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コトバ辞典
黒髪と雪との中のうきみれば友かがみをもつらしとぞ思ふ(後撰和歌集)
の、
とも鏡、
は、
友鏡とは今俗にいふ合せ鏡の事なるべし。(中略)それを今は、てらし合せて見る、友達の事にとりなされたりと見えたり、
と(後撰集新抄)にあり、
合せ鏡、
とは、
二枚の鏡を合せ、後ろ姿などを見ること、
と注記し(水垣久訳注『後撰和歌集』)、
黒髪と白髪を巡って仲違いしたので、友を薄情だと思い、鏡で白髪を見るのも嫌だと言うのである、
と解し、
黒髪と雪のような白髪との仲の悪いことを見ますと、(髪を映す)友鏡を見るのさえ苦痛に思いますよ、
と訳す(仝上)。歌学書『袖中抄(1185〜87頃)』(しゅうちゅうしょう 顕昭著)には、
わが髪、人の髪の白きを、雪に見合わせたる也、
とある。
とも鏡、
は、
共鏡、
友鏡、
とあて(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
合せ鏡、
の意(デジタル大辞泉・岩波古語辞典)とともに、
水の面と月や中よきとも鏡(俳諧「崑山集(1651)」)、
と、
二枚の鏡を前と後ろに使って、前の鏡に後ろ姿を写して見ること、
の意でもあるが、転じて、冒頭の歌のように、
二つのものを照らし合わせてみること、
対照してみること、
の意となる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)。
とも、
は、
友・朋・伴・侶・部、
とあて(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
友・朋・侶、
と、
伴・部、
とは、ちょっと区別する(広辞苑・大言海)。
友・朋・侶、
とあてる、
とも、
の語源は、
「共」と同語源(デジタル大辞泉)、
「共」と同源で、なかまを成すものの意(広辞苑)、
朝鮮語トンモ(大言海)、
朝鮮語tong-moで、同胞の義(外来語辞典=荒川惣兵衛)、
「共にするもの」です。いつも一緒にいる友人の意(日本語源広辞典)、
中国音tong(同胞)・tom(党)に母音oが加わったもの、いつも親しくつきあう者(仝上)、
中国語tong(同)、tom(党)から(外来語辞典=荒川惣兵衛)、
何事も諸共にするので、トモ(共)の義(和句解・箋注和名抄・和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
トは与の義(名言通)、また、モはモロ(諸)の意(国語溯原=大矢徹)、
床を同じくするので、トコモロの反(名語記)、
トヒモリ(問守)の義(日本語原学=林甕臣)、
トタモチ(登持)の略(柴門和語類集)、
トは接続の義、モはミ(身)の転か(国語溯原=大矢徹)、
止まり集まる義(国語本義)、
とし、
伴・部、
の、
とも、
の語源は、
後に伴う義(和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
後に供となる義(大言海)、
アトムレの約で、人の後にむれ行く義(和訓集説)、
後に連れる者なので、あとをおもうの義(和句解)、
等々とあるが、『大言海』は、
伴・侶・徒、
とあてる、
とも、
は、
おぼろかに心思ひて空言(むなごと)も祖(おや)の名絶つな大伴の氏と名に負へるますらをの伴(とも)(万葉集)、
と、
一群れとなりて、相連なる者、ともがら、なかま、
の意、
もとより、ともとする人、ひとりふたりして行きけり(伊勢物語)、
と、
連れ立ちて路を行く者、みちづれ、同行、
の意、そのメタファで、
物事の類、同類、
の意でも使うとし、
友・朋、
とあてる、
とも、
は、前項の意と同じとしつつ、
山陰にともを尋ねし跡ふりてただ古への雪の夜の月(玉葉集)、
と、
又、同志を友と云ひ、同窓を朋と云ふ、
として、
相知りて、常に相交わるひと、ともがき、ともだち、朋友、友人、
の意とし、論語・学而篇の、
有朋、自遠方來、不亦楽乎、
の、
朋、
であり、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
友、トモ、トモダチ、
とある意とする。この、
朋、
については触れたことがある。さらに、
供、
とあてる、
とも、
は、
かたみに供の人の、あやしと思ふべければ(源氏物語)、
と、
後に従う人、しとりべ(儐従 主人のあとに従って仕えるもの)、従者(ずさ)、
の意とする。この分け方は、
伴、
は、
一定の職能をもって朝廷に仕える)同一集団に属する人々、
友、
は、
友人。仲間、
同行の者。連れ、
供、
は、
従者。おとも(主人に付き従う者)、
とする分け方(学研全訳古語辞典)とほぼ同じである。
共、
とあてる、
とも、
は、
いっしょ。同一。また、同じ性質であること、同時、
の意で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
むた(共)、
で触れたように、他の名詞に添えて、
接尾語として、
コートと共のドレス、
共の生地、
等々、
同じであること、
同一、
の意や、
起居を共にした仲、
と、
一緒、
また、
同時、
の意で、また、
とも裏、
とも働き、
とも白髪、
共蓋(ぶた)、
共切れ、
等々、名詞の上に付いて、
一対のものが同類である、また、同じ性質である、
という意を表し、また、名詞の下に付いて、
送料共一〇〇〇円、
付録共五〇〇円、
税金とも、
等々、
こみ、
と同義で、
従となるものを表わす名詞が、主となるものに込められている意、
を表し、
二人共学生だった、
男女共若かった、
等々、
複数を表す名詞に付いて、それが全部同じ状態であることの意、
を表わしたりする(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。さらに、
共、
を、
ども、
と訓ませると、接尾語として、
トモ(友・伴)の転用、
で、
大和の高佐士野(たかさじの)を七(なな)行く嬢子(をとめ)杼母(ドモ)誰をし枕(ま)かむ(古事記)、
と、
お伴をし従うものの意から転じて、人間の複数を示すのが古い用法、敬意をもって遇しない対象について使う。類義語タチは敬意をもって遇する対象につすて使う。ドモは平安時代に至って、物の複数を示すように用法が広がった、
とあり(岩波古語辞典)、名詞・代名詞に付いて、
そのものを含めて、同類の物事が数多くあることを示すが、必ずしも多数とは限らないで、
酒、よきものども持て来て、舟に入れたり(土左日記)、
と、
同類のものの一、二をさしてもいう。なお、
人を表わす場合は「たち」に比べて敬意が低く、目下、または軽蔑すべき者たちの意を含めて用いる。現代では、複数の人を表わすのに用いられることが多い、
とある(精選版日本国語大辞典)。また、
是はいかな事、身共は不念な事を致た(狂言「末広がり(室町末)」)、
と、
自称の代名詞、または、
私ども、
親ども、
と、
自分の身内の者を表わす名詞に付けて、単数・複数にかかわらず、謙遜した表現として用いる。さらに、
嫗(おみな)ども、いざたまへ。寺に尊き業する、見たてまつらむ(大和物語)、
と、
人を表わす名詞に付いて、相手への呼びかけとするが、
野郎ども、
ものども(者共)、
と、
目下の者に対する時で、単数の場合がある、
という使い方をする(精選版日本国語大辞典)。
「友」(ユウ)は、
会意文字。かばうように曲げた手を組み合わせたもの。「て+音符又(ユウ)」の会意兼形声文字と見てもよい。手でかばいあうこと。転じて、仲よくかばいあう仲間(漢字源)、
会意。又二つから成り、手の下に別の手をそえて、助ける、したしむ、ひいて「とも」の意を表す(角川新字源)、
会意兼形声文字です(又+又)。「右手と右手を取り合う」象形から「とも」を意味する「友」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji40.html)、
会意。又(ゆう)+又。〔説文〕三下に「同志を友と爲す。二又に從ふ。相ひ交友するなり」という。金文の字形は、双のように二又を並べ、下に盟誓の器である曰(えつ)を加えて、双+日(ゆう)の形に作ることが多い。盟誓の上に双方の手をおいて誓う形式を示す字であろう。〔説文〕古文に習の字形に作るものは、その譌形と考えられる。官友・官守友・法友のように、同僚の関係をいい、同族のものには倗双+日(ほうゆう)という。〔書、君陳〕「兄弟に友に」とは、倗双+日の間の徳をいい、友情・友誼のように用いるのは、その拡大義である(字通)
と、会意文字としているが、
形声。音符「又 /*WƏ/」を二つ並べた文字。「親しくする」「助け合う」を意味する漢語{友 /*wəʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%8B)、
と、形声文字とするものがある。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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高山(たかやま)にたかべさ渡り高々(たかたか)に我(あ)が待つ君を待ち出でむかも(万葉集)
の、
たかべ、
は、
小型の鴨、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
高々(たかたか)に、
は、
高々と爪先を立てて、
の意とし、
待ち出でむかも、
は、
そのかいあって、待ちうけることができるだろうか、
と訳す(仝上)。
さ渡り、
の、
さ、
は、接頭語で、
「さ百合」「さ牡鹿」「さ走り」など、名詞・動詞・形容詞の上に付く、語義不詳(岩波古語辞典)、
「さ雄鹿」「さ躍る」「さまねし」「さ夜」など、名詞・動詞・形容詞の上に付いて、語調をととのえる語(広辞苑)、
「さ霧」「さ迷う」「さまねし」など、名詞・動詞・形容詞に付いて、語調を整える(デジタル大辞泉)、
「さ夜」「さ霧」「さ迷う」「さとし」「さ噛みに噛む」「さまねし」など、名詞・動詞・形容詞の上に付いて、語調をととのえる。実質的な意味はほとんどない(精選版日本国語大辞典)、
「サヨフケテ」「サマヨウ」(日葡辞書)、
という使い方のほか、
「さみだれ「さ蠅(ばえ)」など、名詞の上に付いて、五月の意を表す(広辞苑)、
「さ乙女」「さ苗」「さみだれ」など、名詞に付いて、時期的に早く若々しい、また、5月の、という意を表す。「早」などの漢字が当てられることがある(デジタル大辞泉)、
「五月蠅(さばえ)」「早乙女(さおとめ)」「早苗(さなえ)」「五月(さつき)」「五月雨(さみだれ)」「早蕨(さわらび)」など。(「五月」「早」の字を当て)名詞の上に付いて、時期的に早く若々しい、また、五月の意をあらわす(精選版日本国語大辞典)、
「小夜(さよ)」「狭衣(さごろも)」「狭山(さやま)」などと書けども、借字(あてじ)にて、ちひさき意はなし、せまき意にもあらず、何の意味もなき発語。「伊行く」「伊向ふ」「加易(かやす)し」「多走(たばし)る」など云ふ、伊、加、多に同じ。名詞に冠するものは、「さ夜」「さ衣」「さ山」「さ霧」「さ牡鹿」「さ沙子(いさご)」「さ百合」「さ小舟(おぶね)」「さ野津鳥(ぬつどり)」、動詞に冠するものは、「さ嚙む」「さ障(さは)る」「さ走る」「さ躍る」「さ守(もろ)ふ」「さ摩(す)る」、形容詞に冠するものは、「左遍(まね)し」「さ敏(と)し(聡)」(大言海)、
という使い方、さらに、
「さ来年」「さ来月」など、時間をあらわす名詞の上に付いて、「さきの」の意をあらわす(精選版日本国語大辞典)、
使い方などがある。
早乙女、
さつき、
さ来年、
等々の例を見ると、それぞれ由来は異にしても、本来は、語調以外の意味があったのかもしれないが、もはやわからなくなっている、というところなのだろう。
たかべ、
は、
沈鳧、
鸍、
とあて、
コガモの古名(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・大言海)、
とも、
こがも(小鴨)の異名(精選版日本国語大辞典)、
ともある。
鴨類中最小、他の鴨より早く来、他より遅れて北に帰る、
という(岩波古語辞典)。和名類聚抄(931〜38年)に、
鸍、多加閉(たかべ)、一名沈鳧、貌似鴨面小、背上有文、
とあり、平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、
鳧、太加戸、
字鏡(平安後期頃)に、
鳧、太加戸、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
鳧、浮鴨の屬なり。カモ・タカベ、
などとある。
コガモ、
は、
小鴨、
とあて(広辞苑)、
たかべ、
たかぶ、
ともいう、
カモ目カモ科マガモ属の鳥類の一種で、カモの仲間。日本語における命名由来は「小型のカモの意」である、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%AC%E3%83%A2)、
全長三五〜四〇センチメートル。雄は頭、くびが栗色で、目から後頭にかけて白いふちのある緑色帯がある。背面と脇は黒白の細線があり、腹面は白く胸に黒点がある。雌は地味で全体に暗褐色。雄も夏季には雌と同様になる。重要な猟鳥で肉は美味。九〜一〇月頃各地の水辺に渡来。北海道と本州北部の山地では夏も少数残留し繁殖する、
といい(精選版日本国語大辞典)、
肉は美味、
とある(広辞苑)。なお、
かりがね、
カモ、
については触れた。
「鸍」(漢音ビ・呉音ミ)は、
形声。「鳥+音符爾」、
とある(漢字源)。ちいさなカモ、ゴガモを指し、別名、水鴨(スイオウ)、沈鳧(チンフ)とある(仝上)。
「鳧」(漢音フ、呉音ブ)の異体字は、
凫(簡体字)、浮(「浮」の通字)、鳬(俗字)、𩾖、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B3%A7)。字源は、
会意文字。「鳥+儿(ずんぐりした鳥が飛ぶ形。正しくは々と書く)」、
とあり(漢字源)、「のがも」の意(仝上)、とする。「舒鳧」(ジョフ)は、「あひる」の意だが、わが国では、ケリ(鳧チドリ目チドリ科の鳥)にあてる(仝上)。同じく、
会意。鳥+人。〔説文〕三下に字をノ+乙(しゆ)に従う形とし「舒鳧(じよふ)、鶩(ぼく)なり」、また鳥部四上に「鶩は舒鳧(あひる)なり」、その次条に「鷖(えい)は鳧の屬なり」として〔詩、大雅、鳧鷖〕「鳧鷖(ふえい)、梁(りやう)に在り」の句を引く。梁は(けい)の誤りであろう。金文の字形は、鳥の後に小さく人を加えており、鳥形霊の観念を示す字かと思われる。〔周礼、考工記、鳧氏〕は鐘を作ることを掌り、周鐘の鼓右の部分に鸞鳳(らんぽう)のような鳥の形がそえられている。それで鐘をまた鳧鐘(ふしよう)という。鐘は神霊を招く楽器である。鳧鷖は〔詩、大雅、鳧鷖〕に「鳧鷖、に在り」とみえるように、おそらく渡り鳥。時期を定めて来帰する鳥を、祖霊の化身とみて、そこを聖地として祀ることが行われた。鳧の字形が、その鳥形霊の観念と直接結合されているように思われる(字通)、
と、会意文字とするものもあるが、他に、
形声。「隹(楷書では「鳥」)」+音符「勹 /*PO/」。漢語{鳧 /*bo/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B3%A7)、
と、形声文字とするものがある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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伊勢の海ゆ鳴き來(く)る鶴(たづ)の音どろも君が聞こさば我(あ)れ恋ひめやも(万葉集)
の、
上二句は序、「音どろ」を起こす、
とあり、
音どろ、
は、未詳としつつ、
音どろも、
を、
音沙汰だけでも、
とし、
音どろも君が聞こさば、
を、
音沙汰だけでもあなたが持ちかけてくださるなら、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
音どろ、
は、意義不詳とされるだけに、ちょっと拾ってみただけでも、
鶴のはっきりした鳴き声のようでなくともきづいてくれたなら(https://note.com/masachan5/n/nce43b1996d7c)、
鳴きながら飛んで来る鶴のように、あなたが訪れると言ってくださるのなら(https://art-tags.net/manyo/eleven/m2805.html)、
鳴いて来る鶴のように、便りだけでもあなたがお伝え下さったなら(https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detail?cls=db_manyo&pkey=2805)、
伊勢の海から鳴き来たる鶴に託してあなた様が便りを下されば(https://manyoshu-japan.com/10773/)、
と、音や声とするものと音沙汰のメタファと取るものとに分かれているが、メタファとして、
鶴の声のようにはっきりとわかる知らせ、
と取るのがいいのだろうが、
音、
には、
音信、
の意もあるので、
音信、
の含意が込められていると見れば、
音沙汰、
と受け取るのも自然である。
音どろ、
を、
オトオドロの約、オドロは、ごろごろと鳴るばかりで意味のよく分からない音響、
としている(岩波古語辞典)ものがある。
おどろ、
は、
棘、
荊棘、
とあてて、
草木のひどく生い茂っているところ、やぶ、
それをメタファとして、
乱れた髪の形容、
として使う、
おどろ、
は載る(これはアクセントが別(岩波古語辞典)で別語)が、音にかかわるものは、近代になっての、
神鳴りさへおどろと鳴り渡ったに(芥川龍之介「きりしとほろ上人伝」)、
おどろなる吹雪の音につれて、幕上る(武田泰淳「ひかりごけ」)、
などと使う、「と」を伴って、
おどろと、
とか、
おどろなり(形容動詞ナリ活用)、
と、
音が大きく、不気味に鳴り響くさまを表わす、
「おどろおどろ」の変化した擬音語とする、
おどろ、
があるだけで(精選版日本国語大辞典)、あまり辞書には載らない。ただ、古く、
雨俄におどろおどろしう降りて(源氏物語)、
女おどろおどろしう泣きまどへど、制すべき人もなし(落窪物語)、
と、
(音、声などが)人を驚かすように大きい。騒々しい。さわがしい。(雨、風などが)激しくすさまじい、
の意で使い、
擬音語オドロを重ねた形容詞形(岩波古語辞典)、
とあるので、
おどろ、
という擬音語があったと想像できる。だから、近世、
驟雨(むらさめ)颯(さっ)と降そそぎ、おどろおどろと雷鳴(なるかみ)に、電(いなびかり)間なくして(読本・椿説弓張月)、
と、
おどろおどろ、
という言い方で、「と」を伴って
驚くほど激しいさま、特に、音などが、恐ろしいほど鳴り響くさまを表わす語、
として使い、そのメタファで、
山颪の絶えずおどろおどろと吹廻(ふきめぐ)りて(尾崎紅葉「金色夜叉」)、
と、異様なさま、気味悪いさまを表わす語として、
いかにも激しく恐ろしいさま、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
おどろ、
を重ねた(岩波古語辞典)とする、
おどろおどろし、
は、
(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、
の、形容詞シク活用で、
驚ク意(和訓栞)、
オドロキオドロキシ(驚々如)の義(名言通)、
オドロはオヅ(怖)の派生動詞オドロクの語幹を重複させて形容詞化した語(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)、
擬音語オドロを重ねた語の形容詞形(岩波古語辞典)、
オドロクの語幹を形容詞に活用せしむ(くやむ、くやし)、或は、オソロシの音通か(神代紀「國常立(くにとこたちの)尊」、「國底立(くにそこたちの)尊」。なぞ、など(何故)。関西にて、オソロシを、オドロシと云ふ(和訓栞)))、おどろし、おどろかし、おそろし、重ねて、おどろおどろし(大言海)、
等々、その由来は、
「オドロク」系、
擬音語「オドロ」系、
おどろし→おどろおどろし系、
とがあることになる(日本語源大辞典)が、どうも、
おどろく、
につながっており、
おどろく、
の語幹、
オドロは、刺激的な物音を感じる意が原義、
とあり(岩波古語辞典)、
おどろく、
おどろし、
おどろかし、
と同源で、
おどろおどろし、
は、上述のように、
音、声などが、人を驚かすように大きい(日本語源大辞典)、
意だけでなく、
耳目を驚かす、
という意味で、
其(か)の人等の和(にぎ)み安みすべく相言へ。驚呂驚呂之岐(おどロおどロシキ)事行(ことわざ)なせそ(続日本紀)、
と、
ぎょうぎょうしい。おおげさだ、
の意や、
むらさきのいと濃き指貫(さしぬき)、しろき襖(あを)、山吹のいみじうおどろおどろしきなど着て(枕草子)、
と、
(衣装などが)たいそう派手だ。人目に立つ、
意でも使い、そうしたどちらかというと、状態表現に近い描写から、価値表現へと転じ、
いとおどろおどろしき、もののさとししたり(夜の寝覚)、
と、
異様だ。気味悪い。恐ろしい、
意や、
院の上、おどろおどろしき御悩みにはあらで、例ならず、時々悩ませ給へば(源氏物語)、
と、
(病気が)重い、(気分などが)ひどく悪い、
意、
こよひの儀式はことにまさりておどろおどろしくののしる(紫式部日記)、
と、
いかめしい、荘重だ、
の意と、
常と異なる、
様相を表現する言葉へと転じていく。この語幹を使う、
おどろく、
は、
驚く、
愕く、
駭く、
とあて(精選版日本国語大辞典・広辞苑)、
か/き/く/く/け/け、
の、自動詞カ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、上述したように、
オドロは、刺激的な物音を感じる意が原義(岩波古語辞典)、
とあるが、その他、
オドはオヂ(怖)の転なるべく(一昨日(ヲチツイ)、をとつひ)、ロクは動揺するの意。かびろく、そぞろく、同じ(大言海)
怖ヅの転、怖ドロ+ク、目が覚める意。平安期に「目が覚める」意でしたが、後世、意味に変わる(日本語源広辞典)、
オソレノク(恐退)の義(名言通)、
オドル-クルフ(狂)の義か(和句解)、
オホトロ(大蕩)ケル意か(和訓栞)、
擬音のドロドロの動詞化、で、「オドロ+ク」(日本語源広辞典)、
音を聞いて心が騒ぐことの意(国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健)、
オトトロク(音轟)の約(言元梯)、
オは発語、トロクは轟の義か(俚言集覧)、
等々と、
擬音系、
怖ヅ系、
に分かれる。しかし、
おどろく、
は、上代から生理的覚醒(目覚める)と心理的覚醒(びっくりする)とを意味し、
とあり、中古では、
意外な事実に遭遇して平静さを失うとか、事態を急に悟るといった心理的意味での用法が目立つ、
とあり(精選版日本国語大辞典)、平安中期以降、
「目おとろかぬはなきを」(源氏物語)のように目、耳、心など感覚関連語彙と共起する例も多く、さらに「今昔物語集」の「驚くままに目悟めぬ」、「目悟めて驚たりける」などから双方の意味に分化の傾向が見られ、次第に「目覚める」意は用いられなくなった(仝上)、
とあるところから見れば、
怖づ、
というよりは、やはり、驚かすような、
音、
との関連の方が、意味からも納得ができる。字鏡(平安後期頃)には、
愕然、驚愕也、於比由、於止呂久、
とある。用例は、
時に天皇、皇后の膝に枕して昼寝したまふ。……天皇則ち寤(ヲトロキ)て、皇后に語りて曰はく(日本書紀)、
と、
はっとしてめがさめる、
意、
天照大神、驚動(ヲトロキ)たまひて、梭(かひ)をもて身を傷(いた)ましむ(日本書紀)、
と、
意外なことにあって、心が動く。心の平静を失う。びっくりする、また感嘆する、
意、そのメタファで、
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古今和歌集)、
と、
はっとして気づく、注意・関心をよびおこされる、注意がひかれる、
といった意などで使う(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。ところで、擬音語、
おどろ、
でいうと、似た擬音語に、
どろどろ、
がある。
遠くで雷が鳴ったり、太鼓が連続して鳴り響いたり、多数の車馬の往来、
等々の意で、日葡辞書(1603〜04)には、
doro doroto(ドロドロト)、音がひびくさま、または、ひどくやかましい音を立てるさま、
とあり、
doromequ(ドロメク)、ドロドロみたいな音がする、
を、
大勢の人が板張りの縁側を通る時などに、やかましい音を立てる、
意としている(笑える国語辞典・擬音語・擬態語辞典)とあり、
疾雷ははたたかみなりのことぞ。どろどろしづかに鳴ではないぞ。にわかにはためいて物のわれくだくるやうになるを云ぞ(「玉塵抄(1563)」)、
と、
雷や大砲などが鳴り響く音、車馬などが音を響かせて往来するさまなどを表わす語。また、地鳴りなど不気味な音などを表わす語、
や、
大勢群がり集まり、往来するさまを表わす語、
として、
ぞろぞろ、
どやどや、
と同義で使ったりしている(精選版日本国語大辞典)。こうみると、
音どろ、
の、
どろ、
は、
おどろおどろし、
おどろし、
おどろく、
に共通して、擬音語の、
おどろ、
に近いものがあった、と推測していいのではないか。
「音」(漢音イン、呉音オン)は、
会意文字。言という字の口の部分の中に、・印を含ませたもの。言ははっきりとけじめをつけたことばの発音を示す。音は、その口に何かを含み、ウーと含み声を多背すことを示す(漢字源)、
会意。もと「言」と同字で、「口」の部分に点を打って区別した文字。「おと」を意味する漢語{音 /*ʔ(r)əm/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9F%B3)、
会意。言(=「言」の『説文解字』の小篆、立は省略形。ことば)と、曰(えつ いう)とから成る。口から出る「おと」の意を表す(角川新字源)、
会意。言+一。〔説文〕三上に「聲なり。心に生じ、外に節有る、之れを音と謂ふ。宮商角徴(ち)羽は聲なり。絲竹金石匏土革木は音なり」とし、字形について「言に從ひ、一を含む」という。一を節ある意とするものであろう。言は神に誓って祈ることばをいう。言の下部の祝禱の器を示すᗨ(さい)の中に、神の応答を示す一を加えた形。神はその音を以て神の訪れを示した。器の自鳴を示す意である(字通)、
と、会意文字としているが、
指事文字です。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「言う」の意味)の「口」の部分に一点加えた形から「楽器や金・石・草・木から発するおと」を意味する「音」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji196.html)、
と、指事文字(抽象的概念を点や線の位置関係等で示す造字法)とするものもある。「言」の由来を見てみると、
「言」(@漢音ゲン、呉音ゴン、A漢音ギン、呉音ゴン)の音は、
動詞「いう」「言葉をはっきりと発音していう」、名詞「ことば」「口に出して言うことば」等々は@の音、「言言(げんげん)」(つつしむさま)の意の場合Aの音(わが国で、パロール(言語)に対する訳語として、発話の意の「言(ゲン)を用いる)(漢字源)。字源は、
会意文字。「辛(切れ目をつける刃物)+口」で、口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい、はっきりかどめをっけて発音することを言という(漢字源)、
会意文字です(辛+口)。「取っ手のある刃物」の象形と「口」の象形から悪い事をした時は罪に服するという「ちかい・ことば」を意味する「言」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji198.html)、
会意。辛(しん)+口。辛は入墨に用いる針の形。口は祝詞を収める器のᗨ(さい)。盟誓のとき、もし違約するときは入墨の刑を受けるという自己詛盟の意をもって、その盟誓の器の上に辛をそえる。その盟誓の辞を言という。〔周礼、秋官、司盟〕に「獄訟有るは、則ち之れをして盟詛(めいそ)せしむ」とみえるものが、それである。〔説文〕三上に「直言を言と曰ひ、論難を語と曰ふ」とし、また字を䇂(けん)声に従うとするが、卜文・金文の字は辛に従う。かつ言語は、本来論議することではなく、〔詩、大雅、公劉〕は都作りのことを歌うもので、「時(ここ)に言言し 時に語語(ぎよぎよ)す」というのは、その地霊をほめはやして所清めをする「ことだま」的な行為をいう。言語は本来呪的な性格をもつものであり、言を神に供えて、その応答のあることを音という。神の「音なひ」を待つ行為が、言であった(字通)、
等々の、
辛(しん)+口、
の会意文字説は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)では、
「䇂」+「口」と分析されており、「辛」+「口」と解釈する説もあるが、甲骨文字の形とは一致しない、
と否定されており(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%80)、
「舌」+「一」。「いう」を意味する漢語{言 /*ŋan/}を表す字。もと「舌」が{言}を表す字であった(甲骨文字に用例がある)が、区別のために横画を加えた、
としている(仝上)。別に、
象形。口の中から舌がのび出ているさまにかたどる。口からことばを発する意を表す(角川新字源)、
と、象形文字とするものもある。とうやら、「言」と「音」は、「口」から出てくるものの二様ととらえていたように見える。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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我妹子に恋ふれにかあらむ沖に棲む鴨の浮寝(うきね)の安けくもなき(万葉集)
の、
「沖に棲む」以下二句は、結句「安けくもなき」を起こす、
とし、
沖の波をねぐらとする鴨の浮寝のように、私の気持ちはゆらめいてちっとも落ち着かない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
鴨の浮寝(うきね)、
は、
鴨が水に浮きながら寝ること、
の意で、転じて、
物事の不安なこと。気の安まらぬことのたとえ、
に使い、多く、
う(憂)き寝、
にかけて用いる(精選版日本国語大辞典)。
涙川うきねの鳥となりぬれど人にはえこそみなれざりけれ(千載和歌集)、
と、
浮寝の鳥、
という言い方もあり、「憂寝」「浮寝」の掛詞で、水に浮いたまま寝る水鳥をメタファに、
涙にくれて寝る、
の意で使う(広辞苑)。
浮寝、
は、文字通り、
水に浮いたまま寝ること、
で(広辞苑・岩波古語辞典)、それをメタファに、
さ夜更けてゆくへを知らに我(あ)が心明石の浦に船泊めて浮寝をしつつわたつみの沖辺(おきへ)を見れば漁(いざ)りする海人(あま)の娘子(をとめ)は小舟(をぶね)乗りつららに浮けり(万葉集)、
海原に宇伎禰(ウキネ)せむ夜は沖つ風いたくな吹きそ妹もあらなくに((仝上)、
と、
水上に舟をとどめて夜を明かすこと、
の意や、
波高しいかに楫取(かぢとり)水鳥の浮寝やすべきなほや漕ぐべき(万葉集)
と、
水鳥が水に浮いたままで寝ること、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)。さらに、その不安定な状態から、
敷栲(しきたへ)の枕ゆくくる涙にそ浮寝をしける恋の繁きに(万葉集)、
と、
心が落ち着かず、安眠できないで横になっていること、
の意で、ここでは、「浮き」に「憂き」をかけて、
浮寝、
を、
憂寝、
に掛けている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。で、後には、
涙川枕流るるうき寝には夢もさだかに見えずぞありける(古今和歌集)、
と、「浮き」に「憂き」をかけ、涙を川にたとえて(涙のとめどなく流れる)、
涙にひたって寝る、
意でも使う(広辞苑)。ここでは、
涙川に浮かんで寝る、
という誇張した表現になっている(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。さらに、
いとかう仮なるうきねのほどを思ひ侍るに(源氏物語)、
では、
男女が仮の契りを結ぶ、
意や、後には、
ゆふべゆふべのかり枕、宿はあまたにかはれども、おなじうきねのみの尾張(謡曲「杜若(1464頃)」)、
と、
ねどころの一定しないこと、
と、
浮草、
のような意でも使う(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
浮寝、
は、
鴨や鴛鴦などの水鳥が水の上で浮いたまま眠る習性を見て、不安定な、気分の落ち着かないことと考えたところから出た表現、
で、そこから、
上陸せずに船中で仮泊する意に用い、旅中の心細い境涯や悲しみを表現したり、恋のため眠れないことをたとえるのに用いたりした、
経緯がある(精選版日本国語大辞典)。それも、上述のように、平安時代になると、
「憂き」に掛けることが多くなり、つらい独り寝の形象として用いられたり、寝所が一定しないこと、かりそめに寝ることとなって気紛れの情事の意で用いられた、
とある(仝上)。なお、
をしどりのうきねの床やあれぬらんつららゐにけり昆陽(こや)の池水(千載和歌集)、
の、
浮き寝の床、
は、
水の上や船の中などの寝る所、
の意である(精選版日本国語大辞典)。また、
涙川うきねの鳥となりぬれど人にはえこそみなれざりけれ(千載和歌集)、
と、
浮き寝の鳥、
というと、
水に浮いたまま寝る鳥、
の意だが、和歌ではふつう、
思う人に会えない嘆きにたとえていう、
とある(デジタル大辞泉)。
浮寝鳥、
は、
かいつぶり(鸊鷉)、
の異名でもある(精選版日本国語大辞典)。
にほどり、
で触れたように、
にほどり、
は、
鳰鳥、
と当て、
鳰(にほ)、
ともいい(岩波古語辞典)、
カイツブリの古名、
である(仝上)。
和名類聚抄(931〜38年)には、
鸊鵜(へきてい)、邇保、
字鏡(平安後期頃)には、
鸊鷉(へきてい)、邇保、
鳰、邇保、
色葉字類抄(1177〜81)には、
鷸、ツラリ又カイツムリ、鶏属也、
とある。
「浮」(慣用フ、漢音フウ、呉音ブ)は、「夢の浮橋」で触れたように、
会意兼形声。孚は「爪(手を伏せた形)+子」の会意文字で、親鳥が卵をつつむように手でおおうこと。浮は「水+音符孚」で、上から水をかかえるように伏せてうくこと(漢字源)、
会意兼形声文字です(氵(水)+孚)。「流れる水」の象形と「乳児を抱きかかえる」象形(「軽い、包む」の意味)から、「軽いもの」、「うく」を意味する「浮」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1091.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「水」+音符「孚 /*PU/」。「うかぶ」「うかべる」を意味する漢語{浮 /*bru/}を表す字、(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B5%AE)、
形声。水と、音符孚(フ)→(フウ)とから成る。「うかぶ」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は孚(ふ)。〔説文〕十一上に「氾(うか)ぶなり」、また氾字条に「濫(はびこ)るなり」とあって氾濫(はんらん)の義とするが、浮は浮漂・浮流のように、水上に漂い流れることをいう。氾・泛・浮はみな浮かぶ意であるが、すべて流屍の象、氾は俯(うつ)むけ、泛は仰むけ、浮は上から手を加えている形。なお漂・流もまた流屍の象。古い時代には、大氾濫のときに夥(おびただ)しい被害を生んだのであろう。よるべなく、根拠のないものをすべて浮といい、浮雲・浮言のように用いる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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眉根(まよね)掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ來(こ)し我(あ)れを(万葉集)
の、
鼻ひ、
の、
ひ、
は、
嚏(ふ)、
とあて、
他動詞ハ行上二段活用で、
くしゃみをする、
意で(学研全訳古語辞典)、
眉根(まよね)掻き鼻ひ紐解け、
は、
嚏(ふ)、
で触れたように、
眉根(まよね)掻き鼻ひ紐解け、
は、
眉を掻き、くしゃみをし、ひもも解けて、
と訳し、
眉根(まよね)がかゆく、くしゃみが出、下紐が自然に解けるのは、人に逢える前兆とした、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
待てりやも、
の、
やも、
は、
眼前の女への問いかけ、
とし、反語的に、
待っていてくれたか、
と訳し、
いつかも見むと恋ひ來(こ)し我(あ)れを、
は、
一刻も早く逢いたいと心引かれてやってきたこの私なのだが、
と訳す(仝上)。
やも、
は、
係助詞「や」+終助詞「も」。一説に「も」は係助詞。「やも」で係助詞とする説もある(学研全訳古語辞典)、
係助詞「や」+係助詞「も」から。上代語。「も」は、一説に間投助詞ともいわれる。中古以降には「やは」がこれに代わった(デジタル大辞泉)、
係助詞「や」に詠嘆の助詞「も」のついたもの(広辞苑)、
係助詞「や」「も」の重なったもの(精選版日本国語大辞典)、
係助詞「や」に終助詞「も」の添った形で、活用語の已然形を承けて反語に使う。多くは奈良時代に使われ、平安時代になると「やは」がこれに代わって使われた。文末の「も」が一般に用いられなくなったので、「やも」が衰亡し、「やは」が代わったものである(岩波古語辞典)、
とあり、
やも、
で触れたように、
やも、
は、
文中と文末の用法で、微妙に意味が異なる。
文中の用法の場合、
文中の連用語を受け連体形で結ぶ(精選版日本国語大辞典)、
名詞、活用語の已然形に付く(デジタル大辞泉)、
「やも」が文中で用いられる場合は、係り結びの法則で、文末の活用語は連体形となる(学研全訳古語辞典)、
とあり、
うつせみの世也毛(ヤモ)二行(ふたゆ)くなにすとか妹に逢はずて我(あ)がひとり寝む(万葉集)、
と、詠嘆を込めた反語の意を表し(デジタル大辞泉)、
この現(うつ)し世がもう一度繰り返されるなんていうことがあろうか、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
江林(えはやし)に伏せる鹿(しし)やも求むるに良き白栲(しろたへ)の袖巻き上げて鹿(しし)待つ我が背(万葉集)、
と、詠嘆を込めた疑問の意を表し(デジタル大辞泉)、
入り江の林に伏している鹿は捕えやすいのであろうか、そんなはずはない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
文末用法の場合、
あしひきの山の常陰(とかげ)に鳴く鹿の声聞かすやも山田守(も)らす子(万葉集)、
と、已然形・終止形に付いて、詠嘆を込めた疑問の意を表し、
日の射すこととてない山陰で鳴く鹿の声をいつもきいておられることでしょうか、
と訳すように(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
…かまあ、
の意(デジタル大辞泉)、
紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾れ恋ひめ八方(やも)(万葉集)、
と、已然形に付いて、詠嘆を込めた反語の意を表し、
(そこが気に入らないのであったら)人妻と知りながら、どうして恋焦がれたりしようか、
と訳すように(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
…だろうか(いや、そうではない)、
の意となる(デジタル大辞泉)。平安時代、
散る花のなくにしとまるものならばわれ鶯におとらましやは(古今和歌集)、
と、
や-も、
に代わった、
や-は、
は、
「や」に係助詞「は」の付いたもの。上代の「やも」に代わり、中古に多用。多くは反語の意を表し、疑問の意に用いられたのはごくまれである(学研全訳古語辞典)、
係助詞「や」+係助詞「は」から。名詞、活用語の連用形・終止形、副詞・助詞などに付く(デジタル大辞泉)、
係助詞「や」「は」の重なったもの。(文中、文末)いずれの場合も反語の意の用法が大半で、疑問の例は極めて少ない。特に文末のものは単純な疑問と思われる例がない(精選版日本国語大辞典)、
疑問・反語の係助詞「や」に係助詞「は」のついたもの(広辞苑)、
とあり、
文中でも文末でも用いるが、文中にある場合、文末の活用語は連体形で結ばれる(デジタル大辞泉)、
「やは」は文中にも文末にも用いられるが、文中に用いられた場合は、係り結びの法則で、「や」と同様に、文末の活用語は連体形となる(デジタル大辞泉)、
とし、文中にあって文末を連体形で結ぶのは、
世の中はむかしよりやは憂(う)かりけんわが身ひとつのためになれるか(古今和歌集)、
と、疑問・反語の意を表わし、
世の中は昔からつらいものだったのだろうか。いや、そんなはずはない、
と訳し(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
…(だろう)か、いや、…ない、
の意(学研全訳古語辞典)、
ほととぎす声も聞こえず山びこはほかに鳴く音(ね)をこたやはせぬ」〈古今・夏〉
は、
答えないのか、答えればいいのに、という願望をこめた反語、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)ように、
…(だろう)か、
の意、
ことならば咲かずやはあらぬさくら花見る我さへにしづ心なし(古今和歌集)、
と、
やは…ぬ、
の形(「やは…ぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形)で、それが実現することを望む、勧誘や希望の意を表わし、
…ないものか。…しないかなあ。…してくれればいいのに。…てほしい、
の意で(広辞苑・学研全訳古語辞典)、
咲かないでいることはできないか、
と訳す(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)が、この用法は、
形の上では打消・疑問だが、意味は希望や勧誘で、その点一種の反語である、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
文末の用法は、疑問・反語の意を表わし、
松返(まつがへ)りしひてあれ八羽(やは)三栗(みつぐり)の中のぼり来ぬ麿(まろ)といふ奴(万葉集)、
では、
耄碌したわけでもあるまいに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ただ、上述したように、(文中・文末)いずれの場合も反語の意の用法が大半で、疑問の例は極めて少ない。特に文末のものは単純な疑問と思われる例がない(精選版日本国語大辞典)とされる。
やも、
の、
や、
は、
疑問詞を承けない係助詞の一つ(岩波古語辞典)、
で、
種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く(学研全訳古語辞典)、
名詞、活用語の連用形・連体形、副詞・助詞などに付く。なお、上代には活用語の已然形にも付く(デジタル大辞泉)、
疑問または反語の意を表わす。同じく疑問・反語を表わす「か」との違いは、文末用法の場合「や」が問いかけを表わす点であるが、上代既に「や」は「か」の領域を侵しつつあり、中古以前、疑問語の下には「や」を用いず「か」を用いたが、中世以後乱れた例も現われる(精選版日本国語大辞典)、
種々の語に付き、活用語には終止形に付く。話し手の疑念を表し、その結果、この語を受ける語が活用語の時は、断言することを避けて連体形になり、係結びの関係ができる。近い意味を表す語に「か」があるが、形式的には、「や」は終止形(それと言い切った形)に付くが、「か」は連体形(言い切らず言外の余情を含んだ形)に付くという接続の違い、前に疑問詞のある文では「か」は使うが「や」は使わないなどの違いがある。意味的には、「や」は、終止接続に現れるように、疑問の対象をその前の語の内容に限って言うのに対し、「か」は、連体接続や疑問詞を使った文でも使われるという形式に現れるように、疑問の対象を一つに定めず、「……か何か」という形での疑問という違いがある(広辞苑)、
疑問詞を承けない係助詞の一つ。最も古くは感動詞として、掛け声に用いられたこともある(「咄(や)、大法師、起きて聞くべし」(霊異記)、類聚名義抄(11〜12世紀)に「咄、ヤア、カタラク、ヤ」とある)。それが歌の中でも使われ、歌の途中に投入され(「汝(おのれ)さへ嫁を得ずとて、や、捧げてはおろし、や、おろしては捧げ、や」(神楽歌))、……一句の拍数を整えるために使われた。「や」は終止形の下につき文の叙述の終わりに加えられた場合には、相手に質問し、問いかける気持ちを表す。この場合、話し手は、単に不明・不審だから相手に疑問を投げかけるものであるよりも、自分に一つの見込みないし予断があることが多い。「雨にふりきや」と問うとき、「降ったか降らなかったか分からない」のではなく、「降ったに違いない」という見込み・予断を持ちながら、それを相手に提示して反応を待つのである。それが「か」の不明・不審・判断不能とする表現との相違である(「言はむすべ為むすべ知らにた徊(もとほ)りただ独りして白栲(しろたへ)の衣手(ころもで)干さず嘆きつつ我(あ)が泣く涙有間山雲居たなびき雨に降りきや(雨となって降ったでしょうか)(万葉集)」)。……已然形の下についた場合は反語となる。反語とは否定的に問い返すことによって否定する表現である。結局は自分の否定的な断定を相手に押し付ける語法である。……全く不明・不審であるとして疑いを発する役目を持っていた「か」の強い疑問表現は奈良時代すでに次第に好まれなくなり、代わって「や」が愛用されて、「や」を使うことが多くなり、平安時代になると「か」に代わって、「や」が広く問いに使われる勢いとなった。「か」は疑問詞「誰」「いつ」「いづく」などと協同して使われる場合に限られるようになり、「や」が平安時代の和文には多く使われるが、これは単に不明・不審として投げ出すのではなく、「……の見込みがあるがどうですか」と相手に問いかける気持ちが濃厚である。この方が柔らかでやさしい表現とされたのであろう。しかし、世相が険悪で、強い者が弱い者を圧倒する気風の行き渡った室町末期になると、口語の世界では細かく相手に持ち掛けて問う「や」を使うよりも、直截的な「か」を使うことが多くなり、「や」を圧倒する勢いとなり、現在では「や」は衰え、「か」がもっぱら疑問にも、質問にも使われている(岩波古語辞典)、
等々とあり、
「や」は、はじめ文節の切れ目ならばどこにでも入れたので、文末だけでなく、文中の句の切れ目にもはいるようになり、いわゆる連体止めの係り助詞の仲間入りをする、
とある(仝上)が、文末の用例と、文中の用例とは、微妙に意味が異なる。
文中で用いられる場合は、文中にあって係りとなり、文末の活用語を連体形で結ぶ。
赤駒に倭文鞍(しつくら)うち置き這ひ乗りて遊び歩きし世の中や常にありける(万葉集)、
夜や暗き道やまどへるほととぎすわが宿をしも過ぎがてに鳴く(古今和歌集)、
ももしきの大宮人は暇(いとま)あれや梅をかざしてここに集(つ)どへる(万葉集)
では、
…(だろう)か。…かしら
と、疑問を表し、
ここにやいますなど問ふ(竹取物語)、
では、
…か、
と、問いかけ、
月やあらぬ春―昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして(伊勢物語)、
では、
…だろうか(いや、そうではない)、
と反語を表す(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。また、
朝ゐでに来鳴く貌鳥(かほとり)汝(な)れだにも君に恋ふれ八(や)時終(を)へず鳴く(万葉集)、
久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやてりまさるらむ(古今和歌集)、
では、
条件句を受けるもの、
として、前者は、
お前までもが、
後者は、
紅葉しているからか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』、高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。上代では接続助詞「ば」を介せず已然形に直接する。また、
「や」を受けて結びとなるはずの語句が省略されて「や」で言い切った形になる場合がある。たとえば、「あやし、ひが耳にや」(源氏物語)(変だ、聞き違いだろうか)では、「ひが耳にや」の下に「あらむ」(「む」が結びで連体形)などが省略されている、
とある(学研全訳古語辞典)。
文末用いられる場合は、活用語の終止形・已然形に付く。
汝(な)こそは世の長人(ながひと)そらみつ倭(やまと)の国に雁卵(かりこ)生(む)と聞く夜(ヤ)(古事記)」、
名にし負はばいざ事とはむ宮こ鳥わが思ふ人はありやなしやと(伊勢物語)、
と、終止形を受け、
……か、
と問いかけ、
男、異心(ことごころ)ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて(伊勢物語)、
と、
……か、
と疑問を表し、
雲ばなれ退(そ)き居(を)りともわれ忘れめ夜(ヤ)(古事記)、
妹(いも)が袖別れて久(ひさ)になりぬれど一日(ひとひ)も妹を忘れて思へや(万葉集)、
と、已然形を受け、反語の意を表わし(精選版日本国語大辞典)、
…だろうか(いや、そうではない)、
と、
やは、
と通じる(デジタル大辞泉)。
や-も、
の、
も、
については、
かも、
かも……かも、
でも触れたが、
も、
は、
疑問詞を承ける係助詞の一つ、
で(岩波古語辞典)、やはり、種々の語に付く(デジタル大辞泉)。
「も」は、承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役割をする。これも格に関係なく、主格にも目的格にも補格にも用いる。承ける語を不確実なものとして提示するばかりでなく、下文も、打消・推量・願望などの不確実な表現で終わるものが多い。「も」は承ける語を不確実なものとして扱うので、否定の形となる時には、全面的な否定になる。(中略)或ることを確実であると確信できない意味を表す「も」の用法から、「これもあれも」と不確実なものを二つ並べる気持ちを表し、「も」は並立の意味を表したり、類例を暗示したりするのにも用いられた、
とあり(岩波古語辞典)、
も、
は、
体言・副詞・形容詞や助詞などを受ける。「は」と対比される語で、「は」が幾つかの中から一つを採り上げる(それ以外は退ける)語であるのに対して、「も」はそれを付け加える意を表す。格を表す語ではなく、主格・目的格・補格など種々の格に当たる部分につかわれる。「も」を受けて結ぶ活用語は、意味に応じて種々の活用形となるが、通常は終止形で結ぶ(広辞苑)、
「も」は、文を言い切る力が文末にかかっていって、文末の述語は終止形となる。このような働きがあるところから、「も」は係助詞とされる(「は」も同様である)。このときの結びは終止形で、普通の文の言い切りの形(終止形)と同じである。この点が、連体形結び・已然形結びになる他の係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」とは異なっている。また、係助詞「ぞ」「こそ」が付いた、「もぞ」「もこそ」は不安や懸念の意を表すことが多い。(学研全訳古語辞典)、
などとあり、文中用法は、まず、文中の種々の連用語を受け、
太刀が緒母(モ)いまだ解かずて襲(おすひ)を母(モ)いまだ解かねば(古事記)、
と、
…も、
の意で、
同類のものが他にあることを前提として包括的に主題を提示する。従って多くの場合、類例が暗示されたり、同類暗示のもとに一例が提示されたりする。類例が明示されれば並列となる。単文の場合は活用語を終止形で結ぶ、
使い方や、
沖つ鳥胸(むな)見る時羽叩(はたた)ぎ母(モ)こはもふさ(適)はず(古事記)、
と、
主題を詠嘆的に提示、
したり、
我が命謀(モ)長くもがと言ひし匠(たくみ)はや(日本書紀)、
と、
願望の対象を感動的に提示する、
使い方がある(精選版日本国語大辞典)。また、
男も女も恥ぢかはしてありけれど(伊勢物語)、
と、列挙・並列の意で、
…も…も、
家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり(土佐日記)、
と、添加の意で、
もまた、…も、
帳(ちやう)の内よりも出(い)ださず、いつき養ふ(竹取物語)、
と、類推の意で、
…でも、…さえも、
家に行きて何を語らむあしひきの山ほととぎす一声も鳴け(万葉集)、
と、最小限の希望の意で、
せめて…だけでも、
何も何も、小さきものは皆うつくし(枕草子)、
と、不定の意を表す語に付いて、
…もみな、
限りなく遠くも来にけるかな(伊勢物語)、
と、感動をこめて意味を強め、
…もまあ、
の意等々で使う(学研全訳古語辞典)。係助詞、
も、
の、文末用法は、文末、文節末の種々の語に付いて(学研全訳古語辞典)、
はしけやし我家(わぎへ)の方雲居立ち来母(モ)(古事記)、
と、
…なあ、…ね、…ことよ、
と、詠嘆の意を表すが、
文末の終止形(文中に係助詞がある時はそれに応ずる活用形)およびク語法を受けて詠嘆を表わす。体言を受ける場合は同じく詠嘆を表わす他の係助詞が上接して「かも」「はも」「そも」などの形となる。終助詞とする説もある、
とある(精選版日本国語大辞典)ように、係助詞、
も、
の、文末用法も、
終助詞、
も、
との区別が付けにくい。終助詞、
も、
は、
終助詞、活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法について、詠嘆の意を表す。体言には「かも」「はも」などの形で用いる。「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
終助詞。文末で、活用語の終止形、助詞、接尾語「く」に付く。感動・詠嘆を表す。…ことよ。…なあ。「かも」「ぞも」「はも」「やも」、主に上代の用法で、その後は「かな」に代わった。係助詞の終助詞的用法ともいう(デジタル大辞泉)、
などとあり、
春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影にうぐひす鳴くも(万葉集)、
では、
鶯が鳴いているなあ、
といった意味になる。
難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも(万葉集)、
というような、
終助詞としては、主に奈良時代に例があって、形容詞終止形を承けるものが極めて多い。動詞終止形、あるいは否定形を承けることもあるが、これらの「も」は、用言の叙述を言い放たずに、不確定の意を添えてその表現をやわらげるものと思われる。平安時代以後、文末にはあまり使われなくなった、
とある(岩波古語辞典)。
や-は、
の、
は、
は、
疑問詞を承けない係助詞の一つ(岩波古語辞典)、
で
「は」は提題の助詞と言われている。その承ける語を話題として提示し、また話の場を設定して下にそれについての解答・解決・説明を求める役割をする。主格に使われることが多い……が、「は」は「格」には何の関係もなくて、主格にも目的格にも補格にも用いる(「大和は國のまほろば(古事記)」(主格)、「国原は煙立ち立つ、海原はかまめ立ち立つ(万葉集)」(補格)、「わが欲りし野島は見せつ(仝上)」(目的格))。普通は、下は終止形で文を結ぶが、下に来る文は解答・解決・説明でありさえすれば、完全な文であることを必要としない。時には体言で終止することもある。「は」は並立して使うことによって、その二項を対比し、比較して叙述することを示す場合がある。「は」は、その承ける語を肯定し確信して提示し、下に肯定にせよ否定にせよ、明確な解決を求める役目をする。「は」は提題を明示するだけでなく、文末の解決をも確実なものとして取り立てて示す働きがある。また「は」は、一つの条件の提示となることがある(「恋ひ死なむ後(のち)は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ」(万葉集))。まれに「誰」「何」などの疑問詞を受けることがあるが(「梅の花いつは折らじといとはねど咲きのさかりは惜しきものなり」(万葉集)では「これこれの時は(折るまい)」(伊藤博訳注『新版万葉集』)と訳す)、……単純な疑問を示すものではなく、単に不定の時点を示すものである。「は」は、すでに明確である物や事を承けるという性質を持つのが原則で、不明なもの、疑問詞などは承けないのである。係助詞「は」は、題目を提示して、文末での解決を求める機能を持っている。これが終助詞として文末に使われる場合は、奈良時代てどは「はも」の形を取り、あるいは「かは」「やは」等々もあった。平安時代になると、「は」は単独で終助詞に使われるようになった。これは、はじめ「……であることは(ドウシタコトカ)」という問責や質問の気持ちを込め、相手の解答を期待する表現であったが、次第に、単純な驚き・詠嘆を表すようになった。これが現代語で女性が、「……だわ」と使う終助詞のもとである(岩波古語辞典)、
現代語での発音はワ、体言・副詞・形容詞や助詞などを受け、それに関して説明しようとする物事を取り上げて示す。取り上げるのは既に話題となるなど自明な内容で、その点に、事実の描写などで新たな話題を示す「が」との違いがあるとされる。格を表す語ではなく、主格・目的格・補格など種々の格の部分でも使われる。「は」を受けて結ぶ活用語は、余情を込めるなど特別な意味を表す場合を除いて、通常は終止形で結ぶ(広辞苑)、
体言、活用語の連用形・連体形、助詞など種々の語に付く。文中にある「は」は、文を言い切る力が文末にかかっていって、文末の述語は終止形となる。このように、かかっていって文末に影響を与える働きがあるところから、「は」は係助詞とされる(「も」も同様である)。このときの結びは終止形で、普通の文の言い切りの形と同じである(学研全訳古語辞典)、
名詞、名詞に準じる語、活用語の連用形、助詞などに付く。「は」は現在では「わ」と発音するが、「は」で表記するのが普通。格助詞「を」、また「ときに」に付くときは、音変化して「をば」「ときんば」の形をとることもある(デジタル大辞泉)、
現在では「わ」と発音する。連用語と述語の結びつきが非常に強められると、排他的な気持の含まれる場合も生じ、またその排すべき事柄を明示すれば対比的用法ともなる。格助詞「を」を受けると、「は」は濁音化して「をば」となる(精選版日本国語大辞典)、
等々とあり、まず、文中で、
体言・体言に準ずる語句およびこれらに助詞の付いたもの、副詞などを受け、
防人に行く波(ハ)誰が背と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思(も)ひもせず(万葉集)、
では、
…は。…については、
と、
主題・題目を提示し、この場合、格助詞「を」を受けると、「は」は濁音化して「をば」となる(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。また、
青山に鵼(ぬえ)波(ハ)鳴きぬさ野(の)つ鳥雉(きぎし)波(ハ)響(とよ)む庭つ鳥鶏(かけ)波(ハ)鳴く(古事記)、
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける(古今和歌集)
では、
…は、
と、他と区別して取り出して言い、または対比的に取り立てて示す意を表す(広辞苑・デジタル大辞泉)。さらに、
青柳(あをやなぎ)梅との花を折りかざし飲みての後波(ハ)散りぬともよし(万葉集)、
では、
対比すべき事柄を言外におくことにより強めたり(精選版日本国語大辞典)、
死を恐れざるにはあらず、死の近きことを忘るるなり(徒然草)、
尋ぬる人の琴の音か、おぼつかなくは思へども(平家物語)、
では、
叙述の内容、またはその一部分を強調して明示する意を表す(デジタル大辞泉)。また、
古き進士(しんじ)などにはべらずは、承り知るべきにもはべらざりけり(枕草子)、
音のみに聞きて目に見ぬ布勢の浦を見ず波(ハ)上(のぼ)らじ年は経ぬとも(万葉集)、
では、
形容詞型活用の語および打消の助動詞「ず」の連用形に付いて、
順接の仮定条件を表し、
…ならば、
意で(学研全訳古語辞典)、これは、近世になると、
「くば」「ずば」と濁音化して用いられることもあった、
とあり(仝上)、この、
は、
を、
形容詞型活用語および打消の助動詞「ず」の未然形に付いた接続助詞「ば」とする説や、係助詞から変化した接続助詞「は」とする説などもある(学研全訳古語辞典)、
「は」が音変化して、「くば」「ずば」の形をとることもあり、「ば」を接続助詞と解して仮定条件を表すこともあった(をば、ときんば、ずば)(デジタル大辞泉)、
「は」の受けている形容詞語尾「…く」、および打消「ず」を未然形とする説もある。いずれにせよ、この場合の「は」は清音に発音されたものであるが、近世には「ずば」「くば」の例が現われる。これらは、活用語の未然形に接続詞「ば」が付いた形からの類推であらわれたものと考えられる。「それ程名残り惜しくば、誓詞書かぬがよいわいの」(浄瑠璃・心中天の網島)、「人足をたのまずばなるめへ」(滑稽本・八笑人)など(精選版日本国語大辞典)、
ともある。
文末の場合、その、
は、
を、終助詞とする説もある(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)とするが、
さねさし相摸の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君波(ハ)も(古事記)、
と、上代には単独のものはほとんどなく、体言、活用語の連体形、助詞「ぞ」「や」などに付く、「はや」「はも」の形をとり(精選版日本国語大辞典)、
…なあ。…よ、
と、
感動を表わす、
とし(デジタル大辞泉)、古い用法は、和歌にも散文にも用いられ、係助詞の文末用法とみることができる(精選版日本国語大辞典)とする。中世以後は、
すはよいはとて追たそ(史記抄)、
と、
会話文に専用される傾向が生じ、話手自身に対して念を押すような気持での詠嘆を表わす。近世には「わ」と表記されることが多くなり、現代では主として女性が用いる(精選版日本国語大辞典)。
や、
の字源は、
也の草体、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%82%84)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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この言(こと)を聞かむとならしまそ鏡照れる月夜(つくよ)も闇のみに見つ(万葉集)
の、
まそ鏡、
は、
ます鏡、
で触れたように、
真澄鏡、
真十鏡、
と当て(広辞苑)、
マソはマスミの転、ますみのかがみの転、一説に、完全の意(広辞苑)、
マソはマスミの転、マソミの約(岩波古語辞典)、
マスミノカガミ(真澄鏡)の約(大言海)、
「ますみのかがみ」と同義とも、「まそ」は十分整った意ともいう(大辞林)、
とあり、語源は未詳ながら、一説に、
「ま」は接頭語で、「そ」は完全な、そろった、などの意で、よく整った完全な鏡の意とする、
とあり(仝上)、また、
万葉集にある「ますみの鏡」(我が目らは真墨乃鏡吾が爪は……)という語が神代紀の古訓(白銅鏡、私注「曼須美乃加加見)や『新撰亀相記』にも見えることから、「まそかがみ」はその転訛と考える説もあるが、「まそかがみ」の例に集中することから、むしろ「ますみの鏡」は語源解釈の結果生まれた語形であろう。おそらく接頭語「まそ」は真+具の意で、足り備わったさま、十全なさまをあらわすのであろう、
ともある(https://jmapps.ne.jp/kokugakuin/det.html?data_id=32304)ので、
澄み切った、明なる鏡、
の意で(大言海)、
鏡の美称、
とみられる。ここは、
照る、
の枕詞であり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
曇り一つない鏡のように、月の照らす夜空さえ、闇夜としてのみ見ておりました、
と訳す(仝上)。
この言(こと)を聞かむとならし、
は、
このお言葉を聞かされるためだったのでしょう、
と訳す(仝上)、
ならし、
は、
ナルラシの約(広辞苑)
指定の助動詞ナリの連体形ナルに推量の助動詞ラシのついたナルラシの約(岩波古語辞典)、
ナル、ラシの約(大言海)、
断定の助動詞「なり」の連体形+推定の助動詞「らし」からなる、「なるらし」の変化した語(学研全訳古語辞典)、
断定の助動詞「なり」の連体形「なる」に推量の助動詞「らし」の付いた「なるらし」の音変化(デジタル大辞泉)、
断定の助動詞「なり」に推量の助動詞「らし」の付いた「なるらし」の変化したもの(精選版日本国語大辞典)、
と、ほぼ一致しており、一説に、
「なり」が形容詞的に活用したものともいう、
とあり、ただ、
語形変化の例がなく、すべて文終止に用いられている、
とある(精選版日本国語大辞典)。
世の中はかくのみならし犬じもの道に伏してや命過ぎなむ一云我が世過ぎなむ(万葉集)、
と、推量的な断定を表わし、
(たしかに)…であるらしい、
…であると思われる、
という意で、上掲の歌は、
世の中はこんなにもはかなく辛いものらしい、
と訳す(万葉集)。鎌倉時代以降、
昔の人の心をも表し、行きて見ぬ境のほかの事をも知るは、ただこの道ならし(新古今和歌集・仮名序)、
と、
「らし」の意味が薄れ、断定の意味を婉曲(えんきよく)的・詠嘆的に述べた、
…であるよ。…だなあ、
の意に転じ(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、指定の意の「なり」の意味と同じになり(広辞苑・岩波古語辞典)、
右は、ぬれて時雨にの詞もさる事にて、句の様もやさしく侍るならし(「宗長百番連歌合(1508)」)、
と、近世の文語の用法として、推量の意味を失い、「なり」の断定をやわらげた表現として用いる(精選版日本国語大辞典)にいたる。
なり、
は、
なら・なり、に・なり・なる・なれ・なれ、
の、ナリ活用型助動詞で、
断定の助動詞(精選版日本国語大辞典)、
指定の助動詞(岩波古語辞典)、
とあり、
推定・伝聞の助動詞「なり」、ナリ活用形容動詞の連用形・終止形活用語尾、四段活用動詞「なる」の連用形、
とは別語(学研全訳古語辞典)とするが、別に、
形容動詞語尾「なり」と、この助動詞「なり」とは、連体形の用法として連体法の用例が助動詞では限られているなど、いくらかの違いはあるが、ほぼ同質のものと認められる。形容動詞を認めないでその語幹を一種の体言とし、その語尾を助動詞「なり」に含める考え方がある、
とする見方もある(精選版日本国語大辞典)、で、
なり、
は、
格助詞「に」+ラ変動詞「あり」から成立したが、再び「に+て+あり」という形ともなり、それが、「にてぁ」「(ん)でぁ」となり、さらに「ぢゃ」の過程を経て、現代語の「だ」となる(学研全訳古語辞典)、
格助詞「に」+ラ変動詞「あり」の音変化。連体形「なる」は室町時代に「な」となり、口語の助動詞「だ」の連体形に、未然形「なら」は同じく仮定形に用いられるようになった。また終止形を「也」と書いて、「金参万円也」のように、証書などで金額にそれ以下の数字がないことを示すのに用いる(デジタル大辞泉)、
格助詞「に」と動詞「あり」との融合したもの。もとのまま、融合しない「にあり」、また「に(は)あれ(ど)」「に(こそ)あれ」「に(ぞ)ある」のように分離する場合も少なくない(精選版日本国語大辞典)、
奈良時代から見え、「……である」と指定する意を表す(「汝たちもろもろは、我が近き姪なり」(続日本紀))。これは一層古くは、「にあり」とあったものが(「玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我(あ)は恋ひ思ふを」(万葉集))、niari→nariという音韻の変化を経て成立した語である。「家なる妹」などの「なる」は、「……にいる」という「なり」のもとの意味を表している。……「なり」が成立する奈良時代以前には、「そ」または「ぞ」という語が「なり」にあたる意味を表現していた。それは指示代名詞の「そ(其)」を起源とする語で、体言の下について指定する意を表し、肯定の判断に使われた。しかし「そ」は活用の変化がなく、判断を否定・推量・回想などこまかく言い分けることができないので、それに代わって、「にあり」から「なり」が成立したと考えられる(岩波古語辞典)、
などとして、接続は、
体言や活用語の連体形、また、副詞や助詞などに付く(学研全訳古語辞典)、
体言および体言に準じるもの、活用語の連体形、形容動詞の語幹、助詞「と」「て」「ば」などに付く(デジタル大辞泉)、
用言・助動詞の連体形や、名詞・副詞などに付く。
ニアリのニは格助詞の「に」で体言を承ける助詞であるから、「なり」も直接体言・体言相当の語を承ける(岩波古語辞典)、
とあり、
尾張に直(ただ)に向へる尾津(をつ)の埼(さき)那流(ナル)一つ松あせを(古事記)、
と、場所や方角などを表わす名詞に付いて、その場所に存在している意を表わし、
…に在る、
…にいる、
意(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。中古以降では、主として連体形(「なる」)だけが用いられる(仝上)。また、
この御酒(みき)は我が御酒那良(ナラ)ず酒(くし)の司(かみ)常世に坐(いま)す(古事記)、
おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざなれば(徒然草)、
そのとき、右の馬の頭(かみ)なりける人を常に率ゐておはしましけり(伊勢物語)、
と、ある事物に関して、その種類・性質・状態・原因・理由などを説明し断定することを表わし、
…である、
…だ、
の意(精選版日本国語大辞典)で、上代では、名詞またはこれに準ずる語に付くが、中古以降、用言・助動詞の連体形や句末などにも付くようになる(仝上)。これが、口語「だ」に転じて使われる(広辞苑)。なお、この用法で、
「あり」と分離した「に」、「…におわします」「(心)に(も)なき」などの「に」を、形容動詞の連用形語尾「に」に見合わせて、「なり」の連用形と説くのが普通であるが、これを助詞として助動詞連用形とみない説もある、
とする(精選版日本国語大辞典)。さらに、
都へと思ふを物の悲しきは帰らぬ人のあればなりけり(土佐物語)、
と、多く根拠を示す語を伴い文末に用いて、事柄を説き示す意を表し、
…のである。…からである、
の意でも使う(デジタル大辞泉)。また、江戸時代の漢文訓読に始まる語法という、
顔回なる者あり。学を好む(論語・雍也篇)、
と、ある名を持つことを表わして、連体形だけが用いられ、
…という名の、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。これを、連体助詞として扱うこともできる(仝上)ともしている。上述したように、
中々以て壱両也弐両也三両也四両の目くされ金の合力を(手紙雑誌)、
と、金額の切れ目を示し、
也、
と、証書や帳簿で金額を書くのに「一金壱百万円也」のように「也」字を用いて、以下の端数のないことを示し、また、珠算の読みあげ算で一項の数値ごとに付けて句切りを明らかにする、
なり、
は、終助詞として扱うこともできる(精選版日本国語大辞典)とする。なお、
連用形の中止法的用法から出た「山なり海なりへ行く」など、接続助詞「と」を伴った「なりと」から「どこへなり行け」などのいい方がある。これらは、助詞として扱うのが普通である、
とある(仝上)。
恩を忘るる者は多う、仇を報ぜぬものは稀な(天草本「伊曾保物語」)、
と、連体形「なる」が「な」に転じて、室町以降の口語で、終止法・連体法に用いられる(広辞苑・精選版日本国語大辞典)が、
これらの「なら」および「な」の二形は、現代の口語では助動詞「だ」の仮定形および連体形として扱われている、
とある(仝上)。なお、中古では、
「なり」に「めり」「なり」などが付く時は、他のラ変型の活用語と同じく、「なンめり」「なンなり」と撥音便化する(ただしこの撥音は表記されないことが多い)、
とある(仝上)。
らし、
は、
けらし、
で触れたように、
推量の助動詞、
で、語源としては、
「あ(有)るらし」「あ(有)らし」の音変化説などがある(デジタル大辞泉)、
「あり」を形容詞化した「あらし」とする説、「あるらし」「けるらし」「なるらし」の縮約形とする説などがあるが、未詳(精選版日本国語大辞典)、
とされ、
〇・〇・らし・らし・らし・〇、
と活用する推量の助動詞、基本、
動詞・助動詞の終止形を承ける(岩波古語辞典)、
が、
ラ変動詞・形容詞(カリ活用)・形容動詞およびラ変型の活用をする助動詞には連体形を承ける、
とされ(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、上代では、
上一段活用の動詞については、連用形を承ける、
ともある(岩波古語辞典)。原則、語形変化をしないが、
「ぞ」「こそ」の結びとしての用法があるのでそれぞれ連体形・已然形も「らし」とする、
とある(精選版日本国語大辞典)。上代では、
やすみしし我が大君の夕されば召し給ふらし(連体形)明けくれば問ひ給ふらし(連体形)(万葉集)、
と、「こそ」の係りの結びには「らしき」を用いた例もある(岩波古語辞典)が、
普通にはこれを形容詞の形に照らして、連体形とする、
とある(精選版日本国語大辞典)。これは、
「らし」がシク活用の形容詞と同型の活用をする結果で、シク活用の形容詞は、「うまし國」「遠々し越の国」のように、体言にかかる場合に、終止形そのままを用いる場合がある。それと同様に、「らし」がそのまま連体形として使われた、
ともある(岩波古語辞典)。
らし、
は、
「らし」が用いられるときには、常に、推定の根拠が示されるので、その根拠を的確にとらえることである(学研全訳古語辞典)、
確定的な事実に対する推量を表わすが、思いをめぐらして想像するといったものではなく、事実に対する志向作用を表わす。そこで「らし」の表わす推量を特に「推定」と呼ぶことが多い。上代では、確定的な事実に対する推量であるが、「疑」字を「らし」と読む場合もある。中古には、疑問表現を受ける例も現われ、確定的な事実ばかりでなく、未定の事実も対象とするようになった。中古半ばには、すでに古語(歌語)であり、現代語の助動詞「らしい」は、近世以後成立した別語である。しかし、意味の上ではかなり近い(精選版日本国語大辞典)、
客観的に確定された事実があり、何であるか、何故であるかを推量するものである。たとえば、白妙の衣が干してあるという客観的事実を見て、これは何であるかと心の中で問い、「これは春が過ぎて夏が来たということらしい」と推測する(岩波古語辞典)、
などとあり、用法は、具体的には、
根拠を示し、現実の状況を推定する意を表わす場合、
は、
浅茅原小谷を過ぎて百(もも)伝ふ鐸(ぬて)ゆらくも置目(おきめ)来(く)良斯(ラシ)も(古事記)、
と、根拠と事実とを二文または条件句などを用いて示したり、
縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島こぎみる舟は釣しす良下(ラしも)(万葉集)、
と、根拠と事実とを係助詞「は」などを介して一文で表わしたりする。また、
汝(な)が御子や遂に知らむ雁は卵産(こむ)良斯(ラシ)(古事記)、
と、
確定的な事実の原因・理由を推定する意を表わしたり、
古(いにしへ)の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせしものは酒にしある良師(ラシ)(万葉集)、
と、
原因や根拠などにかかわらず、ある事柄について推定する意を表わしたりする(精選版日本国語大辞典)。
らし、
は、平安時代には、
「らむ」とめり」とに圧されて和歌以外の女流文学では例が少なく、
鎌倉・室町時代には、
一般には用いられず、「らしい」の形で、接尾語として「男らしい」「まことらしい」などと使われた(岩波古語辞典)、
が、これが、江戸時代になって、再び助動詞として用いられ、
知行から、此比とられたらしき中間が封じ文出して(浮世草子「好色盛衰記(1688)」)、
と、
動詞・助動詞の終止形(ラ変は連体形)に付き、現在の状態について確実性のある推定を示し、疑問の語と共に用いられることはなく、根拠・理由の表現を伴うことが多い、
とある(精選版日本国語大辞典)。この、
らし、
は、
らしから・らしかり、らしく・らし・らしかる、らしき・〇・〇、
の活用で、
体言・形容動詞の語幹、また、動詞・形容詞の終止形に付き、
…と判断される様子である。…と思われる、
意で、
推量の助動詞。客観的な根拠に基づいた推量を表わす。伝聞による事実などが根拠になることもあり、また、根拠ある推量表現が婉曲な断定として用いられることもある、
とあり(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、これが今日の「らしい」につながっている。
ら、
の字源は良の草体、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%82%89)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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我(あ)が恋は慰めかねつま日(け)長く夢(いめ)に見えずて年の経(へ)ぬれば(万葉集)
の、
ま日長く、
は、
来る日も来る日も、
と訳し、
夢に見えずて、
は、
相手の思いが薄いので夢にも見えないと恨んだもの、
と解する(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ま日長く、
は、冒頭の歌は、原文が、
吾戀者 名草目金津 真氣長 夢不所見而 年之經去礼者
と、
真氣長、
とあて、その返しは、
真氣永 夢毛不所見 雖絶 吾之片戀者 止時毛不有(ま日(け)長く夢(いめ)にも見えず絶えぬとも我(あ)が片恋(かたこひ)はやむ時もあらじ)、
で、
真氣永、
とあてている。
ま日長(けなが)し、
の、
日長(けなが)し、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
ケは、ヒ(日)の複数名詞、
とある(岩波古語辞典)ように、
日数を多く経る(仝上)、
日数が長くたっている(学研全訳古語辞典)、
日数が長い、時日を経ることが久しい(広辞苑)、
多くの日数が経過しているさま。久しい(デジタル大辞泉)、
日時が長い。日数が経(た)っているさま。(恋しい人に会わないでいて)月日が非常に長く感じられる(精選版日本国語大辞典)、
と、
日数を経ている、
意なので、上掲の、
来る日も来る日も(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
はかなりの意訳になる。
ま日長(けなが)し、
の、
接頭語
ま(真)、
は、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
真鳥、
で触れたように、
片(かた)の対、
で、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、
ま袖、真楫(かじ)、真屋、
では、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
「ま心」「ま人間」「ま袖」「ま鉏(さい)」「ま旅」、
等々では、
完全に揃っている、本格的である、まじめである、
などの意を添え、
「ま白」「ま青」「ま新しい」「ま水」「ま潮」「ま冬」、
等々では、
純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、
などの意を添え、
「ま東」「ま上」「ま四角」「まあおのき」「真向」、
等々では、
正確にその状態にある、
意を添え、
「ま玉」「ま杭(ぐい)」「ま麻(そ)」「ま葛(くず)」、
等々では、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用い、
真弓、真澄の鏡、まそ鏡、
等々では、
立派な機能を備えている、
意を表し、
真名、
では、
仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、
を表し、
真鴨、真葛、真魚、真木、ま竹、まいわし、
では、
動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、
意を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)ので、ここでは、単なる、
美称、
ではなく、
正確にその状態にある、
と、
日数を重ねた、
を強調した意とみられ、
来る日も来る日も、
の訳は、その、
ま、
の含意を汲んでいるとみていい。
ま日長(けなが)し、
の、
け(日)、
は、
日(け)、
で触れたように、
上代語、カ(日)の転(広辞苑・岩波古語辞典)、
カ(日)の交替形(角川古語大辞典・小学館古語大辞典)、
「か(日)」と同語源という。二日以上にわたる日のこと。日々(ひび)(デジタル大辞泉)
フツカ(二日)・ミッカ(三日)の「カ(日)」が「ケ」に転じた(日本語の語源)、
などとあるのが大勢だが、
「ふつか(二日)」「みか(三日)」などの「か」や「こよみ(暦)」の「こ(甲乙は不明)」と同語源とする説が古くからあるが、「ふつか」「ようか(四日=ヨッカの古形)」「いつか(五日)」「むゆか(六日=ムイカの古形)」「なぬか(七日=ナノカの古形)」「やうか(八日=ヨウカの古形)」「ここぬか(九日=ココノカの古形)」「はつか(二〇日)」などから取り出されるのは「か」ではなくむしろ「うか」であると考えられ、「け」との関連は薄い、
ともあり(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、他には、
キヘ(来歴)の約(万葉集考)、
キ、ヘの訳と云ふ(八年経(やとしへ)、八年(やとせ)。高嶺(たかね)、嶽(たけ))、幾日(いくか)、日讀(こよみ)のこ、此の語の転なり(大言海)、
カはキ(キヘの約)を通わしいうもの(古事記伝)、
等々があるが、
「キヘ(来経)の約」とする説は成り立たない、
とあり(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)、何れかは、はっきりしない。
け(日)、
は、
君が行き気(ケ)長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ(古事記)、
と、
何日にもわたる期間、
二日以上の日、
日々、
日かず、
の意で(精選版日本国語大辞典)、
「ひ(日)」が一日をいうのに対して、二日以上にわたる期間をまとめていう語、
で、
ヒ(日)の複数名詞、
とする(岩波古語辞典)ものの、
このように複数だけを表す単語は日本語には他例がない、
とあり(仝上)、この、
「ひ(日)」の複数を表す、
との説については、
日本語には文法範疇としての「複数」が認められないので疑問である、
ともあり(日本語源大辞典)、
け(日)、
の由来はわからない。なお、
け(日)、
には、
青山の嶺の白雲朝に食(け)に常に見れどもめづらし我(あ)が君(万葉集)、
と、
朝にけに、
の形で用いて、
―日ごと、
毎日、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典)が、これを、
朝、
に対して、
昼間、
という意で解するものもある(広辞苑)。
か(日)、
は、
接尾語、
で、
助数詞、
として、
数を表す和語に付いて、日数を数えるのに用いる語、
で(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
日日(かが)並(な)べて夜には九夜(ここのよ)日には十加(カ)を(古事記)、
と、
三日三晩、
のように、
昼の数、
についていう場合と、
百(もも)可(カ)しも行かぬ松浦路(まつらぢ)今日(けふ)行きて明日(あす)は来なむを何か避(さや)れる(万葉集)、
と、
一昼夜を単位として数える、
場合があり、この場合、
「五日かかる」「あと十日」のように、日数についてもいい、「三月三日」のように、ある基準の日から数えてその日数に当たる日をさしてもいう、
とある(精選版日本国語大辞典)。
か(日)、
の由来は、
来歴(きへ)の約なる、ケの転。五日(いつか)の日(ひ)などと云ふは、五来歴(いつきへ)の日の義(大言海)、
日を表す名詞ケの交替形か(時代別国語大辞典-上代編)、
カ(箇)から、ふつかのひ、みかのひ、などの「ひ」を略したので日の字の訓になる(南留別志)、
アカの略(非南留別志)、
カズ(數)の義(俚言集覧・名言通)、
カガヤクのカの音より出る(本朝辞源=宇田甘冥・国語の語根とその分類=大島正健)、
朝鮮語haiと同源(岩波古語辞典・国語学通論=金沢庄三郎)
日数詞の語構成を「個数詞語幹+カ」ではなく、「個数詞語幹+uka」とし、ウカなる語を想定(安田尚道)
等々がある。しかし、もし、上述したように、
「みか(三日)」「ようか(四日=ヨッカの古形)」「いつか(五日)」「むゆか(六日=ムイカの古形)」「なぬか(七日=ナノカの古形)」「やうか(八日=ヨウカの古形)」「ここぬか(九日=ココノカの古形)」「はつか(二〇日)」などから取り出されるのは「か」ではなくむしろ「うか」である(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、
とすると、
か(日)、
の意味は、
昼間、
の用例だけになり、
ケ、
との関連も薄くなる。ちなみに、
ひ(日)、
は、
陽、
とも当て、色葉字類抄(1177〜81)に、
日、ヒ、太陽精不虧也、
とあるように、
太陽をいうのが原義。太陽の出ている明るい時間、日中。太陽が出て没するまでの経過を時間の単位としてヒトヒ(一日)という、
とあり(岩波古語辞典)、この、
ヒ(日)、
の、
複数形はヒビ(日々)というが、二日以上の長い期間をひとまとめに把握した場合は、フツカ(二日)・ミカ(三日)のようにカ(日)という、
説については上述した。この、
ひ(日)、
の由来については、
ケフ(今日)・キノフ(昨日)のフと同語原(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)、
ヒ(霊)の義(東雅・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
ヒカリ(光)のヒから(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヒ(火)の義(和句解・言元梯・名言通・日本語原学=林甕臣)、
等々あるが、
火、
は、
fï、
日、
は、
fi、
の音と、上代特殊仮名づかいでは、
「ひ(日)」の「ひ」は甲類、
「ひ(火)」の「ひ」は乙類、
であるところから、「ひ(火)」とは別語になる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
朝に日(け)に、
というと、
朝に昼に。いつも。あさなけに、
の意で、
日に日(け)に、
は、
日毎に、
毎日、
の意だが、
日に異(け)に、
は、
け(日)、
は、
kë、
と、
乙類音、
け(異)、
は、
ke、
と、
甲類音、
と別であり(岩波古語辞典)、
日に異(け)に、
の、
ケは異なっている意、
で(岩波古語辞典)、
日々に変って、
が転じて、
日増しに、
あるいは、
日がたつにつれて、
一日一日と、
また、
毎日毎日、
連日、
の意で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
月に異(け)に、
も、
辺(へ)つ波のいやしくしくに月に異に日(ひ)に日(ひ)に見とも(万葉集)、
と、
月ごとに。月がたつにつれて、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
日(ひ)、
については触れた。
「長」(@漢音チョウ・呉音ジョウ、漢音呉音チョウ)の異体字は、
暢(の代用字)、镸(古字)、长(簡体字)、𠑷(古字)、𠑻(古字)、𠑿(古字)、𠔊(古字)、𠤐(古字)、𨱗(古字)、𨱘、𬔡(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%95%B7)。音は、「長短」のながい、「長寿」の時間的ながさ、「身長」の丈、「長所」のすぐれた点、等々は@の音、「首長」「長老」「長子」「成長」など、年かさ、年長、等々の意の場合Aの音、とある(漢字源)。字源は、
象形。老人がながい頭髪をなびかせて立つさまを描いたもの(漢字源)、
象形。髪のながい人の形にかたどり、長髪の老人、長髪、ひいて「ながい」意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「長髪の人」の象形から、「ながい」を意味する「長/镸」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji162.html)、
等々、
髪の長い老人を象る象形文字、
とする説は、「老」や「髟」と比較すればわかるように誤った分析である、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%95%B7)、
象形。眉毛の長い老人を象る。「としより」を意味する漢語{長 /*traŋʔ/}を表す字。仮借して「ながい」を意味する漢語{長
/*draŋ/}に用いる、
とする(仝上)。
老、
については、
よよむ、
で触れた。ちなみに、「髟」の解字は、
「髟」(@漢音呉音ヒョウ、ヒュウA漢音サン・呉音セン)の音は、「髟髟」(長い髪の毛が垂れ下がりひらひらするさま)の意は、@の音、垂木の意の場合、Aの音、とある(漢字源)。字源は、
会意兼形声。「長+彡(三の地の変形したもので、数多く交じる意)」。髪・髭・髦などの意の音符として含まれ、髪の毛やひげを表す(漢字源)、
会意文字です(長+彡)。「長髪の人」の象形と「長く流れる豊かで艶(つや)やか髪」の象形から、「髪が長く垂れ下がる様(さま)」を意味する「髟」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2910.html)、
会意。镸(ちよう)(長)+彡(さん)。は長髪の人の形。彡はその髪のゆたかなさまを示す記号的な字。〔説文〕九上に「長髮猋猋(ヘうへう)たるなり」とあり、〔玉篇〕に「長髮髟髟たるなり」に作る。〔説文〕にまた「一に曰く、白Kの髮雜(まじ)はりて髟たり」という。馬には、そのたてがみをいう(字通)、
などとある、
「長」+「彡」、
とする説は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)の説明で、
「長」+「彡」との説明は誤った分析である。甲骨文字や金文の形を見ればわかるように、「長」や「彡」とは全く関係がない、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AB%9F)、
象形。髪の長い人を象る。漢語{髟 /*pu/}を表す字(仝上)、
としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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栲領巾(たくひれ)の白浜波(しらはまなみ)の寄(よ)りもあへず荒ぶる妹に恋ひつつぞ居(を)る(万葉集)
の、
上二句は序、「寄る」を起こす、
とあり、
栲領巾の、
は、
「白浜波」の枕詞、
で、
寄りもあへず、
は、
寄りつかしてもくれず、自分を疎んじているあなたに、
と解して、
栲領巾の白というではないが、その白浜に打ち寄せる波のようには、そばに近寄れもしないほど、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
栲領巾、
は、
楮(こうぞ)の繊維で作ったひれ、助詞の肩にかける服飾具(広辞苑)、
楮(こうぞ)などの繊維で織った栲布(たくぬの)で作った領巾(ひれ)。女子の肩にかける飾り布(精選版日本国語大辞典)、
栲布(たくぬの)で作ったひれ(デジタル大辞泉)、
楮(こうぞ)の繊維で作った領布(ひれ)、それを首から肩にかける(岩波古語辞典)、
などとある。で、
栲領巾の、
で、枕詞として、栲領巾を首にかける意で、
栲領巾乃(たくひれノ)かけまく欲しき妹の名を此の背(せ)の山にかけばいかにあらむ(万葉集)、
と、「懸(か)く」にかかり、栲領巾が白いところから、冒頭の、
栲領巾乃(たくひれノ)白浜波の寄りもあへず荒ぶる妹に恋ひつつそ居る(万葉集)、
と、「白」と同音を含む「白浜波」にかかり、羽の色の白い鳥の意から、
細比礼乃(たくヒレノ)鷺坂(さぎさか)山の白つつじ我ににほはね妹に示さむ(万葉集)、
と、鷺(さぎ)と同音を含む地名「鷺坂山」にかかる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ただ、この、
「鷺坂山」にかかるかかり方については、さぎの頭に細長い毛が立ち上がっていて、領巾をかけたように見えるからだという説もある、
とあり、この、
細比礼乃(たくヒレノ)鷺坂(さぎさか)山の白つつじ我ににほはね妹に示さむ、
の、原文、
細比礼乃(たくヒレノ)、
を、後世、
細領巾の(ほそひれ)の、
と、誤訓して、
ほそひれのさきさかやまのしらつつじ我ににほはせいもにしめさん(古今和歌集)、
と訓み、
鷺(さぎ)の頭部に立ち上がった長い毛のあるのを、領巾(ひれ)に見立てたもの、
として、
細領巾の、
を、
地名「鷺坂山」にかかる枕詞、
と解している(精選版日本国語大辞典)。
栲(たへ)、
は、
たく縄、
で触れたように、
たく、
ともいい(大言海)、『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、
柠(こうぞ)實、一名、然則穀實、
とあり、
楮(こうぞ)類の皮からとった白色の繊維、またそれで織った布(岩波古語辞典)、
梶(かじ)の木などの繊維で織った、一説に、織目の細かい絹布。布(精選版日本国語大辞典)、
木綿(ユフ)にて作れる縄、綱などを云ふ語、穀(カヂ)に同じ。其樹の皮にてつくるもの、穀の糸(祭に用ゐるときは木綿(ユフ)とも云ふ)を以て織りなせる布(大言海)、
古へかぢの木の皮の繊維にて織りし白布(字源)、
等々と、
コウゾの古名(デジタル大辞泉)、
「かじのき(梶木)」、または「こうぞ(楮)」の古名(精選版日本国語大辞典)、
ともあるのは、
カジノキとコウゾは古くはほとんど区別されていなかったようである。中国では「栲」の字はヌルデを意味する。「栲(たく)」は樹皮を用いて作った布で、「タパ」と呼ばれるカジノキなどの樹皮を打ち伸ばして作った布と同様のものとされる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
純白で光沢がある、
ため(仝上)、
色白ければ、常に白き意に代へ用ゐる、
とあり(大言海)、
白栲(しろたへ)、
和栲(にぎたへ)、
栲(たへ)の袴、
栲衾(たくぶすま 衾)、
などという(仝上・字源)。
栲(たへ)、
は、
𣑥、
とも当て、上述したように、
たく、
ともいい(大言海)、
荒栲(あらたへ)、
白栲(しろたへ)、
しきたへ、
で触れたが、
ハタヘ(皮隔)の義(言元梯)、
たへ(手綜)の義(日本古語大辞典=松岡静雄・続上代特殊仮名音義=森重敏)、
と、「織る」ことと関わらせる説もある(「綜(ふ)」については触れた)が、
堪(た)へにて、切れずの義か、又、妙なる意か、
とある(大言海)ように、
妙、
と同根とされる(岩波古語辞典)。また、
御服(みそ)は明る妙(タヘ)・照る妙(タヘ)・和(にき)妙(タヘ)・荒妙(あらたへ)に称辞竟(たたへごとを)ヘまつらむ(「延喜式(927)祝詞(九条家本訓)」)、
とあるように、
布類の総称、
として、
妙、
を当てている(精選版日本国語大辞典)例もある。なお、
領巾(ひれ)、
は、
比礼、
肩巾、
とも記し(精選版日本国語大辞典)、
ももしきの大宮人は宇豆良登理(鶉鳥 ウヅラトリ)比礼(ヒレ)取り掛けて鶺鴒(まなばしら)尾行き合へ(古事記)、
と、上代から平安時代にかけての
婦人の服したる白き帛、
で、和名類聚抄(931〜38年)に、
領巾、比禮、婦人項上餝(飾ノ俗字)也、
とあるように、
項より肩に掛けて、左右の前へ垂れたるもの、生絹、紗、羅などを用ゐる、
とある(大言海・岩波古語辞典)。
5尺から2尺5寸の羅や紗などを、一幅(ひとの)または二幅(ふたの)に合わせてつくった、
とされ(世界大百科事典)、「古事記」に、
天日矛(あめのひぼこ)招来の宝物として、振浪比礼(なみふるひれ)、切浪比礼(なみきるひれ)、風振比礼(かぜふるひれ)、風切比礼(かぜきるひれ)、
とか、
須佐之男命が、須勢理毘売(すせりびめ)から蛇比礼(へびのひれ)、呉公蜂比礼(むかではちのひれ)を得てこれを振り、蛇やムカデ、ハチの難を逃れた、
話が見える等々、比礼を振ることに呪術的意味があり、
風や波を起こしたり鎮めたり、害虫、毒蛇などを駆除する呪力を持つ、
と信じられ、
望夫石(ぼうふせき)、
で触れたように、万葉集に、
山の名と言ひ継げとかも佐用姫(さよひめ)がこの山の上(へ)に領巾(ひれ)を振りけむ、
万代(よろづよ)に語り継げとしこの岳(たけ)に領巾(ひれ)振りけらし松浦(まつら)佐用姫、
海原(うなはら)の沖行く船を帰れとか領巾(ひれ)振らしけむ松浦佐用姫、
行く船を振り留(とど)みかね如何(いか)ばかり恋(こほ)しくありけむ松浦佐用姫、
とある如く、
別れなどに振った、
とされ(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、本来は、
呪力をもつものとして用いられ、のちにその意識が薄れて装飾用に用いられたと思われる、
とある(仝上)。古くは男女ともに着用したものらしく、
比礼掛る伴の男(祝詞大祓詞)、
とあり、「延喜式」には元日や即位の儀に、
隼人(はやと)が緋帛五尺の肩巾(ひれ)を着用して臨む、
とある(世界大百科事典)。
領巾、
は、
朝服、
で定められた衣服であったが、『日本書紀』天武天皇11年(682)の条に、
膳夫(かしわで)、采女(うねめ)等の手繦(たすき)、肩巾(ひれ)は並び莫服(なせそ)、
と、
廃止され、『延喜式』縫殿寮の巻の年中御服の条中宮の項に、
鎮魂祭の項その他に領巾が掲げられ、ふたたび用いられた、
とあり(日本大百科全書)、平安時代の宮廷女子の正装に裙帯(くたい・くんたい 裙はロングスカートで、もともと裙(くん 裳裾)をはいた腰のところに締めて前に長く垂らす帯)とともに着用されたという。
「布」(漢音ホ、呉音フ)の異体字 は、
佈(繁体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B8%83)。字源は、「布衣(ふい)」で触れたが、
形声。もと「巾(ぬの)+音符父」で、平らに伸ばして、ぴたりと表面につくぬののこと(漢字源)、
形声。「巾(きれ)」+音符「父 /*PA/」。「ぬの」を意味する漢語{布 /*paas/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B8%83)、
形声。巾と、音符父(フ→ホ)(ナは変わった形)とから成る。「ぬの」の意を表す(角川新字源)
形声、古い字形は父に従い、父(ふ)声。『説文解字』に「枲(あさ)の織(おりもの)なり」とあって、ぬの。木綿が作られる以前は、麻布・褐布が普通であった。蚕は卜文にみえ、また金文に「毳布(ぜいふ)」の名がみえるが、みな富貴の人の用いるもので、のちの世になっても、布衣とは身分のないものをいう。布衣は粗衣、わが国では「ほい」とよむ。敷(ふ)と通用する(字通)、
と、多く、形声文字とするが、別に、
会意兼形声文字です(ナ(父)+巾)。「木づちを手にする」象形と「頭に巻く布にひもをつけて帯にさしこむ」象形から、木づちでたたいてやわらかくした、「ぬの」を意味する「布」という漢字が成り立ちました。また、「敷(フ)」に通じ(同じ読みを持つ「敷」と同じ意味を持つようになって)、「しく」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji799.html)、
と、会意兼形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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かへらまに君こそ我(わ)れに栲領巾(たくひれ)の白浜波の寄る時もなき(万葉集)
の、
かへらまに、
は、
逆に、
の意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
暁(あかとき)の朝霧隠りかへらばに何しか恋の色に出にける(万葉集)
の、
かへらばに、
も、
逆に、
の意か、としている(仝上)。
かへらまに、
は、
却らまに、
とあて、
「かへ(却)らばに」に同じ、
とある(広辞苑)が、
「かえらまに」の変化した語か、
ともあり(精選版日本国語大辞典)、
かえって、
反対に、
逆に、
の意となる(広辞苑・岩波古語辞典)。
カヘラは反ルの名詞形、バは間(マ)の子音交替形。反対の所での意(岩波古語辞典)、
「かえら」は動詞「かえる」の未然形、「ま」は接尾語(精選版日本国語大辞典)、
カヘラは、反(かへ)るの転(弦(つら)、つる)、マニは任(まま)ニの意、縫はずまに、懲りずまに、のマに同じ(契沖)(大言海)、
とある。
かへる、
は、
反る、
返る、
帰る、
還る、
とあて、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、
自動詞ラ行四段活用で、
反る、
返る、
覆る、
とあてる、
かへる、
は、
カヘスの自動詞形。同一のものの上下表裏とか、運動の方向とかが、逆になる意(岩波古語辞典)、
変(かは)る、代(かき)ると通ずるか(大言海)、
などとあり、
事物や事柄の位置が逆になる。また、物事の状態が変わる(精選版日本国語大辞典)、
事物・事柄の位置・順序・状態などが入れちがいになる(広辞苑)、
同一のものの位置・状態が以前とは逆になる(岩波古語辞典)、
等々の意味では、
天の川霧立ち上る織女(たなばた)の雲の衣の飄(かへ)る袖かも(万葉集)、
雲かへる風はげしううちふきて(更級日記)、
と、
ひるがえって裏が表側に出る、
裏返る、
意、
大船を漕ぎのまにまに岩に触れ覆(かへら)ば覆(かへれ)妹によりては(万葉集)、
山もひびきて地もかへりぬべし(宇治拾遺物語)、
と、
ひっくりかえって上が下側になる。
また、
横倒しになる、転覆する、くつがえる、
意、
煮かへりたる湯を穴の口に汲み入れたりける程に案にたがはず蛇(くちなわ)出でて(古今著聞集)、
と、
湯などが煮えたぎってわく、沸き返る、煮えくり返る、
意等々に使う(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
反、カヘル・カヘス・サル・オソル・ウラム・アト・カヨフ・タビ・カヘサフ 〔立〕反 カヘル・ソリ・サル・カヨフ・オソル・ウラム・アト・タビ・カヘサフ、
覆、フセル・ソムク・クツガヘス・シルシ・コボス・コボツ・マタ・カヘサフ・ウツフス・ハググム・ツバビラカ・カサヌ・オホフ、
とある。
返る、
帰る、
還る、
とあてる、
かへる、
は、
事物や事柄が、もとの場所、状態などにもどる(精選版日本国語大辞典)、
事物・事柄がもとの所・状態・亼などへもどる(広辞苑)、
人や物事がもとの所・状態などへもどる(岩波古語辞典)、
という意で、
ひさかたの天道(あまぢ)は遠しなほなほに家に可弊利(カヘリ)て業(なり)を為(し)まさに(万葉集)、
と、
もとあったところへ戻る、
たちかえる、
意、
さかさまに年もゆかなんとりもあへず過ぐるよはひやともにかへると(古今和歌集)、
と、
もとの状態にもどる、復元する、
意、
あらたまの年可敝流(カヘル)まで相見ねば心もしのに思ほゆるかも(万葉集)、
と、
まわって、もとにもどる。一年がめぐって、季節がまた新しくはじまる。
年・月が一巡して年初め、月初めに戻る、あらたまる、
意、
歌のさま世々によみ古されにける事を知りて、更に古風にかへりて幽玄の体を学ぶ事のいで来る也(「無名抄(1211頃)」)、
と、特に、
本来そうあるべきところ、状態などにもどる、
意等々で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
歸、トツグ・タノム・ノコル・ツク・オクル・オモムク・オモムキ・カヘル・カヘス・ヨル/歸就 ヨリツク
字鏡(平安後期頃)に、
還、カヘル・カヘス・シリゾク・メグル・マイラス・ヤム・タマヘ・マタ、
とある。さらに、
反る、
返る、
とあてる、
かへる、
は、
時の経過やある種の操作によって今までと違った状態・性質になる(広辞苑)、
意で、
茨田(まむた)池の水変(カヘリ)て藍の汁の如く(日本書紀)、
と、
物の形や質などが変わる、
意、
菊の花うつる心をおく霜にかへりぬべくもおもほゆるかな(後撰和歌集)、
と、
色があせる、染料がさめる、
意等々で使う(仝上)。さらに、
孵る、
とあてる、
かへる、
は、
反(かへ)る義(大言海)、
とあり、
浜千鳥ふみこし浦に巣もりごのかへらぬ跡は尋ねざらなん(宇津保物語)、
と、
卵からひなや子になる。孵化(ふか)する、
意で(仝上)、和名類聚抄(931〜38年)に、
孵、俗云賀閉流、卵化也、
とある。また、
かへる、
は、動詞の連用形に付けて補助動詞的に用い、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、補助動詞ラ行四段活用で、
思ふにし死(しに)するものにあらませば千(ち)たびそわれは死にかへらまし(万葉集)、
と、上の動詞の表わす動作、状態が繰り返されるさま、また、はなはだしいさまを表わし、
繰り返し…する、
意、それが転じて、
わが宿の菊の垣根に置く霜の消えかへりてぞ恋しかりける(古今和歌集)、
と、
はなはだしく…する。すっかり…する、
意でも使う(岩波古語辞典・広辞苑)。なお、
口語では、
かえる(反・返・帰・還)、
と、
かえる(代・換・替・変・易)
と区別がつかないが、前者は、
かへる、
の、
ら/り/る/る/れ/れ、
と、
自動詞ラ行五(四)段活用、
後者は、
かふ、
の、
へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、
と、
他動詞ハ行下二段活用、
である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
「却」(漢音キャク、呉音カク)の異体字は、
卻(旧字体/繁体字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%B4)、
「卻」(漢音キャク、呉音カク)の異体字は、
却(新字体/簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%BB)字源は、
会意兼形声。去は、ふたつきのくぼんだ容器を描いた象形文字で、くぼむ意を含む。却は「卩(ひざまづく)+音符去」で、人がひざをまげてあとずさりするさまを示し、現場から引っこむ→しりぞく意を含む。卻の字の左は、谷ではなく、鼻の下、口の上のくぼみを描いた象形文字。去と同じく、くぼむ意を含み、却と卻は全く同義(漢字源)、
会意兼形声文字です(去+卩)。「両手両足を広げた人の象形と口の象形」(祈って人についたけがれを「除去する・さる」の意味)と「ひざまずく人」の象形から、「あとずさる」、「しりぞく(退却)」を意味する「却」という漢字が成り立ちました。「去」の「ム」は甲骨文では「口」でのちにムに変形しました(https://okjiten.jp/kanji1190.html)、
と、会意兼形声文字とするもの、
形声。卩と、音符去(キヨ)→(キヤク)とから成る。あとずさりする、ひいて「しりぞける」意を表す(角川新字源)、
形声。「卩」+音符「𧮫 /*KAK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%BB)、
と、形声文字とするもの、
会意。去+卩(せつ)。〔説文〕九上に卻を正字とし「欲を卩+ヽ(節)するなり」と訓し、谷(きやく)声とする。谷を欲と解し卩+ヽを節にして欲を却ける意とするが、字は去と卩とに従う。去はもと大と凵(きよ)とに従い、神判に敗れた者(大)が、その宣誓に用いた祝詞の器(ꇴ(さい))の蓋を破り(凵)、これを水に流した。その字は法、また神判の羊(解廌(かいたい))の廌を加えた字が灋で、法の初文。その去を拝する形が却で、破却・棄却の意。責問を受けて却くことを却という(字通)、
と、会意文字とするものとに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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思ふ人來(こ)むと知りせば八重葎(やへむぐら)覆へる庭に玉敷かましを(萬葉集)
の、
八重葎、
は、
繁茂しているむぐら、雑多に生えている蔓草、
の意(広辞苑)だが、
ヤエムグラ(八重葎)、
という、
アカネ科の蔓性越年草、
をも指す(仝上)。
ヤエムグラ、
は、
八重葎、
とあて、
彌重葎の義(大言海)、
とあり、
道端の雑草としてごく普通にみられるもので、茎に4稜があり、葉は狭い倒卵形で6-8枚が輪生する。茎には下向きの棘があり、他の植物に寄りかかり、棘を引っ掛けながら立ち上がる。衣服などに付着するので、これを切り取って服に付ける子供の遊びがあった。また、果実には鉤状の毛が生えており、これも衣服などに付着する。夏、黄緑色の小花を開き、果実は球形で黒く熟す、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%A8%E3%83%A0%E3%82%B0%E3%83%A9・広辞苑・精選版日本国語大辞典)、漢名、
拉拉藤、
で、慣用名は、
猪殃殃
とある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。ただ、上掲の万葉集の歌う、
八重葎、
は、この種を指しているのではなく、
むぐら、
と総称される各種の雑草」もしくは「それらがよく茂った状態」のことである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%A8%E3%83%A0%E3%82%B0%E3%83%A9)とされるが、百人一首の、
八重むぐらしげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり(恵慶法師)、
は、秋に繁茂するアサ科の、
カナムグラ、
とされている(仝上)。
カナムグラ、
は、
金葎、
葎草、
とあて、
カナは、鐵にて、此蔓、堅き墻をも穿ち生ふる意という説あり(大言海)。
とし、
クワ科(アサ科ともされる)カラハナソウ属の一年草。路傍や藪などに自生する。全草に鉤状のとげがあって逆向きになっており、他物にからんで長く伸びる。対生する葉は有柄で
5〜7片の掌状に深裂し、裂片は披針形で鋸歯があり、葉面はざらざらしている。雌雄異株。雄花穂には多数の雄花をつけ、緑色の葉片が
5枚と黄色の葯がある。雌花穂は単一の雌花からなる短穂となり、痩果は扁円形で紫色の斑紋がある(ブリタニカ国際大百科事典)、
とあり、和名、
鉄葎、
は、
強靭な蔓を鉄に例え、「葎」は草が繁茂して絡み合った様を表すように、繁茂した本種の叢は強靭に絡み合っており、切ったり引き剥がしたりすることは困難である。ヤエムグラやヤブムグラ等、本種と似た種小名の植物は多いが、本種とは系統的に離れたアカネ科に属するものが多い、
とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%82%B0%E3%83%A9)。漢名は、
律草(りつそう)、
とある(仝上)。
葎(むぐら)、
でふれたように、
むぐら、
は、
うぐら、
もぐら、
とも訛り、
カナムグラ・ヤエムグラなど、蔦でからむ雑草の総称、
とあり、
蓬(よもぎ)、
や、
浅茅(あさぢ)、
とともに、
貧しい家、荒廃した家の形容に使われることが多い、
とある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
荒れ地や野原に繁る雑草の総称、
なので、
葎生(むぐらふ)、
というと、
いかならむ時にか妹を牟具良布(ムグラフ)のきたなき屋戸(やど)に入れいませてむ(万葉集)、
と、
葎が生い茂っていること、また、その場所、
の意で使い、
葎の門(むぐらのかど)、
というと、
訪ふ人もなき宿なれど来る春は八重葎にもさはらざりけり(紀貫之)、
と、
葎が這いまつわった門、
の意で、
荒れた家や貧しい家のさま、
の意となる(広辞苑)。
葎の宿、
も同じ意味で使う(仝上)。ただ、歌語としては、「葎の門」「葎の宿」は、
葎の門に住む女、
荒廃した屋敷に美女がひっそりと隠れ住む、
というようなロマン的な場面が、『伊勢物語』、『大和物語』、『うつほ物語』等々の物語によって形成され、類型化された(日本大百科全書)とある。
茂(も)く闇(くら)き儀、
が由来とある(大言海)が、他に、
繁茂しているところから、茂らの義、ラは助辞。またクラは木闇のクレの転で、草の暗く茂っている意(日本語源=賀茂百樹)、
一株で草むらのように生い茂った状態から(https://www.asahi-net.or.jp/~uu2n-mnt/yaso/yurai/yas_yur_yaemugura.html)、
ムグリツタ(潜蔦)の義(日本語原学=林甕臣)、
モレクグリ(漏潜)の義(名言通)、
世捨て人がとじこもっている室は、この草が茂って暗いことから、ムロクラキ(室暗)の義(和句解)、
と諸説あるが、どうもはっきりしないが、その状態をいう、
一株で草むらのように生い茂った状態、
を示しているとするのが、自然な気がする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
梓弓弓束(ゆづか)巻き替え中見さしさらに引くとも君がまにまに(万葉集)
の、
上二句は、新しい女(私)に乗り換えておきながら、の意の譬喩、
とし、
中見さし、
は、
未詳、
ながら、
元のおんなに目星をつつける意の譬えか、
として、
さらに引くとも、
を、
再度元の女の気を引くことがあっても、
と解し、
弓束を新しく巻き替えておきながら、古い弓に中見をさして、もう一度引こうとするのなら、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
梓弓、
は、
梓の真弓、
で触れたように、
梓の木で作った丸木の弓、
で、
渡瀬に立てる阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(まゆみ)い伐らむと心は思へど……そこに思ひ出愛(かな)しけくここに思ひ出い伐らずそ来る阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(古事記)、
と、
上代、狩猟、神事などに用いられ、
あずさの弓、
あずさの真弓、
とも呼ばれた。のちに、
あずさみこ、
が、死霊や生霊を呼び寄せる時に鳴らす小さな弓、
の意となり、転じて、
あずさみこ、
をもいうようになった(仝上)。
巫女、
で触れたように、
梓(あづさ)、
は、
カバノキ科の落葉高木、
で、
古く呪力のある木とされた、
とあり(岩波古語辞典)、古代の「梓弓」の材料とされ、和名抄には、
梓、阿豆佐、楸(ひさぎ、きささげ)之属也、
とある。この「梓」には、古来、
キササゲ、
アカメガシワ、
オノオレ、
リンボク(ヒイラギガシ)
などの諸説があり一定しなかったが、白井光太郎による正倉院の梓弓の顕微鏡的調査の結果などから、
ミズメ(ヨグソミネバリ)、カバノキ科の落葉高木、
が通説となっている、とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%93)。
梓弓、
は、
古くは神事や出産などの際、魔除けに鳴らす弓(鳴弦)として使用された、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%93%E5%BC%93)、
梓弓の名に因りて、万葉集に、弓をアヅサとのみも詠めり、今も、神巫に、其辞残れり、直に、あづさみことも云へり、神を降ろすに、弓を以てするば和琴(わごと)の意味なり(和訓栞)、
と、
神降ろしに用いる、
が、
その頃はべりし巫女のありけるを召して、梓弓に、(死人の靈を)寄せさせ聞きにけり(伽・鼠草子)、
と、
梓の弓をはじきながら、死霊や生霊を呼び出して行う口寄せ、
をも行う(岩波古語辞典)。ここでは、
梓弓、
は、「弓」にかかる枕詞として使われているが、枕詞としては、
梓弓(あづさゆみ)引かばまにまに寄らめども後(のち)の心を知りかてぬかも(万葉集)、
と、弓のつるを引く、または張るところから、
い・いる・ひく・はる、
にかかり、
安都佐由美(アヅサユミ)末は寄り寝むまさかこそ人目を多みなをはしに置けれ(万葉集)、
と、弓の各部の名称から、
もと・すゑ・つる、
にかかり、
安豆左由美(アヅサユミ)欲良(よら)の山辺(やまへ)の茂(しげ)かくに妹ろを立ててさ寝処(ねど)払ふも(万葉集)、
と、弓を引けば、弓の本と末とが寄るところから、
よる、
にかかり、
あづさ弓かへるあしたの思ひには引きくらぶべきことのなきかな(金葉和歌集)、
と、弓が反るところから、
かへる、
にかかり、
玉梓(たまづさ)の使の言へば梓弓(あづさゆみ)声(おと)に聞きて言はむすべ為(せ)むすべ知らに音のみを聞きてありえねば(万葉集)、
と、矢を射ると、音が出るところから、
や・音、
などにかかる(精選版日本国語大辞典)。
弓束(ゆづか)、
は、
弣、
弓柄、
とも当て(デジタル大辞泉)、古くは、
ゆつか、
と清音、
弓を射るときに左手で握る所、
をいい、
革などを巻く、
ので(岩波古語辞典)、
その部分に巻いてある皮、
をもいい(精選版日本国語大辞典)、
にぎり、
ゆみつか、
とりうち、
ともいう(広辞苑・大言海)。正倉院文書に、
弓肆拾張、弓握韋壱張(天平一〇年(738)駿河国正税帳)、
平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、
弓杷、弓豆加、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
弣、ユツカ、ユミヅカ、
とある。推測するに、
ゆみつか→ゆつか→ゆづか、
と、転訛したものと思われる。
弓、
については、
弓矢、
で触れた。「弓」の語源は、
ユは射(い)と通ず。射る物の意と云ふ(大言海)、
「ユビ(指)の音韻変化」で、指に当てて引くものの意(日本語源広辞典)、
「ユ(射る)+ビ(もの)の変化>ゆみ」で、射る道具(仝上)、
と、「射る」行為に焦点を当てる説のほか、
ゆがんでいるところから、ユガミの中略(日本釈名)、
ユはユガム(歪)の意のユ、ミは身の意か(国語の語幹とその分類)、
タルミの上略か(類聚名物考)、
木をたゆめて作るところから、タユムのユムの転か(古今要覧稿)、
タユミ(撓)の義(言元梯)、
たゆみやすいところからか(和句解)、
ユルミ(緩)の義か(名言通)、
と、弓の形態から見る説もある。一方、「矢」の語源は、
遣りの義、音転して射るの語あり(大言海)、
「イ・ヤ(射る・遣る)の語幹」です。イヤ>ヤで、弓で射て遣るものの意です(日本語源広辞典)、
ヤリ(遣)の義(名言通・大言海)、
ヤル(遣)の義(日本釈名・日本声母伝・天朝墨談)、
とする「遣る」系以外にも、
ヤ(破)の義(東雅)、
ヤブル(破)の義(古今要覧稿・言葉の根しらべ)、
ハヤ(早)の義(言元梯)、
竹を並べたところが胡簶(やなぐい)に似ているところから、ヤナの反(名語記)、
イヤル(射遣)の義(言葉の根しらべ)、
イヤリ(射遣)の義(日本語原学)、
イル(射る)の転、イラの約(和訓集説)、
射る時の音からか、また、ハ(羽)の転か(和訓栞)、
当たるか当たらぬかはさだめがたいところから、疑問詞のヤ(国語本義)、
と諸説あるが、
弓、
矢、
が、それぞれ、
射る、
遣る、
という行為とのかかわりが深いところから生まれたような気がする。なお、
鞆、
雁股(かりまた)の矢、
乙矢、
胡簶(やなぐひ)、
馬手(めて)・弓手(ゆんで)、
征矢(そや)、
ひきめ、
梓の真弓、
中弭(なかはず)、
については触れた。
「弣」(漢音・呉音フ)は、
会意兼形声。「弓+音符付(フ てをつける)」(漢字源)、
で、「ゆづか」の意である(仝上)。後漢末の辞書『釈名(しゃくみょう)』(劉熙(りゅうき)著、事物の名を27種に分類し、語源を説明した)に、
弓の中央部分を「弣」という。「弣」は「撫(ブ)」である。ひとが撫持(ブシ 保持)するところである、
とある(漢辞海)。
「弓」(漢音キュウ、呉音ク・クウ)の異体字は、
杛、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%93)。字源は、
象形。弓の形を描いたもの。曲線をなす意を含む(漢字源)、
象形。弓を象る。楷書体の「弓」は弦の部分の筆画が省略された形に由来する。「ゆみ」を意味する漢語{弓 /*kwəŋ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%93)、
象形。ゆみの形にかたどる(角川新字源)、
象形文字です。「ゆみ」の象形から「ゆみ」を意味する「弓」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji249.html)、
象形。弓体の形。〔説文〕十二下に「窮むるなり。近きを以て遠きを窮むる者なり」と弓・窮の音の通ずることを以て説く。〔釈名、釈兵〕には、「弓は穹なり。之れを張ること弓隆(きゅうりゅう ドーム形)然たり」と、その形を以て説く。音よりいえば躬・弘などとの関係が考えられる(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
上へ
山川に筌(うへ)を伏せ置きて守(もり)もあへず年の八年(やとせ)を我(わ)がぬすまひし(万葉集)
の、
筌、
は、
竹で筒形に編んだ漁具、
で、
守(もり)もあへず、
は、
よく見張りもできないではないか、
の意だが、
男がかこっている女を監視しきれないすことへのからかい、
と解し、
我(わ)がぬすまひし、
は、
その魚をひそかに我がものとしてやった、
意とし、
男の目を盗んで女と逢いつづけてきた男の歌、
として、
川の中に筌を仕掛けておきながら、かかった魚の見張りもようしないので、八年もの間、わしがその魚をちょろまかしてやった、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
筌(うへ)、
は、
時に筌(うへ)を作(ふ)せて魚を取る人有りき(古事記)、
と、
流れに仕掛けて魚を捕る道具、
で、
細い割竹を編んで、筒または底無しの徳利の形に造り、入った魚が出られないように口に漏斗状などの返しをつけたもの、
をいい(広辞苑・岩波古語辞典)、
川魚は物陰に潜む負の走光性、川の流れに対して遡上しようとする走流性(光刺激に反応して移動する)、固体に触れることで身の安全を確認する走触性を持つものが多く、これらの習性を利用して魚を集める仕組み(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%8C)、
になっており、
川や湖沼、浅海の底にある魚道に一定時間設置し、魚類やエビ、カニの類を誘い込んで捕獲する、
が、
地域によって材料・構造・名称は様々で、竹や蔓、細木によって作られ、単なる筒状から笊状・箱状・桶状・籠状のものなどがあり、
モジリ、セン、ドウ、ツツ、カゴ、サガリ、モンドリ、モドリ、マンドウ、ウケ、ヤナ、モジ、ド、フセゴ、
等々、地方により、異名は多い(仝上・日本大百科全書)。最も普遍的に使用された横筌で、その、
構造をみると、竹や樹枝などの細棒を縄や蔓などで編んで筒状にし、その一方を緊縛し他の一方に口を設け、そこから入った魚が脱出できないように漏斗状の〈かえし〉などを付けている、
とある(世界大百科事典)。筌へ誘致の方法は、
(1)強制ならびに迷入陥穽装置と連結せしめての誘導、
(2)餌料などによる誘惑、
(3)魚族の習性に応じてその好む状況を人工的に作っての誘致に分けられる、
などとあり(仝上)。
(1)はたとえば筌が簗(やな 川の一部を仕切って木や竹を並べ立て、魚の通路をふさいでこれを捕らえるという漁法)と結合され、その集魚捕獲装置として使用されるような場合で、このような事情のためか筌を〈やな〉と呼んでいる所もあるという。(3)は流木などの陰影に魚類が好んで集まる習性を利用して、粗朶漬(そだづけ)などを行うものである、
としている(仝上)。この、
筌(うへ)、
の由来は、
魚舎(ウヲイヘ)の約か(大言海)、
ヲイヘ(魚舎)の約轉(言元梯)、
ウヲヘ(魚歴)の約(名言通)、
ウはウキ(浮)の語幹、ヘは容器の意。転じて漁具の名となる(日本古語大辞典=松岡静雄)
等々とあるが、はっきりしない。ただ、弥生時代に稲作農耕が開始されると、
水田や用水路など新たな淡水環境が生まれ、淡水産の貝類や魚類を対象とした淡水漁業が開始される。こうした淡水漁業の開始に伴い専用漁具も生まれたと考えられており、福岡県北九州市の辻田遺跡や大阪府八尾市の山賀遺跡などの弥生遺跡から筌と考えられている漁具が出土している、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%8C)、『古事記』や『万葉集』にも登場する。華厳経音義私記(795年)に、
筌、訓于閉(うへ)也、
和名類聚抄(931〜38年)、
筌、捕魚竹笱也、笱、取魚竹器也、宇倍(うへ)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
筌、ウヘ
音訓篇立(字鏡(平安後期頃)の抄略に、
筌、ウクヱ・ウヘ・トル・ウベモテ、宇倍(ウヘ)、ウヲトルモノ
とある。
筌(うへ)、
は、
うけ、
もんどり、
せん、
あげ、
とも訓ませる(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
古くから馴染みの道具で、多くことわざに残っている。
魚を得て筌を忘る、
は、
魚を釣ってしまえば魚籠のことなど忘れがちであることから、目的を達してしまうと、手段にしていたものは不用になって忘れてしまうことのたとえ、
とされ(故事ことわざの辞典)、荘子に、
筌者所以在魚 得魚忘筌、
蹄者所以在兎 得兔忘蹄、
言者所以在意 得意而忘言
とあり、
兎(うさぎ)得て(わな)を忘る、
意を得て言を忘る、
も同じ意味になる。これを、
忘筌(ぼうせん)、
筌蹄(荃蹄 せんてい)、
ともいう(https://nichi-zen.site/bosen/)。
「筌」(セン)は、
会意兼形声。「竹+音符全(かけめなくとりまく)」(漢字源)、
声符は全(ぜん)。細い竹を編んで作った魚をとる漁具。うえ。兎を捕る蹄(わな)と合わせて、筌蹄という。字はまた荃に作る(字通)、
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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山川に筌(うへ)を伏せ置きて守(もり)もあへず年の八年(やとせ)を我(わ)がぬすまひし(万葉集)
の、
ぬすまひし、
の
ぬすまふ、
は、
ヌスム+反復・継続の接尾語フ、
で、原義は、
繰り返し盗む、
盗み続ける、
意になるが、冒頭の歌では、
人の目を盗んでひそかに……(し)続ける、
人目を盗み続けてする、
ひそかになす、
うしろぐらいことをする、
といった意で使っている(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
ぬすまひし、
の、
し、
は、過去の助動詞、
き、
の連体形である。
き、
は、
けらし、
で触れたように、基本、
さねさし相模(さがむ)の小野(をの)に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひ斯(シ)君はも(古事記)、
人言(ひとごと)を繁(しげ)みこちたみ逢はずありき心あるごとな思ひわが背子(万葉集)、
と、
話している時点からみて、その出来事が現在から切り離された過去の事実であることを表わす。和歌や会話文に用いられ、話し手の直接に見聞したことを表わす(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
……だ、
……だった、
と、
「き」の承ける事柄が、確実に記憶にあるということである。記憶に確実なことは、自己の体験であるから、「き」は、
「……だった」と自己の体験の記憶を表明する場合が多い、
とある(岩波古語辞典)。しかし、自分の経験しえない、また目撃していない事柄についても、
音に聞き目にはいまだ見ず佐用姫が領巾(ひれ)振りきとふ君松浦山(きみまつらやま)(万葉集)、
かく上る人々の中に、京より下りし時に、みな人、子どもなかりき(土左日記)、
と、
物語の現段階からみて、ある出来事がそれより以前に起こったことを表わす。物語・日記・随筆などの地の文に用いられ、語り手が直接見聞した以外のことも表わす(精選版日本国語大辞典)、
とされ、
みずから目撃していない伝聞でも、自己の記憶にしっかり刻み込まれているような場合には、「き」を用いて、「……だったそうだ」の意を表現した(岩波古語辞典)、
とある(仝上)。だから、
き、
が、
回想の助動詞、
といわれる所以である。で、
き、
は、
存在態の「あり」を含む「けり」に対して、「あり」を含まない「き」は、出来事が時間的に隔たって存在し、目の前にないことを表わす(精選版日本国語大辞典)、
とされ、
話し手または書き手の過去の直接経験を回想的に表す(デジタル大辞泉)、
今から過去にあったことを思い起こす(回想する)意を表す。室町時代以降は「た」と同じ意味(広辞苑)、
で用いて、
……た、
……たなあ、
……だった、
といった意となる(デジタル大辞泉・広辞苑)。その活用は、第一に、
〇/〇/き/し/しか/〇、
とするもの(岩波古語辞典)、第二に、
せ/〇/き/し/しか/〇、
とするもの(広辞苑・精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、第三に、
(せ・け)/○/き/し/しか/○、
とするもの(デジタル大辞泉)があり、その付き方は、
活用語の連用形に付く。ただしカ変動詞には「こし」「こしか」「きし」「きしか」、サ変動詞には「せし」「せしか」「しき」のように付く(広辞苑)、
動詞・助動詞の活用語を承ける。「き・し・しか」という活用形だけをもつ。なお、「き」の未然形として、「せ」を認める説もあるが、これは動詞「す」の未然形とする見解もあって未だ決定的ではない。「き」がカ変・サ変の動詞に付く場合には、接続上特殊な変化があり、カ変は「こし」「こしか」「きし」「きしか」、サ変は「せし」「せしか」「しき」となる(岩波古語辞典)、
用言および助動詞の連用形に付く。ただし、カ変には「こ‐し、こ‐しか、き‐し、き‐しか」の両様の付き方があり、サ変には「せ‐し、せ‐しか、し‐き」のように付く。「き」の活用は、カ行系の活用とサ行系の活用の取り合わせである。そのうち、少なくとも「し」は、「みつみつし久米の子らが垣下(かきもと)に植ゑ志(シ)椒(はじかみ)口ひひく吾は忘れじ撃ちてし止まむ」(古事記)などの例に見られるように古くは変化の結果の状態(口語の「…している」の意味)を表わした。なお、後世にも、「我がそのの咲きし桜を見渡せばさながら春の錦はへけり」(為忠集)のように、変化の結果の状態の意味を表わす例が存在するが、これは口語の「た」の用法に引かれこうした用法が生じたものである(精選版日本国語大辞典)、
活用語の連用形に付くが、カ変・サ変動詞に付く場合、連体形「し」と已然形「しか」がカ変の未然形「こ」・連用形「き」に付く。終止形「き」はカ変には付かない。サ変に付く場合 連体形「し」と已然形「しか」がサ変の未然形「せ」に、終止形「き」がサ変の連用形「し」に付く(学研全訳古語辞典)、
等々とあり、未然形、
せ、
を認める場合、
なかりせば、
せば、
で触れたことと重なるが、
未然形の「せ」は、接続助詞「ば」を伴って反実仮想の表現に限って用いられる。その「せば」は、「まし」の前提条件となっており、サ変動詞「す」の未然形とする説もある(学研全訳古語辞典)、
未然形「せ」は、常に接続助詞「ば」に連なって「…せば」の形をとり、多くは「まし」と対応して、現実には存在しない事柄を仮想する条件句を作る。上代語、および中古の和歌に主として用いられる。「‐中・歌謡」の「一つ松人にあり勢(セ)ば太刀(たち)佩(は)けましを」(古事記)、「十月(かむなづき)雨間(あまま)もおかず降りに西(セ)ばいづれの里の宿か借らまし」(万葉集)、「世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし」(古今和歌集)などがある。なお、この「せ」は、古代日本語においてサ変動詞と関係があったとする説がある(精選版日本国語大辞典)、
とある。また、上代には、
あらさかの神の御酒をたげと言ひ祁(ケ)ばかもよ我が酔ひにけむ(常陸風土記)、
根白(ねじろ)の白腕(しろただむき)枕(ま)かず祁(ケ)ばこそ知らずとも言はめ(古事記)、
とある「け」を、仮想的意味になるので、「き」の未然形とする説があり(精選版日本国語大辞典)、未然形に、
せ、
け、
を認める場合、
未然形の「せ」「け」は上代に「せば」「けば」「けく」の形で用いられ、「せば」は中古の和歌にも見られる。「け」「き」はカ変動詞から、「せ」「し」「しか」はサ変動詞から出たものという。カ変連用形からの接続形「きし」「きしか」という形が見られるのは中古からであるが、「きし」は「きし方かた」だけ、「きしか」は「着しか」の掛け詞としたものだけであるところから、「きし」を動詞「く(来)」の連用形に、完了の助動詞「ぬ」の連用形、過去の助動詞「き」の連体形の付いた「きにし」の音変化「きんし(じ)」の撥音無表記であるとして、カ変動詞の連用形からの接続を認めないという説もある(デジタル大辞泉)、
とする。また、連体形、
し、
は、係助詞「ぞ」などがなくても、連体形「し」で文を終止するものが見られ、
君は、御直衣姿にて、御随身(みずゐじん)どももありし(源氏物語)、
は、「連体止」による詠嘆的表現、また、中世以降の、
その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし(徒然草)、
貧者は我と身を引て、わづか成乱銭(みだけぜに)のそばへも寄かね、心にやるせなかりし(西鶴織留)、
などの例は、
口語動詞の連体形が終止形にとって代わったのと相応じて、単なる終止用法へと変化したものと考えられる、
とある(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。中世以降は、
き、
は、文語の和歌や軍記では用いられていたが、その用法は限られており、軍記では、
城中の搆を推し出して、水を留て候しに依て、敵程なく降参仕候き(太平記)、
と、待遇表現をともなう丁重な会話文に用いられるのみであったし、近世以降、サ行四段活用の動詞に付く場合、
これ経をかへせし諛言(おもねり)の罪を治めしなり(雨月物語)、
と、
「…しし」とならないで「…せし」となる場合が多くなる。明治三八年(一九〇五)の「文法上許容すべき事項」には、
佐行四段活用の動詞を助動詞の「し・しか」に連ねて「暮しし時」「過ししかば」などいふべき場合を「暮せし時」「過せしかば」などとするも妨なし、
とある(精選版日本国語大辞典)。こうした背景に鑑みて、改めて、
き、
の用例をみると、
香具山と耳梨山と闘(あ)ひ之(シ)時立ちて見に来(こ)之(シ)印南国原(いなみくにはら)(万葉集)、
と、
話している時点からみて、その出来事が現在から切り離された過去の事実であることを表わす。和歌や会話文に用いられ、話し手の直接に見聞したことを表わし、
(印南国原は、阿菩大神(あぼのおおかみ)が御輿をあげて)見にやって来たという地だ、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、また、上述した、
かく上る人々の中に、京より下りし時に、みな人、子どもなかりき(土左日記)、
と、
物語の現段階からみて、ある出来事がそれより以前に起こったことを表わす。物語・日記・随筆などの地の文に用いられ、語り手が直接見聞した以外のことも表わす、
という用法になる(精選版日本国語大辞典)。
ちなみに、同じ過去の助動詞、
けり、
との違いは、
しく、
で触れたように、
けり、
は、動詞・助動詞の連用形を承け、
「き(来)」に「あり」が結合したもの、
とも、
過去の助動詞「き」に「あり」が結合したもの、
ともいわれ(精選版日本国語大辞典)、
けら・○・けり・ける・けれ・◯、
と活用し(精選版日本国語大辞典)、
事態の成り行きがここまできていると、今の時点で認識する、
という意味が基本であり、
この花の一節(ひとよ)のうちは百種(ももくさ)の言持ちかねて折らえけらずや(万葉集)、
と、
そういう事態なんだと気づいた、
という意味で、
……ていたのだな、
……たのだな、
と、
気づいていないこと、記憶にないことが目前に現れたり、あるいは耳に入ったときに感じる、一種の驚きをこめて表現することが少なくない、
とあり(岩波古語辞典)、
けり、
が、
詠嘆の助動詞、
とされる所以である。ただ、
世の中は空しきものと知る時しいよいよますます悲しかりけり(万葉集)、
と、
見逃していた事実を発見した場合や、事柄からうける印象を新たにしたとき、
や、
遠き代にありけることを昨日(きのふ)しも見けむがごとも思ほゆるかも(万葉集)、
と、
真偽は問わず、知らなかった話、伝説・伝承を、伝聞として表現するとき、
にも用いる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)が、
けり、
の場合は、
気づいた事態や筋道は目の前に存在したり、ありありと意識されたりすることを表わす(精選版日本国語大辞典)。
き、
の字源は、
幾の草体、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%8D)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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葦鴨のすだく池水溢(ほふ)るとも設溝(まけみぞ)の辺(へ)に我(わ)れ越えめやも(万葉集)
の、
池水、
は、
恋心の譬え、
とあり、
設溝(まけみぞ)、
は、
溢れる水を捌かすための溝、
の意で、
他の女には心を移さない、
意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
葦鴨、
は、
あしがも、
あしかも、
と訓ませると、
葦の生えている所にいるところから、
そう呼ぶ、
鴨、
のことである(デジタル大辞泉)。
葦鶴、
が、和名類聚抄(931〜38年)に、
俗謂鶴為葦鶴、
とあり、
多く、葦辺に居るに因りて、呼び馴れたる語、
である(大言海)ように、
葦鴨、
葦蟹、
等々と同様、
葦辺に群がっている鴨、
をいう(岩波古語辞典)。
しかし、
葦鴨、
を、
よしがも、
と訓ませると、
ミノガモ、
ミノヨシ、
とも呼ばれる、
カモの一種を指す。
ヨシガモ、
は、
カモ目カモ科ヨシガモ属に分類され、中形の美しいカモで、全長約四八センチメートル。雄の頭上は紫褐色、顔は金緑色。背面や胸は白地に多くの黒色細線があり、翼鏡は金緑色と白の縞模様をなす。内側の風切羽は長く蓑羽状となる。雌の頭部は紫褐色で細かい白斑があり、背面は黄褐色を呈する。シベリア東部・北海道北部などで繁殖し、アジア南部で越冬。日本には九月下旬ころ各地の海湾や湖沼に大群で現われる、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%B7%E3%82%AC%E3%83%A2・精選版日本国語大辞典)。なお、
葦鴨(あしがも)の、
は、
惜しと思ふ人やとまるとあしがものうちむれてこそ我は来にけれ(土左日記)、
と、葦辺にすむ鴨が群がる習性があるところから、
「うち群(む)る」にかかる枕詞、
として使われる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
カモ、
については触れたが。
平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、
鴨、加利(かり)、又、宇豆良(うづら)、
和名類聚抄(931〜38年)に、
鴨、加毛、本草和名(ほんぞうわみょう)(918年編纂)に云ふ、鴨通、加毛乃久曾(かものくそ)、
字鏡(平安後期頃)に、
鴨、加毛、
とある。
「鴨」(漢音オウ、呉音ヨウ)の異体字は、
鸭(簡体字)、𪀌(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B4%A8)。字源は、
形声文字。「鳥+音符甲」。あっぷあっぷという鳴き声をまねた擬声語(漢字源)、
形声。「鳥」+音符「甲 /*KAP/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B4%A8)、
形声。鳥と、音符甲(カフ)→(アフ)とから成る(角川新字源)、
形声。声符は甲(こう)。〔説文新附〕四上に「鶩(ぼく)なり」とあり、あひるをいう。わが国ではかもの意に用い、〔万葉〕の表記に助詞の「かも」にこの字を充てている(字通)、
と、形声文字としているが、
会意兼形声文字です(甲+鳥)。「尾を引(ひ)いた亀の甲羅」の象形(「甲羅」、「殻」の意味だが、ここでは「あひるの鳴き声の擬声語」)と「鳥」の象形から「あひる」を意味する「鴨」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2802.html)、
と、会意兼形声文字とする説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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大和の室生(むろふ)の毛桃(けもも)本繁(もとしげ)く言ひてしものを成らずはやまじ(万葉集)
の、
上二句は序、「本繁く」を起こす、
とあり、
本繁(もとしげ)く、
は、
こころをこめてしげしげと、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。万葉集には、
毛桃、
を詠ったものは、他に、
はしきやし我家(わぎへ)の毛桃本茂(もとしげ)く花のみ咲きてならずあらめやも(万葉集)
我(わ)が宿(やど)の毛桃(けもも)の下に月夜(つくよ)さし下心(したこころ)よしうたてこのころ(仝上)
の二首ある。
毛桃、
は、
皮に毛があるのでいう、
とあり(岩波古語辞典)、
日本在来のもので、果実は小さくて堅く、毛深い、
のである(デジタル大辞泉)。
毛の無いのは李(すもも)、
とある(https://kemanso.sakura.ne.jp/momo.htm)。形、大きさが似ているからだろう。中国では、
裴李崗文化(約7500年前)において、モモの出土が確認されている、
とされるが、日本では、
長崎県の多良見町にある伊木力遺跡から、縄文時代前期(約6000年前)の日本最古となる桃核が出土しており、これが日本最古とされている。弥生時代後期には大陸から栽培種が伝来し桃核が大型化する、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%A2)が、桃は、
食用のほか祭祀用途にも用いられ、斎串(いぐし 神にささげるために麻や木綿などをかけた榊や笹などの小枝)など祭祀遺物と伴出することもある、
とある(仝上)。桃の渡来時期については、
奈良時代初頭、
とする説もある(世界大百科事典)。その桃は、
ケモモ、
と称され、それまで、
モモ、
と呼ばれたのは、
楊桃(やまもも)、
であった(仝上)が、のちには「モモ」といえば「桃」をさすようになった(仝上)とされる。ちなみに、
モモ(桃)、
は、
バラ科スモモ属の落葉低木から小高木、
また、
その果実や花のこと、
を指す(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%A2)。
モモ、
については触れた。
ヤマモモ、
は、
山桃、
楊梅、
とあて、
ヤマモモ科ヤマモモ属の常緑樹。また、その果実のこと、
で、
本州の関東以西、四国、九州、沖縄の海岸近くの山地に生える。高さ一〇メートルに達する。葉は倒披針形で長さ一〇センチメートルぐらい、枝先に集まってつく。雌雄異株。春、葉腋に花被のない黄紅褐色の単性花をつける。雄穂は円柱形で長さ約三センチメートル、雌穂は卵状長楕円形でやや小さい。果実は径一〜二センチメートルの球形の核果で紅紫色に熟し甘酸っぱく食べられる。樹皮を乾燥したものを楊梅皮(ようばいひ)と呼び下痢・打撲症の薬に用いる。材は細工・薪炭用。夏に実る赤い果実は生食でき、甘酸っぱい独特の風味があり、ジャムや果実酒にも加工される、
とある(精選版日本国語大辞典)。漢名は、
楊梅(ようばい 中国名ヤンメイ)、
で、
その葉の形が楊(ヤナギ)に似ている様に由来するとされる、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%A2%E3%83%A2)。和名ヤマモモは、
山の桃、
からきており、日本に自生するヤマモモは、
モモ、
と呼ばれ、モモは果実の総称ともしていて、渡来種の桃は初め「ケモモ」と呼ばれていたことは上述した。なお、古くはヤマモモと呼ばれるものには、
楊梅、
山桜桃、
の二種があったが、次第にヤマモモの語は「楊梅」にのみあてられるようになる(精選版日本国語大辞典)とあり、
楊梅、
は果実として定着する一方、その白い実は、
又一種熟して白色なる者ありしろももと云(本草綱目啓蒙)、
とあるように、
水精楊梅、
しろもも、
と呼ばれ珍重された(仝上)という。
モモ、
については触れたが、和名類聚抄(931〜38年)に、
桃子、毛毛、楊氏漢語抄に云ふ、錦桃也、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
桃、モモ・モモノキ/桃人、モモノサネ
とある。
モモ、
で触れたように、中国において桃は、
仙木・仙果(神仙に力を与える樹木・果実の意)、
と呼ばれ、昔から邪気を祓い不老長寿を与える植物・果物として親しまれているが、日本においても、その影響で、古くから桃には邪気を祓う霊力があると考えられていた。『古事記』(712年)には、
イザナギが、黄泉の国から逃げるとき、黒御鬘(くろみかづら)、湯津津間櫛を投げつけ、、十挙(とつか)剣を振り、最後に「桃子(もものみ)三箇(みつ)」をぶつけて、難を逃れ、その桃子に意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)の名を授けた、
とある。また、
桃の核(種子)の中心にある空間は、竹の桿(かん)の中空と同様に、神の居場所と考えられていた、
ともある(仝上)。鬼退治する「桃太郎」の「桃」にもそんな霊力の含意がある(仝上)。
「桃」(漢音トウ、呉音ドウ)は、
会意兼形声。兆(チョウ)は、ぱんと左右二つに離れるさま。桃は、「木+音符兆」で、その実が二つに割れるももの木(漢字源)、
会意兼形声文字です(木+兆)。「大地を覆う木」の象形と「うらないの時に亀の甲羅に現れる割れ目」の象形(「前ぶれ」の意味だが、ここでは、「2つに割れる」の意味)から、2つにきれいに割れる木の実、「もも」を意味する「桃」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji308.html)、
と、会意兼形声文字とする説のほかは、
形声。「木」+音符「兆 /*LAW/」。「もも」を意味する漢語{桃 /*laaw/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A1%83)、
形声。木と、音符兆(テウ)→(タウ)とから成る。「もも」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は兆(ちよう)。〔説文〕六上に「果なり」とあり、桃をいう。〔周礼、夏官、戎右〕「牛耳・桃茢(たうれつ)を贊(と)る」とあり、祓禳の呪能があるとされた。神を驚かすおそれがあるので、廟中には用いない。祓邪の儀礼に、桃弧棘矢(きよくし)を用いることが多い。〔詩、周南、桃夭〕は祝頌の詩である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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ま葛(くず)延(は)ふ小野(をの)の浅茅(あさぢ)を心ゆも人引かめやも我(わ)がなけなくに(万葉集)
の、
心ゆ、
は、
本気で、
との意とし、
心ゆも人引かめやも、
を、
本気になって引き抜いたりすることなんてあるはずがない(私という者がいないわけではないのに)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
女を横取りされることの心配の意、
とする(仝上)。
浅茅焼(あさじやき)、
で触れたが、
浅茅(あさじ)、
は、
一面に生えた、丈の低い茅(ちがや)、
をいう。
チガヤ、
は、
イネ科の多年草、
日当たりのよい空き地に一面にはえ、細い葉を一面に立てた群落を作り、白い穂を出す、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AC%E3%83%A4)。春、葉より先に柔らかい銀毛のある花穂をつける。
心ゆ
は、
心+上代の格助詞「ゆ」、
で、
心から、
心底から、
本心から、
の意である(広辞苑・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
ゆ、
で触れたように、
ゆ、
は、
自、
従、
とあて(広辞苑・大言海)、
格助詞、上代語、「よ」に同じ(広辞苑)、
格助詞「より」が語尾を落とした「よ」は「ゆ」になった。起点や経由地を示す上代語。〈み芳野の真木立つ山ゆ(から)見降ろせば〉(万葉集)。〈田児の浦ゆ(ヲ通ッテ)うち出て見ればま白にぞ富士の高嶺に雪は降りける〉(万葉集)(日本語の語源)、
上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された(学研全訳古語辞典)、
「書紀‐歌謡」と「万葉集」に用例が見られるのみである。体言または体言に準ずるものを受けて「より」と同様に用いられる上代語(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
はしきよし 我家の方由(ユ)雲居立ち来(く)も(日本書紀)、
天地(あめつち)の分かれし時ゆ神(かむ)さびて高く貴き駿河(するが)なる富士の高嶺(たかね)を(万葉集)、
と、動作・作用の起点を示し(時間的な場合と空間的な場合とがある)、
……より、
……から、
……以来、
の意、
田子の浦ゆうち出(い)でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(万葉集)、
伊那佐の山の木の間由(ユ)もいゆきまもらひ(日本書紀)、
と、動作の行なわれる場所・経由地を示し(時間的・空間的・抽象的な用法がある)、
……を、
……を通って、
の意、
小筑波(をづくは)の茂(しげ)き木の間よ立つ鳥の目由(ユ)か汝(な)を見むさ寝ざらなくに(万葉集)、
と、動作の手段を示し、
……で、
……によって、
の意、
うち靡(なび)く春見まし従(ゆ)は夏草のしげきはあれど今日(けふ)の楽しさ(万葉集)」、
と、比較の基準を示し、
……よりも、
の意などで使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。
ゆり(後)、
で触れたように、上代には、共通の用法をもつ格助詞として、
ゆ、
ゆり、
よ、
より、
の四語があった(精選版日本国語大辞典)が、
より、
は用法が最も多く、中古以降も使われ(精選版日本国語大辞典)、中古に入ると、
ゆり、
よ、
ゆ、
は、「より」に統一されていく(学研全訳古語辞典)。
ゆ、
ゆり、
よ、
より、
の語源については、
接尾語的な「り」が落ちたり、「ゆ」が「よ」に転じたりして成立したもの、
とみると、四語のなかで、「ゆり」の勢力が弱いのは、
ゆり、
が、最も古いからであると考えられる(精選版日本国語大辞典)。他方、
よ、
は、
よりの古形、
とある(岩波古語辞典)ように、
ゆ、
よ、
がまずあって、それに接尾語的な「り」がついて、
ゆり、
より、
が派生したと見る説がある(精選版日本国語大辞典)が、確かに、
ゆ、
よ、
は、後述するように、古い用例しかなく、それに、「り」がついて、
より、
ゆり(「より」の母音交替形)、
と見ていいような気がする。
よ、
ゆ、
は、用例は「書紀‐歌謡」「古事記‐歌謡」と「万葉集」に見られるだけであり、
より、
と、その母音交替形、
ゆり、
が残り、最後に、
より、
だけになった、ということだろうか。
ゆり(後)、
でふれたように、
ゆり(後)、
は、
後(のち)、
今後、
後刻、
後日、
の意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)で、
緩(ゆり)の義、
とあり、
しばらくしてのち、
ゆるりとすること、
ともある(大言海)が、格助詞、
ゆり、
の源となった語(岩波古語辞典)とされる。その、
ゆり、
は、
ヨリの母音交替形(岩波古語辞典)、
とされ、
時や動作の起点・経過点をあらわす(岩波古語辞典)、
名詞・活用語の連体形に付く。動作・作用の起点を表す(デジタル大辞泉)、
体言または体言に準ずるものを受け、時間的、空間的起点を示す(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
かしこきや命(みこと)被(かがふ)り明日(あす)ゆりや草(かえ)が共(むた)寝む妹(いむ)なしにして(万葉集)、
と、
……から、
の意である(仝上・岩波古語辞典)。
ゆ、
は、上述したように、「書紀‐歌謡」と「万葉集」に用例が見られるのみで、上代にのみ使われており(精選版日本国語大辞典)、
名詞に付く(デジタル大辞泉)、
体言、活用語の連体形に付く(学研全訳古語辞典)、
体言または体言に準ずるものを受けて「より」と同様に用いられる上代語(精選版日本国語大辞典)、
であるが、
よ、
も、用例は「古事記‐歌謡」と「万葉集」に見られるだけで、
体言、活用語の連体形に付く(学研全訳古語辞典)、
名詞、活用語の連体形に付く(デジタル大辞泉)、
体言または体言に準ずる語を受けて「より」と同様に用いられる上代語(精選版日本国語大辞典)、
とあり、用例は、
ゆ、
と、ほぼ重なり、
ゆ、
とどう使い分けているのかはよくわからないが、
狭井河用(ヨ)雲立ち渡り畝火山木の葉さやぎぬ風吹かむとす(古事記)」、
天地の遠き始め欲(ヨ)世の中は常無きものと語り継ぎながらへ来れ(万葉集)、
と、時や動作の出発点をしめし、
……から、
の意、
己(おの)が緒(を)を盗み死せむと後(しり)つ戸用(ヨ)い行き違(たが)ひ前つ戸用(ヨ)い行き違ひ窺(うかが)はく知らにと(古事記)、
旅にして妹に恋ふれば霍公鳥(ほととぎす)わが住む里に此(こ)欲(ヨ)鳴き渡る(万葉集)、
と、動作・作用の行なわれる場所・経由地・経過点を示し空間的・抽象的な場合があり、
……を通って、
……を、
の意、
浅小竹原(あさじのはら)腰泥(なづ)む空は行かず足用(ヨ)行くな(古事記)、
鈴が音の駅家(はゆまうまや)の堤井(つつみゐ)の水を給へな妹が直(ただ)手よ(万葉集)、
と、動作の手段を示し、
……で、
……によって、
の意、
雲に飛ぶ薬はむ用(ヨ)は都見ばいやしき我(あ)が身また変若(を)ちぬべし(万葉集)、
と、比較の基準を示し、
……よりも、
……より、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)。
より、
は、
体言または体言に準ずるものを受ける(精選版日本国語大辞典)、
体言や体言に準ずる語に付く(学研全訳古語辞典)、
名詞、活用語の連体形、副詞、一部の助詞などに付く(デジタル大辞泉)、
体言たはそれと同じ資格の語を承ける(岩波古語辞典)、
とあり、
置目(おきめ)もや淡海(あふみ)の置目明日用理(ヨリ)はみ山隠(がく)りて見えずかもあらむ(古事記)、
昔より言ひ來(け)ることの韓国(からくに)のからくもここに別れするかも(万葉集)
と、動作・作用の起点を示し、
……から、
以来、
の意、
堀江欲里(ヨリ)水脈(みを)引きしつつ御船(みふね)さす賤男(しづを)の徒(とも)は川の瀬申せ(万葉集)、
と、動作の行なわれる場所・経由地を示し、
……を通って、
……を、
の意、
つぎねふ山城道(やましろぢ)を人夫(ひとづま)の馬従(より)ゆくに己夫(おのづま)し歩(かち)従(より)ゆけば(万葉集)、
と、動作や作用の手段・方法を示し、
……によって、
……で、
の意、
ひと余里(ヨリ)は妹ぞも悪しき恋もなくあらましものを思はしめつつ(万葉集)、
と、比較の基準を示し、
……より、
の意、事柄や範囲を限定する意を示し、
枕よりまた知る人もなき恋を涙せきあへずもらしつるかな(古今和歌集)、
と、下に「ほか」「のち」などを伴って、
……より、
……以外、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、この用例は比較的新しい。
より、
ゆ、
よ、
にある、
動作の行なわれる場所・経由地を示す、
動作や作用の手段・方法を示す、
比較の基準を示す、
という用法は、
ゆり、
にはない(精選版日本国語大辞典)ので、あるいは、
ゆり、
が最も古い、とする説は妥当なのかもしれない。そうみると、
ゆり→ゆ→(母音交替形)→よ→より、
ということが考えられる。だとすると、
ゆり、
が、
よりの母音交替形、
ではなく、
より、
が、
ゆりの母音交替形、
というべきなのかもしれない。もちろん、憶説だが。
今日でも、
より、
は使うが、
あいつより上、
とか、
昨日より今日、
など、
比較の基準を示す、
用例が大半で(仝上)、その他の用法は、中世末ごろから、
から、
にて、
で、
などに譲っている(デジタル大辞泉)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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忘るやと物語(ものがた)りして心遣(や)り過ぐせど過ぎずなほ恋ひにけり(万葉集)
の、
心遣り、
は、
気を紛らわし憂いを消してしまおうとするけれど、
の意、
過ぐす、
は、
恋心をやり過ごす、
意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
心遣る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、他動詞ラ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、
心を遣る、
と重なり(精選版日本国語大辞典)、
思いを外へ吐き出すこと(岩波古語辞典)、
思ひを遠くへ遣る、自動には、心行くと云ふ(大言海)、
とあり、
気を晴らす、
心を慰める、
意である。ただ、
心を遣る、
の方が意味の幅が広く、
夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあに及(し)かめやも(万葉集)、
と、心に滞るものを他におしやる意で、
(心の)憂さを晴らす、
心を慰める、
意のほかに、
わが心得たる事ばかりをおのがじし心遣りて、ひとをばおとしめなど(源氏物語)、
と、
(自分の)したいようにする、
思う存分にする、
意、
かくれあるまじき事なれど、心を遣りてあらぬ事とだに言ひなされよ(源氏物語)、
と、
まわりに何が起こっても平気で気にしない、
意、
歌をみるに、旅の空を思ひおこせてよまれたるにこそはと、心をやりてあはれなれば(十六夜日記)、
と、
思いを馳せる、
思いやる、
心を使う、
意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。この、
心遣る、
の、
遣る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、他動詞ラ行四段活用で、
先行きどうなるか構わず人をつかわしたり、物事を進めたりする意、
とあり、
我(わ)が背子を大和へ夜利(ヤリ)て待つしだす足柄山の杉の木の間(ま)か(万葉集)、
と、
人に命じて行かせる、
また、
先でどうなるかわからないまま、人を送り出す、派遣する、
意や、
春雨ににほひひづちて通ふらむ時の盛りをいたづらに過ぐし夜里(ヤリ)つれ(万葉集)、
と、
先へどんどん進ませる、進行させる、進むにまかせる、
意や、
人をやりて見するに、おほかた逢へる者なし(徒然草)、
と、
行かせる、出発させる、派遣する、
意や、
もののふの八十伴(やそとも)の男(を)の思ふどち心也良(ヤラ)むと馬並(な)めて(万葉集)、
と、
心の進むにまかせる意、
から(精選版日本国語大辞典)、
不快で、ふさぎがちな気持をはらす、
気を晴らす、
なぐさめる、
意などで使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、さらに、
動詞の連用形に付いて(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、補助動詞ラ行四段活用として、
都辺(みやこへ)に行かむ船もが刈薦(かりこも)の乱れて思ふ言(こと)告げ夜良(ヤラ)む(万葉集)、
と、動詞の連用形に付けて、その動作が遠くへ向かってなされる意を表わし、ここでは、
知らせてやる、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
身づからも申しもやらず泣きけり(大和物語)、
と、動詞の連用形に付けて、その動作をやり終える意を表わし、間に助詞がはいることもあり、また、多く下に打消を伴い(「……らず」の形で)、
思いきってその動作をしおおす、……しきる、
意、
さるべき受領あらば、知らず顔にてくれてやらんとしつる物を(落窪物語)、
と、動詞の連用形に助詞「て(で)」を添えた形に付けて(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、その動作を他に対して行なう意を表わし、
わざわざ他のためにする。人のために進んで物事をする、
意で使う(仝上)が、今日でも、
きっと優勝してやる、
こらしめてやろう、
と、動作が強い意志を持って行なわれることを表わす使い方をする(精選版日本国語大辞典)。この、
遣る、
は、古くは、
他者に物を与える場合には、「えさす」「とらす」のように、「う(得)」「とる(取)」の使役形によって表わすこともあった。また、「やる」は、中世になると補助動詞として用いられることが多くなり、動作の主体が、その動作によって話者以外の者に恩恵を与える意を表わすようになる、
とあり(仝上)、この、
やる、
の、
恩恵の授受の関係は、現代の敬語で大きな位置を占めるにいたっている。さらに、「てやる」「てもらう」「てくれる」が相互に承接すると、動作の主体と、受け手および動作の主体に依頼する者との間の、複雑な恩恵の授受の関係を表わす、
ともある(仝上)。ところで、
心遣る、
の、
こころやる、
を、後に、
心やる、
と表記すると、
ココロエアルの転(広辞苑)、
「心得ある」の変化した語(精選版日本国語大辞典)、
で、
まけた方を、珠数をきらする程に、さふ心やれ(狂言「宗論(1660))、
と、
心得なさる、
承知なさる、
意となり(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、多く、用例のように、
命令形「こころやれ」の形で用いる、
とされる(精選版日本国語大辞典)。この、
こころやる、
の、
やる、
は、
やら/やり・やっ/やる/やる/やれ/やれ(や・やい)、
と、四段型助動詞で、
動詞「あり」の連体形「ある」の音変化(デジタル大辞泉)
中世前期以降の語。ラ変の補助動詞「あり」の連体形「ある」の変化した語。
室町時代以降に用いられ、近世では終止形と命令形が多い。上接の動詞の上に「お」「ご」を付けることもある(デジタル大辞泉)、
「ある」の変化した語(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
動詞の連用形に付く(学研全訳古語辞典)、
活用語の連用形、また、その上に「お」を付けた形に付く。初めは敬語であったが、近世語としては、同等またはそれに近い目下のものの動作について、丁寧に、また親愛の気持で用いる。…なさる(精選版日本国語大辞典)、
ナゼニソナタワチカラヲ vosoyeyaranu(ヲソエヤラヌ)ゾトイエバ(「天草本伊曾保(1593)」)、
ハイ、ありがたう。コレ、御あいさつ申しやれ、此子はや(滑稽本「浮世風呂(1809〜13)」)、
と、
お……になる、
……なさる、
意で使うが、近世になると、
それにお待ちやれ(虎明狂言「末広がり」)、
この子が寒い寒いというて泣きやります(歌舞伎「暁の鐘」)、
と、
(「やります」の形で)丁寧の意を表す、
意となる(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。近世、
上方語では、二音節以上の動詞に付くとき、「行きゃんな」のように動詞の語尾と融合して拗音となることがある。また、上方語では各活用形が自由に用いられているが、江戸語では、命令形・終止形に用法が限られる傾向がある。命令形「やれ」は、往々「や」の形に略される。上方語で、終止形が禁止の助詞「な」に連なる時、「やんな」ともなる。また、「やんな」は「やな」となることがある、
とある(精選版日本国語大辞典)。この、
やる、
は、
「おもいある」の音変化、
によって、
それほど心にかかって、行をせいでかなはぬとおもやる事ならば(虎明本狂言「花子(室町末〜近世初)」)、
と、
思やる、
と、対等またはそれに近い上位者に対して用い、
お思いになる、思いなさる、
意で使ったり(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
「お…ある」の変化したもの。間に動詞連用形を入れて用いる、
此うへはおとみやってもいらぬものじゃ、はやういとまをおくりやれ(虎明本狂言「箕被(室町末〜近世初)」)、
と、
御……やる(お……やる)、
と、
他人の動作に用いて尊敬の意を表わすが、もとの「お……ある」や「せらる」などに比べて敬意は低い、
とある(精選版日本国語大辞典)。これは、
「お……ある」が拗音化したもので、「お聞きゃる」「お知りゃる」のような融合形が多く見られる。中世末期から盛んに用いられ、近世にはいると、接頭語「お」を伴わない形が多くなり、敬意もいっそう下落した、
とある(仝上)。また、
「いいやる」の音変化(デジタル大辞泉)
動詞「いう(言)」に親愛の意の助動詞「やる」の付いた「言いやる」が変化したもの。おっしゃる。対等または、対等に近い下位の者に使用する。親愛の関係でも用いる(精選版日本国語大辞典)、
という、
はて、そこな人は、無理なことを言やる人ぢゃ(狂言「柿売」)、
言やる、
は、「言う」の尊敬語で、
おっしゃる、
意となる。こうした背景から、
こころやる、
には、
尊敬、
の意がある。ところで、上述で、
心遣る、
の自動とした(大言海)、
こころゆく、
は、
か/き/く/く/け/け、
の、自動詞カ行四段活用で、
苦慮(おもひ)の行き失せて、心の和(な)ぐる意、多動には心遣ると云ふ、
とあり(大言海)、
こころゆくもの、よく書いたる女絵の、ことばをかしう付けて多かる(枕草子)、
と、
十分に満足して、気持ちが晴れ晴れする、
気が晴れる、心がせいせいする、
といった意で使う(広辞苑・学研全訳古語辞典)し、
初めより、母御息所(みやすどころ)は、をさをさ心ゆき給はざりしを(源氏物語)、
と、
乗り気になる、気に入る、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。現在では、多く、
こころゆくばかり、
こころゆくまで、
の形で用いられるので、
思い残すことがないほど十分に満足する、
気がすむ、
といった意も含まれる(精選版日本国語大辞典)。万葉集には、
わがやどに花そ咲きたるそを見れど情毛不行(こころモゆかず)はしきやし妹がありせば(万葉集)、
と、
心がなごむ(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
ふさいでいた気持が晴れて、満足する、念願を達して心が晴れ晴れする(精選版日本国語大辞典)、
と、
心が晴れる、
意の他に、
天雲のそくへの極(きは)み遠けども情志行(こころシゆけ)ば恋ふるものかも(万葉集)、
と、
思う心が相手に届く(精選版日本国語大辞典)、
こころはどんなに遠くでも通ってゆく(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
の意と、
こころが(そこまで)行く、
と、文字通りの意味で使っている(精選版日本国語大辞典)。
「遣」(ケン)の異体字、
𠳋(古字)
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A3より)。字源は、「こす」で触れたように、
会意兼形声。𠳋は「積み重ねた物+両手」からなり、両手で物の一部をさいて、人にやることを示す。遣は、それを音符として、辶(足の動作)を加えた字で、人や物の一部をさいて、おくりやること(漢字源)、
会意兼形声文字です。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「両手で束ねた肉を手にする」象形(「肉を保存食として軍隊が遠征につく」の意味)から、「つかわす(行かせる)」を意味する「遣」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1140.html)、
も、会意兼形声文字とする説もあるが、他は、
形声。辵と、音符𠳋(ケン)とから成る。ときはなす、釈放する意を表す。ひいて「つかわす」意に用いる(角川新字源)、
形声。原字「𠳋」は「𠂤(軍隊)」を遣わすさまを象る象形文字で、のち「辵」を加えて「遣」の字形となる[字源
1]。「つかわす」を意味する漢語{遣 /*kʰenʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A3)、
形声。声符は𠳋
(けん)。𠳋は𠂤(し)(脤肉)を両手で奉ずる形。軍行のとき、軍社や廟に祭った脤肉を奉じて行動したが、𠂤はその祭肉である脤肉の象形で、師旅の師の初文。これを携行し、その所在に榜示する字は𠂤+朿(し)で駐屯地、これを建物の中におくときは官。軍を分遣するときは、その脤肉を頒かってこれを奉じた。ゆえに分遣の意となり、遣贈の意となる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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真玉つくをちをし兼ねて思へこそ一重(ひどへ)の衣(ころも)一人着て寝(ぬ)れ(万葉集)
の、
真玉つく、
は、
をちの枕詞、
で、
玉をつける緒、
の意(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
をちをし兼ねて、
の、
をち、
は、
遠、
遠方、
とあて(広辞苑)、
未来を表わし、
ここでは、
将来のことを見通して、
として、
先々のことを今からよくよく考えてあなたのことを思っているからこそ、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
真玉つく、
は、
真玉付く、
とあて、枕詞として、
玉をつける「緒」と同音をもつ「遠(をつ)」にかかる(岩波古語辞典)、
玉之邑日女命(たまのむらひめのみこと)にかかる、また、珠につける緒と同音で「をち」などにかかる(広辞苑)、
玉をつける緒の意から、「を」と同音を含む「をちこち」「をち」にかかる(デジタル大辞泉)、
玉を付ける緒(を)の意から、「を」の音を含む「をち」「をちこち」にかかる(学研全訳古語辞典)、
玉をつける緒(を)の意で、「緒(を)」と同音を含む地名「越智(をち)」や、「彼方(をち)」「彼此(をちこち)」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
とされるが、
真玉、
は、
玉の美称、
とあり、
玉と云ふに同じ、
とされ(大言海)、
真玉、
の、
マは接頭語(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、
マは発語(大言海)、
マは玉の美称(広辞苑)、
とある。しかし、
真鳥、
で触れたように、
マ(真)、
は、
片(かた)の対、
で、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、
ま袖、
真楫(かじ)、
真屋、
では、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
ま心、
ま人間、
ま袖、
ま鉏(さい)、
ま旅、
等々では、
完全に揃っている、本格的である、まじめである、
などの意を添え、
ま白、
ま青、
ま新しい、
ま水、
ま潮、
ま冬、
等々では、
純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、
などの意を添え、
ま東、
ま上、
ま四角、
まあおのき、
真向、
等々では、
正確にその状態にある、
意を添え、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、
等々では、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用い、
真弓、
真澄の鏡、
等々では、
立派な機能を備えている、
意を表し、
真名、
では、
仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、
を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
真鴨、
真葛、
真魚、
真木、
ま竹、
まいわし、
等々では、
動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、
意を表す(岩波古語辞典)ので、この、
真玉、
の、
真、
は、
(玉が)立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として添えられていたとみていい。
真玉葛(またまづら)、
というと、
真玉手、
と同じように、
マもタマも美称、
で、
ツラはツル(蔓)と同根、
とある(岩波古語辞典)。
真玉葛(またまづら)、
は、
サナカヅラ、
の別名、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
玉葛、
玉蔓、
玉鬘、
とあてる、
たまかづら、
が、
つる性の植物の美称、
とも、
ヒカゲノカズラ、
ヘクソカズラ、
ビナンカズラ(さねかづら/さなかづら)、
ともいわれており、
真、
と
玉、
を重ねて美称するだけの理由があった、とみていいのだろう。
真玉付く、
の、
つく、
は、五(四)段型活用の動詞、
付く、
からきて、多く、接尾語として、
秋づく、
元気づく、
おじけづく、
愛嬌(あいぎやう)づく、
色気づく、
産気づく、
等々、「付く」が名詞と熟合して連濁した形で、
づく、
となり、
等々、名詞またはそれに準ずる語に付いて動詞をつくり、
そのような状態になる、そういうようすが強くなる、
という意を表し(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、五段活用の動詞をつくるが、これに似ているのが、
がたつく、
ふらつく、
ぶらつく、
と、
擬声語・擬態語などに付いてこれを動詞化し、そのようなようすを示す状態である意を表す、
という使い方をする。
真玉付く、
の
付く、
は、それとは異なり、元の動詞、
つく、
の意味を反映しているように思う。動詞、
つく、
は、
か/き/く/く/け/け、
の、自動詞カ行四段活用で、
突く、
衝く、
撞く、
搗く、
吐く、
付(附)く、
点く、
憑く、
着く、
就く、
即く、
築く、
等々さまざまに当てるが、辞書によって使い分け方は違うが、『大言海』は、
付(附)く・着く・就く・即、
と
衝く・突く、
と
漬く、
と
築く、
と
尽く、
に分け、『岩波古語辞典』は、
付(附)く・着く・就く、
と
突く・築く、
と、
漬く、
と
尽く・涸く、
に分けているが、『広辞苑』は、もう少し細かく、
付く・附く・着く・就く・即く・憑く、
と
吐く、
と
尽く・竭く、
と
突く・衝く・撞く・築く・搗く・舂く、
と
漬く、
を分けて載せている。細かな異同はあるが、
尽く、
は、語源が、
着きの義(言元梯)、
ツはツク(突)の義(国語溯原)、
ツカル(疲る)と同源(岩波古語辞典)、
ツメキル(詰切)の義(名言通)、
とあり、
付く、
に関わる。
吐く、
は、
突くと同源(広辞苑)、
とあり、
突く、
は、
抵抗のあるものの一点をめがけて腕・棒・剣などの先端を強くあて、また貫く(広辞苑)、
意で、
付の義(国語本義)、
ツク(着)の義(言元梯)、
とがったもので物を突くときの音から(国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹)、
ツヨク(強來)の義(日本語原学=林甕臣)、
ツムガルの義。ツムガルはツムガリの太刀のタツムガリから(名言通)、
つく(付・着)と同語原、強く力を加えると、突くちなります。ツクの強さの質的な違いは、中国語源(漢字)によって区別しています(日本語源広辞典)、
と、やはり、
付く、
にたどり着く。で、
付く、
は、
粘着する時の音からか(日本語源=賀茂百樹)、
ウツク(空來)の略(日本語原学=林甕臣)、
ツガス(次)の義(名言通)、
付着するの意、離れない状態となる意(日本語源広辞典)、
とあるが、どうも、
付着、
の含意のようである。で、おおまかに、
「付く・附く・着く・就く・即く」系、
と
「突く・衝く・撞く(・搗く・舂く・築く)」系、
に分けてみることができる。しかも、語源を調べると、
「突く・衝く・撞く」系の「突く」も、
付く、
に行き着くようだ。
つく、
で触れたことだが、文脈依存の和語は、その使われる場面場面で、当事者に意味がわかればいいので、その都度意味が了解されていた。しかし、口頭ではなく、文章化されるにあたって、意味を使い分ける必要が出る。そこで、さまざまに漢字を当てて使い分けを図った、と見ることができる。
漢字の意味の違いを見てみると、
「付」は、つける、つく、手をつける(日本語源広辞典)、付着する(漢字源)、
「着」は、着る(仝上)、つけてはなさない(漢字源)、
「著」は、書き表す、着物を着る(仝上)、
「附」は、丘についた小さい山、付属するの本来の文字(仝上)、ぴたりとよりそう(漢源)、
「就」は、人の住みつく所(仝上)、ある物事・人物につき従う(漢字源)、
「即」は、そばにくっつく(漢字源)、
「突」は、にわかに突き当たる義、衝突・猪突・唐突(字源)、突き出る(日本語源広辞典・漢字源)、
「衝」は、つきあたる、折衝と用いる。また通道なり(字源)、路上でドンと突き当たる(日本語源広辞典)、
「搗」は、うすつくなり(字源)、長くつづけてつく(日本語源広辞典)、
「撞」は、突也、撃也、手にて突き当てるなり(字源)、手でドンとつく(日本語源広辞典)、
「築」は、きつくと訓む。きねにてつきかたむるなり(字源)、
「憑」は、よりかかる、たよりにする(漢字源)、
「漬」は、ひたす、幾つも積み重ねる(漢字源)
「舂」は、うすつく、うすで粟などの穀物をつく(漢字源)、
とある。どうも、原点は、
付く、
に行き着くような気がする。その本来の意味は、
二つ以上のものが、ぴったりとひとつになって離れず、一体化する意。類義語ヨル(寄)はちかづく動きそのものに主点を置いていうに対し、ツクは一体化する結果に主点を置く語。現代におけるよりも、同化・一体化の観念の濃い用法が多い、
とあり(岩波古語辞典)、その語源は、
ツク(付着する)です。離れない状態となる意です。役目や任務を負う意にもなります(日本語源広辞典)、
とあるが、上述したように、
粘着するときの音からか(日本語源)、
ともあるので、擬音語ないし、擬態語の可能性がある。そこから、たとえば、『広辞苑』によれば、
二つの物が離れない状態になる(ぴったり一緒になる、しるしが残る、書き入れる、そまる、沿う、注意を引く)、
他のもののあとに従いつづく(心を寄せる、随従する、かしずく、従い学ぶ)、
あるものが他のところまで及びいたる(到着する、通じる)、
その身にまつわる(身に具わる、我がものとなる、ぴったりする)、
感覚や力などが働きだす(その気になる、力や才能が加わる、燃え始める、効果を生じる、根を下す、のりうつる)、
定まる、決まる(定められ負う、値が定まる、おさまる)、
ある位置に身を置く(即位する、座を占める、任務を負う、こもる)、
(他の語につけて用いる。おおくヅクとなる)その様子になる、なりかかる(病みつく。病いづく)、
と、その使い分けを整理している。
どうやら、二つのもの(物・者)の関係を言っていた「つく」が、
ピタリとくっついて離れない状態、
から、その両者の、
それにぶつかる状態、
にまで広がる。しかし、両者のぶつかりが極まり、
それを突き抜けると、
漬く、
に行く。「漬く」は、
ひたる、
とか
つかる、
状態である。
真玉つく、
の場合、そう考えると、
真玉をつけている、
という意味で、
ぴたりとくっついて離れない、
付く、
なのだろうが、
緒を通す、
意なら、
貫く、
意味で、
突く、
でもいいのかもしれない。
口頭で、その場その場で会話している限り、当事者には区別がつく。漢字が必要になるのは、文字表現が必要になって以降に違いない。しかし、文字に置き換えようとすると、
都伎(古事記)、
や
都気(万葉集)、
と表記していた音を漢字に置き換える必要が生まれる。
つく、
の、状況に応じて使い分けていた意味の幅を、そのニュアンスを表現できる漢字を選んであてはめて、表現しようとし、やがては、より抽象度を高めて表現する必要から、
「都伎」は、「付き」
に、
「都気」は、「着き」
に、置き換えられていく。表現の空間の自立と相まって、言語は、文脈を離れて自立をせざるを得なくなる。
「玉」(漢億ギョク、呉音コク)の異体字は、
玊、軉、𨉗(軉の類推簡化字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%89)。字源は、「五月(さつき)の玉」で触れたように、
象形。細長い大理石の彫刻をえがいたもので、かたくて質の充実した宝石のこと。三つの玉石をつないだ姿とみてもよい。楷書では王と区別してヽ印をつける(漢字源)、
象形。複数の玉を紐で連ねたさまを象る。「たま」を意味する漢語{玉 /*ŋ(r)ok/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%89)、
象形。たまをいくつもひもで通した、かざりだまの形にかたどる。「たま」の意。楷書では、王(おう)とのまぎらわしさを避けるため、点を加えて玉と書く(角川新字源)、
象形文字です。「3つの美しいたまを縦に紐(ひも)で通した」象形から「たま」を意味する「玉/⺩」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji190.html)、
象形。玉を紐で貫いた形。佩玉の類をいう。〔説文〕一上に「石の美なるもの、五徳有る者なり」とし、「潤澤にして以てなるは仁の方なり」など、仁義智勇汲フ五徳を説く。そのことは〔荀子、法行〕〔管子、水地〕にみえる。玉は魂振りとして身に佩びるほか、呪具として用いられたもので、殷の武丁の妃とされる婦好墓からは、多くの精巧な玉器が発見されている。玉の旧字は王。王は完全な玉。玉は〔説文〕一上に「朽玉なり。王に從うて點有り。讀みて畜牧(きうぼく)の畜の若(ごと)くす」(段注本)とあり、瑕(きず)のある玉をいう。〔詩、大雅、民労〕「王、女(なんぢ)を玉にせんと欲す」の玉は、おそらくその畜の音でよみ、「好(よみ)す」の意に解すべきであろう(字通)、
と、象形文字としている。
「附」(@漢音フ・呉音ブ、A漢音ホウ・呉音ブ)の異体字は、
付(別字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%84)、字源は、
形声。「阜」+音符「付 /*PO/」。漢語{附 /*b(r)os/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%84)、
形声。阜と、音符付(フ)とから成る。小さいおかの意を表す(角川新字源)、
の形声文字説に対し、
会意兼形声。付は「人+寸(手)」の会意文字で、手をぴたりと他人のからだにくっつけることを示す。附は「阜(土もり)+音符付」で、もと土をくっつけた土盛のこと。のち付と通用する。「付」は、突けるの意に、「附」は搗くの意に用いるのが例であったが、混用される(漢字源)、
会意兼形声文字です(阝+付)。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味⦆と「横から見た人の象形と右手の手首に親指をあて脈をはかる象形」(「人に手で物を与える・頼む・つける」・「封」に通じ(「封」と同じ意味を持つようになって)、「小山」の意味)から、「つく」、「つける」、「小さい丘」を意味する附」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2018.html)、
と、会意兼形声文字説がある。
「付」(漢音呉音フ)の異体字は、
附(別字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%98)。字源は、
会意文字。付は「人+寸(手)」の会意文字で、手をぴたりと他人のからだにくっつけることを示す(漢字源)、
会意文字です(人+寸)。「横から見た人」の象形と「右手の手首に親指をあて脈をはかる」象形(「手」の意味)から人に手で物を「つける」を意味する「付」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji571.html)、
会意。「人」+「寸」(手)、持っている物を人に与える様子。「与える」を意味する漢語{付 /*p(r)os/}を表す字。
また一説に、背後から人を前に押して倒すさまを象った字。「押す」を意味する漢語{拊 /*ph(r)oʔ/}を表す字。のち仮借して{付}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%98)、
会意。人と、又(ゆう)(手に持つ。寸はその変形)とから成り、手で物を持って人にあたえる意を表す(角川新字源)、
会意。人+寸。寸はものを手にもつ形。〔説文〕八上に「與ふるなり。寸に從ふ。物を持して人に對(こた)ふ」とあり、付与の義とする。付託・付与の意がある(字通)、
と、すべて会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
上へ
真玉つくをちをし兼ねて思へこそ一重(ひどへ)の衣(ころも)一人着て寝(ぬ)れ(万葉集)
の、
真玉つく、
は、
をちの枕詞、
で、
玉をつける緒、
の意、
真玉つくをちをし兼ねて思へこそ、
は、
先々のことを今からよくよく考えてはあなたのことを思っているからこそ、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
をち、
は、
遠、
遠方、
とあて(広辞苑)、
「こち」「そち」の対(広辞苑)
元来、遠く隔たった向こうの意。代名詞的に、「かなた」「あちら」の意にも用いる(デジタル大辞泉)、
上代においては、方向を表わす代名詞は、指示代名詞に「ち」を付けて、「こち」「そち」等の言い方をするが、遠称にはこのような言い方がなく、「をち」「かなた」がこれを代用している(精選版日本国語大辞典)、
とあり、由来は、
「をととし」の「をと」と同語原か、一説に、海の意を表すワタの母音交替によってできたとする(広辞苑)、
隔路(へぢ)の義(大言海)、
コチ(近)のコの発音と対蹠的な発音ヲをもって、近に対する意を表したもの(国語溯原=大矢徹)、
遠方のものは小さく見えるところから、ヲは小、チはカタ(力)のタの転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ホチ(隔所)の義(言元梯)、
遠い方をいうアチと通じる(和訓栞)、
カノチ(彼内)の義(名言通)、
トヲキ地の上下略か(和句解)、
等々とあるが、どうもはっきりしない。ただ、
をととし、
の、
をと、
との関連が気になる。
をととし(一昨年)、
の語源は、
「おちとし(遠年)」の音変化という。「おとどし」とも(デジタル大辞泉)、
ヲチトシ(遠年)の転という(広辞苑)、
ヲトはヲチ(遠)の古形(岩波古語辞典)、
ヲチトシ(遠年)の転(類聚名物考・和訓栞・大言海・国語音韻論=金田一京助)、
ヲチツト(遠年)の転(言元梯)、
ヲチは、中に介在するものを越した彼方を意味する語で、去年の向こうになっている前の年の意である(若水の話=折口信夫)、
オトトシ(乙年)の義(名語記)、
ウトトシ(疎年)の転(和句解)、
等々、結局、
ヲチ、
以上には遡れない。折口の、
ヲチは、中に介在するものを越した彼方を意味する語で、去年の向こうになっている前の年の意、
で、
ヲチ、
の距離感がよく分かるだけである。で、
をち、
は、
白雲の八重に重なるをちにても思はん人に心へだつな(古今和歌集)、
と、
遠く隔たっている場所、
を指し(遠称)、また、
ある範囲にはいらない場所、
をもいう(精選版日本国語大辞典)が、時間に転じて、
遠く隔たっている時、
を指す(遠称)が、「万葉集」では、冒頭の歌もそうだが
このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥(たまくしげ)明けてをちよりすべなかるべし、
と、未来を表わし、
(一夜明けた)明日からはどう過ごしてよいのやらなすすべもなくなることでしょう、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。それが、中古では、
昨日(くのふ)よりをちをばしらず百年(ももとせ)の春の始めは今日(けふ)にぞ有りける(拾遺和歌集)、
と、過去を表わし(精選版日本国語大辞典・広辞苑)、
(昨日より)以前のことは知らないが(百年続く(中宮さまの)春は今日なのでした)、
と、訳している(水垣久訳注『拾遺和歌集』)。
「遠」(漢音エン、呉音オン)の異体字は、
远(簡体字)、逺(俗字)、𢕱、𨖸、𫟨(俗字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0)、字源は、「遠名」で触れたように、
会意兼形声。「辵+音符袁(エン 間があいて、ゆとりがある)」(漢字源)、
会意兼形声文字です(辶(辵)+袁)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「足跡の象形と玉の象形と身体にまつわる衣服のえりもとの象形」(衣服の中に玉を入れ、旅立ちの安全を祈るさま(様)から、「とおざかる」の意味)から、「とおくへ行く」を意味する「遠」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji212.html)、
と、会意兼形声文字とするものがあるが、他は、
形声。「辵」+音符「袁 /*WAN/」。「とおい」を意味する漢語{遠 /*wanʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0)、
形声。辵と、音符袁(ヱン)とから成る。距離が長い、ひいて「とおい」意を表す(角川新字源)
形声。声符は袁(えん)。〔説文〕二下に「遼(はる)かなり」とし、遼と互訓。袁は死者の衣襟のうちに玉(〇)を加え、枕もとに之(あし、はきもの)を加えて、遠く送る意。それより遠方・遐遠の意となる(字通)
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
上へ
新治(にいばり)の今作る道さやかにも聞きてけるかも妹が上(うへ)のことを(万葉集)
の、
上二句は序、「さやかに」を起こす、
とし、
新道がすっきり見える意、
で、
新しく切り開いて今出来上がったばかりの道、その道がくっきりと見通せるように、はっきり聞くことができた、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
新治、
は、
新墾、
とも当て、
にひはり、
にひばり、
とも訓ませ、
まだ人の手の入っていない土地を切り開くこと(岩波古語辞典)、
新しく開墾すること(デジタル大辞泉)、
また、
新たに造った田畑や道、
をいう(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
新田、
新墾、
ともいう(大言海)。和名類聚抄(931〜38年)に、
常陸國、新治、爾比波里、
とある。
新しく切り開いた道を、
新治道(にひばりみち)、
と呼んだりする(精選版日本国語大辞典)。
さやか、
の、
さや、
は、
清、
明、
とあて(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、多く、
「に」を伴って用いられ、
日の暮(ぐ)れに碓氷(うすひ)の山を越ゆる日は夫(せ)なのが袖も佐夜(サヤ)に振らしつ(万葉集)、
と、
あざやかなさま、はっきりしているさま、
の意、
ささの葉はみ山も清(さや)にさやげども我(われ)は妹思ふ別かれきぬれば(万葉集)、
と、
音が静寂を乱してひびくさま、木の葉などがざわめくさま、
を表し、
ざわざわ、
さらさら、
の意、
鈴はさや振る藤太(とうた)巫女(みこ)(梁塵秘抄)、
と、
音色などの澄んでいるさま、また、澄んで快いさま、
を表わす(精選版日本国語大辞典)など、
視覚的・聴覚的に清らかですがすがしいようすを表す
とされる(学研全訳古語辞典)。この意から派生したものに、視覚的には、
さやか、
さやむ、
さやけし、
があり(聴覚的には、
さやぐ、
がある(精選版日本国語大辞典)としている(「さやぐ」については「そよぐ」で触れた)。また、
さや、
は、他に、
葦原の密(しけ)しき小屋(をや)に菅畳(すがたたみ)いや佐夜(サヤ)敷きて我(わ)が二人寝し(古事記)、
と、
清らかなさま、さっぱりしたさま、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)。この、
さや、
は、
沍(さ)ゆと通ず(大言海)、
「冴ゆ」と同源(広辞苑)、
「さゆ(冴)」も同根(精選版日本国語大辞典)、
とある。
さや、
に、接尾語、
か、
を添えたのが、
さやか、
で、
分明、
亮か、
とあて(岩波古語辞典・大言海)、また、
明か、
清か、
とも当て(広辞苑・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
か、
を下接することによって、情態性が確かとなり、「さやに」にとってかわった、
とある(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。これと成立方法が同じ語として、
タシニ→タシカニ、
ユタニ→ユタカニ、
がある(仝上)としている。字鏡(平安後期頃)に、
ン、日晴也、佐也加爾、
とあるように、
群鳥(むらとり)の朝立ち去(い)にし君が上(うへ)は左夜加爾(サヤカニ)聞きつ思ひしごとく(万葉集)、
と、
(よく分かるように際立って)はっきりとしているさま。
明るく清らかであるさま、
あきらか、
はっきり、
明瞭、
といった意や、それをメタファに、聴覚に転じ、
天皇(すめらみこと)、異(あやし)むて琴(こと)に作(つく)らしむ。其(そ)の音(こえ)、鏗鏘(サヤカ)にして遠(とを)く聆(きこ)ゆ(日本書紀)、
と、
音声が高く澄んでいるさま、
さえてよく聞こえるさま、
の意や、視覚的に、
秋の夜の月にかさなる雲はれて光さやかに見るよしもがな(後撰和歌集)
と、
冴えてくっきり見えるさま、
の意でも使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。この由来は、
サユ(冴)と同根、冷たく、くっきりしているさま。類義語アキラカは、はっきりして、隈なくみえるさま(岩波古語辞典)、
冴えると同源(広辞苑)、
サヤは、清(さや)なり。(「さやかに」という)カニは、副詞を形作る辞(静かに、定かに)(大言海)、
擬声語サヤにカの接続した語(時代別国語大辞典-上代編)、
サユルから出た形容語幹(国語の語根とその分類=大島正健)、
スカイヤカ(清弥)の義(言元梯)、
サヤカ(タ弥明)の義(柴門和語類集)、
サは小、ヤは疑、いかに小さいものも疑わしいものも皆アカシという義(国語本義)、
サダカと同意か、またサワヤカからか(和句解)、
等々ととあるが、
さゆ、
で触れたように、
冴ゆ、
は、
沍(さ)ゆ、
とも当て、
さざ浪や志賀の唐崎さえて比良 (ひら) の高嶺にあられ降るなり(新古今和歌集)、
と、色葉字類抄(1177〜81)に、
冴、サユ、
凍、サユ、
とあるように、
冷え込む、
冷たく凍る、
意だが、それをメタファに、
山かげや岩もる清水音さえて夏のほかなるひぐらしの声(千載集)、
雪うち散りつつ、いみじく激しくさえ凍(さゆ)る暁がたの月の、ほのかに濃き掻練(かいねり)の袖に映れるも(更科日記)、
浜名の橋を渡り給へば松の梢に風冴えて入江に騒ぐ波の音(平家物語)
等々と、
光、音、色などが、冷たく感じるほど澄む、
また、
まじりけがないものとしてはっきり感じられる、澄みきる、
意で(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
冴ゆる夜、
冴ゆる月、
冴ゆる星、
冴ゆる風、
声冴ゆる、
影冴ゆ、
等々と使い、さらに、それをメタファに、
万葉はげに代もあがり、人の心もさえて(「毎月抄(1219)」)、
眠られぬ儘に過去(こしかた)将来(ゆくすゑ)を思ひ回らせば回らすほど、尚ほ気が冴(サエ)て眠も合はず(浮雲)、
と、
気持が純粋で澄みきる、
目や頭の働き、神経、気持などがはっきりする、
意で使ったり、
さえた腕の職人だ、
包丁さばきがさえる、
というように、
技術があざやかである、
すぐれている、
意でも使う(仝上・デジタル大辞泉)ので、同源の、
冴ゆ、
と
さや、
とが、意味の上でも重なるのではないか。
さやけし、
については触れた。
「清」(漢音セイ、呉音ショウ)の異体字は、
C(旧字体)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B8%85)。字源は、
会意兼形声。青(セイ)は「生(芽ばえ)+井戸の中に清水のある姿」からなり、きよくすんだことを示す。清は「水+音符青」で、きよらかに澄んだ水のこと(漢字源)、
会意兼形声文字です(氵(水)+青())。「流れる水」の象形と「草・木が地上に生じてきた象形(「青い草が生える」の意味)と井げた中の染料の象形(「井げたの中の染料(着色料)」の意味)」(「青くすみきる」の意味)から、水がよく「澄んでいる・きよい」を意味する「清」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji586.html)、
と、会意兼形声文字とするものと、
形声。「水」+音符「青 /*TSENG/」。「きよめる」を意味する漢語{清 /*tsheng/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B8%85)、
形声。水と、音符(セイ)とから成る。水が澄んでいる、ひいて「きよい」意を表す化(角川新字源)、
と、形声文字とするものとに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
山背(やましろ)の石田(いはた)の杜(もり)に心おそく手向(たむけ)けしたれや妹に逢ひかたき(万葉集)
の、
心おそく、
は、
心鈍く、なおざりに、
の意、
いい加減に幣(ぬさ)を手向けたとでもいうのか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
心おそし、
は、
心鈍し、
とあて、
心疾(と)し、
の対(岩波古語辞典)とあり、
心の働きが鈍い、
心がこもっていない、
意で(広辞苑)、冒頭の歌のように、
熱心でない、
いいかげんである、
意とも、
はかなきふる歌・物語などやうのすさび事にてこそ……思ひ慰むるわざなめれ。さやうの事にも、心をそく物し給ふ(源氏物語)、
と、
気がきかない、愚鈍である、
意ともなるが、後者の場合、
こころおぞし、
と濁る(精選版日本国語大辞典)。
心疾し、
は、
心の働きがはやい、
意で(広辞苑)、
うちほほゑみての給ふ御気色を、心ときものにて、ふと思ひよりぬ(源氏物語)、
と、
頭の回転がすばやい、機敏である、
意や、
心ときひとの御目には、いかが見給ひけむ(仝上)、
と、
察しがよい、
意や、
一重なるが先づ咲きて散りたるは、心とく、をかし(徒然草)、
と、
気ぜわしい、気が早い、せっかちである
の意でも使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
おそし、
は、
遅し、
鈍し、
とあて、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
はやし(速)、
とし(疾)、
の対、生長力・生命力の活動が、にぶく、少ない意、
とあり(岩波古語辞典)、
おそし、
の対義語には、
「はやし」と「とし」の二語があったが、「とし」は多義性(疾・利・敏・鋭)の語であったので別の意に重点が移り、「疾し」の意では「はやい」一語に統合された。現在では速度の意、時間的経過の後になる意ともに対義語は「はやい」である、
とある(精選版日本国語大辞典)。
遅し、
とあてる、
おそし、
は、
爰に百足、馬に乗りて緩(オソク)来たり(日本書紀)、
と、
動作や作用に時間がかかる、速度がゆるやかである、のろい、
意(「疾(と)し」が対)や、
群卿百寮早く朝(まゐ)り、晏(オソク)退(まか)でよ(日本書紀)、
と、
時がたっている、
意(「はやい」が対)で、夜が更けていることをいう場合が多い(精選版日本国語大辞典)とあり、
我(あ)が夫君尊(なせのみこと)、何(なぞ)晩(ヲソク)来(いでま)しつる。我已に湌泉之竈(よもつへぐひ)せり(日本書紀)、
と、
適当な時間を過ぎている、時機に遅れている、間に合わない、手遅れ、
の意(この場合、「晩い」とも表記する)、
門(かど)をおそく開けければ、たびたび御消息(せうそこ)言ひ入れさせ給(たま)ふに(大鏡)、
と、「おそく+動詞」の形で、
なかなか…しない、
意や、
いとどとく車より降り給ふやおそきと、北の方「あこぎ」とて呼びののしり給へば(落窪物語)、
と、「…おそしと」などの形で、
……を待ちかねて、
……するや否や、
の意を表わしたりする(瀬精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)。
鈍し、
とあてる、
おそし、
は、冒頭の、
山背(やましろ)の石田(いはた)の杜(もり)に心おそく手向(たむけ)したれや妹に逢ひ難き(万葉集)、
と、
なおざりに、いい加減に、
の意(伊藤博訳注『新版万葉集』)や、
さやうのことにも心おそく物し給ふ(源氏物語)、
と、
(頭の働きが)にぶい、巡りが悪い、愚かである、鈍(おぞ)い、
意(「鋭(と)し」「はやし」が対)で使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。和名類聚抄(931〜38年)に、
駑馬、於曾岐馬、
字鏡(平安後期頃)に、
遲、於曾志、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
鈍、ニブシ・オボツカナシ・アキラカニ・ナマリ、
遲、ヲソシ・ヌルシ・シメヤカナリ・マツ・コロホヒ・ヤウヤク・オモフ・ネガフ・ムカフ・オクレヌ・ウルハシ、遲々、ウラウラ、
音訓篇立(字鏡(平安後期頃)の抄略には、
鈍、ニブシ・ユルルカ・オソシ
とあるが、この、
おそし、
の由来は、
オクルル(後)と通うか、ソは不詳だが、ホソキ(細)のソなどと同じく、助声か(国語の語根とその分類=大島正健)、
おくそ(後所)の義(言元梯)、
ヲソロシの中略か(和句解)、
もう少しオス(押)べき状態にあることで、オス(押)からの変化(オスの派生形容詞)(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)、
オソ(悪い状態、空虚)+シ(形容詞語尾)、仕事や行動が順調でない意(日本語源広辞典)、
とあるが、どうもすっきりしない。対語の、
はやし、
は、
疾風(はやて)、
の、
はや、
だと思うが、これも、
ハヤ(栄)、目だつ+シ(日本語源広辞典)、
ハセヤシ(馳矢如)の義(日本語原学=林甕臣)、
ハヤシキ(羽矢如)の義(名言通)、
ハヤは羽矢の義、シは助語(和訓栞)、
ハは開く、ヤは飛び走る意(国語本義)、
ハヤはヘヤ(経矢)の義(言元梯)、
ハヤス(囃)・ハヤル(流行)と同根、ハヤは活動力をもって前へすすむ意。時間に転用して、時の経過が少なくて事が済む意。類義語トシ(疾・鋭)は即座に鋭く他の者に働きかける力あるさまをいう(岩波古語辞典)、
等々とあるが、今一つすっきりしない。古くから、
早足、
早口、
と使う、
早、
とあてる、
早、
があり、
我(わ)が宿の松の葉見つつ我(あ)れ待たむ早帰りませ恋ひ死なぬとに(万葉集)、
と、
早く帰ってください、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)、副詞として使う、
早く、
の意の、
はや、
がある。単純に考えて、この、
はや、
ではないのか。ま、憶説だが。
はやい、
の意のことばには、平安時代、和文においては、
はやし、
とし、
漢文訓読語では、
すみやか、
があり、この違いを、「今昔物語集」などの説話集について見るかぎり、
とし、
が、
時期・時刻に重点を置いて早いことをいう、
のに対し、
はやし、
は、
動作そのものに重点があって敏速であること、
を表わし、
すみやか、
は、
遅滞なく、躊躇せずに、といった表現主体の心的作用に重点の置かれる語である、
としている(精選版日本国語大辞典)。
とし、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
利し、鋭し、
疾し、鋭し、
疾し、迅し、
敏し、聡し、
等々と当て分け(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、字鏡(平安後期頃)には、
儇人+罒+水、捷也、疾也、止志、
とある。
「利し」「鋭し」は、
鋭い、よく切れる(万葉集「剣太刀(つるぎたち)諸刃(もろは)の利(と)きに足踏みて死なば死なむよ君によりては」)、
の意であり、
「疾し」「鋭し」は、
激しい、強烈だ(万葉集「ぬば玉の夜さり来れば巻向の川音高しも嵐かも疾(と)き」)、
「疾し」「迅し」は、
すばやい、進みが早い(土佐日記「ふねとくこげ、日のよきに」)、
意と、
時期が早い(徒然草「とき時は則ち功ありとぞ論語と云ふ文にも侍るなり」)、
「敏し」「聡し」は、
悟ることが早い、畏い、鋭敏だ(枕草子「大蔵卿ばかり耳とき人はなし」)、
と、当てる漢字で、意味が微妙に変わる。
とし、
の語源は、
トグ(磨)と同根。即座に鋭く働きかける力のあるさま、
とある(岩波古語辞典)。
とぐ、
は、
研ぐ、
磨ぐ、
と当て、
トシ(利)と同根、
とあり、
砥石ですって鋭くする、
意が載る。大言海は、「とぐ」について、
と(利)を活用す、
とある。
と(利)、
は、
「と」は名詞で、鋭い心、しっかりした心(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
形容詞「とし(利)」または「とし(疾)」の語幹から(精選版日本国語大辞典)、
形容詞「と(利)し」の語幹から(デジタル大辞泉・広辞苑)、
と、多く、
するどい、すばやい、しっかりした、
等々の意で、
とめ(利目)、
とかま(利鎌)、
とごころ(利心)、
のよう複合語の形で用いられる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
とし、
は、この、
と(利)、
からきている。
はやい、
は、
早い、
速い、
疾い、
捷い、
とあて、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、大まかに、用例は二つに分けられ、ひとつは、
(「おそい」の対で)速度が大である、すみやかである、また、敏速で激しい、
意味で、
遠くありて雲居に見ゆる妹が家に早(はやく)至らむ歩め黒駒(くろこま)(万葉集)、
と、
動作や作用に時間がかからない、行動や変化の実現に要する時間が短い、迅速である、
意や、
婦負川(めひがは)の波夜伎(ハヤキ)瀬ごとに篝(かがり)さし八十伴(やそとも)の緒は鵜川(うかは)立ちけり(万葉集)、
と、
動く速度が大である、スピードが大である、
意、
ちはやぶる宇治の渡りに棹(さを)取りに波夜祁(ハヤケ)む人しわが許(もこ)に来(こ)む(古事記)、
と、
人の行為、頭や心の働きが鋭くすぐれている、敏捷である、鋭敏である、すばしこい、さとい、
意や、転じて、嗅覚的に、
梅花はなやかに今めかしう、少しはやき心しらひを添へて、めづらしきかをり加はれり(源氏物語)、
と、
(香について)激しい、きつい、鋭い、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。いまひとつは、
(「おそい」の対で)時間的に先である、時間が少ししか経過していない、時機がまだ来ていない、
意味で、
朝烏(あさがらす)早(はやく)な鳴きそ我(わ)が背子が朝明(あさけ)の姿見れば悲しも(万葉集)、
と、
ある期間にはいってから間がない、早期である、
また、
時期や時間的に、ふつうより前である、
意や、
明日よりは恋ひつつ行かむ今夜(こよひ)だに早く宵(よひ)より紐解け我妹(わぎも)(万葉集)、
と、
その時期に達していない、適当な時間までにまだ間がある、
意などで使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
「鈍」(漢音トン、呉音ドン)は、
会意兼形声。屯(トン・チュン)は、草の生気がずっしりと地下にこもり、芽をふこうとするさま。鈍は「金+音符屯」で、金属のかどがずっしりと重くふくれて、とがっていないこと(漢字源)、
以外は、すべて、
形声。「金」+音符「屯 /*TUN/」。切れ味が鈍いことを意味する漢語{鈍 /*duuns/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%88%8D)、
形声。金と、音符屯(トン)とから成る。切れ味の悪い刀剣の類、ひいて「にぶい」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は屯(とん)。屯にまるくかたまる意がある。〔説文〕十四上に「錭(にぶ)きなり」、また前条に「錭は鈍(にぶ)きなり」とあり、互訓。鈍刀の意。人に移して魯鈍の意とする(字通)、
形声文字です(金+屯)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土中に含まれる「金属」の意味)と「乳児が髪を束ね飾った象形」(「たばねる」の意味だが、ここでは、「頓(とん)」に通じ(同じ読みを持つ「頓」と同じ意味を持つようになって)、「つまずく」の意味)から、切れ味の悪い金属を意味し、そこから、「にぶい」を意味する「鈍」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1098.html)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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菅(すが)の根のねもころごろに照る日にも干(ひ)めや我(わ)が袖妹に逢はずして(万葉集)
の、
菅の根の、
は、
ねもころごろに、
の枕詞、
ネの同音でかかる、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ねもころに、
で触れたように、
菅の根のねもころごろに我(あ)が思へる妹によりては言の忌(いみ)もなくありこそと(万葉集)、
の、
ねもころごろに、
は、
ネモコロのコロを重ねた形、
で、
懃懇に、惻隠惻隠に(岩波古語辞典)、
懇ろごろに(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
と当て、上掲の、
菅の根のねもころごろに我(あ)が思へる妹によりては言の忌もなくありこそと(万葉集)、
では、
こころこまやかに、
の意(仝上)だが、ここでは、
ねんごろに思っている、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。しかし、冒頭の、
菅の根のねもころごろに照る日にも干(ひ)めや我(わ)が袖妹に逢はずして、
では、
すみずみまで、
至らぬところなく、
の意(仝上)でも使い、ここでは、
じりじり照りつける、
と訳している(仝上)。
ねもころに、
の、
ねもころ、
は、
懇、
と当て、
ねんごろ、
の古い形(精選版日本国語大辞典)で、後に、
ねもごろ、
とも変ずる(仝上)。今日使う、
ねんごろ、
は、
「ねもころ」の変化した語、
である(仝上)。中世に入り、
ねもころ→ねむころ→ねんごろ、
と変じて行った(日本語源大辞典)。
ねもころ、
は、
懇、
の他、
惻隠、
とも当て(岩波古語辞典)、
根モコロの意、モコロは、同じ状態にある意、草木の根が、こまかにからみあって土の中にあるのと同様にの意(岩波古語辞典)、
ネは根、ゴロは如の義、草木の根の行き渡るがごとき心配りの意(万葉集類林・俚言集覧・和訓栞・日本語源=賀茂百樹)、
ネは根なり、モコロは如の義、物の極と等しくの意ならむ(大言海)、
ネモは字音語ネム(念)、コロは形容詞クルシ(苦)の語根(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
ネキモトメコル(願求凝)の義(名言通)
音も児等の義、児らに対するように世話をやく意(国語溯原=大矢徹)、
ネは系、モコロは庶兄弟姉妹の意、近親者の転義(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々とあるが、後述のように、使用例をみると、
根、
と深くつながっていることがわかる。ちなみに、
もころ、
は、
如、
若、
と当て、上代、
ごと(如)、
にあたり、
同じような状態、
よく似た状態、
の意で、
……の如く、
と、
常に他語による修飾をうけ、副詞的に用いる、
とある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
もころ、
は、
形容動詞ナリ活用、
で、
おしてる難波の菅(すげ)の根毛許呂爾(ねモコロニ)君が聞こして年深く長くし言へばまそ鏡磨(と)ぎし心をゆるしてし(万葉集)、
と、
こまやかに情の絡むさま、
や、
あしひきの山に生ひたる菅の根のねもころ見まく欲しき君かも(万葉集)、
と、
こまやかに周到にものを見るさま、
や、
菅の根のねもころ君が結びてし我(わ)が紐の緒を解く人はあらじ(万葉集)、
と、
濃やかに心をつかうさま、
の意で使い、副詞として、
見わたしの三室の山の巌(いはほ)菅(すげ)ねもころ我は片思(かたも)ひぞする(万葉集)、
と、
入念に、
心から、
心をこめて、
等々の意でも使うが、
思ふらむ人にあらなくにねもころに心尽して恋ふる我(あ)れかも(万葉集)、
と、
ねもころに、
の形でも、同じ意味で使う(岩波古語辞典)。
「懇」(コン)は、「ねもころに」で触れたように、
会意兼形声。「心+音符貇(コン)」で、心をこめて深く念をおすこと(漢字源)、
会意兼形声文字です(貇+心)。「獣が背を丸くして獲物に襲いかかろうとする象形と、人の目を強調した象形(「とどまる」の意味)」(「ふみとどまる」の意味)と「心臓」の象形から、一定の範囲内に心をふみとどめておく事を意味し、そこから、「ねんごろ(心がこもっているさま)」を意味する「懇」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1580.html)、
は、会意兼形声文字とするが、他は、
形声。「心」+音符「豤 /*KƏN/」。「誠意を尽くす」を意味する漢語{懇 /*khəənʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%87%87)、
形声。心と、音符貇(コン)とから成る。心をつくす意を表す(角川新字源)、
形声。声符は貇(こん)。貇はもと豤に作り、猪が牙で作物を深く掘りかえすことをいう。それで土を深く反転することを墾といい、また深く人の心に達することを懇という。〔説文新附〕十下に「悃なり」とあって、悃誠の意とする(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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わが背子が来(こ)むと語りし夜は過ぎぬしゑやさらさら思許理(シコリ)来(こ)めやも(万葉集)
の、
しゑや、
は、
ちぇ、今さらもう、
の意、
吐き捨てる気持ちを表す感動詞、
とあり、
しこる、
は、
やりそこなう、
意で、
まちがっても來るなんていうことがあるものか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
しゑや、
は、
よしゑむやしの略、
ともある(大言海)が、
シもヱもヤも感動詞、
とあり、
断念・放任・決意を表現するときに発する掛け声、ええい、ええいままよ、
の意とある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
あらかじめ人言(ひとごと)繁(しげ)しかくあらばしゑや我(わ)が背子奥もいかにあらめ(万葉集)
では、
嘆息の声、
で(大言海)、
ああ、いやだ、
と訳される(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
秋萩に恋尽さじと思へどもしゑやあたらしまたも逢はめやも(万葉集)、
では、
口惜しやと云ふ意、ままよ、
とある(大言海)が、
いやはや、
と訳され(伊藤博訳注『新版万葉集』)、冒頭の、
我が背子が來(こ)むと語りし夜(よ)は過ぎぬしゑやさらさらしこり来(こ)めやも(万葉集)、
では、
許す辞、縦(よしや)、
とあり(大言海)、
ちぇっ、今更もう、と吐き捨てたる気持ちを表す、
として(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
ええいもう、いまさら、
と訳され(仝上)、多少の含意は異なるが、感歎、嗟嘆、詠嘆などさまざまな感歎辞として使われる。
しこる、
は、
は、
ら・り・る・る・れ・れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
シ(為)コリ(懲)の意か(岩波古語辞典)、
サ変動詞「す」の連用形に「懲(こ)る」のついたもの、一説に、「しこ」は醜(しこ)で、量や程度が増大する意という(広辞苑)、
「為凝る」として一つの事に熱中する意とする説、「しきおり(及居)」の変化した語として勢いが強大となるの意とする説など、諸説ある(精選版日本国語大辞典)、
などとあるものの、はっきりせず、
語義未詳、
とされるが、
商(あき)じこり、
で触れたように、一応、
しこる、
は、
誤、
とあて(大言海)、
しそこなう、
まちがえる、
の意か(デジタル大辞泉・岩波古語辞典・広辞苑)とされており、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
言+坐、しこる、
とある。
為拗らす、
とあてる、他動詞五段活用の、
しこじらす、
という言葉があり、
病気・感情などをこじらす、しこじらかす、
意で(広辞苑・大言海)、その自動詞四段活用に、
しこじる、
があり、
病、癒え損なう、
意である(大言海)。すぐに思いつくのは、
失敗する、
しそこなう、
意の、
しくじる、
で、
爲挫(しくじ)くるの略か(大言海)、
シ(爲)+崩れるの音韻変化(日本語源広辞典・菊池俗語考)、
シクジル(爲抉)るの義(和訓栞)、
ナシクジケルの略(安斎随筆)、
などとあるが、この古語が、
しこる、
とある(大言海)。憶説だが、
しこる→しこじらす→しこじる→しくじる、
と、転訛したというのも考えられる。ちなみに、
凝る、
痼る、
とあてる、
しこる、
は、自動詞 ラ行五(四)段活用で、比較的新しく、
ニンジュ(人数)がシコッテイル(「日葡辞書(1603〜04)」)、
と、
固まる、一団となっている、
意や、
何れも我一(われいち)としこりかかって責め念仏を申し(露がはなし)、
と、
物事に熱中する、
意や、
奧には猶も飲みしこり躍るやら歌ふやら(浄瑠璃・生玉心中)、
と、主として動詞の連用形について、
一事に夢中になる、ふける、
意、
親方が高ばる。手代がこまる。こっちはしこる。親父は叱る(浄瑠璃・夏祭浪花鑑)、
と、
意地をはる、
意で、
筋肉などが凝ってかたくなる、
意などで用いるのは、近世中ごろ以降の用例になる(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。こうみると、
凝る、
痼る、
とあてる、
しこる、
とみなすには、意味的にも時期的にも、無理があるように見える。では、
爲凝る、
とあてるとして、
爲+凝る、
とみるとどうなるか。この場合の、
しこる、
の、
し、
は、
爲、
とあてる、
す、
の連用形で、
す(為)、
の、自動詞サ行変格活用は、
動作・作用が現れる(広辞苑)、
なんらかの動きやけはいが現われる(精選版日本国語大辞典)、
意で使い、たとえば、
われのみや夜船は漕ぐと思へれば沖辺(おきへ)の方(かた)に楫(かぢ)の音すなり(万葉集)、
と、「……(が)かる」の形で、その事柄が起こる(のが感ぜられる)意を表し、
(からだや心のある状態、また、ある外界の刺激や自然現象などが)起こる。また、起こったのが感じられる、
意や、
旅にして物思(ものも)ふ時にほととぎすもとなな鳴きそ我(あ)が恋まさる(万葉集)、
と、
その状態・状況にある意、またそれをもたらす意を表し、
ある状態になる、また、ある状態である、
意、
狭井河(さゐがは)よ雲立ち渡り畝火山木の葉さやぎぬ風吹かむと須(ス)(古事記)、
と、「…む(ん)とす」「…う(よう)とする」などの形で、
もう少しで、ある作用が起こりそうな状態になる。また、もう少しであることをしそうな状態になる、
意、今日でも、時を表わす語のあとに付けて、
もう一週間もすれば、
しばらくすると、
のように、
時間がたつ、
意や、
千円する、
というように、金額などを表わす語のあとに付けて
…の金額である、
…の価値がある、
の意等々で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
す(爲)、
の、他動詞サ行変格活用は、
せ/し/す/する/すれ/せよ、
と活用し(学研全訳古語辞典)、
行動を起こす(広辞苑)、
意で、たとえば、
呉床居(あぐらゐ)の神の御手もち弾く琴に儛(まひ)須流(スル)女(をみな)常世にもかも(古事記)、
と、
ある動作や行為を行なう、
意、
梅の花咲きたる園の青柳はかづらに須(ス)べく成りにけらずや(万葉集)、
と、形容詞の連用形、助詞「に」「と」などのあとに付けて
ある状態、あるものにならせる、
意、
ちごをわりなうらうたきものにし給ふ御心なれば(源氏物語)、
と、形容詞の連用形、助詞「に」「と」などのあとに付けて
ある状態だと見る。そう考える、感じる、
意や、
然れば、衣食極て難く成て、若し求め得る時は自(みづから)して食ふ(今昔物語集)、
と、
ある物を作る、
意、
うるはしきすがたしたるつかひにもさはらじ(竹取物語)、
と、
ある様子・状態を表わす、
意、
もとより究竟の城也。盤石峙(そばだ)ちめぐって四方に峯をつらねたり。山をうしろにし(平家物語)、
と、
ある位置、方向にあるように保つ、
意、
我(わ)れはもや安見児(やすみこ)得たり皆人(みなひと)の得がてにすといふ安見児得たり(万葉集)、
と、「……にする」「……とする」の形で、
感ずる、みなす、考える、
などの意等々を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。この
す(する)、
は、
「ある」が存在性を叙述するのに対して、最も基本的に作用性・活動性を叙述する、
と見られる(精選版日本国語大辞典)とあり、活用は、
@口語(する)の未然形には、打消の「ず」「ぬ」が付くときの形「せ」のほか、打消の「ない」が付くときの形「し」がある。また、使役や受身が付くとき、多く「させる」「される」となるが、その「さ」も未然形として扱うことが多い。
A打消の「ず」が付くとき、「せ」でなく「し」となる場合もある。
B命令形は、古くから「せよ」が使われて今日に至っているが、室町時代ごろから「せい」が、江戸時代以降は「しろ」が使われるようになる。また、これらの命令形は、放任の意にも用いられることがある
C過去の助動詞「き」へ続ける場合は変則で、終止形「き」には連用形の「し」から、連体形「し」および已然形「しか」には未然形の「せ」から続く。すなわち、「しき」「せし」「せしか」となる、
とある(仝上)。また、下に助詞の「て」が付いた形「して」は、
動詞としての実質的な意味がほとんどなくなって用いられる場合が多い。「して」のほか、「ずして」「として」「にして」「をして」「からして」「よりして」などの形をとる、
とあり、
文殊楼の軒端のしろじろとしてみえけるを(平家物語)、
のように、接続助詞の「して」が状態性を表わす副詞に続くことはしばしば見られるが、この「し」がサ変動詞として活用するようになり、中世では、「日もてらぬときは海棠の花がいっきりとする」〔中華若木詩抄〕という例が見られる。近世に入ると、「むっとする」、「はっとする」、「そはそはする」など「する」の複合語が多数用いられるようになる、
ともある(精選版日本国語大辞典)。こう見ると、
爲凝る、
の、
し、
つまり、
す、
は、自動詞と見ていいので、上述の意味では、
ある様子・状態を表わす、
意と見る。では、
爲凝る、
の、
凝る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
その矛(ほこ)の鋒(さき)よりしただる潮、こりて一つの島になれり(日本書紀)、
と、
ばらばらになっていた同質のものが寄り集まって固まる、結びつく、集まって束になる、凝結する、凝固する、
という意や、
季冬(しはすふゆ)の節(をり)、風亦烈(はけ)しく寒(さむ)し、大中姫(おおなかつひめ)の捧(ささ)げたる鋺(まり)の水溢(あふ)れて腕(たふさ)に凝(コレり)(別訓 かひなにこる)(日本書紀)、
と、
凍る、
意などで使う。今日でも使う、傾注する意の、
占いにこる、
とか、工夫を凝らす意の、
こった料理、
とか、筋肉がこわばる意の、
肩がこる、
といったいの使い方は、近世以降なので、ここでは除外すると、
爲凝る、
で、
事態が凍り付く、
事態が固着する、
といった意、つまり、
行き詰まる、
意につながる気がするのだが、どうだろうか。
「為」(イ)の異体字は、
为(簡体字)、爲(旧字体)、𤔡(旧字形)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%82%BA)、
「爲」の異体字は、
为(簡体字)、噕、為(台湾・香港の繁体字/新字体)、爳、鄬、𢏽、𤓸、𤔡(旧字形)、𦥮、𨤒(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%B2)。
「爲」(イ)は、
会意文字。爲の甲骨文字は、「手+象」で、象に手を加えて手なずけ、調教するさま。人手を加えて、うまく仕上げるの意。転じて、作為を加える→するの意となる。また原形を変えて何かになるとの意を生じた(漢字源)、
会意。「爪」(手の象形)+「象」から構成され、象を手なずけるさまを象る。「なす」を意味する漢語{爲 /*w(r)aj/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%88%B2)、
会意文字です(爪+象)。「手」の象形と「象(ぞう)」の象形から、象を飼いならすさまを表し、そこから、「実施する」を意味する「為」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1285.html)、
会意。象+手。〔説文〕三下に「母猴なり」とし、猴(さる)の象形とするが、卜文の字形に明らかなように、手で象を使役する形。象の力によって、土木などの工事をなす意(字通)、
旧字は、象形。手でぞうの鼻を持つさまにかたどる。ぞうを使役することから、「なす」、仕事をする意を表す。また、助字に用いる。常用漢字は俗字による(角川新字源)、
と、同趣旨の会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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人言(ひとごと)の讒(よこし)しを聞きて玉桙(たまほこ)の道にも逢はじと言へりし我妹(わぎも)(万葉集)
の、
讒し、
は、
事実を曲げてのそしり、
とあり、
人言のその悪口を真に受けて、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
人言、
は、
他人言、
とも当てるように、
ひとごとの頼みがたさはなにはなる蘆の裏葉のうらみつべしな(後撰和歌集)、
と、
他人のいう言葉、
の意だが、そこから広げて、
現世(このよ)には人言(ひとごと)繁し来む世にも逢はむ我が背子今にあらずとも(万葉集)、
と、
人のうわさ、
世間の評判、
の意で使う(デジタル大辞泉)。
玉桙、
は、
道にかかる枕詞、
で、この時代は、まだ、
たまほこ、
と清音(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とある。
たまほこ、
は、
玉鉾、
玉桙、
玉矛、
等々と当て、
たまは美称、
とあるが(大言海)、そのわけを、
タマ(霊)ホコ(桙)で、陽石(陽物の形の石)、
とあり(岩波古語辞典)、
上古、矛を携ふればなり、此語道に續くは、出征に矛を賜はるに因る。後に、節刀を賜はることとなれり。又、常の出行くの道にも手矛など持ち行きたるならむ。門の両旁の木をほこだちと云ふも、それを立ておきたる故の名なるべし、
とある(大言海)のは、
三叉路や村里の入口に玉桙の類を立てたこと、
による(岩波古語辞典)とみられる。
ちぶりの神、
で触れたように、これは、
行く今日も帰らぬ時も玉鉾のちぶりの神を祈れとぞ思ふ(袖中抄)、
とある、
旅の安全を守る神、
つまり、
道祖神、
に対する信仰で、
さえの神、
で触れたように、
塞(斎 さえ)の神、
道陸神(どうろくじん)、
ともいい、
塞大神(さえのおおかみ)、
衢神(ちまたのかみ)、
岐神(くなどのかみ)、
道神(みちのかみ)、
などとも表記される(日本大百科全書)。
障(さ)への神の意で、外から侵入してくる邪霊を防ぎ止める神(岩波古語辞典)
路に邪魅を遮る神の意(大言海)、
邪霊の侵入を防ぐ神、行路の安全を守る神(広辞苑)、
さへ(塞)は遮断妨害の意(道の神境の神=折口信夫・神樹篇=柳田國男)、
等々という由来とされ、近世には、
集落から村外へ出ていく人の安全を願う、
悪疫の進入を防ぎ、村人を守る神、
としてだけでなく、
五穀豊穣、
夫婦和合・子孫繁栄、
生殖の神、
縁結び、
等々、
性の神、
としても信仰を集めた。
わたつみのちふりのかみにたむけするぬさのおひかぜやまずふかなん(土佐日記)
と、
陸路または海路を守護する神、
として、
旅行の時、たむけして行路の安全を祈った、
とされ、
たまほこ、
は、一種の祓いの意味を持っていたからではないかという気がする。いまひとつ、
たま(魂・魄)、
で触れたように、
たま、
は、
魂、
魄、
霊、
と当て、「たま(玉・珠)」が、
タマ(魂)と同根。人間を見守りたすける働きを持つ精霊の憑代となる、丸い石などの物体が原義、
とある(岩波古語辞典)。依り代の「たま(珠)」と依る「たま(魂)」とが同一視されたということであろうか。
未開社会の宗教意識の一。最も古くは物の精霊を意味し、人間の生活を見守り助ける働きを持つ。いわゆる遊離靈の一種で、人間の体内から脱け出て自由に動き回り、他人のタマとも逢うこともできる。人間の死後も活動して人を守る。人はこれを疵つけないようにつとめ、これを体内に結びとどめようとする。タマの活力が衰えないようにタマフリをして活力をよびさます、
ともある(仝上)。だから、いわゆる、
たましい、
の意であるが、
物の精霊(書紀「倉稲魂、此れをば宇介能美柂麿(うかのみたま)といふ」)、
↓
人を見守り助ける、人間の精霊(万葉集「天地の神相(あひ)うづなひ、皇神祖(すめろき)の御霊(みたま)助けて」)、
↓
人の体内から脱け出して行動する遊離靈(万葉集「たま合はば相寝むものを小山田の鹿田(ししだ)禁(も)るごと母し守(も)らすも」)、
↓
死後もこの世にとどまって見守る精霊(源氏物語「うしろめたげにのみ思しおくめりし亡き御霊にさへ疵やつけ奉らんと」)、
と変化していくようである。そこで、
生活の原動力。生きてある時は、體中に宿りてあり、死ぬれば、肉體と離れて、不滅の生をつづくるもの。古くは、死者の魂は、人に災いするもの、又、生きてある閧ノても、睡り、又は、思なやみたる時は、身より遊離して、思ふものの方へゆくと、思はれて居たり。生霊などと云ふ、是なり。故に鎮魂(みたままつり)を行ふ。又、魂のあくがれ出づることありと、
ということになる(大言海)。
たまほこ、
の、
たま、
には、
ほこ、
自体のもつ霊力に期するところがあり、だからこそ、
美称、
でもあったのではないか。
枕詞としての、
たまほこの、
は、前述のように、「たまほこ」を、
三叉路や村里の入口に玉桙の類を立てた、
ところから、
我が立ち聞けば玉たすき畝傍の山に鳴く鳥の声も聞こえず玉桙の道行く人もひとりだに似てし行かねば(万葉集)、
と、
道、
里、
などに掛かるが、そこから転じて、
この程はしるもしらぬもたまほこの行きかふ袖は花の香ぞする(新古今和歌集)」、
と、
道、
そのものの意でも使われる(岩波古語辞典)。
よこし、
は、
讒、
とあて、
さ/し/す/す/せ/せ、
の、サ行四段活用の他動詞、
「よこす(讒)」の連用形の名詞化、
で、
事実をまげて人の悪口を言うこと、中傷すること、
また、
そのことば。讒言(ざんげん)、
の意である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。この、
よこす、
の、
よこ(横)は正しくないことをいう、
とある(広辞苑)ように、動詞、
讒す、
は、
ヨコ(横)の動詞化(岩波古語辞典)、
横を活用したる語か(大言海)、
とあり、
事を曲げて、横ざまに人を悪しく言ふ、
ないことをあるように告げ口する、
枉げて悪く云ふ、
讒言する、
そしる、
中傷する、
意である(大言海・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、
讒、与己須(よこす)、
字鏡(平安後期頃)に、
讒、與己須、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
讒、ソシル・ヤブル・ネコト・ヨコト・シコヅ・マヘ・マウシ、
とある。
横、
で触れたことだが、
横、
は、
縦の対、
で、
縦に対して、垂直の方向、
上下に対して、水平の方向、
立っているものが寝た状態、
また、
前後に対して、左右の方向・位置、
また、
南北に対して、東西の方向、
また、
その長さ、
とあり(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・広辞苑)、
位置や方向、状態、
を示しているだけだが、
横言、
横紙、
横道、
横訛り、
横飛び、
横恋慕、
横流し、
横好き、
横取り、
横車、
横槍、
讒(よこし)、
横板、
と、「横」のつく言葉は、横向きという以外は、ほとんど悪意か、不正か、当たり前でないことを示すことが多い。
横様雨、
横様斬り、
横雨、
横切れ、
といえば、たた横向きを指しているだけだが、
横矢、
横槍、
は、側面を、鑓や矢で突かれたことを意味しているから、不意打ちのニュアンスがあり、
横様の死、
は、「横死」の訓みで文字通り、非業の死、
横を行く、
と言えば、無理を通すだし、
横車、
も、横向きに車を押す、ことだから、理不尽さ、という意味合いを含んでいる。
横紙破り、
は、線維に沿って縦に破るのではなく、横に裂こうとする含意から、無理押しの意味が含まれる。
横合、
は、
無理・無法、
と、
横、
の付く言葉は、タテ(正道)に対して、縦にあるのを横に倒す、という喩から、もともと正しくない、という意を含んでいた、とも見られなくもない。
横、
の由来は、
ヨキ(避き)と同根。平面の中心を、右または左に外したところ、またその方向の意。タテ(垂直)に対し、水平方向の意。転じて、意識的に中心点に当たらないようにする、真実・事実を避ける意から、「よこごと(中傷)」、「よこしま(邪悪)」等々、故意の不正の意に用いた。類義語「ワキ(脇)」は、中心となる者にぴったりと添ったところの意(岩波古語辞典)、
「ヨコタフ」が語源で、体をヨコタエルのヨコ(日本語源広辞典)、
「ヨ(寄)+コ(方向)」で、正面に対して、「寄る方向」がヨコ。不正な方向、ヨコシマのヨコ(仝上)、
ヨコ(避処・寄処)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヨケ(除)の義(名言通)、
人が横になる意から、ヨノトコ(夜床)の義(和句解)、
ヤドトコ(宿別)の反、またイソキヨの反(名語記)、
等々とあり、
弁舌すらすらとしてよどみのないさま、
の意の、
立板に水、
に対して、
横板に飴、
横板に雨垂れ、
横板に泥、
横板に餅、
などというと、
つかえながらする下手な弁舌、
の意になり、
横板、
とは、
木目を横にして用いる板、
で、
正目(柾目)、
に逆らっているという含意がある。
よこしま(横)、
は、
縦しま、
の対で、
横の方向、
だけでなく、
邪、
とあてて、
不正、
邪悪、
の意味になる(岩波古語辞典)。この、
よこしま、
は、
縦さま、
の対で、古くは、
よこし、わこさ、
という、
横様(よこさま)、
とつながり、
横向き、
の意とともに、
非道、
不当、
の意でもある。
縦(たて)、
は、
タツ(立)と同根(岩波古語辞典)、
立つの義(大言海)、
タチ・タツ(立)の義(言葉の根しらべ=鈴木潔子・国語溯原=大矢徹・国語の語根とその分類=大島正健)、
タテ(竪)はタケ(丈)の義、タテ(経)はタチ(竪所)の義(言元梯)、
と、
立、
とつながる。つまりは、正当な、
立、
に対し、
横、
は、その対とされたということなのだろう。
立つ、
は、
自然界の現象や静止していめ事物の、上方・前方に向かう動きが、はっきりと目に見える意。転じて、物が確実に位置を占めて存在する意、
とある(岩波古語辞典)。この含意は、
立役者、
立太子、
の「立」に含意を残している気がする。
立つ、
ということはそれだけで目立つことだったのに違いない。そこに、
ただ立ち上がる、
という意味以上に、
隠れていたものが表面に出る、
むっくり持ち上がる、
と同時に、それが周りを驚かす、
変化をもたらす、
には違いがない。
立つ、
には特別な意味が、やはりある。
引き立つ、
思い立つ、
気が立つ、
心が立つ、
感情が立つ、
あるいは、
忠義立て
隠し立て
心立て
という使い方もある(伊達も「取り立て」のタテから来ているという説もある)。そう思って、振り返ると、腹が立つ、というように、立つが後ろに付くだけではなく、
立ち会い、立ち至る、立ち売り、立ち往生、立ち返る立ち並ぶ立ち枯れ、立ち遅れ、立ち働く、立ち腐れ、立ち遅れ、立ち竦む、立ち騒ぐ、立ち直る、立ち退き、立ち通す、立ち回り、立ち向かう、立ち行く、立ち入り、立ち戻る、立ち切る、立ち居振る舞い、立ち代り、立ち消え、立ち聞き、立ち稽古、立ち込み、立ち姿、立ちどころに、立ち退き、立ちはだかる、立て替え、建て替え、立ち水、立ち塞がる、立待の月、立て板、立て付け、立て直し…。
「立つ」ことが目立つ、ある特別のことだというニュアンスが、接頭語としての「立ち」に波及している。しかし、
立場、立木、立つ瀬、建前、立て方、立ち衆、立行司、立て唄、立女形、立て作者、立ち役…、
と見ると、「立つ」には、特別な意味がある。詳しく調べたわけではないのが、「立つ」ことが、際立って重要で、満座が坐っている中で、立つことがどれほどの勇気がいることで、目立つことかと思い描くなら、「立つ」には、いい意味でも、悪い意味でも、目立つ、中心に立つ、という意味が込められている。その逆が、
横、
ということになる。
横言(よこごと)、
横紙、
よこしま、
横、
については触れた。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
横、ヨコザマ・ヨコシ・ヨコタフ・ホシイママ・キヌハリ・ミツ、
字鏡(平安後期頃)に、
横、ヨコサマ・ヨコサマナ・ヨコタフ・フサグ・カウサマ・ホシママ・キヌハリ・ミツ
とある。
「讒」(慣用ザン、漢音サン、呉音ゼン)の異体字 は、
䜛、谗(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%AE%92)。字源は、
会意兼形声。毚(サン)は、大うさぎの下にもぐりこんだ古さぎを示す会意文字。讒は、「言+音符毚」で、すきまに付け込んで悪口をもぐりこませること(漢字源)、
とあるが、他は、
形声。「言」+音符「毚 /*TSAM/」。「そしる」を意味する漢語{讒 /*dzram/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%AE%92)、
形声。声符は毚(ざん)。〔説文〕三上に「譖(そし)るなり」とあり、譖(しん)には「愬(うつた)ふるなり」という。讒・譖は声義の近い語で、無実をもって人を讒毀することをいう。〔左伝、昭五年〕に「敗言を讒と爲す」とみえる。〔詩、小雅、十月之交〕に「罪無く辜(つみ)無きに 讒口囂囂(がうがう)たり」とあって、西周末期の政治社会は混乱を極めた(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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天地(あめつち)に少し至らぬますらをと思ひし我(わ)れや雄心(をごころ)もなき(万葉集)
の、
天地(あめつち)に、
は、
天地の大きさに、
の意、
天地(あめつち)に少し至らぬますらをと思ひし我(わ)れや、
の、
や、
は、
疑問的詠嘆、
で、
天地の大きさに少々足らぬだけの立派な男子だと思ってきたこの私としたことが、
と訳し、
雄心(をごころ)もなき、
は、
その雄々しい心もなくしてしまったのか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
雄心(をこごろ)、
は、
男の強い心、
といった意で、
雄々しい心、勇気がある心、勇ましい心、
といった意味(広辞苑・デジタル大辞泉)でつかう。
雄心
を、
ゆうしん、
と訓ませると、漢語で、
(為曹公作書与孫権書)之れに示すに禍難を以てし、之れを激するに恥辱を以てす。大丈夫の雄心、能く憤發すること無(なか)らんや(魏・阮瑀)、
と、
壮心、
の意(字通)とある。たぶん、この、
雄心、
を訓読みしたのが、
をごころ、
なのだろう。この、
雄、
は、
雄たけび、
雄心、
と、名詞について、
雄々しい、勇ましい、
意を表す接頭語とある(学研全訳古語辞典)。
をたけび、
は、
男健、
雄誥、
とあて、
雄々しさを誇示すること、
とある(岩波古語辞典)が、神代紀に、
雄誥、此をば鳴多稽眉(をたけび)と云ふ、
とある。
雄、
は、
男、
牡、
夫、
とも当て(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
女(め)の対。牡(おす)の意。上代では動植物・神・人を問わず広く使われたが、平安時代以後は、複合語の中で用いられ、「をのこ(健児・侍者)」「おのわらは(男の童)」「しづのを(賤の男)」「あらを(荒男)」など、卑しめられ、低く扱われる男性を指すことが多くなり、男性一般を表すには、「をとこ」がこれに代わった、
とある(岩波古語辞典)。
汝(な)こそは遠(ヲ)にいませば打ち廻(み)る島の埼埼(さきざき)かき廻る磯の埼(さき)落ちず若草の妻持たせらめ(古事記)、
と、
女(め)、
の対で、
男。男性。また、夫、
の意であるが、上述のように、造語要素として、
ますらお(益荒男・大夫・丈夫)、
うわお(後夫)、
と、人間の男性を表わし、
牡(お)鹿、
男餓鬼、
と、動植物のおすを表わし、
めお(陰陽)、
(陰に対して)陽を表わし、上述したが、
雄たけび、
雄心、
と、男らしい、勇ましいなどの意を表わし、
男かわら、
男松、
雄竹、
と、相対するもののうち、男性的な連想を伴うもののほうに付ける使い方をする(精選版日本国語大辞典)
麻須良乎(マスラヲ)の踏み置ける足跡(あと)は石の上に今も残れり見つつ偲へと長く偲へと(仏足石歌)、
と、
手弱女(たおやめ)、
に対して、
立派な男子、強く勇ましい男子、
の意の、
ますらを(益荒男)、
は、
丈夫、
とも当て、上代には多く、
あたらしき清きその名ぞおぼろかに心思ひて空言(むなこと)も祖(おや)の名絶つな大伴(おほとも)の氏(うぢ)と名に負へるはますらをの伴(万葉集)、
と、
大夫、
を当て、
官吏を称し、
ますらおとこ、
ますらおのこ、
ともいった(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。後には、日葡辞書(1603〜04)にあるように、
狩人、
猟師。
の意にになった(仝上)。類聚名義抄(11〜12世紀)には、
男、ヲ、ヲノコ、
とある。
「雄」(漢音ユウ、呉音ウ・ユ)の異体字は、
䧺、
とある(漢字源)。字源は、
会意兼形声。厷(コウ)は「手+∠印(ひじを張った形)」の会意文字で、肱(ひじ)の原字。雄はそれを音符とし、隹(とり)を加えた字で、肩を張って威勢を示す、おすの鳥(漢字源)、
会意兼形声文字です(厷+隹)。「肱(ひじ)」の象形(「広げる」の意味)と「尾の短いずんぐりした小鳥」の象形から、翼を広げている鳥を意味し、そこから、「おす鳥」を意味する「雄」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1302.html)、
と、会意兼形声文字とするが、他は、
形声。隹と、音符厷(コウ→イウ)とから成る。勇ましい鳥、おすの鳥、ひいて「おす」の意を表す(角川新字源)、
形声。「隹」+音符「厷 /*WƏNG/」。「おす」を意味する漢語{雄 /*wəng/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%84)、
形声。声符は厷(こう)とされているが、声が合わず、右の変化したものであろう。漢碑には右に従う字が多い。〔説文〕四上に「鳥父なり」とし、厷声とする。鳥の雌雄をいう字であるが、雄壮・雄健など、男性的な徳性をいうことが多い(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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