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コトバ辞典


円居


某(なにがし)の沙門、ただかりそめに座を立ちて帰らず。円居の僧不審して、寺へ戻りしかと人やりて見するに居ず(宿直草)、

にある、

円居、

は、

まどい、

と訓ませるが、

同席の、

の意とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。

団居、

とも当て(広辞苑)、

連聲(レンジヤウ)に。まどゐ、

とあり(大言海)、

近世初期ごろまで「まとい」、

と清音であった(日本国語大辞典)。

円(マト)居(ヰ)の意、

とある(大辞林・岩波古語辞典)が、

纏居(まとゐる)にて、纏わり居(を)る意、

ともある(大言海)。

思ふどちまどゐせる夜は唐錦たたまく惜しき物にぞありける(古今集)、

と、

輪になって座ること、
くるまざ、
団欒、

の意であり、また、

この院にかかるまどゐあるべしと聞き伝へて(源氏物語)、

と、

(楽しみの)会合、
ひと所に集まり会すること、特に、親しい者同士の楽しい集まり、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。これを動詞化して、

まどゐる、

は、

円居る、
団居る、

と当て、

氏人のまどゐる今日は春日野の松にも藤の花ぞ咲くらし(宇津保物語)、
春ながら年はくれつつよろづ世を君とまどゐば物も思はじ(仝上)、

などと、

集まり居る、
車座になる、
団欒する、
親密な者同士が集まり居る、

などの意で使う(精選版日本国語大辞典・大言海・日本国語大辞典)。これも、

まとゐる、

と清音で、

連聲(レンジヤウ)に、まどゐる、

とある(大言海)。

円居、
団居、

は和製漢語で、漢語で、

まどゐ、

の意は、

大盆盛酒、圓坐相酌(晉書・阮籍(げんせき)傳)、

と、

圓坐(エンザ)、

と表記し、

車座に坐す、

意である(字源)。

「圓」(エン)の字は、「まる(円・丸)」http://ppnetwork.seesaa.net/article/461823271.htmlで触れたように、

会意兼形声。員(イン・ウン)は、「○印+鼎(かなえ)」の会意文字で、まるい形の容器を示す。圓は「囗(囲い)+音符員」で、まるいかこい、

とあり(漢字源)、「まる」の意であり、そこから欠けたところがない全き様の意で使う。我が国では、金銭の単位の他、「一円」と、その地域一帯の意で使う。別に、

会意兼形声文字です(囗+員)。「丸い口の象形と古代中国製の器(鼎-かなえ)の象形」(「口の丸い鼎」の意味)と「周
意味)から、「まるい」を意味する「円」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji194.html

「円」は、「圓」の略体。明治初期は、中の「員」を「|」で表したものを手書きしていた。時代が下るにつれ、下の横棒が上に上がっていき、新字体採用時の終戦直後頃には字体の中ほどまで上がっていた、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%86%86

「居」(漢音キョ、呉音コ)は、

会意兼形声。「尸(しり)+音符古(=固。固定させる、すえる)」で、台上にしりを乗せて、腰を落ち着けること。踞(キョ しりをおろして構える)の原字、

とある(漢字源)。

「團(団)」(漢音タン、呉音ダン、唐音トン)は、

会意兼形声。專(セン=専)の原字は、円形の石をひもでつるした紡錘の重りを描いた象形文字で、甎(セン)や磚
(セン 円形の石や瓦)の原字。團は「囗(かこむ)+音符專」で、円形に囲んだ物の意を示す、

とある(漢字源)が、丸めたもの、ひいて「かたまり」の意を表す(角川新字源)ともある。別に、

会意兼形声文字です(囗+寸(專))。「周辺を取り巻く線」(「めぐる」の意味)と「糸巻きと右手の象形」(「糸を糸巻きに巻きつける」の意味)から、まるくなるようにころがす、すなわち、「まるい」、「集まり」を意味する「団」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji866.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

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夫子


慕虎馮河して死すとも悔ゆる事なき者は与せじ、と夫子(ふうし)の戒めしもひとりこの人の爲にや(宿直草)、

にある、

夫子、

は、

孔子、

を指す(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。ちなみに、「慕虎馮河」は、ただしくは、

暴虎馮河、死而無悔者、吾不与也(論語・述而篇)、

である(仝上)。

「夫子」は、

孤實貪以禍夫子、夫子何罪(左伝)、

と、

先生、長者の尊称、

として使ったり、

夫子温良恭謙譲(論語)、

と、

師を尊び称す、単に子と云ふに同じ、

意に使ったり、

勖哉夫子(書・秦誓)、

と、

将士を指して云ふ、

意に使ったり、

信乎夫子不言不笑不取乎(論語)、

と、

大夫の位に在る者を呼ぶ敬称、

の意や、

必敬必戒、無違夫子(孟子)、

と、

妻、その夫を指す、

意など、意味の幅がある(字源)。我が国でもそれに準じた使い方になるが、

夫子自身、

という言い方で、

僕の事を丸行灯(まるあんどん)だといつたが、夫子自身は偉大な暗闇(クラヤミ)だ(夏目漱石・三四郎)、

と、

あなた・あの方などの意で、その当人をさす語、

としても使う。しかし、

夫(フウ)子とよめば孔子にまぎれてわるいぞ(「土井本周易抄(1477)」)、

とあるように、冒頭に上げた例もそうだが、

孔子の敬称、

として使われることが多い。

ところで「夫子」を、我が国では、

せこ、

とも訓ませ、

兄子、
背子、

とも当てる(広辞苑)。

コは親愛の情を表す接尾語、

とある(岩波古語辞典)。「せ」は、

兄、
夫、
背、

等々と当て(仝上)、

いも(妹)の対、

で(仝上)、

兄(エ)の転か、朝鮮語にもセと云ふ(大言海・和訓栞)、
セ(背)の高いところから(名言通)、
セ(兄)はエ(甲)の義、セ(夫)はテ(手)の義(言元梯)、

など、諸説あるが、「背」だとすれば、「背」の語源は、

ソ(背)の転(岩波古語辞典)、
反(ソレ)の約、背(ソ)と通ず(大言海)、

とあり、

本来「せ」は外側、工法を意味する「そ」の転じたもので、身長とは結びつかなかった。ところが、今昔物語に、「身の勢、極て大き也」とあるように、身体つき・体格を意味する「勢(せい)」が存在するところから、音韻上の近似によって、「せ(背)」と「せい(勢)」とが混同するようになった、

とある(日本語源大辞典)のが注目される。「せこ」に、

吾が勢(セコ)を大和へ遣るとさ夜深けて暁露に吾が立ち濡れし(万葉集)
我が勢故(セコ)が来べき宵なり(書紀)、

と、

女性が夫、兄弟、恋人など広く男性を親しんでいう語、

として使うとき、

勢、

を当てている(日本国語大辞典・精選版日本国語大辞典)。「せ」は、この、

身体つき・体格、

を意味する、

勢(せい)、

由来なのではないか、という気がする。勿論憶説だが。このいみの「せこ」は、

せな、
せなな、
せのきみ、
せろ、

等々という言い方もする。ただ、対の、

いも、

が、中古以降、

いもうと、

に変化したのに対応して、

せうと、

に変化し、

せ、

単独では使われなくなった(日本語源大辞典)、とある。「せこ」は、

沖つ波辺波立つともわが世故(セコ)が御船(みふね)の泊り波立ためやも(万葉集)、

と、

男性が他の親しい男性に対して用いる語、

としても使う(仝上)。

ちなみに「背子」を、

はいし、

と訓ませると、

奈良時代から平安時代初期に着用された女子朝服の内衣で、冬期に袍(ほう 朝服の上衣)の下、衣(きぬ)の上に着た袖(そで)なしの短衣。しかし袍はほとんど用いられなかったため、背子が最上衣として使われた、

とある(日本大百科全書)。

唐衣(からぎぬ)の前身、

であるため、

唐衣の異称、

の意もある(デジタル大辞泉)。「唐衣」は、背子(はいし)が変化し、

十二単(じゅうにひとえ)の最も外側に裳(も)とともに着用した袖(そで)幅の狭い短衣、

で、

袖が大きく、丈が長くて、上前・下前を深く合わせて着る、

とある(仝上)。

「夫」(漢音呉音フ、慣用フウ)は、

象形。大の字に立った人の頭に、まげ、または冠のしるしをつけた姿を描いたもので、成年に達した男をあらわす、

とある(漢字源)。別に、

象形。髷に簪を挿した人の姿https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%AB

象形。頭部にかんざしをさして、正面を向いて立った人の形にかたどる。一人まえの男の意を表す。借りて、助字に用いる(角川新字源)、

とあるが、

指事文字です。「成人を表す象形に冠のかんざしを表す「一」を付けて、「成人の男子、おっと」を意味する「夫」という漢字が成り立ちました、

とあるので、意味が分かるhttps://okjiten.jp/kanji41.html

「子」(漢音・呉音シ、唐音ス)は、

象形。子の原字に二つあり、一つは、小さい子どもを描いたもの、もう一つは子どもの頭髪がどんどん伸びるさまを示し、おもに十二支の子(シ)の場合に用いた。後この二つは混同して子と書かれる、

とある(漢字源)。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
簡野道明『字源』(角川書店)

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まけ


されば心に懸からぬ怪異(けい)は更にその難無きものをや。なう、お目のまけを取り給へ、空には花は咲き候まじ(宿直草)

にある、

まけ、

は、

目に白いもやがかかっているように見えるのを指す、

とあり(高田衛編・校注『江戸怪談集』)、

目気、

とも当て、転じて、

膜、

とある(仝上)。ここでは、

まけ、

は、

比喩として使っている。

「まけ」は、

眚、
瞙、

などと当て(広辞苑)、

目気の意(広辞苑)、
マ(目)ケ(気)の意(岩波古語辞典)、
目気の義、脚(きゃく)の気と同趣(大言海)、

で、

眼病の一種、そこひ(広辞苑)、
ひ、眼の病、そこひ、外障眼(ウハヒ)(大言海)、

とある。「そこひ」は、

底翳、
内障、

と当て、

眼内ないし視神経より中枢側の原因で視力障害(翳=くもり)を起こす状態、

をいい、

で、こんにちの、

K内障(「黒そこひ」といった)、
白内障(「白そこひ」といった)、
緑内障(「青そこひ」といった)、

等々の総称である(広辞苑・デジタル大辞泉)。この対が、

うわひ(上翳・外内障)、

で、

ひとみの上に曇りができて物が見えなくなる眼病、

を指す(仝上)。

さて、「まけ」は、色葉字類抄(1177〜81)

瞙、まけ、目病也、

天治字鏡(平安中期)に、

眚、目生翳也、麻介、又、目暗、

とある。華厳音義私記(奈良時代末)に、

瞙、麻気(まけ)、

とあり、古くから知られていた。日葡辞書(1603〜04)には、

マケヲワヅラウ、

とあり、醒睡笑(江戸前期)に、

一度させばかすみはるる、二度させばまけも切る、

とある(仝上)

また、「まけ」は、別に、

ひ(目翳)、

ともいい、

隔、
重、
曾、

などと当て(大言海・日本国語大辞典)、

物を隔てるもの、
また、
事の重なること、

の意の、

ひ、

の語意に通じる(大言海)とし、

目翳、氷、をヒと云ひ、曾祖父(ヒオホヂ)、曾祖母(ヒオホバ)、孫(ヒコ)、曾孫(ヒヒコ)など云ふヒも是なり、

とあり(仝上)、

眼晴の上に、蠅翅の如きものを生じて物を隔て、明らかに見えぬもの、

を指し、和名類聚抄(平安中期)に、

目翳、比、目膚眼精上有物、如蠅翅是也、

と、

ひとみに翳(くもり)が生じ目が見えなくなる、

としている。「蠅翅」で、目に膜のかかった状態を言っているようである。

「目」(漢音ボク、呉音モク)は、「尻目」http://ppnetwork.seesaa.net/article/486290088.htmlで触れたように、

象形。めを描いたもの、

であり(漢字源)、

のち、これを縦にして、「め」、ひいて、みる意を表す。転じて、小分けの意に用いる、

ともある(角川新字源)。

「気」http://ppnetwork.seesaa.net/article/412309183.htmlでも触れたが、「氣(気)」(漢音キ、呉音ケ)は、

会意兼形声。气(キ)は、息が屈折しながら出て来るさま。氣は「米+音符气」で、米をふかすとき出る蒸気のこと、

とあり(漢字源)、

食物・まぐさなどを他人に贈る意を表す。「餼(キ)」の原字。転じて、气の意に用いられる、

とある(角川新字源)。

「氣」は「气」の代用字、

とあるのはその意味であるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%97。別に、

会意兼形声文字です(米+气)。「湧き上がる雲」の象形(「湧き上がる上昇気流」の意味)と「穀物の穂の枝の部分とその実」の象形(「米粒のように小さい物」の意味)から「蒸気・水蒸気」を意味する「気」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji98.html。「气」(漢音キ、呉音ケ)は、

象形。乙形に屈曲しつつ、いきや雲気の上ってくるさまを描いたもの。氣(米をふかして出る蒸気)や汽(ふかして出る蒸気)の原字。また語尾がつまれば乞(キツ のどを屈曲させて、切ない息を出す)ということばとなる、

とあり(漢字源)、

後世「氣」となったが、簡体字化の際に元に戻された。乞はその入声で、同字源だが一画少ない字、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%B0%94

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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むさと


むさと物事機をかけまじき事なり。惣じて小事は身のたしなみ、心の納め様にも依るべし(宿直草)、

にある、

むさと、

は、

むやみに、

の意とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「むさと」は、

むざと、

ともある(広辞苑)が、

近世初期までは「むさと」と清音、

であった(精選版日本国語大辞典)。

人の国をむさと欲しがる者は、必ず悪しきぞ(「三略鈔(1534)」)、

と、

貪るように強く、

の意や、

矢ごろ矢たけと云ふ事。むさと云まじき事也(「弓張記(1450〜1500頃)」)、
Musato(ムサト)シタコトヲユウ(「日葡辞書(1603〜04)」)、

と、

とるべき態度・守るべき節度をわきまえず、無分別・不注意であるさまを表わす語、

として、

軽はずみに、思慮もなく、うっかりと、

の意や、

古今ぢゃと云うて、むさと秘すべきにあらず(「耳底記(1598〜1602)」)、
其村々ににくきもの在之とて、御検地などむさとあしく仕まじく候(「島津家文書(1594)」)、

などと、

正当な理由もなく、または、いいかげんに事を行なうさまを表わす語、

として、

みだりに、むやみに、やたらに、

の意や、

我らがやうな尊き知識などが、何とて、むさとしたる所へ寄るものか(咄本「昨日は今日の物語(1614〜24頃)」)、

と、

あまりれっきとしたものでないさま、ちゃんとしていないさまを表わす語、

として、

らちもない、取るに足らない、いいかげん、

の意で、

物をきかじ見じと云心、然どもむさとしては叶まい(「古文真宝彦龍抄(1490頃)」)、
Musato(ムサト)シテイル(「日葡辞書(1603〜04)」)、

と、

とりとめなく、無為に過ごすさまを表わす語として、

とりとめなく、漫然と、

の意や、

薄紅の一枚をむざと許りに肩より投げ懸けて(夏目漱石「薤露行(1905)」)、

と、

あっさりとむぞうさに事を行なうさまを表わす語、

として、

無造作に、

の意で使うなど、「むさと」の意味の幅はかなり広い(精選版日本国語大辞典・日本国語大辞典)。それは、「むさと」の語源を、

「むさ」は「むさい」の「むさ」と同じ(日本国語大辞典)、
まざまざのまざの転(大言海)、
ムサボル・ムサシと同根(岩波古語辞典)、

と見るのと関わる。ただ、「まざまざ」は、

正正、

と当て、

ありありと目に見えるさま、

の意で、「むさと」とは意味がずれすぎるのではあるまいか。「むさし(むさい)」は、

もとより礼儀をつかうて身を立つる人には心むさければ(「甲陽軍鑑(1632)」)、

と、

貪り欲する心が強い、また欲望意地などが強すぎてきたない、

といった意であり、そこから、

岳が胸中は定て泥と塵とが一斛(=石 さか)ばかりあるべきぞ、むさい胸襟ぞ(「四河入海(1534)」)、

と、外観の、

きたならしい、きたなくて気味が悪い、不潔である、

意で使う。「むさぼる」は、

ムサはムツト・ムサシ・ムサムサのムサと同じ、ホルは欲る意(岩波古語辞典)、
ムサとホル(欲)の意(大言海)、
ムサトホル・ムサムサホリス(欲)の義(和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健)、
「むさ」は「むさい」「むさ」などの「むさ」か。「ぼる」は「欲る」の意(日本国語大辞典)、

とあり、「むさ」「むさむさ」とつながる。「むさむさ」も、

むさむさとした心もさっと晴れやかになったぞ(「四河入海(1534)」)、

と、

むさぼり欲する心が強いさま、また、心が満たされず、いらいらとおちつかないさま、

の意や、

下種(げす)しく荒くふとふとと聞こえ、むさむさと聞こゆる也(十問最秘抄(1383〜1386)」)、

と、

せま苦しい、窮屈なさまを表す語、

として、

むさくるしいさま、

の意や、

詞もつたなく、風情もなくて、ことごとしく具足おほく、むさむさと俗なる連歌が付にくき也(「九州問答(1376)」)、

と、

ごちゃごちゃとして、きたならしいさまを表す語、

として、

汚らしい、

意や、

つくものごとくなる髪、むさむさとたばね(仮名草子「東海道名所記(1659)」)、

と、

毛などが多くて、乱れているさまを表す語、

として、

むしゃむしゃ、もさもさ、

といった意で使うほかに、

むさむさと物をくひ(「役者論語・あやめ草(1776)」)、

と、

節度をわきまえず、無分別、不注意であるさまを表す語、

として、

うっかり、

の意や、

Musamusato(ムサムサト)ヒヲクラス(「日葡辞書(1603〜04)」)、

と、

いいかげんにするさま、また、物事をするのに熱心さのないさまを表す語、

として、

無為に、

の意でも使う(日本国語大辞典・精選版日本国語大辞典・広辞苑)。こうみると、

むさと、
むさし、
むさむさ、
むさぼる、

の「むさ」には、

欲心にのめり込む、

意とともに、

そのことで心がお留守になる、

意の両面がある気がする。その意味で、

「みずからを省みて恥じないこと」を表わす「無慙(むざん)」との意味の重なりから、「むざと」や「むざむざ」の語形が生じたと考えられる。明治以降「むざと」はほとんど使われなくなり、「むざむざ」のみが残る、

とある(精選版日本国語大辞典)のは意味があるのではないか。今日、

むざむざ、

は、

この蛸むざむざと喰ふも無慚のことなり(仮名草子「一休咄(1668)」)、

と、

価値あるものが不用意に、あるいは無造作に失われるさまなどを、無念に思い惜しむ気持を込めて表す語、

として、

惜しげもなく、
無造作に、

の意だけで使うが、清音の、

むさむさ、

は、上述したように、日葡辞書(1603〜04)に、

むさむさと日を暮らす、

とあるように、

物事をいい加減にするさま、または、興味も持たず、熱心さもなく物事とをするさま、

の意で、

何もしないで、あるいはたとえ何かしていてもいい加減にして、時を過ごす、

意の使い方をしていた。

しかし、今日でも、

あんな結構なものをむざむざ食うものではない(堺利彦「私の父」)、

と、

むしゃむしゃ、

と、

貪り喰う、

という含意がある(擬音語・擬態語辞典)。やはり、

むさ、

は、

貪るさま、

の擬態語からきているからではないか、という気がする。

「貪」(漢音タン、呉音トン、慣用ドン)は、「慳貪」http://ppnetwork.seesaa.net/article/490034144.html?1658600957でふれたように、

会意文字。今は「ふたで囲んで押さえたしるし+−印」の会意文字で、物を封じ込めるさまを示す。貪は「貝+今」で、財貨を奥深くため込むことをあらわす、

とある(漢字源)。財貨を欲ばる意(角川新字源)ともある。別に、

会意文字です(今+貝)。「ある物をすっぽり覆い含む」象形(「含」の一部で、「含む」の意味)と「子安貝(貨幣)」の象形から「金品を含み込む」、「むさぼる」、「欲張る」、「欲張り」を意味する「貪」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2202.html

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)

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雁股の矢


弓取り直し素引き(弦だけを引き試みること)さして、豬(い)の目透かせる雁股(かりまた)の矢を取り(宿直草)、

とある、

豬の目透かせる雁股の矢、

は、

心臓形の猪の目の透かし彫りを施し、鏃の先を二股に作って内側に刃を付けたものを取り付けた矢、狩猟用、

とある(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。

「鏑矢」http://ppnetwork.seesaa.net/article/450205572.htmlで触れたように、「雁股」は、

狩股、

とも当て、

箭を放つ、鹿の右の腹より彼方に鷹胯(かりまた)を射通しつ(今昔物語)、

と、

鷹胯(かりまた)、

と当てたりする(精選版日本国語大辞典)。

先が叉(また)の形に開き、その内側に刃のある鏃。飛ぶ鳥や走っている獣の足を射切るのに用いる、

とある(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。「雁股の矢」は、「雁股」の鏃をつけた矢のことだが、

かぶら矢のなりかぶらにつけるが、ふつうの矢につけるものもある、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

羽は旋回して飛ばないように四立てとする、

とある(仝上)。「四立(よつだて)」とは、

四立羽(よたてば)、

ともいい、矢羽の数による矧(は)ぎ方の一種で、

幅の広い鷲などの大羽を茎から割いて左右に、幅の狭い山鳥などの小羽を前後に添えて、回転せずに飛ぶようにした矢羽(やばね)の矧ぎ方、

をいい、雁股(かりまた)や扁平な平根(ひらね)の鏃(やじり)に用いる(精選版日本国語大辞典)。「平根」とは、

身幅が広く扁平で、重ねも薄い形状の鏃、

を指すhttps://www.touken-world.jp/search-bow/art0012450/。平根の鏃は、

射切ることを目的とし、主に狩猟などに用いられた、

が鏃としては大型で先端が鋭くないため、遠くまで飛んで刺さるという矢の役割には不適だったとされる(仝上)、とある。なお、「矧ぐ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/489305692.htmlについては触れた。

雁股箆(かりまたがら)、
雁股矢、

ともいい(仝上)、

燕尾箭(えんびや)、

ともいう(大言海)。

字鏡(平安後期頃)には、

鴈胯(かりまた)、

とある。

雁股の中でも、U字のように股が広いものは、

平雁股、

と呼ばれ、股が狭く浅いものは、

鯖尾(さばお)、

と呼ばれるhttps://www.touken-world.jp/search-bow/art0012451/とある。

「雁股」の由来は、

かりまた如何。鴈俣也。かりのとびたる称にて、さきのひろごれる故になづくる歟(名語記)
蛙股(カヘルマタ)の略転と云ふ(あへしらふ、あしらふ。あるく、ありく)、形、開きたる蛙の股の如し(大言海・貞丈雑記)、
雁の足の指に似ているところから(本朝軍器考)、

等々とされるが、はっきりしない。形からいえば、「蛙股」だが、「雁行」も、狩猟用を考えると、捨てがたい。

なお、「弓矢」http://ppnetwork.seesaa.net/article/450350603.html、「はず」http://ppnetwork.seesaa.net/article/450205572.htmlについては触れた。

「鴈(鳫)」(漢音ガン、呉音ゲン)は、

会意兼形声。厂(ガン)は、厂型に形の整ったさまを描いた字。鴈は「鳥+人+音符厂」。厂型に整った列を組んで渡っていく鳥。礼儀正しいことから人が例物として用いたので、「人」を添えた。「雁」と同じ、

とあり(漢字源)、「雁」(漢音ガン、呉音ゲン)は、

会意兼形声。厂(ガン)は、かぎ形、直角になったことをあらわす。雁は「隹(とり)+人+音符厂」。きちんと直角に並んで飛ぶ鳥で、規則正しいことから、人に会う時に礼物に用いられる鳥の意を表す、

とある(仝上・角川新字源)。別に、

会意兼形声文字です(厂+人+隹)。「並び飛ぶ」象形と「横から見た人」の象形と「尾の短いずんぐりした(太っていて背が低い)小鳥」の象形から「かりが並び飛ぶ」事を意味し、そこから、「かり」を意味する「雁」という漢字が成り立ちました。(「横から見た人」の象形は、人が高級食材として贈る事から付けられました。現在、日本ではたくさん捕り過ぎて数が減った為、狩猟は禁止されています。)、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2779.html

「股」(漢音コ、呉音ク)は、

形声。肉と、音符殳(シユ)→(コ)とから成る(角川新字源)、

字で、

もも、

の意で、

またぐとき∧型に開く、膝から上の内またの部分、

を指す(漢字源)。別に、

形声文字です(月(肉)+殳)。「切った肉」の象形と「手に木のつえを持つ」象形(「矛」の意味だが、ここでは、「胯(コ)」に通じ(「胯」と同じ意味を持つようになって)、「また」の意味)から、「また」を意味する「股」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2090.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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冥加


此の礫打たれし家主も自然と機にもかけざるは、理の常を得し冥加ならんか(宿直草)、

の、

冥加、

は、

冥賀人に勝れて、道俗・男女・宗と敬て、肩を並ぶる輩无し(今昔物語)、

と、

冥賀、

と当てたりするが、

孝衡曰、加護二種有、一、顕如、謂現身語、讃印其所作、二、冥加、謂潜垂覆摂、不現身語(鹽尻)、

と、

冥々のうちに受ける神仏の加護、
知らないうちに受ける神仏の恵み、

の意であり(日本国語大辞典)、

自他ともに知らざるを冥と云ふ、

とある(大言海)。また、

命冥加、

というように、

偶然の幸いや利益を神仏の賜うものとしてもいう。

以佛神力、増菩薩智慧、隠密難見、故曰冥加(大蔵法數)、
被冥加、汝不知恩(法華玄義)、

と、仏教語であり(字源)、

冥助(みようじよ)、
冥利(みようり)、

とも言う。「冥利」は、

神仏の助け、

の意であるが、

運、
幸せ、

の意もある(仝上)。同じく、「冥加」も、

男のみょうがに一度いつてみてへ(廻覧奇談深淵情)、

と、

神仏の目に見えぬ加護、

の意が転じて、

甲斐、、
しるし、

の意で使っている(江戸語大辞典)。本来、

神仏の目に見えぬ加護、

の意なのだから、

こは冥加(ミャウガ)なるおん詞、ありがたきまでにおぼへはんべり(読本「昔話稲妻表紙(1806)」)、

と、

ありがたくもったいないさま、
冥加に余るさま、

の意で使い、そうした意味で、

冥加涙(冥加のありがたさに出る涙)、

とか、

冥加に余(あま)る(冥加を過分に受けて、まことにありがたい)、

とか、

冥加に尽(つ)きる(神仏の加護から見放される、逆に冥加に余ると同義でも)、

とか、

冥加無し、

と、

兄に向つて弓を引かんが冥加なきとはことわりなり(保元物語)

神仏の冥加をこうむることがない、神仏から見放される、

意や、

さやうに冥加なきこと、何とてか申すぞ(御伽草子「文正草子」)、

と、

神仏の加護をないがしろにする、おそれおおい、

意や、

竹は悦び、アヽ冥加もない、有難い(浄瑠璃「夕霧阿波鳴渡」)、

と、

(「無し」が意味を失い、「冥加なり」を強めた言い方に転じて)冥加に余る、ありがたい、

意で使ったりする。また、

代物をつつませられ被下候間、各為冥加候間、代を被下候を斟酌申候へば(「実悟記(1580)」)、
今日吉日なれば薬代を冥加のためにつかはしたし(日本永代蔵)、

と、

神仏などの加護・恩恵に対してするお礼、報恩、

の意に広げて使い、

あの君七代まで太夫冥加(メウガ)あれ(「好色一代男(1682)」)、
吾妻を見込んで頼むとは、いとしらしい婆さん傾城めうが聞気でごんす(浄瑠璃「寿の門松」)、

と、

身分、また職業を表わす語の下に付けて自誓のことばとして用いる。その者として違約や悪事をしたら神仏の加護が尽きることがあっても仕方ない、

の意で使ったりする。「神の加護」の意が、それを受ける側の都合に合わせて、重宝にプラスにもマイナスにも当てはめられている、という感じで、江戸時代の気質をよく示している気がする。

冥加の為に奉納す、

と、

「冥加」には、「神の加護」の御礼を形にする、

神仏の利益(りやく)にあずかろうとして、また、あずかったお礼として、社寺に奉納する金銭、

としての、

冥加金(冥加銭)、

の意があり、

冥加永、

ともいう(「永」は、永楽銭のこと)が、略して、

ヤアさっきに渡した此銀を、ヲヲ表向で請取たりゃ事は済む。改めて尼御へ布施せめて娘が冥加(メウガ)じゃはいのふ(浄瑠璃「新版歌祭文(お染久松)(1780)」)、

と、

冥加、

ともいい、その同じ名を借りて、

運上と云も冥加と云も同様といへども、急度定りたる物を運上と云(「地方凡例録(1794)」)、

と、

本来は商・工・漁業その他の営業者が幕府または藩主から営業を許され、あるいは特殊な保護を受けたことに対する献金、

を、

冥加金(冥加銭)、

略して、

冥加、

と名づけ、のちには、幕府の財政補給のため、

営業者に対して、年々、率を定めて課税し、上納させた金銭、

になり(日本国語大辞典・精選版日本国語大辞典)、運上と一括して取り扱われる例が多いとされる(仝上)。江戸時代の田制、税制についての代表的な手引書「地方凡例録(じかたはんれいろく)」によると、各種の運上と並んで、

醬油屋冥加永、
質屋冥加永、
旅籠屋(はたごや)冥加永、

があり、醬油屋冥加は、

その醸造高に応じて年々賦課、
質屋は軒別に賦課、
旅籠屋冥加は飯盛女を置く宿屋に対して年々賦課、

という(精選版日本国語大辞典・世界大百科事典)。本来は各種営業に対する課税の中で、一定の税率を定めて納めさせるものを、

運上、

と称し、免許を許されて営業する者が、その利益の一部を上納するものを、

冥加(みようが)、

と呼んで区別していた。前者は小物成(こものなり 雑税)に属し、後者は献金に属するが、現実には運上も冥加も同一の意味に混同して使われる場合が多い、とある(仝上)。

「冥」(漢音メイ、呉音ミョウ)は、

会意。「冖(おおう)+日+六(入の字の変型)」で、日がはいり、何かにおおわれて光のないことを示す。また冖(ベキ おおう)はその入声(つまり音 ミャウ)にあたるから、冖を音符と考えてもよい、

とある(漢字源)。別に、

会意。「冖」(覆う)+「日」+「六」(穴の象形)を合わせて、日が沈んで「くらい」こと、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%86%A5

会意。冖と、日(ひ、明かり)と、(六は変わった形。両手)とから成る。両手で明かりをおおうことから、「くらい」意を表す、

とも(角川新字源)、

会意兼形声文字です(冖+日(口)+六(廾))。「おおい」の象形と「場所を示す文字」と「両手でささげる」象形から、ある場所におおいを両手でかける事を意味し、そこから、「くらい(光がなくてくらい、道理にくらい)」を意味する「冥」という漢字が成り立ちました、

ともhttps://okjiten.jp/kanji1619.htmlあり、「六」の解釈が分かれる。

「加」(漢音カ、呉音ケ)は、

会意。「力+口」。手に口を添えて勢いを助ける意を示す、

とある(漢字源)。

会意。力と、口(くち、ことば)とから成る。ことばを重ねて人をそしる意。転じて、「くわえる」意に用いる、

が、意味をよく伝える(角川新字源)が、さらに、

会意文字です(力+口)。「力強い腕」の象形(「力」の意味)と「口」の象形(「祈りの言葉」の意味)から、力と祈りの言葉である作用を「くわえる」を意味する「加」という漢字が成り立ちました、

との解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji679.html

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

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昴星(ぼうせい)


天漢(天の川)恣(ほしいまま)に横たはりて、昴星(ぼうせい)うつべき露なし(宿直草)、

にある、

昴星、

は、和名、

すばる星、

である(高田衛編・校注『江戸怪談集』)。「すばる」は、

二十八宿の西方第四宿で昴(ぼう)、

をいい、

おうし座にある散開星団プレアデスの和名、

で、

距離四〇八光年。肉眼で見えるのは六個で、六連星(むつらぼし)、

ともいい、古くから、

王者の象徴、農耕の星、

として尊重された。

九曜の星、
すばるぼし、
すまる、
すまるぼし、
大梁、

等々とも呼ぶ(精選版日本国語大辞典)。「大梁」(たいりょう)は、

古代中国で、天の赤道を十二次に区分した一つ。ほぼ黄道十二宮の金牛宮にあたる。二十八宿の胃・昴・畢にあたる。中心はすばる星、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

昴星(すばるぼし)のこと、

とされる(日本国語大辞典)。

「昴(ぼう)」は、

嘒彼小星、惟參與昴(召南)、

と、

二十八宿の一つ、西方第四宿、

の、

昴宿(ぼうしゅく)、

を指す。「二十八宿(にじゅうはっしゅく)」は、周代初期(前1100頃)中国で、

月・太陽・春分点・冬至点などの位置を示すために黄道付近の星座を二八個定め、これを宿と呼んだもの、

で(精選版日本国語大辞典)、

二八という数は月の恒星月二七・三日から考えられた、

といわれ、中国では、

蒼龍=東、
玄武=北、
白虎=西、
朱雀=南、

の四宮に分け、それをさらに七分した(仝上)。

二十八舎(にじゅうはっしゃ)、

ともいうhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%85%AB%E5%AE%BF

角宿(東方青龍七宿の第一宿。距星はおとめ座α星(スピカ))を起宿として天球を西から東に不均等分割したもので、均等区分の十二次と共に天体の位置を表示する経度方向の座標として用いられた、

とある(仝上)。二十八宿は、

角(かく すぼし)、
亢(こう あみぼし)、
氐(てい ともぼし)、
房(ぼう そいぼし)、
心(しん なかごぼし)、
尾(び あしたれぼし)、
箕(き みぼし)、
斗(と ひきつぼし)、
牛(ぎゅう いなみぼし)、
女(じょ うるきぼし)、
虚(きょ とみてぼし)、
危(き うみやめぼし)、
室(しつ はついぼし)、
壁(へき なまめぼし)、
奎(けい とかきぼし)、