|

コトバ辞典
垣(かき)ほなす人の横言(よこごと)繁(しげ)みかも逢はぬ日数多(まね)く月の経(へ)ぬらむ(田辺福麻呂)
の、
逢はぬ日数多(まね)く、
は、
逢えない日が何日も積るままに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、この、
数多(まね)し、
は、
多(まね)し、
ともあて、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
数量や回数が多い、
度重なっている、
頻繁(ひんぱん)である、
といった意で(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)・精選版日本国語大辞典)、
朝鮮語manhi(多)と同源か、
ともある(岩波古語辞典)が、
朝言(あさごと)に御言(みこと)問はさず日月(ひつき)の数多(まね)くなりぬるそこ故に皇子(みこ)の宮亼(みやひと)ゆくへ知らずも(万葉集)、
では、
月日が積もり積もってしまった、
の意(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
矢形尾(やかたを)の鷹を手にすゑ三島野に狩(か)らぬ日まねく月そ経にける(万葉集)、
では、
猟をすることのない日がずっと続いた末に、
と訳し(仝上)、
一年二年爾不在、歳眞尼久(まねく)、傷(そこなへる)故爾(龍田風神祭祝詞)、
では、
あまねし、
ゆきわたりてをる、
意で、『大言海』は、この意味の変化を、
あまねし、
が、本来、
日月の打ち続きたるを云ふ語、
で、
度重なる、
しげし、
が転じて、
天下をも乱り、己が氏門をも滅ぼす人等麻禰久(マネク)在り(続日本紀)、
多し、
となり、更に転じて、
うらさぶる心さまねしひさかたの天(あめ)のしぐれの流れ合ふみれば(万葉集)、
では、
うら寂しい思いが胸いっぱいにひろがる、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
ゆきわたる、
あまねし、
の意となった、としている。この、
さしまねし、
の、
さ、
は接頭語で、
さ利(と)し(聡)と同趣、
で(大言海)、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、
心には忘れぬものをたまさかに見ぬ日さまねく月そ経(へ)にける(万葉集)、
と、
逢えぬ日がずるずる続いて、
と訳す(仝上)ように、
数が多い、
たび重なる、
意である。
まねし(数多)、
と同義で、「厚み」「重み」「苦み」「赤み」「面白みに欠ける」「真剣みが薄い」等々のように、
形容詞または形容動詞の語幹に付いて名詞をつくる、
み、
がついて、
性質・状態の程度やその様子を表わす、
玉桙の道に出で立ち別れなば見る日さまねみ恋しけむかも(万葉集)
で、
お逢いできない日がずっと重なるので、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
さまねみ(数多)、
も、同義である。
「數」(@慣用スウ、漢音ス、呉音シュ、Aサク、B漢音ソク、呉音ショク)の異体字、
は、
数(新字体/簡体字)、𢿙(俗字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%95%B8)、
「数」の異体字は、
數(旧字体/繁体字)、
で、
「數」の草書体に由来する略体、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%95%B0)。「数字」「奇数」等々「かず」の意、「命数」「数奇」など「めぐりあわせ」の意、「歴数」など天文や暦の意、「術数」などはかりごとの意等々は@音、「数罟(サクコ)」のように、こせこせしたさま、頻繁などの意はAの音、「数罟(ソクコ)」(目の細かい網)の場合は、Bの音、となる(漢字源)。字源は、
会意文字。婁(ル・ロウ)は、女と女とを数珠つなぎにした樣を示す会意文字。數は、「婁(じゅずつなぎ)+攴(動詞の記号)」で、一連の順序でつないでかぞえること、
とある(漢字源)。同じく、
会意文字です(婁+攵(攴))。「長い髪を巻きあげて、その上にさらに装備を加えた女性」の象形(「途切れず続く」の意味)と「ボクっという音を表す擬声語と右手の象形」(「ボクっと打つ、たたく」の意味)から、続けて打つ事を意味し、そこから「責める」、「かぞえる」を意味する「数」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji230.html)、
会意。旧字は數に作り、婁(ろう)+攴(ぼく)。婁は女子の髪を高く結(ゆ)いあげた形。これに攴を加えて、髪を乱すことを數(さく)という。数々として髪が乱れる意。女子を責めるときにその髪をうって乱したので責めることをいい、乱れてばらばらになるので数多い意となり、計数の意となる。〔説文〕三下に「計(かぞ)ふるなり。攴に從ひ、婁(ろう)聲」とするのは、後起の義。字もまた婁声ではない。計数の赴くところは必然であるから、世運や運命をも数という(字通)、
と、会意文字とするものもあるが、
形声。「攴」+音符「婁 /*RO/」。「かぞえる」を意味する漢語{數 /*sroʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%95%B8)、
旧字は、形声。攴と、音符婁(ロウ、ル)→(ス、サク)+(ソク)とから成る。「かぞえる」意を表す。教育用漢字は俗字による(角川新字源)、
と、形声文字とするものもある。
「多」(タ)の、異体字は、
夛、
とされ(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%9A)、字源は、「あはに」で触れたように、
会意文字。夕、または肉を重ねて、たっぷりと存在することを示す、
とあり(漢字源)、他も、
会意。「夕(=肉)」を重ねて数多いことを意味(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%9A)、
会意。夕の字を二つ重ねて、日数が積もり重なる、ひいて「おおい」意を表す。一説に、象形で、二切れの肉を並べた形にかたどり、物が多くある意を表すという(角川新字源)、
会意文字です(夕+夕)。「切った肉、または、半月」の象形から、量が「おおい」を意味する「多」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji156.html)、
会意。夕+夕。夕は肉の形。多は多肉の意。〔説文〕七上に「重ぬるなり。重夕に從ふ。夕なる者は、相ひ繹(たづ)ぬるなり、故に多と爲す」と夕・繹(えき)の畳韻を以て解する。また「重夕を多と爲し、重日を曡と爲す」といい、多・曡を夕・日を重ねる意とするが、多は多肉、曡は玉を多く重ねる意。宜の初文は、俎上に多(肉)をおいて廟前に供える意。曡はそれに玉飾を加える形である。宜の初形は、卜文・金文においては多に従う。牲薦の肉の多いことから、のちすべて繁多・豊富の意となる(字通)、
と、いずれも、会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
垣(かき)ほなす人の横言(よこごと)繁(しげ)みかも逢はぬ日数多(まね)く月の経(へ)ぬらむ(田辺福麻呂)
の、
垣(かき)ほなす、
は、
高く目につく隔ての垣のように、
と注記し、
横言(よこごと)、
は、
よこしまごと、
中傷、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
横言、
は、
讒言に同じ、
とあり(大言海)、
よこしまごと、
要は、
わざと事実と相違することを言って、人を傷つける言葉、
つまり、
中傷(する言葉)、
である(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。
横言
を、
おうげん、
と訓ませると、
時真横言悉令露顕者哉(東寺百合文書)、
と、
わがままで、勝手気ままな言葉、
横暴な言葉、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
横、
で触れたことがあるが、
よこざま、
という言葉がある。
横様
あるいは
横方
と書く。当然ながら、
横の方向、
とか
横向き、
という意味だが、用例は、
諸の善人に於ては、横(ヨコサマ)に毀謗を生せり(「西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)」)
いかにかかる悪人をば横(ヨコサ)まには救ひ給ふぞ(「沙石集(1283)」)、
と、
正しくないこと、
普通ではないこと、
当然でないこと、
道理に背くこと、
よこしまなこと、
等々の意味で、どうもこの、
よこ、
という言葉には特別な意味があるように見える。因みに、漢字の「横」は、後述するように、
「木+横」で、中心線からはみだして広がる横木、勝手に広がる意を含む、
という意味で、多少「はみだす」という含意がなくもないが、和語「よこ」にはその意味が強い。
よこ、
は、
ヨキ(避き)と同根。平面の中心を、右または左に外したところ、またその方向の意。タテ(垂直)に対し、水平方向の意。転じて、意識的に中心点に当たらないようにする、真実・事実を避ける意から、「よこごと(中傷)」、「よこしま(邪悪)」等々、故意の不正の意に用いた。類義語「ワキ(脇)」は、中心となる者にぴったりと添ったところの意、
とあり(岩波古語辞典)、その語源には、
人が立つのに対し、「ヨコタフ」が語源で、体をヨコタエルのヨコ(日本語源広辞典)、
「ヨ(寄)+コ(方向)」で、正面に対して、「寄る方向」がヨコ。不正な方向、ヨコシマのヨコ(仝上)、
ヨコ(間所)の義(言元梯)、
ヨコ(避処・寄処)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヨケ(除)の義(名言通)、
人が横になる意から、ヨノトコ(夜床)の義(和句解)、
ヤドトコ(宿別)の反、またイソキヨの反(名語記)、
等々とあるが、語源でははっきり見えないが、
よこ、
には、どこか、
当然でない、
という含意が透けて見える。本来、
タテ(正道)、
に対して、
ヨコ、
は、縦にするのを横に倒す、という喩から、もともと、
正しくない、
という意を含んでいた、とも見られなくもない。だから、たとえば、
よこ(横・緯)、
を、
年中、偽(うそ)とよこと欲とを元手(もとで)にして世を渡り(好色一代女)、
と、
故意に曲げること、
の意とするものもある(学研全訳古語辞典)。だから、
横、
を当てる言葉には、
横様雨、
横様斬り、
は、たた横向きを指しているだけだが、
横様の死、
は、横向きの含意はあるが、横様の死が、
横死、
の訓みで、文字通り、非業の死、というニュアンスで、
犬死、
というか、まっとうではない死に様を示している。ただ、
横様の幸い、
は、予期しない幸い、僥倖、というか棚ぼたである。想定外、とか、不意に、というニュアンスがある。「横死」の「横」にもそんな含意があるのかもしれない。
横矢、
横槍、
は、側面を、鑓や矢で突かれたことを意味しているから、そこにも、不意打ちのニュアンスがある。
しかし、考えると、
横言、
横道、
横訛り、
横飛び、
横恋慕、
横流し、
横好き、
横取り、
横紙、
横車、
横槍、
讒(よこし ヨコ(横)の動詞化 讒言)、
等々と、「横」のつく言葉は、横向きという以外は、ほとんど悪意か、不正か、当たり前でない、ことを示すことが多い。
横を行く、
と言えば、無理を通すだし、
横車、
も、横向きに車を押す、ことだから、理不尽さ、という意味合いを含んでいる。
横紙破り、
は、線維に沿って縦に破るのではなく、横に裂こうとする含意から、無理押しの意味が含まれる。
横板、
で触れたように、
横板は、
木目を横にして用いる板、
をいい、
立板に水、
に対して、
横板に飴、
というのは、
横板に飴を抛付くるが如き、
という言い方もあり、
立板、
の、
立、
は、
縦、
の意で、鍵は、木目にある。
横板に雨垂れ、
は、
つかえながらする下手な弁舌、
つまり、
立板に水、
の逆、
横板に泥、
横板に餅、
立板に玉(豆)、
という言い方もある。
立板に飴、
といってもいいところを、
横板、
ということで、木目に逆らうという含意がある。これがわからないと、たぶん、面白さが半減するのかもしれない。
よこしま、
は、
横しま、
あるいは、
邪、
とあて、
縦しまの対、
で(岩波古語辞典)、
「横+様」、yokosamaの音韻変化、yokosimaです。縦を正、横を不正と見た日本人の言語意識があります(日本語源広辞典)、
横状(よこさま)の転、さかさま(逆)、さかしまの類(大言海)、
ヨコサマ(横方・横様)の転(言元梯・名言通・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健)、
ヨコシマ(横四魔)の義か(和句解)、
とある(「よこさま」は、元来は「よこさ」に接尾語「ま」の付いたもので、「さま」は「とさまかくさま」の「さま」とは異なり、「様」や「方」はあたらないとする説(精選版日本国語大辞典)もある)が、上述の、
縦を正、横を不正と見た日本人の言語意識(日本語源広辞典)、
というのが正鵠を射ている。
たて、
は、
縦、
竪、
経、
とあてる(岩波古語辞典)が、どの辞書を見ても、
タテ(上下の方向、前後の方向)、
か、
縦糸(経 横糸は「ぬき」)、
時間の流れ、
といった意味しか載らない。語源は、
タチ、タツ(立)の義(言葉の根しらべ=鈴木潔子・国語の語根とその分類=大島正健・国語溯原=大矢徹)
「タチ、タツ(立つ)」、立てた時の、上下の方向、距離の意(日本語源広辞典)、
タテ(竪)はタケ(丈)の義、タテ(経)はタチ(竪所)の義(言元梯)、
タチテ(立手)の義(名言通)、
等々とあるが、いずれも、
立つ、
と絡んでいる。
立つ、
は、
自然界の現象や静止していめ事物の、上方・前方に向かう動きが、はっきりと目に見える意。転じて、物が確実に位置を占めて存在する意、
とある(岩波古語辞典)。この含意は、
立役者、
の「立」に含意を残している気がする。
立つ、
ということはそれだけで目立つことだったのに違いない。そこに、
ただ立ち上がる、
という意味以上に、
隠れていたものが表面に出る、
むっくり持ち上がる、
と同時に、それが周りを驚かす、
変化をもたらす、
には違いがない。
立つ、
には特別な意味が、やはりある。
引き立つ、
思い立つ、
気が立つ、
心が立つ、
感情が立つ、
あるいは、
忠義立て
隠し立て
心立て
という使い方もある(伊達も「取り立て」のタテから来ているという説もある)。そう思って、振り返ると、腹が立つ、というように、立つが後ろに付くだけではなく、
立ち会い、立ち至る、立ち売り、立ち往生、立ち返る立ち並ぶ立ち枯れ、立ち遅れ、立ち働く、立ち腐れ、立ち遅れ、立ち竦む、立ち騒ぐ、立ち直る、立ち退き、立ち通す、立ち回り、立ち向かう、立ち行く、立ち入り、立ち戻る、立ち切る、立ち居振る舞い、立ち代り、立ち消え、立ち聞き、立ち稽古、立ち込み、立ち姿、立ちどころに、立ち退き、立ちはだかる、立て替え、建て替え、立ち水、立ち塞がる、立待の月、立て板、立て付け、立て直し…。
「立つ」ことが目立つ、ある特別のことだというニュアンスが、接頭語としての「立ち」に波及している。しかし、
立場、立木、立つ瀬、建前、立て方、立ち衆、立行司、立て唄、立女形、立て作者、立ち役…、
と見ると、「立つ」には、特別な意味がある。詳しく調べたわけではないので、素人考えだが、「立つ」ことが、際立って重要で、満座が坐っている中で、立つことがどれほどの勇気がいることで、目立つことかと思い描くなら、「立つ」には、いい意味でも、悪い意味でも、目立つ、中心に立つ、という意味が込められている。
今日、立つこと、立っていることが当たり前になったとき、
立つ、
と同じような効果のある、振る舞いはなんであろうか。かつて、
立つ、
とは、
(おのれが)やる、
ということを主張するに等しかったとすれば、それと同じことは、いま、
よほど目立つことでなれければ、
誰にも気づかれぬことになるのだろうか。なお、類聚名義抄(11〜12世紀)には、
横、ヨコザマ・ヨコシ・ヨコタフ・ホシイママ・キヌハリ・ミツ、
字鏡(平安後期頃)には、
横、ヨコサマ・ヨコサマナ・ヨコタフ・フサグ・カウサマ・ホシママ・キヌハリ・ミツ、
とある。
「」(漢音コウ、呉音オウ)の異体字は、
㶇、䊣、䌙、撗、横(新字体/簡体字)、穔、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%AB)。
「横」(漢音コウ、呉音オウ)は、
(繁体字)、
の異体字である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A8%AA)。字源は、
会意兼形声。「黃(オウ・コウ)=黄)は、先端に動物の頭の脂肪(廿印)のついた火を描いた象形文字で、四方八方に発散する火矢の光を示す。は「木+音符黃」で、中心線からはみ出てひろがるよこ木。かつて広がる意を含む、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(木+黄(黃))。「人が腰に玉を帯びた象形」(「黄色」の意味だが、ここでは、「腰のよこに着ける帯玉」の意味)から「よこ」を意味する「横」という漢字が成り立ちました(「大地を覆う木」の象形はのちに付されました)(https://okjiten.jp/kanji418.html)、
と会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「木」+音符「黃 /*KWANG/」。「よこぎ」「かんぬき」を意味する漢語{ /*wraang/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%AB)、
旧字は、形声。木と、音符黃(クワウ、ワウ)とから成る。かんぬきの意を表す。転じて「よこ」の意に用いる。教育用漢字は俗字による(角川新字源)、
形声。声符は黃(黄)(こう)。〔説文〕六上に「闌(さえぎ)る木なり」とあり、門に施すかんの木の類をいう。縦横の字には古く衡を用い、衡はくびき。牛馬の首に横にわたす木である。同声によって通用する(字通)、
と、形声文字としている。ちなみに、「黃」の字は、
「黄」(漢音コウ、呉音オウ)の異体字は、
黃(旧字体/繁体字)、𡕛(古字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%84)、
「黃」(漢音コウ、呉音オウ)の異体字は、
黄(新字体/簡体字)、
である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83)。字源は、
象形。火矢の形を描いたもの。上は、炗(光)の略体。下は、中央にふくらみのある矢の形で、油をしみこませ、火をつけて飛ばす火矢。火矢のきいろい光を表す、
とあり(漢字源)、他も、
象形。障害により上半身がふくれた人を象る。障害の一種およびそれをもつ人を指す漢語{尪 /*ʔwaang/}を表す字。のち仮借して「黄色」を意味する漢語{黃
/*waang/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83)、
旧字は、象形。人が佩玉(はいぎよく)(腰に着ける玉器)を着けているさまにかたどる。佩玉の色から、きいろの意を表す。教育用漢字は省略形による(角川新字源)、
象形文字です。「人が腰に帯びた黄色い玉」の象形から「きいろ」を意味する「黄」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji138.html)、
象形。卜文の字形は火矢の形かと思われ、金文の字形は佩玉の形にみえる。いずれも黃の声義を含みうる字である。〔説文〕十三下に「地の色なり」とし、字は田と光とに従うもので、光の声をとるというが、卜文・金文の字形は光を含む形ではない。金文に長寿を「黃耇(くわうこう)」といい、黄は黄髪の意。〔詩、周南、巻耳〕「我が馬玄黃たり」、また〔詩、小雅、何草不黄〕「何の草か黃ばまざる」「何の草か玄(くろ)まざる」の玄黄は、ともに衰老の色である。黄を土色、中央の色とするのは五行説によるもので、その説の起こった斉の田斉(田・陳)氏の器に、黄帝を高祖とする文がある(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
たち変り月重(かさ)なりて逢はねどもさね忘らえず面影(おもかげ)にして(田辺福麻呂)
の、
さね、
は、
打消と呼応する副詞、
で、
ちっとも、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。この、
さね、
は、もともと、
實、
核、
とあて、
真根(さね)の意(日本語源大辞典)、
サ(接頭語 真)+根(根本)、つまり「真の実の中心」が語源(日本語源広辞典)、
真根(さね)の義(故に、実(まこと)、又根本の義ともなる)。和訓栞、さね「核を訓むは、小根の義なるべし」。芽を生ずる原(もと)の意なり(種(たね)も田根の義、稻も飯根の約)、實は、身にて、核なり、肝要を、核子、骨子と云ふ(大言海)、
サネ(小根)の義(日本釈名・東雅)、
サ(佳)は美称、ネ(根)は本の意か(菊池俗語考)、
サは先、ネは根の義か(和句解)、
サタネ(小種)の義(名言通・和訓栞)、
タネ(種)と通じる(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々の語原説があるが、和名類聚抄(931〜38年)に、
核、(さね)、桃人、一名桃奴、毛毛乃佐禰(もものさね)、
核者、子中(このなか)之骨也、佐禰、
とあり、『大言海』は、
桃人、一名桃奴、
に注記して、
人は仁(にん)なり、和訓栞、さね「人の字を訓むは、人康(さねやす)親王の如し、子仁の義に因れる也」、
とする。
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
實、マサ・マコト・ミ・サネ・フサク・ミノル・ナル・ミツ・ミツク・ヨシ
とあるように、
果実の中心にある核(かく)、
を指し(岩波古語辞典)、瓜の核を、和名類聚抄(931〜38年)に、
瓣、宇利乃佐禰
とあり、
瓜ザネ、
という(大言海)。これが転じて、
是を山田大娘皇女(おほいらつめのひめみこ)と為。更の名は、赤見の皇女といふ。文稍に異(け)なりといへども、其の実(サネ)一なり(日本書紀)、
と、
物事の中心、本質となるもの、
根本となるもの、
真実、
の意として使い(大言海)、さらに、
大垣はさねばかりこそ残りけれ方なしとてもいへはあらじな(続詞花和歌集)、
と、
人や動物の骨組。また、土壁や障子などの芯(しん)にする骨組、
等々にも使う(精選版日本国語大辞典)。この、
さね、
が、
転じて、副詞として、
さね忘らえず、
のように、
真実、
本当に、
の意で、奈良時代、下に打消しの表現を伴い、
決して、
少しも、
心から、
の意で使い、
さね忘らえず、
は、
「忘る」の未然形+可能の助動詞「え」+打消の助動詞「ず」、
で、
ちっとも忘れられない、
の意だが、この用法は非常に稀で、万葉集以降の文献ではほとんど見られないようである。中古になると、
行きてみてあすもさね来むなかなかにをちかた人は心おくとも(源氏物語)、
と、否定を伴わず、
本当に、
必ず、
の意で使う。おなじ、
さね、
でも、
難波潟(なにはがた)潮干(ひほひ)に出(い)でて玉藻刈る海人娘子(あまをとめども)汝(な)が名告(の)らさね(万葉集)、
の、
尊敬・敬愛の意の助動詞「す」の未然形「さ」+あつらえの意の助詞「ね」、
の、
さね、
は、
相手にそうしてほしいと敬愛の意をもって希望するときに使う、
もので、
……してくださいな、
の意である(岩波古語辞典)。
「核」(漢音カク・呉音ギャク)の異体字は、
覈(繁体字)、𣝗(古字)、𱓯(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%B8)。字源は、
会意兼形声。亥(ガイ)は、ぶたのからだのしんにあるかたい骨組みを描いた象形文字で、骸(ガイ)の原字。核は「木+音符亥」で、木の実のかたい芯、
とあり(漢字源)、同じく、
会意兼形声文字です(木+亥)。「大地を覆う木」の象形(「木」の意味)と「いのしし」の象形(「いのしし」の意味だが、ここでは「かたい」の意味)から、かたい木を意味し、そこから、「物事の中心」を意味する「核」という
漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1554.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。木と、音符亥(カイ)→(カク)とから成る。樹皮を編んで作ったかごの意を表す。借りて、「さね」の意に用いる(角川新字源)、
形声。「木」+音符「亥 /*KƏ/」。「果実のたね」を意味する漢語{核 /*gəək/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A0%B8)、
形声。
声符は亥(がい)。亥は獣の骨骼の形で、堅核の意がある。〔説文〕六上に「蠻夷、木皮を以て篋と爲す。状、籢𭔿(れんそん)の如し」とあり、籢は鏡匣の意(字通)、
と、形声文字としている。
「實」(慣用ジツ、漢音シツ、呉音ジチ)の異体字 は、
实(簡体字)、実(新字体)、
である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%A6)。字源は、
会意文字。「宀(屋根)+周(いっぱい)+貝(たから)」で、家の中に財宝をいっぱい満たす意を含む。中身がいっぱいで欠け目がないこと、また、真(中身がつまる)は、その語尾nが転じたことば、
とあり(漢字源)、同じく、
会意文字です(宀+周+貝)。「屋根・家屋」の象形と「方形の箱に彫刻がいちめんに施された」象形(「ゆきわたる」の意味)と「子安貝」の象形から屋内に財貨が「ゆきわたる・みちる」を意味する「実」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji493.html)、
会意。宀と貫(財宝)とから成り、家の中に財宝が満ちていることから、ひいて「みちる」、転じて「みのる」「み」の意を表す。教育用漢字は省略形による(角川新字源)、
会意。旧字は實に作り、宀(べん)+貫(かん)。〔説文〕七下に「富なり」とし、「貫を貨物と爲す」(段注本)とするが、宀は宗廟、貫は貝貨を貫き連ねた形で、貝を宗廟に献ずる意。その貫盈するところから、充実の意となる。金文の〔散氏盤(さんしばん)〕に鼎に従う字があり、また〔国差缶+・(こくさたん)〕の字は、上部が冖(べき)の形に近い。鼎中にものを充たして供える意ともみられる。充実の意から誠実・実行の意となり、その副詞に用いる(字通)、
と、すべて、会意文字とするが、その字解うち、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)による、
宀と貫(財宝)、
とする、
「宀」 + 「貫」の分析は誤りである。「貫(毌)」の金文を見ればわかるように「貫」は関係ない(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%A6)、
とし、
会意。「宀」+「周(玉器)」の原字 + 「貝」。家の中に宝物が満ち溢れるさまを象る。「みちる」を意味する漢語{實
/*dik/[字源 2]}を表す字、
を是とする(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
和栲(にきたへ)の衣(ころも)寒(さむ)らにぬばたまの髪は乱れて国問(と)へど国をも告(の)らず家問へど家をも言はずますらをの行きのまにまにここに臥(こ)やせる(万葉集)
の、
臥(こ)やせる、
の、
臥(こ)ゆ、
は、
臥(こ)いまろぶ、
で触れたように、
い/い/ゆ/ゆる/ゆれ/いよ、
と、自動詞ヤ行上二段活用で、
寝ころぶ、
横になる、
意である(学研全訳古語辞典)。由来は、
老い、老ゆ。悔い、悔ゆと同じ活用なり、此語、活用は違へど、崩(く)ゆ(下二段)に通ずと云ふ(蹴(く)ゆ、蹴(こ)ゆ)、崩(く)え横たわる意なり、一転して、こや(臥)る、くやるともなる(映(はゆ)、栄(はえ)る)、同義にして自動なり、崩(く)ゆも、くやすとなる、他動なれど、同じ趣きなり(臥ゆ、も、臥(こ)やすともなれど、是れは、敬語なり)(大言海)、
コヒ(臥)はコロビ(転)の転義(言元梯)、
とあるが、はっきりしない。ただ、
臥ゆ、
は、
「こい伏す」「こいまろぶ」など、連用形で複合動詞を作った形で用いられ、単独では用いられない、
とある(日本語源大辞典・学研全訳古語辞典)。
行きのまにまに、
は、
旅の途中で、
の意で、
まにまに、
は、
ままに、
任せて、
の意となり、
遠く故郷を離れたまま、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
行のまにまに(ゆきのまにまに)、
は、文字通りには、
しかすがに黙(もだ)もえあらねば我(わ)が背子が往乃万々(ゆきノまにまに)追はむとは千遍(ちたび)思へど(万葉集)、
と、
進むにまかせて、
また、
進み行くにつれて、
の意で(精選版日本国語大辞典)、
(あの方が)行った道筋通りに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
まにまに 、
は、
「まにま」に格助詞「に」の付いた語、
で、
随に、
随意に、
儘に、
任に、
等々とあて(大言海・岩波古語辞典・広辞苑)、
連体修飾句を受け、全体が連用修飾句として、
副詞的に用いられ(精選版日本国語大辞典)、
儘(まま)に儘(まま)に、の約、
ともされ(大言海)、
他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意(学研全訳古語辞典)、
他人の意志や事態の成り行きに任せて行動するさま(デジタル大辞泉)、
行動の決定を他に任せて、他の意志や事態の成り行きに従うさまを表わす語(精選版日本国語大辞典)、
として、
大君の行幸(みゆき)のまにまにもののふの八十供(やそとも)の男(を)と出で行きし(万葉集)、
と、
……に任せて、
……のままに、
の意で、
天皇の行幸に付き従って、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
漕(こ)ぎゆくまにまに海のほとりにとまれる人も遠くなりぬ(土佐日記)、
では、
ある事柄が、他の事柄の進行とともに行われるさま、
の意で、
……とともに、
……につつれて、
の意で使い、さらに、後に、
この外に猫のよび名を、……主の随意(マニマニ)名づけ給へ(南総里見八犬伝)、
と、
思いのままに、
任意に、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
格助詞「に」を取った、
まにま、
は、
随、
随意、
儘、
任、
などとあて(大言海・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
マの一音に、任(ままに)の意あり、任(ま)くなど云ふ、疊みて、ママとも云ふ、下のマは、逢はずま、懲りずまのマに同じ、
とあり(大言海)、
他の意志や事態の成り行きに従うさま(精選版日本国語大辞典)、
をいい、
かにかくにと念ひさまたく事なくして教へ賜への末仁末(マニマ)奉侍(つかへまつれ)(続日本紀)、
と、
従って、
の意となる(仝上・岩波古語辞典)。なお、『大言海』のいう、
ま、
は、
大和はくにのまほらま(古事記)、
かへらまに君こそ我(わ)れに栲領布(たくひれ)の白浜波(しらはまなみ)の寄る時もなき(万葉集)、
と、
形容詞語幹・動詞の未然形・打消しの助動詞「ず」・接尾語「ら」などに接続して、状態を表す語、助詞「に」を伴って副詞的に用いられることが多い。また「かへらま」「かへらば」などマとバと音が共通する(岩波古語辞典)、
名詞、形容詞の語幹、動詞の未然形、打消しの助動詞「ず」などに付いて、そのような状態である意を表す。多く「に」を伴って副詞句をつくる(デジタル大辞泉)、
形容詞の語幹や名詞、動詞の未然形、打消の助動詞「ず」などさまざまな語について、そのような状態である意の体言をつくり、さらに助詞「に」を伴って副詞句をつくる。「とひとまに」「まほらまに」「ふつまに」「かえらまに」「逢わずまに」など(精選版日本国語大辞典)、
とあり、また、
任(ま)く、
は、
罷く、
とも当て(精選版日本国語大辞典)、
任(まか)すと同根、
とあり(岩波古語辞典)、
支配者が下の者に対し命令して行動させる意、
を表わし、
亦鍛地(かたしところ)を賜ふ。即ち土部職(はしのつかさ)に任(マケ)たまふ(日本書紀)、
と、
任命する、
意である(精選版日本国語大辞典)。で、
まにまに、
の用例は、
伊弉諾尊、悪(にく)むて曰(のたま)はく、可以任情(ココロノマニマニ)行(い)ねとのたまふて乃(すなは)ち逐(やらひや)りき(日本書紀)、
の、
心のまにまに、
は、
こころ(心)のまま、
の意、
こととはばありのまにまに都鳥都の事を我に聞かせよ(後拾遺和歌集)、
の、
有りのまにまに、
は、
ありのまま(有儘)、
の意、
大君の末支能末爾末爾(マキノマニマニ)執り持ちて仕ふる国の(万葉集)、
の、
まけ(任)のまにまに、
は、
まけのまくまく、
まきのまにまに、
ともいうが、
任命のままに、
任命にしたがって、
の意(精選版日本国語大辞典)で使う。もともとは、
奈良時代の口頭語、
で、「万葉集」や「続日本紀」宣命では「まにま」と「まにまに」が併用されている。用例からすると「まにま」の方が新しいが、
「まにま」から「まにまに」へ転じたとする説、
と、
「まにまに」から「まにま」へ転じたとする説、
とがある(精選版日本国語大辞典)。平安時代には、訓点資料で見ると、九世紀中頃より、
「まにまに」から「ままに」へ移行したと推察される、
とある(仝上)が、訓点資料では、
ほしきまにまに、
ほしきままに、
の形で使用されていて、「まにまに」や「ままに」の単独用法には乏しい(仝上)ともある。その後、「まにまに」は減少し、一二世紀初頭には歌の中でも使用されなくなり、「ままに」にとって代わられる(仝上)とある。
「随」(漢音スイ、呉音ズイ)の異体字は、
隨(旧字体/繁体字)、
である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%8F)。
会意兼形声。隋・墮(堕 おちる)の原字は「阜(土盛り)+左二つ(ぎざぎざ、参差(しんし)の意)」の会意文字で、盛り土ががさがさと崩れ落ちることを示す。随は「辶(すすむ)+音符隋」で、惰性にまかせて壁土がおちてとまらないように、時勢や先行者のいくのにまかせて進むこと、もと、上から下へ落ちるの意を含む、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(辶(辵)+隋)。「立ち止まる足・十字路の象形」(「行く」の意味)と「段のついた土山の象形と左手の象形と工具の象形と切った肉の象形」(「細かく割いてしなやかになった肉、くずれおちる」の意味)から、緊張がくずれたまま行く事を意味し、そこから、「言いなりになる」、「従う」を意味する「随」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1695.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
形声。意符辵と、音符隋(スイ)とから成る。「したがう」意を表す(角川新字源)、
形声。旧字は隨に作り、隋(ずい)声、隋は祭の余肉。〔説文〕二下に「從ふなり」とし、墮(堕)(だ)の省声とする。墮は祭肉を埋めて地を祀る下祭の儀礼。神の在る所に従って祀る意。随時随所、神の在るところに従って祀るので、随従の意となる。わが国では「随神」を「神(かん)ながら」とよむ(字通)、
と、形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
いにしへのますら壮士(をとこ)の相競(あひきほ)ひ妻どひしけむ葦屋(あしのや)の菟原娘子(うなひをとめ)の奥(おく)つ城(き)を我が立ち見れば長き世の語りにしつつ(万葉集)
の、
奥つ城、
は、
奥深く眠っているところ、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
菟原娘子(うなひをとめ)、
は、
真間手児奈(ままのてこな/ままのてごな)、
で触れたように、
菟原処女、
菟名日処女、
とも当て、
摂津菟原(うはら)郡(兵庫県)の六甲山南麓にすむ菟原処女(うないおとめ)をめぐって血沼壮士(ちぬおとこ)と菟原壮士(うないおとこ)があらそい、処女はふたりの争いをなげいて自殺し、男たちも後を追ったという、
伝説で、高橋虫麻呂、田辺福麻呂(さきまろ)、大伴家持の歌があり(http://viewmanyou.web.fc2.com/091810_otomezuka.html)、
真間の手児名、
菟原処女、
等々、
何人かの男性に求婚され、求婚者を避けて自殺したおとめを葬ったと伝える塚、
が、
乙女塚、
処女塚、
として、古くから広く伝えられている(精選版日本国語大辞典)。この、
菟原処女(うないおとめ)伝説、
は、
粗末な麻衣に青い襟(えり)をつけ、髪もけずらず沓(くつ)も履かずという貧しい少女だったらしいが、多くの男たちに求婚され、わが身を分別したものか、花の盛りを入江に入水して果てた、
といい、
美少女、
男たちの求婚、
投身、
娘子墓、
という4点で、
真間手児奈伝説、
と共通点がある(世界大百科事典)。
この伝説は「万葉集」の多くの歌に詠まれ、
うなひ、
は、
菟原(うなひ)、
葦屋(あしのや)、
とともに地名と見られ、もと海辺の意であった、
うなひ、
が、
菟原、
を、
うばら、
と訓ませる(精選版日本国語大辞典)ように、
海原、
となり、更に転じて、
菟原、
となったとする説がある(精選版日本国語大辞典)。『大和物語』(一四七段)では、
昔、2人の男に求婚された摂津国の女がどちらとも決めかね、川に浮かぶ水鳥を射た方に決めようとしたところ、1人は鳥の頭を他は尾を射た。思い悩んだ女が生田川に投身すると、男達も後を追い、1人は足をとらえ他は手をとらえて死ぬ、
という、
生田川伝説(いくたがわでんせつ)、
を伝えている(https://japanese.hix05.com/Noh/4/yokyoku425.motome.html#google_vignette)。また、謡曲『求塚』では、
旅僧が摂津国生田(いくた)の里で若菜を摘んでいる女たちに求塚のありかを尋ねると、女たちは知らないと答え、やがて一人の女を残して帰っていく。その残った女が僧を求塚に案内し、昔二人の男に恋された菟名日少女(うないおとめ)は川に身を投げて死に、二人の男もその塚の前で刺し違えて死んだと語り、塚の中に姿を消す。その夜僧が読経していると、菟名日少女の霊が塚の中から現われて、男たちの亡霊や鴛鴦(えんおう)に責められる有様を語る、
とし、森鴎外の戯曲、
生田川、
はこの伝説に材を取っている(精選版日本国語大辞典・マイペディア)。虫麻呂の歌は、
いやしき我が故 ますらをの 争ふ見れば 生(い)けりとも 逢ふべくあれや ししくしろ 黄泉に待たむと 隠り沼(ぬ)の 下延(したは)へ置きて うち嘆き 妹が去(い)ぬれば、
とあり、思い悩んだ処女は、自分のために立派な男子が命をかけて争うのを見ると、生きてこの世でいずれと結婚することもできない、黄泉(よみ)まで追って来てくれた方になびこうという心積りを母にだけ告げ、嘆きつつ生田川に入水した(世界大百科事典)、
が、
茅渟壮士(ちぬをとこ) その夜夢に見 とり続(つつ)き 追ひ行きければ 後(おく)れたる 菟原壮士(うなゐをとこ)い 天仰(あめあふ)ぎ 叫びおらび 地を踏み きかみたけびて もころ男に 負けてはあらじと 懸け佩きの 小太刀(をだち)取り佩き ところづら 尋め行きければ、
と、
その夜の夢に処女の死を知った智弩壮士が後を追う。後れをとった菟原壮士は〈天仰ぎ叫びおらび、地(つち)を踏み、牙喫(きか)みたけびて如己男(もころを)に負けてはあらじ、と太刀を取って2人の後を追った、
とある(仝上)。それを、
親族(うがら)どち い行き集(つど)ひ 長き代(よ)に 標(しるし)にせむと 遠き代に語り継がむと 娘子墓(をとめはか) 中に造り置き 壮士墓(をとこはか) このもかのもに 造り置ける 故縁(ゆゑよし)聞きて 知らねども 新喪(にひも)のごとも 哭(ね)泣きつるかも、
と、親族相集い三つの墓を造って弔うところで、虫麻呂の歌歌いとどめているが、大和物語では、死後の世界でも争いがつづき、
処女塚のほとりに宿ったある旅人の夢枕に血まみれの男(太刀を持たなかった智弩(ちぬ)壮士)が立ち、太刀を請うので貸し与えたところ、しばらく激しく争う物音がきこえ、再び男が現れて〈御とくに年頃ねたき者を打ち殺し侍りぬ。今よりは長き御守りとなり侍るべき〉と感謝して消えた、
となる(仝上)。
「菟」(@漢音ト・呉音ツ、A漢音ト・呉音ズ)の異体字は、
莵(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%9F)。つる性植物「菟糸」(トシ)、うさぎ(=兎)の意味の場合@の音、楚の方言で「於菟」(オト=虎)の場合Aの音とある(漢字源)。字源は、
形声文字。「艸+音符兎(ト)」、
とある(漢字源)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
上へ
箸向ふ弟(おと)の命(みこと)は朝露の消(け)やすき命(いのち)神の共(むた)争(あらそ)ひかねて葦原の瑞穂(みづほ)の国に家なみやまた帰り来ぬ(田辺福麻呂)
の、
箸向(はしむか)ふ、
は、
「弟」の枕詞、
で、
箸のように仲良く向き合う意、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
神の共(むた)争(あらそ)ひかねて、
は、
人の寿命を支配する神のままになって、それに抗いえずに、
の意で、
神の思し召しに背くこともできなくて、
と訳し(仝上)、
家なみやまた帰り来ぬ、
は、
我が家がないとでも思うのか、息閉じたまま二度と帰って来ない、
と訳す(仝上)。
波の共(むた)靡(なび)く玉藻の片思(かたもひ)に我(あ)が思ふ人の言の繁く(万葉集)、
では、
波の共(むた)靡(なび)く、
は、
玉藻が片方に靡く、
意で、
波のまにまにあちらこちらに靡く玉藻のように、
と訳す(仝上)。
國遠み思ひなわびそ風の共(むた)雲行くこと言(こと)通(かよ)はむ(万葉集)、
では、
風の共(むた)、
を、
かぜのまにまに、
と訳す(仝上)。
共(むた)、
は、
共、
与、
とあて(広辞苑)、
名詞・代名詞に「の」または「が」を介してつき、「と共に」の意を示す古語(広辞苑)、
名詞または代名詞に、格助詞「の」「が」の付いた形に接続して、「…とともに」「…のままに」の意の副詞句を構成する(精選版日本国語大辞典)、
名詞または代名詞に格助詞「の」「が」の付いた語に接続し、全体を副詞的に用いる(学研全訳古語辞典)、
体言に格助詞の「の」「が」を介してつく。朝鮮語moto(共)と同源か(岩波古語辞典)、
の、が、と云ふ天爾波を冠して、「と共に」の意をなし、名詞に接して副詞となる接尾語(大言海)、
等々とあり、
夕(ゆふ)羽振る波こそ來(き)寄れ波の共(むた)か寄りかく寄る玉藻なす寄り寝し妹を(万葉集)、
と、
…と一緒に、
…とともに、
…のままに、
といった意になる。
共、
は、
とも、
と訓ませると、
コートと共のドレス、
共の生地、
等々、
同じであること、
同一、
の意や、
起居を共にした仲、
と、
一緒、
また、
同時、
の意で、また、
とも裏、
とも働き、
とも白髪、
共蓋(ぶた)、
共切れ、
等々、名詞の上に付いて、
一対のものが同類である、また、同じ性質である、
という意を表し、また、名詞の下に付いて、
送料共一〇〇〇円、
付録共五〇〇円、
税金とも、
等々、
こみ、
と同義で、
従となるものを表わす名詞が、主となるものに込められている意、
を表し、
二人共学生だった、
男女共若かった、
等々、
複数を表す名詞に付いて、それが全部同じ状態であることの意、
を表わしたりする(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。さらに、
共、
を、
ども、
と訓ませると、接尾語として、
大和の高佐士野(たかさじの)を七(なな)行く嬢子(をとめ)杼母(ドモ)誰をし枕(ま)かむ(古事記)、
と、名詞・代名詞に付いて、
そのものを含めて、同類の物事が数多くあることを示すが、必ずしも多数とは限らないで、
酒、よきものども持て来て、舟に入れたり(土左日記)、
と、
同類のものの一、二をさしてもいう。なお、
人を表わす場合は「たち」に比べて敬意が低く、目下、または軽蔑すべき者たちの意を含めて用いる。現代では、複数の人を表わすのに用いられることが多い、
とある(精選版日本国語大辞典)。また、
是はいかな事、身共は不念な事を致た(狂言「末広がり(室町末)」)、
と、
自称の代名詞、または、
私ども、
親ども、
と、
自分の身内の者を表わす名詞に付けて、単数・複数にかかわらず、謙遜した表現として用いる。さらに、
嫗(おみな)ども、いざたまへ。寺に尊き業する、見たてまつらむ(大和物語)、
と、
人を表わす名詞に付いて、相手への呼びかけとするが、
野郎ども、
ものども(者共)、
と、
目下の者に対する時で、単数の場合がある、
という使い方をする(精選版日本国語大辞典)。
「共」(漢音キョウ、呉音ク・クウ、慣用グ)の異体字は、
𩇿(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%B1)。字源は、
会意文字。上部はある物の形、下部に左右両手でそれをささげもつ姿を添えたもの。拱(両手を胸の前にそろえる)・供(両手でささげる)の原字。両手をそろえる意から、「ともに」の意を派生する、
とある(漢字源)。同じく、
会意。物をささげるさまを象る。「すすめる」「そなえる」を意味する漢語{供 /*k(r)ong/}を表す字。のち仮借して「一緒に」を意味する漢語{共
/*g(r)ongs/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%B1)、
会意。(きよう)(廾)と同じく左右の手。卜文は収に作り、金文はそれぞれ上にh(こん)形のものをもって奉ずる形で、恭の意に用いる。すなわち共は恭の初文である。〔説文〕三上に「同(とも)にするなり。廿(しふ)・廾(きよう)に從ふ」とし、〔段注〕に廿を二十人と解して、二十人がみな竦手(しようしゆ)して拝する形とするが、廿は捧げるものの形、おそらく礼器であろう。礼器を奉じて拱手するので恭の意となる。〔儀礼、郷飲酒礼〕「退きて共す」は拱手。左右の手を共にするので共同の意となり、また供献の意となる(字通)、
と、会意文字とするものの他に、
象形。両手で物をささげ持つ形にかたどる。「拱(キヨウ)」の原字。借りて、「ともに」の意に用いる(角川新字源)、
と、象形文字とするもの、
指事文字です。「大きな物を両手で捧げる」事を示す文字から「物をそなえる」、「ともにする」を意味する「共」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji618.html)、
と、指事文字とするものに分かれる。
「与」(ヨ)の異体字は、
與(旧字体/繁体字/別字衝突)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8E)、
「與」(ヨ)の異体字は、
㒜、与(新字体/簡体字/別字衝突)、𠔔(古字)、𢌱、𦥸、𦦲、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%88%87)。
「与」の字源は、
会意兼形声。与は牙(ガ)の原字と同型で、かみあった姿を示す、
とあり(漢字源)、別に、
「與」の略体で、「牙」の部分に相当する。なお、新字体の「しっぽが出る」字体は「当用漢字字体表」策定時に特に根拠なく採用されたもの(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8E)、
ともある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8E)。なお、「牙」については、
「互(かたみ)に」、
で触れた。
「與」の字源は、
会意兼形声。与は牙(ガ)の原字と同型で、かみあった姿を示す。與はさらに四本の手を添えて、二人が両手で一緒に物を持ち上げるさまを示す。「二人の両手+音符与」で、かみあわす、力を合わせるなどの意を含む、
とある(漢字源)。同じく、
旧字は、会意形声。舁(よ)(もちあげる。興の同を抜いた形)と、卜+刁(ヨ)(くみあう。與の上部中央部分は変わった形)とから成る。力を合わせて仲間になる、ひいて、ともにする、転じて「あたえる」意を表す。借りて、助字に用いる。常用漢字は與の略字として用いられていた卜+刁の変形による(角川新字源)、
会意兼形声文字です(牙+口+舁)。「かみ合う歯」の象形と「口」の象形と「持ち上げる手」の象形と「ひきあげる手」の象形から、手や口うらを合わせて互いに助け合う事を意味し、そこから、「くみする(仲間になる)」、「あたえる」を意味する「与」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1356.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、これらのうち、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)による、
「舁」+「与」との分析は、「与」は「牙」の異体である。のちにこの部分のみを以って略字とした(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%88%87)、
と批判し、
「与」は「牙」の異体、
として、
形声。「舁」+音符「牙 /*LA/」。「あたえる」を意味する漢語{與 /*laʔ/}を表す字(仝上)、
としている。このほかに、
会意。旧字は與に作り、与を四手をもって捧げている形。更に下に手を加えると、挙(擧)げる意となり、挙げ運ぶことをいう。〔説文〕三上に「黨與なり」とし、古文一字を録する。与は象牙二本を組み合わせた形とみられ、そのように貴重なものを、共同して奉じて運ぶ意であろう。共同の作業であるから、ともにする意となり、運んで他に移すので、賜与の意となる。象は殷代には江北の地にも多く棲息しており、その蹤迹は六朝のころまで認められる。象牙は、殷墟の侯家荘遺址や婦好墓からは、それに雕飾(ちようしよく)を施した精巧な遺品が出土している。与は牙の形に近く、その一双を組み合わせた形であろう。〔説文〕十四上に「賜予なり。一勺を与と爲す。此れ予と同じ」(義証)とするのは、与の字形を一勺の二字に分解して説き、一勺を以て人に与える意とするものであろうが、根拠のない説である(字通)、
と、会意文字とする説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
葦屋(あしのや)の菟原娘子(うなゐをとめ)の八年子(やとせこ)の片生(かたお)ひの時ゆ小放(をばな)りに髪たくまでに並び居る家にも見えず(高橋虫麻呂)
の、
八年子(やとせこ)、
は、
八歳ぐらいのまだ幼い時から、
片生ひ、
は、
半端な成長、
の意(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
小放(をばな)り、
の、
小、
は接頭語、
放り、
は、
娘子(をとめ)らが放(はな)りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む(万葉集)、
と、
少女の結ばないで垂らしておく髪、
また、そういう
少女、
をいう(広辞苑)。
はなりの髪、
ふりわけ髪(がみ)、
うない、
うないはなり、
ともいう(仝上・精選版日本国語大辞典)。
丱女(かんじょ)、
みずら、
で触れたことだが、
うなゐ(うない)、
は、
髫、
髫髪、
とあて、
古の俗、年少児の年、十五六の間は束髪於額(ひさごはな)す。十七八の間は、分けて、総角(あげまき)にす(書紀)、
と、
髫髪(うなゐ)にしていた童子の髪を十三、四を過ぎてから、両分し、頭上の左右にあげて巻き、輪を作ったもの、はなりとも(岩波古語辞典)、
とも、
髪を中央から左右に分け、両耳の上に巻いて輪をつくり、角のように突き出したもの。成人男子の「みづら」と似ているが、「みづら」は耳のあたりに垂らしたもの、
ともある(精選版日本国語大辞典)、
束髪於額(ひさごはな)、
にする前の髪型を、
うなゐ(髫髪)、
という。これは、
7、8歳の童児の髪をうなじのあたりで結んで垂らしたもの、
また、女児の髪を襟首のあたりで切り下げておくもの、
で(デジタル大辞泉)、
うないがみ(髫髪)、
ともいい、
ウナは項(うなじ)、ヰは率(ゐ)、髪がうなじにまとめられている意で、子供の髪を垂らしてうなじにまとめた形。また、その髪形をする十二、三歳までの子供。その先、年齢がいくと、髪を神をあげて、「はなり」「あげまき」にした(岩波古語辞典)、
「項居(うない)」の意か(デジタル大辞泉)
「うな」は「項」、「ゐ」は「居」の意か(精選版日本国語大辞典)、
項集(うなゐ)の義(大言海)、古へ、男女兒、生まれて二歳までは、髪を鋏みおく、三四歳、髪置(かみおき)す。是れ、被髪(わらは)、童丱(かぶろ)なり、七八歳、髪の中の毛を項(うなじ)に束ぬ、是れ、うなゐなり、女兒は其外の毛を垂れおきて、肩にて切る、これをうなゐ放(ばなり)、又はなりとのみも云ふ(大言海)、
等々とあり、和名類聚抄(931〜38年)に、
髫髪、和名宇奈為(うなゐ)、俗用垂髪二字。謂之童子垂髪也、
新撰字鏡(平安前期)に、
髧、髪至肩垂皃、宇奈井(うなゐ)、
新字鏡(平安後期頃)に、
髫、女佐之(めさし)
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
髫、モトトリ・メサシ、
とある。
うなゐ、
の後にする髪形、
束髪於額(ひさごはな)、
は、
厩戸皇子、束髪於額(ヒサコハナ)して(書紀)、
とあり、辞書には載らず、はっきりしないが、
ヒサゴバナ(瓠花・瓢花)、
の項に、
上代の一五、六歳の少年の髪型の一つ。瓠の花の形にかたどって、額で束ねたもの、
とある(日本国語大辞典)。ただ、
ひさご花は後世に伝わっていない、
という(文政二年(1819)「北辺随筆」)。
うなゐ、
と同義の、
はなり(放)、
は、上述のように、
うなゐ髪、
ともいい、
7、8歳の童児の髪をうなじのあたりで結んで垂らしたもの、
また、
女児の髪を襟首のあたりで切り下げておくもの,
とある(デジタル大辞泉)が、
少女が肩までつくように垂らしていた「うなゐ」の髪を、肩から離れる程度にあげること、
また、
その少女、
ともある(岩波古語辞典)が、
うなゐばなり(髫髪放)の略、
として、
七八歳、髪の中の毛を項(うなじ)に束ぬ、是れ、うなゐなり、女兒は其外の毛を垂れおきて、肩にて切る、これをうなゐ放(ばなり)、又はなりとのみも云ふ、
とする(大言海)ので、
うなゐ→うなゐばなり(はなり)、
と、微妙に変化しているというのが正確なのだろう。
はなちがみ、
ふりわけがみ、
ともいう(仝上)のは、その意味だろう。
橘の寺の長屋に我(わ)が率寝(ゐね)し童女(うなゐ)放髪(はなり)は髪上げつらむか(万葉集)
では、
童女(うなゐ)、
は、
八歳くらいの童女の髪、首筋で切りそろえる、
とし、
放髪(はなり)、
は、
十四五歳までの女のおさげ髪、
とし、
あの童女というか放髪というか、あのおぼこ娘は、もう一人前に髪を結いあげているだろう、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、両者の区別をつけていない。どちらかというと、
童女(うなゐ)、
は、
少女、
放髪(はなり)、
は、その、
髪形、
ということになる。
「放」(ホウ)の異体字は、
抛(の代用字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%94%BE)。字源は、
会意兼形声。方は、両側に柄の伸びたすきを描いた象形文字。放は「攴(動詞の記号)+音符方」で、両側に伸ばすこと。緊張や束縛を解いて、上下左右に自由に伸ばすこと、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(方+攵(攴))。「柄のある農具:すき」の象形(「左右に広がる」の意味)と竹や木の枝を手にする象形(「強制する、わける」の意味)から左右に「広げる」、「はなす」を意味する「放」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji539.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、誤った分析である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%94%BE)、
とあり、他は、
形声。「攴」(動作を表す)+音符「方 /*PANG/」。「はなつ」を意味する漢語{放
/*pangs/}を表す字(仝上)、
形声。攴と、音符方(ハウ)とから成る。人を追いはらう意を表す(角川新字源)、
と、形声文字とするもの、
会意。方+攴(ぼく)。方は架屍の形。これを殴(う)って邪霊を放逐する共感呪術的な呪儀。〔説文〕四下に「逐ふなり」と訓し、方(ほう)声とするが、方は殴撃を加える対象物である。その架屍に頭部の形を加えたものは敫(きよう)で、徼の初文。巫女を殴つものは微、長髪の人を殴つものは徴・傲。邪霊を微(な)くし、徼(もと)めるところを徴するもので、敵に傲る相似た呪法をいう。みな古代祭梟(さいきよう)(首祭)の俗を示す字である(字通)、
と、会意文字とするものに分かれる。
「髫」(漢音チョウ、呉音ジョウ)
は、
会意兼形声。「髟(かみの毛)+音符召(曲線をなす)」で、曲線を描く垂れ髪、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「髟」+音符「召 /*TEW/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AB%AB)、
形声。声符は召(しょう)。召に迢・超(ちょう)の声がある。〔説文新附〕九上に「小兒の垂るる結(かみ 髪)なり」とあり、幼年のときを垂髫、乳歯のおちる時期を髫(ちようしん)という(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
春されば妻を求むとうぐひすの木末(こぬれ)を伝ひ鳴きつつもとな(万葉集)
の、
もとな、
は、
やたらに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
やたらに……してどうにもならない、
しきりに、
みだりに、
無性に、
の意で使われる(大言海・広辞苑・岩波古語辞典)。多く、
自分には制御のきかない事態をあきれて眺めているさまに用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
木末(こぬれ)を伝ひ、
は、
梢(こずえ)伝いに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
木末(こぬれ)、
は、
木(こ)の末(うれ)の、ノ、ウの約、ヌ(大言海)、
ウラ(末)の枝、ウラエの変化、こずえの意(日本語源広辞典)、
コノウレ(木末)の約(万葉代匠記)、
コノウレの約(岩波古語辞典・広辞苑)、
木の下の暗いところをいうコノクレ(木暗)の約(類聚名物考・和訓栞)、
木の枝の先端。こずえ(学研全訳古語辞典)、
「こ(木)のうれ(末)」の音変化(デジタル大辞泉)、
「こ(木)のうれ(末)」の変化した語(精選版日本国語大辞典)、
等々とあり、
木の枝先、梢(こずえ)(日本語源大辞典・広辞苑)、
伸びた若い枝先、木の枝先(岩波古語辞典)、
木の幹、又は、枝の先、木の末(うれ)(大言海)、
樹木の先端の部分。こずえ(デジタル大辞泉)、
木の枝さき。枝の先端の方。こずえ(精選版日本国語大辞典)、
等々の意とあり、微妙な差を捨象すると、
枝の先、
の意ということになる。
こずえ(こずゑ)、
は、
梢、
杪、
とあて、和名類聚抄(931〜38年)に、
梢、古須恵、
とあり、
木末(こずゑ)の意(広辞苑・岩波古語辞典・大言海・名語記・和訓栞)、
木の末の意(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
で、
幹や枝の先の部分(岩波古語辞典・広辞苑)
幹、又は、枝の先、木の末(うれ)(大言海)、
木の末の意(精選版日本国語大辞典)、
等々とあり、平安時代になって、
こぬれ、
に代わって使われ出した(岩波古語辞典)とある。
うれ(末)、
で触れたように、
うれ、
は、
ウラ(末・裏)の転(岩波古語辞典)、
で、
茎や葉の先の方、
をいい、
本、
は、
うれ、
に対して、
茎、
をいう(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。
うれ、
は、
末、
若末、
と当て(岩波古語辞典)、
植物の生長する先端、
の意(仝上・精選版日本国語大辞典)で、
ぬれ、
うら、
とも訛る(仝上・大言海)が、
うれ、
は、
ウラ(裏・末)の転(岩波古語辞典)、
なので、
木の末、
は、
このうれ、
とも、
雪いと白う木のすゑに降りたり(伊勢物語)
と、
このすえ、
とも訓ませる(仝上)。つまり、
こずえ(梢・木末)、
である。
うれ、
の由来は、
末枝(ウラエ)の約まりてウレとなり、ウレ、又他語に冠すれば、ウラガレ(末枯)・ウラバ(末葉)となる(大言海)、
ウラの交換形(時代別国語大辞典-上代編)、
ウヘ(上)の転(和訓栞)、
と諸説あるが、
うれ、
の古形が、
うら、
で、
「もと」の対、
で、
幹に対する先端、
ともある(岩波古語辞典)。この、
うら、
は、
上の原語ウに接尾語ラを添えたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
アナウラ(蹠 足裏)と同語(玄同放言)、
等々とあるが、
うへ、
は、
古形ウハの転。「下(した)」「裏(うら)」の対。最も古くは、表面の意。そこから、物の上方、い位置、貴人の意へと展開。また、すでに存在するものの表面に何かが加わる意から、累加・つながり・成行きなどの意などの意を示すようになった、
とある(岩波古語辞典)。
うえ、
で触れたように、
「う」+接尾語「へ」
という説は、上代特殊仮名遣いからみて、
接尾語「へ」は、「fe」(甲類)、「うへ」の「へ」は「fë」(乙類)、
で、接尾語説は採りえない。となると、
上の原語ウに接尾語ラを添えたもの、
は成り立たず、
うわ→うら→うれ、
と見るほかないのかもしれない。なお、
上の方の枝、
の意で、
上つ枝、
とも当てる、
ほつえ(秀つ枝)、
については触れたし、
裏、
心、
と当てる、
うら、
についても触れた。
「木」(漢音ボク、呉音モク)は、
象形、タチの形を描いたもの。上に葉や花をかぶった木、
とある(漢字源)。他も、
象形。一本の樹木を象る。「き」を意味する漢語{木 /*mˤok/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%A8)、
象形。立ち木の形にかたどり、樹木の意を表す(角川新字源)、
象形文字です。「大地を覆う木」の象形から、「き」を意味する「木」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji61.html)、
象形。枝のある木の形。〔説文〕六上に「冒(おほ)ふなり。地を冒ひて生ず。東方の行なり」という。〔釈名、釈天〕に「木は冒ふなり」とあり、当時の音義説である。卯字条十四下にも「冒ふなり」とあり、いずれも字義に関しない説で、字はむしろ朴の字義に近く、木訥(ぼくとつ)・木強のように用い、素材としての木をいう。植樹したものは樹という(字通)、
と、象形文字としているが、『説文解字』によれば、
「木,冒也,冒地而生。東方之行。从屮,下象其根―木とは、冒(おお)うことである。大地を覆って生育する。〔五行においては〕東方の行。幹と枝葉である屮に従い、下部はその根の形に象る」。「冒」は類音による注釈で、語源とは関連がない。五行は「木・火・土・金・水」の順で時計回りで一周し、「木」は東方に配置される。「木」が五行で東に位置することが、『説文』の「東」の解字を誤らせた可能性がある、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%A8)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
かずしらず君がよはひをのばへつつ名だたる宿の露とならなむ(伊勢)
の詞書(ことばがき 和歌や俳句の前書き)に、
となりに住み侍りける時、九月八日、伊勢が家の菊に綿をきせにつかはしたりければ、又のあした折りてかへすとて、
とある、
菊に綿をきせ、
は、
菊の花の露を染み込ませるために、綿を被せることをいう。九月九日の重陽の節句には、この綿で顔を拭いて不老長寿を祈った、
とある(水垣久訳注『後撰和歌集』)。この歌は、
(藤原)雅正が隣家の伊勢に菊の着せ綿を依頼した翌朝、伊勢が綿を着せた菊を折って返す時に贈った歌。綿に含ませた露に、長寿の効験あることを願った、
とある(仝上)。
菊に綿を着せ、
は、
菊被綿(菊の被せ綿 きくのきせわた)、
着綿(被綿 きせわた)、
菊綿(きくわた)、
菊の綿(きくのわた)、
被綿飾り(きせわたかざり)、
などともいい(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
着せ綿(きせわた)、
自体は、
物の上にかぶせてある綿、
の意(デジタル大辞泉)だが、ここでは、
菊の花に綿を覆いかぶせたもの(広辞苑)、
菊の花を霜にあてないためにかぶせた綿(岩波古語辞典)、
をいい、
陰暦九月九日、
の、
重陽の節句、
の行事で、
陰暦九月九日、重陽(ちょうよう)の節供に行なわれた慣習。陰暦九月八日の夜、菊の花に真綿をかぶせて霜よけとし、また、その香と露とを移して、九日の重陽にその綿をとって身をぬぐうと、命が延びるとされた(精選版日本国語大辞典)、
陰暦9月9日、重陽ちょうようの節句に行われた慣習。前夜、菊の花に霜よけの綿をかぶせ、その露と香りを移しとって、翌朝その綿でからだをなでると、長寿を得るといわれた(デジタル大辞泉)、
菊の花を霜にあてないためにかぶせた綿。陰暦九月九日重陽の節句に、これで身体を拭うと老いを去ると信じられていた(岩波古語辞典)、
前夜、菊の花に綿をおおって、その露や香を写しとり、翌朝その綿で身体を拭うと長寿を保つ(広辞苑)、
前夜に着せて、翌朝取りて、露に湿りたるにて、顔を拭ふ、老(おい)を棄つとて、延年の祝事とするなり、菊は、長寿せしむと云ふ伝説に據れり(大言海)、
等々とあり、実用的には、
霜除け、
だが、それで得られた、
露や香で身体を拭う、
という慣習を指している。『枕草子』には、
九月九日はあかつきがたより雨すこしふりて、菊の露もこちたく、おほひたる綿などもいたくぬれ、うつくしの香ももてはやされて、つとめてはやみたれど、なほくもりて、ややもせばふりおちぬべくみえたるもをかし、
『紫式部日記』には、
九日、菊の綿を兵部のおもと(おもとびと 中宮付き女房)の持て来て、これ、殿の上(道長妻、源倫子)の、とり分きて。いとよう、老い拭ひ捨てたまへと、のたまはせつる、とあれば、
菊の露 若ゆばかりに 袖触れて 花のあるじに 千代は譲らむ
とて、返したてまつらむとするほどに、あなたに帰り渡らせたまひぬとあれば、用無さにとどめつ、
『御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき)』(内裏の御湯殿上の間に祗候(しこう)した女官が記した)には、
九日、夜に入りて、御殿南階に、菊花多く植ゑ、其花に、赤、白、黄の染綿を、丸菊花に作りて、枝枝につくるなり(白きに黄、赤きに白、黄なるに赤)、
江戸前期の年中行事解説書『日次紀事(ひなみきじ)』九月八日には、
種菊於常御殿之前庭、明朝官女等、取綿使蒙階下菊花、是謂菊綿、又、稱衣綿(きせわた)也、
江戸後期のた『古今要覧稿』には、
九日に花咲あへぬ年は、綿を菊の花のかたにつくりて、八日の夕に菊にきせ置、露にしめりたるを九日にとりて、その綿にて身をのごいて、齢をのべ、老をのごひすて、若がへるなどいふまじなひにせるよしなり、
と夫々ある。また、江戸前期の『後水尾院当時年中行事』には、
一人が白三輪、赤三輪、黄三輪の計九輪に、白菊には黄色の綿、黄色の菊には赤い綿、赤い菊には白い綿を着せ、その上に蘂(しべ)のように白には黄、赤には白、黄には赤の小綿をのせる、
と定められている(https://www.kamigyo.net/public_html/event_report/report/20210913/)とある。
なお、
菊、
重陽、
については触れた。ちなみに、
被綿(かづけわた)、
と訓ませると、
霜凍るよはの野伏(のぶし)のかつけわた今ぞ寒さを忘れはつらん(新撰六帖題和歌)、
と、
禁中の行事で、一二月の御仏名(おぶつみょう)の時、導師や衆僧に賜わる綿、
をいい(精選版日本国語大辞典)、
被綿(かづきわた)、
と訓ませると、
被綿(カツキワタ)。綿帽子なり(「国花万葉記(1697)」)、
と、
綿帽子の一種。婦人が厳寒の折に頭部を包むためにかぶった、綿でつくった帽子、
をいう(仝上)。
「菊」(キク)は、「菊合」で触れたように、
「菊」(キク)は、
会意兼形声。匊(キク)は、手の中に米をまるめてにぎったさま。菊は「艸+音符匊」で、多くの花をひとまとめにして、まるく握った形にしたはな、
とあり(漢字源)、別に、
会意兼形声文字です(艸+匊)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「人が手を伸ばして抱え込んでる象形と横線が穀物の穂、六点がその実の部分を示す象形」(「米を包む・両手ですくう」の意味)から、米を両手ですくい取る時に、そろった指のように花びらが1点に集まって咲く「きく」を意味する「菊」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji1556.html)が、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%8A)、
形声。「艸」+音符「匊 /*KUK/」。一種の植物(キク)を指す漢語{菊 /*kuk/}を表す字(仝上)、
形声。艸と、音符匊(キク)とから成る。「きく」の意を表す。(角川新字源)、
形声。声符は菊(きく)。〔説文〕一下に「大菊、蘧麥(きよばく)なり」とあり、大菊は蘧麦・なでしこ・かわらなでしこ。いまの秋菊の字はもと䕮に作り、〔説文〕に「日精なり。秋を以て華さく」という。いま菊の字を秋菊の意に用いる(字通)、
と、形声文字とする。
参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
山の際(ま)の雪は消(け)ずあるをみなぎらふ川の沿(そ)ひには萌えにけるかも(万葉集)
の、
みなぎらふ川、
は、
水が溢れて流れる川、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
みなぎらふ、
は、上代語で、
漲らふ、
とあて、
動詞「みなぎる(漲)」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いたもの、
で(精選版日本国語大辞典)、
水が満ちあふれている、みなぎりかえる(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
水が一面にあふれるように盛り上がる(岩波古語辞典)、
といった意であるが、
水霧相(みなぎらふ)沖つ小島(こしま)に風をいたみ舟よせかねつ心は思へど(万葉集)、
と、
水霧らふ、
とあてると、
動詞「水霧る」の未然形に反復・継続の接尾語フがついたもの、
で、
水しぶきが立ち続ける(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
風などで水しぶきが立ち続く(広辞苑)、
風にしぶきがたちこめる(岩波古語辞典)、
といった意になり、
水煙で霞んでいる、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ただ、上代、
みなぎ(漲)らふ、
の、
ぎ、
は、
gi、
の音で甲類音、
みなぎ(水霧)らふ、
の、
ぎ、
は、
gï、
の音で乙類音であるので、両者は別語とされる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。なお、
みなぎらふ、
の、
ふ、
は、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散らヘる野辺(のへ)の初尾花(はつをばな)仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並(な)めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。
例えば、「散る」「呼ぶ」と言えば普通一回だけ、散る、呼ぶ意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して散る、呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞アフ(合)で、これが動詞連用形のあとに加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある。動詞の表わす作用の発現の様態にかかわるものであり、動詞に密着して、間に他の助動詞などを入れることがない。それで接尾語として扱う説もある。(精選版日本国語大辞典)、
などとあり、主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉)など、その際の動詞語尾の母音の変形には三種あり、
[a]となるもの ワタルがワタラフとなる、
[o]となるもの ウツルがウツロフとなる、
[Ö]となるもの モトホル(廻)がモトホロフとなる、
例があるが、これは、
末尾の母音を同化する結果生じた、
とする(精選版日本国語大辞典)。また、
ふ、
は、まれに下二段活用として用いられ、
「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる、
とある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、上代、
助動詞として用いられた、
が(学研全訳古語辞典)、中古になると、
語らふ、
住まふ、
慣らふ、
願ふ、
交じらふ、
守らふ、
呼ばふ、
等々、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した(仝上)。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
「漲」(チョウ)は、
会意兼形声。「水+音符張(いっぱいにはる)」、
とあり(漢字源)、別に、
形声。声符は長(ちょう)。長に長大の意がある。水がわきおこり、みなぎりみちることをいう。古い字書にみえず、六朝期の頃から用いられる(字通)、
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも(万葉集)
の、
糸のくはしさ、
の、
くはし、
は、
繊細なさま、
で、
糸のような枝の細やかな美しさよ、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
い間、
の、
い、
は、接頭語で、
向つ峰(を)の若桂(わかかつら)の木下枝(しづえ)取り花待つ伊間(イま)に嘆きつるかも(万葉集)、
と、
あいだ、
とき、
の意(精選版日本国語大辞典)で、
乱れぬい間に、
を、
(春風に)乱れないうちに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
こもりくの泊瀬の川の上(かみ)つ瀬に鵜を八(や)つ潜(か)づけ下(しも)つ瀬に鵜を八つ潜け上つ瀬の鮎を食はしめ下つ瀬の鮎を食はしめくはし妹に鮎を惜しみくはし妹に鮎を惜しみ(万葉集)、
の、
くはし、
では、
霊異の感じられる対象をほめる形容詞、
として、
妙なる子、
と訳している(仝上)。
くはし、
は、
(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、
と、形容詞シク活用で、
細し、
美し、
麗し、
妙し、
微妙し、
精細し、
などとあて(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・大言海)、
くすはしの中略(奇(くす)し、くし。多(ふすさ)に、ふさに)(大言海)、
朝鮮語kop(美・細)と同源(岩波古語辞典)、
などともあるが、
こまやかで美しい、
すぐれて美しい、
精妙である、
うるわしい、
妙(たへ)なり、
等々の意である(仝上)。ただ、
隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)の山はあやに于羅虞波斯(ウラグハシ)あやに于羅虞波斯(ウラグハシ)(日本書紀)、
の、
うらぐはし(心麗・心細 「うら」は「こころ」の意、心にしみて美しい、こまやかで美しい)、
下毛野(しもつげ)の美可母(みかも 三毳)の山の小楢(こなら)のす麻具波思(マグハシ)児(こ)ろは誰(た)が笥(け)か持たむ(万葉集)、
の、
まぐはし(目細 目にもさやかな)、
蒜摘みに我が行く道の迦具波斯(カグハシ)花橘は(古事記)、
見まく欲(ほ)り思ひしなへに蘰(かづら)懸け香具波之(カグハシ)君を相(あひ)見つるかも(万葉集)、
の、
かぐはし(芳・香・馨 名詞「か(香)」に、すぐれている意の形容詞「くはし」が付いてできたもの)、
等々、用法は、
単独では少なく、「うらぐはし」「まぐはし」「かぐはし」など、複合形容詞として多く用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。もともと、
未だ曾(かつ)て是の如く微妙(クハシキ)法(のり)を聞くこと得ず(日本書紀)、
忍坂(おさか)の山は走出(はしりで)のよろしき山の出立(いでたち)の妙(くはしき)山ぞ(万葉集)、
と、
くはしいも(細し妹・美し妹)、
くはしほこのちだるくに(細戈千足國)、
くはしめ(細し女・美し女・麗し女)、
等々、古くは、上述のように、
ウラグハシ・マグハシなど多く複合語として使われ、朝日・夕日・山・湖・花・女など主として自然の造花物体の美しさを表現した(岩波古語辞典)、
が、次第に、
小楢(こなら)・青柳の枝などの精細な美を強調するようになり、平安時代以後は、事柄・様子など詳細であることをいうようになった、
などとあり、その意が転じて、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
委、子細、クハシ、
委、細・曲・精・熟、クハシ、學ニクハシ、藝ニクハシ、
色葉字類抄(1177〜81)に、
委曲・委細・細砕、クハシ、
などとあるように、
委し、
詳し、
細し、
精し、
等々とあて、
神祇を祭祀りたまふと雖も、微細(クハシク)は未だ其の源根(もと)を探(さく)りたまはずして(日本書紀)、
と、
細かい点にまでゆきわたっているさま、
詳細である、
つまびらかである、
つぶさである、
落ちがない、
の意や、後に、類聚名義抄に、
學ニクハシ、藝ニクハシ、
とあるように、
しかれども我若年にして人情に精(クハシ)からず(談義本「風流志道軒伝(1763)」)、
と、
細部まで十分に知っているさまである、
精通しているさまである、
意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。上代には、
「詳細」「委細」、
の意を表わす語として、
つばら、
つぶさ、
などが使われていたが、平安時代以降、
つばひらか(鎌倉時代以降は「つまびらか」になる)、
などとともに、漢文訓読の世界で用いられるようになり、和文ではもっぱら、
くはし、
を使うようになった(仝上)とある。類義語の、
こまか、
は、事物の微細な、あるいは濃密なさまを具体的にとらえていう語で、ときに情愛や配慮といった心理に裏打ちされて使うのに対して、
くはし、
は、理解や判断にあたってくまなく十全な材料を得ている、あるいはそれを提示しているという状態を表わす、
との違いがある(仝上)。
「美」(漢音ビ、呉音ミ)は、その異字体は、
㺯、 媺、 嬍、 羙、 𡙡、 𡠾、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%8E)。「字源」は、「うまし」で触れたように、
頭に飾りをつけた人間の形。のちに「大」+「羊」という形に変化したため、従来は{大きい羊、立派な羊}を表すと考えられたが、その用例が未発見であることや、甲骨文中で「大」が{大きい}という意味の義符として普通用いられないことからその仮説は棄却された、
とあり(仝上)、いまのところ、
「羊」の象形、
または、
「大」きい「羊」を意味する会意、
の二説がある(仝上)ようだが、いずれでも、
古代周人が、羊を大切な家畜と扱ったことに由来する、
としている(仝上)。字通は、
象形。羊の全形。下部の大は、羊が子を生むときのさまを羍(たつ)というときの大と同じく、羊の後脚を含む下体の形。〔説文〕四上に「甘きなり」と訓し、「羊大に從ふ。羊は六畜に在りて、主として膳に給すものなり。美は善と同なり」とあり、羊肉の甘美なる意とするが、美とは犠牲としての羊牲をほめる語である。善は羊神判における勝利者を善しとする意。義は犠牲としての羊の完美なるものをいう。これらはすべて神事に関していうものであり、美も日常食膳のことをいうものではない(字通)、
は、象形説を採っているが、多くは、会意文字説を採り、
会意。羊と、大(おおきい)とから成り、神に供える羊が肥えて大きいことから、「うまい」「うつくしい」意を表す(角川新字源)、
会意文字。「羊+大」で、形のよい大きな羊をあらわす。微妙で繊細なうつくしさ(漢字源)、
は、
「大」きい「羊」、
を採っている。別に、
会意文字です(羊+人)。「羊の首」の象形と「両手両足を伸びやかにした人」の象形から大きくて立派な羊の意味を表し、そこから、「うまい」、「うつくしい」を意味する「美」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji44.html)、
は、
羊+人、
を採っているが、意味からは、
大、
を含意しているようだ。いずれにせよ、
義、善、祥などにすべて羊を含むのは、周人が羊を最も大切な家畜したためであろう、
とある(漢字源)。
「細」(漢音セイ、呉音サイ)は、
会意兼形声。囟は、小児の頭にある小さいすきまの泉門を描いた象形文字。細は「糸(ほそい)+音符囟(シン・セイ)」で、小さくこまかく分離していること、
とある(漢字源)。おなじく、
会意兼形声文字です(糸+田(囟))。「より糸」の象形(「糸」の意味)と、「乳児の脳の蓋(ふた)の骨が、まだつかない状態」の象形(「ひよめき(乳児の頭のはちの、ぴくぴく動く所)」の意味)から、ひよめきのように微か、糸のように「ほそい」を意味する「細」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji165.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%B0)、他は、
形声。「糸」+音符「囟 /*TSIŊ/」。「ほそい」を意味する漢語{細 /*sˤe(k)-s/}を表す字(仝上)、
形声。糸と、音符囟(シン、シ)→(サイ 田は誤り変わった形)とから成る。ほそい糸、ひいて「ほそい」「こまかい」意を表す(角川新字源)、
形声。正字は囟(し)に従い、囟声。のち略して田となった。〔説文〕十三上に「𢼸
(び)なり」(段注本)と訓し囟、声とする。囟は細かい網目の形。もと織り目の細かいことをいう字であったが、のち細微・微賤の意となる(字通)、
と、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
春日野に煙たつ見ゆ娘子(をとめ)らし春野のうはぎ摘みて煮らしも(万葉集)
妻もあらば採(つ)みて食(た)げまし沙弥(さみ)の山野(の)の上(ヘ)の宇波疑(ウハギ)過ぎにけらずや(仝上)、
の、
うはぎ
は、
よめな。キク科の多年草、その若菜を食用にする、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
うはぎ、
は、
薺蒿、
菟芽子、
とあて、
ヨメナ(嫁菜)の古名、
であり、和名類聚抄(931〜38年)、『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、
薺蒿菜、於波岐、
新撰字鏡(平安前期)に、
莪、宇波支(おはぎ)、
とあるように、
ウからオへの交替、
によって(精選版日本国語大辞典)、
うはぎ、
は、
おはぎ(薺蒿)、
ともいい、
ヨメハギ、
ヨメガハギ、
ノギク、
ハナギ、
ヨメノサイ、
カンサイヨメナ、
等々とも呼ぶ(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%A1%E3%83%8A)。
春の摘み草の対象とされ、上記歌のように、よく食べられていたとみられる。江戸時代はヨメガハギともよばれ食用にされた(菜譜)とある(日本大百科全書)。
よめな、
は、
嫁菜、
娵菜、
とあてる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%A1%E3%83%8A)が、
ヨメは、姫の如く小さき意、
とあり(大言海)、その由来は、
嫁菜、
夜目菜、
とも、一説には、
美しく優しげな花を咲かせるため「嫁」の名がつく、
とも、
古くから女性が好んで摘んだから、
等々ともあり(仝上)、また、
ヨメナ(娵菜)の義(名言通)、
ヨミナ(吉菜)の義(言元梯)、
食用として最も美味で美しいから、ムコナ(シラヤマギク)の対としてついた名(牧野新日本植物図鑑)、
ヨメガキミ(ネズミ)の食べる菜であるから(植物名の由来=中村浩)、
等々ともあるが、はっきりしない。
キク科の多年草。本州・四国・九州の原野や畔など湿った所に生える野菊で、高さ30〜100p。葉は短柄をもち楕円形で縁に粗い鋸歯(きょし)がある。夏から秋にかけ、枝端に径三センチメートルぐらいの淡紫色の頭状花が咲く。冠毛は短い。若葉を食用とする、
とあり(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、漢名は、
雞児腸、
で(仝上)、
ノコンギク、
ユウガギク、
などと共に俗に、
野菊、
と呼ばれるものの一つである(仝上)。
「薺」(@漢音セイ・呉音ザイ、A漢音シ・呉音ジ)の異体字は、
荠(簡体字)、萕(拡張新字体)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%96%BA)。「なずな」の意の場合@の音、「はまびせし」「くろくわい」の意の場合は、Aの音とある(漢字源)。字源は、
会意兼形声。「艸+音符齊(そろって並ぶ)」で、小さな花をつけた茎がそろってならぶなずな、
とある(漢字源)。
なずな(薺)、
は、春の七草の一つの、いわゆる、
ぺんぺん草、
で、
アブラナ科の二年草。各地の路傍、原野などにふつうに見られる。高さ30センチメートルぐらい。葉は羽状に深裂し根ぎわに密生する。春から初夏にかけ、茎頂に総状に多数密集した小さな白い四弁花を開く。果実は扁平で三味線の撥(ばち)に似た倒三角形。早春、若葉をゆでて食べる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
「蒿」(コウ)は、
会意兼形声。「艸+音符高(高く伸びる、かわいくて白い)」、
とある(漢字源)が、別に、
形声。「艸」+音符「高 /*KAW/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%92%BF)、
ともある。「よもぎ」の意である。なお、
よもぎ、
については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
春霞立つ春日野を行き返り我(わ)れは相見(あいみ)むいや年のはに(万葉集)
の、
いや年のはに、
は、
来る年も来る年も毎年、
の意で、
来る年も来る年も、いついつまでも、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
いや年のはに、
は、
弥年のはに、
とあて(広辞苑)、その略が、
いやとし(彌年)、
とある(大言海)ので
いや年に、
と同義で、
いや年に、
は、
弥年に、
とあて、
年ごとに、
の意である(仝上)が、
いやとしのはに、
は、
弥毎年に、
とあて、
布勢の海の沖つ白波あり通ひ伊夜登偲能波(イヤトシノハ)に見つつ偲か(しの)はむ(万葉集)、
と、
重ねて毎年毎年、
いよいよ絶えず毎年、
の意(精選版日本国語大辞典)、
いやとし、
は、
彌年、
とあて、
新(あらた)しき年の初めは彌年(いやとし)に雪踏み平(なら)し常かくにもが(万葉集)
で、
つぎつぎと毎年、
の意とする(仝上)方が、
弥、
の意味がよく出るのではあるまいか。
いや、
は、
彌(弥)、
益、
重、
転、
等々とあて(精選版日本国語大辞典)、
いよ(愈)に通ず、にこやか、にこよか(大言海)、
イヨ(愈)の母音交替形。物ごとの状態が無限であるさま。転じて、物ごとの状態が甚だしく、激しく募る意。イヤ・イヨのような母音交替形は、さやぎ・ソヨギ、タワワ・トヲヲ、アサ(浅)・オソ(遅)など多い、イヤは、ヤという形でも使われ、起源的には数詞の「八(ヤ)」も、このイヤあるいはヤと同根(「八(ヤ)」はヨ(四)と母音交替形による倍数関係をなす語。ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根。「ヨ(四)」は、もともとは無限の数量・程度を意味したものであろう。「八(ヤ)」は日本民族の神聖數として神話に多く用いられるが、「四(ヨ)」も神聖數であったと考えられ、古くは、儀式に道具類を四個用い、礼拝も四度するのが正式であった)(岩波古語辞典)、
数詞の「や(八)」と同源、物事のたくさん重なるさま(広辞苑)、
接頭語「い」が、物事のたくさん重なる意の副詞「や」に付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
程度がはなはだしいさまを表す副詞「や」に接頭語「い」の付いたもの(デジタル大辞泉)、
イヤは、造語成分として、「いや栄」「いや増す」「いやがうえ」など、「イヤ(弥 限りなく・いよいよ)」の意を表します(日本語源広辞典)、
イキ(気)が重なりでるから、ヤというか。ヤは物の重なる詞(和訓栞)、
イヤ(息弥)の義(日本語源=賀茂百樹)、
中国語「弥」、アイヌ語iyo、iyya、レプチャ語yanなどと関係があるか(外来語辞典=荒川惣兵衛後)、
などとあり(「八」については「八入(やしほ)」で触れた)、
蓴(ぬなは)繰(く)り延(は)へけく知らに吾が心しいや愚(をこ)にして今ぞ悔しき(古事記)、
の、
いや愚(をこ)、
では、
極度に、
非常に、
の意、また、
此川の絶ゆる事なく此山の彌(いや)高知らす水激(みなそそく)滝の宮処(みやこ)は見れど飽かぬかも(万葉集)、
の、
彌(いや)高知らす、
の、
いよいよ高く、
の意、等々は、
状態を意味する語に付いて、程度のはなはだしいさま、
を表わし、
いやおこ、
いやさやしく、
いやたか、
いやとお、
等々、
いちだんと。
きわめて、
といった意で使う。この用例は、
既にそうしている(そうである)ものが、更に……する(……になる)、
という面が強い(精選版日本国語大辞典)とある。さらに、
かつがつもいや先立(だ)てる兄(え)をし枕(ま)かむ(古事記)、
の、
いや先立(だ)てる、
では、
最も、
の意、
栂(つが)の木のいや継(つ)ぎ継ぎに天(あめ)の下知らしめししを空にみつ大和を置きて(万葉集)、
の、
いや継(つ)ぎ継ぎ、
では、
無限に、
の意、
等々、
程度が最もはなはだしいさまを表わし、
また、
物事を強めて言い表わし、
いやさき、
いやはし、
いやはて、
等々、
最も、
いちばん、
まったく、
ほんとに、
の意で使う。ここから転じて、のちに、
去年(こぞ)見てし秋の月夜(つくよ)は照らせれど相見し妹は彌(いや)年離(としさ)かる(万葉集)、
では、
事柄や状態がだんだんはなはだしくなるさま、
を表わし、
いよいよ、
ますます、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。さらに、
御妬みには御勝ちあり、……なほ名残惜しとていや妬みまで遊ばして(問はず語り)
再従兄弟、イヤイトコ(「色葉字類抄(1177〜81)」)、
と、名詞に冠して、
再度付け加えられる、
意を添える(岩波古語辞典)。
いや、
は、上代に盛んに用いられ、特に、
最も、
いちばん、
まったく、
ほんとに、
の意は、記紀歌謡に集中してみられる(日本語源大辞典)とある。平安時代以降は、
いよいよ、
意にとってかわられた(仝上)。また、
いや……に、
の形をとって、慣用句または一語の副詞のように用いることも多く、平安時代には、
ただ……に……、
という形にとってかわられ、
いやましに増す、
いやまさりにまさる、
といった固定的な用法だけとなった(仝上)ともある。この、
いや(彌)、
の、音変化したのが、
いよ(彌)、
で、これを重ねて、
いよいよ(彌・愈)、
と同じ意ながら、
世の中は空しきものと知る時し伊与余(イヨヨ)ますます悲しかりけり(万葉集)、
と、万葉集時代だけにみられる、
「いよ」の反復形「いよいよ」の母音が連続するのを避けて成立したと考えられる、
いよよ(彌・愈)、
という言い方もある。なお、
年の端、
とあてる、
年のは、
は、
年のは(端)ごと、
の意(大言海)で、
毎年(としのは)に来鳴くものゆゑほととぎす聞けば偲(しの)はく逢はぬ日を多み(毎年、等之乃波(としのは)と謂ふ)(万葉集)、
と、
年ごと、
毎年、
の意の他に、後に、
君がため野辺の白雪うちはらひいやとしのはを摘む若菜かな(夫木抄)、
と、
年齢、
の意で用い(岩波古語辞典)、この場合、
としはのいかない子、
というように、
年歯、
年端、
とあてる、
としは、
ともいう(仝上・デジタル大辞泉)。
「弥(彌)」(漢音ビ、呉音ミ)の異体字は、
彌(旧字体/繁体字)、瀰(繁体字)、瓕(古体)、镾、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%A5)。字源は、
形声。爾(ジ)は、柄のついた公用印の姿を描いた象形文字で、璽の原字。彌は「弓+音符爾」で、弭(ビ 弓+耳)に代用したもの。弭は、弓のA端からB端に弦を張ってひっかける耳(かぎ型の金具)のこと。弭・彌は、末端まで届く意を含み、端までわたる、遠くに及ぶなどの意となった、
とある(漢字源)。同じく、
旧字は、形声。弓と、音符璽(ジ)→(ビ)(爾は省略形)とから成る。弓がゆるむ意を表す。ひいて、長びく、「わたる」意に用いる。常用漢字は俗字による(角川新字源)、
「彌」の略体。「彌」は、「弓」+音符「爾(印の象形文字で「璽」の原字)」の形声文字で、「弭(弓の端にあり弦をかける金具「耳」)」に代用したもの(『韻會』)、「弓が弛む」という意味を表したものとも(『説文解字』における「瓕」の解字)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%A5)、
と、形声文字とするものの他、
会意文字です(弓+日+爾)。「弓」の象形と「太陽」の象形と「美しく輝く花」の象形から、時間的にも空間的にも伸びやかに満ちわたる事を意味し、そこから、「あまねし(行き渡る)」を意味する「弥」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2192.html)、
会意。正字は镾に作り、長+爾(じ)。〔説文〕九下に「久長なり。長に從ひ、爾聲」とするが、声が合わず、長は長髪の象。金文に字を弓+日+爾に作り、弓と日と爾とに従う。弓は祓邪の呪具として用いられ、日は珠玉の形。爾は婦人の上半身に文身(絵文(かいぶん))を施している形。これによってその人の多祥を祈る意であろう。ゆえに金文に「考命彌生(びせい)」のようにいう。金文の〔素+命鎛(そはく)〕に「用(もつ)て考命弓+日+爾生ならんことを求む」、〔蔡姞𣪘(さいきつき)〕に「厥(そ)の生を弓+日+爾(をふ)るまで、霝冬(れいしゆう 霊終)ならんことを」のように用いる。镾はおそらく後の譌字。〔説文〕はその字によって説をなしている(字通)、
と、会意文字とするものに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
春さればまづさきくさの幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)(柿本人麻呂)
の、
さきくさ、
は、
みつまた、か、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
上二句は二重の序、「まづ」までが「さきくさ」を起こし、上二句が「幸く」を起こす、
とする(仝上)。
幸(さき)く、
は、
まさきく、
行矣(さきくませ)、
で触れたように、
「さき(幸)」に、「けだしく」などの「く」と同じ副詞語尾「く」の付いたもの、
で、
御船(みふね)は泊てむ恙(つつみ)無く佐伎久(サキク)いまして早帰りませ(万葉集)、
楽浪(ささなみ)の志賀の辛崎さきくあれど大宮人の船待ちかねつ(仝上)、
などと、
さいわいに、
平穏無事に、
変わりなく、
つつがなく、
繫栄して、
等々、
旅立つ人の無事を祈っていう例が多い(日本国語大辞典)。
さきくさ、
は、
三枝、
福草、
とあて(広辞苑・大言海)、
幸草(さきくさ)の意、
とし(広辞苑)、
茎の三枝に分かれている草、吉兆の草、
といい、
ミツマタ、
ヤマユリ、
等々諸説ある。
また、
いかばかり久しかるらん亀山のふもとの松のまじるさきくさ(夫木和歌集)、
と、
ヒノキの異称ともある(仝上)。また、
三枝の、
は、
父母(ちちはは)もうへはなさかりさきくさの中(なか)にを寝むと愛(うつく)しくしが語らへばいつしかも人と成り出でて(万葉集)、
さきくさのみつばよつばに殿造りせり(古今和歌集・序)、
と、
(さきくさが)三葉(みつは)とも云ふ、
に因って(大言海)、
「なか」「三つ」などにかかる枕詞である(仝上・岩波古語辞典)。
さきくさ、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
文字集略云、蕮(ジャウ)、草枝枝相値(アタリ)、葉葉相當也、佐木久佐、日本紀私記云、福草(是れは、文字集略の文が、たまたま、福草(さきくさ)の三枝、三葉なるを形容するに當れるに因りて引けるにて、福草とは関せず(同書に、榊(さかき)と龍眼(さかき)とを混じたる類也)、蕮は玉篇に、商陸也とあれば、商陸(やまごばう)なり)、
とある(カッコ内は『大言海』注記)。で、『大言海』は、
薺苨(さきくさな)は、一名三葉(みつは)と云ふ、其葉三枚の小葉より成れれば、三枝と書き、福草(さきくさ)も、三枝とも書くに因りて、その名を移ししなるべし……、サイグサとも云ふは、音便なり(后(きさき)、きさいの宮)、
とし、
薺苨(さきくさな)、
に同じ、
さいぐさ、
ともいい、今日、
釣鐘草(つりがねそう)、
という(仝上)とする。また、
薺苨(さきくさな)、
は、『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)、和名類聚抄(931〜38年)に、
薺苨、佐岐久佐菜、一名、美乃波、
とあり、『大言海』は、
薺苨の漢名、正しく、サキクサナに當るや、否や知らず、
と、注記しているが、
三枝菜(さきくさな)の義、
で、
毒草なれど、嫩苗(どんそう 芽ばえたばかりの若草。)は、食うべきに因りて、ナと云ふならむと云ふ。曾丹集の歌に、三枝(さきくさ)も萌えぬらむやぞ春されば若菜摘むべきふちかたの山、と、正月の若菜として摘む由を詠(よ)めれば、食用とせしなり、
とする(大言海)。ただ、
薺苨(さきくさな)、
の異名については、
そばな(蕎麦菜)の古名、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
福草(さきくさ)、
とあてるについては、
玉芝(霊芝)、
芝草、
が、
稀に生じて、珍奇なるものなれば、福草(さきくさ)と云ふなり、
の故で、
現今も珍重して、福茸(さいはひだけ)と云ふ、漢名が、芝草(しそう)にて、霊芝(れいし)とも云ふ、神霊なる芝草の意なるべし、三枝とも記すは、一茎三枝をなして、蓋(かさ)を生ずるに因る、茸の類、さいはひだけ(福茸)と云ふ、
ということに因る(大言海)。
芝草、
玉芝(霊芝)、
については、触れたが、
芝草、
は、
万年茸(まんねんだけ)、
幸茸(さいわいたけ)、
ともいい、
霊芝(れいし)の異称、
万年茸(まんねんたけ)の漢名、
であり(広辞苑)、
きのこの一種で、瑞相(ずいそう)をあらわすとされた草、
である(精選版日本国語大辞典)。他に、
門出茸(かどでたけ)、
仙草(せんそう)、
吉祥茸、
霊芝草、
赤芝(せきし)、
福草(さきくさ)、
桂芝(けいし)、
聖茸(ひじりたけ)
などの呼称でも呼ばれ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E8%8A%9D・世界大百科事典・字源)、
福草(さきくさ)、
幸茸(さいわいたけ)、
と呼ぶようになったのは、
因露寝、兮産霊芝、象三徳兮應瑞圖、延寿命兮光此都(班固・霊芝歌)、
といった、中国文化の影響をうけてからのことである。
三枝(さきくさ)、
については、冒頭のように、
みつまた(三椏)、
釣鐘草、
とする説のほかに、
ジンチョウゲ(沈丁花)、
ヤマユリ(山百合)、
ミツバゼリ(三葉)、
フクジュソウ(福寿草)、
その他諸説があるが、その木や草が、古く、
どの植物をさしたかは未詳、
とある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
みつまた、
は、
三椏、
とあて、
ジンチョウゲ科のミツマタ属に属する。中国中南部・ヒマラヤ地方が原産地とされる。3月から4月ごろにかけて、三つ叉(また)に分かれた枝の先に黄色い花を咲かせる。一年枝の樹皮は和紙や紙幣の原料として用いられる、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%BF)。
釣鐘草、
と言われるものも、
釣鐘形の花をつける草、
を指し、
ほたるぶくろ(蛍袋)、
つりがねにんじん(釣鐘人参)、
そばな(蕎麦菜)、
なるこゆり(鳴子百合)、
ききゅう(鬼臼)、
ぼたんづる(牡丹蔓)、
くさぼたん(草牡丹)、
せんにんそう(仙人草)、
等々の異名とされている(精選版日本国語大辞典)。
「枝」(漢音シ・キ、呉音シ・ギ)は、「枝」で触れたように、
支、
とも当てる。
幹の対、
であり、
会意兼形声。支(キ・シ)は「竹のえだ一本+又(手)」で、一本のえだを手に持つさま。枝は「木+音符支」で、支の元の意味をあらわす、
とある(漢字源)。手足の意では、
肢(シ)、
指の意では、
跂(キ)、
の字が同系である。字源については、
会意形声。木と、支(シ)(えだ)とから成る。幹から分かれ出た「えだ」の意を表す(角川新字源)、
会意兼形声文字です(木+支)。「大地を覆う木」の象形と「竹や木の枝を手にする象形」(「えだ」の意味)から、木の「えだ」を意味する「枝」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji776.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
形声。「木」+音符「支 /*KE/」。「木のえだ」を意味する漢語{枝 /*ke/}を表す字。もと「枳」が{枝}を表す字であり、「枝」はその後起った形声字である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%9D)、
形声。声符は支(し)。は小枝をもつ形。〔説文〕六上に「木、別に生ずる條(えだ)なり」とあり、幹から分かれるもので、合わせて幹枝という。十干十二支もその義をとる。木には枝といい、肢体には肢という(字通)、
と、形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
梅の花我(われ)は散らじあをによし奈良なる人の来つつ見るがね(万葉集)
の、
がね、
は、
希望的推測の助詞、
とあり、
見るがね、
は、
見ることができるように、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
がね、
には、冒頭のように、
動詞の連体形に付いて(「見る」は、み/み/みる/みる/みれ/みよ、のマ行上一段活用)、推量・期待・許容などの意、
を表し、
…だろう、
…してほしい、
…でもかまわない、
の意で使う、
終助詞、
と、
万代に言ひ継ぐ可禰(ガネ)と海(わた)の底沖つ深江(ふかえ)の海上(うなかみ)の子負(こふ)の原に御手(みて)づから置かし給ひて(万葉集)、
と、
動詞・助動詞の連体形に付き、願望・命令・禁止などを表す文と共に使われ、その理由・目的、
を表し、
…するだろうから、
…するように、
…の料であるから、
…のために、
などの意で使われる(広辞苑)、
終助詞、
がある。これは、
ますらをは名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね(万葉集)、
と、動詞の連体形に付き、
願望・命令・意志などの表現を受けて、目的・理由、
を表し、
之根(がね)の義、云々せしむ、其が根本と云ふ意より転じて、其れが為にの意となる(万葉集古義)。梅の花我は散らじあをによし奈良なる人の来つつみる之根(がね)、連体形が名詞となれるに附きて、何之(が)為となる、梅が香などのガなり、
として(大言海)、
将来に対する判断・意志決定の根拠を示す、
とあり(岩波古語辞典)、冒頭の、
梅の花我は散らじあをによし奈良なる人の来つつみるがね(万葉集)、
と、
二つの文があって、はじめの文の終わりに表明された意志・命令の、理由・目的を示すために、後の文の文末に置かれる、
とある(岩波古語辞典)。中古以降には、後に、
泣く涙雨と降らなむ渡り川水まさりなば帰りくるがに(古今和歌集)
と、
命令や願望の表現をうけて、理由や目的を表す、
がに、
は、この、
上代の終助詞「がね」から(大辞林)、
一説に「がね」の方言的転化という(広辞苑)、
とされ、
おもしろき野をばな焼きそ古草(ふるくさ)に新草(にいくさ)まじり生(お)ひは生ふる我爾(ガニ)(万葉集)、
と、
「がね」の上代東国方言、
である(岩波古語辞典)らしいが、平安時代には、都でも使われていた(岩波古語辞典)、
がに、
が、この上代の「がね」を母胎として、ほぼその意味・用法を継承しているが、それはさらに、
ゆふぐれのまがきは山と見えななむ夜はこえじと宿りとるべく(古今和歌集)、
のような同様の表現効果を持つ、
べし、
の連用止めの用法にとって代わられるようになり、中世以降は擬古的な用例に限られる(精選版日本国語大辞典)とある。この、
がね、
については、
「がね」は文末に置かれるので、「終助詞」という説もあるが、倒置と考えられるので、接続助詞とする説がうる、
とある(学研全訳古語辞典)。ところで、この、
がね、
は、転じて、
隼別(はやぶさわけ)の御襲(みおすひ)賀泥がね(古事記)、
此聟(むこ)がねに詠(よ)みておこせたりける(伊勢物語)、
帝(みかど)がね、
后(きさき)がね、
と、
名詞に添えて、名詞に用ゐられ、其が根差(ねざし)の義にて、其の料、又、設けの人、候補者の意となる(大言海)
名詞に添えて材料・候補者・予定者の意を表す(岩波古語辞典)、
…するためのもの、
…の料、
意でも使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。この、
がね、
は、
動詞カヌ(兼)と同根、現在の時点で将来のことを定めておく意から、
とあるが、むしろ、助詞、
がに、
の、
…するだろうから、
…するように、
…の料であるから、
…のために、
の意味の延長線上と見た方が自然なのではあるまいか。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
春されば卯の花ぐたし我(わ)が越えし妹が垣間(かきま)は荒れにけるかも(万葉集)
の、
くたす、
は、
腐らせる、
意、ここでは、
踏みにじること、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
卯花ぐたし、
は、
うつぎの花をだいなしにして、
の意で、
卯の花を傷めて、
と訳す(仝上)。
垣間、
は、
うつぎの生け垣の隙間、
の意(仝上)。
うのはなくたす、
は、
卯花腐す、
とあて、
卯の花を腐らす、
卯の花を散らす、
また、
卯の花をいためる、
意とする(精選版日本国語大辞典)。
くたす、
は、
さ/し/す/す/せ/せ、
の、他動詞サ行四段活用で、後世、
くだす、
とも訓ませ(精選版日本国語大辞典)、
腐す、
朽たす、
とあて(岩波古語辞典)、類聚名義抄(11〜12世紀)に、
腐、クツ
朽、クチツタ・クチモノ・クサシ。
字鏡(平安後期頃)に、
朽、クツ・タツ・クサシ・クチモノ、
とあり、
くつ(朽)の他動詞形(岩波古語辞典)、
くたる(腐る)の他動詞形。至る、致す。濁る、にごす(「くたす」の)クタは、腐るの語根、朽つ、朽ちと通ず、……多く熟語に用ゐらる。音を転じて、クチャ。塵芥(くた アクタ、ゴミクタ)、腐鶏(くたかけ)、鼻くた、皺くた(しわクチャ)、襤褸くた、揉(もみ)くた(もみクチャ)、一處くた、端(は)ぐた、がらくた、めたクタ(メチャクチャ)、クタびる(草臥)、くたくた(大言海)、
とあり、冒頭の歌のように、
損ずる、
意や、
富人(とみひと)の家の子どもの着る身無み久多志(クタシ)棄つらむ絹綿(きぬわた)らはも(万葉集)、
と、
朽ちさせる、
くさらせる、
意のほか、のちに、
心のうちにくたして過ぎぬべかりけるを(源氏物語)、
と、
(感情や意志を)そこなう、
はたらきのないようにする、
心の中に秘めておし殺す、
意や、
心にくくもてなして止みなむと思へりし事をくたしいてける(源氏物語)
と、
だいなしにする、
意、
あなかしこ。過ち引き出(い)づななどのたまふに、くたされてなむ煩はしがりける(源氏物語)、
と、
無にする、
やる気をなくさせる、気勢をそぐ、
といった、感情面の状態表現から、
此等の人、後の世の歌人をくたしたるなるべし(ささめごと(1463〜64頃)」)、
と、
わるくいう、
非難する、
けなす、
くさす、
意や、
兵衛の大君の心高さは、げに捨て難けれど、在五中将の名をば、えくたさじ(源氏物語)、
と、
(多く「名を腐す」の形で)評判などを落とす、けがす、
という、価値表現の意へとシフトしていく(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・記学研全訳古語辞典)。この、
くたす、
は、後に、
タ行音(t)→サ行音(s)間の子音交替、
で、
くたす(腐)→くさす(貶す)、
に変化していく(日本語の語源)。
くさす、
は、
腐す、
貶す、
とあて(広辞苑・大言海)、
おかんさんの、くさすも久しいもんだ(洒落本「辰巳之園(1770)」)、
と、
(悪意をもって)わるく言う、批評する、
けなす、
意のほか、日葡辞書(1603〜04)に、
キヲ cusasu(クサス)、
とあるように、
気を腐(クサラ)したってはじまらねへ事だ(滑稽本「世風呂(1809〜13)」)、
と、
不愉快にさせる、
いやにさせる、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。なお、
くたす、
は、日葡辞書(1603〜04)に、
Nicutaxi、su、aita(ニクタス)、
とあるように、
煮腐す(にくたす)、
と、
形が崩れるまで煮る、
煮すぎて、物をだめにする、
にくさす、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。また、
世の常のあだ事の、ひき繕(つくろ)ひ飾れるにおされて、業平が名をやくたすべきと(源氏物語)、
と、
名声や評判を落とす、
面目を失う、
名を汚(けが)す、
名を沈む、
名をはずかしむ。
意で、上述したように、
名を腐す(なをくたす・なをくだす)、
とか、
上達部(かむだちめ)になりぬべき君なめれば、つれなくいひくたしたるなめりかし(宇津保物語)、
と、
価値のないものとして侮り見下して言う、
けなす、
言いくさす、
意で、
言いくたす(腐)、
という言い方もある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
「腐」(漢音フ、呉音ブ)は、
会意兼形声。府は、びっしりくっつけて物をしまいこむ倉。腐は「肉+音符府」で、組織がくずれてべったりとくっついた肉、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(府+肉)。「屋根の象形と横から見た人の象形と右手の手首に親指をあて脈をはかる象形」(「重要な書類を寄せてしまっておく、倉」の意味)と「切った肉」の象形(「肉」の意味)から、倉にしまいこまれた肉を意味し、そこから、「くさる」を意味する「腐」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1437.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%85%90)、
形声。「肉」+音符「府 /*PO/」。「くさる」を意味する漢語{腐 /*b(r)oʔ/}を表す字(仝上)、
形声。肉と、音符府(フ)とから成る。肉がただれて「くさる」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は府(ふ)。〔説文〕四下に「爛(らん)なり」とあり、肉の腐爛することをいう。府はおそらく臓腑の腑の声義をとるもので、腐敗しやすい部分である。すべて腐敗・腐朽する意に用いる(字通)、
と、形声文字としている。
「朽」(漢音キュウ、呉音ク)の異体字は、
㱙、杩、𢩨、𣎸、𣦿、𣧁、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%BD)。字源は、
会意兼形声。丂(コウ)は、伸びようとするものがつかえて曲がったことをあらわす。朽は「木+音符丂」で、くさって曲がった木、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(木+丂)。「大地を覆う木」の象形と「曲がった彫刻刀」の象形(「曲がる」の意味)から、「くさって曲がった木」を意味する「朽」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1176.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「木」+音符「丂」(「考」の略体)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9C%BD)、
形声。木と、音符丂(カウ)→(キウ)とから成る。木がくさってにおう意を表す(角川新字源)、
形声。声符は丂(こう)。〔説文〕四下に㱙を正字とし、「腐るなり」と訓し、朽を別体の字とする。〔列子、湯問〕に「其の肉を㱙ちしめて棄て、然る後に其の骨を埋む」というのは、屍体の風化を待って葬る複葬の法をいう。丂は曲刀の形。木に斧斤を加えて、そのあとの腐朽することをいい、それを屍に及ぼして㱙という(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
さ丹つらふ妹を思ふと霞立つ春日(はるひ)もくれに恋ひわたるかも(万葉集)
の、
さ丹つらふ、
は、
妹の枕詞、
で、
頬のほんのりと紅い意、
とあり、
くれに、
は、
暗く思われるほどに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
さ丹付(につ)く、
で触れたが、
さ丹、
は、
サは接頭語、
で、
丹、
は、
赤い色、
の意、
丹着く、
丹付く、
の、
つく、
は、
接尾語、
で、
「がたつく」「ぶらつく」「ふらつく」などのように、擬声語・擬態語などについてこれを四段活用の動詞化し、そういう動作をする状態、そのような状態になってくる意を表わす、
とみる(精選版日本国語大辞典)こともできるが、
つく、
で触れたように、
付く、
着く、
とあて、
「ツク(付着する)」です。離れない状態となる意です、
という意(日本語源広辞典)で、
二つの物が離れない状態になる(ぴったり一緒になる、しるしが残る、書き入れる、そまる、沿う、注意を引く)、
という意味になり、ここでは、
丹に染まる、
意と見ていいだろう。たとえば、
ま櫛もち ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱(みだ)り 童(わらは)髪になしみ さ丹つかふ 色になつける 紫の 大綾(おほあや)の衣(きぬ)(万葉集)、
の(「童(わらは)髪」はざんばらがみの意)、
さ丹つかふ、
では、
サは接頭語、
で、
丹つかふ、
は、
丹着くに反復継続の接尾語フのついた形、
で、
赤味ががる、
意となり、
さ丹つかふ 色になつける、
は、
ほの赤い頰によく似合った。
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。しかし、
何かと問はば 答へ遣(や)る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ(万葉集)、
での、
さ丹つらふ、
の、
つら、
は、
頬、
で、
さ丹頰ふ
とあて、
紅い頬をした、
という意(広辞苑)で、
「色」「紅葉」「紐」「君」少女」「妹」にかかる枕詞である(仝上)。また、
何かと問はば 答へ遣(や)る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ(万葉集)、
では、冒頭の歌とは異なり、
さ丹つらふ、
を、
凛々しく立派な、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
サは接頭語、赤い頬をしたの意、紅顔の意から、「君」「妹」、赤い色の意から、「もみぢ」「紐」「色」にかかる枕詞。(岩波古語辞典)、
(後世「さにづらう」とも)赤く照り輝いて美しいの意。「色」「君」「我が大君」「妹」「紐」「紅葉(もみじ)」を形容することばとして用いられる。「つらう」は、一説に、「移らふ」の意とする(精選版日本国語大辞典)、
接頭語「さ」+名詞「に(丹)」+名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」、「色」「君」「妹(いも)」「紐(ひも)」「もみぢ」などを形容する言葉として用いられており、枕詞(まくらことば)とする説もある(学研全訳古語辞典)、
サは接頭語、ニは丹、ツラフはウツラフ(移)の約(日本古語大辞典=松岡静雄)、
サニ(左丹、サは発語(サ霧、サ衣)、)は、丹と云ふに同じ)、赤色の義、サは発語なれば、単に、ニツラフとも云ふ、赤きものにかかり、又、顔の紅に艶(にほ)へるを美(ほ)めて、顔色、妹、君にかかる(大言海)、
サは発語、ニツラフは丹着るの義(和訓栞)、
サは添え語、ツラフはツカフと同意(万葉集類林)、
サは真、ニは朱、ツラフはシ(為)ツラフなどのツラフに同じ(雅言考)、
少し赤い顔の意で、サニツラフ(狭丹頬)の義(袖中抄)、
サは接頭語、ニは丹、ツラフは頬フで、表面に出てくる意か(角川古語大辞典)、
ツラフは頬(ツラ)に接尾語ミフのついたもの(小学館古語大辞典)、
などとあり、
赤い頬をした、
の意(岩波古語辞典)だが、それを、
紅顔の意から、「君」「妹」、赤い色の意から、「もみぢ」「紐」「色」にかかる枕詞、
とする(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)説と、
赤く照り輝いて美しいの意。「色」「君」「我が大君」「妹」「紐」「紅葉(もみじ)」を形容することばとして用いられる。「つらう」は、一説に、「移らふ」の意とする、
ととする(精選版日本国語大辞典)説、
とに分かれているようだ。いずれとも決めがたいが、当初形容詞なら、そこにはそう形容するだけの意味があるが、次第に形式化して、枕詞化すると、単なる装飾と化していったということなのかもしれない。
「万葉集」に九例あるが、
すべて連体修飾語として用いられており、枕詞とする説もある。中古、中世には用例がほとんど見られないが、近世に至って国学者達によって再び用いられるようになる、
と付説されている(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。なお、
さにつらふ、
の、
さ、
は、大勢として発語とみられるが、この「さ」をとった、
につらふ、
は、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、
「つらう」は「つら(頰)」の動詞化という(デジタル大辞泉)、
「につらふ」のツラは頬、フは動詞化する接尾語で、「紅(くれない)に照り映えて美しい」「赤く美しい頬をしている」「美しい顔色をしている」意で、男女ともに使う(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)、
「つらう」は「つら(頰)」の動詞化という(デジタル大辞泉)
ツラフは、色の映(さし)合ふの意、万葉集の「さ丹つらふ色には出でず少なくも心のうちに我が思はなくに」(散<頬>相 色者不出 小文 心中 吾念名君)の、散釣相(さにつらふ)、「かきつはた丹つらふ君をいささめに思ひ出でつつ嘆きつるかも」(垣幡之所如 丹頰紅顏汝命矣 偶然率爾而 轉瞬憶及溢胸懷 不覺欷歔露吐息)の丹頬合(ニツラフ)の釣合(つらふ)の約にて、牽合(つりあ)ふの約(関合(かかりあ)ふ、かからふ)、縺合(もつれあ)ふの意なり、同趣にて、しらふ、しろふ、と云ふ語アリ、此語、他語と熟語となりて、「引(ひこ)づらふ(牽)」「挙(あ)げつらふ(論)」「関(かか)づらふ」「為(し)つらふ」「詫びつらふ」「言ひつらふ」「へ(譲)つらふ」「へ(詔)つらふ」などと用ゐらる(大言海)、
とあり(仝上)、
つらふ、
については、上述のように、
「つらう」は、一説に、「移らふ」の意(精選版日本国語大辞典・日本古語大辞典)
名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、
ニツラフは丹着るの義(和訓栞)、
丹頬合(ニツラフ)の釣合(つらふ)の約にて、牽合(つりあ)ふの約(大言海)、
などと、分かれているが、憶説だが、
名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」、
と、
「つら(頰)」の動詞化、
と考えた方がいい気がする。いずれにしろ、結果としては、
丹つらふ、
は、
文字通りには、
丹+頬、
で、
頬が赤い、
意になるが、文脈によって、
ほの赤い、
赤く照り映える、
美しく映えている、
赤い頬をした、
の意となり(岩波古語辞典)、上述したことと重なるが、
「ニ」は赤く美しい色、「ツラ」は頬の意で、「フ」は動詞化する接尾語。赤い頬をしている、が原義。それが紅顔の意や容貌の美しさを意味するようになり、接頭語「さ」の付いた「さにつらふ」は「君」「妹」から広がって「もみじ」「紐(ひも)」「色」などにもかかるようになった、
とするのが従来の通説とされる(精選版日本国語大辞典)。これに対して、
枕詞「さにつらふ」のかかる語からすると、紅顔の意とは隔たりが大きいため解釈上無理があるとし、類義の「丹着かふ」との関係が、「へつらふ(諂)」と「へつかふ(辺付)」の関係と類似しているところから、「ツラフ」は「連らふ」で、「ニツラフ」は「丹連らふ」ではないかとする説もある、
とある(仝上)。形式化して枕詞化していけば、当然、意味が拡大し、単に、
照り映える、
という意味になれば、意味の距りは問題ではなくなるのではないか。なお、
さにつらふ、
を、
接頭語「さ」+名詞「に(丹)」+名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」、
ではなく、
「つらう」は、一説に、「移らふ」、
牽合(つりあ)ふの約、
と見た場合、
つらふ、
の、
フ、
を、
ハ行四段活用、
を作るとみると、普通に考えると、
まもらふ、
で触れた、
動詞の未然形の下に付いて、
は|ひ|ふ|ふ|へ|(へ)、
の、
四段活用の動詞を作り、「呼ぶ」「散る」ならば普通一回だけ呼ぶ、散る意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して、呼ぶ、散る戸をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞「アフ(合)」で、これが動詞連用形の後に加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある(精選版日本国語大辞典)
動詞の未然形に付いて、その動作が反復・継続する意を表す。奈良時代に多く使われたが、平安時代以降は限られた語に使われ、次第に使われなくなった。四段に活用するものが多い。「散る」に「散らふ」、「嘆く」に「嘆か譜」の類。「流らふ」のような下二段活用の例は少なく、四段活用のものと同じ期限かどうか未詳。四段活用の「ふ」の語源は「あ(合)ふ」と見る説がある(広辞苑)、
とする、
接尾語、
とみることもできる。この、
ふ、
は、
奈良時代特有の語で、まれに、
「流らふ」「伝たふ」「寄そふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に付いた「ふ」があり、これらは下二段型活用として用いられ(精選版日本国語大辞典)、
また、
「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる(仝上)、
とあり、また、
主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
とある。この「ふ」が助動詞として用いられたのは上代であり、中古になると、
「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「願ふ」「交じらふ」「守らふ」「はからふ」「向かふ」「呼ばふ」など、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した。したがって、中古以降は「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
とされる。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。ただ、名詞、
つら(頬)、
についている点で、いかがかとは思うが、意味的には、
状態表現、
と見れば、
反復・継続する、
意で当たらなくもないが、いかがなものだろう。
「頰」(キョウ)の異体字は、
頬(俗字)、颊(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A0%B0)。字源は、
会意兼形声。「頁(あたま)+音符夾(キョウ はさむ)」。顔を両側からはさむほお、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(夾+頁)。「手を広げて立つ人の両脇を左右からはさむ」象形(「はさむ」の意味)と「人の頭部を強調した」象形(「かしら、頭」の意味)から、顔面を両側からはさむ部分「ほお」を意味する「頬」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2198.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「頁」+音符「夾 /*KEP/」。「ほほ」を意味する漢語{頰 /*keep/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A0%B0)、
形声。頁と、音符夾(ケフ)とから成る(角川新字源)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
おほほしく君を相見(あいみ)て菅(すが)の根の長き春日(はるひ)を恋ひわたるかも(万葉集)
の、
菅(すが)の根、
は、
「長き」の枕詞、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
菅(すが)、
は、
すげ(菅)の古形、
で(広辞苑・岩波古語辞典)、
すが(菅)、
は、
菅疊、
菅原、
等々、多く、
複合語として使われる、
とあり(岩波古語辞典)、
菅の根(すがのね)、
もその一例で、
菅の根(すがのね)、
は、
山菅(やますげ)の根、
をいい、
こまかく分かれて長く、土にからみつく(精選版日本国語大辞典)、
スゲの根は長く伸びて分かれ乱れる(デジタル大辞泉)、
菅(すげ)の根の長く乱れている(精選版日本国語大辞典)、
等々のことから、枕詞として、
あしひきの岩根(いはね)こごしみ菅根(すがのね)を引かばかたみと標(しめ)のみそ結ふ(万葉集)、
と、
「長し」「長(なが)」「乱る」と同音を含む語、
にかかったり、
いなと云はば強(し)ひめや我(わ)が背菅根之(すがのねの)思ひ乱れて恋ひつつもあらむ(万葉集)、
と、
思い乱る、
にかかる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
菅の根のねもころ君が結びてしわが紐(ひも)の緒を解く人はあらじ(万葉集)、
と、「ね」の同音から、
ねもころ、
に(デジタル大辞泉)、
天地の神も神も証(そう)したべ我はまうよこし申さず須加乃禰乃(スカノネノ)すがなすがなきことを我は聞く我は聞くかな(催馬楽)、
と、
すが、
に、
かきつはた佐紀(さき)沢に生ふる菅根之(すがのねの)絶ゆとや君が見えぬこの頃(万葉集)、
と、長い菅の根の絶えるというつづきから、
「絶ゆ」の序に用いられ、同音になった「耐ふ」、
にかかる枕詞として用いられる(精選版日本国語大辞典)。
山菅、
で触れたことだが、
すげ(菅)
は、
カヤツリグサ科スゲ属の多年草の総称、
で、いたるところに生え、
カサスゲ、マスクサ、コウボウムギ、カンスゲ、
等々、日本には約200種ある。茎は三角柱で節はない。葉は線形で、根生。葉の間から茎を直立させ、小穂をつける。葉を刈って、笠・蓑みの・縄などの材料とする(デジタル大辞泉)。
この、
すげ、
は、和名類聚抄(931〜38年)に、
菅、須計、
字鏡(平安後期頃)に、
菅、須介、
とあり、
(清浄を意味する語である)スガ(清)の転、スガは、清浄の義、神代紀「出雲清地、此云素鵝」、濯(スス)の約を重ねたる語(すがすが(清清)し)と云ふ、祭祀、苞苴(つと)の用に供す、菅の字、カヤ(萱)なるを誤用す(大言海)、
祓いの具として用いるところからスガ(清)の転(日本釈名・祝詞考)、
葉もなく、スグに立つくさであるところから(日本釈名)、
スグメ(直芽)の義(日本語原学=林甕臣)、
削り落とす意の動詞ソグ(殺)の連用形名詞ソギの変形(語源辞典・植物篇=吉田金彦)、
「スガ(清)の転」、細長い葉を祓の具に使った。カヤツリ草の総称(日本語源広辞典)、
住居の敷物を「すがたたみ」と言い、その材料に用いたことから由来した(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B2%E5%B1%9E)、
葉が束になって生じ、まるで巣のように見え、またその葉が細いことからこれを毛に見立てたもの、つまり巣毛ではないか(牧野富太郎)、
等々諸説あるが、
葉の間から茎を直立させ、小穂をつける、
という特徴を言っているのではあるまいか。たとえば、スゲ属の植物は、
大部分が多年生の草本で、多くは花時をのぞいて茎は短くて立ち上がらず、たいていは細長い根出葉を多数つける。地下茎を横に這わせるものは、広がったまばらな集団になり、そうでないものは、まとまった株立ちになるものが多い。葉の基部は鞘になって茎を抱く。鞘が古くなると細かく裂けて糸状の網目になる場合があり、これを糸網(しもう)という。多くのものでは花茎は葉の間から長く伸び、その先に小穂をつける。小穂には柄がある場合とない場合があり、いずれにしてもその基部に包があり、包の基部は鞘になるものが多い。小穂は穂状に配列するものが多い。……スゲ属の花は雄花と雌花が別になっている。雄花は鱗片一枚に雄しべが包まれているだけのもの。雌花は、雌しべが果包(かほう)という袋に包まれているのが特徴で、その外側に一枚の鱗片がある。
と、どれもほぼ共通の形態的特徴を備えている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B2%E5%B1%9E)としている。その用途は、
カサスゲ、カンスゲなどの大型種の葉は、古くは笠(菅笠)や蓑などに用いられた、
とあり、特にカサスゲは、現在でも、注連縄など特殊用途のために栽培されている地域もある(仝上)。
カンスゲ、
は、美しく、最も普通の形をした日本特産のスゲで、福島県以西、九州までの主として太平洋側の山林に生える。幅1cmくらいの硬い濃い緑の葉と、高さ30cmほどの細い花茎が密生し、茶色の雄小穂1個と、黄緑色の雌小穂5個くらいがある。葉に白い斑のある品種がシマカンスゲで、植えて観賞する、
とあり(世界大百科事典)、
カサスゲ、
は、北アメリカ西海岸の基本変種から隔離分布をした東アジアの亜で、湿地に生え、地下に長くはった根茎がある。円柱形の小穂4個くらいが総状に並ぶ。長い葉を刈り取って干し、菅笠や簑を編む。雨合羽の普及する以前には農村で菅笠や簑の需要が多く、石川県、三重県、千葉県等の沼田に植えられたこともあった、
とある(仝上)。
スゲ属、
は、
カヤツリグサ科の一つの属である(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B2%E5%B1%9E)、
が、
カヤツリグサ科の中では最大の属で、世界中に約1800種も知られ、アジアと北アメリカに最も種が多く、アフリカと南アメリカに少ない。原始的な形をしたスゲと、スゲ属に近縁でさらに原始的なヒゲハリスゲ属Kobresiaがヒマラヤ山地、中国南部と東南アジアに多く見られ、スゲの起源はこのあたりにあると見られる、
山菅(やますげ)、
は、
山に生えている野生のスゲの類、
山地に自生するスゲの類、
である(仝上・精選版日本国語大辞典)。
妹待つと御笠の山の山菅(やますげ)のやまずや恋ひむ命死なずは(万葉集)、
などと、
山菅、
の、
根が長く、葉が乱れていることを歌に詠むことが多く、
平安時代には、
子の日にやますげを手まさぐりにして(栄花物語)、
と、
子の日などの祝儀につかわれる。呪力のある草と考えられていたらしい、
とある(岩波古語辞典)。なお、上述の『大言海』が触れていたように、
菅、
を、
カヤ、
とも訓ませるが、
植物。茅・薄・笠管・刈萱などの総称、または、薄の別称
で、
刈萱、
で触れたように、
かや、
は、
萱、
茅、
草、
と当て(岩波古語辞典)、古くから、
屋根材や飼肥料などに利用されてきたイネ科、カヤツリクサ科の大型草本の草本の総称、
で(日本語源大辞典)、
ススキ、
スゲ、
チガヤ、
等々を指す(仝上)。その意味で、
草、
葺草、
を当てて、
刈りて屋根を葺く物の意、
の、
かや、
と、
茅、
萱、
と当てて、
屋根を葺くに最良なれば、カヤの名を専らにす、
そのために、和名類聚抄(931〜38年)に、
萱、加夜
とあるように、
その草の名とした、
かや、
とを区別している『大言海』は卓見というべきである。なお、「チガヤ」については、
浅茅生、
で、「ススキ」にいては、
尾花、
で、触れた。この屋根材の、
かや、
に、
すげ、
も入る。根を葺く草なので、
菅、
に、
かや、
を当てられた。
かや、
は、
ネやムギなどの茎(藁)は水を吸ってしまうのに対し、茅の茎は油分があるので水をはじき、耐水性が高い。この特徴から茅の茎は屋根を葺くのに好適な材料、
であった(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A4_(%E8%8D%89))ので、屋根を葺くために刈り取った茅をとくに、
刈茅(かるかや)。
と呼び、これを用いて葺いた屋根を、
茅葺(かやぶき)屋根、
と呼んだ(仝上)。
「菅」(漢音カン、呉音ケン、慣用カン)は、
会意兼形声。「艸+音符官(=管 丸い穴が通っている)」、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「艸」+音符「官 /*KWAN/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%85)、
形声。艸と、音符官(クワン)→(カン)とから成る(角川新字源)、
形声文字です(艸+官)。「並び生えた草」の象形(「草」の意味)と「屋根・家屋の象形と祭り用の肉の象形」(軍隊が長くとどまる家屋の意味から、「役所」の意味を表すが、ここでは、「管(カン)」に通じ(同じ読みを持つ「管」と同じ意味を持つようになって)、「くだ」の意味)から、茎がくだ状になっている「すげ(植物の一種)」、「ふじばかま、あららぎ(キク科の多年草)」を意味する「菅」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2237.html)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
白真弓(しらまゆみ)今春山に行く雲の行きや別れむ恋しきものを(万葉集)
の、
白真弓、
は、
春の枕詞、
行きや別れむ、
は、
別れて行かねばならぬのか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
白真弓、
は、
白檀弓、
とも当て、
檀(まゆみ)の白木の弓、
を言い、
梓巫女(あづさみこ)の祈祷の具ともす、
とある(大言海)。後には、
しらまきゆみ(白巻弓)、
の意とされるが、それは、
やぶさめに用るしらま弓は白巻弓也。しらまきを略してしらま弓と云也(「貞丈雑記(1784)」)、
と、流鏑馬(やぶさめ)に用いる、
全体を黒塗りにして白い籐(とう)を巻いた弓、
をも射し、
白真弓(しらまゆみ)、
ともいった(精選版日本国語大辞典)。
真弓、
の、
真、
は、
マ(真)、
は、
真鳥、
で触れたように、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、
ま袖、
真楫(かじ)、
真屋、
では、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
ま心、
ま人間、
ま袖、
ま鉏(さい)、
ま旅、
等々では、
完全に揃っている、本格的である、まじめである、
などの意を添え、
ま白、
ま青、
ま新しい、
ま水、
ま潮、
ま冬、
等々では、
純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、
などの意を添え、
ま東、
ま上、
ま四角、
まあおのき、
真向、
等々では、
正確にその状態にある、
意を添え、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、
等々では、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用い、
真弓、
真澄の鏡(まそ鏡)、
真鉋(まかな)、
等々では、
立派な機能を備えている、
意を表し、
真名、
では、
仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、
を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
真鴨、
真葛、
真魚、
真木、
ま竹、
まいわし、
真鳥、
等々では、
動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、
意を表す(岩波古語辞典)。ここでは、
真弓、
は、
美称の接頭語、
ではある(精選版日本国語大辞典)が、
立派な機能を備えている、
という含意がある。
梓の真弓、
で触れたように、
梓弓、
は、
梓の木で作った丸木の弓、
で、
渡瀬に立てる阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(まゆみ)い伐らむと心は思へど……そこに思ひ出愛(かな)しけくここに思ひ出い伐らずそ来る阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(古事記)、
と、
上代、狩猟、神事などに用いられ、
あずさの弓、
あずさの真弓、
とも呼ばれた。のちに、
あずさみこ、
が、死霊や生霊を呼び寄せる時に鳴らす小さな弓、
の意となり、転じて、
あずさみこ、
をもいうようになった(仝上)。で、
あづさみこ、
は、
梓弓の名に因りて、万葉集に、弓をアヅサとのみも詠めり、今も、神巫に、其辞残れり、直に、あづさみことも云へり、神を降ろすに、弓を以てするば和琴(わごん)の意味なり(和訓栞)、
と、
小弓に張れる弦を叩きて、神降をし、死霊・生霊の口寄せをする、
といい、
髑髏(しゃれこうべ)を懐中し居るなり、これをあづさとのみも云ひ、又、市子とも、縣巫(あがたみこ)とも云ふ、何れも賤しき女にて、賣淫をもしたりと云ふ、
とある(大言海)。上述の、
弓を以てする、
という、
鳴弦、
つまり、
弦打ち、
については触れた。
巫女、
は、
かんなぎ、
ともいうが、
あがたみこ、
あづさみこ、
いちこ、
等々とも呼ぶものもある(大言海)。柳田國男や中山太郎の分類によると、おおむね、
朝廷の巫(かんなぎ)系、
と、
民間の口寄せ系、
に分けられ、「巫(かんなぎ)系」巫女は、関東では、
ミコ、
京阪では、
イチコ、
といい、口寄せ系巫女は、
京阪では、
ミコ、
東京近辺では、
イチコ、
アズサミコ、
東北では、
イタコ、
と呼ばれる、とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB%E5%A5%B3)。柳田は、「もともとこの二つの巫女は同一の物であったが、時代が下るにつれ神を携え神にせせられて各地をさまよう者と、宮に仕える者とに分かれた」とした(仝上)。
この原型となる「神に仕える女性」として、
邪馬台国の卑弥呼、
天照大神、
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)、
倭姫命(やまとひめのみこと)、
神功(じんぐう)皇后、
等々を見ることができ、沖縄の、
のろ、
ゆた、
もそれである(日本大百科全書)。
朝廷の巫(かんなぎ)系である、
宮廷や神社に仕え、神職の下にあって祭典の奉仕や神楽をもっぱら行うもの、
には、
神祇官に仕える御巫(みかんなぎ)(大御巫、坐摩(いがすり)巫、御門(みかど)巫、生島(いくしま)巫)、
宮中内侍所(ないしどころ)の刀自(とじ)、
伊勢神宮の物忌(ものいみ)(子良(こら))、
大神(おおみわ)神社の宮能売(みやのめ)、
熱田神宮の惣(そう)ノ市(いち)、
松尾神社の斎子(いつきこ)、
鹿島神宮の物忌(ものいみ)、
厳島(いつくしま)神社の内侍(ないし)、
塩竈(しおがま)神社の若(わか)、
羽黒神社の女別当(おんなべっとう)、
等々があり、いずれも処女をこれにあてた、とされる(仝上)。
民間の口寄せ系である、
神霊や死霊の口寄せなどを営む呪術的祈祷師、
には、
市子(いちこ)、
という言葉が一般に用いられており、東北地方では、巫女のことを一般に「いたこ」といい、これらの巫女はほとんど盲目である。そのほか、
関東の梓(あずさ)巫女、
羽後(うご)の座頭嬶(ざとうかか)、
陸中の盲女僧、
常陸の笹帚(ささはた)き、
等々の称がある、とされる(仝上)。
いちこ、
は、
降巫(岩波古語辞典)、
市子(日本語源大辞典)、
巫子(仝上・江戸語大辞典)、
神巫(大言海)、
等々と当て、
巫女、
の意で、
イチは巫女をあらわす語、コは子、
とあり(岩波古語辞典)、「イチ」は、
和訓栞、イチ「神前に神楽をする女を、イチと云ふは、イツキの義にや、ツ、キ、反チなり」。斎巫(いつきこ)なり。松尾神社に斎子(いつきこ)あり、春日神社等に、斎女(イツキメ)あり、此語、口寄せする市子とは、全く異なり、
とあり(大言海)、
略してイチとのみも云ひ、一殿(イチドノ)とも云ふ、
とある(仝上)。ここでは、あくまで「いちこ」は、
巫女、
の意で、
神前に神楽する舞姫、神楽女(かぐらめ)、
の意とする。この「いちこ」のひとつに、
あづさみこ、
がある(岩波古語辞典)。ただ、
いちこ、
は、
品格甚だ違へり、これは市街巫(いちこ)の意なるべく、縣巫(あがたみこ)と云ふも、田舎巫(ゐなかみこ)の意なり、いずれも、御神巫(おかんこ)に対して云ふなり(大言海)、
とある(大言海)。
御神巫(おかんこ)、
つまり、律令制で、神祇官に属し、神事に奉仕した女官である、官製の巫女、
上述の、
朝廷の巫(かんなぎ)系、
である、
御巫(みかんなぎ)、
に対するものという意味になる。
御巫(みかんなぎ・みかんのこ・みかんこ)、
は、
令制で、神祇官に置かれた女官。亀甲を焼くなどして吉凶を占い、また、神嘗祭・鎮魂祭などの神事に奉仕した未婚の女性。倭国の御巫二人、左京生島(いくしま)の御巫一人、右京座摩(いかすり)の御巫一人、御門(みかど)の御巫一人の計五人があった。神祇官のほか、春宮坊・中宮職にも置かれていた、
とある(精選版日本国語大辞典)。
閑話休題、
しらまゆみ(白真弓・白檀弓)、
は、枕詞として、冒頭の、
白檀弓(しらまゆみ)いま春山に行く雲の行きや別れむ恋しきものを、
と、弓を張る意で、
「張る」と同音を含む「春山」、「春」、
にかかり、
白真弓(しらまゆみ)石辺(いそへ)の山の常盤(ときは)なる命なれやも恋ひつつ居(を)らむ(万葉集)、
と、弓を射る意で、
「射る」と同音を含む地名、磯辺、石辺(いそべ)、
にかかり、
しらまゆみいるさの山のときはなる命かあやな恋ひてやあらん(古今和歌六帖)、
と、
いるさの山、
にかかる。さらに、
しらまゆみつるがの船路夜もなほ押してひきこす波の蔭かは(夫木和歌抄)、
と、弓の弦(つる)の意で、
「弦」と同音を含む地名「敦賀(つるが)、
にかかり、
白真弓(しらまゆみ)斐太の細江(ほそえ)の菅鳥(すがどり)の妹(いも)に恋ふれか寐(い)を寝(ね)かつる(万葉集)、
と、
地名「斐太(ひだ)」、
にかかるが、
かかり方未詳。弓を引く意とする説もあるが、「ひだ」の「ひ」(乙類)と「引く」の「ひ」(甲類)は別なので例外、
とある(精選版日本国語大辞典)。その他、
手もふれで月日へにける白真弓(しらまゆみ)おきふし夜はいこそ寝られね(古今和歌集)、
と、
弓の扱いから(岩波古語辞典)、
あるいは、
人が「起き」「臥し」と弓に関わる意味との掛詞から(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
と、
おきふし、
にかかり、さらに、
弓の末(すゑ)から、
末、
にもかかる(岩波古語辞典)。
檀(まゆみ)、
は、
ニシキギ科ニシキギ属の落葉低木または小高木。日本と中国の野山に自生する。高さ約三メートル。若い枝には四稜と白いすじがある。葉は柄をもち対生。葉身は楕円形または倒卵状楕円形で縁に細鋸歯(きょし)がある。五〜六月、葉腋から花柄がのび、淡緑色の四弁花が十数個集まって咲く。雌雄異株。果実はほぼ四角形、淡紅色に熟したのち四裂して赤い種子を露出する。材でこけしや将棋の駒を作る。果実は有毒であるが、春の新芽は山菜として利用される、
とある(精選版日本国語大辞典)。漢名とする、
桃葉衛矛、
檀、
は誤用とある(仝上)。
真弓、
とも当てるが、上述したように、
昔、この木で弓を作ったところからの名、
で(精選版日本国語大辞典)、
ヤマニシキギ(山錦木)、
カンサイマユミ、オオバマユミ、
エゾオオバマユミ、
ユミノキ、
ともよばれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A6%E3%83%9F)。
「檀」(漢音タン、呉音ダン)の異体字は、
䆄、單、枟、𣞀、𩠽、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AA%80)。
会意兼形声。「木+音符亶(タン・ダン)」で、太くてずっしりした木の意、
とあり(漢字源)、日本では、
まゆみ、
にあてられているが、
ビャクダン科の常緑高木、根はよい香があり荒涼として用いられ、仏像・細工物の材料になる。「紫檀」「黒檀」とは別の種類、
とある(仝上)。他は、
形声。木と、音符亶(タン)とから成る(角川新字源)
形声。声符は亶(たん)。〔説文〕六上に「檀木なり」とあり、まゆみ。梵語の音訳の字に用いることが多く、檀那・檀越・檀林のような語がある(字通)
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神(かむ)びにし我(あ)れやさらさら恋にあひにける(万葉集)、
の、
神(かむ)びにし、
は、下との関係では、
年老いる、
意とあり、
さらさら、
は、
今また新たに、
と注記し(仝上)、
~杉のように古めかしい年になって、改めて苦しい恋に陥っている、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
神(かむ)ぶ、
は、
かんぶ、
とも訛り(精選版日本国語大辞典)、
神々しくなる、
神さびている、
意の他に、
年老いる、
意もある(広辞苑)。
神さびる、
さぶ、
については触れた。
神ぶ、
は、
び/び/ぶ/ぶる/ぶれ/びよ、
の、自動詞バ上二段活用で、
かむぶ、
と表記する(精選版日本国語大辞典)とあり、
ぶ、
は、接尾語とある(仝上)。
神々(こうごう)しくなる、
意で、
こうごうしく古びる、
から、転じて、
年老いる、
年をへて古びる、
意で使う(岩波古語辞典・仝上)。
神さびる、
で触れた、
神さぶ、
と同義である。
神さぶ、
は、
かみさぶ、
かんさぶ、
かむさぶ、
かみしむ、
とも訓み(明解古語辞典)、
カムサブの転(岩波古語辞典)、
かんさぶ、古くは「かむさぶ」と表記(精選版日本国語大辞典)、
とされ、
「万葉集」では「かむさぶ」がふつうで、「かみさぶ」は「難波門(なにはと)を漕ぎ出(で)て見れば可美佐夫流(カミサブル)生駒高嶺に雲そたなびく」が唯一の例である。「かみ(神)」の「み」に「美」が用いられるのは上代特殊仮名遣としても異例。防人の歌でもあり、東国語形とも考えられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。
神ぶ、
の、
ぶ、
は、現代語で言うと、
大人びる、
田舎びる、
の、
びる、
で、
昔こそ難波ゐなかといはれけめいま京引き都備(みやこビ)にけり(万葉集)、
と、
名詞または形容詞の語幹について、上二段活用の動詞を作り、そのようなふるまいをする、または、そういう様子であることをはっきり示す意を表す(岩波古語辞典)、
体言、形容詞の語幹などにつき、上一段活用の動詞を作る。……のような状態である、……のようにふるまう意(広辞苑)、
「翁(おきな)ぶ」「荒ぶ」と、名詞・形容詞の語幹に付いて、そのような状態になる、そのように振る舞うの意を表す(学研全訳古語辞典)、
「大人びる」「古びる」と、名詞または形容詞の語幹などに付いて、…らしく見える、…のふうである、などの意を表す(デジタル大辞泉)、
名詞、または形容詞の語幹などの名詞的な語に付いて、動詞をつくる。そのもののように、あるいはそのような状態に近くふるまう、様子をする、それに近い状態になる、などの意を表わす。「おとなびる」「いなかびる」「ふるびる」「あらぶ」など(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
神+接尾語「ぶ」
で、
神らしくみえる、
という意になる。なお、
カミ、
で触れたように、上代特殊仮名遣によると、
「神」はミが乙類(kamï)、
「上」はミが甲類(kami)、
で、
「神」のミは「微」の乙類の音、
「上(カミ)」のミは「美」の甲類の音、
で、
カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い(岩波古語辞典)、
とするが、
「神 (kamï)」と「上 (kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった、
とする説もある。とっさに思い浮かぶのは、アイヌ語の、
カムイ、
で、
カムヤマトイワレヒコ、カムアタツヒメなどの複合語で「神」が「カム」となっていることから、「神」は古くは「カム」かそれに近い音だったことが推定される。大野晋や森重敏などは、ï
の古い形として ui と oi を推定しており、これによれば kamï は古くは kamui となる。これらから、「神」はアイヌ語の「カムイ (kamui)」と同語源、
という説もある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E_(%E7%A5%9E%E9%81%93))。因みに、琉球語では、カグという。何となく、「カミ」に繋がりそうな感じである。
ちなみに、上記には、
「身分の高い人間」を意味する「長官」「守」「皇」「卿」「頭」「伯」等(現代語でいう「オかみ」)、「龗」(神の名)、「狼」も、「上」と同じくミが甲類(kami)であり、「髪」「紙」も、「上」と同じくミが甲類(kami)である、
とあり、
「神(kamï)」と「上(kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった、
とする説も確かに成り立つようである(仝上)。アイヌのカムイは、
動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。一般にカムイと呼ばれる条件としては、「ある固有の能力を有しているもの」、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものである事が挙げられる。そして、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体がカムイであると考えられている、
とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%82%A4)。
神、
は、『神道とは何か
― 神と仏の日本史』で触れたように、
迦微(かみ)と申す名の義はいまだ思ひ得ず(本居宣長)、
と言うほどで、古代、霊的なものを示す言葉に、
カミ、
タマ(魂・魄)、
モノ、
オニ、
がある。
タマ、
は、霊魂を指す、人のみならずすべての存在は「タマ」をもち、その霊威をおそれるものを、
モノ、
と呼び、
オニ、
は、「隠」で、隠れて見えない存在を指す。
伊藤聡氏は、「カミ」の基本的性格を次のように整理している。
@霊的なものとして把握されており、実態的なものとみなされていない。ただ、すべての「タマ」が神なのではなく、強力な霊威・脅威をもつ「タマ」が「カミ」として祀られる。か「カミ」は「タマ」の一種なのである。
A「モノ」「オニ」も、「タマ」に属す。「カミ」が神となり、「カミ」の否定的な部分がモノ(名指し得ぬもの)は、後に怨霊的存在として、「モツケ」「モノノケ(物+気)」となる。「オニ」は「カミ」の最も荒々しい部分を取り出したもの。といって、「カミ」には、「モノ」「オニ」要素が消えたわけではない。
B「タマ」と同じく、「カミ」は目に見えないとされた。
C「カミ」は人と直接接触せず、意志を伝える時は、巫女や子供に憑依する。
D「カミ」の怒りは祟りという形をとる。
その「カミ」が、仏教伝来以降、神仏習合、本地垂迹を経て、神と仏は、いずれが裏か面か分かちがたくよじれていく。わずか四年弱で、廃仏毀釈が終焉したのは、仏教抜きでは、あるいは密教、修験道も含めた、仏教系抜きで、神道理論が成り立っていかないからにほかならない。
カミ、
を、
古形カムの転。奈良時代の発音ではカミ(神)はkamï、上はkamiで、別であったから、カミ(上)にいるからカミ(神)という語源説は成立しがたい。上代以前では、人間に対して威力を振るい、威力をもって臨むものは、すべてカミで、カミは人間の怖れと畏みの対象であった。人間はこれに多くの捧げ物をして、これが穏やかに鎮まっているのを願うのが基本的な対し方であった。平安時代以降、古いカミの観念の大部分はひきつがれたが、奈良時代に始まる本地垂迹の説が広まり、仏とカミとに多少の融合が起こり、カミは荒々しく威力をふるう存在としてよりも、個々人の行為に禁止や許可を与える面が強く現れる。しかし仏が人間を救い、教導し、法を説くものとして頼られたのに対し、カミは好意・親愛で対されることなく、場合によっては、鬼・狐・木魂と同類視されて畏れ憚られた。中世末期キリスト教の伝来に際し、デウスはカミと訳されず、日葡辞典のカミの項には、「日本の異教徒の尊ぶカミ」とだけ説明されている(岩波古語辞典)、
同音語である「上」と同一語源と考える説と、別語源と考える説がある。同一語源説は、カミの元来の意味は「上」であり、「上方」という方向性を指し示す語であったものが、カミの毛(髪)、カミの存在(神)、というように用いられ、それが、カミだけで表わされるようになったとする。別語源説は、上代特殊仮名遣いにおける仮名の違い(神のカミのミは乙類、上のカミのミは甲類)と、上代における意味の類縁性の希薄さを根拠に、同一語源とは考え難いとする。アイヌ語で「神」をさすカムイは、上代以前「カミ」が
kamï の音をもっていた時代に日本語から借用したものか(精選版日本国語大辞典)、
カミは上(かみ)であるとする語源説が有力であったが、奈良時代の発音では、カミ(神)はKamï、カミ(上)はKamiで別であったから、現在では否定論が多い。鏡(かがみ)の略、隠身(かくりみ)の転訛(てんか)、朝鮮やモンゴルの「汗(カン)」と同源、アイヌ語の「カムイ」と同根など、語源については諸説があるが、本居宣長が「迦微(かみ)と申す名義(なのこころ)はいまだ思ひえず」とし、「旧(ふる)く説けることども皆あたらず」といっているように、カミの本来の意義を語源的に断定することは、きわめてむずかしい。そこで宣長は実際の用例から神の定義を帰納的に導き出した。「さておよそ迦微とは、古御典等(いにしへのふみども)に見えたる天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて、そを祀(まつ)れる社(やしろ)にまします御霊(みたま)をも申し、また人はさらにもいはず、鳥獣木草のたぐひ海山など、そのほか何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云(い)ふなり」といい、しかも「すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功(いさを)しきことなどの優れたるのみを云ふに非(あら)ず、悪しきもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏きをば、神とは云ふなり」(古事記伝)に説いた。この定義は、日本の古典に現れている神々が、人間の知や理を超えた非合理的な性格をもつことをとらえていると同時に、神々に対して人間が畏敬(いけい)の情をもって「ただその尊きをとうとみ、可畏(かしこ)きを畏(かしこ)みてぞあるべき」態度をもとらえている。この定義は、カミを機能の面からきわめて広い意味で一般的に規定した卓見であり、……キリスト教などにみられるような、人間とはまったく異質的な「絶対他者」という観念のないことが注目される(日本大百科全書)、
等々とあり、上述のように、
上(かみ)、
から語原を引く説が、
カミ(上)に在って尊ぶところから、カミ(上)の義(日本釈名所引直指抄・東雅・神代史の研究=白鳥庫吉)、
上を意味する原語カ(上)とミ(身)の結合語で、人の上にたつものの義から(日本古語大辞典=松岡静雄)、
上にまして赫き見え給うという意から。またカンガヘミタマフ心ありという意から(本朝辞源=宇田甘冥)、
とあるが、その他、
鏡、
由来と見る説が、
古代、鏡に天照大神の像を図し、それをもって崇め奉ったところから、カガミ(鏡)の略(和句解・志不可起・万葉代匠記・滑稽雑誌所引和訓義解・円珠庵雑記・名言通)、
鏡は、カガミル義で、神はよろずをかがみ(鑑)給うものであるところから、カガミ(鑑)の中略(碩鼠漫筆・類聚名物考)、
などとあり、その他に、
隠身(かくれみ)の意なりと云ふ、かくばかり、かばかり。探女(さぐりめ)、さぐめ。現身(うつつみ)に対す(隠世(かくりよ)、現世(うつしよ))。『古事記』「天御中主神、云々、獨神(ひとりがみ)成坐(なりまして)、而隠身也(かくりみにまします)」、霊異記「聖徳太子、神人を看破したまひしを(聖人之通眼、見隠身)」、形は、目に見えずして、霊(みたま)あり、幽事(かんなごと)を知(しろ)して、奇霊(くしび)にましますものの称。後には、無上自在の威霊(いきおい)ありて、世の禍福を知(しろ)し、人の善悪の行為に、加護、懲罰したまふとて、崇(あが)むべきものの意とす(大言海)、
神は明らかに照らしましますものというところから、アカミ(明見)の義(和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
カシコミオソル(畏恐)の略(百草露)、
カは事をさす意。ミは満たしそなえる意(皇国辞解)、
香のまさにあるか無きかの神明隠微の妙体を目のあたりに見るということから、カミ(香見)の義(柴門和語類集)、
陽は軽く陰は濁って重いことからカロシミル(軽)の義(桑家漢語抄)、
アルタイ語を語根とするか(国語学原論=金田一京助)、
等々、諸説あるが、上述したように、大きく分けて、
「神」と同音語である「上」と同一語源と考える説、
と、
「神」と「上」とは別語原と考える説、
になるが、同一語原説は、
カミの元来の意味は「上」であり、「上方」という方向性を指し示す語であったものが、カミの毛(髪)、カミの存在(神)というように用いられ、それが、カミだけで表されるようになった、
とし、別語原説は、
上代特殊仮名遣いにおける仮名遣いの違い(「神」のカミはミが乙類(kamï)、「上」のカミのはミが甲類(kami))と上代における意味の類縁性の希薄さを根拠に、同一語原とは考え難い、
とする(日本語源大辞典)。その上で、
日本人の考える「神」が必ずしも上方に存在するものとは限らず、「上」と結びつける積極的な根拠とはなりにくい、
ものの、しかし、一方で、
意味分化が、仮名の違い(音の違い)を誘引した可能性も考えられるので、上代特殊仮名遣いの違いをもって絶対的な根拠とするわけにはいかない、
ともある(仝上)。
上代特殊仮名遣い、
という橋本進吉説は、仮説として、一蹴する説もある。
「上のミは甲類、
神のミは乙類だから、発音も意味も違っていた」などという点については、筆者の見解によれば、神・高貴者の前で(腰を)ヲリカガム(折り屈む)は、リカ[r(ik)a]の縮約で、ヲラガム・ヲロガム(拝む)・オガム・アガム(崇)・アガメル(崇める)になった。礼拝の対象であるヲガムカタ(拝む方)は、その省略形のヲガム・ヲガミが語頭を落として、ガミ・カミ(神)になったと推定される。語頭に立つとき、有声音「ガ」が無声音「カ」に変わることはつねのことである(日本語の語源)、
とする「拝(おがみ)」説のほか、
形容詞のイカシを強めてイカメシ、または、イカツシといった。三語形のイカの部分には、それぞれ、「いかめしい。おごそかである」という意味のイカ(厳)。「はげしい、きびしい、おそろしい、荒荒しい、強い」という意味のイカ(猛)、「すばらしい、りっぱである、盛大である、大きい」という意味のイカ(偉)の三義が貫流している。イカメシキ(厳めしき)の方は、カメシの部分が[m(es)i]の縮約でカミ(神)になった(仝上)、
と、いずれも、音韻変化説を取り、
「神」の語源は「上」とは無関係であったが、成立した後に、語義的に密接な関係になった、
として、こう付言する。
(橋本説に)触れることをタブー視し禁句とする限り、「音声のない言葉」の存在を承認することになり、研究の進歩発展は望むべくもない、
と(仝上)。ただ、全体としては、
文献時代の最も古い形が別であったことは重要、
なものの、
同語源、別語源の決定的な根拠がなく、現在のところ、
語源未詳、
とするほかない(日本語源大辞典)としている。ちなみに、和名類聚抄(931〜38年)に、
~籬 日本紀私記に云ふ、~籬、俗に比保路歧(ひぼろき)と云ふ/~酒 美和(みわ)
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
~ 鬼なり。カミ・オニ・タマシヒ・ソ(ク)スシ・アヤシ・タフトシ・ヲサム・メヅラカナリ・オモシ/天~ アマツヤシロ/地~ クニツヤシロ/海~ ワダツミ/岐~ フナトノカミ/道~ タムケノカミ/現人~ アラヒトカミ、
字鏡(平安後期頃)に、
~ クスシ・ヤシロ・タマシヒ・オニ・オモシ・アツシ・ヲサム・アヤシ・タフトシ・メヅラカナリ・ミワ・カミ、
とある。
「神」(漢音シン、呉音ジン)の異体字 は、
䘥、䰠、柛、衶、𤕊、𥙍、𥛃、𥛠、𥜩、𥞁、𧴢、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9E)。字源は、「神さびる」で触れたように、
会意兼形声。申は、稲妻の伸びる姿を描いた象形文字。神は「示(祭壇)+音符申」で、稲妻のように不可知な自然の力のこと、のち、不思議な力や、目に見えぬ心のはたらきをもいう、
とある(漢字源)ので、「カミ」に「神」を当てたのは慧眼なのだろう。『論語』の、
怪力乱神を語らず、
の「神」は、この鬼神のこととされる。
神、
は、
日・月・風・雨・雷など自然界の不思議な力をもつもの、
をいい、
天のかみ、
で、
祇(ギ 地の神)、鬼(人の魂)に対することば、
とある(仝上)。「神」の字源は、他にも、
会意形声。示と、申(シン)(いなびかり)とから成り、空中をただよう「かみ」、ひいて、人間わざを超えたはたらきの意を表す(角川新字源)、
会意兼形声文字です(ネ(示)+申)。「神にいにしえを捧げる台の象形」と「かみなりの象形」から、天の「かみ」を意味する「神」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji426.html)、
と、会意兼形声文字とするものがあるが、
形声。「示」+音符「申 /*LIN/」。「かみ」「たましい」を意味する漢語{神 /*lin/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9E)、
と、形声文字とするものもある。なお、「申」(シン)は、
「申」(シン)の異体字は、
𠭙、𢑚(籀文)、𤰶、𦥔(本字)、𦦀(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3)。字源は、
会意文字。甲骨文字と金文とは、稲妻(電光)を描いた象形文字で、電(=雷)の原字、のち、「臼(両手)+h印(まっすぐ)」のかたちとなり、手でまっすぐのばすこと、伸(のばす)の原字、
とある(漢字源)。他も、
象形。稲妻を象る。「いなづま」を意味する漢語{電 /*liins/}を表す字。のち仮借して「もうす」を意味する漢語{申
/*l̥in/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3)、
象形。いなびかりが走るさまにかたどる。「電(デン)・神(シン)」の原字。借りて「のびる」「もうす」意に、また、十二支の第九位に用いる(角川新字源)、
象形文字です。「いなびかり(雷)の走る」象形から「のびる」・「天の神」を意味する「申」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji500.html#google_vignette)、
象形。電光の走る形に象り、~(神)の初文。電の下部甩は、その電光の屈折して走る形。〔説文〕十四下に「~なり。七月、陰气體を成し、自ら申束(しんそく)す。臼(きよく)に從ふは、自ら持するなり。吏は餔時(ほじ 食事時)を以て事を聽く。旦(あさ)の政を申(の)ぶるなり」と説くも、字形に即するところがない。〔大克鼎(だいこくてい)〕「申(かみ)に日+尹+見孝(けんかう)す」、〔杜伯盨(とはくしゆ)〕「其れ用(もつ)て皇申(神)祖考と好倗友とに享孝す」など、金文には申を神の意に用いる。〔詩、小雅、采菽〕「やR、之れを申(かさ)ぬ」のように申重の意に用い、また上申・申張のように用いる。伸はその派生字である(字通)、
と、初字は、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
伊藤聡『神道とは何か ― 神と仏の日本史』(中公新書)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
さのかたは実にならずとも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに(万葉集)
の、
さのかた、
は、原文では、
狭野方(さのかた)、
とあて(精選版日本国語大辞典)、
あけび、か。恋する女の譬え、
と注記する(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
さのかた、
は、植物の名ではあるが、
何をさすかは諸説あるが未詳、
とされ(精選版日本国語大辞典)、
一種の蔓植物、藤の類ともアケビともいう(岩波古語辞典)、
つる植物の「藤(ふじ)」「通草(あけび)」、また「萩(はぎ)」などとする(精選版日本国語大辞典)、
マメ科の落葉つる性低木、フジの別称(動植物名よみかた辞典)、
「狭野方」は未詳ながら、「方」は蔓性植物の蔓を指しているといわれ、落葉低木のアケビとする説が有力になっています(https://bonjin5963.hatenablog.com/entry/2022/04/12/000500)、
等々の説があるが、はっきりしないものの、
蔓性の植物、
とするのが共通である。
落葉低木のアケビとする説が有力になっています(https://bonjin5963.hatenablog.com/entry/2022/04/12/000500)、
さのかた(狭野方)、アケビの古名と考えられています(https://wayouen.jp/?mode=f13&srsltid=AfmBOooU97cXjB0pZPOgZ-Y2d606KAfPjVEN2N9Xspgur9GU7lQJ-kmh)、
と、
アケビ、
とする説が有力である。
アケビ、
は、
木通(アケビ)、
通草(アケビ)、
山姫(ヤマヒメ)、
山女(サンジョ)、
などとあて(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B1%E3%83%93)、
アケビ科の蔓性落葉低木の一種、
であるが、
アケビ属、
に属する植物の総称でもある(仝上)。ただ、
アケビ、
は、
実の名、開肉(あけみ)の転(黄身(きみ)、黍)、実裂けて肉をあらはす義、アケビカヅラは、アケビの成る葛の義にして、灌木としての名なり、アケビ蔓とも云ふ(大言海)、
として、
アケビ、
と
アケビカヅラ、
を分けている(仝上)。後述の和名類聚抄等々では、確かに区別しており、
アケビヅル、
アケビカヅラ、
を略して、
アケビ、
と呼ぶ(大言海)。ここでは、まとめて、
アケビ、
としておくが、平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』(898〜901)に、
艹+開、山女也 阿介比、
『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)に、
通草、(梁の)陶弘景中云、華有細孔、両頭相通、阿芥比加都良、
和名類聚抄(931〜38年)に、
通草、阿芥比加都良、
葡子、阿芥比、
『図経本草』(蘇頌 1061年)に、
通草、結、實如小木瓜、今亼謂之通草、
江戸末期の『本草綱目啓蒙』に、
通草、アケビカヅラ、アケビヅル、
とある。
アケビ、
の由来は、
開肉(あけみ)の転(黄身(きみ)、黍)、実裂けて肉をあらはす義(大言海)、
開け実の意(広辞苑)、
アケミ(開実・開肉)の転(日本語源=賀茂百樹、
ムベ(アケビ科の常緑低木)より熟期がやや早いので、秋ムベの意(国語史論=柳田國男)、
アカミ(赤実)の転(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・東雅・箋注和名抄)、
アマカツミ(甘葛実)の転(名語記)、
アケツビ(開玉門)の略(古今要覧稿・松屋筆記)、
等々とあるが、後述のような生態からみて、素直に、
開け実、
でいい気がする。
アケビ、
は、
アケビ科の落葉低木。本州、四国、九州の山野に生える。茎はつる性で、直径一・五センチメートルぐらい。他の樹木などに絡みついて生長する。葉は五小葉からなる掌状複葉で、小葉は細長い楕円形または倒卵形。春、新葉と共に淡紫色の花が総状に咲く。実は長さ八センチメートル内外の長卵形で、淡紫色。皮が厚く、熟すと縦に裂け、強い甘味がある。つるは、かご細工にするほか、木部には配糖体アケビンを含んで木通(もくつう)と呼ばれ、利尿、通経剤とされる。成熟した果実を天日乾燥したものが、八月札(はちがつさつ)と称される生薬になる。一般にアケビと呼ぶ植物はミツバアケビであることが多い、
とあり(精選版日本国語大辞典・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B1%E3%83%93)。漢名は、
木通(もくつう)、
山女、
野木瓜、
とある(仝上)。
はんだつかずら、
ともいい、
アケベ、
アケブ、
アクビ、
アクミ、
等々と訛り、
アケツビ、
イシアケビ、
キノメ、
等々の方言名もある(仝上)。
アケビの新芽、
は、
山菜として利用されており、山菜名としては、新潟県ではキノメ、コノメ、山形県ではモエ、モイ、ヤマヒメなどとよばれている(仝上)。
藤、
は、
ふぢ、
呼称・発音され(「富士」は「「ふじ」)、
吹散(ふきちり)の略(大言海)、
吹き流しの意のフキチリ(吹散)の略(名言通)、
春の景物であるところからトルトキ(春時)の反、またハルツリ(張釣)の反か(名語記)、
ブチ(鞭)の義、古くはつるをムチにしたところから(百草露)、
フサタリハナ(房垂花)の義(日本語原学=林甕臣)、
フタアヰの義(和訓栞)、
フはハフの上略、チは地か(和句解)、
花が長くフチ(淵)に臨むところから(言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
節のある植物であるところから(東雅)、
等々ととあるが、はっきりしない。漢字の、
藤、
は、本来は
中国産の種であるシナフジを中国で紫藤と表記したことにより、日本でこれを省略して当てたものである。藤という字そのものは藤本(とうほん)、すなわちつる性で木本(「草本」の対)性の植物を指す言葉である、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8_(%E6%A4%8D%E7%89%A9))。
フジ、
は、
マメ科のつる性落葉木本。本州、四国、九州の山野に生え、観賞用に栽植される。幹は長さ一〇メートル以上に達し右巻きに他物にからむ。葉は一一〜一九個の小葉からなる奇数羽状複葉。各小葉は長楕円形または卵形で、花期には黄緑色、長さ約四センチメートル。四〜五月、淡紫色の蝶形花が長く垂れ下がる房となって咲く。果実は偏長楕円形。長さ一五センチメートル内外の硬い莢で、乾くと裂けて中の種子を飛ばす。つるは丈夫で古代から縄(なわ)の代用にしたり、籠などの細工に用いる。
とあり(精選版日本国語大辞典)、近畿地方以西の山野に自生する、
ヤマフジ(蔓は左巻き)、
と
フジ(ノダフジ 蔓は右巻き)
のほか(広辞苑)、シロバナフジ・アケボノフジ・ヤエフジ・クジャクフジなど多数の園芸品種がある(精選版日本国語大辞典)。漢名に当てる、
紫藤、
は、
正しくは中国産のシナフジの名(仝上)とする。一般に、
フジ、
と言っているのは、
ノダフジ(野田藤)、
で、これは摂津国野田村(現在の大阪市福島区周辺)の地名に由来する。野田村は「吉野の桜、高尾(高雄)のもみじ、野田の藤」と言われるほどフジの名所であった。その他の地方名として、
ツルフジ、
フジヅル、
ハナフジ、
などともよばれている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8_(%E6%A4%8D%E7%89%A9))。
ヤマフジ、
は、
マメ科のつる性落葉木本。本州兵庫県以西、四国、九州の山野に生え、茎は左巻きに他物にからむ。葉は九〜一三個の小葉からなる奇数羽状複葉。小葉は卵形で裏に細毛を密生。春、その年の枝先に鮮紫色のフジより大きな蝶形花がやや短めの房状に群がって咲く、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
ノフジ、
ともいい(仝上)、いわゆる、
フジ(ノダフジ)、
との違いは、、
ヤマフジは葉の側小葉が4〜6対と、フジ(5〜9対)よりかなり少ない。
ヤマフジの葉裏には毛がある。フジでは成熟時に無毛となる。
ヤマフジの花序は長さが10〜20 cmにしかならず、フジ(20-90
cm)より遙かに短い。そこに花の柄が同じかやや長いので、花序の形は細長い紐状でなく、まとまった房のようになる。
ヤマフジの苞は卵形、フジでは狭卵形。
ヤマフジは種子が黒褐色(フジは褐色)。
ヤマフジは蔓が左巻き(Z巻き)で、右巻き(S巻き)のフジと逆、
とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8_(%E6%A4%8D%E7%89%A9))、ヤマフジは京都や奈良県、滋賀県には見られないので、古代に、
フジ、
とされるものは、
ヤマフジ、
は含まれない(仝上)。
フジのつるから繊維をとり、衣服を編んだ、
藤衣(ふじごろも)、
については触れた。このフジも、
ノダフジ、
で、ヤマフジより繊維が強い(日本大百科全書)とされる。
フジ糸、
は、
つるを槌(つち)で打ち、皮をむき取り、灰汁(あく)で煮て、流水でさらし、乾かしたのち手でほぐし、撚(よ)りをかけてつくった。近年まで畳の縁はその糸で編んだ布が使われていた。諏訪(すわ)大社の御柱(おんばしら)を山から切り出し引く縄は、ノダフジの糸で綯(な)われていた、
とある(仝上)。
なお、
はぎ、
については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
うれたきや醜(しこ)ほととぎす今こそば声の嗄(か)るがに來(き)鳴き響(とよ)めめ(万葉集)
の、
うれたきや、
の、
や、
は、
間投助詞、
うれたし、
は、
ああ腹立たしい、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
醜(しこ)ほととぎす、
は、
ろくでなし時鳥め、
と訳す(仝上)。
うれたし、
は、
(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、
の、形容詞ク活用で、その由来を、
ウラ(心)イタ(痛)シの約(広辞苑・岩波古語辞典)、
「うれいたし(心痛し)」の音変化(デジタル大辞泉)、
ウライタシ(心痛)の約轉(国語溯原=大矢徹)、
ウライタシ(心痛)の約轉か(何(イズラ)、イズレ)、妬(ねた)し、恨めしと、意通ず(大言海)、
ウレヒイタシ(憂痛)の訓義か(和訓栞)、
ウレヒイタキ(患痛)の略(菊池俗語考)、
ウラブレイタキの約言(和訓集説)、
ウシフレイタキの約(万葉考)、
古代支那語のウ(憂)から(日本語原考=与謝野寛)、
「うら(心)いたし(痛)」が変化して一語化したもの。上代では、特にわが意に反する他人の行動に対していうことが多い。中古以降、一般に外の状態に対して不満足な気持を表わすのにもいうようになる(精選版日本国語大辞典)、
形容詞ウレタシは「なげかわしい」「いとわしい」という意で、ウレハシ(憂はし)と同義語である。〈むぐら生ひて荒れたる宿のウレタキは〉(伊勢物語)。ウレタシはさらに、「レ」が母交[eu]をとげてウルタシになり、「タ」の子交[ts]でウルサシ(煩さし)・ウルサイ(五月蠅い)になった。〈問はぬもつらし(苦しい)、問ふもウルサシ〉(伊勢物語)(日本語の語源)、
等々とあるが、
うら(心)いたし(痛)が変化して一語化したもの(日本語源大辞典)、
と見るのが妥当なのだろう。
相手の仕打ちが腹立たしい、いまいましい(広辞苑)、
(相手の)仕打ちがいきどおろしく、いまいましい(岩波古語辞典)、
憎らしい、いまいましい、嘆かわしい(デジタル大辞泉)、
うらめしい、憎い、しゃくにさわる、心外である、嘆かわしい、いやだ(精選版日本国語大辞典)、
といった意になるが、上述したように、上代では、特に、
さ野つ鳥 雉(きぎし)は響(とよ)む庭つ鳥鶏(かけ)は鳴く宇礼多久(ウレタク)も鳴くなる鳥か(古事記)、
と、
わが意に反する他人の行動に対していうことが多い、
が、中古以降、一般に、
今日の子(ね)の日こそ猶うれたけれ。しばしは老いを忘れても侍るべきを(源氏物語)、
と、
外の状態に対して不満足な気持を表わすのにもいうようになる(精選版日本国語大辞典)と変化していく。だから、
かのうれたき人の心を、いみじくおぼす(源氏物語)、
の、
つれない、
意と、
いまいましい→恨めし→つれない→つらい、
と、
シフトしていく(学研全訳古語辞典)。
うら(心・裏)、
については触れた。
「慨」(慣用ガイ、漢音呉音カイ)は、
会意兼形声。旡(キ・カイ)とは、人が腹をいっぱいにしてのけぞったさまを描いた象形文字。既(キ)は、それにごちそうを盛った形を加え、食事を済ませて腹いっぱいになることを示す。慨は「心+音符既」で、心中がいっぱいになり、胸がつまること、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(忄(心)+既(旣))。「心臓」の象形(「心」の意味)と「食器に盛ったごちそうの象形と座った人が顔をそむける象形」(「すでに(以前に)」の意味だが、ここでは、「せきこむ・むせる(飲食物が気管に入るなどして息苦しくなる)」の意味)から「心がつまる」、「なげく」を意味する「慨」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1537.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「心」+音符「既 /*KƏT/」。「なげく」を意味する漢語{慨 /*khəəts/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%85%A8)、
旧字は、形声。心と、既(キ)→(カイ)とから成る。「なげく」、ため息をつく意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、
形声。声符は旣(既)(き)。旣は食に飽いて、顧みておくびをする形。〔説文〕十下に「忼慨するなり」とあり、士が志をえないことを嘆く意とするが、すべて慨嘆することをいう(字通)、
と、形声文字としている。ちなみに、
既(漢音キ、呉音ケ)の異体字は、
旣(康煕字典体/繁体字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%97%A2)。字源は、
会意兼形声。旡(キ)は、腹いっぱいになって、おくびのでるさま。既は「もと皀(ごちそう)+音符旡」で、ごちそうを食べてはらいっぱいになること。限度まで行ってしまう意から、「すでに」の意を派生する、
とある(漢字源)。同じく、
旧字は、会意形声。皀(ひゆう)+(きゆう)(=㿝。ごちそうを器に盛ったさま)と、旡(キ)(食べあきる)とから成り、ごちそうを食べつくす意を表す。転じて「すでに」の意に用いる。常用漢字は俗字による(角川新字源)
会意兼形声文字です(皀+旡)。「食器に盛ったごちそう」の象形と「座った人が顔をそむける」象形から、ごちそうを食べつくし、そっぽを向いた人のさまを表し、そこから、「つきる(なくなる)」を意味する「既」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1400.html)、
と、会意兼形声文字とあるが、
形声。「皀」+音符「旡 /*KƏT/」。「食べ尽くす」を意味する漢語{既 /*kəts/}を表す字。のち仮借して「すでに」を意味する漢語{既
/*kəts/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%97%A2)、
と、形声文字、
会意。旧字は旣に作り、㿝と旡とに従う。㿝は𣪘(簋)の初文。盛食の器。旡は食に飽いて、後ろに向かって口を開く形。食することすでに終わり、口+𣪘気を催すさまを示す。〔説文〕五下に「小食なり」というのは、〔段注〕にいうように嘰の声義を以て解するもので、旣字の本義ではない(字通)、
と、会意文字とに分かれる。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
本(もと)つ人ほととぎすをやめづらしく今か汝(な)が来(こ)し恋ひつつ居(を)れば(万葉集)
の、
をや、
は、
詠嘆で、軽い言いさし、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
本(もと)つ人ほととぎす、
は、
お前は昔馴染みのほととぎすなのだが(なのに)、
と訳す(仝上)。
めずらしく、
は、
一年ぶりであることを言う、
としている(仝上)。
もとつ、
は、
元つ、
本つ、
とあて、
つ、
は、
「の」の意の古い格助詞、
で、
大もとに属する、
主要な、
本来の、
の意である(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。
元(もと)つ人、
は、
古人、
とも当て(大言海)、冒頭の歌の、
ずっと以前から親しくしている人、
また、
昔、親しくした人、
の意で(精選版日本国語大辞典)、
昔馴染みの人、
の意でもある(岩波古語辞典)が、
ほととぎすなほも鳴かなむ母等都比等(モトツヒト)かけつつもとな我(あ)を音(ね)し泣くも(万葉集)、
では、
亡き人、
の意とし、
(ほととぎす)お前は亡き人の名をむやみに呼んだりして私をやたらと泣かせる、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
本(もと)つ國(くに)、
は、
妾(やつこ)、今遠く桑梓(もとつくに)を離れたり(古事記)、
と、
ほんごく、
故郷、
意であり(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)
本(もと)つ香(か)、
は、
もとつかの匂へる君が袖ふれば花もえならぬ名をや散らさむ(源氏物語)、
と、
そのものが本来持っているよいかおり、
生まれながら身に着けている香、
の意となり(コゴ・精選版日本国語大辞典)、
本(もと)つ妻(め)、
は、
本つめにいまはかぎりと見えしよりたれならすらんわがふしどこに(「曾丹集(11C初)」)、
と、
本来の妻、
正妻、
の意で、
元之妻
の義で(大言海)、
うはなり(後妻)、
に対する(仝上)ので、
こなみ、
嫡妻(むかひめ)、
ともいう(仝上)。色葉字類抄(平安末期)に、
本妻、モトメ、
字鏡(平安後期頃)に、
嫡、牟加比女、又毛止豆女、
とある。
本(もと)つ家(いへ)、
は、
清水氏曰、此語女家也、見空物語沖白波巻、栄花物語、増鏡、又有謂身屋為本家、見空物語祭使巻、又有謂本宅為本家、見空物語嵯峨巻、及、今昔物語、莫與此所云混也(霊異記攷證)、
とあるように、
その家系の本流である家、
つまり、
本家(ほんけ)、
あるいは、
宗家(そうけ)、
の意の他に、
ひとつの屋敷の中で、主人の住居として用いられている建物、
つまり、
母屋(おもや)、
の意や、
嫁・婿など他家へ移籍した者の、移籍以前の家、
つまり、
実家、
の意でも使う(大言海・精選版日本国語大辞典)。なお、
もとな、
については触れた。
「元」(漢音ゲン、呉音ガン、慣用ゴン)の異体字は、
圓(繁体字)、玄、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%83)、
圓、
は、
中国における貨幣単位、圆の別表記、
で、
玄、
は、
「玄」の避諱字。宋の時代では聖祖の諱「玄朗」を避けるため、清の時代では康熙帝の諱「玄Y」を避けるためと言われる、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%83)。字源は、「もとな」で触れたように、
象形。丌(人体)の上にまるい印(あたま)を描いたもので、人間の丸い頭のこと。頭は上部の端にあるので、転じて先端、はじめの意となる、
とある(漢字源)。他も、
象形。頭を強調した人体を象る。「あたま」を意味する漢語{元 /*ngon/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%83)、
象形。人の首の部分をまるく大きな形で示し、その下に人の側身形を加える。首の意。元首という。〔説文〕一上に「始なり」と元始の意とする。戦場で命を全うして無事に帰還し、廟に報告することを完といい、結髪してに廟報ずるを冠といい、虜囚を廟に献じてこれを殴(う)つことを寇という。元に正・嫡・長・大の意があり、みな頭首の意から出ている。自然界にも適用して、元気・太元のようにいう(字通)、
と、象形文字とするが、
指事。儿と、二(頭部を示す)とから成り、人の頭、ひいて、おさ、「もと」などの意を表す(角川新字源)、
と、解釈は似ているが、指事文字(抽象的概念を点や線の位置関係等で示す方法)とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
黙(もだ)もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思(ものも)ふ時に鳴きつつもとな(万葉集)
の、
黙(もだ)もあらむ時も、
は、
のんびりしているときにでも、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
もとな、
は、
むやみに、
の意で、
鳴きつつを修飾する、
とある(仝上)。
もだ(黙)、
は、冒頭の歌や、
黙(もだ)あらじと言(こと)のなぐさに言ふことを聞き知れらくは悪(あ)しくはありけり(萬葉集)
などと、
「もだあり」などの形で使う(岩波古語辞典)、
「もだあり」「もだをり」の形で用いる(学研全訳古語辞典)、
とあり、冒頭の歌のように、
何もしないでぼんやりしていること(岩波古語辞典)、
何もしないでじっとしていること(学研全訳古語辞典)、
何もしないこと。手をつかねてじっとしていること(精選版日本国語大辞典)、
などの意の他に、
皇子(みこ)其の害(やぶ)らむとすることを見て黙(モタ)坐(ま)しまして語(ものものたま)はず(日本書紀)、
と、
黙っていること、
一言もしゃべらないこと、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。この動詞形が、
もだす(黙す)、
で、
せ/し/す/する/すれ/せよ、
の、自動詞サ行変格活用で、
皇后、遂に聴(ゆる)さじと謂(おほ)して故、黙(モタ)して亦答言(かへりことまう)したまはず(日本書紀)、
と、
言うべきことを言わないでいる、
だまる、
黙(もく)す、
意や、
げにも山門(さんもん)の訴訟はもだしがたし(平家物語)、
と、
黙って見過ごす、
そのままに捨てておく、
意で使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。この、
黙す、
については、
確実にサ変と見られる用例はないが、古くから名詞「もだ」が使われており、また、古辞書の声点にサ変であることを示している資料があるところからサ変と判断した。ただし「書紀‐神代上(兼方本訓)」の「直(たた)に黙(モタサ)ずして帰りたまふて」、「傾城懸物揃‐中」の「首打れんとの願ひ上意をもだすに似たれ共」のように四段活用と見るべき例もある、
とする(精選版日本国語大辞典)。この動詞「もだす(黙)」の連用形の名詞化、
もだし(黙)、
は、
黙っていること、
の意で使う(仝上)。
「黙」(漢音ボク、呉音モク)の異体字は、
默(旧字体)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%99)。
默、
の異体字は、
黙(新字体)、𪐩(訛字)、
となる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%98)。字源は、
会意兼形声。「犬+音符K(くらい、わからない)」、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(黒(K)+犬)。「上部の煙出しにすすがつまり、下部で炎が上がる」象形(「くろい・物の動きがない」の意味)と「耳を立てた犬」の象形から、犬が黙って人についてくる事を意味し、そこから、「だまる」を意味する「黙」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1451.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「犬」+音符「K /*MƏK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%98)、
旧字は、形声。犬と、音符K(コク)→(ボク)とから成る。犬が声をたてない、ひいて、物音がしない、「だまる」意を表す。常用漢字は俗字による(角川新字源)、
形声。声符はK(こく)。Kに墨(ぼく)の声があり、その古音であったらしい。〔説文〕十上に「犬、暫く人を逐ふなり」とあり、〔唐本説文〕に「犬、潛(ひそ)かに人を逐ふなり」に作る。犬が黙って人を追うことから、その字を作るとするのは疑問とすべく、この字は喪事に犬牲を用いることを示す字であろう。〔国語、楚語上〕「三年默して以て道を思ふ」とは諒闇(りようあん)三年の服喪をいう。〔論語、憲問〕「高宗(殷の武丁)諒陰(りやうあん)、三年言(ものい)はず」とあり、服喪の三年間、ものいうことはタブーであった。犬牲はその修祓のために用いたものであろう(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
思ふ子が衣摺(ころもす)らむににほひこそ島の榛原(はりはら)秋立たずとも(万葉集)
の、詞書(和歌や俳句の前書きで、万葉集のように、漢文で書かれた場合、題詞(だいし)という)に、
榛(はり)を読む、
とある、
榛(はり)、
は、
はんの木、
とあり、
にほひこそ、
の、
こそ、
は、
希求の助詞、
で、
美しく色づいておくれ、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
にほひ、
は、
形見とて見れば歎きの深見草なになかなかのにほひなるらむ(新古今和歌集)、
の、
にほひ、
を、
美しい色、
と訳した(久保田淳訳注『新古今和歌集』)ように、
にほふ
は、語源から見ると、
ニは赤色の土、転じて赤色、ホ(秀)は抜きんでて表れているところ。赤く色が浮き出るのが原義。転じて、ものの香りがほのぼのと立つ意(岩波古語辞典)、
萬葉集に、紅丹穂經(ニホフ)、又着丹穂哉(キテニホハバヤ)など記せり、丹秀(ニホ)を活用したる語にて、赤きに就きて云ふかと云ふ、匂は韵の字の省訛(大言海)、
ニホ(丹秀)で、色沢の意(日本古語大辞典=松岡静雄・日本語源=賀茂百樹)、
ニハヒ(丹相・丹施)の義(雅言考・名言通)、
「丹に秀ほ」を活用した語で、赤色が際立つ意(デジタル大辞泉)、
等々、丹(ニ)を由来とする説が大勢で、元来、
赤色、
と、色を指していたもののようである。
榛、
は、
綜麻(へそ)、
で触れたように、
綜麻形(へそかた)の林のさきのさ野榛(のはり)の衣(きぬ)に付くなす目につく我が背(万葉集)
と、
はんの木。実や樹皮を染料にした。「針」の掛詞、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
真榛(まはり)、
で触れたように、
榛(はり)、
は、
はんの木の異称(岩波古語辞典)、
はんの木の古名(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8E%E3%82%AD)、
とあり、
はん(榛)の木、
は、
はりの木(榛木)の音便、
である(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8E%E3%82%AD)。
ハンノキ、
は、
カバノキ科ハンノキ属の落葉高木。各地の山野の湿った所に生え、水田の畔に植えて稲掛け用としたり、護岸用に川岸に植えたりする。高さ一五メートル、径六〇センチメートルに達する。葉は有柄で長さ五〜一三センチメートルの長楕円形。縁に細鋸歯(きょし)がある。雌雄同株。早春、葉に先だって開花する。雄花穂は黒褐色の円柱形で尾状に垂れ、雌花穂は楕円形で紅紫色を帯び雄花穂の下部につく。果実は小さな松かさ状。樹皮・果実を古くは染料に用いた。材は薪炭・建築・器具用、
とある(仝上・精選版日本国語大辞典)。
はんの木、
にあてる、
榛、
は、
ハシバミ、
の漢名。これを、ハンノキに用いるのは日本独自の用法である(仝上)。また、
はんの木、
の漢名として、
赤楊、
とも当てる(字源)が、これは誤用とされる(仝上・精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
ハシバミ、
は、
カバノキ科の落葉低木。北海道、本州、九州の日当たりのよい山野に生え、ヨーロッパでは果実を食用にするため近縁種を栽培している。高さ三〜五メートル。葉はほぼ円形で先が急にとがり長さ約一〇センチメートル、縁に浅い欠刻があり、さらに細かい鋸歯(きょし)がある。雌雄同株。春、葉に先だって枝先に黄褐色の雄花を尾状花序に密生し、その下部に紅色の雌花を上向きにつける。果実は球形で堅く下部は葉状の二枚の総苞につつまれる、
とある(仝上)。この漢名が、
榛(シン)、
である。
ハンノキ、
の、
樹皮・果実を古くは染料に用いた、
とされるが、
蓁揩(ハリスリ)の御衣三具(よそひ)・錦の袴二具、(日本書紀)、
とある、
蓁揩(ハリスリ)、
は、
模様を陽刻した型木に榛木(はんのき)の果実から採った染料をつけて麻布の上に押捺したもの、
をいい、
はりのきぞめ(榛木染)、
はりすり(榛摺)、
また、訛って、
はんずり、
はにすり、
はじすり、
といい、
佐伊波里(サイバリ)に衣は染めむ雨ふれど、雨ふれど移ろひがたし深く染めてば(神楽歌(9C後))、
とある、
さいばり、
は、
榛、
割榛、
とあて、
さきはり(割榛)の変化した語、
で、
榛(はん)の木を細くさいたときに出る液を染料としたもの、
である(精選版日本国語大辞典)。ただ、『万葉集』の中で、榛(はり)を詠んだ歌は、14首あるが、その、
榛(はり)、
は、
「榛(はり)」だけに限らず、毛山榛の木(ケヤマハンノキ)、河原榛の木(カワラハンノキ)、夜叉五倍子(ヤシャブシ)、姫夜叉五倍子(ヒメヤシャブシ)、大葉夜叉五倍子(オオバヤシャブシ)などの榛の種類を総称して、榛(はり)と表わしたと考えられます、
とあり(https://iroai.jp/hashibami/)、これらで、榛摺(はりずり)をおこなったと考えられます(仝上)とある。万葉集の榛摺(はりずり)の染色方法については、
正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)の屏風袋(びょうぶぶくろ)などの麻の粗布(そふ)に摺られた榛摺(はりずり)は、山藍を使用して染めた青摺(あおずり)の衣(ころも)と同じ方法で摺すられたものと考えられます、
とあり(仝上)、以下の手順を示す。
@木材を彫って作成した版木(はんぎ)に、米粉などで作った糊のりをつける
A糊りのついた版木(はんぎ)に、拓本(たくほん)をとる時と同じ要領で布を貼り付ける
B榛(はり)の生葉を、すり鉢でよく摺りつぶす
C摺りつぶした葉を、布で包んだタンポのようにする
D版木(はんぎ)に貼った布の上に榛(はり)の葉を包んだタンポで叩き、液が酸化することで焦茶色に染めていく
E乾かしたあと、版木(はんぎ)からはがし、水洗いしたあと干して仕上げる(仝上)
なお、
青摺、
は、
小忌衣、
で触れたように、
萩又は露草の花にて衣に色を摺り出す、
という、
宮城野の野守が庵に打つ衣萩が花摺露や染むらむ(壬生集)、
の、
花摺(はなすり)、
に対する語(大言海)とされ、
山藍摺(やまあゐずり)、
ともいう(仝上)。
山藍を以て、種々なる模様を摺りつけ染めたる衣、
で、上代は、
服著紅紐青摺衣(古事記)、
百官人等、悉給著紅紐之青摺衣服(仝上)、
と、
朝服として、右肩に紅紐(あかひも)を着けた、
とある(仝上)。また、
山藍、
は、略して、
やまゐ、
ともいい、
トウダイグサ科の多年草、丈40センチ、山野の陰地に自生。葉は長楕円形、雌雄異株。春上部の葉の付け根に緑白色の小花を穂状につける、
とあり(広辞苑)、古は、
此生葉の緑汁を以て、青色を染む、
とあり、これが、
青摺(あをずり)、
である(大言海)。なお、
山藍摺(青摺)、
については、
山藍、
で触れた。
「榛」(シン)は、真榛(まはり)で触れたように、
形声。「木+音符秦」、
とあり(漢字源)、他も、
「木」と「秦(シン)」による形声文字。音符は秦(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A6%9B)、
形声。声符は秦(しん)。〔説文〕六上に「木なり」とあり、はしばみ。また雑木林をいう(字通)、
形声。木と、音符秦(シン)とから成る(角川新字源)、
と、形声文字とするが、
会意兼形声文字です(木+秦)。「大地を覆う木」の象形と「きねを両手で持ち上げる象形(「上がる」の意味)と穂先が茎の先端にたれかかる稲の象形」(「稲が上へ上へと伸び茂る」の意味)から「木が伸び茂る」、「雑木林」を意味する「榛」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2527.html)、
と、会意兼形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
上へ
我妹子(わぎもこ)の楝(あふち)の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも(万葉集)
の、
楝(あふち)、
は、
せんだんの木、
とあり、
楝(あふち/おうち)、
で触れた。
ありこせぬかも
は、
(今咲いているままに)あり続けてくれないものか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
あり、
は、
有り、
在り、
とあて、
ら/り/り/る/れ/れ、
と、自動詞ラ行変格活用で、
空間的・時間的に存在する、あるいは、実存在が認識される、
という意で、
今は昔、竹取の翁(おきな)といふ者ありけり(竹取物語)、
と、
(人・動物などが)いる、
(無生物・物事が)ある、
意、
名にし負はばいざ言問(ことと)はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(伊勢物語)、
と、
生きている、
無事でいる、
意、
かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに(徒然草)、
と、
住む、
暮らす、
生活する、
意、
おのづから人の上などうち言ひそしりたるに、幼き子どもの聞きとりて、その人のあるに言ひいでたる(枕草子)、
と、
ちょうどそこにいる、
居あわせる、
意、
御供に声ある人して歌はせ給(たま)ふ(源氏物語)
すぐれている、
抜きんでている、
意、
我、世にありし時は、娘どもをば女御(にようご)・后(きさき)とこそ思ひしか(平家物語)
と、
(「世にあり」の形で)繁栄して暮らす、
時めいて過ごす、
意、
春宮(とうぐう)の御元服、南殿(なでん)にてありし儀式(源氏物語)、
と、
行われる、
起こる、
意、
年月(としつき)もいまだあらねば心ゆも思はぬ間(あひだ)に打ち靡き臥(こ)やしぬれ(万葉集)、
と、
たつ、
経過する、
意等々で使う(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)が、ここでは、
(今咲いているままに)あり続けてくれないものか、
の意なので、
生きている、
という意ということになる。
こせぬかも、
は、
助動詞「こす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+疑問の係助詞「か」+詠嘆の終助詞「も」(学研全訳古語辞典)、
助動詞「こす」の未然形「こせ」に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」、詠嘆の助詞「かも」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
で、
吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなく有り巨勢濃香問(コセヌかモ)(万葉集)、
と、
相手の動作・状態に対する希望を詠嘆的に表わす、
言い方で、
……であってくれないかなあ、
……してくれないかなあ、
の意を表し、
「ありこせぬかも」の形で用いることが多い。
こせ、
は、
こす、
で触れたように、
… してくれの意の補助動詞コスの未然形、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
うれたくも鳴くなる鳥かこの鳥も打ち止め許世(コセ)ね(古事記)、
とあり、
こす、
は、上代語で、動詞の連用形に付いて、
相手の動作、状態が自分に利益を与えたり、影響を及ぼしたりすることを望む意、
を表わし(精選版日本国語大辞典)、
……してくれ、
……してほしい、
という、相手に対する希求、命令表現に用いられる(仝上・広辞苑)。活用は、
未然形「こせ」・終止形「こす」・命令形「こせ」、
だけとされる(広辞苑)が、
助動詞下二段型、こせ/○/こす/○/○/こせ・こそ、
の活用で、相手に望む願望の終助詞「こそ」を、
「こす」の命令形、
とする説があり((学研全訳古語辞典))、また、
命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法、
とする説もある(精選版日本国語大辞典)。
また活用についても、下二段型とする説の他、
サ変の古活用の未然形「そ」を認めてサ変動詞、
とする説がある(精選版日本国語大辞典)。未然形「こせ」についても、
「こせね」「こせぬかも」のように、希求を表わす助詞などとともに用いられ、終止形「こす」は、「こすな」のように、禁止の終助詞「な」とともに用いられる。命令形「こそ」は最も多く見られる活用形で、これを独立させて終助詞とする説
(仝上)、
もあり、平安時代以降、命令形に、
こせ、
の形が見られるようになる(仝上)とある。
ぬかも、
は、上代語で、
連語「ぬか」+終助詞「も」、
で、
…くれないかなあ、
…てほしいなあ、
と願望をあらわす(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。連語、
ぬか、
は、
打消しの助動詞ズの連体形ヌに疑問の助詞カのついたもの、
で、
……ないものかなあ、
……ほしい、
と、
願望の意を表す、
とある(岩波古語辞典)。で、
ぬかも、
は、
打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」+詠嘆の終助詞「かも」、
で、
否定的な事態の詠嘆、
を表わし、
………ないなあ、
……ないことよ、
と、
の意となり、
……くれないかなあ、
……ないものかなあ、
……てほしいなあ、
……ないなあ、
といった意となり、
ぬか、
よりも強い願望の意を表す、
とある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。しかし、
ぬかも、
は、
ぬか‐も、
とみると、上述の、
吉野川行く瀬のはやみしましくも淀むことなくありこせ濃香問(ヌカモ)、
は、
願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
とみなし、
先行する助詞「も」と呼応して、ある事態の生ずることを願う意、
を表わし、
………てでもくれないかなあ、
………であってほしい、
という意になり、
ぬ‐かも、
と見なすと、
さ寝床もあたは怒介茂(ヌカモ)よ浜つ千鳥よ(日本書紀)
あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも(万葉集)
と、
打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に係助詞「か」、詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
として、
否定的な事態の詠嘆を表わす、
……ないなあ、
……ないことよ、
という意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)として、
ぬか‐も、
と
ぬ‐かも、
を別項を立て、前者は、
……であってほしい、
となり、後者は、
……ないなあ、
となり、前者が、「ない」から、
……ほしい、
という願望なのに対して、後者は、
……ないなあ、
と、
「ない」ことを詠嘆する、
意になる。微妙だが、上代、同じ願望でも、
ない、
ことを嘆く、
のと、「ない」から、
……あってほしい、
と願望することとは、同じように、
ない、
を前にして歎いているにしても、区別していたように思える。ちなみに、
こす、
は、その由来について、
こせ、
で触れたように、
呉れる、寄こす意のオコスのオが直前の母音と融合して脱落した形、希求の助詞コソと同根も他の動詞の連用形と連なった形で現れる。接尾語とする説もある(岩波古語辞典)、
オコス(送來)と同意、オコスは、此語に、オの添はりたるものなるべし、オの略せらるるは、おこおこし、おここし
(厳)。思ふ、もふなどあり(大言海)、
「おこ(遣)す」の音変化、カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いたとみるなど、諸説がある(デジタル大辞泉)、
語源に関しては、( イ )寄こす意の下二段動詞「おこす」のオが脱落した、( ロ
)カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いた、( ハ
)「く(来)」の他動詞形、などの説がある。また、命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法とする説もある(精選版日本国語大辞典)、
などとある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
上へ
時ならず玉をぞ貫(ぬ)ける卯の花の五月(さつき)を待たば久しくあるべみ(万葉集)
の、
べみ、
は、
ベシのミ語法、
で、
久しくあるべみ、
は、
いつのことかわからぬので、
の意として、
待ち遠しくて仕方がないので、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
卯の花、
は、
うつぎ、
の別名であり、「うつぎ」は、
うづき、
で触れたように、
空木、
の意味で、茎が中空であることからの命名であるとされる。
出(い)でて去(い)なば天(あま)飛ぶ雁の鳴きべみ今日(けふ)今日(けふ)と言ふに年を経(へ)にける(万葉集)
での、
べみ、
も、
ベシのミ語法、
で、
(空飛ぶ雁が鳴くように)お前が泣き悲しみそうなので、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
べみ、
は、
推量の助動詞「べし」の語幹「べ」+接尾語「み」(デジタル大辞泉)、
推量の助動詞「べし」の語幹相当部分「べ」に、「み」がついたもの(精選版日本国語大辞典)、
べは推量の助動詞の語幹、ミは理由を表す助詞(岩波古語辞典)、
推量の助動詞「べし」の語形変化しない部分「べ」+原因・理由を表す接尾語「み」(学研全訳古語辞典)、
とあり、ほぼ同趣旨で、
……しそうなので、
……はずであろうから。
……してしまいそうなので、
……であろうと思って、
といった意で使い(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)、上代に見られ、多く、
ぬべみ、
の形で使われた(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。中古には、
佐保(さほ)山のははその紅葉(もみぢ)散りぬべみ夜(よる)さへ見よと照らす月影(古今和歌集)、
と、
歌語としてのみ例がある(精選版日本国語大辞典)。
ぬべみ、
は、
「ぬ」は完了の助動詞、「べみ」は「べし」の語幹相当部分に接尾語「み」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
「ぬべし」(完了の助動詞ヌに推量の助動詞ベシのついたもの)のヌベに理由を表す助詞ミのついたもの(岩波古語辞典)、
とあり、
天飛(あまだ)む
軽嬢子(かるをとめ)いた泣かば人知り奴陪瀰(ヌベミ)幡舎(はさ)の山の鳩の下泣きに泣く(日本書紀)、
と、
……してしまうだろうから、
きっと……だろうから、
の意となる。この助詞、
み、
は、
采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風(かぜ)京を遠見(とほみ)いたづらに吹く(万葉集)、
瀬をはやみ岩にせかるる谷川の割れて末にもあはんとぞ思ふ(詞花和歌集)、
と使われ、
従来接尾語として説かれてきた「瀬を早み」「風をいたみ」などの「み」は、その機能から見て、接続助詞と考えたい。形容詞(まれに形容詞型活用の助動詞)の語幹につく。多く上に助動詞「を」を伴い、「……のゆえに」「……なので」の意で、原因・理由をあらわす(岩波古語辞典)、
(「名詞+を…み」「名詞…み」の形で)原因・理由を表わして連用修飾語となる。「…が…なので」「…が…だから」(精選版日本国語大辞典)、
とある。
ミ語法、
というのは、
形容詞や形容詞型活用の助動詞の語幹に接尾辞-mîを付けて連用修飾語となる、
もので、ひとつは、
道の後(しり)古波陀(こはだ)をとめは争はず寝(ね)しくをしぞもうるはし美(ミ)思ふ(古事記)、
玉鉾の道の神たち賂(まひ)はせむ我(あ)が思ふ君をなつかし美(ミ)せよ(万葉集)、
と、
あとに「思う」「する」などの動詞が続き、感情の内容を表現する連用修飾語を作る、
という使い方、いまひとつは、上述した、
(「名詞+を…み」「名詞…み」の形で)原因・理由を表わして連用修飾語となり、…が…なので。…が…だから、
の意を表す(https://sites.google.com/view/ojp-pumyinonori/・精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
聞きつやと君が問はせるほととぎすしののに濡れて此(こ)ゆ鳴き渡る(万葉集)
の、
聞きつやと君が問はせる、
は、
その声を聴いたかとあなたがお尋ねの、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
しののに濡れて、
は、
雨にびっしょり濡れて、
の意である(仝上)。
朝霧に之努努爾(シノノニ)濡れて呼子鳥(よぶこどり)三船(みふね)の山ゆ鳴き渡る見ゆ(万葉集)
では、
しとどに濡れて、
と訳す(仝上)。
しののに、
は、
びっしょりぬれているさま、
を表す語で(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
しっとりと、
ぐっしょりと、
しとどに、
じとじとに、
といった意になる(仝上・学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)。
しぬぬに、
と同義とされるが、
しぬぬに、
は、
朝霧に之努努爾(シノノニ)濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ(万葉集)、
とある、
「しののに」に当たる万葉仮名「努」などをヌと訓み誤って作られた語、
とあり(岩波古語辞典)、平安末期の歌学書『袖中抄(しゅうちゅうしょう)』(顕昭著)には、
しぬぬにぬれてとは、之怒怒と書きてしとどにぬれてともよみ、又しののにぬれてとも読めり、
とある。ただ、
しののに、
については、
びっしょり濡れそぼつさまというシトシトはシトト・シトドを経て、しのの(之怒怒)に転音した、
とする音韻変化に因るとする説もある(日本語の語源)。
似た例は、
しのに→しぬに、
がある。
しのに、
は、
淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情(こころ)も思努爾(シノニ)古(いにしへ)思ほゆ(万葉集)、
と、
草木のしおれなびくさま、
の意から、転じて、
心のしおれるさまなどを表わす語、
として、
しおれなびいて、
しおれて、
ぐったりと、
の意で使うが、この
しのに、
の「ノ」に当たる万葉仮名「怒」「努」「弩」などを「ヌ」とよんだところからできた、
しぬに、
がある。前出の歌学書『袖中抄』に、
近江の海夕なみちどりながなけば心もしぬにいにしへおもほゆ、顕昭云、心もしぬにとは、しのぶ心歟、
とある(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
上へ
ひぐらしは時と鳴けども片恋(かたこひ)にたわや女(め)我(あ)れは時わかず泣く(万葉集)
の、
時と、
は、
今が季節だと、
の意、
時わかず泣く、
は、
一日中泣き濡れている、
と訳し、
たわや女、
は、
か弱い女、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
時わかず、
は、
時分かず、
とあて、
時を定めない、
の意(広辞苑)で、
湯の原に鳴く葦田鶴(あしたづ)は我(あ)がごとく妹(いも)に恋ふれや時分かず鳴く(万葉集)、
と、
定まった時がない、いつと、きまっていない、
の意で、
時を定めず、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
時わかずず降れる雪かと見るまでに垣根もたわに咲ける卯の花(後撰和歌集)、
では、
季節の区別なく、
と訳す(水垣久訳注『後撰和歌集』)ように、
四季に関係ない、
いつの時季でも、
の意と、
時機、
と、
時季、
の二樣の意になるが、要は、
いつでも、
いつも、
の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。関連して、
夕月夜(ゆふづくよ)さすや丘べの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな(古今和歌集)、
と、
何時(いつ)とも分かず、
という言い方があり、
いつといって区別することもない、
いつというきまりもない、
いつでも、
の意である(仝上)。
春日野の浅茅が原に後(おく)れ居(い)て時ぞともなし(時其友無)我(あ)が恋ふらくは(万葉集)、
の、
時ぞともなし、
は、
いつがその時ともない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
いつという定まった時もない、
いつともきまっていない
いつも、
年がら年じゅう、
の意で(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
忘れ草我(わ)が紐に付く時となく思ひわたれば生(い)けりともなし(万葉集)、
の、
時となく、
も、
のべつまくなしに、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
いつという時を定めずに、
ひっきりなしに、
の意である(岩波古語辞典)。ただ、
時わかぬ五葉(ごえふ)の松のいつはあれど春一しほの緑をぞ見む(「雪玉集(1537頃)」)、
の、
何時(いつ)はあれど、
となると、
(「あれど」は「…の状態にあれど」の意。上の述語が省略された形)いつでもそうであるけれども、特に、
の意になり、
時不在(ときならず)過ぎにし子らが朝露のごと夕霧のごと(万葉集)、
の、
時ならず、
は、
その季節ではない、
時節に合わない、
季節はずれである、
意になる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
福家(ふけ)の人のないがしろなるけしきを聞くにも、心念念に動きて、時として安からず(方丈記)、
の、
時として、
は、
(打消の語を伴って)一刻も、少しの間も、常に、いかなる時も、
の意や、
ときとして咲つく花の色色をふるきまがきのいかにみゆらん(新撰六帖題和歌)、
と、
時によると、
たまに、
ときどき、
の意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
人、木石にあらねば、時に取りて物に感ずる事なきにあらず(徒然草)、
と、
時に取りて、
は、
場合によって、
の意となる。
名詞「とき」に助詞「に」の付いた、
時に、
は、
我も人も皆はちすの花のうへにゐたり。時に獄卒あきれあやしみて(法華修法「百座聞書抄(1110)」)、
と、
その時に、
の意だが、
時に病気になることがある、
のように、
場合によっては、
時々、
たまに、
の意や、
時に戦後の混乱期のさなかであった、
というように、
まさしくその時、
時あたかも、
の意となる(デジタル大辞泉)。
時めく、
は、
よい時機にあって声望を得、優遇される(岩波古語辞典)、
よい時に遭(あ)って全盛をほこる、よい時機にめぐりあって世間にもてはやされる(精選版日本国語大辞典)、
といった意味で使い、その派生で、
みささぎや、なにやときくに、ときめきたまへる人々、いかにと思ひやりきこゆるに、あはれなり(「蜻蛉日記(974頃)」)、
と、
主人・夫などから、特別に目をかけられる、
寵愛(ちょうあい)をうけて、はぶりがよくなる、
意や、
春宮に立たせ給ひなんと、世の人時明(トキメキ)あへりしに(太平記)、
と、
にぎやかにうわさする、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
時しもあれ、
は、
名詞「とき」+副助詞「しも」+ラ変動詞「あり」の已然形、
で(学研全訳古語辞典)、
あれ、
は、
動詞「有り」の已然形で、逆接条件を表わす、
とあり、
時がそんな(意想外の、望外の)時であるのに、
適当な時期は外にもあろうに、どうして
他に時もあろうに、まさにこの時、
ふさわしい時期がほかにあるだろうに、
時もあろうに折悪しく、
折も折とて、
折あしく、
等々といった意で使う(岩波古語辞典・広辞苑・瀬精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)が、
時もこそあれ、
ともいい、
略して、
ときし稀けふにしあへるもちがゆは松の千年に君もによとか(「順集(983頃)」)、
と、
時しまれ、
ともいう(仝上)。
時つ風、
の、
時つ、
の、
時、
は、
時刻、
の意(精選版日本国語大辞典)、
「つ」は「の」の意の格助詞、
で、名詞の上に付けて、
時つ海、
時つ國、
などと、
その時期にかなった、
その時にふさわしい、
などの意を表し(デジタル大辞泉)、ほめことばのように用いられる、
時じ、
は、
非時、
とも当てる(大言海)ように、
時となく、
とか、
時とてないように、
の意で、
わが宿のときじき藤(ふぢ)のめづらしく今も見てしか妹(いも)が笑(ゑ)まひを(万葉集)、
と、
季節外れの、
その時候でないところの、
その時でない、
の意(大言海・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)と、それを敷衍して、
小治田(おはりだ)の年魚道(あゆぢ)の水を間なくぞ人は汲むといふ時じくぞ人は飲むといふ(万葉集)、
と、
トキジクにて名詞となる、
とし(大言海)、
時ならず、
時かさだまっていない、
絶え間ない、
いつでもある、
といった意で使う(仝上)。ちなみに、
時知り顔、
は、
いと、ものすさましき年なるを、心やりて時しりがほなるも、あはれにこそ(源氏物語)、
と、
時節をわきまえたという顔つき、
また、
時を得たのを知りそれを誇るさま、
つまり、
時を得顔、
の意である(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
人言(ひとごと)は夏野の草の繁(しげ)くとも妹(いも)と我(あれ)としたづさはり寝(ね)ば(万葉集)
の、
人言(ひとごと)、
は、
人の噂、
人言は夏野の草の、
は、
助詞、繁くを起こす、
とあり、
たづさはり寝(ね)ば、
は、
下に、どうなろうとかまわぬの意を補う、
とあり、
(手を取り合って寝ることさえできたら)噂などにびくともするものか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
たづさはる、
は、
手に手を取り合って、
と訳す(仝上)。
とし、
は、
格助詞「と」+副助詞「し」(デジタル大辞泉)、
格助詞「と」または断定の助動詞「たり」の連用形の「と」に副助詞「し」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
風をだに恋ふるは羨(とも)し風をだに来(こ)む登時(トシ)待たば何か嘆かむ(万葉集)、
「と」を強めていう語、
である(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
としも、
という言い方もあるが、これは、
格助詞「と」に副助詞「し」、係助詞「も」の付いたもの、
で、
ながらふべきものとしも思う給へざりしかど(源氏物語)、
と、下に打消の表現を伴うことが多く、
……とも、
……ということも、
……というわけでも、
という意になる(精選版日本国語大辞典)。
たづさわる、
は、
携はる、
とあて、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で(学研全訳古語辞典)、
手障る意か(大言海)、
「タ(手)+つ+支ふの未然形+る」で、「手で支え続ける」です。手を取り持ちつづける、持っていく、従事する意。異説に、「手+つ+触る」説がありますが、サワル(触る)は不自然で、疑問(日本語源広辞典)、
とあるが、意味的には、
タ(手)+つ+支ふの未然形+る、
が妥当なのだろう。新撰字鏡(平安前期)に、
携・攜、兒比支井天由久(こひきゐてゆく)、
類聚名義抄(11〜12世紀)に、
攜・携、ヒサク・タヅサフ・タヅサハル・ウダク・ハナル・ヒク、
字鏡(平安後期頃)に、
携・攜、タモツ・ハナツ・タヅサハル・ハナル・タヅサフ・ヒサク・ウダフ(ク)・ヒク、
とある。
たづさはる、
は、冒頭のように、
(手などを)互いにとりあう、
たずさえる、
意や、
娘子(をとめ)らが
娘子さびすと韓玉(からたま)を手本(たもと)に巻かしよち子(同年輩)らと手づさはりて遊びけむ(万葉集)
と、
互いに手を組んでまつわりあう、
意で使う他に、この意が転じて、
うち靡(なび)く心もしのに思ふどち馬うち群れて多豆佐波理(タヅサハリ)出で立ち見れば射水川(いみずがは)(万葉集)、
と、
連れ立つ、
意、さらに、
弓矢にたづさわらん者、なにしかば我が身を思はん事は候はん(宇治拾遺物語)、
と、
直接関係する、
従事する、
意、
行客ここにたづさはりて、しばらく寄せ引く波間をうかがひて急ぎ通る(海道記)、
と、
かかずらう、
意、さらに、
白髪の老翁、杖にたづさはりて山によぢ登りけるが(古今著聞集)、
と、
(「杖(つえ)にたずさわる」の形で)杖にすがる、杖を支えとする、
意でも使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
「携」(漢音ケイ、呉音エ)の異体字は、
㩗(俗字)、擕(俗字)、攜(繁体字/本字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%90%BA)。字源は、
形声。雟(ケイ)は、もと、越の方言でつばめのこと。㩗は「手+音符雟」で、つないで連係すること。雟は、ここでは単に音を表す。携は、その略時、
とある(漢字源)。他も、
旧字は、形声。手と、音符雟(ケイ)とから成る。手にさげて持つ意を表す。常用漢字は省略形の俗字による(角川新字源)、
形声文字です(扌(手)+嶲)。「5本の指のある手」の象形と「草の芽生えの象形と尾の短いずんぐりした小鳥の象形と窓に光がさして明るいさまを表す象形」(「鳥の名(ほととぎす・つばめ)」の意味を表すが、ここでは「系(ケイ)」に通じ(同じ読みを持つ「系」と同じ意味を持つようになって)、「つなぐ」の意味)から、「手をつなぐ」、「たずさえる(さげもつ、身につける、引き連れる)」を意味する「携」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1606.html)、
形声。正字は攜に作り、雟(けい)声。雟は雟周、杜鵑(とけん)(ほととぎす)の異名とされる。雟の字形からいえば、台座に鳥を据(す)えている形。そのようにして鳥を携え、鳥占(とりうら)をしたのであろう。ゆえに提携の意となる。〔説文〕十二上に「提なり」とみえる。〔左伝、僖七年〕「攜(はな)れたるを招くに禮を以てす」のように攜を弐の意に用いるのは忄+雟の仮借義(字通)、
と、いずれも形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
|