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コトバ辞典
玉桙(たまほこ)の道行き占(うら)に占(うらな)へば妹は逢はむと我(わ)れに告(の)りつる(万葉集)
の、
道行き占、
は、
道を行く人の言葉で判断する占い(岩波古語辞典)、
で、
夕占、
に同じとあり、
夕占(ゆふけ)、
は、
言霊の活動する夕方、辻で、行き交う人のことばの端から吉兆を占うこと、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。そして、
恋ひ死なば恋ひも死ねとや玉桙の道行く人の言も告(の)らなくに(万葉集)、
の、
道行く人の言も告(の)らなくに
は、
道行き占に占ったことを背景とする表現、
とあり、
道行く人が、あの人に逢えそうな言葉も口にしてくれない、
と訳す(仝上)。
玉桙、
については、
玉鉾、
で触れたように、
道にかかる枕詞、
で、一般に、
たまぼこ、
と訓まれるが、この時代は、まだ、
たまほこ、
であろう(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)とある。
たまほこ、
は、
玉鉾、
玉桙、
玉矛、
等々と当て、
たまは美称、
とあるが(大言海)、そのわけを、
タマ(霊)ホコ(桙)で、陽石(陽物の形の石)、
とあり(岩波古語辞典)、
上古、矛を携ふればなり、此語道に續くは、出征に矛を賜はるに因る。後に、節刀を賜はることとなれり。又、常の出行くの道にも手矛など持ち行きたるならむ。門の両旁の木をほこだちと云ふも、それを立ておきたる故の名なるべし、
とある(大言海)のは、
三叉路や村里の入口に玉桙の類を立てた、
ことによる(岩波古語辞典)とみられる。
言霊(ことだま)の八十(やそ)の衢(ちまた)に夕占(ゆふけ)問ふ占(うら)まさに告(の)る妹は相寄らむ(万葉集)、
の、
言霊(ことだま)の八十(やそ)の衢(ちまた)、
は、
言霊のふるい立つ四通八達の道筋、
で、
言霊の活動する夕方、辻で、行き交う人の言葉の片端から吉兆を占う、
という、
夕占、
が、
占(うら)まさに、
の、
まさに、
は、
占いの確かさをいう語、
なので、
はっきりと、
の意で、
占のお告げにはっきりと出た、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
夕占(ゆふけ)、
は、
夕卜、
夕衢占、
とも当て(大言海・広辞苑)、後世は、
ゆうげ、
ともいう、
夕方、辻に立って、往来の人の話を聞き、それによって吉凶・禍福をうらなうこと、また、その占い(広辞苑)、
夕方、街の辻に立って道行く人の言語を聞いて吉凶を占うこと(岩波古語辞典)、
夕方道端に立って、一定の区域を定め、米をまき、呪文を唱えなどして、その区域を通る通行人のことばを聞いて吉凶禍福を占ったもの(精選版日本国語大辞典)、
をいい、いわゆる、
辻占、
のことで、
辻、
は、
六道の辻、
で触れたように、
道路が十文字に交叉しているところ、
つまり、
四辻、
の意であるが、また、
道筋、
道端、
巷、
の意でもあり、
人だけでなく神も通る場所、
である。
ケは卦か、
とあり(大言海)、
夕方にする辻占、
のことなので、
ゆううら(夕占・夕卜)、
ゆうけのうら(卜)、
みちのうら、
ともいう(仝上・広辞苑・精選版日本国語大辞典)。なお、続後拾遺集に、
さし櫛もつげの歯なくて吾妹子がゆふけの卜を問ひぞわづらふ、
とあるように、
女子が、黄楊(つげ)の櫛を持ちて、辻に出て、道祖神を念じて櫛の歯を鳴らし、そこに見え來る人の語にて、吉凶を定ることあり、
ともある(大言海)。別称に、
朝占夕占(あさけゆうけ)、
というように、
朝方や夕方の人の姿がはっきりしない時刻に行われ、道行く人の無意識に発する言葉の中に神慮を感じとり、それを神の啓示とした、
とある(世界大百科事典)。万葉集でも詠われているように、起源は古代にさかのぼる。
月夜(つくよ)には門(かど)に出(い)で立ち夕占(ゆうけ)問ひ足卜(あうら)をそせし行かまくを欲(ほ)り、
などと、万葉集に多く見られるが、平安時代には廃れていたと見られる、
とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。後に、
辻占(つじうら)、
というが、これは、
古への夕衢占(ゆふけ)、辻に立ちて、往来(ゆきき)の人の無心の言語を聞きて事の吉凶を占ふこと(大言海)、
黄楊(つげ)の33櫛を持って四辻に立ち、道祖神に祈って歌を三遍唱え、最初に通りかかった人の言葉によって吉凶を判断したこと(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
四辻に立ち、初めに通った人の言葉を聞いて、物事の吉凶を反ずる占い(広辞苑)、
などとある。『絵本本津草』(享保十三年)には、
黄楊の櫛を持ちて、道祖神を念じて、四辻に出で、吾が思ふことの叶ふや否やを占ふ、辻や辻、四辻がうらの、市四辻、うら正しかれ、辻うらの神、かく三返唱へて、其辻へ先に來る人の言葉により、吉凶をうらなふ、
とあり、
辺を見れば黄楊の水櫛落てげり。あぶら嗅きは女の手馴し念記ぞ、是にて、辻占(ツヂウラ)をきく事もがなと(浮世草子「好色一代男(1682)」)、
と、
黄楊の小櫛、
ともいう(文明本節用集(室町中期))。なお、伴信友は『正卜考(せいぼくこう)』のなかで、
場所はかならずしも四つ辻とは限らず、また占いは女がするものとは決まっていない、
と述べている(世界大百科事典)。これが転じて、
とうふあきなふ商人のきらずきらずと声だかに。売辻占の耳に立心おくれと成やせん(浄瑠璃「堀川波鼓(1706頃か)」)、
と、
偶然に遭遇した物事によって将来の吉凶を判断すること、
をいうようになり、さらには、俗閧ノ、
辻占煎餅、
などという、
小さき紙に、種々の語句を記したるを、巻きたる煎餅などの内に挿み(これを辻占煎餅と云ふ)、あるいは、あぶり出しのような細工をほどこしたりして、偶然に探り取りて、當座の事を占ひて興とするもの、
という(大言海・精選版日本国語大辞典)、作為的な占へと転じて行く。
辻占、
も、別称に、上述したように、
朝占夕占(あさけゆうけ)、
ともいい、やはり、
朝方や夕方の人の姿がはっきりしない時刻に行われ、道行く人の無意識に発する言葉の中に神慮を感じとり、それを神の啓示とした、
というものだが、後に、行路の神である、
道祖神、
や
塞の神、
の託宣とされるようになり、さらに、上述のように、衢(ちまた)に出て黄楊(つげ)の櫛を持って、道祖神を念じつつ、見えて来た人の言葉で吉凶を占うようになるのは、
黄楊と「告げ」が結び付き、櫛という呪物も加えられた、
とある(江戸期『嬉遊笑覧』)。夜、花柳界などを中心に占紙を売り歩いた、
辻占売、
はこの流れを引くもので、
淡路島通う千鳥の恋の辻占、
などと呼び声をあげて縁起の良いものだけを売った。占紙には、あぶり出しや巻煎餅・干菓子・板昆布にはさんだもの、割りばしや爪楊枝(つまようじ)の袋に印刷したものなどがあった、
とある(世界大百科事典)。なお、
道行(みちゆき)、
は、
道行づと、
で触れたように、
若ければ道行(みちゆき)知らじ賄(まひ)はせむ黄泉(したへ)の使(つかひ)負ひて通らせ(万葉集)、
と、文字通り、
道を行くこと、
あるいは、
道の行き方、
の意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)だが、
玉桙(たまほこ)の道行ぶりに思はぬに妹を相見て恋ふるころかも(万葉集)、
の、
道行ぶり
は、
道行触り、
とあて、
道行く人、
の意(岩波古語辞典)、ここでは、
すれ違い、
の意とし、
往来でのすれ違い、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。で、
道行人、
というと、
道を通る人、
旅する人、
の意になる。
「占」(セン)は、「夕占」で触れたように、
会意文字。「卜(うらなう)+口」。この口は、くちではなく、ある物やある場所を示す記号。卜(うらない)によって、一つの物や場所を選び決めること、
とある(漢字源)。他も、
会意。卜と、口(くち)とから成り、うらないの結果を判断して言う意を表す(角川新字源)、
会意文字です(卜+口)。「うらないに現れた形」の象形と「口」の象形から、「うらない問う」を意味する「占」という漢字が成り立ちました。また、占いは亀の甲羅に特定の点を刻んで行われる事から、特定の点を「しめる」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji1212.html)、
会意。卜(ぼく)+口。卜は卜兆の形。口はᗨ(さい)で、祝詞の器。神に祈って卜し、神意を問うことを占という。〔説文〕三下に「兆(てう)を視て問ふなり」とあり、会意とする。その卜占の辞は、のち神託にふさわしい神聖な形式、韻文で示されることが多く、卜筮の書である〔易〕の爻辞(こうじ)は、多く有韻である(字通)、
と、会意文字とするが、
形声。「𡆥 /*LIU/」+羨符「口」。のち筆画を省略して現在の字形となる。「うらないの言葉」を意味する漢語{繇
/*lriu(k)-s/}を表す字。引伸して「予言する」「予見する」を意味する漢語{占 /*tem/}を表すのにも用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%A0)、
と、形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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はしきやし誰(た)が障(さ)ふれかも玉桙(たまほこ)の道見忘れて君が來(き)まさぬ(万葉集)
の、
はしきやし、
は、
愛すべきである、
いとおしい、
意だが、
愛哉、
とも当て(大言海)、
愛惜や追慕の気持ちをこめて感動詞的に用い、愛惜や悲哀の情を表す「ああ」「あわれ」の意となる場合もある(大言海)、
「ああ」という嘆息の語とほとんど同義になる例が多い。亡くなったものを哀惜しまた自己に対して嘆息する意に多く使う(岩波古語辞典)、
などとあるので、
ああ、いとおしい、
ああ、なつかしい、
ああ、いたわしい、
といった(学研全訳古語辞典)語感であろうか。ここでは、反語で、
ああ悔しい、
と意訳する(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
障(さ)ふれかも、
は、
障(さ)ふればかも、
とし、
どこのどなたが邪魔立てするのか、
と訳す(仝上)。
障ふ、
は、
塞ふ、
とも当て(大言海)、
つかえる、
意の、
へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、
の、
ハ行下二段活用の自動詞、
と、
妨げる、
意の、
へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、
の、
ハ行下二段活用の他動詞、
がある(学研全訳古語辞典)。ここでは、他動詞形の、
障ふ、
である。で、
さはる(障)の他動詞形、中世にはヤ行下二段活用にも活用(岩波古語辞典)、
発語を冠して、ササフとも云ふ、遮(さへぎ)るも、塞(さ)へ限(ぎ)るなり、自動(詞)に、さほる(障)と云ふ(大言海)、
とある。和名類聚抄(931〜38年)に、
障、障泥、阿布利(あぶり)、障子、楊氏漢語抄に云ふ、障子、屏風の屬なり、
天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年〜901年)に、
遮闌、佐不、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
障、サフ・サハリ・サハル・カクル・サヘ・、
隔、サフ、フサグ、
とあり、
塞き止む(大言海)、
進行するものの途中で妨害する(岩波古語辞典)、
意で、
ちはやぶる神か離(さ)くらむうつせみの人か障(さ)ふらむ通(かよ)はしし君も来まさず(万葉集)、
と、
さまたげる、邪魔する、ふせぐ、
という意(精選版日本国語大辞典)だが、後に、転じて、
ひめがかたへ手をさへるを、扇でたたく(狂言「首引(室町末〜近世初)」) 、
と、
物に、身体またはその一部を触れる、
意で、
さわる、触れる、
意や、それをメタファに、
忠信殿気に障(サ)へて下さんすな(浄瑠璃「右大将鎌倉実記(1724)」)、
と、
(「気にさえる」などの形で)感情を害する、気にさわる、
意などでも使う(精選版日本国語大辞典)。中世には、
え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ、
と、
ヤ行下二段活用の、
さゆ(障)、
として使われ、日葡辞書(1603〜04)にには、
Saye、uru、eta(サユル)、
とあり、
爰をばひたすら自にゆるさせ給へと、さゆる体にもてなし(幸若「和田宴(室町末‐近世初)」)、
と、
さまたげる、邪魔する、ふせぐ、
意や、
まづ言訳を御聞とたってさゆれば(浄瑠璃「堀川波鼓(1706頃)」)、
と、
引き止める、
意や、
キニ sayete(サエテ)(気にさえて)(「ロドリゲス日本大文典(1604〜08)」)、
と、
感情を害する、気にさわる、
意で使う(仝上)。ちなみに、
さ(障)ふ、
の自動詞は、
刺櫛(さしぐし)すりて磨く程に、ものにつきさへて折りたる心地(枕草子)、
と、
ひっかかる、つかえる、
意や、
天下の為の謀(はかりごと)御心にさへ給ふなと、忿をなだむる頓智の詞(浄瑠璃「一谷嫰軍記(1751)」)、
と、
気にさわる、感情を害す、
意で使う(仝上)。
「障」(ショウ)は、「雨障(あまつつ)み」で触れたように、
形声。「阜(壁やへい)+音符章」で、平面をあてて進行をさしとめること。章(あきらか)の原義には関係がない、
とある(漢字源)。他も、
形声。阜と、音符章(シヤウ)とから成る。へだてる、ひいて、さえぎる、「ふせぐ」意を表す(角川新字源)
形声文字です。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味)と「墨だまりのついた大きな入れ墨ようの針」の象形(「しるし」の意味だが、ここでは「倉(ショウ)」に通じ(同じ読みを持つ「倉」と同じ意味を持つようになって)、「かくしおおう」の意味)から、丘でかくし「へだてる」を意味する「障」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji989.html)、
形声。声符は章(しよう)。〔説文〕十四下に「隔つるなり」とあり、障壁をなすことをいう。〔左伝、定十二年〕の「保障」は「堡障」の意。鄣も声義同じ。土部十三下に「墇は擁(ふさ)ぐなり」とあって、これは壅塞(ようそく)することをいう。𨸏(ふ)は神の陟降する神梯の象であるから、障は聖域を壅ぎ衛る意である(字通)、
と、いずれも形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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世の中は常(つね)かくのみと思へどもはたた忘れずなほ恋ひにけり(万葉集)
の、
はた、
は、
一方では、
の意の副詞で、
た忘れず、
の、
た、
は、
接頭語、
はたた忘れず、
は、
その反面、どうしても忘れられず、
とし、
(男女の仲は、いつもこうしたものだと思って見るけれど)そのまた半面、どうしても忘れられず、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
た、
は、
た廻(もとほ)る、
で触れたように、
接頭辞(精選版日本国語大辞典)、
接頭語(岩波古語辞典)、
発語(大言海)、
とあり、
たわらは、
たゆたに、
た靡く、
た遠み、
た謀(ばか)る、
た易い、
たゆらに、
等々と用い、
名詞・副詞・動詞・形容詞の上に付いて、語調を整え、意味を強める(学研全訳古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞の上に添えて、語調を整え強める(広辞苑)、
動詞・形容詞・副詞などに付いて、語調を整える(デジタル大辞泉)、
動詞・形容詞・副詞などの上に付けて、語調をととのえる(精選版日本国語大辞典)、
動詞形容詞に冠する接頭語、意無し(大言海)、
動詞・形容詞の上につく、意味は不明(岩波古語辞典)、
としている。
やすし、
と
たやすし、
はかる、
と
た謀る、
では語調が強まるのは確かだが、本来は、何か意味があったのではないかという気がするが。原義は探りようがない。
はた、
は、
将、
当、
とあて(デジタル大辞泉)、
はたやはた、
でふれたように、
甲乙二つ並んだ状態や見解などが考えられる場合、甲に対してもしや乙はと考えるとき、あるいは、やはり乙だと判断するときなどにつかう(岩波古語辞典)、
他の事柄と関連させて判断したり推量したり、あるいは列挙選択したりするときに用いる語(精選版日本国語大辞典)、
邊(はた)、端(はた)、殆(ほとほと)のホトなどに通ず、其邊に近づかむとする意、将、為當の字を記すも、将(まさに)云々、為(セムトス)當(まさに)云々(セムト)の意なりと云ふ(大言海)、
一説に、「はた(端)」が語源で、「ふち(縁)」「ほとり(辺)」などと関係がある(広辞苑)、
ハタ(将)は「その上にさらに加わること。その上また。さらにまた」の意の副詞である。〈道理を失はせ玉ひ、今ハタかく世の中の事をもおぼし捨てたるやうになりゆくは〉(源氏物語)。「たいそう。はなはだ」の意の副詞、ハダに転音・転義した。〈わがゆゑにハダな思いそ〉(万葉集)、〈ほととぎす來鳴き響(とよ)めばハダ恋ひめやも〉(万葉集)。これを重ねたハダハダはハナハダ(甚だ)に転音した。〈はなはだも降らぬ雨ゆゑ〉(万葉集)(日本語の語源)
等々の原意から、
さ男鹿の鳴くなる山を越え行かむ日だにや君が当(はた)逢はざらむ(万葉集)、
と、
(あるいは)ひょっとして、
もしかして(一方で)、
と、事の成否を危惧しながら推量するときに用いたり、
女もはたいと逢はじとも思へらず(伊勢物語)、
と、下に否定語を伴って
まさか、
よもや、
の意や、
男の御かたち・有様、はたさらにもいはず(源氏物語)、
と、
やはり、
さすがに、
思ったとおり、
はたして、
と、当然のこととして肯定する気持を表わしたり、
ほととぎす初声聞けばあぢきなくぬし定まらぬ恋せらるはた(古今和歌集)、
と、
他に考えてもやはり、
(別の事を考えてみても)どう思ってもやはり、
と、肯定する気持を感動的に表わしたり、
げにさせばやと思せど、数より外の大納言になさん事は難し、人のはたとるべきにあらず(落窪物語)、
と、先行の事柄と類似の事柄をさらに想定してみるときに用い、
そうはいうものの、
しかしながら、
と、打消表現と呼応して、それもだめだという気持を表わしたり、
是の諸の行相は一人に具せりとや為む、当(ハタ)多人に具せりとや為む(「蘇悉地羯羅経略疏寛平八年点(896)」)、
と、
はたまた、
それともまた、
あるいは、
それとも別に、
と、二つの事柄のどちらを選ぶか迷う気持を表わしたり、
この男はた宮仕へをば苦しき事にして、ただ逍遙をのみして(平中物語)、
と、先行の事柄と類似の事柄を列挙するときに用いて、
また、
同様に、
と、それもまた同様であるという気持を表わしたり、
例の遊び、はたまして、心に入れてし居たり(宇津保物語)、
と、
その上にまた、
さらにまた、
いっそう、
と、さらに類似のことが加わることを表わしたりする(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。なお、
はた、
を強めるいい方には、
貧賤の報のみづから悩ますか、はたまた妄心の至りて狂せるか(方丈記)、
と、
将また、
とあて、
それともまた、
もしくは、
あるいは、
という意の、
はたまた、
という言い方がある。
将又、
とも当て、
夢か将又幻か、
という言い方をする(デジタル大辞泉)。また、
はたやはた、
でふれたように、
はたや
は、
将や、
とあて、
「や」は疑問の助詞、
で、
み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜(こよひ)も我(あ)が独り寝む(万葉集)、
と、
もしかしたら、
ひょっとして、
あるいは、
の意(広辞苑・学研全訳古語辞典)で、
疑い・危惧(きぐ)の念を強く表す、
とあり(仝上)、
さ雄鹿(をしか)の鳴くなる山を越え行かむ日だにや君がはた逢はざらむ(万葉集)、
の、
ひょっとすると、
もしかして、
やはり、
やはり…なあ、
といった意の、
はた(将)、
の危惧の気持を強めたいい方である(デジタル大辞泉)。ちなみに、上述、
はた、
の由来に関連して、
邊(はた)、端(はた)、殆(ほとほと)のホトなどに通ず、其邊に近づかむとする意、
とある(大言海)、
ほとり、
ほとほと、
については触れた。
ほとり、
は、
辺、
畔、
と当て、
ほど近い所、あたり、そば、
(「畔」とあてる)水際、岸、
都から遠く離れた所、かたいなか、
きわみ、際限、
身近な縁故のある人、
の意である(広辞苑)。
ホトはハタ(端)の母音交替形。リは方向をいう接尾語(岩波古語辞典)
ホトはハタの転か(国語の語根とその分類=大島正健)
はた(端)に通じるか(大言海)、
ホト(ハタ・端・辺・傍・側)+リ(接尾語)(日本語源広辞典)
ホカトホリ(外通)の義(名言通)、
ヘワタリの略転(松屋筆記)、
とあり、
はた(端)、
とつながる。和名類聚抄(931〜38年)に、
邊鄙、師説、阿豆万豆(あづまつ)、文選西京の賦の附訓に安川万宇止(あづまうど)とみえる、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
邊、サカヒ・ハカリ・スツ・ホトリ、兩邊、コナタカナタ、
際、キは、ホトリ、
字鏡(平安後期頃)に、
邊、トホシ・ハカリスツ・カタハラ・サカヒ・ハカル・ホトリ・サカシ、
とある。
はた(端)、
は、
傍、
側、
とも当て(精選版日本国語大辞典)、
内側に物・水などを入れてたたえているものの外縁・側面。ハ(端)・ハシ(端・末)と同根(岩波古語辞典)、
へた(蔕)の転(大言海)、
ハタ(端処)の義(国語溯原=大矢徹)、
「はし」と同根(広辞苑)、
とあり、
物のへり・器(うつわ)などのふち、
ある場所のほとり・川や池などのふち、
直接には関わりのない、または本系からはずれた立場、また、その人・かたわら・そば・わき・第三者、
といった意で、
何かの端、へり、
を指している、と見ることができる。ある場合は、「水辺」のように、
水の端、
であり、ある場合は、「都の涯」というように、
片田舎、
になる。あくまで、その人にとっての境界域の縁、ということになる。
ほとほと、
は、
殆、
幾、
と当て、
今少しで、すんでのところで、
大体、ほとんど、
本当に、非常に、
という意味があるが、
邊邊(ほとり)の意と云ふ(大言海)、
ホトホト(辺・側のホトリのホトの畳語)(日本語源広辞典)、
ハツハツ(端端)の義(国語溯原=大矢徹)、
ハタハタ(端端)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
辺や側を示す「ほとり」の語基「ほと」……で、「境界をなす部分(周縁)において」を原義とする(日本語源大辞典)、
などとあり、すべては、
境、
端、
につながる。それが、
甲乙二つ並んだ状態や見解などが考えられる場合、甲に対してもしや乙はと考えるとき、あるいは、やはり乙だと判断するときなどにつかう(岩波古語辞典)、
の、
はた、
の、
もしや一方で、あるいはひょっとして、
それとも別に、
やはり、
と、
境目に立って、どちらかが拮抗している地点での揺れる判断状態につながるようである。
「將(将)」(@漢音ソウ・呉音ショウ、A漢音ショウ・呉音ソウ)の異体字は、
将(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%87)。字源は、「はたやはた」で触れたように、
会意兼形声。爿(ショウ)は、長い台をたてに描いた文字で、長い意を含む。将は「肉+寸(手)+音符爿」。もと一番長い指(中指)を将指といった。転じて、手で物をもつ、長となって率いるなどの意味が派生する。持つ意から、何かでもって処置すること、これから何かの動作をしようとする意を表す助動詞となった。将と同じく「まさに……せんとす」と訓読することばには、且(ショ)がある、
とあり(漢字源)、「上将」「将軍」「将(ひき)いる」は、@の音、「将(もち)ふ」「将(と)る」「将(おく)る」「将(まさに)……せんとす」「将(まさに)……ならんとす」「将(はた)」などの意の場合はAの音、となる(仝上)。同趣旨で、
会意兼形声文字です(爿+月(肉)+寸)。「長い調理台」の象形と「肉」の象形と「右手の手首に親指をあて脈をはかる」象形から、肉を調理して神にささげる人を意味し、そこから、「統率者」、「ささげる」を意味する「将」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1013.html)、
ともあるが、他は、
形声。寸と、音符醬(シヤウ)(は省略形)とから成る。「ひきいる」、統率する意を表す。借りて、助字に用いる。教育用漢字は省略形による(角川新字源)、
会意。旧字は將に作り、爿(しよう)+肉+寸。爿は足のある几(き)(机)の形で、その上に肉をおいて奨(すす)め、神に供える。軍事には、将軍が軍祭の胙肉(そにく)を奉じて行動した。その胙肉を𠂤(し)といい、師の初文。帥(そつ)もその形に従う。これを以ていえば、將とはその胙肉を携えて、軍を率いる人である。殷器には●を標識として用いるものがあり、王族出自の親王家を示す図象であるらしく、その身分のものが軍将に任じ、作戦の中核となった。將・壯(壮)の字に含まれる爿は、その図象と関係があるものと思われる。〔説文〕三下に「帥(ひき)ゐるなり」と訓し、醬(しよう)の省声とするが、醬は將声に従う字であるから、將が醬の省声ということはありえない。奬(奨)は將の繁文。將は訓義多く、字書に列するものは五十数義に及ぶが、将帥が字の原義である(字通)、
と、会意文字と形声文字に割れている。ただ、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)に由来する、
「寸」+音符「醬」の略体、
との分析は、誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%87)とし、
原字は「肉」+「廾」から構成される会意文字で、肉を差し出すさまを象る。それに音符「爿」を加えて「將」の字体となる。「すすめる」「ささげる」を意味する漢語{將
/*tsang/}を表す字。
とある(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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いで何かここだはなはだ利心(とごころ)の失(う)するまで思ふ恋ゆゑにこそ(万葉集)
の、
いで何か、
は、
さあ何で、
の意で、
思ふに続く、
とし、
利心、
は、
正気、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
聞きしより物を思へば我(あ)が胸は破(わ)れて砕(くだ)けて利心(とごころ)もなし(万葉集)
の、
利心、
は、
鋭い心、しっかりした心、
と訳す(仝上)。
利心、
は、
鋭心、
とも当て(デジタル大辞泉)、
するどい心、
しっかりした心、
確かな心、
の意である(仝上・岩波古語辞典)
朝夕(あさよひ)に音(ね)のみし泣けば焼き大刀(たち)の利心(とごころ)も我あれは思ひかねつも(万葉集)、
では、
(朝(あした)も夕(ゆふべ)にも、ただ声をあげて泣いてばかりいるので)焼き太刀のようなしっかりした心などとても持ち続けられない、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
焼太刀、
は、古くは、
やきたち、
のちに、
やきだち、
と濁るが、
鍛えて打ちあげてから加熱して、ぬるま湯で冷却して堅くした太刀、
を言い、それをメタファに、
利心、
を、
理性、
と解している(仝上)。
利心、
を、
りしん、
と訓ませると、
君子は庖廚を遠ざくると云へる事あり。……君子是れを近づけては必ず利心きざして、或は吝惜の心も生じ(「山鹿語類(1665)」)、
利益を追求する心、
利にさとい心、
の意になる(精選版日本国語大辞典)。
利心、
を、ひっくり返して、
出で立たむ力をなみと隠(こも)り居(ゐ)て君に恋ふるに許己呂度(ココロド)もなし(万葉集)、
ねもころに片思(かたもひ)すれかこのころの我(あ)が心どの生けるともなき(仝上)、
と、
心利(こころど)、
とすると、
こころと、
とも訓み、
「ど」は形容詞「とし(利)」の語幹と同根か(精選版日本国語大辞典)、
「ど」は形容詞「と(利)し」の語幹という。一説に「ど」は所の意とする。万葉集では、あとに打消しの語を伴う(デジタル大辞泉)、
利(と)く張ること。利心(とごころ)と同じ(大言海)、
とあり、やはり、
心に気力が満ちていること、
しっかりした心、
気力、
気合、
心の張り、
といった意になる(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
心利、
を、
こころきき、
と訓ませると、
こころぎき、
とも訓ませ、
気がきくこと。また、その人、
の意で、
利発、
気転、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
利心、
心利、
の、
利、
は、
と、
と訓ませ、
鋭、
疾、
とも当て(広辞苑・デジタル大辞泉)、
衾路(ふすまぢ)を引出(ひきで)の山に妹を置きて山路(やまぢ)思ふに生ける刀(ト)もなし(万葉集)、
と、
形容詞「とし(利)」または「とし(疾)」の語幹から(精選版日本国語大辞典)、
形容詞「と(利)し」の語幹から(デジタル大辞泉・広辞苑)、
と、
するどいこと、また、しっかりした心、
の意で使うが、多く、
するどい、すばやい、しっかりした、
等々の意で、
とめ(利目)、
とかま(利鎌)、
とごころ(利心)、
のよう複合語の形で用いられる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
利心、
の、
利、
は、形容詞、
と(利)し、
の語幹を使っているが、
とし、
で触れたように、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
利し、鋭し、
疾し、鋭し、
疾し、迅し、
敏し、聡し、
等々と当て分け、
「利し」「鋭し」は、
鋭い、よく切れる(万葉集「剣太刀(つるぎたち)諸刃(もろは)の利(と)きに足踏みて死なば死なむよ君によりては」)、
の意であり、
「疾し」「鋭し」は、
激しい、強烈だ(万葉集「ぬば玉の夜さり来れば巻向の川音高しも嵐かも疾(と)き」)、
「疾し」「迅し」は、
すばやい、進みが早い(土佐日記「ふねとくこげ、日のよきに」)、
意と、
時期が早い(徒然草「とき時は則ち功ありとぞ論語と云ふ文にも侍るなり」)、
「敏し」「聡し」は、
悟ることが早い、畏い、鋭敏だ(枕草子「大蔵卿ばかり耳とき人はなし」)、
意と、当てる漢字で、意味が微妙に変わる。
「とし」の語源はあまり触れてあるものが少ないが、
トグ(磨)と同根。即座に鋭く働きかける力のあるさま(岩波古語辞典)、
とある。意訳すると、
即応する働き、
といった含意になる。その、
とぐ、
は、
研ぐ、
磨ぐ、
と当て、
トシ(利)と同根(岩波古語辞典)、
と(利)を活用す(大言海)
とあり、
砥石ですって鋭くする、
意であり、
と(砥)
は、
トシ(利)・トグ(磨)と同根、
とある(岩波古語辞典)。
とぐ、
の語源には、
トク(利・鋭)する義(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・大言海・日本語源=賀茂百樹)、
トシ(利)と同根(岩波古語辞典)、
トク(砥)の義(言元梯)、
トは砥石の意のトと同じ(時代別国語大辞典−上代編)、
と、
とし(利・鋭)、
とつなげるものが多い。つまり、逆にいうと、岩波古語辞典の言うように、「とし」は、
磨ぐ、
と深くつながる。その意味で、
とし、
の原意は、
研いだ刃のように鋭い、
という状態表現であったと推測できる。
切れ味鋭い、
が、刃だけではなく、それをメタファに、
頭の切れ、
才能の鋭敏さ、
をも指すように、意味の外延を広げ、価値表現になったことが推測できる。あるいは、漢字、
利・鋭、
疾・迅、
敏・聡、
を当てはめたことで、その漢字の意味を持つようになったということもあるように思える。なお、
こころ、
については触れた。
「利」(リ)は、
会意文字。「禾(いね)+刀」。稲束をするどい刃物でさっと切ることを示す。一説に、畑を鋤いて水はけや通風をよくすることをあらわし、刀はここでは鋤を示す。すらりと通り、支障がない意を含む。転じて、刃がすらりと通る(よく切れる)、事が都合よく運ぶ意となる、
とある(漢字源)。他も、
会意。「禾 (穀物)」+「刀」で、穀物を鋭い刃物で収穫するさまを象る。「するどい」を意味する漢語{利 /*rits/}および「もうけ」を意味する漢語{利
/*rits/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%A9)、
会意。刀と、禾(か、いね)とから成り、すきで田畑を耕作する意を表す。「犂(リ すき)」の原字。ひいて、収益のあること、また、すきのするどいことから「するどい」意に用いる(角川新字源)、
会意文字です(禾+刂(刀))。「穂先がたれかかる稲」の象形と「鋭い刃物」の象形から、稲を栽培し、鋭い刃物(すき)で土を耕す事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「するどい」・農耕に「役立つ」を意味する「利」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji592.html)、
会意。禾(か)+刀。禾を刈る意。〔説文〕四下に「銛(するど)きなり。刀に從ふ。和して然る後利あり。和の省に從ふ」とするが、和は軍門媾和(こうわ)の意で、その禾は軍門の象。利は刀を以て禾穀を刈るので鋭利の意があり、収穫を得るので利得の意がある。金文の字形は犂鋤(りじよ)の形で禾+勹+ノ(り)に作り、それが初形。鋭利の義よりして、刀に従う字となった。本来は釐・剺(り)などと同じく、治める意の字である(字通)、
と、すべて会意文字としている。
「心」(シン)の異体字は、
㣺(部首の変形)、忄(部首の変形)、腎(の代用字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BF%83)。字源は、「心にくし」で触れたように、
象形。心臓を描いたもの。それをシンというのは、沁(シン しみわたる)・滲(シン しみわたる)・浸(シン しみわたる)などと同系で、血液を細い血管のすみずみまでしみわたらせる心臓の働きに着目したもの、
とある(漢字源)。他も、
象形。心臓の形にかたどる。古代人は、人間の知・情・意、また、一部の行いなどは、身体の深所にあって細かに鼓動する心臓の作用だと考えた(角川新字源)、
象形。心臓を象る。「こころ」を意味する漢語{心 /*səm/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BF%83)、
象形文字です。「心臓」の象形から、「こころ」、「心臓」を意味する(https://okjiten.jp/kanji5.html)、
象形。心臓の形に象る。〔説文〕十下に「人の心なり。土の蔵、身の中に在り。象形。博士説に、以て火の蔵と爲す」とあり、蔵とは臓の意。五行説によると、今文説では心は火、古文説では土である。金文に「克(よ)く厥(そ)の心を盟(あき)らかにす」「乃(なんぢ)の心を敬明にせよ」のように、すでに心性の意に用いている(字通)
と、すべて象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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玉くせの清き河原にみそぎして斎(いは)ふ命は妹がためこそ(万葉集)
の、
玉くせ、
は、
美しい川筋、
とあり、
くせ、
は、
広い平地を川が幾筋も流れている地形か、
として(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
美しい川筋、その清らかな川原に出てみそぎして、
と訳す(仝上)。
たまくせ、
は、
玉曲瀬、
玉久世、
等々とあて(大言海・精選版日本国語大辞典)、
「たま」は美称、
で(仝上)、
浅瀬の砂や石の多いところ、
河原、
をいう(仝上)とある。
くせ、
は、
曲瀬、
とあて、
屈瀬(くぐせ)の略ならむ、蹲(うづくぐま)る、うづくまる。崎嶇(さぐく)む、さくむ、
とあり(大言海)、
川瀬の曲がれる所、曲(わた)(大言海)、
川の、水が浅く砂や石の集まったところ。川原(広辞苑)、
川や海の浅瀬の、砂や岩が多く集まった所(デジタル大辞泉)、
川や海の浅瀬の、砂や石が多く集まった所。河原(精選版日本国語大辞典)、
等々の意味があるが、上記の歌から見ると、
川原、
ではおかしい。
玉、
の美称をつけていること、また、
曲、
の字を当てているところからも、
浅瀬の、砂や岩が多く集まった所、
ではないのではないか。その意味で、
川瀬の曲がれる所、曲(わた)、
とする『大言海』が正確な気がする。
曲、
は、
わだ、
とも、
わた、
とも訓ませるが、
地形が入り曲がっていること、またそのところ(広辞苑)、
入り江など、曲がった地形の所(学研全訳古語辞典)、
入り曲がっていること。また、その所(デジタル大辞泉)、
地形の入り曲がっているところ。入江などにいう(精選版日本国語大辞典)、
地形が湾曲しているところ、入江などをいう(岩波古語辞典)、
曲るところ、わだかまる處、曲がりて水の淀む處、曲がりたたなはりたる(重なりあって連なる)處(大言海)、
をいい、
囘所(わと)の転(大言海)、
ワタ(曲処)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ワタハミ(輪撓)の義(名言通)、
という由来から見ても、単なる、
河原、
のはずはなく、冒頭の歌で、
美しい川筋、
と訳した(伊藤博訳注『新版万葉集』)のが正鵠を射ている。
「曲」(漢音キョク、呉音ギョク)の異体字は、
𠚖、 𨴈(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B2)。字源は、
象形。まがったものさしを描いたもので、曲がって入り組んだ意を含む、
とある(漢字源)。解釈は異なるが、
象形。木や竹などで作ったまげものの形にかたどり、「まがる」「まげる」意を表す。転じて、変化があることから、楽曲・戯曲の意に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「木や竹で作ったまげもの細工」の象形から「まがる」を意味する「曲」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji475.html)、
象形。竹などで編んで作った器の形。〔説文〕十二下に「器の曲りて物を受くる形に象る」とあり、一説として蚕薄(養蚕のす)の意とする。すべて竹籠の類をいい、金文の簠(ほ)はその形に従う。簠の遺存するものは青銅の器であるが、常用の器は竹器であったのであろう。それで屈曲・委曲の意となり、直方に対して曲折・邪曲の意がある(字通)
と、同じく、象形文字とするものの他、
形声。「𱍫」+音符「玉 /*ŊOK/」。「まがる」を意味する漢語{曲 /*kʰ(r)ok/}を表す字。原字「𱍫」は象形文字で、曲がったものを象る(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%B2)、
と、形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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垣(かき)ほなす人は言へども高麗錦(こまにしき)紐(ひも)解(と)き開(あ)けし君ならなくに(万葉集)
の、
垣(かき)ほなす、
は、
垣根のようによってたかって、
の意、
紐解き開けし、
は、
紐をほどいて、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
高麗錦紐解き開けて夕(ゆふへ)だに知らずある命(いのち)恋ひつつかあらむ(万葉集)
では、
高麗錦紐解き開けて、
を、
高麗錦の紐を自分でほどいたままで、
と訳す(仝上)。
高麗錦、
は、
高句麗様式の高級な紐、
としている(仝上)。和名類聚抄(931〜38年)には、
暈繝錦、高麗錦、
とあり、『うつほ物語』には、
樓の天井には、鏡形、雲形を織りたるこまにしきを貼りたり、
とある。
高麗の國より渡せる錦、疊に、高麗縁(かうらいへり)とて用ゐるもの、これより移れるなるべし(大言海)、
「高麗錦」は、高麗(高句麗:朝鮮半島市北部)から渡来した錦で、錦は、金銀等の糸で模様を織り出した厚地の織物。衣の紐としたことから「紐」の枕詞(Copilot)
高麗錦=朝鮮半島北部の高句麗で、さまざまな色糸を 用いて織られた高級絹織物です(https://www.city.hidaka.lg.jp/hidaka_rekishi/monogatari_ichiran/27808.html)、
高麗の国から渡来した錦。また、高麗ふうの錦。袋・紐ひもや畳のへりなどに用いた(デジタル大辞泉)、
古く、高句麗(こうくり)から渡来した錦。また、高麗風の錦のこともいう。多く、紐(ひも)や剣を入れる袋、畳の縁(へり)などに用いた(精選版日本国語大辞典)、
高麗(こま)から伝わった錦。紐(ひも)や剣を入れる袋などに用いた(学研全訳古語辞典)、
とあり、冒頭の歌のように、
高麗の錦で作った紐の意から「紐」にかかる枕詞、
としても使う(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。なお、
高麗、
は、
高句麗、
を指すが、
「高麗」とは、高句麗(紀元前37〜668年)、渤海(698〜926年)、高麗(こうらい)(918〜1392年)の三国に対する名称であることが注意される。平安時代(794〜1192年)と時代が重なるのは渤海と高麗であるが、平安時代の文学作品において語られる「高麗」の語は、高句麗(あるいは百済・新羅を含めた韓半島)と渤海を指す場合が多い、
とあり、平安文学における「高麗」の用例は、
和歌では『古今集』以下、八代集には全く見られない。物語では、『うつほ物語』に18例、『源氏物語』に20例、『狭衣物語』に3例、『堤中納言物語』に1例が見られる。他に『枕草子』に4例が見られる、
とされ、また、「高麗」という表現は、
概して異国・異国人としての「高麗」「高麗人」、舞楽関連の「高麗楽」「高麗笛」、「高麗錦」「高麗の紙」「高麗端」などの文物関連において用いられている、
が、「高麗の錦」は、
『うつほ物語』に2例、『源氏物語』に3例の用例が見られる。たとえば、絵合巻、冷泉帝の前での絵合の場面で、左の源氏方の「唐の錦」に対して、右の権中納言方の「高麗の錦」が対比されて語られるなど、いずれも舶来の最高の品というイメージがある、
としている(金裕千「平安文学に見られる『高麗』」)。なお、
解き開く(ときあく)、
は、文字通りには、
高円(たかまど)の尾花吹き越す秋風に紐等伎安気(トキアケ)な直(ただ)ならずとも(万葉集)、
と、
紐の結び目を解く、
紐をといて衣服を楽にひろげる、
意で、上記歌では、
着物の紐を解き放ってくつろごうではありませんか(いい人に直に逢うのでなくとも)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、それをメタファに、冒頭の歌のように、
男女が下紐を解き放って共寝をする、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
「麗」(@漢音ライ・呉音ライ、A漢音呉音リ)の異体字は、
䴡(俗字)、丽(簡体字)、𠀙(古字)、𠧥(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BA%97)。「美麗」のように、うるわしい意、「為魚麗之陳」のように、並ぶ意、「日月麗乎天」のように、くっつく意、「其麗不億」のように、連なった意、などの場合は@の音、ひっかかる意や高句麗の場合、「麗歴」(リレキ きれいに連なる)、などの場合はAの音となる(漢字源)。字源は、
象形。麗は、鹿の角が奇麗に二本並んだ姿を描いたもの。連なる、並ぶなどの意を表す、
とある(漢字源)。他も、
象形。角を強調した鹿を象る。のち角の部分が音符「𠀙
/*RE/」に変形音化して「麗」の字形となる。「うるわしい」を意味する漢語{麗 /*rˤeh/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BA%97)、
象形文字です。「美しい角が出そろった雄しか」の象形から、「うるわしい」、「連なる」を意味する「麗」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1476.html)、
象形。字の上部の丽(れい)が、麗の初文。鹿皮を並べた形とされるが、卜文・金文の字形は、鹿角を示すものとみられる。〔説文〕十上に「旅(なら)びて行くなり」とあり、「鹿の性、食を見ること急なれば、則ち必ず旅(なら)び行く」とする。また古文として丽をあげ、「禮、麗皮もて納聘(なふへい)す。蓋(けだ)し鹿皮なり」といい、鹿皮を以て納徴する意とする。〔詩、小雅、魚麗〕に「魚、罶(あみ)に麗(かか)る」、〔周礼、秋官、大司寇〕「凡そ萬民の罪過有りて、未だ灋(はふ)に麗(かか)らず、州里に害ある者」、また〔礼記、祭義〕「既に廟所に入りて、碑に麗(つな)ぐ」などが古い用法で、〔儀礼、士昏礼〕「納徴に玄纁(げんくん)束帛(そくはく)儷皮」と一対の鹿皮の意に用いるのは、後の用義である。それより夫婦を伉儷(こうれい)という。鹿皮も美しいが、鹿角一双もまた美しいもので、もとは鹿角の美を麗といったのであろう(字通)
と、象形文字としているが、
会意形声。鹿と、丽(レイ)(ふたつ)とから成る。二頭のしかが連れ立って移動する意を表す。ひいて「つらなる」、また、「うるわしい」意に用いる(角川新字源)、
と、会意兼形声文字と解するものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
金裕千「平安文学に見られる『高麗』」(www.pu-kumamoto.ac.jp/users_site/tosho/file/pdf/kbs/5/515.pdf)
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百積(ももさか)の船隠(かく)り入る八占(やうら)さし母は問ふともその名は告(の)らじ(万葉集)
の、
百積(ももさか)の船、
は、
百石積の船、
をいい、
上二句は序、浦の意で、「八占」を起こす、
とあり、
八占、
は、
さまざまの占いを行う意か、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
やうら、
は、
弥占、
ともあて、
さまざまに占うこと、多くの占い(広辞苑)、
幾度も占うこと。さまざまに占ってみること(デジタル大辞泉)、
「や」は数の多いこと、幾度も占うこと。また、さまざまに占うこと。一説に、「や」は矢で、矢を用いてする占い(精選版日本国語大辞典)、
ヤはいや(彌)の義、いやが上にも占ふこと、あまたたび占ふこと(大言海)、
いろいろの占い(岩波古語辞典)。
などとあるが、
やうら、
に、
八、
と
彌(弥)、
を当てることには意味がある。
八つ当たり、
真っ赤な嘘、
八入(やしほ)、
などで触れたように、
や(八)、
は、
八つ、
の意だが、
ヨ(四)と母音交替による倍数関係をなす語。ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根(岩波古語辞典)、
ヤ(弥)と同源(広辞苑)、
とあり、
「八」という数の意、
の他に、
八重(やえ)、
八岐(やまた)の大蛇(おろち)、
八雲、
など、名詞・助数詞の前に直接つけて用い、
無限の数量・程度を表す、
具体的な数ではなく数の多いことを表わす(精選版日本国語大辞典)、
とされる(精選版日本国語大辞典)。で、
もと、「大八洲(おほやしま)」「八岐大蛇(やまたのおろち)」などと使い、日本民族の神聖数であった、
とする(仝上)。なお、「彌」と同根とする説については、
此語彌(いや)の約と云ふ人あれど、十の七八と云ふ意にて、「七重の膝を八重に折る」「七浦」「七瀬」「五百代小田(いほしろをだ)」など、皆數多きを云ふ。八が彌ならば、是等の七、五百は、何の略とかせむ、
と、反対とする説がある(大言海)。その上、
副詞の「いや」(縮約形の「や」もある)と同源との説も近世には見られるが、荻生徂徠は「随筆・南留別志(なるべし)」において、「ふたつはひとつの音の転ぜるなり、むつはみつの転ぜるなり。やつはよつの転ぜるなる、
としている(日本語源大辞典)。
よ(四)の母音交替形としてその倍数を表わしたもの(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
と、
ひとつ→ふたつ、
みつ→むつ、
よつ→やつ、
と、倍数と見るなら、語源を、
ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根、
とするのには意味がなくなるのかもしれない。また、「七」との関係では、
古い伝承においては、好んで用いられる数(聖数)とそうでない数とがあり、日本神話、特に出雲系の神話では、「夜久毛(やくも)立つ出雲夜幣賀岐(ヤヘガキ)妻籠みに 夜幣賀岐作る 其の夜幣賀岐を」(古事記)の「夜(ヤ)」のように「八」がしきりに用いられる。また、五や七も用いられるが、六や九はほとんどみられない、
とあり(日本語源大辞典)、「聖数」としての「八」の意がはっきりしてくる。
八占、
は、そう見ると、ただ、多数回という以上の含意が込められているのかもしれない。
正確な回数を示すというのではなく、古代に聖数とされていた八に結びつけて、回数を多く重ねることに重点がある、
とある(岩波古語辞典)のはその意味だろう。
八占(やうら)さし、
の、
さす、
は、
止す、
刺す、
挿す、
指す、
注す、
点す、
鎖す、
差す、
捺す、
等々と当て別けて使っているが、
最も古くは、自然現象において活動力・生命力が直線的に発現し作用する意。ついで空間的・時間的な目標の一点の方向へ、直線的に運動・力・意向がはたらき、目標の内部に直入する意、
とする(岩波古語辞典)。で、
射す・差す、
は、
自然現象において活動力が一方に向かってはたらく、
として、光が射す、枝が伸びる、雲が立ち上る、色を帯びる等々といった意味を挙げる。次いで、
指す・差す、
は、
一定の方向に向かって、直線的に運動をする、
として、腕などを伸ばす、まっすぐに向かう、一点を示す、杯を出す、指定する、指摘する等々といった意味を挙げる。次いで、
刺す・挿す、
は、
先の鋭く尖ったもの、あるいは細く長いものを、真っ直ぐに一点に突き込む、
として、針などをつきさす、針で縫い付ける、棹や棒を水や土の中に突き込む、長いものをまっすぐに入れる、はさんでつける等々といった意味を挙げる。さらに、
鎖す・閉す、
は、
棒状のものをさしこむ意から、ものの隙間に何かをはさみこんで動かないようにする、
として、錠をおろす、ものをつっこみ閉じ込めるといった意味を載せる。さらに
注す・点す、
は、
異質なものをじかにそそぎ加えて変化を起こさせる、
として、注ぎ入れる、火を点ずる、塗りつけるといった意味を載せる。最後に、
止す、
は、
鎖す意から、動詞連用形を承けて、
途中まで〜仕掛けてやめる、〜しかける、という意味を載せる(岩波古語辞典)。
こう見ると、「さす」の意味が多様過ぎるように見えるが、
何かが働きかける、
という意味から、それが、対象にどんな形に関わるかで、
刺す、
や
挿す、
や
注す、
に代わり、ついには、その瞬間の経過そのものを、
〜しかけている、
という意味にまで広げた、と見れば、意味の外延の広がりが見えなくもない。語源を見ると、『日本語源広辞典』は、
「刺す」
と
「指す・差す・射す・挿す・注す」
と、項を分けているが、結局、
刺す、
を原意としている。
刺す、
に、
表面を貫き、内部に異物が入る意です。または、その比喩的な意の刺す、螫す、挿す、注す、射す、差すが同語源です、
とある(日本語源広辞典)。『日本語源大辞典』も、
「刺す・鎖す」
と
「差す・指す・射す」、
と項を別にしつつ、
刺すと同源、
としている。では、
刺す、
の語源は何か。『日本語源大辞典』では、
サス(指)の義(言元梯・国語本義)、
指して突く意(大言海)、
間入の義。サは間の義を有する諸語の語根となる(国語の語幹とその分類=大島正健)、
物をさしこみ、さしたてる際の音から(国語溯原=大矢徹)、
進み出す義(日本語源=賀茂百樹)、
サカス(裂)の義(名言通)、
サはサキ(先)の義、スはスグ(直)の義(和句解)、
等々と挙げている。擬音語・擬態語が多い和語のことから考えると、
物をさしこみ、さしたてる際の音から、
というのは捨てがたいが、未詳ということになる。
「指す」「差す」「挿す」「刺す」、
の違いについて、
「指す」のほうは基本的に、方向や方角などを指し示す場合に使われます。将棋は駒を指で動かすので、「指す」の字があてられるのですね。
「差す」は一般的に、細長い光などがすき間から入り込む様子を表します。もちろん、光だけではありません。「魔が差す」は、心のふとしたすき間からよこしまな考えが忍び込む、という意味ですね。
「挿す」は使い方が限定的で、おもに草花やかんざしなどに使われます。また、「挿し絵」のように何かの間にはさみこむ、さしいれるという意味があるようです。
「刺す」はわりと日常的に使われていますよね。言葉のニュアンスは「差す」よりも強く、細長くとがったもので何かを突き通す、という意味をもっています。「刺」のつくりはりっとうと言い、刃をもつ武器や道具を表す部首です。
このことからも、「刺す」は刃物を使って何かを突く、傷つけるという意味をもつこととがわかります。
「射す」は太陽の光や照明の明かりが入ってくること。
「注す」は水などの液体を容器に注ぐこと。
「点す」は目薬をつけることを表します。
と、意味の使い分けを整理している(http://xn--n8j9do164a.net/archives/4878.html)ものがあるが、漢字は、
「刺」は、朿(シ)の原字は、四方に鋭い刺の出た姿を描いた象形文字。『刺』は『刀+音符朿(とげ)』。刀で刺のようにさすこと。またちくりとさす針。朿は、束ではない。もともと名詞にはシ、動詞にはセキの音を用いたが、後に混用して多く、シの音を用いる、
「挿(插)」は、臿(ソウ)は「臼(うす)+干(きね)」からなり、うすのなかにきねの棒をさしこむさまを示す。のち、手を添えてその原義をあらわす、
「指」は、「手+音符旨」で、まっすぐに伸びて直線に物をさすゆびで、まっすぐに進む意を含む。旨(シ うまいごちそう)は、ここでは単なる音符にすぎない、
「差」は、左はそばから左手で支える意を含み、交叉(コウサ)の叉(ささえる)と同系。差は「穂の形+音符左」。穂を交差して支えると、上端は]型となり、そろわない、そのじくざぐした姿を示す、
「注」の字は、「水+音符主」。主の字は、「ヽは、じっと燃え立つヽ灯火を描いた象形文字。主は、灯火が燭台の上でじっと燃えるさまを描いたもので、じっとひとところにとどまる意を含む」で、水が柱のように立って注ぐ意、
「点(點)」は、占は「卜(うらなう)+口」の会意文字で、占って特定の箇所を撰び決めること。點は「黒(くろい)+音符占」で、特定の箇所を占有した黒いしるしのこと。のち略して点と書く、
「鎖」は、右側の字(音サ)は、小さい意。鎖は素家を音符とし、金を加えた字で、小さい金輪を連ねたくさり、
とあり(漢字源)、多く漢字の意味に依存して、「さす」を使い分けたように見える。結局、どの字を使っても、
刺す、
に至るようであるが、「さし」を接頭語にした語の多くは「差し」の字を当てる。『大言海』は、「差す」について、
其職務を指して遣はす意ならむ。此語、ササレと、未然形に用ゐられてあれば、差の字音にはあらず、和漢、暗合なり。和訓栞、サス「使いをサシつかはす、人足をサスなど云ふは、差の字なり。匡謬正俗に、科發士馬、謂之為差と見ゆ、官府語也、日本紀に、差良家子為使者、軍防令に、凡差兵士と見えたる、是也」。陔餘叢考「官府遣役曰差」、品字箋「差遣、役使也」、
として、
充てて、遣る。つかわす、
押し遣る、また、行(や)る、行う、
前へ伸ばす、
突き張る、
といった意味を載せる。この「差」には、意図して、何かをする、何かをさせる、という含意が強い。では、
八占(やうら)さし、
の、
さまざまの占いを行う、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
さす、
は、
意図して、何かをする、何かをさせる、
という含意に鑑みると、
差す、
なのだろう。なお、
うらなう、
歌占、
夕占、
道行占、
については触れた。
「占」(セン)は、「道行き占」で触れたように、
会意文字。「卜(うらなう)+口」。この口は、くちではなく、ある物やある場所を示す記号。卜(うらない)によって、一つの物や場所を選び決めること、
とある(漢字源)。他も、
会意。卜と、口(くち)とから成り、うらないの結果を判断して言う意を表す(角川新字源)、
会意文字です(卜+口)。「うらないに現れた形」の象形と「口」の象形から、「うらない問う」を意味する「占」という漢字が成り立ちました。また、占いは亀の甲羅に特定の点を刻んで行われる事から、特定の点を「しめる」の意味も表すようになりました(https://okjiten.jp/kanji1212.html)、
会意。卜(ぼく)+口。卜は卜兆の形。口はᗨ(さい)で、祝詞の器。神に祈って卜し、神意を問うことを占という。〔説文〕三下に「兆(てう)を視て問ふなり」とあり、会意とする。その卜占の辞は、のち神託にふさわしい神聖な形式、韻文で示されることが多く、卜筮の書である〔易〕の爻辞(こうじ)は、多く有韻である(字通)、
と、会意文字とするが、
形声。「𡆥 /*LIU/」+羨符「口」。のち筆画を省略して現在の字形となる。「うらないの言葉」を意味する漢語{繇
/*lriu(k)-s/}を表す字。引伸して「予言する」「予見する」を意味する漢語{占 /*tem/}を表すのにも用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8D%A0)、
と、形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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眉根(まよね)掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我(われ)を(万葉集)
の、
眉根(まよね)掻き鼻ひ紐解け、
は、
眉を掻き、くしゃみをし、ひもも解けて、
と訳し、
眉根(まよね)がかゆく、くしゃみが出、下紐が自然に解けるのは、人に逢える前兆とした、
とあり、
男の歌、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
鼻ひ、
の、
ひ、
は、
嚏(ふ)、
とあて、
他動詞ハ行上二段活用で、
くしゃみをする、
意である(学研全訳古語辞典)。上代、
終止形が「ふ」、
で、冒頭の歌のように、
連用形に「鼻火」の形があり、「火」が特殊仮名づかいで「ひ」の乙類を表わす仮名であるところから、上二段活用であったと考えられる、
とあり(精選版日本国語大辞典)、それが、和名類聚抄(931〜38年)に、
嚔、波奈比流、噴鼻也、
とあるように、
ひ/ひ/ひる/ひる/ひれ/ひよ、
で、
鼻をいと高うひたれば、あな、心憂(う)(枕草子)、
と、他動詞ハ行上一段活用化し、
嚔(ひ)る、
となった。なお、
くしゃみをするのは、良くない事が起こる前ぶれとか、恋人が訪れる前ぶれなどといわれていた、
などともある(学研全訳古語辞典)が、上代では、
人に恋され、また、恋人が訪れる前兆とみなされた、
らしい。それが、平安時代以後は、
悪い事の起こる前兆と考えられた、
とある(岩波古語辞典)。枕草子の例は、後者とみられる。
ふ(嚔)、
は、
簸(ふ)と同根(岩波古語辞典)、
とある。
簸(フ)、
は、
上一段のフ(嚔)と同根、
で、
箕(み)で穀物を勢いよく振って、籾殻(もみがら)・屑などを除く、
意(岩波古語辞典)で、
奈良時代には上二段活用であった(仝上)、
「簸」を動詞として、上二段に活用した例はないが、「書紀‐神代上」の「簸之河」が、古事記に「肥河」、出雲風土記に「斐伊河」とあり、「肥」「斐」は上代特殊仮名づかいで、乙類の仮名であるところから、「簸」も同様の乙類のヒであったと見られ、したがって、古くは上二段活用であったと考えられる(精選版日本国語大辞典)、
とあり、後に、新撰字鏡(平安前期)で、
簸、米(よね)比留、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
簸、ヒル、
と、上一段化した(仝上・岩波古語辞典)。で、
簸(ひ)る、
は、
ひ/ひ/ひる/ひる/ひれ/ひよ、
の、他動詞ハ行上一段活用で(学研全訳古語辞典)、
糠(ぬか)のみ多く候へば、それをひさせんとて置きたる物をば(古今著聞集)、
と、
箕(み)で穀物などをあおり振るって、屑(くず)を除き去る、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。しかし、
ひる、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
屁、放屁、倍比流(へひる)、下部出気也、
天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年〜901年)に、
放屁、戸比留、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
屁、放屁、ヘヒル、
とあるように、
放る、
とも当て、
體中より外へ放つ、
意(大言海)とし、
嚔(ひ)る、
は、
放(ひ)るの語意に同じ、
とする説がある(仝上)。前出の、和名類聚抄(931〜38年)の、
嚔、波奈比流、噴鼻也、
とある意味と重ならなくもなく、
簸(ひ)る、
の意よりは、意味上、重なり合いが大きい気がする。現に、
くしゃみをする意の「ひる(嚔)」と同語源。「新撰字鏡」に「放屁 戸比留」、「十巻本和名抄‐二」に「放屁 倍比流」の例もある。これらは「戸比利虫」(新撰字鏡)、「久曾比理乃夜万比」(和名抄)などの「ひり」から推して、中古早くから四段活用だったと思われるが、より古くは、「ひる(嚔)」と同じく上一段活用(上代は上二段活用)だったかと考えられる、
としている(精選版日本国語大辞典)ので、
放(ひ)る、
と、
嚔(ひ)る、
は、意味の上からも、音の上からも、同語源と考えていいのではないか。
嚏(ひ)る、
は、
やや、鼻ひたる時、かくまじなはねば死ぬるなりと申せば(徒然草)、
と、
はな(嚔)ひる、
とも訓ませ、
ひ/ひ/ひる/ひる/ひれ/ひよ、
の、自動詞ハ行上一段活用だが、やはり、奈良時代は、
はな(嚔)ふ、
で、上二段活用であったとされる(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)。
嚔(はな)ふく、
で、
つぎねふ山城に蜻蛉(あきつ)波奈布久(ハナフク嚔(はな)ふとも(「琴歌譜(9C前)」)、
と、
はなふく、
と訓ませ、
「鼻吹く」の意、
で、
くしゃみをする、
はなひる、
意である(精選版日本国語大辞典)。
くしゃみ、
は、古くは、
くさめ、
といい、本来、
くしゃみをしたときに唱える呪文、
とされる(岩波古語辞典)。名語記に、
鼻ひたる時、くさめとまじなふ、如何。…又、休息万命、急急如律令と唱ふべきを、くさめとは言へりといふ説あり
とあり、
休息命(くそくみやう)の急呼。国府、こふ。脚絆(きゃくはん)、きゃはん。ささめく、そそめく。通夜(つうや)、つや、
と、
嚔(はなひ)りたるときに唱ふべき、厭勝(まじなひ)の呪文。命(いのち)長かれと云ふ意なり。嚔ひれば命終はると云ふ、天竺の伝説あるに因りて、斯かる呪文あるなり。千萬歳(せんまんざい)とも呪(じゅ)じ、今、小兒、はなひれば、母、とこまんざい、とも呪ず、
とある。「とこまんざい」は、「徳万歳」と当て、
小兒のくさめする時、まじなひに云ふ語、
らしい。しかし、
「休息万命(くそくまんみやう)」のくずれた形と言うが、本来は、「糞食(は)め」で、くしゃみに対する罵言(ばげん)か、
とする(岩波古語辞典)見方もある。くしゃみをして、「くそ」とか「くそったれ」とかいう類なのではないか、ということだ。柳田国男は(『少年と国語』)で、
いまある辞典や註釈の本を見ると、クサメという語の起りは、休息万命(きゆうそくばんみよう)、急々如律令(きゆうきゆうによりつりよう)と言うとなえごとを、まちがえたものだと、どこにも出ている。そんなおろかしい説明をまに受けて、ちっともうたがわない人があるのだろうか。休息万命なんかは、漢字を知っている者にも、なんのことを言うのかまるでわからない。そうしてまったく字を知らぬ者が、じつはむかしから、クシャミをおそれていたのである。こんなおかしな文句をもっともらしく本に書き残したのは、むしろ、クサメがすでにひさしく存して、もはや、その心持がかれらには、くみとれなくなっていたからで、いわば、あべこべに休息万命が、クサメをこじつけたものとも取れるのではないか。
呪文なんだから「休息万命」が意味がわかんないことばでもいいんじゃないかとおもうけど、それはそれとして、それじゃあ「くさめ」の語源がなんだっていってるかっていうと、
クサメの糞くそはめであり、クソヲクラエと同じ語だったことは、気をつけた人がまだないようだが、おおよそはまちがいがあるまい。沖縄でも、首里しゆりのよい家庭で、クシャミをしたときには、クスクエーと言うならわしがあった。これを、魔物のさせるわざと言って、子どもなどのまだ自分ではそう言えない者が、クシャミをしたときには、おとながかわって、このとなえごとをすることになっていた。食うは、この島ではあまり使われず、クラウと同じに、やや悪いことばであって、ふつうにはカム・カミーと言っていた。すなわち、こちらで言うハム・ハメと同じ語である。クソは悪いものだが、かならずしも悪いことばではない。ただ、相手にそれを食え、またはハメと言うにいたって、最大級の悪罵(あくば)ともなれば、また少しもおそれていないという、勇気の表示ともなるのである。必要があるならば、女でもこれを用いたろうが、さすがに、あとあとは少しばかりことばをちぢめ、または、知らずにまねをしていたのがクサメであろうと、私は思う。
と批判している(http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2010/05/post-8b67.html)。これが正解だろう。岩波古語辞典は、この説を取っている。
「嚔」(漢音テイ、呉音タイ)の異体字は、
嚏(俗字)、𤴡、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9A%94)。字源は、
会意兼形声。𤴡(テイ)は「つかえるしるし+止」の会意文字で、仕えて止まる意、嚔は、それを音符とし、口を添えたもの、
とある(漢字源)。他は、
形声。「口」+音符「𤴡」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9A%94)、
とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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神無月(かみなづき)ふりみふらずみ定めなき時雨ぞ冬の初めなりける(後撰和歌集)
の、
ふりみふらずみ、
の、
み、
は、
二つの対照的な動作が交互に行われる意を表す接尾語、
で、
降ったり降らなかったり、
の意、
ふりみふらずみ、
は、
冬の訪れを知らせる知らせる風物として時雨を言い、それが不安定な雨であることから、落ち着きのない気持が添わり、初冬の心細いような季節感を捉えている、
と注釈し、
降ったり降らなかったり、不規則な、この時雨というものが、
と訳す(水垣久訳注『後撰和歌集』)。
ふりみふらずみ、
の、接尾語、
み、
は、
すべをなみ、
で触れたように、いくつかの使い方があり、第一には、
春花の咲ける盛りに思ふどち手折(たを)りかざさず春の野の繁み飛び潜(く)くうぐいすの声だに聞かず(万葉集)、
と、
形容詞の語幹について体言を作り、
高み、明るみ、深み、
等々と、
その性質を帯びた場所(岩波古語辞典)、
そのような状態をしている場所(精選版日本国語大辞典)、
を言ったり、
黒み、白み、青み、赤み(ロドリゲス大文典)、
と、
色合い(岩波古語辞典)、
その性質・状態の程度やその様子(精選版日本国語大辞典)
を表わすが、
「厚み」「重み」「苦み」「赤み」「面白みに欠ける」「真剣みが薄い」など、「さ」と比べると使われ方は限られる、
とある。また、
甘み、苦み(仝上)、
と、味わいを表す(岩波古語辞典)が、
漢語の「味」と混同され、「味」を用いることも、近代には多い。
とされる(精選版日本国語大辞典)。
第二に、
采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万葉集)、
瀬をはやみ岩にせかるる谷川の割れて末にもあはんとぞ思ふ(詞花和歌集)、
若の浦に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る(万葉集)、
などと、
形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて(学研全訳古語辞典)、
形容詞の語幹に添ひて、「の故に」「さに」の意をなす(大言海)、
形容詞や形容詞型活用の助動詞の語幹に付いて、「名詞+を…み」「名詞…み」の形で )
原因・理由を表わして連用修飾語となる(精選版日本国語大辞典)、
とある、
み、
は、
(……が)……なので、
(……が)……だから、
……のゆえに、
……によって、
と、原因・理由を表す(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある(学研全訳古語辞典)。
第三に、冒頭の歌のように、
負ひみ抱(むだ)きみ、
で触れた、
子の泣くごとに男(をとこ)じもの負ひみ抱(むだ)きみ朝鳥(あさとり)の哭(ね)のみ泣きつつ恋ふれども験(しるし)をなみと言問(ことと)はぬものにはあれど(高橋朝臣)、
生駒(いこま)の山を見れば、曇りみ晴れみ、たちゐる雲やまず(伊勢物語)、
などの、
……み……み、
の形の、
み、
は、
もと動詞ミ(見・試)の連用形、動詞または助動詞「ず」の連用例について(岩波古語辞典)、
試みる意の「見る」の連用形からという。動詞または助動詞「ず」の連用形に付き、その並列によって連用修飾語をつくる。対照的な動作または状態を並列してそれが交互に繰り返される意を表わす(精選版日本国語大辞典)、
動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて、その動作が交互に繰り返される意を表す(学研全訳古語辞典)、
もので、
……み……み、
で、
……したり、……したり、
……したり、……しなかったりして、
の意になる。第二の、
み、
と同語とされる場合もあるが、第二の、
み、
は、形容詞の語幹に下接し、この「み」は動詞の連用形に下接するので、別語である(精選版日本国語大辞典)。
第四に、
道の後(しり)古波陀孃子(こはだをとめ)は争はず寝(ね)しくをしぞも愛(うるは)し美(ミ)思ふ(古事記)、
望月(もちづき)のいやめづらしみ思ほしし君と時々幸(いでま)して(万葉集)、
の、
み、
は、
形容詞の語幹に付いて、下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す(学研全訳古語辞典)、
あとに「思う」「する」などの動詞が続き、感情の内容を表現する(精選版日本国語大辞典)、
とある。この、
み、
は、品詞の扱いとしては、
接尾語とする説、
以外に、
助詞とする説、
四段活用動詞の連用形に相当すると見る説、
などもある(精選版日本国語大辞典)。また、この用法による、、
「甘みす」「重みす」「安みす」、
は、音便により、
「甘んずる」「重んずる」「安んずる」
等々となる(仝上・大言海)。
「降」(@漢音呉音コウ、A漢音コウ・呉音ゴウ)の異体字は、
夅(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%8D)。「昇降」「以降」「降雨と、「おりる」「下る」「ふる」意は@の音、「投降」と、「くだす」「くだる」意は、Aの音、となる(漢字源)。字源は、「くだち(降)」で触れたように、
会意兼形声。夅(コウ)は、下向きの左足と右足を描いた象形文字で、下へくだることを示す。降は、それを音符として、阜(おか)を添えた字で、丘を下ることを明示したもの、
とある(漢字源)。同じく、
会意形声。阜と、夅(カウ)(下に向かって歩く)とから成り、高い所からおりてくる意を表す。ひいて「おろす」、したがえる意に用いる(角川新字源)、
会意兼形声文字です(阝+夅)。「段のついた土山」の象形(「丘」の意味)と「下向きの足の象形×2」(「くだる」の意味)から、丘を「くだる」を意味する「降」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji988.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
会意。「阜」+「夂」×2、高いところから人の足が降りてくるさまを象る。「くだる」「おりる」を意味する漢語{降 /*kruungs/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%99%8D)、
会意。𨸏(ふ)+夅(こう)。𨸏は神の陟降する神梯の象。〔説文〕十四下に「下るなり」とするが、神の降下することをいう。〔書、多士〕「惟(こ)れ帝、降格す」とみえる。卜辞に「帝囗+┣(とが)を降(くだ)さざるか」「帝は大𦰩(かん 暵)を降さざるか」「疾を降すこと勿(な)きか」のように、これらはすべて上帝の意思によって下民に降されるものとされた。降雨も同じ。また「祖丁を降さんか」のように、祖霊の降下することを卜する例がある。神聖の命を以て与えられるものをすべて降といい、降命という。春秋期以後、降服の意にも用いる(字通)、
と、字解は同趣しながら、会意文字とするものがある。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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神無月(かみなづき)時雨ばかりはふらずしてゆきがてにさへなどかなるらむ(後撰和歌集)
の、
ゆきがてに、
は、
雪糅(が)てに、
と、
行き難に、
の掛詞。『伊勢集』では男との一連の贈答歌のうちにあり、「はつ雪のふる日」にやって来ない男に贈った歌として見える。こうした経緯が知られないと難解な歌、
とあり(水垣久訳注『後撰和歌集』)、
時雨許りは、降らずにいて、雪まじりに(そして行き難く)さえ、どうしてなるのだろう、
と訳す(仝上)。
行き難に、
の意を懸けて、
雪糅て、
とあてる、
ゆきがて、
は、
「がて」は、動詞「かつ(糅)」の連用形の変化したもの(精選版日本国語大辞典)、
「がて」は「糅(か)つ」の連用形の濁音化(広辞苑)、
で、
カテはまぜる意、
とあり(岩波古語辞典)、
雪がまじっていること(デジタル大辞泉)、
雨や風に雪が交じること(精選版日本国語大辞典)、
雪の交じりたること、雪まぜ(大言海)、
で、
雪まじり、
の意である(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。
行き難て、
を懸けた、
ゆきかて、
は、
行き難い、
意で、この、
がてに、
は、
……できない、
……しがたい、
意だが、これと後に混同されれた、
我(わ)れはもや安見児(やすみこ)得たり皆人の得(え)難爾(かてニ)すといふ安見児得たり(万葉集)、
と、
得かてにす、
を、
手に入れがたい、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
かて(克)に、
がある。これは、
……することができる、
堪える、
意の下二段動詞、
かつ(克・勝)、
の、
未然形に打ち消しの助動詞「ず」の連用形の古形「に」の付いた、
もので、
……することができずに、
……するにたえなくて、
の意になるが、後に濁音化したため、
秋萩のしたば色づく今よりやひとりある人のいねがてにする(古今和歌集)、
と、この、
いねがて、
は、
動詞「いね(寝)かつ」の連用形「いねかて」の濁音化だが、「がて」が「難(がた)し」の意に誤って使われ、その結果、
ガテは難シの語幹と混同され、ニは格助詞のように意識され、
がてに(難)、
の意と重なった。冒頭の、
かてに、
には、
糅に、
難に、
克に、
の意味の重なりがある、憶説だが、こんな意味の重なりが、背景にあるのではないかと思った。
かてに、
も、やはり、
がてに、
とも濁る(大言海)が、
糅(かて)に、
とあて、
「がて」は、動詞「かてる(糅)」の連用形の変化したもの(精選版日本国語大辞典)、
ガテは糅(か)つる意(大言海)、
で、名詞の下に付いて、
まじりに、
まぜ合わされて、
の意を表わす(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
糅、マジフ・カサヌ・カツ・カタラフ・アヘモノ・クハフ・ユヅ、
字鏡(平安後期頃)に、
糅、カシカテ・アヘモノ・クハフ・カタラフ・ナシラフ・チマキ・マジハル・マジフ・モミカツ、
等々とある。
糅つ、
は、
て/て/つ/つる/つれ/てよ、
の、他動詞タ行下二段活用で、
沈(香)(ぢんかう)木といふことを知らずして、薪に交(か)てて竈に焼(た)く(日本書紀)、
と、
まぜ合わせる、
まぜる、
意である(岩波古語辞典)。
麦飯にかてといふものいれしを、わかちてもてなす(「折たく柴の記(1716頃)」)、
の、
かて(糅)、
は、動詞、
「か(糅)つ」(下二)の連用形の名詞化、
で、
混ぜものをすること、
また、
混ぜ加える食物、
の意だが、
かて……今関東の田夫(たみ)の飯にさまざまの野菜を雑るをかてと云(「志不可起(1727)」)、
と、米に麦や大根、豆類などを混ぜ加えて炊いた、
かてめし(糅飯)、
かていい(糅飯)、
の意でもある(精選版日本国語大辞典)。
日本では第2次大戦後までハレの日を除いては米に雑穀を加えたり、それらにダイコン、カブ、干し菜、干し芋、海藻などの増量材を加えて主食とした地域が多かった。こうした混ぜ物をして増量したものは糅飯(かごめし)と呼ばれた、
ともある(世界大百科事典)。
かててくはへておかちが煩ひ伯父の難儀、まだ此の上にどろめが何を為出さふやら(浄瑠璃・女殺油地獄)、
と、
糅てて加えて、
は、
「かて」は動詞「か(糅)つ」(下二)の連用形、
で、
ある事柄にさらに他の事柄が加わって、
その上、
おまけに、
の意で、
ふつう望ましくない状態が重なる場合に用いることが多い、
とされる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
是はいかな糅交(カテテマゼ)てどんちゃんと。是もやっぱり今の願(浄瑠璃・新版歌祭文)、
と、
かててまぜて(糅混)、
は、
いろいろと、物事が混雑すること、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
「糅」(漢音ジュウ、呉音ニュウ)の異体字は、
粈、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B3%85)。字源は、
会意兼形声。「米+音符柔(やわらか)」、
とあり(漢字源)、ねっとりとまじる、まじえる、あえる、意である(仝上)。他は、
形声、音符は柔(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B3%85)、
形声。声符は柔(じゆう)。〔広雅、釈詁一〕に、「雜なり」とあり、雑糅、ものをまぜ合わすことをいう。料理をととのえ、あえる意に用いる(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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月見れば国は同じぞ山へなり愛(うつく)し妹(いも)はへなりてあるかも(万葉集)
の、
山へなり、
の、
へなる、
は、
山が隔てとなる、
意で、
山が遮っている、
と訳し、
妹(いも)はへなり、
の、
へなる、
は、
隔たっている、
意で、
(山の向こうに)隔てられてしまっている、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
たたなづく青垣山のへなりなばしばし君を言(こと)とはじかも(万葉集)
の、
へなる、
も、
隔たってになる、
意で、
へなりなば、
は、
間をへだてたならば、
と訳し、
言(こと)とはじ、
は、
お便りすることができなくなる、
と訳す(仝上)。また、
愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を山川を中にへなりて安けくもなし(万葉集)
では、
へなり、
を、
山や川が中に隔てとなっていて、
と訳す(仝上)。
へなる、
は、
隔る、
とあて、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
隔たっている、
遠く離れている、
意だが(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、
へなる、
は、
遠く来て(山が)間を隔てる障害となっている、
意とする説もある(精選版日本国語大辞典)。たとえば、
春霞たなびく山の隔(ヘな)れば妹に逢はずて月ぞ経にける(万葉集)、
では、
間に物があってさえぎられる、
意で、
うるはしと我(あ)が思(も)ふ妹を山川(やまかは)を中に敝奈里(ヘナリ)て安けくもなし(万葉集)、
でも、
山や川が中に隔てとなっている、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ここで、
へなる、
は、確かに、
間に障害がある、
意で使っており、
両者の距離、
ではなく、
両者を遮る障壁、
の意だが、メタファと考えれば意味の外延の中に入るのではないか。この、
へなる、
は、
ヘダタル(隔る)が「タ」を落としたヘダルをヘナルという、
とある(日本語の語源)。
隔(へだ)てる、
の文語形は、
隔(へだ)つ、
だが、
「隔つ」の自動詞は、
た/ち/つ/つ/て/て、
の、タ行四段活用で、
「隔つ」の他動詞は、
て/て/つ/つる/つれ/てよ、
の、タ行下二段活用になり、
タ行四段活用の、自動詞、
隔つ、
は、
へだ(隔)たる、
に、
タ行下二段活用の、他動詞、
隔つ、
は、
へだ(隔)てる、
へと転じていく。つまり、
タ行四段活用の自動詞「隔つ」→へだたる(隔)
タ行下二段活用他動詞「隔つ」→へだてる(隔)、
へと転嫁していく(精選版日本国語大辞典)。前者、
隔つ、
は、
二つの物の間に境を作って、行き来、見通しを妨げる、
意、
後者の、
隔つ、
は、
二つの物の間に境界を立てて、互いに見えず、行き来できなくするのが原義、
とあり(岩波古語辞典)、類義語、
へなる、
は、自動詞なので、
へだたる→へなる、
と転訛したことになるが、
境界が自然になる意、
としている(岩波古語辞典)。だから、冒頭の歌の、
へなる、
は、
隔たっている、
と訳した(伊藤博訳注『新版万葉集』)ことになる。
隔つ→隔てる、
は、
両者を隔てる、
仕切りで隔てる、
というように、
間に距離や遮るものを置く、
間にあって両社を離す、
という空間的な意味とともに、それをメタファに、
時を隔てて、
というように、
二つの行為の間に時間的な距離を置く、
意としても使うが、その由来は、
重(へ)を立つる意(大言海)、
ヘダツ(重立)の義(菊池俗語考)、
ヘタテル(経立然)の義、また、ヘタテル(戸立然)の義(日本語原学=林甕臣)、
ヘダツ(戸立)の義(和句解)、
ヘダツ(歴絶)の義(名言通)、
ヘタツ(重断)の義(言元梯)、
ヘダチはヘタ(隔方)に活用語尾チの付いたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々とあるものの、すっきりしない。ちなみに、自動詞の、
隔つ、
の由来は、
重(へ)の立つ意(大言海)
とある。外部的な意志ではないので、どの語原としても、
そうなった、
という意味になる。なお、
動詞「へだてる(隔)」の連用形の名詞化が、
へだて(隔)、
動詞「へだたる(隔)」の連用形の名詞化が、
へだたり(隔)、
で、それと同義だが、
動詞「へだつ(隔)」の連用形の名詞化が、
へだち(隔)、
となる(精選版日本国語大辞典)。なお、
へなる、
は、たとえば、
月読(つくよみ)の光にきませあしひきの山きヘなりて遠からなくに(万葉集)、
の、
きへなる(来隔る)、
を、
来て遠く隔たる、
来て離れる、
意とする(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)が、一説に、
間に障害がある、
意とも(仝上)、
遠く来て(山が)間を隔てる障害となっている、
の意ともある(仝上)。「へなる」の、
隔たっている、
遮る障害がある、
の両義を引きずっているようで、現に、
へだたる、
意(古語大辞典)とし、
山が隔てとなった遠い道のりでもないのに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)し、
道ゆく我は白雲のたなびく山を岩根踏み越えへなりなば恋しけく日(け)の長けむそ(万葉集)
の、
こえへなる(越え隔る)、
は、
山、川、国ざかいなどを越えて、遠くにへだたる、
意で(精選版日本国語大辞典)、
遠くへだたってしまったなら、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
「隔」(漢音カク、呉音キャク)は、
会意文字。鬲(レキ)は、中国独特の土器を描いた象形文字で、間をしきってへだてる意を含む。鬲という土器は、上半分には穀物が入り、下半分と三脚には水が入り、両部分は穴あき板で仕切られている。三脚の下で火を燃やし、上半分の穀物をふかす。隔は「阜(壁や土盛り)+鬲」で、壁や塀で仕切ることを示す。鬲を隔の音と考えて、「阜+音符鬲」の会意兼形声文字とする考えもある、
としている(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(阝+鬲)。「はしご」の象形と「脚が高く、地上からへだてる鼎(かなえ。古代中国の金属製の器)」の象形から、「へだてる」を意味する「隔」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1486.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「阜」+音符「鬲 /*REK/」。「へだてる」を意味する漢語{隔 /*kreek/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%94)、
形声。阜と、音符(レキ、カク 鬲に変わった形)とから成る。わけへだてるものの意を表す(角川新字源)、
形声。声符は鬲(れき)。〔説文〕に収める鬲声八字のうち、翮・槅・䃒・搹は隔と同声。来母の字にk・l二系の音をもつものが多い。〔説文〕十四下に「隔は障なり」、次条に「障は隔なり」とあって互訓。𨸏(ふ)は神の陟降するところ。そこでの隔離儀礼を示す字で、聖所に鬲をおいて境界としたのであろう。鬲よりそそぐを一+口+ヰ+冂+八+丅(かんれい)といい、祼礼(かんれい)に用いる。周初の麦氏諸器に「麥の宮に一+口+ヰ+冂+八+丅(くわん)す」「邢侯の出入に一+口+ヰ+冂+八+丅せん」とあり、聖所への出入に一+口+ヰ+冂+八+丅の儀礼をした。そのようにして聖俗を分かつことを隔という(字通)、
と、形声文字としている。
「鬲」(@漢音レキ・呉音リャク、A漢音カク・呉音キャク)は、
象形。土製の三本脚の蒸し器を描いたもの。土器を表す字の音符となる。また、三脚の部分と上部とが、別に区切られていることから、へだてる意味を表す、
とある(漢字源)。三本足の蒸し器、の意の場合@の音、隔にあてた用法で、へだてる意の場合は、Aの音とある(仝上)。他も、同じく、
象形文字です。「3本の足のある鼎」の象形から、「かなえ」を意味する「鬲」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2914.html)、
象形。三本の中空の足を持つ煮炊器を象る。「かなえ」を意味する漢語{鬲 /*reek/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%B2)、
象形。かなえの類。三足がふくらみをもつ款足(かんそく)(中空)の分当(ぶんどう)形の器。〔説文〕三下に「鼎の屬なり。五(こく)(穀)を實(い)る。斗二升を觳と曰ふ。腹の交文と三足に象る」という。先史の土器に鬲形のものが多く、実用性の高い形状のものである。重文として瓦に従う字、また㽁のように厤声に作る字がある。㽁は漢令にみえる字である。金文に「人鬲(じんれき)」という語があり、また「臣十家、鬲百人」を賜う例があり、徒隷のような身分のものをいう語であった(字通)、
と、象形文字とする。
鬲、
は、
袋状の三足をもつ煮沸用具。鬲の上に甑(そう)(こしき)を重ねて用いる。鬲に水を入れ、甑に穀物を入れ、下から加熱して穀物を蒸す。肉類を煮沸した鼎(てい)と並んで、中国の三足器の代表的器形である。鬲の出現は竜山文化の時代で、殷(いん)代から西周にかけて盛行する。礼器としての青銅鬲も存在するが、実用具の多くは陶製の鬲である。殷代の陶製の鬲は、器全体に縄文や籃文(らんもん)が施され、口縁がくびれ、腹部が張り出し、袋状の足の先端は錐(きり)状にとがっている。西周時代から春秋戦国時代の鬲は、足がしだいに退化し、鬴(ふ)とよばれる釜(かま)形の器形に変化していく。鬲と甑が一体になった甗(げん)とよばれる器形も、殷代から戦国時代にかけて用いられている、
とあり(日本大百科全書)、
鬲(れき)、
と、
鼎(てい)、
は、
器形はに似るが、鬲は、足が中空の袋足である点で鼎と異なる(マイペディア)とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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岩根(いはね)踏むへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも(万葉集)
の、
へなる、
は、
隔てになる、
意で、
岩根(いはね)踏むへなれる山はあらねども、
は、
大きな岩を踏み越えて行かねばならないような隔ての山はありはしないのだが、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まねみ、
は、
まねしのミ語法、
とあり、
しげしげと多いので、
の意で、
逢えない日が度重なるので、
と訳す(仝上)。
まねみ、
の、
み、
は、
すべをなみ、
で触れたように、
み、
の、いくつかの使い方の一つで、
采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万葉集)、
瀬をはやみ岩にせかるる谷川の割れて末にもあはんとぞ思ふ(詞花和歌集)、
若の浦に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る(万葉集)、
などと、
形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて(学研全訳古語辞典)、
形容詞の語幹に添ひて、「の故に」「さに」の意をなす(大言海)、
形容詞や形容詞型活用の助動詞の語幹に付いて、「名詞+を…み」「名詞…み」の形で )
原因・理由を表わして連用修飾語となる(精選版日本国語大辞典)、
とある、
み、
で、
(……が)……なので、
(……が)……だから、
……のゆえに、
……によって、
と、原因・理由を表す(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある(学研全訳古語辞典)。
まねし、
は、
多し、
數多し、
とあて(大言海・精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、ク活用の形容詞で、
朝鮮語manh(多)と同源か(岩波古語辞典)、
とあるが、
月日の打ち続きたるを云う語、
とあり(大言海)、
たび重なる、
度数が多い、
しげし、
頻繁(ひんぱん)である、
の意で(仝上・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、転じて、
矢形尾(やかたを)の鷹を手に据(す)ゑ三島野に猟(か)らぬ日まねく月ぞ経にける(万葉集)
と、
多い、
意となり、
うらさぶる情佐麻禰之(サマネシ)ひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば(万葉集)、
の、接頭語「さ」をつけたのが、
さまねし、
で、
まねし、
と同義である。
さまねし、
は、
数多し、
とあて、
数が多い。
度数が多い、
意である(精選版日本国語大辞典)。
まねし、
は、さらに、
一年二年爾不在、歳真尼久(まねく)傷(そこなへる)故爾(龍田風祭祝詞)、
と、
ゆきわたる、
意となる(大言海)。類義語に、
あまねし、
があり、
しぐれの雨間(ま)なくし降れば御笠山(みかさやま)木末(こぬれ)あまねく色づきにけり(万葉集)、
と、
すみずみまで広くゆきわたっている、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、接頭語、
さ、
は、
「さ夜」「さ牡鹿」「さ霧」「さ迷う」「さとし」「さ噛みに噛む」「さまねし」、
等々、
名詞・動詞・形容詞の上に付いて、語調をととのえる、
もので、
実質的な意味はほとんどない使い方のほか、
「五月蠅(さばえ)」「早乙女(さおとめ)」「早苗(さなえ)」「五月(さつき)」「五月雨(さみだれ)」、
等々、
「五月」「早」、
とあてて、
名詞の上に付いて、時期的に早く若々しい、
意や、また、
五月、
の意をあらわす使い方、さらに、
「さ来年」「さ来月」、
等々、
時間をあらわす名詞の上に付いて、
さきの、
の意をあらわす使い方をする(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
「多」(タ)の異体字は、
夛、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%9A)。字源は、
会意文字。夕、または肉を重ねて、たっぷりと存在することを示す、
とあり(漢字源)、
会意。夕の字を二つ重ねて、日数が積もり重なる、ひいて「おおい」意を表す。一説に、象形で、二切れの肉を並べた形にかたどり、物が多くある意を表すという(角川新字源)、
会意文字です(夕+夕)。「切った肉、または、半月」の象形から、量が「おおい」を意味する「多」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji156.html)、
会意。夕+夕。夕は肉の形。多は多肉の意。〔説文〕七上に「重ぬるなり。重夕に從ふ。夕なる者は、相ひ繹(たづ)ぬるなり、故に多と爲す」と夕・繹(えき)の畳韻を以て解する。また「重夕を多と爲し、重日を曡と爲す」といい、多・曡を夕・日を重ねる意とするが、多は多肉、曡は玉を多く重ねる意。宜の初文は、俎上に多(肉)をおいて廟前に供える意。曡はそれに玉飾を加える形である。宜の初形は、卜文・金文においては多に従う。牲薦の肉の多いことから、のちすべて繁多・豊富の意となる(字通)、
と、多く会意文字とするが、
不明。「おおい」を意味する漢語{多 /*tˤai/}に用いる。
一説に象形。沢山の肉を象る。「ごちそう」を意味する漢語{膳 /*dan-s/}を表す字。のち仮借して{多}に用いる。
また一説に「肉」単体が{膳}を表し、「多」はそれを二つ並べた形声文字で、{多}を表す字。
肉が沢山あるさまを象り、{多}を表す字という説があるが、この説では「肉」である必要性が説明できないため、上記のような説が考えられる。しかしいずれも憶測の域を出ない説である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%9A)、
と、不明としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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ちはや人宇治の渡りの瀬を早み逢わずこそあれ後(のち)は我(わ)が妻(万葉集)
の、
ちはや人(ひと)、
は、
宇治の枕詞、
とあり、
上三句は世間の障害の譬喩、
とし、
あまりにも流れの激しい瀬に邪魔されて、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ちはやひと、
は、
千早人、
とあて、
ちはやびと、
とも訓み、
チハヤはチハヤブルのチハヤと同根(岩波古語辞典)、
最速人(いちはやびと)の約(大言海)、
とあり、枕詞として、
勢いつよい人の意で、ウヂ(勢いの意)と同音の、地名「宇治」にかかる(岩波古語辞典)、
ちはやぶる人である氏(うじ)の意で、「氏」と同音の地名の「宇治」にかかる。はげしいの意の「うじはやし(阻)」と同義あるいは類義であるところからかかるとも(精選版日本国語大辞典)、
とする。
ちはやぶる、
は、中世、
ちはやふる、
ちわやふる、
ともいい(日本国語大辞典)、
千早振る、
と当て(広辞苑)、その由来は、
チは風、ハヤは速、ブルは様子をする意(岩波古語辞典・広辞苑)、
動詞「ちはやぶ」の連体形に基づく(大辞林)、
「いちはやぶ(千早ぶ)」の変化。また、「ち」は「霊(ち)」で、「霊威あるさまである」の意とも(日本国語大辞典)、
「ち」は雷(いかづち)の「ち」と同じで「激しい雷光のような威力」を、「はや」は「速し」で「敏捷」を、接尾語の「ぶる」は「振る舞う」を意味する(https://zatsuneta.com/archives/005742.html)、
最速(イチハヤブル)の約、勢鋭き意。神にも人にも、尊卑善惡ともに用ゐる。倭姫命世紀に、伊豆速布留神とあり、宇治に續くは、崎嶇(ウヂハヤシ)、迍邅(ウヂハヤシ)、うぢはやきと云ふに因る(大言海)、
イトハヤシ(甚早し)はイチハヤシ(逸早し)に転音し、さらに「敏速に振る舞う」という意でイチハヤブル(逸速振る)といったのが、チハヤブル(千早振る)に転音して「神」の枕詞になった。ふたたびこれを強調したイタモチハヤフル(甚も千早振る)はタモチハフ・タマチハフ(魂幸ふ)に転音して、「神」の枕詞になった、〈タマチハフ神もわれをば打棄(うつ)てこそ(万葉集)〉(日本語の語源)、
等々諸説あるが、はっきりしない。意味からいうと、枕詞にも、
知波夜夫流(チハヤブル)宇治の渡りに棹取りに速けむ人し我が仲間(もこ)に来む(古事記)、
強暴な、
荒々しい、
という意から、
地名「宇治」にかかる。かかり方は、勢い激しく荒荒しい氏(うじ)の意で、「氏」と同音によるか。一説に、「いつ(稜威)」との類音による、
とするものと、
ちはやぶる神の社(やしろ)しなかりせば春日(かすが)の野辺(のへ)に粟(あは)蒔(ま)かましを(万葉集)、
と、
勢いの強力で恐ろしい神、
の意で、「神」およびこれに類する語にかかり、
ちはやぶる神世も聞かず龍田川から紅に水くくるとは(古今和歌集)、
と、
「神」また、「神」を含む「神世」「神無月」「現人神」などにかかり、
千早ぶる天の岩戸を押し開き我に片寄れみごもりの神(類従本長能集)、
と、「神」に縁の深いものを表す語、「斎垣」「天の岩戸」「玉の簾」などにかかるものと、また、
ちはやぶる神なび山のもみぢ葉に思ひはかけじ移ろふ物を(古今和歌集)、
と、特定の神の名、神社のある場所などにもかかるものがあり、さらに、
あはれ千者也布留(チハヤフル)賀茂の社(やしろ)の姫小松あはれ姫小松万代(よろづよ)経(ふ)とも色は変(かは)あはれ色は変らじ(東遊(10C後)求子歌)、
と、著名な神社やその所在地として「賀茂」「平野」「三上山」「香椎宮」「布留」「斎宮(いつきのみや)」などにかかったり、
ちはやぶる糺(ただす)の神の前にして空鳴きしつる時鳥(ほととぎす)かな(古今和歌六帖)、
と、その他の諸所の神社名、神社のある地名、神の名などにかかったりする。また、
ちはやふる伊豆の御山の玉椿八百万代(やほよろづよ)も色は変らじ(金槐和歌集)、
と、
稜威(いつ)の、
意から、それと類音の地名「伊豆」にかかるものがある(精選版日本国語大辞典)。
もし「ちはやぶる」の由来が異なるのなら、上記の、
風(チ)速(ハヤ)ブル、
魂(チ)速(ハヤ)ブル、
最(逸)速(イチハヤ)ブル、
霊(ち)速(ハヤ)ブル、
の、どれが正しいかの判断はつきかねる。だから、
ちはやふ(いちはやぶ)、
は、
千早ぶ、
とあて、
「いちはやぶ」の変化したもの(精選版日本国語大辞典)、
一説に、「ち」は風の意(広辞苑)、
とされ、
び、び、ぶ、ぶる、ぶれ、びよ、
の、自動詞バ行上二段で、
故(かれ)、此の国に道速振(ちはやぶる)荒ぶる国つ神等(ども)の多在(さはな)りと以為(おも)ほす(古事記)、
と、
勢い激しくふるまう、
強暴である、
たけだけしく行なう、
といった意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
いちはやぶ、
は、
逸早(速)ぶ、
とあてる、自動詞 バ上二段活用で、
いちはイツ(神威・霊威)の転、神意がさっと恐ろしく働くのが古い意味、転じて、とっさに手向かいのできないような激しい力が働き、反応がさっと現れ、恐ろしく、不安に感じられる意の形容詞「いちはやし」の動詞化、
で、
皇御孫(すめみま)の朝廷(みかど)に(火の神が)御心一速比(イチハヤビ)給はじとて進(たてまつ)る物は(延喜式(927)祝詞)、
と、
恐ろしくはげしい神威をふるう、
勢い激しくふるまう、
荒々しくなる、
意である(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。こうみると、
ちはやぶる、
は、「風(チ)」に、「魂(チ)」「霊(チ)」の含意があるにしても、
チは風、ハヤは速、ブルは様子をする意、
と見ていいのではないかという気がする。ちなみに、
男神(ひこかみ)も許し給ひ女神(ひめかみも)ちはひ給ひて(万葉集)、
の、
ちはふ、
は、
幸ふ、
とあて、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、
チは霊力、ハフは、それの働く意(岩波古語辞典)、
「ち」は霊力の意(デジタル大辞泉)、
さちはふの略、いちはやぶる、ちはやぶるの例(大言海)、
とあり、
幸いを與ふ(神より)、
の意で、
霊力を現して加護する、
威力で助ける、
意である(岩波古語辞典)。新撰字鏡(平安前期)に、
影護、知波不(ちはふ)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
授、チハフ・タスク、
とある。ついでに、
襷、
とあてる、
ちはや、
は、
襷襅、
褌、
とも当て(岩波古語辞典)、
供神今食料……細布三丈二尺 戸座襅并(ちはや)料(延喜式)、
とあり、和名類聚抄(931〜38年)に、
本朝式云、襷・襅各一条、襅、読知波夜(ちはや)、今案不詳、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
襅、チハヤ、
とあり、
襷の類か、、
とあり(岩波古語辞典)、
巫女など、神事に奉仕する女や台所仕事などをする女が用いた襷(たすき)(精選版日本国語大辞典)、
逸速(いちはや)の約、袖を束ねて動作に釆にする意と云ふ(大言海)、
〈いちはや〉の略語である(世界大百科事典)
ともある。これが転じて、
はての夢に、御社よりとて、ちはや著たるをうなの文をもてまで来たりけるを(拾遺和歌集・詞書)、
宮宮の御方の女官共の唐衣・襅着て行き(今昔物語)、
と、
千早、
ともあてる、
巫女、先払いの神人、楉持(しもともち)などが着る服。白の裾の長い小忌(おみ)の肩衣(かたぎぬ)の一種。ちはやふく(精選版日本国語大辞典)、
巫女が神事に奉仕するときに着た服。白布で作る(学研全訳古語辞典)、
巫女(かむなぎ)の着る服、即ち小忌衣なりと云ふ、一重の布にて作る。身二幅、袖一幅(ひとの 鯨尺で1尺(約37.9センチ))にて、木型もち、山藍にて春草、水草、蝶鳥の類を摺る。袖は縫はず、紙縒(こより)にて括る(大言海)、
小忌衣(をみごろも)の類。巫女(みこ)が神事の際用いる。身二幅、袖一幅の白布単衣。山藍で模様を摺る。袖を糸で縫わず、紙捻(こより)で括る(岩波古語辞典)、
神事に奉仕するものが衣服の上に着ける白衣。たとえば大嘗会(だいじようえ)のさいに、神饌(しんせん)や陪膳(ばいぜん)に奉仕する女官(采女(うねめ))の装束では、白の小袖に紅の切袴(きりばかま)、これに絵衣(えぎぬ)という白地に草花模様を泥絵で描いた袿(うちき)様の衣を着け、さらに波衣(なみごろも)という薄縹(はなだ)に白く青海波をあらわした唐衣(からぎぬ)様の短衣を重ね、その上に襅を打ちかけて着るのである。こういう近世の襅は、白の生絹に草花や水などの模様を藍摺(あいずり)にしたもので、形も祭事に男子の用いる小忌衣(おみごろも)と似て、身二幅に袖一幅でおくみのない、襟つきの垂領(たりくび 襟(えり)を肩から胸の左右に引き垂らし、とり違えて着用する)形であるが、本来は小忌衣が垂領形であるのに対して、襅は貫頭衣形のものであったらしい。男女ともに必要に応じて衣服の上にこの貫頭衣形の短衣を着けて、ちょうどたすきをかけたように袖やたもとをその中へたくしこみ、動作をしやすくする目的の衣服であったようである。なお襅は葬送のさいにも葬列に従うものが着けていることが、《北野天神縁起》などの鎌倉時代以後の絵巻物などによって知られる。この時代の襅は、貫頭衣の形はとっているがすでに実用衣でなくて、祭礼の場合も同様に、前は短いが後身が地にひきずるほど長くなっている。古くからあった貫頭式の無袖衣が、とくに祭祀関係とむすびついてでき上がった一種の儀礼服である(世界大百科事典)、
とある。ただ、上代には、
ちはや、
の例はなく、「十巻本和名抄‐四」には「本朝式云襷襅各一条〈襅読知波夜
今案未詳〉」とあり、「和字正俗通」(一七三三)は、襷・襅を国字とする。国字であれば、「ちはや」の語の成立とともに「襅」が造字された可能性が高く、平安初期には「ちはや」の語が成立していたか、
とある(精選版日本国語大辞典)。なお、
小忌衣(をもごろも)、
山藍(やまあゐ)、
縹(はなだ)、
については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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沖つ藻を隠さふ波の五百重波(いほへなみ)千重(ちへ)しくしくに恋ひわたるかも(万葉集)
の、
上三句は序、「千重しくしく」を起こす、
とあり、
五百重波のように、幾重にも幾重にも恋い続けている、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
隠さふ、
は、
動詞「かくす(隠)」の未然形に継続・反復を表わす助動詞「ふ」の付いたもの、
で(精選版日本国語大辞典)、この、
ふ、
は、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
隠しつづける、
繰り返し隠す、
意となる(精選版日本国語大辞典)。
しくしく、
は、
頻頻、
と当て、
動詞「しく(頻)」を重ねたものから、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
物事があとからあとから重なり起こるさま、
をいい、「に」「も」「と」を伴って用いることもあり、
何度も繰り返し行なわれるさまを表わす語、
として、
あとからあとから、
しきりに、
たえまなく、
の意で、
及く及く、
とも当て、
奥山のしきみが花のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ(万葉集)、
と、
次から次へとしきりに、
と訳され(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
波の押し寄せて來るように、あとからあとから絶えないで、
の意で使う(岩波古語辞典)。ここでは、
幾重にも幾重にも
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
五百重(いほへ)波、
は、
幾重にも重なって寄せてくる波、
のことで、
朝なぎに千重波(ちへなみ)寄せ夕なぎに五百重波(いほへなみ)寄す辺(へ)つ波の(万葉集)、
と、
千重波(ちへなみ 千重浪)、
という言い方もする(精選版日本国語大辞典)。枕詞として、
五百重波、
は、
み崎(さき)みの荒磯(ありそ)に寄する五百重波(いほへなみ)立ちても居ても我が思へる君(万葉集)、
と、幾重にも重なった波が立つの意から、
「立ちても居ても」にかかる、
とされる(精選版日本国語大辞典)。
五百重、
は、
幾重にも重なっていること、
の意で、
五百、
は、
「古事記‐下・歌謡」と「万葉‐四一〇一」には音仮名表記「いほち(五百箇)」の例があり、「万葉」には「五百」をイホの借訓仮名として用いた例「借五百(仮庵)」〔七〕、「五百入(庵)」〔一二三八〕があるから、五百を「いほ」といったのは確かである、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
いほ、
と訓ませるが、
イほ五、ホは百の意、五(イ)は他の語の植えにつけて使う。もともと五(イ)と五十(イ)は同語、ポリネシア語などに、ひとつ単語で、四と四十をあらわすものがあるのと同類(岩波古語辞典)、
イは、一(ヒ)、二(フ)、三(ミ)、四(ヨ)、五(イ)、六(ム)、七(ナ)、八(ヤ)、イツと云ふも、五箇(イツ)なり、三箇(ミツ)、四箇(ヨツ)。五十(イソ)、五百(イホ)など、稀に接頭語として用ゐられる。百(ホ)は、百(ヒャク)の古言、百(モ)と通ず(大言海)、
とある。
五百は、
五百、
という数の意の他に、
天(あめ)にいます月読壮士(つくよみをとこ)賄(まひ)はせむ今夜(こよひ)の長さ五百(いほ)夜(よ)継ぎこそ(万葉集)、
と、
数の非常に多いこと、
の意でもあり、ここでは、
五百夜(ごひゃくよ)分も継ぎ足してほしい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
五百枝(いほえ)、
五百年(いほとせ)、
五百名、
五百引き、
五百機(はた)、
等々と使う(岩波古語辞典)。なお、前述のように、
「八百(やほ)」と同列であるが、「五百」は「八百」とは別に、「千(ち)」と対にして用いられることが多い、
ともある(精選版日本国語大辞典)。で、上に挙げた、古事記、万葉集での表記の、
五百箇(いほち・いほつ)、
の、
ち、
は、
「ち」は数を数える時に用いる接尾語(精選版日本国語大辞典)、
物の個数や数詞の下に添える語(岩波古語辞典)、
で、
チはツの転、
とある(岩波古語辞典)。
五百箇、
は、
数五百個。または、ばくぜんと数の多いことをいう、
とある(精選版日本国語大辞典)が、
名詞の上について、数の多いことを表す。特に五百と数を限定しているわけではない、「千(ち)」と対になって使われることが多い、
ともあり(岩波古語辞典)、
いほち(五百箇)、
を、
あるいは、「ち」は「千」で、「五百、千」か、
とする見方すらある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
三百、ミホ、六百、ムホ、八百もヤホ、九百、ココノホ、
とある。ついでに、
百重、
は、
心には千重(ちへ)に百重(ももへ)に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも(万葉集)
とあり、
ももえ、
と訓み、
数多く重なり合うこと、
いく重にも重なっていること、
の意だが、
百、
は、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
百、佰、モモ、モモチ、
色葉字類抄(1177〜81)に、
百日、モモカ、
とあるように、
もも、
と読み、
百、または数の多いこと、
の意だか、
単位としての百は、ホという、五百(いほ)、八百(やほ)の類、
とされる(岩波古語辞典)。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
百、モモ・モモチ・ハゲム・ミミ、
字鏡(平安後期頃)に、
百、モモチ・モモ・ハゲム、
とある。
「百」(漢音ヒャク、呉音ハク)の異体字は、
佰、陌(大字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BE)。字源は、
形声。「一+音符白」を合わせた字(合字)。もと一百のこと。白(ハク・ヒャク)は単なる音符で、白いという意味とは関係がない、
とある(漢字源)。他も、
合字。「一」+「白{百}」。「100」を意味する漢語{一百 /*ʔit.prˤak/}を表す字。のち「100」を意味する漢語{百
/*prˤak/}に用いる。
もと「白」が仮借して{百}を表していたが、のち{一百}を表していた「百」を{百}に用いるようになった(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BE)、
形声。一(数のはじめ)と、音符白(ハク)から成る。大きな数、「ひゃく」の意を表す(角川新字源)
形声文字です(一+白)。「1本の横線」(「ひとつ」の意味)と「頭の白い骨または、日光または、どんぐりの実」の象形(「白い」の意味だが、ここでは、「博」に通じ、「ひろい」の意味)から、大きい数「ひゃく」を意味する「百」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji133.html)、
と、解釈は異にするが、形声文字としている。ただ、『字通』のみ、
指事。声符である白(はく)の上に、一横線を加えて、数の百を示す。卜文では白の上に二を加えて二百、三を加えて三百とする。〔説文〕四上に「十の十なり。一白に從ふ。數、十十を一百と爲す。百は白なり。十百を一貫と爲す。貫は章なり」(段注本)というが、文義をえがたいところがある。卜文の字形には、白の中央に鼻竅(びきよう)を示すらしい△を加えている。白が頭頂を示すのと、いくらか異なる。〔説文〕が古文の形をあげ、「古文百は自に從ふ」とするのは、その古い字形を誤り伝えたものであろう。百は単位の成数であるから、全体や多数を意味することが多い、
と、指事(抽象的概念を点や線の位置関係等で示す)文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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荒礒(ありそ)越(こ)し外(ほか)行く波の外心(ほかごころ)我(わ)れは思はじ恋ひて死ぬとも(万葉集)
の、
上二句は、序、外心を起こす、
とあり、
外心、
は、
あだし心、
とし、
荒磯を越えてあらぬ方へ行く波のような他(あだ)し心、そんな心を私は持つまい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
あだし心、
で触れたように、
あだし、
には、
徒し、
のほか、
空し、
敵し、
仇し、
他し、
異し、
等々とも当て、意味を異にする。いずれも、古くは、
あたし、
であった(広辞苑・岩波古語辞典)。
君に逢へる夜霍公鳥(ほととぎす)他(あたし)時ゆ今こそ鳴かめ(万葉集)、
と、
他し、
異し、
と当てる意は、
異なっている、
別である、
になる。類聚名義抄(11〜12世紀)に、
他、アタシ、
とある(広辞苑・岩波古語辞典)。
殿の御前の御聲は、あまたにまじらせたまはず、徒しう聞こえたり(栄花物語)、
の、
徒し、
空し、
と当てる意は、
空しい、
不実である、
になり(仝上)、
徒を活用せしむ語(眞(まこと)しき、大人(しき)、あだし契、あだし世、などと云ふは、終止形を名詞に接しむる用法にて、厳(いか)し矛(ほこ)、空し車、同例なり、
とあり(大言海)、
意味上はアダ(不実)の形容詞形と考えられるが、常に名詞と複合した形で使われる。アダシ(他)とアダ(不実)との意味と形の近似による混交の結果生じた語であろう。中世以後の例が多い、
とある(岩波古語辞典)。「あだし心」はその典型例になる。
王は外道に党(かたちは)へり(味方した)。それ敵(あだ)すべけむや(大唐西域記)、
と、
仇し、
敵し、
と当てる意は、
敵対する、
はむかう、
になり(広辞苑・岩波古語辞典)、類聚名義抄(11〜12世紀)には、
敵、アタル、カタキ、アタ、
とある。だから、
アタは仇、
とある(仝上)。この、
徒し、
空し、
敵し、
仇し、
他し、
異し、
とあてる、
あだし、
の語幹、
あだ、
は、
いずれも古くは、
あた、
と、清音で、
徒・空、
他・異、
仇・敵、
の三通りがある。
徒、
は、
無用の意を言うアヒダ(閨jの約(大言海・名言通)、
アダシ(他し)の語根(大言海)、
アナタ(彼方)の約言(和訓集説・萍(うきくさ)の跡)、
など諸説あるが、「他」との関係について、「他」は、
徒(あだ)の、実なき意の、我ならぬ意に移りたる語にもあるか、
と、
他(異)し、
と
徒(空)し、
を繋げている(大言海)。有名な、
君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ(古今集)、
を、
徒し、
ではなく、
他し、
と当てている(岩波古語辞典)のを、上述したように、
アダシ(他)とアダ(不実)との意味と形の近似による混交の結果生じた語であろう。中世以後の例が多い、
とする(仝上)のは、意味の近さからではないか。
他し心、
は、
他に心を移している、
意であり、
徒し心、
は、それゆえの、
不実な心、
ということになる。もともと、
あだし心、
は、
異なる、他のものに心を移す、
という状態表現にすぎなかったが、そのこと自体に意味を持たせた価値表現へと転じ、
徒し心、
へとシフトしたのかもしれない。それが、
外心(ほかごころ)、
である。
外心、
は、文字通り、
あらぬ方にゆく心、
で(岩波古語辞典)、
よその物事や人などにひかれる心、
をいい(精選版日本国語大辞典)、
他の人に向かう心、
他に移る心、
他の人を思う心、
の意で、
あだし心、
異心、
ともいう(広辞苑・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・大言海)。
外心、
を、
がいしん、
と訓ますと、
今ぬしが外心が出来て、わたくしがつき出されてお見なんし(洒落本・三人酩酊)、
と、
うちとけない心
へだてを持った心、
つまり、
隔心、
意になるが、専門用語として、
内心、
に対する、
外心、
多角形に外接する円の中心。三角形では各辺の垂直二等分線の交点となる、
意にもなる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。なお、
外、
は、
後涼殿(こうらうでん)に、もとよりさぶらひ給(たま)ふ更衣(かうい)の曹司(ざうし)を、ほかに移させ給ひて(源氏物語)、
と、
ほか、
と訓ますと、
別の場所、
よそ、
の意で使い、
他、
とも当て、その名詞、
「ほか(外)」の形容詞化、
で、
他形保可之伎(ホカシキ)可多知(新訳華厳経音義私記)、
外(ほか)し、
という言い方があり、
異なるさまである、
普通と違っている。
の意である。
外、
は、また、
そと、
と訓ませ、
内(うち)、
に対し、
外(そと)、
の意味で、
特定の仕切られた範囲から出た部分、
あるいは、
外面、
の意や、同じ意味で、
と、
と訓ませ、
大宮の内(うち)にも外(と)にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し(万葉集)、
と使う。また、
御几帳のはづれ、けざやかに見えさせ給へる御髪のかかり(狭衣物語)、
と、
はずれ、
と訓ませ、
場所や物などの、範囲の外にちょっと出たところ、
末端の終わったその先、
の意や、
げ、
と訓ませ、
然れども外を学ぶる者は仏法を誹(そし)り、内を読む者は外典を軽みす(日本霊異記)、
と、仏教語で、
内(ない)、
に対し、
仏教以外の教え、
また、
仏教内でも自己以外の立場、
をさす。さらに、
がい、
と訓ますと、
内(ない)、
に対し、
外(がい)、
ある範囲に含まれない部分、
つまり、
そと、
の意で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
「外」(漢音ガイ、呉音ゲ、唐音ウイ)は、
会意兼形声。月(ゲツ)は、缺(ケツ 欠ける)の意を含む。外は「卜(うらなう)+音符月」で、月のかけ方を見て占うことを示す。月がかけて残った部分、つまり外側の部分のこと。亀卜(きぼく)に用いた骨の外側だという解説もあるが、従えない。また、丸く抉ってかく、そのかけ残りの意を含む、
とある(漢字源)。他は、解釈は異にするが、
会意。夕(ゆうべ)と、卜(ぼく)(うらない)とから成る。通常は昼間に行ううらないを夜にすることから、「そと」「ほか」「よそ」、また、「はずれる」意を表す(角川新字源)、
会意。夕+卜(ぼく)。夕は肉を削りとる意。〔説文〕七上に「きなり。卜は平旦(朝あけ)を尚(たつと)ぶ。今、夕にして事を卜するは外なり」とあり、夕に卜するを法外の意とする。〔周礼、考工記、梓人〕に「外骨」「内骨」の語があり、外骨は亀、内骨は鼈(べつ)の属。亀は外骨内肉、その腹甲を卜版に用いた。夕はまた月の形にしるし、卜辞に「其れ父丁に三冖+羊を月(ころ)さんか」とは、その犠牲の肉を削ることをいう。殷王の外丙・外壬を卜文に卜丙・卜壬に作り、外は卜事に関する字である(字通)、
と、会意文字とするもの、
原字「卜」は縦棒の外側に印を加えた指事文字で、のち音符「夕 /*ŊWAT/」を加えて「外」の字体となる[字源
1]。「そと」を意味する漢語{外 /*ŋwˤat-s/}を表す字。甲骨文字では{卜}と{外}はどちらも「卜」と書かれたが、{卜}は亀甲の内側に、{外}は外側に向けて横棒が伸びているという点で区別された(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%96)、
形声文字です(夕(月)+卜)。「月の変形」(「刖(ゲツ)に通じ、「かいて取る」の意味」と「占いの為に亀の甲羅や牛の骨を焼いて得られた割れ目の象形」から、占いの為に亀の甲羅の中の肉をかいて取る様子を表し、そこから、「はずす」を意味する「外」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji235.html)、
と、指事文字とするものに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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隠り沼(こもりぬ)の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告(の)りつ忌むべきものを(万葉集)
の、
隠り沼、
は、
下ゆ恋ふの枕詞、
とあり、
沼に寄せる恋、
と注記する(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
隠沼(かくれぬ)、
で触れたように、
紅の色には出でじ隠れ沼(ぬ)の下にかよひて恋は死ぬとも(古今和歌集)、
の、
隠れ沼、
は、万葉集では、冒頭の、
隠(こも)り沼(ぬ)の下(した)ゆ恋(こ)ふればすべをなみ妹(いも)が名告(なの)りつ忌(い)むべきものを(万葉集)、
と、
隠沼(こもりぬ)、
で、「下」にかかる(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
隠沼(かくれぬ)、
は、
「こもりぬ(隠沼)」の誤読による語か(精選版日本国語大辞典)、
隠沼(こもりぬ)を誤読して出来た語か(デジタル大辞泉)、
万葉集の「隠沼(こもりぬ)の誤読から生れた語(岩波古語辞典)、
等々とあり、
隠れの沼、
ともいい、
隠れた沼、
つまり、
草などに覆われて上からはよく見えない沼、
をいう(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
隠沼(こもりぬ)、
の、
ヌ、
は、
ヌマと同じ意味で、複合語に使う形、
とあり(岩波古語辞典)、
埴安(はにやす)の池の堤の隠沼(こもりぬ)のゆくえへを知らに舎人(とねり)はまとふ(万葉集)、
と、
堤などで囲まれて水が流れ出ない沼、
の意や、
味鳧(あぢ)の住む須沙(すさ)の入江の許母理沼(コモリぬ)のあな息づかし見ず久(ひさ)にして(万葉集)、
と、
草木などが茂っている下に隠れて水の見えない沼、
意で使うが、基本、
流れのとどこおった沼(ぬま)のこと、
をいう(https://art-tags.net/manyo/eleven/m2441.html)。
ぬ(沼)、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
沼、奴、
とあり、語源に、
粘滑(ヌメル)の義(大言海)、
ナグの反。波の立たない意(名語記)、
粘り気あるいは水気のある意を表す語幹(国語の語根とその分類=大島正健)、
朝鮮語nop(沼)と同源か(岩波古語辞典)、
等々あるが、はっきりしない。では、
ぬま(沼)、
の語源はというと、天治字鏡(平安中期)
渭、奴萬、
字鏡(平安後期頃)に、
淇、水名、奴萬、
とあり、
沼閧フ義か(大言海)、
人の股までぬかるところからヌクマタの義(日本声母伝)、
ナメラマ(滑間)の義(言元梯)、
ヌカルマ(渟間)の義(志不可起)、
ヌメリ(滑)の義(名言通)、
ヌルミヅタメ(滑然水溜)の義、あるいはイネミズタメ(稲水溜)の義(日本語原学=林甕臣)、
水底の泥のさまからヌメ(黏滑)の義(箋注和名抄・日本語源=賀茂百樹)、
ヌはヌルの反で、ヌルキ水の義(名語記)、
雨の降らぬ間も水の有るところからか(和句解)、
等々あるが、付会に過ぎる気がする。上代には、沼を指す語として、
ヌマ、
と、
ヌ、
があるが、
ヌマ、
が、
沼(ぬま)二つ通(かよ)は鳥が巣(す)我(あ)が心二(ふた)行くなもとなよ思(も)はりそね(万葉集)、
と、単独で用いるが、上述のように、
ヌ、
は、冒頭の歌(の表記は、隠沼 従裏戀者 無乏 妹名告 忌物矣)や、
埴安(はにやす)の池の堤(つつみ)の隠り沼(こもりぬ)のゆくへを知らに舎人(とねり)は惑(まと)ふ(埴安乃 池之堤之
隠沼乃 去方乎不知 舎人者迷惑)、
の、
隠沼乃(こもりぬの)、
ゆくへなみ隠れる小沼(おぬ)の下思(したもひ)に我(わ)れぞ物思(ものも)ふこのころの間(あひだ)(去方無三
隠有小沼乃 下思尓 吾曽物念 頃者之間)、
の、
隠有小沼乃(こもりぬの)、
など、ほとんど複合語中に見られるので、
ヌはヌマの古形、
と考えられる(日本語源大辞典)とある。で、
隠り沼、
は、枕詞として、
草木などが茂っている下に隠れて水の見えない沼、
の意から、
外から見えないように、
の含意で、
下、
にかかる(精選版日本国語大辞典)。なお、
隠国(こもりく)、
とあてる、
こもりく、
については触れた。
「沼」(ショウ)は、「隠沼」(かくれぬ)で触れたように、
会意兼形声。刀は、曲線状にそったかたな。召は、手を曲げて招き寄せることで、招の原字。沼は、「水+音符召」で、水辺がゆるい曲線をなしたぬま、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(氵(水)+召)。「流れる水」の象形と「刀の象形と口の象形」(神秘の力を持つ刀をささげながら、祈りを唱えて神まねきをするさまから「まねく」の意味)から、河川の流域が変わって、その結果、水をまねき入れたようにできた「ぬま」を意味する「沼」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1081.html)が、他は、
形声。「水」+音符「召 /*TAW/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B2%BC)、
形声。水と、音符召(セウ)とから成る。水たまり、「ぬま」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は召(しょう)。〔説文〕十一上に「池なり」(段注本)とあり、〔風俗通、山沢〕に「圓なるを池と曰ひ、曲なるを沼と曰ふ」とする。また沼を小池として、大小を以て区別する説もあるが、金文にみえる辟雍(ヘきよう)(神廟)の大池を、〔詩、大雅、霊台〕に「靈沼」とよんでいるから、形や大小によっていうものではない。沼沢は自然のもの、池は掘鑿になるものであろう(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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隠(こも)りどの沢泉(さはいづみ)にある岩根ゆも通してぞ思ふ我(あ)が恋ふらくは(万葉集)
の、
隠(こも)りどの沢泉(さはいづみ)
は、
人目につかぬ谷川の激流、
とあり、
人目につかぬ谷間の激流に洗われている大岩、その大岩さえ貫き通すばかりの思いだ、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
隠(こも)りど、
は、
隠処
とあて、
物などのかげになって人に見えないところ、
の意だが、
人目につきにくい場所、
隠れて人目につきにくい所、
の含意で(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
こもりづ、
とも訓ませる(岩波古語辞典)。
沢泉(さはいづみ)、
は、文字通り、
沢にある泉、
の意だが(岩波古語辞典)、
沢にわき出る水、
ともある(精選版日本国語大辞典・大言海)。
走井、
で触れたことだが、
泉、
は、湧出形態によって、
(1)逬出(へいしゅつ)泉 岩の裂け目や崖からほとばしり出るもので、日本ではこれを走井(はしりい)と称した。山岳地帯に多く、場所によっては瀑布を懸ける。富士山麓白糸の滝が代表、
(2)池状泉 釜、壺、湧壺とも称した。盆状のくぼんだ底から湧出し、水をたたえるもので、富士山麓の山中湖北西にある忍野八海(おしのはつかい)が有名、
(3)湿地泉 どことなく水がしみ出し湿地状をなすもので、扇状地などの長い斜面の基底部で地下水面が地表に達したところにみられる、
の、三つのタイプがあるとされる(世界大百科事典)。冒頭の歌は、
逬出(へいしゅつ)泉、
なのだろうか。
泉(いずみ)、
は、
湧き水(わきみず)、
湧水(ゆうすい)
湧泉(ゆうせん)
などともいい、
地下水が地表に自然に出てきたもののをいい、大規模な湧水はそのまま川の源流となることもある、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%A7%E6%B0%B4)。
山間部に降った雨や雪が、地表を流出せず、山滝部から湧き出すもので、地下水の水頭が地表よりも高く、かつその地下水が地表に出てくる地質条件が満たされている場所において、地下水が湧出し、水が湧き出る(湧泉)。このような地形は、沢の谷頭(こくとう、たにがしら)部、山地と平地(へいち)の境目、台地や河成段丘の崖線沿い、扇状地の末端(扇端部)、火山周辺の溶岩流末端などが多い、
とある(仝上)。なお、
さわ、
については触れたが、
沢、
は、
細い川、もしくは短い川の通称である、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2)が、区別が曖昧で、
長大な沢・広い河原を有する沢もあれば、長さ数百mに満たない川もある。更に沢の支流に川があることもある。また、原頭部からの距離が短く、したがって流量は少ないが水質の良い山間部の川を指す場合もある。湧水のことを指す場合もある、
とある(仝上)が、ここでは、
激しく流れ落ちる激流、
の含意と見ていい。
「泉」(漢音セン、呉音ゼン)は、
象形、丸い穴から水の湧き出るさまを描いたもの、
とある(漢字源)。他も、
象形。岩の隙間から水の湧き出るさまを象る。「いずみ」「みなもと」を意味する漢語{泉 /*dzon/}及び{源
/*ŋwan/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B3%89)、
象形。岩石のあいだから水のしたたり落ちているさまにかたどり、「いずみ」の意を表す(角川新字源)
象形。崖の下から水が流れ落ちる形。〔説文〕十一下に「水原なり。水の流出して川を成す形に象る」という。〔爾雅、釈水〕に、濫泉(らんせん)は涌き水、沃泉(よくせん)は落ち水、泉(きせん)は穴から出る水とする。泉は岩の間から水が流れ落ちる形で、原がその全体形。原は源の初文。王莽のとき貨泉の字とし、貨泉を「白水(泉)眞人(貨)」とよんだ(字通)、
象形文字です。「岩の穴から湧き出すいずみ」の象形から「いずみ」を意味する「泉」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji86.html)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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三日月のさやにも見えず雲隠(がく)り見まくぞ欲(ほ)しきうたてこのころ(万葉集)
の、
上三句は序、愛しい人をねんごろに見ることができないことの譬え、
とあり、
うたて、
は、
何だか不思議に、
の意とし、
うたてこのころ、
を、
妙にこのごろは、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
いつはなも恋ひずありとはあらねどもうたてこのころ恋し繁しも(万葉集)、
では(「いつはなも」は、いつと言って、の意。なもは強意)、
妙なことに、
と訳す(仝上)。
うたて、
は、
転、
とあて、
ウタタの転。物事が移り進んでいよいよ甚だしくなってゆくさま。それに対していやだと思いながら、諦めて眺めている意を含む(広辞苑)、
原型は「うたた」で、「いよいよ、ますます」の意の副詞だが、その用法は悪い意味に偏り、良い方向の例は極めてまれである。(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、
ウタタの転。平安時代には多くは「うたてあり」の形で使われ、事態のひどい進行を諦めの気持で眺めている意(岩波古語辞典)、
と、
うたた→うたて、
への転訛とするが、『大言海』のみ、
うたて、
を、
轉(うつ)りての略転、うつつね、うたたね(仮寝)。うつかた、うたかた(泡沫)。あつまりて、あつまて。きりて、きて。
とし、
うたた、
を、
うたての轉、あわて、あわただし、
としている。
うたた、
は、
轉、
漸、
とあて(岩波古語辞典)、
ウタウタの約。ウタは、ウタ(歌)・ウタガヒ(疑)のウタと同根。自分の気持をまっすぐに表現する意。副詞としては事態がまっすぐに進み、度合いが甚だしいさま。「うたたあり」の形でも使い、のちに「うたて」と転じる。(岩波古語辞典)、
「うたた」の「うた」は轉と当て、ウタタ(轉)・ウタガヒ(疑)・ウタ(歌)のウタと同根、無性に(古事記「この御酒(みき)の御酒のあやにうた楽し、ささ」)、の意味である(仝上)。
何となく、むしょうにの意のウタの畳語(時代別国語大辞典−上代編)、
うたての轉、あわて、あわただし(大言海)、
ウタ(自分の気持をまっすぐに表現する)のくりかえし、ウタウタの約。物事に感じる心情がはなはだしく進む様子の意(日本語源広辞典)、
平安初期、「転」「転々」をウタタ・ウタウタと訓じるが、「観智院本名義抄」などは「転」をイヨイヨとも訓んでいる。語形に関して、「いかが」「いとど」「しとど」と同じく、「うた」(『古事記』の歌謡にある「うただの(楽)し」の「うた」)の末音きが疊加されたものとする説があるが、ウタウタ訓の存在を考えると疑問。事態がどんどん進むさまを表わすが、多くは、そのことに否定的、批判的な気持を伴う(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)、
ウツラ(移)ウツラの約(名語記・国語溯原=大矢徹)、
ウツリ・ウツシ(語幹)ウツから転じたウタの畳語。移の義から転々の意を生じた(名語記・日本古語大辞典=松岡静雄・国語の語根とその分類=大島正健)、
ウはウキ(憂)・ウレシ(嬉)のウ、タタは、疊の意(雅言考)、
等々諸説あるが、
其の後は徒衆転(ウタタ)多ければ得法転少きと言へり(「雑談集(1305)」)、
うたた同情の念に堪えない、
などと、
(事態が甚だしくてどうにもできず)不愉快なさま(岩波古語辞典)、
ある状態がずんずん進行して一層はなはだしくなるさま、いよいよ、ますます(広辞苑)、
ある状態が、どんどん進行してはなはだしくなるさま。いよいよ。ますます。転じて、そうした状態の変化を前にして心が深く感じ入るさまにいう(デジタル大辞泉)、
状態がどんどん進行していっそうはなはだしくなる意を表わす。いよいよ。ますます。なおいっそう(精選版日本国語大辞典)、
等々、おおよそ、
事態が自分の意に染まず、進んでいく、
といった含意になる。また、多く、
うたたあり、
の形で、
花とみて折らんとすれど女郎花うたたあるさまの名にこそありけれ(古今和歌集)、
例の人にてはあらじと、いとうたたあるまで世を恨み給ふめれば(源氏物語)、
と、
(事態がはなはだしく進んで)気に染まないこと(広辞苑)
(「うたてあり」の転か。多く、「うたたある」の形で
)状態の異常さに心を動かす意を表わす。いやな気を起こさせるように。意外にも。ひどく。変に(精選版日本国語大辞典)、
(「うたたあり」の形で)不快な感じをもたらすさま。嫌な気を起こさせるように。ひどく(デジタル大辞泉)、
の意で使い、さらに、
ウタタゴコロ」(「日葡辞書(1603〜04))」、
うたた今昔の感に堪えない、
というように、
なんとなく心動くさま、
そぞろに、
の意でも使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。こうみると、
うた(轉)、
で、
無性に、
の意味で使われていたことを思えば、
何となく、むしょうにの意のウタの畳語(時代別国語大辞典−上代編)、
ウタウタの約。ウタは、ウタ(歌)・ウタガヒ(疑)のウタと同根。自分の気持をまっすぐに表現する意。副詞としては事態がまっすぐに進み、度合いが甚だしいさま(岩波古語辞典)、
ウタ(自分の気持をまっすぐに表現する)のくりかえし、ウタウタの約(日本語源広辞典)、
という説が妥当なのではないか。
うたがふ、
の、
うた、
は、
ウタは、ウタ(歌)・ウタタ(轉)などと同根。自分の気持をまっすぐに表現する意。カフは「交ふ」の意。従ったウタガフは、事態に対して自分の思う所をまげずにさしはさむ意、
という説(岩波古語辞典)もあり、気持ちの表出という意味で重なるような気がする。だから、
うたた、
は、
自分ではどうにもならない事態の進行を、不安と、諦めと、しかし不快感を持って見守る、
という、ちょっと複雑な心象表現の言葉に思える。語源はともかくとして、その意味では、「転(轉)」の字が、
天運地轉(転は運(めぐ)り地は轉(うつ)る)、
と、
転がるように、次々と移っていく、
回り舞台のように付次々と変わる、
という意味(漢字源)で、「うたた」にこの字を当てた言外のニュアンスがよく伝わる気がする。その意味で、
うたたね、
に、
転寝
と、「転」をあてたのも意味があり、「うたた」のもつ、
(眠気が)どうにも止まらない諦め、
という含意があり、語源として、言葉の奥行を感じる。さて、その、
うたた、
の転が、
うたて、
である。その由来は、上述した、
ウタタの転。物事が移り進んでいよいよ甚だしくなってゆくさま。それに対していやだと思いながら、諦めて眺めている意を含む(広辞苑)、
原型は「うたた」で、「いよいよ、ますます」の意の副詞だが、その用法は悪い意味に偏り、良い方向の例は極めてまれである。(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、
ウタタの転。平安時代には多くは「うたてあり」の形で使われ、事態のひどい進行を諦めの気持で眺めている意(岩波古語辞典)、
のほか、
ウタタの転(言元梯・花鳥余情)、
とは見ず、
ウタタわずらわし、の後略で、はなはだしくわずらわしく思う意、関西方言に、ウタテイ、ウタテがあり、平安時代の古語以来広く使われている(日本語源広辞典)、
ウツ(轉)リテの略転(大言海)、
ウクタヘル(憂湛)の義(名言通・和訓栞)、
ウト(疎)の畳語ウトトの転(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ウタはウタフ(歌)と同源で心の奥におのずから湧き起ってくるものの意か(源氏物語語義の研究=山崎良幸)、
等々もあるが、ちょっと無理筋の気がする。
うたた、
が、
状態の変わりゆきのはなはだしいことをいう、
のに対して、
うたて、
は、
程度や量の増大のはなはだしさ、
をいい、さらに、
不快な気分に傾いている点に相違がある(精選版日本国語大辞典)とあるように、冒頭の、
いつはなも恋ひずありとはあらねどもうたてこのころ恋し繁しも(万葉集)、
と、
度合いがとどめようもないさま(岩波古語辞典)、
物事の度合が異常に進んではなはだしい意(精選版日本国語大辞典)、
を表わし、
なぜか非常に、
ますますひどく、
いよいよただならず、
の意、
あはれてふことこそうたて世の中を思ひ離れぬほだしなりけれ(古今和歌集)、
と、気持の負担となり、気に入らない意を表わし、
情けなく、つらく、いとわしく、いやなことに、
の意、
このあるじの、またあるじのよきを見るに、うたて思ほゆ(土佐日記)、
と、否定的な方向に進んだ異様な気持を表わし、
気味悪く、変に、ろくでもなく(精選版日本国語大辞典)
普通でなく、異様に(岩波古語辞典)、
の意、
うたてある主(ぬし)のみもとに仕うまつりて、すずろなる死(しに)をすべかめるかな(竹取物語)
と、こちらの気持にかまわずにどんどん進行していく事態に出会って
いたたまれないさま、なんともしょうがないさま、
の意(岩波古語辞典)、
うたて物云ふ王子(みこ)ぞ。故(かれ)慎み給ふべし(古事記)、
と、
笑止に、片腹痛く、
の意(大言海)、
鷺はいとみめも見苦し。まなこゐなどもうたてよろづになつかしからねど(枕草子)
と、
いやで気に染まないさま、なじめず不快に、
の意(岩波古語辞典)、
あれ程不覚なる者共を合戦の庭に指しつかはす事うたてありや、うたてありやと言って(平家物語)、
と、
嘆かわしく、なさけなく、
の意(仝上)の他に、
あなうたて、こはなぞ(源氏物語)、
あなうたて、さる心やは見えし(宇津保物語)、
あなうたてや。ゆゆしうも侍るかな(源氏物語)、
と、
あなうたて、
うたてやな、
などと、「あな〜」「〜やな」の形で軽く詠嘆的に(「や」は感動の助詞。下にさらに感動の助詞「な」を伴うこともある)、
いやなことよ、ああ情けないこと、忌まわしいことよ。
の意でも使う(岩波古語辞典・広辞苑・精選版日本国語大辞典)。また、
うたて、
は、
原形は副詞の「うたた」だが、古くから形容詞的な意味を含み、中古以来、「うたてあり」「うたてし」の形を派生した。「源氏物語」では、「ゆゆし」「心憂し」「恐ろし」などの語とともに用いられ、対象をうとましいものとして拒否・警戒する気持を表わす、
とあり、上述した、
うたてある主(ぬし)のみもとに仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな(竹取物語)、
と、
うたてあり(転有り)、
は、
副詞「うたて」+ラ変動詞「あり」、
で、
ひどい、いやだ、嘆かわしい、困ったことである、よくない、情けない、
といった意で、
中古、和文系の文に頻用され、「(瘧病を)ししこらかしつる時はうたて侍を」〔源氏‐若紫〕など、「うたて侍り」の形をとることもある。しかし、中世、形容詞「うたてし」にその地位を譲って衰退、
とあり、それに遅れて、
うたてし、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
「うたて」の形容詞化。中古、「うたてあり」にやや後れて発生。中世、シク活用が現われ、「平家物語」には両活用が混在し、「日葡辞書」も両形を併記するが、近世、江戸語では衰退した、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
宮づかへにとて出し立てたれど……常に思なげくと聞き侍れば、いとうたてくなん(宇津保物語)、
と、
いやだ、情けない、ひどい、困った、
意や、
女ふしたるが、うたてくおぼゆれ、起くれば(落窪物語)、
と、
気に入らない、変だ、よくない、なげかわしい、
意や、
ミヤノゴウンノホドガ vtatei(ウタテイ)(「天草本平家(1592)」)、
と、
心が痛むさま、気の毒だ、気がかりだ、
の意、後には、
うたてひお年寄の分別顔(浮世草子「世間娘容気(1717)」)、
と、
気味が悪い、感じがよくない、異様だ、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。その、
形容詞「うたてし」の語幹を、述語に用い、
あなわびし、あなうたて(落窪物語)、
と、
情けない、なげかわしい、気に入らない、
意や、
ことしもあれ、うたての心ばへや、と笑まれながら(源氏物語)、
と、多く「の」を伴って連体修飾語に用い、
いやらしい、
といった意や、
それにはかくやはせんずる。うたてなりける心なしのしれ者かな(宇治拾遺物語)、
と、形容動詞ナリ活用で、
情けないさま、困ったさま、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)。また、
形容詞「うたてし」の語幹に接尾語「がる」の付いた、
此は只には非ず、物に狂ふ也けり、と転(うたて)がりて穢(きたな)がりけり(今昔物語集)、
と、自動詞 ラ行四段活用の、
うたてがる、
があり、
いやがる、いとわしく思う気持を態度に表わす、敬遠の素振りを見せる、
意で使う。また、
うたて人、
という言い方もあり、
いやだと思う人。なんとなく、いやな感じを覚える人。いとわしい人、
の意で使う。さらに、
うたて異(け)に心いぶせし事計(ことはか)りよくせ我(わ)が背子逢へる時だに(万葉集)
秋といへば心そ痛き宇多弖家爾(ウタテケニ)花になそへて見まく欲(ほ)りかも(仝上)、
と、
うたて異(け)に、
は、
なにやらいよいよ、
なぜかことさら、
の意(精選版日本国語大辞典)だが、上掲の歌は、それぞれ、
ただならず、いつもと違って、
妙なことに、いつもと違って、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。以上の次第で、
うたて、
は、上述したように、
ウタタの転。物事が移り進んでいよいよ甚だしくなってゆくさま。それに対していやだと思いながら、諦めて眺めている意を含む(広辞苑)、
原型は「うたた」で、「いよいよ、ますます」の意の副詞だが、その用法は悪い意味に偏り、良い方向の例は極めてまれである。(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)、
ウタタの転。平安時代には多くは「うたてあり」の形で使われ、事態のひどい進行を諦めの気持で眺めている意(岩波古語辞典)、
とあり、
度合いがとどめようもないさま、ますます、いよいよ激しく、
普通でなく、異様に、
(こちらの気持にかまわずにどんどん進行していく事態に出会って)いたたまれないさま、なんともしょうがないさま、
いやで気に染まないさま、なじめず不快に、
嘆かわしく、なさけなく、
と、ある意味、意に染まぬ進行に、
不愉快、
いたたまれない、
嫌で気に染まない、
なげかわしい、
といった気持を言外に表し、その感情が、不快感から、嫌悪感、そして蔑み、へと意味が変わっていく感じである。
どんどん、
とか、
甚だしい、
という副詞的な背後にも、
どうにもならない、
という気持ちがある。「うたた」よりは、「うたて」の意味の外延の方が、広く大きい。このことからも、
うたた→うたて、
の転訛と思わせるのではないか。ちなみに、類聚名義抄(11〜12世紀)には、
轉、カヒロク・ハコブ・マク・ヨム・マハス・トコカヘリ・イヨイヨ・クルハク・カハル・ウツシ・ウグツク・ウタタ・メグル・マロブ・マロバス
とある。
うたたね、
うたた、
うた、
については触れた。
「轉(転)」(テン)の異体字は、
転(新字体)、转(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BD%89)。字源は、「くるべき」で触れたように、
会意兼形声。專(専)の原字は、つり下げたまるい紡錘を描いた象形文字。專はそれに寸(手)をそえたもので、まるく回転する意を含む。轉は「車+音符專(セン・タン)」で、車のように回転すること、
とある(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(車+專)。「車」の象形と「糸巻きの象形と手の象形」(「糸を糸巻きにぐるぐる巻きつける」の意味)から、車を「まわす、めぐる」を意味する「轉/転」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji482.html)、
と、会意兼形声文字とするが、他は、
形声。「車」+音符「專 /*TON/」。「まわる」「めぐる」を意味する漢語{轉 /*tronʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%BD%89)、
形声。車と、音符專(セン)→(テン)とから成る。車がまわる、ひいて「ころがる」意を表す。教育用漢字は省略形の俗字による(角川新字源)、
形声。旧字は轉に作り、声符は專(専)(せん)。專に團(団)(だん)・傳(伝)(でん)の声がある。〔説文〕十四上に「運ぶなり」という。專は囊(ふくろ)の中のものをうちかためて円くする意で、「專」の寸を取った字((けい)が囊の形。專に円転の意がある。車輪を用いて運送することを転という。また回転すること、事態の変化推移することをいう(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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浅茅原(あさぢはら)小野(をの)に標結(しめゆ)ふ空言(むなこと)をいかなりと言ひて君をし待たむ(万葉集)
の、
上二句は、序、「空言」を起こす、
とあり、
空言(むなこと)、
は、
出まかせの噓、
空言(むなこと)をいかなりと言ひて、
を、
あなたの出まかせの嘘をどう言い繕って、
と訳し、
浅茅原(あさぢはら)小野(をの)に標結(しめゆ)ふ空言(むなこと)、
は、
浅茅原(あさぢはら)小野(をの)に標縄を張るようなこの出まかせの嘘、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。そして、この喩の背景を、
浅茅原(あさぢはら)小野、
について、
村落の小野は個人の占有が許されなかったのであろう、
と注釈する(仝上)。
浅茅原(あさぢはら)、
は、
浅茅生(あさぢふ)、
で触れたように、
浅茅生、
ともいい、
茅(ちがや)の生えたところ、
を言い、転じて、
荒れ果てた野原、
をさす(広辞苑)。
そらごと、
と訓ませ、
空言、
空事、
とあてる、
そらごと、
は触れたが、
空言
は、
事実でないことば、
うそ、
であり、
空事
は、
事実にもとづかないこと、
つくりごと、
である。口に出すか、表現するかは別にして、その表現することを、
空言、
と言い、
表現されているものを、
空事、
と、使い分けていることになる。語源は、空言は、
「空(いつわり、うそ)+言(ことば)」
空事は、
「空(空虚、うそ)+事(事件)」
である。ここでの、
空言(むなこと)、
は、
虚言、
とも当て、
空言(そらごと)、
の意になる。古くは、例によって、
むなこと、
後に、
むなごと、
と濁音化するが、だから、
むなこと、
も、
虚言、
とも当てる(精選版日本国語大辞典)。
むなこと、
は、
虚言(きょげん)、
つまり、
うそを言うこと。また、その言葉、
だが(デジタル大辞泉)、
他人をあざむくいつわりの言葉、まごころから言うのではない言葉、実(じつ)のないことば、
が正確かもしれない(精選版日本国語大辞典)。
きょごん(虚言)、
こごん(虚言)、
きょご(虚語)
ともいう(デジタル大辞泉)。
かりそめごと(言)、
ねなしごと(言)、
という言い方もする(大言海)。なお、
こごん(虚言)、
は、仏語で、
「こ」「ごん」はそれぞれ「虚」「言」の呉音、
である(精選版日本国語大辞典)。なお、
空言、
を、
くうげん、
と訓ますと、
根拠のないうわさ、事実でないことを言うこと。また、そのことば、
や、
口で言うだけで実行のともなわないこと、実施できそうもない言論、
の意になる。
「虚(虛)」(漢音キョ、呉音コ)の異体字は、
虗(別体)、虚(新字体/簡体字)、𠧝、𠧰、𣦄、𧆳、𧟬、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%9B)。字源は、「虚空無法」で触れたように、
形声。丘(キュウ)は、両側におかがあり、中央にくぼんだ空地のあるさま。虚(キョ)は「丘の原字(くぼみ)+音符虍(コ)」。虍(とら)とは直接関係がない、
とあり(漢字源)、呉音コは「虚空」「虚無僧」のような場合にしか用いない、ともある。他も、
形声。「丘」+音符「虍 /*KRA/」。「大きな丘」を意味する漢語{虛 /*khra/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%99%9B)、
形声。意符丘(=。おか)と、音符虍(コ→キヨ)とから成る。神霊が舞い降りる大きなおかの意を表す。「墟(キヨ)」の原字。借りて「むなしい」意に用いる(角川新字源)、
形声文字です。「虎(とら)の頭」の象形(「虎」の意味だが、ここでは「巨」に通じ(「巨」と同じ意味を持つようになって)、「大きい」の意味)と「丘」の象形(「荒れ果てた都の跡、または墓地」の意味)から、「大きな丘」、「むなしい」を意味する「虚」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1322.html)、
形声。声符は虍(こ)。旧字は虛に作り、その字の下部はもと丘の形。丘は墳丘。古くはそこに聖地を作り、また墓地とされた。〔説文〕八上に「大丘なり」と訓し、「崑崙(こんろん)丘、之れを崑崙の虛と謂ふ」と〔山海経〕の説を引く。崑崙はもとジッグラト形式の神殿や聖所を意味する語であったらしく、死後の霊の帰するところとされた。廃墟・墟址の意より、現実に存しないもの、空虚・虚無の意となり、虚偽・虚構の意となる(字通)
と、形声文字としている。上へ
港(みなと)にさ根延(ば)ふ小菅(こすげ)ぬすまはず君に恋ひつつありかてぬかも(万葉集)
の、
上二句は序、「ぬすまふ」を起こす、
とあり、
ぬすまふ、
は、
(根をひそかに張りめぐらしている小菅のように)人目を忍ぶ、
意で(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
ありかてぬかも、
は、
いてもたってもいられません、
と訳す(仝上)。また、
心さへ奉(まつ)れる君に何をかも言はず言ひしと我(わ)がぬすまはむ(万葉集)
では、
ぬすまふ、
は、
ごまかしたりする、
意とし、
言わなかったの言ったのなどと、ごまかしたりなど致しましょうか、
と訳す(仝上)。
ぬすまふ、
は、
盗まふ、
とあて、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、他動詞ハ行四段活用で、
動詞「ぬすむ」の未然形に上代の反復継続の助動詞「ふ」が付いて一語化したもの(学研全訳古語辞典)、
動詞「ぬす(盗)む」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」、上代語(デジタル大辞泉)、
動詞「ぬすむ(盗)」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
ヌスムに反復・継続の接尾語フの付いた形(岩波古語辞典)
ヌスムに接尾辞フの付いた語(広辞苑)、
ヌスムの延(大言海)、
と、
フ、
の解釈に差はあるが、おおむね、
ヌスム+反復・継続の接尾語フ、
とみなされる。原義は、
繰り返し盗む、
盗み続ける、
意になるが、
山川(やまがは)に筌(うへ)を伏せ置きて守(もり)もあへず年の八年(やとせ)を我(わ)が竊儛(ぬすまひ)し(万葉集)、
と、
(筌(竹で編んだ漁具)の見張りもできないので)八年もの間その魚をひそかに我がものにした(男の目を盗んで女と逢い続けた)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
人の目を盗んでひそかに……(し)続ける、
人目を盗み続けてする、
ひそかになす、
うしろぐらいことをする、
といった意で使う(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。さらに、冒頭の、
心さへ奉(まつ)れる君に何をかも言はずて言ひしと我(わ)が将竊食(ぬすまはむ)(万葉集)、
で、
いわなかったの言ったのと、ごまかしたりなどしましょうか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
人をあざむく、
だます、
ごまかす、
偽る、
意だが、当然、
……しつづけている、
という継続の含意がある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、
みなぎらふ、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
まもらふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、動詞の未然形の下に付いて、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に 変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。
例えば、「散る」「呼ぶ」と言えば普通一回だけ、散る、呼ぶ意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して散る、呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞アフ(合)で、これが動詞連用形のあとに加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある。動詞の表わす作用の発現の様態にかかわるものであり、動詞に密着して、間に他の助動詞などを入れることがない。それで接尾語として扱う説もある。(精選版日本国語大辞典)、
動詞の未然形に付いて、その動作が反復・継続する意を表す。奈良時代に多く使われたが、平安時代以降は限られた語に使われ、次第に使われなくなった。四段に活用するものが多い。「散る」に「散らふ」、「嘆く」に「嘆か譜」の類。「流らふ」のような下二段活用の例は少なく、四段活用のものと同じ期限かどうか未詳。四段活用の「ふ」の語源は「あ(合)ふ」と見る説がある(広辞苑)、
などとあり、その際の動詞語尾の母音の変形に三種あり、
[a]となるもの ワタルがワタラフとなる、
[o]となるもの ウツルがウツロフとなる、
[ö]となるもの モトホル(廻)がモトホロフとなる、
例があるが、これは、
末尾の母音を同化する結果生じた、
とする(仝上)。
ふ、まれに下二段活用として用いられ、
「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる、
とある(精選版日本国語大辞典)。この接尾語とされる、
ふ、
は、上代、
助動詞として用いられた、
とされ(学研全訳古語辞典)、中古になると、
語らふ、
住まふ、
慣らふ、
願ふ、
交じらふ、
守らふ、
呼ばふ、
等々、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した(仝上)。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
ありかてぬかも、
の、
かてぬ、
は、
下二段動詞「かつ」の未然形に打ち消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」のついたもの、
に、
体言、用言の連体形を承けて、詠嘆を表わす、
かも、
の付いたものと見られ、
……することができない、
堪えられない、
意で、
かつ(克・勝)、
は、
て/て/つ/つる/つれ/てよ、
の、タ行下二段活用の補助動詞で、動詞の連用形に付いて
…するに耐える、…することができる、
の意を表わす。多く未然形には打消の助動詞「ず」、終止形には打消の意志・推量を表わす助動詞「ましじ」が接続する(精選版日本国語大辞典)。この、
下二段動詞「かつ」の未然形に打ち消しの助動詞「ず」の連用形の古形「に」の付いた、
がてに、
については触れた。なお、
打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」+詠嘆の終助詞「かも」の、
ぬかも、
の、
ぬか‐も、
と
ぬ‐かも、
の微妙な差についても触れた。ここでの、
ありかてぬかも、
は、
否定的な事態の詠嘆、
を表わす、
ぬ‐かも、
とみなすことができる。
「盜」(漢音トウ、呉音ドウ)異体字 は、
盜(旧字体/繁体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%97)。
盗、
は、
「盜」の略体、
である(仝上)。
「盜」(漢音トウ、呉音ドウ)の異体字は、
盗(新字体/簡体字)、𠉭(古字)、𠩼(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%9C)。字源は、
会意文字。㳄は「水+欠(人が腹をくぼめ、顎を出すさま)」からなり、物を欲しがってよだれを流すこと。羨(セン うらやましがる)の原字。盜はそれと皿を合わせた字で、皿のごちそうをほしがることを示す。物の一部分を抜き取ること、
とある(漢字源)。同じく、
旧字は、会意。皿と、㳄(せん)(うらやんでよだれを流す意)とから成り、皿の食物を見てうらやむ、転じて、こっそり「ぬすむ」意を表す。常用漢字は俗字による(角川新字源)、
会意文字です(次+皿)。「人がよだれを流している」象形と「食物を盛る皿」の象形から、皿の中の食べ物を見て欲しいと思う意味から、「ぬすむ」を意味する「盗」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1240.html)、
会意。旧字は盜に作り、㳄(ぜん)+皿(べい)。皿はおそらくもと血に作り、血盟の盤。それに㳄(唾)してこれをけがし、無効とする行為をいう。血盟に離叛し、共同体の盟約から逸脱するもので、〔左伝〕において盗とよばれている者は、みな亡命者であった。魯の僭主的な権力者であった陽虎も、その対立者であった孔子も、亡命中は盗とよばれ、格別の身元保証人がなければ、無籍者であった。〔詩、小雅、巧言〕「君子、盜を信ず」「盜言孔(はなは)だ甘し」などの句によって、そのような政治的亡命者が、その亡命先で種々の政治的活動をしていたことが知られる。〔左伝、襄十年〕に「群不逞の徒」という語がみえるが、孔子も一時はその徒であった。〔詩、小雅、十月之交〕に「噂沓(そんたふ)」という語があり、誹謗の意。沓は祝禱あるいは盟誓の器である曰(えつ)に水を注ぎ、その書をけがし無効とする行為をいう。血盟の盤に唾し、水をそそぐ行為と似ており、字の立意もそれに近い。〔説文〕八下に「厶(私)(ひそ)かに物を利するなり。㳄に從ふ。㳄は皿を欲する者なり」とするが、盜は皿中のものを欲するようなものではなく、政治的な亡命者であった。〔石鼓文〕に沝(すい)に従う形に作る(字通)、
と会意文字とするが、これが依拠する中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)で、
「㳄」+「皿」と分析されているが、これは誤った分析である。金文の形を見ればわかるように「㳄」とは関係がない、
と、
「㳄」+「皿」、
説は否定され(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%9B%9C)、
象形。溶かした金属を型に流すさまを象る。「とかした金属」を意味する漢語{鑠 /*hlawk/}を表す字。のち仮借して「ぬすむ」を意味する漢語{盜
/*laawks/}に用いる、
としている(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
山城の泉の小菅なみなみに妹が心を我(わ)が思はなくに(万葉集)
の、
上二句は序、「なみなみ」を起こす、
とあり、
なみなみに、
は、
通りいっぺんに、
の意で、
菅が靡く、
意とし、
菅が靡くというではないが、その菅のように、なみたいていな気持ちで思っているわけではない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
なみなみ、
は、
並並、
とあて、
並ムを重ねた形、
とあり(岩波古語辞典)、
何すと違(たが)ひは居らむ否(いな)も諾(を)も友のなみなみ我も寄りなむ(万葉集)、
なべてに思(おぼ)す人の際は、宮仕へのすぢにて、中々心やすげなり。さやうのなみなみには思されず(源氏物語)、
と、
ひとしなみ、
同様であること、
同類であること、
同じ程度であること、
また、
そのさま、
の意や、冒頭の歌や、
かやうのなみなみまでは思(おも)ほしかからざりつるを(源氏物語)、
なみなみにはあらずと見ゆる男、女となげしに尻かけて、物語するさまこそ(徒然草)、
のように、多く、打消しの語を伴って、
あたりまえ、
ひととおり、
ありきたりであること、
通りいっぺんであること、
尋常であること、
また、
そのさま、
(ではない)と(いう言い方で)、
普通以上である、すぐれている、
意で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。今でも、
並々ならぬ努力、
という言い方をする。
な(並)む、
は、
横に凹凸なくならぶ意、縦に一列にならぶのはつ(連)るという、
とある(岩波古語辞典)。
な(並)む、
は、
松の木(け)の奈美(ナミ)たる見れば家人(いはびと)の我を見送ると立たりしもころ(万葉集)、
と、
ま/み/む/む/め/め、
の、自動詞マ行四段活用、
で、
ならぶ、
意と、
秋されば霧立ちわたる天の川石並(な)み置かば継(つ)ぎて見むかも(万葉集)、
と、
ま/み/む/む/め/め、
の、他動詞マ行四段活用、
で、
ならべる、
意と、
と、それと同義だか、
楯(たて)那米(なめ)て伊那佐の山の樹(こ)の間(ま)よもい行き目守(まも)らひ戦へば(古事記)、
と、
め/め/む/むる/むれ/めよ、
の、他動詞マ行下二段活用、
とがある。ちなみに、
すやつばらをひとなみには、し侍なむや(源氏物語)、
と、
人並(ひとなみ)、
というと、
ひとなみなみ、
ともいい、
一般の人と同様、同程度であること、
また、
そのさま、
つまり、
世間なみ、
の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。ついでに、上述の、
横に凹凸なくならぶ意、縦に一列にならぶのはつ(連)るという、
とある(岩波古語辞典)、
つ(連)る、
は、口語では、
連れる、
で、
ツラ(列)・ツル(釣)・ツル(蔓・弦)と同根、縦に一列に続く意。類義語タグフは、同質のものが一緒にいる意。トモナフは、主になるものと従になるものきが一緒にある意。ナム(並)は横に一列に並ぶ意、
とあり(岩波古語辞典)、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、自動詞ラ行下二段活用で、
北へ行く雁(かり)ぞ鳴くなるつれて来(こ)し数は足らでぞ帰るべらなる(古今和歌集)、
と、
連れ立つ、
つながる、
一千につながって並ぶ、
意で、
これをつるる程の者を軽く思ふは(好色一代男)、
と、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、他動詞ラ行下二段活用は、
従えて行く、
伴って行く、
になる(学研全訳古語辞典)。この、名詞形、
連れ、
は、
同伴者、
の意だが、能では、
ツレ、
は、
シテヤワキに伴って出る助演の役者、
で、
シテツレ(シテに属する者)、
ワキツレ(ワキに属する者)、
という(岩波古語辞典)。この、
連れ、
から、
役者づれ、
と、
相手を軽侮する気持ちを表す言い回しもする(仝上)。なお、
ただ大杯になみなみとうけてみたは池の如にその杯の中におよぎを打つ心をないて云たことなり(「玉塵抄(1563)」)、
と、
水や酒など液体が入れ物いっぱいにあふれそうになるほど多量にあるさま、
の、
なみなみと注ぐ、
という、
なみなみ、
は、
波波の義、
とあり(大言海)、
満々と、
の意で、
多く「と」を伴って用いるが、
江戸時代から見られる語、
とあり(擬音語・擬態語辞典)、別語である。
「並」(漢音ヘイ、呉音ビョウ)の異体字 は、「目並ぶ」でふれたように、
傡、并(簡体字)、竝(旧字体)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%A6)。字源は、
会意文字。人が地上にたった姿を示す立の字を二つ並べて、同じようにならぶさまをしめしたもの。同じように横に並ぶこと。略して並と書く。また併(ヘイ)に通じる、
とある(漢字源)。他も、
「竝」の略体。「竝」は「立(人の立った姿)」をならべて、人が同様に並ぶ様子を示した会意文字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%A6)、
旧字は、会意。立を二つ横にならべて、ならび立つ意を表す。教育用漢字は俗字による(角川新字源)、
会意文字です(立+立)。「並び立つ人」の象形から「ならぶ」を意味する「並」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1039.html)、
会意。旧字は竝に作り、立をならべた形。立は位。その位置すべきところに並んで立つことをいう。〔説文〕十下に「併(なら)ぶなり。二立に從ふ」という。幷は二人相並ぶ側身形。竝は相並ぶ正面形。从(從)・比は前後相従う形。みな二人相従う字である(字通)、
と、すべて会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
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奈良山の小松が末(うれ)のうれむぞは我(あ)が思ふ妹に逢はずやみなむ(万葉集)
の、
上二句は序、同音で「うれむぞ」を起こす、
とあり、
うれむぞ、
は、
どうして、
の意で、
反語を導く副詞、
で、
どうして……あの子に逢わずに終わってしまうことなどあるものか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
海神(わたつみ)の沖に持ち行きて放つとも宇礼牟曾(ウレムソ)これがよみがへりなむ(万葉集)、
では、
どうしてこんなものが、
の意で、
どうしてこんなものが生き返ることなどありましょうや、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
うれむぞ、
は、
うれんぞ、
とも表記し、
いづれにぞの約轉か、五百箇(いほつ)、ゆつ(大言海)、
とあるように、疑問の意を表わし、
どうして、
なんとして、
何ぞ、
といった意で、
「万葉集」だけにしかあらわれない。奈良時代に「いかにぞ」「いかでか」が散文語としてのみ用いられていたことを考え合わせると、「うれむぞ」は特殊な歌語として用いられたものらしい。語源は不明、
とある(精選版日本国語大辞典)。
奈良山、
は、『日本書紀』崇神紀10年9月条に、
則ち精兵を率て、進みて那羅山に登りて軍(いくさだち)す。時に官軍(みいくさ)屯聚(いは)みて、草木をふみならす。因りてその山を号けて、那羅山と曰う、
と、地名由来が書かれており、壬申の乱では、
大伴連吹負(おおとものむらじふけい)軍と大野君果安軍(おおののきみはたやす)とが、乃楽なら山で戦うなど、大和北辺の守りとなった山であった。日本書紀では、
平城山、
儺羅山、
那羅山、
乃楽山、
とも表記され、万葉集では、
奈良、
平、
寧楽、
名良、
寧、
等々と表記され(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%9F%8E%E5%B1%B1%E4%B8%98%E9%99%B5・世界大百科事典)、
大和国と山城国の国境を成すことから、
手向山、
ともいった(仝上)、
奈良盆地北辺と京都府相楽郡木津(きづ)町との境界を東西に走る標高一〇〇メートル前後の低丘陵。山裾南を佐保川が西流し、東部を佐保、西部を佐紀と称する、
とある(日本歴史地名大系)。また、
奈良盆地と京都盆地に接し、古くは大和から山城(山背)へ行く際は、奈良時代は西の歌姫越、平安時代以降は東の般若寺越が使われ、ともに奈良坂とも呼ばれた、
ともある(仝上)。この、
奈良山、
は、
人恋ふは
悲しきものと
平城山(ならやま)に
もとほり来つつ
たえ難(がた)かりき、
という、詩人・北見志保子の短歌に基づき、『とんぼのめがね』で知られる平井康三郎が曲をつけた日本の歌曲『平城山(ならやま)』の、
平城山(ならやま)、
のことである。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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高山(たかやま)の嶺行くししの友を多み袖振らず來(き)ぬ忘ると思ふな(万葉集)
の、
しし、
は、ここは、
カモシカか、
とし、
上二句は序、「友を多み」を起こす、
とし、
獣に寄せる、男の恋、
と注釈し、
群れていくししのようのに、仲間がいっぱいいたので、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
しし、
は、
肉を意味する古語、
で、
宍、
肉、
の字をあて、
食肉や人体の肉、
をさし、
獣、
の字をあてると、
食肉の供給源であったけだものを総称し、なかでもシカとイノシシをさすことが多いが、これは、とくにその肉が好んで食されたことによるものと考えられる、
とあり(日本大百科全書)、鹿は、
かのしし、
ともいい、猪の、
いのしし、
ともども「しし」の語と密接な関係がある(仝上)。
古くは、
「か」=シカ、
「ゐ」=イノシシ、
といったが、単音語は廃れ、これらを指す場合には「しし」を添えて「かのしし」「ゐのしし」と呼ぶようになった、とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%AB)。
かのしし、
は使われなくなったが、
鹿威し(ししおどし)、
鹿踊り(ししおどり)、
というように、「しし」のみでシカを指す用法が存在している(仝上)。『古語拾遺』(807)に、
大国主命(おおくにぬしのみこと)が、骨休めとして農民にウシの肉をふるまい、大歳神(おおとしのかみ)の怒りを買う、
話が伝えられるように、仏教の殺生禁断の教えが日本人の肉食の習慣、とくに家畜の肉を食することを禁じたため、シカやイノシシが重要な食肉の供給源となったとみられる(日本大百科全書))。
ししおどし(鹿威)、
は、
一方を削った竹筒に懸樋(かけひ)などで水を引き入れ、満水になると、その重みで支点の片側が下がり、水を排出する。そのとき、反動で竹筒が跳ね上がり、竹筒の尻(しり)が地表の石をたたいて音を出す仕掛け、
で、元来は、田畑を荒らすイノシシやシカや鳥類を追い払うための装置で、
そうず(添水・僧都)、
ともいった。その音が風流であるというので、各地の庭園に取り入れられた(仝上)。
ししおどし(鹿威し)、
は、田畑を荒らす鳥獣を威嚇し追い払うために設けられる装置類の総称なので、
かかし・鳴子・添水(そうず)。鹿脅し、獅子脅し、獅子威し、
等々とも書かれるが、本来は、
鹿威し、
である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%97%E3%81%8A%E3%81%A9%E3%81%97)。
肉、
宍、
とあてる、
しし、
は、
猪(ゐ)のししし鹿(か)のししはしらず(平家物語)、
とあるように、
(人体の)にく(肉)に同じ、
とある(大言海・学研全訳古語辞典)が、
にく、特に、食用の獣肉(広辞苑)、
猪(いのしし)・鹿(しか)などの食用肉(デジタル大辞泉)
人体の肉や、食用とする猪(いのしし)や鹿(しか)などの肉をいう(精選版日本国語大辞典)、
主として食用となる獣肉(岩波古語辞典)、
とあり、由来は、
スジシロ(筋代)の義(日本語原学=林甕臣)、
シシ(繁)の義(名言通・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
イヤシシの上略か、やせているのをほめ、肥えているのをイヤシとしたところから(和句解)、
とあるが、はっきりしない。和名類聚抄(931〜38年)には、
肉、字は亦た宍に作る。之々(しし)、肌膚之肉也、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
肉、シシ・ハダカ、
とある。
獣、
猪、
鹿、
とあてる、
しし、
は、
けだもの、けもの、獣類(大言海)、
狩猟を行って肉を取る獣、特に、鹿または猪、両者を特に区別する場合は、それぞれ「かのしし」「ゐのしし」といった(岩波古語辞典)、
けもの。けだもの。特に、肉の美味な、猪(いのしし)・鹿(しか)(デジタル大辞泉)、
けもの。特に、猪(いのしし)や鹿(しか)をいう。けだもの(精選版日本国語大辞典)、
けだもの。特に、その肉を食用とする獣(けもの)をいい、鹿(しか)・猪(いのしし)をさすことが多い。両者を区別するときは、それぞれ「かのしし」「ゐのしし」という(学研全訳古語辞典)、
とある。この由来は、
「肉(しし)」と同語源で、それをとる獣をいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)
猟りて肉を取る意か(大言海)、
肉の意より転じて(広辞苑)、
シシはシシ(鳥獣)が語源、獅子、獣、鹿も、古語でシシ、ひいて、鳥獣の肉もシシ、盡度のシシムラ(人の肉体、肉塊)も同源(日本語源広辞典)、
とある。古代、
「しし」は肉を意味する語であったが、また肉を食べることのできる動物一般を「しし」と呼んだと思われる。特に、狩りの対象の中心であった鹿や猪が「しし」と呼ばれ、「万葉集」では「鹿」を「しし」と訓むことも多い。「鹿」は単独で「か」と呼び、「か」という動物の「しし」ということで「かのしし」が成立し、鹿の肉を指したが、後に鹿自体を指すようになった。「猪」も単独で「ゐ」と呼び、「ゐのしし」という語が成立し、肉から猪自体を指すようになっている。「かもしか」も上代では「かましし」と呼ばれ、「しし」の一種と考えられていた、
とある(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)。なお、和名類聚抄(931〜38年)に、
獸、介毛乃(けもの)。牝、米介毛能(めけもの)。牡、乎介毛乃(をけもの)、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
獸、ケモノ・イクサ、
字鏡(平安後期頃)に、
獸、イクサ・ケダモノ、
とある。なお、
シカ、
については触れた。
「宍」(漢音ジク、呉音ニク)の異体字は、
肉(正字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%8D)ように、
宍、
は、
形声、「宀+音符六」。意味は肉と同じ、ロク(六)とニクの音は江南地方で混同する、
とあり(漢字源)、
「肉」の俗字、
である(角川新字源)。一般に、
「肉」を「にく」、
「宍」を「しし」、
と訓むことが多い(https://okjiten.jp/kanji2288.html)とある。
「肉」(漢音ジク、呉音ニク)の異体字は、
宍(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%89)。字源は、
象形。筋肉の線が見える、動物のにくの一切れを描いたもの。肩・肝などの字の月や祭・然などの左上の部分は肉の字の変形である(漢字源)、
とあり、他も、
象形。切り分けた肉の一切れを象る。「にく」を意味する漢語{肉 /*nuk/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%89)、
象形。筋があってやわらかい切り取ったにくの形にかたどり、「にく」の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「切ったにく」の象形から「にく」を意味する「肉」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji75.html)、
象形。切りとった肉塊の形。〔説文〕四下に「胾肉(しにく)なり」とあり、大きな一臠(れん)の肉をいう。〔釈名、釈形体〕に「肉は柔なり」とあり、その古音は相近い声であった(字通)、
と、同趣旨である。
「獣」(慣用ジュウ、漢音シュウ、呉音シュ)の異体字は、
兽(簡体字)、獸(旧字体/繁体字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8D%A3)、字源は、
「獸」の略体、
である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8D%A3)。
「獸」(慣用ジュウ、漢音シュウ、呉音シュ)の異体字は、
兽(簡体字)、獣(新字体)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8D%B8)。字源は、
会意文字。「單(単 小動物をたたく、はたき)+囗(かこい)+犬」で、囲いの中に追い詰めて捕える動物を表す。狩と同系。もと狩りのけもののこと。転じて、けものの意となる(漢字源)、
会意。「單」(狩猟用の武器)+「犬」(狩猟の際に用いる動物)。「かり」を意味する漢語{狩 /*stus/}を表す字。のち仮借して「けもの」を意味する漢語{獸
/*sthus/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8D%B8)、
旧字は、会意。犬と、嘼(きゆう)(けもの)とから成る。「けもの」の意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、
会意文字です(嘼(單)+犬)。「耳を立てた犬」の象形と「はじき弓」の象形から、犬とはじき弓を使って狩をした時のえものを意味し、そこから、「けもの」を意味する「獣」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1185.html#google_vignette)、
会意。旧字は獸に作り、嘼(きゆう)+犬。嘼は〔説文〕十四下に「摌(さん)なり。耳頭足、地を厹(ふ)むの形に象る」と家畜の意に解するが、嘼の上部は單(単)、羽飾りのある楕円形の盾の形、下部の口は祝詞を収める器(ᗨ(さい))の形で、狩猟に先だって収獲を祈る儀礼を示す。それに猟犬を加えて狩猟の意を示したもので、獸は狩の初文。卜文・金文には狩猟の狩を獸としるし、卜辞には狩することを「獸せんか」のようにいう。のち獸は獣畜の意となり、狩が狩猟の字となった(字通)、
と、解釈に異同はあるが、会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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たらつねの母が養(か)う蚕(こ)の繭隠(まよごも)り隠(こも)れる妹を見むよしもがも(万葉集)
の、
たらつね、
は、
たらちね、
の音転とあり、
上三句は序、「隠れる」を起こす、
とあり、
蚕の繭隠りのように、家にこもりっきりの女(ひと)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まよ、
は、
まゆ(繭)の古形(広辞苑)、
まゆ、
は、
「まよ」の音変化、
とある(デジタル大辞泉)。
まい、
の語形もあるが、
まよ、
は、冒頭の歌や、
筑波嶺(つくはね)の新桑(にひぐは)麻欲(マヨ)の衣(きぬ)はあれど君が御衣(みけし)あやに着欲しも、
と、「万葉集」に見え、日葡辞書(1603〜04)には、
まい、
が見え、文明本節用集(室町中)に、
繭、マイ、
とあるが、この頃の意識としては「まゆ」の方が正しい語形とされている(精選版日本国語大辞典)とある。
まよ→(まい)→まゆ、
が、
まよ→まゆ→まい、
と訛ったものだろうか。和名類聚抄(931〜38年)には、
繭、万由(まゆ)、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
繭、マユ、
音訓篇立(字鏡(平安後期頃)の抄略)には、
マユ・カヒコ、
とある。
かいこ、
まゆ(繭)、
については触れたが、古くは、
まゆ(繭)、
と同様、
まゆ(眉)、
も、古形は、
マヨ(mayo)、
である(岩波古語辞典)。
まゆ(眉)、
で触れたことだが、
『万葉集』に、マユ(繭・眉)をマヨという。マヨゴモリ(繭籠り)・ニヒクハマヨ(新桑繭)。マヨネ(眉根)・マヨガキ(眉書)・マヨヒキ(眉引き)など。雄略記のマユワ(眉輪)王が『古事記』にはマヨワ(目弱)王にかわっている、
とあり(日本語の語源)、漢字を当てなければ、「繭」も「眉」も「まゆ(よ)」でしかない。そのため、
眉(まゆ)、
の語原を、
マユ(蚕)の義、またマヨケ(両横毛)の義(言元梯)、
繭(まゆ)、
と絡めたり、
繭(まゆ)、
の語原を、
形が人の眉に似ているところから(名語記)、
マユフ(眉生)の義(名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
と、
眉(まゆ)、
と関連づける説もあるが、大勢ではない。その他は、
マユウ(真木綿)の義(和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
マは形の丸いことからか(国語の語根とその分類=大島正健)、
マは接頭語、ユはイの転で蚕の尻から出す粘液質の糸状のものをいう(日本古語大辞典=松岡静雄・風土と言葉=宮良当壮)、
さなぎで籠っている丸い空間でマヨ(曲節)(衣食住語源辞典=吉田金彦)、
「マ(丸)+ヤ(家・屋・舎)」の音韻変化で、「丸い蚕の家」の意(日本語源広辞典)、
等々があるが、「古形がマヨ」ということを考えると、「マユ」で語呂合わせをしているものは、省いていいのではないかと思う。
まゆ(眉)、
でも触れたが、
まゆげ(眉毛)、
の語源を、
マ(目)+ゆ・よ(そばにあるもの)+毛、
とする(日本語源広辞典)説もある。この場合、
まゆ(眉)
の、
ま、
は、
ま(目(め)の古形)、
となる、しかし、
ま、
を、接頭語と考えると、
真神、
で触れたように、
マ(真)、
は、
片(かた)の対、
で、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、
ま袖、
真楫(かじ)、
真屋、
では、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
ま心、
ま人間、
ま袖、
ま鉏(さい)、
ま旅、
等々では、
完全に揃っている、本格的である、まじめである、
などの意を添え、
ま白、
ま青、
ま新しい、
ま水、
ま潮、
ま冬、
等々では、
純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、
などの意を添え、
ま東、
ま上、
ま四角、
まあおのき、
真向、
等々では、
正確にその状態にある、
意を添え、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、
等々では、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用い、
真弓、
真澄の鏡、
等々では、
立派な機能を備えている、
意を表し、
真名、
では、
仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、
を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
真鴨、
真葛、
真魚、
真木、
ま竹、
まいわし、
等々では、
動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、
意を表す(岩波古語辞典)。
まよ、
の、
ま、
は、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
と考えていい。しかし、
まよ、
の、
よ、
は見当がつかない。ただ、
よ、
ではないが、最も意味あるのは、
ユはイの転で蚕の尻から出す粘液質の糸状のものをいう(日本古語大辞典=松岡静雄・風土と言葉=宮良当壮)、
になるのだが、しかし、
いと、
の語源をみると、和名類聚抄(931〜38年)に、
絲、伊度(いと)/絲鞋 辨色立成に云ふ、伊止乃久都(いとのくづ)、今案ずるに、俗に云ふ、之賀伊(しかい)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
絲、イト・ヨル・ヲ・クミ・ツク・ツラヌ、
とあるように、
イスデ(胆筋)の義(三余叢談・松屋筆記)、
イは発語、トは細いことをいう(東雅)、
イトホル(息通)の略(関秘録)、
細いので、絶えるのをイトフことから(名言通)、
蚕の糸口をしいうイト(出取)の義(柴門和語類集)、
イト(最)の義(和語私臆鈔)、
ヒイデ(引出)の約轉か(言元梯)、
イソ(小麻)の転義(国語の語根とその分類=大島正健)、
と、
イ、
と思わせるものはない。
「繭」(ケン)の異体字は、
絸(古字)、茧(簡体字)、蠒(俗字)、𦇂、𦻷、𧁧、𧅇、𨇿(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B9%AD)。字源は、
会意文字。「両側に垂れるさま+糸+虫」で、虫の糸が垂れてでてくる「まゆ」をあらわす、
とある(漢字源)。同じく、
会意文字です。「桑」の象形と「より糸」の象形と「頭が大きくグロテスクな蚕(かいこ)」の象形から、糸を吐いて蚕が身を覆う「まゆ」を意味する「繭」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1861.html)、
会意。桑の葉の形+糸+虫。桑の葉に蚕が繭を作る意。〔説文〕十三上に「蠶衣なり」とし、黹(ち)の省に従うとするが、その形ではない。卜文に桑の葉の上に蚕の形を加えたものがある。養蚕のことは古くから行われ、卜辞に蚕示(蚕の神)を祀ることがみえる。〔礼記、祭義〕に、王后世婦が神衣・祭衣を作る儀礼に奉仕することがしるされている。いわゆる公桑蚕室、親蚕の儀礼である。わが国では蚕神オシラ信仰が行われた(字通)、
と、会意文字とするが、他は、
本字は、形声。糸(いと)と、虫(むし)と、音符(ベン)→(ケン)とから成る。蚕が糸で作る囲い、「まゆ」の意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、
と、形声文字とするもの、
初文は蚕が垂れ幕のように糸を纏うさまを象る象形文字。のち「絲」の一方を「虫」に入れ替えて「繭」の字形となる。「まゆ」を意味する漢語{繭 /*kˤenʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B9%AD)、
と、象形文字とするものに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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肥人(こまひと)の額髪(ぬかがみ)結(ゆ)へる染木綿(しめゆふ)の染(し)みにし心我れ忘れめや(万葉集)、
の、
上三句は序、類音で「染みにし」を起こす、
とあり、
染木綿(しめゆふ)、
は、
色染めした楮の繊維、
とし、
色は魔よけの朱色であったろう、
としたうえで、
染木綿のように深く染みこんだ思い、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
染木綿、
は、
そめゆう、
とも訓ますが、
染めた木綿(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
とあるのは、
木綿(もめん)、
ではない。いわゆる、
木綿(もめん)、
は、
日本へは799年(延暦18年)三河国に漂着した崑崙人によってもたらされ、栽培が開始されたが、1年で途切れた、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E7%B6%B・世界大百科事典)、綿は、
その植生上、亜熱帯性の日照と高温、成長期の大量の雨と収穫期の乾燥を必要とするため、現産地以外での露地栽培が困難だったことが要因と考えられ、これは原産地であるインド(及び中米)以外の地域での栽培が近世以降まで進まなかった原因である、
とされ、この後、綿は、
明や朝鮮からの輸入に頼ることになるが、中国での綿の栽培が成功したのも13世紀以降であり、日本では地方に残された各種の文献から調査する範囲では15世紀から16世紀初頭には東北地方を除く各地で栽培が定着したものと見られている。故に綿および綿製品は長い間高級品であった、
とあり、連続して栽培され一般的になるのは、16世紀以降とされ、
安土桃山時代頃からは全国的に綿布の使用が普及し、三河などで綿花の栽培も始まり、江戸時代に入ると急速に栽培が拡大。各地に綿花の大生産地帯が形成され……た、
とある(仝上)。ここで、
木綿(ゆう)、
というのは、
楮(こうぞ)の皮を剥(は)いで、その繊維を蒸し、水にさらしたうえ、細かく糸状に裂いたもの。美しい白色をしており、「白木綿(しらゆう)」ともいう。神事において、幣帛(ヘいはく)として捧(ささ)げ、榊(さかき)や斎瓮(いわいべ 神祭用酒饌(しゅせん)陶器)に掛けたり、襷(たすき 木綿襷)とした。四手(しで)も本来は木綿を使い(木綿四手)、「木綿畳(ゆうだたみ)」はこれを編み畳んだもので、神事に用いられた。また、「木綿花(ゆうはな)」という造花もつくる、
とあり(日本大百科全書)、
幣帛や榊(さかき)につけた場合、先に垂れた部分を木綿垂(ゆうしで)とよんだ。神聖視されていたためか幣帛以外にも祭礼・葬儀に用いることが多く、木綿襷(ゆうだすき)・木綿鬘(ゆうかずら)などの衣装にも使った、
ともある(山川日本史小辞典)のがそれである、そのほかに、
麻・苧(お)・楮(こうぞ)・科(しな)・藤・葛、
等々が、代表的な原料とされた(仝上)。なお、「木綿襷」「木綿畳」「木綿裹(つつみ)」「木綿花」などは枕詞(まくらことば)でもあり、それぞれ「掛く」「手向(たむけ)」「栄(さか)ゆ」にかかる(日本大百科全書)。
木綿花(ゆふばな)、
は、
ゆうはな、
とも訓ませ、
木綿(ゆう)の白さを花にたとえた語、
とある(デジタル大辞泉)が、一説に、
木綿で作った白い造花(仝上・広辞苑)、
楮(こうぞ)の繊維で作った白い造花(岩波古語辞典)、
楮(こうぞ)の皮をさらしたりして紐状にした四手(しで)(精選版日本国語大辞典)、
などとあり、諸説分かれるが、
女性の髪飾りとした(広辞苑)、
古へ、専ら玩弄とせしものならむ、又、婦人の頭の装飾ともせり、後の削花(けずりばな)はこの遺風なり(大言海)、
などとあり、
ゆふしで、
白(しら)木綿花、
ともいい(精選版日本国語大辞典・大言海)、この、
ゆふ、
も同じである。
ゆふつけどり、
は、
木綿付鳥、
木綿着鳥、
と当て、
訛って、
ゆふづけどり、
とも、
ゆうつげどり、
ともいい、それには、
夕告鳥、
と当て(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・大言海)、略して、
ゆふつけ、
ともいう(大言海)。
ゆふつけどり、
については、
鶏に木綿(ゆう)をつけ、都の四境の関で祓いをしたことから(広辞苑)、
騒乱のあった時、鶏に木綿(ゆう)を付けて都の四境の関で祓いをしたことから(岩波古語辞典)、
世の乱れたとき、四境の祭といって、鶏に木綿(ゆう)をつけて、京城四境の関でまつったという故事に基づく(精選版日本国語大辞典)、
古へ、世の中に騒乱ある時に、四境の祭とて、鶏に木綿(ユフ)を着けて、京城四境の関に至りて、祭らせらると云ふ(大言海)
昔、世の中が乱れたとき、鶏に木綿 (ゆう) をつけて都の四境の関所で祓 (はらえ) をしたところから(デジタル大辞泉)、
等々とあり、
木綿をつけた鶏、
また、
鶏の異称、
とある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。平安後期の歌論書「俊頼髄脳」(としよりずいのう 源俊頼(としより)著む)は、
ゆふつけどりとは鶏の名なり。鶏に木綿をつけて山に放つまつりのあるなり、
とし、12世紀半ばの歌学書「奥義抄」(藤原清輔)は、
疫病流行の際に朝廷が四方の関で行う四境祭の儀式である、
と説き、「袖中抄」「顕昭古今集注」もこれを継承した。上記諸説はこれにもとづいている。また、1221年までに成った、従来の歌学書を編集・集大成した「八雲御抄」(順徳天皇)では、
ゆふつけどり、付木綿相坂ニ祓故也、
とある。
四堺(しさかい)は、
平安京のある山城国の四維(北西、南西、南東、北東の隅)にあたる大枝・山崎・逢坂・和邇の4つの地点、
をいい、四境の関所は、
大枝―現在の京都府亀岡市の老ノ坂峠。山陰道の入り口で丹波国との国境、
山崎―現在の京都府大山崎町大山崎・大阪府島本町山崎。山陽道の入り口で摂津国との国境、
逢坂―現在の滋賀県大津市の逢坂山(逢坂関で知られる)。東海道及び東山道の入り口で近江国との国境、
和邇―現在の滋賀県大津市和邇。北国街道(及び愛発関経由で北陸道)の入り口で近江国との国境、
である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%A0%BA)。この、
ゆふ、
も、
木綿、
とあてるが、上述したことだが、
楮(こうぞ)の皮をはぎ、その繊維を蒸し、水にひたして裂いて糸としたもの。主として幣(ぬさ)に付けた(広辞苑)、
植物性の繊維で織った布、またはその繊維で作られた幣帛(ヘいはく)。麻・苧(お)・楮(こうぞ)・科(しな)・藤・葛などが代表的な原料(山川日本史小辞典)
楮(こうぞ)の樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細かにさいて糸としたもの。幣(ぬさ)として神事や祭のときに榊(さかき)にかけて垂らす(精選版日本国語大辞典)、
コウゾの皮の繊維を蒸して水にさらし、細かく裂いて糸としたもの。主に幣ぬさとして神事の際にサカキの枝にかける(デジタル大辞泉)、
穀(カヂ 梶)の木の絲を、幣帛(にぎて)とするに就き云ふ語。古へ、穀(楮 かうぞ)の皮を剝ぎ、其繊維(あまかは)を蒸して、水に浸し、細かに裂きて絲としたるもの。色白ければ白木綿(しらゆふ)と云ふ。多く榊の垂(しで)として幣とし、白和幣(しらにぎて)と云ひ、又、神饌、御膳に調ふる時などの襷とし、木綿襷(ゆふたすき)と云ふ。又、これにて織りたる布を栲(たへ)と云ふ。延喜式に、布には若干端とし、木綿には若干斤と記したり。後には、多く麻絲を幣とし、楮は専ら紙を漉くこととなりたり(大言海)、
等々とあるように、
木綿(もめん)、
とは別のものである。で、
うべなうべな母は知らじうべなうべな父は知らじ蜷(みな)の腸(わた)か黒き髪に真木綿(まゆふ)持ちあざさ結ひ垂れ大和(やまと)の黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)を押へ刺すうらぐはし子(万葉集)、
と、
真木綿(まゆふ)、
と言い方をするが、
「ま」は接頭語、木綿(ゆう)の美称、
である(精選版日本国語大辞典)。
ゆふ、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
木綿、由布、
とある。その由来は、
斎麻(ユフサ)の略。木皮を以て造るが故に、木綿の字を用ゐる、杜中(ハヒマユミ)の一名。木綿(もめん)とは異なり、楮の木の皮を麻の如く裂きたれば云ふ(大言海)
祭祀に用いたところから、ユウ(斎縷)の転か(箋注和名抄)、
ユはユ(斎)と同根か、清浄・神聖の意(岩波古語辞典)、
ユは白い意の古語、またユフは結の義(東雅)、
古くはイフ(楮)の皮を用いたところから(三省録)、
マヲの木綿をマユフといったものの略か(和訓集説)、
暖気を含んでいるところからユ(湯)に通ず(本朝辞源=宇田甘冥)、
湯で垢穢を洗う意から、ユは湯、フはハラフ(払)の義か(和訓栞)、
とあるが、その使用から考えると、
ユはユ(斎)と同根か、
見るのが妥当なのだろう。
ユ(斎)、
は、
ユユシ(斎・忌)と同根、接触・立入が社会的に禁止される意(岩波古語辞典)、
いみ(忌)の約(大言海)、
で、接頭語として、名詞の上に付けて、
斎種(だね)、斎槻(つき)、斎庭(にわ)、斎笹(ざさ)、
等々と使う。そうみると、
ゆふ(木綿)、
は、
斎布、
なのではないのか、と憶説をたてたくなる。だから、
真、
をつけて、
真木綿(まゆふ)、
という言い方をする。
真、
については、
真神、
真鳥、
で触れたように、ここでは、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、
等々のように、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
とみられる。ついでながら、
布、
は、
ふ、
と訓ませるが、
フ、
は、
呉音、
とあり(広辞苑)、
絹以外の植物性繊維の織物、
を指す。古代では、多く、
衣は上流の者が用い、庶民は布(ふ)を用いた、
とある(仝上)。なお、
まさき(柾・正木)、
も、
マ(真)サキ(栄)の意(岩波古語辞典)、
真青木(マサヲキ)の約か、或は云ふ、籬に好し、籬木(マセキ)の転。柾は、正木の合字(大言海)、
芽を土にさすとよく根づくところからメサシキ(芽指木)の転(柴門和語類集)、
マセキ(間塞)の義(言元梯)
とあり、
真+木、
であるので、
真+布、
も、まんざらゆゑなしとはしない。もちろん憶説だが。ちなみに、「木綿(ゆふ)」の語源の大言海説にある、
杜中(ハヒマユミ)、
とは、和名類聚抄(931〜38年)に、
杜中、波比末由美、
江戸末期の『本草綱目啓蒙』 (1847)に、
杜中、波比末由美、
字鏡(平安後期頃)に、
杜中、波比萬由美、又云、屎萬由美、
等々とあり、
まさき(柾)に同じ(大言海)、
「とちゅう(杜仲)」、または「まさき(柾)」の古名(精選版日本国語大辞典)、
トチュウの古名(デジタル大辞泉・広辞苑)、
とされる。
まさき(柾・正木)、
は、
ニシキギ科の常緑低木。北海道から九州までの各地の海岸に近いところに生え、また観賞用に植栽される。高さ約三メートル。葉は柄をもち対生し、葉身は長さ約五センチメートル、やや肉厚で光沢があり、倒卵形か楕円形。縁に鈍鋸歯(きょし)がある。六〜七月、葉腋から花柄が伸び緑白色の小さな四弁花が咲く。果実は扁球形、熟すと三〜四裂して黄赤色の種子を露出する。多く垣根に植う、
とあり(精選版日本国語大辞典・大言海)、
とちゅう(杜仲)、
は、
トチュウ科の落葉高木。中国の南部、中部の山地に生え、まれに栽植もされる。幹は高さ二〇メートルにも達する。葉は楕円形で鋸歯(きょし)縁となり、長さ一〇センチメートル内外。雌雄異株。花は春咲きで、花被弁はない。樹皮を乾燥したものを杜仲といい、グッタペルカを得たり、煎じて強壮薬に使う。漢名、杜仲。はいまゆみ、
とあり(仝上)、
「まさき(柾)」の誤用漢名、
ともある(仝上)が、
まさき、
が、
杜仲の一種、
ともある(大言海)。ただ、
日本では平安時代に貴族階級で「和杜仲」という強壮剤が使われていたが、これはトチュウ科のトチュウではなくニシキギ科のマサキとされている、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A6)、日本にトチュウが導入されたのは1918年(大正7年)(一説には1899年(明治32年))とされている(仝上)ので、
まさき、
が、
杜仲、
の別名、
はいまゆみ、
にあてられたのだろう。
「染」(慣用セン、漢音ゼン、呉音ネン)の字源は、「花染め」で触れたように、
会意文字。「水+液体を入れる箱」で、色汁の中に柔らかくじわじわと布や糸をひたすこと、
とある(漢字源)。別に、
会意文字です(+木)。「流れる水の象形と川が曲がって行き止まりになる象形」(「屈曲する穴の奥から流れ出る泉」の意味)と「大地を覆う木」の象形から、樹液などで「そめる」を意味する「染」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji953.html)が、
形声。水と、音符朵(ダ)→(ゼム)(杂は変わった形)とから成る。絹布をそめる意を表す(角川新字源)、
と、形声文字とする説があり、特に、
一説に形声。「水」+音符「朵 /*TOI/」。「そめる」を意味する漢語{染 /*namʔ/}を表す字。通常韻母/*-OI/と/*-AM/は諧声しないが、「冄/*NAM/」と「那/*NAI/」や、「贊/*TSAN/」と「鑽/*TSON/」などの例外の存在から、形声文字である可能性がある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9F%93)、
と、形声文字説を推している。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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里遠(どほ)み恋ひうらぶれぬまそ鏡床(とこ)の辺(へ)去らず夢(いめ)に見えこそ(万葉集)
の、
まそ鏡、
は、
床(とこ)の辺(へ)去らず、
の枕詞とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まそ鏡、
で触れたように、
床のそばに置くの意で、
床の辺さらず、
に、
かかり、
里遠(どほ)み恋ひうらぶれぬ、
を、
あなたのお里が遠いので、恋しさにすっかりしょげ込んでおります、
と訳す(仝上)。
うらぶる、
は、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、自動詞ラ行下二段活用で、
心の寄り所をなくして、力を落とす、
意とされる(岩波古語辞典)が、
君に恋ひうらぶれ居(を)れば敷(しき)の野の秋萩(あきはぎ)しのぎさを鹿(しか)鳴くも(万葉集)、
でも、
しょんぼりしている、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
わびしく思う、
悲しみに沈む、
しょんぼりする、
意や、
行く川の過ぎにし人の手折(たを)らねばうらぶれ立てり三輪の檜原(ひはら)は(万葉集)、
も、
しょんぼり、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
失意にうなだれる、
意(岩波古語辞典)で使われる。この由来は、
ウラアブルの約、ウラは心の中、アブルは、はみ出てさすらう意(岩波古語辞典)、
心触(ウラブ)るの義、心の、物に触れて思ひを起こす意と云ふ(大言海)、
とある。『大言海』は、これと関連して、
憂ふ、
の項で、
心合(うらあ)ふるの、うらふると約まりて、又、うれふると転じたるなるべし、うれし(歓)も、うるはし、うらし、うれし。と約轉したる語ならむ、思ひを、他の心に合わせむとて、述ぶる意、
としている。
うら(こころ)、
が、
あぶる(溢)、
なのか、
触(ふ)る、
なのかの区別はつかないが、この、
うらぶる、
は、現代語の、
うらぶれる、
である。この由来を見ると、
ウラブル(心触)の義、心が物語に触れて思いを起こす意(和訓栞〈増補〉)、
うらほる(心惚)の転(松屋筆記)、
フルはワブルの約(万葉考)、
フルはアフル(溢)の約(和訓栞)、
フルはハフル(放)の上略(燕居雑話)、
等々あるが、どう見ても、
溢れる、
という語感ではない。『日本語源大辞典』は、
ウラは「心」で、フルは「触る」で、心が事物に触れて思い入る、感じ入る意か、
としている。この方が、冒頭の歌の意味とも重なるようである。ちなみに、
あぶる(溢る)、
は、
れ/れ/る/るる/るれ/れよ、
の、自動詞ラ行下二段活用で、
あふる、
ともいうが、
宇治……芹生の里とあぶれゐたるつはもの共(平家物語)、
と、
散らばる、
意や、
又、見ぐるしきさまにて世にもあぶれんも(源氏物語)、
と、
落ちぶれてさまよう、
意で使うが(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)、今日の、
水などがいっぱいになってこぼれる、
意の、
あふれる(溢)、
につながる。
ふる(触る)、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用、
で、後に、
れ/れ/る/るる/るれ/れ、
の、自動詞ラ行下二段活用に変わるが、
触(さわ)る、
の古形(広辞苑)で、
今夜(こぞ)こそは安く肌布礼(フレ)(古事記)、
と、
さわる、
ふれる、
意である(仝上・精選版日本国語大辞典)。なお、
うらぶる、
は、今日だと、
うらぶれた姿、
というようにに使うが、
落ちぶれた様子や見た目のみすぼらしさを言うようになるのは近代になってからと思われる、
ので(精選版日本国語大辞典)、
あぶる、
との意味の重なりは関係なさそうである。
うら、
は、
心、
と当て、
表に見えないものの意、
で、
こころ、
おもい、
の意である(広辞苑)が、
裏、
浦、
と同源で、
裏、
とも当てる。『大言海』は、「うら」は、
事の心(うら)の意、
とし、
心(うら)、
は、
裏の義。外面にあらはれず、至り深き所、下心、心裏、心中の意、
としている。上代、
うら(心)思(も)い、
うら(心)思(も)ふ、
うら(心)許(もと)無し、
うら(心)無し、
等々、多くは語素としての用法である(精選版日本国語大辞典)。また造語要素としては、
うらあう、
うらがなし、
うらぐわし、
うらごい、
うらさびし、
うらどい、
うらなき、
うらまつ、
うらもう、
うらやす、
等々として使い、たとえば、
うら泣く、
は、
心泣く、
裏嘆く、
とあて(広辞苑)、
表に現わさないで泣く、
忍び泣く、
また、
おのずと泣けてくる(精選版日本国語大辞典)、
心の中で自然に泣けてくる(広辞苑)、
心の中で自然と泣けてくる(岩波古語辞典)、
とあり、
下泣(したな)く、
という言い方もする。なお、
うらぶる、
の派生語で、
ぬえ鳥のうらなけしつつした恋に 於毛比宇良夫礼(オモヒウラブレ)門に立ち夕占問ひつつ我(わ)を待つと(万葉集)、
と、
思ひうらぶる、
があり、
思い悩んで心がしおれる。わびしく、つらく思う(精選版日本国語大辞典)、
心がしおれるほど悲しくつらく思う(デジタル大辞泉)、
の意だが、
胸の思いに打ちひしがれて、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
君に恋ひ之奈要浦触(シナエうらぶれ)我(あ)が居れば秋風吹きて月斜(かたぶ)きぬ(万葉集)、
と、
萎(しな)えうらぶる、
という言い方もあり、
心しおれて悲しみに沈む、
意だ(精選版日本国語大辞典)が、
しおれうなだれている、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
「鏡」(漢音ケイ、呉音キョウ)は、「まそ鏡」で触れたように、
会意兼形声。竟は、楽章のさかいめ、区切り目を表わし、境の原字。鏡は「金+音符竟」。胴を磨いて明暗のさかいめをはっきり映し出すかがみ、
とある(漢字源)。ただ、他は、いずれも、
形声。「金」+音符「竟 /*KANG/」。「かがみ」を意味する漢語{鏡 /*krangs/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8F%A1)、
形声。金と、音符竟(ケイ、キヤウ)とから成る。かげや姿を映し出す「かがみ」の意を表す(角川新字源)、
形声文字です(金+竟)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土中に含まれる「金属」の意味)と「取っ手のある刃物の象形と口の象形(「言う」の意味)の口の部分に1点加えた形(「音」の意味)と人の象形」(人が音楽をし終わるの意味だが、ここでは、「景(ケイ)」に通じ(同じ読みを持つ「景」と同じ意味を持つようになって)、「光」の意味)から、姿を映し出す「かがみ」を意味する「鏡」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji555.html)、
形声。声符は竟(きよう)。〔説文〕十四上に「景なり」とあり、畳韻の訓。古くは鑑といい、金文には監という。監は皿(盤)に臨んで見る形。古い鏡銘には略体としての竟字を用いる(字通)、
と、形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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ねもころに片思(かたもひ)すれかこのころの我(あ)が心どの生けるともなき(万葉集)
の、
片思(かたもひ)すれか、
は、
片思(かたもひ)すればか、
の意、
我(あ)が心どの、
は、
私の心地、
と訳し、
生けるともなき、
の、
と、
は、
鋭さ、確かさを表す名詞、
とあり、
生きたそらもない、
意で、
このごろの私の心地は、生きたそらもない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
こころど、
は、
利心、
で触れたように、
利心、
を、ひっくり返した、
心利(こころど)、
で、
こころと、
とも訓み、
「ど」は形容詞「とし(利)」の語幹と同根か(精選版日本国語大辞典)、
「ど」は形容詞「と(利)し」の語幹という。一説に「ど」は所の意とする。万葉集では、あとに打消しの語を伴う(デジタル大辞泉)、
利(と)く張ること。利心(とごころ)と同じ(大言海)、
とあり、
心に気力が満ちていること、
しっかりした心、
気力、
気合、
心の張り、
といった意になり(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、冒頭の歌のように、
こころどもなし、
のように、多く打消に使われる(学研全訳古語辞典)。
生けるともなき、
の、
と、
は、
利、
鋭、
疾、
とあて(広辞苑)、
とし、
利心、
で触れたように、
衾路(ふすまぢ)を引出(ひきで)の山に妹を置きて山路(やまぢ)思ふに生ける刀(ト)もなし(万葉集)、
と、
「と」は名詞で、鋭い心、しっかりした心(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
形容詞「とし(利)」または「とし(疾)」の語幹から(精選版日本国語大辞典)、
形容詞「と(利)し」の語幹から(デジタル大辞泉・広辞苑)、
と、多く、
するどい、すばやい、しっかりした、
等々の意で、
とめ(利目)、
とかま(利鎌)、
とごころ(利心)、
のよう複合語の形で用いられる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
と(利)、
で、その語幹を使っている、
とし、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
利し、鋭し、
疾し、鋭し、
疾し、迅し、
敏し、聡し、
等々と当て分け、
「利し」「鋭し」は、
鋭い、よく切れる(万葉集「剣太刀(つるぎたち)諸刃(もろは)の利(と)きに足踏みて死なば死なむよ君によりては」)、
の意であり、
「疾し」「鋭し」は、
激しい、強烈だ(万葉集「ぬば玉の夜さり来れば巻向の川音高しも嵐かも疾(と)き」)、
「疾し」「迅し」は、
すばやい、進みが早い(土佐日記「ふねとくこげ、日のよきに」)、
意と、
時期が早い(徒然草「とき時は則ち功ありとぞ論語と云ふ文にも侍るなり」)、
意であり、
「敏し」「聡し」は、
悟ることが早い、畏い、鋭敏だ(枕草子「大蔵卿ばかり耳とき人はなし」)、
意と、その当てる漢字で、意味が微妙に変わる。
「とし」の語源はあまり触れてあるものが少ないが、
トグ(磨)と同根。即座に鋭く働きかける力のあるさま(岩波古語辞典)、
とある。意訳すると、
即応する働き、
といった含意になる。その、
とぐ、
は、
研ぐ、
磨ぐ、
と当て、
トシ(利)と同根(岩波古語辞典)、
と(利)を活用す(大言海)
とあり、
砥石ですって鋭くする、
意であり、
と(砥)
は、
トシ(利)・トグ(磨)と同根、
とある(岩波古語辞典)。
とぐ、
の語源には、
トク(利・鋭)する義(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・大言海・日本語源=賀茂百樹)、
トシ(利)と同根(岩波古語辞典)、
トク(砥)の義(言元梯)、
トは砥石の意のトと同じ(時代別国語大辞典−上代編)、
と、
とし(利・鋭)、
とつなげるものが多い。つまり、逆にいうと、岩波古語辞典の言うように、「とし」は、
磨ぐ、
と深くつながる。その意味で、
とし、
の原意は、
研いだ刃のように鋭い、
という状態表現であったと推測できる。
切れ味鋭い、
が、刃だけではなく、それをメタファに、
頭の切れ、
才能の鋭敏さ、
をも指すように、意味の外延を広げ、価値表現になったことが推測できる。あるいは、漢字、
利・鋭、
疾・迅、
敏・聡、
を当てはめたことで、その漢字の意味を持つようになったということもあるように思える。なお、
こころ、
については触れた。
利、
は、
り、
と訓ませると、
我、彼の馬の為に善を修せむ。汝に於ても利有なむ(今昔物語集)、
と、
利益、もうけ、
の意、
このしろ、
と訓ませると、
若し既に身を役(つか)へらば、利(コノシロ)に役(つか)ふこと得ざれ(日本書紀)、
と、
「子の代」の意で、
貸した金の利子、利息、
の意、
かが、
と訓ませると、
若し国家に利(カカ)あらしめ百姓を寛(ゆたか)にする術(みち)有らば(日本書紀)、
と、
利益、利得、
の意、
きかし、
と訓ますと、
碁で、先手で打った石が相手の応手に比べて働きがあること。また、その石を打つこと、
の意として使う(精選版日本国語大辞典)。
利心(とごころ)、
で触れた、
「利」(リ)は、
会意文字。「禾(いね)+刀」。稲束をするどい刃物でさっと切ることを示す。一説に、畑を鋤いて水はけや通風をよくすることをあらわし、刀はここでは鋤を示す。すらりと通り、支障がない意を含む。転じて、刃がすらりと通る(よく切れる)、事が都合よく運ぶ意となる、
とある(漢字源)。他も、
会意。「禾 (穀物)」+「刀」で、穀物を鋭い刃物で収穫するさまを象る。「するどい」を意味する漢語{利 /*rits/}および「もうけ」を意味する漢語{利
/*rits/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%A9)、
会意。刀と、禾(か、いね)とから成り、すきで田畑を耕作する意を表す。「犂(リ すき)」の原字。ひいて、収益のあること、また、すきのするどいことから「するどい」意に用いる(角川新字源)、
会意文字です(禾+刂(刀))。「穂先がたれかかる稲」の象形と「鋭い刃物」の象形から、稲を栽培し、鋭い刃物(すき)で土を耕す事を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「するどい」・農耕に「役立つ」を意味する「利」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji592.html)、
会意。禾(か)+刀。禾を刈る意。〔説文〕四下に「銛(するど)きなり。刀に從ふ。和して然る後利あり。和の省に從ふ」とするが、和は軍門媾和(こうわ)の意で、その禾は軍門の象。利は刀を以て禾穀を刈るので鋭利の意があり、収穫を得るので利得の意がある。金文の字形は犂鋤(りじよ)の形で禾+勹+ノ(り)に作り、それが初形。鋭利の義よりして、刀に従う字となった。本来は釐・剺(り)などと同じく、治める意の字である(字通)、
と、すべて会意文字としている。
「鋭」(@漢音呉音エイ、A漢音タイ、呉音ダイ)の異体字は、
銳(旧字体/繁体字)
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8B%AD)、「先鋭」「鋭利」「精鋭」「鋭敏」などと、「するどい」意の場合@の音、「ほこ」の意の場合、Aの音とある(漢字源)。
「銳」(@漢音呉音エイ、A漢音タイ、呉音ダイ)の異体字は、
㓹(籀文)、鋭(新字体)、锐(簡体字)、𫤛(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8A%B3)。字源は、
会意兼形声。兌(タイ・ダ)は「兄(頭の大きい子)+八(わけはなす)」からなる会意文字で、人の着物を剥ぎ取ることを示す。脱の原字。鋭は「金+音符兌」で、金属の錐(きり)や矛(ほこ)の外側をはぎとり、中心をとがらせたこと、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(金+兌)。「金属の象形とすっぽり覆うさまを表した文字と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形」(土中に含まれる「金属」の意味)と「分散する事を意味する文字と口の象形と人の象形」(「いのる事によってかかえていた悩みが分散する」の意味)から、ものを分解する金属を意味し、そこから、「すろどい」を意味する「鋭」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1095.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。金と、音符兌(タイ)→(ヱイ)とから成る。刃物の先が「するどい」意を表す(角川新字源)、
形声。「金」+音符「兌 /*LOT/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%8A%B3)、
形声。旧字は銳に作り、兌(えつ)声。字はもと㓹に作り、炉火に刀を加えて刀刃をにらぐ意。銳はその形声字。〔説文〕十四上に「芒なり」とあり、芒刃の意。㓹はその籀文(ちゆうぶん)で、炎に刀刃をにらぐ意の字(字通)、
と、形声文字としている。
「疾」(漢音シツ、呉音ジチ)の異体字は、
𠥻、𤕺、𤖏、𤶅、𤶥、𥏂、𥏦、𥏴(籀文)、𨕾(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%BE)。字源は、
会意文字。甲骨文字は人をめがけて進む矢を示す会意文字。金文以下は、「疒+矢」で、矢のように早くすすむ、また急に進行する病気などを意味する、
とある(漢字源)。同じく、
会意。卜文・金文の字形は大(人の正面形)の腋(わき)の下に矢のある形。腋の下に矢を受け、負傷する意である。〔説文〕七下に「病なり」とし、矢(し)声の字とし、古文・籀文(ちゆうぶん)の二形を録するが、卜文・金文にくらべると字形は全く異なり、ことに籀文は智の初形に近い。のち疾病の意によって疒(だく)部に属する。矢創の意であるから、急疾・疾速の意がある(字通)、
と、会意文字とするもの、
会意兼形声文字です(疒+矢)。「人が病気で寝台にもたれる」象形(「よりかかる・病気」の意味)と「矢」の象形から、人が矢にあたって傷つき、寝台にもたれる事を意味し、そこから、「やまい」を意味する「疾」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1467.html)、
甲骨文は、会意形声で、人と矢(シ→シツ や)とから成り、人が矢にあたったさまにより、「やむ」意を表す。疾は、形声で、疒と、音符矢(シ→シツ)とから成る。借りて「はやい」意に用いる(角川新字源)
形声。「矢」(速く進む物)+声符「疒 /*TSIT/」。「はやい」を意味する漢語{疾 /*dzit/}を表す字。のち仮借して「やまい」を意味する漢語{疾
/*dzit/}に用いる。甲骨文字では、病床にある人の形である「疒」が{やまい}を表し、矢が人に向かっている形である「⿰大矢」が{はやい}を表していた。両者は全くの別字だが、音がほぼ同じでお互い通用していたため、金文で合体(糅合じゅうごう)し「疾」字が{はやい}の表意字として成立した(このとき「疒」は声符ということになる)。その後、同音のため仮借して{やまい}としても用いられるようになった(「疒」字は廃れた)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%96%BE)、
と、形声文字と別れるが、
『説文解字』は「矢」を声符と解釈しているが、声韻とも異なるため、これは誤った分析である、
とあり(仝上)、
「矢」を声符、
とする説を否定している。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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誰(たれ)ぞこの我(わ)が宿(やど)來(き)呼ぶたらちねの母のころ(嘖)はえ物思(ものも)ふ我れを(万葉集)
の、
母のころ(嘖)はえ物思(ものも)ふ我れを、
は、
母に責め立てられて物思いをしている私なのに、
の意で、
母さんにせめたてられて、ふさぎ込んでいる私なのに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。万葉仮名では、
誰此乃 吾屋戸来喚 足千根乃 母尓所嘖 物思吾呼、
で、
ころ(嘖)はえ、
は、
所嘖、
と表記している(https://classicstudies.jimdofree.com/%E4%B8%87%E8%91%89%E9%9B%86・大言海)。この、
え、
は、
上代の助動詞「ゆ」の未然形、連用形、
とあり、
天離(あまざか)る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつ都の手ぶり忘ら延(エ)にけり(万葉集)、
と、自発の意を示し(精選版日本国語大辞典)、
すっかり忘れてしまった、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
手束杖(たづかつゑ)腰にたがねてか行けば人に厭(いと)は延(エ)かく行けば人に憎ま延(エ)老男(およしを)はかくのみならし(万葉集)、
では、受身の意を示し(精選版日本国語大辞典)、
人に嫌がられ、(こっちに行けば)人にきらわれ、
と訳す(仝上)。
漁(あさり)する海人(あま)の子等(ども)と人はいへど見るに知ら延(エ)ぬ貴人(うまひと)の子と(万葉集)」、
では、可能の意を示し(精選版日本国語大辞典)、
(一目見てわかりました)貴人のお子であるということが、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
助動詞、
ゆ、
は、
え・え・ゆ・ゆる・ゆれ・えよ、
の、助動詞下二段型で(ただ、命令形の「えよ」の例は見当たらない)、
四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に付く、
し、また、
上一段活用動詞の未然形に付く、
例もある(広辞苑)が、奈良時代、後の、
る、
らる、
と同じく、
自発、
可能、
受身、
の意に、
る、
と、
らる、
に先行して、
ゆ、
と、
らゆ、
という形が用いられた(岩波古語辞典)。
おぼゆ、
きこゆ、
などは、それぞれ動詞「おもふ」「きく」に「ゆ」がついたものから転じた語、
で(仝上)、後世、
言はゆる、
あらゆる、
という言葉に、化石的に残った(仝上)が、一般には、
る、
が使われた(広辞苑)。
ゆ、
は、上述のように、
え・え・ゆ・ゆる・ゆれ・○、
の、下二段型助動詞で、
四段・ナ変・ラ変動詞の未然形に付く、
が(広辞苑・学研全訳古語辞典)、上述したように、
「射ゆ」「見ゆ」という語のあることから、古くは上一段活用の未然形にも接続した、
とある(仝上)。
上代に限って用いられ、助動詞、
る、
の発達に伴って衰退した(学研全訳古語辞典)。用例は、
慰むる心はなしに雲隠り鳴き行く鳥の音(ね)のみし泣かゆ(万葉集)、
と、自発を表し、ある動作が自然に行なわれること、無意識的にある行為をしてしまうことを表わして、
自然と…するようになる、
…れる、
という意で(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、上掲の歌では、
泣けて泣けて仕方がない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)し、
沫雪(あわゆき)に降らえて咲ける梅の花君がりやらばよそへてむかも、
と、受け身の、他から動作を受ける意を表わす。動作の受け手(「ゆ」が付いた動詞に対する主語)は、人間・動物など有情のものであるのがふつうで、また、その動作を受けることによって、被害や迷惑、または恩恵などを受ける意味をも含むことが多い。動作の行ない手は、「…に」の形で表現される例が多い、
とされ、
…れる、
…られる、
意で(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、上掲の歌では、
降られて(咲ける)、
と訳し(仝上)、また、
山越えて海渡るともおもしろき今城(いまき)のうちは忘ら庾(ユ)ましじ(日本書紀)、
と、(打消の助動詞を伴って)可能の意を表わし(打消しの語を伴うので、不可能の意を表すことが多い)、
…できる、
意で(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、上掲の歌は、
わすれられないだろう、
と訳す(宇治谷猛訳注『日本書紀』)。語源上、この、
ゆ、
は、
「見ゆ」「燃ゆ」「消ゆ」「絶ゆ」など、いわゆる他動詞を対応形にもつヤ行下二段動詞の語尾と同じもので、作用を自然に発動する変化またはその状態としてとらえるのが原義と考えられる。それが、「見ゆ」にも「人に見ゆ」(見られる意)などの用法のあるように、受身の意味を明らかにするために用いられ、一方、否定を伴うと、不可能の意を示すことになった、
とある(精選版日本国語大辞典)。上述したことだが、四段活用動詞の未然形に付くものを助動詞として取り扱うが、
「おもほゆ」(さらに転じて「おぼゆ」)の形で用いられ、「おぼゆ」「聞こゆ」「見ゆ」などの「ゆ」も、もと、この助動詞であったが、これらは「ゆ」と複合した一語の動詞と考えられる、
とあり(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、また、上一段活用動詞「射る」は、「射ゆ」の受身用法の例があり、これも普通に助動詞の「ゆ」と説き、「日本書紀」(斉明四年五月・歌謡)の、
射喩(ユ)獣(しし)を認(つな)ぐ川上(かはへ)の若草の若くありきと我が思(も)はなくに、
や、万葉集の、
射(い)ゆ鹿(しし)を認(つな)ぐ川辺(かはへ)のにこ草の身の若かへにさ寝し子らはも、
のほか、
天雲の行きのまにまに射(い)ゆ鹿猪(しし)の行きも死なむと思へども道の知らねばひとり居て、
と、(「行きも死なむ」の)枕詞に用いた「所射(いゆ)ししの」もある。これらはすべて「ゆ」の形を連体法に用いており、しかも「しし」につづく固定的な表現であるが、「見ゆ」に合わせて、古くは上一段動詞にも「ゆ」が付いたとすることができよう、
とある(精選版日本国語大辞典)。なお、中古には、漢文訓読に、「地蔵十輪経元慶七年点」の、
当来に有ら所(エ)む罪咎を防護すべし、
のように、多少引き継がれ、現代語の連体詞「あらゆる」「いわゆる」が、
「あり」「言ふ」の未然形に、連体形の「ゆる」が接続して固定化したものである、
とある(学研全訳古語辞典)以外は、一般に、
る、
に代わった。なお、ラ変動詞「あり」に付くのは、漢文の「所有」の訓読のために生じた語法か、
としている(精選版日本国語大辞典)。
らゆ、
は、
らえ・らえ・らゆ・らゆる・かゆれ・(らえよ)、
の、下二段型で、四段・ナ変・ラ変以外の未然形(下二段・サ変動詞の未然形)に付き、可能を表し、
我(わ)が背子がかく恋ふれこそぬば玉の夢(いめ)に見えつつ寐不所宿(いねらえず)けれ(万葉集)、
と、
…られる、
…できる、
意で、上掲歌では、
私を寝つかせてくれなかった、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。四段動詞に付く「ゆ」とともに、
ゆ‐らゆ、
の組をなして、
る‐らる、
の組に対応するものと考えられる。しかし「らゆ」は、「ゆ」に比べ用例、用法が少なく、上代では、上掲の歌のように、下二段動詞「寝(ぬ・いぬ)」に接続し、打消の語を伴った、
いねらえぬ、
いのねらえぬ、
の形で、不可能の意を表わすものしか見られない(デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。ちなみに、中古以後、
ゆ、
に代わる、
る、
らる、
は、
被(ル)、
被(ラ)る(所・見)、
とあて(大言海)、色葉字類抄(平安末期)に、
被、ラル、ラレ、見、所、同上、
とあり、
る、
は、
れ・れ・る・るる・るれ・れよ、
下二段型活用で、
四段活用・ナ行、ラ行変格活用の動詞の未然形に付き、自発・受身・可能・尊敬の助動詞、
であり(精選版日本国語大辞典)、その他の動詞活用の語には、
らる、
が接続する、奈良時代の、
ゆ、
から変じた語で、平安時代以後に多く、室町時代には、終止形が、
るる、
となり、江戸時代に下一段活用型、
れる、
が現れる。口語形は、
れる、
である(広辞苑)。意味は、
〔受身〕…れる(驚き給(たま)へれば)。
〔尊敬〕…なさる。お…になる(いづれの船にか乗らるべき)。
〔自発〕自然と…される。…ないではいられない(人知れずうち泣かれぬ)。
〔可能〕…することができる。…れる(中古には下に打消の語を伴って、「…できない」という意を表す)、(物も言はれず)、
となる(学研全訳古語辞典)。
らる、
は、
られ・られ・らる・らるる・らるれ・られよ、
の、下二段型活用で、
上一段・下一段活用、上二段・下二段活用、カ変・サ変活用の動詞、および使役の助動詞「す」「さす」の未然形に付き、それ以外の動詞活用の語には、
る、
がつく(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。室町時代には終止形が、
らるる、
命令形に、
られい、
が現れ、江戸時代には、下一段活用の、
られる、
が現れる。口語形は、
られる、
である(広辞苑)。意味は、
〔受身〕…られる(舅(しうと)にほめらるる)、
〔尊敬〕…なさる。お…になる(仰せらるれば)、
〔自発〕自然と…される。…ないではいられない(恋しう思ひ出(い)でらるる)、
〔可能〕…することができる。…られる(中古には下に打消の語を伴って、「…できない」という意を表す)(弓矢して射られじ)、
となる(学研全訳古語辞典)。なお、
ゆ、
には、
る、
にある、
尊敬の用例はない、
とある(岩波古語辞典)。
る、
らる、
は、
自発・受身・可能・尊敬、
の意味だが、
「られる(らる)」「れる(る)」、
の受身は、英語などの受身と異なり、単純な他動詞ばかりでなく、「目をかけられる」「自分の分まで食べられてしまった」のように目的語を伴った他動詞に付く場合、また、「人に逃げられる」のように自動詞に付く場合もある、
とある(精選版日本国語大辞典)。
る、
らる、
の語源は、
「生(あ)る」という動詞が想定されよう。「る」「らる」に共通な「事態が生れ出る」という把握の仕方は、「生(あ)る」という動詞と根本的に意味が同一である。また、「る」「らる」が下二段活用で、「生(あ)る」の下二段活用と一致する点もこの推測を裏付ける。この「生(ある)」(ar-u)の語根ar-は、多分、存在を意味する「有り」(ar-i)の語根ar-と同一であろうと推測される、
とある(岩波古語辞典)。なお、助詞の、
ゆ、
については触れた。
「宿」(@漢音シュク・呉音スク、A漢音シュク・呉音シュウ)の異体字は、
㝛、㴼、𠫗、𡩤、𡪴、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%BF)。「宿泊」「宿鳥」「宿舎」と、やどる、泊まる意、「宿雨」と、一夜とどめておく意、「宿老」と、年を経ている意、「宿世」「宿縁」と、前世の意の場合@の音、星座の、「二十八宿」
の場合、Aの音となる(漢字源)。わが国では、「宿場」と、街道筋の泊まり場の意でも使う(仝上)。字源は、
会意兼形声。原字は、四角い物が縮んで、皺のよったさま。また口印で表されるふとんに、二人の人が縮んで寝るさまと考えてもいい。宿は、それに人と宀(やね)を加えたもので、狭い所に縮んで泊まる意味を含む。また伸(のびる)や信(のびる)の反対で、進行や発散をやめてとまる意に転じている、
とある(漢字源)。しかし、他は、
会意。宀と、人(ひと)と、㐁(百は変わった形。敷きも、のを敷いた形)とから成り、家の中で人がむしろに寝ていることから、「やどる」意を表す(角川新字源)
会意文字です(宀+人+百)。「屋根・家屋の象形」と「横から見た人の象形」と「寝具の象形」から屋内に「やどる」を意味する「宿」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji391.html#google_vignette)、
会意文字。初形の「𠈇」は人(人)がむしろ(㐁)で寝る様子、のち家屋を表す「宀」を加える。{宿 /suk/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%BF)、
会意。宀(べん)+𠈇
(しゆく)。宀は廟屋、㐁(てん)は丙席(しきもの)。人が廟中など神聖な建物に宿直することを示す字。〔説文〕七下に「止まるなり」とするが、留宿して守ることをいい、また致斎(ものいみ)の意がある。〔礼記、礼器〕「三日宿す」とは斎宿すること三日の意。また宿戒ともいい、〔周礼、春官、世婦〕に「女官の宿戒を掌る」とあり、祭祀の前には宿戒する定めであった。それより予(あらかじ)めすること、久しくすること、残存することなどの意となる(字通)
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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