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コトバ辞典


時守(ときもり)

 

時守(ときもり)が打ち鳴(な)す鼓(つづみ)数(よ)みみれば時にはなりぬ逢はなくもあやし(万葉集)

の、

時守(ときもり)、

は、

令制における陰陽寮(おんようりょう)の職名の一つ、

で、

漏刻(ろうこく)博士の下に属し、漏刻の番をして、時刻を知らせる鐘や鼓を鳴らす役目、

また、

その人、

をいい、

守辰丁(しゅしんちょう)、

ともいう(精選版日本国語大辞典)。ここでは、

時にはなりぬ逢はなくもあやし、

を、

(時守の打ち鳴らす太鼓の音を数えてみると)とっくにその時刻になった、なのに、あの方がやってこないのはおかしい、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

漏刻博士(ろうこくはかせ)、

は、

時守博士(ときもりのはかせ)、

とも、

時守司(ときもりづかさ)、

ともいい、唐名で、

司辰(ししん)、

といい、

令制で、中務省配下の陰陽寮に属し、正官、権官各1名がおかれた。守辰丁(しゅしんてい、時守)20人を率い、漏刻を調べて、鐘や太鼓で時刻を報じた、中務省の陰陽寮所属の従七位下相当官、

である(精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典)。平安時代中期以降すたれた(仝上)。

数(よ)む、

は、

よむ

で触れたように、

読む、
詠む、
訓む、
誦む、

等々とあてる(広辞苑)。

よむ、

は、

一つずつ順次数えあげていくのが原義。類義語カゾフは指を折って計算する意、

とあり(岩波古語辞典)、その語意の広がりは、

声に出して言葉や数などを、一つ一つ順に節をつけるように区切りを入れながら(唱えるように)言う行為を表わすのが原義、

(歌・詩・経典・文章などを)声を立てて、一区切りずつ、一音ずつたどりながらいう。声に出して唱えていく、

文章など書かれた文字をたどって見ていく、

文章・書物などを見て、そこに書かれている意味や内容を理解する、

という(この順で変化したという意味ではないが)流れが分かりやすい(日本語源大辞典)。本居宣長が、

凡て余牟(ヨム)と云は、物を數ふる如くにつぶつぶと唱ふることなり〈故物を數ふるをも余牟と云り、又歌を作るを余牟と云も、心に思ふことを數へたてて云出るよしなり〉、

といっていたこと(古事記伝)が、上記諸説の背景にあるようだが、

数を数える、
唱える、
歌を詠む、

が、原義としては同じとみなしていた(日本語源大辞典)。

漏刻、

は、

深更(しんこう)

で触れたように、

管でつながった四つまたは三つの箱を階段上に並べ、いちばん上の箱に水を満たし、順に流下して最後の箱から流出する水を、浮箭(=矢 ふせん)を浮かべた容器に受け、矢の高さから時刻を知る、

とあり(百科事典マイペディア・世界大百科事典)、

1昼夜48刻に分け、4刻を1時(とき。辰刻)にはかる、

とある(ブリタニカ国際大百科事典)。

漏、

は、

計時用の漏壺を指し、

刻は、

時間の単位(1日は100刻が標準であるが、120刻、96刻、108刻とした時期があった)、

を意味する(仝上)、とある。日本の漏刻は、中国で発明・使用されたものを真似て、

斉明六年(660)中大兄皇子が製作したという所伝が初見。令制では陰陽寮に2人の漏刻博士があり、漏刻によって時刻をはかり、守辰丁(しんてい、ときもり)に鐘鼓を打たせて時を報じた、

とある(仝上)ので、一更、二更……を、一鼓、二鼓……と呼んだものと思われる。

更、

には、

初惠遠以山中不知更漏、乃取銅葉製器(唐國史補)、

とある、

更漏(こうろう)、

というように、

時を報ずる漏刻(みずどけい)、

の意があり(字源)、

更は、漏刻のかはる義、字典「因時變易刻漏曰更」、

とある(大言海)。

刻漏、

とは、

漏刻、

の意である。それが「變易」すること、つまり変わることを「更」というとある。これは、中国にて、

一夜を、五つに分くる称(仝上)、

の謂いであり、

初更、又一更、甲夜(こうや)は、午後八時、九時なり、
二更、又乙夜(いつや)は、十時、十一時なり、
三更、又丙夜(へいや)は、十二時、午前一時なり、
四更、又丁夜は、二時、三時なり、
五更、戊夜(ぼや)は、四時、五時なり、

とあるものの踏襲である。これを、

五夜(ごや)、

という(仝上)。また、

五更、

ともいい、

戊夜、

ともいう(仝上)。これを、

一夜五更、

というが、

漢魏以来、謂為甲夜、乙夜、丙夜、丁夜、戉夜、……亦云一更、二更、三更、四更、五更、皆以五為節(顔氏家訓)、

とある。

更、

とは、

一更ごとに夜番が更代(交代)する義、

であり(日本大百科全書・精選版日本国語大辞典)、

午後7時ないし8時から、午前5時ないし6時に至るまで、順次2時間を単位に、

初更(甲夜、一鼓)、
二更(乙夜、二鼓)、
三更(丙夜、三鼓)、
四更(丁夜、四鼓)、
五更(戊(ぼ)夜、五鼓)、

と区切ったところから由来する(仝上)。

漏刻のかはる時(大言海)、

とは交替する意でもある。

一更、二更、三更、四更、五更、

も、

一点、二点、三点、四点、五点、

も、時刻点を指す言葉ではなく、夜間を五等分した時間帯、をいうので、何時に当たるかには幅がある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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かがよふ

 

燈火(ともしび)の影にかがよふうつせみの妹が笑(ゑ)まひし面影に見ゆ(万葉集)

の、

燈火(ともしび)の影にかがよふ、

は、

燈の火影(ほかげ)に輝いている、

と訳し、

うつせみの、

は、

いきいきとした、

の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

うつせみ

は、

うつしおみ、
うつそみ、

ともいい、

ウツシ(現)オミ(臣)の約ウツソミが更に転じたもの。「空蝉」は当て字、

とあり(岩波古語辞典)、

打蝉(うつせみ)と思ひし妹がたまかぎるほのかにだにも見えなく思へば(万葉集)、

と、

この世に生きている人、
生存している人間、

の意なので、

いきいきとした、

という訳はかなりの意訳になる。

笑(ゑ)まふ、

は、上代語で、

動詞「え(笑)む」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」の付いたもの、

で、

にっこりとほほえむ、
笑顔をする、

意(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)で、それをメタファに、

梅柳常より殊に敷栄、咲万比(ゑマヒ)開て(続日本後紀)、

と、

花が咲く、
花のつぼみがほころびる、

意でも使う(仝上・学研全訳古語辞典)。

ゑまふ、

の、

ふ、

は、

みなぎらふ
さもらふ
さひづらふ
たなぎらふ
まもらふ

などで触れたように、

は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、

と、動詞の未然形の下に付いて、四段活用の動詞を作り、

反復・継続の意、

を表し(岩波古語辞典)、

をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、

では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、

しきりに…する、
何回も繰り返して…する、

意で、

楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、

では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、

…し続ける、
ずっと…する、

意で、

常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に変はら経(ふ)見れば悲しきろかも(万葉集)、

では、その変化がずっと進行していく意を表わし、

次第に…する、
どんどん…していく、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。

かがよふ、

は、

耀ふ、
赫ふ、

とあて、

は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、

の、自動詞ハ行四段活用で、

かぎろひと同根(岩波古語辞典)
カガは、赫(かが)、ヨフは、揺らぐ、ただよふ、いさよふ、もこよふ(大言海)、

とあり(「もこよふ」は、うねりつつ行く意、類聚名義抄(11〜12世紀)に、「眩枠、モコヨフ、メグル」とある)、

静止したものが、きらきらと光って揺れる(岩波古語辞典)、
きらきら光って揺れる。きらめく(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、
きらきら光ってゆれ動く。きらめきゆれる(精選版日本国語大辞典)、
きらきらとゆれて光る、ちらつく(広辞苑)、

といった意で使う。類聚名義抄(11〜12世紀)に、

耀、カガヤカス、
赫、アカシ・カカヤク・サカリ・サカユ・アキラカナリ・アラハス・オコス・ハヤシ、

とある。

「耀」(ヨウ)の異体字 は、



とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%80%80。字源は、

会意兼形声。「光+音符翟(テキ 高く上がる)」(漢字源)、

会意兼形声文字です(光+翟)。「火の象形と人の象形」(「人の頭上にひかる火」、「光」の意味)と「鳥の両翼の象形と小鳥の象形」(「高く踊り上がる」の意味)から、光が高く躍り上がる「かがやく」を意味する「耀」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2663.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「光」+音符「翟 /*LEWK/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%80%80

形声。意符光(ひかり)と、音符翟(テキ→エウ)とから成る(角川新字源)、

形声。声符は翟(てき)。翟に曜・燿(よう)の声がある。燿が正字であるが、いま多く耀を用いる。耀は〔説文〕にみえず、北魏の碑に至ってその字がある(字通)、

と、形声文字としている。

「赫」(漢音カク、呉音キャク)は、

会意文字。赤は「大+火」の会意文字で、火が燃え上がるときのあかあかとした色を示す。赫は「赤+赤」で、あかあきかとほてるさまをあらわす(漢字源)、

会意。赤+赤。二赤をならべた形。〔説文〕十下に「大赤の皃」(段注本)、〔繋伝〕に「火の赤き皃なり」とする。赤は火光を浴びている人の姿で、聖火で身を清める意。〔詩、邶風、簡兮〕「赫として渥赭(あくしや)の如し」とは、人の盛容盛徳をほめる語(字通)、

と、会意文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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鹿火(かひ)

 

あしひきの山田守(も)る翁(をぢ)が置く鹿火(かひ)の下焦(したこが)れのみあが恋ひ居(を)らく(万葉集)

の、

鹿火(かひ)、

は、

鹿を追う火、

とあり、

上三句は序、「下焦がれ」を起こす、

とし、

(翁(おきな)が焚く鹿遣(かや)り火が燻るように)胸の底でくすぶってばかり、恋いこがれている、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

鹿火、

は、

農作物を害する鹿や猪を追う火(広辞苑)、
田畑に近づく鹿を追うためにたく火(岩波古語辞典)、
鹿(しか)、猪(いのしし)などの獣の害を防ぐために、田畑でたく火(精選版日本国語大辞典)、

とあるが、一説に、

柴の屋のはひりの庭に置くかひの煙うるさき夏の夕暮(堀河百首)、

の、

蚊遣り火

とあり(広辞苑・岩波古語辞典)、

蚊火、

とも当て、和名類聚抄(931〜38年)には、

蚊遣火、加夜利比、一云、蚊火(かひ)、

とあり、

かび、

と訓ませている(大言海)。

下焦れ、

は、

れ/れ/る/るる/るれ/れよ、

の、自動詞下二段活用の、

下焦(したこが)る、

の名詞形、

「した」は心の意(精選版日本国語大辞典)、
シタは隠して見せない所(岩波古語辞典)、

で、

心の中でひそかに恋いこがれること(精選版日本国語大辞典)、

とも、

人に知らせぬ恋(岩波古語辞典)、

ともあり、

玉梓の使(つかひ)絶えめや隠(こも)り恋ひ息づきわたり之多毛比(シタモヒ)に嘆かふわが背(万葉集)、

と、

したもひ(下思ひ)、

ともいう(精選版日本国語大辞典)。

したもひ、

の、

した、

も、

心の意で(仝上)、

下思ひ(したおもひ)の約、

であり(仝上)、

港葦(みなとあし)に交じれる草のしり草の人みな知りぬ我(あ)が下思(したも)ひは(万葉集)、

と、

心の中に隠していて、表には出さない思い、心の底に秘めた恋心(精選版日本国語大辞典)、
心の中に隠して表に出さない感情、人知れぬ恋(岩波古語辞典)、

の意である。なお、

下焦、

を、

げせう(げしょう)、

と訓ますと、

旦那は……六十にちかく、しかも下焦かれさせ給ひ、夜も昼も高いびきで寝てござんす計(浮世草子「忘花(1696))」)、

と、

漢方でいう三焦の一つ、

で、諸説あるが、一般には、

臍(ヘそ)より下をいう、

とある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、

三焦(さんせう)、

とは、

漢方で六腑(ろっぷ)の一つ。上・中・下の三つからなり、上焦は心臓の下、胃の上にあって飲食物を胃の中へ入れる器官、中焦は胃の中脘にあって消化器官、下焦は膀胱の上にあって排泄をつかさどる器官とされる、

とある(仝上)。

六腑(六府)、

は、

漢方で体内にある六つの内臓、大腸、小腸、胃、胆、膀胱(ぼうこう)、三焦、

をいう。

五臓六腑、

の、

五臓、

は、

肝、心、脾、肺、腎、

の5つを指す(仝上)。なお、

シカ


については触れた。

「鹿」(ロク)の異体字は、

䴪、廘、騼、𢊩、𪋵、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B9%BF。字源は、

象形。しかの姿を描いたもの。細長くつらなって列をなすしか、

とある(漢字源)。他も、

象形。鹿を象る。「シカ」を意味する漢語{鹿 /*rˤok/を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%B9%BF

象形。長い角(つの)をもったしかの形にかたどり、「しか」の意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「角のある雄しか」の象形から、「しか」を意味する「鹿」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1475.html

象形。鹿の形。〔説文〕十上に「獸なり。頭角四足の形に象る。鳥鹿の足は相ひ比す。比に從ふ」(段注本)とするが、比は鹿足の形で、相比する意ではない。卜文に鹿頭刻辞があり、また彝器(いき)に鹿頭・鹿文を文様として用いるものがある。〔詩、大雅、霊台〕は周の神都辟雍(へきよう)のさまを歌うものであるが、神鹿の遊ぶことが歌われている。祿(禄)・麓(ろく)と音が通じ、その意にも用いる(字通)、

と、象形文字としている。

「火」(漢音呉音カ、唐音コ)の異体字、

灬(部首の変形)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%81%AB。字源は、

象形。火が燃えるさまを描いたもの、

とある(漢字源)。他も、

象形。燃える火の形を象る。「ひ」を意味する漢語{火 /*m̥ˤəjʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%81%AB

象形。燃え上がるほのおの形にかたどり、「ひ」の意を表す(角川新字源)、

象形文字です。「燃え立つ炎」の象形から「ひ」を意味する「火」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji82.html

象形。〔説文〕十上に「燬(や)くなり。〜象形」とあり、火の燃える形。また「南方の行なり」とあり、五行思想によって、火は南方に配当される(字通)、

と、象形文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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そきいた

 

十寸板(ソキいた)もち葺ける板目のあはざらは如何にせむとか我(わ)が寝そめけむ(万葉集)

の、

そきいた、

は、

薄くそいだ板、

を言い、

上二句は序、「あはず」を起こす、

とし、

(そぎ板で葺いた屋根の板目が合いにくいように)もしあの人が逢ってくれなくなったら、どのようにするつもりで共寝をはじめたのだろうか、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

そきいた、

は、

削板、
枌板、

とあて、後に、

そぎいた、

と濁音化する(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。

そいだ薄い木の板。屋根などを葺くのに用いる(広辞苑)、
木を薄く削って作った屋根葺ふき用の板(デジタル大辞泉)、
木を薄くそいで作った板。屋根板などにする(岩波古語辞典)、
木を薄くそぎけずって作った板。屋根などを葺(ふ)くのに用いる(精選版日本国語大辞典)、

とあり、転訛して、

そぎた(削板)、

とも、

そぐ(削ぐ)、

の連用形から、

そぎ(削・枌)、

ともいうが、やはり、古くは、

其所作扉一枚、温船板并蘇岐(ソキ)等令持発遣、宜承知(正倉院文書)、

と、

そき、

といった(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。この板で葺いた屋根を、

そぎぶき(削ぎ葺き/枌葺き)、

といった(仝上)。なお、

枌、

について、新撰字鏡(平安前期)には、

枌、須木(すき)、又、屋乃衣豆利(やのえつり)、又、乃木須介(のきすけ)、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

枌、ヤクレ・エツリ、

また、

掞、そぐ、
鎩、キル・ソグ・ヤフル、

ともあり、

字鏡(平安後期頃)に、

枌、ニレノキ・エツリ、

削、

について、類聚名義抄(11〜12世紀)に、

削、キユ・サヤ・ケヅル、

字鏡(平安後期頃)に、

削、サク・カク・サヤ・キル・キザミ・ケヅル・ツクロフ

とある。動詞、

そぐ、

は、

削ぐ、
殺ぐ、

とあて、

が/ぎ/ぐ/ぐ/げ/げ、

の、他動詞ガ行四段活用である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)が、『大言海』は、「そぐ」を、三項別にし、

削ぐ、
殺ぐ、

とあてる「そぐ」は、他動詞四段活用で、

康熙字典「殺、降也、減削也」、この場合の音は、サイなり、

とし、

いみじう、そがせ給へれど、御迎へに……人々多く参り(栄花物語)、
事ども、そぎ棄てて、世の煩(わづらひ)あるまじく省かせ給へど(源氏物語)、

と、

省き減らす、
薄く削り取る、

意、

殺ぐ、
削ぐ、
枌ぐ、

とあてる「そぐ」は、他動詞四段活用で、

竹串をそぐ、

というように、

物の末を尖らし、切る、
削り落とす、

意や、

切るを忌みてそぐと云ふ、

使い方で、

いと清らなる御髪(みぐし)をそぐ程、心苦しげなるを(源氏物語)、

と、

髪の末を切り落とす、
鋏ミ切る、

意、

削ぐ、
殺ぐ、

とあてる「そぐ」は、自動詞下二段活用で、

竹がそぐ、

というように、

削ぎたる状となる、
削られる、

意とに分けている。他動詞、

そぐ(削・殺)、

は、古くは、

そく、

で、大きく、二つの意味に分けられる。ひとつは、

(端を)削り落とす。切り落とす。特に、頭髪の先を切り落とす(学研全訳古語辞典)、
末端または突出部を削り落とす(岩波古語辞典)、
ななめにけずり落とす。鋭利な刃物を用いて、えぐるようにしてけずりとる(精選版日本国語大辞典)、

といった意の派生で、

尼にそきたるちごの、目に髪のおほひたるを、かきはやらで(「能因本枕(10C終)」)、

と、

髪の毛の端を切り落とす。髪の毛先を切ってそろえる、

意や、

窮鳥の趐(つばさ)を鎩(そ)がれたるが如に成ぬれば(太平記)、

と、

切りとる、薄くけずりとる、

意、

両の耳は竹を剥(そ)いで直に天を指し、双の眼は鈴を懸けて地に向ふ如し(太平記)、

と、

先端をとがるようにけずる、

意などで使い、第二には、

状態、また、気持などの一部を取って除く。もとの形や望ましいあり方が生かされなくなる(精選版日本国語大辞典)、
端々を省略する、略式にする(岩波古語辞典)、

意で、

院にまうけさせ給へりけることどもも、そぐと思ししかど(源氏物語)、

と、

省いて簡単にする、簡略にする、節約する、はぶく、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。なお、

削ぐ、

は、

はぐ、

とも、

へぐ

とも訓ませるが、

八寸

で触れたように、

折敷、

は、

片木(へぎ)を四方に折り廻して作った角盆、食器を載せるのに用いる。杉などのほか種々の香木でつくる(広辞苑)、

が、この、

へぎ、

は、

削ぎ、

とあて、名詞

へぎ、

は、

片木
片器、

と当てて、

薄く削いだままの板で作った折敷、

である(仝上)。『大言海』は、「へぎ」に、

折、

を当て、

折(へ)ぐこと、また、ヘギイタ、ソギ、片木、

としている。

「八寸」は、寸法の意から、「折敷」の意となり、さらに、

それに盛られる取肴、

意となり、さらに、

料理献立の一つ、

となる。ただ、この、

へぐ、

は、

そぐ、

ではなく、

剥(は)ぐ、

からきているのではないか。

へぐ、

は、

剝ぐ、
折ぐ、

とあて(学研全訳古語辞典)、さらに、

耗ぐ、
減ぐ、

とも当て(大言海)

が/ぎ/ぐ/ぐ/げ/げ、

の、他動詞ガ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、

イタヲヘグ(「日葡辞書(1603〜04)」)、

と、

板のように薄くけずる、また、はりあわせたものなどをはがす、へがす、そぎとる、

意や、

其の二つの神郡より輸すべき、赤き引糸(ひきのいと)、参拾伍斤、来年(こむとし)より、当に其の代を折(ヘク)べし(日本書紀)、

と、

物の量などを少し減らす、少なくする、へずる、

意、

一日の日のきぬなどを、もののぐへきて着る(「たまきはる(1219)」)、

と、

着物などを脱ぐ、

意、

馬飼の者それを皆耗(ヘギ)て己が徳とし(仮名草子「浮世物語」)、

と、

他人の持物などをすばやく盗み取る、横取りする、

意でも使う(精選版日本国語大辞典)。その由来は、

減ると同根。一部を削り取る意(岩波古語辞典)、
ヒヱ、(聶)グを約めて活用す(聶(ひ)うは薄く小さく切る、剥ぐ意)(大言海)、
ヘアケク(戸開來)の義(日本語原学=林甕臣)、

からきているとあり、

はぐ(fagu)→へぐ(fegu)、

と転訛したのではないか、と憶説ながら、感じる。ちなみに、

はぐ、

は、

剥ぐ、

とあて、

が/ぎ/ぐ/ぐ/げ/げ、

の、他動詞ガ行四段活用で、

あしひきのこの片山のもむ楡(にれ)を五百枝(いほえ)波伎(ハキ)垂れ天照(あまて)るや日の異(け)に干し(万葉集)、

と、

離し取る、表面の部分をむき取る、はがす、

意、

和邇(わに)、我を捕へて悉に我が衣服(きもの)を剥(はぎ)き(古事記)、

と、

身につけたものを脱がせる、衣類をむきとる、はだかにする、ぬがす、はぎとる、

意、

公家に大納言の御用ありげに聞えければ、さだめてはかれ給なむずと世にいひけるに(古今著聞集)、

と、

官位などを取り上げる、

意などで使うが、

はぐ、

の、自動詞、

げ/げ/ぐ/ぐる/ぐれ/げよ、

と、ガ行下二段活用の場合、口語の、

剥げる、

に当たり、

(表面にあるものが)はがれる、はげる、
毛が抜け落ちる、はげる、

意となり、多く、

禿ぐ、

とあてる(仝上・精選版日本国語大辞典)。字鏡(平安後期頃)に、

㓟、物之加波波久、

とあるにように、この由来は、

ハ(端)の活用(大言海)、
ハは刃の義、グは活用語尾(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ハナシキ(離来)の義(名言通)、
ヘク(隔転)の義(言元梯)、

等々とあるが、意味からも音から見ても、

ヘグ(折)と同源(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)

というのが妥当なのではないか。

「枌」(漢音フン、呉音ブン)は、

形声。「木+音符分」、

とあり(漢字源)、木の名、とあり、楡の一種で、皮が白い、とある(仝上)。我国では、「そぎ」と訓ませ、薄くそいだ板、の意で使う(仝上)。

形声。「木」+音符「分 /*PƏN/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%8C

形声。声符は分(ふん)。〔説文〕六上に「枌楡(ふんゆ)なり」(段注本)とあって、しろにれをいう。〔爾雅、釈木〕に「楡は白枌なり」とあり、枌楡と連言する。わが国では、そぎ板をいう(字通)、

と、他も形声文字としている。

「板」(漢音ハン、呉音ヘン、慣用バン)の異体字は、

鈑(の代用字)、闆(繁体字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%BF。字源は、

会意兼形声。反は「厂(垂れた布)+又(手)」からなり、手で布をそり返えらせることを示す。板は、「木+音符反」で、そり返って張った木の板、

とある(漢字源)。同じく、

会意兼形声文字です(木+反)。「大地を覆う木の象形」と「がけの象形と手の象形」(「かえす」の意味)から木を切る、削って(かえして)できたもの、すなわち「いた」を意味する「板」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji413.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「木」+音符「反 /*PAN/」。「いた」を意味する漢語{板 /*praanʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9D%BF

形声。木と、音符反(ハン)とから成る。木を割った平らな「いた」の意を表す。もと、版(ハン)の別体字(角川新字源)、

形声。声符は反(はん)。薄くそぎとった木片をいう。金文の図象に、木に手斧の類を加えている形があり、木を剃ぎとる意を示す。それが板の初文であろうが、のち反声の字となったのであろう。〔詩、大雅、板〕「上帝板板(はんはん)たり 下民卒(ことごと)く癉(や)む」とその疾威を形容し、また〔詩、秦風、小戎〕に「其の板屋に在りて 我が心曲を亂る」と板の意に用いる。板屋はおそらく殯屋(ひんおく)。死者の屍(しかばね)をおいて、その風化を待つところである。〔詩、小雅、鴻鴈〕「百堵皆作(おこ)る」の〔毛伝〕に「一丈を版と爲す」とあって、版築に用いる木をいう。古く用例のみえる字であるが〔説文〕未収。〔説文〕はおそらく板を、版の一体とみているのであろう。〔玉篇〕に「片木なり。版と同じ」とみえ、〔説文〕の旧本を承けるものと思われる。「板板」は〔爾雅、釈訓〕〔広雅、釈訓〕に「版版」に作り、「僻なり」「反なり」のように乖反(かいはん)の意とする(字通)、

と、形声文字としている。

「削」(@漢音シャク・呉音サク、A漢音呉音ショウ)は、「削減」「削除」など、けずる、意や、「痩削(ソウサク)」と、細い、意は@の音、鞘(ショウ)にあてて、細いさや、の意の場合、Aの音になる(漢字源)。字源は、

会意兼形声。小は、真ん中のh印をけずって、その細片の散るさまを示す。肖は、肉を細くけずること。削は「刀+音符肖(ショウ)」で、刀で細くけずること。小・肖の原義をあらわす(仝上)、

会意兼形声文字です(肖+刂(刀))。「小さな点の象形と切った肉の象形」(骨肉の幼く小さいものの意味から、「小さい」の意味)と「刀」の象形から、「刀で小さくする」、「けずる」を意味する「削」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1636.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「刀」+音符「肖 /*SEW/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%89%8A

形声。刀と、音符(セウ)とから成る。刀のさやの意を表す。借りて「けずる」意に用いる(角川新字源)、

と、形声文字とするもの、

会意肖(しよう)+刀。肖は筋のついた小肉。刀を加えてその肉を削ぎ取る意である。〔説文〕四下に「鞞(さや)なり」と刀室の意とし、また「一に曰く、析(さ)くなり」という。字形よりいえば削除・削減が字の本義。鞞の義は鞘(さや)の義に通用したものである(字通)、

と、会意文字とするものとに分かれる。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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煤(す)す

 

難波人(なにはひと)葦火(あしひ)焚(た)く屋(や)の煤(す)してあれどおのが妻こそ常(つね)めづらしき(万葉集)

の、

上二句は序、「煤して」を起こす、

とあり、

煤してあれど、

は、

煤ける古びているけれど、

と訳し、

葦火、

の、

葦、

は、

難波の名産、

とあり、

(葦火を焚く部屋のように古びているけれど)おれの妻はいつもいつもかわいくて一番いい、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

煤(す)す、

は、

さ/し/す/す/せ/せ、

の、自動詞サ行四段活用で、

すすける、
古びる、

意である(学研全訳古語辞典・広辞苑)。名詞、

煤(すす)、

は、

登陀流(とだる)天(あめ)の新巣(にひす)の凝烟〈凝烟を訓みて州須(スス)と云ふ〉の、八拳(やつか)垂る摩弖(まで)焼(た)き挙げ(古事記)、

と、

物が燃える際に、煙とともに出る黒い炭素の微粒子、また、それが梁の上、天井、煙突等に付着したもの、

と言い(精選版日本国語大辞典)、和名類聚抄(931〜38年)に、

炲煤、須須、灰集屋也、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

煤、スス・スヒ・ア(カ)マノアカ、

とある。由来は、

朝鮮語sus(炭)と同源(岩波古語辞典)、
巣炭(ススミ)の意かと云ふ、又、巣に棲む義か(大言海)、
ススミ(巣炭・巣墨)の義(名言通・和訓栞)、
フス(爝)の義(言元梯)、
フスボリツモリの義、あるいはフスボリスミの義(日本釈名)、
前のスはフスの義、後のスはスガルのスか(和句解)、
巣のようになった炭の意の、「巣炭」が語源、焚火が日常茶飯事であった頃、農家などでは、梁や天井裏にクモの巣ができ、ススが多くたまったのです。これをスミの巣と意識した言葉(日本語源広辞典)、

などとあるが、はっきりしない。

巣炭、

は、どうもいただけない。

煤、

は、

すすけ、

とも訓ますが、これは、動詞「すす(煤)く」の連用形の名詞化で、

衣もしろめず、おなじすすけにてあれば、いづち遣(や)りてけんなどにくむ(枕草子)、

と、

すすけていること、すすけて黒くなっていること、うす汚くよごれていること、

の意になる(精選版日本国語大辞典)。

煤(すす)く、

は、

け/け/く/くる/くれ/けよ、

の、自動詞カ行下二段活用で、

御薪(みかまぎ)にすすけたれば、黒戸といふとぞ(徒然草)、

と、

すすがしみついて黒ずむ、すすける、

意や、

衣(きぬ)は、雪に逢(あ)ひてすすけまどひ(源氏物語)、

と、

よごれてすす色になる、古くよごれた状態になる、

意である(学研全訳古語辞典)。ちなみに、

煤色(すすいろ)、

は、

淡い黒色、うすずみ色、

をいう(精選版日本国語大辞典)。

葦火、

は、古くは、

あしひ、

後に、

あしび、

と、濁音化、

干した葦の幹を薪として焚くこと、

である(大言海・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。上代、東国形は、

家(いは)ろには安之布(アシフ)焚けども住み好(よ)けを筑紫に至りて恋(こふ)しけもはも(万葉集)、

と、

あしふ、

で、

「ふ」は「ひ(火)」の上代東国語形、

とある(精選版日本国語大辞典)。

「煤」(漢音バイ、呉音マイ・メ)は、

会意兼形声。某(バイ・ボウ)は「甘(口に含む)+木」の会意文字で、口に含んで味わう梅のこと。梅の古字。のち墨(くろいすみ)・霉(バイ 暗い)などと同型のことばをあらわすのに転用され、某日・某人などのように、暗くてよくわからないことをあらわす。煤「火+音符某(暗い・黒い)」で、黒いもえかすつまりすすのこと、

とある(漢字源)。同じく、

会意兼形声文字です(火+某)。「燃え立つ炎」の象形と「口中に一線引いた象形(食物を口にはさむさまを表し、「うまい」の意味だが、ここでは、「祈りの言葉」の意味)と大地を覆う木の象形(「木」の意味)」(子が授かるように祈るのに用いる木「梅」の意味)から、梅の木を燃やした際に出る黒い物質「すす」を意味する「煤」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2572.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。火と、音符某(バイ)とから成る(角川新字源)

形声。声符は某(ぼう)。〔呂覧、任数〕に「煤炱(ばいたい)、甑(そう)中に入る」の語があり、〔玉篇〕に「炱煤なり」という。煙のすすの意(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

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とど

 

馬の音(おと)の跡杼(とど)ともすれば松蔭に出(い)でてそ見つるけだし君かと(万葉集)

の、

とど、

は、擬音語、

馬の音がどとっと聞こえようものなら、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

とど、

は、擬音語で、多く、

と、

を伴って、冒頭の、

馬の音(おと)の跡杼(とど)ともすれば松蔭に出(い)でてそ見つるけだし君かと(万葉集)
奥山の真木(まき)の板戸とどと押(し)て我(わ)が開(ひら)かむに入(い)り来て寝(な)さね(仝上)

などと、

戸をたたく音や馬の駈ける足音など、とどろき響く音を表わす語、

で(広辞苑・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、

どんどん、
とど、

の意とする(仝上・岩波古語辞典)。後には、

右の足を揚げて長尾をむずと蹈む。ふまれて下りに弓長(ゆんだけ)三杖ばかりとど走りて倒れにけり(源平盛衰記)、

と、

よろめくさまを表わす語、

に転じ、

よたよたと、
とぼとぼと、

の意と変わる(仝上)。万葉集の擬音語の用例は、たとえば、

烏とふ大をそ鳥(おおおそどり)の麻佐侵(まさで)にも来まさぬ君を児ろ来(ころく)とそ鳴く(万葉集)

と、

ころく、

は、

自来(ころく)の意か、

とある、

自らやってくる、

と掛けて、烏の鳴き声を、

ころく、

としている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。奈良時代は、烏(からす)の鳴き声を、

ころ、
から、

と聞いていて、

カラス
大輕率鳥(おほをそどり)

で触れたように、

カラス、

の、

から、

は、

その鳴き声から(雅語音声考・擁書漫筆・箋注和名抄・名言通・国語溯原=大矢徹・音幻論=幸田露伴)、
鳴声のカラにスを付したもの(円珠庵雑記・甲子夜話・大言海)、
コクロと表現される鳴声から(能改斎漫録・松屋筆記)、
カラスノカラと鳴声のコロクのコロとが形の上で関係のあるものとみることもできるが、鳴き声の擬声語化したカラに接尾語スが付いたものか(時代別国語大辞典=上代編)。
擬声語kara、kura+接尾語(日本語源広辞典)、

と、この擬声、

から、
ころ、

からきており、接尾語、

ス、

は、

カケス、キギス、ウグイス、

の、

ス、

と同じく、鳥の名を表す、とする。平安時代は、

暁がたにいささかうち忘れ寝入りにけるに、烏のいと近く、かかと鳴くに(枕草子)、

と、

かか、

鎌倉・室町時代から江戸時代にかけては、

こかこか、
こかあこかあ、

江戸時代になって、

かあかあ、

と聞くようになる(山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』)。また、

ぬばたまの黒髪山の山菅(やますげ)に小雨降りしきしくしく思ほゆ(万葉集)

の、

しくしく

は、動詞「しく(頻)」を重ねた、

物事があとからあとから重なり起こるさま、

の意の、

しくしく、

を、

小雨が降る擬音語、

しくしく、

に掛けて使っている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

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禱(の)む

 

夜並(よなら)べて君よを来ませとちはやぶる神の社(やしろ)を禱(の)まぬ日はなし(万葉集)
我妹子にまたも逢はむとちはやぶる神の社に禱(の)まぬ日はなし(仝上)

の、

のむ、

は、

祈む、

とも(岩波古語辞典・広辞苑・精選版日本国語大辞典)、

乞む、

ともあて(大言海)、

ま/み/む/む/め/め、

の、他動詞マ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、

首を垂れて祈る(岩波古語辞典)、
頭を垂れて祈る(広辞苑)、
頭を下げて請い願う、頭をたれて神仏に祈る(学研全訳古語辞典)、
頭を下げて祈る(デジタル大辞泉)、
頭を下げてこいねがう(精選版日本国語大辞典)、

と、

祈る、



同義ではあるが、

不得免(まぬかるましきこと)を知(し)りて、叩頭(ノミ)て曰はく「我君(あかきみ)」といふ〈叩頭(たたくかうへ)此をば迺務(ノム)と云ふ〉(「日本書紀(北野本訓)」)、
大縣主懼畏(かしこみて)稽首(のみ)自(まをさく)(古事記)、

とあるように、

頭を下げる、ひれ伏すなどの動作を主体とした語であると考えられる、

とある(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。由来は、

歎きのナをニに転じて活用す(大言海)、
ノム(叩頭)の義(言元梯)、
のめりこむような動作をいうノム(叩頭)からの分義で、ノムは前に倒れ掛かる意のノメル、そうさせる意のノメスから考えられる動詞(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
我身の憂をノム(歎)の意(日本語源=賀茂百樹)、
ノはヌカヅキのヌキの約ニの転(万葉考)、
イノリミル(祈見)の義(日本語原学=林甕臣)、

とあるが、万葉仮名で、

叩頭、

を、

のむ、

と訓んだことからの発想以上に出ていないように感じる。

祈る、

ということは、

うけふ

で触れたことだが、

いのる(祈・禱)

が、

イはイミ(斎・忌)・イクシ(斎串)などのイと同じく、神聖なものの意、ノリはノリ(法)・ノリ(告)などと同根か、みだりに口にすべきでない言葉を口に出す意、

であり、

呪う

は、

みだりに口に出すべきでない言葉、

というところから、意味が転じて、

呪う、
呪詛する、

意味になる。



は、

口+兄、

で、もともとは、

祈、

と同じで、

神前で祈りの文句を称えること

なのだが、後に、

「祈」は、幸いを祈る場合、

「呪」は、不幸を祈る場合、

と分用されるようになった。

どちらも、神に祈る行為の延長線上で、

自分の幸、

ではなく、

他人の不幸、

を祈るところへシフトする。しかも、

他人の不幸を実現することで自分の幸を実現しようとする、

という、屈折した祈りになる。新撰字鏡(平安前期)には、

祈、伊乃留(いのる)、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

祈、コフ・イノリ・ムクユ・ネガハクハ・モトム

とある。なお、

禱(の)む、

と、似た言葉に、

こ(祈)ふ

がある。やはり、

禱ふ、

とも当て(大言海)、普通は、

乞ふ、
請ふ、

とあてる、

は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、

の、他動詞ハ行四段活用で、

神仏・主君・親・夫などに対して、人・臣下・子・妻などが祈り、または願って何かを求める意(岩波古語辞典)、
神に冥助を請ふ意より移る(大言海)、

とあり、

恋(こ)ふ、

とは、同音ながら、

語源が別、

とある(仝上)。で、

敬びて雨を祈(コハ)しむへし(日本書紀)、
天地(あめつち)の神を許比(コヒ)つつ吾(あれ)待たむ早来ませ君待たば苦しも(万葉集)、

と、

望みがかなうように神仏に求める、

意、つまり、

祈る、

意で、そこから、広く、

木綿(ゆふ)畳(たたみ)手に取り持ちてかくだにも我(わ)れは祈(こ)ひなむ君に逢はじかも(万葉集)、
前妻(こなみ)が肴(な)許波(コハ)さば立柧棱(たちそば)の実の無けくを扱(こ)きしひゑね(古事記)、

と、

他者に、物を与えてくれるよう求める、

意、いわゆる、

乞う、

意や、

請(コ)フ、姉(なねのみこと)、天国(あまつくに)を照(てら)し臨(のそ)みたまはんこと(日本書紀)、

と、

ある事の実現を他人に願い求める、願い望む、

意、いわゆる、

請う、

意で使う。なお、

祈る、

の語源を、

「い」は神聖、斎の意。「のる」は宣るの意、

とする説があり、

天地(あめつし)のいづれの神を以乃良(イノラ)ばか愛(うつく)し母にまた言問はむ(万葉集)、

の、

神を祈る、

といった表現から、

神の名を口にする、

ことが本来の意義であったと考えられる。その後、平安時代には、

神に祈る、

という形で用いられ、願い事の成就を神に「対して」要求する意味を表わすようになる(精選版日本国語大辞典)としている。

「祈」(漢音キ、呉音ゲ・ギ)の異体字は、

𣄨、𧘻、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%88。字源は、「祈(こ)ふ」で触れたように、

会意兼形声。斤は、物におのの刃を近づけたさまを描いた象形文字で、すれすれに近づく意を含む。近の原字。祈は「示(祭壇)+音符斤(キン・キ)」で、めざす所にちかづこうとして神にいのること(漢字源)、

と、会意兼形声文字とするが、他は、

形声。「示」+音符「斤 /*KƏJ/」。「いのる」を意味する漢語{祈 /*ɡəj/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%88

形声。示と、音符斤(キン)→(キ)とから成る。神に福を願い求める意を表す(角川新字源)、

形声文字です(ネ(示)+斤)。「神にいけにえをささげる台」の象形(「先祖神」の意味)と「曲がった柄の先に刃をつけた斧」の象形(「斧」の意味だが、ここでは、「近(キン)」に通じ(同じ読みを持つ「近」と同じ意味を持つようになって)、「ちかづく」の意味)から、幸福に近づく事を願う事を意味し、そこから、「いのる」、「いのりを意味する「祈」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1156.html

形声。声符は斤(きん)。斤に圻・沂(き)の声がある。〔説文〕一上に「福を求むるなり」とあり、前条の祓に「惡を除く祭なり」とあるのと合わせて、祭にはこの二義があった。金文に𣄨字をに作り、後期の器銘には𬀍・旂などの字を用いる。みな軍行に当たって、あるいは遠行に際して無事を祈願したものであろう。金文にまた勹+亡・介・乞・害などの字を祈求の義に用いる。みな声の近い字である(字通)、

と、形声文字としている。

「禱(祷)」(トウ)の異体字は、

祷(簡体字/簡易慣用字体)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A6%B1。字源は、字源は、「祈(こ)ふ」で触れたように、

会意兼形声。壽の原字は「長い線+口二つ」の会意文字で、長々と告げること。音は、トウ。祷の本字は、それを音符とし、示(祭壇)を加えた字で、長々と神に訴えていのること(漢字源)、

会意兼形声文字です(示(ネ)+壽)。「神にいけにえをささげる台」の象形(「祖先の神」の意味)と「つえをつく老人の象形と長くつらなる道の象形」(「年老いるまで生命が長くつらなる」、「寿命が長い」の意味)から長生きできる事を「いのる」を意味する「禱」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2622.html

と会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「示」+音符「壽 /*TU/」。「いのる」を意味する漢語{禱 /*tuuʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A6%B1

形声。示と、音符壽(シウ)→(タウ)とから成る。神にいのる意を表す(角川新字源)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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魂(たま)ぢはふ

 

霊(たま)ぢはふ神も我(われ)をば打棄(うつ)てこそしゑや命(いのち)の惜しけくもなし(万葉集)

の、

霊(たま)ぢはふ、

は、

神の枕詞、

とし、

霊験あらたかな神様も私を見捨ててください、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

霊ぢはふ(霊じわう)、

魂ぢはふ(岩波古語辞典)、
霊幸はふ(広辞苑)、

とも当て、

「ぢはふ」の「ぢ」は神霊の意(精選版日本国語大辞典)、
チは霊、ハフは動詞化する語尾(岩波古語辞典)、
神は人の霊を幸(ちは)ひ保つ意といふ(大言海)、

等々とあり、

霊の力で守る、助ける(精選版日本国語大辞典)、
霊力を動かす、霊力で加護する(広辞苑)、
霊力をふるって守る(岩波古語辞典)、

と、微妙に含意が違う。一説に、冒頭の歌の注釈のように、

「かみ(神)」にかかる枕詞とする説もある、

とあり(精選版日本国語大辞典)、『大言海』は、

枕詞、

としつつ、

此語、皆枕詞とすれど、、或は、平語ならむか、さるは其用例、萬葉集、一處の外に見當らたらずして、且、歌詞も、霊と命とを対照せしめて、十分に意味あればなり。試みに、千速振ると代えて見よ、歌意の索漠たるを覚えむ、

としている。

ちはふ、

は、

幸ふ、

とあて、

は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、

の、自動詞ハ行四段活用で、

サチはフの略、いちはやぶる、ちはやぶるの例(大言海)、
チは霊力の意(広辞苑・学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
チは霊力、ハフはそれの働く意(岩波古語辞典)、

とあり、

神の威力が働く、加護がある(広辞苑)
霊力を現して加護する(学研全訳古語辞典)、
霊力を現わす、また、神が霊力を発揮して加護を垂れる(精選版日本国語大辞典)、
幸を與ふ(かみより)(大言海)、

意で、新撰字鏡(平安前期)に、

影護、知波不(チハフ)、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

援、チハフ・タスク、

とある。なお、

ちはふ、

には、

寺の躰を見に、極て貴き事无限(かぎりな)し。東は近江の江を護(ちは)ヘたり(今昔物語集)、

と、

へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、

の、ハ行下二段活用の他動詞があり、

霊力によって守る、

意である(精選版日本国語大辞典)。なお、

ちはふ、

の、

はふ(わう)、

は、五(四)段・下二段型活用の動詞、

はう(延う)、

から出た語とされ、

あたりに這うように広がる意を添えて動詞を造る(岩波古語辞典)、
名詞または体言的な造語要素について、その状態が進展する、または、その状態を進展させる意を表わす(精選版日本国語大辞典)、
名詞またはそれに準じる語に付いて、その状態が進展する、または、その状態を進展させる意を表す(デジタル大辞泉)

とされ、

あじわふ、
さきはふ
にぎはふ、

等々がある。で、

はう(這・延)、

も、

へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、

の、ハ行下二段活用の他動詞と、

は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、

の、ハ行四段活用の自動詞とがあるが、ここでは、自動詞の、

はふ、

で、

谷狭(せば)み嶺に波比(ハヒ)たる玉葛絶えむの心我(わ)が思はなくに(万葉集)、

と、

蔓草や綱などが、物に絡みついて伝わっていく(岩波古語辞典)、
植物の根や蔦(つた)の類が地面や木などにまつわりついてのびる(精選版日本国語大辞典)、

意で、

一面にのび広がる、

意で使い、それをメタファに、

年九十ばかりにて、雪をいただきたるやうなる女翁、はいにはいきて(宇津保物語)、

と、

人がうつぶせに伏した状態になる。また、その状態で手足をつかって動きまわる、

意や、

神風(かむかぜ)の伊勢の海の大石(おいし)に這(は)ひ廻(もとほ)ろふ細螺(しただみ)のい這(は)ひ廻(もとほ)りて撃ちてし止まむ(古事記)、

と、

獣・虫・貝など動物が地面などに体をすりつけるようにして進む、

意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・広辞苑)。また、

なほこの内侍に思ひ離れずはひまぎれ給ふべき(源氏物語)、

と、他の動詞の上について、

そっと……する、

意でも使う(岩波古語辞典)。他動詞、

はふ、

は、

またさらに大御神(おほみかみ)たち船舳(ふなのへ)に御手(みて)うち懸けて墨縄(すみなは)を播倍(ハヘ)たる如く(万葉集)、

と、

糸・紐(ひも)・綱や、布・袖などを長く引きのばす、のばしひろげる、長くはわせる、

意や、転じて、

蓴(ぬなは)繰り波閇(ハヘ)けく知らに我が心しぞいや愚(をこ)にして今ぞ悔しき(古事記)、

と、

心情、ことばなどを相手に届くようにする、心をよせる、ことばをかける、

意でも使う(精選版日本国語大辞典)。なお、

ちはふ、

の、

ち、

は、

霊、

とあてるが、

持(モチ)の義、神、人の霊(たま)、又徳を称え賛(ほ)めて云ふ語。野之霊(ノツチ 野槌)、水霊(ミヅチ)、尾呂霊(ヲロチ 蛇)などの類の如し、チの転じて、ミとなることあり、高皇産霊(タカミムスビ)、神皇産霊(カムミムスビ)の如し(大言海)、
自然の事物などの名詞の下に付いて、それが神秘的な力をもつ意を表す。「いかず霊(雷)」「おろ霊(大蛇)」「みず霊(水霊)(デジタル大辞泉)、
神や自然の霊の意で、神秘的な力を表わす。「みずち(水霊)」「のつち(野霊)」「いかずち(雷)」「おろち(大蛇)」。「わたつみ」「やまつみ」「ほほでみ」の「み」と同じ(精選版日本国語大辞典)、
原始的な霊格の一。自然物の持つ激しい力・威力をあらわす語。複合語に用いられる。「いかづち(雷)」「をろち(蛇)」「いのち(命)」「たまぢはふ」など(岩波古語辞典)、
複合語として用いる。自然物の威力・霊力を表す語。「いかづち(雷)」「おろち(蛇)」など(広辞苑)、

とある。また、

霊、

については、和名類聚抄(931〜38年)に、

靈、日本紀私記に云ふ、美太万(みたま)、一に云ふ、美加介(みかげ)、又、魂魄の二字を用ふ、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

靈、ミタマ・ミカゲ・スダマ・ネガフ・アヤシ・メヅラシ・タマシヒ・アキラム・カミ、
産靈、ムスビノカミ、
精霊靈、タマシヒ、
蒭靈、クサヒトカタ、

とある。この和語の、

霊(たま)、

は、

たま(魂・魄)

で触れたように、

魂、
魄、

とも当て、

たま(玉・珠)

と同根、

とあり、

人間を見守りたすける働きを持つ精霊の憑代となる、丸い石などの物体が原義、

とある(岩波古語辞典)。依り代の、

たま(珠)、

と、依る、

たま(魂)、

が同一視されたということであろうか。本来「たま」は「魂」で、形を指さなかった。魂に形をイメージしなかったのではないか。それが、

丸い石、

を精霊の憑代とすることから、その憑代が「魂」となり、その石をも「たま」と呼んだことから、その形を「たま」と呼んだと、いうことのように思える。その「たま」は、単なる球形という意味以上に、特別の意味があったのではないか。この、

たま(玉・珠)、

は、

魂、
でもあり、
依代、

でもある。何やら、

神の居る山そのものがご神体、

となったのに似ているように思われる。

未開社会の宗教意識の一。最も古くは物の精霊を意味し、人間の生活を見守り助ける働きを持つ。いわゆる遊離靈の一種で、人間の体内から脱け出て自由に動き回り、他人のタマとも逢うこともできる。人間の死後も活動して人を守る。人はこれを疵つけないようにつとめ、これを体内に結びとどめようとする。タマの活力が衰えないようにタマフリをして活力をよびさます、

ともある(仝上)。だから、いわゆる、

たましい、

の意であるが、

物の精霊(書紀「倉稲魂、此れをば宇介能美柂麿(うかのみたま)といふ」)、

人を見守り助ける、人間の精霊(万葉集「天地の神あひうづなひ、皇神祖(すめろき)のみ助けて」)、

人の体内から脱け出して行動する遊離靈(万葉集「たま合はば相寝むものを小山田の鹿田(ししだ)禁(も)るごと母し守(も)らすも」)、

死後もこの世にとどまって見守る精霊(源氏物語「うしろめたげにのみ思しおくめりし亡き御霊にさへ疵やつけ奉らんと」)、

と変化していくようである。そこで、

生活の原動力。生きてある時は、體中に宿りてあり、死ぬれば、肉體と離れて、不滅の生をつづくるもの。古くは、死者の魂は、人に災いするもの、又、生きてある閧ノても、睡り、又は、思なやみたる時は、身より遊離して、思ふものの方へゆくと、思はれて居たり。生霊などと云ふ、是なり。故に鎮魂(みたままつり)を行ふ。又、魂のあくがれ出づることありと、

ということになる(大言海)。また、

和魂(にきたま)

で触れたように、

和魂(にきたま)、

は、

にぎみたまは王身(みついで)にしたがひて寿命(みいのち)をまもらむ(日本書紀)、

と、

にきみたま(和魂)、

とも訓ませ(岩波古語辞典)、

温和な徳を備えた神霊、

の意で(岩波古語辞典)、日本書紀の神功皇后のくだりは、

あらみたまは先鋒(さき)として師船(みいくさのふね)を導かむ(日本書紀)

と続き、

和魂、

は、

荒魂(あらみたま)、

と対で、

物事に対して激しく活動する神霊、

をいう。

あらみたま、

は、

神の御霊の徳用(はたらき)に就いて云ふ語、御霊の時として荒びて外に現し、強暴なるものを打伏せむとしたまふが、即ち、荒御霊なり。御霊が、内に和(にぎ)びて鎮まりましてあるを、和御魂(にぎみたま)と云ふ。又、和御霊の徳用に、二様あり、人の身を守りて幸(さき)くあらしめたまふを、幸御霊(さきみたま)、又幸魂(さきたま)と云ひ、奇(く)しき徳用を以て、事業を成さしめたまふを、奇御霊(くしみたま)と云ふ、

とある(大言海)。つまり、

古く日本人は神の霊魂の作用および徳用を異なる作用を持つ霊魂の複合による、

と考え、

和魂、

は、主として、

神霊の静的な通常の状態における穏和な作用、徳用、

をさし、これに対して、

荒魂、

は、

活動的で勇猛、剛健な作用、

をさしていう(世界大百科事典)。

その作用をおこさせる原動力は個別に存在するものと考えられ、神霊も平常のときには一つの神格に統一され別個のはたらきは見せないが、時と場合に応じて分離し、単独に一個の神格としてはたらくものと信じられたのである。そこで、神をまつるにあたっても、和魂だけをまつる場合も、荒魂だけをまつる場合もある、

とあり(仝上)、神功皇后は、出兵に際して、

にぎみたまは王身(みついで)にしたがひて寿命(みいのち)をまもらむ、あらみたまは先鋒(さき)として師船(みいくさのふね)を導かむ(日本書紀)、

と、

あらみたま、
にぎみたま、

を列記しているし、

あらみたま、

は、

死者と死霊の中間にあり、たたりの可能性があるとされる新霊にも通じる、

とあり(ブリタニカ国際大百科事典)、これは、

疫神(ヤクジン)の神霊、又は、死者の怨霊(ヲンリヤウ)(疫神となりたる)の敬称、

である、

をごりょう、

と訓ませる、

御霊、

につながる。この、

御霊、

については、

御霊会

で触れた。

魂魄
たま(魂・魄)
和魂(にきたま)
言霊
たまきはる

については触れた。

「霊」(漢音レイ、呉音リョウ)の異体字は、

灵(俗字/簡体字)、靈(旧字体/繁体字)、

とあり、

霊、

の字源は、

「靈」の略体、

であるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9C%8A

「靈」(漢音レイ、呉音リョウ)の異体字は、

䨩、灵(簡体字)、霊(新字体)、霛、𠳄、𡀓、𢩙、𤫊、𤴤、𦊄、𧈀、𧨈、𩂊、𩂳(俗字)、𩃏、𩄀、𩄇、𩆜、𩆮(古字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%88。字源は、

会意兼形声。霝(レイ)は、「雨+〇印三つ(水たま)」を合わせた会意文字で、連なった清らかな水たま。零と同じ。霊は「巫(みこ)+音符霝」で、神やたましいに接するきよらかなみこ。転じて、水たまのように冷たく清らかな神の力やたましいをいう。冷(レイ)とも縁が近い。霊はその略字。灵は中国での霊の簡体字、

とある(漢字源)。同じく、

会意兼形声文字です(霝+巫)。「雲から雨がしたたり落ちる」象形と「口」の象形と「神を祭るとばり(区切り)の中で人が両手で祭具をささげる」象形から、祈りの言葉を並べて雨ごいする巫女を意味し、そこから、「神の心」、「巫女」を意味する「霊」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1219.html

と、会意兼形声文字とする説もあるが、

形声。「巫」+音符「霝 /*REŊ/」。「みたま」「たましい」を意味する漢語{靈 /*rˤeŋ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9D%88

旧字は、形声。意符巫(ふ)(みこ)と、音符霝(レイ)とから成る。雨ごいするみこの意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、

と、形声文字とする説、

会意。旧字は靈に作り、霝(れい)+巫(ふ)。霝は祝禱の器である差ᗨ(さい)を列して、雨乞いを祈る意。巫はその巫祝をいう。その雨をまた霝雨という。〔説文〕一上に字を𤫊に作り、「𤫊巫なり。玉を以て神に事(つか)ふ」とし、重文として靈をあげている。金文には字を霝に作り、また示を加え、心を加え、玉を加えるなどの字形がある。霝が初文、他はその繁文とみるべき字である(字通)、

と、会意文字とする説とに分かれる。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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打棄(うつ)つ

 

霊(たま)ぢはふ神も我(われ)をば打棄(うつ)てこそしゑや命(いのち)の惜しけくもなし(万葉集)

の、

打棄(うつ)てこそ、

の、

こそ、

は、

希求、

とし、

見放したまえ、

と訳す(仝上)。

しゑや

は触れたが、

ああ、いやだ、
ええい、もう、

といった意になるが、ここでは、

ええいこんな命なんか惜しくはありません、

と訳す(仝上)。

打棄(うつ)つ、

は、

「う(打)ちう(棄)つ」の音変化(デジタル大辞泉)。
「うち(打)うつ(棄)」の変化した語(精選版日本国語大辞典)、
ウチウツの約(岩波古語辞典)、
打棄(ウチス)つの約(大言海)、

とあり、

打ち、

で、

棄(う)つ、

を強めて(広辞苑)、

五月蠅(さばへ)なす騒く子どもを宇都弖(ウツテ)ては死には知らず見つつあれば心は燃えぬ(万葉集)、

と、

見捨てる、
打ち捨てる、
見捨ててかえりみない、
見殺しにする、

意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・岩波古語辞典)。

棄(う)つ、

は、

て/て/つ/つる/つれ/てよ、

の、他動詞タ行下二段活用で、

捨てる、

意だが、

打つ、

の単独用例はなく、他の動詞と複合して用いられる。「投げうつ」「脱ぎうつ」「流しうつ」など、

とあり(学研全訳古語辞典)、

打ち

で触れたように、この、

接頭語「うち」、

は、動詞に冠して、

その意を強め、またはその音調を整える(打ち興ずる、打ち続く)
瞬間的な動作であることを示す(打ち見る)、

と(広辞苑)あり、

平安時代ごろまでは、打つ動作が勢いよく、瞬間的であるという意味が生きていて、副詞的に、さっと、はっと、ぱっと、ちょっと、ふと、何心なく、ぱったり、軽く、少しなどの意を添える場合が多い。しかし和歌の中の言葉では、単に語調を整えるためだけに使ったものもあり、中世以降は単に形式的な接頭語になってしまったものが少なくない、

として(岩波古語辞典)、

さっと(打ちいそぎ、打ちふき、打ちおほい、打ち霧らしなど)、
はっと、ふと(打ちおどろきなど)、
ぱっと(打ち赤み、打ち成しなど)、
ちょっと(打ち見、打ち聞き、打ちささやきなど)、
何心なく(打ち遊び、打ち有りなど)、
ぱったり(打ち絶えなど)、

といった意味をもつとしている(仝上)。動詞、

うつ、

は、

打つ、
撃つ、

とあて、

相手・対象の表面に対して、何かを瞬間的に勢い込めてぶつける意。類義語タタクは比較的広い面を連続して打つ意、

だが(岩波古語辞典)、その意味の幅は、

あるものを他の物に瞬間的に強く当てる(打・撃)、
(釘や杭、針を)たたきこむ、差し込む(打)、
傷つけ倒す(撃・討)、
(網などを)遠くへ投げる意から(打・射)、
(門・幕などを)設ける(打)、
(もも・筵などを)編む(打)、
(転じて)あること(芝居などを)行うこと(打)、

とあり、接頭語「うつ」に、この意味の何がしかは反映している。たとえば、

打ち興ずる、
打ち続く、

のように、

その意を強め、またはその音調を整える、

ほかに、

打ち見る、

のように、

瞬間的な動作であることを示す、

使い方をする(広辞苑)。

「棄」(キ)の異体字は、

弃(簡体字/古字)、毀(の代用字)、甭、𠆉(籀文)、𢍞、𣓪(俗字)、𨓋(古字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A3%84。字源は、

会意文字。「子の逆形→生まれたばかりの赤子→ごみとり→両手」で、赤子をごみとりにのせてすてるさまをあらわす、

とある(漢字源)。他も、

会意。「𠫓」(「子」を上下反転したもの)+「𠀠」(ちりとり、「箕」の原字)+「𠬞」(両手)、子供を捨てるさまを象る。「すてる」を意味する漢語{棄 /*khis/}を表す字。字形は、迷信や生活の困難等の理由により嬰児を捨てることがしばしばあった古代社会を反映したものhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A3%84

会意文字です。「子を流す」象形と「ごみを押しのける道具」の象形と「両手」の象形から、生まれた子をすてるさまを表し、そこから、「すてる」を意味する「棄」という漢字が成り立ちまいたhttps://okjiten.jp/kanji1553.html

会意。旧字は棄。𠫓 (とつ)+●(はん)+廾(きょう)。〔説文〕四下に「捐(す)つるなり。廾に從ふ。●を推して之れをつ。𠫓に從ふ。𠫓は逆子なり」とあって、逆子(さかご)であるからこれを悪(にく)んで棄てる意とする。𠫓は子の出生のときの姿で、育、流はその形に従う。生子を棄てることは古俗として行われたことがあり、周の始祖説話として、后稷がはじめ棄てられて棄と名づけられたとされ、他にもその類話が多い。一種の厄よけの方法として、のち厄年の婦人の生んだ子を、一度棄てる形式をとる民俗もある。●はもっこ。卜文の字は其(箕)に従う形に作る。のち流棄の意に用い、金文の〔散氏盤〕に、契約に違反するときの自己詛盟の語として、「之れを傳棄せん」という。のちすべて放棄する意に用いる(字通)、

と、会意文字としているが、

象形。ちり取りに入れた子供を捨てるさまにかたどる。ごみを集めて「すてる」意を表す。古代には、生まれたばかりの子供を一度捨てたのちに拾いあげる習俗があった(角川新字源)、

と、象形文字とする説もある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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こそ

 

霊(たま)ぢはふ神も我(われ)をば打棄(うつ)てこそしゑや命(いのち)の惜しけくもなし(万葉集)

の、

打棄(うつ)てこそ、

の、

こそ、

は、

希求、

とし、

見放したまえ、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

こそ、

は、終助詞で、

語源については定説を得ない、

とあり、

係助詞「こそ」の文末用法とする説、
「来為(こそ)」とする説、
助動詞「こす」の命令形の古形とする説、

等々がある(広辞苑)。このことは、

ありこせぬかも
こせぬかも

で触れたように、

こす

は、上代語で、動詞の連用形に付いて、

相手の動作、状態が自分に利益を与えたり、影響を及ぼしたりすることを望む意、

を表わし(精選版日本国語大辞典)、

……してくれ、
……してほしい、

という、相手に対する希求、命令表現に用いられる(仝上・広辞苑)。活用は、

未然形「こせ」・終止形「こす」・命令形「こせ」、

だけとされる(広辞苑)が、

助動詞下二段型、こせ/○/こす/○/○/こせ・こそ、

の活用で、相手に望む願望の終助詞「こそ」を、

「こす」の命令形、

とする説があり((学研全訳古語辞典))、また、

命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法、

とする説もある(精選版日本国語大辞典)。

また活用についても、下二段型とする説の他、

サ変の古活用の未然形「そ」を認めてサ変動詞、

とする説がある(精選版日本国語大辞典)。未然形「こせ」についても、

「こせね」「こせぬかも」のように、希求を表わす助詞などとともに用いられ、終止形「こす」は、「こすな」のように、禁止の終助詞「な」とともに用いられる。命令形「こそ」は最も多く見られる活用形で、これを独立させて終助詞とする説(仝上)、

もあり、平安時代以降、命令形に、

こせ、

の形が見られるようになる(仝上)とある。ともあれ、終助詞、

こそ、

は、

終助詞。奈良時代、動詞の連用形について、他へ求め願う意を表し、……してほしい、……してくれ(広辞苑)
終助詞、動詞こす(遣す)の古い命令形ともいう。奈良時代、動詞の連用形をうけ、他への希望を表す。……してほしい(岩波古語辞典)、
終助詞、上代語。助動詞「こす」の命令形とする説もある。動詞の連用形に付く。他に対する願望で、……てほしい。……てくれ(学研全訳古語辞典)、
終助詞、上代語、用言の連用形に付く。願望を表す。……てほしい。……てくれ(デジタル大辞泉)、
終助詞、文末の連用形をうけ、他に対する希望の意を表わす。上代だけに見られる用法(精選版日本国語大辞典)、

と、その用法、意味は共通している。ちなみに、係助詞、

こそ、

は、

多くの中からある内容を強く指示する働きがある。指示した物事以外との間に対比(逆接)の関係が生じ、その結果、結びが活用語の時は、逆接を表す機能もある已然形の形が使われ、「こそ……已然形」の係結びの関係ができることになる。ただし、奈良時代は結びが形容詞および形容詞型活用の助動詞の場合、「難波人葦火焚く屋の煤(す)してあれどおのが妻こそ常(つね)めずらしき」(万葉)のように連体形となった例もある。平安時代には、已然形の機能の変化に伴い、「子ある仲なりければこまかにこそあらねど時々ものいひおこせり」(伊勢物語)のように、結びの部分に逆接を表す語が補われる言い方が現れ、徐々に「こそ」の係結びに乱れが生ずる。口語では、特殊の成句のほかは、已然形で結ぶことは行われない(広辞苑)、
古語では、文中にあって「係り」となり、文末の活用語尾を已然形で結ぶ。また、上代では連体形で結ぶこともある。係助詞「ぞ」「なむ」に比し、強調の度合いが強いといわれる(デジタル大辞泉)、
文中で係りとなる用法。これとかかわりをもつ文末活用語は已然形をとる。ただし、上代では已然形の発達の遅れている形容詞および形容詞型活用の語の場合は連体形。@文中の「こそ」をうけて形容詞または形容詞型活用の語の連体形で結んだ例として、「書紀‐仁徳二二年正月・歌謡」の「衣虚曾(コソ)二重も良きさ夜床を並べむ君はかしこきろかも」、「万葉‐二七八一」の「海(わた)の底おきを深めて生ふる藻のもとも今社(こそ)恋はすべ無き」などがある。A「こそ…已然形」の呼応には、中古から破格の例が見えはじめる。その最も早い例は、句点に関して異論もあるが「竹取物語」の「さればこそ異物の皮なりけり」で、「源氏‐行幸」にも「内侍のかみあかばなにがしこそ望まむと思ふを」の例が見られる。「今昔物語集」以後、次第にその例が多くなるが、結びの活用語が動詞、形容詞の場合はほとんどなく、「けり」「なり」(伝聞、または推定)などの断定性の弱く、感動性を含む助動詞、および推量の助動詞からはじまる。中世以降は破格化が進み、断定性の強い助動詞や形容詞にもおよぶ。B中古以後、逆接の意味を接続助詞の「ど(も)」「とも」「に」などによって表わす例が現われる。「源氏‐東屋」の「守こそおろかに思ひなすとも我は命を譲りてかしづきて」、「太平記‐一九」の「後は山により、前は水を堺ふ事にてこそあるに」など(精選版日本国語大辞典)、
@係り結び(結びは已然形) ただし、上代では形容詞・形容詞型活用の助動詞が「こそ」の結びになる場合は、連体形で結んだ。A結びの省略 「こそ」を受けて結びとなるはずの文末の語句が省略されて、「こそ」で言い切った形になることもある。たとえば「この殿の御心かばかりにこそ」(徒然草)〈この殿のお心はその程度でいらっしゃったのだ〉の「かばかりにこそ」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形で、下に「おはしけれ」(「けれ」が結びで已然形)が省略されている。B結びの消滅 「こそ」が文中にあっても、それを受ける結びの語が接続助詞に続くなどして文が終止しない場合は、係り結びは成立しない。たとえば「たとひ耳鼻こそ切れ失(う)すとも」(徒然草)〈たとえ耳や鼻なんかがちぎれてなくなったとしても〉で、文が「こそ」を受ける文節で終止するなら「失すれ」と已然形になるはずであるが、「とも」という接続助詞に連なるため終止形「失す」になり、結びは消滅する(学研全訳古語辞典)、
社、乞(とあてる)。此(こ)は其(そ)なり、と指す意なりと云ふ。他に対して、特に、其物、其事を撰りわけて、確かに云ふ意の辞。ゾの意の更に強きもの。(また)請ひ願ふ意を云ふ辞。動詞の連用形に付きて言切る。是れも、其事をと指す意なり。和訓栞「萬葉集に、乞の字を讀めり、字の如く、乞ひ願ふ辞、……社を讀むは、……神社は祈請の所なれば、乞の字、義通へり」(大言海)、

等々とあるが、係助詞、

こそ、

が入る効果について、

順直な表現ならば、(万葉集の「大君の辺にこそ死なめかへり見はせじと言(こと)立て」の)「大君の辺に死なむ」(万葉集の「川沿ひの岡辺の道ゆ昨日こそ我が越え來しか一夜(ひとよ)のみ寝たりしからに峰(を)の上(うへ)の桜の花は滝のゆ散らひて流る」の)「丘辺の道を昨日越え來ぬ」とする表現において、上に強調の「こそ」が投入されると、「大君の辺にこそ死ぬだろう」「昨日こそ越えた」となる。(中略)この「こそ」の投入は「大君の辺にこそ死ぬだろうが、故郷を顧みたりはしない」「たった昨日山をこえたばかりなのに(一夜寝ただけで)今日は桜が散って流れている」という意味になる。つまり、「こそ」の投入は、「こそ」と已然形との協同によって逆接の既定条件句らを成立させた。これが「こそ」の係結びの古い用法で、万葉集の「こそ」のほとんどすべてはこの逆接の用法である、

としている(岩波古語辞典)。しかし、やがて、逆接の条件句という用法は忘れられ、

此の山のいやつぎつぎに斯(か)くしこそ仕へまつらめいや遠長(とほなが)に(万葉集)、

では、

「こそ」は単純な強調の辞として投入され、已然形も、普通の終止法の一変形とみなされている、

とし(岩波古語辞典)、

梅こそただ今はさかりなれ(枕草子)、

でも、「こそ」の係結びが単純な強調となっている(仝上)。鎌倉時代になると、「こそ」の係結びは、

単純な強調、

と意識されることが多くなる(仝上)とある。

ただ、

係助詞「こそ」、

には、

小里なる花橘を引きよぢて折らむとすれどうら若み許曾(コソ)(万葉集)、

と、

文末にあって詠歎的強調を表わす、

用法があり、これと、

終助詞の「こそ」、

との区別はつけにくい。この、

こそ、

は、現代でも、

これはこれは、ようこそ、
いや、こちらこそ、

といった、

文末にあって、言いさして強める意を表す、

使い方があり、これも、強調になっているが、これは、

「こそ」に続く述語部分を省いたもので、古語では、「あれ」「あらめ」「言はめ」が省かれることが多い、

とある(デジタル大辞泉)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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暁闇(あかときやみ)

 

夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影(あさかげ)に我(わ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねて(万葉集)

の、

上二句は序、「朝」を起こす、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

夕月夜

は、

夕暮に出ている月、

の意だが、

陰暦10日頃までの夕方の時刻に、空に出ている上弦の月。また、その月の出ている夜。

とある(仝上・精選版日本国語大辞典)。

唯、夕の月なり、夜と云ふ語に、意なしと見るべし、

とあり(大言海)、古言に、

月をつく、

と云ふ(仝上)ともいい、

夕付日、

というと、

夕方になってゆく陽の光、

つまり、

夕日(夕陽)、

をさす(仝上・広辞苑)。

夕月夜、

の、

上弦の月、

は、

早く出でて(夕月夜)、早く入れば、暁は闇となる。下弦の月は遅く出でて(夕闇・宵闇)、暁まで残り、暁月(あかつきづくよ)、朝月(あさづくよ)、有明の月となる、

とある(大言海)。で、

夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)、

は、

夕方には月があるが、明け方近く闇になる、月初めの状態、

をいい、

夕方出ていた月が沈んで暁の闇が明けた朝、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

朝影、

は、

その朝の日に映る影法師、

と訳す(仝上)。

あかとき

で触れたように、上代は、

あかつき

は、

明時(アカトキ)の義、あかつきの本語なり、

とある(大言海)ように、

あかとき、

で、中古以後、

あかつき、

となる。もともとは、古代の夜の時間を、

ユウベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、

という区分した中の「あかつき」(因みに、ヒルは、アサ→ヒル→ユウ)で、

夜が明けようとして、まだ暗いうち、

を指し(岩波古語辞典)、

ヨヒに女の家に通って来て泊まった男が、女の許を離れて自分の家へ帰る刻限。夜の白んでくるころはアケボノという、

とする(仝上)が、

明ける一歩手前の頃をいう「しののめ」、空が薄明るくなる頃をいう「あけぼの」が、中古にできたため、次第にそれらと混同されるようになった、

とある(日本語源大辞典)。

アシタ、

は、「ヒル」の時間帯を指す、

アサ→ヒル→ユウ、

の「アサ」と同じで、古く、アシタとアサとは、

同じ「朝」の時間帯を指したが、アサが「朝日・朝霧・朝曇(あさぐもり)・朝夕」など複合語の前項として多く用いられ、平安時代以前には単独語の用例がまれだったのに対し、アシタは単独語としての使用が普通で、複合語としては「朝所(あしたどころ)」くらいであるという違いがあった、

とあり(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

アシタ、

は、

「夜が明けて」という気持ちが常に常についている点でアサと相違する。夜が中心であるから、夜中に何か事があっての明けの朝という意に使う。従ってアクルアシタ(翌朝)ということが多く、そこから中世以後に、アシタは明日の意味へと変化し始めた(岩波古語辞典)、

とし、

アサには「明るい時間帯の始まり」の意識が強い(「あさまだき」「朝け」)に対し、「アシタ」には「暗い時間帯の終わり」に重点があった。そのため、前夜の出来事を受けて、その「翌朝」の意味に用いられることが多く、やがて、ある日から見た「翌日」、後には今日から見た「明日」の意に固定されていく。この意味変化と呼応しつつ、アサが専ら「朝」を指す単語となり、ユフヘが「昨夜」を示すようになった(精選版日本国語大辞典)、

とあるので、

アカツキ→アシタ、

の幅は、

ヤハン過ぎから、夜明け近くのまだ暗い頃まで(日本語源大辞典)、

と幅広いが、

「あけぼの」よりやや早い時刻をいう、

とある(学研全訳古語辞典)。

あかときやみ(暁闇)、

の、

あかとき、

は、

明時(アカトキ)の義、あかつきの本語なり、

とある(大言海)ように、

あかつきやみ(暁闇)、

のことで、

暁に月がなく、真っ暗なこと、月が早く没する陰暦13日ころまで(岩波古語辞典)、
夜明け前、月がなく辺りが暗いこと。陰暦で、1日から14日ごろまで、月が上弦のころの現象(デジタル大辞泉)、
明け方、月がなく、あたりが暗いこと。また、そのころ。陰暦で、一日から一四日ごろまでの夜明け方をいう(精選版日本国語大辞典)、
月のない明方、陰暦で月の14日ごろまで(広辞苑)、
暁に月なきを云ふ語。上弦の月は早く出て、(夕月)夜(ゆふづくよ)に早く入れば、暁には闇となる、下弦の月は遅く出て(夕闇(ゆふやみ)、宵(よひ)闇)暁まで残り、暁月(あかつきづくよ)、朝月(あさづくよ)、ありあけのつきとなる(大言海)、

とあるように、

暁闇⇔夕闇(宵闇)、
夕月夜⇔暁月夜(朝月夜)、

と対になり、

夕月夜→暁闇、
暁月夜→夕闇(宵闇)、

となる。

暁月夜(あかときづくよ)

は、

あかつきづくよ、
あさづくよ、

とも訓ませ(岩波古語辞典・大言海)、

夜と云ふに意味なし、有明の月に同じ、

とある(大言海)ように、

朝月夜(あさづくよ)、

と同じ、

有明の月、

の意で、

陰暦17、8日以後は月の出が遅く、暁に月が残っている、それで、

暁月夜、
夕闇(ゆふやみ)、

という(岩波古語辞典)が、これに対して、

陰暦12、3日以前は月の出が早く、暁には月が沈んでいる、

ので、

夕方の時刻に、空に出ている上弦の月。また、その月の出ている夜、

を、

夕月夜、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、

という(仝上)。

暁に月が残っている、

暁月夜、

は、逆に言うと、

特に月の出の遅い陰暦二十日前後、日が暮れてから月が出るまでの真暗な状態、またその時間、

を、

夕闇、

あるいは、

宵闇(よいやみ)、

という(仝上)。

旧暦一五日を過ぎると月の出が夜とともに遅くなり、二〇日過ぎともなると一〇時を過ぎないと上がらない、

という(精選版日本国語大辞典)。それに対し、

月が早く没する陰暦十三日ころまでの、暁に月がなく真暗なこと、

を、暁には月が沈んでいるので、

暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、

という(岩波古語辞典)。この、

朝月夜、

の対になる、

暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、

は、

陰暦で、1日から14日ごろまで、月が上弦のころの現象、

になり(精選版日本国語大辞典)、冒頭の、

夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影に我(あ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねて〈万葉集〉、

と、

上弦の月は早く出でて(夕月夜(ゆふづくよ))、夜に早く入れば、、暁は闇となる。下弦の月は遅く出でて(夕闇(ゆうやみ)・宵闇(よひやみ))、暁まで残り、暁月(あかつきづくよ)、朝月(あさづくよ)、有明の月となる、

のである(大言海)。ちなみに、

類聚名義抄(11〜12世紀)は、

闇、クラシ・ヤミ・ソラニ・オボツカナシ、
暗、クラシ・ヤミ・ソラ・ムナシ・ホノカナリ/闇、ヨル、

字鏡(平安後期頃)は、

闇、ヤミ・クラシ・ヲボツカナシ・カスカナリ・ハルカナリ・ソラニ・カドドヅ、

としている。

「闇」(漢音アン、呉音オン)の異体字は、

暗(別字/代用字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%97%87。字源は、

会意兼形声。「門+音符音(オン・アン 口を閉ざして声だけ出す。ふさぐ)」で、入口をとじて、中を暗くふさぐこと、暗とまったくおなじことば、

とあり(漢字源)、

「暗・暗夜」など、「暗」に書き換えることがある、

とある(仝上)。しかし、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、誤った分析である、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%97%87、他は、すべて、

形声。「門」+音符「音 /*ɁUM/」。「門をとじる」を意味する漢語{闇 /*ʔuums/}を表す字。のち仮借して「やみ」を意味する漢語{闇 /*ʔuums/}に用いる(仝上)、

形声。門と、音符音(イム)→(アム)とから成る。門を「とじる」意を表す。転じて「くらい」意に用いる(角川新字源)、

形声文字です(門+音)。「左右両開きになる戸」の象形(「門」の意味)と「取っ手のある刃物の象形と口に一点加えた文字」(「音」の意味だが、ここでは、「暗」に通じ(「暗」と同じ意味を持つようになって)、「暗い」の意味)から、「門を閉じて暗くする」、「暗い」、「光がない」を意味する「闇」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2193.html

形声。声符は(音)(おん)。〔説文〕十二上に「門を閉ざすなり」とあり、閉門の意とするが、閉門には閉の字があり、音に従うこの字には別の義があるべきである。音は言(祝詞)が音を発する意で、神の「音なひ」を示す。門は廟門。祭祀は夜行われ、廟門に祝詞をおいて、神の訪れを待った(字通)、

と、形声文字としている。

「暗」(漢音アン、呉音オン)の異体字は、

晻(被代用字)、 闇(被代用字)、𣆛、𣈇、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%97。字源は、

会意兼形声。音(オン)は、言の字の口の中に丶印を加えた会意文字で、ものをいう口の中に何かを含んで口ごもるさま。諳(アン 口ごもって明白に発音せず、頭の中で覚える)のもとになる字。暗は「日+音符音」で、中に閉じこもって日光のささないこと、

とある(漢字源)が、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%97、他は、

形声。「日」+音符「音 /*ɁUM/」。「くらい」を意味する漢語{暗 /*ʔuums/}を表す字(仝上)、

形声。日と、音符音(イム)→(アム)とから成る。日がかくれて「くらい」意を表す(角川新字源)

形声文字です(日+音)。「太陽」の象形と「取っ手のある刃物の象形と口の象形(「言う」の意味)の「口」の部分に1点加えた形」(「音」の意味だが、ここでは、「陰」に通じ(同じ読みを持つ「陰」と同じ意味を持つようになって)、「くもる」の意味)から、曇りの為、太陽の光がない、「くらい」を意味する「暗」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji264.html

形声。声符は音(おん)。音は、形がみえず、音のみ聞こえる意。暗は、日の光がなく、冥暗の意。闇と声義が同じ。〔説文〕七上に「日に光無きなり」とみえる(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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朝影

 

夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影(あさかげ)に我(わ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねて(万葉集)

の、

上二句は序、「朝」を起こす、

とあり、

夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)、

は、

夕方には月があるが、明け方近く闇になる、月初めの状態、

で、

夕方出ていた月が沈んで暁の闇が明けた朝、

と訳し、

朝影、

は、

その朝の日に映る影法師、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

朝影(あさかげ)、

は、

朝蔭、

とも当て(広辞苑)、文字通りには、

あさかげにはるかに見れば山のはに残れる月もうれしかりけり(宇津保物語)、

と、

朝日の影、

つまり、

朝日の光、

の意になり、その対は、

夕影、

になる(デジタル大辞泉)が、用例をみると、古くは、

桃の花紅色(くれなゐいろ)ににほひたる面輪(おもわ)のうちに青柳の細き眉根(まよね)を笑み曲がり朝影見つつ娘子(をとめ)らが手に取り持てるまそ鏡二上山(ふたがみやま)に木(こ)の暗(くれ)の茂き谷辺(たにへ)を呼び響とよめ(万葉集)、

と、

朝、鏡などに映した姿(学研全訳古語辞典)、
朝、水や鏡などに映った姿(デジタル大辞泉)、
朝、鏡や水に映る顔かたちや姿(精選版日本国語大辞典)、
朝、鏡に映りたる身の影(大言海)、
朝、鏡や水にうつった姿(広辞苑・岩波古語辞典)、

と、

朝の映し姿、

を言ったもののようで、そこから、冒頭の、

夕月夜暁闇(あかときやみ)の朝影(あさかげ)に我(わ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねて、

と、

朝日の光によってできる細長い影。恋にやつれ、身がやせほそった姿をたとえていう(学研全訳古語辞典)、
朝日のうつつ影が細長いからとも、朝日の光が薄いからともいい、恋にやつれたさまにたとえる(広辞苑)、
人の身に、朝日の映れば、影の細長く見ゆるより、恋に痩せ細りたるに云ふ(大言海)、
朝、のぼりはじめたばかりの太陽の光をうけてできる、その細い影、身がやせ細り、恋にやつれた形容として使うが、朝日のほのかな弱々しい光のように、の意とする説もある(岩波古語辞典)、
朝日によってできる細長く弱々しい影。恋の悩みなどでやせ細った人の姿をたとえていう(精選版日本国語大辞典)、
朝日が人影を細長く映すところから、恋のためにやせ細っている人の姿(デジタル大辞泉)、

と、文字通り、

朝日のによる影、

の意を、

その細い姿形、

から、メタファとして、

恋にやつれた姿、

の意で使った。そこから、

朝日の光、

に転じ、また、

朝蔭、

ともあて、

七月ばかりに京になすべきことありて、あさかげに大宮の大路を南ざまへおはしけるに(発心集)、

と、

朝、日の射してこない涼しい時分、

と、

朝日の働き、

の意から、

朝の時間帯、

の意に転じる。

「影」(漢音エイ、呉音ヨウ)の異体字は、

𢒈(俗字。「形」の古字と同じ形)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BD%B1。字源は、「影向の松」で触れたように、

会意兼形声。景は「日(太陽)+音符京」からなり、日光に照らされて明暗のついた像のこと。影は「彡(模様)+音符景」で、光によって明暗の境界がついたこと。とくに、その暗い部分(漢字源)、

会意兼形声文字です(景+彡)。「太陽の象形と高い丘の上に建つ家」の象形(「光により生ずるかげ」の意味)と「長く流れる豊かでつややかな髪」の象形(「模様・色どり」の意味)から、「かげ」を意味する「影」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1289.html

会意形声。彡と、景(ケイ)→(エイ)(ひかり)とから成り、光、転じて物の「かげ」の意を表す。「景」の後にできた字(角川新字源)、

と、会意兼形声文字とするものもあるが、

形声。「彡 (色彩)」+音符「景 /*KRANG/」。「かげ」を意味する漢語{影 /*ʔrangʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BD%B1

と、形声文字とするもの、

会意。景+彡(さん)。景は望楼状のアーチ門である京の上に日をしるし、日影をはかる意で、影の初文。彡は光や音をしるす記号(字通)、

と、会意文字とするものもある。ちなみに、

「景」(@漢音ケイ・呉音キョウ、A漢音エイ・呉音ヨウ)の異体字は、

暻(俗字)、𠑱、𦚎(古字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%99%AF。ひかり、ひかげ、日光によって生じた明暗のけじめ、めいあんによってくっきり浮き上がる形の意、「光景」「景物」と、けしきの意、「景福(大きい幸い)」の意などの場合は@の音、影の意の場合は、Aの音、となる(漢字源)。字源は、多く、

形声。京とは、高い丘にたてた家をえがいた象形文字。高く大きい意を含む。景は「日+音符京」で、大きい意に用いた場合は、京と同系。日かげの意に用いるのは、境(けじめ)と同系で、明暗の境界を生じること(漢字源)、

形声。「日」+音符「京 /*RANG/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%99%AF

形声。日と、音符京(ケイ)とから成る。太陽の光の意を表す。ひいて「けしき」、転じて、光によってできる「かげ」の意に用いる(角川新字源)、

形声。声符は京(けい)。〔説文〕七上に「光なり」とし、京声とする。〔周礼、地官、大司徒〕に「日景を正して、以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上千里にして日景に一寸の差があるという。京がもし京門を意味するとすれば、それを日景観測に用いることも考えられる。卜辞に磬京(けいけい)・義京の名があり、京はアーチ状の軍門、その配置のしかたによって観測の方法も可能であろうが、詳しいことは知られない。卜辞に「五百四旬七日」という日数の表示があり、それは一年半の日数五四七・八七五日に相当する。当時日景による日数測定の法があったのであろう。〔周礼〕にみえる日圭の法は、方位や距離の測定に用いたものであろう(字通)、

と、形声文字としているが、

会意兼形声文字です(日+京)。「太陽」の象形と「高い丘の上に建つ建物」の象形(「高い丘」の意味)から高い丘で高まる「ひざし」・「ひかり」・「けしき」を意味する「景」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji690.html

と、会意兼形声文字としているものもある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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わき

 

夜昼といふわきを知らず我(あ)が恋ふる心はけだし夢(いめ)に見えきや(万葉集)

月しあれば明(あ)くらむわきも知らずして寝(ね)て我(わ)が来(こ)しを人見けむかも(仝上)

の、

わき、

は、

区別、

とあり、上の歌では、

夜か昼かの見境もつかずに、

と訳し、

後者では、

月しあれば明(あ)くらむ、

は、

夜明けまで月が明るい、

意なので、

夜が明けたことも気づかないで(寝過ごして)、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

わき、

は、

別き、
分き、

とあて、四段活用動詞、

わく(別・分)、

の連用形の名詞化で、

区別、
差別、
けじめ、

の意だが、のちに、

我は子をうむわきもしらざりしに(大鏡)、

と、

差異の認識、

つまり、

けじめ、

の意になっていく(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。動詞、

わく、

は、

分く、
別く、

とあて、

か/き/く/く/け/け、

の、他動詞カ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、

ワク(下二段活用)の古形、相違を見て明確に区別する意(岩波古語辞典)、
ワカルの他動詞形(大言海)、

とあり、

白雲の千重(ちへ)を押し別(わ)け天(あま)そそり高き立山冬夏と別(わ)くこともなく白栲に雪は降り置きて古(いにしへ)ゆあり来(き)にければ(万葉集)、

と、

はっきり区別する、

意から、

ちはやぶる神世には歌の文字も定まらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし(古今和歌集・序)、

と、

けじめをつける、
わきまえる、
違いを識別する、
物事を判断する、
判別する、

といった意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

他動詞カ行下二段活用、

の、

わく、

は、

け/け/く/くる/くれ/けよ、

で、

一体であるものに筋目を入れて二つまたはそれ以上に離す意、

とあり(岩波古語辞典)、口語の、

分(別)ける、

に当たり、

をみなへし秋萩しのぎさを鹿の露和気(ワケ)鳴かむ高円(たかまと)の野そ(万葉集)、

と、

一つのもの、一面にあるものに力を加えて、左右に押し開く、

意や、

思へども身をしわけねば目離(めか)れせぬ雪のつもるぞわが心なる(伊勢物語)、

と、

別々に区切って分割する、

意、

飢(やわ)しと申せば分(ワケ)て給ひし母氏は我は食はねども我子にを給はむとぞ宣ける(「東大寺諷誦文平安初期点(830頃)」)、

と、

いくつかに分割して配る、
分配する、

意、

御かたがたもさるべき事どもわけつつ、のぞみつかうまつり給ふ(源氏物語)、

と、

所属、役割などを別にする、
手分けをする、
また、
ある基準によって分類する、

意、

何れを二王、何れを孫三郎とも分(ワケ)兼たり(太平記)、

と、

物事を判断して見わける、
判断して区別する、

意、こうした意をメタファに、

其上にて互の理非をきひてわけう程に、先某にあづけひ(狂言「茶壺(室町末〜近世初)」)、

と、

争いごとなどの仲裁や、是非のさばきを行なう、

意、

分られた角力たがひに笑顔持(雑俳「紀玉川(1819〜25)」)、

争っているものを、勝負がつかないとして、やめさせる、
引きわける、

意や、

コトヲvaqete(ワケテ)マウセバ(天草本「伊曾保(1593)」)、

と、

事(こと)を分(わ)ける、

つまり、

道理を説く、
訳をよく言ってきかせる、

意などで使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

わかる(別る・分かる)、

は、

れ/れ/る/るる/るれ/れよ、

の、自動詞ラ行下二段活用で、口語の、

わか(別)れる、

に当たり、

わく(分)と同根。入りまじりいったいとなっているものごと・状態が、ある区切り目をもって別のものになる意、

とあり(岩波古語辞典)、

天地(あめつち)の分(わかれ)し時ゆ神さびて高く貴き駿河なる富士の高嶺を天の原振り放(さ)け見れば(万葉集)、

と、

(ある線を境として)はっきりと別々のものになる、
分離する、
また、
区分される、

意、

したのおびの道はかたがたわかるともゆきめぐりてもあはんとぞ思ふ(古今和歌集)、

と、新撰字鏡(平安前期)に、

派、水出流也、美奈万太和加留也、

あるように、

道や流れなどが、ある所からいくつかに分岐する、

意、これをメタファに、

たらちねの母を和加例(ワカレ)てまことわれ旅の仮廬(かりほ)に安く寝むかも(万葉集)、

と、

ある人やある場所から離れて立ち去る、
別離する、
また、
縁を切る、

意や、

一世(ひとよ)にはふたたび見えぬ父母をおきてや長く我(あ)が和加礼(ワカレ)なむ(万葉集)、

と、

死別する、

意で使い、

むらさきの色こき時はめもはるに野なるくさ木ぞわかれざりける(古今和歌集)、

区別がつく、
差別ができる、
差異が生じる、

意などで使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。この動詞、

わかる、

の連用形の名詞化、

が、

昔より言ひける言(こと)の韓国(からくに)の辛くも此処に和可礼(ワカレ)するかも(万葉集)、

と、

別離、

の意の、名詞、

別れ、
分かれ、

になり(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、やはり、

瀬をせけば淵となりてもよどみけり別れをとむるしがらみぞなき(古今和歌集)、

と、

死別、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。この動詞、

わかる、

の類義語、

内裏(うち)の御猫の、あまたひき連れたりけるはらからどもの、所々にあかれて、この宮にも参れるが(源氏物語)、

とある、

あかる(離る・別る)、

も、

れ/れ/る/るる/るれ/れよ、

の、自動詞ラ行下二段活用で、

ひとつ所に集まっていた人が、そこから散り散りになる意(岩波古語辞典)、
「あかつ」に対する自動詞で、集まっている複数のものが、いくつかに分かれてどこか別々の場所に分散するの意(精選版日本国語大辞典)、

とあり、

わかる、
と、
あかる、

の違いは、両語とも複数のものが複数にわかれることを表わす点では共通するが、

「あかる」は単に複数にわかれるだけでなく、わかれたもの(主に人、ほかに琴、猫など)が、どこかある場所に向かって行ったり、家に帰ったり、あるいは貰われていって散り散りになったりすること(移動・帰着)をも表わして使われる。それに対して、「わかる」は単なる別離・分化のみを表わし、特に移動・帰着の意味を持たず、その場所・方向を表わす格助詞「に」「へ」などを伴う例はまれである(精選版日本国語大辞典)、
「あかる」は「つどふ」の反対語で、多くの人々が集まった場所から離れて別れていく意味を表し、主語が複数の場合に使われている。それに対して「わかる」は、「あふ」の反対語で、一つのものが別々になる意味が原義であり、単数の主語にも使われる(学研全訳古語辞典)、

とある。なお、似た言葉に、

妹が見し楝(あふち)の花は知利(チリ)ぬべしわが泣く涙いまだ干(ひ)なくに(万葉集)、

と、

ちる(散る)、

がある。これは、

ら/り/る/る/れ/れ、

の、自動詞ラ行四段活用で、

固まっていたものが、砕けて、四方に飛ぶ意、

とあり(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)、

はなればなれになって落ちたり、飛んだりする。特に、花や葉が草木から離れ去る、

意で、そこからメタファで、

こなたかなたに、かかる物どもの、ちりつつ(源氏物語)、

と、

散らばる、

意や、

おのづから参りつきてありしを、みな次々にしたがひて散りぬ(源氏物語)、

と、

離散する、

意などで使うが、

わく、
わかる、

とは、原意は異にしている。なお、

あかる(離る・別る)、

と似た語に、

廿人の人の上りて侍れば、あれて寄りまうで来ず(竹取物語)、

と、

ある(散る・離る)、

がある。これは、

れ/れ/る/るる/るれ/れよ、

の、自動詞ラ行下二段活用で、

あらける、

と同義で、

遠のく、
離れる、

意で、少し意が異なる。

「別」(漢音ヘツ、呉音ベチ、慣用ベツ)の異体字 は、

别(簡体字)、𠔁(古字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%A5。字源は、

会意文字。冎は、骨の字の上部で、はまりこんだ上下の関節骨。別は、もと「冎+刀」で、関節を刀でばらばらに分解するさまを示す(漢字源)、

会意。「冎」(骨の象形)+「刀」(刃物の象形)から構成され、刀で骨(と肉)を切り分けるさまを象る。「わける」を意味する漢語{別 /*pret/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%A5

会意。刀と、冎(か)(𠮠は変わった形。骨の原字)とから成り、刃物で骨と肉とを分ける、ひいて、わきまえる、転じて「わかれる」意を表す(角川新字源)、

会意文字です。「肉を削り取り、頭部を備えた人の骨」の象形と「刀」の象形から、骨から肉を「わけとる・わける」を意味する「別」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji640.html

会意。冎(か)+刀。冎は上体の骨の形。骨節のところを刀で分解する意。牛角を刀で解くことを解といい、骨間をわかつことを別という。〔説文〕四下に「分解するなり」とあり、分離解体することを原義とする。〔書、康誥〕に「別(あまね)く先哲王に求め聞く」の「別」は、辨(弁)・偏と通用の義がある(字通)、

と、すべて、会意文字としている。

「分」(漢音呉音フン・慣用ブ、漢音フン・呉音ブン慣用ブ)の異体字は、

份(別字/被代用字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%86。字源は、

会意文字。「八印(左右に分ける)+刀」で、二つに切りわける意を示す。払(フツ 左右にわけてはらいのける)は、その入声(つまり音)に当たる。また半・班(わける)・判(わける)・八(二分できる数)・別とも縁が近い(漢字源)、

会意。「八」(左右にわけるの意)+「刀」(分ける道具)。「わける」を意味する漢語{分 /*pən/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%86

会意。刀と、八(わける)とから成り、刀で切りわける意を表す(角川新字源)、

会意文字です(八+刀)。「刀で二つに切り分ける」象形から「わける・時間を分ける(時間の単位)」を意味する「分」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji146.html

会意。八+刀。八は両分の形。刀でものを両分する意。〔説文〕二上に「別つなり」とし、「刀は以て物を分別するなり」という。分割・分異の意より、その区分に従うこと、身分・名分などの意となる(字通)、

と、すべて会意文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
地大槻文彦『大言海』(冨山房)

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けむ

 

月しあれば明(あ)くらむわきも知らずして寝(ね)て我(わ)が来(こ)しを人見けむかも(万葉集)

の、

わき、

は、

区別、

とあり、

夜か昼かの見境もつかずに、

と訳し

我(わ)が来(こ)しを人見けむかも、

は、

私は帰ってきたが、人は見なかったであろうか、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

助動詞、

けむ、

は、活用は

〇/〇/けむ(けん)/けむ(けん)/けめ/〇、

の、不完全な四段活用で、

活用語の連用形に付く。過去を回想する「き」の要素と推量の「む」との結合したもので、過去のことを、確かにそう断定できないという、疑念をもって述べる語。平安中期以降、発音に従って「けん」とも表記されるようになる(広辞苑)、
過去の助動詞「き」の未然形の古形「け」+推量の助動詞「む」から。活用語の連用形に付く。過去の助動詞の終止形「き」に推量の助動詞の古形「あむ」が付いた「きあむ」の音変化ともいう。主として中世以後は「けん」とも表記。なお、未然形の「けま」は上代に「けまく」の形で用いられた(デジタル大辞泉)、
動詞・助動詞の連用形を承ける。語源は、回想の助動詞「き」の終止形「き」に、推量の助動詞「む」が加わったものと推測される(岩波古語辞典)、
活用語の連用形に付く。平安時代にkemu→kem→kenのようになっている、過去の推量を表わす助動詞(精選版日本国語大辞典)、

とされ、語源については、

(イ)過去の助動詞「き」の未然形として「け」を認め、それに推量の助動詞「む」の付いたものとする説、
(ロ)「来経(きへ)」の融合したものに「む」がついたとする説、
(ハ) 推量の助動詞の原形を「あむ」とし、それが過去の助動詞「き」の終止形について母音融合したとする説、などがある(仝上)、

とあり、上代には、

打消の助動詞「ず」に続く場合、「ずき」と同様に、「松反(まつがへ)りしひにてあれかもさ山田の翁(をぢ)がその日に求めあは受家牟(ズケム)」(万葉集)と、「ずけむ」の形で用いられた(仝上)、

といい、

事実そのものを推量するほか、原因・理由などの推量にも用いられる点は、現在の推量を表わす「らむ」の場合とほぼ同様である。「鷲の即ち噉(く)ひ失ふべきに、生乍ら樔(す)に落しけむ、希有の事也」(今昔物語集)などの例について、「いかに(いかにして)落したのであろう」という推量が、「落とした(という)のは」という伝聞事実の叙述に重なっているとの指摘がある(精選版日本国語大辞典)、

とされる。この用法は、第一は、

この御酒(みき)を醸(か)み祁牟(ケム)人はその鼓(つづみ)臼(うす)に立てて歌ひつつ醸みけれかも舞ひつつ醸みけれかも(古事記)、
真木の葉のしなふ背の山しのはずて我が越え行けば木の葉知りけむ(万葉集)、

と、過去の推量として、

過去の事態に関する不確実な想像・推量を表す(岩波古語辞典)、
過去の事柄として推量、想像することを表わす(精選版日本国語大辞典)、

とあり、

……ただろう、
……だっただろう、

の意、第二は、

山の名と言ひ継げとかも佐用姫(さよひめ)がこの山の上(ヘ)に領布(ひれ)を振り家無(ケム)(万葉集)、
御湯まゐれなどさへ扱ひ聞え給ふを、いつならひ給ひけんと人々あはれがり聞ゆ(源氏物語)、

と、過去の原因の推量として、

過去の事態の理由・原因を想像する(岩波古語辞典)、
過去の事柄について、原因・理由や、時・所・人・手段・方法などの条件を設定して、こうした条件のもとだから、その事柄が成立したのだと推量する。疑問詞を含む場合には、どういう条件のもとで、その事柄が成立したかを推量する意味になる(精選版日本国語大辞典)、

とあり、

それで……なのであろう。
……たというわけなのだろう、
(……というので)…たのだろう、

の意、第三は、

我(あ)を待つと君が濡(ぬ)れ計武(ケム)あしひきの山のしづくにならましものを(万葉集)、
前(さき)の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子(をのこみこ)さへ生まれ給(たま)ひぬ(源氏物語)、

と、過去の伝聞として、

過去のことに関する伝聞を述べる(岩波古語辞典)、
過去の事柄を伝聞によって想像することを表わす。連体修飾または体言と同様の資格で用いる場合の用法(精選版日本国語大辞典)、

で、

……たとかいう、
……だったそうだ
……とかいう、

意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。なお、過去の伝聞の用法は、

名詞の上にあることが多い、

ようである(学研全訳古語辞典)また、

けむ、

には、

命のまた祁牟(ケム)人は畳薦(たたみこも)平群(ヘぐり)の山の熊白檮(くまかし)が葉をうずに挿せその子(古事記)、

と使う、

形容詞および形容詞型活用の助動詞の上代における未然形語尾「け」に、推量の助動詞「む」の付いたもの、

もあり(精選版日本国語大辞典)、この場合、

(形容詞の語根に添ひて)未来の意を云ふ、

となる(大言海)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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夕闇

 

妹が目の見まく欲(ほ)しけく夕闇(ゆふやみ)の木(こ)の葉隠(ごも)れる月待つごとし(万葉集)

の、

夕闇、

は、

日没後、月が出るまで暗闇である時、

をいい、

月の後半の状態、

を指す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

夕闇(ゆふやみ)、

は、

宵闇(よひやみ)、

ともいい、

宵闇迫る、

というように、

夕方の暗さ、陽が落ちて月が昇るまでの暗さ(広辞苑)、

を指すが、

旧暦一五日を過ぎると月の出が夜とともに遅くなり、二〇日過ぎともなると一〇時を過ぎないと上がらない(精選版日本国語大辞典)、

ので、特に、

月の出の遅い旧暦20日前後にいう(広辞苑)、
夕方、日は没し月はまだ上がらない間の闇。また、その時刻。また、暦の月末から翌月の三日頃までの時期、月が上がらず、また上がっても新月で糸のように細く光の弱い頃(精選版日本国語大辞典)、
月が出ていない夕方の闇。また、その時分。特に、陰暦二十日前後の夕方の闇(学研全訳古語辞典)、
日没後、月が出るまでの間の暗闇。また、その時分をさすが、月の出が遅くなる、陰暦16日ごろから20日ごろまでの、宵の暗さ。また、その時刻。特に、中秋の名月を過ぎてからの宵の暗さ(デジタル大辞泉)、
望(もち)後の夜、宵の間に、月の未だ上がらぬ間の闇、またその時(大言海)、
日の暮れてから月が出るまでの真っ暗な状態、またその時刻、特に、月の出が遅い、陰暦二十日前後にいう(岩波古語辞典)、

とある。

宵闇、

も同じ意味で、

宵のうち月がまだ出ない陰暦19日を過ぎた、宵のくらやみ、またその頃(広辞苑)、
19日以後、宵の閧ヘ月が出ないので暗いこと、またその時刻(岩波古語辞典)、
望(もち)後の夜、月、未だ上がらずして、宵の閧フ暗きこと(大言海)、
月の出が遅くなる、陰暦16日ごろから20日ごろまでの、宵の暗さ。また、その時刻。特に、中秋の名月を過ぎてからの宵の暗さ(デジタル大辞泉)、
月がまだ出ない宵の間の暗やみ。また、その時分。特に、陰暦十六日から二十日ごろまでの宵の暗やみ(学研全訳古語辞典)、
陰暦一六日から二〇日ころまでの、まだ月の出が遅くて、宵の間の暗いこと。また、その時刻。また、一般に夕方の暗さをさしてもいう(精選版日本国語大辞典)、

とある。

暁闇(あかときやみ)

で触れたように、

夕闇、

は、

暁闇

に対する言葉で、

暁闇⇔夕闇(宵闇)、
夕月夜⇔暁月夜(朝月夜)、

と対になり、

夕月夜→暁闇、
暁月夜→夕闇(宵闇)、

となる。

暁月夜(あかときづくよ)

は、

あかつきづくよ、
あさづくよ、

とも訓ませ(岩波古語辞典・大言海)、

朝月夜(あさづくよ)

と同じ、

有明の月

の意で、

陰暦17、8日以後は月の出が遅く、暁に月が残っている、それで、

暁月夜
夕闇(ゆふやみ)、

という(岩波古語辞典)が、これに対して、

陰暦12、3日以前は月の出が早く、暁には月が沈んでいる、

ので、

夕方の時刻に、空に出ている上弦の月。また、その月の出ている夜、

を、

夕月夜
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、

という(仝上)。

暁に月が残っている、

暁月夜

は、逆に言うと、

特に月の出の遅い陰暦二十日前後、日が暮れてから月が出るまでの真暗な状態、またその時間、

を、

夕闇、

あるいは、

宵闇(よいやみ)、

という(仝上)。

旧暦一五日を過ぎると月の出が夜とともに遅くなり、二〇日過ぎともなると一〇時を過ぎないと上がらない(精選版日本国語大辞典)、

のにに対し、

月が早く没する陰暦十三日ころまでの、暁に月がなく真暗なこと、

を、暁には月が沈んでいるので、

暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、

という(岩波古語辞典)。

宵闇、

の、

よひ

は、

」や「ひる」で触れたように、上代の夜の時間区分で、

ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、

と分ける「ヨヒ」である。

「よる」中心にした時間の区分は、上代、

ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、

のうち、

ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ(アカトキ)、

と分けられ、

当時の日付変更時点は丑の刻(午前二時頃)と寅の刻(午前四時頃)の間であったが、「よなか」と「あかとき」(明時、「あかつき」の古形)の境はこの時刻変更点と一致している、

とある(日本語源大辞典)が、

よ、

は、

よひ、
よなか、
よべ(昨夜)、

と、

よる、

が、

ひる、

に対し、暗い時間帯全体を指すのに対し、

特定の一部分だけを取り出していう、

とある(仝上)。ついでながら、

よべ、

は、昨晩の意だが、昨晩を表す語としては、古代・中古には、

「こよひ」と「よべ」とがあった。当時の日付変更時刻は丑の刻と寅の刻の間(午前三時)であったが、「こよひ」と「よべ」はその時を境としての呼称、日付変更時刻からこちら側を「こよひ」、向こう側を「よべ」とよんだ、

とある(仝上)。つまり、「よる」の古形、

よ、

が、

ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、

と区分されたことになるが、「よなか」が、

よべ→こよひ、

と、境界線を挟んで、使い分けていたことになる。

よひ、

は、

ゆふ

で触れたように、

ゆふ、

が、

ヨ(夜)、ヨヒ(宵)と同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)
「ヨヒ」の音便変化。ヨヒ→ユヒ→ユウと転訛(日本語源広辞典)、
ヨ(夜)・ヨヒ(宵)と同根(岩波古語辞典)、

とされ、「よる」は、

よ(「よる」の古形)+る(接尾語)(日本語源広辞典)、
よ(「よる」の古形)+る(助辞)(大言海・俚言集覧・国語の語根とその分類=大島正健)、

であった。つまり、

よひ、

は、「よる」の古形「よ」が、

ゆふべ(ゆふ)、
よひ、
よなか、

と三分割した、「ゆふ」と「よなか」の間であり、

日が暮れて暗くなってからをいう。妻訪(つまど)い婚の時代には、男が女の家に訪ねていく時刻にあたる、

といい(岩波古語辞典)、

夜の初め、

とある(仝上)が、この時間幅は大きい。書紀・允恭紀に、

我が夫子(せこ)が來べき豫臂(よひ)なり ささがねの蜘蛛の行なひ今宵(こよひ)著(しる)しも

とあり、ここでは、

ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、

の、ユフとヨナカの間の幅があり、

日暮から夜中までの間、

を指す(大言海・精選版日本国語大辞典)。現在では、

夜が始まってしばらくの間の意、

で用いるが、上代では、「万葉集」で、

「三更(=夜中の一二時ころ)」をヨヒと読ませていること、中古以降、ヨヒを語素にもつコヨヒという語が丑の刻(=午前二時ころ)まで、

をさして用いられたことなどから、現在より長い時間をさしてヨヒと呼んだと考えられる(日本語源大辞典)とある。それは、本来は、夜が、

単にヨヒとアカトキの二つに分けられていたところへ、ヨナカという語が現われ、ヨヒの時間が、中古にはより短い時間をさすようになったのではないかとも考えられる、

ともある(仝上)。そうすると、

宵のうち、
宵の口、

は、いずれも、

日が暮れて間もなくのとき、

とされる(広辞苑)。しかし、

気象庁は、「宵のうち」とは18時頃から21時頃の時間帯としていたのに、もっと遅い22時とか23時まで「宵」と思っている人がいるので、「夜のはじめ頃」(18〜21時頃)に用語を変えたのです、

https://weathernews.jp/s/topics/201904/100115/、「宵の口」が、随分遅くまでになり、かつての「よい」の感覚まで広がって、「宵の口」といういい方に時間間隔の差があることを示している。

18時頃から21時頃の時間帯、

を、「宵の口」とするのは、

ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、

の感覚とあっている。

ゆふ
黄昏
夕間暮れ
逢魔が時

については触れた。

「宵」(ショウ)は、「よひ」で触れたように、

会意兼形声。小は、h印を両側から削って小さくするさま。肖は、それに肉を添えた字で、素材の肉を削って小さくし、肖像をつくること。宵は「宀(いえ)+音符肖(ショウ)」で、家の中に差し込んでくる日光が小さく細くなったとき、

とあり(漢字源)、「日が暮れて薄暗くなったころ」の意とあるが、

会意兼形声文字です(宀+小+月)。「屋根・家屋」の象形と「小さい点」の象形と「欠けた月」の象形から、月の光がわずかに窓にさしこむ事を意味し、そこから、「よい(日暮時)」を意味する「宵」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1826.html

と、「月」に見立てている。「宵」の意味は、

日の光が消えかけたとき、日が暮れて薄暗くなった時、

とある(字源)が、

徹宵(てっしょう 夜通し)、
宵晨(しょうしん 夜と朝)、

という言葉があり、「宵闇」とか「宵明星」は和語であり、漢語「宵」は「夜」の含意が強いので、「月」の光なのではあるまいか。後述の『字通』も、月光としている。なお、字源は、上記二説以外、他は、

形声。宀と、音符肖(セウ)とから成る。夜なかの意を表す(角川新字源)、

形声。「宀」+音符「肖 /*SEW/」。「よる」を意味する漢語{宵 /*sew/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%B5

形声。声符は肖(しょう)。〔説文〕七下に「夜なり」とし、「宀(べん)は下冥(くら)きなり」とあって、冥い意があるとする。金文の字形では、月光のさし入る形かと思われ、明が冏(まど)から月光の入るのと、相似た構造法である(字通)、

と、すべて、形声文字とする説が大勢である。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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真袖

 

真袖(まそで)もち床(とこ)うち掃(はら)ひ君待つと居(を)りし間(あひだ)に月傾かたぶきぬ(万葉集)

の、

真袖、

は、

両袖、

の意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

マは接頭語、両袖、また、両手(岩波古語辞典)、
左右の袖。両袖(デジタル大辞泉)、
(片袖に対し)左右そろった袖。両袖(精選版日本国語大辞典)、
左右の袖、両袖(大言海)、

と、何れも同じ、

両袖、

の意味としている。

真袖、

の、

マ(真)、

は、

真鳥

で触れたように、

片(かた)の対、

で、

名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、

等々とあり、

ま袖、
真楫(かじ)、
真屋、

では、

二つ揃っていて完全である、

意を表し、

ま心、
ま人間、
ま袖、
ま鉏(さい)、
ま旅、

等々では、

完全に揃っている、本格的である、まじめである、

などの意を添え、

ま白、
ま青、
ま新しい、
ま水、
ま潮、
ま冬、

等々では、

純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、

などの意を添え、

ま東、
ま上、
ま四角、
まあおのき、
真向、

等々では、

正確にその状態にある、

意を添え、

ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、

等々では、

立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、

として用い、

真弓、
真澄の鏡、

等々では、

立派な機能を備えている、

意を表し、

真名、

では、

仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、

を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。

真鴨、
真葛、
真魚、
真木、
ま竹、
まいわし、

等々では、

動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、

意を表す(岩波古語辞典)。ここでの、

真袖、

は、

二つ揃っていて完全である、

意なので、

両袖、

の意となる。

「真」(シン)の異体字は、

填(「填」の通字)、眞(旧字体)、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9C%9F

「眞」(シン)の異体字は、

真(新字形/国字標準字体)、𠤛、𠤤、𡙊(古字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9C%9E。字源は、「真如」でも触れたが、

会意文字。「匕(さじ)+鼎(かなえ)」で、匙(さじ)で容器に物をみたすさまを示す。充填の填(欠け目なくいっぱいつめる)の原字。実はその語尾が入声に転じたことば、

とあり(漢字源)、

会意。匕(ひ)(さじ)と、鼎(てい)(かなえ)とから成り、さじでかなえに物をつめる意を表す。「塡(テン)」の原字。借りて、「まこと」の意に用いる(角川新字源)、

会意文字です(匕+鼎)。「さじ」の象形と「鼎(かなえ)-中国の土器」の象形から鼎に物を詰め、その中身が一杯になって「ほんもの・まこと」を意味する「真」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji505.html

会意。旧字は眞に作り、匕(か)+県(けん)。匕は化の初文で死者。県は首の倒形で倒懸の象。顚死(てんし)の人をいう。〔説文〕八上に「僊人なり。形を變へて天に登るなり」とし、八は乗物、これに乗じて天に登る意とするが、当時の神仙説によって説くものにすぎない。顚死者は霊威の最も恐るべきもので、慎んでこれを塡めて鎮(しず)め、これを廟中にゥ(お)き、その瞋(いか)りを安んじ、玉を以て呪霊を塡塞(てんそく)する瑱をという。眞に従う字は、みなその声義をとる字である。〔荘子、秋水〕に「其の眞に反る」、〔荘子、大宗師〕に「眞人有りて、而る後に眞知有り」など、絶対の死を経て真宰の世界に入るとする思弁法があって、真には重要な理念としての意味が与えられるようになった(字通)、

等々と、同趣旨が大勢だが、

『説文解字』で仙人が天に登るさまと解釈されているほか、「𠤎」+「県」で死体のさまと解釈する説もあるが、いずれも金文の形とは一致しない誤った解釈である。また、甲骨文字や金文にある「匕」(さじ)+「鼎」からなる字と混同されることがあるが、この文字は「煮」の異体字で「真」とは別字である。「真」は「匕」とも「鼎」とも関係がない、

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9C%9F、上述の説にある、

「𠤎」+「県」、
「匕」とも「鼎」、

を否定し、

形声。当初の字体「𧴦」(「貝」+音符「𠂈 /*TIN/」)に音符「丁 /*TENG/」と羨符(意味にも音にも無関係な部分。単に区別するためだけの記号)「八」を加えた形。もと「めずらしい」を意味する漢語{珍 /*trin/}を表す字。のち仮借して「まこと」「本当」を意味する漢語{真 /*tin/}に用いる、

としているhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9C%9F

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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有明月夜

 

今夜(こよひ)の有明月夜(ありあけつくよ)ありつつも君をおきては待つひともなし(万葉集)

の、

ありつつも、

は、

(有明の月夜のように)あり続けて夜通し待つ人は、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

有明の月夜(つくよ)

で触れたように、

有明月夜(ありあけつくよ)、

は、

有明の月、

と同じで、

有明頃の月夜、また、その月、

をいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。

有明(ありあけ)の月、

は、

有明月(ありあけのつき・ありあけづき)、
ありあけづくよ、
朝月夜(あさづくよ)、
あかつきづくよ、
暁月夜(あかときづくよ・あかつきづくよ)、
のこんの月、
明の月(あけのつき)、
のこる月、
のこりの月、
残月、

などと言うのと同じで、

陰暦16日以後、月が空に残りながら夜が明けること。また、その月(デジタル大辞泉)、
月がまだありながら、夜が明けてくる頃、またその月、ありあけづくよ(広辞苑)、
十六夜以下は夜は已に明くるに月はなほ入らである故に云ふなり(和訓栞)、
和訓栞「有明の義、十六夜以下は、夜は已に明くるに、月は、なほ入らである故に云ふなり」。萬葉集に、月夜(つくよ)とあるは、唯、月の事なり。夜は既に明けながら、なほ天に残りて照り居る月、大方は、陰暦、十六夜、十七夜過ぎの月を云ふ。萬葉集「ほととぎすこよ鳴き渡れ燈火(ともしび)を月夜(つくよ)になそへその影も見む」に月夜(つくよ)とあるは、唯、月のことなり(大言海)、
月が空に残っていながら、夜が明けること、また、その頃の月。陰暦十五日以後、特に二十日以後にいう(岩波古語辞典)、

などとあり、

夜が明けてもまだ空に残っている月、特に二十日以後の月をいうが、有明月が欠けた月で暗いわけです。男が出かける夕方以降に出ますから、この点でも都合がよい、

とあるhttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1058436755。ただ、

有明の空、

というように、広く、

夜明け、
明け方、

をもいう(デジタル大辞泉)。

有明、

は、

有明の月のある頃の暁(大言海)、
「アリ(有)+明け」で、月が天にあるうちにに夜が明けることをいいます(日本語源広辞典)、
月が空に残っていながら、夜が明けること、また、その頃の月、陰暦十五日以後、特に二十日以後にいう(岩波古語辞典)、
まだ月が空に残っているうちに夜が明けること。そのころの夜明け。陰暦で十六日以後、特に二十日過ぎについていうことが多い。また、夜が明けてもまだ空に残っている月にもいう(学研全訳古語辞典)、
陰暦16日以後、月が空に残りながら夜が明けること。また、その月。ありあけのつき。ありあけづき。広く、夜明けをもいう。明け方(デジタル大辞泉)、

とあり、

残月天、
晨明(しんめい)、

ともいい、類聚名義抄(11〜12世紀)に、

晨、アシタ・アケヌ・トキ・ナブルコト・トモ・ツクス・アキラカナリ・ケサ、
晨明、アリアケ、
凌晨(りょうしん)、アサボラケ、

字鏡(平安後期頃)に、

晨、アシタ・ハノカス・アキラカ・トシ・アケヌ・トキツルキ・トキナブルコト・トリノヒ、

などとある。

晨明(しんめい)、

は、

よあけ、

の意で、『淮南子』天文訓に、

日は暘谷より出で、咸池(かんち)に浴し、扶桑(東方の野)に拂(いた)る。是れを晨と謂ふ、

とある(字通)。

凌晨(りようしん)、

も、

夜明け、

の意である。

有明、

は、四季歌では、

しばしば秋歌の題材となり、特に長月と結びつく例が多い、

とあり、俳諧では、

秋の季語で、月として扱われる、

とするhttps://kokugonotebook.blogspot.com/2020/03/daybreak-dawn.html

有明月夜(ありあけつくよ)、

は、上述したように、

朝月夜(あさづくよ)

ともいうが、

あさづきよ、

とも訓ませ、

夕月夜(ゆふづくよ)、

と対で、

月が残っている明け方。また、そのときの月(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、
明け方に月の残っている下旬の夜、またその月(岩波古語辞典)、

で、

「月夜」は、月の意(精選版日本国語大辞典)、
唯、朝の月なり、夜と云ふ語に意なし(大言海)、

で、

朝まで残る月、

つまり、

有明の月、

の意となる(精選版日本国語大辞典)。

月夜、

は、

つくよ、
つきよ、

と訓ませるが、古言に、

月をつく、

と云ふ(大言海)ともいい、

夕付日、

というと、

夕方になってゆく陽の光、

つまり、

夕日(夕陽)、

をさす(仝上・広辞苑)。

月夜、

は、

闇夜、

に対し、

月の光明る夜、

の意である(大言海)。なお、

陰暦10日頃までの夕方の時刻に、空に出ている上弦の月、

を指す、

夕月夜

については触れた。なお、

月夜、

を、

ツクヨ(月夜)、

と訓ませるが、

ツクはツキ(月)の古形、のちにはユフヅクヨなど複合語の中に残るだけで、多くはツキヨが使われた、

とあり(岩波古語辞典)、

朧(おぼろ)月夜・夕月夜・星月夜・雪月夜・宵月夜・薄月夜、

等々と使い(デジタル大辞泉)、

つきよ(月夜)、

は、

月夜よし夜よしと人につげやらば來(こ)てふににたりまたずしもあらず(古今和歌集)、

と、

月の照らす夜、月の明らかな夜(広辞苑)、
月のある夜(岩波古語辞典)、
月のある夜。月光の明るい夜(デジタル大辞泉)、
月の明るい夜(学研全訳古語辞典)、

の意や、

十二月(しはす)の月のくもりなくさし出でたるを(源氏物語)、

と、

月あるいは月の光(広辞苑)、
月、月光(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、

の意で使うが、特に、

闇の夜は吉原ばかり月夜哉(俳諧「武蔵曲(1682)」)、

と、

秋の明月の夜。また、秋の月、

をいう(精選版日本国語大辞典)。

有明月、

と、同義の、

残月(ざんげつ)、

は、

遊子猶行於残月函谷鶏鳴(和漢朗詠集)、

と、

暁に、入り残りたる月、

の意で、

残んの月、
残りの月、
残る月、

ともいい(精選版日本国語大辞典・大言海)、

合類節用集(元禄)、

では、

残月、

を、

ありあけのつき、

と訓ませている。

「晨」(漢音シン、呉音ジン)の異体字は、

𠔹(古字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%99%A8。字源は、

会意兼形声。辰(シン)は、二枚貝が開いて、ぺらぺら震える舌を出したさまを描いた象形文字。蜃(シン はまぐり)の原字。晨は「日+音符辰」で、日がふるいたってのぼってくること。また生気のふるいたって動き始める朝(漢字源)、

と、会意兼形声文字としているが、他は、

形声。「日」+音符「辰 /*TƏN/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%99%A8

形声。意符晶(多くの星。日は省略形)と、音符辰(シン)とから成る。夜明けの意を表す(角川新字源)、

形声文字です(日+辰)。「太陽」の象形と「2枚貝が殻から足を出している」象形(「十二支の5番目:たつ」の意味だが、ここでは「唇(シン)」に通じ(同じ読みを持つ「唇」と同じ意味を持つようになって)、「赤いくちびる」の意味)から、日が昇ろうとするところ「あさ」を意味する「晨」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2489.html

形声。正字は曟に作り、辰(しん)声。〔説文〕七上に「房星なり。民の田時を爲す者なり」とし、星の名とする。〔爾雅、釈天、星名〕に「大辰は房心(星宿の名)の尾なり。大火、之れを大辰と謂ふ」とあり、〔国語、周語上〕に「農祥は晨正なり」とあって、農時を示すものとされた。晶は星の象。星の初文は曐に作る。晨は晨旦・昧爽の意である。〔説文〕は䢅字条三上に「早なり。昧爽なり」とする。䢅は辰(しん)(脤肉)を両手でもつ形で、金文の〔師䢅鼎(ししんてい)〕の字は辰+正に従う形に作り、昧晨の字とは形が異なる。経伝の文に、昧晨の字には晨を用い、䢅を用いることはほとんどない(字通)、

と、すべて形声文字としている。

「残」(漢音サン、呉音ザン)の異体字は、

殘(旧字体/繁体字)、

とあり、字源は、

「殘」の略体、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AE%8B

「殘」(漢音サン、呉音ザン)の異体字は、

残(新字体)、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AE%98、字源は、

会意兼形声。戔(サン・セン)は「戈(ほこ)+戈」の会意文字で、刃物で切って小さくすること。殘は「歹(ほね)+音符戔」で、切り取って小さくなった残りの骨片。小さく少ないの意を含む(漢字源)、

会意兼形声文字です(歹+戔)。「肉を削りとられた人の白骨の死体」の象形と「矛(ほこ⦆を重ねて切り込んでずたずたにする」象形から、「そこなう」、「むごい」を意味する「残」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji727.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「歹」+音符「戔 /*TSAN/」。「そこなう」「こわす」を意味する漢語{殘 /*dzaan/}を表す字。もと「戔」が{殘}を表す字であったが、「歹」(「死」を省略したもの)を加えたhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AE%98

旧字は、形声。歹と、音符戔(サン、ザン)とから成る。「そこなう」、ひいて「のこる」意を表す。教育用漢字は省略形の俗字による(角川新字源)、

形声。旧字は殘に作り、戔(さん)声。戔は浅少偏薄のものをうち重ねる意がある。上+冂+一(がつ)は残骨の象。ゆえに残骨・残片をいう。〔説文〕四下に「賊なり」と残賊の意とする。狀賊によって害せられることを殘という。㱚字条に「禽獸の食する所の餘なり」とあり、その食余をいう。獣が獣を食うさまは残虐の極みであるので、そのさまを残虐という。虐は虎が人を襲う形である(字通)、

と、全て形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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しぞ

 

窓越しに月おし照りてあしひきのあらし吹く夜(よ)は君をしぞ思ふ(万葉集)

の、

あしひきの

は、

「あらし」の枕詞、

とあり、

君をしぞ思ふ、

は、

あの方のことばかりを思いつめている、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

君をしぞ思ふ、

の、

しぞ、

は、奈良時代は、

シソ(sisӧ)・シゾ(sizӧ)両形、

で、

シは副助詞、ゾは係助詞(岩波古語辞典)
副助詞「し」と係助詞「ぞ」とが重なったもの(精選版日本国語大辞典)、

で、和歌に用いられ、

上に来る語を強める(岩波古語辞典)、
強調の意を表わす(精選版日本国語大辞典)、

とある。

しぞ、

の、

し、

は、

赤玉(あかだま)は緒(を)さへ光れど白玉(しらたま)の君が装(よそひ)斯(シ)貴くありけり(古事記)、
勝鹿(かつしか)の真間(まま)の入江にうち靡(なび)く玉藻苅りけむ手児名志(シ)思ほゆ(万葉集)、

と、

間投助詞、上の語を強く支持し強める働きをする。平安時代後は、「しぞ」「しこそ」「しも」しか」などのように係助詞と結合して用いられるか、条件句中に用いられるか、「定めし」「えに(縁)し」「果てし」などの熟語の中に残るなど、用法が限定されてゆく(広辞苑)、
副助詞。名詞、活用語の連体形および連用形、副詞、助詞などに付いて、上の語を強調する意を表す。上代に多く用いられ、中古以降は「し…ば」の形、または「しも」「しは」「しぞ」のように他の助詞と複合した形で用いられる(デジタル大辞泉)、
副詞助。指示して強調する。単文中の用言へ続く語(体言、体言に助詞の付いたもの、活用語の連用形・連体形、副詞)に下接する。「し」の下に重ね用いられる助詞は係助詞に限られる。この場合の述語用言は「顕はる」「あり」など自然な出現に関わる動詞、自発の「ゆ」を伴う動詞、感情形容詞、推量の助動詞、情意性の強い終助詞「かも」などを伴うことが多い。こうした事実から、「し」は、物事を自然のなりゆきとして受けとめる語とする説(大野晋)がある(精選版日本国語大辞典)、
副助詞。体言、活用語の連用形・連体形、副詞、助詞などに付く(強意)。「係助詞」「間投助詞」とする説もある。中古以降は、「しも」「しぞ」「しか」「しこそ」など係助詞を伴った形で用いられることが多くなり、現代では「ただし」「必ずしも」「果てしない」など、慣用化した語の中で用いられる(学研全訳古語辞典)
奈良時代から平安時代にかけて使われた助詞で、鎌倉時代には固定した用法しか見えない。従来この助詞は強めをあらわすとか強意の助詞とか言われている。……強めと言っても奈良時代の例を見ると、この助詞は係助詞「そ」のような、人に教示してやるという強めでも、「こそ」のような、逆接を予想する協調を示すものでもない。また「は」のような確信に支えられて他を排除する表現でもない。……(「我(わ)が背子は物な思ひそ事しあらば火にも水にも我がなけなくに」のように)「……し……ば」の形をとるものは、奈良時代に「し」の用例の半数、平安時代の源氏物語、枕草子では、例のほとんどを占めている。これによれば、「し」は確定的・積極的な肯定的判断を強調する語ではない。むしろ基本的には、不確実・不明であるとする話し手の判断を表明する語と考えられる。従って、話し手の遠慮・卑下・謙退の気持ちを表すところがあり、話し手が判断を決めつけずに、ゆるくやわらげて、婉曲に控え目に述べる態度を表明する語と思われる。これは係助詞「こそ」が題目を積極的に提示し、その結果としてその文の末で逆説条件句を形成するのと、ちょうど裏の役目を荷うといえる。「し」は、しばしば文末に「恨めし」「惜し」「くやし」「かなし」など話し手の感情を表す語を伴う分の中に用いられるが、それも、その感情を強く積極的に表明するよりも、むしろ退いて控えて感情を表白する場合に用いられるものと見るべきである。また、文末に、「大和し思ほゆ」「家し偲はゆ」など、自然の意を表す助動詞「ゆ」を含む語の用いられることが多いが、この場合も、「自然に思われてくる」「自然に偲ばれる」の意で、話し手の気持ちを自然な流れとして表現するもので、話し手の積極的・作為的な主張を提示するものではない。従って「し」の現代語訳としては「もしや……でも」「……など」の語が考えられるが、自発の助動詞「ゆ」と呼応するものなどには、現代語に適切な訳語が見当たらない。現代にはこのようなやわらかな表現法が存在しないからである。「し」は不確実・不確定の意を表す点で係助詞「も」と根本的に共通な点がある。しかし「も」は不確実ながら、その対象や判断に執着して捨て切れずにいる趣がある。それに対して、「し」にはそのような粘着する気持はなく、むしろ不確実ゆえに、その対象を指すだけで不確実のまま打ち置いている趣がある。これは「し」が「こそ」と対立的な位置を占める助詞であることを示す。(中略)「し」は体言につくものが元来の形であったと覚しく、「し」の下に係助詞「か」「も」をつけて、「しか」「しも」の形をとり、「いつしか」「なにしか」などの副詞を作るほか、助詞「しも」を形成する(岩波古語辞典)、

などとある。

しぞ、

の、



は、奈良時代は、

そ、

と清音で(広辞苑)、

畝火(うねび)山昼は雲とゐ夕されば風吹かむと曾(ソ)木の葉騒(さや)げる(古事記)、
時々の花は咲けども何すれ曾(ソ)母とふ花の咲き出(で)来(こ)ずけむ(万葉集)、

と、

係助詞。名詞、活用語の連用形・連体形、副助詞などに付き、「ぞ」の付いた語・句を特に強く示す意を表す。「ぞ」は本来、清音「そ」であったといわれ、上代から中古にかけて濁音化したという。係助詞「ぞ」が文中にある場合、「ぞ」を受ける文末の活用語は、原則として連体形で終わる(係り結びの法則)が、中世以降、その法則が衰え、「どこぞで休んでいくか」と、疑問を表す語に付いて、不定の意を表すようになった、係助詞「ぞ」は、係助詞「こそ」よりは弱く、係助詞「なむ」よりは強く指示する意をもつといわれる(デジタル大辞泉)、
係助詞。文中の連用語や条件句を受け、指示強調する。結びの活用語は連体形となる。上代には濁音仮名も見られるが、清音仮名によるものの方が多い。従って、古くは清音であったが、上代から中古にかけて濁音化したものと考えられる。語源については、指示詞「其(ソ)」とするもの、「シ・ソ」と変化する指定辞とするもの、などがある(精選版日本国語大辞典)
係助詞。受ける文末の活用語は連体形で結ぶ、強意。「ぞ」はもとは清音「そ」であったと考えられ、上代には「そ」「ぞ」が併用されていたが、中古以降は「ぞ」が一般的になった(学研全訳古語辞典)、
係助詞。一つの事柄を特に指定し強調する。いくつかの中から特に取り立てて強調する。いくつかから選ぶために、強調したものについて述べる語は、それ以外への思いをこめて言い切りにならず、活用語の時は連体形となり、係結びの関係が生ずる。院政期に終止形・連体形の機能が同一化するに伴い、連体形終止の独自性が失われ、係り結びに乱れが生じた(広辞苑)、
「ぞ(そ)」は、強く指示・指定する意を表し、上位の者が下位の者に強く指示するのにも使われた。それは教示の意味になるので、漢文の講釈なとでは、室町時代までこの「ぞ」が使われていた。この語は古くは清音であった。一般に助詞には、清音の語から転じて語頭が濁音化するものがある。例えば、「はかり」から「ばかり」、「たけ」から「だけ」が生じた如くである。「そ」もそれと同じくはじめ清音で次第に濁音「ぞ」に移ったものと思われる。古事記や日本書紀には「そ」の万葉仮名として清音の「曾」などを用いるものが多く、少数ながら、濁音仮名の「叙(ぞ)」「茹(ぞ)」を用いる例が見える。(中略)院政・鎌倉期の古辞書の一つである類聚名義抄には、「何、イカニソ」「害、ナズレソ」などソの仮名に清点をつけたものがある。ナズレソはナンスレソ(何すれそ)の転である。そして、室町時代の日葡辞書には「Taso(誰そ)」「Tasocaredoqi(誰そ彼時)」とある。これは古い時代の「そ」が清音であった名残りかと思われる。これらによれば奈良時代にはすでに普通に濁音化の傾向があったもので、平安時代にはおそらく普通には濁音「ぞ」となっていたのであろう。(岩波古語辞典)、

とある。ちなみに、

副助詞、

は、

助詞の一類。用言に関係ある語に付いて、それらの語にある意味を添えて、副詞のように下の用言や活用連語を修飾・限定する類の助詞。格助詞に上接も下接もする。副詞に似た機能をもつ助詞の意で、山田孝雄の命名による。所属語は学説により出入りがあるが、文語では、「だに」「すら」「さへ」「のみ」「ばかり」「まで」「など」、口語では、「まで」「ばかり」「だけ」「やら」「か」「ほど」「くらい」「など」「きり」など、

とあり(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、

間投助詞(かんとうじょし)、

は、

国文法で助詞の一類。文中または文末の文節に付いて、語調を整え、感動・余情・強調などの意を添える助詞。「これがね、例のさ、本だよ」の「ね・さ・よ」など。文語では「い・ろ・ら・ゑ・な(以上は奈良時代)、よ・や・し・を」、口語では「や・ぞ・ね・が・な・よ・さ」など。山田孝雄の命名。終助詞などとの区別に異論があり、また、山田の終助詞と合わせて、終助詞また感動助詞とする説もある、

とあり、

係助詞、

は、

国文法で助詞の一類。文中にあって、述語と関係し合っている語に付属して、その陳述に影響を及ぼし、また、文末について、文の成立を助ける働きをする助詞。文語では「は・も・ぞ・なむ・や・か・こそ」(禁止の「な」を含める場合もある)、口語では「は・も・こそ・さえ・でも・しか・ほか」など。文語でこれらの助詞は、平叙の文、疑問・反語の文などの文中または文末に用いられて、問題の点、強調する点、疑問となる点などを示す。文中に「ぞ・なむ・や・か」または「こそ」があるときは、それを受けて結ぶ活用語が、それぞれ連体形、已然形をとるところに特色がある。口語では、文末の用法はなく、また、文中に用いられる場合も述部の語形に影響を及ぼすことがないので副助詞に含められることが多い。山田孝雄(よしお)の命名による、

とある(仝上)。

し、

の字源は、

之の草体https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%97



の字源は、

曾の草体https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%9D

とある。

「之」(シ)の異体字は、

㞢(本字)、𠔇(同字)、𡳿(本字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%8B。字源は、

象形。足の先が線から出て進みいくさまを描いたもの。進みいく足の動作を意味する。先(跣(セン)の原字。足さき)の字の上部は、この字の変形である。「これ」ということばにあてたのは音を利用した当て字。是(シ これ)・斯(シ これ)・此(シ これ)なども当て字で之(シ)に近いが、其-之、彼-此が相対して使われる。また、之は客語(目的語)になる場合が多い(漢字源)、

象形。足あとの形にかたどり、「ゆく」意を表す。借りて「これ」「の」の意の助字に用いる(角川新字源)

象形。足あとの形。歩の上半にあたり、左右の足あとを前後に連ねると歩となる。足が前に進むことを示し、之往の義。〔説文〕六下に「出づるなり。艸の屮(てつ)を過ぎ、枝莖益々大にして、之(ゆ)く所有るに象るなり。一なる者は地なり」という。地より屮・艸の伸びゆく形として、之往の意を導くが、趾(あし)の進む形。一は境界のところ。そこに跟(かかと)のあとが残るのは出。之を代名詞・語詞に用いるのは仮借であるが、代名詞としては卜文・金文にみえ、語詞の用法は〔詩〕〔書〕にみえ、古くからその義に用いる(字通)、

と、象形文字とするもののほか、

形声。「一 (始点)」+音符「止 /*TƏ/」。「ゆく」を意味する漢語{之 /*tə/}を表す字。のち仮借して助詞の{之 /*tə/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B9%8B

と、形声文字とするもの、

指事文字(抽象的概念を点や線の位置関係等で示す)です(止+一)。「立ち止まる足」の象形と「出発線を示す」横線から、今にも一歩を踏み出して行く事を示し、そこから、「ゆく」、「行く」、「出る」を意味する「之」という漢字が成り立ちました(借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、「これ、この(助字)」の意味も表すようになりました)https://okjiten.jp/kanji2313.html

と、指示文字とするものとに分かれる。

「曾」(@漢音ソ・呉音ゾ・ゾウ、A漢音ソウ・呉音ソ・ソウ)の異体字は、

曽(新字体/もと簡易慣用字体)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%BE。「かつて」「すなわち」の意、「増」にあてた用法で、「ます」の意の場合@の音、「曾祖父」「曾孫(そうひん)」と、層をなして世代が重なるさま、「層」にあてた用法で、層をなして重なるさまの意の場合Aの音、とある(漢字源)。字源は、

象形文字。「ハ印(湯気)+せいろう+こんろ」をあわせてあり、上にせいろうを重ね、下にこんろを置き、穀物をふかすこしきの姿を描いたもので、層をなして重ねる意を含む。甑(ソウ こしき)の原字。また、曾は、前にその経験が重なっているとの意から、かつて……したことがあるとの意を示す副詞となった(漢字源)、

「曾」のうちの「日」を除いた部分が原字で、こしきを象る象形文字。のち羨符(意味を持たない装飾的な筆画)の「口」(楷書では「日」と書かれる)を加えて「曾」の字体となる。「こしき」を意味する漢語{甑 /*tsəngs/}を表す字。のち仮借して「かつて」を意味する漢語{曾 /*tsəəng/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%BE

旧字は、象形。せいろ状の蒸し器から湯気の出ているさまにかたどる。もと、こしきの意を表した。「甑(ソウ)」の原字。借りて、かさねる意に用いる。常用漢字は俗字による(角川新字源)、

象形文字です。「蒸気を発する為の器具の上に、重ねたこしきから、蒸気が発散している」象形から、「かさねる」、「かさなる」を意味する「曽」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1858.html

象形。甑(こしき)の形で、甑の初文。八は湯気のたちのぼる形。〔説文〕二上に「詞の舒(ゆる)やかなるなり」とし、「すなはち」という承接の語とする。それで字形について「八に從ひ、曰(えつ)に從ひ、囗+小(さう)聲」と口気の意とする解を試みているが、金文の字形によって明らかであるように、甑の象形字。釜甑(ふそう)をいう。ゆえに累層するものの意に用いる。「かつて」「すなはち」など副詞的に用いるのは仮借(字通)、

と、すべて象形文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)

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彼方(をちかた)

 

彼方(をちかた)の埴生の小屋(をや)に小雨降り床(とこ)さへ濡れぬ身に添へ我妹(わぎも)(万葉集)

の、

埴生の小屋(をや)、

は、

赤土(はに)をとるための粗末な小屋、

とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

人里離れたこの埴生の野小屋、

と訳している(仝上)が、

埴生

で触れように、

土間の土の上に筵(むしろ)などを敷いただけの小さい家、
また、
赤土を塗ってつくっただけの小さい家、

の意ではなかろうか(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。そこから転じて、

みすぼらしい粗末な家、

つまり、

賤(しず)が屋の状に云ふ語(大言海)、
賤(しず)が伏屋(ふせや)(デジタル大辞泉)、

の謂いで、

自分の家をへりくだっていうのにも用いる、

ので、この場合、自分の家をそう謙遜して言っているとみるべきかもしれない。また、

彼方(をちかた)、

は、

人里離れた遠い野、

とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、これも、同じように、卑下して言っているとみることができる。

をちかた、

は、

遠方、

とも当て、

をつかた、

とも訓ませ(大言海)、

あちらの方、
むこうの方、
遠い向こうの方、

といった意(広辞苑・岩波古語辞典)で、

烏智可(ヲチカタ)の浅野(あさぬ)の雉(きぎし)響(とよも)さず我(われ)は寝(ね)しかど人そ響(とよも)す(日本書紀)、

と、空間的に、

ある地点から、遠く隔たっている方角、方向、

の意、さらに時間に転じて、

師の寿命、今自り已去(ヲチカタ)、更に十年可(ばかり)なり(大慈恩寺三蔵法師伝永久四年点(1116)」)、

と、

ある時点から隔たった時、

の意、さらに、

汝祖等(いましおやたち)、蒼海(あをうなはら)を渡り、万里(とほきみち)を跨(あふとこ)びて水表(ヲチカタ)の政(まつりこと)を平(ことむ)けて(日本書紀)、

と、

海外、

を指しても使う(精選版日本国語大辞典)。

遠方、

を、

えんぽう、

と訓んでも、

空間的、時間的に遠く離れたところ、

として、

遠くの方、
遠い所、

の意で使う(仝上・デジタル大辞泉)。また、

遠方、

とほぢ、

と訓ませても、

遠い所、はるかな方、

と、

えんぽう、
おちかた、

と同義だが、

遠方、

を、

をちつかた、

と訓ませると、

それよりをちつかたの事をかたる内に(評判記「色道大鏡(1678)」)、

と、

以後、以下、

の意となる(精選版日本国語大辞典)。

をち、

は、

彼方、
遠、

とあて、

「こち」「そち」の対。「をととし」の「をと」と同源か。一説に、海の意を表すワタの母音交替によってできたとする(広辞苑)、
隔路(へち)の義(大言海)、
コチ(近)のコの発音と対照的な発音ヲをもって、近に対する遠の意を表したもの(国語溯原=大矢徹)、
遠方のものは小さく見えるところから、ヲは小、チはカタ(方)のタの転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ホチ(隔所)の義(言元梯)、
遠い方をいうアチと通じる(和訓栞)、
カノチ(彼内)の義(名言通)、
トヲキ地の上下略か(和句解)、
元来、遠く隔たった向こうの意。代名詞的に、「かなた」「あちら」の意にも用いる(学研全訳古語辞典)、

等々、とあるが定まらない。意味は、

白雲の八重に重なるをちにても思はん人に心へだつな(古今和歌集)、

と、

遠く隔たっている場所を指し(遠称)、

また、

ある範囲にはいらない場所をもいう、

ので(精選版日本国語大辞典)、

遠く隔たった場所、遠方、かなた、あなた、

の意、さらに、時間軸に転じて、

遠く隔たっている時を指す(遠称)、

ので、ひとつには、

昨日よりをちをばしらず百年(ももとせ)の春の始めは今日にぞ有りける(拾遺和歌集)、

と、

それより以前、
昔、

の意、また、逆に、

このころは恋ひつつもあらむ玉匣笥(たまくしげ)明けて乎知(ヲチ)よりすべなかるべし(万葉集)、

と、

それより以後、
将来、

の意で使う(岩波古語辞典・大言海)。類聚名義抄(11〜12世紀)に、

以往、をつかた、

とあるのは、この意になる。上代においては、

方向を表わす代名詞は、指示代名詞に「ち」を付けて、「こち」「そち」等の言い方をするが、遠称にはこのような言い方がなく、「をち」「かなた」がこれを代用している、

とし、上述のように、「万葉集」の例では、

未来、

を表わしているのに対し、中古では、拾遺和歌集の例のように、

過去を表わしていると見られる(精選版日本国語大辞典)。

遠、
彼方、

を、

大宮(おほみや)の彼(をと)つ端手(はたで)隅傾(かたぶ)けり(古事記)、

と、

をと、

とも訓ませるのは、

「おち(遠)」の音変化、

で(精選版日本国語大辞典)、

あちらの方、

の意、

彼(をと)つ端手(はたで)、

は、

あちらの方の脇、

と訳す(倉野憲司訳注『古事記』)。上述の、類聚名義抄に、

以往、をつかた、

とある、

以往(いわう)、

には、

ある時点よりあと。以後。…よりこのかた、

の意と、

已往(いわう)、

の誤用から、

ある時点・基準よりまえ。以前、

の両義があり、類聚名義抄が、どの意で使ったのかははっきりしない。

本来「以往」は将来を、「已往」は過去を意味するが、日本では混同されることが多かった。「以往」は「日本書紀」に三例あり、古訓は全て「ユクサキ」と本来の意味で用いられている。しかし、「風土記」や「続日本紀」の例にも見られるように古くから「以前」の意味で誤用された。「観智院本名義抄」には「以往」にヲツカタ・アナタ・イニシヘ、「已往」にサキの訓がある。「色葉字類抄」では「以往」をサキツカタ・古今部とし、「已往」は掲載されていない。「已往」は「続日本紀」のような適切な使用例があるが、平安鎌倉期以後の用例は少ない。「以後」の意に使われた誤用も一部見えるが「文明本節用集」に「已往 イワウ又作以往」、「塵芥」に「以(左傍「已」)往(イワウ)」とあるように中世では混同していたことがうかがえる、

とある(精選版日本国語大辞典)。なお、

大名児(おほなご)彼方野辺(をちかたのへ)に刈る草(かや)の束の間(あひだ)も我(わ)れ忘れめや(万葉集)、

とある、

彼方野辺(をちかたのへ)、

は、

遠方にある野、

おほさきのありそのわたり霧こめてをちかた声に船よばふ也(夫木和歌抄)、

の、

遠方声(をちかたごえ)、

は、

遠方から聞こえる声、

我(あ)が待ちし秋萩(あきはぎ)咲きぬ今だにもにほひに行かな彼方人(をちかたひと)に(万葉集)、

と、

をちかたびと(をちかたひと 遠方人・彼方人)、

というと、

と、

遠方の人、遠くにいる人、

意となる(精選版日本国語大辞典)。

「彼」(ヒ)は、

会意兼形声。皮は、たれたなめしがわを又(手)で向こうに押しやるさま。披(かぶせる)の原字。彼は「彳(いく)+音符皮」で、もと、こちらから向こうにななめに押しやること。転じて、向こう、あちらの意となる漢字源)、

と、会意兼形声文字とあるが、

形声。「彳」+音符「皮 /*PAJ/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BD%BC

形声。彳と、音符皮(ヒ)とから成る。他の所に行く意を表す。借りて、遠称の指示代名詞に用いる(角川新字源)、

形声文字です(彳+皮)。「十字路の左半分」の象形(「道を行く」の意味)と「獣の皮を手ではぎとる」象形(「皮」の意味だが、ここでは、「波」に通じ(「波」と同じ意味を持つようになって)、「波(なみ)」の意味)から、波のように遠方に行った所を意味し、そこから、「かなた」を意味する「彼」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1250.html

と、形声文字とする説と、

仮借。字は形声で、声符は皮(ひ)。彳(てき)に従い、もと外に行動する意の字であろうが、その本義は失われ、ただ代名詞に仮借してのみ用いる。〔説文〕二下に「往きて加ふる所有るなり」と彼・加の畳韻をもって解するが、その用例はない。金文に「皮(か)の吉人」のように皮を彼の意に用い、〔石鼓文、汧殹石(けんえいせき)〕や近出の金文〔中山王円壺〕にもその用例がある。彼はそれより後起の字。漢碑にはみな彼に作る(字通)、

と、仮借文字(ある語に用いられる漢字を、発音が同一または類似する別の語にも用いる)とする説とに分かれる。

遠(漢音エン、呉音オン)の異体字は、

远(簡体字)、逺(俗字)、𢕱、𨖸、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0。字源は、

会意兼形声。「辵+音符袁(エン 間があいて、ゆとりがある)」(漢字源)、

会意兼形声文字です(辶(辵)+袁)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「足跡の象形と玉の象形と身体にまつわる衣服のえりもとの象形」(衣服の中に玉を入れ、旅立ちの安全を祈るさま(様)から、「とおざかる」の意味)から、「とおくへ行く」を意味する「遠」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji212.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「辵」+音符「袁 /*WAN/」。「とおい」を意味する漢語{遠 /*wanʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0

形声。辵と、音符袁(ヱン)とから成る。距離が長い、ひいて「とおい」意を表す(角川新字源)、

形声。声符は袁(えん)。〔説文〕二下に「遼(はる)かなり」とし、遼と互訓。袁は死者の衣襟のうちに玉(〇)を加え、枕もとに之(あし、はきもの)を加えて、遠く送る意。それより遠方・遐遠の意となる(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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をふ

 

桜麻乃(さくらをノ)苧原(をふ)の下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも(萬葉集)

の、

桜麻、

は、

未詳、麻の一種か、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。しかし、

桜麻

で触れたように、

桜麻、

という名は、

花が薄紅色で桜のような五弁であるところから、

とも、

桜の咲く頃に種子をまくところから、

ともいう(精選版日本国語大辞典)とあり、万葉集古義(江戸末期)に、

櫻麻は、櫻の咲く頃、蒔くものなる故に云ふ、と云へり、

とあり、

櫻鯛、櫻雨の類なるべし、

とし(大言海)、

麻の種は陰暦三月の頃に蒔く、

からだとし(仝上)て、

雄麻(ヲアサ)の一名、

とする(仝上・精選版日本国語大辞典)。また、

桜麻の、

は、万葉集で、冒頭の、

桜麻乃(さくらをノ)苧原(をふ)の下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも(萬葉集)

の、

桜麻乃、

や、

桜麻之(さくらをの)麻生(をふ)の下草早く生(お)ひば妹が下紐(したおび)解かずあらましを(仝上)、

の、

桜麻之、

を訓んだもので、

麻と苧(お)とが同義であるところから、「おふ(苧生=麻の生えている所、麻畑)」にかかる、

が、その他、

さくらあさのをふのうら浪立ちかへり見れども飽かず山なしの花(新古今和歌集)、

と、

「苧生(おふ)」と同音の地名「おふの浦」、

にかかり、さらに、

さくらあさのかりふのはらをけさ見れば外山かたかけ秋風ぞ吹く(曾丹集)、

と、

桜麻を刈る意で、「刈る」と同音を持つ地名「かりふの原」、

にかかる。ただ、

さくらをのをふの下草やせたれどたとふばかりもあらずわが身は(古今和歌六帖)、

と、「古今六帖」(976〜87頃)には、

さくらをのをふのしたくさ、

と見え、

契沖以来、「さくらをの」とよむ説も多い。「新古今」以後の勅撰集に、いくらかの用例を見るが、多くは、「さくらあさのをふのしたくさ」と続いている。実体不明のまま、歌語として受け継がれたものであろう、

とある(精選版日本国語大辞典)。

をふ、

は、

麻生、
苧生、

とあて(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、

「お」は「麻(あさ)」の意(精選版日本国語大辞典)、
フは木や草の生えている所(岩波古語辞典)、

とあり、

浅茅生(あさじふ)

で触れたように、

フ、

は、

芝生、園生(そのふ)の生(ふ)なり、生(お)ふの約、音便に、ウと云ふ(大言海)、

とあり、

生えた所、

の意(岩波古語辞典)なので、

麻生(をふ)、

は、

麻の生えている地、麻畑(広辞苑)、
麻の生えている地(岩波古語辞典)、
麻の生えている所(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)

となるが、冒頭の歌では、

麻畑の下草、

とし(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

身を隠しやすい麻畑は、人目を忍ぶ男の通い路とされた、

と解し(仝上)、

苧原(をふ)の下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも、

を、

麻畑の下草は露に濡れていますから、夜が明けきってからお帰りなさい、もし母が知ってもかまいません、

と訳す(仝上)。

桜麻

で触れたことだが、

をふ、

の、

を、

は、和名類聚抄(931〜38年)に、

麻苧、乎(ヲ)、一云阿佐、

とあり、

を、

は、

苧、

とも当て、

アサの古名(広辞苑)、

あるいは、

アサの異称(岩波古語辞典・大言海)、

とある。なお、



については触れた。

「苧」(漢音チョ、呉音ジョ)の異体字は、

苎(簡体字)、薴(繁体字)、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8B%A7

字源は、「倭文(しづ)の苧環(をだまき)」で触れたように、

会意兼形声。「艸+音符竚(チョ じっとたつ)の略体」、

とある(漢字源)。麻の一種の「からむし」である。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)

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夕凝り

 

夕凝(ゆふこ)りの霜おきにけり朝戸(あさと)出(で)にいたくし踏みて人に知らゆな(万葉集)

の、

夕凝(ゆふこ)り、

は、

夕方から早々に置く霜、

とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

朝戸(あさと)出(で)に、

は、

朝戸を開けてのお帰りがけに、

と訳す(仝上)が、

夕凝り、

は、

ゆうごり、

とも訓ませ(精選版日本国語大辞典)、

霜・雪などが夕方になって凝り固まること(広辞苑)、
霜・雪・雲などが、夕方凝りかたまること。また、そのもの(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、

とある。

夕凝(ゆふこ)りの霜おきにけり、

は、

凝り固まった雪や霜の上に新たに霜がおりた、

の意でなくては、意味が伝わらないのではないか。『大言海』は、

夕方に凝り結ぶ霜、

とし、

夕霜、

の意とする。

夕霜、

は、

暮れ方にふる霜、

で、

朝におく霜、

の意の、

朝霜に対す、

とある(大言海・広辞苑)。

凝る

は、由来の中で、

コル(固)の義(言元梯)、
コはコ(濃)の義で、コム(込)のコに同じ(国語の語根とその分類=大島正健)、
コは所、学ぶ所や好む所に心が集中することをいうところから(国語本義)、
コホル(氷)の義(名言通)、
コオ(冱)に諧調のラ行音を添えた語コオリを活用した語コオルから(日本語原学=与謝野寛)、
カル(離)から(続上代特殊仮名音義=森重敏)、

等々とあり、

こほり、

との関係が注目される。抽象度の高い解釈よりは、具体物を表現したものの方が、和語にふさわしい。

こほる、

は、

氷る、
凍る、

とあて、

平安仮名文では、コホリ・ツララは、水面に張り詰めた氷にいうことが多く、ヒ(氷)は固まりの氷に言うことが多い、

とある(岩波古語辞典)。「こほり」の語源諸説は、

水が凝り固まったものであるところからコル(凝)の転(滑稽雑誌所引和訓義解・類聚名物考)、
コゴリから(円珠庵雑記)、
コリヒ(凝氷)の義(和訓栞)、
ココリ(氷凝)の義(言元梯)、
コリヲレ(凝折)の転(柴門和語類集)、
コハリ(強)の義(名言通)、

等々と、どうやら「こる」「こごる」とつながる。

こごる、

の語源諸説をみると、

コイコル(凍凝)の義(大言海)、
コイコユ(凍凍)の義(和訓栞)、
語幹コゴは動詞クグム(屈・曲)のクグに由来する(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
コゴユ・コゴシと同根(岩波古語辞典)、

等々、「こごゆ」との関係が見える。

こごゆ、

の語源諸説を見ると、

コイコユ(凍凍)と重ねて意を強めた語で上二段活用が下二段活用に変化した語(大言海)、
コゴユルは古くコイといい、コホリイル(氷入)の義(名言通)、

等々、「こい」「こゆ」とつながる。

こい、

は、

寒い、
凍い、

と当て、

凍える、

意であり(岩波古語辞典)、

こゆ、

は、

此語(下二段)活用は違えど「凝る」(四段)と通ず(大言海)、

とあり、「こる(凝)」へと戻ってくる。こう見てくると、抽象的な言葉より、具体的な指示に基づいた言葉の方が古いのだとすると、

こる→こゆ(氷)→こほる、

よりは、具体的な「凍る」のを見て、

こゆ→こほる→こる、

という変化なのではないか、という気がするが、すくなくとも、「凝る」は、

凍ゆ(凍える)、
あるいは、
氷る(氷る)、

とつながり、それが語源のように思われる。

こごし

で触れたように、

こごゆ(凍)、

は、

寒さで身体の各部分が固くなる、

意で(岩波古語辞典)、類聚名義抄(11〜12世紀)に、

凍、コホル・コホリ・コル・サムシ・サユ・ココヒタリ・シミナ・コイタリ、

字鏡(平安後期頃)に、

凍、コル・コホリ・シシム・サムシ・コヒタリ・ツチノハジメテコホル、

とあり、

凍(こ)い凍(こ)ゆと重ねて、強めたる語、

となる(大言海)。

凍結、

とあてる、

こごる、

は、

凝る、
凍る、

と当て(岩波古語辞典)、

凍(こ)い凝るの義(大言海)、
コイコル(寒凝)の義(和訓栞)
語幹コゴは曲・屈の義のクグ(ム)に由来する(続上代特殊仮名音義=森重敏)
コゴユ・コゴシ(凝)と同根(岩波古語辞典)、

とある。

こごし、
こごる、

のもととなるのが、

こる、

で、

凝る、
凍る、

とも当て(学研全訳古語辞典)、

ら/り/る/る/れ/れ、

の、自動詞ラ行四段活用で、

液体など、流動性をもって定まらないものが、寄り固まって一体となる、

意で(岩波古語辞典)、類聚名義抄(11〜12世紀)には、

凝、コル・ヨル・ココル・コラス・ナル・トドム・サダム・サダマル、

字鏡(平安後期頃)には、

凝、トドム・コル・タカシ・コホリ・シヅカ・カタシ・コラス・ナスラフ・トドコホル・ココル・サダマル、

とある。

固まる、

という意味で、

凍る、
も、
凝る、

も、漢字をあてはめない以前は、共通して、

こる、

であり、それが、

こごし、
こごる、
こごゆ、

等々に変化したとみることができる。ちなみに、

こごし

は、

(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、

の、形容詞シク活用で、

凝り固まってごつごつしている、(岩が)ごつごつと重なって険しい(学研全訳古語辞典)、
山道などで、岩がごつごつと重なって険しい(精選版日本国語大辞典)、
凝り固まっている、ごつごつしている、険しい(岩波古語辞典・広辞苑)、

と、微妙に含意が異なるが、

凝り固まっている→ごつごつしている→けわしい、

といった、意味の外延の拡大とみることができる。由来は、

こごゆ(凍)・こごる(凝)と同根(岩波古語辞典)、
コゴは凝凝(こご)の義と云ふ、凝るの語根を重ねたる語(大言海)、
コゴ(凝々)の義で、コリ(凝)の語根コを重ねたもの、シは形容語尾(万葉集類林・日本古語大辞典=松岡静雄)、
動詞コゴルの形容詞形、コゴは曲・屈の義のクグ(ム)に由来する(続上代特殊仮名音義=森重敏)

等々とある。

「凝」(ギョウ)は、「こごし」で触れたように、

会意兼形声。疑の左側は矣(アイ・イ)のもとの形。「子+止(あし)+音符矣(人が後ろを振り返って止まるさま)」の会意文字で、わが子に心が引かれて止まるさまを示す。凝は「冫(こおり)+音符疑」。氷がひと所にじっと封じ固まるように、止まって動かない意をあらわす(漢字源)、

会意兼形声文字です(冫+疑)。「氷」の象形と「十字路の左半分の象形と人が頭をあげ思いをこらしてじっと立つ象形と角のある牛の象形と立ち止まる足の象形」(「人が分かれ道に立ち止まって、のろま牛のようになる」の意味⦆から、「水がこおる」、「かたまる」を意味する「凝」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1593.html

と、会意兼形声文字とする説もあるが、他は、

形声。「冫」+音符「疑 /*NGƏ/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%87%9D

形声。冫と、音符疑(ギ)→(ギヨウ)とから成る。氷がこりかたまる意を表す(角川新字源)、

形声。声符は疑(ぎ)。疑は人が顧みて凝然として立つ形。〔説文〕十一下に凝を冰の俗字とし、「水堅きなり。人+人(氷)に從ひ、水に從ふ。凝、俗に冰は疑に從ふ」とするが、凝・冰(氷)は声義ともに一字とはしがたい。〔玉篇〕に両字を別の字としており、漢碑にも用い方に分別がある(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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いぬ

 

行きて見て来(く)れば恋しき浅香潟(あさかがた)山越(ご)しに置きて寐寝(いね)かてぬかも(万葉集)

の、

寐寝(いね)かてぬかも、

は、

寝ようにも寝られない、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

寐寝、

とあてている、

いぬ、

は、

寝(い)を寝(ぬ)

で触れたように、

い、

は、

寝、

で、

眠ること、

を、

寝(い)を寝(ぬ)、

といった(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。

寝寝(いぬ)、

は、

寝ぬ、

とも当て、

ね/ね/ぬ/ぬる/ぬれ/ねよ、

の、自動詞ナ行下二段活用で、

名詞「い(寝)」+動詞「ぬ(寝)」(デジタル大辞泉)、
名詞「い(寝)」と動詞「ぬ(寝)」との複合語(精選版日本国語大辞典)、
「寝(い)」と下二段動詞「寝(ぬ)」が複合した語(学研全訳古語辞典)、

であり、

い(寝)をぬ(寝)る義(大言海)、

で、

イは睡眠、ヌは横になる、

意(岩波古語辞典)、

家思ふと伊乎禰(イヲネ)ずをれば鶴(たづ)が鳴く葦辺も見えず春の霞に(万葉集)、

と、

横になって眠る、

つまり、

寝る、
眠りにつく、

意である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。和名類聚抄(931〜38年)に、

寢、禰夜(ねや)、方言要目に云ふ、與止乃(よどの)、

字鏡(平安後期頃)に、

眠、禰夫留、
寢、イヌ、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

寐、フス・イヌ・ネタリ、
寢、イヌ・ヲカス・オホトノコモル・タユ・ヤウヤク・ヤム・ヤミヌ・オホフ・フス、

とある。名詞、

い(寝)、

は、

人間の生理的な睡眠、類義語寝(ぬ)は、体を横たえること、ネブリ(眠)は時・所・形にかまわずする居眠り、

とあり(岩波古語辞典)、ふつう、

助詞「の」「を」「も」などを介して次に動詞「ぬ(寝)」がくる形をとる、

とあり、古くから独立性が弱く、

いを寝(ぬ)、
いの寝(ね)らえぬ、

など、助詞を介して、

玉手(たまで)さし枕(ま)き股長(ももなが)に伊(イ)は寝(な)さむを(古事記)、

と、

い…ぬ、

の形で用いられる。なお、「い」と「ぬ」とが直接結合した、

「いぬ」は、上記万葉集の表記から考えて、すでに一語化していたとみられる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

いぬ、

は、平安時代には、訓読特有語であり、和文では主に「ぬ」が用いられた(仝上)とあり、

ぬ、

が、

男女の同衾、

の意もあるのに対して、

いぬ、

は、

単に寝床について眠る、

意である場合が多い。平安和文での「いぬ」の用例は限られてはいるが、「源氏物語」(「はなれたる所に心とけていぬるものか」)と「更級日記」には男性の会話の中に用いられた例が見られる(仝上)とある。名詞、

い(寝)、

は、

い(寝)をぬ(寝)、

の他、

い(寝)も寝(ね)ず、

などの句として使い(岩波古語辞典)、また、

熟寝(うまい)、
安寝(やすい)、
朝寝(あさい)、

など複合語を作る(仝上・岩波古語辞典)。

ぬ(寝)、

は、ナ行下二段活用で、

ね/ね/ぬ/ぬる/ぬれ/ねよ、

と活用する、

寝(ね)る、

の文語形になり、

門(かど)に立ち夕占(ゆふけ)問いつつ我(あ)を待つと寝(な)すらむ妹(いも)を逢(あ)いて早見む(万葉集)、

の、

動詞「ぬ(寝)」に上代の尊敬の助動詞「す」が付いて音変化した「ぬ(寝)」の尊敬語、

寝ていらっしゃる、

意の(デジタル大辞泉)、

な(寝)し、



「な」と同根、

とあり(岩波古語辞典)、

今造る久迩(くに)の都に秋の夜(よ)の長きにひとり寝(ぬ)るが苦しさ(万葉集)、

と、

横になる、
臥す、

という意になる。なお、動詞、

い(寝)ぬ、

の連用形の名詞化である。

いね(寝)、

は、日葡辞書(1603〜04)に、

Ineno(イネノ)ワルイヒト、または、ヨイヒト、

とあり、

寝ること、また、寝つき、

の意で、

乗合の居寝のわるさに抱付て(雑俳「たからの市(1705)」)、

と、

寝相(ねぞう)、

の意でも使うようである(仝上)。

「寐」(漢音ビ、呉音ミ)は、

会意兼形声。未は、見えにくい細い枝。爿印は、長いベッドを横から見た形。寐は「宀(やね)+爿(寝台)+音符未(ビ・ミ 見えにくい)」で、家の中の寝台で目をつむることを示す。目の見えない暗いねむりの中に入ること、

とあり(漢字源)、眠りに就く、寝入る、意であるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%90。ただ、他は、

形声。「𪧇」+音符「未 /*MƏT/」。「ねむりにつく」を意味する漢語{寐 /*mit-s/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%90

形声。声符は未(び)。〔説文〕七下に「臥するなり。㝱(ぼう)の省に從ひ、未聲」とする。㝱は夢の初文で、夢魔(むま)のあらわれる意。寐とは関係がない。未はその寐息を示す擬声として加えられたものであろう(字通)、

と、形声文字としている。なお、「寝」と似た意味を表す漢字に、

卧、寝、寐、眠、睡、

等々があり、違いを、

「卧」は腹ばいになって寝ることを指す、但し必ずしも眠っているわけではない、その姿形に重点がある言葉である。
「寝」は睡眠を指す。眠っている部屋に重点がある。
「寐」は一般的に寝ることを指す。睡眠に重点がある言葉。
「眠」は目を合わせて閉じているのが本義で、そこから拡張され、「睡」を表す。
「睡」は座って首を垂れうたた寝をしている意味である。

としておりhttps://asia-allinone.blogspot.com/2012/09/blog-post_1.html、『字源』では、

寝、ねどこに入りたるなり、臥なり、食不語、寝不言(論語)、
寐、寝入りたるなり、寤(ゴ 目覚める)の反なり、「寝而不寐」(公羊伝)、
瞑、目を閉じてねむるなり、眠に通ず、「據高梧而瞑」(荘子)、

としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)

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いねかつ

 

行きて見て来(く)れば恋しき浅香潟(あさかがた)山越(ご)しに置きて寐寝(いね)かてぬかも(万葉集)

の、

浅香、

は、

大阪南部・堺市にかけての地、

とある。

寐寝(いね)かてぬかも、

は、

寝ようにも寝られない、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

いねかつ、

は、

寝ねかつ、

とも当て、

て/て/つ/つる/つれ/てよ、

の、自動詞タ行下二段活用で、

動詞「いぬ」の連用形+補助動詞「かつ」(学研全訳古語辞典)、
動詞「いぬ(寝)」の連用形に「できる・耐える」意の補助動詞「かつ」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、

で、

寐寝(いね)かてぬ、

のように、下に

必ず打消の助動詞を伴う、

とある(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

いぬ

は、

寝寝(いぬ)、

寝ぬ、

と当て、

ね/ね/ぬ/ぬる/ぬれ/ねよ、

の、自動詞ナ行下二段活用の、

い(寝)をぬ(寝)る義(大言海)、

で、

イは睡眠、ヌは横になる、

意(岩波古語辞典)で、

横になって眠る、

つまり、

寝る、
眠りにつく、

意である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。

かつ(克・勝)、

は、

て/て/つ/つる/つれ/てよ、

の、補助動詞タ行下二段活用で、

玉櫛笥みもろの山のさな葛(かづら)さ寝ずはつひに有りかつましじ(万葉集)

と、

カツはできる意の下二段補助動詞、マシジは打消しの推量の助動詞、

で、

共寝をせずには、耐えられないだろうhttps://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detail?cls=db_manyo&pkey=94
とか、
(あなたと)共寝しないでは(私は)とうてい生きてはいられないだろう(学研全訳古語辞典)、
とか、
共寝をしないでなんかいてよろしいのですか、そんなことをしたらとても生きてはいられないでしょう(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

等々と訳す、

……に耐える、
……することができる、
……られる、

という意であり、

「かて」に打消の助動詞「ず」の上代の連用形「に」や連体形「ぬ」を伴う、

かてに(がてに)、

かてぬ、

あるいは、

未然形には打消の助動詞「ず」、終止形には打消の意志・推量を表わす助動詞「ましじ」が接続する(精選版日本国語大辞典)、
終止形「かつ」に打消推量の助動詞「まじ」の古い形「ましじ」を伴う(学研全訳古語辞典)、

と、

かつましじ、

の形で使われることが多い(学研全訳古語辞典)。ところが、

がてに

で触れたように、

かてに、

は、のちに、

語頭が濁音化し、

「かて」に打消の助動詞「ず」の上代の連用形「に」、

であるものが、

がてに、

と、一語と考えられ、

ガテ(難)ニ、

と意識され(大辞泉・学研全訳古語辞典)、

「かてに」の語源意識が薄れ、「難 (がた) し」の語幹と混同され、それに格助詞「に」の付いたもの(岩波古語辞典)、
「かてに」の「かて」に「難」の字を用いているものは、「かて」に否定の意を含み、本来打消の助動詞である「に」を助詞と解したもの(精選版日本国語大辞典)、

と、動詞に付いて、

わが宿に咲ける藤波立ち返り過ぎがてにのみ人の見るらむ(古今和歌集)、

と、

……しがたく、

の意を表すようになり、もともとの、

か(克)てに、

は、平安中期ごろ消滅した(岩波古語辞典)とある。この混同は、

春されば我家(わぎへ)の里の川門(かはと)には鮎子(あゆこ)さばしる君待ちがてに(万葉集)、

と、

すでに上代からその例がみられる(大辞泉)とある。で、

秋萩のしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする(古今和歌集)、

での、

い(寝)ねがて、

は、

動詞「いねかつ」の連用形「いねかて」の濁音化。「がて」が「難(がた)し」の意に誤って使われた語、

で、

寝ることができない、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)

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時ともなく

 

あしひきの山下響(とよ)み行く水の時ともなくも恋ひわたるかも(万葉集)

の、

時ともなくも、

は、

いつと時をさだめずに、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

時ともなく、

の、

時となく、

は、

忘れ草我(わ)が紐(ひも)に付く時となく思ひ渡れば生(い)けりともなし(万葉集)

で、

のべつまくなしに、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)たり、

男神(ひこかみ)も許し賜ひ女神(ひめかみ)もちはひ給ひて時登無(ときトなく)雲居雨降る筑波嶺を(万葉集)、

ては、

いつもは時を定めずに(雲がかかり雨の降る)、

と訳す(仝上)ように、

いつという時を定めずに、
いつと時間もきめずに、

の意で、

ひっきりなしに、
常に、
いつも、
ときともなしに、

の意で使う(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。

朝霜の消(け)ぬべくのみやときなしに思ひわたらむ息の緒にして(万葉集)、

と、

時な(無)し、

という言い方もあり、

無時、

とも当て(大言海)、この場合も、

時を定めず、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、

いつと定まったときがないこと、いつもあること(広辞苑)、

あるいは、

止む時なし、間断なし(大言海)、

の意である。

時ともなく、

の、

とも、

は、

引用の格助詞「と」に、係助詞「も」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
格助詞「と」に係助詞「も」の付いたもの(デジタル大辞泉)、

とあり、

たぎつ瀬の中にも淀はありてふとなど我が恋の淵瀬ともなき(古今和歌集)、

と、

「と」を強める言い方、

をするもの(デジタル大辞泉)と、

山の峡(かひ)そこ登母(トモ)見えず一昨日(をとつひ)も昨日(きのふ)も今日(けふ)も雪の降れれば(万葉集)、

と、

引用を表わす、

とするもの(精選版日本国語大辞典)とがある。いずれも、上の語を強く指示している感じは似ている。

本来、指示する副詞の「と」(格助詞のトと同根。指示副詞「かく」と対になって「とにもかくにも」「ともかくも」などと、対立する二つの物や事を前提として「それ」と指定するのに使う)と、不確実・不確定の意を表す係助詞「も」の複合した語で、「と」が条件を指示し、それを「も」が承けて、その条件すらも不確実であることを示す。その結果、終結部が、不確定判断で終止するものである。つまり、下に肯定の普通の終止が来ることはなく、放任とか、命令とか、意志・欲望、推量、否定などの不確定な判断で終止する、

とある(岩波古語辞典)。

とも、

の、

と、

は、上述のように、

指示する副詞「と」と語源を同じくする。「とにもかくにも」「ともかくも」「とありともかかりとも」などの「と」は、話し手と相手とが共通に知っていることを意識的に取り立てて指示して、「かく」という既知の自分の領域にあるものと対比させる意味を持つ。助詞の「と」は、この意味を引き継ぎ、「言ふ」「思ふ」「聞く」ところの内容を提示し、指示する役目を負う。また、新たに変化した結果・状態を指示するのにも使い、資格を与え、命名するのにも用いる、

とあり(仝上)、

と、

そのものに、

宮人(みやひと)の脚結(あゆひ)の小鈴落ちにき登(ト)宮人響(とよ)む里人(さとびと)もゆめ(古事記)、

と、

引用を表わし、文あるいは文相当の語句や擬声語を承け、下の動詞(「思う」「言う」「聞く」などの場合が多い)の内容を表わす、

とある(精選版日本国語大辞典)。

とも、

の、

も、

は、

その山を振り放(さ)け見つつ夕さればあやに悲しみ明け来ればうらさび暮らし荒栲(あらたへ)の衣の袖は干(ふ)る時もなし(万葉集)、

と、

承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役目をする。これも格に関係なく、主格にも目的格にも補格にも用いる。承ける語を不確実なものとして提示するばかりでなく、下文も、打消・推量・願望などの不確定な表現で終わるものが多い。「も」は承ける語を不確実なものとして扱うので、否定の形となる時には、全面的な否定になる(仝上)、

とあり、

たわや女(め)は同じ心にしましくもやむ時もなく見てむとぞ思ふ(万葉集)、

では、

しましくもやむ時もなく、

を、

ちょっとの間も、休むことなく、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、

「しばらく休む」ということまで「無く」と否定している気持をいう、

ということになる(岩波古語辞典)。

時ともなく、

は、あえて分解すれば、

時、

と、提示した、

と、

を承けて、

も、

で、

それを不確定にして、

なし、

と、

全面否定して、

いつという時を定めずに、
いつと時間もきめずに、

という意になるということになる。で、

ともなく、

は、

どこともなく、
いつともなく、

等々と、

動作・状態のはっきりしないさまを表す、

使い方になり、

何処(いずこ)ともなく、
何処(どこ)ともなく、

なら、

場所がはっきり定まらないさま、

を表し、

どこへというあてもなく、
どことも知れず、

の意となり、

心ともなく、

なら、

意識しないで、
思わず、

の意となり、

然(さ)なくとも、

なら、

そうでなくても、

の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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よし

 

青山の岩垣沼(いはかきぬま)の水隠(みごも)り恋やわたらむ逢ふよしをなみ(万葉集)

の、

上二句は序、「水隠り」を起こす、

とあり、

水隠りに、

は、

人知れず心の中で、

の意とし(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

逢ふよしをなみ、

は、

逢う手立てもないので、

と訳す(仝上)。

よし、

は、

由、
因、
縁、

等々とあて(広辞苑)、類聚名義抄(11〜12世紀)に、

由、ヨル・ヨシ・モチヰル・ナホシ・ゴトク・ユク・シタガフ・ミチ・ヰル・ホシイママ・ヨロシ、
由、ユヱ、

字鏡(平安後期頃)に、

由、サダム・ヨロシ・ゴトシ・ムカシ・ナホシ・タガフ・イハク・シゲシ・モトム・セラル・モチヰル・ホシイママ・ヰル・ヨル・ヨリ・ミナ・ナル・ヨシ・ユク・ミチ・ゴトク・シタガフ・ハジメテ、

とある。由来は、

その事にヨリ(寄)シの義(和訓栞)、
ヨス(寄)と同根。物の本質や根本に近寄せ、関係づけるものの意。つまり、口実・かこつけ・手がかり・伝聞した事情・体裁などの意。類義語ゆゑ(故)は、物事の本質的・根本的な深い原因・理由・事情・由来の意(岩波古語辞典)、
「寄す」の名詞形。物事の寄りどころとされる事柄、由緒の意(日本語源広辞典)、
動詞「寄す」の名詞化で、物事と関係づけていくことの意(デジタル大辞泉)、
「寄(よ)す」と同根で、物事に関係づけていくことの意(精選版日本国語大辞典)、
ヨル(因)のヨに語尾のシが付いた語(国語の語根とその分類=大島正健)、
イトスチ(最筋)の反(名語記)、

等々とあり、どうやら、

寄す、

とつながるとみていい。あるいは、

拠す、

とあてた方がいいのかもしれない。

由、

は、上記の由来から見て、

故(かれ)、猪手連(いてのむらじ)の孫を娑婆連(さばのむらじ)と曰ふ。其れ是の縁(ヨシ)なり(日本書紀)、

と、

物事の起こった理由、由来、わけ、いわれ、

の意(精選版日本国語大辞典)、

願(こ)ふ、摩理勢(まりせ)を得(たまは)りて、其の所由(ヨシ)を推(かむか)へむと欲(おも)ふ(日本書紀)、
鎌田の兵衛は、忠宗に向ひて酒をのみけるが、此のよしをききて(平治物語)、

と、

物事の内容、事の趣旨、また、形式名詞のようにも用いる、

とあり、

こと、わけ、むね、儀、いきさつ、次第、

の意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

妹が門(かど)行き過ぎかねつひさかたの雨も降らぬかそを因(よし)にせむ(万葉集)、

と、

それを口実にすること、それをきっかけとして、物事を行なうこと、

で、

口実、かこつけ、言い訳、きっかけ、機縁、機会、

の意(仝上・岩波古語辞典)、

恋ふれども逢ふ因(よし)を無み大鳥の羽易(はがひ)の山に我(あ)が恋ふる妹はいますと人の云へば(万葉集)、

と、

かかわりを持つための方法、手段、てだて、すべ、

の意で、それがないのを、

時に、弟、已に鈎(つりばり)を海の中に失ひて訪獲(とふらひもとむ)るに因(ヨシ)無(な)し(日本書紀)、

と、

よしなし(由無)、

と使う(仝上)。また、

細かにはあらで、ただおぼえぬ穢(けが)らひに触れたるよしを奏したまへ(源氏物語)、

と、

趣旨、

の意、さらに、平安女流文学で、「ゆゑ」と区別して(岩波古語辞典)、

円融院の御世より参りたりける人の、いといみじく神さび、古めいたるけはひの、いとよし深く(更級日記)、

と、

二流以下の血統、またその人々の風情・趣向・教養・人品(岩波古語辞典)
由緒ありげな家柄。また、その人たちの持つ美的感覚。情趣、風流、おくゆかしさ(精選版日本国語大辞典)、

といった意で、それを、

母北の方なむ、いにしへの人のよしあるにて(源氏物語)、

と、

よしあり(由有)、

と、

由緒ありげな家柄である、何か由来がありそうな感じがする、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。さらに、

早川の瀬に居(ゐ)る鳥の縁(よし)を無み思ひてありし我(あ)が子はもあれ(万葉集)、

と、

関係があること、よすが、たよりどころ、つて、ゆかり、縁、

の意で(仝上)、

よしをなみ、

で、

よりどころがない、

意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、

当座の恥辱をのがれむが為に、刀を帯する由あらはすといへども(平家物語)、

と、

それらしく見せること、そのようなそぶりを見せること。実質を伴わない、形ばかりのこと、

で、

体裁、しるし、恰好、かた、ふり、

の意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、

そのよし承って兵(つはもの)どもあまた具して(竹取物語)、

と、

伝え聞いた事柄であることを示すことば、伝えられた事情、

として、

……とのこと、

の意等々、幅広く使うが、

そのことに寄せて、
そのことに因って、
そのことにかこつけて、

と、おおよそ、

それを拠り所とする、

といった意になる。

ゆゑ、

との違いは、

ゆゑ(故)、

は、

事物に本質的に備わっている原因をいう、

のに対して、

よし(由)、

は、

要因を事物のうちに求めることに重点がある、

ので、

両者は本来、意味を異にする語と思われる、

とあり(精選版日本国語大辞典)、で、

ゆゑ(故)、

は、

本質的・根本的な深い理由・原因・由来の意。平安女流文学では、由緒正しいこと、一流の血統であること、また、それらの人にのみ見られる一流の風情・趣味・教養などを言い、二流のものはヨシ(由・縁)といって区別した。接続助詞にも使われ、理由・原因を表すほか、文脈によっては逆接の意味になることもある(岩波古語辞典)、

とあり、由来を見ると、

「ユ(理由・原因)」が語源、エ(接尾語)を加えて誤解の起こらぬようにした語です。(古語、助詞〜を通って)は同源です。所以、由縁は当て字(日本語源広辞典)、
ヨルワケの約(和訓集説・和訓栞)、
ヨルワケ(由分)の義(名言通)、
ユは従の義で、ヨリ(由)と通ず。また、ヱはへ(方)の転(国語溯原=大矢徹)、
ユはヨリ(寄)の語幹ヨと同語、ヱはヰ(居)に通じ、ヨリトコロ(拠)の意(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ヨシワケ(縁別)の意で、ヨセワケの約(和訓集説)、
拠居(よりゐ)の略転かと云ふ(大言海)、

等々とあるが、はっきりしない。ただ、

事物に本質的に備わっている原因をいう。これに対して、類義語「よし(由)」は、要因を事物のうちに求めることに重点があり、両者は本来、意味を異にする語と思われる。しかし、すでに上代から「ゆえよし」という語形が存し、また古辞書類でも同一字にユヱ・ヨシ両訓が認められることなどから、古くから両者の意味は近接していたと思われる(精選版日本国語大辞典)、

とあり、すでに上代から、

壮士墓(をとこはか)このもかのもに造り置ける故縁(ゆゑよし)聞きて(万葉集)、

と、

ゆえよし、

という語形が存し、また古辞書類でも同一字にユヱ・ヨシ両訓が認められることなどから、古くから両者の意味は近接していたと思われる、

とある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、類聚名義抄(11〜12世紀)には、

故、ユヱ・カルガユヱニ・ソヘニ・フルシ・ナホシ・コトサラニ・イニシヘ・カヘル・マコトニ・ムネ・カレ・トモ・サラニ・モト・タヘタリ・ワザハヒ・コト、
故是以、カレコチ(レ)、
故々、ネタマシガホ・ネタイカナ

とある。ついでながら、

寄す、

は、

さ/し/す/す/せ/せ、

の、他動詞サ行四段活用で、

庭に立つ麻手(あさで)小衾(こぶすま)今夜(こよひ)だに夫(つま)寄し来(こ)せね麻手(あさて)小衾(こぶすま)(万葉集)、

と、

近づける、近寄らせる、寄せる、よこす、

意と、

せ/せ/す/する/すれ/せよ、

の、他動詞サ行下二段活用で、

海(わた)の底沖漕(こ)ぐ舟を辺(へ)によせむ風も吹かぬか波立てずして(万葉集)、

と、

近づける、近寄らせる、寄せる、

意とがある(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。類聚名義抄(11〜12世紀)には、

寄、ヨル・ヨス・ツク・モテアソブ・ヤドル・アソブ・カカル・タハブル、

字鏡(平安後期頃)には、

寄、ヨル・ヨス・ツク・アソブ・ヌキツ・シルス・カカル・タハフル・ヤドル・モテアソブ、

とある。

「由」(漢音ユウ、呉音ユ)は、

象形。酒や汁を抜き出す口のついた壺を描いたもの。また……から出てくるの意を含み、ある事が何かから生じてきたその理由の意となる(漢字源)、

象形。小口の酒つぼの形にかたどる。もと、卣(イウ)に同じ。借りて「よる」意に用いる(角川新字源)、

象形文字です。「底の深い酒つぼ」の象形から「よる・もとづく」を意味する「由」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji544.html

象形。初形は卣(ゆう)。瓠(ひさご)の類で、実が熟して中が油化したものの形。油の初文とみてよい。〔説文〕にみえないが、〔説文〕に由声の字十九字を収めているから、字を脱したものであろう。いまの訓義はみな仮借。〔詩、小雅、小弁(せうはん)〕「君子易(かろかろ)しく言を由(もち)ふること無(なか)れ」は用・庸の仮借。〔論語、為政〕「其の由る所を観る」は繇(よう)の字義。それより由来・由縁の意となる(字通)、

などと、多く象形文字としているが、

不明。一説に「匋 /*L(I)U/」の分化字。のち仮借して「よし」を意味する漢語{由 /*l(i)u/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B1

と、不明としている。

「因」(イン)の異体字は、

囙(俗字)、𡆬(俗字)、𡇂(俗字)、𩎪(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%A0

会意文字。「囗(ふとん)+∧印(乗せた物)、または大(ひと)」で、ふとんを下に敷いて、その上に大の字に乗ることを示す。下地をふまえて、その上に乗ること。茵(イン しとね)の原字(漢字源)、

会意。囗(しとね)と、大(ひと)とから成る。敷物の上に人が寝ていることから、「よる」意を表す(角川新字源)、

会意文字です(囗+大)。「寝るときに下に敷く敷物(しとね)」の象形と「人」の象形から、人がしとねに伏している事を表し、そこから、「よる(もとづく)」、「原因」を意味する「因」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji732.html

会意。囗(い)+大。〔説文〕六下に「就くなり。囗大に從ふ」とあり、囲就の意とするものであろうが、囗は蓆(むしろ)の平面形。そこに人が寝臥する形で、茵(むしろ)の初文(字通)、

と、多く、会意文字とするが、

象形、人が布団の上で寝ている姿を象る。「しきもの」「しとね」を意味する漢語{茵 /*ʔin/}を表す字。のち仮借して「よる」「たよる」を意味する漢語{因 /*ʔin/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%A0

と、象形文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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寄そる

 

しなが鳥猪名山(いなやま)響(とよ)に行く水の名のみ寄そりし隠り妻はも(万葉集)

の、

しなが鳥、

は、

水鳥の一種、にほどり(かいつぶり)かという、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

しながどり

は、

にほどり

とも、

ひどりがも(緋鳥鴨)の異名、

とも(精選版日本国語大辞典)、また歌語としては、

イノシシの異名、

ともあり(日葡辞書)、枕詞としては、

雌雄が居並ぶからともいい、シリナガドリ(尻長鳥)の約と見て、それが「居る」の意からとも、また雌雄が率ゐる(相率いる)意からとも言い、

大海(おほうみ)にあらしな吹(ふ)きそしなが鳥(どり)猪名(ゐな)の港(みなと)に舟(ふね)泊(は)つるまで(万葉集)、

と、同音を持つ地名、

猪名(いな)、

に、また、水に潜って出てきたときの息をつぐ声から、

しなが鳥安房(あは)に継ぎたる梓弓(あづさゆみ)周淮(すゑ)の珠名(たまな)は胸別(むなわけ)のひろき我妹(わぎも)(万葉集)、

と、

あは(安房)、

にかかる(仝上・デジタル大辞泉・岩波古語辞典)。

名のみ寄そりし、

は、

噂でばかりで言い寄せられた、

とあり、

名のみ寄そりし隠り妻はも、

は、

噂でばかりで言い寄せられたが、結局隠ったきりで顔をみせてくれなかったあの子は、ああ、

と訳す(仝上)。また、

波の間ゆ雲居に見ゆる粟島(あはしま)の逢わぬものゆゑ我(わ)に寄そる子ら(万葉集)

では、

上三句は序、

で、

粟島、

は、

所在不明、「粟」に「逢は」をかける、

とあり、

逢わぬものゆゑ我(わ)に寄そる子ら、

を、

逢わずにいるのに、私との仲を言いたてられている、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

寄そる、

は、

寄すの派生語、

とあり(岩波古語辞典)、

ら/り/る/る/れ/れ、

の、自動詞ラ行四段活用で、

栄(さか)え娘子(をとめ)汝(な)れをぞも我(わ)れに寄すといふ我れをも汝れに寄すといふ荒山も人し寄すれば寄そるとぞいふ汝が心ゆめ(万葉集)、

と、

自然に寄せられる、
自然と引き寄せられる、
引きつけられる、

といった意や、

白波の与曾流(ヨソル)浜辺に別れなばいとも為方(すべ)なみ八度(やたび)袖振る(万葉集)、

と、

波が打ち寄せられる、
寄せる、

意で使い、それをメタファに、

新田山(にひたやま)嶺(ね)にはつかなな我(わ)に寄そりはしなる子らしあやにかなしも(万葉集)、

と、

ある異性と関係があるといわれる、
ある異性に心を寄せていると噂される、
異性との噂(うわさ)を立てられる、

といった意で使う。冒頭の歌は、この意味で使われている。

よし

で触れたが、

寄す、

は、

さ/し/す/す/せ/せ、

の、他動詞サ行四段活用で、

庭に立つ麻手(あさで)小衾(こぶすま)今夜(こよひ)だに夫(つま)寄し来(こ)せね麻手(あさて)小衾(こぶすま)(万葉集)、

と、

近づける、近寄らせる、寄せる、よこす、

意と、

せ/せ/す/する/すれ/せよ、

の、他動詞サ行下二段活用で、

海(わた)の底沖漕(こ)ぐ舟を辺(へ)によせむ風も吹かぬか波立てずして(万葉集)、

と、

近づける、近寄らせる、寄せる、

意とがある(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、

寄る、

は、

ら/り/る/る/れ/れ、

の、自動詞ラ行四段活用で、

物や心を引きつける方へ、自然に自発的に近づいて行く意(岩波古語辞典)、
ある物やある所、また、ある側に近づいて行く(精選版日本国語大辞典)、

とあり、

ヨビイリヲル(呼入居)の義、また、ヤヘヲル(八重居)の義(日本語原学=林甕臣)、
ヤドアル(宿有)の義(名言通)、
ヨソ(余所)からアツマルの義か(和句解)、
ヨウル(世得)の義(柴門和語類集)、
夜は家にヨリ集まるところから、ヨル(夜)の音転(日本声母伝)、
ヨは依合の義、ルは自然収まる意(国語本義)、

と、諸説あるが、どれもいただけない。

よる、

は、

寄る、

のほか、

拠る、
依る、
因る、
由る、
縁る、
倚る、
凭る、

等々と当てるが、この語源は、

寄る、

とし、

近づく意です。寄り掛かる、頼りにする、味方になる、などの意です、

として、

ヨルの意味の区別は、中国語原に従います、

とする(日本語源広辞典)のが妥当で、漢字で当て別けることで、和語、

よる、

の多様な意味を、クリアに区別したものと思う。もともとの、

寄る、

とあてる、

よる、

は、第一には、

空間的に、ある地点に引きつけられる(岩波古語辞典)、
ある物やある所、また、ある側に近づいて行く(精選版日本国語大辞典)

意で、

沖つ藻は辺(へ)には誉戻(ヨレ)どもさ寝床(ねどこ)も与(あた)はぬかもよ浜つ千鳥よ(日本書紀)、

と、

ある所、ある物、ある人に向かって近づく、近寄る(精選版日本国語大辞典)、
近くになびいていく(岩波古語辞典)、

といった意、

波立てば奈呉の浦廻(うらみ)に寄る貝の間無き恋にそ年は経(へ)にける(万葉集)、

と、

ひと所に集まる、

意、

わが御家へもより給はずしておはしましたり(竹取物語)、

と、

途中でおとずれる、立ち寄る、

意、

大力の剛の者なりければ、寄って組む者はなし(源平盛衰記)、

と、

接近する、

意、

山風のまづこそふけばこの春の柳のいとはしりへにぞよる(蜻蛉日記)、
淑景舎(しげいしゃ)は、北にすこしよりて、南向きにおはす(枕草子)、

と、

一方へ近づき集まる。また、ある基準から一方へかたよる(精選版日本国語大辞典)、
片方の端へ近づく。また、一方の側にかたよる(デジタル大辞泉)、

の意、

成村嗔(いかり)て起ままに、只寄(より)に寄(より)て取合ぬ(今昔物語集)、

と、

相撲で、組んで押し進む、

意、

入道も年こそよりて候へども、子共ひきぐして参り候べし(平家物語)、

と、

(年、皺などが)積もり重なる、

意、

かかる所に庄などよりぬれば、別当なにくれなどいできて(宇治拾遺物語)、

と、

寄進される、寄付される、

意、

弁幾(いくばく)も无くて病付て、日来(にちらい)を経て遂に失にけり。其の女寄(より)たるにやとぞ(今昔物語集)、

と、

(神霊や物の怪などが)乗り移る、

意(この場合、「憑る」とも当てる)等々と使い、

あなかま、とて脇息に寄りおはす。いと安らかなる御ふるまひなりや(源氏物語)

と、

もたれかかる、

意の場合、

倚る、
凭る、

を当てる。こうした、空間的、物理的に近づく意をメタファに、第二に、

心理的に対象に引きつけられる(岩波古語辞典)、
気持が、そちらに引きつけられる(精選版日本国語大辞典)、

意に使い、

拠る、
縁る、

と当てたりもするが、

我(あ)が身こそ関山越えてここにあらめ心は妹に寄りにしものを(万葉集)、

と、

気持が、そちらに傾く、

意、

武蔵野の草は諸(もろ)向きかもかくも君がまにまに我(あ)は寄りにしを(万葉集)、

と、

任せてそれに従う、服従する、

意、

御諸(みもろ)に築(つ)くや玉垣(たまかき)斎(つ)き余(あま)し誰(た)にかも依らむ神の宮人(みやひと)(古事記)、

と、

あてにしてそれにたよる、たよってそこに落ち着く、根拠としてとりすがる、

意、

あなたによりてことさらに負けさせんとしけるをなど、かた時のほどに思ふに(枕草子)、

と、

味方になる、ひいきする気持になる、

意で使い、さらに、第三に、

よし

で触れたように、

寄す、

を語源に、

よりどころとなる事柄に基づく、

意で使い、

依る、
因る、
由る、

等々と当てたりして、

人言(ひとごと)の繁きによりてまを薦(ごも)の同(おや)じ枕は我(わ)は枕(ま)かじやも(万葉集)、

と、

原因する、基づく、

意、この意から転じて、

五戒十善の御果報つきさせ給ふによて、今かかる御目を御覧ずるにこそさぶらへ(平家物語)、

と、「によりて」「によって」の形で接続助詞的に用いて、

…のために、…から、

の意を表わす使い方をし、また、

何によらず、今日を限りに、難儀を申し懸け(好色一代男)、

と、

それと限る、定める、

意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

よる、

の意味の多様さを、漢字に依拠して当て別けているが、その漢字の意味ば、『日本語源広辞典』は、

寄、家に身を寄せる、「宀+奇(よりかかる)」、よる、よせる、
依、人にまつわりつく、「人+衣(まつわる)」、人に寄りすがる、
拠、手を杖においてよりすがる。「手+処(おく)」、
因、寄寓する、「口はしとね、ふとん、または部屋。中に手足を広げたひと」、
由、由来する、「籠から濁酒が滲み出る」、

とするが、『字源』は、

寄、寄託・寄寓と用ふ、たよりてつく義、
憑、もたれかかるなり。書経「憑玉几」、
凭、憑に同じ、
頼、たのみとしてよるなり。大学序「獨頼此編之存」、
據(拠)、物のより所とするなり。後漢書・馬援傳「據鞍顧盻」、
仗、憑倚なり、すがりよるなり、左伝「仗信以待晋不亦可乎」、
倚、物にもたれつくなり、倚門・倚樓の類、
依、倚に近し、よりそひ離れぬなり、柳杖「草木之生也、依於土」、
藉、身の拠る所を云ふ、たよりて力にするなり、
自、(自(由る)、もとづく)からと訳し、所従来也と註す。左伝「自南門入、出自東門」、
従、就也、順也、と註す。譬えば、其処に往くに、甲乙二道あるを、甲に従ひて来るとか、乙に従ひて来るとかいふ意。自と略々同じけれど、自よりは重し、史記・晏子傳「其御之妻、従門濶M之」とあるは、晏子を憚りて門外には出でず、門の隙よりのぞき見たるなり、
由、経過の意にて、従と略々同じ、由陸而行の如し、
縁、より沿ふ義、董舒傳に「此災異所縁而起也」とあり、
因、それにつきてと訳す。この原因によりて、此の結果を生ずる意。孔子家語弟子解の、曾子の條に、「志存孝道、故孔子因之以作孝経」とあり、因縁と熟す。縁と略々同じ、
仍、かさなると訓み、又しきりにとも訓む。下地ある上へ、頻り重なる義。因仍(いんじょう)と熟す。論語に、「仍舊貫如之何、何必改為」、
道、由と同じ。道は通行人の必ず由るものなれば、転用してよると訓む。山海経に「風道北來」とあり、

等々としている。

「寄」(キ)は、「言寄す」で触れたように、

会意兼形声。奇は「大(ひと)+音符可」の会意兼形声文字で、からだが一方にかたよった足の不自由な人。平均を欠いて、片方による意を含む。踦(キ)の原字。寄は「宀(いえ)+音符奇」で、たよりとする家のほうにかたより、よりかかること(漢字源)、

会意兼形声文字です(宀+奇)。「屋根(家屋)」の象形と「両手両足を広げて立つ人の象形と口の象形と口の奥の象形」(口と口の奥の象形で「かぎがたに曲がる」の意味を持つ為、「身体を曲げて立つ人」の意味を表す)から、つりあいが保てず片方の家屋の下に身をよせる事を意味し、そこから、「よせる」を意味する「寄」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji859.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「宀」+音符「奇 /*KAJ/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%84

形声。宀と、音符奇(キ)とから成る。身をよせる意を表す(角川新字源)、

形声。声符は奇(き)。奇に不安定なものの意があり、寄に倚寄し、寄託する意がある。〔説文〕七下に「託するなり」とあり、〔論語、泰伯〕「以て六尺の孤を託すべく、以て百里の命を寄すべし」のように、人に寄託することをいう。寄宿・寄寓のように用い、伝言を寄語という(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)

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恋ふらく

 

我妹子に我(あ)が恋ふらくはみずならばしがらみ超えて行くべくぞ思ふ(万葉集)

の、

恋ふらく、

は、動詞、

こふ(恋)、

の、

ク語法、

で(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、

恋しく思うこと
恋い慕うこと、

の意となるが、

我(あ)が恋ふらくは、

を、

私が恋い焦がれる気持ちは、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。なお、

しがらみ(柵)

は、

川の流れをせきとめるため、杭(くい)を打ち渡し、竹・柴などを横にからませたもの、

である(学研古語辞典)。

見まく
かけまく
おもわく
ていたらく
すべからく

などでも触れたことだが、

ク語法、

は、今日でいうと、

いわく、
恐らく、

などと使うが、奈良時代に、

有らく、
語らく、
来(く)らく、
老ゆらく、
散らく、

等々と活発に使われた造語法の名残りで、これは前後の意味から、

有ルコト、
語ルコト、
来ること、
スルコト、
年老イルコト、
散ルトコロ、

の意味を表わしており、

ク、

は、

コト
とか、
トコロ、

と、

用言に形式名詞「コト」を付けた名詞句と同じ意味になる、

とされ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95・岩波古語辞典)、後世にも漢文訓読において、

恐るらくは(上二段ないし下二段活用動詞「恐る」のク語法、またより古くから存在する四段活用動詞「恐る」のク語法は「恐らく」)、
願はく(四段活用動詞「願う」)、
曰く(いはく、のたまはく)、
すべからく(須、「すべきことは」の意味)、

等々の形で、多くは副詞的に用いられ、現代語においてもこのほかに、

思わく(「思惑」は当て字であり、熟語ではない)、
体たらく、
老いらく(上二段活用動詞「老ゆ」のク語法「老ゆらく」の転)、

などが残っている(仝上)。

ク語法、

と呼ばれるのは、

「く」を添えて動詞を名詞化する、

ので呼ばれるが、

か行延言、

とも呼ばれ、その接続には、諸説あり、

@四段活用・ラ変動詞・助動詞「けり」「り」「む」「ず」の未然形(「いふ」に対して「いはく」)、形容詞には古い未然形「け」にそれぞれ接尾語「く」が付き、その他の場合には、終止形に接尾語「らく」が付き(「す」に対して「すらく」)、助動詞「き」は例外として連体形に付く(「申しき」に対して「申ししく」)とする、
A活用語の未然形に、推量の助動詞「む」の零表記を媒介として、「こと」を意味する不完全名詞の「く」が付いたとする、
B活用語の連体形に接尾語「く」が付くとする、
C活用語の連体形に形式名詞「あく」が付くとする、

とある(精選版日本国語大辞典)。この背景にあるのは、奈良時代の特色の一つに、

母音が二つ連続することを極度に嫌う発音上の習慣があった。だから、もしも母音が二つ連続すると、
(イ)一方が脱落する、多くの場合、前の母音が脱落して後の母音が残る、
(ロ)二つの母音が融合して別の母音をつくる、例えば、iとaという母音が連続する場合には、二つが融合して、ia→eという変化を起こす、
のどちらかであった、

とあり(岩波古語辞典)、たとえば、

ク、

がついたとする場合、

四段活用の動詞に付いて「言はく」「思はく」など、その他の動詞に付いて「恋ふらく」「見らく」など、助動詞に付いて「知らなく」「有らなく」(打消)、「掛けまく」「散らまく」(推量)、「来しく」「寝しく」(過去)など、…こと。…すること。…するもの(精選版日本国語大辞典)、
活用する語に付いて名詞化する。四段・ラ行変格活用の動詞や助動詞「けり」「り」「む」「ず」などはその未然形に付き、形容詞にはその古い未然形「け」に付く。ただし、助動詞「き」には、その連体形に付く(デジタル大辞泉)、
四段・ラ変動詞の未然形、形容詞の古い未然形「け」「しけ」、助動詞「けり」「り」「む」「ず」の未然形「けら」「ら」「ま」「な」、「き」の連体形「し」に付いて、…こと。…すること、と上に接する活用語を名詞化する(学研全訳古語辞典)、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

ひ/ひ/ふ/ふる/ふれ/ひよ、

の、他動詞ハ行上二段活用の、

恋ふ、

の場合、

恋ふらく、

は、

恋ふる+く kofuru+ku→kofuraku、

となるし、

らく、

が付いたとする場合、

上一段活用動詞の未然形、上二段・下二段・カ行変格・サ行変格・ナ行変格活用の動詞および助動詞「つ」「ぬ」「しむ」「ゆ」などの終止形に付いて、活用語を体言化し、…すること、の意を表す(デジタル大辞泉)、
上一段動詞の未然形、上二段・下二段・カ変・サ変・ナ変動詞の終止形や、助動詞「つ」「ぬ」「ゆ」「しむ」などの終止形に付いて、…することと、上に接する活用語を名詞化する(学研全訳古語辞典)、

恋ふの終止形(恋ふ)kofu+raku→kofuraku、

となるが、一説に、

らく、

を、

こと、

の意の名詞、

あく、

が、

活用語の連体形に付いて変化したものの語尾という、

ともあり(学研全訳古語辞典)、この説を採って、

アクガルという古い動詞がある。居るところを離れて浮かれ出るとか、物事から心が離れてさまようとかいう意味の語である。これはアクとカルとの複合語で、カルは「離(か)る」という動詞であろうから、アクは「所」とか「事」とかいう意味の名詞と見られる。アクという名詞はこの複合語に残った他は亡びてしまって、単独に用いられた例は、文献に見えない。しかし、これが活用するごの連体形を承けたものと考えるなら、ク語法は統一的に説明できる、

とし(岩波古語辞典)、

四段活用動詞「いふ」の場合、未然形+「く」ではなく、連体形「いふ」+「あく」で「いはく」となる、
ifu + aku → ifuaku → ifaku、
サ変活用動詞「する」の場合、終止形+「らく」ではなく、連体形「する」+「あく」で「すらく」となる、
suru + aku → suruaku → suraku、
形容詞「安し」の場合、連体形「安き」+「あく」で「安けく」となる、
yasuki + aku → yasukiaku → yasukeku、
打ち消しの助動詞「ず」の場合、連体形「ぬ」+「あく」で「なく」となる、
nu + aku → nuaku → naku、

と、ただ一つの例外を除いて、他は全部説明できる、

としている(仝上・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95)。

恋ふ、

なら、

恋ふる(「恋ふ」の連体形)kofuru+aku→kofuruaku→kofuraku(こふらく)、

となろうか。その例外は、

回想の助動詞キの連体形シ+アク、

の場合で、

si+aku→siaku→seku、

つまり、

セク、

とはならず、

シク、

という形になる。これは、

「き」の連体形「し」の発音が、本来はイ列乙類の母音(ï)であり、乙類母音イの次に母音アは続かない例であったために起こったことで、この場合は「あく」と同じく「事」や「場所」を表す接尾語「く」(何処(いづく)の「く」)が接続したものであるとされる(sï + ku → sïku → siku)、

とし(仝上)、この例以外は説明できるとしている(仝上)。ちなみに、

あくがる

で触れたように、

アク、

は、

アクの語源は諸説あり不明であるが、あるいは場所にかかわる語か(日本語源大辞典)、
「あく」は「ところ」、「かる」は「離れて遠く去る」意(広辞苑)、
(浮宕、憧憬と当て)在處離(ありかか)るの略転と云ふ。アコガルルも同じ(假事〔かりごと〕、かごと。若子〔わかご〕、わくご。其處〔そこ〕、此處〔ここ〕)。宿離(か)レテ、アクガレヌベキ、など云ふは、重言なれど、アクガルの語原は忘れられて云ふなり(大言海)、
アクは事、所などの意の古語。カルは離れて遠く去る意(日本語の年輪=大野晋)、
アは在、クは処、カルは離の意(槻の落葉・信濃漫録・雅言考・比古婆衣)、
アク(間隔が空く)+カレ(離れる)。距離が遠くなればなるほど強く惹かれる心情(日本語源広辞典)、
アク(足・踵)+カレ(離れる)。足が地から離れるほど引きつけられる心情(仝上)、
ア(接頭語)+焦がれる(吉田金彦説)、
アクは空の義。これを語源として動詞のアクグル、アクガルが生まれた(国語の語根とその分類=大島正健)、
ウカルルと同意。ウの延アク(名言通・和訓栞・槙のいた屋)、

等々諸説あるが、

(本来居る)所、または事の意をもつ古語。単独の用例はなく、アクガレ(憧)に含まれている。また、いわゆるク語法の曰ハク・恋フラクのク・ラクの語根、

とした(岩波古語辞典)ものとする。

ク語法の接続について、いずれの説が妥当かはわからないが、

ク、
ラク、
アク、

いずれにしても、名詞化の機能を果たしているが、平安時代になると、ク語法は一般にすたれて、主として漢文訓読に残るようになり、そこで用いられる「おそるらくは」「…すらく」などから、

終止形+らく、

という分析が生じて、後には「惜しむらく」「望むらく」など、四段活用の終止形に「らく」の付いた形が現われた。多くは、下に助詞「は」を伴って用いる、

とある(精選版日本国語大辞典)ので、

ラク、

は、比較的後のもののようにも見える。

ク、

を接続したとみるものの用例を見ると、第一は、

あかねさす日は照らせれどぬば玉の夜(よ)渡る月の隠ら久(ク)惜しも(万葉集)、

と、主語または連用修飾語となって、

…こと、…すること、…するもの、

の意を表したり、

梅の花散ら久(ク)はいづくしかすがにこの城(き)の山に雪は降りつつ(万葉集)、

と、

…するところ、…する場所、

の意を表し、

み吉野の山の嵐の寒け久(ク)にはたや今宵も我(あ)が一人寝む(万葉集)、

と、

…する時に、…する時、

の意を表す。

第二には、「言ふ」「思ふ」などの意の動詞に付いて、引用文を導き、

寺々(てらでら)の女餓鬼(めがき)申さ久(ク)大神(おわみわ)の男餓鬼(おがき)賜(たば)りてその子産(う)まはむ(万葉集)、

と、

…することには、…するのは、

の意を表す。

第三に、引用文の末尾に置かれ、引用句を形成する場合、

皇御孫命(すめみま)のみことのうづの幣帛(みてぐら)を朝日の豊さか登りに称辞竟(たたへごとをへまつら)くと宣る(祝詞・祈年祭)、

…すること(と申し上げる)、

意を表し、

また第四には、文末に位置し、文全体を名詞止めの感動文とする場合、

苦しくも暮れ行く日かも吉野川清き河原を見れど飽かな君(くに)(万葉集)、

と、

…することよ、…であることよ、

の意を表すが、多く、「…くに」「…くも」の形で用いて、特に万葉集では否定の助動詞「ず」の未然形とともに、「なくに」の形で用いられることが多い(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)とある。

ラク、

の用例は、名詞化された語が、主語や連用修飾語となる場合は、

潮満てば入りぬる磯の草なれや見らく少なく恋ふらくの多き(万葉集)、

と、多くは、

…すること、

の意だが、時には「…する時」などの意となる場合もある。また、「告ぐ」「申しつ」などに付いて、引用文を導く場合、

神代より言ひ伝(つ)て来らく、そらみつ大和の国は皇神(すめかみ)の厳(いつく)しき國(万葉集)、

と、

…することには、

という意を表す。さらに、文末、特に歌の末にあって、

天の川なづさひ渡り君が手もいまだまかねば夜のふけぬらく(万葉集)、

と、名詞止めの感動表現とし、

…することよ、…であることよ、

の意を表すが、

夜(よる)は夜(よ)の明くるきはみ思ひつつ寐(い)も寝(ね)かてにと明かしつ良久(ラク)も長き此の夜を(万葉集)、

と、

…らくに、
…らくも、

の形をとることも多い(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)。ただ、

らく、

は、

いわゆるク語法の一形態、

として説明されるものだが、であるが、「く」とともに独立して意識されるので、接尾語として扱った、

とするものもあり(精選版日本国語大辞典)、そうした意識の延長線上で、平安時代になると、上述したように、

ク語法は一般にすたれて、主として漢文訓読に残るようになり、そこで用いられる「おそるらくは」「…すらく」などから「終止形+らく」という分析が生じて、後には「惜しむらく」「望むらく」など、四段活用の終止形に「らく」の付いた形が現われた。多くは、下に助詞「は」を伴って用いる、

にいたる(仝上)。

また、ク語法は、平安時代以降には化石化して実体がわかりにくくなったので、誤用が多数発生した。例えば、

「惜しむらく」はよく使われるが、「惜しむ」は四段活用動詞だから、「惜しまく」(osimu + aku)が正しい。「惜しむらく」の語形は、-aku に関する語源意識が失われて以降、漢文訓読等に見られる「おそるらく」(osoruru + aku)等を「恐る(終止形)+らく」等とする異分析が生じ、この「らく」が類推によって他語にも広がったものとされる(なお、「おそるらく」自体は後に音の摩滅によって「おそらく」となった)。「望むらく」や「疑うらく」等も同様に本来の形は「望まく」、「疑はく」である。また「安けし」というのは「安し」のク語法「安けく」を連用形と誤認し、形容詞として逆成したものである。形容動詞語幹「安らか」「さやか」を形容詞化して「安らけし」「さやけし」とする語法があり、これからの類推による。「願わくば」も本来の形は「願わくは」である、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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言疾(と)し

 

言疾(ことと)くは中は淀ませ水無(みな)し川絶ゆといふことありこすなゆめ(万葉集)

の、

言疾(ことと)くは、

は、

忽ち噂が広がるようなら(通うのは一時お休みください)、

の意とし、

でも、水無し川のように、途絶えるようなことは決してしないでください、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

水無し川、

は、

水のない川、

の意で、

水無瀬川(みなせがは)、

ともいい、

水がなくて瀬の現れている川、

の意で、

川床だけあって、水は伏流となって地下にもぐってしまうような川、

また、

水の非常に少ない川、

にもいう(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)し、

水無川、

を、

みずなしがは、

とも訓ませ、

涸(か)れて水のない川、

でもある(仝上)。また、

水無し川、

は、転じて、メタファとして、

ひさかたの天(あま)つしるしと水無(みな)し川(がは)隔てて置きし神代し恨めし(万葉集)、

と、

天の川、

の意で使う(デジタル大辞泉)。

水無瀬川、

は、特に、

水が面に現れず瀬の下を流れる(伏流となって地下にもぐってしまう)川、

をもいう(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)とある。なお、

水無し川、

は、冒頭の、

言疾(ことと)くは中は淀ませ水無し川絶ゆといふ事をありこすなゆめ(万葉集)、

と、水の流れが絶える意で、

「絶ゆ」にかかる枕詞、

として使うし、

水無瀬川、

も、

恋にもぞ人は死にする水無瀬川(みなせがは)下ゆ我(わ)れ痩(や)す月に日に異(け)に(万葉集)、

と、水は地下を流れるところから、

「下(した)」にかかる枕詞、

としても使う(仝上)。

言疾し(ことと)し、

は、

世間のうわさがやかましい(デジタル大辞泉)、
噂がきびしい(岩波古語辞典)、
人の物言いが激しい、人の口がやかましい(精選版日本国語大辞典)、

といった意で、

とし

は、

(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、

の、形容詞ク活用で、

利し、鋭し、
疾し、鋭し、
疾し、迅し、
敏し、聡し、

等々と当て分ける(広辞苑他)。

「利し」「鋭し」は、

鋭い、よく切れる(万葉集「剣太刀(つるぎたち)諸刃(もろは)の利(と)きに足踏みて死なば死なむよ君によりては」)、

の意であり、

「疾し」「鋭し」は、

激しい、強烈だ(万葉集「ぬば玉の夜さり来れば巻向の川音高しも嵐かも疾(と)き」)、

「疾し」「迅し」は、

すばやい、進みが早い(土佐日記「ふねとくこげ、日のよきに」)、
意と、
時期が早い(徒然草「とき時は則ち功ありとぞ論語と云ふ文にも侍るなり」)、

「敏し」「聡し」は、

悟ることが早い、畏い、鋭敏だ(枕草子「大蔵卿ばかり耳とき人はなし」)、

と、当てる漢字で、意味が微妙に変わる。

「とし」の語源はあまり触れてあるものが少ないが、岩波古語辞典は、

トグ(磨)と同根。即座に鋭く働きかける力のあるさま、

とある。意訳すると、

即応する働き、

といった含意になる。で「とぐ」をみると、

研ぐ、
磨ぐ、

と当て、当たり前だが、

トシ(利)と同根、

とあり、

砥石ですって鋭くする、

意が載る。大言海は、「とぐ」について、

と(利)を活用す、

とある。

と(利)

は、

利心(とごころ)の意(万葉集「衾道を引手の山に妹を置きて山路を行けば生ける跡(と)もなし」)、

とある。

とごころ(利心)

とは、

利(と)き心、鋭き心、しっかりした心(万葉集「いで如何にここだはなはだ利心(トゴコロ)の失するまで思ふ戀ふらくのゆゑにこそ」「聞きしより物を思へば我が胸はわれてくだけてとごころもなし」)、

とある(広辞苑、岩波古語辞典)。しかし「と」には、

砥、

を当てるものもあり、岩波古語辞典は、「と(砥)」について、

トシ(利)・トグ(磨)と同根、

とある。「とぐ」の語原には、

トク(利・鋭)する義(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・大言海・日本語源=賀茂百樹)、
トシ(利)と同根(岩波古語辞典)、
トク(砥)の義(言元梯)、
トは砥石の意のトと同じ(時代別国語大辞典−上代編)、

と、

とし(利・鋭)、
ト(砥)、

とつなげるものが多い。つまり、逆にいうと、岩波古語辞典の言うように、「とし」は、

磨ぐ、

と深くつながる。

その意味で、「とし」の原意は、

研いだ刃のように鋭い、

という状態表現であったと推測できる。

切れ味鋭い、

が、刃だけではなく、それをメタファに、

頭の切れ、
才能の鋭敏さ、

をも指すように、意味の外延を広げたことが推測できる。あるいは、漢字、

利・鋭、
疾・迅、
敏・聡、

を当てはめたことで、その漢字の意味を持つようになったということもあるように思える。

「疾」(漢音シツ、呉音ジチ)の異体字は、

𠥻、𤕺、𤖏、𤶅、𤶥、𥏂、𥏦、𥏴(籀文)、𨕾(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%BE。字源は、「と(利)」で触れたように、

会意文字。甲骨文字は人をめがけて進む矢を示す会意文字。金文以下は、「疒+矢」で、矢のように早くすすむ、また急に進行する病気などを意味する(漢字源)、

会意。卜文・金文の字形は大(人の正面形)の腋(わき)の下に矢のある形。腋の下に矢を受け、負傷する意である。〔説文〕七下に「病なり」とし、矢(し)声の字とし、古文・籀文(ちゆうぶん)の二形を録するが、卜文・金文にくらべると字形は全く異なり、ことに籀文は智の初形に近い。のち疾病の意によって疒(だく)部に属する。矢創の意であるから、急疾・疾速の意がある(字通)、

と、会意文字とするもの、

会意兼形声文字です(疒+矢)。「人が病気で寝台にもたれる」象形(「よりかかる・病気」の意味)と「矢」の象形から、人が矢にあたって傷つき、寝台にもたれる事を意味し、そこから、「やまい」を意味する「疾」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1467.html

甲骨文は、会意形声で、人と矢(シ→シツ や)とから成り、人が矢にあたったさまにより、「やむ」意を表す。疾は、形声で、疒と、音符矢(シ→シツ)とから成る。借りて「はやい」意に用いる(角川新字源)

形声。「矢」(速く進む物)+声符「疒 /*TSIT/」。「はやい」を意味する漢語{疾 /*dzit/}を表す字。のち仮借して「やまい」を意味する漢語{疾 /*dzit/}に用いる。甲骨文字では、病床にある人の形である「疒」が{やまい}を表し、矢が人に向かっている形である「⿰大矢」が{はやい}を表していた。両者は全くの別字だが、音がほぼ同じでお互い通用していたため、金文で合体(糅合じゅうごう)し「疾」字が{はやい}の表意字として成立した(このとき「疒」は声符ということになる)。その後、同音のため仮借して{やまい}としても用いられるようになった(「疒」字は廃れた)https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%BE

と、形声文字と別れるが、

『説文解字』は「矢」を声符と解釈しているが、声韻とも異なるため、これは誤った分析である、

とあり(仝上)、

「矢」を声符、

とする説を否定している。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

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ありこす

 

言疾(ことと)くは中は淀ませ水無(みな)し川絶ゆといふことありこすなゆめ(万葉集)

の、

ありこすなゆめ、

は、

(でも、水無し川のように、途絶えるようなことは)決してしないでください、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

ありこす、

は、

有りこす、

とあて、

ラ変動詞「あり」の連用形+上代の希望の助動詞「こす」、

で、

(こちらに対して)あってくれる、

意で、

吉野川行く瀬の早みみしましくも淀(よど)むことなくありこせぬかも(万葉集)、

では、

ほんのしばらくの間もよどむことなくあってくれないものか、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

こす

で触れたように、

こす、

は、その由来が、

呉れる、寄こす意のオコスのオが直前の母音と融合して脱落した形、希求の助詞コソと同根も他の動詞の連用形と連なった形で現れる。接尾語とする説もある(岩波古語辞典)、
オコス(送來)と同意、オコスは、此語に、オの添はりたるものなるべし、オの略せらるるは、おこおこし、おここし(厳)。思ふ、もふなどあり(大言海)、
「おこ(遣)す」の音変化、カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いたとみるなど、諸説がある(デジタル大辞泉)、
語源に関しては、(イ)寄こす意の下二段動詞「おこす」のオが脱落した、(ロ)カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いた、(ハ)「く(来)」の他動詞形、などの説がある。また、命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法とする説もある(精選版日本国語大辞典)、

などとあり、

ありこせぬかも

と使う場合の、

こせ

は、

… してくれの意の補助動詞コスの未然形、

である(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

うれたくも鳴くなる鳥かこの鳥も打ち止め許世(コセ)ね(古事記)、

とあるように、

こす、

は、動詞の連用形に付いて、

相手の動作、状態が自分に利益を与えたり、影響を及ぼしたりすることを望む意、

を表わし(精選版日本国語大辞典)、

……してくれ、
……してほしい、

という、相手に対する希求、命令表現に用いられる(仝上・広辞苑)。活用は、

未然形「こせ」・終止形「こす」・命令形「こせ」、

だけとされる(広辞苑)が、

助動詞下二段型、こせ/○/こす/○/○/こせ(こそ)、

の活用で、相手に望む願望の終助詞「こそ」を、

「こす」の命令形、

とする説があり((学研全訳古語辞典))、また、

命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法、

とする説もある(精選版日本国語大辞典)。

また活用についても、下二段型とする説の他、

サ変の古活用の未然形「そ」を認めてサ変動詞、

とする説がある(精選版日本国語大辞典)。未然形、

こせ、

についても、

「こせね」「こせぬかも」のように、希求を表わす助詞などとともに用いられ、

終止形、

こす、

は、

「こすな」のように、禁止の終助詞「な」とともに用いられる。命令形とされる、

こそ、

は最も多く見られる活用形で、これを独立させて終助詞とする説もある(仝上)。そして、平安時代以降、命令形に、

こせ、

の形が見られるようになる(仝上)。上掲の、

吉野川逝く瀬の早みしましくも淀むことなく有り巨勢濃香問(コセヌかモ)、

の、

こせぬかも

は、

助動詞「こす」の未然形「こせ」に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」、詠嘆の助詞「かも」の付いたもの、

で、相手の動作・状態に対する希望を詠嘆的に表わし、

…であってくれないかなあ、

の意で、

我が背子(せこ)は千年五百年(ちとせいほとせ)ありこせぬかも(万葉集)、

と、

ありこせぬかも

の形で用いることが多い(精選版日本国語大辞典)。この、

ぬかも

には、

ぬ-かも、
と、
ぬか−も、

があり、

ぬか‐も、

とみると、上掲の、

吉野川行く瀬のはやみしましくも淀むことなくありこせ濃香問(ヌカモ)、

は、

願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、

とみなし、

先行する助詞「も」と呼応して、ある事態の生ずることを願う意、

を表わし、

………てでもくれないかなあ、
………であってほしい、

という意になり、

ぬ‐かも、

と見なすと、

さ寝床もあたは怒介茂(ヌカモ)よ浜つ千鳥よ(日本書紀)
あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも(万葉集)

と、

打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に係助詞「か」、詠嘆の助詞「も」の付いたもの、

として、

否定的な事態の詠嘆を表わす、

……ないなあ、
……ないことよ、

という意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。

ぬか‐も、

は、

……であってほしい、

となり、

ぬ‐かも、

は、

……ないなあ、

となり、前者が、「ない」から、

……ほしい、

という願望なのに対して、後者は、

……ないなあ、

と、

「ない」ことを詠嘆する、

意になる。なお、後世になって、

ありこしぬるむかしの事ひとつびとつおもふに(浮世草子「好色一代女(1686)」)、

と、

ありこす、

に、

有り越す、

とあて、

過ぎて来る、経過する、

意で使うものがあるが、別由来である。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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東風(こち)

 

朝東風(あさごち)にゐで越す波の外目(よそめ)にも逢はぬものゆゑ滝もとどろに(万葉集)

の、

上二句は序、「外目」を起こす、

とあり、

ゐで越す波の外目(よそめ)にも、

の、

ゐで、

は、

井堰、

の意で、

井堰(いぜき)を越えてよそにあふれる波ではないが、

と訳し、

外目(よそめ)にも逢はぬものゆゑ、

は、

外目(よそめ)にすら逢ったことがないのに、

と訳して、

滝もとどろに、

を、

噂ばかりが滝もとどろくばかりごうごうとたって、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

東風(こち)、

は、

東から吹く風。ふつう、春風をいう(学研全訳古語辞典)、
春に東から吹いてくる風、春風、ひがしかぜ(広辞苑)、
東の風(岩波古語辞典)、
東の方から吹いてくる風。ひがしかぜ(デジタル大辞泉)、
東の方から吹いて来る風。特に、春に吹く東の風をいう。ひがしかぜ。こちかぜ(精選版日本国語大辞典)、
東より吹く風、ひがしかぜ、沖縄にて、くち(大言海)、

と、

春、東から吹く風、

を言うが、

やませ

で触れたことだが、

東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ(菅原道真)、

とあるように、

春が近づき西高東低の冬型の気圧配置がくずれると、太平洋上から大陸に向かってゆるやかな東風又は北東風が吹くようになる、

のを呼んだ(風と雲のことば辞典)。この風は、

雨をともない寒さが緩む、

が、漁業者には、

時化をもたらすもの、

として恐れられ、冒頭の、

朝東風(あさごち)、

の他、

初東風(はつこち)、
節東風(せちこち)、
雲雀東風(ひばりこち 瀬戸内地方で3、4月ごろ吹く)、
鰆東風(さわらこち)、
雨東風(あめこち 九州の小倉地方でいう)、
いなだ東風(三重県志摩半島の白木(しらき)での呼称)、
鰆ごち(さわらごち 岡山県で春のサワラ漁のころに吹く)、
星の入り東風(10月ごろ、おうし座のすばる星の沈む明け方に吹く)、
青東風(夏、青空のもとで吹く)、
梅東風、
椿東風(つばきごち 椿が咲いている日に吹く)、
桜東風(さくらごち 桜が咲いたころ吹く)、
夕東風(ゆうごち 夕方に吹く)、
荒東風(あらごち 吹き荒れる)、
強東風(つよごち)。
雨東風(あめごち 雨混じり)。
伊勢ごち、
丑寅(北東)ごち、
高東風(たかごち)、
正東風(まごち 真東から吹く風)、

等々土地ごとの生活暦と結びついた使われ方をしてきた(仝上・日本大百科全書)。また、春の季語として、

梅ごち、
桜ごち、

等々がある。で、「東風」の由来は、

「ち」は風の意(広辞苑)、
チは疾風(はやち)のチと同じ、風の意。チ(風)は激しい勢いで吹く風。古くはシ(息・風)。いずれも複合語に用いる。「し」は転じて方角の意(ひむか(日向)しの野にかげろひの立つ見えて(万葉集))にも(岩波古語辞典)、
小風(コチ)の義にて、疾風(はやち)のチ、チは風の義。古くはシ、風の古名。シが転じてチ。春風のやわらかき意に起こりたるのにもあるか、コチの風は、重語なれど、語原は忘れられて云ふなり。荒風(あらし)の風などにも同じ(大言海)、
コ(來)+チ(方角)です。日がさしてくる方角、またその方角から吹く風をいいます(日本語源広辞典)、
コ(小・東)+チ(風)です。東から吹く風、春風の意です(日本語源広辞典)、
コチ(小風)の義。春風のやわらかまなところから(音幻論=幸田露伴)、
コは小の義、チはシと通じ、シは古く風神をいうシナツ彦・シナ戸辺のシナの略、シナはシナフ(靡)の略(名言通)、
チはハヤチ(疾風)のチと同じ(和訓栞)、
チはハヤチ(疾風)のチと同じく風の義。コは小とする説があるが定かでない(時代別国語大辞典−上代編)、
ヒカチ(東風)の約轉(言元梯)、
日の方から吹くチ(風)の意(日本語源=賀茂百樹)、
コはコホリ(氷)、チはチラス(散)の意(和句解・日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解)、
コチカゼ(來雨知風)の義(柴門和語類集)、
コチ(此地)へ来よと春風を招く心から名づけたものか(本朝辞源=宇田甘冥)、
ヒガシの原型ヒムカチの上略形カチがコチとなり、東風をコチキカゼとしいうようになったものの略(語源を探る=田井信之)、

等々とあるが、「東風(こち)」のチ(風)はともかく、コははっきりしない。「小」では、漁師など感じている実態に反するので、ありえないとは思うが、地上での、

春の小風、

を、貴族たちが感じてつけたのだとすれば、

東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ、

の語感には合うが、漁師などの現場の感覚なら、

コ(來)+チ(風)、

なのではないか。

來(く)、

は、

こ/き/く/くる/くれ/こ(こよ)、

の、カ行変格活用で、

話し手がコ(此)という近称で指示する、身近なところへ向かって、空間的・時間的・心理的に近づくことを、話し手の立場でとらえて言う語、

とあり(岩波古語辞典)、

來(こ)、

は、動詞、

「く(来)」の命令形、

で、平安時代までは「よ」をつけない形で用いられた(精選版日本国語大辞典)とある。

來(こ)チ(風)、

風よ来い、

という感じになる。もちろん憶説だが。ちなみに、

はやち(疾風)、

については、

はやて(疾風)

で触れたように、

テはチの転、

であり(岩波古語辞典)、

はやて(疾風)、

と同じである。なお、

東風(こち)、

の用例は、

上代には確例はない、

とあり(精選版日本国語大辞典)、中古には、

散りきてもとひぞしてまし言の葉をこちはさばかり吹きしたよりに(蜻蛉日記)、

のように、

秋の風、

とする例もあり、鎌倉時代中期の分類百科事典『塵袋』(ちりぶくろ)には、

春は東より来れば、東風ははるかせ也、

とあり、

東風、

が、

春の風、

に定着したのは、中世からであろう(精選版日本国語大辞典)としている。

やませ

でふれたように、

やませ、

は、東北では、

北東風、
東風、

だが、この、

東風、

を、

あゆ、

あるいは、

あゆのかぜ、

と訓ませると、

東風(あゆのかぜ)いたく吹くらし奈呉(なご)の海人(あま)の釣りする小舟(おぶね)漕ぎ隠るみゆ(万葉集)、

に、「東風」に注記して、

越(こし)の俗語(くにことば)に東風を安由乃可是(あゆのかぜ)と謂へり、

とあり(奈呉は今の富山県高岡市近辺の海岸)、

越前・越後地方で、

東風、

を指していた(風と雲のことば辞典・伊藤博訳注『新版万葉集』)。今日、

あい、

あるいは、

あいのかぜ、

と転訛しているが、これが北前船によって、中央にも広まった。当然ながら、地方によっては、

北風、
北西風、

を指し、富山県の海岸でも、

方角によって能登アイと、宮崎(越後境)との二つのアイの風がある、

とし(柳田國男「海上の道」)、「あゆのかぜ」は、柳田國男は、

海岸に向かってまともに吹いてくる風、すなわち数々の渡海の船を安らかに港入りさせ、またはくさぐさの珍らかなる物を、渚に向かって吹き寄せる風のこと、

とし(仝上)、「あゆ」は、風向きではないのではないかとし、

今日は半ば死語に属し、辛うじて字引と地方語の中に存留するのみであるが、果実のよく熟して樹から堕ちるのをアエルといい、またはアユ、アユル、アエモノ等の語の古くからあるように、人を悦ばせ、おのずから人の望みに応ずるというような楽しい状態を表示するために、夙(はや)く生まれていた単語ではなかったろうか。饗宴もしくは食物の供与を、アヘと謂っていたのも別の語ではないのかもしれぬ、

と(仝上)、

饗(あえ)の風、

とした(風と雲のことば辞典)。しかし、

山陰道、北陸道、羽前、羽後、陸奥にて、北風、又は、東北風、

を、

あいのかぜ、

というとある(大言海)ので、

アは雨、ユは由、雨気の風の義か(歌林樸樕(かりんぼくそく))、
アユはウ(卯)の延言、卯(東)の方の風(和訓集説)、
アヤという間に吹く意か(日本語源=賀茂百樹)、

と、諸説はあるが、あるいは、

語原異なるか、

とする(大言海)のもありえる。ただ、

北國にて、東風を、あゆの風と云ふ、北風を、ひとつあゆと云ひ、東北の風を、ぢあゆと云ひ、丑(北北東)の方より吹く風を、まあゆという(地(ヂ)、真(マ)なるか、安永年間(1772〜81)までは、此の如し)、

とある(物類称呼)ので、「あゆ」は、方角ではない可能性はある。

東風、

を、

とうふう、
ひがしかぜ、

と訓ませても、

東の方から吹いて来る風、

の意で、特に、

春に東から吹く風、

つまり、

こち(東風)、

の意となる(デジタル大辞泉)。なお、漢語、

東風(とうふう)、

も、七十二候(しちじゅうにこう 二十四節気をさらに約5日ずつの3つに分けた期間)で、立春の初候を、

東風解凍(はるかぜこおりをとく)、

といい、

東風が厚い氷を解かし始める、

意で、

春の風、

である(字通)。



については触れた。

参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

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かも……かも

 

玉藻刈るゐでのしがらみ薄みかも恋の淀める我(あ)が心かも(万葉集)

の、

ゐで、

は、

井堰、

の意、

上三句は、恋の障害が薄いからか、の意、

とし、

かも、

は、

「淀める」で結ぶ、

として、

恋のしがらみが少ないために恋しさも滞りがちなのであろうか、それとも私の心が薄いからなのであろうか、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)

かも
ものかも

で触れたように、

かも、

は、種々の使い方があるが、

係助詞「か」に係助詞「も」が付いて一語化したもの、体言や活用語の連体形などに付く。…か(なあ)。…なのか(学研全訳古語辞典)、
係助詞「か」+係助詞「も」。上代語、種々の語に付く(「かも」がかかる文末の活用語は連体形をとる)。感動を込めた疑問の意を表す。…かなあ。中古以降、おおむね「かな」に代わる。この「かも」は、連語「かも」(副助詞「か」+係助詞「も」で、…かなあと、感動を込めた疑問の意を表す)の文末用法より転じたもの。「か」を終助詞、「も」を終助詞あるいは間投助詞とする説もある(デジタル大辞泉)、
係助詞の「か」と「も」が重なったもの。体言、用言の連体形(まれにシク活用形容詞の終止形)を受け、詠嘆を含んだ疑問を表わしたり、詠嘆を表わす(精選版日本国語大辞典)、
詠嘆の「か」と「も」の複合したもの、感動をあらわし、……ことだ。平安以降は「かな」が一般的になった(広辞苑)。
「か」の下に「も」を添えた助詞。体言または活用語の連体形を承ける。「も」は不確実な提示、あるいは不確実な判断を表すのがその本質的な意味であるから、「かも」となった場合も、単独の「か」の持つ疑問の意を受けつぐ。ただし詠嘆の意を表す場合は、「かも」は「か」単独の場合よりもやわらげた表現のように見える。また「ぬかも」として、願望を表すことがあるのは、「ぬ」と「か」との複合が願望を表すこと(打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」を承け、「ぬか」で、「……ないかなあ」と願望を表す)を承けたもので、「ぬか」に「も」が加わった形である。「かも」は、奈良時代には一般に使われていたが、すでに方言には「かな」という形が見えており、平安時代には「かな」にとって代わられ、「かも」は古語と意識されるようになり、文章語として使われた(岩波古語辞典)、

などとあり、文中用法では、

置目もや淡海の置目明日よりはみ山隠りて見えず加母(カモ)あらむ(古事記)、

と、

係助詞的にはたらき、この場合「か」は疑問の意を表わし、係り結びを起こす、

とする(精選版日本国語大辞典)。

つとに行く雁の鳴く音は我(あ)がごとく物思(ものも)へれかも声の悲しき(万葉集)

では、

私のように物思いに沈んでいるからなのか、その声がもの悲しく聞こえる、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

詠嘆を含んだ疑問、

を表していると見えるが、

雁の悲しげな声に共感して、多少疑問を含んだ、

詠嘆、

の含意が強いものの、反語という意味合いは薄いので、

雁の悲しげな声に共振れ、

した、

詠嘆、

と見ていいのだろう。冒頭の歌では、

薄みかも恋の淀める、

と結んで、

恋しさも滞りがちなのであろうか、

と、

疑問を含んだ詠嘆、

となっている。この、

係り結び、

は、

文中の係助詞に対応して、文を特定の活用形で終結すること、

をいい、

助詞を〈係り〉、それに対する活用形を〈結び〉、

という。

文中の係助詞「は」「も」、「ぞ」「なむ」「や」「か」、「こそ」に呼応して、文末の活用語が、それぞれ終止形、連体形、已然形(いぜんけい)となる、

形で、

昔の人の袖(そで)の香ぞする、
名こそ流れて猶聞えけれ、

というように、

「ぞ」「なむ」「や」「か」には連体形で結び、「こそ」には已然(いぜん)形で結ぶ、

ことになる。これに、「は」「も」の係りに対する終止形の結びもこれに含める立場もある(マイペディア・日本大百科全書)。この、連体形終止は院政時代ごろから次第に崩壊し始めたが、その理由は、

動詞・形容詞の終止形と連体形との間に混交が起こったからである。すなわち「ぞ」「や」などの係り結びの多用によって、連体形終止の文が多く行われ、終止形による終止と並行して行われているうちに、慣れによって、連体形終止が倒置の結果だという特殊性の意識が薄らぎ、連体形終止が普通の終止と一体と思われるようになり、それが旧来の終止形による終止よりも強い印象を与えるので好まれるようになり、普通の終止形を侵蝕するという傾向を生じた。ということはつまり、従来の終止形が亡びたということであり、連体形が終止・連体の二つの機能を兼ねるようになったわけである。そこで、「ぞ」「か」「や」「なむ」による強調表現の目印であった連体形終止という形式上の特殊性、つまり表現価値がなくなってしまい、「ぞ」「か」「や」「なむ」を特別に用いて連体形で終止するという連体形終止による係り結びは口語の世界では消失し、歌の世界だけで古典的表現方法として……伝えられるようになった、

とある(岩波古語辞典)。

かも、

の、文末用法では、

終助詞的にはたらく。平安以後はおおむね「かな」となる、

とし(仝上)、たとえば、体言、用言の連体形を受け、

浦みより漕ぎ來(こ)し船を風早み沖つみ浦に宿りするかも(万葉集)、

と、

(遠い沖合の)こんな恐ろしい裏で旅宿りをするというのか、われらは、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、詠嘆を含んだ疑問を表わし、

霞立つ長き春日をかざせれどいやなつかしき梅の花かも(万葉集)、

と、

(髪に挿しているけれど)ますます離しがたい気持ちだ、この梅の花は、

と訳し(仝上)、詠嘆を表わしている。まれに、

かも、

の文末用法では、

御諸の厳白檮(いつかし)がもと白檮(かし)がもと忌々しき加母(カモ)白檮原(かしはら)嬢子(をとめ)(古事記)、

と、

シク活用形容詞の終止形を受ける(精選版日本国語大辞典)ことがある。また、上代では東歌にだけ現われる、

陸奥(みちのく)の安達太良(あだたら)真弓はじき置きて反(せ)らしめきなば弦(つら)はかめ可毛(カモ)(万葉集)、

と、

已然形を受けて反語の意、

を表わし(精選版日本国語大辞典)、

(弓弦(ゆづる)を弾いたままにしておいて反(そ)っくりかえらせるようなことをしたら)もう二度と弦を張ることなどできませんよ、

と訳したり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

朝ごとにわが見るやどのなでしこが花にも君はありこせぬ香裳(かも)(万葉集)、

と、

ぬかも、

の形で、願望を表わし(精選版日本国語大辞典)、

(朝ごとに見るなでしこの花、あの方は)この花であってくれないものか、

と訳したりする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。なお、

ぬかも

については触れた。

かも、

の、

か、

は、

疑問詞を承ける係助詞のひとつ、

で(岩波古語辞典)、種々の語に付く(デジタル大辞泉)が、

表現者自身の判断を下すことが不能であること、疑問であることを表明するのが原義、

とあり(岩波古語辞典)、これは、

「や」が、話し手の見込み、あるいは予断を表明して、相手に問うのとは根本的に相違している、

ので、

「か」は本来終助詞として使われるのが基本と思われるが、文節の切れ目にならば用いることができる。その際、文末は連体形で閉じる。これが連体形どめの係り結びであるが、その由来は、

倉橋の山を高みか夜隠(よごも)りに出で来(く)る月の光乏(とも)しき(万葉集)、

というように、

倒置、

に発するものである。(中略)係助詞としてのか」は、終助詞としての「か」から倒置として発達したものである……。これは「ぞ」などの倒置と同様のものである、

とし、係助詞の、

か、

は、

体言または活用語の連体形を承ける。活用語を承ける場合、その活用語は推量とか打消の意を伴っていることが多い。疑問はその意味をやわらげれば慨嘆になる。また助詞「は」と重ねて「かは」とすれば意味が強められて反語になる。そして、打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」を承けると、「ぬか」となって、「……がないかなあ」という願望を表すのは自然である、

ともあり(仝上)、

苦しくも降り來る雨か三輪の崎挟野(さの)の渡りに家もあらなくに(万葉集)、

では、

何とも心せつなく降ってくるあめであることか、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、慨嘆の意となっている。係助詞の、

か、

は、

文末に用いられる場合、活用語には連体形(上代には已然形にも)に付く。文中にある場合、受ける文末の活用語は連体形で結ぶ。ただ、「か」を受けて結びとなるはずの文末の語句が省略されて、「か」で言い切った形になる場合がある。たとえば、「木立いとよしあるは、何人の住むにか(木立がとても風情がある所は、だれが住んでいるのだろうか)」(源氏物語)の「住むにか」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形で、下に「あらむ」(「む」が結びで連体形)が省略されている(学研全訳古語辞典)、
「か」は、係助詞「や」と違って疑問語を含む文にも用いられる。中世後半になり、係り結びが行われなくなるとともに両者とも本来の性質を失い用いられなくなり、「か」は副助詞、さらに江戸時代以降は並立助詞としての用法も一般化する。また、「か」は「や」の衰退に伴ってその文末用法を拡大し、現代の終助詞としての用法に引き継がれている(デジタル大辞泉)、

などとあり、文中にある場合、

「係り」となり、受ける文末の活用語は連体形で結ぶ、

形となり、

新治(にひばり)筑波(つくば)を過ぎて幾夜加(カ)寝つる(古事記)、
生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける(古今集・仮名序)

と、

連用語を受け、疑問あるいは反語、

として、

…か、いや…ではない、

の意を表わす(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。また、

この御酒(みき)を醸(か)みけむ人はその鼓(つづみ)臼(うす)に立てて歌ひつつ醸みけれ加(カ)も舞ひつつ醸みけれ加(カ)も(古事記)、
須磨の海人(あま)の塩焼き衣(きぬ)の馴れなば香(か)一日(ひとひ)も君を忘れて思はむ(万葉集)、

と、

「已然形(+ば)」「形容詞語幹+み」「未然形+ば」等、条件文を構成する種々の形式を受けて疑問の意、

を表わし、

……か、

の意で、上代では「ば」を伴わない已然形を直接受けるものが圧倒的に多いが、中古以後は常に「ば」を伴う(仝上)とある。

文末の場合、

石見(いはみ)のや高角山(たかつのやま)の木の間ゆもわが振る袖を妹見けむかも(万葉集)、
かしは木に葉守りの神はまさずとも人ならすべき宿のこずゑか(源氏物語)、

と、

体言または活用語の連体形を受け、疑問あるいは反語の意、

を表わし、

……か、

の意や、

隔てなく慣れぬる人も、程経て見るは恥づかしからぬかは(徒然草)、

と、多く「かは」「かも」「ものか」の形で、

…か、いや…ではない、

と反語の意を表す(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)。また、

筑波嶺に廬(いほ)りて妻なしにわが寝む夜ろは早も明けぬ賀(カ)も(常陸風土記)、
わが命も常にあらぬか昔見し象(きさ)の小川(をがは)を行きて見むため(万葉集)、

と、

「ぬか」「ぬかも」の形で用いられ、願望の意、

を表わし、

…てくれないものかなあ、

の意となる(仝上)が、上に助詞「も」のあることも多い(精選版日本国語大辞典)。

文末にある場合、

か、

は、終助詞、

か、

と、正直のところ区別がつかない。たとえば、

庭つ鳥鶏は鳴くうれたくも鳴くなる鳥加(カ)(古事記)、
君がため折れるかざしは紫の雲に劣らぬ花のけしきか(源氏物語)、

と、

文末において体言または活用語の連体形を受け、詠嘆を表わす、

とされ、

…なあ、

の意の、

か、

は、多く、

……も……か、

の形で、古代では、文中の「も」と相応ずることが多い(精選版日本国語大辞典)とある。

かも、

の、

も、

は、

疑問詞を承ける係助詞の一つ、

で(岩波古語辞典)、やはり、種々の語に付く(デジタル大辞泉)。

「も」は、承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役割をする。これも格に関係なく、主格にも目的格にも補格にも用いる。承ける語を不確実なものとして提示するばかりでなく、下文も、打消・推量・願望などの不確実な表現で終わるものが多い。「も」は承ける語を不確実なものとして扱うので、否定の形となる時には、全面的な否定になる。(中略)或ることを確実であると確信できない意味を表す「も」の用法から、「これもあれも」と不確実なものを二つ並べる気持ちを表し、「も」は並立の意味を表したり、類例を暗示したりするのにも用いられた、

とある(岩波古語辞典)。係助詞、

も、

は、

体言・副詞・形容詞や助詞などを受ける。「は」と対比される語で、「は」が幾つかの中から一つを採り上げる(それ以外は退ける)語であるのに対して、「も」はそれを付け加える意を表す。格を表す語ではなく、主格・目的格・補格など種々の格に当たる部分につかわれる。「も」を受けて結ぶ活用語は、意味に応じて種々の活用形となるが、通常は終止形で結ぶ(広辞苑)、
「も」は、文を言い切る力が文末にかかっていって、文末の述語は終止形となる。このような働きがあるところから、「も」は係助詞とされる(「は」も同様である)。このときの結びは終止形で、普通の文の言い切りの形(終止形)と同じである。この点が、連体形結び・已然形結びになる他の係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」とは異なっている。また、係助詞「ぞ」「こそ」が付いた、「もぞ」「もこそ」は不安や懸念の意を表すことが多い。(学研全訳古語辞典)、

などとあり、文中用法は、まず、文中の種々の連用語を受け、

太刀が緒母(モ)いまだ解かずて襲(おすひ)を母(モ)いまだ解かねば(古事記)、

と、

…も、

の意で、

同類のものが他にあることを前提として包括的に主題を提示する。従って多くの場合、類例が暗示されたり、同類暗示のもとに一例が提示されたりする。類例が明示されれば並列となる。単文の場合は活用語を終止形で結ぶ、

使い方や、

沖つ鳥胸(むな)見る時羽叩(はたた)ぎ母(モ)こはもふさ(適)はず(古事記)、

と、

主題を詠嘆的に提示、

したり、

我が命謀(モ)長くもがと言ひし匠(たくみ)はや(日本書紀)、

と、

願望の対象を感動的に提示する、

使い方がある(精選版日本国語大辞典)。また、

男も女も恥ぢかはしてありけれど(伊勢物語)、

と、列挙・並列の意で、

…も…も、

家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり(土佐日記)、

と、添加の意で、

もまた、…も、

帳(ちやう)の内よりも出(い)ださず、いつき養ふ(竹取物語)、

と、類推の意で、

…でも、…さえも、

家に行きて何を語らむあしひきの山ほととぎす一声も鳴け(万葉集)、

と、最小限の希望の意で、

せめて…だけでも、

何も何も、小さきものは皆うつくし(枕草子)、

と、不定の意を表す語に付いて、

…もみな、

限りなく遠くも来にけるかな(伊勢物語)、

と、感動をこめて意味を強め、

…もまあ、

の意等々で使う(学研全訳古語辞典)。係助詞、

も、

の、文末用法は、文末、文節末の種々の語に付いて(学研全訳古語辞典)、

はしけやし我家(わぎへ)の方雲居立ち来母(モ)(古事記)、

と、

…なあ、…ね、…ことよ、

と、詠嘆の意を表すが、

文末の終止形(文中に係助詞がある時はそれに応ずる活用形)およびク語法を受けて詠嘆を表わす。体言を受ける場合は同じく詠嘆を表わす他の係助詞が上接して「かも」「はも」「そも」などの形となる。終助詞とする説もある、

とある(精選版日本国語大辞典)ように、係助詞、

も、

の、文末用法も、

終助詞、

も、

との区別が付けにくい。終助詞、

も、

は、

終助詞、活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法について、詠嘆の意を表す。体言には「かも」「はも」などの形で用いる。「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
終助詞。文末で、活用語の終止形、助詞、接尾語「く」に付く。感動・詠嘆を表す。…ことよ。…なあ。「かも」「ぞも」「はも」「やも」、主に上代の用法で、その後は「かな」に代わった。係助詞の終助詞的用法ともいう(デジタル大辞泉)、

などとあり、

春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影にうぐひす鳴くも(万葉集)、

では、

鶯がないているなあ、

といった意味になる。

難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも(万葉集)、

というような、

終助詞としては、主に奈良時代に例があって、形容詞終止形を承けるものが極めて多い。動詞終止形、あるいは否定形を承けることもあるが、これらの「も」は、用言の叙述を言い放たずに、不確定の意を添えてその表現をやわらげるものと思われる。平安時代以後、文末にはあまり使われなくなった、

とある(岩波古語辞典)。

「藻」(ソウ)は、

会意兼形声。「艸+音符澡(ソウ 表面をさっと流す、面に浮かぶ)」。水面に浮かぶ水草をいう(漢字源)、

とあるが、他は、すべて、

形声。「艸」 + 「水」 + 音符「喿 /*TSAU/」。「も」を意味する漢語{藻 /*tsˤauʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%97%BB

形声。艸と、水(みず)と、音符巢(サウ)(または喿(サウ))とから成る。「も」の意を表す(角川新字源)、

形声文字です(艸+澡)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「流れる水の象形と、器物の象形と木の象形(「操」に通じ(同じ読みを持つ「操」と同じ意味を持つようになって)、「使いこなす」の意味)」(「水を使いこなす・洗う」の意味)から、水中に洗われている「も」を意味する「藻」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1559.html

形声。正字薻作り、巢(巣)(そう)声。巢は細い木の枝を組み、あやなす意。〔説文〕一下に「水艸なり」とし、重文として藻を録する。藻が通行の字である。水藻の文様のような美しさから、藻麗の意となり、文彩・文章に関して、文藻・才藻という(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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かりて

 

我妹子(わぎもこ)が笠のかりての和射見野(わざみの)に我(わ)れは入りぬと妹(いも)に告(つ)げこそ(万葉集)

の、

上二句は序、「和射見野」を起こす、

とあり、

和射見野(わざみの)、

は、

和蹔野、

とも当て、

岐阜県不破郡関ケ原、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

かりて、

は、

笠の内側の輪、

をいう(仝上)。

かりて、

は、

仮手(精選版日本国語大辞典)、
借手(岩波古語辞典)、

とあて、

笠の内側に取り付けて、頭に支え、緒(お)をつけるために、頭に当たる部分につけた小さな輪、

をいい、冒頭の歌のように、

かさのかりて、

で、

笠の内側の紐を通す所に付けた輪、

の意から、

「わ」にかかる序詞の一部としても用いる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

笠、

は、和名類聚抄(931〜38年)に、

笠、加佐、所以禦雨也、、

とあり、音訓篇立(字鏡(平安後期頃)の抄略)に、

笠、フサク・タケノカハ、

字鏡(平安後期頃)に、

笠、フサク・カサ、

とある。

かさ、

は、

笠、

のほか、

暈、
傘、

とも当て(精選版日本国語大辞典)、

橡(つるばみ)の笠、

という言い方をし、和名類聚抄(931〜38年)に、

櫟梂、伊知比乃加佐(いちひのかさ)、

とあるように、

どんぐりなどの椀状の穀斗、

を、

笠、

というので、

梂、
毬、

を当てたりする(仝上・岩波古語辞典)。

笠、

の語源は、

傘、

と同語原で(デジタル大辞泉)、

かざす(翳)の語根ならむ、周書・高句麗傳「其冠曰骨蘇」(大言海)
カザス。カザシの語根、カサ・カザです。雨・雪・日光をあせ具ために頭にかぶるもの、またかざすものをいいます(日本語源広辞典)、
カザシ(挿頭)のシの略(菊池俗語考)、
椀の中に重ねて小さいほうをかさというところから、カサナル(重)の義(円珠庵雑記・和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
カサ高キになる物であるからか(俗語考)、
カシラに添える者でるところから、カソ(頭添)の転(言元梯)、
カミサヘ(上遮)の義(名言通)、
紙ではってさすの義からか、また、カはカクル(隠)、サは樣か(和句解)、
カトという音の韓語gasと同語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
朝鮮語kat(笠)と同源か(岩波古語辞典)、

等々があるが、語呂合わせを除けば、

翳す、

からきているとみていいのではないか。これに当てている漢字から推測されるように、

雨や雪を防ぎ、また日光を遮るために頭にかぶるもの、

は、



で、編笠、綾藺笠(あやいがさ)、網代笠など等々多様な材質のものがある。で、この、

頭に被るもの、

である、

笠、

は、

被り笠(かぶりがさ)、

ともいい、これと区別して、

差し傘(さしがさ)、
手傘(てがさ)、

などと言ったhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0のが、

傘、

で、笠と同じ目的で、柄をつけ、手に持つように用いられた、

きぬがさ、

のち、紙を張った、

からかさ、

大きな笠に柄をつけて手にもつようにしたものが、

簦(かさ)、

で、和名類聚抄(931〜38年)では、

おほかさ、

としている。また、こんにち総称されている、

こうもりがさ、

等々があり(仝上・精選版日本国語大辞典)、この、

笠、

をメタファに、被り物の「笠」のような形状の物を、被り物の笠に譬えていうが、

暈、

も、

巻層雲などが太陽や月をおおったとき、そのまわりに生ずるやや赤みがかった白色の光の環、

をいい、太陽や月の光が巻層雲の氷片によって反射されるためにおこるが、

視半径約二二度の内暈(うちかさ)、
と、
四六度の外暈(そとかさ)、

とがあり(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)、和名類聚抄(931〜38年)に、

暈、気繞日月也、日月賀佐、

天治字鏡(898年〜901年)に、

暈、日見暉、比乃加佐、

平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、

暉・暈、光、光、弖良須(てらす)、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

暈、日月ノカサ・ニホフ・テル・ヒカリ、

とある。

この由来も、

其状、笠を負ふが如くなれば云ふ(大言海)、
カサ(蓋)の義(和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
ケサシ(気指)の転(言元梯)、

とある。

笠、

のメタファと見ていい。笠の歴史は古く、「日本書紀」神代の巻に、

素戔嗚尊(すさのおのみこと)、青草を結束(ゆ)ひて笠蓑として、宿を衆神に乞ふ、

とあり、「万葉集」にも、

はしたての倉橋川の川のしづ菅(すげ)我(わ)が苅りて笠も編まなく川のしづ菅、
大君の御笠(みかさ)に縫(ぬ)へる有馬菅(すげ)ありつつみれど事なき我妹、

などと、スゲ(管)を苅って笠に編んでいたことがわかる。平安時代には、武士の旅行用や流鏑馬(やぶさめ)、田楽(でんがく)法師に用いられた、頂部に巾子(こじ)とよぶ突起のある

綾藺(あやい)笠

が用いられ、女性の外出用にはもっぱら、

市女(いちめ)笠、

が用いられた(世界大百科事典)。鎌倉・室町時代に入ると、露頂(ろちょう 冠や烏帽子のない頭部や上部を露出すること)の風がおこり、男子も外出に、

藺笠、
菅(すげ)笠、

など笠を着用することが多くなり、女子の間では相変わらず市女笠が用いられていた(仝上)。中世の絵巻物には市女笠、綾藺笠、塗笠などをつけた男女の人物がみられるが、

笠をつけた人物は必ず履物をはいており、やや改まったときの装いの一つであったことがうかがえる。また笠をつけさらに布で顔を包む場合もあり、笠をつけるのは日常の姿でないことを示している、

とある(世界大百科事典)。江戸時代になると、

形、材質の違いから、また身分、職業、用途によってさまざまな種類の笠が生まれ、武士はもとより町人、農民など男女を問わず広く用いられた。材料から、

藺笠、菅笠、竹笠、檜(ひ)笠、藤笠、

等々と呼ばれ、製作上からは、

編笠、縫笠、組笠、網代(あじろ)笠、塗笠、張笠、綾藺笠、

等々があり、

形の上からは、

平笠、尖(とがり)笠、褄折(つまおり)笠、桔梗(ききよう)笠、

などがあり、用途上からは、

雨笠、陽笠、祭りや踊りに用いる花笠、戦陣で下級武士のかぶった陣笠や騎射に用いた騎射笠、

等々と呼ばれるものがあった(日本大百科全書)。

なお、笠の数え方は、

蓋(かい、がい 上からかぶせる覆いや蓋を数える。笠または笠状のものを数える)、笠(りゅう)、頭(かしら、文化財の場合)、枚(まい)、

があるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0

傘、

は、新撰字鏡(平安前期)に、

繖・傘、支奴加佐(きぬかさ)、

類聚名義抄(11〜12世紀)に、

傘、キヌカサ・ヒガサ、

字鏡(平安後期頃)に、

傘、カサ・オホフ・キヌカサ、

とある。



で触れたように、

中国では、高貴な人に差し掛けている天蓋(開閉できない傘)式の傘が発達し、百済を経て、仏教儀式の道具として日本に伝わり、

きぬがさ(衣笠)、

と呼ばれた。平安時代に製紙技術の進歩や竹細工の技術を取り込んで改良され、鎌倉時代の『一遍上人絵伝』あるいは『法然上人絵伝』などに、

イグサを使ったろくろ式の開閉装置のあるもの、

がみられる。室町時代には和紙に油を塗布する事で防水性を持たせ、現在と同じ用途で広く使用されるようになった。それと共に傘を専門に製作する傘張り職人が登場、技術が進歩し、『七十一番職人歌合』には傘張り職人の姿が描かれている、

という(日本大百科全書)。

唐傘、

と呼ぶのは、

唐・韓(から)から伝来したもの(和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
柄笠(傘)の語があり、柄の字を〈から〉と読む(類聚名物考・貞丈雑記・大言海・言元梯)、
さっと開いて、さすのが奇なるゆえ(俚言集覧)、
からくりの〈から〉と同じくろくろ細工の意あるいは軽いの意(俗語考)、
開きすぼめるところから、カラクリ傘の義(槻の落葉信濃漫録・筆の御霊・名言通)、
カラはもともと異邦をさし、あやしくもめずらしい意をいう語。仕掛けの奇功をほめてカラといった(傘笠考)、

等々があ。文献では、

唐傘、韓笠、簦、雨繖、油傘、笠傘、雨傘、竪笠、傘、

の字を、

からかさ、

と訓んでいる。

繖(サン)、

は、

きぬかさ、つまり布を張ったかさをさすが、紙張りのかさも古くからあり、字音が同じ傘(サン)と区別はない、

とあり(世界大百科事典)、

和傘、

は、

おもに竹を材料として軸と骨を製作し、傘布に柿渋、亜麻仁油、桐油等を塗って防水加工した油紙を使った、

が、

洋傘の骨が数本程度に対して、和傘の場合数十本の骨が用いられる。これは洋傘と傘の展開方法が異なるためで、余った被膜を張力で張るのではなく、竹の力により骨と張られた和紙を支える仕組みとなっているためである。窄めた際に和紙の部分が自動的に内側に畳み込まれる性質を持つ。

というhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%98

「笠」(リュウ)は、

会意兼形声。「竹+音符立(高さをそろえてたてる)」。平衡を保って、頭上にたてるきかさ(漢字源)、

会意兼形声文字です(竹+立)。「竹」の象形(「竹」の意味)と「一線の上に立つ人」の象形(「立つ」の意味)から柄がなくて安定していて、置けばそのまま立つ「かさ(頭にかぶり、雨や日光をさける物)」を意味する「笠」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2220.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、

形声。「竹」+音符「立 /*RƏP/」https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AC%A0

形声。竹と、音符立(リフ)とから成る。竹製の「かさ」の意を表す(角川新字源)、

形声。声符は立(りゆう)。〔説文〕五上に「簦(とう)の柄無きものなり」という。簦は簦蓋、柄のある大きな笠である。〔詩、小雅、無羊〕には牧人、〔周頌、良耜〕には農夫が、作業のときに用いることを歌っている(字通)、

と、形声文字としている。

「傘」(サン)の異体字は、

仐(標準漢字表簡易字体)、伞(簡体字)、𠋔(訛字)、𠌂、𠍘(俗字)、𠎃(俗字)、𡙘、𡙫、𢄻、𦇕、𧝠、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%82%98

象形。「太平御覧」に、漢代の「通俗文」が引用され、「帛(ぬの)を張りて雨を避くるを繖蓋(さんがい)といふ」とある。繖は「糸+音符散」の会意兼形声文字で、これが古い字。俗字の傘(サン)は、かさの形を描いたもの。サンという音は山(△型をしたやま。水が分かれおちる分水嶺)・散(ばらばらにわかれちる)と同系で、傘は、雨水が△型のかさによって分かれちることに着目した命名である(漢字源)、

象形。かさを広げた形にかたどる(角川新字源)、

象形文字です。「かさ」の象形から「かさ」、「あまがさ」、「ひがさ」を意味する「傘」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1893.html

象形。あまがさの形。繖(さん)は声義近く、通用することのある字で、儀礼用のきぬがさをいう。〔魏書〕に「白傘・白旛」の語があり、旛とともに用いている。〔元史、釈老伝〕に「傘蓋呪(さんがいじゆ)」という語がみえ、傘に呪的な意味があるとされたようである(字通)、

象形。天蓋を象る。「かさ」を意味する漢語{傘 /*sˤanʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%82%98

と、すべて象形文字としている。

「暈」(ウン)は、

会意兼形声。軍は、車を並べて丸く取り囲んだ営舎のこと。まるく取り囲む意を含む。暈は「日+音符軍」で、日を丸くとりかこむ光の輪(漢字源)、

とあるが、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、

としhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9A%88

形声。「日」+音符「軍 /*WƏN/」(仝上)、

と、形声文字としている。同じく、字通も、

形声。声符は軍(ぐん)。軍に運(うん)の声がある。〔説文新附〕七上に「日月の气なり」とあり、日月の周囲に生ずるかさをいう、

としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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