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コトバ辞典
風吹けば黄葉(もみぢ)散りつつすくなくも吾(あが)の松原清くあらなくに(万葉集)
の、
すくなくも、
は、多く、「なくに」と呼応し、
ちっとやそっとの……ではない、
の意となり、ここでは、
すくなくも吾(あが)の松原清くあらなくに、
は、
この吾(あが)の松原はちっとやそっとの清らかさではない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
すくなくも、
は、
少なくも、
とあて、現代語だと、副詞の、
少なくとも、
といい、
少なくとも15分かかる、
というように、
いくらか少なく見積もって、
最少にして、
の意や、
すくなくとも、それは間違っている、
というように、
他のことはさておいて、
せめて、
の意で使う(広辞苑)。
すくなくも、
も、
少なくも、
とあて、
形容詞「すくなし」の連用形に助詞「も」が付いてできたもの(精選版日本国語大辞典)、
形容詞「すくなし」の連用形に係助詞「も」が付いて一語化したもの(学研全訳古語辞典)、
で、
すくなし、
は、
く・く・し・き・けれ・○、
と活用する、ク活用になる。
すくなし、
は、
量が少ししかないことに重きを置く語、類義語スコシは、量がわずかであることに重きを置く語、
とある(岩波古語辞典)。
すくなくも、
は、冒頭の歌や、
さ丹つらふ色にはいでずすくなくも心のうちにわが思はなくに(万葉集)、
のように、下に打消や反語表現を伴って、
少しどころか……(非常に……だ)、
すこしばかり……ではない、
いくらすくなく見ても……などというものではなく、大いに、
の意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)が、転じて、下に打消を伴わないで、肯定表現、希望表現などで結ばれる、
控え目に見ても、
最小限であっても、
と、今日の、
すくなくとも、
と同義の使い方になっていく(精選版日本国語大辞典)。
すくなくも、
の語幹、つまり、形容詞「すくなし」の語幹、
すくな(少)、
は、
やせやせに、御髪(ぐし)すくななるなどが、かくそしらはしきなり(源氏物語)、
と、
すくないこと、
の意だが、多く名詞の下に付けて、
人少な、
言少な、
文字少な、
と、形容動詞を作る。この、
すくな、
を重ねた、
ひしと功程をかんがへて、諸国にすくなすくなとあてて(愚管抄)、
と、
すくなすくな(少少 すくなずくな)、
という言い方があるが、
控え目に、
の意で、
訴人したら褒美は少(スク)な少(ズク)な銭十貫(浄瑠璃「壇浦兜軍記(1732)」)、
では、
控え目にみても、
と、ほぼ、
すくなくとも、
と同義でも使う(精選版日本国語大辞典)。
「少」(ショウ)の異体字は、
(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%91)。字源は、
会意文字。「小(ちいさくけずる)+ノ印(そぎとる)」で、削って減らすこと。のち、分量や数が満ち足りない意に用い、年齢の満ち足りないのを少年という、
とある(漢字源)が、他の多くは、
象形。いくつかの砂粒を象る。「すな」を意味する漢語{沙 /*srˤai/}及び「ちいさい」「すくない」を意味する漢語{小
/*seuʔ/}、{少 /*steuʔ/}、{藐 /*meuʔ/}を表す字。秦以前の時代には「小」と「少」の使い方には区別がなかったが、秦の時代に「小」と「少」を単語によって区別して使うようになった(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B0%91)、
象形文字です。「小さい点」の象形から「すくない」を意味する「少」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji157.html)、
象形。小さな貝や玉を綴った形。〔説文〕二上に「多からざるなり」とし、字を丿(へつ)声とするが、声が合わない。貝や玉を綴ったものを𧴪・瑣(さ)という(字通)、
と、象形文字としている。この他に、
会意形声。小(セウ)と、一(ひとつのもの)とから成り、物がより「すくない」、ひいて「わかい」意を表す(角川新字源)、
と、会意兼形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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九月(ながつき)の白露(しらつゆ)負ひてあしひきの山のもみたむ見まくしもよし(万葉集)
の、
山のもみたむ、
は、
山の美しく色づくさまを、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
見まくしもよし、
の、
見まく、
は、
見む、
のク語法で、
そのさまをもうすぐ見られるのは、まことに心楽しい気がする、
と訳す(仝上)。
もみづ、
で触れたように、
もみづ、
は、
我が宿(やど)の萩(はぎ)の下葉(したば)は秋風(あきかぜ)もいまだ吹かねばかくぞもみてる(万葉集)
とある、四段活用動詞、
もみつ、
が平安初期以後上二段化し、語尾が濁音化したもの、
とあり(岩波古語辞典・日本国語大辞典)、
もみつ、
は、
紅葉つ、
黄葉つ、
と当てる(広辞苑)。その、
もみづ、
の連用形の名詞化が、
もみぢ(紅葉。黄葉)、
である。
もみつ(紅葉つ・黄葉つ)、
は、
た/ち/つ/つ/て/て、
の、自動詞タ行四段活用で、その未然形
もみた+む、
となる、
む、
は、
将、
とも当て(大言海)、
ま・◯・む・む・め・◯、
と、四段型活用の、
動作を未来に云ふ助動詞、即ち行かム、落ちム、受けメ、見メ、などの如きなり。このム多くは音便にンと記し、古く、又、東国方言にては、モと用ゐき(大言海)、
「む」は上代から近世まで広く用いられたが、平安時代以後「ん」とも書き、鎌倉時代以後は「う」にも変化した。なお、未然形「ま」は上代、「まく」の形だけに用いられた。また、「めや」(推量の助動詞「む」の已然形「め」に反語を表わす係助詞「や」の付いたもの。推量または意志を反語的に表わし、…することがあろうか、いや、そんなことはない。どうして…でなどあろうか」)という使い方もある(デジタル大辞泉)、
平安時代中期には mu の発音が m となり、さらに n に変わったので、「ん」とも書かれる。また m は ũ から
u に転じて鎌倉時代には「う」を生み、やがて u
の発音は前の語の末の母音と同化して長音化するようになった。活用語の未然形に付く。助動詞「む」の変化した推量の助動詞「う」は、「◯・◯・う・う・◯・◯」の活用で、現実に存在しない事態に対する不確実な予測を表わす。古くは、「む」と同様、すべての活用語の未然形に付いたが、現代では五段活用の動詞、形容詞「…かろ」、形容動詞「…だろ」、助動詞「ます」「です」「た」「だ」の未然形に付く(精選版日本国語大辞典)、
動詞・助動詞の未然形を承ける語で、「む・む・め」と活用する。「ま」という活用語があるように見えるが、それは、「行かまく」「見まく」など、「まく」の形の場合であり、これはいわゆるク語法による語形変化で、未然形ではない。古くは「む」と発音されたが、、後に「ん」に転じ、さらに「う」になって(mu→m→n→u)今日の「う」につづいている(岩波古語辞典)、
などとあり、用法としては、
繊細(ひはぼそ)撓(たわ)や腕(がひな)を枕(ま)か牟(ム)とは吾(あれ)はすれど(古事記)、
みやこいでて君にあはんとこしものをこしかひもなく別れぬるかな(土左日記)、
と、一人称について、話し手自身の意志や希望を表わし、
……しよう、
……するつもりだ、
……したい、
の意、
い及(し)けい及(し)け吾(あ)が愛(は)し妻にい及(し)き逢は牟(ム)かも(古事記)、
などかくはいそぎ給ふ。花を見てこそ帰り給はめ(宇津保物語)、
と、二人称単数につけて、相手や他人の行為を勧誘し、期待する意を表わし、遠まわしの催促・命令の意となり、
……してくれ、
……してもらいたい、
の意、三人称の動作につけば、予想・推量の意を表わし、
山処(やまと)の一本薄(ひともとすすき)項傾(うなかぶ)し汝が泣かさ麻(マ)く朝雨(あさあめ)の霧に立た牟(ム)ぞ若草の(古事記)、
端にこそたつべけれ。おくのうしろめたからんよ(枕草子)、
と、目前にないこと、まだ実現していないことについて想像し、予想する意を表わし、
……だろう、
の意、
かくの如(ごと)名に負は牟(ム)とそらみつ大和の国を蜻蛉(あきづ)島と謂ふ(古事記)、
をとここと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて(伊勢物語)、
と、原因や事情などを推測する場合に用い、
……だろう、
……なのであろう、
の意、
命(いのち)の全(また)け牟(ム)人は畳薦(たたみこも)平群(ヘぐり)の山の熊白檮(くまかし)が葉を髻華(うず)にさせその子(古事記)、
大事を思ひ立たん人は、去りがたく心にかからん事の本意を遂げずして(徒然草)、
と、連体法に立って、断定を婉曲にし、仮定であること、直接経験でないことを表わし、
……であるような、
……といわれる、
……らしい、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)が、最後の例は、今日の「う」の用法にはなく、
わたつみの海に出(い)でたる飾磨川(しかまがは)絶えむ日にこそ我(あ)が恋やまめ(万葉集)、
と(「もし絶える日があったなら」と訳すが)、
これは仮定を示すもので、未来の日時を示す「日」とか「時」等々の語には、その直前にこの「む」が加わった、
とある(岩波古語辞典)。ちなみに、
む→ん→う、
と転訛した、
う、
は、
活用は終止形・連体形だけで、無変化(◯・◯・う・(う)・◯・◯)。文語助動詞「む」の転。仮に起こったらと想像していう意を表す。古く四段活用以外の動詞に付いたものだが、のちには四段(五段)動詞・形容詞・形容動詞および助動詞「た」「だ」(「だろう」を一語の助動詞とする説もある)「ない」「たい」「です」「ます」の未然形に付く。その他の動詞および助動詞「ける「られる」「せる」「させる」には、江戸時代以後「う」が音変化して生じた「よう」が付く(広辞苑)、
活用は「◯・◯・う・う・◯・◯」。助動詞「む」の変化したもの。古くは、「む」と同様、すべての活用語の未然形に付いたが、現代では五段活用の動詞、形容詞「…かろ」、形容動詞「…だろ」、助動詞「ます」「です」「た」「だ」の未然形に付く(精選版日本国語大辞典)、
[○|○|う|(う)|○|○]《推量の助動詞「む」の音変化》現代語では、五段活用動詞、形容詞、形容動詞、助動詞「たい」「ない」「だ」「です」「ます」「た」「ようだ」「そうだ」などの未然形に付く(デジタル大辞泉)、
と、
……待とう、
……帰ろう、
……よかろう、
といった使い方だが、
よう、
は、
……しよう、
……行ってみよう、
といった使い方になる。なお、
見まく、
の、
まく、
は、
推量の助動詞「む」のク語法、
で、
……だろうこと、
……しようとすること。
で、
見まく、
は、上述したように、
「みる(見)」の未然形に助動詞「む」のク語法「まく」の付いたもの、
で、
見るであろうこと、
見ようとすること、
見ること、
の意味となる(岩波古語辞典)。
見る人の語りにすれば聞く人の視巻欲為(みまくほりする)御食向(みけむか)ふ味原(あぢふ)の宮は見れど飽かぬかも(万葉集)、
にある、
見まく欲(ほ)りす、
は、
「みまく」に動詞「ほりす」の付いたもの、
で、
見ることをのぞむ、
見たいと思う、
意となり、
大海(おほうみ)の荒磯(ありそ)の洲鳥(すどり)朝(あさ)な朝(さ)な見巻欲(みまくほしき)を見えぬ君かも(万葉集)、
の、
見まく欲(ほ)し、
は、
「みまく」に形容詞「ほし」が付いたもの、
で、
将来見たい、
見る状態になってほしい、
意となる(精選版日本国語大辞典)。
ク語法、
は、
見まく、
で触れたが、
「言はく」「語らく」「老ゆらく」「悲しけく」「散らまく」など、活用語の語尾に「く(らく)」が付いて、全体が名詞化される語法、
で、
今日でいうと、
いわく、
恐らく、
などと使うが、奈良時代に、
有(あ)らく、
語(かた)らく、
来(く)らく、
老ゆらく、
散(ち)らく、
等々と活発に使われた造語法の名残りで、これは前後の意味から、
有ルコト、
語ルコト、
来ること、
スルコト、
年老イルコト、
散ルトコロ、
の意味を表わしており、
ク、
は、
コト
とか、
トコロ、
と、
用言に形式名詞「コト」を付けた名詞句と同じ意味になる、
とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95・岩波古語辞典)。
おもわく、
ていたらく、
すべからく、
等々については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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里ゆ異(け)に霜は置くらし高松の野山づかさの色づくみれば(万葉集)
の、
里ゆ異(け)に、
は、
里よりも異なった状態で、
の意で
人里とは違って、
と訳し、
野山づかさ、
は、
野山の小高い所、
の意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
日に異(け)に、
で触れたように、
日(ひ)に異(け)に
の
異、
は、
ke、
の音、
け(日)、
は、
kë、
の音と(岩波古語辞典)、上代、
「け(異)」は甲類音、
「け(日)」は乙類音、
であり、
日(ひ)に日(け)に、
は、
日毎に、
毎日、
の意だが、
日に異(け)に、
の、
ケは異なっている意、
で(岩波古語辞典)、
日々に変って、
が転じて、
日増しに、
あるいは、
日がたつにつれて、
一日一日と、
また、
毎日毎日、
連日、
の意で使う(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
異に、
は、
名詞の異(け)に、辞(テニハ)のニの添ひたる語、
とある(大言海)が、形容動詞、
「け(異)なり」の連用形、
で、副詞的に用いる(学研全訳古語辞典)とあり、
異なり、
は、
殊なり、
とも当て(岩波古語辞典)、
なら/なり・に/なり/なる/なれ/なれ、
の、形容動詞ナリ活用で、
其の烟気(けぶり)、遠く薫(かを)る。則ち異(ケ)なりとして献る(日本書紀)、
妹が手を取石(とろし)の池の波の間ゆ鳥が音(ね)異(け)に鳴く秋過ぎぬらし(万葉集)、
と、
普通、一般とは違っているさま、
他のものとは異なっているさま、
をいって、
(普通とは)違っている、
変わっている、
意や、
秋と言へば心そ痛きうたて家爾(ケニ)花になそへて見まく欲(ほ)りかも(万葉集)、
と、
ある基準となるものと比べて、程度がはなはだしいさま、
きわだっているさま、
を言い、多く、連用形、
けに、
の形で、
特に(すぐれている)、
一段と(まさっている)、
とりわけ、
などの意で用いられる(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。上掲の歌では、
うたてけに、
の、
ただならず、
いつもと違って、
の意を
自分でも不思議なほど奇妙 に、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
異なり、
は、この意味の派生で、更に、
御かたちのいみじうにほひやかに、うつくしげなるさまは、からなでしこの咲ける盛りを見んよりもけなるに(夜の寝覚)、
と、
能力、心ばえ、様子などが特にすぐれているさま、
すばらしいさま、
の意や、更に転化して、
ヲヲおとなしやけな子やな(浄瑠璃「甲賀三郎(1714頃)」)、
と、「けな」の形で用いることが多いが、
けなげであること、
殊勝であるさま、
の意でも使い、
けな人、
けな者、
という言い方もする(精選版日本国語大辞典)。
「け(異)なり」がもととなって室町時代後半ころから「けなげ(なり)」が生まれ、「けなげもの」「けなげだて」などを派生し、勢力を拡大していく過程で、「けなもの」の語義のうち、「特にすぐれている者」「けなげな者」といった意味を吸収していったと考えられる。その結果、「けなもの」は、「温和な者」「柔弱な者」の語義に限定されていき、さらに「怠け者」の語義を派生するまでになったものか。ただし、この変化は併存期の長いゆるやかなものであった、
とある(仝上)。
異なり、
の語幹、
異(け)、
は、
日に異(け)に、
でも触れたように、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
異、コトニ・コトナリ・ケニ、
とあり、
奇(く)し、異(け)しの語根(大言海)、
「怪」の音転(和訓集説)、
カ(気)の変化した語(国語溯原=大矢徹)、
斎・浄に相反する概念を示す語で、ケガレ(穢)の原語。凶異の意にも転用された(日本古語大辞典=松岡静雄)、
などとあるが、
奇(く)し、異(け)しの語根、
というのが意味的にも妥当な気がする。
け(異)、
は、
衣手(ころもで)葦毛(あしげ)の馬のいばゆ声心あれかも常ゆ異(け)に鳴く(万葉集)、
と、
普通、一般とは違っているさま、
いつもと変わっている、
他のものとは異なっているさま、
の意の状態表現から、それをプラスに意味づけて、価値表現に転じ、
十月(かんなづき)ばかりの紅葉、四方よもの山辺よりも異にいみじくおもしろく(更級日記)、
と、
ある基準となるものと比べて、程度がはなはだしいさま、
きわだっているさま、
の意で、多く、上述したように、連用形「けに」の形で、
特に、一段と、とりわけ、
などの意で用いられる(精選版日本国語大辞典)。
「異」(イ)の異字体は、
㔴、异(簡体字)、潩、熼、霬、𠔱、𢄖、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%95%B0)。字源は、「日に異(け)に」で触れたように、
会意文字。「おおきなざる、または頭+両手を出したからだ」で、一本の手のほか、もう一本の別の手をそえて物をもつさま。同一ではなく、別にもう一つとの意、
とある(漢字源)。他は、
会意兼形声文字です(羽()+異)。「鳥の両翼」の象形と「人が鬼払いにかぶる面をつけて両手をあげている」象形(「敬い助ける」の意味)から、「両翼・つばさ」を意味する「翼」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1455.html)、
と、会意兼形声もじながら、「面」と解し、同趣しながら、他は、
象形文字。鬼の面をかぶって両手を挙げた形(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%95%B0)、
象形。人が大きな仮面をかぶって立っているさまにかたどる。神に扮(ふん)する人、ひいて、常人と「ことなる」、また、「あやしい」意を表す(角川新字源)。
象形。〔説文〕三上に「分つなり」と分異の意とし、字を畀(ひ)(与える)+廾(きよう)(両手)の会意とする。卜文・金文の字形によると、鬼頭のものが両手をあげている形。畏はその側身形。神異のものを示す(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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天(あま)の海に月の舟浮(う)け桂楫(かつらかぢ)懸(か)けて漕ぐ見ゆ月人壮士(つきひとをとこ)(万葉集)
の、
桂楫、
は、
桂でつくった楫、
の意で、
月に桂の木があるという伝説による、
とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
月人壮士(つきひとをとこ)、
は、
月読、
で触れたように、
天橋(あまはし)も長くもがも高山(たかやま)も高くもがも月夜見(つくよみ)の持てる変若水(をちみづ)い取り来て(万葉集)、
と、
天つ月を保ち知らしめす神の御名、
として(大言海)、
月の神、
の意、さらに、
月、
の別称として使う(大言海・広辞苑・精選版日本国語大辞典)。また、月を、
男~、
と見た呼名として、
つきひとをとこ(月人壮士)、
ともいい(大言海)、さらに、
月を擬人化、
して、
月夜見男(つくよみおとこ)、
ともいい、
天にいます月読壮士(つくよみをとこ)賄(まひ)はせむ今夜(こよひ)の長さ五百夜(いほよ)継ぎこそ(湯原王)、
と、
月の桂、
で触れた、
桂男(かつらおとこ・かつらを)、
につながる(仝上)。
桂男、
は、
桂を折る、
で触れたように、
桂男(かつらおとこ・かつらを)、
といい、「酉陽雑俎‐天咫」(唐末860年頃)に、中国の古くからの言い伝えとして、
月の中に高さ五〇〇丈(1500メートル)の桂があり、その下で仙道を学んだ呉剛という男が、罪をおかした罰としていつも斧をふるって切り付けているが、切るそばからその切り口がふさがる、
という伝説がある(精選版日本国語大辞典)。
呉剛伐桂、
といい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E7%94%B7)、伝説には、ひとつには、炎帝の怒りを買って月に配流された呉剛が不死の樹「月桂」を伐採するという説と、いまひとつは、
舊言月中有桂、有蟾蜍、故異書言月桂高五百丈、下有一人常斫之、樹創隨合。人姓吳名剛、西河人、學仙有過、謫令伐樹(酉陽雑俎)、
と、仙術を学んでいたが過ち犯し配流された呉剛が樹を切らされているという説とがある(仝上)、という。
ために、「月の桂」には、
月の異称、
とされ、略して、
かつら、
ともいい、月の影を、
かつらの影、
といったり、三日月を、
かつらのまゆ、
などという(大言海)。また「桂男」は、
桂の人、
などともいい、
かつらおとこも、同じ心にあはれとや見奉るらん(狭衣物語)、
と、盛んに使われる。
ただ、万葉集の「七夕」歌群にある、この歌では、
月人壮子、
を、
織女のもとへ通う牽牛を月の船に乗せて天の川を渡る渡し守の姿、
と見る、
七夕伝説の中に生み出された日本固有の物語、
とする見方がある(https://jmapps.ne.jp/kokugakuin/det.html?data_id=32155)。確かに、そうみた方が、この歌に限っては正鵠を射ている気がする。
桂楫、
を、上述のように、
桂でつくった楫、
としている(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、万葉仮名では、
天海月船浮桂梶懸而滂所見月人壮子、
と、
桂梶、
とあるのを、多くは、
「桂楫(かつらかぢ)」の「かじ」は、櫂(かい)の意で、月の世界にあるという桂の木で作った船の櫂(精選版日本国語大辞典)、
月にあるという桂の木で作った櫂(かい)(デジタル大辞泉)、
月世界の桂の木で作ったかじ(広辞苑)、
月の中の桂の木があるという中国伝説による、桂の木で作った櫓(ろ)(岩波古語辞典)、
桂の木で作った櫂(かい)。桂は月に縁のある木とされ、月世界の神秘性を強調(Copilot)、
等々、
楫(かぢ)、
を、
櫂(かい)、
櫓(ろ)、
とみなしている。後述するように、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)に、
舟の櫂(かぢ)なり、
とあり、
船を進むる所以なり、
とあるので、
棒の先端を翼状に削ったもので、舷にかけて水を掻いて船を進める、
櫂、
になる。漢詩に、
桂楫中流望
空波兩畔明(丁仙芝「渡揚子江」)、
とあり、
桂楫(けいしゅう)、
は、
桂(かつら)の木で作った櫂(かい)、
転じて、
美しい櫂、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・https://kanbun.info/syubu/toushisen108.html)。ここでの、
楫、
は、
櫂、
でないと、冒頭の、
桂楫(かつらかぢ)懸(か)けて漕ぐ、
が通じない。
しじ貫く、
で触れた、
しじ貫く、
は、万葉仮名で、
真梶之自奴伎(シジヌキ)、
と、
真楫(まかぢ)しじ貫き、
の形で用いられ、
左右の楫を舷側から、ぎっしり突き出す、
意である(広辞苑)。この場合も、
櫂、
でないと意味が通じない。類聚名義抄(11〜12世紀)には、
楫、カヂ、檝、カヂ・サヲ、/檝師、カヂトリ 〔篇立〕楫、カヂ・カイ
とある。
楫、
をあてるものには、
布勢の水海(みづうみ)に海人舟(あまぶね)にま楫掻い貫き白栲の袖振り返し率(あども)ひて我が漕ぎ行けば(万葉集)、
と、
真楫(まかぢ)、
があるが、マは接頭語で(岩波古語辞典)、
舟の左右にそろった艪(ろ)、
いい、
一説に、艪の美称、
ともある(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)が、
真神、
片待つ、
で触れたように、
真、
は、
片、
の対で、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
マは、全手(まて)、両下(まや)のマと同趣、
で、
舟の櫂の左右備わりたるもの、
の意である。
櫓、
は、
つくめ、
で触れたように、
艪、
艣、
とも当て、和名類聚抄(931〜38年)に、
艫、郎古反、與魯同、所以進船也、
とあるように、
船を漕ぎ進める道具の一つ、
で、
奈良時代に中国から導入され、それまでの櫂(かい)に代わって広く普及した。櫓杭(ろぐい)を支点として、押す時も引く時も推進力を生じる方式は、流体力学的にも効率がよく、船の推進具として櫂よりすぐれる。櫓羽には樫の木、櫓腕には椎の木を用いる、
とある(精選版日本国語大辞典)。『大言海』は、
後の艣(ろ)にて、艫(とも)、又は、船の傍にあり、一丈許りの長き樫の材にて作る。中程に穴あり、艪臍(ろべそ)に嵌めて、上端を艪縄(ろなは)にて舟底に繋ぎ、押せば、下端にて水を撥し舟を進む。其唐風にて上品なるを、唐艪(からろ)と云ふ、
と記している。櫓の構造は、
原則的に船の後部左舷(さげん)に固定した突起物(櫓杭 ろぐい)を、櫓の側にあるその受け入れ凹部(入子 いれこ)に差し込んで櫓の支点とする。この入子から下部を櫓下(ろした)または櫓べらといい、水中にあって水を切り推進役を担当する。入子から上部が用材を継ぎ足した形となる。この接合部をホ(つがい)または違(たがえ)といい、ここから上部を櫓腕(ろうで)という。その先端部近くに綱(早緒 はやお)によって船体とつなぐための突起(櫓杆 ろづく)または櫓柄(ろづか))があり、漕(こ)ぐために手で握る場所にもなる、
とあり(日本大百科全書)、
櫓脚(ろあし 櫓をこぐとき櫓の水の中につかる部分)、
と
櫓腕(ろうで 近世以来主用された継櫓の柄の部分)、
からなり、
櫓脚、
には、
入子(いれこ)が、櫓腕には櫓柄(ろづか)がついている。舟側につけた櫓べそに入子をはめ、ここを支点にして櫓を操る。こぎ手は横向きになり櫓腕を前後に動かすが、このとき押すときと引くときで手首をかえし、水の中の櫓脚の角度を右上方に示すようにすると、飛行機の翼と同じ原理で揚力が発生し、その方向は押すときも引くときも前下方へ向く。この揚力の前方への成分が舟の推進力となる。下向きの成分は櫓べそで受ける、
とあり、
櫓腕、
には、
上向きの力がかかるので、櫓柄を綱で舟の床につなぎ、こぎやすいようにしている。櫓脚が水中へ入る角度をあまり小さくすると下向きの力ばかり大きくなり、また角度をあまり大きくすると重くなってこぎにくい。うまく操ることによって旋回することもできる。櫓の長さは、腕が1.5〜2.1m、脚が4.2〜5.5mで幅は13〜15cmである、
となっている(世界大百科事典)。
櫓、
は、
もともと櫂(かい)を練って前進力を得る練り櫂から変化・発達したもの、
で、
原理的にはスクリュープロペラと同様で、推進効率がよい。初期(平安時代)は1本の木材でつくった棹櫓(さおろ)であったが、江戸時代初期ごろから櫓腕(ろうで 継櫓の柄の部分)と櫓羽(ろば 櫓の下半部の推進力を生ずる部分)をツガイによってつなぎ、「へ」の字に曲げた形の継櫓(つぎろ)または屈櫓(こごみろ)に変わり、漕ぎやすくなった、
とある(日本大百科全書)。で、上述の、
桂楫、
に、
櫓、
としていたのも、理由がある。だから、
麻久良我(まくらが)の許我(こが)の渡りの可良加治(カラカヂ)の音高しもな寝なへ子ゆゑに(万葉集)、
の、
からかぢ、
は、
唐楫、
韓楫、
とあて、
唐風の櫂(かい)か、あるいは櫓(ろ)か、
とある(精選版日本国語大辞典)のにも、意味がある。
さよふけて堀江漕ぐなる松浦船かち音高しみをはやみかも(続古今和歌)、
の、
楫音(かぢおと)、
は、
かじのと、
ともいうが、
櫂(かい)や櫓(ろ)などを使って船をこぐ時に生ずる音、
になる(精選版日本国語大辞典)。
玉の緒の現し心(うつしごころ)や八十楫(やそか)懸け漕ぎ出む船に後(おく)れて居(を)らむ(万葉集)、
の、
八十楫(やそか)、
も、
多くの楫、
の意(精選版日本国語大辞典)だが、
櫂、
の意になる。
楫、
は、
梶、
檝、
とも当て、和名類聚抄(931〜38年)に、
檝、使船捷疾也、加遅、
とあるが、その由来は、
音を名とするか(大言海)
カケチガヘ(掛差)の略、斜めに船尾にかるから(名言通)、
形が梶に似ているから(桑家漢語抄)、
カはカユル、カヨフの意。チは波路のチ(和句解)、
カチ(風道)の義(言元梯)、
カは櫂の古語、チはト(物)の転呼。船の方向を操作するための舵の意に専用され、船尾で使用するので梶と書くようになった(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々、諸説あるが、上述した、
八十楫(やそか)、
というように、
カ(楫)、
は、
楫子、
楫取、
など、複合語の中だけで見える、
楫(かぢ)の古名、
であり(岩波古語辞典)、単音から見ると、
擬音語、
ということはあり得る気がする。この、
楫、
は、
古へ、船を漕ぐに用ゐたる具。製、詳らかならざれど、漕ぐに音を立つる由なれば、櫂の如くにて、大きく、中程に穴ありて、舟端にある突出(つく)にはめ、柄(から)を握み、端にて水を掻きて、舟を進ましめるものにて、尖出(つく)に軋りて、音の立つならむ、後の櫓に似たるものか、両舷に、數挺立てて漕ぎたり、
とある(大言海)のが妥当なのだろう。なお、
つく、
については、
つくめ、
でふれたように、
付目、
とあて、
語義未詳、
とあるが、
梶を舷に結びつける突起した部分の名か(精選版日本国語大辞典)、
舟の櫓(ろ)の手元の端にある櫓杵(ろづく)という突起部分です。これに、早緒(はやお)と呼ばれる綱を結びつけます(https://art-tags.net/manyo/eight/m1546.html)、
舟の櫓(ろ)の、櫓綱をかけるための突起か(広辞苑)、
舟の櫓の腕に櫓綱をかけるための突起物(岩波古語辞典)、
等々と推定されている。この、
楫、
が、
櫓、
と変じたる後、其名の、舵(たぎし)に移りたるにもあるか、梶の字をも用ゐるは、船尾木の合字なり、「梶(ビ)、木杪(こずゑ)也」の義にあらず、此字、構(かぢのき)にも借字として用ゐらる、
とあり、
櫂、
櫓、
の意から、
船の進行方向を定める装置、
である、
舵、
の意に転じている。
舵、
は、その由来を、
カ(櫂)+ヂ(方向)、船の方向を決める装置(日本語源広辞典)、
カはカイ(櫂)のカ、チは方向の意か(国語の語根とその分類=大島正健)、
とする説があるように、
船の艫(とも)に着けて、水に入れ、柄(つか)を取りて、左右へ動かし、面舵(おもかじ)、取舵(とりかじ)して、舳(へさき)の方向(むき)を定むる具、
で、古名は、
たぎし、
たいし、
などという。雅言考(1849頃)に、
「たぎし」は、「船のかじの古名たぎし……今世に云船のかぢの事也、
とある。和名類聚抄(931〜38年)には、
舵、漢語抄に云ふ、柁、船尾なり。和語に云ふ、太以之(たいし)、今按ずるに、舟人挾杪を呼んで䑨師と爲す、是れなり、
とあり、江戸後期の辞書『箋注和名抄』は、
太以之(たいし)は卽ち當藝斯(たぎし)の轉なり。今俗に加遲(かぢ)と呼ぶもの是れなり、
と注記している。
則ち大なる風順吹(なひかせにふ)き、帆(ほ)舶(つむ)波の随(まにま)に櫨(カイ)楫(かち)を労(ねきら)はず便(すなは)ち新羅に到りたまふ(日本書紀)、
の、
櫂、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
在旁撥水曰櫂、加伊、
新撰字鏡(平安前期)に、
木の枝柯の櫂長にして殺するを謂ふなり。加伊(かい)サヲ・トドム・ウツ・カイ・カヂ
字鏡(平安後期頃)に、
櫂、船乃加伊、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
櫂、サヲ・サヲキ、
とあり、その由来は、
掻きの音便、水を掻き意ならむ(大言海)、
「か(掻)き」の音変化(デジタル大辞泉・岩波古語辞典・和句解・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健)、
と、ほぼ「掻く」という行為からきているが、上述したように、
細長き材の端を平たくしたるを、舷(ふなばた)の縄にかけ、本を握り、端にて水を掻き、舟を行(や)るもの。古へに云へる加伊も、其製、今の物と異ならざるべし、
といい(大言海)、
普通、樫(かし)の木で作り、上半部を丸く、下半部を扁平に削り出し、頂部にツクという短い横棒をつける。一般に櫓(ろ)が海船用なのに対して川船や伝馬船に主用される。なお、船尾側面に設ける舵(かじ)用の大型の櫂(かい)を特に練櫂(ねりがい)と呼ぶ、
とある(精選版日本国語大辞典)。この、
櫂、
の、
カイ、
の音については、
奈良時代の語で、このようにイ音便となっている語は極めては少ない、
とあり(岩波古語辞典)、
古代語の中で、語中語尾に母音が位置する単純語では唯一の例である、
とある(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。これについては諸説あって、
@「掻く」の連用形のイ音便、と解する説が有力であるが、音便としては時代的に早すぎ、また、語と語の融合を示す音便のさきがけが名詞の語末であるというのは考えにくい、といった問題がある、
とされ、ほかに、
A被覆形「カ」に語的独立のための接尾語〔i〕のついた露出形、
という説もあるが、なぜ母音融合を起こさなかったのかという疑問が残るとし、
Bヤ行上二段動詞の連用形、という想定は「カユ」の語が文献上確認できない、
C「楷+戈」の字音、という説も、稀字に属する「楷+戈」字が日本語に採り入れられたことになり疑わしい。「楷+戈」字は、中世以降は「械」に取ってかわられるところから、むしろ「カイ」という語に当てるために形声によって造られた字と考えるべきであろう、
としている(仝上)。この、
櫂、
の変化した、
ろといふもの押して、歌をいみじう謡ひたるは、いとをかしう(枕草子)、
とある、
櫓、
は、
艪、
艣、
とも当て、和名類聚抄(931〜38年)に、
艣、郎古反、與魯同、所以進船也、
とあり、上述したとおりだが、
古への舟の檝(かぢ)に、大小の別あるものにや、詳らかにならず、字音にて云ふなれば、後のものなるべし、
とした(大言海)上で、
後の艣にて、艫(とも)、又は、船の傍にあり、一丈許りの長き樫の材にて作る。中程に穴あり、艪臍(ろべそ)に嵌めて、上端を艪縄(ろなは)にて舟底に繋ぎ、押せば、下端にて水を撥し舟を進む。其唐風にて上品なるを、唐艪(からろ)と云ふ、
としている。なお、
櫓、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
櫓、夜具良(やぐら)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
櫓、ヤグラ・コシキ・カシ、
とあるように、
やぐら、
とも訓ませるが、
やぐら、
については触れた。
「櫂」(@漢音トウ・呉音ジョウ、A漢音ダク・呉音タク)は、
舟を漕ぐ「かい」の意、「櫂舟」(トウシュウ)、「孤櫂」(コトウ)などの場合、@の音、たかくまっすぐ伸びている木の枝、こずえ、の意の場合Aの音となる。字源は、
会意兼形声。「木+音符翟(テキ・タク・トウ 高く抜け出す)」で、水面からさっと抜き上げる舟のかいのこと、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(木+翟)。「大地を覆う木」の象形と「鳥の両翼の象形と小鳥の象形」(「高く踊り上がる」の意味)から「船を進める為の木の棒、さお」を意味する「櫂」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2536.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「木」+音符「翟 /*LEWK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AB%82)、
形声。木と、音符翟(テキ、タク)→(タウ)とから成る(角川新字源)、
形声。声符は翟(てき)。翟に嬥(どう)・濯(たく)の声がある。棹と声義同じ。〔説文新附〕六上に「船を進むる所以(ゆゑん)なり」、また〔釈名、釈船〕に「旁(かたは)らに在りて水を撥(は)ぬるを櫂と曰ふ」とみえる(字通)、
と、形声文字とする。
「楫」(漢音呉音ショウ、漢音シュウ・呉音ジュウ)の異体字は、、
檝、
艥、
とある(漢字源・https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/12144)。字源は、
会意兼形声。「木+音符咠(シュウ よせあつめる)」で、水を掻き寄せる櫂、
とある(漢字源)。他は、
形声。声符は咠(しゆう)。咠に数しげくうごくものの意がある。〔説文〕六上に「舟の櫂(かぢ)なり」とあり、櫂(とう)は〔説文新附〕六上に「船を進むる所以(ゆゑん)なり」という。長くしなるようなものを櫂、短く数しげく動かして榜(こ)ぐものを楫という(字通)、
と、形声文字としている。
「梶」(漢音ビ、呉音ミ)は、
会意兼形声。「木+音符尾(細い尻毛)」で、細い木のこずえ、
とあるが、他は、
形声。木と、音符尾(ビ)とから成る(角川新字源)
形声。声符は尾(び)。〔類篇〕に「木杪(もくべう)なり」とあって、梢(こずえ)の義。わが国では舟のかじ、船尾の方向舵、また「かじの木」の意に用いる。字をその本義において用いることはほとんどない(字通)、
とある。
「舵」(漢音ダ、呉音タ)は、
会意兼形声。「舟+音符它(タ 横に伸びる、横に引く)」。舵darは、拽diadの語尾が転じたものであり、横に引っ張る舟のかじ、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(舟+它)。「渡し舟」の象形(「舟」の意味)と「身をくねらせ尾を垂れるへび」の象形(「へび、まむし」の意味)から、へびの尾のように自由に動いて方向を定める「舟のかじ」を意味する「舵」という
漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2162.html)、
と、会意兼形声もじとするものもあるが、他は、
形声。「舟」+音符「它 /*LAJ/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%88%B5)、
形声。舟と、音符它(タ)とから成る(角川新字源)、
形声。声符は它(だ)。字はまた柁に作る。它は蛇。左行右行して進むものである。舵は方向舵をいう(字通)、
と、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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天(あま)飛ぶや雁(かり)の翼(つばさ)の覆(おほ)ひ羽(ば)のいづくに漏りてか霜の降りけむ(万葉集)
の、
覆(おほ)ひ羽(ば)、
は、
空を覆うように両翼をひろげたさま、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
多くの雁などが翼を広げておおう、その翼(広辞苑)、
覆うように広げられている羽。雁が群れをなして翼を広げるさまなどにいう(岩波古語辞典)、
などとあり、一説に、
翼の部分の名、
ともある(広辞苑)。逆に、
鳥の翼の部分の名。雨覆(あまおおい)の称、
として、一説に、
物を覆うように鳥が広げた羽、
の意としているものもある(精選版日本国語大辞典)が、ここでは、歌意からみれば、
雁が群れをなして翼を広げるさま、
を指しているとみていいので、
鳥が広げた羽、
の状態をさしているとみていいようである。この歌の訳例を拾ってみると、
空を飛ぶ雁のつばさたる天の覆羽(https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=2238)、
大空を飛ぶ雁の大群。空を覆う羽根(https://manyoshu-japan.com/11340/)、
大空を飛ぶ雁が羽根を連ねて空を覆うあの翼(https://sakuramitih31.blog.fc2.com/blog-entry-5343.html)、
空を飛ぶ雁(かり)の翼(つばさ)の空を覆う羽根(https://art-tags.net/manyo/ten/m2238.html)、
「覆ひ羽」は翼の上部を覆う羽根。雁の羽根が空を覆っているような比喩(Copilot)、
等々、ほぼ、
天の覆羽、
と見立てている。
鳥の翼の部位、
を言う、
雨覆(あまおおい)、
あるいは、
雨覆羽(あまおおいばね)、
は、
翼の前面を数列に並んで覆っている羽毛。雨覆ともいう。風切羽の基部を覆い、前方からの空気の流れをなめらかにしている。後列のものは大きく、大雨覆と呼んで区別するほか、上面のものを上雨覆、下面のものを下雨覆、前面を前縁雨覆などという(ブリタニカ国際大百科事典)、
翼の前方、風切羽の上の方に生えている短い羽です。風切羽は一枚一枚が区別できますが、雨覆羽は短い羽の集合で滑らかに見えます。この羽の役割はいくつかあると考えられていますが、飛翔の推進力となる風切羽を守る役割があると考えられています。「初列雨覆」「大雨覆」「中雨覆」「小雨覆」に分けられます(https://orbis-pictus.jp/blog/bird-feather.php)、
等々とあり、
初列雨覆(しょれつあまおおい)、
は、
初列風切の上の方を覆うように生えています。部位の分かれ目は風切羽と同じように、翼の中央付近の折れ目に対応しています(仝上)。
大雨覆・中雨覆・小雨覆、
は、
次列風切を覆うように順番に生えています。大雨覆が次列風切の上に、中雨覆が大雨覆と初列雨覆の上に、小雨覆が中雨覆の上に来ています、
とある(仝上)。
「覆」(@漢音呉音フク、A慣用フク・漢音フウ・呉音フ、B慣用フク・漢音フウ・呉音ブ)は、
「転覆」「覆轍」「手を覆す」などくつがえる、「反復」「覆試(再試験)」などの、かえす意、「覆滅」などの、ひっくりかえる、滅びる、などの意の場合@の音、「覆蔵」のかぶせる、意の場合はAの音、「三覆(サンプウ・サンプク)」(三隊の伏兵)のおおう、意の場合はBの音となる(漢字源)。字源は、
会意兼形声。復の右側は、包みかぶさって二重になるような具合に歩く、つまり復(もとにもどる、うらがえし)のこと。のち彳を加えた。覆は「襾(かぶせる)+音符復」で、かぶさってふせる、おおうの意、
とある(仝上)。同じく、
会意兼形声文字です(襾+復)。「うつわのふた」の象形と「十字路の左半分の象形(「道を行く」の意味)とふっくらした酒ツボの象形と下向きの足の象形(「ひっくり返った酒ツボを元に戻す」の意味)」(「もとの道を帰る、ひっくり返す」の意味)から、「ふたをひっくり返す」、「おおう」を意味する「覆」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1758.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。襾と、音符復(フク→フウ)とから成る。おおいつつむ意を表す。借りて「くつがえす」意に用いる(角川新字源)
形声。「襾」+音符「復 /*PUK/」。「襾」の由来は明らかではないが、一説に「山」を上下覆した形に由来する[字源
1]。「くつがえす」を意味する漢語{覆 /*ph(r)uk/}を表す字。楷書では「賈」の上部と同じ部品を共有しているが、字形変化の結果同じ形に収束したに過ぎず、起源は異なる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A6%86)、
形声。声符は復(ふく)。復に反復の意がある。〔説文〕七下に「覂(くつがへ)るなり」とあり、覂(ほう)字条に「反覆するなり」という。〔説文〕は覆・覂を同義とするものであるが、覂は乏に従い、乏は変死者、水死者を泛という。その屍(しかばね)を土で覆うことを覂という。覆は蓋う意にも用い、上より覆う意。反覆・転覆・被覆・覆育のように用いる。また〔爾雅、釈詁〕に「審なり」、〔広雅、釈言〕に「索(もと)むるなり」とあり、覆視求索の意に用いる。〔左伝、定四年〕「其の載書(盟書)、〜蔵して周府に在り。覆視すべきなり」とは、何度もうちかえしてしらべる意である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
新村出編『広辞苑(第7版)』(岩波書店)
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秋山のしたひが下(した)に鳴く鳥の声だに聞かば何か嘆かむ(万葉集)
の、
したひ、
は、
紅く色づく意の動詞「したふ」の名詞形、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
声だに、
は、
あの方の声だけでも、
の意で、
(もみぢの陰で鳴く鳥の声)その鳥の声ではないが、せめてあの方の声だけでも聞くことができたら、
と訳す(仝上)。
したふ、
は、
上代語、「した」は赤の意(広辞苑)、
(「したぶ」として)上二段活用、葉、萎ぶの意にて、やがて紅葉(もみづ)するを云ふ(大言海)
「したふ」のフは上代特殊仮名遣いではfuで四段活用、シタブと訓んで上二段活用とするのは誤り(岩波古語辞典)、
「した」は「したてる」「しなう」などの「した・しな」と同源か(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、
木の葉が赤く色づく、
葉が美しく色づく、
紅葉する、
意である。
春の園(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したでる)道に出で立つ娘子(をとめ)(万葉集)、
とある、
したてる、
は、
下照る、
とあて、古くは、
したでる、
と訓ませ(広辞苑)、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用
で(学研全訳古語辞典)、
木の下などが照り輝く、一説に「したふ」の「した」と解し、花の色などが赤く美しく照る(広辞苑)、
花の美しい色でその下が照り映える(学研全訳古語辞典)、
花の色でその下のあたりが美しく照りはえる。赤く照る(精選版日本国語大辞典)、
下に照る、一説、シタはシタフと同根で、赤く照る(岩波古語辞典)、
下葉(したば)、赤く照る(大言海)、
等々、ニュアンスの差はあるが、文字通りには、
下に照る、
下が照る、
だが、
花の色でその下のあたりが赤く美しく照りはえる、
意になる。
耳に聞き目に見るごとにうち嘆き萎(しな)えうらぶれ偲(しのひ)つつ争ふはしに(万葉集)、
君に恋ひ萎(しな)えうらぶれ我(あ)が居(を)れば秋風吹きて月傾きぬ(仝上)、
の、
萎(しな)ゆ、
は、
え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ、
の、自動詞ヤ行下二段活用で(学研全訳古語辞典)、
生気を失ってうちしおれる、
元気を失う、
しぼむ、
意となる(仝上・岩波古語辞典)。
したてる、
の、
した、
と、
しなゆ、
の、
しな、
では、
色づき→萎びる、
という意味をつなげられなくもないか、よくわからない。
冒頭の歌の、
しなひ、
は、
「したふ」の連用形、
の名詞化、
木の葉が赤く色づくこと、また、その色の紅葉(広辞苑)、
もみじなどが赤く色づくこと。紅葉の照りかがやくこと。また、そのもみじ(精選版日本国語大辞典)、
の意となる。後世、
したび、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。
なお、似た語に、
秋されば置く露霜(つゆしも)にあへずして都の山は伊呂豆伎(イロヅキ)ぬらし(万葉集)、
いろづく、
は、
いろつく、
ともいい、
色づく、
色付く、
とも当て(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、文字通りには、
色がつく、
変色する、
意だが(精選版日本国語大辞典)、
葉や花や実が秋色・春色を帯びる、
意だが、古くは、
モミジに言うことが多い(岩波古語辞典)とある。なお、
かえでの、
かへるて、
もみづ(もみち)、
の、
もみち、
については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
上へ
色づかふ秋の露霜(つゆしも)な降りそね妹が手本(たもと)をまかぬ今夜(こよひ)は(万葉集)
の、
色づかふ、
は、
色づく+ふ、
で、
色づくの継続態、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ふ、
は、
まもらふ、
で触れたように、
フ、
は、動詞の未然形の下に付いて、
は|ひ|ふ|ふ|へ|(へ)、
の、
四段活用の動詞を作り、「呼ぶ」「散る」ならば普通一回だけ呼ぶ、散る意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して、呼ぶ、散る意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞「アフ(合)」で、これが動詞連用形の後に加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある(精選版日本国語大辞典)
とあり、この「ふ」は、
奈良時代特有の語で、まれに、
「流らふ」「伝たふ」「寄そふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に付いた「ふ」があり、これらは下二段型活用として用いられ(精選版日本国語大辞典)、
また、
「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる(仝上)、
とあり、また、
主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
とある。この「ふ」が助動詞として用いられたのは上代であり、中古になると、
「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「願ふ」「交じらふ」「守らふ」「はからふ」「向かふ」「呼ばふ」など、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した。したがって、中古以降は「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
とされる。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
まかぬ今夜(こよひ)は、
は、
枕にせずに独り淋しく寝る今宵は、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
手本(たもと)
は、
袂(たもと)、
の意で、
手本(たもと)の意(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
タ(手)モト(本)の意(岩波古語辞典)、
手本(たもと)の義(大言海)、
テモト(手許)の轉(和語私臆鈔)、
の意(で、
手末(たなすゑ)、
に対し(大言海)、
たもと、
でふれたように、
たもと、
は、
肘より肩までの閨A即ち肱(かいな)に当たる所、
を指すとし、
上古の衣は、筒袖にて、袖の肱に当たる邊を云ひしが如し、
とする(大言海)。つまり、
かいなの部分→そこを覆う着物の部分、
となり、さらに、
袖、
の意にまで広がり、袖の形が変わるにつれ、
(袖の)下の袋状の部分、
をいうようになり(岩波古語辞典)、平安時代以降、
和服の袖付から垂れ下がった部分を指すようになった、
もの(語源由来辞典)らしい。和名類聚抄(931〜38年)に、
袂、開張以臂屈伸也(一本、屈伸の上に受の字あり、臂受の誤倒かと云ふ)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
袂、タモト、ソデ
とある。だから、
袖口の下の方、
の意、
つまり、
たもと、
の意で、
そでたもと(袖袂)、
という言い方もする(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
たなすゑ、
は、
手端吉棄、此をば多那須衛能余之岐羅毗(たなすゑのよしきらひ)と云ふ(古事記)、
とあり、
タはテ(手)の古形、ナは連体助詞、
で(岩波古語辞典)、
手之末の義、
で、
手末、
手端、
とも当て(岩波古語辞典)、
手の端、
手の先、
手の末、
手先、
の意である(大言海・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。ちなみに、上にある、
かいな、
は、
たぶさ、
二の腕、
でふれたように、
一の腕、
を、
手首から肘まで、
つまり、
ただむき、
を言ったのに対して、
かいな、
は、
二の腕、
といったものらしい(日本語源広辞典)。
ひじで折れ曲がるので、これを2部に分け、上半を上腕upper
arm、下半を前腕forearmといい、上腕は俗に「二の腕〉といわれる。腕は脚に相当する部分であるが、人間では脚より小さく、運動の自由度は大きい、
とある(世界大百科事典)ので、手首側から、一の腕、二の腕と数えたということだろう。
うで、
は、
肘と手首の間、
を指す。
かいな、
は、
腕、
肱、
とあて、
抱(かか)への根(ね)の約転か。胛をカイガネと云ふも舁(かき)が根の音便なるべし。説分「臂(ただむき)、手ノ上也。肱(かひな)、臂ノ上也」(大言海)、
カイ(支ひ)+ナ(もの)(日本語源広辞典)、
で、「支えるもの」が語源とするが、これは、なかなか簡単ではない。
カヒネ(胛)の転(言元梯)、
カヒはカミ(神)の転、ナはネ(根)の義(和語私臆鈔)、
カカヘネ(抱根)の約転か(大言海)
カヒは抱き上げるという意のカカフルのカを一つ省いたカフルの変化したもの(国語の語幹とその分類=大島正健)、
女の臂のカヨワイことから(俗語考)、
カヒナギ(腕木)の意(雅言考・俗語考)、
カタヒジナカ(肩肘中)の略(柴門和語類集)、
カキナギ(掻長)の義(名言通)、
「胛臑」の別音Kap-Naの転(日本語原学=与謝野寛)
等々、諸説載せる。「抱える」と関わることが、いちばん説得力がある。のちに混同されることになる、
うで、
は、
ウ(大)+手(『日本語源広辞典)
で、小手に対する「大手」が語源とする。
小手(こて)、
は、
手首、
あるいは、
肘と手首の間、
を指すが、
手の腕頸より先。小手先。「小手返し」「小手調べ」「小手投げ」。これに対して、腕・肱を、高手(たかて)と云ふ。人を、高手小手(たかてこて)に縛ると云ふは、後ろ手にして、高手、小手、頸に、縄をかけて、縛りあぐるなり、
とある(大言海)。「腕頸」は、
手首、
の意で、
たぶし、
たぶさ(手房)、
こうで(小腕)、
ともいい、
腕と肘との関節、曲り揺く所、
とある(仝上)。だから、
到底できないことを無理算段してやりくりする、
意で、
ない袖を振る、
とはいっても、
ない袂を振る、
とは言わないが、手本を使う言い回しはかなりある。例えば、
ほに出ぬ物思ふらし篠すすきまねくたもとの露しげくして(源氏物語)、
と、
袂にかかる涙、
の意の、
袂の露、
諸人袂をしほる計なり(「沙石集(1283)」)、
ひどく泣くことを、
袂を絞る、
と言ったりする(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、
袂おとしの匂ひ袋が落してありしもおかしけれ(人情本「英対暖語(1838)」)、
と、
たもとおとし(袂落)、
というものもある。
タバコ入れ・汗拭いなどをはさむ小さな袋、
だが、
紐の両端に結びつけ、懐中から左右の袂に落としておいたのでこの名がある、
という(精選版日本国語大辞典)。
くちなしの花色衣ぬぎかへて藤の袂になるぞ悲しき(右京大夫集)、
と、
喪服のたもと、
つまり、
藤衣(ふじごろも)のたもと、
の意の、
藤の袂(ふじのたもと)、
秋の野の草のたもとか花すすき穂に出てまねく袖と見ゆらん(古今和歌集)、
と、
草を衣とみて、その袂、
の意、転じて、
粗末な衣、
の意の、
草の袂(ころも)、
みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ(古今和歌集)、
と、
苔の衣の袂、
の意で、
僧侶や隠遁者の衣服の袂、
を指す、
苔の袂(たもと)、
かりの身とうはの空なる涙こそあきのたもとの露とおくらめ(「是貞親王歌合(893)」)、
と、
物思いの季節である秋の、涙に濡れている衣の袖をいう、
秋の袂(たもと)、
は、
秋の袖、
という言い方もする。
左にやたもとのたまも結ぶらん右はあやめの根こそ浅けれ(赤染衛門集)、
と、
くすだま(薬玉)の異名、
としても使い、
宣旨なれば人々も、なごりのたもとふり切て、涙ながらに帰らるる(浄瑠璃・蝉丸)、
と、
なごり(名残)の袖、
の意でも使う、
なごり(名残)袖(そで)、
は、なごりを惜しむ意の「袖を分かつ」にかけていう語で、
別れを惜しむことのたとえ、
にいう。そのほか、
人と行動を共にする、
意の、
袂を連ねる、
取りすがる袂を払って去って行く、無理に別れて行く、
意の、
袂を払う、
はなやかな衣服、
意で、
花の袂、
たなびいている霞を袂にたとえていったり、美しい衣装のたとえ、
の意で、
霞の袂(かすみのたもと)、
行動を共にした人と別れる、離別する、
意で、
袂(たもと)を分(わか)つ、
等々ともいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。漢語にも、
たもとを振って勢いよく起つ、
意で、
楚子之れを聞き、袂を投じて起(た)つ。履(くつ)は窒皇(てつくわう 軒下)に及び、劍は寢門の外に及び、車は蒲胥(ほしよ)の市にぶ(左伝)、
と、
投袂(とうべい)、
袂を連ねる、
つまり、
並ぶ、
意で、
徳秀惟だ樂工數十人、聯袂して于蔿于(うゐう)を歌はしむ(唐書)、
の、
聯袂(れんべい)、
は、
意気盛んなさま、
で、
袂をうち払う、
意で、
袂を揮つて長劍を撫し 仰いで雲の征(ゆ)くを観る
と、
揮袂(きべい)、
袖をたれる、また、袖手(しゅうしゅ 両手をそでの中に入れていること、ふところで)、
意で、
漁父なる者有り、船を下りて來る。鬢眉(ひんび)交々(こもごも)白く、被髮して袂を揄(ひ)く(荘子)、
と、
揄袂(ゆべい・とうべい)、
霞のようにうすい袂(たもと)、
の意で、
雲衲(うんのう 衲袈裟(のうけさ)、粗末な袈裟をまとって各地を遍歴し修行する僧)霞袂、
と、
霞袂(かべい)、
舞う、
意で、
或いは袂(たもと)を揚げて屡々(しばしば)舞ひ、或いは劍を扣(たた)きて清歌す(曹植・酒の賦)
と、
揚袂(ようべい)、
舞う、
意では、
操袂(そうべい)、
ともいう。
決起する、
意で、
文無畏の宋に死するを傷み、袂を奮ひて起つ(淮南子)、
と、
奮袂(ふんべい)、
相親しむ、
意で、
但だ衡・巫峻極、漢水悠長なり。何(いづ)れの時にか袂(たもと)を把(と)り、共に心腹を披(ひら)かん(梁・元帝・蕭挹に与ふる書)、
と、
把袂(はべい)、
袂を連ねると雲帳となる、人の多いことをいう、
意の、
臨淄(りんし 戦国期の斉都)は三百閭(りよ)、袂を張るときは陰を成し、汗を揮(ふる)ふときは雨を成す(晏子)、
と、
袂雲(べいうん)、
袂を顔にあてて泣く
意の、
反袂(はんべい)、
等々がある(精選版日本国語大辞典)。
「袂」(漢音ベイ、呉音ヘイ、慣用マイ)は、
会意文字。「衣+夬(切り込みを入れる、一部を切り取る)」。胴の両脇を切り取ってつけたたもと、
とあり(漢字源)、
会意。衣+夬(けつ)。夬は玉器の円環の一部を欠くもの、欠落のある意。袂は衣の袖口の形をいう。〔説文〕八上に「褎(しう)なり」とあり、夬声とするが、声が合わない。前条の褎字条に「袂なり」とあって互訓。袖は褎の俗字である(字通)、
ともある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
秋萩の上(うへ)に置きたる白露の消(け)かもしなまし恋ひつつあらずは(万葉集)
秋の穂をしのに押しなべ置く霜の消(け)かもしなまし恋ひつつあらずは(仝上)
の、
消(け)かもしなまし、
の、
かも、
は、
疑問、
し、
は、
サ変動詞「す」の連用形、
で、
消え失せてでもしてしまう方がましなのではないか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。なお、
秋の穂、
は、
秋の稲穂、
である(仝上)。
なまし、
は、
完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」に推量の助動詞「まし」がついた語(広辞苑・岩波古語辞典)、
助動詞の過去の意を云ふヌの変化のナと、推量の意を云ふマシと接続した語(大言海)、
完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「まし」(デジタル大辞泉)、
完了の助動詞「ぬ」の未然形に推量の助動詞「まし」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
伎倍人(きへひと)のまだら衾(ぶすま)に綿(わた)さはだ入り奈麻之(ナマシ)もの妹が小床(をどこ)に(万葉集)、
と、実現・実行しなかったことを残念に思う気持を表わし、
……すればよかったろう、
の意、
遠妻(とおづま)し高にありせば知らずとも手綱(たづな)の浜の尋ね来(き)名益(ナまし)(万葉集)、
と、現実には反するが、条件によっては実現の可能性のあることを想像して表わし、
……のだったら……することだったろう、
……してくれたらよかったのに、
の意、
白玉かなにぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを(伊勢物語)、
と、多く上の仮定表現を受けて、
きっと…していただろう(に)、
……してしまっていたらよかった(のに)、
の意、
立ち添ひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙くらべに(源氏物語)、
と、助詞「や」と相伴って、判断の逡巡を示し、
……するだろうか、どうだろうか、
の意、
世の中の憂(う)けくに飽(あき)ぬ奥山の木の葉に降れるゆきやけなまし(古今和歌集)〈
と、多く疑問の語を受けて、決断に迷いながらも未来を考える気持を表わし、
……してしまおうか、
……するのがいいのではあるまいか、
いっそのこと……しようか、
の意、
けふ来ずはあすは雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや(古今和歌集)、
と、未来への確定的な予想、または意志を表わし、
きっ……だろう、
……てしまうかもしれない、
の意等々と使う。
かも、
は、
ものかも、
で触れたように、種々の使い方があり、
係助詞「か」に係助詞「も」が付いて一語化したもの、体言や活用語の連体形などに付く。…か(なあ)。…なのか(学研全訳古語辞典)、
係助詞「か」+係助詞「も」。上代語、種々の語に付く(「かも」がかかる文末の活用語は連体形をとる)。感動を込めた疑問の意を表す。…かなあ。中古以降、おおむね「かな」に代わる(デジタル大辞泉)、
係助詞の「か」と「も」が重なったもの。体言、用言の連体形(まれにシク活用形容詞の終止形)を受け、詠嘆を含んだ疑問を表わしたり、詠嘆を表わす(精選版日本国語大辞典)、
詠嘆の「か」とも」の複合したもの、感動をあらわし、……ことだ。平安以降は「かな」が一般的になった(広辞苑)。
「か」の下に「も」を添えた助詞。体言または活用語の連体形を承ける。「も」は不確実な提示、あるいは不確実な判断を表すのがその本質的な意味であるから、「かも」となった場合も、単独の「か」の持つ疑問の意を受けつぐ。ただし詠嘆の意を表す場合は、「かも」は「か」単独の場合よりもやわらげた表現のように見える(岩波古語辞典)、
などとあるが、
浦みより漕ぎ來(こ)し船を風早み沖つみ浦に宿りするかも(万葉集)、
では、
(遠い沖合の)こんな恐ろしい裏で旅宿りをするというのか、われらは、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、詠嘆を含んだ疑問を表わし、
霞立つ長き春日をかざせれどいやなつかしき梅の花かも(万葉集)、
では、
(髪に挿しているけれど)ますます離しがたい気持ちだ、この梅の花は、
と訳し(仝上)、詠嘆を表わす。
かも、
の、
か、
は、
疑問詞を承ける係助詞のひとつ、
で(岩波古語辞典)、種々の語に付く(デジタル大辞泉)が、
表現者自身の判断を下すことが不能であること、疑問であることを表明するのが原義、
とあり(岩波古語辞典)、
「か」は体言または活用語の連体形を承ける。(中略)疑問はその意味をやわらげれば慨嘆になる、
ともあり(仝上)、
苦しくも降り來る雨か三輪の崎挟野(さの)の渡りに家もあらなくに(万葉集)、
では、
何とも心せつなく降ってくるあめであることか、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、慨嘆の意となっている。
かも、
の、
も、
は、
疑問詞を承ける係助詞の一つ、
で(岩波古語辞典)、やはり、種々の語に付き(デジタル大辞泉)、
「も」は、承ける語を不確実なものとして提示し、下にそれについての説明・叙述を導く役割をする。(中略)承ける語を不確実なものとして提示するばかりでなく、下文も、打消・推量・願望などの不確実な表現で終わるものが多い、
とある(岩波古語辞典)。ここでの、
も、
は、
終助詞、活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法について、詠嘆の意を表す。体言には「かも」「はも」などの形で用いる。「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
終助詞。文末で、活用語の終止形、助詞、接尾語「く」に付く。感動・詠嘆を表す。…ことよ。…なあ。「かも」「ぞも」「はも」「やも」、主に上代の用法で、その後は「かな」に代わった。係助詞の終助詞的用法ともいう(デジタル大辞泉)、
文末用法。文末の終止形(文中に係助詞がある時はそれに応ずる活用形)およびク語法を受けて詠嘆を表わす。体言を受ける場合は同じく詠嘆を表わす他の係助詞が上接して「かも」「はも」「そも」などの形となる。終助詞とする説もある(精選版日本国語大辞典)、
などとあり、
春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影にうぐひす鳴くも(万葉集)、
では、
鶯がないているなあ、
といった意味になる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
天の川打橋(うちはし)渡せ妹が家道(いへぢ)やまず通はむ時待たずとも(万葉集)
千鳥鳴く佐保の川門(かわと)の瀬を広み打橋渡す汝(な)が来(く)と思へば(仝上)
の、
打橋、
は、
板などを渡した狩りの橋、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、前者の、
時待たず、
の、
時、
は、
七夕の夜、
の意である(仝上)。また、
機物の蹋木(ふみき)持ち行きて天の川打橋渡す君が來(こ)むため(万葉集)、
の、
蹋木、
は、
織機の踏み板、
で(仝上)、
踏木、
とも当て、
ふみぎ、
とも訓ませる。
足をのせておく木、
の意だが、特に、
機(はた)で緯(よこ)糸を通すときに、経(たて)糸を上下させて杼口(ひぐち)を作るために足で踏む木、
をいう(広辞苑)。
蹋(漢音トウ、呉音ドウ)の異体字は、
躢、
とあり(漢字源)、
会意兼形声。右側は「羽+冒の字の上の部分(おかす、むりに動く)」の会意文字で、無理に羽をぱたばたさせること。蝶(チョウ)と同型の言葉。蹋は「足+音符トウ」で、もと、足の裏を平らにぺたぺたと地に着けること、
とある(仝上)。
踏、
と同義で、
ふむ、
意とともに、
蹋鞠(トウキク)、
というと、
けまり、
の意となる。
閑話休題。
打橋、
は、
移橋(うつしはし)の約(うちひさす、うつひさす)、何處へも移しかけらるる意と云ふ、
とある(大言海)ように、
かけはずしのできる、板や材木の橋、
の意(広辞苑)だが、
いみじく笑ひてほとほとうちはしよりも落ちぬべし(枕草子)、
と、
建物と建物との間に架け渡して、取りはずしの自由な橋とした板、
の意や、こうした意味をメタファに、
生ける間のうちはしの絶えてあはずは(平中物語)、
と、間に架け渡すところから、
なかだち、
仲介者、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
うちはしだつものを道にてなむかよひ侍る(源氏物語)、
と、
打橋だつ、
という動詞(四段活用)もあり、
一見、打橋のように見える、
意である(岩波古語辞典)。
「打」(唐音ダ、漢音テイ、呉音チョウ)は、「うちつけに」で触れたように、
会意兼形声。丁は、もと釘の頭を示す□印であった。直角にうちつける意を含む。打は「手+音符丁」で、とんとうつ動作を表す、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(扌(手)+丁)。「5本の指のある手」の象形と「釘(くぎ)を横から見た」象形から、釘(くぎ)を手にして「うつ」を意味する「打」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji461.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「手」+音符「丁 /*TENG/」。「うつ」を意味する漢語{打 /*teengʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%93)、
形声。手と、音符丁(テイ→タ)とから成る。手で強く「うつ」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は丁(てい)。丁は釘の頭の形。釘の頭をうちつける意。〔説文新附〕十二上に「擊つなり」とする。のち動詞の上につけて打聴・打量のように用いる。わが国の「うち聞く」「うち興ずる」というのに近い(字通)、
と、いずれも形声文字としている。
「橋」(@漢音キョウ・呉音ギョウ、Aキョウ)の異体字は、
喬(「喬」の通字)、墧、憍(「憍」の通字)、桥(簡体字)、槁(「槁」の通字)、槗、橇(「橇」の同字)、檋(「檋」の通字)、矯(「矯」の通字)、鞽、𣘺、
𫞎、𫞏(俗字)、𭫥、𱴦(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%8B)。字源は、「石橋(せききょう)」で触れたように、
会意兼形声。喬は、高(たかい家の形)の屋根の先端が曲がったさまを描いた象形文字で、高くて曲線をなしてしなう意を含む。橋は「木+音符喬」で、⌒型に高く曲がったはし、
とあり(漢字源)、「橋梁」「架橋」の「橋」、橋をメタファにした横木、「橋起」のように、たかくそびえるさま等々、いわゆる「橋」の意の場合は@の音、轎(キョウ)に当てて用いた、橋のように担ぎあげる輿の意の場合は、Aの音となる(仝上)。別に、
会意兼形声文字です(木+喬)。「大地を覆う木の象形」と「高い楼閣の上に旗がかけられた」象形(「高い」の意味)から谷川に高くかけられた木の「はし」を意味する「橋」という漢字が成り立ちました、
も(https://okjiten.jp/kanji419.html)、会意兼形声文字とするが、
形声。「木」+音符「喬 /*KAW/」。「はし」を意味する漢語{橋 /*ɡ(r)aw/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%8B)、
形声。木と、音符喬(ケウ)とから成る。「はし」の意を表す(角川新字源)、
形声。声符は喬(きょう)。喬はアーチ状の高楼の上に表木を立てて神を招く意で、架上・高挙の意がある。橋は山の岸や谷にかけ渡したものをいい、また衣桁のように用いるものをもいう。〔儀礼、士昏礼〕に「纁裏(くんり)は橋に加ふ」とは衣桁の類。〔説文〕六上に「水梁なり」とするが、古くはいわゆる高橋(たかはし)をいう。水橋の意は、字の初義ではない(字通)、
は、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
月重ね我(あ)が思ふ妹に逢へる夜(よ)は今し七夜(ななよ)を継きこせぬかも(万葉集)
の、
今し七夜(ななよ)を継きこせぬかも、
は、
(七夕の夜の)今から七夜分も続いてくれないものか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ありこせぬかも、
で触れたように、
こせぬかも、
は、
助動詞「こす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+疑問の係助詞「か」+詠嘆の終助詞「も」(学研全訳古語辞典)、
助動詞「こす」の未然形「こせ」に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」、詠嘆の助詞「かも」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
で、
吉野川逝く瀬の早みしましくも淀むことなく有り巨勢濃香問(コセヌカモ)(万葉集)、
と、
相手の動作・状態に対する希望を詠嘆的に表わす、
言い方で、
……であってくれないかなあ、
……してくれないかなあ、
の意を表し、
「ありこせぬかも」の形で用いることが多い。
こせ、
は、
こす、
で触れたように、
… してくれの意の補助動詞コスの未然形、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
うれたくも鳴くなる鳥かこの鳥も打ち止め許世(コセ)ね(古事記)、
と、
こす、
は、
おこす(送來 送り來たす、よこす)と同意、おこすは、此語に、オの添はりたるものなるべし……、オの略せらるるは、おこおこし、おここし(厳)。思(おも)ふ、もふ、などあり、此語、終止形、未然形、命令形の外は、見えざれど、下二段活用なること、明らけし、
とあり(大言海)、上代語で、動詞の連用形に付いて、
相手の動作、状態が自分に利益を与えたり、影響を及ぼしたりすることを望む意、
を表わし(精選版日本国語大辞典)、
……してくれ、
……してほしい、
という、相手に対する希求、命令表現に用いられる(仝上・広辞苑)。活用は、
未然形「こせ」・終止形「こす」・命令形「こせ」、
だけとされる(広辞苑)が、
助動詞下二段型、こせ/○/こす/○/○/こせ・こそ、
の活用で、相手に望む願望の終助詞「こそ」を、
「こす」の命令形、
とする説があり((学研全訳古語辞典))、また、
命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法、
とする説もある(精選版日本国語大辞典)。
また活用についても、下二段型とする説の他、
サ変の古活用の未然形「そ」を認めてサ変動詞、
とする説がある(精選版日本国語大辞典)。未然形「こせ」についても、
「こせね」「こせぬかも」のように、希求を表わす助詞などとともに用いられ、終止形「こす」は、「こすな」のように、禁止の終助詞「な」とともに用いられる、
とされ、命令形「こそ」は、
最も多く見られる活用形で、これを独立させて終助詞とする、
説もあり(仝上)、平安時代以降、命令形に、
こせ、
の形が見られるようになる(仝上)とある。
ぬかも、
で触れたように、上代語、
ぬかも、
は、
連語「ぬか」+終助詞「も」、
で、
…くれないかなあ、
…てほしいなあ、
と願望をあらわす(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。連語、
ぬか、
は、
打消しの助動詞ズの連体形ヌに疑問の助詞カのついたもの、
で、
……ないものかなあ、
……ほしい、
と、
願望の意を表す、
とある(岩波古語辞典)。で、
ぬかも、
は、
打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」+詠嘆の終助詞「かも」、
で、
否定的な事態の詠嘆、
を表わし、
………ないなあ、
……ないことよ、
と、
詠嘆の意を表し、
……くれないかなあ、
……ないものかなあ、
……てほしいなあ、
……ないなあ、
といった意となり、
ぬか、
よりも強い願望の意を表す、
とある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。しかし、
ぬかも、
は、
ぬか‐も、
とみると、上述の、
吉野川行く瀬のはやみしましくも淀むことなくありこせ濃香問(ヌカモ)、
は、
願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
とみなし、
先行する助詞「も」と呼応して、ある事態の生ずることを願う意、
を表わし、
………てでもくれないかなあ、
………であってほしい、
という意になり、
ぬ‐かも、
と見なすと、
さ寝床もあたは怒介茂(ヌカモ)よ浜つ千鳥よ(日本書紀)
あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも(万葉集)
と、
打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に係助詞「か」、詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
として、
否定的な事態の詠嘆を表わす、
……ないなあ、
……ないことよ、
という意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)として、
ぬか‐も、
と
ぬ‐かも、
を別項を立てている。前者は、
……であってほしい、
となり、後者は、
……ないなあ、
となり、前者が、「ない」から、
……ほしい、
という願望なのに対して、後者は、
……ないなあ、
と、
「ない」ことを詠嘆する、
意になる。微妙だが、上代、同じ願望でも、
ない、
ことを嘆く、
のと、「ない」から、
……あってほしい、
と願望することとは、同じように、
ない、
を前にして歎いているにしても、区別していたように思える。冒頭の歌は、もちろん、
「ない」から、
……ほしい、
という願望の意になる。ちなみに、
こす、
は、その由来について、
こせ、
で触れたように、
呉れる、寄こす意のオコスのオが直前の母音と融合して脱落した形、希求の助詞コソと同根も他の動詞の連用形と連なった形で現れる。接尾語とする説もある(岩波古語辞典)、
オコス(送來)と同意、オコスは、此語に、オの添はりたるものなるべし、オの略せらるるは、おこおこし、おここし
(厳)。思ふ、もふなどあり(大言海)、
「おこ(遣)す」の音変化、カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いたとみるなど、諸説がある(デジタル大辞泉)、
語源に関しては、( イ )寄こす意の下二段動詞「おこす」のオが脱落した、( ロ
)カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いた、( ハ
)「く(来)」の他動詞形、などの説がある。また、命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法とする説もある(精選版日本国語大辞典)、
などとある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
秋づけば水草(みくさ)の花のあえぬがに思へど知らじ直(ただ)に逢わずあれば(万葉集)
の、
あえぬがに、
の、
あえ、
は、
「零(あ)ゆ」の連用形、
ぬ、
は、
完了の助動詞、
がに、
は、
助詞、
で、
こぼれ落ちるばかりに、
消え入るばかりに、
の意で(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
はらはらとおちてしまいそうに、
ともある(広辞苑)が、
あふれるばかりに、
と解し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
水草の花がこぼれ落ちるばかりに咲くように、私は溢れるばかりに思っているのに、
と訳している(仝上)。
あえぬがに、
は、
零(あえ)ぬがに、
とあて、
動詞「あゆ(零)」の連用形に、完了の助動詞「ぬ」と助詞「がに」の付いた語(精選版日本国語大辞典)、
「あえ」は「零(あ)ゆ」の連用形、「ぬ」は完了の助動詞、「がに」は助詞(広辞苑)、
動詞アユに完了の助動詞ヌの終止形がつき、さらに推量の助詞ガニの加わった形(岩波古語辞典)、
とあり、
花などが今にも散ってしまいそうに。こぼれ落ちそうに(精選版日本国語大辞典)、
はらはらと落ちてしまいそうに(広辞苑)、
こぼれ落ちてしまいそうに(岩波古語辞典)、
といった意になる。
あゆ、
は、
え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ、
の、自動詞ヤ行下二段活用で、
零ゆ、
とあてる(精選版日本国語大辞典・大言海・岩波古語辞典・広辞苑)が、
廣韻(「大宋重修廣韻」の略で、北宋・陳彭年等の編纂)に、
零、落也、
とあるように、
落ゆ、
とも当て(学研全訳古語辞典)、冒頭の歌のように、
機が熟して実や花が自然に落ちる、こぼれ落ちる、
(花・実などが)落ちる、
意だが、
すずろに汗あゆる心地ぞする(枕草子)、
まだしくは、血あゆばかり、いみじくのむらむとおぼして(落窪物語)、
と、
(汗、血、乳などが)したたる、したたり落ちる、流れる、
意でも使う。この他動詞形が、
あやす(零・落)、
で、
さ/し/す/す/せ/せ、
の、他動詞サ行四段活用で、
こぼす、
落とす、
したたらす、
意である。ちなみに、類聚名義抄(11〜12世紀)には、
零、オツ・ハル・スズシ・フル、
平安後期の漢和辞書『字鏡』(じきょう)集に、
零、アメノアフレテヤウヤクウルホフ、
とある。
あえぬがに、
の、
がに、
は、
之似(ガニ)の義、何々に似るばかりに、
の意とし(大言海)、
我がやどの夕蔭草の白露の消(ケ)ぬがにもとな思ほゆるかも(万葉集)、
秋田刈る借廬(かりいほ)もいまだ壊(コホ)たねば雁が音(ね)寒し霜も置きぬがに(万葉集)、
と、自然に推移する意の自動詞や、自然にそうなってしまう意の助動詞「ぬ」を承けることが多く、
ぬがに、
の形をとり(広辞苑・デジタル大辞泉・岩波古語辞典)、
疑問の助詞「か」と格助詞「に」との結合、
とされ(岩波古語辞典・仝上)、下の動作の程度を様態的に述べるのに用いられる。
…せんばかりに、
…するかのように、
…しそうに、
等々の意で使われる(仝上)。
「零(@漢音レイ・呉音リョウ、A漢音呉音レン)」の異体字は、
𠏡(同字⦆、𡈍(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B6)。雫がおちる、「零落」「零砕「零点」などの意の場合は@の音、「先零」という羌一族の族名の場合はAの音、とある(漢字源)。字源は、
会意兼形声。令は、清らかなお告げのことで、清らかで冷たい意を含む。零は「雨+音符令」で、清らかな雫のこと。また雨+〇印三つ(水玉)」で、霝(レイ)小さな水玉のことから、小さい意となった、
とある(漢字源)。同じく、
会意形声文字です(雨+令)。「雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形と「頭の上に頂く冠の象形とひざまずく人の象形」(「人がひざまずいて神意を聞く」の意味)から、神の意志(神意)によって「雨が降る」を意味する「零」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji341.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。雨と、音符令(レイ)とから成る。雨だれの意を表す(角川新字源)
形声。「雨」+音符「令 /*RING/」。「(雨滴が)おちる」を意味する漢語{零 /*riing/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B6)、
形声。声符は令(れい)。〔説文〕十一下に「餘雨なり」、〔玉篇〕に「徐雨なり」とみえる。〔詩、鄘風、定之方中〕は都遷りを歌う詩で「霝雨(れいう)に既に零(ふ)る」とあって、雨を瑞兆とする。雨が降ることから、草木の衰え散ることを零落といい、人のうらぶれることをも零落・零丁という(字通)
と、形声文字としている。ちなみに、
「霝」(漢音レイ、呉音リョウ)の異体字は、
令(「令」の通字)、零(「零」の同字)、靈(「靈」の通字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9C%9D)。字源は、
会意文字。「雨+三つの口」。三つの口は、数珠つなぎになって続く水玉を表す、
とある(漢字源)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)上へ
秋萩の花野のすすき穂には出(い)でず我(あ)が恋ひわたる隠(こも)り妻はも(萬葉集)、
の、
上二句は「穂に出でず」を起こす、
とあり、
隠(こも)り妻、
は、
通ってくる男のあることを知られぬようにして閉じこもっている妻、
とあり、
我(あ)が恋ひわたる隠(こも)り妻はも、
を、
私が人知れず恋し続けている隠り妻は、ああ、
と訳し、
はも、
は、
ああ、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
色に出(い)でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠(こも)り妻(づま)はも(万葉集)
では、
はも、
は、
眼前にないモノへの詠嘆、
とし、やはり、
心の奥に蔵(しま)ってあるあの隠り妻は、ああ、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
隠り妻、
は、
こもりづま、
と訓ませ、
人目をはばかって隠れている妻(精選版日本国語大辞典)、
人目を忍ぶ関係にある妻(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、
である。
はも、
は、
係助詞「は」+終助詞「も」(学研全訳古語辞典)、
係助詞「は」+係助詞「も」(デジタル大辞泉)、
係助詞「は」「も」の重なったもの。語源的には「は」「も」いずれも係助詞であるが、文中用法の場合「も」の方は間投機能、文末用法では二語とも間投機能を担っていると考えられる(精選版日本国語大辞典)、
係助詞のハとモとの複合したもの(岩波古語辞典)、
などとあり、冒頭のように、文末の体言につく場合、
(ハもモの)二語とも間投機能を担っていると考えられる(精選版日本国語大辞典)、
強い愛情や執心などをこめた詠嘆を表す(岩波古語辞典)、
主に奈良・平安時代の和歌にみられ、文末にあっては、「は」「も」を終助詞とする説もある(デジタル大辞泉)、
文末にあって詠嘆を表わす(精選版日本国語大辞典)、
文末に用いて、強い詠嘆の意を表す(学研全訳古語辞典)、
と、
……はどうしたろう、
……はどうなったろう、
……よ、ああ、
……は、まあ、
……だなあ、
等々といった意で使い(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)、文中での用法は、
早川(はやかは)の瀬に居(を)る鳥のよしをなみ思ひてありし我(あ)が子羽裳(はも)あはれ(万葉集)、
と、
上の語を取り立てて強める意を表す(学研全訳古語辞典)、
文中の連用語を受け、「は」は係助詞として受ける体言と述語用言との結合を強め、「も」は詠嘆を表わす(精選版日本国語大辞典)、
特に取り立てて提示しようとするそのものに、強い執着や深い感慨を持ち続けている場合に使う(岩波古語辞典)、
とあり、
……は、
……は、まあ、
といった意で使うが、文中用法は上代にも少なく、中古以降はほとんど見られなくなる(精選版日本国語大辞典)とある。また、文末の用法は和歌にみられるが、中古の例も含めて、ほとんどすべて体言を受け、それ以外は、、
家(いは)ろには葦火(あしふ)焚(た)けども住み良けを筑紫(つくし)に至りて恋(こふ)しけ思(も)波母(ハモ)、
の一例のみで、これは、
「恋しけもはも」ではなく「恋しく思はむ」の東国語形であるとの説もある(精選版日本国語大辞典)としている。
なお、万葉集の、
夕さればみ山を去らぬ布雲(にのぐも)のあぜか絶えむと言ひし子ろはも、
防人に立ちし朝明(あさけ)のかな門出(とで)に手離(たばな)れ惜しみ泣きし子らはも、
の、
はも、
は、万葉仮名で、
婆母、
とあり、
ばも、
とよみ、「はも」の上代方言とする説(日本古典文学大系=万葉集)もあり、伊藤博訳注『新版万葉集』でも、
夕さればみ山を去らぬ布雲(にのぐも)のあぜか絶えむと言ひし子ろばも、
防人に立ちし朝明(あさけ)のかな門出(とで)に手離(たばな)れ惜しみ泣きし子らばも、
としているが、
高光る我(わ)が日の御子(みこ)の万代(よろずよ)に國知らさまし島の宮はも、
で、
婆母、
としている例があるので、これも濁音と認めねばならぬか否か決め難い(精選版日本国語大辞典)としている。ちなみに、冒頭の歌は、
波母、
とあてている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
あしひきの山さな葛(かづら)もみつまで妹(いも)に逢はずや我(あ)が恋ひ居(を)らむ(万葉集)、
の、
山さな葛、
は、
びなん葛か、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
山さな葛、
は、
山にある野生のサネカズラ、
とある(デジタル大辞泉)。
さなかづら、
は、
真葛、
実葛、
とあて(精選版日本国語大辞典)、
さねかづらの古名、
で、
佐那葛(サナかづら)の根を舂(つ)き、其の汁の滑(なめ)を取りて(古事記)、
と、
サは発語(サ衣、、サ牡鹿)、ナは滑(な)のナ、滑葛(なめりかづら)の意(古事記伝)。滑(なめり)多きものなり、さねかづらと云ふは、音転なり(偏拗(かたくね)、かたくな。神祈(かんねぎ)、かんなぎ)、
とあり(大言海)、
さねかづら、
も、
真葛、
実葛、
と当て(仝上・岩波古語辞典)、その名は、
サネは実、カズラはつるで、美しい果実がつくつるの意味、
ともあり(https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-1350)、
五味子髪を結ふにびなんかづらとて南五味子の茎を水に漬しそのねばり汁を用ゆ(「嬉遊笑覧(1830)」)、
と、
サネカズラの茎をこまかく切り、水につけてつくった頭髪油として髪を整えた、
ので、上述の注釈にある、
美男葛(びなんかずら)、
ともいい(デジタル大辞泉・仝上)、
五味、
とも(大言海)、
とろろかづら、
ともいう(仝上)。和名類聚抄(931〜38年)に、
五味、作禰加豆良、
とあり、
マツブサ科の蔓性つるせいの常緑低木。暖地の山野に自生。葉は楕円形で先がとがり、つやがある。雌雄異株で、夏、黄白色の花をつけ、実は熟すと赤くなる(デジタル大辞泉)、
ともあるが、
モクレン科のつる性常緑木。関東以西の本州、四国、九州の山地に生える。枝は褐色で皮に粘液を含む。葉は互生し柄をもち革質で厚く、長さ五〜一〇センチメートルの楕円形の両端がとがり、縁にまばらな鋸歯(きょし)があって裏面は紫色を帯びる。雌雄異株(雄花と雌花が別の株に咲く)。夏、葉腋(ようえき)に淡黄白色で径約一・五センチメートルの広鐘状花を下向きに単生する。花被片は九〜一五枚、雌雄蕊は多数。果実は径約五ミリメートルの球形の液果で、ふくらんだ花托(かたく)のまわりに球状に多数つき赤熟する。果実を干したものを南五味子と呼び北五味子(チョウセンゴミシ)の代用として健胃・強壮薬にする。古来枝の皮に含まれる粘液物を髪油や製紙用の糊料に用いた、
とある(https://www.kahaku.go.jp/research/db/botany/wild_p100/autumn/14_sanekazura.html・精選版日本国語大辞典)。漢方に、
五味子(ごみし)、
があり、
サネカズラ、
また、
チョウセンゴミシ、
の種子をいう(仝上)。
酸味・塩から味・甘味・苦味・辛味があるといい、漢方では鎮咳・強壮薬などに用いる、
とあり(仝上)、前者を、
南五味子(なんごみし)、
後者を、
北五味子(ほくごみし)、
というとある(仝上)。なお、
真葛、
を、
ま葛(くず)延(は)ふ小野(をの)の浅茅(あさぢ)を心ゆも人引かめやも我(わ)がなけなくに(万葉集)、
と、
まくず、
と訓ませると、
「ま」は接頭語、葛の美称(デジタル大辞泉)、
と、
くず、
のことで、
実葛、
とも当て、この、
マ(真)、
については、
真~、
で触れたように、
片(かた)の対、
で、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、ここでは、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
と同様、
ま葛(くず)、
は、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用いている(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
葛、
については触れたし、
葛切り、
についても触れた。
なお、
さなかづらの、
さねかづらの、
で、
狭根葛(さねかづら)後もあはむと大船(おほぶね)の思ひたのみてたまかぎる岩垣淵(いはかきふち)の隠(こも)りのみ(万葉集)、
大船の思ひ頼みてさな葛いや遠長(とほなが)く我(あ)が思へる君によりては言(こと)の故もなくありこそと(仝上)、
などと、
蔓が長く伸びるので「遠長く」に、分れてまた会うので「会ふ」にかかる(岩波古語辞典)、
はい回った蔓が末で逢うということから「逢う」「のちも逢う」にかかる。また、蔓をたぐるということから、「繰(く)る」と同音の「来る」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
枕詞として使われる。ただ、中古以降の用法は、
つれなきを思ひしのぶのさねかつらはては来るをも厭なりけり(後撰和歌集)、
あふ事は絶にし物をさねかつらまたいかにして苦しかるらん(木工権頭為忠百首)、
と、
「来る」「苦し」「絶ゆ」などを掛詞や縁語として多用し、「さね」に「さ寝」をかけたりして用いられた(仝上)とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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白露を玉になしたる九月(ながつき)の有明の月夜(つくよ)見れど飽かぬかも(万葉集)
の、
有明の月夜、
は、
夜が明けても空に残る、晩秋の有明月、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
九月(ながつき)の有明の月夜(つくよ)ありつつも君が來(き)まさば我(あ)れ恋ひめやも(仝上)
では、
有明の月夜(つくよ)
は、
二十日以降の月、
とある(仝上)。
有明月夜(ありあけづくよ)、
は、
有明の月、
と同じで、
有明頃の月夜、また、その月、
をいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
有明(ありあけ)の月、
は、
有明月(ありあけのつき・ありあけづき)、
ありあけづくよ、
朝月夜(あさづくよ)、
あかつきづくよ、
暁月夜(あかときづくよ・あかつきづくよ)、
有明の月、
のこんの月、
明の月(あけのつき)、
のこる月、
のこりの月、
残月、
などと言うのと同じで、
陰暦16日以後、月が空に残りながら夜が明けること。また、その月(デジタル大辞泉)、
月がまだありながら、夜が明けてくる頃、またその月、ありあけづくよ(広辞苑)、
十六夜以下は夜は已に明くるに月はなほ入らである故に云ふなり(和訓栞)、
夜は既に明けながら、なほ天に残りて照り居る月、大方は、陰暦、十六夜、十七夜過ぎの月を云ふ。萬葉集「ほととぎすこよ鳴き渡れ燈火(ともしび)を月夜(つくよ)になそへその影も見む」に月夜(つくよ)とあるは、唯、月のことなり(大言海)、
月が空に残っていながら、夜が明けること、また、その頃の月。陰暦十五日以後、特に二十日以後にいう(岩波古語辞典)、
などとあり、
夜が明けてもまだ空に残っている月、特に二十日以後の月をいうが、有明月が欠けた月で暗いわけです。男が出かける夕方以降に出ますから、この点でも都合がよい、
とある(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1058436755)。ただ、
有明の空、
というように、広く、
夜明け、
明け方、
をもいう(デジタル大辞泉)。
思ふこと有明がたの月かげにあはれをそふるさをしかの声(金葉和歌集)、
と、有明の頃を、
有明方(ありあけがた)、
ともいい、同じく、
神無月木の下かげもなき空を有明さまにながめ入りぬる(広本拾玉集)、
と、
有明様(ありあけざま)、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。なお、
冬空のあれに成(なり)たる北颪(きたおろし)〈凡兆〉
旅の馳走に有明しをく〈芭蕉〉(俳諧「猿蓑(1691)」)
と、
ありあかし(有明)、
というと、
終夜ともしておく灯火、
の意で、
有明行灯(ありあけあんどん)、
ありあけ、
ありあけの灯(ひ)、
ともいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。ただ、一説に、
行燈(あんどん)、
ともあり(岩波古語辞典)、
有明行灯よりもやや大きいもので、持ち歩きしないで、つっておいたり、置いておいたりするものともいう、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
朝月夜、
夕月夜、
については触れたが、
宵月夜(よいづきよ)、
というと、
宵の間だけ月の出ている夜、特に、旧暦の8月2日から7日ころまでの夜、また、その月、
をさす(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
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しぐれ降る暁月夜(あかときづくよ)紐解かず恋ふらむ君と居(を)らましものを(万葉集)
の、
暁月夜、
は、
明け方に月の出ている夜、月末近くのさま、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
夕月夜、
で触れたように、
暁月夜(あかときづくよ)、
は、
あかつきづくよ、
あさづくよ、
とも訓ませ(岩波古語辞典・大言海)、
夜と云ふに意味なし、有明の月に同じ、
とある(大言海)ように、
朝月夜(あさづくよ)、
と同じ、
有明の月、
の意で、
陰暦17、8日以後は月の出が遅く、暁に月が残っている、それで、
暁月夜、
夕闇(ゆふやみ)、
という(岩波古語辞典)が、これに対して、
陰暦12、3日以前は月の出が早く、暁には月が沈んでいる、
ので、
夕方の時刻に、空に出ている上弦の月。また、その月の出ている夜、
を、
夕月夜、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、
という(仝上)。
暁に月が残っている、
暁月夜、
は、逆に言うと、
特に月の出の遅い陰暦二十日前後、日が暮れてから月が出るまでの真暗な状態、またその時間、
を、
夕闇、
あるいは、
宵闇(よいやみ)、
という(仝上)。
旧暦一五日を過ぎると月の出が夜とともに遅くなり、二〇日過ぎともなると一〇時を過ぎないと上がらない、
という(精選版日本国語大辞典)。それに対し、
月が早く没する陰暦十三日ころまでの、暁に月がなく真暗なこと、
を、暁には月が沈んでいるので、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、
という(岩波古語辞典)。この、
朝月夜、
の対になる、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、
は、
陰暦で、1日から14日ごろまで、月が上弦のころの現象、
になり(精選版日本国語大辞典)、
夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影に我(あ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねて〈万葉集〉、
と、
上弦の月は早く出でて(夕月夜(ゆふづくよ))、夜に早く入れば、、暁は闇となる。下弦の月は遅く出でて(夕闇(ゆうやみ)・宵闇(よひやみ))、暁まで残り、暁月(あかつきづくよ)、朝月(あさづくよ)、有明の月となる、
とある(大言海)。
有明の月夜、
で触れたように、
暁月夜、
は、
有明月(ありあけのつき・ありあけづき)、
ありあけづくよ、
朝月夜(あさづくよ)、
あかつきづくよ、
有明の月、
のこんの月、
明の月(あけのつき)、
のこる月、
のこりの月、
残月、
などというのと同じである。なお、
暁月夜(あかときづくよ)、
の、
あかとき、
は、
明時(あかとき)の意(岩波古語辞典・大言海)、
で、
あかつきの古形(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
あかつきの本語(大言海)、
とある。
あかつき、
は、上代は、
あかとき(明時)、
で、中古以後、
あかつき、
となり、今日に至っている。万葉集では、
このころの朝露(あかときつゆに)我(わ)がやどの秋の萩原(はぎはら)色づきにけり(比者之 五更露尓 吾屋戸乃
秋之芽子原 色付尓家里)、
我(わ)が背子を大和へ遣るとさ夜更(ふ)けて暁露(あかときつゆ)に我が立ち濡れし(吾勢I乎 倭邊遺登 佐夜深而
鷄鳴露尓 吾立所霑之)、
と、
五更露爾(あかときつゆに)、
鶏鳴露爾(あかときつゆに)、
の表記がなされるとおり、夜明け前の未だ暗い頃をさすと見られ、上代語の「あさけ」や中古以降の「あけぼの」よりも一段早い時間帯であった(精選版日本国語大辞典)とある。
もともと、古代の夜の時間を、
ユウベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
という区分した中の「あかつき」で、
夜が明けようとして、まだ暗いうち、
を指し(岩波古語辞典)、
ヨヒに女の家に通って来て泊まった男が、女の許を離れて自分の家へ帰る刻限。夜の白んでくるころはアケボノという、
とする(仝上)が、
明ける一歩手前の頃をいう「しののめ」、空が薄明るくなる頃をいう「あけぼの」が、中古にできたため、次第にそれらと混同されるようになった、
とある(日本語源大辞典)。通い婚の習俗では、
あかつき、
は男が女と別れて帰る刻限であり、
あかつきの別れ、
などともいい、一方、男が訪れるのは、
よい、
であり、
よいあかつき、
という言い方もある(精選版日本国語大辞典)。
アシタ、
は、「ヒル」の時間帯を指す、
アサ→ヒル→ユウ、
の「アシタ」と同時だが、「アシタ」は、
「夜が明けて」という気持ちが常に常についている点でアサと相違する。夜が中心であるから、夜中に何か事があっての明けの朝という意に使う。従ってアクルアシタ(翌朝)ということが多く、そこから中世以後に、アシタは明日の意味へと変化し始めた、
とある(岩波古語辞典)ので、
アカツキ→アシタ、
の幅は結構ある。そのためか、和語には、
しののめ、
あけぼの、
あさぼらけ、
あさまだき、
ありあけ、
等々、未明、早朝を示す言葉が、「あかつき」の他にもたくさんある。
あけぼの、
あかつき、
あさまだき、
あした、
朝ぼらけ、
については触れた。
「暁(曉)」(慣音ギョウ、漢・呉音キョウ)は、「あかとき」で触れたように、
形声。「日+音符堯(ギョウ)」で、東の空がしらむこと。明白にすることから、さとる意を派生した、
とある(漢字源)。他も、
形声。「日」 + 音符「堯 /*ŊEU/」。「あきらか」を意味する漢語{曉}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%89)、
旧字は、形声。日と、音符堯(ゲウ)→(ケウ)とから成る。空が明るくなる、「あかつき」、あきらか、転じて、「さとる」意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、
形声。旧字は曉に作り、堯(尭)(ぎよう)声。〔説文〕七上に「明なり」とあり、晨明(しんめい)の義。堯は土器を焼竈に入れて積み重ね焼きあげる意の字で、曉はその赤い火光の意をとる。また冥々より暁(あ)けるものであるから、暁知・暁覚の意となる。〔広雅、釈詁二〕「説くなり」とは、人に教え喩す意である(字通)、
と、形声文字とするが、
会意兼形声文字です(日+尭(堯))。「太陽」の象形と「土を高く盛った象形(「土を高く盛る」の意味)と人の上に横線を引いた象形(「高くて上が平ら」の意味)」(「高い」の意味)から、日が高くのぼるところ、「あかつき(夜明け、
明け方)」を意味する「暁」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1857.html)、
と、会意兼形声文字とするものもある。
「形声。『日+音符堯(ギョウ)』で、東の空がしらむこと。明白にすることから、さとる意を派生した」
とあり(漢字源)、あかつき、の意の他に、さとる、明らかになる、意(動詞)をもつ。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
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はだすすき穂には咲き出(で)ぬ恋をぞ我(あ)がする玉かぎるただ一目(ひとめ)のみ見し人ゆゑに(万葉集)
の、
玉かぎる、
は、
ただ一目(ひとめ)、
の枕詞とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。また、
玉かぎる岩垣淵(いはかきふち)の隠(こも)りには伏して死ぬとも汝(な)が名は告(の)らじ(万葉集)
では、
上二句は序、「隠り」を起こす、
とあり(仝上)、
隠り、
は、
ひっそりと思いを秘めたまま、
と解し、
岩で囲まれた深い淵が人目に隠れているように、ひっそりと思いを秘めたまま、
と訳す(仝上)。
玉かぎる、
の、
かぎる、
は、
カガヨフ、カグヤのカガ・カグと同根、ちらちらひかる意、カカヤクは清音で、カグルとは別語。カガヨフは、カギロヒと同根(岩波古語辞典)、
タマは頭、カギルは、蜻蛉(かぎろふ)の略転、今俗にヤンマと云ふて頭の大なるものを云ふ(大言海)、
「かぎる」は輝く意、玉がほのかな光を出している意から(精選版日本国語大辞典)、
などとある。
かぐや、
は、
かぐや姫、
の、
かぐや、
で、
光りかがよう美しい姫、
の意になり、この、
かぐ、
は、
「かがよふ」「かぎろひ」などと同根、
とされる(日本大百科全書)。
かがよふ、
は、
耀ふ、
赫ふ、
とあて(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、
カギロヒと同根、
とされ、
静止したものがキラキラと光って揺れる、
意であり(岩波古語辞典)、
かぎろひ、
は、
あけぼのの陽光、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
陽炎、
火光、
と当て、
明け方の日の出るころに空が赤みを帯びて見えるもの(精選版日本国語大辞典)、
日の出前に東の空にさしそめる光(広辞苑)、
東の空に見える明け方の光、曙光(しよこう)(学研全訳古語辞典)、
あけぼのの光(岩波古語辞典)、
夜明け方の光(デジタル大辞泉)、
爀(かがや)く陽の光、曜光(大言海)、
の意だが、先後はわからないが、
埴生坂(はにふざか)わが立ち見れば迦藝漏肥(カギロヒ)の燃ゆる家群(いへむら)妻が家のあたり(古事記)、
と、
火炎の雲焼(くもやけ)(大言海)、
炎(岩波古語辞典)、
炎などによって空の赤く染まって見えるもの(精選版日本国語大辞典)、
の意でも使い(大言海・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、後には、
世中(よのなか)を背(そむ)きし得ねば香切火(かぎろひ)の燃ゆる荒野(あらの)に白栲(しらたへ)の天領巾隱(あまひれがく)り……(万葉集)、
と、いわゆる、
かげろう(陽炎)、
の、
春のうららかな日に、地上から立つ水蒸気によって光がゆらいで見えるもの、
の意で使うに至る(仝上)。
かぎろひ、
の由来は、
ちらちらひかるものの意(広辞苑)、
カガヨヒ・カグツチと同根、揺れて光る意、ヒは火。「輝き」きはカカヤキと清音で、起源的には(「かぎろひ」とは)別(岩波古語辞典)、
爀霧(かがきをひ)の約轉ならむ(軋合ひ、きしろひ)、動詞かぎろふの名詞形、かげろふといふ動詞の転なるべし(大言海)、
カギロヒ(R日・R火)の転呼。カギルはカガヤクと同義(雅言考・日本古語大辞典=松岡静雄)、
カカケヒ(R気火)の転(言元梯)、
カギリ(限)の延言(碩鼠漫筆)、
カは炎、キはガリの約で、指しきわむる言、ロは助辞、ヒはフに移る休言(皇国辞解)、
等々諸説あるが、はっきりしない。陽炎の意のある、
絲遊、
で触れたように、
陽炎、
は、
陽焔、
と同じで、
龍樹大士曰、日光者微塵、風吹之野中轉、名之爲陽焔(庶物異名疏)、
と、
遊絲(いとゆふ)、
と同義(仝上)とある。
陽炎(かげろう)、
の由来は、
(揺れて光る意の)かぎろふの転。ちらちらと光るものの意が原義。あるかなきかの、はかないものの比喩に多く使う(岩波古語辞典)、
かぎろひ、カゲロヒの転、カゲロヒはカゲルヒ(影日)の義(和訓栞)、
カギロヒの転(大言海)、
陽炎の燃えるさまが、カゲロフ(蜻蛉)の飛び交うさまににているところから(和字正濫鈔)、
などとあるが(「蜻蛉」については触れた)、
ともし火の影にかがよふうつせみの妹が笑(え)まひし面影見ゆ(万葉集)、
の、
静止したものがきらきらと光って揺れる、
の意の、
かがよふ、
とつながるのではあるまいか。
かがよふ、
は、上述したように、
耀ふ、
赫ふ、
と当て、
かぎろひと同根(岩波古語辞典)、
とあり、
見渡せば近きものから石隠り加我欲布(カガヨフ)珠を取らずは止まじ(万葉集)、
と、
きらきらと揺れてひかる、ちらつく(広辞苑)、
きらきら光ってゆれ動く。きらめきゆれる(精選版日本国語大辞典)、
静止したものが、きらきらと光ってゆれる(岩波古語辞典)、
といった意味になり、
かぎろひ、
と
かがよひ、
との意味の重なりがよくわかる。こうみると、
玉かぎる、
の、
かぎる、
は、
ちらちらひかる意、
とする(岩波古語辞典)のが妥当なのがよくわかる。なお、
玉かぎる、
は、枕詞として、
玉がほのかに光を出す、
という意から、
玉蜻蜒(たまかぎる)ほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは(万葉集)、
玉蜻(たまかぎる)夕さり來(く)ればさつ人の弓月(ゆづき)が岳(たけ)に霞たなびく(仝上)、
と、
「ほのか」「夕」、
にかかり(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、そこから転じて、冒頭の、
はだすすき穂には咲き出(で)ぬ恋をぞ我(あ)がする玉かぎるただ一目(ひとめ)のみ見し人ゆゑに(万葉集)
と、
「ただ一目」「日」「はろか」
にかかる(仝上)。さらに、
岩に囲まれた澄んだ淵の水の底で玉のようにほのかにひかるものがある、
という意から、上述したように、
さね葛後(のち)も逢はむと大船(おほふね)の思ひたのみて玉蜻(たまかぎる)岩垣淵の隠(こも)りのみ恋ひつつあるに(万葉集)、
と、
「岩垣淵(いはかきふち)」、
にかかる(仝上)。
「玉」(漢億ギョク、呉音コク)の異体字は、
玊、軉、𨉗(軉の類推簡化字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%89)。字源は、「五月(さつき)の玉」で触れたように、
象形。細長い大理石の彫刻をえがいたもので、かたくて質の充実した宝石のこと。三つの玉石をつないだ姿とみてもよい。楷書では王と区別してヽ印をつける、
とある(漢字源)。他も、
象形。複数の玉を紐で連ねたさまを象る。「たま」を意味する漢語{玉 /*ŋ(r)ok/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8E%89)、
象形。たまをいくつもひもで通した、かざりだまの形にかたどる。「たま」の意。楷書では、王(おう)とのまぎらわしさを避けるため、点を加えて玉と書く(角川新字源)、
象形文字です。「3つの美しいたまを縦に紐(ひも)で通した」象形から「たま」を意味する「玉/⺩」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji190.html)、
象形。玉を紐で貫いた形。佩玉の類をいう。〔説文〕一上に「石の美なるもの、五徳有る者なり」とし、「潤澤にして以てなるは仁の方なり」など、仁義智勇汲フ五徳を説く。そのことは〔荀子、法行〕〔管子、水地〕にみえる。玉は魂振りとして身に佩びるほか、呪具として用いられたもので、殷の武丁の妃とされる婦好墓からは、多くの精巧な玉器が発見されている。玉の旧字は王。王は完全な玉。玉は〔説文〕一上に「朽玉なり。王に從うて點有り。讀みて畜牧(きうぼく)の畜の若(ごと)くす」(段注本)とあり、瑕(きず)のある玉をいう。〔詩、大雅、民労〕「王、女(なんぢ)を玉にせんと欲す」の玉は、おそらくその畜の音でよみ、「好(よみ)す」の意に解すべきであろう(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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宇治山(うぢやま)の紅葉を見ずは長月(ながつき)の過ぎ行くひをも知らずぞあらまし(千兼(ちかぬ)がむすめ)
の、
の詞書(和歌や俳句の前書き)に、
長月のつごもりの日もみぢに氷魚(ひを)をつけておこせて侍りければ、
とある、
氷魚、
は、
鮎の稚魚、
とあり(水垣久訳注『後撰和歌集』)、
宇治川の名物で、冬のもの、
とされる(仝上)。
「日を」に「氷魚」を掛ける。贈り物のお陰で時節が知れたと感謝したのである、
と注記がある(仝上)。
氷魚(ひを)、
は、
ひのいを、
ともいう、
鮎(あゆ)の稚魚、
だが、
鮎(あゆ)の、体に色素細胞がまだほとんど現われていないときの稚魚。長さ二〜三センチメートル。ほとんど無色半透明で死ぬと白濁する、
とあり(精選版日本国語大辞典)、稚魚の間、
体が半透明なことから、
この名がある(学研全訳古語辞典)。だから、
ひうを(氷魚)の約、
ともある(大言海)。
琵琶湖、宇治川のものが有名で、秋から冬にかけてとれる、
とある(仝上・精選版日本国語大辞典)。和名類聚抄(931〜38年)に、
魚+小、今案、俗云氷魚、是也、
天治字鏡(天治本新撰字鏡)(898年〜901年)に、
魦、比乎、伊佐佐古、
室町時代の意義分類体の辞書『下學集』には、
鮊、ヒヲ、又作氷魚、
とある。延喜式内膳司式によれば、
供御(くご)の魚として、毎年九月から十月三十日までの間、貢進した。また九月九日の重陽の宴には、これを群臣に給わるならわしがあった、
とある(岩波古語辞典)。なお、御厨子所(みずしどころ)の膳部に属し、天皇の食事用などの魚類をとる者を、
網代(あじろ)、
といった(精選版日本国語大辞典)。
網代、
は、
網代(あみしろ)の約。(ア(網)は)奈良時代以前にアミ(網)が他の語として複合してできたアゴ(網子)・アジロ(網代)などのア(網)。アミのmiの狭い母音iが脱落し、mが次の音節の初めの子音と融合した結果、アだけが独立した語のように見える形(岩波古語辞典)、
アミシロの略、網の代用の義(名語記・万葉集類林・類聚名物考・安斎随筆)、
アは網、シロは代わり・代用物の意(時代別国語大辞典−上代編・小学館古語大辞典)、
アシロ(網代)の義、シロは敷く、敷く物の義(筆の御霊)、
アは、網の略(網子(あみこ)、あご)、網の代用(かはり)の義(垣代(かきしろ)、壁代(かべしろ))(大言海)、
などとある、
川の瀬に設ける魚とりの設備、
で、
数百の杭(くい)を網を引く形に打ち並べ、その杭に経緯を入れ、その終端に筌(うけ・うえ 割り竹をかご状に編み、入った魚が出られないように工夫されたもの)などを備えた簗(やな 川の瀬などで、木を打ちならべて水をせき、一か所だけあけて流れてくる魚をとるもの)のようなもの、
とあり(精選版日本国語大辞典)、宇治川・瀬田川に設置され、木の杭を左右に立ち並べ、中間に簀を張って、氷魚(ひお)を捕えるのに用いたので、古来有名(仝上)だが、この、
漁人は古くから天皇に贄(にえ)を貢献した、
とされ、
宇治網代、
は、万葉集に「八十氏河の網代木」とみえ、
田上(たながみ)網代、
は、883年(元慶7)の官符に近江国の内膳司御厨として現れる(世界大百科事典)。
田上網代は氷魚、
宇治網代は鮎、
を毎日進めたとある(西宮記)。
川の流れを横切って杭を並べたて、杙の間を竹や木で細かく編んで魚が通れなくする。その一部分を開けて簀(す)を網の代わりに水面に平らに置く。流水と共に来た魚は、簀(す)の上にかかる。宇治川、田上川が有名。冬期に、氷魚、鮎などを取ったが、弘安七年に宇治の網代は停止された(岩波古語辞典)、
氷魚の網代は弘安七年(1284)長く停止せさせたまひしかば、昔の網代の製は、詳に知られず、後の世の絵には、簗(やな 川の両岸から石や竹の簀の子で水路を遮断し、口の開いた川の中央部に木材、竹などで支柱を立て、この上に竹の簀の子などを張る。支柱の上の簀の子の一端は水中に入るように取付ける。石や簀の子で遊泳路を断たれた魚類は開口部に敷設された簀の子の部分に誘導され、この上に乗って漁獲される)、又は四手網(よつであみ 方形の浅い嚢状の網の四隅を木・竹などで張り、張竹(木)の中央をくくった綱に張出竹をつけて差出し、水中に沈めておき、折をみてひきあげ、この上に来游する魚を獲る)など畫(か)けり、氷魚は琵琶湖特産の魚にて、湖中にて成長して、瀬田川に下るものなるを據とし、古歌に見ゆる網代木(あじろぎ)、網代簀(あじろす)などの語に参照して、大概の製を記す。冬の節、川瀬にて氷魚を捕るに作り設ける………が、急流中の魚道に、上流に向けて、湾曲に、透間なく、杙を竝べて打込む、これを網代木(あじろぎ)と云ふ、其内の底に、水に浸る程に簀を張りおく、これを網代簀と云ふ、魚は、上流より、其内に流れ入り、水は、杙、簀をとほりて漏れゆき、魚は塞がれて残るを、夜夜、篝火を焚きて守り居る者、居ながらにして、これを捕るなり。其の人を、網代人(あじろびと)、網代守(あじろもり)と云ふ、瀬田川、宇治川の流域にて、近江の田上(たながみ)、山城の宇治、専ら此網代にある所なり(大言海)、
などとある。
あじろすにうちあげらるるあさひををこまかに砕く氷とぞみる(新撰六帖題和歌)、
の、
朝氷魚(あさひを)、
というと、
朝、網代(あじろ)で捕える氷魚、
あじろのひをも、心寄せたてまつりて、いろいろの、木の葉にかきまぜ(源氏物語)、
と、
網代(あじろ)の氷魚(ひを)、
というと、
網代に捕えられた氷魚、
の意だが、転じて、
のがれられない立場に陥ったこと、自由を失うこと、
のたとえとしていう(精選版日本国語大辞典)。また、
氷魚の使(つかひ)、
というと、平安時代、毎年陰暦九月から一二月まで、
山城国(京都府)宇治、近江国(滋賀県)田上(たながみ)の両地から、たてまつる定めであった氷魚を受け取るために朝廷が派遣した使者、
をいう(仝上・デジタル大辞泉)。
氷魚を賜(たま)ふ、
というと、
一〇月一日、孟冬の旬に宮中で氷魚を賜わること、
をいうが、前述したようのに、一〇月だけでなく、
九月九日の重陽の節会(せちえ)にも行なわれた(仝上)。
孟冬の旬(しゅん・じゅん)、
とは、
陰暦一〇月一日に行なわれた旬政。天皇が紫宸殿に臨んで政務を行ない、群臣とともに酒宴を開いた、
とある(仝上)。
旬政(しゅんせい)、
は、
旬儀(しゅんぎ)、
ともいい、
毎月一日・一一日・一六日・二一日に、天皇が紫宸殿に出て政務を執り、臣下に宴を賜わり、祿物を給した儀式、
で、天武天皇頃から平安前期にかけて行なわれた(仝上)。
なお、
氷魚、
を、
こまい、
と訓ませると、
氷下魚、
とも当て、
タラ科の海産魚。体長四〇センチメートルに達する。体は細長く、前部が太い。背びれは三基、しりびれは二基ある。体形はマダラやスケトウダラに似ているが、体は大きくならない。体色は灰褐色で暗色の不規則な斑紋がある。大陸棚の浅海域に生息する。北海道での産卵期は一〜三月で、この時期岸近くの厚い氷の下に集まり、沈性粘着卵を産む。このため氷下魚の名がついたとされる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
あゆ、
については触れた。
「氷」(ヒョウ)の異体字は、
冫、冰(本字)、
とあり、「氷」は、
「冰」の変形、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%B7)。
字源は、
会意兼形声。もと、こおりの割れ目を描いた象形文字で、それが、冫(二すい)の形となった。冰(ヒョウ)は「水+音符冫」。氷は、その略字。冫は、凍・寒などの字では、こおりを表す意符として用いられる、
とある(漢字源)。他に、
本字は、会意形声。水と、冫(ヒヨウ こおり)とから成り、水が「こおる」意を表す。また、「こおり」の意に用いる。氷はその俗字による(角川新字源)、
会意兼形声文字です(冫+水)。「こおり」の象形(「こおり」の意味)と「流れる水」の象形(「水」の意味)から「水がこおる」事を意味する「氷」という漢字が成り立ちました。「冰」は「氷」の旧字、「氷」は「冰」の略字です(https://okjiten.jp/kanji85.html)、
と、会意兼形声文字とするが、他は、
形声。「水」+音符「冫 /*PRƏŊ/」。「こおり」を意味する漢語{冰 /*prəŋ/}を表す字。もと「冫」が{冰}を表す字であったが、「水」を加えた(分化字。六書の分類上は形声文字である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%86%B0)、
と、形声文字とするもの、
象形。正字は仌に作り、氷結の象形。〔説文〕十一下に「凍るなり。水の冰(こほ)るの形に象る」(段注本)という。また次条に冰を出して「水堅きなり。仌に從ひ、水に從ふ」とするが、この二字を別字とすることは疑問である。斉器の〔陳逆𣪘(ちんぎやくき)〕に「冰月」の語があり、その字は水旁に氷塊の小点を加えた形である。〔説文〕十一下はまた「凝、俗に冰は疑に從ふ」と冰・凝を一字とするが、漢碑に「冰霜」と「凝成」の字を区別して用いる。寒は仌に従う形の字であり、〔蛾術篇(ぎじゆつへん)、説字十五〕のように冰を後起の字とする説もあるが、冰はすでに斉器の金文にみえている字形である(字通)
と、象形文字とするものがある。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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あしひきの山道(やまぢ)も知らず白樫(しらかし)の枝もとををに雪の降れれば(柿本人麻呂)
は、別に、
枝もたわわに、と云ふ、
とあり、
白樫、
は、
樫の一種、たやすく撓まないのが特色、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
樫、
は、
橿、
櫧、
檍、
とも当て、
かしい、
かしのき、
ともいい、
ブナ科ナラ属の常緑樹、
で、
アラカシ、シラカシ、イチイガシ、アカガシ、ツクバネガシ、ウラジロガシ、
等々の総称、日本では、中部地方から南に生育し、多くは高さ約20メートルに達する高木である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
葉はやや厚く、多くは縁に鋸歯(きょし)があり、柄をもち互生する。若葉にはふつう、毛がある。四〜五月頃、新枝の基部に尾状の雄花穂を、また枝先の葉の付け根に一〜三個の雌花序をつける。果実は楕円状球形で、半分ほどまで椀状の殻斗(かくと)に包まれたどんぐり状果である。材は堅く弾性があり、器具材、建築材、船舶材または炭材などに用いられる、
とあり(仝上)、カシ類の果実は、落葉性のナラ類と共に、
ドングリ(団栗)、
と呼ばれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7)。和名類聚抄(931〜38年)には、
橿、加之、
類聚名義抄(11〜12世紀)には、
橿、カシ・カシノキ、
とある。なお、
樫、
は、ブナ科の常緑高木の一群の総称であるが、
狭義にはコナラ属中の常緑性の種をカシと呼ぶが、同じブナ科でマテバシイ属のシリブカガシもカシと呼ばれ、シイ属も別名でクリガシ属と呼ばれる、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7)、カシとよばれる樹木は地方によって指すものがだいぶ異なり、
関東地方ではほとんどの場合シラカシ、
東海地方ではウラジロガシ、
南紀や四国ではウバメガシ、
山陽地方ではアラカシ、
四国から九州にかけてはアカガシやイチイガシ、
等々をカシと呼ぶ(仝上)とある。この、カシ類は、
照葉樹林の重要な構成種、
で、常緑広葉樹林において、どれかのカシが多く姿を見せる。
西日本の平野部ではアラカシ、
海岸線ではウバメガシ、
ブナ林帯近くではアカガシ、
その間の地域ではウラジロガシ、
等々がよく見られる(仝上)。なお、
樫、
の字は、その性質から
堅木(かたき)、
と、作字された国字で、そのため、その由来も、
カタシ(堅)の略(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・言元梯・和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
カタシキ(堅木)の義(雅言考)、
カタサキキ(堅幸木)の義(日本語原学=林甕臣)、
カシキ(炊)の義(名言通)、
カシ(戕牁)を造る木の意(日本語原考=与謝野寛)
等々、その堅さを由来としている。ちなみに、
樫、
の字は、
けやき、
とも訓ませる(動植物名よみかた辞典)。
白樫、
は、
白橿、
とも当て、
材が白色なのでこの名がある、
とも、
葉の裏が白いから、
ともいい、その樹皮の黒さから、
くろかし、
の名もあり(精選版日本国語大辞典)、
ほそばがし、
ささがし、
とも呼ぶ、
ブナ科の常緑高木、
で、
本州の福島県以西、四国、九州、朝鮮半島南部の山地に生え、庭木や防風の生け垣などに植えられる。高さ二〇メートルに達する。樹皮は黒色。葉は互生し、短柄をもち、長さ五〜一二センチメートルの広楕円形でやや厚く、上半部の縁には鋸歯(きょし)があり、裏は白色を帯びる。春、前年の枝に黄褐色で長さ六〜九センチメートルの雄穂を垂れ、新枝の葉腋に短い雌穂を直立する。果実は長さ約一・五センチメートルの卵形で先のとがったドングリ状果で、下部は殻斗(かくと)に包まれる。材は器具・薪炭用、
とされ、漢名、
麪櫧(めんしょ)、
とある(仝上)。
「樫」(カシ)の異体字は、
㭴、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A8%AB)。字源は、
会意文字。「木+堅」で、材質が堅い木の意からの日本製の漢字、
とある(漢字源)。他も、
会意。木と、堅(かたい)とから成り、堅い材質の木の意を表す(角川新字源)、
会意文字です(木+堅)。「大地を覆う木」の象形と「しっかり見開いた目の象形(「家来」の意味)と右手の象形(神のしもべとする人の瞳を傷つけて視力を失わせ、体が「かたくなる」の意味)と土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形(「土」の意味)」(「堅い土」、「堅い」の意味)から、「堅い木」を意味する「樫」という漢字が成り立ちました。国字(日本で作られた漢字)です(https://okjiten.jp/kanji2531.html)、
国字。堅い木の意。「かし」には古く檮・橿を用い、〔斉明紀、五年〕に「甘檮が丘(うまかしのをか)」とあり、〔新撰字鏡〕に「橿、萬年木なり」また〔和名抄〕に「橿 加之(かし)、萬年木なり」という。また檍ともいう。〔万葉、一一九五〕に「麻衣著ければ夏樫(懐かし)」のように、「かし」と訓読させている例がある(字通)、
と同趣旨である。
「橿」(漢音キョウ、呉音コウ)は、
会意兼形声。「木+音符畺(キョウ かっちりかたい)」で、質の堅いがっちりした木、
とある(漢字源)。「もちのき」の意で、もちのき科の常緑高木、材は堅く、印材、弓などを作る。樹皮から鳥もちをつくる、とある(仝上)。日本では、ブナ科の「樫(かし)」にあてる。なお、他の字源は、
形声。「木」+音符「畺 /*KANG/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%BF)、
形声。声符は畺(きよう)。〔説文〕六上に「枋(はう)なり」とあり、枋とはまゆみの木。また檀(だん)という。みな堅強の木である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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奈良山の嶺なほ霧らふうべしこそ籬(まがき)が下の雪は消(け)ずけれ(万葉集)
の、
うべしこそ、
は、
なるほとげそれで、
と訳し、
消(け)ずけれ、
の、
消(け)は消(く)の未然形、
で、
雪は消えないのだな、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
霧らふ、
は、
「き(霧)る」に接続詞「ふ」のついた語、
で、
霧や霞がたちこめる、
くもる、
意である(広辞苑)。なお、
籬(まがき)、
については触れた。
霧(き)る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
風しも吹けば
余波(なごり)しも立てれば水底(みなぞこ)支利(キリ)てはれその珠見えず(「催馬楽(7C後〜8C)」)、
と、
霧や霞(かすみ)が立ちこめる、
曇る、
かすむ、
意、それをメタファに、。
御髪(ぐし)かき撫でつくろひ、おろし奉り給ひしをおぼし出づるに、目もきりていみじ(源氏物語)、
と、
目が涙でかすんでよく見えない、
涙で目が曇る、
といった意でも使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。
霧(き)らふ、
は、上代語で、
動詞「き(霧)る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」のついたもの、
で、
霧や霞が一面に立ちこめる。
視界を遮る、
曇る、
意である(仝上・デジタル大辞泉)。
霧(き)らふ
の、
ふ、
は、
まもらふ、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、動詞の未然形の下に付いて、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に変はら経(ふ)見れば悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。
例えば、「散る」「呼ぶ」と言えば普通一回だけ、散る、呼ぶ意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して散る、呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞アフ(合)で、これが動詞連用形のあとに加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある。動詞の表わす作用の発現の様態にかかわるものであり、動詞に密着して、間に他の助動詞などを入れることがない。それで接尾語として扱う説もある。「移ろふ」「よろほふ」など、動詞の語尾がオ列音に変わっている例も多い。「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)、
動詞の未然形に付いて、その動作が反復・継続する意を表す。奈良時代に多く使われたが、平安時代以降は限られた語に使われ、次第に使われなくなった。四段に活用するものが多い。「散る」に「散らふ」、「嘆く」に「嘆か譜」の類。「流らふ」のような下二段活用の例は少なく、四段活用のものと同じ期限かどうか未詳。四段活用の「ふ」の語源は「あ(合)ふ」と見る説がある(広辞苑)、
「ふ」が付くと、「ふ」の上のア段の音(おん)がオ段の音に変化することがある。(例えば)「すすろふ」は「すすらふ」の「ら」が変化したもので、一般に一語として扱われる。類例は「つづしろふ」「うつろふ」などがある。この「ふ」が助動詞として用いられたのは上代であり、中古になると「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「願ふ」「交じらふ」「守らふ」「呼ばふ」など、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した。したがって、中古以降は一語の動詞の一部分とみなされる(学研全訳古語辞典)、
「ふ」は奈良時代特有の語で、まれに下二段活用として用いられる。また、主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある。平安時代以降「移ろふ」「交じらふ」など特定の動詞に付き、接尾語化した。動詞の未然形の下に付いて四段活用動詞をつくる。平安時代以降、特定の動詞にしか付かなくなり、接尾語化したもの。その特徴的な意味も失われている。「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「はからふ」「向かふ」「呼ばふ」など(デジタル大辞泉)、
などとあり、動詞語尾の母音の変形には三種あり、
[a]となるもの ワタルがワタラフとなる(watariafi→watarafi)、
[o]となるもの ウツルがウツロフとなる(uturiafi→uturofi)、
[ö]となるもの モトホル(廻)がモトホロフとなる(mötöföriafi→mötöföröfi)、
の例があるが、これは、語幹の部分のa、u、öが、
末尾の母音を同化する結果生じた、
とする(岩波古語辞典)。まれに下二段活用として用いられ、上述したように、
「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる、
とある(精選版日本国語大辞典)。この接尾語とされる、
ふ、
は、上代、
助動詞として用いられた、
とされ(学研全訳古語辞典)、中古になると、上述したように、
語らふ、
住まふ、
慣らふ、
願ふ、
交じらふ、
守らふ、
呼ばふ、
等々、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した(仝上)。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、現代語でも、「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
霧、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
霧、歧利(きり)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
霧、キリ・クラシ・ムネオボツカナシ/霚、キリ・ミダル、
とある。
霧、
は、言うまでもなく、
地表や海面付近で大気中の水蒸気が凝結し、無数の微小な水滴となって浮遊する自然現象、気象観測では、視程1キロ未満のものをいい、これ以上のものを靄(もや)とよぶ、
が、古くは、
四季を通じていった、
が、平安時代以降、
春立つもの、
を、
霞、
秋立つもの、
を、
霧、
と呼び分ける伝統的季節美の概念が成立した(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)とされる。現代では、季節にかかわりなく用いられる。
霧、
の由来は、
霧(き)るの名詞形、霧るは、かをる(靄)、こる、きると転じたる語なるべし(万葉集古義)、
かをり(薫)、こり(香 馨(かをり)の約)、こる、きる(伐)の名詞形にて、霧となる(大言海)、
キ(気)から(国語溯原=大矢徹)、
キフリ(気降)の略(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・日本語原学=林甕臣)、
キヰリ(気居)の義(言元梯)、
キクダリ(気降)、キコモリ(気籠)の中略か、また、キリ(斬)か(柴門和語類集)、
物が蒸れてイキあるをいうイキリ(気・息)の上略(名言通・和訓栞)、
サヘギル(遮)の義(和句解・類聚名物考・古事記伝・国語の語根とその分類=大島正健)、
キル(截・切)から(桑家漢語抄・漢語抄・箋注和名抄・碩鼠漫筆)、
クモリの約(冠辞考・催馬楽考)、
クロの転で、暗の義(東雅)、
動詞クル(暗)、クラス(暗)、クラマスと同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
くらい義のカラ(伽羅)の転声(和語私臆鈔)、
「气」の音kiに諧音リを添えた語(日本語原考=与謝野寛)、
動詞「きる(霧)」の連用形の名詞化(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
きり(限り)です。視界をかぎるもの、それがキリです(日本語源広辞典)、
等々、諸説あるが、意味から見ると、
霧るは、かをる(靄)、こる、きると転じたる語なるべし(万葉集古義)、
とする、
霧(き)るの名詞形、
とするのが最も意味的につながる気がする。ちなみに、
かをり、
は、
靄、
とあて、
靄(かく)ること、
とする(大言海)が、字鏡(平安後期頃)に、
靄、牟加利、
異本字鏡には、
乎加利(加乎利の倒譌なり)、
新撰字鏡(平安前期)に、
靄、孚加利、
とある(大言海)。ところで、
霧と雲の違い、
は、
霧も雲もその中身は微水滴であるから同じものである、
が、便宜上、
地面に接しているものを霧、空に浮かんでいるものを雲、
と呼び、山頂にかかっているのは、
山の地肌に接しているので山頂に立っている者にとっては霧、
一方、
山麓(さんろく)から上を見たときには山頂は雲に覆われている、
とみるのが自然で、
中にいる者には霧、外にいる者にとっては雲、
とする(日本大百科全書)。
「霧」(漢音ブ、呉音ム)は、「天霧る」で触れたように、
会意兼形声。務は、手探りして求める意を含む。霧は「雨+音符務」で、水気がたちこめて手探りして進むことを表す、
とある(漢字源)。ただ、他は、
形声。「雨」+音符「務 /*MO/」。「きり」を意味する漢語{霧 /*m(r)os/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9C%A7)、
形声。雨と、音符敄(ブ、ム)(または、務(ブ、ム))とから成る。「きり」の意を表す(角川新字源)、
形声文字です(雨+務)。「雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形と「矛(ほこ)の象形とボクッという音を表す擬声語と右手の象形と力強い腕の象形」(「矛で打ちかかる⇒務(つと)める(精一杯、仕事を行う)」の意味だが、ここでは、「冃(ボウ)」に通じ、「覆う」の意味)から、天と地の間にたちこめて(一面に広がって)覆う「きり」を意味する「霧」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji339.html)、
形声。正字は雨+矛+攵に作り、矛+攵(ぼう)声。矛+攵に矛+攵+目(くら)い意がある。〔説文〕十一下に「地气發して、天應ぜざるを雨+矛+攵と曰ふ」(段注本)とし、また籀文(ちゆうぶん)として雨+矛の字を録する。〔釈名、釈天〕に「冒(おほ)ふなり。气、蒙亂して、物を覆冒するなり」と冒の声義を以て説く。矛+攵声に冥昧の義があり、冥・蒙・夢と声義が近い(字通)、
と、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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こと降らば袖さへ濡れて通るべく降りなむ雪の空に消(け)につつ(万葉集)
の、
こと、
は、
同じくの意の副詞、
で、
「如」と同源、
とあり、
同じ降るなら(……なのに、空にあるうちに消えてしまって)、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
こと、
は、
助動詞「如(ごと)し」の語幹「ごと」と同源、
とあり、
同じく、
同じならば、
の意(広辞苑)とある。
如し、
でふれたように、
ごとし、
は、
同一の意味の体言「こと」の語頭の濁音化した「ごと」に、形容詞化する接尾辞「し」のついた語。活用語の連体形、助詞「が」「の」につく。まれに名詞につく使い方もある。古くは「ごと」が単独で使われた。活用形の変則的用法として、副詞的には「ごとく」の他に「ごとくに」「ごとき」も用いられ、指定の助動詞「なり」には「ごとき」の他に「ごとく」「ごとし」からも続く。平安時代には漢文訓読分に用いられ、かな文字系(女流文学系)では「やうなり」が一般であった。現代口語では、文章語的な文体で「ように」の意味で「ごとき」が用いられる、
とある(広辞苑)ように、
ごと、
は、
同、
如、
と当て(岩波古語辞典)、
助動詞「ごとし」の語幹、
で、本来、「同じ」の意を表わす、
「こと」の濁音化したもので、体言的性格をもつ 、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
古(いにしへ)に恋ふらむ鳥は霍公鳥(ほととぎす)けだしや鳴きし我(あ)が思(も)へるごと(額田王)
と使われるが、
コト(同)と同根、後に如しの語幹となる、連体修飾語をうけて、
ともある(岩波古語辞典)。
〜と同一、
の意で、
ごと(毎)、
とはアクセントと意味から別語とある(仝上)。
こと、
は、
同、
と当て、
花細(ぐは)し桜の愛(め)でてこと愛でば早くは愛でず我が愛づる子ら(允恭天皇)、
と、
如し(ゴトシ)と同根、仮定の表現を導くに使う、
が、
「こと」(別・異)、
とは起源的に別語とあり(仝上)、
此語、常に多く、何のごと、某(ソレ)のごとと、他語のしたに用ゐられ、連声にて濁る、されど独立なるときは清音なるなり(万葉集古義)。ただし、清音にて、語尾の活用したるを見ず、古今集の歌の、ことならむを、顕注密勘に、かくの如くならむの意と釋せり、
としている(大言海)。しかしもともと、「こと」は、体言的に使われる。だから、
「見けむがごと」といえば、「見たというのと同一」の意である。この用法の発展として、他の事・物に比較して「……とおなじだ」「……のようだ」の意を表す「ごとし」があらわれた(岩波古語辞典)、
というような用法を可能にしたのである。
「如」(漢音ジョ、呉音ニョ)は、「真如」で触れたように、
会意兼形声。「口+音符女」。もと、しなやかにいう、柔和に従うの意。ただし、一般には、若とともに、近くもなく遠くもないものをさす指示詞に当てる。「A是B」とは、AはとりもなおさずBだの意で、近称の是を用い、「A如B(AはほぼBに同じ、似ている)」という不足不離の意を示すには中称の如を用いる。仮定の条件を指示する「如(もし)」も、現場にないものをさす働きの一用法である、
とあり(漢字源)、また、
会意兼形声文字です(女+口)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形(「従順な女性」の意味)と「口」の象形(「神に祈る」の意味)から、「神に祈って従順になる」を意味する「如」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1519.html)が、
形声。音符「女 /*NA/」+羨符「口」。「もし〜なら」「〜のような、ごとし」を意味する助詞の{如 /*na/}を表す字。もと「女」が仮借して{如}を表す字であったが、「口」(他の単語と区別するための符号)を加えた、
とも(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A6%82)あり、また、
会意。女と、口(くち)とから成り、女が男のことばに従う、ひいて、したがう意を表す。借りて、助字に用いる、
と(角川新字源)、
会意。女+口。女は女巫。口はᗨ(さい)、祝禱を収める器の形。巫女が祝禱を前にして祈る形で、その手をかざして舞う形は若。〔説文〕十二下に「從ひ隨ふなり」とあり、〔段注〕に「隨從するに必ず口を以てす。女に從ふ者は、女子は人に從ふ者なればなり」とするが、如・若に従う意があるのは、巫によって示される神意に従うことをいう。〔爾雅、釈詁〕に「謀るなり」とは、神意に諮(と)う意。〔郭璞注〕に茹と同声とし、茹(はか)る意。茹は若と同構の字。卜辞に「王は其れ如(はか)らんか」という例があり、巫によって神意を諮う意であろう。神意を受けて従うので、また従順の意となり、「如くす」の意となる。「如何(いかん)」とは、神意を問うことをいう。字の用義は若と近く、形義に通ずるところがある(字通)、
と、会意文字ともある。
「同」(慣用ドウ、漢音トウ、呉音ズウ)の異体字は、
仝(古字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8C)、
仝(慣用ドウ、漢音トウ、呉音ズウ)の異体字 は、
同(異体字)、童(繁体字・簡体字、別字衝突)、
としている(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BB%9D)。字源は、
会意文字。「四角い板+口(あな)」で、板に穴をあけて突き通すことを示す。突き抜ければ通じ、通じれば一つになる。転じて、同一・共同・共通の意となる、
とある(漢字源)。おなじく、
会意。口と、冃(ぼう)(おおう。𠔼は省略形)とから成り、多くの人を呼び集める、ひいて「ともに」、転じて「おなじ」などの意を表す(角川新字源)
会意。卜文・金文の字形は、凡と口とに従う。凡は盤の形で、古く酒盃にも用いた器であろう。口は祝禱を収める器であるᗨ(さい)の形。会同のとき、酒を飲み、神に祈り誓ったものと思われ、会同の儀礼をいう。またその酒杯の名に用い、〔書、顧命〕は康王即位継体の大礼をしるすものであるが、そのとき新王と、聖職者太保との間に、同・瑁という酒器による献酬が行われている。土主に酒を灌(そそ)ぐ儀礼を示す興(きよう)、また灌鬯(かんちよう)を意味する●(きん)の字形中に含まれている同が、その酒器である。それは会同盟誓などのときに用いるものであるから「あつまる」意となり、和合・同一の意となる。〔説文〕七下に、この字を重覆を意味する冂+一(もう)部に属し、「合會するなり」と訓し、冂+一と口との会意とするのは、合議の意とするものであろうが、口は古い字形では祝禱や盟誓をいう(字通)、
と、会意文字としているが、
原字は筒の形を象る象形文字で、のち羨符(無意味な装飾的筆画)の「口」を加えて「同」の字体となる。「つつ」を意味する漢語{筒 /*loong/}を表す字。のち仮借して「おなじ」を意味する漢語{同
/*loong/}に用いる。この文字を「凡」と関連付ける説があるが、誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%90%8C)、
とあり、字通の「凡」説は否定されている。同じく、
象形文字です。「上下2つの同じ直径の筒の象形」から「あう・おなじ」を意味する「同」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji378.html)、
と、象形文字とするものがある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天(あま)つみ空は雲らひにつつ(万葉集)
の、
はなはだも降らぬ、
は、
そうたいして降りもしない、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
こちたくも、
は、
ことごとしく、
と訳す(仝上)。
こちたし、
は、
言痛(こちた)み、
でふれたように、
秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛く(こちたく)ありとも(但馬皇女)
と、
言痛し、
あるいは、
事痛し、
と当て、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用になる(学研全訳古語辞典)。
言痛し、
事痛し、
とあてるように、
こといたくは待てと思ふを岩代の野辺の下草我れし刈りてば(「夫木和歌抄(1310)」)
の、
「こといたし(言痛)」の変化した語(精選版日本国語大辞典)、
コト(言・事)イタシ(甚)の約(岩波古語辞典・広辞苑)、
コト(言)甚(イタ)し(大言海)、
コトイタシ(言痛し)の約(名語記・類聚名物考・国語溯原=大矢徹)、
コトイタシ(事痛し)の義(塵袋・万葉代匠記)、
コトイタシ(事甚)は、トイ[t(o)i]の縮約でコチタシになり、「人の噂がうるさい」ことをいう。また、コトイタシ(事甚し)もコチタシになり、「ことごとし、仰山(ぎょうさん)である」ことをいう。イタシ(甚)は心身の苦痛が甚だしい意(語源を探る=田井信之・日本語の語源)、
と、その由来をみても、
こと、
に、
事、
と、
言、
を当てている。これは、
こと、
で触れたように、和語では、「こと(事)」と「こと(言)」は同源である。
古代社会では口に出したコト(言)は、そのままコト(事実・事柄)を意味したし、コト(出来事・行為)は、そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで、言と事とは未分化で、両方ともコトという一つの単語で把握された。従って奈良・平安時代のコトの中にも、事の意か言の意か、よく区別できないものがある。しかし、言と事とが観念の中で次第に分離される奈良時代以後に至ると、コト(言)はコトバ・コトノハといわれることが多くなり、コト(事)と別になった。コト(事)は、人と人、人と物とのかかわり合いによって、時間的に展開・進行する出来事・事件などをいう。時間的に不変な存在をモノという。後世モノとコトは、形式的に使われるようになって混同する場合も生じてきた、
とある(岩波古語辞典)。モノは空間的、コト(言)は時間的であり、コト(事)はモノに時間が加わる、という感じであろうか。
古く、「こと」は「言」をも「事」をも表すとされるが、これは一語に両義があるということではなく、「事」は「言」に表われたとき初めて知覚されるという古代人的発想に基づくもの、時代とともに「言」と「事」の分化がすすみ、平安時代以降、「言」の意には、「ことのは」「ことば」が多く用いられるようになる、
とある(日本語源大辞典)。
しかし、本当に、「こと」は「事」と「言」が未分化だったのだろうか。文脈依存の、文字を持たない祖先にとって、その当事者には、「こと」と言いつつ、「言」と「事」の区別はついていたのではないか。確かに、
言霊、
で触れたように、
「事」と「言」は同じ語だったというのが通説、
である。しかし、正確な言い方をすると、
こと、
というやまとことばには、もともと区別されていたから、
言、
と
事、
の漢字が、あてはめ分けられた、ということではないか。当然区別の意識があったから、当て嵌め別けた。ただ、
古代の文献に見える「こと」の用例には、「言」と「事」のどちらにも解釈できるものが少なくなく、それらは両義が未分化の状態のものだとみることができる、
という(佐佐木隆『言霊とは何か』)。それは、まず、
こと、
という大和言葉があったということではないのか。「言」と「事」は、その「こと」に分けて、当てはめられただけだ。それを前提に考えなくてはならない。あくまで、その当てはめが、
未分化だったと、後世からは見える、
ということにすぎないのではないか。『大言海』は、
こと(事)、
と
こと(言)、
は項を別にしている。
こと(言)、
は、
小音(こおと)の約にもあるか(檝(カヂ)の音、かぢのと)、
とし、「こと(事)」は、
和訓栞、こと「事と、言と、訓同じ、相須(ま)って用をなせば也」。事は皆、言に起こる、
とする。それは、「こと(言)」と「こと(事)」が、語源を異にする、ということを意味する。古代人は、「事」と「言」を区別していたが、文字をも持たず、その文脈を共有する者にのみ、了解されていたということなのだろう。
『日本語源大辞典』も、「こと(事)」と「こと(言)」の語源を、それぞれ別に載せている。「こと(言・詞・辞)」は、
コオト(小音)の約か(大言海・名言通)、
コトバの略(名語記・言元梯)、
コトトク(事解)の略(柴門和語類集)、
コはコエのコと同じく音声の意で、コチ、コツと活用する動詞の転形か(国語の語根とその分類=大島正健)、
コはコエ(声)のコと同語で、ク(口の原語)から出たものであろう。トは事物を意味する接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コはクチのクの転。トはオト(音)の約ト(日本語原学=与謝野寛)、
等々がある。「おと(音)」と「ね(音)」は区別されていた。
オト(音)、
は、
離れていてもはっきり聞こえてくる、物の響きや人の声。転じて、噂や便り、
類義語、
ネ(音)、
は、
意味あるように聞く心に訴えてくる声や音、
とある(岩波古語辞典)。「おと」の転訛として、
oto→koto、
があるのかどうか。
こと(事)、
は、
トは事物を意味する接尾語で、コはコ(此)の意か(日本古語大辞典=松岡静雄)、
コト(言)と同義語(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源広辞典)、
コト(言)から。コト(事)は皆コト(言)から起こることから(名言通)、
コト(別)の義(言元梯)、
コト(是止)の義。ト(止)は取りたもつ業をいう(柴門和語類集)、
コレアト(是跡)の義(日本語原学=林甕臣)、
コトゴトク(尽)の略か。または、コは小、トはトドコホル意か(和句解)、
等々とある。確かに、こうみると、
「コト(言)と同義語」といっただけでは、なにも説明できていない。「こと(言)」の語源を説明して、初めて同源と説明が付く。ぼくは、「コト(言)」は、声か口から来ていると思うが、「口」(古形はクツ)は、「食う」に通じる気がするので、やはり、声と関わるのではないか、という気がする。
ま、いずれにせよ、
言、
と、
事、
が、同一視されるに至ったことと、
こちたし、
に、
事痛し、
言痛し、
と両使いされていることに通じるのだが、それは後世の見解で、あるいは、
言痛し、
と、
事痛し、
は、微妙に使い分けられていたのかもしれないが、いまとなっては区別がつかない。で、
許智多鶏(コチタケ)ば小泊瀬山の石城にも率(ゐ)て籠らなむな恋ひそ我妹(常陸風土記)、
や、冒頭の歌のように、
人の言葉、うわさなどが多くて、うるさい、
意で、
くちさがない、
人に言い騒がれてうるさい、わずらわしい、
意で使う(大言海・精選版日本国語大辞典)が、転じて、
鶴は、いとこちたきさまなれど、鳴くこゑ雲井まできこゆるいとめでたし(枕草子)、
と、
様子や状態がはなはだしい、仰山である、ことごとしい、
意で使い(仝上)、さらに、
御車十五、御前四位五位がちにて、六位殿上人などは、さるべき限りを選らせたまへり。こちたきほどにはあらず(源氏物語)、
と、
度がすぎるほどに盛んである、
立派すぎるほどである、
意や、
車かきおろして、こちたくとかくする程に(蜻蛉日記)、
と、
事がわずらわしいほど多いさま、
繁雑である、
意や、冒頭の、
はなはだも降らぬ雪ゆゑ言多(こちたく)も天つみ空は曇らひにつつ(万葉集)、
と、
量や程度がはなはだしいさま、
びっしりしている、
たっぷりとある、
度をこえて、わずらわしいと思うほどである、
と、
事、
や
言、
から離れて、程度が、
甚だしい、
意へとシフトしていくようである。
「痛」(漢音トウ、呉音ツウ)は、「言痛み」で触れたように、
会意兼形声。「疒+音符甬(ヨウ・ツウ つきぬける、つきとおる)」
とあり(漢字源)、同趣旨で、
会意兼形声文字です(疒+甬)。「人が病気で寝台にもたれる」象形(「病気」の意味)と「甬鐘(ようしょう)という筒形の柄のついた鐘」の象形(「筒のように中が空洞である、つきぬける」の意味)から、「身体をつきぬけるようないたみ」を意味する「痛」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1025.html)、
ともあるが、他は、
形声。「疒」+音符「甬 /*LONG/」。「いたむ」を意味する漢語{痛 /*hloongs/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%97%9B)、
形声。疒と、音符甬(ヨウ)→(トウ)とから成る。「いたみ」「いたむ」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は甬(よう)。甬に通(つう)の声がある。〔説文〕七下に「病なり」とあり、疾痛の甚だしいことをいう。それで痛罵・痛飲など、徹底してことをする意にも用いる(字通)、
と、何れも、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天(あま)つみ空は雲らひにつつ(万葉集)
の、
雲らふ、
は、
動詞「くも(曇)る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」、
の、上代語で、
一面に曇る、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』・広辞苑)。
曇る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
空のけしきもいたうくもりて、まだ暗かりけり(源氏物語)、
と、文字通り、
雲、霧などで空がおおわれる、
(空が)曇る、
意だが、それをメタファに、
年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ(古今和歌集)、
と、
光や色などが不明瞭になる、
色つやがなくなる、
意や、
恋しさのなぐさめがたきかたみにて、涙にくもる玉のはこかな(源氏物語)、
と、
目がかすんではっきりものを見ることができなくなる、
意や、
くもりゆく人の心の末のよをむかしのままに照す月影(続拾遺和歌集)、
と、
心がはればれしない状態になる、
心がふさぐ、
意や、
御容貌(かたち)など、いと華やかに、ここぞくもれると見ゆるところなく(源氏物語)、
と、
(光や色つやが)暗くなる、
くすむ、
意や、
涙にくもる声を上げ(浄瑠璃「国性爺合戦(1715)」)、
と、
声や音がはっきりしなくなる、
涙ぐんだ声になる、
意や、
天下を領ずるほどの人が少も曇たらば四海はくらやみとな郎ず(「巨海代抄(1586〜99)」)、
と、
考えなどが、はっきりしなくなる、
物事を判断する能力を失う、
意や、
我身にくもる覚なし(浄瑠璃「日本蓬莱山(1685頃)」)、
怪しい、または疑わしい状態になる、
意や、果ては、
面(おもて)曇る、
の意で、「照る」の対として、
能楽で、憂愁に沈んで、ふし目になる型をいう、
意にまで使われる(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典。岩波古語辞典)が、
くもる、
で触れたように、その由来を、
雲を活用させた語(広辞苑)、
「雲」の動詞化(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・大辞林)、
隠(くも)る義なりと云ふ(かくむ、かこむ。くくもる、くこもる)。曇ると云ふも、雲を活用せしめたる語なり。沖縄にて、クム、朝鮮にてクラム(大言海)、
と、
雲の動詞化、
とする説があるが、
黒雲の中に(雨)コモル(籠る)は(天)クモル(曇る)に転音・転義をとげた。その名詞形のクモリ(曇り)は語尾を落としてクモ(雲)になった(日本語の語源)、
とする、真逆の説もある。つまり、
クモル(隠る)→クモ(雲)→クモル(曇る)、
ではなく、
コモル(籠る)→クモリ(曇り)→クモ(雲)、
ということになる。しかし、並べてみると、
クモルあるいはコモルから「クモ」ができ、更にそれが動詞化する、
というよりは、
クモルあるいはコモルから、クモルとなり、クモとなった、
とする方が、自然な気がするのだが、どうだろうか。同様に、
「隠る・籠る」と語源が等しいのだろうというのが通説(日本語源広辞典)
ともある。なおさら、
クモルあるいはコモル→くもり→くも、
と見るのが妥当と思えるが、雲の語源については、
雲の動詞化、
以外にも、
クモオフル(雲生)の義(東雅・類聚名物考)、
クモヰル・クモヲル(雲居)の義(言元梯・日本語原学=林甕臣)、
クモ(雲)カサナルからか(和句解)、
コモル(籠)の義(志不可起・日本釈名・国語の語根とその分類=大島正健)、
「薫」(kum)の転音から(日本語原学=与謝野寛)、
等々がある。ただ個人的には、
「コモル」「クモル」→くもり→くも、
以上の説は見当たらない。その他に、
「雲+寄り」の変化です。「雲+り」で、曇天の意味を表します。「日+寄り」、つまり、日和に対する語です、
とする説(日本語源広辞典)もある。しかし、
日和、
は、
にわ、
と訓ませ、
万葉集の「にはよくあらし」を日の和(な)いだことと解して当てた字(大辞林)
日和の字は、万葉集256「飼飯の海の庭よく荒し」、同2609「武庫の海の爾波よくあらし」のニハを、後世、日の和らいだことと解して当てた「日和(ニハ)」という字面が、同義のヒヨリの語に当てられて新しく成立したもの(岩波古語辞典)、
などとあり、
海上の天気、または海上の天気の良いこと、
の意味であり、
庭、
を当て、
魚場、
の意から転じて、
風がなく海面の静かなさま、
という意味になる。上述の、『日本語源広辞典』の解釈は、無理筋のようである。
では、名詞「くも(雲)」の語源は、どうか。
コモル(隠・籠)の義(閑田耕筆・名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海)、
天体をコメル(籠)ところからクミと呼ばれ、それが転じたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
クマ(隠)の転(言元梯)、
クグモルの義(桑家漢語抄)、
クモリの約(冠辞考)、
すべてをひきこめてしまうところからコムモロの反(名語記)
といった、
コモル系、
水気が集まってできるというところから、クム(組)の転(箋注和名抄・雅言考・碩鼠漫筆)、
クム(酌)から出た語。水をクミ(酌=雲)あげなければアム(浴=雨)ことができないことから(嚶々筆語)、
といった、
クム系、
などの他、
雲の姿から、クは内へまくり入る意、モは向かう義(仙覚抄)、
クはクラキの下略。モはモノ(物)か、モト(基)か、ヨモ(四方)のモか。また、いつも起こるところから、いつものモか(和句解)、
キムレヲリ(気群居)の義(日本語原学=林甕臣)、
煙の上昇する意の「薫」(kum)の転音転義(日本語原学=与謝野寛)、
朝鮮語で雲をいうkuramと同源か(万葉集=日本古典文学大系)、
クロシ(黒)、クラシ(暗)等に含まれるアイヌ語に似た語根kurがあり、さらに朝鮮語kurum(雲)と比較すると、kumoはkur
+ moから来たか(日本語の系譜=服部四朗)
等々と諸説があるが、やはり、普通に考えれば、
クモル(隠る)→クモ(雲)→クモル(曇る)、
か、
コモル(籠る)→クモル(曇る)→クモ(雲)、
だろう。僕は、後者に与したい。
動詞「くも(曇)る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」、
の、
ふ、
は、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
まもらふ、
みなぎらふ、
霧らふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、動詞の未然形の下に付いて、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に 変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。
例えば、「散る」「呼ぶ」と言えば普通一回だけ、散る、呼ぶ意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して散る、呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞アフ(合)で、これが動詞連用形のあとに加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある。動詞の表わす作用の発現の様態にかかわるものであり、動詞に密着して、間に他の助動詞などを入れることがない。それで接尾語として扱う説もある。(精選版日本国語大辞典)、
動詞の未然形に付いて、その動作が反復・継続する意を表す。奈良時代に多く使われたが、平安時代以降は限られた語に使われ、次第に使われなくなった。四段に活用するものが多い。「散る」に「散らふ」、「嘆く」に「嘆か譜」の類。「流らふ」のような下二段活用の例は少なく、四段活用のものと同じ期限かどうか未詳。四段活用の「ふ」の語源は「あ(合)ふ」と見る説がある(広辞苑)、
などとあり、その際の動詞語尾の母音の変形に三種あり、
[a]となるもの ワタルがワタラフとなる、
[o]となるもの ウツルがウツロフとなる、
[ö]となるもの モトホル(廻)がモトホロフとなる、
の例があるが、これは、
末尾の母音を同化する結果生じた、
とする(仝上)。
ふ、
は、まれに下二段活用として用いられ、
「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる、
とある(精選版日本国語大辞典)。この接尾語とされる、
ふ、
は、上代、
助動詞として用いられた、
とされ(学研全訳古語辞典)、中古になると、
語らふ、
住まふ、
慣らふ、
願ふ、
交じらふ、
守らふ、
呼ばふ、
等々、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した(仝上)。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
「雲」(ウン)の異体字は、
云(簡体字)、𦤆、𩂱、𮦖、(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2)。字源は、
会意兼形声。云(ウン)は、たちのぼる湯気が一印につかえて、もやもやとこもったさまを描いた象形文字。雲は「雨+音符云」で、もやもやとたちこめた水蒸気、
とある(漢字源)。他は、同じく、
会意形声。雨と、云(ウン)(くも)とから成る。「くも」の意を表す。「云」の後にできた字(角川新字源)
会意兼形声文字です(雨+云)。「天の雲から雨水が滴(したた)り落ちる」象形と「雲が回転する様子を表した」象形から「くも」を意味する「雲」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji102.html)、
と、会意兼形声文字とするものと、
形声。「雨」+音符「云 /*WƏN/」。「くも」を意味する漢語{雲 /*wən/}を表す字。もと「云」が{雲}を表す字であったが、「雨」を加えた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2)、
形声。声符は云(うん)。云は雲の初文。雲気の下に竜尾のみえる形。〔説文〕十一下に「山川の气なり」という(字通)、
と、形声文字とするものに分かれる。
「曇」(漢音タン、呉音ドン)は、
会意文字。「日+雲」で、雲が深くて日を隠すことを示す。底深く重い意を含む。雲がおく深く重なって重苦しいこと、
とある(漢字源)。他も、
会意。「日」+「雲」。「くもり」を意味する漢語{曇 /dom/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%87)、
会意。日と、雲(くも)とから成り、日光が雲にさえぎられて日がかげる、「くもる」意を表す(角川新字源)、
会意文字です(日+雲)。「太陽」の象形と「雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形と「雲が回転する」象形から、太陽が雲の中に隠れて「くもる」、「くもり」を意味する「曇」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji337.html)、
会意。日+雲。日光が雲にさえぎられる意。〔説文新附〕七上に「雲布(し)くなり」とあり、陸雲の〔愁霖の賦〕に「雲、曇(たん)として疊結(でふけつ)す」と形容の語に用いる。〔説文〕〔玉〕にはこの字がみえず、仏典の翻訳語として作られた字である。梵語dharmaを曇摩といい、僧名に曇を冠することが多い。梵字を悉曇(しつたん)という(字通)、
と、すべて会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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来て見(み)べき人もあらなくに我家(わぎへ)なる梅の初花(はつはな)散りぬともよし(万葉集)
の、
あらなくに、
は、
いるわけでもないのだから、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
散りぬともよし、
は、
初花への愛着の逆説的表現、
と注釈し、
散ったってかまいはしない、
と訳す(仝上)。
あらなくに、
は、
有(あら)なくに、
とあてる(精選版日本国語大辞典)が
「あらなく」は、「あらぬ」のク語法(広辞苑)、
アラヌコト(有らぬ事)→アラナク(有らなく)(日本語の語源)
ラ変動詞「あり」の未然形+打消の助動詞「ず」の未然形の古い形「な」+接尾語「く」+助詞「に」(学研全訳古語辞典)、
「なく」は、打消の助動詞「ず」のク語法で、ないことの意。「に」は感動を表わす古代の助詞(精選版日本国語大辞典)、
動詞「あり」の未然形+打消しの助動詞「ず」のク語法+格助詞「に」(デジタル大辞泉)、
等々とあり、
ク語法、
は、
用言の語尾に「く」を伴って名詞化する、
もので、
見まく欲(ほ)り我がする君もあらなくに何しか來(き)けむ馬疲(つか)るるに(万葉集)
で、
(この世に)いないのに、
相見ぬは幾久(いくひさ)にもあらなくにここだく我(あ)れは恋ひつつもあるか(仝上)
で、
(そんなに長い間でも)なかったのに、
楽浪(ささなみ)の大山守(おほやまもり)は誰(た)がためか山に標(しめ)結(ゆ)ふ君もあらなくに(仝上)
と、
(もはやこの世に)いないのに、
等々、多くの場合、前後の関係から逆接の気持がこもって、
ないのに、
ないことなのに、
あるわけではないのに、
の意で使われる(広辞苑・学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典・伊藤博訳注『新版万葉集』)。さらに、
乎布(をふ)の崎漕ぎた廻(もとほ)り終日(ひねもす)に見とも飽くべき浦にあらなくに(万葉集)、
で、
(日がな一日見ても見飽きるような)浦でもないのになあ、
苦しくも降り来(く)る雨か三輪(みわ)の崎狭野(さの)の渡りに家もあらなくに(万葉集)、
で、
(雨宿りする家も)ないのになあ、
等々、文末に用いられるときは詠嘆の意を含み、
ないことだなあ、
ないことよ、
といった意で使う(仝上・デジタル大辞泉)。
あらなくに、
と似た言い回しに、
小筑波(をづくは)の茂(しげ)き木の間よ立つ鳥の目ゆか汝(な)を見むさ寝ざらなくに(万葉集)、
の、
ざらなくに、
がある。これは、
(抱き合わなかった)仲でもないのに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
「ざら」は打消の助動詞「ず」の補助活用の未然形、「なく」は打消の助動詞「ず」のク語法、「に」は助詞、
で、二重の否定によって婉曲的な肯定を表わし、
……ないわけではないのだが、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。また、
賄(まひ)しつつ君が生(おほ)せるなでしこが花のみ問はむ君ならなくに(万葉集)、
みちのくの忍ぶもぢずり誰ゆゑにみだれそめにし我ならなくに(伊勢物語)、
と使う、
ならなくに、
は、
「なら」は指定の助動詞「なり」の未然形、「なく」は助動詞「ず」のク語法(広辞苑)
断定の助動詞「なり」の未然形+連語「なくに」(デジタル大辞泉)、
「なら」は断定の助動詞「なり」の未然形(精選版日本国語大辞典)、
で、
……ではないのだものを、
……ではないのに、
の意で(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
もっぱら歌語として現われる。「…でないのだものを」は強めれば、「…ない以上は…であろう」となり、「ではないのに」は「…でないにかかわらず…なのは不審、残念」の意となる、
とある(精選版日本国語大辞典)。この、
あらなくに、
ざらなくに、
ならなくに、
などの、
なくに、
は、
打消しの助動詞ズのク語法ナクと助詞ニとの複合(岩波古語辞典)、
ズのク語法「なく」に助詞「に」の付いたもの(広辞苑)、
打消の助動詞「ず」の上代の未然形+接尾語「く」+助詞「に」、「なくに」の「に」については、格助詞とする説、接続助詞とする説、間投助詞とする説などがある(学研全訳古語辞典)、
打消しの助動詞「ず」のク語法「なく」+格助詞「に」、「に」は詠嘆の終助詞とも(デジタル大辞泉)、
打消の助動詞「ず」のク語法「なく」に助詞「に」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
否定の助動詞のヌの延(大言海)、
などとあり、「あらなくに」で挙げた、
苦しくも降り来(く)る雨か三輪(みわ)の崎狭野(さの)の渡りに家もあらなくに(万葉集)、
の、
(宿りする家も)ないのだなぁ、
と訳す(学研全訳古語辞典)ように、文末に用いて、打消に詠嘆の意を込めて言い切り、
……ないことだなあ、
……ないのに、
……ないものを、
と、詠嘆的な打消しを表わし、
あかなくにまだきも月の隠るるか山の端(は)にげて入れずもあらなむ(伊勢物語)、
の、
(まだ満ち足りないのに)もう隠れてしまうのか、
と訳す(石田穣二訳注『伊勢物語』)ように、文末・文中で用いて、打消に、逆接の意を込めて言い切ったり、下に続けたりして、
……ないことなのに、
……ないのに、
と、逆接条件の帰結部を切り捨てた形で、詠嘆の意を表わし、
松の花花数(はなかず)にしもわが背子が思へらなくにもとな咲きつつ(万葉集)、
の、
(いらっしゃらないのに)花はいたずらに咲きつづけて、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、「に」に逆接の役割があり、倒置表現の和歌の末尾に用いて、
……ないのだから、
ない以上は、
……ないうちに、
……ないのに、
ないにもかかわらず、
と、打消に理由の意を添える(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)使い方をする。ただ、
上代に盛んに用いられたが、中古以降は、伝統的な語法として、和歌に用いられる他はまれになった、
とある(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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笹の葉にはだれ降り覆(おほ)ひ消(け)なばかも忘れむと言へばまして思ほゆ(万葉集)
の、
上二句は序。「消な」を起こす、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
はだれ、
は、
うっすらと置いた雪、
とし、
消(け)なばかも、
は、
やがて消えてしまうように、
と訳し、
消(け)なばかも忘れむと言へば、
は、
私の命が消えでもすればあなたを忘れることもありましょう、とあの子が言うので、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
なば、
は、
完了の助動詞「ぬ」の未然形+接続助詞「ば」(デジタル大辞泉)、
完了の助動詞「ぬ」の未然形+接続助詞「ば」(学研全訳古語辞典)、
完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」に接続助詞「ば」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
とあり、事柄が完了したときを予想し仮定し、
……てしまったら、
……てしまったならば、
……たならば、
といった意で使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)が、さらに、後には、転じて、
心だにまことの道にかなひなば祈らずとても神や守らん(都鄙問答)、
確かに……ならば、
といった意でも使う(デジタル大辞泉)。
消(け)なばかも、
の、
かも、
は、
いつしかも、
で触れたように、さまざまの用例があり、その解釈にも、種々あるが、
御諸(みもろ)の厳白檮(いつかし)が本(もと)白檮(かし)が本(もと)忌々(ゆゆ)しき加母(カモ)白檮原
(かしはら)嬢子(をとめ)(古事記)
天の原ふりさけ見れば春日(かすが)なるみかさの山に出でし月かも(古今和歌集)、
と、
詠嘆を表わし、
疑問の「か」に詠嘆の「も」を添えたもの(広辞苑)、
名詞、活用語の連体形、まれに形容詞シク活用の終止形に付く(デジタル大辞泉)、
係助詞の「か」と「も」が重なったもの(精選版日本国語大辞典)、
「か」の下に「も」を添えた助詞、複合係助詞および終助詞、疑問視を承ける。従って体言または活用語の連体形を承ける(岩波古語辞典)、
とされ、
連語「かも」の文末用法より転じたもの。「か」を終助詞、「も」を終助詞あるいは間投助詞とする説もある、
ともある(デジタル大辞泉)が、連語
かも、
は、上代、
あしひきの山かも高き巻向(まきむく)の岸の小松にみ雪降り来る(万葉集)、
と、「かも」がかかる文末の活用語は連体形をとり、
感動を込めた疑問、
の意を表し、
……かなあ、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
かも、
は、中古以降、おおむね、
かな、
に代わる(デジタル大辞泉)。また、
朝ごとにわが見る屋戸(やど)の瞿麦(なでしこ)の花にも君はありこせぬ香裳(かも)(万葉集)、
と、
ぬかも、
の形で、願望を表わすが、
「ぬ」と「か」との複合が願望を表すことを承けたもので、「ぬか」に「も」が加わった形である、
とあり(岩波古語辞典)、
ぬかも、
で触れたように、
ぬかも、
は、上代語で、
連語「ぬか」+終助詞「も」、
で、
…くれないかなあ、
…てほしいなあ、
と願望をあらわす(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。連語、
ぬか、
は、
打消しの助動詞ズの連体形ヌに疑問の助詞カのついたもの、
で、
……ないものかなあ、
……ほしい、
と、
願望の意を表す、
とある(岩波古語辞典)。で、
ぬかも、
は、
打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」+詠嘆の終助詞「かも」、
で、
否定的な事態の詠嘆、
を表わし、
………ないなあ、
……ないことよ、
と、
詠嘆の意を表し、
……くれないかなあ、
……ないものかなあ、
……てほしいなあ、
……ないなあ、
といった意となり、
ぬか、
よりも強い願望の意を表す、
とある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。しかし、
ぬかも、
は、
ぬか‐も、
とみると、
吉野川行く瀬のはやみしましくも淀むことなくありこせ濃香問(ヌカモ)、
は、
願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
とみなし、
先行する助詞「も」と呼応して、ある事態の生ずることを願う意、
を表わし、
………てでもくれないかなあ、
………であってほしい、
という意になり、
ぬ‐かも、
と見なすと、
さ寝床もあたは怒介茂(ヌカモ)よ浜つ千鳥よ(日本書紀)
あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも(万葉集)
と、
打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に係助詞「か」、詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
として、
否定的な事態の詠嘆を表わす、
……ないなあ、
……ないことよ、
という意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)として、
ぬか‐も、
と
ぬ‐かも、
を別項を立てている。前者は、
……であってほしい、
となり、後者は、
……ないなあ、
となり、前者が、「ない」から、
……ほしい、
という願望なのに対して、後者は、
……ないなあ、
と、
「ない」ことを詠嘆する、
意になる。なお、
も、
は、係助詞として、種々の語につくが、ここでは、
活用語の終止形(係結びでは結びの形)、ク語法(用言の語尾に「く」を伴って名詞化)について、詠嘆の意を表す、体言には「かも」「はも」などの形で用いる。なお「かも」は平安時代には「かな」に代わる(広辞苑)、
用法が該当し、
沖つ鳥胸(むな)見る時羽叩(はたた)ぎ母(モ)これはふさはず(古事記)、
と、
主題を詠嘆的に提示する、
が、
「も」möは推量の助動詞「む」muと子音mを共有している。möが不確定なこととして提示するのに対して、muも不確実なことについての推量判断を表わすので、両者はm音を共有する点で意味上も起源的な関係をもつものと推測することができる、
ともある(岩波古語辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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吉隠(よなばり)の野木(のぎ)に降り覆(おほ)ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ我(あ)れかも(万葉集)
の、
吉隠(よなばり)、
は、
奈良県桜井市吉隠(よなばり)、
で、
初瀬の東、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
野木、
は、
野に生えている木々、
とする(仝上)。
白雪のいちしろくしも、
は、
白雪のように、はっきり人目につくほどに、
と訳す(仝上)。
しるし、
で触れたように、
いちしろし、
は、
天霧(あまぎ)らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む(万葉集)、
と、
しろし、
に、
いちじるしい、
で触れた、
勢いのはげしい意の接頭語(デジタル大辞泉)、
勢いの盛んな意(精選版日本国語大辞典)、
イチはイツ(稜威)の転(岩波古語辞典)、
最(イト)(大言海)、
等々と、解釈が異なる、
いち、
を冠したもので、
いちしるし、
の古形(岩波古語辞典)で、
いちじるし(著)、
古形、
でもある(精選版日本国語大辞典)。
しる(著)し、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で(学研全訳古語辞典)、
はっきりしている意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
はっきりしている、かくれもない(岩波古語辞典)、
の意で、室町時代まで、
いちしるし、
と、清音で、後に、
いちじるし、
と転訛する。つまり、
イチシロシ→イチシルシ→イチジルシ、
と転訛したとする(岩波古語辞典)。
しろ(著)し、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
と、
形容詞ク活用で、
しろし(白)と同源(デジタル大辞泉)、
しろし(白)と通ず(大言海)、
などとある。この、
しろ(著)し、
は、
「しる(著)し」に同じ、
「しる(著)し」の転(大言海)、
「しる(著)し」と同根(岩波古語辞典)、
とはあるが、
しろ(著)し、
と、
しる(著)し、
とは、
しろ(著)し、
が、
春はあけぼの、やうやうしろく成り行く山際少し明かりて(枕草子)、
と、
明るくはっきりしている、
意、
しる(著)し、
が、
六位の中にも、蔵人は青色しるく見えて(源氏物語)、
と、
明確だ、
の意と、微妙に、意味が違い、
はっきりしている、
意にシフトしている気がする。『大言海』が、
際立ちたり、
いちじるし、
あきらかなり、
の意としているのは、的を射ている気がする。憶説だが、
しろ(白)し、
の意味と重複していったせいではないかという気がする。その、
しろ(白)し、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
栲綱(たくづの)の斯路岐(シロキ)腕(ただむき)(古事記)、
と、
色が白い、
意で、それをメタファに、
あて宮の御産屋の設けて……大人、童みなしろき装束をし(宇津保物語)、
と、
衣服、紙などで、どの色にも染めてない地のままの白である、また、何も書いてない、
意、
御火志呂久焼け(神楽歌)、
と、
明るい、かがやいている、あざやかである、
意、さらに、「しろし(著)」と通じて、
素(シロ)くいはんはいかがとて哥に(浮世草子「新吉原常々」)、
と、
明白である、あからさまである、はっきりしている、
意で使い、
諸分合点のゆかぬお客なれば、素(シロ)ひ事ども有べし(浮世草子「好色盛衰記(1688)」、
しろし客薄い雪降る折節に(俳諧・大矢数)
と、
その道の作法・慣習に通じない、
経験にとぼしい、
初心、
素人(しろうと)らしい、
また、
野暮(やぼ)である、
など意でも使い、この場合、
素(しろ)し、
とあてる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
しろ(白)し、
の語源は、
シルシ(著)と通ず(大言海)
シルト(著)と同根、
シルシ(著)の義(和句解・和訓栞)、
シルシキ(知如)の義(名言通)、
シロシ(知志・清呂志)の義(柴門和語類集)、
「知る」の形容詞化(日本語の語源)、
等々とあり、
知る、
も、
占領する意のシル(領)から(日本語の年輪=大野晋)、
という説もあるが、
シロ(明)の義(言元梯)、
明白の意で、シロ(白)の義から派生した語(国語の語根とその分類=大島正健)、
等々、
しるし(著)、
とのつながりが深い。
しろ、
で触れたように、
しろ(白)、
の語源も、
著(しる)き色の義(大言海)、
シルキ(著)色の義(日本釈名・南留別志)、
シロシ(著)の義(日本語源広辞典)、
シロ(明)の義(言元梯)、
等々、
明、
とつながり、その、
明、
は、
古代日本では、固有の色名としては、アカ、クロ、シロ、アオがあるのみで、それは、明・暗・顕・漠を原義とする(岩波古語辞典)、
とつながる。なお、
色名で、シロシのように、上代から色名をそのまま形容詞として用いているのは、この外、アカ・アヲ・クロに限られる、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
白、
については、類聚名義抄(11〜12世紀)には、
白、シロシ・キヨシ・マウス・スサマジ・サカヅキ・スナホニ・イチジロシ・カタチ・カタラフ・モノガタリ・トトノフ・カナフ/白晢 シララカナリ/白地 アカラサマ・イチジルシ、
字鏡(平安後期頃)には、
白、ヒル・スサマジ・アキラカ・サカヅキ・トトノフ・キヨシ・スナホニ・モノカタリ・カナフ・シロシ・イチジロシ・マウス・スナホナ、
とあり、
著、
については、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
著、キル・ツク・ハク・アラハス・シルス・クル・ワタイル、
字鏡(平安後期頃)に、
著、ケガル・アラハス・アキラカナリ・ツラヌク・アツマル・シルシオケリ・ノブ・ツクル・シルス・クルフ・キル・トドマル・ハシ・ハク・キタル・ハウ・ツク・ワタイル、
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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我(わ)が背子は言(こと)うるはしみ出(い)でて行(ゆ)かば裳引(もび)きしるけむ雪な降りそね(万葉集)
の、
言うるはしみ、
は、
言葉がやさしくて立派なので、
とし
裳引きしるけむ、
は、
裳の裾を引きずって歩いた跡が残ってしまうだろう、
とし、
あの方のお言葉のやさしさに引かれて外へ出ていったら、裳を引きずった跡がはっきり残ってしまうであろう、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ことうるはし、
は、
言美はし、
とあて、
言葉遣いがきちんとしていて、端正である(デジタル大辞泉)、
ことばづかいが立派で端正である(精選版日本国語大辞典)、
といった意である。
うるはしみ、
は、
麗しみ、
とも当て、
形容詞「うるわしい」の語幹に、「み」の付いたもの、
で、冒頭の歌や、
浜清み浦愛見(うるはしみ)神代(かみよ)より千船(ちふね)の泊(は)つる大和田(おほわだ)の浜(万葉集)、
と、
美しく立派なので、
うるわしいので、
の意のほか、
道の後(しり)こはだをとめ争はず寝(ね)しくをしぞ宇流波志美(ウルハシミ)思ふ(古事記)、
と、
美しく立派に、
また、
いとしく、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)。
うるはしみ、
の、
み、
は、
すべをなみ、
で触れたように、
接尾語
で、第一には、
春花の咲ける盛りに思ふどち手折(たを)りかざさず春の野の繁み飛び潜(く)くうぐいすの声だに聞かず(万葉集)、
と、
形容詞の語幹について体言を作り、
高み、明るみ、深み、
等々と、
その性質を帯びた場所(岩波古語辞典)、
そのような状態をしている場所(精選版日本国語大辞典)、
を言ったり、
黒み、白み、青み、赤み(ロドリゲス大文典)、
と、
色合い(岩波古語辞典)、
その性質・状態の程度やその様子(精選版日本国語大辞典)、
を表わすが、
「厚み」「重み」「苦み」「赤み」「面白みに欠ける」「真剣みが薄い」など、「さ」と比べると使われ方は限られる、
とある。また、
甘み、苦み(仝上)、
と、味わいを表す(岩波古語辞典)が、、
漢語の「味」と混同され、「味」を用いることも、近代には多い。
とされる(精選版日本国語大辞典)。
第二には、
采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(万葉集)、
瀬をはやみ岩にせかるる谷川の割れて末にもあはんとぞ思ふ(詞花和歌集)、
若の浦に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る(万葉集)、
などと、
形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて(学研全訳古語辞典)、
形容詞の語幹に添ひて、「の故に」「さに」の意をなす(大言海)、
形容詞や形容詞型活用の助動詞の語幹に付いて、「名詞+を…み」「名詞…み」の形で )
原因・理由を表わして連用修飾語となる(精選版日本国語大辞典)、
とする、
み、
で、冒頭の歌のように、
(……が)……なので、
(……が)……だから、
……のゆえに、
……によって、
と、原因・理由を表す(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある(学研全訳古語辞典)。
第三には、
負ひみ抱(むだ)きみ、
で触れた、
子の泣くごとに男(をとこ)じもの負ひみ抱(むだ)きみ朝鳥(あさとり)の哭(ね)のみ泣きつつ恋ふれども験(しるし)をなみと言問(ことと)はぬものにはあれど(高橋朝臣)、
生駒(いこま)の山を見れば、曇りみ晴れみ、たちゐる雲やまず(伊勢物語)、
などの、
……み……み、
の形の、
み、
で、
もと動詞ミ(見・試)の連用形、動詞または助動詞「ず」の連用例について(岩波古語辞典)、
試みる意の「見る」の連用形からという。動詞または助動詞「ず」の連用形に付き、その並列によって連用修飾語をつくる。対照的な動作または状態を並列してそれが交互に繰り返される意を表わす(精選版日本国語大辞典)、
動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて、その動作が交互に繰り返される意を表す(学研全訳古語辞典)、
もので、
……み……み、
で、
……したり、……したり、
……したり、……しなかったりして、
の意になる。第二の、
み、
と同語とされる場合もあるが、第二の、
み、
は、形容詞の語幹に下接し、この「み」は動詞の連用形に下接するので、別語である(精選版日本国語大辞典)。
第四には、
道の後(しり)古波陀孃子(こはだをとめ)は争はず寝(ね)しくをしぞも愛(うるは)し美(ミ)思ふ(古事記)、
望月(もちづき)のいやめづらしみ思ほしし君と時々幸(いでま)して(万葉集)、
の、
み、
で、
形容詞の語幹に付いて、下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す(学研全訳古語辞典)、
あとに「思う」「する」などの動詞が続き、感情の内容を表現する(精選版日本国語大辞典)、
とある。この、
み、
は、品詞の扱いとしては、
接尾語とする説、
以外に、
助詞とする説、
四段活用動詞の連用形に相当すると見る説、
などもある(精選版日本国語大辞典)。また、この用法による、、
「甘みす」「重みす」「安みす」、
は、音便により、
「甘んずる」「重んずる」「安んずる」
等々となる(仝上・大言海)。
うるわし、
は、
(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、
と、形容詞シク活用で、
美し、
麗し、
愛し、
と当て(学研全訳古語辞典)・広辞苑)、
語中のハ行がワ行に変った早い例。奈良時代には「宇流波志(うるはし)」であったものが、平安初期には「宇留和志(うるわし)」となった。事物が乱れたところがなく完全にととのっている状態をあらわす(広辞苑)、
この語は、奈良時代にはurufasiと発音されていたが、平安時代に入ると極初期からuruwasiと転じたらしく、当時から「うるわし」「宇留和志」などと表記した例が多い。これは単語の中のハ行子音FがWに転じた最も早い例の一つ。奈良時代に、相手を立派だ、端麗だと賞讃する気持から発して、平安時代以後の和文脈では。きちんと整っている、礼儀正しいという意味を濃く保っていた語。漢文訓読体では、「美」「彩」「綺麗」「婉」などの傍訓に使われ、多く仏などの端麗・華麗な美しさをいう。平安女流文学では、ウツクシ(親子・夫婦の情愛をいい、対象を可愛く思う気持)とは異なる意味を表した。今日のウルワシは漢文訓読体での意味の流れをひいている(岩波古語辞典)、
とあり、
倭(やまと)は国のまほろばたたなづく青垣(あをがき)山ごもれる倭しうるはし(古事記)、
と、
壮大で美しい、壮麗だ、立派だ、
の意から、
宇流波斯(ウルハシ)とさ寝(ね)しさ寝てば刈薦(かりこも)の 乱れば乱れさ寝しさ寝てば(古事記)、
と、人の美しく立派なのをほめていい、
立派だ、すぐれて美しい、輝くばかり美しい、
意、さらに、
ただ絵に書きたるものの姫君のやうにしすゑられて……うるはしうてものし給へば(源氏物語)、
と、外面的にきちんとしている美しさをいい、
端麗だ、整っていてきれいだ、
の意、また、
仏のいとうるはしき心にて説きおき給へる御法にも(源氏物語)、
と、乱れたところがなく、完全に整ったさまをいい、
完全で理想的だ。端正だ。
の意、
うるはしうものし給ふ人にて、あるべき事はたがへ給はず(源氏物語)、
と、
態度、服装、心情などが、きちんとしていて立派だ、作法にかなっている、
と、かなり、
うつくし、
重なっていく。
うつくし、
との違いは、
親が子を、また、夫婦が互いに、かわいく思い、情愛をそそぐ心持をいうのが、最も古い意味。平安時代には、小さいものをかわいいと眺める気持ちへと移り、梅の花などのように小さくてかわいく、美であるものの形容。中世に入って、美しい・奇麗だの意に転じ、中世末から近世にかけて、さっぱりとしてこだわりを残さない意も表した。類義語ウルハシは端正で立派であると相手を賞美する気持。イツクシは神威が霊妙に働き、犯しがたい威厳のある意。ただし、中世以降、ウツクシミはイツクシミと混同した。平安時代、かわいいの意のラウタシがあるが、これは相手をいたわりかわいがってやりたい意(岩波古語辞典)、
としており、結果として、
うつくし、
が、相手への感情表現から、相手の価値表現へシフトし、
うるわし、
は、相手の状態表現から、相手の価値表現へとシフトし、価値表現そのものへと転換したということになる。その価値表現の内容は、
うつくし、
が、愛すべきものをいうのに対し、
うるはし、
は、整った美しさをいう(精選版日本国語大辞典)としている。上代には、
うるはし、
は、
立派なものとして賞揚する場合に多く用いられ、中古に至ると外見的な立派さ、しかつめらしい、儀式ばった感じに用いられた(精選版日本国語大辞典)。
うるはし、
に、
壮麗だ、立派で美しい、
の意に、
魅力的なあでやかさを含む美しさを表わすようになったのは、中世末期ごろからか。現在では「うるわしい友情」のように「心」に関して用いられることが多い(仝上)とある。
うるはし、
の語源は、
心愛(ウラハ)シの転ならむ。うるせし(敏捷)も、心狭(うらせ)しの転と思はる。霊異記、中、第二十七縁「妹、宇留和志」、字鏡八十七「嬋媛、美麗之皃、宇留和志」とあるは、音便に記したるなり(大言海)、
「心に可愛いと思う」意のウラハシ(心愛し)はウルハシ(愛し)になった(日本語の語源)、
ウラクハシの約(万葉考別記・隣女唔言・言元梯・菊池俗言考)、
ウルハシ(潤)の義(日本釈名・天朝墨談・和訓栞・国語溯原・国語の語幹とその分類)、
ウルハシ(潤好)(日本古語大辞典)、
等々の説が載るが、やはり、
ウラハ(心愛)シ、
に与したい。
うら(心)、
は、
裏の義。外面にあらはれず、至り深き所、下心、心裏、心中の意、
としている。「古今集」など、和歌では、「うら」が「心」の意と「浦」や「裏」の意味を掛けて使われ、
いさなとり海の浜辺にうらもなく臥(ふ)したる人は母父(おもちち)に愛子(まなこ)にかあらむ(万葉集)、
では、「心」と「浦」を掛け、
何も気にかけず、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。上代、
うら(心)思(も)い、
うら(心)思(も)ふ、
うら(心)許(もと)無し、
うら(心)無し、
等々、多くは語素としての用法である(精選版日本国語大辞典)。また造語要素としては、
うらあう、
うらがなし、
うらぐわし、
うらごい、
うらさびし、
うらどい、
うらなき、
うらまつ、
うらもう、
うらやす、
等々、形容詞およびその語幹、動詞の上に付いて、
心の中で、
心から、
心の底からしみじみと、
の意を添えて使われる(仝上)。この、
うら(心・裏)、
は、平安時代までは、
「うへ(表面)」の対、
院政期以後、次第に、
「おもて」の対、
となっていく。
表に伴って当然存在する見えない部分、
をいう(岩波古語辞典)。ちなみに、
類聚名義抄(11〜12世紀)は、
美、ウルハシ・ヨシ・ホム・アマシ・コトモナシ・アザヤカナリ・カホヨシ・ムマシ、
麗、カホヨシ・カズ・ヘル・アキラカニ・ウルハシ・ナラブ・メヅラシ・アラハナリ・ツグ・ツク、
字鏡(平安後期頃)は、
美、コトモナシ・カホヨシ・アマシ・ウルハシ・ヨシ・ホム・ウマシ、
麗、アラハナリ・ヘル・カホヨシ・メヅラシ・カズ・ウルハシ・ホドコフ(ス)・カカル・ツク・アキラカニ・ヨシ・カハ(ホ)ヨシ・ナラブ・ツラヌク、
新字鏡集(鎌倉時代)、
麗、ツク、
音訓篇立(室町時代)
愛、メグム・ウツクシ・アハレブ・ヨシ・チカシ・ヤスシ・ヲシム、
等々とある。
「美」(漢音ビ、呉音ミ)は、その異字体は、
㺯、 媺、 嬍、 羙、 𡙡、 𡠾、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%8E)。字源は、「うまし」で触れたように、
頭に飾りをつけた人間の形。のちに「大」+「羊」という形に変化したため、従来は{大きい羊、立派な羊}を表すと考えられたが、その用例が未発見であることや、甲骨文中で「大」が{大きい}という意味の義符として普通用いられないことからその仮説は棄却された、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%8E)、いまのところ、
「羊」の象形、
または、
「大」きい「羊」を意味する会意、
の二説がある(仝上)ようだが、いずれでも、
古代周人が、羊を大切な家畜と扱ったことに由来する、
としている(仝上)。
象形。羊の全形。下部の大は、羊が子を生むときのさまを羍(たつ)というときの大と同じく、羊の後脚を含む下体の形。〔説文〕四上に「甘きなり」と訓し、「羊大に從ふ。羊は六畜に在りて、主として膳に給すものなり。美は善と同なり」とあり、羊肉の甘美なる意とするが、美とは犠牲としての羊牲をほめる語である。善は羊神判における勝利者を善しとする意。義は犠牲としての羊の完美なるものをいう。これらはすべて神事に関していうものであり、美も日常食膳のことをいうものではない(字通)、
は、象形説を採っているが、多くは、会意文字説を採り、
会意。羊と、大(おおきい)とから成り、神に供える羊が肥えて大きいことから、「うまい」「うつくしい」意を表す(角川新字源)、
会意文字。「羊+大」で、形のよい大きな羊をあらわす。微妙で繊細なうつくしさ(漢字源)、
は、
「大」きい「羊」、
を採っている。別に、
会意文字です(羊+人)。「羊の首」の象形と「両手両足を伸びやかにした人」の象形から大きくて立派な羊の意味を表し、そこから、「うまい」、「うつくしい」を意味する「美」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji44.html)、
は、
羊+人、
を採っているが、意味からは、
大、
を含意しているようだ。いずれにせよ、
義、善、祥などにすべて羊を含むのは、周人が羊を最も大切な家畜したためであろう、
とある(漢字源)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
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梅の花それとも見えず降る雪のいちしろけむな間使遣(や)らば(万葉集)
の、
それともみえず、
は、
その色とも見分けられぬほど、
とし、
いちしろけむな、
は、
目にも鮮やかなように、はっきり人目につくだろうな、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
間使、
は、
男女の間を行き来する使い、
とある(仝上)。
間使(まづかひ・まつかひ)、
は、
人と人との間をゆきかう使い、
消息を持って往来する使い、
の意(精選版日本国語大辞典)、あるいは、
時々、消息すること、
の意(大言海)だが、
なのりそのおのがが名惜しみ 間使(まつかひ)も 遣らずて我(われ)は 生けりともなし(万葉集)、
と、特に、
二人の間を行き来する使い(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
二人の間を行き来して言葉を伝える使(岩波古語辞典)、
の意である。
使ひ、
は、
遣ひ、
とも当て、
動詞「つかふ(使)」の連用形の名詞化、
で、
天飛ぶ鳥も都加比(ツカヒ)そたづがね聞こえむ時は我が名問はさね(古事記)、
と、
他へ出かけてゆき、命令や口上を伝えたり、用事をたしたりすること。また、その人、
つまり、
使者、
意だが、そこから、
御つかひとおはしますべきかくや姫のえうじ(要事)給ふべきなりけりと承て(竹取物語)、
と、
貴人の身の回りの世話などをする人、
つまり、
めしつかい、
の意だが、特に、
そばめ、
めかけ、
の意や、
鹿為春日神使(和漢三才図会)、
稲荷大明神の使、
というように、
神仏に仕え、その命令などを伝えるという動物、
つまり、
つかわしめ、
の意でも使い、多く他の語の下につけて、
魔法使い、
剣術使い、
人形使い、
妖術使い、
等々、
用いること。また、用いる人。特に、術や法などをあやつる人、
の意でも用いる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。また、
動詞「つかう(使)」の連用形から、名詞について、
気づかい、
心づかい、
筆づかい、
言葉づかい、
上目遣い、
仮名遣い、
等々、それを使うこと、あるいは、その使いかたの意を示す(仝上)。動詞、
つかふ、
は、
使ふ、
遣ふ、
とあて、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、他動詞ハ行四段活用で、
「仕ふ」の他動詞形、あるじの意向に沿わせて、いろいろの用をさせる(広辞苑)、
人に付いて仕事をし続ける意の「ツカ(付)+フ(継続反復)」です。転じて、人を従わせて仕事をさせる意となります(日本語源広辞典)、
ツカフ(仕)の他動詞形。君主の意向を捧げ持たせる意。つまり、使に行かせる、君主の意向に従わせる、転じて、意向に添うものとして雇い用いる意。ただし、使に行かせる意の動詞の場合は、行かせる主人公に敬意を表して、尊敬の助動詞シを加え、ツカワスの形で用いるのが古い例(岩波古語辞典)、
とある。
仕(つか)ふ、
は、
へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、
の、自動詞ハ行下二段活用で、
事(つか)ふ、
奉(つか)ふ
とも当て、現代語でいうと、
つかえる、
で、
使はるの約と云ふ(大言海)、
と、
(主人が)使ふ、
の逆が、
(主人に)仕ふ、
となるが、この由来は、
ツクの延(日本語源=賀茂百樹)、
自分にツク(属)ように仕向ける意(国語溯原=大矢徹)、
ツク(着)の義(言元梯)、
ツク(仕)の再活用(万葉集辞典=折口信夫)、
君に付き顕れ進む意で、ツカはツキアの約(国語本義)、
ツキハヘル(付侍)の義(名言通)、
ツク(付着する、属する)で、目上の人のそばに居て、用をする意(日本語源広辞典)、
ツキアフ(突合)の約、ツキは下から上へ突きあげ、捧げるようにする意、アフは相手の重みや心の動きに合わせる意。下で、君主の意向に合わせるように、両手で捧げる意。多く、「つかへまつる」の形で用いた。漢字「奉」「承」は、古くは共にツカフと読む字であるが、字義はいずれも、捧げて持つ意(岩波古語辞典)、
とある。ちなみに、
「奉」(漢音ホウ、呉音ブ)は、「両手で捧げ持つ」意、
「承」(漢音ショウ、呉音ジョウ)は、「両掌で上に捧げてうける」意、
とある(漢字源))が、どの語源かは、はっきりしない。ただ、
使ふ、
と、
仕ふ、
が、裏表の関係であることは確かである。たとえば、
小間使(こまづか)ひ、
は、
主人の身の回りの雑用をする女性、
つまり、
召使い、
の意や、
禁中に仕える下級の武士、
の意で、
五石二人扶持。使番に文箱を渡したり、医師の薬籠を女嬬に渡したり、命婦らの外出に輿脇の供をしたりする、
ものを指したり、
江戸幕府で雑用にたずさわる下級の職、
で、
一五俵一人半扶持、
のものなどを指すが、
使われる者、
であると同時に、
仕える者、
の意でもある(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
「間」(漢音カン、呉音ケン)の異体字は、
閨i旧字体)、间(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%96%93)。字源は、
「閨vの「月」部分が「日」に変化した異体字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%96%93)、
である。
「閨v(漢音カン、呉音ケン)の異体字は、
間(常用漢字/繁体字)、间(簡体字)、𨳡(古字)、𨳢(古字)、𨳿、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%96%92)。字源は、「間使」で触れたように、
会意文字。間は俗字で、本来は、閧ニ書く。門の扉の隙間から月の見えることを表すもので、二つに分ける意を含む。間の本来の意味の他に、「閑」の意にも用いられる、
とある(漢字源)。同じく、
旧字は、会意。門と、月(つき)とから成り、夜に、門のすきまから月が見えることから、すきまの意を表す。教育用漢字は俗字による(角川新字源)、
会意文字です(門+月(日))。「欠けた月」の象形と「左右両開きになる戸」の象形から門を閉じても月の光が漏れる、すなわち「すきま」を意味する「間」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji273.html)、
会意。旧字は閧ノ作る。門+月。〔説文〕十二上に「隙なり。門と月とに從ふ」とし、古文として𨳢を録する。月は月光と解されているが、金文の字形によって考えると、廟門に肉をおいて祈る儀礼を示す字であるらしく、そこから離隔・安静の意が生ずるのであろう。〔左伝、定四年〕「管(叔)蔡(叔)商を(ひら)啓きて王室を惎閨iきかん)す」とあり、その呪詛的方法を示す字と考えられる(字通)、
と、会意文字とするものが多数派だが、
象形。門の間から月が見えるさまを象る。「あいだ」を意味する漢語{ /*kˤren/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%96%92)、
と、象形文字とするものもある。
「使」(シ)の異体字は、
駛(通字)、𠉕(本字)、𡥐、𡷮、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BD%BF)。字源は、「つかはしめ」で触れたように、
会意文字。吏は、手に記録用の竹を入れた筒をしっかり持った姿を示す。役目をきちんと処理する役人のこと。整理の理と同系の言葉。使は「人+吏」で、仕事に奉仕する人を示す。公用や身分の高い人の用事のために仕えるの意を含む。また他動詞に転じて、つかう、使役するの意に専用されるようになった、
とある(漢字源)。他は、
会意形声。人と、吏(リ→シ 仕事をする意)とから成り、人のために仕事をする人の意を表す。「吏」の後にできた字。古くは、「史」「吏」「事」と同字であった。転じて「つかう」意に用いる(角川新字源)、
会意兼形声文字です(人+吏)。「横から見た人の象形」と「官史(役人)の象徴となる旗ざおを手に持つ象形」(「役人」の意味)から「つかう・つかえる人」を意味する「使」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji388.html)、
と、会意兼形声文字とするものと、
形声。「人」+音符「吏(史) /*KƏM/」。「つかい」を意味する漢語{使 /*srəʔs/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%BD%BF)、
形声。声符は史(し)。史・吏・使(事)はもと同形。〔説文〕八上に「伶なり」とあり、使令の意。金文では史を使役の意に用い、「令〜使〜」(〜をして〜せしむ)という形式を「〜史〜事〜」という形式でしるす。事は遠く外に使して史(祭の名)を行うことで、事(まつり)の使者を意味する字であった(字通)、
と、形声文字とするものとに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
地大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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うかねらふ跡見(とみ)山雪(やまゆき)いちしろく恋ひば妹が名人知らむかも(万葉集)
の、
うかねらふ、
は、
跡見の枕詞、
とあり、
うかねらふ跡見山、
を、
ひそかに獲物を狙うというあの跡見の山の雪、
と訳し、
(跡見の山の雪が)はっきりと目につくように、こんなにおおっぴらに恋いこがれたら、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
跡見、
は、
桜井市東部の地か、
とある(仝上)が、
跡見山、
は、
桜井市の鳥見山(とりみやま・とみやま)、
としている(大言海・https://tom101010.hatenablog.com/entry/2019/06/09/220651)。
うかねらふ、
は、
窺狙ふ、
とあて、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、他動詞ハ行四段活用で、
ウカはウカミ(窺見)・ウカカフのウカと同根(岩波古語辞典)、
「うか」は「窺(うかが)う」の意(精選版日本国語大辞典)、
ウカガヒネラフの中略、ウカガイミ、ウカミ(斥候)と云ふ語もあり(大言海)、
ウカウカ狙フの意(和訓栞)、
ウカ(奥)ネラフの意(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々とあり、
相手の様子を見て、よい時機をねらう(岩波古語辞典)、
狩りに鳥見(とみ)の役の人の、鳥を狙う意より(大言海)、
よい機会が来るのをそっと待っていて得ようとする(精選版日本国語大辞典)、
ようすを見ていて好機をねらう(デジタル大辞泉)、
の意である。で、枕詞として、
狩猟のとき、鳥獣の足跡をたどってねらうことやねらう人を「跡見(とみ)」ということから(デジタル大辞泉)、
うかがひねらふ意で(岩波古語辞典)、
同音の地名「跡見(とみ)」「跡見山」にかかる。
跡見(とみ)、
は、
秋津の小野の野の上(へ)には跡見(とみ)据ゑ置きてみ山には射目(いめ)立て渡し(万葉集)、
と、
トは足跡の意(岩波古語辞典)、
「と」は「あと」の意(精選版日本国語大辞典)、
とし、
狩りの時、獣の通った足跡を調べること、またその役目の人(岩波古語辞典)、
狩猟のとき、鳥や獣の通った跡を見つけて、その行方を推しはかること。また、その役の人(学研全訳古語辞典)、
狩猟で、鳥獣の通った跡を見、その向かった方角などを考えること。また、その役目(デジタル大辞泉)、
狩猟の時、鳥獣の通ったあとを見て、そのゆくえ、居場所を考えること。また、その人(精選版日本国語大辞典)、
の意とされるが、『大言海』は、
とみ、
に、
鳥見、
とあて、
とりみの約、
として、
狩りの時、鳥の來るを見守るもの、
としている。なお、
跡見、
を、
あとみ、
と訓ませると、
跡見(あとみ)の茶事(ちゃじ)、
の略で、
茶事七式の一つ。茶会のあとで、参会できなかった希望者に、その道具の取り合わせや趣向などを見せるために行う、
意となる(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
うかねらふ、
の語源としている(大言海)、
うかみ、
は、
斥候、
窺見、
とあて(岩波古語辞典)、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
闥ウ、ウカミス、伺見、
とあり、
窺見(うかがひみ)の約、うかがひねらふ、うかねらふ(窺狙)(大言海)、
ウカはウカネラヒのウカと同根、ウカガウ意(岩波古語辞典)、
「窺い見る」の意か(広辞苑)、
として、
敵のようすをさぐること、またその人(岩波古語辞典)、
古代の間諜、敵の様子を探る者(ブリタニカ国際大百科事典)、
ものみ、間諜、しのび(大言海)、
の意である。継体紀八年に、
置烽(とぶひ)候(うかみ)邸閣、
と、
候(うかみ)、
とあり、また、推古紀九年に、
新羅の間諜迦摩多(かまた)が対馬に来たところを捕らえた、
とある中に、
闥ウ者(うかみびと)、
とあり、孝徳紀二年には、
關塞、斥候(うかみ)、防人、驛馬、傳馬、
とある。また、天武紀には、
処々に斥候(うかみ)を置けり、
ともある。また、
うかがふ、
は、
窺ふ、
伺ふ、
とあて(岩波古語辞典)、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、他動詞ハ行四段活用で、
奈良時代にはウカカフと清音、他人に知られないように、周囲に心を配りながら、相手の真意や、事の真相をつかもうとする意、
とあり(岩波古語辞典)、
内考(うちかが)ふるの略にて、活用を変じたる語か、うちとねり、うどねり(内舎人)。あぢはふ、あぢはふる(味)(大言海・和訓栞)、
ウチカガナフ(内考)、カはカナの反(名言通)、
ウカガフ(心考)の義(言元梯)、
内考へ問ふの義(日本語原学=林甕臣)、
ウはウチの略、カは語尾のガフと調を合わすため、助声として添えたものらしい(国語の語根とその分類=大島正健)、
ウカ(穿)+カフ(交)、奥を穿ち見る、内部を覗き見る意(日本語源広辞典)、
ウカはオク(奥)と同語、奥を探るという意(日本古語大辞典=松岡静雄)
カムカフ(居考)という重語(紙魚室雑記)、
「うかねらふ」「うかみ」の「うか」と同源(日本語源大辞典)、
等々とあるものの、あるがはっきりしないが、
籠(こ)に乗りて釣られ上りて、うかがひ給(たま)へるに(竹取物語)、
と、
それとなくようすを探る、
こっそりのぞく、
意や、
粥(かゆ)の木ひき隠して、家の御達(ごたち)・女房などのうかがふを(枕草子)、
ひそかに待つ、
(機会を)ねらう、
意や、
其の是非を窺(ウカカヒ)て、還りて我が衆に帰く(守護国界主陀羅尼経巻八平安初期点)、
と、
調べ求める、
調べ捜す、
意や、
弓射(ゆみい)・馬に乗ること、六芸に出せり。必ずこれをうかがふべし(徒然草)、
と、
物事の一端を知る、
いちおう知っておく、
また、
推定する、
察知する、
意などで使い(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、転じて、
院宣(ゐんぜん)うかがはうに一日が逗留(とうりう)ぞあらんずる(平家物語)、
と、貴人、目上の人などに対する謙譲語として使われるようになり、
「問ふ」「聞く」「尋ぬ」の謙譲語、
としてや、
「訪問する」の謙譲語、
としても使うに至る。
「窺」(キ)の字源は、
会意兼形声。「穴(あな)+音符規」。規(コンパスではかる)の「はかる」の意からの派生語である、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(穴+規)。「穴居生活の住居」の象形(「穴」の意味)と「両手両足を広げた人に冠のかんざし(冠を髪に留める為のもの)を表す、一を付した象形(「成人の男子」の意味)と大きな目と人の象形(「見る」の意味)」(「成人の男子が見る」の意味)から、「穴からのぞき見る」を意味する「窺」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2635.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。穴と、音符規(クヰ)とから成る(角川新字源)、
形声。声符は規(き)。〔説文〕七下に「小(すこ)しく視るなり」とあり、のぞき見る意。字はまた闚に作る。「規規」に区区・局促の意があり、そのように窮屈な見かたをいう。何らか企むところのある態度で、窺窬をまた覬覦という(字通)、
原字「𥦀」は穴を覗くさまを象る象形文字で、のち「見」を音符「規
/*WE/」に換えて「窺」の字形となる。「のぞく」「うかがう」を意味する漢語{窺 /*kʰwe/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%AA%BA)、
と、形声文字としている。
「狙」(漢音ソ、呉音ショ)は、
形声。「犬+音符且(ショ)」、
とあり(漢字源)、他も、
形声。「犬」+音符「且 /*TSA/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8B%99)、
形声。犬と、音符且(シヨ)とから成る(角川新字源)、
形声文字です(犭(犬)+且)。「耳を立てた犬」の象形と「台上に神へのいけにえを載せ積み重ねた」象形(「まないた、机」の意味だが、ここでは、「相」に通じ(「相」と同じ意味を持つようになって)、「みる」の意味)から、人の隙を伺う動物「犬」、「猿」を意味する「狙」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1816.html)、
形声。声符は且(そ)。〔説文〕十上に「玃(さる)の屬なり」とし、「一に曰く、狙は犬なり。暫(しばら)く人を齧(か)む者なり」とあり、猿と犬との両類をあげる。〔荘子、斉物論〕の朝三暮四の話にみえる猿飼いは、狙公とよばれている。のち狙伺の意に用いるのは、覰(しよ)・索と通用の義である(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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玉垂(たまだれ)の小簾(をす)のすけきに入り通(かよ)ひ來(こ)ねたらちねの母が問(と)はさは風と申(まを)さむ(万葉集)
の、
玉垂、
は、
小簾の枕詞、
すけきに、
は、
隙間から、
の意、
たらちねの、
は、
母の枕詞、
で、
子供は母親が管理した、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
すけき、
は、
隙、
とあて(広辞苑)、
すげき、
とも訓ませ(大言海)、
隙(ひま)の粗(あら)き容子を云ふ語、
で(仝上)、
すきま、
すき、
の意だが、
「透(す)き明(あ)き」の変化した語か(学研全訳古語辞典)、
スキ(透)アキ(明)の約か(岩波古語辞典・広辞苑)、
透くを語根としたる形容詞の連体名詞か(大言海)、
すきまとする説、「透き明き」の約とする説、老人の歯が抜けてまばらになる意の「すげむ」と類語の「すげく」の存在を想像して(「しづむ」と「しづく」、「のぞむ」と「のぞく」など)その名詞形かとする説などがある(精選版日本国語大辞典)、
等々の由来と考えると、
ほんの少しのすきま、
の意(学研全訳古語辞典)が、正確かもしれない
玉垂(たまだれ)、
は、古く、
たまたれ、
ともいい(精選版日本国語大辞典)、
たま、
は、
美称、
で(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
美しいすだれ、
の意、
あるいは、
珠飾りのある簾、
の意でもあり(仝上)、
玉簾(たますだれ)、
ともいい(精選版日本国語大辞典)、
玉すだれの略、
が、
たまだれ、
ともあり、後述の、
小簾(をす)に掛けて、言ひ馴れて。(たまだれと)転ぜる語、
ともある(大言海)、
玉を緒(お)で貫いて垂らし、飾りとしたもの、
を言い、それをメタファに、後年、
もすそにかかる玉だれもたがひの思ひかずとりてん(浄瑠璃「凱陣八島(1685頃)」)、
と、
雨のしずく、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。冒頭の歌の、
玉垂の、
は、古く、
たまたれの、
ともいい、枕詞として、
玉を貫きて物に掛けて垂れて、飾りとすれば云ふ(大言海)
玉を緒に通して垂れることから(岩波古語辞典)、
玉を緒(お)で貫いて垂らし、飾りとしたものの意から(精選版日本国語大辞典)、
と、「緒(を)」と同音を含む語にかかり、
玉垂乃(たまだれノ)越智(をち)の大野の 朝露に玉裳はひづち夕霧に衣(ころも)は濡れて(万葉集)」、
と、
地名「越智(をち)」にかかり、冒頭のように、
小簾(をす)、
や、同音の「小(を)」にかかるが、転じて、
いとはやも露ぞ乱るる玉だれのこすの大野の秋の初風(新拾遺和歌集)、
と、
こす、
にもかかるが、一説に玉で作ったすだれの意だからという(精選版日本国語大辞典)。また、
たまたれのみすのうちには梅花おもひかけたる人やをるらん(兼澄集)、
と、玉で作ったすだれの意で、
御簾(みす)、
にもかかる(仝上)。
小簾(をす)、
は、文字通り、
小さいすだれ、
の意だが、
おす(小簾)、
の誤読から、
こす(小簾)、
ともいう(仝上)が、「お」は接頭語で、
あし、竹などを糸で編みつないだもの、
で、
すだれ、
の意でも使い(仝上)、で、
こすだれ(小簾)
ともいう(仝上)。和名類聚抄(931〜38年)に、
簾、須太禮、編竹帳也、
字鏡(平安後期頃)に、
箔、須太禮、
とある。
簾(すだれ)、
は、その由来を、
「簀垂(すだれ)」の意(デジタル大辞泉・大言海・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑・名語記・和句解・類聚名物考・和訓栞・言元梯・名言通)、
スキタレ(透垂)の義(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・日本語原学=林甕臣)、
スは竹製のものをいう古い俗語、だれは垂れの義(東雅)、
「簀垂(すだ)れ」からおこったとみる説と、住むところの巣(す)の出入口に垂れ下げて風雨湿気を避けたので、という説がある(日本大百科全書)、
〈すだれ〉は簀垂(すだれ)であり、〈す(簀)〉は〈すきま〉から出た言葉でもとは敷物である。簀とみられる遺物は縄文時代からある(世界大百科事典)、
等々とあり、上述のように、
をす(小簾)、
こす(小簾)、
みす(御簾)、
たれす(垂簾)、
す(簾)、
という言い方もする(大言海・広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
細く割った竹やアシなどを横に並べ、糸で編み連ねたもの。部屋の隔てや日よけ・目隠しなどに掛けて垂らす(デジタル大辞泉)、
細くけずった竹や葦(あし)などを緯(よこいと)とし、間隔を置いて糸で編み連ねたもの。掛け垂らして、風を通しつつ室の内外をへだてたり、日光をさえぎったりするのに用いる(精選版日本国語大辞典)、
細く割った竹や細い葦を糸で編み連ねて垂らすもの、部屋の内外を隔て、また日光を遮るのに用いる。古くは、牛車や輿(こし)にもかけた(広辞苑)、
細竹などを糸で編み、縁をつけたもの。垂れ下げて物の隔てや日光の遮りに使う。巻き上げた時は、鉤(こ)という金物に掛けてとめる。伊予産の伊予簾、青竹を編んだ青簾、葦で作った葦簾等がある(岩波古語辞典)、
巻き上げたとき、鉤(こ)という金物に掛けて下がらないようにし、鉤に丸緒の総(ふさ)を下げる(日本大百科全書)、
細くけずった竹や葦などを緯(よこいと)にし、感覚をおいて糸で編み連ねたもの。掛け垂らして、風を通しつつ質の内外を隔てたり、日光を遮ったりする(日本語源大辞典)、
等々とあり、
すだれ、
は、
内と外を完全に遮断せず、光や音、匂い、風などを感じることができるのが特徴。貴人の対面には簾を隔てるのが礼とされた。漢語では「玉簾(ぎょくれん)」、「簾中(れんちゅう)」がある、
とある(日本語源大辞典)。なお、
すだれ、
は、
一般には縁(へり)がつかないが、縁つきの高級品を、
御簾(みす)、
という(世界大百科事典)。材料には、上述のように、
竹やヨシ(葦)のほか、篠(しの)、萱(かや)、菅(すげ)、薦(こも)などがある。伊予竹で作った伊予すだれは古来最高級品とされているが、伊予竹は伊予山中で採れる篠竹で、幹が細く軽いうえ光沢が美しいのですだれ材として最適である(仝上)、
とされる。枕草子の、
少納言よ、香炉峰(かうろほう)の雪いかならんと仰(おほ)せらるれば、御格子あげさせて、御簾(みす)を高くあげたれば、わらはせ給ふ、
とある、
御簾(みす)、
は、その御簾である。
特に緑色の布の縁取りなどをした簾(すだれ)のこと、
を、
ぎょれん、
とも読み、神社で用いる御簾は、
細く削った竹を赤糸で編み、縁を四方と内に縦に三筋附ける。本殿の御簾は鉤も鉤丸(こまる)も外側に附けるが、それ以外は内側に附ける。かかげ方は、内巻に巻き上げると定められている、
ともある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%99%E3%81%A0%E3%82%8C)。この、
鉤丸(こまる)、
は、
こうまろ、
ともいい、
長押(なげし)にかけた丸緒(まろお)に付随し、簾を巻きあげて懸けて置く金銅製の鉤(こ)、
とある(精選版日本国語大辞典)。なお、
葦の莖て編むのを、
よしず(葦簀・葭簀)、
という(大言海)が、葦(よし)で作ったすだれには二種類あり、ひとつは、
葦(あし)すだれ、
とよぶものは大喪(たいも 天皇・太皇太后・皇太后・皇后の喪に服する)中に使う御簾のことで、鈍色(にびいろ濃いねずみ色)の縁がつく。
もう一種が、
よしず、
で(アシはヨシの異称)、
太く長いヨシ(口径約1.5cm、長さ3〜4m)をすだれ状に編んだもの、
とある(仝上)。
人と相乗りて、すたれをだにあけ給はぬを、心やましうおもふ人おほかり(源氏物語)、
とあるように、牛車(ぎっしゃ)や輿(こし)などの出入り口の障屏具として使う場合、
檳榔毛(びろうげ 檳榔毛の車)には蘇芳染めの竹を用い、赤色簾または蘇芳簾といい、青竹のまま、または緑青(ろくしょう)で染めた竹を用いるのをふつうの料として青簾という。また、物見に懸けるものを小簾(こすだれ)という、
とある(精選版日本国語大辞典)。
檳榔毛(びろうげ)の車、
とは、
さらした檳榔の葉で車の箱の全体を葺(ふ)き覆ったもの。また、檳榔の代わりに菅を用いることもあり、太上天皇・親王・摂関以下、上卿の乗用を例とした。平安朝から用いられた、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
びろうの車、
びりょうの車、
びりょうげの車、
びんろう車、
びろうげ、
びろう、
等々ともいう(仝上)。
「簾」(レン)は、
会意兼形声。「竹+音符廉(きちんとそろう)」。竹を編んだすだれ、
とある(漢字源)。おなじく、
会意兼形声文字です(竹+廉)。「竹」の象形(「竹」の意味)と「屋根の象形と並んで植えられている稲をあわせて手でつかむ象形(「かねる」の意味)」(「家の壁の直線がぶつかりあう、かど」の意味)から部屋のかどや隅に垂らす「すだれ」を意味する「簾」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2645.html)、
ともあるが、
形声。竹と、音符廉(レム)とから成る。竹を連ね合わせた「すだれ」の意を表す(角川新字源)、
ともある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
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