変化形、
の「ず」の、
「ざり」系列「ざら・ざり・〇・ざる・ざれ・ざれ」、
の、未然形「ざら」ということになる。
ざらめやも、
の、
めやも、
は、
紫草(むらさき)の匂(にほ)へる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに我(あ)れ恋ひめやも(万葉集)、
と、
推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研全訳古語辞典)、
連語「めや」+終助詞「も」(デジタル大辞泉)
推量の助動詞「む」の已然形「め」に反語の意を表わす係助詞「や」、詠嘆を表わす係助詞「も」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
…だろうか、いや…ではないなあ(学研全訳古語辞典)、
…だろうか、いや、そうではないなあ(デジタル大辞泉)、
…することがあろうか、いやそんなことはない。どうして…でなどあろうか(精選版日本国語大辞典)、
と、
反語の意に詠嘆の意を添えたもの(デジタル大辞泉)、
「めや」の反語の意に詠嘆の意が加わったもの(精選版日本国語大辞典)、
で、上掲の歌は、
(人妻と知りながら)どうして恋焦がれたりしようか、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
川の上(うへ)のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも(万葉集)、
では、
(私の方に)折が悪いなどということがあるものですか、
と訳す(仝上)。
めやも、
の、
め、
は、
助動詞「む」の已然形、
になるが、助動詞、
む、
は、
将、
とも当て(大言海)、
ま・◯・む・む・め・◯、
と、四段型活用の、
動作を未来に云ふ助動詞、即ち行かム、落ちム、受けメ、見メ、などの如きなり。このム多くは音便にンと記し、古く、又、東国方言にては、モと用ゐき(大言海)、
「む」は上代から近世まで広く用いられたが、平安時代以後「ん」とも書き、鎌倉時代以後は「う」にも変化した。なお、未然形「ま」は上代、「まく」の形だけに用いられた。また、「めや」(推量の助動詞「む」の已然形「め」に反語を表わす係助詞「や」の付いたもの。推量または意志を反語的に表わし、…することがあろうか、いや、そんなことはない。どうして…でなどあろうか」)という使い方もある(デジタル大辞泉)、
平安時代中期には mu の発音が m となり、さらに n に変わったので、「ん」とも書かれる。また m は ũ から
u に転じて鎌倉時代には「う」を生み、やがて u
の発音は前の語の末の母音と同化して長音化するようになった。活用語の未然形に付く。助動詞「む」の変化した推量の助動詞「う」は、「◯・◯・う・う・◯・◯」の活用で、現実に存在しない事態に対する不確実な予測を表わす。古くは、「む」と同様、すべての活用語の未然形に付いたが、現代では五段活用の動詞、形容詞「…かろ」、形容動詞「…だろ」、助動詞「ます」「です」「た」「だ」の未然形に付く(精選版日本国語大辞典)、
動詞・助動詞の未然形を承ける語で、「む・む・め」と活用する。「ま」という活用語があるように見えるが、それは、「行かまく」「見まく」など、「まく」の形の場合であり、これはいわゆるク語法による語形変化で、未然形ではない。古くは「む」と発音されたが、、後に「ん」に転じ、さらに「う」になって(mu→m→n→u)今日の「う」につづいている(岩波古語辞典)、
などとある、
推量の助動詞、
で、
現実に存在しない事態に対する不確実な予測、
を表わす(精選版日本国語大辞典)が、用法としては、
繊細(ひはぼそ)撓(たわ)や腕(がひな)を枕(ま)か牟(ム)とは吾(あれ)はすれど(古事記)、
みやこいでて君にあはんとこしものをこしかひもなく別れぬるかな(土左日記)、
と、一人称について、話し手自身の意志や希望を表わし、
……しよう、
……するつもりだ、
……したい、
の意、
い及(し)けい及(し)け吾(あ)が愛(は)し妻にい及(し)き逢は牟(ム)かも(古事記)、
などかくはいそぎ給ふ。花を見てこそ帰り給はめ(宇津保物語)、
と、二人称単数につけて、相手や他人の行為を勧誘し、期待する意を表わし、遠まわしの催促・命令の意となり、
……してくれ、
……してもらいたい、
の意、三人称の動作につけば、予想・推量の意を表わし、
山処(やまと)の一本薄(ひともとすすき)項傾(うなかぶ)し汝が泣かさ麻(マ)く朝雨(あさあめ)の霧に立た牟(ム)ぞ若草の(古事記)、
端にこそたつべけれ。おくのうしろめたからんよ(枕草子)、
と、目前にないこと、まだ実現していないことについて想像し、予想する意を表わし、
……だろう、
の意、
かくの如(ごと)名に負は牟(ム)とそらみつ大和の国を蜻蛉(あきづ)島と謂ふ(古事記)、
をとここと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて(伊勢物語)、
と、原因や事情などを推測する場合に用い、
……だろう、
……なのであろう、
の意、
命(いのち)の全(また)け牟(ム)人は畳薦(たたみこも)平群(ヘぐり)の山の熊白檮(くまかし)が葉を髻華(うず)にさせその子(古事記)、
大事を思ひ立たん人は、去りがたく心にかからん事の本意を遂げずして(徒然草)、
と、連体法に立って、断定を婉曲にし、仮定であること、直接経験でないことを表わし、
……であるような、
……といわれる、
……らしい、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)が、最後の例は、今日の「う」の用法にはなく、
わたつみの海に出(い)でたる飾磨川(しかまがは)絶えむ日にこそ我(あ)が恋やまめ(万葉集)、
と(「もし絶える日があったなら」と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が)、
これは仮定を示すもので、未来の日時を示す「日」とか「時」等々の語には、その直前にこの「む」が加わった、
とある(岩波古語辞典)。ちなみに、
む→ん→う、
と転訛した、
う、
は、
活用は終止形・連体形だけで、無変化(◯・◯・う・(う)・◯・◯)。文語助動詞「む」の転。仮に起こったらと想像していう意を表す。古く四段活用以外の動詞に付いたものだが、のちには四段(五段)動詞・形容詞・形容動詞および助動詞「た」「だ」(「だろう」を一語の助動詞とする説もある)「ない」「たい」「です」「ます」の未然形に付く。その他の動詞および助動詞「ける「られる」「せる」「させる」には、江戸時代以後「う」が音変化して生じた「よう」が付く(広辞苑)、
活用は「◯・◯・う・う・◯・◯」。助動詞「む」の変化したもの。古くは、「む」と同様、すべての活用語の未然形に付いたが、現代では五段活用の動詞、形容詞「…かろ」、形容動詞「…だろ」、助動詞「ます」「です」「た」「だ」の未然形に付く(精選版日本国語大辞典)、
[○|○|う|(う)|○|○]《推量の助動詞「む」の音変化》現代語では、五段活用動詞、形容詞、形容動詞、助動詞「たい」「ない」「だ」「です」「ます」「た」「ようだ」「そうだ」などの未然形に付く(デジタル大辞泉)、
と、
……待とう、
……帰ろう、
……よかろう、
といった使い方だが、
よう、
は、
……しよう、
……行ってみよう、
といった使い方になる。
ざらめやも、
の、
やも、
は、
係助詞「や」+終助詞「も」。一説に「も」は係助詞。「やも」で係助詞とする説もある(学研全訳古語辞典)、
係助詞「や」+係助詞「も」から。上代語。「も」は、一説に間投助詞ともいわれる。中古以降には「やは」がこれに代わった(デジタル大辞泉)、
係助詞「や」に詠嘆の助詞「も」のついたもの(広辞苑)、
係助詞「や」「も」の重なったもの(精選版日本国語大辞典)、
係助詞「や」に終助詞「も」の添った形で、活用語の已然形を承けて反語に使う。多くは奈良時代に使われ、平安時代になると「やは」がこれに代わって使われた。文末の「も」が一般に用いられなくなったので、「やも」が衰亡し、「やは」が代わったものである(岩波古語辞典)、
とあり、
やも、
や-も、
で触れたように、
文中と文末の用法で、微妙に意味が異なる。
文中の用法の場合、
文中の連用語を受け連体形で結ぶ(精選版日本国語大辞典)、
名詞、活用語の已然形に付く(デジタル大辞泉)、
「やも」が文中で用いられる場合は、係り結びの法則で、文末の活用語は連体形となる(学研全訳古語辞典)、
とあり、
うつせみの世也毛(ヤモ)二行(ふたゆ)くなにすとか妹に逢はずて我(あ)がひとり寝む(万葉集)、
と、詠嘆を込めた反語の意を表し(デジタル大辞泉)、
この現(うつ)し世がもう一度繰り返されるなんていうことがあろうか、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
江林(えはやし)に伏せる鹿(しし)やも求むるに良き白栲(しろたへ)の袖巻き上げて鹿(しし)待つ我が背(万葉集)、
と、詠嘆を込めた疑問の意を表し(デジタル大辞泉)、
入り江の林に伏している鹿は捕えやすいのであろうか、そんなはずはない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
文末用法の場合、
あしひきの山の常陰(とかげ)に鳴く鹿の声聞かすやも山田守(も)らす子(万葉集)、
と、已然形・終止形に付いて、詠嘆を込めた疑問の意を表し、
日の射すこととてない山陰で鳴く鹿の声をいつもきいておられることでしょうか、
と訳すように(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
…かまあ、
の意(デジタル大辞泉)、
紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾れ恋ひめ八方(やも)(万葉集)、
と、已然形に付いて、詠嘆を込めた反語の意を表し、
(そこが気に入らないのであったら)人妻と知りながら、どうして恋焦がれたりしようか、
と訳すように(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
…だろうか(いや、そうではない)、
の意となる(デジタル大辞泉)。平安時代、
散る花のなくにしとまるものならばわれ鶯におとらましやは(古今和歌集)、
と、
や-も、
に代わった、
や-は、
は、
「や」に係助詞「は」の付いたもの。上代の「やも」に代わり、中古に多用。多くは反語の意を表し、疑問の意に用いられたのはごくまれである(学研全訳古語辞典)、
係助詞「や」+係助詞「は」から。名詞、活用語の連用形・終止形、副詞・助詞などに付く(デジタル大辞泉)、
係助詞「や」「は」の重なったもの。(文中、文末)いずれの場合も反語の意の用法が大半で、疑問の例は極めて少ない。特に文末のものは単純な疑問と思われる例がない(精選版日本国語大辞典)、
疑問・反語の係助詞「や」に係助詞「は」のついたもの(広辞苑)、
とあり、
文中でも文末でも用いるが、文中にある場合、文末の活用語は連体形で結ばれる(デジタル大辞泉)、
「やは」は文中にも文末にも用いられるが、文中に用いられた場合は、係り結びの法則で、「や」と同様に、文末の活用語は連体形となる(デジタル大辞泉)、
とし、文中にあって文末を連体形で結ぶのは、
世の中はむかしよりやは憂(う)かりけんわが身ひとつのためになれるか(古今和歌集)、
と、疑問・反語の意を表わし、
世の中は昔からつらいものだったのだろうか。いや、そんなはずはない、
と訳し(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
…(だろう)か、いや、…ない、
の意(学研全訳古語辞典)、
ほととぎす声も聞こえず山びこはほかに鳴く音(ね)をこたへやはせぬ(古今和歌集)、
は、
答えないのか、答えればいいのに、という願望をこめた反語、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)ように、
…(だろう)か、
の意、
ことならば咲かずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし(古今和歌集)、
と、
やは…ぬ、
の形(「やは…ぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形)で、それが実現することを望む、勧誘や希望の意を表わし、
…ないものか。…しないかなあ。…してくれればいいのに。…てほしい、
の意で(広辞苑・学研全訳古語辞典)、
咲かないでいることはできないか、
と訳す(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)が、この用法は、
形の上では打消・疑問だが、意味は希望や勧誘で、その点一種の反語である、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
文末の用法は、疑問・反語の意を表わし、
松返(まつがへ)りしひてあれ八羽(やは)三栗(みつぐり)の中のぼり来ぬ麿(まろ)といふ奴(万葉集)、
では、
耄碌したわけでもあるまいに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ただ、上述したように、(文中・文末)いずれの場合も反語の意の用法が大半で、疑問の例は極めて少ない。特に文末のものは単純な疑問と思われる例がない(精選版日本国語大辞典)とされる。
や-も、
の、
や、
は、
疑問詞を承けない係助詞の一つ(岩波古語辞典)、
で、
種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く(学研全訳古語辞典)、
名詞、活用語の連用形・連体形、副詞・助詞などに付く。なお、上代には活用語の已然形にも付く(デジタル大辞泉)、
疑問または反語の意を表わす。同じく疑問・反語を表わす「か」との違いは、文末用法の場合「や」が問いかけを表わす点であるが、上代既に「や」は「か」の領域を侵しつつあり、中古以前、疑問語の下には「や」を用いず「か」を用いたが、中世以後乱れた例も現われる(精選版日本国語大辞典)、
種々の語に付き、活用語には終止形に付く。話し手の疑念を表し、その結果、この語を受ける語が活用語の時は、断言することを避けて連体形になり、係結びの関係ができる。近い意味を表す語に「か」があるが、形式的には、「や」は終止形(それと言い切った形)に付くが、「か」は連体形(言い切らず言外の余情を含んだ形)に付くという接続の違い、前に疑問詞のある文では「か」は使うが「や」は使わないなどの違いがある。意味的には、「や」は、終止接続に現れるように、疑問の対象をその前の語の内容に限って言うのに対し、「か」は、連体接続や疑問詞を使った文でも使われるという形式に現れるように、疑問の対象を一つに定めず、「……か何か」という形での疑問という違いがある(広辞苑)、
疑問詞を承けない係助詞の一つ。最も古くは感動詞として、掛け声に用いられたこともある(「咄(や)、大法師、起きて聞くべし」(霊異記)、類聚名義抄(11〜12世紀)に「咄、ヤア、カタラク、ヤ」とある)。それが歌の中でも使われ、歌の途中に投入され(「汝(おのれ)さへ嫁を得ずとて、や、捧げてはおろし、や、おろしては捧げ、や」(神楽歌))、……一句の拍数を整えるために使われた。「や」は終止形の下につき文の叙述の終わりに加えられた場合には、相手に質問し、問いかける気持ちを表す。この場合、話し手は、単に不明・不審だから相手に疑問を投げかけるものであるよりも、自分に一つの見込みないし予断があることが多い。「雨にふりきや」と問うとき、「降ったか降らなかったか分からない」のではなく、「降ったに違いない」という見込み・予断を持ちながら、それを相手に提示して反応
を待つのである。それが「か」の不明・不審・判断不能とする表現との相違である(「言はむすべ為むすべ知らにた徊(もとほ)りただ独りして白栲(しろたへ)の衣手(ころもで)干さず嘆きつつ我(あ)が泣く涙有間山雲居たなびき雨に降りきや(雨となって降ったでしょうか)(万葉集)」)。……已然形の下についた場合は反語となる。反語とは否定的に問い返すことによって否定する表現である。結局は自分の否定的な断定を相手に押し付ける語法である。……全く不明・不審であるとして疑いを発する役目を持っていた「か」の強い疑問表現は奈良時代すでに次第に好まれなくなり、代わって「や」が愛用されて、「や」を使うことが多くなり、平安時代になると「か」に代わって、「や」が広く問いに使われる勢いとなった。「か」は疑問詞「誰」「いつ」「いづく」などと協同して使われる場合に限られるようになり、「や」が平安時代の和文には多く使われるが、これは単に不明・不審として投げ出すのではなく、「……の見込みがあるがどうですか」と相手に問いかける気持ちが濃厚である。この方が柔らかでやさしい表現とされたのであろう。しかし、世相が険悪で、強い者が弱い者を圧倒する気風の行き渡った室町末期になると、口語の世界では細かく相手に持ち掛けて問う「や」を使うよりも、直截的な「か」を使うことが多くなり、「や」を圧倒する勢いとなり、現在では「や」は衰え、「か」がもっぱら疑問にも、質問にも使われている(岩波古語辞典)、
等々とあり、
「や」は、はじめ文節の切れ目ならばどこにでも入れたので、文末だけでなく、文中の句の切れ目にもはいるようになり、いわゆる連体止めの係り助詞の仲間入りをする、
とある(仝上)が、文末の用例と、文中の用例とは、微妙に意味が異なる。
文中で用いられる場合は、文中にあって係りとなり、文末の活用語を連体形で結ぶ。
赤駒に倭文鞍(しつくら)うち置き這ひ乗りて遊び歩きし世の中や常にありける(万葉集)、
夜や暗き道やまどへるほととぎすわが宿をしも過ぎがてに鳴く(古今和歌集)、
ももしきの大宮人は暇(いとま)あれや梅をかざしてここに集(つ)どへる(万葉集)
では、
…(だろう)か。…かしら
と、疑問を表し、
ここにやいますなど問ふ(竹取物語)、
では、
…か、
と、問いかけ、
月やあらぬ春―昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして(伊勢物語)、
では、
…だろうか(いや、そうではない)、
と反語を表す(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。また、
朝ゐでに来鳴く貌鳥(かほとり)汝(な)れだにも君に恋ふれ八(や)時終(を)へず鳴く(万葉集)、
久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ(古今和歌集)、
では、
条件句を受けるもの、
として、前者は、
お前までもが、
後者は、
紅葉しているからか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』、高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。上代では接続助詞「ば」を介せず已然形に直接する。また、
「や」を受けて結びとなるはずの語句が省略されて「や」で言い切った形になる場合がある。たとえば、「あやし、ひが耳にや」(源氏物語)(変だ、聞き違いだろうか)では、「ひが耳にや」の下に「あらむ」(「む」が結びで連体形)などが省略されている、
とある(学研全訳古語辞典)。
文末用いられる場合は、活用語の終止形・已然形に付く。
汝(な)こそは世の長人(ながひと)そらみつ倭(やまと)の国に雁卵(かりこ)生(む)と聞く夜(ヤ)(古事記)、
名にし負はばいざこととはむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(伊勢物語)、
と、終止形を受け、
……か、
と問いかけ、
男、異心(ことごころ)ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて(伊勢物語)、
と、
……か、
と疑問を表し、
雲ばなれ退(そ)き居(を)りともわれ忘れめ夜(ヤ)(古事記)、
妹(いも)が袖別れて久(ひさ)になりぬれど一日(ひとひ)も妹を忘れて思へや(万葉集)、
と、已然形を受け、反語の意を表わし(精選版日本国語大辞典)、
…だろうか(いや、そうではない)、
と、
やは、
と通じる(デジタル大辞泉)。
や-も、
の、
も、
については、
かも、
かも……かも、
でも触れたが、
も、
は、
疑問詞を承ける係助詞の一つ、
で(岩波古語辞典)、やはり、種々の語に付く(デジタル大辞泉)。
「も」は、承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役割をする。これも格に関係なく、主格にも目的格にも補格にも用いる。承ける語を不確実なものとして提示するばかりでなく、下文も、打消・推量・願望などの不確実な表現で終わるものが多い。「も」は承ける語を不確実なものとして扱うので、否定の形となる時には、全面的な否定になる。(中略)或ることを確実であると確信できない意味を表す「も」の用法から、「これもあれも」と不確実なものを二つ並べる気持ちを表し、「も」は並立の意味を表したり、類例を暗示したりするのにも用いられた、
とあり(岩波古語辞典)、
も、
は、
体言・副詞・形容詞や助詞などを受ける。「は」と対比される語で、「は」が幾つかの中から一つを採り上げる(それ以外は退ける)語であるのに対して、「も」はそれを付け加える意を表す。格を表す語ではなく、主格・目的格・補格など種々の格に当たる部分につかわれる。「も」を受けて結ぶ活用語は、意味に応じて種々の活用形となるが、通常は終止形で結ぶ(広辞苑)、
「も」は、文を言い切る力が文末にかかっていって、文末の述語は終止形となる。このような働きがあるところから、「も」は係助詞とされる(「は」も同様である)。このときの結びは終止形で、普通の文の言い切りの形(終止形)と同じである。この点が、連体形結び・已然形結びになる他の係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」とは異なっている。また、係助詞「ぞ」「こそ」が付いた、「もぞ」「もこそ」は不安や懸念の意を表すことが多い。(学研全訳古語辞典)、
などとあり、文中用法は、まず、文中の種々の連用語を受け、
太刀が緒母(モ)いまだ解かずて襲(おすひ)を母(モ)いまだ解かねば(古事記)、
と、
…も、
の意で、
同類のものが他にあることを前提として包括的に主題を提示する。従って多くの場合、類例が暗示されたり、同類暗示のもとに一例が提示されたりする。類例が明示されれば並列となる。単文の場合は活用語を終止形で結ぶ、
使い方や、
沖つ鳥胸(むな)見る時羽叩(はたた)ぎ母(モ)こはもふさ(適)はず(古事記)、
と、
主題を詠嘆的に提示、
したり、
我が命謀(モ)長くもがと言ひし匠(たくみ)はや(日本書紀)、
と、
願望の対象を感動的に提示する、
使い方がある(精選版日本国語大辞典)。また、
男も女も恥ぢかはしてありけれど(伊勢物語)、
と、列挙・並列の意で、
…も…も、
家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり(土佐日記)、
と、添加の意で、
もまた、…も、
帳(ちやう)の内よりも出(い)ださず、いつき養ふ(竹取物語)、
と、類推の意で、
…でも、…さえも、
家に行きて何を語らむあしひきの山ほととぎす一声も鳴け(万葉集)、
と、最小限の希望の意で、
せめて…だけでも、
何も何も、小さきものは皆うつくし(枕草子)、
と、不定の意を表す語に付いて、
…もみな、
限りなく遠くも来にけるかな(伊勢物語)、
と、感動をこめて意味を強め、
…もまあ、
の意等々で使う(学研全訳古語辞典)。係助詞、
も、
の、文末用法は、文末、文節末の種々の語に付いて(学研全訳古語辞典)、
はしけやし我家(わぎへ)の方雲居立ち来母(モ)(古事記)、
と、
…なあ、…ね、…ことよ、
と、詠嘆の意を表すが、
文末の終止形(文中に係助詞がある時はそれに応ずる活用形)およびク語法を受けて詠嘆を表わす。体言を受ける場合は同じく詠嘆を表わす他の係助詞が上接して「かも」「はも」「そも」などの形となる。終助詞とする説もある、
とある(精選版日本国語大辞典)ように、係助詞、
も、
の、文末用法も、
終助詞、
も、
との区別が付けにくい。終助詞、
も、
は、
終助詞、活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法について、詠嘆の意を表す。体言には「かも」「はも」などの形で用いる。「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
終助詞。文末で、活用語の終止形、助詞、接尾語「く」に付く。感動・詠嘆を表す。…ことよ。…なあ。「かも」「ぞも」「はも」「やも」、主に上代の用法で、その後は「かな」に代わった。係助詞の終助詞的用法ともいう(デジタル大辞泉)、
などとあり、
春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影にうぐひす鳴くも(万葉集)、
では、
鶯が鳴いているなあ、
といった意味になる。
難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも(万葉集)、
というような、
終助詞としては、主に奈良時代に例があって、形容詞終止形を承けるものが極めて多い。動詞終止形、あるいは否定形を承けることもあるが、これらの「も」は、用言の叙述を言い放たずに、不確定の意を添えてその表現をやわらげるものと思われる。平安時代以後、文末にはあまり使われなくなった、
とある(岩波古語辞典)。なお、
も、
を、間投助詞(文中または文末の文節に付いて、語調を整え、感動・余情・強調などの意を添える助詞)と嶺説があるのは、
も、
の用法に、
置目母(モ)や淡海の置目明日よりはみ山隠りて見えずかもあらむ(古事記)、
と、
詠嘆を表わし、間投助詞的に用いられる、
例があることによる(精選版日本国語大辞典)。
や-は、
の、
は、
は、
疑問詞を承けない係助詞の一つ(岩波古語辞典)、
で
「は」は提題の助詞と言われている。その承ける語を話題として提示し、また話の場を設定して下にそれについての解答・解決・説明を求める役割をする。主格に使われることが多い……が、「は」は「格」には何の関係もなくて、主格にも目的格にも補格にも用いる(「大和は國のまほろば(古事記)」(主格)、「国原は煙立ち立つ、海原はかまめ立ち立つ(万葉集)」(補格)、「わが欲りし野島は見せつ(仝上)」(目的格))。普通は、下は終止形で文を結ぶが、下に来る文は解答・解決・説明でありさえすれば、完全な文であることを必要としない。時には体言で終止することもある。「は」は並立して使うことによって、その二項を対比し、比較して叙述することを示す場合がある。「は」は、その承ける語を肯定し確信して提示し、下に肯定にせよ否定にせよ、明確な解決を求める役目をする。「は」は提題を明示するだけでなく、文末の解決をも確実なものとして取り立てて示す働きがある。また「は」は、一つの条件の提示となることがある(「恋ひ死なむ後(のち)は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ」(万葉集))。まれに「誰」「何」などの疑問詞を受けることがあるが(「梅の花いつは折らじといとはねど咲きのさかりは惜しきものなり」(万葉集)では「これこれの時は(折るまい)」(伊藤博訳注『新版万葉集』)と訳す)、……単純な疑問を示すものではなく、単に不定の時点を示すものである。「は」は、すでに明確である物や事を承けるという性質を持つのが原則で、不明なもの、疑問詞などは承けないのである。係助詞「は」は、題目を提示して、文末での解決を求める機能を持っている。これが終助詞として文末に使われる場合は、奈良時代てどは「はも」の形を取り、あるいは「かは」「やは」等々もあった。平安時代になると、「は」は単独で終助詞に使われるようになった。これは、はじめ「……であることは(ドウシタコトカ)」という問責や質問の気持ちを込め、相手の解答を期待する表現であったが、次第に、単純な驚き・詠嘆を表すようになった。これが現代語で女性が、「……だわ」と使う終助詞のもとである(岩波古語辞典)、
現代語での発音はワ、体言・副詞・形容詞や助詞などを受け、それに関して説明しようとする物事を取り上げて示す。取り上げるのは既に話題となるなど自明な内容で、その点に、事実の描写などで新たな話題を示す「が」との違いがあるとされる。格を表す語ではなく、主格・目的格・補格など種々の格の部分でも使われる。「は」を受けて結ぶ活用語は、余情を込めるなど特別な意味を表す場合を除いて、通常は終止形で結ぶ(広辞苑)、
体言、活用語の連用形・連体形、助詞など種々の語に付く。文中にある「は」は、文を言い切る力が文末にかかっていって、文末の述語は終止形となる。このように、かかっていって文末に影響を与える働きがあるところから、「は」は係助詞とされる(「も」も同様である)。このときの結びは終止形で、普通の文の言い切りの形と同じである(学研全訳古語辞典)、
名詞、名詞に準じる語、活用語の連用形、助詞などに付く。「は」は現在では「わ」と発音するが、「は」で表記するのが普通。格助詞「を」、また「ときに」に付くときは、音変化して「をば」「ときんば」の形をとることもある(デジタル大辞泉)、
現在では「わ」と発音する。連用語と述語の結びつきが非常に強められると、排他的な気持の含まれる場合も生じ、またその排すべき事柄を明示すれば対比的用法ともなる。格助詞「を」を受けると、「は」は濁音化して「をば」となる(精選版日本国語大辞典)、
等々とあり、まず、文中で、
体言・体言に準ずる語句およびこれらに助詞の付いたもの、副詞などを受け、
防人に行く波(ハ)誰が背と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思(も)ひもせず(万葉集)、
では、
…は。…については、
と、
主題・題目を提示し、この場合、格助詞「を」を受けると、「は」は濁音化して「をば」となる(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。また、
青山に鵼(ぬえ)波(ハ)鳴きぬさ野(の)つ鳥雉(きぎし)波(ハ)響(とよ)む庭つ鳥鶏(かけ)波(ハ)鳴く(古事記)、
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける(古今和歌集)
では、
…は、
と、他と区別して取り出して言い、または対比的に取り立てて示す意を表す(広辞苑・デジタル大辞泉)。さらに、
青柳(あをやなぎ)梅との花を折りかざし飲みての後波(ハ)散りぬともよし(万葉集)、
では、
対比すべき事柄を言外におくことにより強めたり(精選版日本国語大辞典)、
死を恐れざるにはあらず、死の近きことを忘るるなり(徒然草)、
尋ぬる人の琴の音か、おぼつかなくは思へども(平家物語)、
では、
叙述の内容、またはその一部分を強調して明示する意を表す(デジタル大辞泉)。また、
古き進士(しんじ)などにはべらずは、承り知るべきにもはべらざりけり(枕草子)、
音のみに聞きて目に見ぬ布勢の浦を見ず波(ハ)上(のぼ)らじ年は経ぬとも(万葉集)、
では、
形容詞型活用の語および打消の助動詞「ず」の連用形に付いて、
順接の仮定条件を表し、
…ならば、
意で(学研全訳古語辞典)、これは、近世になると、
「くば」「ずば」と濁音化して用いられることもあった、
とあり(仝上)、この、
は、
を、
形容詞型活用語および打消の助動詞「ず」の未然形に付いた接続助詞「ば」とする説や、係助詞から変化した接続助詞「は」とする説などもある(学研全訳古語辞典)、
「は」が音変化して、「くば」「ずば」の形をとることもあり、「ば」を接続助詞と解して仮定条件を表すこともあった(をば、ときんば、ずば)(デジタル大辞泉)、
「は」の受けている形容詞語尾「…く」、および打消「ず」を未然形とする説もある。いずれにせよ、この場合の「は」は清音に発音されたものであるが、近世には「ずば」「くば」の例が現われる。これらは、活用語の未然形に接続詞「ば」が付いた形からの類推であらわれたものと考えられる。「それ程名残り惜しくば、誓詞書かぬがよいわいの」(浄瑠璃・心中天の網島)、「人足をたのまずばなるめへ」(滑稽本・八笑人)など(精選版日本国語大辞典)、
ともある。
文末の場合、その、
は、
を、終助詞とする説もある(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)とするが、
さねさし相摸の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君波(ハ)も(古事記)、
と、上代には単独のものはほとんどなく、体言、活用語の連体形、助詞「ぞ」「や」などに付く、「はや」「はも」の形をとり(精選版日本国語大辞典)、
…なあ。…よ、
と、
感動を表わす、
とし(デジタル大辞泉)、古い用法は、和歌にも散文にも用いられ、係助詞の文末用法とみることができる(精選版日本国語大辞典)とする。中世以後は、
すはよいはとて追たそ(史記抄)、
と、
会話文に専用される傾向が生じ、話手自身に対して念を押すような気持での詠嘆を表わす。近世には「わ」と表記されることが多くなり、現代では主として女性が用いる(精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
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高麗剣(こまつるぎ)我(わ)が心から外(よそ)のみに見つつや君を恋ひわたりなむ(万葉集)
の、
高麗剣、
は、
「我」の枕詞、
で、
柄頭(つかがしら)の輪の意、
とあり、
高麗剣の輪ではないが、われと我がこころから、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
高麗剣、
は、
狛剣、
とも当て(精選版日本国語大辞典)、
高麗風の剣の意か、
とあり(岩波古語辞典)、
環頭大刀(かんとうのたち)、
のことを指し(デジタル大辞泉)、その、
剣の柄頭に環に作るのを特色とするところから、
真木立つ不破山越えて狛劔(こまつるぎ)和蹔(わざみ)が原の行宮(かりみや)に天降(あも)りいまして(万葉集)、
と、
「輪(わ)」と同音の「わ」を語頭に持つ語にかかる、
枕詞として使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
高麗剣、
は、
高麗伝来の、柄(つか)の頭が鐶(かん)になっている大刀、
だが、古く、
西域地方に発達し、中国に伝わって、龍雀大環と呼ばれた。古墳時代から奈良時代の主要な刀剣の様式、
とされる(仝上)。この、
環頭大刀(かんとうのたち)、
は、
把頭(つかがしら)に環状の金属飾りを装備した大刀、
を総称していうが、
足金物(あしかなもの 太刀をつるす鞘口(さやぐち)に近い帯取の足にする金物)や鐔(つば)を用いず、鞘(さや)と把縁(つかぶち)も呑口(のみぐち 鍔の代わりに、柄の縁金部が左右とも半円形に出っ張り、鞘の口金部の左右が半円形にくぼんだ形)式となるのを原則とする、
とあり(日本大百科全書)、その源流は、上述したように、中国にあるが、中国では戦国末から漢初に始まり魏・晋に盛んとなり、日本では古墳時代後期に多くみられ、
古墳時代のものは、環体とその内部装飾により、環内に飾りのない素環頭大刀と、環内に竜・鳳凰・幾何学文の透彫をもつ、環頭の内側に三葉文が配された三葉(さんよう)環、環を3つのC字形の輪で組み合わせた三累(さんるい)環、龍または鳳凰が配された竜鳳(りゅうほう)環、正面向きの1体の獅子のような獣面が環頭に噛みつくように配された獅噛(しがみ)環などの形式が知られ、百済武寧王陵(ぶねいおうりょう)の単竜環刀(たんりゅうかんとう)の存在から、官位の象徴として、大和朝廷より各地の有力層に配布された儀刀(ぎとう)とする説が有力視されている、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E9%A3%BE%E4%BB%98%E5%A4%A7%E5%88%80・仝上・マイぺディア)。
かたな、
で触れたことだが、
かたな、
は、
ナは刃の古語。片方の刃の意(広辞苑)
片之刃の約か(水泡(みのあわ)、みなわ、呉藍(くれのアゐ)、くれなゐ)、沖縄にて、カタファと云ふ。片刃なり。西班牙語にも、刀をカタナと云ふとぞ(大言海)
「片+ナ(刃)」です。現在の日本刀は、モロ刃だが、古代は片刃だったのです(日本語源広辞典)、
と、
片刃、
の意で、
諸刃(もろは)、
の対である。
諸刃、
とは、
鎬 (しのぎ 刀身の刃と棟(むね)の閧縦に走り、稜線をなして高くなっているところ) を境に両方に刃がついていること
を指す。だから、
諸刃の剣、
は、
《両辺に刃のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、自分をも傷つける恐れのあることから》一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもののたとえ、
になる(デジタル大辞泉)。この、両刃を、
剣(つるぎ)、
と呼び、
刀、
と対比される。日本における刀は、弥生時代後期に中国から伝わった上述の環首刀を基に作られ始めたが、
長らく日本の刀は直刀の形質を保ち続け、平安時代の頃から独特の反りをつけた「太刀」と呼ばれる刀が製作されはじめ、武士の一般的な武器となりこの時代以後の刀を日本刀という、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%80)。しかし、
大刀、
を、
つるぎ、
と訓ませることもあって、記紀では大刀と剣との形の区別は厳密でない、とある。また、古墳時代から奈良時代までの、主として直刀に属するものを、
大刀、
と書き、平安時代以降の外反り(そとぞり)刀を、
太刀、
であらわすのが習慣であるが、考古学用語としては、古墳時代の内反りの素環頭(そかんとう)大刀も、便宜上〈大刀〉と書いている。あるいは、刃を下向きにして腰に下げるものを〈たち〉とし、刃を上向きにして帯に差すものを〈かたな〉と呼ぶと説明するが、4〜5世紀の大刀の佩用方法は明確でないから、これは6〜8世紀の大刀と後世の日本刀との相違を述べたものにすぎない、
とあり(世界大百科事典)、この辺りは、日本的で、厳密ではない。『岩波古語辞典』では、
つるぎ、
は、
(古事記・万葉集にツルキ・ツルギ両形がある)刀剣類の総称。のちに片刃のものができてからは、多く両刃(もろは)のものをいう、
とあり、
かたな、
は、
カタは片、ナは刃。朝鮮語nal(刃)と同源。古代日本語文法の成立の研究の刀剣類は両刃と片刃とがあった、
とし、『大言海』は、
つるぎ(劒)、
を、
吊佩(つりはき)の約、即ち、垂佩(たれはき)の太刀なり。御佩刀(みはかし)と云ふも、佩かす太刀の義。古くは、太刀の緒を長く付けて、足の脛の辺まで垂らして佩けり。法隆寺蔵、阿佐太子筆聖徳太子肖像、又、武烈即位前紀「大横刀を多黎播枳(たれはき)立ちて」とあるに明けし、
としている。
とある。聖徳太子の佩いていたのは、両刃であったことになる。この、
横刀、
とあるのは、
刀剣を太刀(たち)・横刀(たち)・横剣(たち)と書いているが、現在の遺物例から推定すると六〇センチ以上の身の長さを太刀とし、以下のものを横刀、横剣の区別で記しているようである。「たち」は断ち切る意から生じたのであろうが形式としては帯取りをつけて腰に佩用するものの総称で、横たえる形になるから、「横刀・横剣」の文字が用いられたのであろう(日本の甲冑武具辞典)、
ということのようだ。
かたな、
の語源は、ほぼ、
カタハ(片刃)の意(和語私臆鈔・古事記伝・箋注和名抄・雅言考・言元梯・和訓栞・国語の語幹とその分類)、
カタノハ(片之刃)の約か(大言海)、
カタナ(片無)の義(円珠庵雑記)、
諸刃の太刀に対してカタハナシ(片刃無)の義(腰刀燧槖図記・卯花園漫録・名言通)、
片刃名の義(桂林漫録)、
カタナギ(片薙)の下略(腰刀燧槖図記・類聚名物考)、
カタは片、ナはカンナ(鉋)、ナタ(鉈)のナと同じで、ナグ(薙)と同根か(小学館古語大辞典)、
等々と、片刃ということに、差異はなさそうである。
太刀、
は、語源は、ほとんど、
断ち、
から来ている、とされる。
つるぎ、
は、
吊佩(つりはき)の約(大言海)
ツル(吊る)+キ(切る・牙・刃)(日本語源広辞典)、
と、「吊る」という用い方に由来する説のほか、
つむがり(都牟刈)の約転(東雅・冠辞考・万葉考・類聚名物考・古事記伝・腰刀燧槖図記・卯花園漫録・雅言考・桂林漫筆・国語の語幹とその分類)
スルトキ(鋭利)の義か(和訓栞)、
鋭い刃で切る意で、スルドニキルの略転(日本釈名)、
トガリ(尖)の義(万葉考)、
ツラヌキの略か(和語私臆鈔・百草露)、
ツラギリ(貫斬)の義か(名言通・日本古語大辞典・日本語源)、
ツルはツラツラ(熟)のツラと同源。ツラヌク(貫)、ツラギリ(貫斬)のツラも同源(続上代特殊仮名音義)、
ツルはツノの転で、突く意、キは鋒刃のある意(東雅)、
ツキキリ(突切)の義(言元梯)、
等々とあるが、単体の言葉だけで、由来を考えると、どうしても語呂合わせになる。いつも正しいとは限らないが、音韻変化を辿ると、まったく違うものが見えてくる。たとえば、
きっ先の尖った諸刃のヤイバ(焼き刃)をツラヌキ(貫き)といった。ラヌ[r(an)u]の縮約でツルギ(剣)になり、貫通・刺突に用いた。これに対して斬りつけるカタノハ(片の刃)は、ノハ[n(oh)a]の縮約でカタナ(刀)になった。上代、刀剣の総称はタチ(断ち、太刀)で、タチカフ(太刀交ふ)は、「チ」の母韻交替[ia]でタタカフ(戦ふ)になった。〈一つ松、人にありせばタチ佩けましを〉(記・歌謡)。平安時代以後は、儀礼用、または、戦争用の大きな刀をタチ(太刀)といった。ちなみに、人馬を薙ぎ払うナギガタナ(薙ぎ刀)は、「カ」を落としてナギタナになり、転位してナギナタ(薙刀・長刀)に転化した(日本語の語源)、
と、関連ある言葉の音韻変化を辿ってみせている。
太刀、
かたな、
については触れた。
「環」(漢音カン、呉音ゲン)の異体字は、
环(簡体字)、𤨔、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%92%B0)。字源は、
会意兼形声。袁(エン)は、からだをまるくとりまく寛衣、睘(カン)は、「目+音符袁」からなり、目をぐるりとまわす、目をまるくすること。環はそれを音符とし、玉を加えた字で、まるくとりまいた形の玉(漢字源)、
会意兼形声文字です(王(玉)+睘)。「3つの玉を縦のヒモで貫いた」象形(「玉」の意味)と「目の象形と死者の霊に添える玉の象形と衣服の象形」(死者の霊が「めぐる」の意味)から、「輪の形をした玉」を意味する「環」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1313.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「玉」+音符「睘 /*WEN/」。「まるい玉」「たまき」を意味する漢語{環 /*wreen/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%92%B0)、
形声。玉と、音符睘(クワン)とから成る。輪形の玉の意を表す。ひいて、「めぐる」意に用いる(角川新字源)、
形声。声符は睘(かん)。睘は死葬のとき、死者の復活を願って玉環をその胸もとにおき、復活の象として目をその上に加えた形。その玉を環という。〔説文〕一上に「璧(ヘき)なり、肉と好(孔)と一の若(ごと)き、之れを環と謂ふ」とみえる。援引に用いる瑗は「肉、孔に倍す」、つまり肉部の多い玉である。〔説文〕に環を睘(けい)に従う字とするが、金文の睘は目+衣+、そのが環の形である(字通)、
と、形声文字としている。
「鐶」(漢音カン、呉音ゲン)は、
会意兼形声。「斤+音符睘(カン まるい)」で、金属の輪、玉なら環と書き、金属なら鐶と書くが、言葉としては同じ(漢字源)、
とあるが、他は、
形声。「金」+音符「睘 /*WEN/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%90%B6)、
形声。声符は睘(かん)。睘に巡還する意がある。玉を以てするを環、金を以てするを鐶という(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
笠間良彦『図説日本の甲冑武具事典』(柏書房)
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娘子(をとめ)らが績(う)み麻(を)のたたり打ち麻(そ)懸(か)けうむ時なしに恋ひわたるかも(万葉集)
の、
たたり、
は、
糸紡ぎの緒をかける具、
とあり、
打ち麻(そ)、
は、
打ってやわらげた麻の繊維、
で、
上三句は序、「うむ(飽きる)」を起こす、
とし、
(麻紡ぎのたたり、そのたたりに)打った麻を懸けて糸を績(う)むが、うむ時もなく(ずっと性懲りもなく私はあの人に焦がれつづけている)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
たたり、
は、
絡垜、
とあて、
糸をよる時などに使う道具。台の上に棒を立てたもの(岩波古語辞典)、
方(カタ)なる臺に、柱を立て、絲を絡(マト)ひ引きかくるもの、関西にては今も云ふ。絲巻、関東に、繰臺(大言海)、
糸がもつれないように繰るための道具。方形の台に柱を立てて、糸を引きかけるもの(精選版日本国語大辞典)
手で糸を繰るときに用いる道具。また、糸のもつれを防ぐため綛(かせ)を掛ける器具。方形または長方形の台に円柱を立てたもので、数個を組にして用いる(広辞苑)
糸のもつれを防ぐ道具。方形の台に柱を立てて綛糸(かせいと)をかけるもの(デジタル大辞泉)、
糸繰りの道具の一つ。四角い台の上に柱を立てたもの。糸を引っかけて用いる(学研全訳古語辞典)、
とあり、
綛絲(かせいと)、
は、
桛絲、
とも当て、
桛(かせ)から外した絲、
をいい、
桛、
は、
綛、
とも当て(「桛」「綛」は国字)、
をとめらが続麻(うみを)懸くといふ鹿背(カセ)の山時し往ければ都となりぬ(万葉集)、
で、
(積(う)んだ絲をかけるという桛、その名にちなむ鹿背(カセ)の山(この山のあたりも、時移り変わって、今や皇城の地となっている)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』))、
紡(つむ)いだ糸をかけて巻き取るH形またはX形の道具、
をいい、
おがせ、
かせぎ、
かせい、
などともいう(精選版日本国語大辞典)。
たたり、
は、肥前風土記(奈良時代初期、天平年間(732〜39頃)に編纂された肥前国の風土記)に、
絡垜、謂多多利、
和名類聚抄(931〜38年)に、
絡、楊氏漢語抄に云ふ、絡垜、多々理(たたり)、
色葉字類抄(平安末期)に、
絡垜、タタリ、
平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)に、
柅、絡絲柎、太太利、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
絡、マク・イトマク・クサリ・クサル・ヨル・ツツム・モトホル・ユフ・シバル・マツフ・マトフ・メグレリ・メグル、
絡石、ツタ、
絡垜、タタリ、
大神宮式に、
金銅多多利、高一尺一寸六分、土居径三寸六分(臺板に柱を立つ)、
などとある。この由来は、
立有(たちあり)の約(大言海・名言通)、
立りの義(言元梯)、
百済の方言から(東雅)
等々とあるが、その形状の、
立つ、
と関わりそうだが、はっきりしない。ちなみに、
かせ、
の由来は、
懸けさせなどの意ならむか、桛は、木上下の合字なるべし(大言海)、
カシ・カセ(枷 カシ→カセと転訛)と同根か(岩波古語辞典)、
原形はカシか、T字形のものをいうかせから(日本古語大辞典=松岡静雄)
とあり、
カシ→カセ、
と転訛した、
枷(かせ)、
が、音からも、由来らしいと思えるが、
枷、
は、
鉄や木でつくり、刑具として罪人の首や手足にはめたり、また、家畜につけたりして、自由に行動できないようにするもの、
言い換えると、
桎梏(しっこく)、
で、
樫(かし)の材にて造るに起これる名か、刑具の笞(すはえ)も楚(すはえ)より起これり(大言海・俚言集覧)、
とある。つまり、
かし(樫)→かせ(枷)、
と転じたことになる。
すはゑ、
は、
むち、
で触れたように、
平安初期の写本である興福寺本霊異記に「須波惠(すはゑ)」とあるから、古い仮名遣いは「すはゑ」と認められる、
とあり(岩波古語辞典)、
楚、
楉、
杪、
條、
等々とも当てる(広辞苑・大言海)。字鏡(平安後期頃)、天治字鏡(平安中期)に、
須波江、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
楉、シモト、スハエ、
楚、スハヘ、
色葉字類抄(1177〜81)に、
楉、楚、シモト、スハエ(楉は若木の合字)、
等々とある(大言海)。
木の枝や幹から細く長く伸びた若い小枝、
の意であり(広辞苑)、
しもと、
と同義となる。
しもと、
は、
葼、
楉、
細枝、
と当てると、
枝の茂った若い木立、木の若枝の細長く伸びたもの、
をさし、
すはゑ(すわえ)、
ともいう。元来は、
小枝のない若い枝を言った、
とある(佐藤謙三校注『今昔物語集』)。和名類聚抄(平安中期)には、
葼、之毛止、木細枝也、
字鏡(平安後期頃)には、
葼、志毛止、
とある(大言海)。
打ち麻(そ)懸(か)けうむ時なし、
の、
打ち麻(そ)懸(か)け、
は、枕詞として
「うちそ」を糸にするために木のわくにかけて績(う)むの意から、「績む」と同音の「倦(う)む」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
が、
打麻(うちそ)、
の、
そ、
は、
麻(あさ)、
のこと(精選版日本国語大辞典)で、
打麻、
は、
うつそ、
ともいい、
全(うつ)麻(そ)、
の意とする説もある(精選版日本国語大辞典)が、
麻を打って柔らかくしたもの、
をいう(広辞苑・岩波古語辞典)。
麻、
綜麻(へそ)、
で触れたように、
麻、
は、
大麻、
苧麻(からむし)、
黄麻、
亜麻、
などの総称(広辞苑)で、現代では、
大麻(ヘンプ)、苧麻(ラミー)、亜麻(リネン)、黄麻(ジュート)、洋麻(ケナフ)」、
等々、茎の繊維を取る植物の総称として使われている(https://hemps.jp/asa-hemp-taima/)。なかでも、
大麻、
と
苧麻(ちょま・ラミー)、
は古代から日本で利用され、縄文時代の貝塚から「大麻」を使った縄が見つかっている(仝上)という。
麻(あさ)、
は、
植物表皮の内側にある柔繊維または、葉茎などから採取される繊維の総称、
であるが、
狭義の麻、
の、
大麻、
と、
広義の麻、
の、
苧麻(からむし)、
があり、後者は、日本では、
麻、
と呼ばれ、和装の麻織物(麻布)として古くから重宝されてきた。狭義の麻は、神道では重要な繊維であり様々な用途で使われる。麻袋、麻縄、麻紙などの原料ともなる。
狭義の麻である、
大麻、
は、古語、
總(ふさ)、
といい(平安時代の『古語拾遺』)、
を(麻・苧)、
そ(麻)、
とも言った。
打麻(うちそ)、
の、
そ、
はこれである。これは、
クワ科の一年草、
で、
春蒔きて、秋刈る。茎、方(カタ)にして、直(すぐ)に生ふること、七八尺に至る、葉の形、カヘデの葉に似て、長大にして対生す、茎の皮の繊維(すじ)を取りて、麻絲とし、其残茎は、アサガラ(一名ヲガラ)となる、
とあり(大言海)、
雄、雌あり、雄麻は、夏薄緑なる細かき花を生じて、實無し。一名サクラアサ。枲麻。雌麻は、花、緑にして細かき粒の如き子(み)を結ぶ。アサノミと云ひて、食用とす。一名、みあさ。苴麻、
とある(大言海)。和名類聚抄(931〜38年)には、
麻、阿佐、
とある。漢語では、雄株を、
枲(シ)、
雌株を、
苴(ショ)・芓(シ)、
という(http://www.atomigunpofu.jp/ch4-vegitables/taima.htm)とある。
櫻麻、
で触れたように、この名は、万葉集古義(江戸末期)に、
櫻麻は、櫻の咲く頃、蒔くものなる故に云ふ、と云へり、
とあり(大言海)、
麻の種は陰暦三月の頃に蒔く、
からだとし(仝上)、
雄麻(ヲアサ)の一名、
とした(仝上・精選版日本国語大辞典)。
績(う)む
は、
ま/み/む/む/め/め、
の、他動詞マ行四段活用
で、
麻苧(あさを)らを麻笥(をけ)にふすさに績(う)まずとも明日(あす)着せさめやいざせ小床に(万葉集)、
と、
麻や苧(からむし)の茎を水に浸し、蒸してあら皮をとり、その繊維を紡いで糸にする(岩波古語辞典)、
麻・苧(からむし)などを細く裂き、ながくつないでよりあわせる(広辞苑)、
麻または苧(からむし)の繊維を長くより合わせて糸にする(デジタル大辞泉)
麻または苧(お)などの茎の皮を細く裂いたものを、長くより合わせて糸に作る(精選版日本国語大辞典)、
(麻または苧(からむし)の繊維を)長くより合わせて糸にする(学研全訳古語辞典)、
ことである。新字鏡集(鎌倉時代)に、
績、乎宇牟(をうむ)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
績、ウム・ヲウム・ヤシナフ、
音訓篇立(字鏡(平安後期頃)の抄略に、
績、ウム・ハタル・ナハ・ツムグ・オル・ヌフ・ツグ
とある。
績む、
の由来は、
ウム(産)の活語(国語本義)、
ウツメ(全目)の転。ウツは首尾をひねり長く繼ぐ意(名言通)
ツム(積)の転声(和語私臆鈔)、
ヲルマツ(織待)の反(名語記)、
とあるが、はっきりしない。
生む、
産む、
熟む、
とあてる同音の言葉はあるが、意味からつながりは見えてこない。
「垜」(漢音タ、呉音ダ)は、
会意兼形声。朶(ダ)は、上から下へ垂れる意を含む。垜は、「土+音符朶」で、∧型にたれた形の盛り土、
とあり(漢字源)、
安土(あづち)、
つまり、
弓の的を立てかけるために△形に築いた盛り土、
の意とある(仝上)。
弓で射る的のまわりを固めた盛り土、
ともある(https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/13711)。
たたり、
に、この字を当てた由来ははっきりしない。
あづち、
は、
垜、
堋、
射垜、
安土、
とあて、
あむつち(射垜)、
しゃだ(射垜)、
ともいい、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
射垜、……俗云阿都智、堋、季云阿津知、
とある。
「絡」(ラク)は、
形声。各は古代にklakという音で、のちkak・lakの両音をあらわすようになった。絡は「糸+音符各(ラク)」で、両側の間をひもでつなぐこと(漢字源)、
形声。糸と、音符各(カク→ラク)とから成る。粗い綿の意を表す。ひいて「まとう」意に用いる(角川新字源)、
形声文字です(糸+各)。「より糸」の象形と「下向きの足の象形と口の象形」(神霊が降って来るのを祈るの意味だがここでは、「めぐらす」の意味)から、糸をめぐらす事を意味し、そこから、「まとう」を意味する「絡」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1197.html)、
形声。「糸」+音符「各 /*RAK/」。「いと」を意味する漢語{絡 /*raak/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B5%A1)、
形声。声符は各(かく)。各に洛・烙(らく)の声がある。〔説文〕十三上に「絮(ふるわた)なり」とし、前条に「絮(じよ)は敝(やぶ)れたる緜(わた)なり」とあり、古綿をいう。また「一に曰く、麻の未だ漚(ひた)さざるものなり」とする。いずれも絡(から)み合い、纏(まと)いつきやすいものである。すべて巻きつけること、長く連なる状態にあるものをいう(字通)、
と、すべて形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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梓弓末(すゑ)はし知らずしかれどもまさかは君に寄りにしものを(万葉集)
の、
梓弓、
は、
「末」の枕詞、
末、
は、
弓の末の意、
まさか、
は、
さしあたっての今は、
の意で、
梓弓の末ではありませんが、行く末のことはわかりません、だけど、今のところは、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
しらかつく木綿(ゆふ)は花もの言(こと)こそばいつのまさかも常に忘らえね(万葉集)
の、
しらかつく、
は、
木綿の枕詞、
純白の幣帛をつける意、
で、
花もの言(こと)こそば、
は、
お言葉同様、その場限りの造花、
の意で、
かけてくださるあなたの華やかなお言葉は、
と訳す(仝上)。ここでは、
いつのまさかも、
は、
いつどんなときでも、
の意とする(仝上)。
まさか、
は、
目前、
現前、
とあて(岩波古語辞典)、
マサは目の方向、カは所(岩波古語辞典)、
目前(マサキ)の転か(大言海)、
マサ(正)カ(所)の意、まさに今の意(語源大辞典=堀井令以知)
形正しい日の意で、マサカ(正日)の義(国語本義)、
マサカ(真逆)の義(日本語原学=林甕臣)、
マソノキハ(真其際)の約轉(万葉考)、
「眼+サ(方向)+カ」或は「正+カ」です。正しい目の方向か、本当か、の意です(日本語源広辞典)、
まのあたり。目のまへ。現在、面と向うてゐる時。「おく」に對した語。「まさ」は現實・目前などの意で、今の「まざまざ」「まざとした僞」の「まざ」と同じである。まさし・まさしに・まさで・まさめ、などの語根は、皆一つである。「か」は體言副詞語尾。卷十二「梓弓すゑはし知らず。然れども、まさか(眞坂)は君によりにしものを(二九八五)。卷十四「伊香保ろの岨《ソヒ》の榛原、ねもごろに於久《オク》をなかねそ。まさか(麻左可)しよかば(三四一〇)。同「我《ア》が戀ひはまさか(麻左香)もかなし。くさまくら多胡の入り野《ヌ》の於久《オク》もかなしも(三四〇三)。同「梓弓すゑはより寢む。まさか(麻左可)こそ、人目をおほみ、汝《ナ》をはしにおけれ(三四九〇)。卷十二「しらがつく木綿《ユフ》は花物《ハナモノ》。言こそは、何時のまさか(眞坂)も常《ツネ》忘らえず(二九九六)。「何時のまさか」は、眼前に會うた何時でもの意である。今「まさか、そんな事はあるまい」など言ふ反語の前提になる副詞も、「まさかにかくの如し。何ぞ…ならむや」の意であらう(折口信夫「萬葉集辭典」折口信夫全集第六卷)、
等々とあり、
「ま」は「め(目)」の交替形で、「目前(まさき)」の転とする説もあるが、「まさき」の例は確認できない。「まさし」「まさしに」など同根の語基「まさ(正)」に接尾語「か」が接したものかと思われる。「か」は、「すみか(住処)」「おくか(奥処)」「をか(峰処・岡)」などと同じく場所を表わす語とも、「さだか」「たしか」「ひそか」「ほのか」などと同じく情態性の語を形成する接尾語とも見られる(日本語源大辞典)、
として、いずれにしろ、
目前、現前のような情態性(移り変わってゆく、人や物事のある時期におけるありさま)の意味を表す語、
としている(仝上)。用法は、
伊香保ろの沿(そ)ひの榛原(はりはら)ねもころに奧(おく)をな兼ねそ麻左可(マサカ)しよかば(万葉集)、
と、
今の今さえ幸福であったらそれでいいではないか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
目前の時。まのあたり、さしあたって今、まさに今、現在、当座、
の意で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、万葉集の用例は、すべて、こうした名詞の使い方である(精選版日本国語大辞典)。この瞬間の時を言っている名詞が、転じて、
これ血気の勇にして。しかもまさかの役に立たず(浮世草子「忠孝永代記」)、
と、
今まさにある事態に直面すること、予期しない危急の事態に直面すること、物事が目の前に迫ってどうにもならないこと、
と、
緊急(の事態)、
をいう場合を言うようになる(仝上・岩波古語辞典)。こうした名詞の用法から、近世に入って、副詞として、
是でなければ、まさか人は斬れぬ(歌舞伎「幼稚子敵討(おさなごのかたきうち)」)、
と、下に打消・反語などの語を伴って予期しない仮定を表し、
よもや、
いくらなんでも、
の意で使い、現代でも、
まさか負けるとは思わなかった、
という使い方をする。また、
森羅万象かんで含るやうに出来てあれど、まさか覚(おぼえ)ようといふ心のものが少い(滑稽本「古朽木(1780)」)、
と、まさにその状態であることを肯定して、強調し、
まさしく、いつわりなく、本当に、
の意や、近代になると、
「まあ、其様(そん)な嫌疑のかかるのは勝野君位のものだ」「まさか」(島崎藤村「破戒」)、
と、強く否定する応答語として、語尾を強めて単独に用い、
いやいやとんでもない、
の意で使ったりするに至る(精選版日本国語大辞典)。こうした副詞用法は、
現在の方言の状況から見ると、江戸を中心に用いられていたものが、近県に波及していった、
と考えられる(日本語源大辞典)とある。今日でも、
まさかの時に、
という言い方は、
予期せぬ時、
の意で、
まさかそんな事はあるまい、
という言い方は、
反語の前提に用いて、下に否定を置くもの、
とある(大言海)。
さ百合花(ゆりばな)後(ゆり)も逢はむと思へこそ伊末能麻左可(イマノマサカ)もうるはしみすれ(万葉集)、
と、
今いまのまさか、
という使い方も、「まさか」は、
現実・現在、
の意を強調して、
さしあたって今この時、今の今、今この時、
の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。この、
まさか、
に、
に、
を添えた、
まさかに、
も、副詞用法で、
夜着蒲団も借て置たから、まさかに風邪もひかせなひ(人情本・春色梅美婦禰)、
と、打消表現に用いる場合は、
いくらなんでも、どうあっても、まさか、
意で、
まさかに艷(やさ)しい気質のお前だから(人情本・英対暖語)、
と、肯定表現に用いる場合は、
まさしく、本当に、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
「前」(漢音ゼン、呉音セン)の異体字は、
z、剪、歬、翦、𢛣、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%89%8D)。字源は、
会意兼形声。前の「刂」を除いた部分は「止(あし)+舟」で、進むものを二つあわせてそろって進む意を示す会意文字。前はそれに刀を加えた字で、剪(そろえて切る)の原字だが、「止+舟」の字がすたれたため、進むの意味に前の字を用いる。もと、左足を右足のところまでそろえ、半歩ずつ進む礼儀正しい歩き方。のち、広く前進する、前方などの意に用いる(漢字源)
会意形声。刀と、歬(セン すすむ。は変わった形)とから成る。刀で切りそろえる意を表す。「剪(セン)」の原字。ひいて「すすむ」「まえ」の意に用いる(角川新字源)、
会意兼形声文字です(止+舟+刂(刀))。「立ち止まる足の象形と渡し舟の象形」(「進む、まえ」の意味)と「刀」の象形から「まえ、すすむ、きる」を意味する「前」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji221.html)、
と、会意兼形声文字とするもの、
会意。正字は歬、あるいは歬に刀を加えた形。止+舟+刀。止は趾(あし)ゆび。舟は盤。盤中の水で止(あし)を洗って、刀で爪を剪り揃えるのである。前は趾指の爪を切る意の字であるが、前後の意から前進、また往昔などの意となる。〔説文〕二上に「行かずして進む。之れを歬と曰ふ。止の舟上に在るに從ふ」と歬を舟行の意とするのは、盤形の舟を舟船、また趾の形を行止の止と誤り解したもので、前系列の字の形義が理解されていない。〔史記、蒙恬伝〕に「公旦(周公)自ら其の爪を揃(き)り、以て河に沈む」とあって、爪切ることは修祓の儀礼。その爪を河に投ずるのは、自己犠牲としての意味をもつことであった。喪礼のときにも、蚤(そう)(爪切り)・鬋(せん)(髪切り)をする俗があった(字通)、
と、会意文字とするもの、
形声。「刀」+音符「歬 /*TSEN/」。「切る」を意味する漢語{剪 /*tsenʔ/}を表す字。のち仮借して「まえ」を意味する漢語{前
/*dzeen/}に用いる。音符となっている「歬」は、「止」(足の形)+「舟」から構成される会意文字で、「まえ」を意味する漢語{前 /*dzeen/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%89%8D)、
と、形声文字とするものに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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水を多み上田(あげた)に種蒔き稗(ひえ)を多み選(え)らえしわざぞ我(あ)がひとり寝(ぬ)る(万葉集)
の、
上三句は序、
水を多み、
は、
今年は低地の田に水が多いので、
の意か(伊藤博訳注『新版万葉集』)とし、
上田、
は、
水はけのよすぎる高地の田、
わざ、
は、
事態、
有様、
の意で、
選(え)らえしわざぞ、
を、
抜き捨てられたなものだ、
と解し(仝上)、
水を多み上田(あげた)に種蒔き稗を多み選(え)らえしわざぞ、
を、
窪田では水が多すぎると、上田に籾(もみ)を蒔いて、稗がいっぱいなので抜き捨てられるように、抜き捨てられている有様なのだ(私だけがあぶれて膝小僧を抱いて寝ている)、
と訳す(仝上)。
わざ、
は、
技、
業、
と当てる。大言海は、
所為、
態、
事、
を当てているが、意味によっては、
藝、
術、
を当てる(日本類語大辞典)ことがあるのは、推測できる。ただ、
こめられている神意をいうのが原義、
とあり(岩波古語辞典)、
もと、神のふりごと(所作)の意。それが精霊にあたる側の身ぶりに転用されたもの(国文学の発生=折口信夫)、
「事柄に込められている神意」です。業を当てます。神わざの意味です(日本語源広辞典)、
とあるのも同趣旨になる。「ワザ」は、
ワザハヒ(災)・わざをき(俳優)のワザ、
とある(岩波古語辞典)のは、
ワザワヒ(禍)の転用、曲之靈が禍を為すむというところからか(国語の語根とその分類=大島正健)、
と同趣旨で、「災害」「災い」を神の「しわざ」と考え、そこに神意を読み取る側の受け止め方ということになる。
ワザワヒ、
の、
ワザ、
は、
鬼神のなす業(わざ)、ハヒはその状(さま)をらわす(広辞苑)、
とあり、
其の殃(わざはひ)に罹らむ(法華経)、
というように、
傷害・疾病・天変地異・難儀などをこうむること、
悪い出来事、
不幸な出来事、
の意である。だから、単なる、
行為、
や
行事、
ではなく(大言海)、
人妻に我(わ)も交はらむ我(わ)が妻に人も言問へ此の山をうしはく神の昔より禁(いさめ)ぬわざそ(万葉集)、
と
神意の込められた行事・行為、
とか、
深い意味のある行為・行事、
というのがもとの用例に近い(広辞苑・岩波古語辞典)。
事柄に込められている神意(日本語源広辞典)、
つまり、
神わざ、
と受け止めた、という意味である。「かみわざ」は、
神業、
神事、
と当てる。古くは、
カムワザ、
と訓み、
神のしわざ、
の意だが、180度ひっくり返って、
神に関する公事、神事、
の意になる(広辞苑)。
だから、「わざ」は、
あしひきの山にしをれば風流(みやび)なみ我(わ)がするわざをとがめたまふな(万葉集)、
と、単なる、
しわざ、
ふるまい、
の意味にも使う(広辞苑)が、
意識的に何事かすること、
か
ならひ学びてなしうるわざ、
というような含意から、
それ失せたまひて、安祥寺にて御わざをしけり(伊勢物語)、
と、
仏事・法要、
の意味だったり、
釣魚(つり)するを以て楽(わざ)とす。……遊鳥(とりのあそび)するを樂(わざ)とす(書紀)、
と、
仕事、
職とすること、
の意となり(岩波古語辞典・広辞苑)、それがさらに極まれば、
闌(た)くるといふ事をわざよと心得て上手の心位とは知らざるか(至花道)、
と、
方法、
技術、
となり、
藝、
腕前、
の意となっていく(広辞苑)。このときは、
技、
を当て、それ以外は、
業、
を使うのが普通(広辞苑)、とある。天治字鏡(平安時代)には、
伎、和佐、
とある(大言海)。
ただ、「わざ」を神意とつなげず、
為す、
という意味から、
「態」の転用でシワザ(為態)の意から(日本古語大辞典=松岡静雄・日本語源=賀茂百樹)、
ワ(腕)サマ(様)からの転(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)、
とする説がある。しかし、当てる漢字はともかく、
ワザヲキ、
は、
ワザ(業)ヲキ(招)が原義(岩波古語辞典)、
で、
神や尊重するものなどを招き寄せる(仝上)、
意とする、
ワザ、
であることを考えると、「神」との関り抜きの説は、採りがたい気がする。しかし、
わざ、
を、神意とつなげず、
為す、
という意味で使われるようになると、
昔をとこ、みそかに語らふわざもせざりければ(伊勢物語)、
と、
意識的に何事かをすること。また、その行為、
の意になり、冒頭の歌の、
選(え)らえしわざぞ、
での、
いにしへにありける和射(ワザ)のくすばしき事と言ひ継ぐ(万葉集)、
人を苦しめ、法を犯さしめて、それを罪なはん事、不便(ふびん)のわざなり(徒然草)、
と同様、行為の結果としての、
ありさま、
できごと、
物事のもつ深い事情や状態、
事の次第、
の意や、
釣魚(つり)するを以て樂(わざ)とす(日本書紀)
汝等の習(なら)ふ業(ワサ)、何の故か、就(な)らざる(仝上)、
と、その習慣化した行為で、目的をもつものとして、
つとめとしてすること、
職としてすること、
つまり、
仕事、
つとめ、
職業、
へと特定し、さらに、
口鼓(くちつづみ)を撃(う)ち、伎(わざ)を為(な)して(古事記)、
風をふせぐたよりもなく、雨をもらさぬわさもなし(平家物語)、
と、その行為の、
手段・方法、
や、その
技倆・腕前、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)。
業、
を、
げふ(ぎょう)、
と訓ますと、
三日を不過ず、常に相互に行き会て、酒を呑むを以て業とす(今昔物語集)、
と、
やるべきこと、
だが、
且(しばら)く存命(ぞんみゃう)の間、業を修し学を好まんには(正法眼蔵随聞記)、
と、
しごと、事業、
の意や、
釣を業とする者在り(今昔物語集)、
と、
暮らして行くための仕事、なりわい、
の意、
業を修める、
学問、技芸、
意でも使い、
業、
を、
なり、
と訓ませると、
ひさかたの天道(あまぢ)遠しなほなほに家に帰りて奈利(ナリ)を為まさに(万葉集)、
と、動詞
なる(業)、
の連用形の名詞化で、
暮らしのための仕事、生業、なりわい、
の意となる。
わざ、
にあてている漢字の訓みをみると、平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、
態、保志万々尓(ほしきままに)、
伎、和佐、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
業、ナリハヒ・ノリ・ツトム・ナル・モトサシ・オソシ・ウゴク・オソル・ミチ・オホイナリ・ハゲム・ナリ、
家業、ナリハヒ、
事、コト・ワザ・ツカフ・コトトス・ツカウマツル・サシハサム・アヅカル、
技、ヨル、
態、ワザ・サマ・スガタ・イコフ・ツカフ・ツカフマツル、
字鏡(平安後期頃)に、
事、タテマツル・サシハサム・イトナム・アヅカル・ツカフマツル・コトトス・ワザ・ヨル・コト・タツ
技、ハク・タクム
態、サマ・カナフ・スガタヨシ・カタチ・ワザ・アシキママ・ココロ、
とある。
「業」(漢音ギョウ、呉音ゴウ)は、「わざ」で触れたが、
象形。ぎざぎざのとめ木のついた台を描いたもの。でこぼこがあってつかえる意を含み、すらりとはいかない仕事の意となる(漢字源)、
象形。かざりを付けた、楽器を掛けるための大きな台の形にかたどる。ひいて、文字を書く板、転じて、学びのわざ、仕事の意に用いる(角川新字源)、
象形。「のこぎり状のぎざぎざの装飾を施した楽器を掛ける為の飾り板」の象形から「わざ・しごと・いた」を意味する「業」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji474.html)、
象形。楽器などをかけるぎざぎざのついた台を象る。「楽器を架ける横板」を意味する漢語{業 /*ng(r)ap/}を表す字。のち仮借して「わざ」を意味する漢語{業
/*ng(r)ap/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A5%AD)、
象形。上部は鑿歯(さくし ぎざぎざ)の形。下に長い柄があり、これで地を撲(う)って固めた。撲はもと業と廾(きよう)とに従い、業を両手でもつ形である。〔説文〕三上に「大版なり鐘鼓を飾縣する所以なり。捷業(せふげふ)(楽器かけ)は鋸齒の如し。白を以て之れを畫く。其の(そご)相ひ承くるに象るなり」という。〔詩、周頌、有瞽〕に「業を設け虚を設く」、その〔毛伝〕に業を「大板なり。栒(しゆん)を飾りて縣を爲す所以なり」とみえる。版築において土を撲つのに用いるものと、楽器を懸ける栒虚(しゆんきよ)に用いるものと、その形が似ているので、同じ名でよばれているのであろう。事業の意は、版築によって城壁を造営することから出ており、当時としては大事業であったので、〔詩、大雅、常武〕「赫赫業業として 嚴たる天子り」のように、形況の語に用いる。〔爾雅、釈詁〕に「業は事なり」とあり、版築のことが字の本義である(字通)、
とすべて象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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月夜(つくよ)には門(かど)に出で立ち夕占(ゆふけ)問ひ足占(あしうら)をぞせし行かまくを欲(ほ)り(万葉集)
の、
夕占、
は、
夕方の辻占、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
夕方におもに辻で行われる占い。自分が道行く人の話を聞いて行ったり、専門の占い師が行ったりするもの、
だが、万葉集には、他にも、
言霊(ことだま)の八十(やそ)の衢(ちまた)に夕占問ふ占(うら)まさに告(の)る妹は相寄らむ、
夕占にも占(うら)にも告(の)れる今夜(こよひ)だに来まさぬ君をいつとか待たむ、
逢はなくに夕占を問ふと幣(ぬさ)に置く我(わ)が衣手はまたぞ継ぐべき、
夕占問ふ我(わ)が衣手に置く霜を君に見せむと取れば消(け)につつ、
夕占にも今夜(こよひ)と告(の)らろ我(わ)が背なはあぜぞも今夜(こよひ)寄(よ)しろ来(き)まさぬ、
などと、見られるが、平安時代には廃れていたと見られる、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
足占、
は、
足に合わせて、吉、凶と唱え、目標に着いたときが吉か凶かで事の成否を判断する占いか、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。万葉集に、もう一首載る、
月夜(つくよ)には門(かど)に出(い)で立ち足占(あしうら)して行く時さへや妹に逢はずあらむ、
では、
ここでは(占いが)吉と出た、
ので、
行くときさへや、
は、
いそいそと逢いにいく、そんなときでさえも、
と、訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
月夜よみ、
は、
よい月夜なので、
と訳す(仝上)、この、
み、
は、
すべをなみ、
で触れたように、
接尾語
で、第一に、
春花の咲ける盛りに思ふどち手折(たを)りかざさず春の野の繁み飛び潜(く)くうぐいすの声だに聞かず(万葉集)、
と、
形容詞の語幹について体言を作り、
高み、明るみ、深み、
等々と、
その性質を帯びた場所(岩波古語辞典)、
そのような状態をしている場所(精選版日本国語大辞典)、
を言ったり、
黒み、白み、青み、赤み(ロドリゲス大文典)、
と、
色合い(岩波古語辞典)、
その性質・状態の程度やその様子(精選版日本国語大辞典)
を表わすが、
「厚み」「重み」「苦み」「赤み」「面白みに欠ける」「真剣みが薄い」など、「さ」と比べると使われ方は限られる、
とある。また、
甘み、苦み(仝上)、
と、味わいを表す(岩波古語辞典)が、、
漢語の「味」と混同され、「味」を用いることも、近代には多い。
とされる(精選版日本国語大辞典)。第二に、
采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万葉集)、
瀬をはやみ岩にせかるる谷川の割れて末にもあはんとぞ思ふ(詞花和歌集)、
若の浦に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る(万葉集)、
などと、
形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて(学研全訳古語辞典)、
形容詞の語幹に添ひて、「の故に」「さに」の意をなす(大言海)、
形容詞や形容詞型活用の助動詞の語幹に付いて、「名詞+を…み」「名詞…み」の形で )
原因・理由を表わして連用修飾語となる(精選版日本国語大辞典)、
とする、
み、
は、
(……が)……なので、
(……が)……だから、
……のゆえに、
……によって、
と、原因・理由を表す(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある(学研全訳古語辞典)。上掲の、
月夜よみ、
の、
み、
はこれで、
よい月夜なので、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。第三に、
負ひみ抱(むだ)きみ、
で触れた、
子の泣くごとに男(をとこ)じもの負ひみ抱(むだ)きみ朝鳥(あさとり)の哭(ね)のみ泣きつつ恋ふれども験(しるし)をなみと言問(ことと)はぬものにはあれど(高橋朝臣)、
生駒(いこま)の山を見れば、曇りみ晴れみ、たちゐる雲やまず(伊勢物語)、
などの、
……み……み、
の形の、
み、
は、
もと動詞ミ(見・試)の連用形、動詞または助動詞「ず」の連用例について(岩波古語辞典)、
試みる意の「見る」の連用形からという )
動詞または助動詞「ず」の連用形に付き、その並列によって連用修飾語をつくる。対照的な動作または状態を並列してそれが交互に繰り返される意を表わす(精選版日本国語大辞典)、
動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて、その動作が交互に繰り返される意を表す(学研全訳古語辞典)、
もので、
……み……み、
で、
……したり、……したり、
……したり、……しなかったりして、
の意になる。第二の、
み、
と同語とされる場合もあるが、第二の、
み、
は、形容詞の語幹に下接し、この「み」は動詞の連用形に下接するので、別語である(精選版日本国語大辞典)。
第四に、
道の後(しり)古波陀孃子(こはだをとめ)は争はず寝(ね)しくをしぞも愛(うるは)し美(ミ)思ふ(古事記)、
望月(もちづき)のいやめづらしみ思ほしし君と時々幸(いでま)して(万葉集)、
の、
み、
は、
形容詞の語幹に付いて、下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す(学研全訳古語辞典)、
あとに「思う」「する」などの動詞が続き、感情の内容を表現する(精選版日本国語大辞典)、
とある。この、
み、
は、品詞の扱いとしては、
接尾語とする説、
以外に、
助詞とする説、
四段活用動詞の連用形に相当すると見る説、
などもある(精選版日本国語大辞典)。また、この用法による、、
「甘みす」「重みす」「安みす」、
は、音便により、
「甘んずる」「重んずる」「安んずる」
等々となる(仝上・大言海)。
足占(あしうら)、
は、
あうら、
とも訓むが、
アウラと言ふは、略なり(足音(あしおと)、あおと。足結(あしゆひ)、あゆひ)、
とある(大言海)、
足によって神意を問い、吉凶、正邪の判断を下す(日本大百科全書)、
という、
古代の民間占法(広辞苑)、
で、
中世にかけて盛んに行われたらしい、
とある(日本大百科全書)。その実態は、
あうら、又、あしうら。古代の民間占法の一つ。ある豫めきめた距離の間をあるく足數の奇偶によつて、思ひ事の叶ふ・叶はぬを判斷する方法であらうと思ふが、明らかでない。或は片足を成、片足を敗、と豫定しておいて、既定の地鮎に達した時に、蹈んた足で判斷するのか、或は足音の響きの強弱によつて決定するものかとも考へられる。此は橋占にも應用せられた方法であるらしいから、或は此が眞のあうらかも知れぬ(折口信夫「萬葉集辭典」折口信夫全集第六卷)、
目標を定め、吉凶のことばを交互に繰り返し、目標に達した時のことばで吉凶を占う方法(正卜考)。また、一定の距離を歩く歩数が奇数か偶数かで占うとも、足音の響きの強弱によるともいう(万葉集辞典)(精選版日本国語大辞典)、
歩いて行って、右足・左足のどちらで目標の地点につくかによって吉凶を定めるものらしい(岩波古語辞典)、
足によって神意を問い、吉凶、正邪の判断を下す。方法には、吉凶のことばを繰り返し唱え、目標に達したときどちらの足であるかなどをはじめ、一定の距離を偶奇いずれの歩数で歩いたか、特定の地点まで歌いながら歩き、到達したときの歌詞によるとか、足音の響きの強弱など、さまざまあったようである。ちなみに、履き物を高くけり上げ落ちた状態によって天気を占う遊びも、一つの足占と考えられる(日本大百科全書)、
などとあるように、
歩きながら、一歩一歩に吉凶の言葉を交互に唱え、目標の地点に達した時の言葉によって、吉凶をうらなった(広辞苑)、
目標に向って進みながらかわるがわる吉か凶かを唱え、目標に達したときの言葉のいかんにより占った(ブリタニカ国際大百科事典)、
一歩一歩吉凶の言葉を交互に唱えながら進み、目標に達したときの言葉によって占ったとも、あるいは、足音の強弱で占ったともいう(デジタル大辞泉)、
と、花弁を一枚ずつ引きはがし、「来る」「来ない」などとやって、最後の言葉で、是非を占うのに似たやり方のほか、
まづ、歩きて蹈止るべき標を定めおきて、さて、吉凶の辭をもて、歩く足に合はせつつ、蹈みわたり、標の處にて蹈止りたる足に當りたる辭をもて、吉凶を定むるわざにもやあらむ(江戸時代末期『正卜考』(伴信友))、
古代の占いの一つ。目標の地点まで歩いて行って、右足で着くか左足で着くかによって恋などの吉凶を占ったといわれる(学研全訳古語辞典)、
と、目印の地点に到達した時、右足か左足かによって吉凶をはかるやり方、
歩数にて吉凶を定むるもの(大言海)、
と、歩数の奇数か偶数かで吉凶を占うやり方等々、諸説分かれている。
「足」(@漢音ソク・呉音ショク、A漢音シュ・呉音ス)の異体字は、
莡、𠯁、𤴕、𧾷(部首の変形)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B6%B3)。「跣足(センソク)」の「あし」の意、「鼎足(ていそく)」と「あし」の形をしているものの意、「捷足(しょうそく)」「高足」(学問の歩みの進んだ上位の弟子)と「あゆみ」の意、「満足」「過不足」と「たりる」意、「充足」と「たす」意などの場合は、@の音、副詞として「足恭(すうきょう)」と、あまり……すぎる意の場合は、Aの音となる(漢字源)。我国では、「おあし」というように、お金の意、くつ一足と、履物を数える単位に使う(仝上)。字源は、
象形。ひざからあし先までを描いたもので、関節がぐっと縮んで弾力を生み出すあし(漢字源)、
象形。ひざの関節から下の部分の形にかたどる。ひざから足首までの部分の意を表す。借りて「たす」意に用いる(角川新字源)、
象形。膝の関節より足趾に至るまでの形。〔説文〕二下に「人の足なり。下に在り。止口に從ふ」と会意とするが、口の部分は膝蓋骨の形である。卜文に「足(た)る」の字には正を用い、「帝は雨を正(た)らしめんか」のようにいう。金文に「疋(たす)く」の疋(しよ)を、足の形にしるしている。足・正・疋の形は甚だ近く、みな止に従う。足・疋には古く通用の例がある(字通)、
と、象形文字とする説のほか、
指事文字です(口+止)。「人の胴体」の象形と「立ち止まる足」の象形から、「あし(人や動物のあし)」を意味する「足」という漢字が成り立ちました。また、本体にそなえるの意味から、「たす(添える、増す)」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji14.html)、
と、指事文字(抽象的概念を点や線の位置関係等で示す)とする説もあるが、
かつては小篆をもとに足の象形(「疋」と同一字)と解釈するのが定説であったが、これは誤った分析である。もと甲骨文字や金文の「吹*」(「吹く」とは異なる字)が{足}を表す字であったが、のち人の足の部分(「止」)が独立して「𧿞」の字形となり、さらに「欠」を省いて「足」の字形となった、
として、
「𧿞」の略体。「あし」「たりる」を意味する漢語{足 /*tsok/}を表す字、
としている(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B6%B3)。
「疋」(漢音ガ・ソ・ヒツ呉音ゲ・ショ・ヒチシ)の異体字は、
𤴔(部首の変形)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%8B)、「疋」には三種類の字が存在する(別字衝突)として、
@象形。人の足を象る。「あし」を意味する漢語{疋 /*sra/}を表す字。かつては小篆をもとに「足」と同一字と解釈するのが定説であったが、これは誤った分析である、
A「夏」の略体。仮借して「ただしい」を意味する漢語{雅 /*ŋrˤaʔ/}に用いる、
B「匹」の異体字、
としている(仝上)。
「吹」(スイ)の異体字は、
龡、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%B9)、「吹」には三種類の字が存在する(別字衝突)とし、
@甲骨文字および金文の隷定字。
構形本義未詳。「たりる」を意味する漢語{足 /*tsok/}に用いる例がある。のちにこの字が変化して「足」の字が生じた。かつてこの字を「吹く」と解釈する説があったが、これは誤った分析であり、「吹く」とは関係がない。
A前漢代に見られる「吹」。
「口」 + 音符「坎 /*KƏM/」の略体から成る形声文字、あるいは「𲊩」の略体。「あくび」を意味する漢語{欠
/*kʰamh/}に用いられている。のち「口」を省略して単体の「欠」が用いられるようになった。この字も「吹く」とは関係がない。
B後漢代から今日に至るまでの「吹」。
「炊」の分化字。「ふく」を意味する漢語{吹 /*[kʰl]oi/}に用いる。もと「炊」が{吹}を表す字であったが、偏を入れ替えた、
としてしいる(仝上)。
なお、和語、
あし、
は、
和名類聚抄(931〜38年)に、
脚、足、阿之、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
足、アシ・フモト・ユク・タス・アク・ユタカナリ・タンヌ・トドム・エタリ・マサル・ミホ・ナル・アキタル・タル、
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
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との曇(ぐも)り雨布留川(ふるかは)のさざれ波間(ま)なくも君は思ほゆるかも(万葉集)
の、
「雨」までは「布留川」を起こす序、
で、
との曇り、
は、
一面にかき曇り、
の意、
一面にかき曇って雨が降る、その布留川のさざ波のように(あなたを恋しく思われてなりません)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
との曇り、
は、動詞、
との曇る、
の連用形の名詞化で、
空一面に雲がたなびいてくもること、
で、接頭語、
との、
は、
たなぐもり、
の、接頭語、
たな、
の音変化で、
たなぐもり、
は、
棚引曇(たなひきぐもり)の義と云ふ、
とあり、
天雲のたなびき合ひて曇れること、
とある(大言海)。
たな、
は、
たなぎらふ、
で触れたように、接頭語で、
棚と同根(岩波古語辞典)、
とあり、
棚、
とも当て(広辞苑)、
動詞に付いて、
たな曇(ぐも)る、
たな知る、
たな引(び)く、
等々のように、
すっかり、
まったく、
十分に、
一面に、
しっかり、
たしかに、
などの意を添える(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。
との曇(ぐも)る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
雨降らずとの曇(ぐも)る夜のぬるぬると恋ひつつ居(を)りき君待ちがてり(万葉集)、
と、
空一面に曇る、
空一面に雲がたなびいてくもる、
意である(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。
「曇」(漢音タン、呉音ドン)は、
会意文字。「日+雲」で、雲が深くて日を隠すことを示す。底深く重い意を含む。雲が多く深く重なって重苦しいこと(漢字源)、
会意。「日」+「雲」。「くもり」を意味する漢語{曇 /dom/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%87)、
会意。日と、雲(くも)とから成り、日光が雲にさえぎられて日がかげる、「くもる」意を表す(角川新字源)、
会意文字です(日+雲)。「太陽」の象形と「雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形と「雲が回転する」象形から、太陽が雲の中に隠れて「くもる」、「くもり」を意味する「曇」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji337.html)、
会意。日+雲。日光が雲にさえぎられる意。〔説文新附〕七上に「雲布(し)くなり」とあり、陸雲の〔愁霖の賦〕に「雲、曇(たん)として疊結(でふけつ)す」と形容の語に用いる。〔説文〕〔玉〕にはこの字がみえず、仏典の翻訳語として作られた字である。梵語dharmaを曇摩といい、僧名に曇を冠することが多い。梵字を悉曇(しつたん)という(字通)、
すべて、会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
新村出編『広辞苑第七版』(岩波書店)
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雷(かみ)のごと聞ゆる滝の白波の面知(おもしる)君が見えぬこのころ(万葉集)、
の、
上三句は序、「面知る」を起こす、
とあり、
見る目にはっきりとしている意、
とし、
雷かと思うばかりに聞こえる滝の白波、その目に立つ白さのように、はっきりと、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
面知る、
は、
顔だけ鮮明に浮かぶ君、
で、
片思い、
と解す(仝上)。
面知る、
は、自動詞ラ行四段活用で、
顔を見知っている、
意である(精選版日本国語大辞典)。
おも、
は、
面、
とあてるが、上代では、
顔の正面、
の意、平安時代以後、
独立してはほとんど使われず、「面影」「面変わり」「面もち」などの複合語に残った、
とあり(岩波古語辞典)、
思(おも)と通ず(大言海)、
オモテ→オモ(日本語の語源)、
オモテ(面)のオモです。モ(正面)はセ(背)に対する語で、顔面や表面の意です。思う事が顔に現れるので、「思」とも同源といいます(日本語源広辞典)、
とあり、また、
オモテ(面)、
は、
オモ(面)とテ(方向)の複合、ものの正面、社会に対する正式の顔、表面が原義(岩波古語辞典)、
ともあり、
モ(面・方)、
は、
オモテのオの脱落した形(岩波古語辞典)、
オモ(面)の略(大言海)、
おも(面)」の音変化(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
とあるので、
オモテ⇔オモ←オ、
の先後は分からないが、つながっている。また、
思ふ、
との関係では、上述のように、
「面(おも)」に「ふ」を付けて活用させたものとして、原義を「顔に現われる」の意とする、
説がある(日本語源大辞典)が、類似の説に、
オモ(面)オフ(覆)の約か、胸の内に、心配・恨み・執念・望み・恋・予想などを抱いて、おもてに出さず、じっとたくわえている意が原義、ウラミが、心の中で恨む意から、恨み言を外に言う意を持つに至るように、情念を表す語は、単に心の中に抱くだけでなく、それを外部に形で示す意を表すようになることが多いが、オモフも、転義として心の中の感情が顔つきに現れる意を示すことがある。オモフが内に蔵する点に中心を持つに対し、類義語ココロは、外に向かって働く原動力を常に保っている点に相違がある。オモシ(重)と関係づける説は、意味の上から成立しがたい(岩波古語辞典)、
があり、
おも(面)、
は、
わが背子をいつぞ今かと待つなへに於毛(オモ)やは見えむ秋の風吹く(万葉集)、
と、
お顔を見せてはくださらないのではないか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
人の顔、かおつき、容貌、おもて。
の意や、それをメタファに、
奈良山の児手柏(このてかしは)の両面(ふたおも)にかにもかくにも佞人(こびひと)の友(万葉集)、
と、
表の顔と裏の顔、
と(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
表面、うわべ、
の意、
佐努(さの)山に打つや斧音(をのと)の遠かども寝(ね)もとか子ろが於母(オモ)に見えつる(万葉集)、
と、
おもかげ、様子、情景、
の意、さらに、
面(おも)なし、
のように、
(人に合わせる顔の意から)面目、名誉、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
おも、
が変化して、
足柄の彼(お)て毛(モ)此(こ)の母(モ)に刺す罠(わな)のかなるましづみ子ろ我(あ)れ紐解く(万葉集)、
と、
彼(を)ち面(オモ)此(こ)の面(オモ)、
が転訛して、
あちら側にもこちら側にも、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
面、
を、
も、
と訓む場合、
おもて、また、あたり、方向、
の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
面、
を
おもて、
と訓ませた場合、上述のように、
オモ(面)とテ(方向)の複合、ものの正面、社会に対する正式の顔、表面が原義(岩波古語辞典)、
面之方(オモツヘ)の急呼、後之方(ウシロツヘ)の、ウシロデとなると同じ。表(オモテ)は面(オモテ)の義(大言海)、
「おも(面)」に、方向・方面を表す「て」の付いたもの。正面のほう、の意(デジタル大辞泉)、
「おもて(表)」と同語源(精選版日本国語大辞典)、
おも(面)て(方)の意(広辞苑)、
オモ(面)+テ(接尾語 方向)です。顔面に向く方向の意です。ウラテ、ヨコテ、カミテ、シモテ、などに対する言葉です。よく見える側の意でもあり、前面、表面、正面をさします。近世には、江戸表、大阪表、のような、漠然とした地の用法がありました(日本語源広辞典)、
テは接尾語(古事記伝・箋注和名抄)、
テはト(處)の転(国語の語根とその分類=大島正健)、
等々とあり、
おも(面)、
に、
方向性、
を明示している表現と見られ、
おもて、
は、
面、
とあてて、
小林(をばやし)に我を引き入れて姧(せ)し人の於謀提(オモテ)も知らず家も知らずも(日本書紀)、
と、
顔、顔面、顔だち、
の意、それをメタファに、
吾皇后なりと雖も、……何(なに)の面目(ヲモテ)以(あ)てか天下を莅(のぞ)まむ(日本書紀)、
と、
顔むけができること、面目、体面、
の意、
二の舞のおもてやうにみ受けるが(徒然草)、
と、
顔をかたどったもの、面形(おもてがた)、めん、
の意で、また、とくに能面をいう(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。さらに、
表、
とあてて、「おもて(面)」と同語源で、
裏、
奧、
の対として、
物事の、人の目にふれる部分。また、二面ある物事のうちで、人目につく面、
つまり、
表面、
の意でも使う(仝上)。類聚名義抄(11〜12世紀)には、
面、オモテ・ムカフ・アキラカニ・マツ・マノアタリ・オモムク・マヘニス・ソムク、
面目、オモテオコス、
とある。
おもて、
が変化して、
我(わ)が母弖(モテ)の忘れも時(しだ)は筑波嶺(つくはね)をふり放(さ)け見つつ妹はしぬ(偲)はね(万葉集)、
と、
もて、
と転訛しても、
顔、
の意である(仝上)。
面、
を、
つら、
と訓ませると、
頬、
とも当て(岩波古語辞典)、
古くは頬から顎にかけての顔の側面をいう。類義語オモテは正面・表面の意。カホは他人に見せること、見られることを特に意識した顔面(岩波古語辞典)、
とあり、
(頬(つら)は)左右に列(つら)なる意。ほほ(頬)に同じ。顔の兩旁、目の下の所。転じてツラ(面)(大言海)、
ツネ(常)にアラハルル意か(和句解・日本釈名)、
ツルツルと滑らかであるところから(国語の語根とその分類=大島正健)、
とするが、和名類聚抄(931〜38年)に、
頬、豆良、一云、保保、面旁目下也、
字鏡(平安後期頃)に、
頬、豆良、
とあり、どうやら、
頬、
を指すのが原義のようである。だから、
大己貴神、即ち取りて掌中(たなうら)に置きて翫(もてあそ)ひたまひしかば、則ち、跳ねて其の頬(ツラ)を囓(く)ふ(日本書紀)、
と、「頬」と表記して、
顔の両傍、目の下の部分。ほお、
の意であり、
面、顔をつらとなづく、如何(名語記)、
と、
顔。おもて。また、顔つき。表情、
の意で、後世は、
あほう面、
馬面、
と、他人の顔をののしっていう場合に用いる。また、
当時(そのかみ)、生田の川のつらに、女平張をうちてゐにけり(大和物語)、
と、ある物の側面。また、それに近接したところ。ある物や場所に面したところ。かたわら、
の意、
乍去逃散様、面をはかこゐて家内には住す(鵤荘引付)、
と、
物の表面。また、表面に現れた事柄、
の意、
伊勢平氏が郎等に引はられて、子共がつらをやけがさんずらん(保元物語)、
と、
体面。面目。面子(めんつ)、
の意などに使う(精選版日本国語大辞典)。なお、
面(おも)なし、
した面(おもて)、
面(おも)なみ、
については触れた。
「面」(漢音ベン、呉音メン)の異体字は、
靣、麵(繁体字/別字衝突)、麺(新字体/別字衝突)、𠚑、𡇢(本字)、𨉥(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%A2)。字源は、「面桶(めんつう)」で触れたように、
会意。「首(あたま)+外側をかこむ線」。頭の外側を線でかこんだその平面を表す(漢字源)、
とする他は、
指事。𦣻(しゆ=首。あたま)と、それを包む線とにより、顔の意を表す(角川新字源)、
指事。「首」の顔面の部分に印を加えたもの。「かお」を意味する漢語{面 /*men-s/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%A2)、
指事文字です。「人の頭部」の象形と「顔の輪郭をあらわす囲い」から、人の「かお・おもて」を意味する「面」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji541.html)、
も、漢字の造字法は、指事文字としているが、字源の解釈は同趣旨。別に、
象形。ひら面の形。〔説文〕九上に「顏前なり。𦣻
(しう)に從ひ、人面の形に象る」という。古い字形はないが、金文の〔師遽方彝(しきよほうい)〕にみえる「王+面圭(めんけい)」の王+面の字形から考えると、被る面の形かと思われ、おそらく神事の際などに用いるのであろう。〔詩、小雅、何人斯(かじんし)〕は人を呪詛する詩で「靦(てん)たる面目有り 人を視るに極まり罔(な)し」とは、面でもつけたように、けろりとした恥知らずの男を罵る語である。のち顔面の意となり、面晤(めんご)・面争のようにいう(字通)、
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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