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コトバ辞典
誰(たれ)ぞこの我(わ)が宿來(き)呼ぶたらちねの母のころ(嘖)はえ物思(ものも)ふ我れを(万葉集)
の、
母のころ(嘖)はえ物思(ものも)ふ我れを、
は、
母に責め立てられて物思いをしている私なのに、
の意で、
母さんにせめたてられて、ふさぎ込んでいる私なのに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
来呼ぶ(きよぶ)、
は、
来て呼ぶ、
意で(精選版日本国語大辞典)、
(家の前に)来て呼び立てる、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ころふ (嘖ふ)、
は、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、他動詞ハ行四段活用で、
(大声で)しかる(学研全訳古語辞典)
叱るの古語、責め云ふ(大言海)、
叱る、責める(岩波古語辞典)、
声をあげてしかる。しかりつける。叱責(しっせき)する(精選版日本国語大辞典)、
と、意味が微妙に違う。ただ、冒頭の歌から見ると、ただ、
叱る、
ではなく、
叱責する、
が近いニュアンスのような気がする。その由来は、
しかる意の「嘖(こ)る」に反復継続の助動詞「ふ」の付いた「こらふ」の音変化か(デジタル大辞泉)、
上代特有の語であり、しかも用例はごく限られている。動詞「こる(嘖)」の未然形に助動詞「ふ」のついた「こらふ」の転じた語かといわれているが、なお検討の余地がある(精選版日本国語大辞典)、
コル(懲)と同根(岩波古語辞典)、
(「ころぶ」と濁音としているが)喉を、ころころと鳴らす意か、ころろぐと同趣なるべし(大言海)、
等々とあり、所説由来を異にしている。
嘖る(こる)、
は、
汝が母に己良(コラ)れ我(あ)は行く青雲(あをぐも)のいで来(こ)我妹子逢ひ見て行かむ(万葉集)、
と、
叱責する、しかる、
意で、
活用は一例しかないためはっきりしない。受身の助動詞「る」の付いたものとみて四段活用としたが、万葉仮名の、
奈我波伴尓 己良例安波由久 安乎久毛能 伊弖来和伎母兒 安必見而由可武
の、
己良例(コラレ)までを一語とみて、ラ行下二段活用とする説もある(精選版日本国語大辞典)という。
こる(懲る)、
は、
り/り/る/るる/るれ/りよ、
の、自動詞ラ行上二段活用で、
我がやどに韓藍(からあゐ)蒔(ま)き生(お)ほし枯れぬれど懲(こり)ずてまたも蒔かむとそ思ふ(万葉集)、
と、
失敗や過失による痛手、衝撃で、二度とやるまいと思う。苦い経験から、もうやるまいと思う、
意を表し(精選版日本国語大辞典)、
懲りる、こりごりする、
意である(学研全訳古語辞典)。
こころぐ、
は、
嘶ぐ、
噎ぐ、
とあて、
自動詞四段活用で、
ころころを約めて、活用せさせたる語(連連(つらつら)ぐ、つららぐ。苛々(いらいら)ぐ、いららぐ)、
とし、
病に因りて、喉、噎(むせ)びて、ころころと鳴る、
意とし、
ころころは、笑ふ聲にも云ひ、猫の喉を鳴らす聲にも云ふ、
としている(大言海)。和名類聚抄(931〜38年)に、
嘶咽(せつえつ)、古路路久、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
嘶噎(せつえつ)、コロログ、
とある。一般には、
ころろぐ、
は、
蛆(うじ)たかれころろき(許呂呂岐)て(古事記)、
と、
ころろく、
と清音で、
嘶く、
とあて、
声がしわがれて、ゴロゴロ鳴る(岩波古語辞典)、
ころころと鳴る。ころころと音をたてる(デジタル大辞泉)、
ころころ音をたてる。声がかれてのどが鳴る(精選版日本国語大辞典)、
といった意で、
コロロは擬音語、クはそれを承けて動詞化する接尾語。オドロク、トドロクの類(岩波古語辞典)、
擬声語「ころろ」の動詞化(精選版日本国語大辞典)
とされる。こうみると、
懲る、
ころろぐ、
では、意味が違い過ぎる。
嘖る+反復継続の助動詞「ふ」、
で、
叱責が続いている、
という含意が、冒頭の歌からみても妥当なのだろうが、
嘖る、
の用例が、一つしかないので、その由来は確かめようがない。なお、
ふ、
については、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
まもらふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、動詞の未然形の下に付いて、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に 変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
嘖む、
を、
さきなむ、
と訓ませると、
「さいなむ」の古形、
で、
嘖、
苛、
呵、
とあて、
しかりせめる。むごくあたる。さいなむ、
意である。なお、新撰字鏡(平安前期)には、
嘖、加左々支鳴(かささぎなく)、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
嘖、セム・アヤマル・サキナム・カササギナク、立篇(音訓篇立)嘖、カマビスシ・サケブ・ミタラム・セム・アヤマル・サイナム・サム、
とある。
「嘖」(漢音サク、呉音シャク)の異体字は、
㖽(訛字)、啧(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%98%96)。字源は、
形声。「口+音符責(サク)」で、舌打ちや、ざわざわと聞こえる話し声をあらわす擬声語、
とある(漢字源)。他も、
形声。「口」+音符「責 /*TSEK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%98%96)、
形声。声符は責(せき)。〔説文〕二上に「大呼するなり」とあり、やかましく叫びあうこと。会議室を嘖室という。責声の字に積・績・簀のように数多く累積する意があり、多言を嘖という。嘖は擬声語であろう(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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おほろかの心は思はじ我(わ)がゆゑに人に言痛(こちた)く言われしものを(万葉集)
の、
おほろかの心は思はじ、
は、
通り一遍の心は持つまい、
の意とし、
いい加減な気持ちは決して持つまい、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
おほならば誰(た)が見むとかもぬばたまの我(わ)が黒髪を靡けて居らむ(万葉集)
とある、
おほならば、
も、
通り一遍に思うなら、
と訳している(仝上)し、
おほろかに我(わ)れし思はばかくばかり難(かた)き御門(みかど)を罷(まか)り出(で)めやも(万葉集)
の、
おほろかに、
は、
いい加減に、
と訳し、
難(かた)き御門(みかど)を罷(まか)り出(で)めやも、
は、
夜勤の合間に抜け出て来た男の言葉、
と解し、
(いい加減に思っているのなら)こんなにも厳重な宮廷の御門であるのに、そこを抜け出てやってきたりするものか、
と訳す(仝上)。
おほろか、
は、
「おほ(凡)」から派生した語(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
おろそかにするさま。なおざり。いいかげん(デジタル大辞泉)、
いい加減であるさま。通り一遍であるさま。おろそか(精選版日本国語大辞典)、
の意とされるが、また、
おほ、
は、一説に、
つのさはふ磐之媛(いはのひめ)が飫朋呂伽(オホロカ)に聞こさぬ末桑(うらぐは)の木(日本書紀)、
の、
飫朋呂伽、
の、
飫朋、
を、
おぼ、
と濁音とする見方もあり(岩波古語辞典・広辞苑)、
おぼろか、
ともいい(精選版日本国語大辞典)、
オボは、オボメク・オボホル(溺)のオホと同根、ぼんやり、不明であるさま。ロカは接尾語ラカに同じ(岩波古語辞典)、
オホロカは、(粗略とあて)大疎(おほおろか)の約なるべし、おぼおぼし、おぼぼし(大言海)、
とし、
ぼんやりしているさま、いいかげんなさま(岩波古語辞典)、
おろそかに、おほよそに、なほざりに(大言海)、
の意としている(仝上)。ただ、
平安時代の「おぼろけ」「おぼろ」と同様に否定的な表現と呼応することが多く、また、和歌などでは「おぼろけ(朧気)」と掛けて用いられることが多かったために後世両者を混同するようになったともいわれる、
ともある(精選版日本国語大辞典)ので、
おほ(凡)、
と、
おぼ(溺)、
とを同根としていいかどうかは微妙である。
おぼ、
は、
おほほし、
おぼめく、
で触れたように、
おぼろ、
の、
おぼ、
と同じとみていい。
おぼろ、
は、
朧、
とあてるが、朧月の「おぼろ」の意味で、
はっきりしないさま、
ほのかなさま、
薄く曇るさま、
の意の他に、いわゆる料理の、
おぼろ、
つまり、
エビ・タイ・ヒラメなどの肉をすりつぶし味をつけて炒った食品。でんぶ、
の意味もある。この、
オボ、
は、
オボホレ(溺)・オボメキのオボと同根。ロは、状態を示す接尾語、
とあり(岩波古語辞典)、
ぼんやりしたさま、
という意味になる(仝上)。しかし、この、
おぼ、
は、
朧、
とあて、同根とされる、
おぼほる、
の、
おぼ、
は、
溺、
を当て、
オボ(朧)ホル(惚)の意、古くは、オホホルと清音かぼんやりとして、気を失った状態になる意、
とあり(岩波古語辞典)、
「おぼる(溺)」の古形、水などにおおい包まれるというのが原義で、そこから物事に夢中になるという意が派生した、
とあり、
水に溺れる→(メタファとして)→物事に耽溺する→ぼんやりする、
といった意味の変化になる。さらに、
おぼつかない、
も、古語は、
おほつかない、
で、この、
おぼ(おほ)、
も、
オボは、朧朧(おぼおぼ)しのオボなり。ツカは、あはつか、ふつつかなどのツカにて、形容の接尾語。ナシは、甚(な)しの義。おぼおぼしさ、甚(はなはだ)しの意(大言海)
「おぼ」は、ぼんやりした、不明確な状態を表わす。「覚束」はあて字。古くは「おほつかなし」。対象の様子がはっきりせず、つかみどころのないさまをいい、また、そのためにおこる不安な気持を表わす(精選版日本国語大辞典)、
オボはオボロ(朧)のオボと同根。対象がぼんやりしていて、はっきり知覚できない状態。またそういう状態に対して抱く不安・不満の感情(岩波古語辞典)。
とある。そうみると、
オボ(オホ)、
の、
溺、
は、
朧、
とは意味が重なる。では、
凡、
とあてる、
おほ(おぼ)、
はどうかというと、
「おほほし(鬱)」「おぼろ(朧)」などの「おほ」「おぼ」と同意。物の形、状態、量、大きさ、感情などがはっきりとしていないさま、漠然としているさま。多く「おおに」の形で用いられる(精選版日本国語大辞典)、
オボロ・オボメクのオボと同根、明瞭でない状態(岩波古語辞典)、
と、
朧、
とつながり、
天(そら)数ふ大津の子が逢ひし日に於保爾(オホニ)見しくは今ぞくやしき(万葉集)、
と、
物の形、状態がはっきりしていないさま。また、気持、考えが明確でなくぼんやりしているさま。いいかげん、
の意で使い(精選版日本国語大辞典)、
ぼんやりと対していた、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
こう見てくると、結論として、
おほ(おぼ)、
は、
朧、
溺、
凡、
と、当て別けてはいるが、
ぼんやりしている→いい加減、
という意味の変化の幅の中に納まるようである。なお、
夏影の房(つまや)の下に衣(きぬ)裁つ我妹裏設(ま)けて我(あ)がため裁たばやや大(おほに)裁て(万葉集)、
と、
大、
とあてる、
おほ、
は、
大きいさま。大きめに。ゆったりと、
といった意味だが、上述の、
凡、
朧、
溺、
とあてる、
おほ、
とは、
アクセントの異なる別語、
とある(岩波古語辞典)。
「凡」(漢音ハン、呉音ボン)の異体字は、
凢(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%87%A1)。字源は、
象形。広い面積をもって全体をおおう板。風の字にも、音符として含まれる、
とある(漢字源)。他も、
象形。小さな鉢の形にかたどる。借りて「すべて」「およそ」の意に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「風を受ける帆」の象形から、風を受ける帆の意味を表したが、それが転じて、風は色々な方向から吹く事から、「すべて」を意味する「凡」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1336.html)、
象形。一説には、さかずきを象る。「さかずき」を意味する漢語{䀀 /*pʰam-s/}を表す字。仮借して「あまねく」を意味する漢語{凡
/*bam/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%87%A1)、
象形。盤(ばん)の形。舟も盤の形にしるされ、般・搬にものをはこぶ意がある。〔説文〕に字を二の部十三下に属し、「最括(さいくわつ)するなり。二に從ふ。二は偶なり。丂(きふ)に從ふ。丂は古文及なり」という。相及ぶものを連及してまとめる意とする。卜文・金文の字形は盤の形。〔説文〕が「最括」とし、字を二に従うとするのは、最の上部との字形の関連に注目したのであろうが、最は戦場での聝耳を掩いとる形で、凡とは関係がない。金文の〔散氏盤〕に「凡て十又五夫なり」のように、合計の意に用いる。凡の形はまた卜文の風を示す鳳形の鳥にも、声符として加えられており、鳳は風の初文である(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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振分(ふりわけ)の髪を短(みじか)み青草(あおくさ)を髪にたくらむ妹をしぞ思ふ(万葉集)
の、
振分(ふりわけ)の髪、
は、
左右に分けて肩のあたりで切り揃える、童女の髪型、
とあり、
たくらむ、
は、
束ねて結んでいる、
意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
たく、
は、
綰く、
とあて、
か/き/く/く/け/け、
の、他動詞カ行四段活用、
で、
手を活用せる語か(大言海)、
手(て)を動詞化した語(精選版日本国語大辞典)、
とあるように、
腕を動かしてことをする意、
で、
手でする動作が幅広く意味の範囲に入っている、
気がする。たとえば、
多気(タケ)ばぬれ(ほどけ)多香(タか)ねば長き妹が髪この頃見ぬに掻きれつらむか(万葉集)、
では、
髪をかきあげたばねる、
意に、
大船(おほぶね)を荒海(あるみ)に漕ぎ出(で)や船たけ我(わ)が見し子らがまみはしるしも(万葉集)
では、
力いっぱい舟を漕ぐ、
全力で漕ぐ、
意に、
思ひきや鄙(ひな)の別れにおとろへて海人の縄(なは)たきいざりせんとは(古今和歌集)、
では、
網などをたぐりあげる、
意に、
石瀬野(いはせの)に馬太伎(ダキ)行きて遠近(おちこち)に鳥踏み立て白塗(しらぬり)の小鈴(をすず)もゆらに(万葉集)、
では、
馬の手綱(たづな)をあやつる、
手綱をとる、
意に(この場合「だく」とも)、
手寸十名相(たきそなへ)植ゑしくしるく出(い)で見れば宿の初萩咲きにけるかも(万葉集)、
では、
掘る、
意で、
娘子(をとめ)らが織る機(はた)の上(うへ)を真櫛(まくし)もち搔上(かか)げ栲島(たくしま)波の間(ま)ゆ見ゆ(万葉集)、
では、
機にかけた織り糸の上を、櫛で掻き上げ、糸筋を整える、
意で使っている(伊藤博訳注『新版万葉集』・精選版日本国語大辞典)。つまり、
手(て)を動詞化した語で、手を用いて何かをする意を表わすと考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典)が、「て」の古形、
た、
を動詞化しているのではあるまいか。
頂髪(たきふさ)の中より、設(ま)けし弦を採り出して(古事記)、
四天王の像を作て、頂髪(たきふさ)に置て、誓を発て言(日本書紀)、
の、
たきふさ、
という言い方は、
髻、
とあて、
タキは腕を使って髪をあげる意、フサは房、
で、
髪をあげてたばねたもの、
をいい、やはり、手の動作を幅広く意味の外苑に含めているようだ。冒頭の、
青草(あおくさ)を髪にたくらむ、
は、
髪に(青草を)結んでいる、
意としていることになる(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ここでの、
振分(ふりわけ)の髪、
は、
振分髪、
の意で、
振分(別)け、
ともいい(岩波古語辞典)、
放髪、
とも表記する(大言海)。
童女・童男の髪形。八歳ごろまで、髪を左右に振り分けて垂らし、肩のあたりで切りそろえたという(仝上)、
童幼の男女の結髪の一つ。八歳ごろまで、髪の末を肩までの長さに切りそろえて、百会(ひゃくえ 頭の頂上)から左右にかき分けて垂らしたもの。はなちがみ。また、幼い子どもをいう(精選版日本国語大辞典)、
男児・女児の髪型のひとつ。髪を肩まで長さに切り、左右に分けさばいたまま垂らしたもの。はなちがみ、はなち、髪振(広辞苑)、
童男・童女の髪に、左右に振分けて垂れたるもの。末を肩に比べて切るとぞ。略して振分(大言海)、
と、ほぼ一致している。江戸後期『松屋筆記』(まつのやひっき 和漢古今の書から章節を抜き書きし、考証評論を加えたもの)に、
按に、振別髪は、八歳まで肩に比べて切りたるが、頂の下より左右に別れ、頬のあたりへ垂下れば、振別髪とはいへる也、
とある。この、
ふりわけがみ(振分髪)、
は、
はなちがみ、
はなち、
うなゐ、
はなり、
ともいうが、
放(はな)り、
は、
娘子(をとめ)らが放(はな)りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む(万葉集)、
と、
少女の結ばないで垂らしておく髪、
また、そういう
少女、
をいう(広辞苑)。
はなりの髪、
ふりわけ髪(がみ)、
うない、
うないはなり、
ともいう(仝上・精選版日本国語大辞典)。
うなゐ(うない)、
は、
丱女(かんじょ)、
みずら、
で触れたように、
髫、
髫髪、
とあて、
7、8歳の童児の髪をうなじのあたりで結んで垂らしたもの、
また、女児の髪を襟首のあたりで切り下げておくもの、
で(デジタル大辞泉)、
うないがみ(髫髪)、
ともいい、
ウナは項(うなじ)、ヰは率(ゐ)、髪がうなじにまとめられている意で、子供の髪を垂らしてうなじにまとめた形。また、その髪形をする十二、三歳までの子供。その先、年齢がいくと、髪を神をあげて、「はなり」「あげまき」にした(岩波古語辞典)、
「項居(うない)」の意か(デジタル大辞泉)
「うな」は「項」、「ゐ」は「居」の意か(精選版日本国語大辞典)、
項集(うなゐ)の義(大言海)、古へ、男女兒、生まれて二歳までは、髪を鋏みおく、三四歳、髪置(かみおき)す。是れ、被髪(わらは)、童丱(かぶろ)なり、七八歳、髪の中の毛を項(うなじ)に束ぬ、是れ、うなゐなり、女兒は其外の毛を垂れおきて、肩にて切る、これをうなゐ放(ばなり)、又はなりとのみも云ふ(大言海)、
等々とあり、和名類聚抄(931〜38年)に、
髫髪、和名宇奈為(うなゐ)、俗用垂髪二字。謂之童子垂髪也、
新撰字鏡(平安前期)に、
髧、髪至肩垂皃、宇奈井(うなゐ)、
新字鏡(平安後期頃)に、
髫、女佐之(めさし)
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
髫、モトトリ・メサシ、
とある。この後の髪型を、
古の俗、年少児の年、十五六の間は束髪於額(ひさごはな)す。十七八の間は、分けて、総角(あげまき)にす(書紀)、
と、
束髪於額(ひさごはな)、
といい、
髫髪(うなゐ)にしていた童子の髪を十三、四を過ぎてから、両分し、頭上の左右にあげて巻き、輪を作ったもの、はなりとも(岩波古語辞典)、
とも、
髪を中央から左右に分け、両耳の上に巻いて輪をつくり、角のように突き出したもの。成人男子の「みづら」と似ているが、「みづら」は耳のあたりに垂らしたもの、
ともある(精選版日本国語大辞典)。この、
束髪於額(ひさごはな)、
は、
厩戸皇子、束髪於額(ヒサコハナ)して(日本書紀)、
とあり、辞書には載らず、はっきりしないが、
ヒサゴバナ(瓠花・瓢花)、
の項に、
上代の一五、六歳の少年の髪型の一つ。瓠の花の形にかたどって、額で束ねたもの、
とある(日本国語大辞典)。ただ、
ひさご花は後世に伝わっていない、
という(文政二年(1819)「北辺随筆」)。上述したように、
うなゐ、
と同義の、
はなり(放)、
は、
うなゐ髪、
ともいい、
7、8歳の童児の髪をうなじのあたりで結んで垂らしたもの、
また、
女児の髪を襟首のあたりで切り下げておくもの、
とある(デジタル大辞泉)が、
少女が肩までつくように垂らしていた「うなゐ」の髪を、肩から離れる程度にあげること、
また、
その少女、
ともあり(岩波古語辞典)、
うなゐばなり(髫髪放)の略、
として、
七八歳、髪の中の毛を項(うなじ)に束ぬ、是れ、うなゐなり、女兒は其外の毛を垂れおきて、肩にて切る、これをうなゐ放(ばなり)、又はなりとのみも云ふ、
とする(大言海)ので、
うなゐ→うなゐばなり(はなり)、
と、微妙に変化しているというのが正確なのだろう。
うなゐ、
はなり、
等々と同義の、
振分髪、
は、現在の、
セミロング、
にあたるが、子供には、
うなゐ、
というが、大人には、
尼削ぎ(尼削、あまそぎ)、
といい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BC%E5%89%8A%E3%81%8E)、後には、
髪を肩の辺りで切りそろえること、
をもいうようになり、
禿(かぶろ、かむろ)、
という言い方もする(仝上)
振分、
は、文字通りには、
ふりわけること。二つに分けること、
を言うので、
振別(ふりわけ)た髪、
に言ったが、それをメタファに、
此所は江戸へも六十里、京都へも六十里にて、ふりわけの所なれば、中の町といへるよし(滑稽本「東海道中膝栗毛」)、
と、
二つに区切れるところ。中間のところ、
という使い方もし、
荷物を前後に分けて肩にかけること。また、その荷物、
をも言う(精選版日本国語大辞典)。
また、江戸時代、の武士あるいは商家の少年の結髪の一つに、
前髪を左右に分けて、その髪の先を髻(もとどり)の後ろに出したもの、
や、江戸時代の女性の結髪の一つで、
前髪の末を髻の左右から後ろに出すもの、
をもいい、
いたずら、
ともいった(精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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思はぬに至らば妹が嬉(うれ)しみと笑(え)まむ眉引(まよび)き思ほゆるかも(万葉集)
の、
思はぬに、
は、
思わぬ所へ、
の意、
眉引(まよび)き、
は、
尾を細く引いて画いた眉、
とあり、
(あの子が喜んでにっこりほほえむ)その眉のさまがありありと浮かんでくる、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
眉引(まよび)き、
の、
眉(まよ)、
は、
眉(まゆ)、
の古形、つまり、
まゆ、
は、
マヨの転、
である。
眉、
は、
眉毛(まゆげ)、
とも言うし、
まよ、
まよね、
まみえ、
かうのけ、
まゆね、
まよね、
とも言う(大言海)。
眉引き、
は、
まよびき、
まゆひき、
ともいい、
眉毛を抜いたあとに、眉墨で、眉を引く(描く)こと、
である(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)と同時に、また、その、
引いた(画いた)眉、
をも言い、
まよがき(眉画)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。その、
眉、
を、
引眉(ひきまゆ)、
ともいい、
眉毛を抜いたりそったりして、そのあとに眉墨で描いた眉、
また、
濃く見せるために眉毛の上をなぞり描いた眉、
を言うので、
まよびき、
のほか、
つくりまゆ、
ひきまゆげ(引眉)、
ひきまみえ(引眉)、
ともいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
眉墨(まゆずみ)、
は、
黛、
とも当て、和名類聚抄(931〜38年)に、
黛、万由須美、画眉墨也、
字鏡(平安後期頃)に、
黛、サト・クロシ・マユスミ・フカクアヲキイロ・クロシ・マユツクル、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
黛、クロシ・マユスミ・ハグロメツク・マユカキ、
新字鏡集(鎌倉時代)に、
黛、万与加(まよかき)、
等々とある、
眉を画く化粧用の墨、
である(岩波古語辞典)。
釈名(しゃくみょう 後漢末、劉熙(りゅうき)著、事物の名を27種に分類し、語源を説明した)「黛、代也、滅去眉毛、以代其處也、眉毛の薄く、又は、形あしきものあれば、剃りて、其の上に墨にて形よく画き作ること。又、其の画きたる眉。又は、其れを画くに用ゐるすみ(古へは毛を抜き、後世は剃る)。此墨は種油の油煙十匁に、生紅(ナマベニ)二匁、水銀三滴に椿油を加へて練りたるものなり。略して、まゆ、
とある(大言海)のが詳しいが、材料に、
油煙、麻幹(おがら)の黒焼、麦の黒穂などで、形のうえでは粉状の掃墨(はいずみ)やゴマの油で練った、
捏墨(こねずみ)、
というものがあった。水嶋流の礼法書《化粧眉作口伝》(1762)によると、
捏墨のなかには紅や金箔、露草の花などを入れたものもあった、
とあり、そのほかまゆの剃りあとを青く美しくみせるまゆ墨として、
青黛(せいたい)、
があり、これは、
藍染の際にできる藍花を干して固めた藍蠟(あいろう)から作られた、
とある(世界大百科事典)。で、
象牙や骨のへらでつけていた、
という(ブリタニカ国際大百科事典)。こんな経緯から、
まゆずみ、
を、
練ね墨、
とも(デジタル大辞泉)、
こねずみ(練墨)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。上述のように、中世は、眉を引き抜くのに、
鑷子(けぬき 毛抜き)、
を用いたが、その鑷子が櫛筥(くしげ)という手箱に収められ、その古い遺物が、厳島神社(広島県)、熊野速玉(はやたま)大社(和歌山県)の御神宝として保存されている(日本大百科全書)。
江戸中期以降になると、上述したように、
かみそりを使っての化粧法が女の元服の作法となり、『都風俗化粧伝』(1813版)をみると、「捏墨」は「露草(つゆくさ)、紅、油煙を等分にし、これにごま油を加えて練って」つくったとあり、または「金箔(ぱく)三匁(もんめ)、油煙四匁をごま油で練って」つくった、
とある(仝上)。
まゆずみ、
は、漢語で、
緑黛(りよくたい)、
黛緑(たいりょく)、
ともいうが、
くろいまゆずみ、
は、
黛黒(たいこく)、
黒黛(こくたい)、
青いまゆずみ、
は、
青黛(せいたい)、
翠黛(すいたい)、
濃いまゆずみ、
は、
濃黛(のうたい)、
という(字通)。
まよがき、
まよびき、
は、漢語で、
画眉(がび)、
をいうが、転じて、
美人、
をもいう(仝上・精選版日本国語大辞典)。また、
翠黛(すいたい)、
も、
まゆずみ、
の意から、
美人、
を指す(仝上)。
まゆずみでかいた眉(まゆ)、
は、
黛眉(たいび)、
というが、
眉黛(びたい)、
というと、
まゆずみ、
になり、
黛面(たいめん)、
は、
まゆずみを施した顔
鉛黛(えんたい)、
粉黛(ふんたい)、
粉墨(ふんぼく)、
は、
おしろいとまゆずみ、
の意で、
化粧した女、
をも指す(字通)。
乱れたまゆずみ、きちんとついていないまゆずみ、
は、
乱墨(みだれずみ)、
といい、
まゆずみのように濃い青色、
を、
黛青(たいせい)、
青黛(せいたい)、
といいい、
まゆずみで美しく描いたまゆ、
は、
青蛾(せいが)、
蛾眉(がび)、
といい、
美人の形容に用いる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
三日月眉(みかづきまゆ)、
は、
まゆずみで三日月形に描いた眉、
で、古くから美しい眉とされている(精選版日本国語大辞典)。
雲の黛(くものまゆずみ)、
は、
雲のたなびいたように美しく引いた眉、
桂の黛(かつらのまゆずみ)、
三日月のような形に細く眉をひいた墨。また、その眉。美しい女性のまゆずみ、
を言う。
桂を折る、
で触れたように、
月の桂、
は、
月の異称、
とされ、略して、
かつら、
ともいい、月の影を、
かつらの影、
といったり、三日月を、
かつらのまゆ、
などという(大言海)からである。なお、
眉引きの、
は、
妹(いも)をこそ相見に来(こ)しか麻欲婢吉能(マヨビキノ)横山辺(へ)ろの鹿猪(しし)なす思へる(万葉集)、
と、
低く平らな山の稜線の様子が眉の形に似ているところから、「横山」にかかる枕詞、
として使う(精選版日本国語大辞典)。上掲の歌では、
あの子の眉でもあるまいが、横山あたりをうろつく鹿猪かなんぞのように思いおって、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まゆ(眉)、
については触れたが、
芝が眉宇、
は、多く、
芝眉(しび)、
あるいは、
芝宇、
ともいい、さらに、
紫眉、
紫宇、
ともいう(字源)。
宇は眉宇、
の意とあり(仝上)、
人の顔色をたたへ称す、
とある(仝上)。つまり、
遠く手諭を承け、芝眉に對するが如し。復(ま)た渥儀を荷ふ。安(いづく)んぞ敢て濫(みだ)りに拜せん。唯だ心に良友の至愛を銘するのみ(顔氏家蔵尺牘)、
と、
貴人の相。尊称に用いる、
のである(字通)。この由来は、
元徳秀、字紫芝、質厚少縁飾、房琯毎見徳秀、歎息曰、見紫芝眉宇、使人名利之心都盡(唐書・卓行傳)、
とある(字源)。
「眉」(漢音ビ、呉音ミ)は、
象形。甲骨文字は、目の上にまゆのある樣を描いたもので、細くて美しい眉毛のこと(漢字源)、
象形。目と眉毛を象る。「まゆ」を意味する漢語{眉 /*mrəj/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9C%89)、
象形。まゆ毛を美しくかざりたてたさまにかたどる。「まゆ」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「目の上の毛」の象形から、「まゆ」を意味する「眉」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2052.html)、
象形。目の上に眉のある形。〔説文〕四上に「目上の毛なり」とし、「目に從ひ、眉の形に象る。上は額理(がくり)に象るなり」とあって、額(ひたい)の皺(しわ)を加えた字形であるという。卜文の字形によると、目の上には呪的な目的のために眉飾を加えており、呪眼と同じような意味をもつものであろう。媚の初文とみられ、媚はいわゆる媚蠱(びこ)のことを行う巫女をいう。長寿のことを「黄耇眉寿」といい、金文に眉を釁(び)に作る。釁は沫(び)の初文で髪を洗う意の字で、仮借。〔詩、豳風、七月〕に「以て眉壽を介(もと)む」とあり、眉が本字。長眉は寿考のしるしとされた(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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朝戸を早くな開けそあぢさはふ目が欲(ほ)る君が今夜(こよひ)來(き)ませる(万葉集)
の、
あぢさはふ、
は、
目の枕詞、
で、
味鴨を遮る網の目の意か、
とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
あぢさはふ、
の、
さはふ、
は、
障ふ、
の未然形に接尾辞「ふ」がついたもの、
で、
あぢ、
は、
巴鴨(ともえがも)、
の別名、
巴鴨を夜昼遮りつづけている網の目という意から(広辞苑)、
では、よく意味が分からないが、
アヂガモが夜昼網の目にかかる意から(岩波古語辞典)、
「さわう」はさえぎる意とし、水鳥をさえぎる網の目の意から「目」にかかり、また網は昼夜を分かたず張るので「夜昼」にかかる (デジタル大辞泉)、
として、
め(目)、
妹が目、
よるひる(夜昼)知らず、
にかかる枕詞とされる(岩波古語辞典・広辞苑)。
目が欲(ほ)る、
は、
「見が欲し」と同じか、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
味酒(うまざけ)のみもろの山に立つ月の見(み)が欲(ほ)し君が馬の音する(万葉集)、
では、
見(み)が欲(ほ)し君、
を、
逢いたい逢いたいと思っていたあなた、
と訳し、冒頭の歌では、
目(め)が欲(ほ)る君、
を、
いつも面と向かっていたいお方、
とし、
いつも面と向かっていたいお方が、昨夜(ゆうべ)からおいでになっています、
と訳す(仝上)。
誰(た)が園の梅にかありけむここだくも咲きてあるかも見が欲しまでに(万葉集)、
の、
見が欲し、
は、
(もとの木が)見たくなるほどに、
と訳し、
見欲しきは雲居に見ゆるうるはしき鳥羽の松原童(わらは)どもいざわ出(い)で見む(万葉集)、
の、
見欲しき、
は、
「見が欲しき」と同じで、「見ることが欲しい」、
意とし、
ぜひ見たいもの、
と訳す(仝上)。
夕(ゆふ)さればひぐらし來鳴(きな)く生駒山越えてぞ我(あ)が來るし妹が目を欲り(万葉集)、
の、
目が欲(ほ)り、
は、
(もう一目あの子に)逢いたくて、
と訳す(仝上)。で、
目が欲(ほ)る、
は、
見が欲し、
見欲し、
と同じで、
見たいと思う、
意ということになる。
欲(ほ)し、
は、
(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、
の、形容詞シク活用で、
山背(やましろ)の久世(くぜ)の若子(わくご)が欲(ほし)といふわれあふさわに我(わ)れを欲(ほし)といふ山背の久世(万葉集)、
と、
自分のものにしたい、
手に入れたい、
所有したい、
意や、
あをによし奈良を過ぎ小楯大和を過ぎ我が見が本斯(ホシ)国は葛城高宮我家(わぎへ)のあたり(古事記)、
と、
そうありたいと思うさま、
望ましい、
願わしい、
という意なので(精選版日本国語大辞典)、ただ、
見たい、
というより、
見たくて見たくてたまらない、
といった含意になるのだろう。
欲し、
は、
「欲る」に通ず、
とある(大言海)。
欲(ほ)る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、他動詞ラ行四段活用で、
あが裒屡(ホル)玉のあはび白珠(日本書紀)、
と、
願い望む、
欲しがる、
欲す、
という意(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)より、
欲しく思ふ、
得むと欲す、
為(せ)むと思ふ、
の意(大言海)の方が的確な気がする、この、
欲る、
は、形容詞、
ほ(欲)し、
と同一語根。上掲の「日本書紀」の例は連体形であるが、「万葉集」では用例が連用形に限られ、
状態性の名詞になったと考えられる、
とあり(精選版日本国語大辞典)。以後、動詞となるときは、
就(ちかつ)き視(み)て心に欲(ホリス)(日本書紀)、
いにしへの七(なな)の賢(さか)しき人たちもほりせしものは酒にしあるらし(万葉集)、
と、
下にサ変動詞を伴って、
ほりす、
の形をとるようになる(精選版日本国語大辞典)とある。
ほ(欲)りす、
は、だから、
動詞「ほる(欲)」の連用形にサ変動詞「す」の付いてできた語、
で、
せ/し/す/する/すれ/せよ、
の、他動詞サ行変格活用、
そうありたいと願う、
望む、
ほしがる、
意である(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)。なお、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
欲、オモフ・ネガフ・ネガハクハ・ホス・トス・ムサボル・オモヘラク・セムトス、
字鏡(平安後期頃)に、
欲、ナムナムトス・セントス・ムサボル・オモヘラク・ネガフ・オモフ・ホス・トス
とある。ところで、冒頭の歌の、
今夜(こよひ)來(き)ませる、
の、
今夜(こよひ)、
は、
日没時を一日の始まりとする考えによる語、
とし、
今夜(こよひ)來(き)ませる、
を、
昨夜からいらっしゃっている、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。同じことで、
今夜(こよひ)の暁(あかとき)ぐだち鳴く鶴(たづ)の思ひは過ぎず恋こそまされ(万葉集)
の、
今夜(こよひ)、
も同じと解している(仝上)。
夜、
で触れたように、上代には、
昼を中心にした時間の言い方、
と、
夜を中心とした時間の言い方、
とがあり、
昼を中心にした時間の区分、アサ→ヒル→ユフ、
夜を中心にした時間の区分、ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
と、呼び方が分けられている。前者が、
ヒル、
後者が、
ヨル、
ということになる。
当時の日付変更時点は丑の刻(午前二時頃)と寅の刻(午前四時頃)の間であったが、「よなか」と「あかとき」(明時、「あかつき」の古形)の境はこの時刻変更点と一致している、
とある(日本語源大辞典)。
ヨヒに女の家に通って来て泊まった男が、女の許を離れて自分の家へ帰る刻限。夜の白んでくるころはアケボノという、
とある(岩波古語辞典)ように、
今夜(こよひ)、
は、古代の夜の時間を、
ユウベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
という区分した中の、
ヨヒ、
であり、
アカトキ(アカツキの古形)、
は、この夜の時間帯の、
アカツキ、
になる。ちなみに、昼の時間区分の、
アサ→ヒル→ユフ、
の、
アサ、
と、夜の時間区分の、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
の、
アシタ、
とは同じ「朝」であるが、
アシタ、
は、
夜が明けて、
という気持ちが常についている点でアサと相違する。夜が中心であるから、夜中に何か事があっての明けの朝という意に多く使う。従ってアルクアシタ(翌朝)ということが多く、そこから中世以後に、アシタは明日の意味へと変化しはじめた、
とあり(岩波古語辞典)、
アクルアシタ(明くる朝)→アシタ(翌朝)→アシタ(明日)、
と転化していった(日本語の語源・日本語源広辞典)ので、時間帯は同じだが、
夜が明けた朝、
と、
昼を前にした朝、
とは含意が異なったと思われる。しかし、
アサ、
は、
アシタ(明日・朝)の約、
と、「アシタ」由来とみなされ、
〈あが面(オモ)の忘れんシダ(時)は〉(万葉)とあるが、夜明けの時のことをアケシダ(明け時)といった。「ケ」を落としてアシタ(朝)になった。さらにシタ[s(it)a]が縮約されてアサ(朝)になった、
とある(日本語の語源)ように、
アクルアシタ(明くる朝)→(アケシダ(明け時))→アシタ(翌朝)→アサ(朝)、
と転化したことになる(日本語源広辞典)。
夜、
は、
よる、
ではなく、
よ、
と言ったらしく、
「ひ」(昼・日)の対、
である。
ヨ(夜)+る(接尾語)」です。ヒ(日)+るに対する言葉です。日没から夜明けまでを言います。日本語のヨは、時間的空間的に限られた区間、区切りを表します。したがって、竹の節と節の間のヨと、本来同じ語源と思われます。ヨルは、接尾語ルをつけて、代、世と区別し、夜間を意識した語です、
とある(日本語源広辞典)。この、
よる、
が、「ひる」に対し、暗い時間帯全体を指すのに対し、
よ、
は、
よひ、
よなか、
よべ(昨夜)、
と、
(夜の)特定の一部分だけを取り出していう、
とある(日本語源大辞典)。ついでながら、
よべ、
は、
昨晩、
の意だが、昨晩を表す語としては、古代・中古には、
「こよひ」と「よべ」とがあった。当時の日付変更時刻は丑の刻と寅の刻の間(午前三時)であったが、「こよひ」と「よべ」はその時を境としての呼称、日付変更時刻からこちら側を「こよひ」、向こう側を「よべ」とよんだ、
とある(仝上)。つまり、「よる」の古形、
よ、
が、
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ、
と区分されたが、
よなか、
が、
こよひ→よべ、
と、境界線を挟んで、使い分けていたことになる。なお、
朝、
ひる、
よる、
ゆふ、
よひ、
朝明(あさけ)、
朝まだき、
あかつき、
あした、
深更、
五更、
については触れた。
「欲」(ヨク)は、
会意兼形声。谷は「ハ型に流れ出る形+口(あな)」の会意文字で、穴があいた意を含む。欲は「欠(からだをかがめたさま)+音符谷」で、心中に空虚な穴があり、腹が減ってからだがかがむことを示す。空虚な不満があり、それを埋めたい気持ちのこと(漢字源)、
とあるが、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AC%B2)、他は、
形声。「欠」+音符「谷 /*LOK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AC%B2)、
形声。欠と、音符谷(コク→ヨク)とから成る。食べようとする、ひいて、ねがう、よくの意を表す。「慾(ヨク)」の原字(角川新字源)、
形声文字です(谷+欠)。「左右にせまる谷の象形と谷の口の象形」(「谷の口」の意味だが、ここでは、「容」に通じ(「容」と同じ意味を持つようになって)、「物を入れる」の意味)と「人が口を開けている」象形から、物を口に入れようとする事を意味し、そこから、「ほしい」を意味する「欲」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1040.html)、
形声。声符は谷(よう)。谷に容(よう)・浴(よく)・裕(ゆう)の声があり、容は神容、浴・欲はその神容に接する法をいう。〔説文〕八下に「貪欲(たんよく)なり」と訓する。〔段注〕に谷を空虚、欠(けん)は口を開いて欲する意であるとするが、そのような造字の法はない。金文に谷を欲の意に用いる。容は廟中に祈って、彷彿として神容のあらわれる意、その神容を拝するを願うを欲、その神容に接するを裕という。〔礼記、祭義〕「其の之れを薦むるや、敬にして以て欲なり」とあり、〔注〕に「欲は婉順の貌なり」という。神につかえる態度をいう語である。人の欲望には慾という(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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里人(さとびと)の言寄(ことよ)せ妻荒垣(あらかき)の外(よそ)にや我(あ)が見む憎くあらなくに(万葉集)
の、
言寄(ことよ)せ妻、
は、
他人が噂で関係づけた妻、
とし、
荒垣(あらかき)の、
は、
「外」の枕詞、
として、
荒垣(あらかき)の外(よそ)にや我(あ)が見む、
を、
よそながら見ていなければならないのか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
荒垣(あらかき)、
は、文字通りには、
目の粗い垣根、
をいい(学研全訳古語辞典)、
垣の木を疎疎(あらあら)と立ち並べて、透間あるもの、關(関)門の垣などに云ふは、くぎぬき(釘貫門 通用門として設けたる冠木門(二本の柱の上に一本の冠木を貫(ぬき)に亙(わた)して「サ」の字に似たる門)の類)の類なり、
ともあり(大言海)、
透垣(すいがき)、
と略すのも同趣(大言海)で、
あらがき、
とも訓ますが、
守れどもはれ守れども出でて我寝ぬや出でて我寝ぬや関の安良可支(アラカキ)(催馬楽)、
と、
柱と貫(ぬき)の間隔をあらくまばらに作った垣根、
をいい、特に、
未入給荒垣之間、神祇権少副大中臣頼行奏候御麻之由(九暦)
と、
清浄なものとして神社などの外側に設けられた目のあらい垣根、
を指す(精選版日本国語大辞典)。で、
粗垣、
とも当て(仝上・岩波古語辞典)、
かき(垣)、
は、
牆、
籬、
等々とも当てる(和名抄「墻、垣、賀岐」)ので、
荒籬、
とも当てる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
神社などの周囲にめぐらした垣、
は、
玉垣(たまかき・たまがき)、
というが、垣を二重に設けたときは、
内を、
瑞垣(みずがき)、
外を、
玉垣、
または、
荒垣、
という(世界大百科事典)とある。伊勢神宮は、内から、
先端を三角形にとがらせた厚板を密に縦に並べた「瑞垣」、
角材を柵状に組んだ「内玉垣」、
丸太を柵状に組んだ「外玉垣」、
板塀状の「板玉垣」、
の四重になっている(仝上)。つまり、この場合、
玉垣、
を、
荒垣、
と呼ぶということになるが、
斎垣(いがき)、
瑞垣(みずがき)、
とも呼ぶのは、こうした構造の故である。玉垣の造りは、
方形の木に貫を通したもの(角玉垣)、
あるいは、
厚い板を用いたもの(板玉垣)、
のを本式とするが、
木の皮を削らずそのまま用いたもの(黒木玉垣)、
朱塗りのもの(朱(あけの)玉垣)、
石造のもの、
等々もある(仝上)。中世以降になると、玉垣として柱を立て屋根をかけた塀もつくられるようになり、腰は板張りとするが、上は欄間(らんま)にして格子や襷桟(たすきさん)を入れるものがみら、これを透塀(すきべい)ともいう(日本大百科全書)。
玉垣、
の、
たま、
は美称だが、
たま(魂、・魄)、
で触れたように、
たま(玉・珠)、
は、
タマ(魂)と同根。人間を見守りたすける働きを持つ精霊の憑代となる、丸い石などの物体が原義、
とある(岩波古語辞典)。依り代の「たま(珠)」と依る「たま(魂)」というが同一視されたということなのかもしれないが、
玉、
の美称の背後に、
魂、
の翳があるように思う。また、
荒垣の、
は、
垣は内外を隔てるところから、「よそ(外)」にかかる、
枕詞である(デジタル大辞泉)。なお、
荒垣、
を、
こうえん、
と訓ますと、漢語で、
崩れた垣、
の意になる(字通)。
「荒」(コウ)の異体字 は、
𠃤(古字)、𠯚(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8D%92)。字源は、
会意兼形声。亡(モウ・ボウ)は、ない、何も見えないの意。荒の巟(コウ)は、何も見えないむなしい川。荒はそれを音符とし、艸を加えた字で、みのりの作物がなにもない、むなしいの意(漢字源)、
会意兼形声文字です。「並び生えた草」の象形と「人の死体に何か物を添えた象形と大きな川の象形」(「大きな川のほか何もない」の意味)から、「あれはてた草のほか何もない」意味する「荒」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1203.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「艸」+音符「巟 /*MANG/」。「手つかずの土地」「あれはてる」を意味する漢語{荒 /*hmaang/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8D%92)、
形声。艸と、音符巟(クワウ)とから成る。耕す人のいないあれ地、ひいて、あれはてる意を表す(角川新字源)、
形声。声符は𠃤
(こう)。𠃤は死者の象。残骨を示す亡に、なお毛髪が残っている形。そのような屍体の棄てられている曠野を荒という。〔説文〕一下に「蕪(あ)るるなり」とするが、ただの荒野をいうのでなく、荒凶・荒歳の意を含む。それで辺裔の地、すべて生色なく無秩序の状態にあることをいう。また荒大・荒唐の意がある(字通)
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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里人(さとびと)の言寄(ことよ)せ妻荒垣(あらかき)の外(よそ)にや我(あ)が見む憎くあらなくに(万葉集)
の、
言寄(ことよ)せ妻、
は、
他人が噂で関係づけた妻、
とし、
荒垣(あらかき)の、
は、
「外」の枕詞、
として、
荒垣(あらかき)の外(よそ)にや我(あ)が見む、
を、
よそながら見ていなければならないのか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
言寄せ妻、
は、
上述したように、
妻だと人がうわさする女(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、
自分との仲が世間のうわさにのぼっている恋人、妻(精選版日本国語大辞典)、
の意だが、
言寄す
は、
事寄す、
とも当て、
せ/せ/す/する/すれ/せよ、
の、自動詞サ行下二段活用で、
天地(あめつち)の神言寄(かみことよ)せて春花(はるはな)の盛りもあらむと待たしけむ時の盛りを離れ居て嘆かす妹がいつしかも使の来むと待たすらむ(万葉集)
と、
言葉・依頼・命令を寄せる(岩波古語辞典)、
意で、特に、
言葉や行為によって働きかける、
言葉を添えて助力する、
加護する、
はからう、
意で使い(学研全訳古語辞典・広辞苑・精選版日本国語大辞典)、この歌では、
(天地の神々が)取り持ってくださって、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。そこから、
母后(ぼこう)のおはしまさぬ御かはりの後見にとことよせて(源氏物語)、
その国の器物(うつはもの)にことよせて、伊勢(いせ)平氏とぞ申しける(平家物語)、
などと、
関係の薄いことに動機・名目などをつけて、事を行うきっかけにする、
意で(岩波古語辞典)、
ある事に託す、
かこつける、
ゆだねる、
事を行なう口実にする、
といった意(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)で使ったり、
さ檜隈檜隈川(ひのくまひのくまがは)の瀬を早み君が手取らばことよせむかも(万葉集)
と、
うわさをたてる、
いい立てる、
意や、
忍びあまりあまの川瀬にことよせんせめては秋を忘れだにすな(新古今和歌集)、
と、
ことづける、
伝言する、
依託する、
意などでも使う(仝上)。
言寄妻、
では、
うわさをたてる、
いい立てる、
の意味になる。『大言海』は、
事寄す、
言寄す、
とを別項を立て、
事寄す、
は、上掲の、
天地(あめつち)の神言寄(かみことよ)せて春花(はるはな)の盛りもあらむと待たしけむ時の盛りを離れ居て嘆かす妹がいつしかも使の来むと待たすらむ(万葉集)
と、
事を委(ゆだ)ぬ、まかす、命ず、任す、任命、
の意とし、
言寄す、
は、
名にし負ふ花の便りにことよせて尋ねやせまし三芳野の山(新葉和歌集)、
と、
言告ぐ、ことづけす、
の意としている。見識である。そうみると、
事を委(ゆだ)ぬ→それを口実にする(かこつける)→言い立てる(うわさする)、
といった意味の広がりがよくわかる。この、
事寄す、
言寄す、
と、
こと、
に、
事、
と
言、
を当てている背景は、
こと、
で触れたように、和語では、
こと(事)、
と
こと(言)、
は同源であるとされるからである。
古代社会では口に出したコト(言)は、そのままコト(事実・事柄)を意味したし、コト(出来事・行為)は、そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで、言と事とは未分化で、両方ともコトという一つの単語で把握された。従って奈良・平安時代のコトの中にも、事の意か言の意か、よく区別できないものがある。しかし、言と事とが観念の中で次第に分離される奈良時代以後に至ると、コト(言)はコトバ・コトノハといわれることが多くなり、コト(事)と別になった。コト(事)は、人と人、人と物とのかかわり合いによって、時間的に展開・進行する出来事・事件などをいう。時間的に不変な存在をモノという。後世モノとコトは、形式的に使われるようになって混同する場合も生じてきた、
とある(岩波古語辞典)。モノは空間的、コト(言)は時間的であり、コト(事)はモノに時間が加わる、という感じであろうか。また、
古く、「こと」は「言」をも「事」をも表すとされるが、これは一語に両義があるということではなく、「事」は「言」に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの、時代とともに「言」と「事」の分化がすすみ、平安時代以降、「言」の意には、「ことのは」「ことば」が多く用いられるようになる、
とある(日本語源大辞典)。
しかし、本当に、「こと」は「事」と「言」が未分化だったのだろうか。文脈依存の、文字を持たない祖先にとって、その当事者には、「こと」と言いつつ、「言」と「事」の区別はついていたのではないか。確かに、
言霊、
で触れたように、「事」と「言」は同じ語だったというのが通説である。しかし、正確な言い方をすると、
こと、
というやまとことばに、
言、
と
事、
が、使い分けてあてはめられた、ということではないか。当然区別の意識があったから、当て嵌め別けた。ただ、
古代の文献に見える「こと」の用例には、「言」と「事」のどちらにも解釈できるものが少なくなく、それらは両義が未分化の状態のものだとみることができる、
とある(佐佐木隆『言霊とは何か』)のは、まず、
こと、
という大和言葉があったということではないのか。文脈の中で、使っている当事者には、「言」と「事」の区別が付けられていた。だから、その「こと」に、「言」と「事」の漢字を分けて、当てはめることができた。あくまで、その当てはめが、未分化だったと、後世からは見えるということにすぎない。
『大言海』は、上述のように、「こと(事)」と「こと(言)」は項を別にしていて、その由来も、
こと(言)、
は、
小音(こおと)の約にもあるか(檝(カヂ)の音、かぢのと)、
とし、
こと(事)、
は、
和訓栞、こと「事と、言と、訓同じ、相須(ま)って用をなせば也」。事は皆、言に起こる、
とする。それは、「こと(言)」と「こと(事)」が、語源を異にする、ということを意味する。古代人は、「事」と「言」を区別していたが、文字をも持たず、その文脈を共有する者にのみ、了解されていたということなのだろう。
『日本語源大辞典』も、「こと(事)」と「こと(言)」の語源を、それぞれ別に載せている。
こと(言・詞・辞)、
は、
コオト(小音)の約か(大言海・名言通)、
コトバの略(名語記・言元梯)、
コトトク(事解)の略(柴門和語類集)、
コはコエのコと同じく音声の意で、コチ、コツと活用する動詞の転形か(国語の語根とその分類=大島正健)、
コはコエ(声)のコと同語で、ク(口の原語)から出たものであろう。トは事物を意味する接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コはクチのクの転。トはオト(音)の約ト(日本語原学=与謝野寛)、
等々がある。「おと(音)」と「ね(音)」は区別されていた。
離れていてもはっきり聞こえてくる、物の響きや人の声。転じて、噂や便り。類義語ネは、意味あるように聞く心に訴えてくる声や音(岩波古語辞典)、
が、
おと、
ナク(鳴・泣)のナの転、人・鳥・虫などの、聞く心に訴える音色、
が、
ね、
で、
オトが、はっきり聞こえる物のひびきや人の声など、コエは、人の発声器官による音を言うのが原義、
とする(岩波古語辞典)。
おと、
の転訛として、
oto→koto、
があるのかどうか。
こと(事)、
は、
トは事物を意味する接尾語で、コはコ(此)の意か(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コト(言)と同義語(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源広辞典)、
コト(言)から。コト(事)は皆コト(言)から起こることから(名言通)、
コト(別)の義(言元梯)、
コト(是止)の義。ト(止)は取りたもつ業をいう(柴門和語類集)、
コレアト(是跡)の義(日本語原学=林甕臣)、
コトゴトク(尽)の略か。または、コは小、トはトドコホル意か(和句解)、
等々とあるが、「コト(言)と同義語」といっただけでは、なにも説明できていない。「こと(言)」の語源を説明して、初めて同源と説明が付く。
ぼくは、「コト(言)」は、声か口から来ていると思うが、「口」(古形はクツ)は、「食う」に通じる気がするので、やはり、声と関わるのではないか、という気がする。ところで、
ことよす、
は、口語では、他動詞サ行下一段活用の、
事寄せる、
言寄せる、
という(広辞苑)が、原義の、
事を委(ゆだ)ぬ、
加護する、
といった、他者にゆだねる意から、主体側の都合にシフトし、
かこつける、
事を行なう口実にする、
意で使うことが多い気がする。
「寄」(キ)は、
会意兼形声。奇は「大(ひと)+音符可」の会意兼形声文字で、からだが一方にかたよった足の不自由な人。平均を欠いて、片方による意を含む。踦(キ)の原字。寄は「宀(いえ)+音符奇」で、たよりとする家のほうにかたより、よりかかること(漢字源)、
会意兼形声文字です(宀+奇)。「屋根(家屋)」の象形と「両手両足を広げて立つ人の象形と口の象形と口の奥の象形」(口と口の奥の象形で「かぎがたに曲がる」の意味を持つ為、「身体を曲げて立つ人」の意味を表す)から、つりあいが保てず片方の家屋の下に身をよせる事を意味し、そこから、「よせる」を意味する「寄」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji859.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「宀」+音符「奇 /*KAJ/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%84)、
形声。宀と、音符奇(キ)とから成る。身をよせる意を表す(角川新字源)、
形声。声符は奇(き)。奇に不安定なものの意があり、寄に倚寄し、寄託する意がある。〔説文〕七下に「託するなり」とあり、〔論語、泰伯〕「以て六尺の孤を託すべく、以て百里の命を寄すべし」のように、人に寄託することをいう。寄宿・寄寓のように用い、伝言を寄語という(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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人目(ひとめ)守(も)る君がまにまに我(わ)れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ(万葉集)
の、
人目守る、
は、
人目を憚って早く出られる、
の意、
我れさへに、
は、
私までが、
で、
君がまにまに我(わ)れさへに早く起きつつ、
を、
人目を憚って朝お帰りになるあなたに付き従って、私まで早く起きだして、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まにまに、
は、
随に、
とあて、
儘(まま)に儘(まま)にの約、
とあり(大言海)、
まにまに、
の、
「に」は格助詞(デジタル大辞泉)、
で、
連体修飾句を受け、全体が連用修飾句として用いられる(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
天(あめ)へ行かば汝(な)が麻爾麻爾(マニマニ)地(つち)ならば大君いますこの照らす日月(ひつき)の下は天雲(あまくも)の向伏(むかぶ)す極(きは)み(万葉集)
と、行動の決定を他に任せて、他の意志や事態の成り行きに従うさまを表わす語として、
ままに。
思うとおりに、
の意、
苗代(なはしろ)の小水葱(こなぎ)が花を衣(きぬ)に摺(す)りなるる麻爾末仁(マニマニ)あぜかかなしけ(万葉集)、
と、ある事柄につれて他の事柄も進行しているさまを表わす語として、
為ること、成ることにしたがひて、
の意(大言海)で、
……につれて、
……とともに、
……に従って、
の意で使い、こうした他の意志に従う、物事の流れにつれて、という他力に添う意味が、後には、主体の意志に転じて、
この外に猫のよび名を、……主の随意(マニマニ)名づけ給へ(読本・南総里見八犬伝)、
と、
思いのままに、
任意に、
の意に転じていく(晤語・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
まにまに、
の、格助詞、
に、
を取った、
まにま、
は、
随、
随意、
とあて、
マ一音に、任(ままに)の意あり、任(ま)くなどと云ふ、疊みて、ママとも云ふ。下のマは、逢はずま、懲りずま、のマに同じ、
とし(大言海)、
儘(まま)に、
に同じとあり(仝上)、
形式名詞と考えられる。連体修飾語を受けて副詞的に用いられる、
とされ(学研全訳古語辞典)、
他の意志や事態の成り行きに従うさま、
を表し、
かにかくにと念ひさまたく事なくして教へ賜への末仁末(マニマ)奉侍(つかへまつれ)(続日本紀)、
天皇(おほきみ)の行幸(みゆき)のまにま我妹子(わぎもこ)が手枕(たまくら)まかず月ぞ経(へ)にける(万葉集)、
と、
……に従って、
……まま、
の意で使う(岩波古語辞典)。
まにまに、
と
まにま、
は、
奈良時代の口頭語で、「万葉集」や「続日本紀」宣命では「まにま」と「まにまに」が併用されている。用例からすると「まにま」の方が新しいが、「まにま」から「まにまに」へ転じたとする説と、「まにまに」から「まにま」へ転じたとする説とがある、
とあり(精選版日本国語大辞典)、平安時代の訓点資料で見ると、
九世紀中頃より「まにまに」から「ままに」へ移行したと推察される。但し、訓点資料では「ほしきまにまに」や「ほしきままに」の固定した形で使用されていて、「まにまに」や「ままに」の単独用法には乏しい、
ともある(仝上)。以後、
まにまに、
は減少し、一二世紀初頭には歌の中でも使用されなくなり、「ままに」にとって代わられる、
とあり、
まにまに、
は、歌での使用に限定され、散文では、
ままに、
が多用されている(仝上)とある。
大君の末支能末爾末爾(マキノマニマニ)取り持ちて仕ふる国の年の内の事かたね持ち玉桙(たまほこ)の道に出で立ち岩根踏み山越え野行き都辺(みやこへ)に参(ま)ゐし我が背を(万葉集)、
と、
任(まき・まけ)のまにまに、
は、
まけのまくまく、
ともいい、
任命のままに、
任命にしたがって、
の意、
こととはばありのまにまに都鳥都のことを我に聞かせよ(後拾遺和歌集)、
の、
有(あ)りのまにまに、
は、
ありのまま(有儘)、
の意、
伊弉諾尊、悪(にく)むて曰(のたま)はく、可以任情(ココロノマニマニ)行(い)ねとのたまふて乃(すなは)ち逐(ヤラひや)りき(日本書紀)、
の、
心のまにまに、
は、
こころ(心)のまま、
の意、
我が背子が往乃万々(ゆきノまにまに)追はむとは千(ち)たび思へどたわや女(め)の我が身にしあれば(万葉集)、
の、
行(ゆき)のまにまに、
は、
進むにまかせて、
また、
進み行くにつれて、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
「随」(漢音スイ、呉音ズイ)の異体字は、
隨(旧字体/繁体字)
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%8F)、字源は、
「隨」の略体、
とする(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%8F)。
「隨」(漢音スイ、呉音ズイ)の異体字は、
随(新字体/簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%A8)。字源は、
会意兼形声。隋・墮(堕 おちる)の原字は、「阜(土盛り)+左二つ(ぎざぎざ、参差(さんしん)の意)」の会意文字で、盛り土が、がさがさと崩れ落ちることを示す。隨は「辶(すすむ)+音符隋」で、惰性にまかせて壁土が落ちて止まらないように、時勢や先行者の行くのにまかせて進むこと。もと、上から下へおちるの意を含む(漢字源)、
会意兼形声文字です(辶(辵)+隋)。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「段のついた土山の象形と左手の象形と工具の象形と切った肉の象形」(「細かく割いてしなやかになった肉、くずれおちる」の意味)から、緊張がくずれたまま行く事を意味し、そこから、「言いなりになる」、「従う」を意味する「随」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1695.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
形声。「辵」+音符「隋 /*LOI/」。「したがう」を意味する漢語{隨 /*sloi/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%A8)、
形声。意符辵と、音符隋(スイ)とから成る。「したがう」意を表す(角川新字源)
形声。旧字は隨に作り、隋(ずい)声、隋は祭の余肉。〔説文〕二下に「從ふなり」とし、墮(堕)(だ)の省声とする。墮は祭肉を埋めて地を祀る下祭の儀礼。神の在る所に従って祀る意。随時随所、神の在るところに従って祀るので、随従の意となる。わが国では「随神」を「神(かん)ながら」とよむ(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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花ぐはし葦垣(あしかき)越(こ)しにただ一目相見(あひみ)し児ゆゑ千(ち)たび嘆きつ(万葉集)
の、
花ぐはし、
は、
花の霊妙な、
の意で、
葦垣の枕詞、
とし、
葦垣越しにたった一目見た、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)
花ぐはし、
は、
花細し、
とあて、
花が美しいのでの意で、冒頭の歌や、
波那具波辞(ハナグハシ)桜の愛(め)で如此(こと)愛(め)でば早(はや)くは愛(め)でず我が愛づる子ら(日本書紀)、
と、
桜、葦(あし)、
にかかる枕詞として使われる(広辞苑・学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
くはし、
は、
賞美するなり、
とする(大言海)。ただ、上の「日本書紀」の例は、枕詞とは見ない説も多いともある(精選版日本国語大辞典)。
くはし、
は、
(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、
と、形容詞シク活用で、
細し、
美し、
麗し、
妙し、
微妙し、
精細し、
などとあて(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・大言海)、
くすはしの中略(奇(くす)し、くし。多(ふすさ)に、ふさに)(大言海)、
朝鮮語kop(美・細)と同源(岩波古語辞典)、
などともあるが、
こまやかで美しい、
すぐれて美しい、
精妙である、
うるわしい、
妙(たへ)なり、
等々の意である(仝上)。ただ、
隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)の山はあやに于羅虞波斯(ウラグハシ)あやに于羅虞波斯(ウラグハシ)(日本書紀)、
の、
うらぐはし(心麗・心細 「うら」は「こころ」の意、心にしみて美しい、こまやかで美しい)、
下(しも)つ毛野(つけ)の美可母(みかも 三毳)の山の小楢(こなら)のす麻具波思(マグハシ)子ろは誰(た)が笥(け)か持たむ(万葉集)、
の、
まぐはし(目細 目にもさやかな)、
蒜(ひる)摘みに我が行く道の迦具波斯(カグハシ)花橘は(古事記)、
見まく欲(ほ)り思ひしなへに蘰(かづら)懸け香具波之(カグハシ)君を相(あひ)見つるかも(万葉集)、
の、
かぐはし(芳・香・馨 名詞「か(香)」に、すぐれている意の形容詞「くはし」が付いてできたもの)、
等々、用法は、
単独では少なく、「うらぐはし」「まぐはし」「かぐはし」など、複合形容詞として多く用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。もともと、
未だ曾(かつ)て是の如く微妙(クハシキ)法(のり)を聞くこと得ず(日本書紀)、
忍坂(おさか)の山は走出(はしりで)のよろしき山の出立(いでたち)の妙(くはしき)山ぞ(万葉集)、
と、
くはしいも(細し妹・美し妹)、
くはしほこのちだるくに(細戈千足國)、
くはしめ(細し女・美し女・麗し女)、
等々、古くは、
ウラグハシ・マグハシなど多く複合語として使われ、朝日・夕日・山・湖・花・女など主として自然の造花物体の美しさを表現した(岩波古語辞典)、
が、次第に、
小楢(こなら)・青柳の枝などの精細な美を強調するようになり、平安時代以後は、事柄・様子など詳細であることをいうようになった、
などとあり、その意が転じて、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
委、子細、クハシ、
委、細・曲・精・熟、クハシ、學ニクハシ、藝ニクハシ、
色葉字類抄(1177〜81)に、
委曲・委細・細砕、クハシ、
などとあるように、
委し、
詳し、
細し、
精し、
等々とあて、
神祇を祭祀りたまふと雖も、微細(クハシク)は未だ其の源根(もと)を探(さく)りたまはずして(日本書紀)、
と、
細かい点にまでゆきわたっているさま、
詳細である、
つまびらかである、
つぶさである、
落ちがない、
の意や、後に、類聚名義抄に、
學ニクハシ、藝ニクハシ、
とあるように、
しかれども我若年にして人情に精(クハシ)からず(談義本「風流志道軒伝(1763)」)、
と、
細部まで十分に知っているさまである、
精通しているさまである、
意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。上代には、
「詳細」「委細」、
の意を表わす語として、
つばら、
つぶさ、
などが使われていたが、平安時代以降、
つばひらか(鎌倉時代以降は「つまびらか」になる)、
などとともに、漢文訓読の世界で用いられるようになり、和文ではもっぱら、
くはし、
を使うようになった(仝上)とある。類義語の、
こまか、
は、
事物の微細な、あるいは濃密なさまを具体的にとらえていう語で、ときに情愛や配慮といった心理に裏打ちされて使うのに対して、
くはし、
は、理解や判断にあたってくまなく十全な材料を得ている、あるいはそれを提示しているという状態を表わす、
との違いがある(仝上)。
くはし、
を、複合形容詞として用いる例としては、冒頭の歌の、
花ぐはし、
のほか、たとえば、前に挙げた、
下つ毛野三毳(美可母 みかも)の山の小楢のす麻具波思(マグハシ)子ろは誰(た)が笥(け)か持たむ(万葉集)、
の、
まぐはし(目細し)、
は、
見て美しい、麗しい、
意(精選版日本国語大辞典)、
遠遠(とほとほ)し高志(こし)の国に賢(さか)し女(め)を有りと聞かして久波志売(クハシメ)を有りと聞こして(古事記)、
の、
くはしめ(美女)、
は、
くわしいも、
ともいい、
美しい女性、美女、
の意(仝上)、
名くはしき印南(いなみ)の海の沖つ波千重に隠(かく)りぬ大和島根(やまとしまね)は(万葉集)、
の、
なぐはし(名細し)、
は、
名高い、名が立派である、
の意(デジタル大辞泉)、
隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)の山はあやに于羅虞波斯(ウラグハシ)あやに于羅虞波斯(ウラグハシ)(日本書紀)、
の、
うらぐはし(心細し・心麗し)、
は、「うら」は「こころ」の意で、
心に染みて趣が感じられるさま、えもいえず美しい、こまやかで美しい、
意で使う(仝上・精選版日本国語大辞典)。
「細」(漢音サイ、呉音セイ)は、「ささらえをとこ」で触れたように、
会意兼形声。囟は、小児の頭にある小さなすきまの泉門を描いた象形文字。細は「糸(ほそい)+音符囟(シン・セイ)」で、小さくこまかく分離していること(漢字源)、
会意兼形声文字です。糸+田(囟)。「より糸」の象形(「糸」の意味)と、「乳児の脳の蓋(ふた)の骨が、まだつかない状態」の象形(「ひよめき(乳児の頭のはちの、ぴくぴく動く所)」の意味)から、ひよめきのように微か、糸のように「ほそい」を意味する「細」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji165.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%B0)、
とされ、他は、
形声。「糸」+音符「囟 /*TSIŊ/」。「ほそい」を意味する漢語{細 /*sˤe-s/}を表す字(仝上)、
形声。糸と、音符囟(シン、シ→サイ)(田は誤り変わった形)とから成る。ほそい糸、ひいて「ほそい」「こまかい」意を表す(角川新字源)、
形声。正字は囟(し)に従い、囟声。のち略して田となった。〔説文〕十三上に「𢼸(び)なり」(段注本)と訓し、囟声とする。囟は細かい網目の形。もと織り目の細かいことをいう字であったが、のち細微・微賤の意となる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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人間(ひとま)守(も)り葦垣(あしがき)越(ご)しに我妹子(わぎもこ)を相見しからに言(こと)そ左太(サダ)多き(万葉集)、
の、
さだ、
は、副詞、
はなはだ、
の意とあり、
(ちらっと見ただけなのに)世間の噂がむやみやたらとうるさい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
さだ、
は、
サダカ・サダムの語根サダの副詞的用法か(岩波古語辞典)、
「さね」と語源を同じくする語か(精選版日本国語大辞典)、
「定む」の語幹か(広辞苑)、
くさぐさといひ定むる人言ぞ多きという也(https://www.c-able.ne.jp/~y_mura/manyou/man011.html)、
などとあり、
定、
とあてる(広辞苑)とするものもある。
たしかに、実に、
の意(デジタル大辞泉・岩波古語辞典)だが、一説に、名詞として、
人の評判、批評、
の意(精選版日本国語大辞典)とあり、
さだ多き、
を、
あれこれと多い、
と訳すもの(https://www.c-able.ne.jp/~y_mura/manyou/man011.html)、
さだめて多い、
と訳すもの(https://yamatokotoba-gakkai.org/)もあり、冒頭の訳の
むやみやたらとうるさい、
は、かなりの意訳ということになる。
さだ、
には、
さだか・さだむの語根さだ、
と、
さねと同源、
と二説ある。
さだか、
については、
カは副詞を形作る接尾語(静かに、清(さや)かに)、和訓栞さだか「日本紀に、定を訓めり。不貞を、さだかならず、と訓み、不欺を、さだかなる、と訓み、菅家萬葉に、眞を訓み、白氏文集に、安定、二字を訓めり」(大言海)、
事実として世間的に動かずべくもないし状態。類義語タシカは密である、しっかりしているなどのさま(岩波古語辞典)、
とあり、
冀(ねが)はくは忠直者(うつつあるひと)に見せて臣(やつかれ)の不欺(サタカナルコトヲ)明さむと欲(おもふ)(日本書紀)、
さたかに作らせたる物と聞きつれば、返さむ事いとやすし(竹取物語)、
と、
事実としてはっきりしているさま、
確かなさま、
不動であるさま、
他とくらべてあきらかなさま、
確実に、
の意である(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)。
定む、
は、
め/め/む/むる/むれ/めよ、
の、他動詞マ行下二段活用で(学研全訳古語辞典)で、
天皇の後継者、帝都・陵墓の位置、罪刑、結婚の可否など神聖な公共的事項を正式に決定するのが原義、古代では、卜占によって神意をうかがい決定することであったろう。後に人が是非を分別して決定する意(岩波古語辞典)、
ゆるぎなく維持されるような状態を固定する(広辞苑)、
物事や心を一つの状態、場所に落ち着かせて動かないようにする(精選版日本国語大辞典)、
サは、差すの語根、差し囘(た)むるの義ならむ、囘(た)む(回む)(撓むの意と云ふ)(差し竝ぶ、さならぶ。押し障(さ)ふる、押ふる)、言ひ曲ぐる意なるべし(大言海)、
などとあり、
生(あれ)まさむ御子(みこ)の継(つ)ぎ継ぎ天(あめ)の下(した)知らしまさむと八百万(やほよろづ)千年(ちとせ)を兼ねて定めけむ奈良の都は(万葉集)
と、
帝都・陵墓の位置を決定する、
意、
皇太子を置き定めてし、心も安く穏(おだ)ひにあり(続日本紀)、
と、
天皇の後継者・婚姻の可否などを決定する、
意、
茲の大罪を以ては、放し還(つかは)すこと合はず。其の罪を断(サタム)(日本書紀)、
と、
罪刑を決定する、
意、
天(あめ)の下(した)治めたまひ食(を)す國を定めたまふと鶏(とり)が鳴く東(あづま)の國の御軍士(みいくさ)を召したまひて(万葉集)
と、
鎮める、平定する、
意、
秋の司召(つかさめし)に太政大臣になり給ふべきこと、うちうちに定め申し給ふ(源氏物語)、
と、
(人物や日取りを)選定する、
意、
其の兵士(ひと)は、一国毎に、四つに分ちて其の一つを点(サタメ)て、武(つはもの)の事を習は令めよ(日本書紀)、
と、
決める、決定する、
意、
しばしふねをとどめて、とかくさだむることあり(土左日記)、
と、
(物事を決定するために)議論する、評議する、
意、
みな人々よみいだして、よしあしなど定めらるるほどに、いささかなる御文を書きて、投げ給はせたり(枕草子)、
と、
是非・優劣を論評し、判定する、
意、
怪しきことの侍りつる、見給へさだめむと、いままでさぶらひつる(源氏物語)、
と、
(事実を)確かめる、
意、
風の上にありかさだめぬちりの身はゆくへも知らずなりぬべらなり(古今和歌集)、
と、多く、下に否定の表現を伴い、
安定させる、しっかり決める、一定させる、
意等々と使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
さね、
は、
打消と呼応する副詞、
で、
ちっとも、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。この、
さね、
は、もともと、
實、
核、
とあて、
真根(さね)の意(日本語源大辞典)、
サ(接頭語 真)+根(根本)、つまり「真の実の中心」が語源(日本語源広辞典)、
真根(さね)の義(故に、実(まこと)、又根本の義ともなる)。和訓栞、さね「核を訓むは、小根の義なるべし」。芽を生ずる原(もと)の意なり、(種(たね)も田根の義、稻も飯根の約)、實は、身にて、核なり、肝要を、核子、骨子と云ふ(大言海)、
サネ(小根)の義(日本釈名・東雅)、
サ(佳)は美称、ネ(根)は本の意か(菊池俗語考)、
サは先、ネは根の義か(和句解)、
サタネ(小種)の義(名言通・和訓栞)、
タネ(種)と通じる(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々の語原説があるが、和名類聚抄(931〜38年)に、
核、(さね)、桃人、一名桃奴、毛毛乃佐禰(もものさね)、
核者、子中(このなか)之骨也、佐禰、
とあり、『大言海』は、
桃人、一名桃奴、
に注記して、
人は仁(にん)なり、和訓栞、さね「人の字を訓むは、人康(さねやす)親王の如し、子仁の義に因れる也」、
とする。
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
實、マサ・マコト・ミ・サネ・フサク・ミノル・ナル・ミツ・ミツク・ヨシ
とあるように、
果実の中心にある核(かく)、
を指し(岩波古語辞典)、瓜の核を、和名類聚抄(931〜38年)に、
瓣、宇利乃佐禰
とあり、
瓜ザネ、
という(大言海)。これが転じて、
是を山田大娘皇女(おほいらつめのひめみこ)と為。更の名は、赤見の皇女といふ。文稍に異(け)なりといへども、其の実(サネ)一なり(日本書紀)、
と、
物事の中心、本質となるもの、
根本となるもの、
真実、
の意として使い(大言海)、さらに、
大垣はさねばかりこそ残りけれ方なしとてもいへはあらじな(続詞花和歌集)、
と、
人や動物の骨組。また、土壁や障子などの芯(しん)にする骨組、
等々にも使う(精選版日本国語大辞典)。この、
さね、
が、
転じて、副詞として、
さね忘らえず、
のように、
真実、
本当に、
の意で、奈良時代、下に打消しの表現を伴い、
決して、
少しも、
心から、
の意で使い、中古になると、
行きてみてあすもさね来むなかなかにをちかた人は心おくとも(源氏物語)、
と、否定を伴わず、
本当に、
必ず、
の意で使う。こうみると、
さだか、たざむ、
の、
さだ、
と、
さね、
は、意味は重なるが、由来を異にしている。ただ、
さね、
を、副詞として使うのは、中古になってからなので、やはり、定説のように、
さだむ・さだか、
の、
さだ、
と見ておいた方が無難のようである。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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早行きていつしか君を相見(あひみ)むと思ひし心今ぞなぎぬる(万葉集)
の、
今ぞなぎぬる、
を、
山野での逢引きを果たした女の心、
と注釈し、
今ようやく静まりました、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
天離(ざか)る鄙(ひな)ともしるくここだくも繁(しげ)き恋かもなぐる日もなく(万葉集)
の、
なぐる日もなく、
は、
(奈呉(なごというのに))心休まる日とてなく、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
なぐ、
は、
和ぐ、
凪ぐ、
とあて、
ぎ/ぎ/ぐ/ぐる/ぐれ/ぎよ、
の、自動詞ガ行上二段活用で(学研全訳古語辞典)、
ナゴヤカ(和)のナゴと同根(岩波古語辞典)、
柔和な物を意味するナを活用した語。ナ行音は柔軟にきこえるところから(国語溯原=大矢徹)、
ナは推し留まる義、海や人の怒りが止まる意(国語本義)、
等々の諸説があるが、意味の始原から見ると、冒頭の二例の歌のように、
心の動揺がおさまる、
心が静まる、
穏やかになる、
なぐさむ、
なごむ、
といった意から見て、
ナゴヤカ(和)のナゴと同根、
が妥当なのではないか、と思う。それをメタファにして、
海つ道(ぢ)のなぎなむ時も渡らなむかくたつ波に船出すべしや(万葉集)、
と、
風がやみ海面が静かになる、
波風がおさまる、
波が穏やかになる、
意で使い(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、この場合、
凪ぐ、
とあてるが、さらに、
雲もなくなぎたる朝の我なれやいとはれてのみ世をばへぬらん(古今和歌集)、
と、
空がよく晴れる、
晴れて穏やかになる、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。平安時代以降は、
なぐ、
は、
身のうみの思ひなぐ間は今宵かなうらに立つ浪うち忘れつつ(平中物語)、
と、
が/ぎ/ぐ/ぐ/げ/げ、
の、自動詞ガ四段活用、
となり、
穏やかになる、
静まる、
意で使うようになる(仝上)。
凪ぐ、
の名詞化と思われる、
凪(なぎ)、
は、
和、
とも当てるが、
ナゴムルの義(類聚名物考)、
ナゴヤカ(和)のナゴと同根(岩波古語辞典)、
波風の止む意で、無(なき)の義(名言通)、
ナグ(薙)の連用形名詞(時代別国語大辞典−上代編)、
とあり、
凪ぐ→凪(なぎ)、
とは見られておらず、
上二段活用動詞「な(和)ぐ」の連用形名詞化したものであるならば、「なぎ」の「ぎ」は上代、乙類音でなければならないが、「朝なぎ」「夕なぎ」の「ぎ」を甲類音を表す字で記しているので、四段活用動詞の連用形の名詞化したものと想定する必要がある。それで、水面がなぎ倒されたように平らになることを意味する「な(薙)ぐ」の連用形の名詞化とする説がある、
とあり(日本語源大辞典)、
難波の宮は鯨魚(いさな)取り海片付(かたづ)きて玉拾ふ浜辺(はまへ)を清み朝羽振(あさはふ)る波の音騒(さわ)き夕なぎに楫の音聞こゆ(万葉集)、
の、
夕なぎ、
に、
夕薙(ゆふなぎ)、
と表記する例がある(仝上)としている。
薙ぐ、
は、
が/ぎ/ぐ/ぐ/げ/げ、
の、他動詞ガ行四段活用で、
王(みこ)の傍(かたはら)の草をなぎはらふ(日本書紀)、
と、
横に払って切る、
意で、その語源は、
ナミキ(並木)の義(名言通)、
ナミキル(靡切)の義(言元梯)、
などがあるが、大言海の、
投ぐに通づるか、
が面白い。
流れる、
で触れたように、
流る、
は、
ナガシ(長)、ナゲ(投)と同根。ナガは主に平面上を、線条的に伸びていくさま、
とあり(岩波古語辞典)、
ナぐ(投)、
は、
ナガ(長)を活用させた語。ナガル(流)と同根、
とある(仝上)。つまり、
なぐ(投)は、
長の活用、
に繋がり、
流る、
が
平面上を、線条的に伸びていくさま、
を示しているのと同様、
線条的に流れる、
動作を示していて、
投ぐ、
薙ぐ、
流る、
は、すべて、
長いさま、
を示していることになる。ここから考えられるのは、
凪、
は、波風がしずまる、
和ぐ、
ではなく、波風を、
薙ぎ払う、
方に意味がある、ということになる。なお、
ながる(流る)、
は、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、自動詞ラ行下二段活用、
なぐ(投ぐ)、
は、
げ/げ/ぐ/ぐる/ぐれ/げよ、
の、他動詞ガ行下二段活用、
である(記学研全訳古語辞典)。
なぐ(和)、
の用例には、
うつせみの人なる我れや何すとか一日(ひとひ)一夜(ひとよ)も離(さか)り居て嘆き恋ふらむここ思へば胸こそ痛きそこ故に情奈具(こころナグ)やと(万葉集)、
の、
心和(こころな)ぐ、
は、
心がやわらぐ、
心が慰む、
意、
ほととぎす来鳴く五月(さつき)のあやめぐさ蓬(よもぎ)かづらき酒(さか)みづき安蘇比奈具礼(アソビナグレ)ど(万葉集)、
の、
遊び和(あそびな)ぐ
は、
遊んで気晴らしをする、
遊楽をして心を慰める、
意、
明けくれば出で立ち向ひ夕さればふり放(さ)け見つつ思ひ延(の)べ見奈疑(みナギ)し山に(万葉集)、
の、
見和(みな)ぐ、
は、
見て心が慰められる、
見て心がなごやかになる、
意である。ちなみに、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
和、ヤハラグ・アマナフ・アヘモノ・カタル・ネヤス・ニコシ・ヤハシヌ・ヤハラカナリ・ヤハラカニ・シタガフ・カクル・トトノフ・カゾフ・ワカス・マジフ、
とある。
「和」(漢音カ、呉音ワ、唐音オ)の異体字は、
秩i古字)、惒、訸、龢(原字)、𥤉、𥤖、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%92%8C)。字源は、
会意兼形声。禾は粟の穂のまるくしなやかに垂れたさまを描いた象形文字。窩(カ 丸い穴)とも縁が近く、かどがたたない意を含む。和は「口+音符禾(カ)」、
とあり(漢字源)、別に、
会意。禾(か)+口。禾は軍門の象。口はᗨ(さい)、盟誓など、載書といわれる文書を収める器。軍門の前で盟約し、講和を行う意。和平を原義とする字である。〔説文〕二上に「相ひ應(こた)ふるなり」(段注本)と相和する意とするが、その義の字は龢(わ)、龠(やく 吹管)に従って、音の和することをいう。〔周礼、夏官、大司馬〕「旌を以て左右和(くわ 禾)の門と爲す」の〔鄭注〕に「軍門を和と曰ふ。今、之れを壘門(るいもん)と謂ふ。兩旌を立てて以て之れを爲す」とあって、のち旌を立てたが、もとは禾形の大きな標木を立てた。のち華表といわれるものの原形をなすもので、華表はのち聖所の門に用いられる。金文の図象に、左右に両禾相背く形のものがある。〔戦国策、魏三〕「乃ち西和門を開きて、〜使を魏にず」、〔斉一〕「交和(かうくわ)して舍す」のようにいう。のち桓(かん)の字を用い、〔漢書、酷吏、尹賞伝〕「寺門の桓東に瘞(うづ)む」の〔注〕に引く「如淳説」に、その制を説いて、「舊亭傳(駅)は四角の面百歩に、土を四方に築き、上に屋有り。屋上に柱の出づる有り。高さ丈餘。大板(版)有り、柱を貫きて四出す。名づけて桓表(くわんへう)と曰ふ。縣の治する所、兩邊を夾(はさ)みて各一桓あり。陳・宋の俗言に、桓の聲は和(くわ)の如し。今猶ほ之れを和表(くわへう)と謂ふ」とみえ、両禾軍門の遺制を伝えるものであろう。調和の意は、龢字の義であるが、いま和字をその義に用いる(字通)、
と、会意文字とするものもあるが、
会意文字とする説があるが、これは誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%92%8C)、他は、
形声。「口」+音符「禾 /*KOJ/」、「龢」の偏を入れ替えた異体字。「調和する」を意味する漢語{和 /*gooj/}を表す字(仝上)、
形声。口と、音符禾(クワ)とから成る。人の声に合わせ応じる、ひいて、心を合わせて「やわらぐ」意を表す(角川新字源)
形声文字です。「口」の象形と「穂先が茎の先端に垂れかかる」象形(「稲」の意味だが、ここでは、「會(か)に通じ、「会う」の意味」から、人の声と声が調和する「なごむ」を意味する「和」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji45.html)、
と、形声文字としている。
「凪」(なぎ)は、
会意文字。風の略形と止とを合わせたもので、日本製の漢字、
とあり(漢字源)、他も、
会意。風の略体「⺇」と「止」で構成される。日本で作られた漢字。国字。(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%87%AA)
会意文字です(⺇(風)+止)。「風にはらむ帆」の象形(「風」の意味)と「立ち止まる足」の象形(「止まる」の意味)から、「なぐ。また、なぎ(風や波が止む事)」を意味する「凪」という漢字が成り立ちました。「凪」は国字(日本で作られた漢字)です(https://okjiten.jp/kanji2304.html)、
会意。𠘨(風の省略形)と、止(やむ)とから成り、風がやむ意を表す(角川新字源)、
国字。風の省形+止。海面に波たたず、おだやかな状態にあることをいう。朝凪・夕凪のように用いる。「和(な)ぐ」の名詞形。〔万葉〕には「夕薙」のようにしるしており、凪という字は〔文明本節用集〕などに至ってみえる。凩(こがらし)・凧(たこ)なども、みな同じ造字法で、風の省文に従う。卜文では風はもと鵬の飛ぶ形に作り、音符として凡(はん)を加え、それがのち風の字となった(字通)、
と、国字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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面形(おもかた)の忘るとあらばあづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居らむ(万葉集)
の、
面形(おもかた)の忘るとあらば、
は、
お前の顔立ちを少しでも忘れる時があったら、
の意、
と、
は、
短い時間、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
面形(おもかた)、
は、
顔の形、
顔つき、
おもざし、
の意とある(広辞苑)。
面形、
は、
おもてがた、
と訓ませれば、
顔につけるかぶり物で、人や神、動物などの顔にかたどって作ったもの、
面(めん)、
おもて、
の意で、
めんがた、
とも訓ませる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
あづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居らむ、
は、
こんなにもふがいなく、男子たるものが、恋いこがれてばかりいることがあろうか、
と、訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
男じもの、
あづきなし、
については別に触れた。
と、
は、
「と(外)」と同源か、「……とに」の形で用いる(広辞苑)、
@時間を表わす形式名詞としての用法に限られ、語源的には、場所を表わす「と(所)」との関連が考えられる。A打消の助動詞「ぬ」に接続して「…しない前に」の意の用法が多いことから内に対する「と(外)」との関連を考える説もある(精選版日本国語大辞典)、
語源を「外(と)」あるいは「処(と)」に関係づける説などがあるが、未詳(デジタル大辞泉)、
多く「…とに」の形で(学研全訳古語辞典)、
と諸説あるが、岩波古語辞典は、
と、
を、
外、
とあて、
「内(うち)」「奧(おく)」の対。自分を中心にして、ここまでがウチだとして区切った線の向こう。自分に疎遠な場所だという気持ちが強く働く所。時間に転用されて、多くは未だときの至らない以前を指す。類義語ホカは、はずれの所、ヨソは、無縁・無関係の所、
としているので、
と(所)、
の意味と重ならなくはないが、ただの、
場所、
の意では、ここでの、
と、
の意味とつながらないのではないか。空間的には、
外側、
の意だが、時間的には、当該時間の、
前、
あいだ、
の含意で、用法としては、
我が背子を莫越(なこし)の山の呼子鳥(よぶこどり)君呼び返せ夜のふけぬとに(万葉集)、
と、打消しの助動詞「ぬ」を受けて、「とに」の形で、
(……しない)さき、まえ、
の意で、この、
……しない先に、
の意が、
……しない場合に、
の意にも解されるところから用法が広まって(岩波古語辞典)、
ししくしろ熟睡(うまい)寝ん閨iと)に庭つ鳥鶏(かけ)は鳴くなり野鳥(ぬつとり)、雉(ききし)はとよむ(日本書紀)、
と、
……する時、
あいだ、
の意でも使う(仝上・精選版日本国語大辞典・広辞苑)。なお、
戸、
門、
所、
処、
等々と当てる、
と、
については、
と、
で触れたことだが、
門、
戸、
と当てる「と」は、
ノミト(喉)・セト(瀬戸)・ミナト(港)のトに同じ。両側から迫っている狭い通路。また入口を狭くし、ふさいで内と外を隔てるもの、
とあり(岩波古語辞典)、
所、
処、
とあてる、
と、
は、
場所、
ところ、
の意で、
隠処(こもりど→こもりづ)、
のように複合語に使われるが、
寝屋処(ねやど)、
ではなく、
寝屋戸(ねやど)、
と使われたりするので、「戸」と「処」は交換可能のようである。大言海の「と(戸)」の項で、
處の義と云ふ、
とある。さらに
と(戸)、
は、
止むる、又閉づる義。釈名「戸、所以謹護閉塞也」、左傳…注「戸、止也」
とあり、
と(戸)、
は、
「止める」の「と」の可能性がある。日本語源広辞典は、
トは「両側から迫って狭いゐる口」が語源です。戸、門、港のトは同源、
としている。
「外」(漢音ガイ、呉音ゲ、唐音ウイ)は、「外心」で触れたように、
会意兼形声。月(ゲツ)は、缺(ケツ 欠ける)の意を含む。外は「卜(うらなう)+音符月」で、月のかけ方を見て占うことを示す。月がかけて残った部分、つまり外側の部分のこと。亀卜(きぼく)に用いた骨の外側だという解説もあるが、従えない。また、丸く抉ってかく、そのかけ残りの意を含む、
とある(漢字源)。他は、解釈は異にするが、
会意。夕(ゆうべ)と、卜(ぼく)(うらない)とから成る。通常は昼間に行ううらないを夜にすることから、「そと」「ほか」「よそ」、また、「はずれる」意を表す(角川新字源)、
会意。夕+卜(ぼく)。夕は肉を削りとる意。〔説文〕七上に「きなり。卜は平旦(朝あけ)を尚(たつと)ぶ。今、夕にして事を卜するは外なり」とあり、夕に卜するを法外の意とする。〔周礼、考工記、梓人〕に「外骨」「内骨」の語があり、外骨は亀、内骨は鼈(べつ)の属。亀は外骨内肉、その腹甲を卜版に用いた。夕はまた月の形にしるし、卜辞に「其れ父丁に三冖+羊を月(ころ)さんか」とは、その犠牲の肉を削ることをいう。殷王の外丙・外壬を卜文に卜丙・卜壬に作り、外は卜事に関する字である(字通)、
と、会意文字とするもの、
原字「卜」は縦棒の外側に印を加えた指事文字で、のち音符「夕 /*ŊWAT/」を加えて「外」の字体となる[字源
1]。「そと」を意味する漢語{外 /*ŋwˤat-s/}を表す字。甲骨文字では{卜}と{外}はどちらも「卜」と書かれたが、{卜}は亀甲の内側に、{外}は外側に向けて横棒が伸びているという点で区別された(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96)、
形声文字です(夕(月)+卜)。「月の変形」(「刖(ゲツ)に通じ、「かいて取る」の意味」と「占いの為に亀の甲羅や牛の骨を焼いて得られた割れ目の象形」から、占いの為に亀の甲羅の中の肉をかいて取る様子を表し、そこから、「はずす」を意味する「外」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji235.html)、
と、指事文字とするものに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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面形(おもかた)の忘るとあらばあづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居らむ(万葉集)
の、
あづきなく男(をとこ)じものや、
は、
こんなにもふがいなく、男たるものが、
と訳し、
あづきなし、
は、
ふがいない、
としている(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
あづきなし、
は、上代語で、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、平安時代以降、
あぢきなし、
に転訛する(学研全訳古語辞典)。
あぢきなし、
も、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
あじけない、
で触れたように、
あじけない、
は、
味気ない、
と当て(「味気」は当て字)、今日は、
味気ない世の中、
味気ない仕事、
というように、
面白くない、
つまらない、
という意味で使うが、「あじけない」は、もともと、
あぢきない、
あぢきなし、
と表記し、
あぢきなし、
は、
アヅキナシの転。漢文の「無道」「無状」の訓にあてられ、秩序にはずれてひどい状態が原義。他人の行為を規範にはずれていると批判したり、相手に道理を説いてたしなめたりする意。間投詞的にも使う。また、自分自身の行動や心の動きが常軌を逸しているのに自分で規制できないことを自嘲したり、男女関係の不調について失望・絶望の気持ちを表す(岩波古語辞典)、
「ああつきなし」の変化したものともいわれる。「つきなし」は似合わしくない意(精選版日本国語大辞典)、
とある。
人の行為が倫理を逸脱して、どうにもならないほどひどい、無礼である(日本書紀「素戔嗚尊の為行(ふるまひ)甚だ無状(あぢきな)し」)
↓
おろかしくひどい、しかしどうにもならない(三宝絵「碁はこれ日を送る戯なれど勝ち負けのいとなみの無端(あぢきな)し」)
↓
(間投詞的に)なんとおっしゃる、いけません、とんでもない(「源氏物語あぢけなし。(姫君を)見奉らざらんことは胸痛かりぬべけれど、つひにこの御ため、よかるべからざらんことをこそ思はめ」)、
↓
自分あるいは相手の対手の行為が常識に外れているので、苦々しい、なさけない(一条摂政集「あぢけなや戀てふ山は茂くとも人の入るにや我がまどふべき」)、
↓
(運命的なものとして)苦しいがどうにもできない、仕方がない(かげろふ日記「すべて世にふることかひなくて゜あぢけなきここち、いとする頃なり」)
↓
(漢文訓読の用法から副詞的に)思いがけず、わけもなく(源氏物語「あぢけなく見奉るわが顔にも移りくるやうに愛敬はにほひ散りて」)、
といった意味の転換がある(岩波古語辞典)。価値表現の中に、次第に対象から自分の感情表現に転じていくさまが見て取れる。
味気ない、
と当てたときは、
やるせない
↓
なさけない
↓
面白くない
と、ほぼ感情表現が、相手との関係への感情から、自身の感情へと転じているように思える(広辞苑)。今日は、「おもしろくない」意でしか使わない。
「あずき」について触れた、
豆、
で引いたように、万葉集には、冒頭の、
面形(おもかた)の忘るとあらばあづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居らむ、
の他、
小豆無し何の狂言(たはこと)今さらに童言(わらはごと)する老人(おいひと)にして、
中々に黙(もだ)もあらましを小豆無く相見そめても我(あ)れは戀ふるか、
等々と、「あづきなし」に「小豆」を当てている。しかし、
日本書紀の「無道」「無状」にあてた古訓や古辞書の訓みは「あぢきなし」で、平安時代以降は「あぢきなし」に一本化した。現代語の「あじけない」は、この語がさらに転じたもの、
とある(日本語源大辞典)。つまり、
あづきなし→あぢきなし→あじけなし(い)、
と転訛したものということになる。大言海が、「あぢきなし」に、
無状、
と当てているのは、ある意味原則にのっとっている。
その大言海は、「あぢきなし」について、
アは、発語、あ附(づき)なしの義(あ清(さやか)、あ遍(まね)し、あ諄(くど)し)。橘守部の湖月抄別記、あぢきなう、アヂキナク「阿は、歎息の発語、都岐(つき)は、ヲリツキナシなどの都岐にて、只、ツキナシとも云ふ」。をりつきなし、即ち遠慮なしの意となる、
とする。
をりつきなし、
は、岩波古語辞典、大言海に載らないので、たしかめようがないが、「遠慮なし」の意味では、岩波古語辞典の言う、「無状」に宛てた当初の意味とは、ずれるのではあるまいか。日本語源広辞典は、
あぢきなし、
を、
ああ+つきなし(似つかわしくない)、
と、
自分で自分が嫌になる、転じて、相手が無道で手に負えない、仕方がない意になる、
とし、同趣旨で、
「ああつきなし」の変化したものともいわれる。「つきなし」は似合わしくない意(精選版日本国語大辞典)、
としているが、これだと、主体の感情表現から、相手の価値表現へと転じたことになり、岩波古語辞典の主張とは真逆になる。となると、当初、「あづきなし(小豆無し)」は、
自分の感情表現、
の、
情けない、
であった言葉が、
無状、無道、
に当てることで、
無礼である、
遠慮がない、
という、相手に対する価値表現に広がったことになる。つまり、
小豆無し、
を、
あづきなし、
と当てた言葉は万葉集にあった意味は、日本書紀が、
無道、
無状、
を、
あぢきなし、
と訓ませたとき、当初の「あづきなし」の意味ではない語意に変えたのかもしれない。
(あぢきなしと)アヅキナシとどちらが古いかは簡単に決めにくい(時代別国語大辞典−上代編)、
というのは、これを指しているのかもしれない。とすると、今日、
味気なし、
と、主体の感情表現になって、
面白くない、
なさけない、
という意味で使うのは、先祖返り、なのかもしれない。
「味」(漢音ビ、呉音ミ)は、
会意兼形声。未は、細いこずえの所を強調した象形文字で、「微妙」の微と同じく、細かい意を含む。味は「口+音符未」で、口で微細に吟味すること(漢字源)、
会意兼形声文字です(口+未)。「口」の象形と「木に若い枝が伸びた」象形(「まだ明らかでない、かすか」の意味)から、甘い・辛いなどのかすかな味を口に感じる、すなわち「あじわう」を意味する「味」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji540.html)、
と、会意兼形声文字とするものがあるが、他は、すべて、
形声。「口」+音符「未 /*MƏT/」。「あじ」を意味する漢語{味 /*məts/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%91%B3)、
形声。口と、音符未(ビ、ミ)とから成る。うまみ、「あじ」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は未(み)。未に夭若なるものの意があり、そこに滋味を生ずる。〔説文〕二上に「滋味なり」とあり、五味をいう。〔老子、六十三〕に「無味を味とす」とあり、滋味は自然のうちに存するものとされた(字通)
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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面形(おもかた)の忘るとあらばあづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居らむ(万葉集)
の、
面形(おもかた)の忘るとあらば、
は、
お前の顔立ちを少しでも忘れる時があったら、
の意、
と、
は、
短い時間、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
男(をとこ)じものや、
の、
じもの、
は、
……でないかのように、
の意とし、
あづきなく男(をとこ)じものや、
を、
こんなふがいなく、男たるものが、恋いこがれてばかりいることがあろうか、
と訳す(仝上)。しかし、
じもの、
は、
自物、
とあてて(大言海)、
形容詞語尾「じ」+名詞「もの」から(デジタル大辞泉)、
「じ」は形容詞語尾の「し」と同源(広辞苑)、
ジはシク活用形容詞の語尾シと同根。……のような感じがする、……らしい恰好である、意。モノは物、複合して副詞を作る(岩波古語辞典)、
形容詞語尾「じ」に形式名詞「もの」が付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
此の語のジは、シ・シク・シキと云ふ形容詞の活用の、濁るものにて、多くは、名詞を、形容詞に作る時のものなり、接尾語にはあらねど、衆語に通じて解かんが為に、姑(しばら)く此くのごとし。の如く。らしく。めきて。此語の属(つ)きたる語を、枕詞とする説あれど、下に動詞を修飾する副詞なり。「同じ、同じき、同じく」、「時じき、時じく」「常(とこ)じく」「我(われ)じく」「家じく」など云ふ、其の終止形を、直ちに名詞にせしむる一格あるは、「同じ事」「同(おや)じ枕」「細(くは)し戈」「空し車」「悪し状(さま)」「長長し夜」の如し、「鴨じ物」「犬じ物」、即ち、是れにて、但し、ジキ・ジクの活用は、物に表れずしてあるなり、然して、ジモノとなりて結合する時は、其の語を副詞の如くに形造る、転じては意味なく用いられたる、あり(その例に冒頭の歌を挙げている)(大言海)、
を、その由来とし、その意味は、
名詞に付いて、…のようなもの(として)、…であるもの(として)などの意を表す。連用修飾句として用いられることが多い(デジタル大辞泉)、
名詞の下に添えて、……のようなもの(として)、……であるもの(として)の意を表す、多く副詞的に用いる(広辞苑)、
「らし」「めき」など、……らしい、……の様子だと訳される接尾語には、共通して二つの意味を持つ。一つは、別のものなのに、あたかもそれらしい感じ、様子だという意味。二つは、事物が本当にそれらしい感じ、様子をしているという意味。「じもの」にもその二つの場合がある(岩波古語辞典)、
名詞に付いて、…のようなもの、…であるも(として)の意で、比喩的にいう。連用修飾句を作ることが多い(精選版日本国語大辞典)、
とされる。その用例は、上述のように、第一は、
(本来それとは違うものであるが、あたかも)……のよう(な恰好)で、
の意で(岩波古語辞典)、
世の中はかくのみならし伊奴時母能(イヌジモノ)道に伏してや命すぎなむ(万葉集)、
と、
犬じもの、
は、副詞的に用い、
犬のように。犬のごとく、
の意、一説に、
「道に伏す」にかかる枕詞とする(精選版日本国語大辞典)。
秋萩の妻どふ鹿(か)こそ独り子(ひとりご)に子持てりといへ鹿児自物(かこジもの)我(あ)が独り子の草枕旅にし行(ゆ)けば(万葉集)、
の、
鹿児(かこ・かご)自物(じもの)、
は、
鹿の子のよう(に)、
の意。鹿の子が生まれるのは一度に一頭であるところから、下に、「ひとり」「ひとり子」などを伴う修飾語として用いられる(仝上・デジタル大辞泉)。
たわや女(め)の惑(まど)ひによりて馬自物(うまジもの)綱(つな)取り付け鹿(しし)じもの弓矢囲(かく)みて大君の命(みこと)畏(かしこ)み天離(あまさかる)夷辺(ひなへ)に罷(まか)る(万葉集)、
の、
うまじもの(馬自物)、
は、
馬のよう(に)、
の意、
鹿(しし)じもの、
は、
猪(しし)じもの、
でもあり、
猪または鹿のよう(に)、
の意、ただ、
青丹よし奈良の峡(はさま)に斯斯(鹿)弐暮能(シシジモノ)水漬(みづ)く辺(ヘ)隠(ごもり)(日本書紀)、
使はしし御門(みかど)の人も白栲(しろたへ)の麻衣(あさごろも)着て埴安(はにやす)の御門の原にあかねさす日のことごと鹿自物(ししジも)のい這ひ伏しつつ(万葉集)、
と、(上述の『大言海』が否定した)枕詞として、「水漬(みづ)く」「辺ごもり」「い這ひ」「膝折り伏せ」などにかかるとする説もある(仝上)。
ひさかたの天(あま)伝ひ来る雪仕物(ゆきジもの)行き通(かよ)ひつついや常世(とこよ)まで(万葉集)、
と、
雪のようなもの、
の意で、副詞的に用いられて、雪のように、の意を表わす(仝上)。
じもの、
の用例の第二は、
(本当にそのものらしい)恰好で、
の意で、
脇ばさむ子の泣くごとに男(をとこ)じもの負いみ抱(むだ)きみ朝鳥の哭(ね)のみ泣きつつ恋ふれども(万葉集)
を、
男だというのに、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
御命(おほみこと)を畏(かしこ)じもの受け賜りて(続日本紀)、
と、
(本当にそれらしい)の気持ちがして、
の意となる(岩波古語辞典)。
「自」(漢音シ、呉音ジ)の異体字 は、
𩐍(同字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA)、字源は、
象形。人の鼻を描いたもの。「私が」というとき、鼻を指すので、自分の意に転用された。また出生のさい、鼻を先にしてうまれ出るし、鼻は人体の最先端にあるので、「……から起こる、……から始まる」という起点をあらわすことばとなった(漢字源)、
象形。鼻の形にかたどり、はなの意を表す。自分の鼻を指さして自分を示すことから、「みずから」の意に、借りて、助字に用いる。「はな」には、のちに鼻の字ができた(角川新字源)、
と解するが、
自分を指すのに鼻を指したことから「みずから」の意味に使われるという説があるが、これは根拠のない憶測に基づく民間俗説である。実際には音韻的類似による仮借にすぎない。ただ{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}は音韻的に離れているので、単純な仮借とは言いがたく、以下のような説がある。
「自」は、元々DZI音域で「はな」を意味する漢語{鼻}を表していたが、後に仮借して「みずから」を意味する漢語{自/*dzik-s/}を表すようになった。
一方で、「はな」を意味する漢語はDZI音域からP系統の音/*bi(k)-s/に変化した。つまり、「自」には{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}の2つの語があったが(一形多用)、その後{鼻}は音符「畀
/*PI(K)/」を付加して「鼻」字に分化したと考えられる。
「自」の上古音を*s.b-のような複合子音を用いて/*s.[b]i[t]-s/と再構し、*s.[b] i[t]-s
> *zbit-s > *bzit-s > *dzit-sと音が変化したことで、{鼻/*m-bi[t]-s/}と{自/*s.[b]i[t]-s/}を諧声可能とした、
と否定されており(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA)、
象形。人の鼻を象る。「はな」を意味する漢語{鼻/*bi(k)-s/}を表す字。のち仮借して「みずから」を意味する漢語{自
/*dzik-s/}に用いる(仝上)、
象形文字です。「鼻(はな)」の象形から転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「自己・己(おのれ)」を意味する「自」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji247.html)、
とある。
「物」(漢音ブツ、呉音モツ・モチ)は、
会意兼形声。勿(ブツ・モチ)とは、いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また水中に沈めて隠すさまともいう。はっきりと見わけられない意を含む。物は「牛+音符勿」で、色合いが定かでない牛。一定の特色がない意から、いろいろなものを表す意となる。牛は、ものの代表として選んだに過ぎない(漢字源)、
会意兼形声文字です(牜(牛)+勿)。「角のある牛」の象形と「弓の両端にはる糸をはじく」象形(「悪い物を払い清める」の意味)から、清められたいけにえの牛を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「もの」を意味する「物」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji537.html)、
と、会意兼形声文字とする説もあるが、他は、
形声。「牛」+音符「勿 /*MƏT/」。「雑色の牛」を意味する漢語{物 /*mət/}を表す字。のち仮借して「もの」を意味する漢語{物
/*mət/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9)、
形声。牛と、音符勿(ブツ)とから成る。毛が雑色の牛の意から、転じて、さまざまのものの意を表す(角川新字源)
形声。声符は勿(ぶつ)。〔説文〕二上に「萬物なり。牛を大物と爲す。天地の數は牽牛より起る。故に牛に從ひ、勿聲」とする。牽牛の星座を首として天地が左動するというような考えかたは、戦国期以後のものである。勿を〔説文〕九下に三游(吹き流し)の象とし、物を勿声とするが、卜辞に牛と物とを対文として用いる例があり、物とは雑色の牛、その従うところは勿ではなく勹+ノ(り)(耒(すき)、犂(すき))である。物はもと物色の意に用い、〔周礼、春官、鶏人〕「其の物を辨ず」、〔春官、保章氏〕「五雲の物を以てす」は、みな色を以て区別することをいう。それで標識の意となり、〔左伝、定十年〕「叔孫氏の甲に物有り」、〔周礼、春官、司常〕「雜帛(ざつぱく)を物と爲す」、〔儀礼、郷射礼記〕「旌(はた)には各其の物を以てす」のようにいう。物を氏族標識として用いることになって、それはやがて氏族霊を象徴するものとなった。〔周礼、秋官、司隷〕「其の物を辨ず」の〔注〕に、「物とは衣服、兵器の屬なり」とあり、それらに氏族霊を示す雑帛がつけられた。さらに拡大して万物の意となる。〔詩、大雅、烝民〕「物有れば則(のり)有り」とは、存在のうちに、存在を秩序づける原理があるとの意である。また特に霊的なもの、すなわち鬼をもいう。わが国の「もの」にも、無限定な一般の意と、「物の化」という霊的な、識られざるものの意とが含まれている(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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験(しるし)なき恋をもするか夕(ゆふ)されば人の手まきて寝(ぬ)らむ子ゆゑに(万葉集)
の、
も……か、
は、
疑問的詠嘆、
とし、
私は、何とまあ甲斐もない恋をすることか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。別に、
をもするかは、独りごとのような嘆きの反語的表現、
として、
「こんな恋をしてしまうのか、いや、してしまっているのだなあ…」という自責と諦念が混じる、
との解釈もある(Copilot)。
相思はずあるらむ君をあやしくも嘆きわたるか人の問ふまで(万葉集)
では、
あやしくも、
を
奇妙に、
我ながら不思議に、
とし、
も……か、
を、
詠嘆、
として、
何とまあ我ながら不思議と嘆きつづけています(人がどうしたのかと尋ねるほどに)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
も……か、
については、取り上げるものが少ないが、
山縣(やまがた)に蒔(ま)ける菘菜(あをな)も吉備人(きびひと)と共にし摘めば楽しく母(モ)ある迦(カ)(古事記)、
と、
係助詞「も」と終助詞「か」とが呼応したもの、
で、
「も」「か」ともに詠嘆を表わす、
とある(精選版日本国語大辞典)。
か、
は、
疑問詞を承ける係助詞のひとつ、
で(岩波古語辞典)、種々の語に付く(デジタル大辞泉)が、
表現者自身の判断を下すことが不能であること、疑問であることを表明するのが原義、これは「や」が、話し手の見込み、あるいは予断を表明して、相手に問うのとは根本的に相違している。「か」は本来終助詞として使われるのが基本と思われるが、文節の切れ目にならば用いることができる(岩波古語辞典)、
とあり、使い方として、
庭(には)つ鳥鶏(かけ)は鳴く心痛(うれた)くも鳴くなる鳥加(カ)この鳥も打ち止(や)めこせね(古事記)、
君がため折れるかざしは紫の雲に劣らぬ花のけしきか(源氏物語)、
と、文末において、
体言または活用語の連体形を受け、詠嘆、
を表わし、
……なあ、
の意で、古代では、文中の「も」と相応じて、
…も…か、
の形をとることが多い(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)とある。現代でも、
だれかと思ったら、君だったのか、
なかなかやるじゃないか、
と、
驚きや感動の気持ちを表す、
使い方をするが、古語と異なり、
も…か、
の形をとることは少ない(デジタル大辞泉)。ちなみに、
伊勢の海の海人(あま)の島津(しまつ)が鰒(あはび)玉取りて後(のち)毛可(モカ)恋の繁(しげ)けむ(万葉集)、
と、係助詞「も」「か」の重なった、
もか、
も、「も」は詠嘆、「か」は疑問を表わし、
…も…であろうか、
と、
(玉を手に入れてからも)なお慕わしい思いを募らせるのであろうか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。なお、
かも、
については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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心をし君に奉(まつ)ると思へればよしこのころは恋つつをあらむ(万葉集)
の、
よしこのころは、
は、
まあ、もうしばらくは、
の意、
恋つつをあらむ、
の、
を、
は、
間投助詞、
で、
意志や命令を表す句の中に用い、嘆きを強める、
として、
恋い慕うばかりで我慢しよう、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
間投助詞、
というのは、種々の語について
いかでなほ、少しひがごと見つけてをやまむ(枕草子)、
と、強調したり、
つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを(古今和歌集)、
と、感動・詠嘆を表わしたり、
瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ(百人一首)、
と、体言につき、接尾辞「み」のついた語を後接して原因・理由を表す(ミ語法 上代以前、形容詞の語幹に接尾辞「み」を伴って連用修飾語化する)、
などといったつかいかたをかする(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%82%92)とある。
を、
は、
本来感動詞であったと思われる。日本書紀には「天孫(あめみま)に献(たてまつ)れとのたまふ、高倉唯々と曰(まう)すとみて寤(さ)めぬ」とあり、熱田神宮古写本神武紀に「唯々」の右に「越々」と訓みがつけてある。「越々」は呉音で「をを」と訓む。「をを」は「を」を繰り返したもので、承知・諒承の返辞である。つまり、感動詞「を」とは物事を承認し確認する気持を相手に表明する語であった。それが、万葉集などにおいては、間投助詞として、強調の意を表し、「楽しくをあらな」(生ける者(ひと)遂(つひ)にも死ぬるものにあればこの世にある間(ま)は楽しくをあらな)のようにも使われた。こうした用法から、動作の対象の下について、それを確認するためにこの語が投入された。そこからいわゆる目的格の用法が生じたものと思われる(岩波古語辞典)、
(間投助詞「を」の)語源については「否も諾(を)も欲しきまにまに赦(ゆる)すべき皃(かたち)は見ゆや我(わ)れも寄りなむ」(万葉集)のような感動詞「を」から出たものといわれる。ただし間投助詞「を」は格助詞「を」から派生したものとする説もある(精選版日本国語大辞典)、
間投助詞→格助詞→接続助詞の順で成立したと考えられている(学研全訳古語辞典)、
などとある。ちなみに、
感動詞、
は、
感嘆詞、
間投詞、
ともいうが、たとえば、
「いづら、この近江(あふみ)の君、こなたへ」と召せば、「を」と、いとけざやかに聞こえて(源氏物語)、
と、
はい、
の意で、女性が応答や、承諾する意を表すのに用いる語のように、
感動を表わすもの(文語、あな・あはれ・すは、口語、おや・まあ)、
呼びかけを表わすもの(文語、いかに・なうなう・やよ、口語、おい・こら・もし)、
応答を表わすもの(文語、いな・いや・おう、口語、はい・うん)、
さそいかけに用いるもの(文語、いざ・いで、口語、さあ)、
など、その他、
挨拶(あいさつ)に用いる語(おはよう・しっけい)、
願望を表わす語(ばんざい・いやさか)、
命令を表わす語(きをつけ・まわれみぎ)や、かけごえ(よいしょ・それ)、
間投声(えー・あのー)、
を含めることもある(精選版日本国語大辞典)とする。
未分化ではあるが、総合的で一まとまりの内容を有するから、感動詞は一語で一文に相当する単位とみられる、
とある(日本大百科全書)。さて、
間投助詞
を、
は、文末にあって、前掲の、
つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日(きのふ)今日(けふ)とは思はざりしを(古今和歌集)、
八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣袁(ヲ)(古事記)、
さても、つれなきわざなりや。いとかう際々(きはぎは)しうとしも思はで、たゆめられたるねたさを(源氏物語)、
などと、活用語の連体形または体言を受け、詠嘆をこめて確認し、文中用法として、前掲の、
生(いける)者(ひと)遂(つひ)にも死ぬるものにあればこの世なる間(ま)は楽(たの)しく乎(ヲ)あらな(万葉集)、
と、意志・希望・命令の文中にあって連用の文節を受け、指示強調したり、
紫草(むらさき)のにほへる妹乎(ヲ)憎くあらば人妻ゆゑに我(あ)れ恋ひめやも(万葉集)、
人はいさ我はなき名のをしければ昔も今もしらずとをいはむ(古今和歌集)、
と、情意の対象を詠嘆的に指示したり、
梯立(はしたて)の倉梯(くらはし)山袁(ヲ)嶮(さが)しみと岩かきかねて我(わ)が手取らすも(古事記)、
と、「…を…み」の形で対象を提示し、
…が…なので、
の意で使ったりする(精選版日本国語大辞典)。なお、
…を…み、
の、
「み」は原因・理由を表す接尾語であるが、この「を」を格助詞とする説もある(学研全訳古語辞典)。格助詞であるとすれば、上の用法は感情的態度を表わす用法であるということになる。また、原因・理由を表わす「[名詞]を…み」の形と並んで、「を」のない「[名詞]…み」の形も奈良時代からある(精選版日本国語大辞典)。
み、
については、
言(こと)うるはしみ、
すべをなみ、
で触れたように、
接尾語
で、
采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万葉集)、
瀬をはやみ岩にせかるる谷川の割れて末にもあはんとぞ思ふ(詞花和歌集)、
若の浦に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る(万葉集)、
などと、
形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて(学研全訳古語辞典)、
形容詞の語幹に添ひて、「の故に」「さに」の意をなす(大言海)、
形容詞や形容詞型活用の助動詞の語幹に付いて、「名詞+を…み」「名詞…み」の形で )
原因・理由を表わして連用修飾語となる(精選版日本国語大辞典)、
とする、
み、
は、
(……が)……なので、
(……が)……だから、
……のゆえに、
……によって、
と、原因・理由を表す(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある(学研全訳古語辞典)。
間投助詞、
の、
を、
は、
鎌倉時代以後、間投助詞の用法は文語化したらしく、和歌を除いてほとんど見られなくなる、
とある(仝上・精選版日本国語大辞典)。ちなみに、仮名、
を、
の字源は、
遠、
の草体(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%82%92)とある。
「遠」(漢音エン、広辞苑゛音オン)の異体字は、
远(簡体字)、逺(俗字)、𢕱、𨖸、𫟨(俗字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0)、字源は、
会意兼形声。「辵+音符袁(エン 間があいて、ゆとりがある)」(漢字源)、
会意兼形声文字です(辶(辵)+袁)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「行く」の意味)と「足跡の象形と玉の象形と身体にまつわる衣服のえりもとの象形」(衣服の中に玉を入れ、旅立ちの安全を祈るさま(様)から、「とおざかる」の意味)から、「とおくへ行く」を意味する「遠」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji212.html)、
と、会意兼形声文字とするものがあるが、他は、
形声。「辵」+音符「袁 /*WAN/」。「とおい」を意味する漢語{遠 /*wanʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%A0)、
形声。辵と、音符袁(ヱン)とから成る。距離が長い、ひいて「とおい」意を表す(角川新字源)
形声。声符は袁(えん)。〔説文〕二下に「遼(はる)かなり」とし、遼と互訓。袁は死者の衣襟のうちに玉(〇)を加え、枕もとに之(あし、はきもの)を加えて、遠く送る意。それより遠方・遐遠の意となる(字通)
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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白栲の袖はまゆひぬ我妹子が家のあたりをやまず振りにし(万葉集)
の、
まゆひぬ、
は、
ほつれて隙間ができた、
意である(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まゆふ、
は、
迷ふ、
紕ふ、
とあて(デジタル大辞泉)、
マヨフの母音交替形、
とあり(岩波古語辞典)、
織物が古びて糸が弱り、タテ糸・よこ糸の間がゆるんで、すき間ができる、
意である(仝上)。
まよふ、
は、
まよひ、
で触れたように、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、
迷ふ、
紕ふ、
とあて(広辞苑・学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
布の織目がゆるんで薄くなり、絲が片寄るのが原義、転じて、ものごとの整理がつかなくなる意、後に「まどう(惑)」と混同(広辞苑)、
たて糸・よこ糸が乱れて、片寄る意。また髪がほつれる意。抽象的には心が乱れる意。後に、マドフ(惑)と混同(岩波古語辞典)、
布の織目がゆるんで糸が片寄るというのが原義で、これから転じて、物事や心の整理がつかなくなる、の意に用いられるようになり、のちに「まどう(惑)」と混同された(精選版日本国語大辞典)、
布の織目がゆるんで糸がかたよるというのが原義で、万葉集に例が見える。これから転じて、物事の整理がつかなくなる、の意に用いられるようになり、のちに「まどう(惑)」と混同された(日本語源大辞典)、
マ(織物の目)+ヨウ(酔)で、織物の目の間隔が片寄り、ゆるむ意から迷う意に、後に、マドウとの混同が起こり、現在の迷うに至った(日本語源広辞典)、
と、ほぼ一致した解釈になっている。和名類聚抄(931〜38年)に、
紕、漢語抄云、萬與布(まよふ)、一云、與流(よる)、女~壊也、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
紕、マヨフ・ヨル・クミス、
とあり、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
迷、マドフ・ウツス・ユク・タガフ
字鏡(平安後期頃)に、
迷、ミダル・マドフ・ウツス・ウツル・シタガフ・ユク、
とあるところからも、その変化がうかがえるように、原義は、
布の織目がゆるんで糸がかたよる(日本語源大辞典)、
布の織目がゆるんで薄くなり、糸が片寄る(広辞苑)、
たて糸・よこ糸が乱れて片寄る意、また髪がほつれる意(岩波古語辞典)、
布の織目がゆるんで糸が片寄る(精選版日本国語大辞典)、
と、
布帛の経緯の乱れて片寄ること、また、皺よること(大言海)、
の意で、冒頭の歌も、その意味である。それが転じて、
物事や心の整理がつかなくなる、の意に用いられるようになり、のちに、「まどう(惑)」と混同された(日本語源大辞典)、
物事の整理がつかなくなる意、後に「まどう(惑)」と混同(広辞苑)、
抽象的には心が乱れる意、後にマドフ(惑)と混同(岩波古語辞典)、
物事や心の整理がつかなくなる、の意に用いられるようになり、のちに「まどう(惑)」と混同された(精選版日本国語大辞典)、
と、今日の、
迷う、
意へと変わっていく。たとえば、冒頭の歌や、
今年(ことし)行く新島守(にひしまもり)が麻衣(あさごろも)肩のまよひは誰(た)れか取り見む(万葉集)
の、
(織り糸が)乱れて片寄ること、
をメタファに、
白き御衣(みそ)に、髪はけづることもし給はで、ほど経ぬれでまよふ筋なくうちやられて(源氏物語)、
と、
(髪の毛などの)ほつれ、乱れ、
には転じやすいが、
峯巖(たけいはほ)紛(マヨヒ)錯(まし)りて(日本書紀)、
では、
物が複雑に入りまじる、
錯雑する、
意で、
けはひ広々として、まかで参りする車、多くまよふ(源氏物語)、
では、
物が入り乱れて、移り動く、
さまよう、
右往左往する、
混雑する、
意で使われ、
わだの原こぎ出でて見ればひさかたの雲井にまよふ沖つ白浪(今鏡)、
では、
まぎれて区別がつかないようになる、
まがう、
意となり、抽象度が上がり、
いづかたの雲路に我もまよひなむ月の見るらむこともはづかし(源氏物語)、
では、
目標が不確かなためにまごまごする、
さまよう、
意に、
しめゆひし小萩がうへもまよはぬにいかなる露にうつる下葉ぞ(源氏物語)、
では、
判断を下しかねる、
どうしてよいかと心が乱れる、
あれこれと思い悩む、
途方(とほう)にくれる、
と、心の内の錯綜に転じ、
まよひけるぞや、生死(しょうじ)の海山を離れやらで帰る八島の恨めしや(謡曲・八島)、
と、
煩悩や悪い誘惑などに心をまどわす、
煩悩に妨げられて悟れない、
成仏できない、
意に、さらに、今日の、
金にまよう、
女にまよう、
というような、
誘惑される、
意に使われる(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)というように、
惑ふ、
の意味と重なっていくには、それなりに訳がある。
惑ふ
は、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、奈良時代は、「古事記」に見える神名「大戸惑子神」の訓注に、
訓惑云麻刀比、
とあるところから、
まとふ、
と、清音で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、本来は、
事態を見極められず、混乱して応対の仕方を定めかねる意(広辞苑)、
事態をじゅうぶん把握できずに対処のしかたに迷う意(精選版日本国語大辞典)、
事態を見極め得ずに混乱して、応対の仕方を定めかねる意、類義語マヨフは、本来は、布が薄くなって織糸が片寄り乱れる意(岩波古語辞典)、
とあり、
秋山の黄葉(もみち)を茂み迷(まとひ)ぬる妹を求めむ山道(やまぢ)知らずも(万葉集)、
と、
どの道を進んだらよいかわからなくなる、
道に迷う、
意や、
月読(つくよみ)の光は清く照らせれど惑(まとへ)る心思ひあへなくに(万葉集)、
と、
考えが定まらずに、思案する、
分別に苦しむ、
途方に暮れる、
意や、
あのくしの箱得んとあめりとのたまへば、まどひ持て来て(落窪物語)
と、
どうするという考えもないうちに、まごつきながら行動する、
あわてる、
意だが、平安時代後期になると、
その胸をやみ給ひし夜は、いみじうまどひて(落窪物語)、
と、
あれこれ難儀する、
苦労する、
苦しむ、
なやむ、
意と、
まよふ(迷)、
との区別が薄れ、
御髪の久しう梳(けづ)りなどもせさせ給はねど、まどへる筋なくゆらゆらとして(狭衣物語)、
と、
髪などが乱れる、
ほつれる、
意でも使うに至る(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。両者の差は、
まよう(まよふ)、
が、
進む道や目標がわからずあちこち動き回るという行動に重点がある、
のに対して、
まどう(まどふ)、
は、どちらかというと、
どうしたらよいかわからずおろおろするという心理状態に重点がある、
とされる(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
まよふ、
の語源は、
マ(目)+ヨウ(酔)が語源、方向がはっきりしない意(日本語源広辞典)、
マ(織物の目)+ヨウ(酔)で、織物の目の間隔が片寄り、ゆるむ意から迷う意に、後に、マドウとの混同が起こり、現在の迷うに至った(仝上)、
マヱフ(目酔)の転か(和訓栞・大言海)、
メ(目)ヨロバフの約か(名言通)、
マヨフ(間従経)の義(言元梯)、
マヒ(舞)の義(和句解)
マヨオフ(任依会生)の約(国語本義)、
「迷」の字音から(外来語辞典=荒川惣兵衛後)、
と諸説あるが、前述の原義から見れば、
マ(織物の目)+ヨウ(酔)で、織物の目の間隔が片寄り、ゆるむ意、
以外は、原義を忘れた妄説のようである。
「紕」(@漢音ヒ・呉音ビ、A漢音呉音ヒ)は、「まよひ」で触れたように、
会意兼形声。「糸+音符比(ならぶ)」、
とあり(漢字源)、動詞「紕(ひ)す」の、糸を並べて紐をくむ、意の場合@の音、名詞で、布端のほつれ、転じてもつれ、乱れの意の場合はAの音になる(仝上)。しかし、他は、
形声。「糸」+音符「比 /*PI/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%95)、
形声。声符は比(ひ)。〔説文〕十三上に「氐人(ていじん)の糸+罽(けい)(毛織物)なり」とするが、〔詩、鄘風、干旄〕に「素絲、之れを紕にす」とあり、〔伝〕に「紕は組を織る所以(ゆゑん)なり」と組紐(くみひも)として飾る意とし、その用義が古い。〔方言、六〕に「紕は〜理(をさ)むるなり。秦・晉の閧ノは紕と曰ふ」とみえる(字通)、
と、形声文字としている。
「迷」(慣用メイ、漢音ベイ、呉音マイ)は、「まよひ」で触れたように、
会意兼形声。「辵+音符米(小粒で見えにくい)」、
とあり(漢字源)、同趣旨で、
会意兼形声文字です(辶(辵)+米)。「立ち止まる足の象形と十字路の象形」(「道を行く」の意味)と「横線が穀物の穂、六点がその実(米)を表す」象形(「多くのもの」の意味)から、道が多すぎて「まよう」を意味する「迷」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji739.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。辵と、音符米(ベイ)とから成る。「まよう」意を表す(角川新字源)、
形声。「辵」+音符「米 /*MI/」。「まよう」を意味する漢語{迷 /*mii/}を表す字。
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BF%B7)、
形声。声符は米(べい)。〔説文〕二下に「或(まど)ふなり」とあり、〔玉篇〕に「亂るるなり」とする。〔詩、小雅、節南山〕「民をして迷はざらしむ」、また〔書、無逸〕「殷王受(紂)の、迷亂して、酒徳に酗(よ)へるが若(ごと)くすること無(なか)れ」のように、徳の乱れることをいう。詐(いつわ)って狂することを迷陽といい、生きかたを誤ることを迷途という(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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ぬばたまの我(わ)が黒髪を引きぬらし(引奴良思 ひきヌラシ)乱れてなほも恋ひわたるかも(万葉集)
の、
ひきぬらし、
の、
ぬらす、
は、
ぬる、
の多動詞形で、
解きほどいて、
の意となる(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
乱れてなほも、
は、
身も心も取り乱しては、
と訳す(仝上)。
嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が結う髪の漬(ひ)ちてぬれけれ(万葉集)、
では、
漬(ひ)ちてぬれけれ、
を、
「漬(ひ)」つはびしょ濡れになる、「ぬる」は濡れて滑らかになって、髪がほどける意、
とあり、
しっかり結んだ私の髪がその嘆きの霧にびしょびしょ濡れて、ひとりでにほどけた、
と訳す(仝上)。
ひきぬらす、
は、
引きぬらす、
とあて、
ひきほどく、ときほどく(精選版日本国語大辞典)、
引きほどく、ほどけるようにする(広辞苑)、
意になる。で、
ぬらす、
は、他動詞サ行四段活用で、
髪などをほどく、
とく、
意になる(精選版日本国語大辞典)。
ぬらす、
の自動詞、
ぬる、
は、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、ラ行下二段活用で、
ほどける、ゆるむ、抜け落ちる(学研全訳古語辞典)、
(髪などが)解けてさがる(広辞苑)、
髪など細長いものがずるずるとゆるんで解けたり、抜けたりする(精選版日本国語大辞典)、
意となる。
ぬらす、
ではなく、
引きぬらす、
と、
引く、
を添えた使い方には、意味があるはずである。
赤らひく、
で触れたように、
ひく、
は、
引く、
退く、
曳く、
牽く、
惹く、
弾く、
挽く、
碾く、
轢く、
等々と、意味に応じて当て別けており、色葉字類抄(平安末期)に、
引、ヒク、音胤、
牽、ヒク、牛馬、
曳、ヒク、曳衣、
彎、ヒク、彎弓、
控、ヒク、控弦、
弾、ヒク、弾琴、鼓琴瑟也、
易林節用集(慶長)に、
挽、ヒク、木、
等々とある。本義は、
相手をつかんで、抵抗があっても、自分の手許へ直線的に近づける意、また、物や自分の身を、自分の本拠となる場所へ戻す意(岩波古語辞典)、
対象を手もとに近づけようと力を加える、手繰り寄せる、引っ張る(日本語源大辞典)、
とあり、
手に取って引き寄せる意の本来二音節語(日本語源広辞典)、
ヒク(日來)の義(柴門和語類集・日本語原学=林甕臣)、
ヘリク(減來)の義(日本語原学=林甕臣)、
ハリキ(張來)の義(名言通)、
ノヘクル(延繰)の義(言元梯)、
ヒイク(日往)の義(言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
ヒはノビ、及びまたはヒキ(低)のヒ。クは來の義(和句解)、
贔屓を活用したもの(国語本義)、
等々の由来説があるが、どうもすっきりしない。
くる(來)、
とかかわらせるなら、
ひ、
は、
何なのだろう。音からの連想では、経糸(たていと)の間に緯(ぬき)糸を通すのに使う、
ひ(杼・梭)、
だが、もちろん憶説であるが、
引く、
には、主体が、意志的に、
引き寄せる、
意があるが、
引きぬる、
ではなく、
引きぬらす、
は、冒頭の歌にみるように、
引きほどける、
ではなく、
引きほどく、
という含意なので、自分の行動や意思で、
ほどく、
という意味が込められている気がする。
「引」(イン)は、
会意文字。「弓+h印」で、h印は直線状に↓とひくさまを示す(漢字源)、
会意。弓と、h(こん)(ひっぱる)とから成り、弓をひく、ひいて「ひく」意を表す(角川新字源)
会意。弓+h(こん)。〔説文〕十二下に「弓を開くなり」とあり、弓ひく意。古い形がなく、hに従う意が明らかでない。弓を射る意には射を用いる。引はあるいは弓勢を直すために檃栝(いんかつ)(ため木)をそえた形であるかも知れない(字通)、
と、会意文字とするものと、
指事文字です。「ゆみ」の象形に縦線を添え、ひいて張り伸ばした弓を示し、そこから、「ひく」を意味する「引」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji246.html)、
指事。「弓」に引くことを表す記号を加えたもの。「ひく」を意味する漢語{引 /*liŋʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%95)、
と、指事文字とするものとに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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眉根(まよね)掻き下(した)いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも(万葉集)
の、
眉根(まよね)掻く、
は、
眉がかゆいと思う人に逢えた、とされた、
とあり、
(眉を掻きながら)何だかおかしいなと思っていたところ。昔馴染みの方とお逢いできた、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
下いふかしみ、
は、
内心おかしいな、
の意、
いにしへ人、
は、
昔馴染みで長いこと逢っていない人、
とする(仝上)。
月立ちてただ三日月の眉根掻(まよねか)き日(け)長く恋ひし君に逢へるかも(万葉集)、
では、
月立ちてただ三日月の眉根、
は、
まだ三日目の三日月のような眉根、
の意で、この、
三日月のような眉根、
は、漢語の、
眉月、
を踏まえる表現とし、
月が替わってほんの三日目の月のような細い眉を搔きながら、長らく待ち焦がれていたあなたにとうとう逢うことができた、
と訳す(仝上)。
まよね、
の、
まよ、
は、
まゆ、
の古形、
とされ
まゆげ、
まよね、
まみえ、
かうのけ、
まゆね、
まよね、
とも言う(大言海)。
マユ、
は、
麻用(まよ)畫(が)き濃(こ)に、畫(か)き垂れ、逢はししをみな(古事記)、
とある、古形、
マヨ、
の転(岩波古語辞典)となる。
まよね、
の、
ネ、
は、
カキネ・ハネ(羽根)のネと同じ(岩波古語辞典)、
とあり、
ナ(大地)の転、大地にしっかり食い込んでいるものの意(仝上)、
の、
名詞に付く(精選版日本国語大辞典)、
名詞に直接、または格助詞「が」を介して付く(学研全訳古語辞典)、
接尾語、
とされ(精選版日本国語大辞典)、
岩ね、
岩がね、
垣ね、
木ね、
草ね、
島根、
羽根、
等々(大言海・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)と、
しっかりもとに食い込んでいるもの(岩波古語辞典)、
生えている意、地上に立っている意などを添える(精選版日本国語大辞典)、
そのものがしっかり大地についている意を表す(学研全訳古語辞典)、
とされる。
眉根掻(まよねか)く、
は、
まゆねかき紐とき垂れて待ためやもしゑや今夜といひてし物を(「久安百首(1153)」)、
と、
まゆねかく、
ともいい、文字通り、
眉がかゆくて掻く、
意だが、上述の通り、
恋しい人に逢える前兆とされた、
とある(デジタル大辞泉)が、また、それを利用して、
人に逢いたき時の、まじないに、眉を掻いて待つこと、
にもいう(大言海)。
眉根(まよね・まゆね)、
は、
まゆ、
の意ともされるが、
眉根を寄せる、
というように、文字通りには、
眉の根もと、
眉毛の内側の方、
を言う(仝上・精選版日本国語大辞典)。なお、
まゆ(眉)、
芝が眉宇(びう)、
眉引(まよび)き、
については触れた。
「根」(コン)の異体字は、
𣏄(同字)、𣏅(同字)、𣒨、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%B9)。字源は、
会意兼形声。艮(コン)は「目+匕(ナイフ)」の会意文字で、頭蓋骨の目の穴をナイフでえぐったことを示す。目の穴のように、一定のところにとまってとれない意を含む。眼(目の玉のはいる穴)の原字。根は「木+音符艮」で、とまってぬけない木のね(漢字源)、
会意兼形声文字です(木+艮)。「大地を覆う木の象形」と「人の目を強調した象形」(「とどまる」の意味)から植物の地中にとどまるもの、すなわち「ね」を意味する「根」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji420.html#google_vignette)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「木」+音符「艮 /*KƏN/」。「ね」を意味する漢語{根 /*kəən/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%B9)、
形声。木と、音符艮(コン)とから成る。木のねもと、ひいて、物事のもとの意を表す(角川新字源)
形声。声符は艮(こん)。艮は邪眼の呪禁に会って進みがたく、一所に渋滞して巻曲する意がある。〔説文〕六上に「木の株なり」とするが、根柢の堅く交結するところをいう。すべてものの根本にあって、その生育をつかさどり、存在の根拠となるものである(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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眉根(まよね)掻き下(した)いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも(万葉集)
の、
いにしへ人、
は、
昔馴染みで長いこと逢っていない人、
とある(仝上)。
いにしへ人、
は、
古人、
とあて、文字通り、
昔の世の人、
また、
特に上代の人、
つまり、
いにしえのひと、
の意だが、冒頭の歌のように、
古くから親しくしていた人、
昔なじみや昔のつれあい、
意、さらに、
古風な人、
の意でも使う(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
古人、
を、
ふるひと、
と訓ませると、
ふるびと、
ともいい、
古人、
故人、
旧人、
とあて(デジタル大辞泉)、
妹らがり今木(いまき)の嶺に茂り立つ夫(つま)松の木は古人(ふるひと)見けむ(万葉集)、
と、
昔の人、
の意や、
すでに死んだ人、
つまり、
故人、
の意、
かくて、あて宮の御方に、殿守といふふる人ありけり(宇津保物語)、
と、
古くからいる人、以前からそこにいる人、古参の人、
の意、
古人(ふるひと)は涙もとどめあへず、岡辺に、琵琶、箏の琴取りにやりて(源氏物語)、
と、
年をとった人、老人、
の意、
あやしきふる人にこそあれ。かく、物つつみしたる人は、ひきいりたるこそよけれ。さすがに、恥ぢがましや(源氏物語)、
と、
昔かたぎの人、古風な考えの人、
の意等々で使うが、
古人(ふるひと)の食(たま)へしめたる吉備の酒病(や)まばすべなし貫簀(ぬきす)賜(たば)らむ(万葉集)、
と、
古くから交際している人、昔なじみの人、
また、
かつて交わりのあった人、
の意などでも使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
古人、
を、
こじん、
と訓ませても、
ふるひと、
と同じく、
日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり(奥の細道)、
と、
昔の人、いにしえの人、
また、
昔のすぐれた人、
意、
古人眠り早く覚めて、夢は六十歳の花に過ぎ(謡曲・養老)、
と、
年老いた人、老人、故人、
の意、「こじん(故人)」の意の場合は、
故人と、
当てるが、
又此紹巴法橋かたりくおほき人にて、あしくいふ事もあれども、さすが古人にて、殊勝のこころ持給へり(随筆「戴恩記(1644頃)」)、
と、
昔かたぎの人、
の意等々で使う(仝上)。
古人、
を、
ふるきひと、
と、
「古人(こじん)」の訓読みの場合も、似た意味になるが、
ふるめきびと、
と訓ませると、
世になきふるめき人にて(源氏物語)、
と、
古風な人、昔かたぎの人、
の意となる(仝上)。ちなみに、
いにしへ人、
の、
いにしへ、
は、
「往いにし方へ」の意(デジタル大辞泉)
「往(い)にし方(ヘ)」の意。時間の経過を観念にもつ。(精選版日本国語大辞典)、
「イニ(往)シ(回想の助動詞キの連体形)ヘ(方)の意、遠くへ消え入ってしまったことが確実だと思われるあたり、の意。奈良・平安時代には、主として、遠くて自分が実地に知らない遥かな過去、忘れられた過去などの意に多く使われたが、鎌倉時代以後、ムカシがこの意味に広まってきて、イニシヘは古語的・文語的になり、あまり使われなくなった(岩波古語辞典)、
往(い)にし方(へ)の義、昔方(ムカシヘ)と同趣(大言海)、
往(い)にし方(へ)の義(和句解・東雅・日本釈名・和訓栞)、
往(い)にし+へ(方角・時代)です。「遠く過ぎ去った時代」の意から、古代、昔、の意となった(日本語源広辞典)、
シは体言副詞の語尾、ヘは世、あるいは時の意を含む(万葉集辞典=折口信夫)、
等々とあり、
往古今來、未都見聞(日本霊異記)、
の訓註に、
往古、いにしへ、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
以往、既往、いにしへ、よよ、
字鏡(平安後期頃)に、
古、イニシヘ・ヒサシ、
とある。
過ぎ去った古い時代、
過ぎ去った月日、
の意だが、上述のように、
むかし、
と区別を失って、
昔、
の意に重なっていく(岩波古語辞典)。
いにしへ(古)、
と、
むかし(昔)、
は、同じ意味にも用いられているが、しかし、基本的にはとらえ方に違いがあるとみられ、
いにしえ、
は、
「往にし方」の原義が示すように、「時間的」にものをとらえる場合に用いて「今」と連続的にとらえられる、
のに対して、
むかし、
は、
そのような「過ぎ去る」という時間的経過の観念が無く、「今」とは対立的に過去をとらえる、
場合に用いる(精選版日本国語大辞典)とあり、また、
いにしえ、
が、
語源的には、「過ぎ去った昔」の意で、直接に体験していないはるか以前について使われることが多い、
のに対して、
むかし、
は、
奈良・平安時代を通して、直接体験した懐かしく、忘れがたい、近い過去を多く意味した、
という違いがあるが、鎌倉時代以降になると、はるか以前を意味する「むかし」が急増し、「いにしへ」の意味領域を侵していった、とある(仝上)。ちなみに、
むかし、
は、
むかしへ(方)で、向かひし方の義、往(い)にし方(古(いにしへ)と同意、古へを今に対する意という)(大言海)、
ムカ(向)シ(方向)の複合か。回想がそこへ向かって行く方向。すなわち、伝承や記憶の中で生きている一時点として過去を把握した語。最も古くは、なつかしい故人や自分が実際に体験・見聞した過去のことをいい、遠い時代のことも近い頃のことも指す。類義語イニシヘ(古)は過ぎ去り消えて行ってしまったあたりとして、遥かに遠く眺める気持ちで過去を把握した語。奈良・平安時代にはムカシ・イニシヘの区別があったが、以後次第に混同した(岩波古語辞典)、
人々を、過去の方向に向かせての意で、向カ+シ(日本語源広辞典)、
現在と対立する意で、ムク・ムカフと同源か(伝説=柳田國男)、
現在にㇺカ(対)って過ぎ去った時の義。シは過去(日本語源=賀茂百樹)、
ムカヒ(向)の義(名言通)、
ムカヒシ(向)の義(和訓栞)、
ムカは向、シはイニシ・スギシのシ(俚言集覧)、
イムコシ(往越)の義(言元梯)、
マカリシ(罷)の略か(和語私臆鈔)、
過ぎたことはむなしい意で、ムナシの転(日本釈名)、
ミヌホカサキ(見無外先)の義(日本語原学=林甕臣)、
ムカスギ(向過)の約か(菊池俗語考)、
オムカシの略(碩鼠漫筆)、
ムはハジム(初)の略、カはカシコキ(賢)の略か(和句解)、
マシコサシ(増越)の約轉か(和訓集説)、
ムカシのシは、「現(うつ)し世」「他(あだ)し人」のシとする説(小学館古語大辞典)、ムカシヘの下略とする説(大言海)もあるが、ムカシヘはイニシヘから類推した可能性もある(日本語源大辞典)、
等々あるが、語呂合わせを除けば、
回想がそこへ向かって行く方向。すなわち、伝承や記憶の中で生きている一時点として過去を把握した語(岩波古語辞典)、
「過ぎ去る」という時間的経過の観念が無く、「今」とは対立的に過去をとらえる(精選版日本国語大辞典)
という、
むかし、
が、
ムカ(向)シ(方向)(岩波古語辞典)、
であるのに対して、
過ぎ去り消えて行ってしまったあたりとして、遥かに遠く眺める気持ちで過去を把握した語(岩波古語辞典)、
「過ぎ去った昔」の意で、直接に体験していないはるか以前(精選版日本国語大辞典)、
という、
いにしへ、
が、
往(い)にし方(ヘ)、
であるという対比でよくわかるのではないか。すでに、類聚名義抄(11〜12世紀)では、
昔、ムカシ・イニシヘ・ヨル・サカル・トキ・ツネ・ヒサシ・ヨル、
と、
ムカシ、
と、
イニシヘ、
の区別を失っているようである。
「古」(漢音コ、呉音ク)の異体字は、
𠖠(古字)、𡇣(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%A4)。字源は、
象形。口印は頭、その上は冠か髪飾りで、まつってある祖先の頭蓋骨を描いたもの。克(重い頭をささえる)の字の上部と同じ。ひからびてかたい昔のものを意味する、
とある(漢字源)。字解は異なるが、
象形文字です。「固い兜(かぶと)」の象形から「固くなる・古い・いにしえ」を意味する「古」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji210.html)、
と、同じ象形文字とするものもあるが、他は、
会意。「干」(盾たて、固い物の代表)+羨符「口」(区別のための記号)。「かたい」を意味する漢語{固 /*kaas/}を表す字。のち仮借して「ふるい」を意味する漢語{古
/*kaaʔ/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8F%A4)、
会意。口と、十(おおい)とから成り、何代も語り伝える昔のことの意を表す(角川新字源)、
会意。十(干(たて))+口。口はᗨ(さい)。祝詞などを収める器の形。その器を、聖器としての干で固く守護し、久しくその祈りを機能させようとした。それで先例旧慣の意となり、久古の意となる。〔説文〕三上に字を十口の会意とし、「故なり。〜前言を識る者なり」という。〔繋伝〕には多くの人による伝承の意に解するが、古事をいう。古に攴を加えて、その呪能を害することを故といい、事故・災厄を意味する。卜辞に「王の舌を疾(や)めるは、隹(こ)れ古(こと)(故(ゆゑ))山+丄(あ)るか」と古を故の意に用い、また金文に「古(故)に」のようにいう例がある。故の形義を以ていえば、古が固閉された祝告・盟誓の意であることは疑いがない。〔説文〕に録する古文の字形は、廟中におけるその儀礼を示すものであろうと思われる(字通)、
と、会意文字としている。
「昔」(漢音セキ、呉音シャク)の異体字は、
㫺、𤰻、𦠡、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%98%94)。字源は、
会意文字。「日+しきかさねるしるし」で、時日を重ねたこと、
とある(漢字源)。同じく、
会意文字です。「積み重ねた鳥獣の肉片」の象形と「太陽」の象形から「干し肉」の意味を表す「昔」という漢字が成り立ちました(また、「昨」に通じ(同じ読みを持つ
「昨」と同じ意味を持つようになって)、「むかし」という意味も表すようになりました)(https://okjiten.jp/kanji511.html)、
と、会意文字(既存の文字を組み合わせ、それらの意味を合わせて新たな文字の意味を表す)とするものもあるが、
形声。「日」+音符「龷 /*TSAK/」。「むかし」を意味する漢語{昔 /*sak/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%98%94)、
と、形声文字(関係する事物の意味を表す意符(形符)と音を表す音符(声符)の組み合わせにより漢字を構成する)とするもの、
象形。肉を並べた形。龷は変わった形)を日に当てた形にかたどる。日に当ててかわかした肉の意を表す。「腊(セキ)」の原字。借りて「むかし」の意に用いる(角川新字源)、
仮借。本義は腊肉で、うす切りの肉片と日に従い、腊の初文。旧昔の意に用いるのは仮借。〔説文〕七上に「乾肉なり。殘肉に從ふ。日以て之れを晞(かわ)かす。俎(そ)と同意なり」とあって、腊の意とする。のち旧昔の字に用い、乾肉には形声字の腊が作られた。時を示す今・曾・嘗・未などは、もとみな別にその初義があり、副詞とするのは仮借の用法である(字通)、
と、仮借文字(かしゃくもじ もっぱら仮借の意味(音を借りた意味)だけで用いられる漢字)、と、分かれている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
眉根(まよね)掻き下いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも(万葉集)
の、
眉根掻く、
は、触れた。
下いふかしみ、
は、
内心おかしいな、
の意で、
(眉根を掻きながら)何だかおかしいなと思っていたところ、昔馴染みの人に逢えました、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
いふかしみ、
の、
み、
は、
すべをなみ、
で触れたように、
接尾語
の用例のひとつで、ここでは、
道の後(しり)古波陀孃子(こはだをとめ)は争はず寝(ね)しくをしぞも愛(うるは)し美(ミ)思ふ(古事記)、
望月(もちづき)のいやめづらしみ思ほしし君と時々幸(いでま)して(万葉集)、
などと、
形容詞の語幹に付いて、下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す(学研全訳古語辞典)、
あとに「思う」「する」などの動詞が続き、感情の内容を表現する(精選版日本国語大辞典)、
とある。この、
み、
は、品詞の扱いとしては、
接尾語とする説、
以外に、
助詞とする説、
四段活用動詞の連用形に相当すると見る説、
などもある(精選版日本国語大辞典)。また、この用法による、、
「甘みす」「重みす」「安みす」、
は、音便により、
「甘んずる」「重んずる」「安んずる」
等々となる(仝上・大言海)。
いふかし、
は、
訝し、
とあて、
((しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ)、
と、形容詞シク活用で、上代では清音で、のちに、
いぶかし、
と、濁音化するが、
どうしたのか変だから、そのわけ・事情が知りたいの意、平安時代になって、様子がよく分からないから見たい、知りたい、聞きたいの意。類義語ユカシは、見たい、聞きたい、知りたいという点でイフカシに同じだが、既に知っていることがあって、それをよしとして更に知りたいという場合が多い(岩波古語辞典)、
「いぶかし」と「ゆかし」の違いは、「いぶかし」が、不審・不明なことを明らかにしようとする気持ちが強いのに対して、類義語の「ゆかし」は、興味をそそられたり愛着を感じたりして心が引かれ、知りたくなるようすを表す(学研全訳古語辞典)、
物事の状況が不分明なので気にかかる意(広辞苑)、
物事の不明で、はっきりしない状態を、明らかにしたいという気持を表わす(精選版日本国語大辞典)、
とあり、由来をみると、
不明(おぼぼ)し(おぼろげ)と縁ある語か(大言海)、
イブはイブセシのイブ、オホロカなどのオホと同語源(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)、
イキ(息)フカス(吹)からの転(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)、
イブカシキ(息吹如)の義で、イブキは、口から吹かれる息の意とも、霧の意ともいう(国語溯原=大矢徹・日本語源=賀茂百樹)、
イフセキ(息吹怒)の義と通じる。また、イフはイキ(息)吹の義、カシは希う辞(和訓栞)、
イブリフカシ(爝深)の義(言元梯・国語の語根とその分類=大島正健)、
イリフカシ(没深)の義(柴門和語類集)、
イは不定代名詞。フカはハカ(計)の音便か、シは活用語尾(日本古語大辞典=松岡静雄)、
動詞イブカルにレ設備をシイを加えて形容詞化した語、変だと感じて、怪しく思う、疑わしい、などの意(日本語源広辞典)、
等々とあるが、どうもすっきりしない。
いぶせし、
で触れたように、
いぶせし、
は、
鬱悒し、
と当て、
セシは狭しの意、憂鬱な気持ちの晴らしどころがなく、胸のふさがる思いである、
意とあるが(岩波古語辞典)、
「何らかの障害があって、対象の様子が不分明なところから来る不安感・不快感」を示すのが原義、
と見られる(精選版日本国語大辞典)ともある。だから、
たらちねの母がかふ蚕(こ)の眉(まよ)ごもり馬声蜂音石花蜘蟵(いぶせくも)あるか妹にあはずして(万葉集)、
と、
心がはればれとしないで、うっとうしい、
気がふさぐ、
気づまりだ、
という意味になる。そこから、
いかで、いとにはかなりける事にかはとのみ、いぶせければ(源氏物語)、
と、
気がかりでおぼつかない、
心にかかる、
気にかかる、
と少し気がかりの焦点が合い、さらに、
いぶせくなどはあらで、いとらうらうじく恥づかしげなる気色も添ひて(源氏物語)、
と、
(対象となる人や事物が)いとわしくていやだ、
不快だ、
不愉快だ、
と、状態表現から、明らかな価値表現へと転じ、
是を見かける万人、まことに目覚ましくいぶせきこと限りなし(室町殿日記)、
と、
(胸が苦しくなるほど)怖ろしい、
気味がわるい。
恐ろしく、危険にみえる、
と、感情表現が極まる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。これが中世になると、
いぶかし、
と混用して、
さやうの人のいかなる事にてか(越後へ)出で給ふらめと、いぶせくはべりしかば(選集抄)、
と、
気がかりである、
不審である、
意で使うに至り、
いぶせき事も忘られて、あさましげなるかたはうどにまじはって(平家物語)、
と、
きたならしい、
むさくるしい、
貧しく、みすぼらしい、
意で使い、また、
気味がわるい、
恐ろしい、
の意に用いられるが、現在では方言として残存するのみである(精選版日本国語大辞典)とある。因みに、
いぶせし、
と、
いぶかし、
の違いは、
いぶせし、
は、
どうしようもなくて気が晴れない、
意、
いぶかし、
は、
ようすがわからないので明らかにしたいという気持ちが強い、
とある(学研全訳古語辞典)。ただ、
いぶせし、
の由来は、
鬱悒狭(いぶせ)しの義なるべし、オボホシと通じる(大言海)、
とあり、
いぶせし、
の、
せし、
は、
狭し、
のようだが、「イブ」については、
動詞イブス(燻)と同根か(角川古語大辞典)、
イブカル・イブカシのイブ、オホ(オボ)ロカのオボと同源(古代日本語文法の成立の研究=山口佳紀)、
イキフセの約轉、息伏の義(万葉考・和訓集説)、
イブキセマシ(気噴狭)の意(名言通・音幻論=幸田露伴)、
イフセシ(云迫)の合言、またはイブセシ(息吹迫)か(古言類韻=堀秀成)、
イフセシ(爝迫)から(言元梯)、
イフセキ(射捍)から(和語私臆鈔)
などとあるが、どうも、中世になって
いぶかし、
と、
いぶせし、
が混同してからの解釈になっているように思えてならない。
いふかし、
を、
不明(おぼぼ)し(おぼろげ)と縁ある語か、
とする『大言海』は、
おぼつかなし・おぼおし→うたがわし・不審なり、
の意に転化したとするが、これを原義とみなすと、両者のつながりもよく見えてくるのではないか。確かに、
欽明紀二年七月に、
未審(イフカシ)、何縁軽用浮辞(不審である、何故軽々しいうわべの言葉で)
同五年二月
語訛而不正、未詳(イフカシ)、
とあり、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
不審、シフカシ、
とあるように、
ぼんやりしている→はっきりわからない→不審である、
という流れがあるように思える。で、
いふかし、
の用法を見ると、
相見ずて日(け)長くなりぬこのころはいかに幸(さき)くやいふかし我妹(わぎも)(万葉集)
では、
案じられてなりません、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
心が晴れない、気がかり(学研全訳古語辞典)、
様子や事情が知りたい(岩波古語辞典)、
の意、冒頭の、
眉根(まよね)掻き下いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも(万葉集)、
では、
わけが知りたい、
意(岩波古語辞典)、
上達部・殿上人珍しく、いぶかしき事にして、われもわれもとつどひ参り給へリ(源氏物語)、
では、
みたい、
意(仝上)、
院も常にいぶかしう思ひ聞え給ひしに、御対面の稀に(源氏物語)、
では、
逢いたい、
意(仝上)、
御さきに競はむ聲なむ、よそながらも、いぶかしう侍る(源氏物語)、
では、
聞きたい、
意(仝上)、
横笛の五(ご)の穴は、いささかいぶかしき所の侍(はべ)るかと(徒然草)、
と、
不審である、疑わしい、
意(学研全訳古語辞典)などで使うが、中世、「いぶせし」と混同して、
我が思ひのいぶかしく晴れがたきを、かふ蚕(こ)のこもりてゐたるになぞらへたるなり(古今私秘聞)、
と、
うっとうしい、胸塞がる思いである、
意(岩波古語辞典)で使うのに至る。
「訝」(漢音ガ、呉音ゲ、慣用ゲン)は、
会意兼形声。牙(ガ)は、枒(ガ、組み木)の原字で、二本の柱に切り込みを入れてかみ合わせてつないだ姿を描強いた象形文字。かみあう、交差するという基本義を含む。訝は「言+音符牙」で、向こうから来る人を、こちらから出迎えて、途中でかみあうこと、
とある(漢字源)が、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、
形声、迎え入れる。「言」から構成され、「牙」が音。『周礼』(秋官・掌訝)に「諸侯有卿訝發(しょこうニハけいありテがはっす 諸侯の場合は、卿がいて迎え入れる)」という(現行「周礼」は「發」がない)。「迓」は「訝」の異体字で「辵」から構成される、
とある(漢辞海)。「でむかえる」意や、「怪訝」と、「いぶかる」あやしむ」意でも使う(漢字源)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
戸川芳郎監修『漢辞海』(三省堂)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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在千潟(ありちがた)あり慰(なぐさ)めて行かめども家なる妹(いも)いいふかしみせむ(万葉集)
の、
家なる妹(いも)いいふかしみせむ、
は、
妻を持ち出して一夜妻とわかれた、軽口である、
と、注釈し、
(在千潟(ありちがた)のように、このまま在りつづけて気を晴らした上で別れたいのだけれど)家の女房の奴が気を廻して勘繰ることだろう、
と訳す(仝上)。
在千潟、
は、
同音の繰り返しで、「あり」にかかる、
枕詞である(精選版日本国語大辞典)。
この歌の原文は、
在千方 在名草目而 行目友 家有妹伊将欝悒
とあり、
家なる妹(いも)い、
で、この、
い、
は、
間投助詞、上代語、平安時代は訓読語の中でのみ使われた。体言や活用語の連体形の下について、その語を強くきわだたせる(広辞苑)、
として、万葉集の、
我(わ)が背子が跡(あと)踏み求め追ひ行かば紀伊(き)の関守い留(とど)めてむかも、
青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも
を例に挙げているが、別に、
い、
を、
間投助詞、
と、
副助詞、
とにわけ、間投助詞として、
体言、活用語の連体形に付く。上接の語を特に示したり、語調を強めたりする(デジタル大辞泉)、
上代の助詞。連体形とその被修飾体言との間に用いられて強調を表わし、または調子を整える(精選版日本国語大辞典)、
体言や活用語の連体形に付く。強調として、…こそ。とくにその、の意(学研全訳古語辞典)、
とし、
青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも(万葉集)、
玉の緒の絶えじい妹と結びてしことは果たさず思へりし心は遂げず(仝上)、
を挙げ、副助詞として、
名詞、名詞に準じる語に付く。上接の語を特に示したり、語調を強めたりする、
として、
言(こと)清(きよ)くいたもな言ひそ一日(ひとひ)だに君いしなくはあへかたきかも(万葉集)
を例に挙げている(デジタル大辞泉)。そのほかに、
副助詞、
の用例を、上代には、
体言または活用語の連体形を受け、特示強調する、
使い方で、平安初期には、
訓点資料……にも広く用いられ、その後は、法相、律、三論等の宗派の仏典訓読にかたよって現われる、
として、その用例を、第一に、
我(わ)が背子が跡(あと)踏み求め追ひ行かば紀伊(き)の関守い留(とど)めてむかも(万葉集)、
頭椎(くぶつつ)伊(イ)石椎(いしつつ)伊(イ)もち今撃たば良らし(古事記)、
と、
体言を受ける。主格に立つ体言を受けることが最も多いが、他の格に立つ体言を受ける場合もある、
使い方(古事記の用例は、接尾語と見る説もある)、第二に、
菩薩の行を行ずるが、菩提の心を退けなむと欲するい、如意宝光耀菩薩の是の法を説くを聞く時に、皆堅固に不可思議なること得つるをもちて、上の願満足しぬ(「西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)」)、
と、
活用語の連体形を受ける、
使い方、第三に、
国土を護る諸の旧の善神とい遠離して去らむ時には(「西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)」)、
と、
格助詞を受ける、
使い方の三つを挙げる(精選版日本国語大辞典)説がある。ただ、この三者を、まとめて、
間投助詞とする説、
副助詞とする説、
主格を示す助詞であるとする説、
などともするが、
主格助詞説は、主格以外の格に立つ体言を受ける例や、格助詞を受ける例の存在によって成立しない。また、間投助詞は文節の最後、したがって他種の助詞と重ね用いられる時は必ず下に位するものであるのに、「い」助詞には「いは」「いし」のごとく、係助詞や副助詞に上接する例があるため、間投助詞説も成立しない、
と見る見方もある(精選版日本国語大辞典)。伊藤博訳注『新版万葉集』では、
玉の緒の絶えじ射(い)妹と結びてしことは果たさず思へりし心は遂げず(玉緒乃 不絶射妹跡 結而石 事者不果 思有之 心者不遂)、
我(わ)が背子が跡(あと)踏み求め追ひ行かば紀伊(き)の関守い留(とど)めてむかも(吾背子之 跡履求 追去者 木乃關守伊 将留鴨)、
言(こと)清くいたもな言ひそ一日(ひとひ)だに君いしなくはあへかたきかも(事清 甚毛莫言 一日太尓 君伊之哭者 痛寸<敢>物)、
青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも(青柳之 絲乃細紗 春風尓 不乱伊間尓 令視子裳欲得)、
と、いずれも、
い、
を、
強意の副助詞、
としている。『大言海』は、
辞、
として、
みつみつし来目(くめ)の子等(こら)が、頭槌(クブツツ 柄頭が椎の形をした剣)伊(イ)、石槌(イシツツ 柄頭を石で作った剣)伊(イ)持ち撃而止(うちてしやまむ)(神武紀)、
と、
名詞の下に付けて、其主語たることを示す辞、
とし、また、
青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも(万葉集)
誉れを致し捨つる伊(イ)は、謗りを招きつ(続日本紀)、
と、
動詞、助動詞の連体形の下にもつく、連体形を名詞としてなるべし、
としている。
副助詞、
間投助詞、
辞、
と、その品詞は異なるが、
強意、
の役割には変わらないようである。この、
い、
について、別に、
もともとは、コト・モノを意味する体言であったらしい。それは、「此れを持(たも)つ伊(イ)は誉(ほま)れを致し捨つる伊(イ)は、謗りを招きつ」(続日本紀)のような用例から推測される。これが接尾語として使われた例として「頭槌(クブツツ)伊(イ)、石槌(イシツツ)伊(イ)持ち撃而止(うちてしやまむ)」(神武紀)などにおけるイがある。また動詞連用形(例えば、「遊び」「嘆き」「恋ひ」など)は、語幹にiが付着して成立したものと推定されるが、そのiは接尾語のイと本質的には同じものであった。従って、動詞の連用形はそのまま名詞ともなり得た。イは、このように本来は体言で、それから、体言を示す接尾語として使われたから、動詞・助動詞の連体格を明示する場合にも使われ、「向(むか)つ峰(を)の若桂(わかかつら)の木下枝(しづえ)取り花待つい間(ま)に嘆きつるかも」(万葉集)などの例がある。その語イは用法が拡がり、助詞として多く主格の語の下に使われた。平安時代に入ると主に法相宗関係の仏典の訓読に主格を示す助詞として残存し、やがて一般には衰亡した。朝鮮語の主格の助詞iは、日本語のこのイと同源のものと推定される、
とあり(岩波古語辞典)、その用法を、あくまで格助詞(言または体言に準ずるものに付いて、その体言が他の語にどんな関係で続くかを示す助詞)として、
玉の緒の絶えじ射(い)妹と結びてしことは果たさず思へりし心は遂げず(万葉集)、
と、
連体格を示すもの、
我(わ)が背子が跡(あと)踏み求め追ひ行かば紀伊(き)の関守い留(とど)めてむかも(万葉集)、
と、
主格を示すもの、
彼い既に聞き已(をは)りて(金光明最勝王教)、
と、
補格を示すもの、
とがある(岩波古語辞典)としている。
平仮名「い」の字源
は<
「以」の草体、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%84)。
「以」(イ)の異体字は、
㠯、𠙋(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%A5)。
㠯は、象形。すき(農機具)の形にかたどる。「耜(シ)」の原字。借りて、もちいる、「もって」の意に用いる。以は、㠯の変わった形(角川新字源)、
象形文字です。「農具:すき」の象形から、すきを用いて耕すを意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「用いる」を意味する「以」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji610.html)、
象形。㠯(すき)の形。〔説文〕十四下に「㠯は用ふるなり。反已に從ふ」とし、賈侍中説として「已意、已の實なり。象形」とする説を引く。已意は薏苡(よくい)という草。字は象形で、耜(すき)の形。もと㠯と同文。のち字形は厶・㠯・以に分かれた(字通)、
とあり、何れも象形文字とするが、ただ、上記の、
「㠯」を耜類の農具の形と解釈する説があるが、これは誤った分析である、
としており(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%A5)、
象形。人が物を携える形で、「㠯」字はこの字における人の胴体部を略した略体。「(人・物を)携える、率いる」を意味する漢語{以 /*ləʔ /}を表す字、
と解している(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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月夜(つくよ)よみ妹に逢はむと直道(ただち)から我(わ)れは來(き)つれど夜(よ)ぞ更(ふ)けにける(萬葉集)
の、
月夜よみ、
は、
月が明るく照らす晩なので、
と訳し、
直道(ただち)、
は、
近道をまっすぐに、
の意で、
近道をたどっていきせきやってきたけれど、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
直道、
は、
直路、
とも当て(岩波古語辞典)、
ただぢ、
とも訓ませる(大言海・学研全訳古語辞典)が、古くは、
ただち、
だったようである(デジタル大辞泉)。
徑路、
とも当て、
直通の路の義、
で(大言海)、和名類聚抄(931〜38年)に、
徑路、多多知、
字鏡(平安後期頃)に、
徑、小路也、太太知、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
徑、タダチ、
とある。どうやら、
近道の小道、
といった含意で、
まわりみちしない道(岩波古語辞典)、
まっすぐに行ける道、まっすぐな道、近道(学研全訳古語辞典)、
障害もなく回り道をしないで、目指すところへ行ける道(精選版日本国語大辞典)、
とあり、後に、
夢の直道、
として、
恋ひわびてうちぬるなかに行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ(古今和歌集)、
と、
夢の中では思う人のもとに行ける、
ところから、
夢の中で恋しい人のもとへ通ずるまっすぐの道、
の意で使う(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。さらに、転じて、
ながむれば月のただちは人知らず満ち欠けするも我ぞ定める(職人歌合)、
と、
経路、
道筋、
の意となり、これをメタファに、
理一と云は、中庸の理のたたちなる者也(「応永本論語抄(1420)」)、
と、
ものの正しい筋道、
の意や、
敵味方挑(いど)み合ひて打ち合ひけれども、互ひに雌雄の直道もなし(三好軍記)、
と、
物事のなりゆき、次第、いきさつ、
の意で使うに至る(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
直道、
を、
ひたみち、
と訓ますと、
直路、
とも当て、
直道(ひたみち)の義を取りて、名称と為り(常陸風土記)、
と、
まっすぐな道、
意や、
思ひやる心は立ちも後れじをただひたみちの烟とや見し(和泉式部集)、
と、
一本のまっすぐな線状のもの、ひとすじ、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)。
直道、
を、
すぐみち、
と訓ませても、
まっすぐな道、近道、
の意で使い、
直路(すぐじ)、
ともいうし、
直路、
を、
ちょくろ、
と訓まして、
彌陀来迎の直路なれば(謡曲「山姥(1430頃)」)、
と、同じく、
まっすぐなみち、また、近道、
の意で、また、
直道、
直路、
を、
じきろ、
と訓ましても、
仏道の直路(ぢきろ)すべて入門を知らず(「栂尾明恵上人伝記(1232〜50頃)」)、
と、
同じ意で使う。
直路、
を、
すぐぢ、
と訓ませると、
いかにせんすくちはゆかであしがらやよこはしりする人のこころを「(夫木和歌抄(1310頃)))、
と、やはり、
まっすぐなみち、
また、
まっすぐに歩くこと、
の意で使う。しかし、
直道、
を、
すぐどほり、
と訓ませると、
春風やかすみの関をすくとをり(俳諧「小町踊(1665)」)、
立ち寄らないで通り過ぎること、
つまり、
すどおり、
の意になる。
直道、
を、
ちょくつう、
と訓ませると、
東京から下ノ関に直通する、
と、
直接に目的地や相手に通じること、
の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。また、
直道、
を、
ぢきだう(じきどう)、
と訓ませると、仏語で、
般若経は、此、菩提の直道(ぢきだう)、往生の要湏(ようかい)也(今昔物語集)、
と、
仏道の悟りに達するのに最も近い道、涅槃(ねはん)への直接の道、直路(ちょくろ)、
の意や、
御法の功力に、草木国土も、成仏なれば、況んや生ある、直道の弔ひ、かれこれいづれも、頼もしや(謡曲「巴(室町末)」)、
と、
他の力を借りないで、直接に仏の道を知ることのできるもの、すなわち、人間、
の意で使うし、そのため、
ちょくどう、
と訓ませる、
直道、
も、
まっすぐな道路、
直道(ただち)、
直路(ちょくろ)、
と同じく、
まっすぐに通じる道路、
の意だが、そのメタファで、
殊恨王風之不競。直道之已湮(「本朝文粋(1060頃)」)、
と、
人間として行なうべき正しい道、正道、
の意で使う(仝上)。
「直」(漢音チョク、呉音ジキ)の異体字は、
𡇛(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)。字源は、「おほなほび」で触れたように、
会意文字。原字は「h(まっすぐ)+目」で、まっすぐ目を向けることを示す、
とある(漢字源)。別に、
会意。目と、十(とお。多い)と、乚(いん)(=隠。かくれる)とから成る。多くの目でかくれているものを見ることから、目でまっすぐに見る、ひいて、まっすぐ、「ただちに」の意を表す(角川新字源)、
会意。省(せい)+乚(いん)。省は目に呪飾を加え、巡察することをいう。いわゆる省察である。乚は隔てる意であろうと思われる。〔説文〕十二下に「正しく見るなり。十目に從ふ」とする。〔大学章句、六〕の「十目の視る所、十手の指す所、其れ嚴かなる乎(かな)」の語によって解するものであろうが、目の上は省・徳の字と同じく、呪飾とみるべきである。心部十下に「悳(とく)は外には人に得、内には己に得るなり」とあり、その重文の字は、本条の古文の字と似ている。悳は金文に徳の字として用いる。直は目の呪力を示すもので、「値(あ)う」意となり、価値の意となる。但と声近く、ただの意に用いる(字通)、
象形文字です。「上におまじないの印の十をつけた目の象形」から「まっすぐ見つめる」、「まっすぐである」を意味する「直」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji373.html)、
と、会意文字説、象形文字説と別れるものの、会意文字説は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によるもので、
『説文解字』では「十」+「目」+「𠃊」から構成される会意文字と説明されているが、これは誤った分析である、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)、
会意。「|」(直線)+「目」から構成され、まっすぐな視線を象る。「まっすぐな」を意味する漢語{直 /*drək/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)
としている(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%B4)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
志賀の海人(あま)の塩焼き衣(ころも)なれぬれど恋といふものは忘れかねつも(万葉集)
の、
上二句は序、「なれ」(馴れ親しむ)を起こす、
とし、
なれぬ、
は、
塩焼きの衣、その衣が褻れて汚れているように、馴れ親しんだ仲だというのに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
丸寝(まろね)をすれば我が着たる衣はなれぬ見るごとに恋はまされど色に出でば人知りぬべみ(万葉集)
の、
なれぬ、
は、
よれよれになってしまった、
と訳す(仝上)。また、
紅(くれなゐ)の八しほの衣(ころも)朝(あさ)な朝(さ)ななれはすれどもいやめずらしも(万葉集)
では、
上二句は序、「朝(あさ)な朝(さ)」を起こす、
とし、
八しほ(八入)、
は、
幾度も染める意、
として、
幾度も染めたその着物が朝ごとに褻れ汚れていくように、朝ごと朝ごと馴れ親しんでいても、
と訳す(仝上)。
な(馴)る、
で触れたように、
なる、
は、
馴る、
慣る、
穢る、
狎る、
熟る、
とあて(岩波古語辞典・広辞苑)、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、自動詞ラ行下二段活用で(学研全訳古語辞典)、
ナラス(均)・ナラフ(習)のナラと同根、物事に絶えず触れることによって、それが平常と感じられるようになる意、
とある(岩波古語辞典)。新撰字鏡(平安前期)に、
馴、奈豆久(なつく)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
馴、ナル・ナレタリ・ナツク・ムツビ・ヒトシ・シタガフ、
字鏡(平安後期頃)に、
馴、ナツク・ムツル・ナル・ノブ・ヒトシ・ツナグ・ヨル・シタガフ、
等々とある。で、
見てもまたまたも見まくの欲しければなるるを人はいとふべらなり(古今和歌集)
年ごろ、常のあつしさになり給へれば、御目なれて、猶しばし心みよと、のみの給はするに、日々におもり給ひて(源氏物語)、
と、
あるものや事態にたびたび出会ったり経験したりしたために常のこととなる、
度々の経験によって、疎遠な感じをもたなくなる、
珍しくなくなる、
意で(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、だから、
苗代(なはしろ)の小水葱(こなぎ)が花を衣(きぬ)に摺り奈流留(ナルル)まにまにあぜか愛(かな)しけ(万葉集)、
では、
着慣れる、
意をメタファに、
女に馴れ親しむ、
意で使っている(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
春やあらぬ月は見し夜の空ながらなれし昔の影ぞ恋しき(金槐和歌集)、
と、
親しむ、
近付きになって、気持の上でも親しくなる、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。それを敷衍して、
中納言殿は、いとささやかになれたる人の、らうらうじきなり(宇津保物語)、
と、
たびたび行なってそのことに熟達する、
習熟する、
意や、さらに、
よく気がきく、
巧みである、
などの意としても用いる(精選版日本国語大辞典)。これが、行き過ぎれば、
はばかりもなく聞ゆ。心やすく、若くおはすれば、なれ聞えたるなめり(源氏物語)、
と、
あまりにもなれなれしくふるまう、
意になる(仝上)。なお、
紐解かず丸寐(まろね)をすれば我(あ)が着たる衣は奈礼(ナレ)ぬ(万葉集)、
は、
よれよれになってしまった、
という意(伊藤博訳注『新版万葉集』)で、
おほろかに我(わ)れし思はば下に着てなれにし衣(きぬ)を取りて着めやも(万葉集)
と、
着物がふるびてよれよれになる、
意(古語大辞典)だが、
古馴染みの女の譬え、
として使って(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
衣類などがからだになじむ、
着なれて、ふだん着のように気楽に着こなせるさまについていう、
とある(精選版日本国語大辞典)。この場合は、
狎る、
とあてていい(大言海)。似た意味だが、
御調度どもを、いと古体になれたるが、昔様にてうるはしきを(源氏物語)、
と、
長く使って、古くなる、
みすぼらしくなる、
やつれる、
意の場合は、
穢(な)る、
褻る、
とあてていいのかもしれない。だから、
あふ事はわがけよそひのきぬなれや年はゆけどもさせるひもなし(「久安百首(1153)」)、
と、
けよそひ、
は、
褻装、
とあて、
褻、
は、
ふだんの意、
として、
ふだん着ている服、平服、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。さらに、
馴(な)れ姿(すがた)、
褻(な)れ姿(すがた)、
というと、
かずにもあらずあやしきなれすがたを、うちとけて御覧ぜられんとは(源氏物語)、
と、
褻(け)の姿、
の意で、
着なれた衣服を身につけた姿、ふだん着の姿、
の意だが、
古い衣服を身につけたさま、
の意でも使い、
馴(な)れ衣(ごろも)、
褻(な)れ衣(ごろも)、
というと、
なれぎぬ、
とも訓ませ、
別れにし妹が着せてし奈礼其呂母(ナレゴロモ)袖片敷きてひとりかも寝む(万葉集)、
と、
着なれた衣、
の意だ(精選版日本国語大辞典)が、
着古した着物、
の意ともなる(伊藤博訳注『新版万葉集』)し、
褻(け)の装束(しょうぞく)、
というと、
僧正布施外、奉褻装束一襲(「小右記(1005)」)、
と、
日常の殿舎の調度や衣服、装身具。衣類ではふだん着をいい、公家の服では宿直(とのい)装束、
をいい、対になるのは、
納(おさ)めの装束、
で、
仮(け)・納の装束数下(あまたくだり)調へて渡しけり(今昔物語集)、
と、
公の、改まった場のための特別の衣服、装身具など、
つまり、
晴れ着、
をいう(精選版日本国語大辞典)。なお、
一夜ずしの仕様……一夜にしてなれ申し候(「料理物語(1643)」)、
と、
すしなど、ほどよく時間がたって、味加減がよくなる。熟成する、熟す(精選版日本国語大辞典)、
まじりあってよい味になる。味がこなれる(岩波古語辞典)、
意の場合、
熟る、
当てる(仝上)。それが過ぎると、
はやくこそ六角町のうり魚のなれぬ先よりかはりはてけれ(「七十一番職人歌合(1500頃)」)、
と、
食べ物などが新鮮でなくなる、
腐る、
意で(精選版日本国語大辞典)、
穢る、
の字があう。
なる、
の用例は、
な(馴)る、
でも触れたが、
四尺の屏風の中馴たる立てたり(今昔物語集)、
の、
中馴る(なかなる)、
中褻る(なかなる)、
は、
中くらいに古びている、
ちょうどよい程度に古びる、
ほどよく古くなり使いなれる、
意、
鈴鹿山伊勢をの海士(あま)の捨て衣しほなれたりと人や見るらむ(後撰和歌集)、
の、
潮馴る(しほなる)、
は、
海水や潮気に湿る、
海辺の生活にそまる、
意、転じて、
あかじみてよごれる、
潮じむ、
意、
冬すぎばなげおかれなむ物ゆゑに君が手にはたたなるべらなり(「躬恒集(924頃)」)、
の、
手馴る(たなる)、
は、
手になれる、
なつく、
意、
おのがさまざま妻(ツマ)なるるも笑しくて(「好色一代男(1682)」)、
の、
つまなる(妻馴・夫馴)、
は、
男女、または、雌雄が互いに馴れ親しむ、
意(精選版日本国語大辞典)、
局どもの前わたるいみじう、たちなれたらむ心地もさわぎぬべしかし(枕草子)、
の、
立ち馴る(たちなる)、
は、
いつもその場所にいてなれ親しむ、
意(デジタル大辞泉)、
よそにのみきかまし物を音羽川わたるとなしにみなれそめけん(古今和歌集)、
の、
みなる(水馴る)、
は、
水に浸りなれる、
意で、多く「見馴る」にかけて用いる。
人に又つまなれにけることなればうき例(ためし)にはひくとしらずや(「続詞花和歌集(1165頃)」)、
の、
爪馴る(つまなる)、
は、
琴爪で何度も掻き弾いて、弾くのになれる、
弾きやすくなる、
意、
おもふにはたけのあみかきふしなれぬたまの台(うてな)よさもあらばあれ(「教長集(1178〜80頃)」)、
の、
臥し馴る(ふしなる)、
は、
ある場所で寝ることに馴れる、
何度も寝るうちに、その場所に体がなじむ、
意、
さま変り給へらむ装束など、まだたちなれぬほどはとぶらふべきを(源氏物語)、
の、
裁ち馴る(たちなる)、
は、
布を裁つことになれる、
衣服を仕立てなれる、
意、
年ごろあひなれたる妻(め)、やうやう床離れて、つひに尼になりて(伊勢物語)、
の、
相馴る(あいなる)、
は、「あい」は接頭語、
なれ親しみ合う、
夫婦になる、
意、
まつわかも此きみに、ひごろそひなれたてまつり、読み覚えたることなれば(浄瑠璃「中将(1624〜30頃)」)、
の、
添い馴る(そいなる)、
は、
そば近くにいて親しむ、
添うことが習慣となる、
意、
この君は、いとかしこう、さりげなくてきこえなれ給ひにためり(源氏物語)、
の、
聞こえ慣(馴)る(きこえなる)、
は、「いいなれる(言慣)」の謙譲語で、
お話し申しあげて親しくなる、
親しくご交際申しあげる、
意、
われとこそながめなれにしやまのはにそれもかたみのありあけの月(「秋篠月清集(1204頃)」)、
の、
眺め慣る(ながめなる)、
は、
物思いに沈んではたびたびそのものを見やる、
また、
繰り返しながめて、親しくなる、
意、
若くてよき男の、下衆女の名くちなれて言ひたるこそにくけれ(「前田本枕(10C終)」)、
の、
口慣る(くちなる)、
は、
言いなれる、
口癖になる、
意、
軍馴(いくさならし)、
は、
軍事の練習、
筆馴(ふでならし)、
は、
書くことをならすこと、
だが、また、
新しい筆を、使いならす、
意でもある(精選版日本国語大辞典)。
かやうなる御心しらひは、常のことにて、めなれにたれば(源氏物語)、
の、
目慣る
目馴る、
は、
見慣れる、
意で、それをメタファに、
物事になれる、
意(デジタル大辞泉)、
鈍色は、てなれにし事なれば、小袿・袈裟などしたり(源氏物語)、
と、
手慣る、
手馴る、
は、
扱い馴れている、
意で、それをメタファに、
笛竹の手なるるふしを忘ると思へば(落窪物語)、
と、
熟練する、
意や、
仕事などになれて巧みになる、
意、さらに、
Tenare(テナレ)タ、トリ、イヌ(馴れておとなしい鳥または犬)(「日葡辞書(1603〜04)」)、
と、
飼いならす、
意でも使い、
あしひきの山郭公さとなれてたそがれ時に名のりすらしも(拾遺和歌集)、
の、
里馴る、
は、
(鳥獣が)里馴れる、人馴れる、
意、それをメタファに、
勘平が妻のおかるは酔さまし、はや里なれて吹風に(浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵(1748)」)、
と、
遊里の生活や習慣などになじむ、
で使い、
宮とは思ひもかけず、例こなたにきなれたる人にやあらん(源氏物語)、
と、
来慣る、
来馴る、
は、
通い慣れる、来つける、
意、また、
世馴る。
世慣る、
は、
世故(せこ)に長(た)ける、実社会におけるさまざまな経験を積んで、世の中の現実とそれへの対処のしかたを心得る、
意だが、
打ちとくる心ばへなど、あやしくやうかはりて、よなれたる人ともおぼえねば(源氏物語)、
と、
男女の交わりに馴れる、異性を知る、色恋沙汰に精通する、
意でも使い、
Banareta(バナレタ)ヒト(「日葡辞書(1603〜04)」)、
と、
場慣る、
場馴る、
は、
経験をかさねてその場所や物事になれる、
意、
口馴る
口慣る、
は、
言いなれる、
意だが、それをメタファに、
食物の味が口に合うようになる、
意でも使い、
旅慣る、
旅馴る、
は、
何度も経験しているため旅の諸事をうまくこなせる、
意、
酔(ゑ)はぬ時もことぐさなれば、みな人みみなれにたらん(宇津保物語)、
と、
耳慣る、
耳馴る、
は、
聞きなれる、
意、
この度は事なれそがせ給ふ事なし(栄花物語)、
の、
事慣る、
は、
物事に慣れる、物事に通ずる、なじむ、
意、
居馴る、
は、
住み馴れる、居なじむ、
意、
少し人なれたる事やまじらむと思ふこそうしろめたけれ(源氏物語)、
の、
人慣る、
人馴る、
は、
人づきあいになれる、
意で、それをメタファに、
人なれぬみつの御牧の駒なれや立名もさらにあらじとぞおもふ(「重之集(1004頃)」)、
と、
動物などが人になつく、
意でも使い、
空言を、よくしなれたる口つきよりぞ、いひ出すらむ(源氏物語)、
と、
為(し)慣る、
為(し)馴る、
は、
することに慣れる、慣れて熟達する、
意、
礒なれし松も見らるるねはんかな(俳諧「白雄句集(1793)」)、
の、
磯馴る、
は、
海岸にながく住みなれる、
意だが、それをメタファに、
強い潮風のために樹木が地面になびいて生え延びる、
意でも使い、その他、
馬や乗り物などに乗るのになれる、
意で、
乗り慣る、
乗り馴る、
そう呼ぶことに慣れている、
意で、
呼び慣る、
呼び馴る、
書くのになれている、
意で、
書き慣る、
書き馴る、
読むことに慣れる、読みつける、
意で、
読み慣る、
読み馴る、
長い間使って、その使い方などになれる、使いつける、
意で、
使い慣る、
使い馴る、
きたれどもいひしなれねば鶯の君に告げよとをしへてぞなく(大和物語)、
と、
言い慣る、
言い馴る、
は、
言うことになれている、ものなれた態度で言う、
意だが、
こと多くいひなれたらむかたにぞ靡かむかし(源氏物語)、
と、
言い寄ってなれ親しむ、気のおけない関係である、
意や、
岡の梢の色をおもふなどいへるも、云なれてをかしさまさりたるにや(「内大臣忠通歌合(1118)」)、
と、
よく練れた表現である、言葉づかいが洗練されている、
意でも使い、
たちなれてやみにしやどをけふみればふるき心ちのおもほゆるかな(宇津保物語)、
の、
立ち馴る、
は、
なれ親しむ、
意だが、それをメタファに、
宮づかへの方にもたちなれ(更級日記)、
と、
経験を積んでなじむ、
意で使い(「たち」は接頭語)、
ここがちに、おはしましつきて、いとよう、すみなれ給ひにたれば(源氏物語)、
の、
住み慣る、
住み馴る、
は、
長年住んでいて、その土地や家に慣れる、
その土地や家に住んで久しくなる、
意である(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
「褻」(漢音セツ、呉音セチ)、
は、
会意兼形声。「衣+音符熱(身近い、ねばりつく)の略体」。無声のnがsにかわったことば、
とある(漢字源)。他に、
形声。「衣」+音符「埶 /*NGET/」。「普段着」を意味する漢語{褻 /*snget/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A4%BB)、
とある。中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)には、
形声、家での普段着。「衣」から構成され、「埶」が音、「詩」(鄘・君子偕老)に、「是褻祥也」(これは肌着の無色のもの)という、
とある(漢辞海)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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うち鼻(はな)ひ鼻をぞひつる剣大刀(つるぎたち)身に添ふ妹し思ひけらしも(万葉集)
の、
鼻ふ、
は、
くしゃみをする、
意、
鼻をぞひつる、
は、
鼻をぞ・ひ(嚔)・つる、
で、
つる、
は、
完了の助動詞「つ」の連体形(「つ」は活用語の連用形に付く)、
で、
ひ、
は、
ふ(嚔)、
の連用形、
剣大刀、
は、
身に添ふ、
の枕詞で、
くしゃみが出、またくしゃみが出た、身に帯びる剣の大刀のように、いつも身に添い寝る、
と訳し、
くしゃみ、
を、
私のことを思ってくれている、
と解す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
鼻ふ、
は、
嚔ふ、
とも当て、
ひ/ひ/ふ/ふる/ふれ/ひよ、
の、上二段活用で、
はなひる、
の古い活用、
とある(広辞苑)。冒頭の、
鼻ひ、
の、
ひ、
は、
嚏(ふ)、
で触れたように、
嚏、
とあて、
ひ/ひ/ふ/ふる/ふれ/ひよ、
の、他動詞ハ行上二段活用で、それだけで、
くしゃみをする、
意である(学研全訳古語辞典)。上代、
終止形が「ふ」、
で、
眉根(まよね)掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我(われ)を(万葉集)
の、
鼻ひ
のように、
連用形に「鼻火」の形があり、「火」が特殊仮名づかいで「ひ」の乙類を表わす仮名であるところから、上二段活用であったと考えられる、
とあり(精選版日本国語大辞典)、それが、天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年〜901年)に、
噴嚔、波奈比、
とあったものが、和名類聚抄(931〜38年)では、
嚔、波奈比流、噴鼻也、
類聚名義抄(11〜12世紀)で、
嚔、ハナヒル、
字鏡(平安後期頃)で、
噴嚔、波奈比留、
とあるように、
ひ/ひ/ひる/ひる/ひれ/ひよ、
と、
鼻をいと高うひたれば、あな、心憂(う)(枕草子)、
と、他動詞ハ行上一段活用化し、
嚔(ひ)る、
となった。なお、
くしゃみをするのは、良くない事が起こる前ぶれとか、恋人が訪れる前ぶれなどといわれていた、
などとある(学研全訳古語辞典)が、上代では、
人に恋され、また、恋人が訪れる前兆とみなされた、
ものが、平安時代以後には、
悪い事の起こる前兆と考えられた、
とある(岩波古語辞典)。枕草子の例は、後者とみられる。
ふ(嚔)、
は、
簸(ふ)と同根(岩波古語辞典)、
とある。
簸(フ)、
は、
上一段のフ(嚔)と同根、
で、
箕(み)で穀物を勢いよく振って、籾殻(もみがら)・屑などを除く、
意(岩波古語辞典)で、
奈良時代には上二段活用であった(仝上)、
「簸」を動詞として、上二段に活用した例はないが、「書紀‐神代上」の「簸之河」が、古事記に「肥河」、出雲風土記に「斐伊河」とあり、「肥」「斐」は上代特殊仮名づかいで、乙類の仮名であるところから、「簸」も同様の乙類のヒであったと見られ、したがって、古くは上二段活用であったと考えられる(精選版日本国語大辞典)、
とあり、後に、新撰字鏡(平安前期)で、
簸、米(よね)比留、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
簸、ヒル、
と、上一段化した(仝上・岩波古語辞典)。で、
簸(ひ)る、
は、
ひ/ひ/ひる/ひる/ひれ/ひよ、
の、他動詞ハ行上一段活用で(学研全訳古語辞典)、
糠のみ多く候へば、それをひさせんとて置きたる物をば(古今著聞集)、
と、
箕(み)で穀物などをあおり振るって、屑(くず)を除き去る、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。しかし、
ひる、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
屁、放屁、倍比流(へひる)、下部出気也、
天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年〜901年)に、
放屁、戸比留、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
屁、放屁、ヘヒル、
とあるように、
放る、
とも当て、
體中より外へ放つ、
意(大言海)とし、
嚔(ひ)る、
は、
洟(はな)放(ひ)るの義、
とある(仝上)、
放(ひ)るの語意に同じ(大言海)、
体外へ出す意の「ひる(放)」と同語源(精選版日本国語大辞典)、
とする説がある(仝上)。
ひる(放)、
が、
四段活用化したのに対し、(「嚔(ひ)る」は)上一段活用のまま残ったもので、中古には「はなひる」「はなふ」の例がある、
ともあり(精選版日本国語大辞典)、前出の、和名類聚抄(931〜38年)の、
嚔、波奈比流、噴鼻也、
とある意味と重なり、
簸(ひ)る、
よりは、
放(ひ)る、
の方が、意味上、重なり合いが大きい気がする。そのため、
放(ひ)る、
は、
くしゃみをする意の「ひる(嚔)」と同語源。「新撰字鏡」に「放屁 戸比留」、「十巻本和名抄‐二」に「放屁 倍比流」の例もある。これらは「戸比利虫」(新撰字鏡)、「久曾比理乃夜万比」(和名抄)などの「ひり」から推して、中古早くから四段活用だったと思われるが、より古くは、「ひる(嚔)」と同じく上一段活用(上代は上二段活用)だったかと考えられる、
としている(精選版日本国語大辞典)ので、
放(ひ)る、
と、
嚔(ひ)る、
は、意味の上からも、音の上からも、同語源と考えていいのではないか。
嚏(ひ)る、
は、
やや、鼻ひたる時、かくまじなはねば死ぬるなりと申せば(徒然草)、
と、
はなひ(嚔)る、
とも訓ませ、
ひ/ひ/ひる/ひる/ひれ/ひよ、
の、自動詞ハ行上一段活用だが、やはり、奈良時代は、
はな(嚔)ふ、
で、上二段活用であったとされる(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)。で、その、
はなひる、
の古形、
鼻(はな)ふ、
嚏(はな)ふ、
は、上述したように、上代、
上二段動詞、
であったが、これが、
上一段化、
して、
はなひ(嚔)る、
になった。意味は、
くしゃみをする、
であるが、上代、
くしゃみ(嚔)をする、
ことは、前述したように、
人に恋され、また、恋人が訪れる前兆、
とされたが、平安時代以後、
悪い言の起きる前兆、
と考えられた(岩波古語辞典)。なお、
嚔く、
を、
はなふく、
と訓ますと、
「鼻吹く」の意、
で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
はなふ、
はなひる、
と同義で、
くしゃみをする、
意(仝上)で、
鼻をひる、
ともいう(仝上)。なお、
太刀、
については触れた。
「鼻」(漢音ヒ、呉音ビ)の異体字は、
𢍂、𦤓(同字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BC%BB)、字源は、「鼻の下くう殿建立(でんこんりゅう)」で触れたように、
形声。自ははなの形を描いた象形文字。鼻は「自」(鼻の象形)+音符「畀(ヒ)」で、狭い鼻腔の特色に名づけたことば、
とある(漢字源)。他も、
旧字は、形声。意符自(はなの原字)と、音符畀(ヒ)とから成る。「はな」の意を表す。教育用漢字は俗字による(角川新字源)、
形声。「自」+音符「畀 /*PI(K)/」。「はな」を意味する漢語{鼻 /*bi(k)-s/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BC%BB)、
形声。旧字は畠+丌に作り、畀(ひ)声。〔説文〕四上に「气を引きて自ら畀(あた)ふるなり。自畀に從ふ」と会意に解するが、自は鼻の象形。畀を声とするのは、その鼻息の擬声語とみてよい。顔面で最も突出するところであり、わが国でははな(端)といい、中国には鼻祖という語がある。人はまず鼻から生まれるというのは俗説である(字通)、
と形声文字としているが、別に、
会意兼形声文字です。甲骨文では「はな」の形をした象形文字でしたが、後に、「畀(ヒ こしき(米などを蒸す為の土器)の中敷きと台の象形で「蒸気(空気)を通過させる」の意味)」が追加され「鼻」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji9.html)。なお、
「鼻」の原字である「自」には{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}の2つの語があり(一形多用)、後に音符「畀
/*PI(K)/」を付加して「鼻」字に分化した、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BC%BB)。で、「自」の字源をみてみると―。
「自」(漢音シ、呉音ジ)の異体字 は、
𩐍(同字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA)、字源は、
象形。人の鼻を描いたもの。「私が」というとき、鼻を指さすので、自分の意に転用された。また出生の際、鼻を先にして生まれ出るし、鼻は人体の最先端にあるので、「……からおこる、……から始まる」という起点をあらわすことばとなった、
とある(漢字源)。他も、
象形。鼻の形にかたどり、はなの意を表す。自分の鼻を指さして自分を示すことから、「みずから」の意に、借りて、助字に用いる。「はな」には、のちに鼻の字ができた(角川新字源)
象形文字です。「鼻(はな)」の象形から転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「自己・己(おのれ)」を意味する「自」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji247.html)、
象形。人の鼻を象る。「はな」を意味する漢語{鼻/*bi(k)-s/}を表す字。のち仮借して「みずから」を意味する漢語{自
/*dzik-s/}に用いる、
とし(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA)、ただ、上記の、
「私が」というとき、鼻を指さすので、自分の意に転用された、
とする説は、
自分を指すのに鼻を指したことから「みずから」の意味に使われるという説があるが、これは根拠のない憶測に基づく民間俗説である。実際には音韻的類似による仮借にすぎない、
と否定しており(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA)、
ただ{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}は音韻的に離れているので、単純な仮借とは言いがたく、以下のような説がある、
として、
@「自」は、元々DZI音域で「はな」を意味する漢語{鼻}を表していたが、後に仮借して「みずから」を意味する漢語{自/*dzik-s/}を表すようになった。
一方で、「はな」を意味する漢語はDZI音域からP系統の音/*bi(k)-s/に変化した。
つまり、「自」には{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}の2つの語があったが(一形多用)、その後{鼻}は音符「畀
/*PI(K)/」を付加して「鼻」字に分化したと考えられる。
A「自」の上古音を*s.b-のような複合子音を用いて/*s.[b]i[t]-s/と再構し、*s.[b] i[t]-s
> *zbit-s > *bzit-s > *dzit-sと音が変化したことで、{鼻/*m-bi[t]-s/}と{自/*s.[b]i[t]-s/}を諧声可能とした、
を挙げている(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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うち鼻(はな)ひ鼻をぞひつる剣大刀(つるぎたち)身に添ふ妹し思ひけらしも(万葉集)
の、
鼻ふ、
は、
くしゃみをする、
意、
剣大刀、
は、
身に添ふ、
の枕詞で、
くしゃみが出、またくしゃみが出た、身に帯びる剣の大刀のように、いつも身に添い寝る、
と訳し、
くしゃみ、
を、
私のことを思ってくれている、
と解し、
身に添ふ妹し思ひけらしも、
を、
(剣の太刀のように)いつも添い寝るあの子が、私のことを思っていてくれるらしい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
けらしも、
は、
推量の助動詞「けらし」+詠嘆の終助詞「も」、
で、
けらし、
は、
過去の助動詞「けり」の連体形「ける」に推定の助動詞「らし」の付いた「けるらし」の変化した語(学研全訳古語辞典)、
過去の助動詞「けり」の連体形に推量の助動詞「らし」の付いた「けるらし」の音変化(デジタル大辞泉・広辞苑)、
回想の助動詞ケリの連体形ケルに推量の助動詞ラシのついたケルラシの約(岩波古語辞典)、
ケル、ラシの約(大言海)、
助動詞「けり」に助動詞「らし」の付いた「けるらし」の変化したもの(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
けるらし→けらし、
と約まったものであるとされるが、
けりの形容詞化(広辞苑)、
「けり」が形容詞的に活用したもの(精選版日本国語大辞典)、
とする説もある。
けらし、
は、
我妹子は常世の国に住み家良思(ケラシ)昔見しよりをちましにけり(万葉集)、
と、ある兆候の存在からその根拠となる事態の存在に気づき、その存在の可能性を推量し、
……だったのだろう、
の意や、
万代(よろづよ)に語り継げとしこの岳(たけ)に領布(ひれ)振り家良之(ケラシ)松浦佐用比売(万葉集)、
狭莚(さむしろ)はむべさえけらし隠れ沼(ぬ)の葦まの氷一重(しとへ)しにけり(後拾遺和歌集)、
と、こういう条件があれば、そうなるのが道理であるという筋道を見いだして、その筋道の存在の可能性を推量し、
そういう訳で……たのだろう、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)。後者の用法は、平安時代以降は、あまり見られなくなる(仝上)とある。また、
けらし、けり(に同意)(鎌倉初期の歌学書「八雲御抄(やくもみしょう)」(順徳天皇))、
けらしとは、ケリと云ふ事(江戸前期の女訓書「不断重宝記」)、
等々にあるように、
けらし、
は、
けり、
の意味だとされ、
神明の加護かならず恙なかるべしと云捨て出つつ、哀さしばらくやまざりけらし(奥の細道)、
と、近世になって多くみられるようになり(仝上)、
「けり」を詠嘆的に余情をこめて表現する、
場合に使い、
……だなあ、
……たのだなあ、
……であることよ、
といった意味になる。
けらし、
には、完了の助動詞「ぬ」の連用形をつけて、
桜田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟(あゆちがた)潮干(しほひ)二家良之(ニケラシ)鶴鳴き渡る(万葉集)、
と、
にけらし、
という使い方があるが、これは、完了している事態についての推量を表わし、
……してしまったようだ、
……してしまったらしい、
という意になる(精選版日本国語大辞典)。
けり、
と、同義に使われているが、
しく、
で触れたように、動詞・助動詞の連用形を承ける、過去の助動詞、
けり、
は、
「き(来)」に「あり」が結合したもの、
とも、
過去の助動詞「き」に「あり」が結合したもの、
ともいわれ(精選版日本国語大辞典)、
けら・○・けり・ける・けれ・◯、
と活用し(精選版日本国語大辞典)、
事態の成り行きがここまできていると、今の時点で認識する、
という意味が基本であり、
この花の一節(ひとよ)のうちは百種(ももくさ)の言持ちかねて折らえけらずや(万葉集)、
と、
そういう事態なんだと気づいた、
という意味で、
……ていたのだな、
……たのだな、
と、
気づいていないこと、記憶にないことが目前に現れたり、あるいは耳に入ったときに感じる、一種の驚きをこめて表現することが少なくない、
とあり(岩波古語辞典)、
けり、
が、
詠嘆の助動詞、
とされる所以である。ただ、
世の中は空しきものと知る時しいよいよますます悲しかりけり(万葉集)、
と、
見逃していた事実を発見した場合や、事柄からうける印象を新たにしたとき、
や、
遠き代にありけることを昨日(きのふ)しも見けむがごとも思ほゆるかも(万葉集)、
と、
真偽は問わず、知らなかった話、伝説・伝承を、伝聞として表現するとき、
にも用いる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。だから、
けり、
の場合は、
気づいた事態や筋道は目の前に存在したり、ありありと意識されたりすることを表わす、
が、
けらし、
の場合、それらは、
直接には確かめることができないので、存在する可能性が述べられるに止まっている、
という違いがある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、同じ過去の助動詞
き、
は、基本、
人言(ひとごと)を繁(しげ)みこちたみ逢はずありき心あるごとな思ひわが背子(万葉集)、
と、
「き」の承ける事柄が、確実に記憶にあるということである。記憶に確実なことは、自己の体験であるから、「き」は、
「……だった」と自己の体験の記憶を表明する場合が多い、
とある(仝上)。しかし、自分の経験しえない、また目撃していない事柄についても、
音に聞き目にはいまだ見ず佐用姫が領布(ひれ)振りきとふ君松浦山(きみまつらやま)(万葉集)、
と、
みずから目撃していない伝聞でも、自己の記憶にしっかり刻み込まれているような場合には、「き」を用いて、「……だったそうだ」の意を表現した、
とある(仝上)。
けらしも、
の、
らし、
は、語源としては、
「あ(有)るらし」「あ(有)らし」の音変化説などがある(デジタル大辞泉)、
「あり」を形容詞化した「あらし」とする説、「あるらし」「けるらし」「なるらし」の縮約形とする説などがあるが、未詳(精選版日本国語大辞典)、
とされ、
〇・〇・らし・らし・らし・〇、
と活用する推量の助動詞、基本、
動詞・助動詞の終止形を承ける(岩波古語辞典)、
が、
ラ変動詞・形容詞(カリ活用)・形容動詞およびラ変型の活用をする助動詞には連体形を承ける、
とされ(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、上代では、
上一段活用の動詞については、連用形を承ける、
ともある(岩波古語辞典)。原則、語形変化をしないが、
「ぞ」「こそ」の結びとしての用法があるのでそれぞれ連体形・已然形も「らし」とする、
とある(精選版日本国語大辞典)。上代では、
やすみしし我が大君の夕されば召し給ふらし(連体形)明けくれば問ひ給ふらし(連体形)(万葉集)、
と、「こそ」の係りの結びには「らしき」を用いた例もある(岩波古語辞典)が、
普通にはこれを形容詞の形に照らして、連体形とする、
とある(精選版日本国語大辞典)。これは、
「らし」がシク活用の形容詞と同型の活用をする結果で、シク活用の形容詞は、「うまし國」「遠々し越の国」のように、体言にかかる場合に、終止形そのままを用いる場合がある。それと同様に、「らし」がそのまま連体形として使われた、
ともある(岩波古語辞典)。
らし、
は、
確定的な事実に対する推量を表わすが、思いをめぐらして想像するといったものではなく、事実に対する志向作用を表わす。そこで「らし」の表わす推量を特に「推定」と呼ぶことが多い(精選版日本国語大辞典)、
「らし」が用いられるときには、常に、推定の根拠が示されるので、その根拠を的確にとらえることである(学研全訳古語辞典)、
上代では、確定的な事実に対する推量であるが、「疑」字を「らし」と読む場合もある。中古には、疑問表現を受ける例も現われ、確定的な事実ばかりでなく、未定の事実も対象とするようになった。中古半ばには、すでに古語(歌語)であり、現代語の助動詞「らしい」は、近世以後成立した別語である。しかし、意味の上ではかなり近い(精選版日本国語大辞典)、
とあり、用法は、具体的には、
根拠を示し、現実の状況を推定する意を表わす場合、
は、
浅茅原小谷を過ぎて百(もも)伝ふ鐸(ぬて)ゆらくも置目(おきめ)来(く)良斯(ラシ)も(古事記)、
と、根拠と事実とを二文または条件句などを用いて示したり、
縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島こぎみる舟は釣しす良下(ラしも)(万葉集)、
と、根拠と事実とを係助詞「は」などを介して一文で表わしたりする。また、
汝(な)が御子や遂に知らむ雁は卵産(こむ)良斯(ラシ)(古事記)、
と、
確定的な事実の原因・理由を推定する意を表わしたり、
古(いにしへ)の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせしものは酒にしある良師(ラシ)(万葉集)、
と、
原因や根拠などにかかわらず、ある事柄について推定する意を表わしたりする(精選版日本国語大辞典)。
けらしも、
の、
も、
は、
かも、
で触れたように、ここでの、
も、
は、
終助詞、活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法について、詠嘆の意を表す。体言には「かも」「はも」などの形で用いる。「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
終助詞。文末で、活用語の終止形、助詞、接尾語「く」に付く。感動・詠嘆を表す。…ことよ。…なあ。「かも」「ぞも」「はも」「やも」、主に上代の用法で、その後は「かな」に代わった。係助詞の終助詞的用法ともいう(デジタル大辞泉)、
文末用法。文末の終止形(文中に係助詞がある時はそれに応ずる活用形)およびク語法を受けて詠嘆を表わす。体言を受ける場合は同じく詠嘆を表わす他の係助詞が上接して「かも」「はも」「そも」などの形となる。終助詞とする説もある(精選版日本国語大辞典)、
終助詞。文末、文節末の種々の語に付く。〔詠嘆〕…なあ。…ね。…ことよ(学研全訳古語辞典)、
などとあり、
春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影にうぐひす鳴くも(万葉集)、
では、
鶯がないているなあ、
といった意味になる。なお、
朝ごとにわが見る屋戸の瞿麦(なでしこ)が花にも君はありこせぬ香裳(かも)(万葉集)、
と、
ぬかも、
の形で願望の意を表し、
……てくれないかなあ、
の意で使う、
ぬかも、
については触れた。
「も」の字源は、
毛の草体、
とされる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%82%82)。
「毛」(漢音ボウ、呉音モウ)は、
象形。細い毛を描いたもので、細く小さい意を含む、
とある(漢字源)。他も、
象形。人獣の毛髪を象る。「け」を意味する漢語{毛 /*mˤau/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AF%9B)、
象形。人や動物の「け」が生えているさまにかたどる(角川新字源)、
象形文字です。「けの生えている」象形から「け」を意味する「毛」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji228.html)、
象形。毛の形。〔説文〕八上に「眉髮の屬、及び獸毛なり」とあり、体毛をいう。また地表に生ずる草をもいい、〔左伝、隠三年〕「㵎溪(かんけい)沼沚(せうし)の毛」は水草。これをとって神饌とした。不作の地を不毛という(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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