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コトバ辞典


とぶ


「とぶ」は、

跳ぶ、
飛ぶ、

と当て(広辞苑)、また、

翔ぶ、

と当てたりする。「とぶ」は、

鳥が空中を羽で飛行する意。類義語カケルは、鳥にかぎらず馬・龍・蠅などが宙を走り回る意、

とある(岩波古語辞典)。「かける」は、

翔る、

と当て、

礒(いそ)に立ち沖辺(おきへ)を見れば藻(め)刈り舟海人(あま)漕ぎ出(づ)らし鴨翔(かけ)る見ゆ(万葉集)、

と、

空中を飛び回る、

意や、

苦しきままにかけりありきて、いとねむごろに、おほかたの御後見を思ひあつかひたるさまにて、追従しありきたまふ(源氏物語)、

と、

飛ぶように走る、

意で、「飛ぶ」とは意味が重なる。「とぶ」には、

あしひきの山とび越ゆる雁がねは都に行かば妹に逢ひて来ね(万葉集)、

と、

鳥などが飛行する(岩波古語辞典)、
翼を動かして空を行く、翔る(大言海)、

意と、

真土山(まつちやま)越ゆらむ君は黄葉(もみちば)の散りとぶ見つつ(万葉集)、

と、

大地から離れ空に上がる、高く舞い上がる、空中を移動する(広辞苑)、
(空中を)舞う(岩波古語辞典)、
吹き上げられて散りゆく、翻る(大言海)、

意と、

獅子王の吼ゆる声の一たび発(おこ)る時には一切の禽獣、悉皆、驚き怖りてとび落ち走り伏して(地蔵十輪経)、

と、

(足ではずみをつけて地面・床などをけり)からだが空中にあがるようにする、はねる(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、
空中にはねあがる、跳躍する(広辞苑)、
をどる、跳(は)ぬ(大言海)、

などの意があり、特に、「はねあがる」「はねる」意の場合、

ジャンプ競技でK点まで跳ぶ、

と、

跳ぶ、

を当てたりする(広辞苑・岩波古語辞典・デジタル大辞泉・大言海)。

後は、そうした「とぶ」の意味をメタファとして、

ヤジが飛んだ、
礫が飛んだ、
火花が飛んだ、
事故現場へ飛ぶ、
心は故国に飛んでいる、
びんたがとぶ、
デマがとぶ、
染めがとぶ、
ヒューズがとぶ、
ページがとぶ、
五百飛んで六円、

等々と、

空中を通り、離れた所に達する、動き出しの強い力で遠いところまでゆく(広辞苑)、
遠くへだたる(岩波古語辞典)、
間を隔てる、間を置く(大言海)、
大急ぎで、また、あわててある所へ行く、かけつける(デジタル大辞泉)
つながったものが切れる、あった者が消える(仝上)、
うわさ・命令などがたちまちひろがる(仝上)、

等々の意でも使う(仝上)。

「とぶ」は、

疾(と)を活用せる語か(大言海・国語の語根とその分類=大島正健)、
トクフ(疾経)の義(名言通・和訓栞)、
トフ(速経)の義(言元梯)、
疾(ト)+ブで、早くとぶ(日本語源広辞典)、

と、「疾」あるいは「速」と絡ませる説、

トヲヒク(遠引)の反、またはトヲフル(遠経)の反(名語記)、
遠キニ-フル(歴)の義(柴門和語類集)、

と、「隔」てから解釈する説、

鳥(ト)+ブ、鳥のように早く飛ぶ意(日本語源広辞典)、
トブ(鳥羽)の義(和語私臆鈔)、

と、「鳥」と絡ませる説等々がある。確かに「と(鳥)」は、

とがり(鳥狩)、
となみ(鳥網)、

と使われるが、これは、

他の名詞の上について複合語を作る際、末尾のriと次の来る語の語頭の音とが融合した形、

で、

törikari→törkari→töngari→tögari、

と変化するもので、

鳥ぶ、

という変化はない(岩波古語辞典)ようだ。常識に考えれば、

疾(と)の活用、

ということに落ち着きそうだが、どうだろう。

因みに、

飛ぶ、
跳ぶ、
翔ぶ、

の使い分けを、

「飛ぶ」は空中を移動する時や速く移動する時に使われます、
「跳ぶ」は地面をけって高く上がるという意味です、
「翔ぶ」は翼を広げてとぶ、空高くとぶ、という意味です、

と説く説があるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%A8%E3%81%B6他)が、

地上から跳ねる、

のが、

跳ぶ、

で、

空を飛ぶ、

のが、

飛ぶ、

という使い分けて十分だろう。「翔ぶ」は、空駆ける意を含ませたいときに使うということだろうか。結局漢字の意味におぶさった使い方ということになる。

「跳」(漢音チョウ、呉音ジョウ)は、

会意兼形声。兆は、亀の甲を焼いて占うときに生ずるひびを描いた象形文字。左右二つに分かれる、ぱっと離れる意味を含む。跳は「足+音符兆」で、足ではねて体が地面から離れること、

とあり(漢字源)、「跳躍」といった使い方をする。同趣旨で、

会意兼形声文字です(足+兆)。「胴体の象形と立ち止まる足の象形」(「足」の意味)と「占いの時に亀の甲羅に現れる割れ目」の象形(「きざし(前触れ)」の意味だが、ここでは、「弾け割れる」の意味)から、「はねあがる」、「おどる」、「つまずく」を意味する「跳」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji1233.html

「飛」(ヒ)は、

象形。鳥の飛ぶ姿を描いたもので、羽を左右に開いて飛ぶこと、蜚(ヒ)と同じ、

とある(漢字源)。

三年不蜚、蜚将沖天(三年蜚バス、蜚ベバ将ニ天ニ沖(まっすぐ高く上がる)セントス)(史記)、

と、「蜚鳥」は「飛鳥」と同じである(仝上)。別に、

象形。鳥が羽を振ってとぶさまにかたどり、「とぶ」意を表す。角川新字源

象形。鳥のとぶ様を象る。音声的には、左右に分かれるを意味する「非」「扉」「排」と同系、「蜚」は同音同義。篆書以前の字体は確たる採取例がない、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A3%9B

「翔」(漢音ショウ、呉音ゾウ)は、

形声文字(意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた文字)。「羽+音符羊」、

とある(漢字源)。「羽」(ウ)は、「非想非々想天」http://ppnetwork.seesaa.net/article/485982512.htmlで触れたように、

二枚のはねをならべおいたもの、

を描いた象形文字である(仝上)。

「飛翔」と、「かける」「羽を大きく広げて飛びまう」「とびめぐる」意である(漢字源・字源)。「飛」との違いは、

翔而後集(翔リテ後ニ集ル)(論語)、

と、

鳥に限定していないように見えるが、

室中不翔(室中ニテ翔せず)(礼記)、

と、

鳥が飛ぶ、

意でも用いている(漢字源)。「翔禽」「翔天」「翔空」などと使う(字源)。

別に、

形声文字です(羊+羽)。「羊の首」の象形(「羊」の意味だが、ここでは「揚(ヨウ)」に通じ(同じ読みを持つ「揚」と同じ意味を持つようになって)、「あがる」の意味)と「鳥の両翼」の象形から、「かける・とぶ」を意味する「翔」という漢字が成り立ちました、

とありhttps://okjiten.jp/kanji1458.html)、飛ぶ意味があることは確かである。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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矧(は)ぐ


「矧(は)ぐ」は、古くは、

ハク、

と清音、

とあり(広辞苑・岩波古語辞典)、

佩くと同語(広辞苑)、
刷くと同根(岩波古語辞典)、

とある。

淡海(あふみ)のや矢橋(やばせ)の小竹(しの)を矢着(やは)かずてまことありえめや恋しきものを(万葉集)、

と、他動詞四段活用に、

竹に矢じりや羽をはめて矢に作る、

意で(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典・広辞苑)、天正十八年(1590)本節用集に、

作矢、ヤヲハグ、

とある。さらに、それをメタファとして、

三薦(みすず)刈る信濃の真弓引かずして弦作留(をはぐる)わざを知ると言はなくに(万葉集)、
梓弓弦緒取波気(つらをとりはけ)引く人は後の心を知る人ぞ引く(万葉集)、

と、他動詞下二段活用に、

填(は)む、つくる、引き懸く(大言海)、

の意に、更に、

弛(はず)せる弓に矢をはげて射んとすれども不被射(太平記)、

と、

弓を矢につがえる(広辞苑)、

意でも使う。和漢音釈書言字考節用集(1717)には、

ツゲル、屬弓弩於弦、

とある。ここから、

いくさみてやはぎの浦のあればこそ宿をたてつつ人はいるらめ(鎌倉後期「夫木和歌抄(ふぼくわかしょう)」)、

と、

戦(いくさ)見て矢を矧ぐ、

という諺が生まれる。

盗人を捕らえて縄を綯う、
難に臨んで兵を鋳る、

といった「泥縄」の意である(故事ことわざの辞典)。

「矧ぐ」と同根、同語とされる、

佩(は)く、

は、

着く、
穿く、
帯く、

などとも当て(広辞苑・大言海)、

細長い本体に物をとりつけたり、はめ込んだりする意、類義語オブ(帯)は巻き付ける意、

とあり(岩波古語辞典)、

やつめさす出雲健(いずもたける)がはける太刀つづら多(さわ)纏(ま)き真身(さみ)なしにあはれ(古事記)、

と、

太刀を身につける、

意や、

信濃道は今の墾道(はりみち)かりばねに足踏ましなむ履(くつ)はけ吾が背(万葉集)、

と、

袴、くつ、足袋などを着用する、

意の他に、

陸奥(みちのく)の安太多良真弓はじき置きて(弦ヲハズシテオイテ)反(せ)らしめきなば(ソセシテオイタナラ)弦(つら)はきかめかも(萬葉集)、

と、

弓弦を弓に懸ける、

意がある。同語で漢字を当て分けただけというのもうなずける。

佩く→矧く→矧ぐ、

と、漢字を当て分けることで、意味を際立たせることになったのではあるまいか。

「佩く」の語源は、

ハ(間)に着くるの義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヒク(引)に同じ(和語私臆鈔)、
フレキル(触着)の義(言元梯)、

等々とあるが、古く清音という難はあるが、

接ぐ、
綴ぐ、

と当てて、

板を接(は)ぐ、
布を接(は)ぐ、

というように、

間を繋ぎ合わす、
接(つ)ぐ、
着け合わす、

という意味で使う「はぐ」がある(大言海)。由来は、

ハ(閨jの活用(大言海)、
ハ(間)を着け合わす魏(国語の語根とその分類=大島正健)、

とされる(日本語源大辞典)。「矧ぐ」は、この「はぐ」とつながるのではないか。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/473416760.htmlで触れたように、「柱」の語源に、

ハシは屋根と地との間(ハシ)にある物の意、ラは助辞(大言海)、
ハシ(間)+ラ、屋根と地のハシ(間)に立てるものをいいます(日本語源広辞典)、

とする説を採るものが多い(古事記傳・雅言考・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹等々)。

「はし」と訓ませるものには「はし」http://ppnetwork.seesaa.net/article/473930581.html)で触れたように、

橋、
箸、
端、
梯、
嘴、
階、

などと当て分け、「端」は、

縁、辺端、といった意味、

で、

は、

とも訓ませ、

間、

の意味である。万葉集には、

まつろはず立ち向ひしも露霜の消(け)なば消(け)ぬべく行く鳥の争う端(はし)に渡會(わたらい)の斎の宮ゆ神風(かむかぜ)にい吹き惑はし(柿本人麻呂)
くもり夜の迷へる閨iはし)に朝もよし城上(きのえ)の道ゆつのさはふ磐余(いわれ)を見つつ(万葉集)、

などの例があり、「はし」に「閨vと「端」を使っているし、古事記には、

關l(はしびと)穴太部王、

という例もあり、

端、

閨A

は、「縁」の意と「間」の意で使っていたように思われる。だから、大言海は、「橋」を、

彼岸と此岸との閨iはし)に架せるより云ふ、

とし、国語大辞典も、

両岸のハシ(間)をわたすもであるところから、ワタシの略転、早く渡れるところからハヤシ(早)の中略、両岸のハジメ(初)からハジメ(初)へ通ずるものであるところから、

とあるhttp://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/isibasi/hasi_k.html。さらに、「はし」は、

現在「橋」と書くが、古くは「間」と書いていたことが多かった。もともと、ものとものとを結ぶ「あいだ」の意味から、その両端部の「はし」をも意味するようになった、

ともあり(仝上)、「はし(閨j」とする説は多く、

両岸のハシ(間)にわたすものであるところから(東雅・万葉集類林・和語私臆鈔・雅言考・言元梯・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語源=賀茂百樹)、

この他、

ハザマ(狭間)・ハサム(挟)等と同源か。ハシラ(柱)・ハシ(端)とも関係するか(時代別国語大辞典)、
ハシラ(柱)の下略(和句解)、
ハシ(端)の義(名言通・言葉の根しらべの=鈴木潔子)、
橋は「端」と同源。「端」の意味から「間(あいだ)」の意味も持ち、両岸の間(はし)に渡す もの、離れた端と端を結ぶものの意味から(語源由来辞典)、
ハシ(間)です。隔たったある地点の閨iハシ)に渡すもの、の意です。高さのハシ、階、梯、谷や川を隔てた地点のハシ、橋、食べ物と口とのハシ、箸、いずれもハシ(閨jを渡したり、往復するものです(日本語源広辞典)、

と、「橋」と「箸」「梯」「階」ともすべてつなげる説まである。その意味で、

矧ぐ、

を、

ハ(閨jの活用(大言海)、

とする説は、「柱」が、

天と地のハシ(閨j、

であったことから類推するなら、弓の場合、弓を射る時、

下になる方の弭(はず)を「もとはず(本弭・本筈)」、
上になる方を(弓材の木の先端を末(うら)と呼ぶことので)「うらはず(末弭・末筈)」、

というが、もとはず(本弭・本筈)とうらはず(末弭・末筈)を、

は(接)ぐ、

といったのではないか。古く「はく」と清音であったのは難点だが、

は(間)→はく(接)→はぐ(接)→はぐ(矧)、

と変化したとみるのはいかがであろうか。

「矧」(シン)は、

会意文字。「矢+音符引」で、矢を引くように畳みかける意をあらわす、

とあり、

至誠感神、矧茲有苗(至誠神ヲ感ゼシム、イハンヤコノ苗ヲヤ)(書経)、

と、

いわんや、

の意味で使い、

況、

と同義である。これを、

矢を矧ぐ、

と、羽をつける意で用いたのは、

笑不至矧(笑ヒテ矧ニ至ラズ はぐきを現わすほどに大笑いせず)(礼記)

にある、

はぐき、

の意からの連想なのだろうか。その理由が分からない。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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ねたむ


「ねたむ」は、

妬む、
嫉む、

と当てる(大辞泉・大言海)。「妬む」「嫉む」の「妬」「嫉」の字は、

そねむ、

とも訓ませ(広辞苑)、「妬」の字は、また、

うらやむ、

とも訓ませる(大言海)し、

妬く、

で、

やく、

とも訓ませる(広辞苑)。「ねたむ」は、

女は、今の方にいま少し心寄せまさりてぞ侍りける。それにねたみて、終に今のをば殺してしぞかし(源氏物語)、

と、

(負かされたり、他人の方が幸せであったり、まさっていたりする立場におかれて)相手をうらやみ、憎む、忌々しく思う、

意や、

翁、胸いたきことなし給ひそ。うるはしき姿したる使にも障らじと、ねたみをり(竹取物語)、

と、

悔しく思う、癪に障る、

意で使うが、

妻ねためる気色もなくて過ごしけり(鎌倉時代中期「十訓抄」)、

と、

男女間のことで嫉妬(しつと)する、
やきもちをやく、

と、より絞った意味でも使う。「ねたむ」の語源を、

うれたし(慨哉)と意通ず、

とし(大言海)、「うれたし」は、

心痛しの約轉か(何(いづく)、いづれ)、嫉(ね)し、恨めしと意通ず(大言海)、
ウラ(心)イタシ(痛)の約(岩波古語辞典)、

とある。「うらなう」http://ppnetwork.seesaa.net/article/452962348.htmlで触れたように、「うら(占)」は、

事の心(うら)の意、

で(大言海)、「心(うら)」は、

裏の義。外面にあらはれず、至り深き所、下心、心裏、心中の意、

であり(仝上)、「うら」は、

裏、
心、

と当て、

平安時代までは「うへ(表面)」の対。院政期以後、次第に「おもて」の対。表に伴って当然存在する見えない部分、

である(岩波古語辞典)。その意味で、「ねたむ」を、

心痛む、

とする意図はわかるが、語意の範囲が広すぎないだろうか。別に、

相手の名、評判が高く、自分に痛く感じられる意のナイタシ(名痛)から(日本語の年輪=大野晋)、
ネイタム(性痛見)の義(日本語原学=林甕臣)、
ネイタム(心根痛)から変化した(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)、
ムネイタム(無念甚)の義、またムネイタム(心痛)の義(言元梯)、

等々あるが、「痛む」の共通項以上にはいかない。さらに、

「ねたし」+接尾辞「む」

とする説もあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%AD%E3%81%9F%E3%82%80。形容詞「ねたし」から動詞「ねたむ」が生まれたとする説である。「ねたむ」は、

形容詞ネタシ(妬)と語幹が共通する動詞で、

ウム(倦)−ウシ(憂)、
スズム(涼)―スズシ(涼)、

と同様の関係がある。またネタマシは、動詞ネタムを形容動詞化した派生語である、

とある(日本語源大辞典)。その意味では、動詞→形容詞なのか、形容詞→動詞なのかは即断できない。ちなみに、

ねたし(妬し)、

は、

相手に負かされ、相手にすげなくされなどした場合、またつい不注意で失敗した場合などに感じる、にくらしい、小癪だ、いまいましい、してやられたと思うなどの気持。類義語クヤシは、自分のした行為を、しなければよかったと悔やむ意。クチヲシは期待通りに行かないで残念の意、

とある(岩波古語辞典)。

別に、類義語「そねむ」と関連づけて、音韻変化から、

ムネイタム(胸痛む)は小開き母韻(下あごの開きが小さい)を落としてネタム(妬む)になった。「タ」が子交(子音交替)[ts]をとげて、ネサム・ネソム(嫉む、壹岐)になった。ネソムは音調上、安定性がないので転位してソネム(猜む、嫉む)になった。「自分よりまさっているものをうらみ憎む、嫉妬する」という意である。〈さまあしき御もてなし故こそすげのうそねみ給ひしか〉(源氏物語)、

とする(日本語の語源)ものもあり、語源ははっきりしないが、「ねたむ」と「そねむ」の関連性を音韻変化で後付けているのは説得力がある。

では「そねむ」からみていくとどうなるのか。「そねむ」は、

嫉む、
妬む、
猜む、

と当て(広辞苑)、

羨み極まりて、惡む、他の能を妬みて仇せむとす、

とあり(大言海)、「ねたむ」より悪感情が勝っているようで、

起逆、謀傾窺便、爰天且嫌之、地復憎之、訓釋「嫌、ソネミ」(日本霊異記)、

と、

嫌う、
憎む、

意、さらに、

参内し給ふ臣下をもそねみ給へば、入道の権威にはばかって、通ふ人もなし(平家物語)、

と、

厭に思って疎外する、

意で使い、類聚名義抄(11〜12世紀)には、

嫌・憎、そねむ、

とあり、明らかに、嫌悪の情が表面に出てきている含意となる。だから、「そねむ」の由来を、

背き妬(ねた)むの略(大言海・名言通)、
相手をソネ(确・埆 石の多い、堅い瘦せ地)と思う意、ごつごつして、とがった、不快なものと思うのが原義(岩波古語辞典)、

等々とあるところからは、「ねたむ」に比べると、悪意がより出てきている。

「ねたむ」の関東地方の方言に、

やっかむ、

というのがある。

うらやむ、
ねたむ、

意で使うが、

焼噛む、

の転訛とする説がある(江戸語大辞典)が、

焼き、ねたむ、

から、たとえば、

yaki-netamu→yakkamu

と転訛したのではあるまいか。「ねたむ」の類義語には、

羨む、
妬む、

とあてる、

うらやむ、

がある(大言海)。

花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露を悲しぶ心(古今和歌集・序)、

と、

人の様子を見て、そのようにありたいと思う、

意や、

群臣百寮、無有嫉妬(ウラヤミネタム)(推古紀)、

と、

ねたむ、
そねむ、

の意でも使う。字鏡(平安後期頃)に、

佒、懟(うらむ)也、心不服也、宇良也牟(ウラヤム)、又、阿太牟(アダム)、

とある。因みに、「あだむ」は、

仇む、

と当てる、

仇と思う意、

の、

この監(げん)にあだまれてはいささかの身じろぎせむも所せく(源氏物語)

と、

敵視する、

意となる(岩波古語辞典)。

「うらやむ」のの語源は、

ウラ(心)ヤム(病)が原義(岩波古語辞典・広辞苑)、
心病む(ウラヤム)の義にて、他を見て心悩む意なるべし、怨むと、粗、同意(大言海・和訓栞)、

と、ほぼ、

心(ウラ)病む、

意としている。これは、

優れている相手のように自分もありたいと憧れ、自分を卑しみ傷つく意。類義語のネタムは優位にある相手を傷つけようと思う意、ソネムは、良い状態の相手を、そね(确)のような石のごつごつした、とがった、嫌なものと思う意、

とある(岩波古語辞典)。なお、

妬く、

を、

やく、

と訓ませるのは、「火をつけて燃やす」意の、

焼く、

をメタファに、

冬ごもり春の大野を焼く人は焼き足らねかもわが情(こころ)焼く(万葉集)、

と、

心・胸などを熱くする、

意で使うが、それを更に絞って、

妬く代わりには手があるだらう(浮世床)、

と、

焼餅を焼く、嫉妬する、

意で使う(広辞苑・岩波古語辞典)。

こうみると、

うらやむ→ねたむ→そねむ、

と相手への悪感情が勝るが、

先に昇進した同期生をねたむ(そねむ)」など、うらやみ憎む意では相通じて用いられ、「順調な出世をそねみ、ねたまれる」のように重ねて使われることもある、

ともある(大辞泉)。

こうした心の内の思いの先は、結局、

うらむ、

へと行き着く。「うらむ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/474030946.htmlで触れたように、「うらむ」は、

恨む、
怨む、
憾む、

と当て、その語源は、

心(うら)見るの転、

とされる(大言海・岩波古語辞典)。

ウラミのミは、miであった。従って、ウラミの語源はウラ(心の中)ミル(見る)と思われる、

とある(岩波古語辞典)。上述したように、「うら(占)」は、

事の心(うら)の意、

で(大言海)。「心(うら)」は、

裏の義。外面にあらはれず、至り深き所、下心、心裏、心中の意、

となり、「うら」は、

裏、
心、

と当て、「かお」http://ppnetwork.seesaa.net/article/450292583.htmlの項でも触れたように、「うら(心・裏・裡)」は、

顔のオモテに対して、ウラは、中身つまり心を示します、

とし、

ウラサビシ、ウラメシ、ウラガナシ、ウラブレル等の語をつくります。ウチウラという語もあります。後、表面や前面と反する面を、ウラ(裏面)ということが多くなった語です、

ということになる(日本語源広辞典)。「うらむ」は、

相手の心のうちをはかりかね、心の中で悶々とする、

というのが原意であったと考えられるが、

相手の仕打ちに不満を持ちながら、表立ってやり返せず、いつまでも執着して、じっとと相手の本心や出方をうかがっている意。転じて、その心を行為にあらわす意、

とある(岩波古語辞典)ので、ほとんど行動に出る寸前というところだが、まだ、しかし、心の内にとどまっているのは、「ねたむ」「そねむ」「うらやむ」と、「うらむ」も同じなのである。

「嫉」(漢音シツ、呉音ジチ)は、

会意兼形声。疾は「疒(やまい)+矢」からなり、矢のようにきつくはやく進行する病を意味する。嫉は「女+音符疾」。女性にありがちな、かっと頭にくる疳の虫、つまりヒステリーのこと、

とある(漢字源・https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AB%89)。別に、

会意兼形声文字です(女+疾)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形と「人が病気で寝台にもたれる象形と矢の象形」(人が矢にあたって傷つき、寝台にもたれる事を意味し、そこから、「やまい」の意味)から、女性の病気「ねたみ」を意味する「嫉」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2076.html

「妬」(漢音ト、呉音ツ)は、

形声。「女+音符石(セキ)」で、女性が競争者に負けまいとして真っ赤になって興奮すること。石の上古音は妬(ト・ツ)の音になりうる音であった、

とある(漢字源)。別に、

形声文字です(女+石)。「両手をしなやかに重ねひざまずく女性」の象形と「崖の下に落ちている石」の象形(「石」の意味だが、ここでは、「貯」に通じ(「貯」と同じ意味を持つようになって)、「積もりたくわえられる」の意味)から、夫人(妻)の夫に対する積もった感情「ねたみ」を意味する「妬」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji2077.html

「猜」(サイ)は、

会意。「犬+青(あおぐろい)」。もと、くろ犬のこと。くろ犬(中国では、人になつかないといわれている)のような疑い深いことをあらわす、

とある(漢字源)。中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)の注に、

ある種の犬を元は表す、

というはその意味で、

犬が懐かない様を言った、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%8C%9C

「青」を音符とするのは説文解字来であるが「青」を音符をする漢字と音が大きく違うため、青黒い犬を表した会意文字、

とする説も成り立つ(仝上)、とある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

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区々


「区々」は、

くく、

とも、

まちまち、

とも訓ませる(広辞苑)。色葉字類抄(1177〜81)に、

區區、クク、

とあり、類聚名義抄(11〜12世紀)に、

區、マチマチ、

とある。

意見が区々(くく)に分かれる、



まちまちであること、

の意と、

悲むらくは、公の、ただ古人の糟粕を甘んじて、空しく一生を、區々の中に誤る事(太平記)、

と、

小さくてつまらぬさま、

の意で使う(広辞苑・大言海)。「區々」は、

以區區之齊在海濱(区区の斉を以て海濱に在り 史記・管晏傳)、

と、

小さい、

意で使っており、漢語である。だから、

且夫王者之用人。唯才是貴。朝為廝養。夕登公卿。而况区区生徒。何拘門資(「本朝文粋(1060頃)」)、

と、

面積、数量などがわずかであること、

それをメタファに、

物事の価値が少ないこと、とるにたりないこと、

の意や、

行人の毎日区々として、名利の塵に、奔走するを(「中華若木詩抄(1520頃)」)、

と、

小さなことにこだわること、こせこせすること、

の意や、

区々心地無煩熱、唯有夢中阿満悲(「菅家文草(900頃)」)、

と、

ものごとや意見などが一つ一つ別々でまとまっていないこと、

の意や、

区々渡海麑、吐舌不停蹄(仝上)、

と、

けんめいなさま、

の意で使う(精選版日本国語大辞典)が、何れも漢文系の文章で使われている。

「区々」を、

まちまち、

と訓ませる場合も、意味はほぼ同じで、

甄(あきらか)に道芸を崇め、区(マチマチ)に玄儒を別(わか)てり(「三蔵法師伝承徳点(1099)」)、
八方門の区(マチマチニ)別れたる十二部の綜要なり(「唐西域記巻十二平安中期点(950頃)」)、
それ出陣の道のまちまちなりとは申せども(平家物語)、

などと、

それぞれ異なること、
個々別々、

の意である(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。「区々」に、

まちまち、

と訓じたのが何に因るのかは、

マ(間)チ(道)を重ねたもの(語源辞典・形容詞篇=吉田金彦)、
ワカチワカチ(分々)の義(言元梯)、
田間の町のように一所ずつ分かれている意(日本釈名)、
区々の訓、街衢の意(和訓栞)、

の諸説だけでははっきりしないが、漢語「区々」は、

秦以区々之地、致萬乗之權(賈誼(かぎ)、過秦論)、

と、

小さい、狭い、

意であり、そこから転じて、

答蘇武書、區區竊慕之耳(李陵)、

と、

おのれの心を謙していう、

とある(字源)。あるいは、

区々之心(くくのこころ)、

と、

小さくつまらぬ心、

の意、また、

おのれの心を謙していふ、

とあり、略して、

區區、

ともいう(仝上)とあるのを見ると、漢語「区々」には、

まちまち、
個々別々、

の意はない。とすると、「まち」からきたと考えるのが自然である。「まち」は、

町、
区、

と当て、

土地の区画・区切り、仕切りの意、

とあり(岩波古語辞典)、

田の区画、
市街地を道路で区切った、その一区画、
宮殿・寺院・邸宅内の一区画、
(「坊」と当て)都城の条坊制の一区画、
物を売る店舗、市場、

などといった意味があり(岩波古語辞典・大言海)、和名類聚抄(平安中期)には、

町、未知(まち)、田區也、

字鏡(平安後期頃)には、

町ハ、田區ノ畔埓(かこい)也、

とあり、さらに、和名類聚抄(平安中期)には、

坊、萬知、別屋也、

とも、また

店家、俗云東西町是也、坐売物舎也、

ともあり、平安末期『色葉字類抄』には、

市町(いちまち)、人皇廿代持統天皇之時、諸国市町始也、

ともある。「まち」の由来は、

陂H(マチ)の義にて、田閧フ路の略の意と云ふ(大言海)、
田閧フ路をいうマチ(間道・間路)の義(日本釈名・東雅・箋注和名抄・筆の御霊)、
ヒノミチ(間道)の略か(玄同放言)、
マチ(間道・間路)の義(俚言集覧・和訓栞・語簏・柴門和語類集・国語の語根とその分類=大島正健)、
ミチ(道)と同原同義(日本古語大辞典=松岡静雄)、
マチ(間地)の義か(和句解)、
マチ(間所)の義(言元梯)、
間処の義(国語の語根とその分類=大島正健)、

等々、区分の「道」を取るか、分かれた「土地」をとるかで別れるようだ。「みち」は、古く、

ち、

といい、

道、
方向、

と当て、

青丹よし奈良の大路(おほち)は行きよけどこの山道は行き惡しかりけり(万葉集)、
大坂に遇ふや嬢子(をとめ)を道(みち)問へばただには告(の)らず当麻路(たぎまぢ)を告る(万葉集)、

と、

道、また、道を通っていく方向の意、独立して使われた例はない、「……へ行く道」の意で複合語の下項として使われる場合は多く濁音化する、

とあり(岩波古語辞典)、「みち」は、

ミは神のものにつく接頭語、チは道・方向の意の古語。上代すでにチマタ・ヤマヂなどの複合語だけに使われ、また、イヅチのように方向を示す接頭語となっていた。当時は、人の通路にあたるところには、それを領有する神や主がいると考えられたので、そのミコシヂ(み越路)・ミサカ(ミ坂)・ミサキ(み崎・岬)などミを冠する語例が多く、ミチもその類。一方ミネ(み嶺)・ミス(み簾)など一音節語の上にミを冠した語は、後に、そのまま普通の名詞となったものがあり、ミチも同様の経過をとって、通路の意で広く使われ、転じて、人の進むべき正しい行路、修業の道程などの意に展開し、また、人の往来の意から、世間の慣習・交際などの意に用いた(岩波古語辞典)、
ミは発語、チは通路なり、古事記「味御路(ウマシミチ)」、神代紀「可恰御路(ウマシミチ)」と見ゆ(大言海)、

などとあり、和名類聚抄(平安中期)に、

大路、於保美知、

とある。他方、同じ「ち」と訓む、

地、

は、古く、呉音で、

雲の上より響き、地(ヂ)の下よりとよみ、風・雲動きて、月・星さわぐ(宇津保物語)、

と、

ヂ、

と訓ませていた(岩波古語辞典・明解古語辞典)。こう見ると、「まち」の、「ち」は、

路・道、

の「ち」のようである。

「區(区)」(漢音ク・オウ、呉音ク・ウ)は、

会意。「匸印+狭いかっこ三つ」で、こまごまとして狭い区画をいくつも区切るさま、

とあり(漢字源)、「区々」は、

こまごまと狭苦しいさま、

転じて、

自分のことをへりくだっていうことば、

とある(漢字源)が、

会意。匸(かくす)と、品(多くの物)とから成る。多くの物をしまいこむことから、くぎる、区分けする意を表す、

とか(角川新字源)、

「區」の略体。「區」は、「品(物の集合)」に「匸(かくしがまえ:「かくす」「わける」)」を併せた、会意文字。同系語に「躯」「駆」など、

とかhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%8C%BA

会意文字です(匸+品)。「四角な物入れ」の象形と「品(器物)」の象形から、多くの物を「くわけする」を意味する「区」という漢字が成り立ちました、

とかhttps://okjiten.jp/kanji477.html、「品(物)」「品(器物)」と「物」とする説が多数派である。

なお「ちまた」http://ppnetwork.seesaa.net/article/464423994.htmlについては触れたことがある。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
簡野道明『字源』(角川書店)

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鍔目


せっかく今の時世にはやらぬ化物の話をしようという人も、鍔目があわぬと嘲られるのは厭だから、つい足のところは略してしまうようなことになる(柳田國男「一目小僧その他」)、

と、

鍔目が合わぬ、

という言い回しがあるらしい。ただし、この言葉では辞書には載らない。「鍔」は、

鐔、

とも当て、

刀剣の柄(つか)と刀身との境目に挟み、柄を握る手を防護するもの。平たくて中央に孔をうがち、これに刀心を通し、柄を装着して固定する。円形・方形その他大小種々ある、

とあり(広辞苑)。古くは、

つみは、

といった。

「鍔目(つばめ)」は、

熊手を切て払ふ太刀、つばめに成ても天皇のお名を大事と(浄瑠璃「持統天皇歌軍法(1713)」)、

と、

つばぎわ(鍔際)、

の意とある(精選版日本国語大辞典)。「鍔際」は、

ずばと抜いて切かかる刀の鍔際(ツバギハ)むずと取(浄瑠璃「平仮名盛衰記(1739)」)、

と、

刀身と鍔との相接するところ(精選版日本国語大辞典)、
刀の刀身と鍔が接する部分のことhttps://www.meihaku.jp/sword-basic/swords-word/

を指し、

鍔目(つばめ)、

の他に、

つばもと、

ともいい、これをメタファに、

無分別人、跡先をふまず……左様の人は、必つはきは(鍔際)にて、をくるるといへど(甲陽軍鑑「(17世紀初)」)、
太夫もさらさら身の捨つるを、つばきはになって少しも惜しまぬに(浮世草子「諸艶大鑑」)、

などと、

いよいよという場合、
せとぎわ、
間際、

の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。鍔際とは、

物事が差し迫り追い詰められるかどうかという状態のことを表現した言葉です。「切羽詰まる」状況よりも少し前の状態と言えます。また、「瀬戸際」(せとぎわ)と同じ意味で使われることが多いです、

とあるhttps://www.meihaku.jp/sword-basic/swords-word/

「つばもと」(鍔元)」は、

太刀は抜きたりけるが、鐔本(つばもと)までそり返りたりしを(「平治物(1220頃か)」)、

と、

つばぎわ(鍔際)、

と同義である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。

因みに、「切羽」とは、

切刃、

とも当て、

刀の鍔つばの表裏、柄つかと鞘さやとに当たる部分に添える板金いたがね。中ほどに刀身を貫く孔を設ける。太刀の鍔には鍔の周縁にそってややせまい板金を加え、大切羽(おおせっぱ)という、

とあり(広辞苑)、これをメタファに、

生きる死ぬるの切羽ぞと(浄瑠璃「雪女五枚羽子板」)、

と、

最後の土壇場、

の意でも使い、

切羽際(せっぱぎわ)、
切羽詰まる(せっぱつまる)、

等々と言う言い回しもある(仝上)。

「切羽」の構成は、

太刀に用いる切羽の枚数は6〜8枚です。片側に「大切羽」(おおせっぱ 最も大きな切羽)を1枚、「小切羽」(しょうせっぱ・こせっぱ)を2枚、また「中切羽」とも言われる「簓切羽」(ささらせっぱ 小切羽より厚く、縁に深い刻みがある切羽)を小切羽の間に1枚挟むこともあります、

とあるhttps://www.touken-world.jp/tips/51062/。「大切羽」は、

おおぜっぱ、

ともいい、

太刀の鍔に付属する金具。鍔と切羽(せっぱ)との間、表裏にそれぞれ入れる。革鍔に切羽がくいこむのを防ぐために鍔より小形の鉄や銅の板を加えたのが例となる、

とあり、「小切羽」は、

太刀の鐔に付随する大切羽に対して、通常の切羽をいう、

とある(精選版日本国語大辞典)。

「切羽」の役割は、

鍔がずれてしまうことを防ぐためと言われていますが、この他にも「激しい斬り合いで目釘(めくぎ:柄(つか)と茎(なかご 刀身の中でも柄に納める部分)を固定するための留め具)が折れるのを防ぐため」、「斬るときに手へ伝わる衝撃を和らげるため」、「柄の握り具合を調整するため」、「鎺(はばき:刀剣が鞘から抜けないようにするための金具)や縁(ふち:鍔を挟んで鎺の反対側に取り付ける金具)の底から穴の縁が見えないようにするため」等々、

様々あるhttps://www.touken-world.jp/tips/51062/が、「切羽」にからめては、

切羽脛金(はばき)、

という言葉がある。

先(さつき)にから切羽脛金する通り、銀(かね)渡したら御損であらう(浄瑠璃「五十年忌歌念仏」)、

と、

ぬきさしならない談判、詰め開き、

の意で使うが、それは、「はばき」が、

鍔元を固める金具、

の意で、

刀に手をかけて談判することから、

とある(広辞苑)。「はばき」は、

鎺、
鈨、

とも当て、

「刀身」と「鞘」(さや)を固定する他に、鞘に収めた刀身が鞘と直に触れるのを防ぐ役割、

があるhttps://www.touken-world.jp/search-habaki/