ホーム 全体の概観 侃侃諤諤 Idea Board 発想トレーニング skill辞典 マネジメント コトバの辞典 文芸評論


コトバ辞典


ゐる


「ゐ(い)る」は、

居る、

と当てるが、

動くものが一つの場所に存在する意、現代語では動くと意識したものが存在する意で用い、意識しないものが存在する意の「ある」と使い分ける、

とある(広辞苑)。「ある」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/467053373.html?1616713488)は、

ものごとの存在が認識される。もともとは、人・動物も含めその存在を著したが、現代語では、動きを意識しないものの存在に用い、動きを意識して「いる」と使い分ける。人でも、存在だけをいう時には「多くの賛成者がある」のように「ある」ともいう、

とある(広辞苑)。「ある」は、

空間的時間的に存在し持続する意が根本で、それから転じて、…ニアリ、…トアリの形で、…であるという陳述を表す点では英語のbe動詞に似ている。ニアリは後に指定の動詞ナリとなり、トアリは指定の助動詞タリとなった。また完了を表すツの連用形テとアリの結合から助動詞タリ、動詞連用形にアリが結合して(例えば、咲キアリ→咲ケリ)完了・持続の助動詞リ、またナリ・ナシ(鳴)の語幹ナ(音)とアリの結合によって伝聞の助動詞ナリが派生した、

とあり(岩波古語辞典)、漢字の「在」と「有」が、

「有」は、無に対して用ふ、
「在」は、没または去と対す、

と使い分ける(字源)が、

語形上、アレ(生)・アラハレ(現)などと関係があり、それらと共通なarという語幹を持つ。arは出生・出現を意味する語根。日本人の物の考え方では物の存在することを、成り出る、出現するという意味でとらえる傾向が古代にさかのぼるほど強いので、アリの語根も、そのarであろうと考えられ……る、

と(岩波古語辞典)、和語「ある」は、「有」、「在」の意味をともに持つ。

「ゐる」は、

立つの対、

とあり(仝上)、

すわる意、類義語ヲリ(居)は、居る動作を持続し続ける意で、自己の動作ならば卑下謙譲、他人の動作ならば蔑視の意がこもっている、

とある(「立つ」http://ppnetwork.seesaa.net/archives/20140615-1.htmlについては触れた)。

「居る」は、上記のように、

を(お)る、

とも訓ませるが、「を(お)る」は、

をり(居)の転、

であり(大言海)、「をり」は、

居有(ゐあ)りの転(大言海)、
坐(ゐ)有りの転(岩波古語辞典)、

等々、当てる字は違うが、

「ゐる」と「ある」との結合したもの、本来「ゐる」はある場所にすわること、「ある」は、継続存在することを意味する、

と(日本語源大辞典)、

そこにずっといる、

意で、

人がじっと坐り続けている意、転じて、ある動作をし続ける意、奈良時代には、自己の動作について使うのが大部分で、平安時代以後は、例が少なく、自己の動作の他、従者・侍女・乞食・動物などの動作に使うのがほとんどを占めている。低い姿勢を保つところから、自己の動作については卑下、他人の動作については、蔑視の気持をこめて使う。中世以後、四段に活用、

とある(岩波古語辞典)。

さて、この「ゐる」は、

「ヰ・ウ(居)」、つまり動かないさま、

が語源(日本語源広辞典)、とある。岩波古語辞典は、「ゐ」に、

居、
坐、

を当てて、

立つの対、すわる意、

とする。

動かないさま、

が語源、

住む、止まる、集まる、坐るが「居る」の語源、

とある(日本語源広辞典)。これだと分かりにくいが、

もとは動かぬ意のヰルが、転じて住む、止まる、集(ゐ)る、坐るの義に広がった、

のであり(日本語源大辞典)、「ゐ」に、

居、
坐、

を当て(岩波古語辞典)、

じっと動かないでいる、低い姿勢で静かにしているのをいうのが原義、

なので(デジタル大辞泉)、

「立ち」の対、

とする(岩波古語辞典)のはその故である。だから、

もとは、動かぬ意のヰルが、転じて住む、止まる、集(ゐ)る、坐るなどの義に広がった(国語の語根とその分類=大島正健・豆の葉と太陽=柳田國男)、

といった語源説になる。

「ゐる」に当てる「居」(漢音キョ、呉音コ)は、

会意兼形声。「尸(しり)+音符古(=固、固定させる、すえる)」で、台上にしりを乗せて、腰を落ち着けること。踞(キョ 尻をおろして構える)の原字、

とある(漢字源)。別に、

形声文字です(尸+古)。「腰掛ける人」の象形と「固いかぶと」の象形(「古い」意味だが、ここでは「固(コ)」に通じ(同じ読みを持つ「固」と同じ意味を持つようになって)、「しっかりする」の意味)から、しっかり座るを意味し、そこから、「いる」を意味する「居」という漢字が成り立ちました、

とする解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji888.html

「坐」(漢音サ、呉音ザ)は、

会意。「人+人+土」で、人が地上に尻をつけることを示す。すわって身丈を短くする意、

とある(漢字源)。別に、

会意文字です(人+人+土)。「向かい合う人の象形と、土地の神を祭る為に柱状に固めた土の象形(「土」の意味)」から、向かい合う2人が土にひざをつけて「すわる」を意味する「坐」という漢字が成り立ちました、

とする解釈もあるhttps://okjiten.jp/kanji2404.html

なお、入る、要る、炒る、煎る、射る、鋳る、率る、沃る等々と当てる「いる」については「いる」http://ppnetwork.seesaa.net/article/450380300.html?1616486835で触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

上へ


苞豆腐


「苞豆腐(つとどうふ)」は、

水切りした豆腐をすりつぶし、棒状にして、わらづとなどに入れ、固く締めて蒸したもの、

とあり(広辞苑)、

菰(こも)豆腐、

とも(仝上)、

しの豆腐、

ともいう(たべもの語源辞典)、とある。というのは、

わらの他にイグサやシノなどを束ねたつとを使うから、

とあるhttps://kondate.oisiiryouri.com/japanese-food-tsutodoufu/

「苞豆腐」には、

豆腐の水をよく絞ってから、甘酒をすりまぜ、棒のようにして、竹簀(タケス)で巻いたものを蒸し、小口切りにして出す、

あるいは、

豆腐一丁に、つくね芋をひとかぶおろして、豆腐の水気をよくしぼったものとすり合わせ、小麦粉を少し交ぜ、藁に巻き、湯煮してから煮しめ、切って用いる、

あるいは、

豆腐を絞って、葛粉をいれて、すり鉢ですって、布に包んで苞に包み、蒸してから、苞を採って生醬油で煮る、油で揚げることもある、

あるいは、

豆腐を手で崩して、納豆苞の中に詰めて、藁できっちり結び、塩を加えた湯の中でよく煮る。さめたところで取り出して、小口きりにする。それを出し、砂糖・醤油で煮ふくめ、煮汁の中に加える、

等々、さまざまな作り方、利用法がある(仝上)。

「苞」は、

苞苴、

とも当て(「苞苴」は「ほうしょ」とも訓む。意味は同じ)、

わらなどを束ねて物を包んだもの、

で、

藁苞(わらづと)、
荒巻(あらまき 「苞苴」「新巻」とも当てる)、

とも言う(広辞苑)が、「苞」には、

土産、

の意味がある(広辞苑)のは、

歩いて持ってくるのに便利なように包んできたから、

という(たべもの語源辞典)。土産の意では、

家苞(いえづと)、

ともいう(広辞苑)。「苞」は、また、

すぼづと、

ともいう(たべもの語源辞典)が、

スボというのはスボミたる形から呼ばれた、

かららしい(仝上)。

「苞」(つと)は、「つつむ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/467683799.htmlで触れたことだが、

ツツム(包)のツツと同根、包んだものの意、

とある(岩波古語辞典)。

包(ツツ)の転(大言海)、
ツツムの語幹、ツツの変化(日本語源広辞典)、

と、「つつむ」とつながる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

上へ


菜の花


「菜の花」は、

アブラナ(油菜)、ナタネナ(菜種菜)、ハナナ(花菜)、

と呼ぶ、

アブラナ科アブラナ属の花の総称、

を指す(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%9C%E3%81%AE%E8%8A%B1・広辞苑・たべもの語源辞典)が、特に、

アブラナまたはセイヨウアブラナ、

の別名としても用いられる(仝上)。花びらが4枚で十文字に咲くことから、

十字花科植物の花、

とも呼ばれる、

アブラ菜、コマツ菜、カブ、白菜、キャベツ、チンゲン菜、ブロッコリー、カリフラワー、葉牡丹、大根、カラシナ、ザーサイ、

等々、普段は花が咲く前に収穫されるが、種子を採るため、または放置されたまま成長を続けると花が咲いてくる。
アブラナ属以外のアブラナ科の植物には白や紫の花を咲かせるものがあるが、これを指して「白い菜の花」「ダイコンの菜の花」という(仝上)、とある。

「菜」は、

葉・茎などを食用とする草本類の総称、

であり(広辞苑)、特に、

総菜、

というように、

副食物とする草の総称、

とされる(日本語源大辞典)。最古の部首別漢字字典(100年)『説文解字』に、

草可食者、曰菜、

とある。

「菜」(サイ)は、

会意兼形声。「艸+音符采(=採 サイ、つみとる)」。つみなのこと、

とあり(漢字源)、「食用とする草本類」「あぶらな」「副食物」と、ほぼ和語の「な」の使い方と重なる。

しかし、「肴」http://ppnetwork.seesaa.net/article/477167042.htmlで触れたように、和語「な」は、

菜、
肴、
魚、

を当てた。「さかな」の語源が、

酒菜(さかな)の意、

とされるように(広辞苑)、「な(肴・菜)」は、平安時代から使われ、

サカは酒、ナは食用の魚菜の総称(岩波古語辞典)、
酒+ナ(穀物以外の副食物)、ナは惣菜の意(日本語源広辞典)、
「菜」(な)は、副食物のことを指し、酒に添える料理(酒に添える副菜)を「酒のな」と呼び、これが、なまって 「酒な」となり、「肴」となったhttp://hac.cside.com/manner/6shou/14setu.html
「酒菜」から。もともと副食を「な」といい、「菜」「魚」「肴」の字をあてていた。酒のための「な(おかず)」という意味である。「さかな」という音からは魚介類が想像されるかもしれないが、酒席で食される食品であれば、肴となるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%B4

等々と、「な(肴)」も「な(菜)」も、

食用とする魚菜の総称(大言海)、

の意で、

酒を飲むとき、副食(アハセ)とするもの、魚、菜の、調理したるもの、其外、すべてを云う、

とされた(仝上)が、いま「肴(さかな)」は、

今、専ら、魚を云ふ、

ようになり、「菜」は、

草本類、

を指すように分化した。

だから、「な(菜)」は、

肴(な)と同源、

であり(広辞苑)、「菜」と「肴」と漢字をあてわけるまでは、

な、

で、

野菜・魚・鳥獣などの副食物、

を全て指し、

さい、
おかず、

の意であった(岩波古語辞典)。かつては、

おめぐり、
あわせもの、

とも言った。「あわせもの」は、

飯に合わせて食うことから、

いう(日本食生活史)。古今著聞集に、

麦飯に鰯あはせに、只今調達すべきよし、

とある(仝上)。

「菜」の字を当てることで、「菜(な)」は、

葉・茎・根などの食用とする草木、

と分離し、今日では、「菜」(な)は、

あぶらな類の葉菜、

に限定するようになる(広辞苑)。そして、

魚類のことを「さかな」と呼ぶのは、肴から転じた言葉であり、酒の肴には魚介類料理が多く使用されたためである。古くは「うを」(後に「うお」)と呼んでいたが、江戸時代頃から「さかな」と呼ぶようになった、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%B4

「な」は、だから、「な(肴)」の語源も、たとえば、

ナム(嘗)の義(大言海)、

「な(菜)」の語源も、

ナム(嘗)の義(日本釈名・和訓栞・大言海)、

「な(魚)」の語源も、

ナム(嘗)の義(大言海)、

等々同じになる。「な(菜)」の語源が、

肴(な)、

で、「な(肴)」の語源が、

菜(な)(言元梯)、

でもおかしくはない。

因みに「菜の花」は晩春の季語、

菜の花や 月は東に日は西に(蕪村)
なの花にうしろ下りの住居かな(一茶)

等々があるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%9C%E3%81%AE%E8%8A%B1

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

上へ


すっぽん煮


「すっぽん煮」というものがあるらしい。

鼈煮、

と当て、本来は、

スッポンを煮たもの、

を指したが、

ナマズ、エイなどを濃厚な味の汁でささがき牛蒡などと共に似て、スッポンの味に似せたもの、

を意味し、

すっぽんもどき、

ともいう(広辞苑)、とある。どちらかというと、「鼈煮」を、

すっぽんもどき、

と呼び、

スッポンの味に似せた煮物の一種。ぶつ切りの魚を油でいり、酒・みりん・醤油・砂糖で味付けし、ネギ、ゴボウなどとともに煮て、ショウガの絞り汁をふりかける。魚はナマズ、アカエイ、コチ、オコゼなど白身のものが多く用いられる。本来はスッポンの脂を使用、

とある(百科事典マイペディア)ところをみると、「鼈煮」に似せたものを、

鼈煮、

と呼んでいる気配である。

すっぽんは生臭いため、煮込み料理を作る際、大量の日本酒と生姜汁を使って仕立てます。そこから転じて、たっぷりのお酒でコクのある味に仕立てた煮込み料理を「すっぽん煮」と呼ぶようになりました、

とあるhttps://jp.sake-times.com/enjoy/food/sake_g_cooking_suppon。で、「すっぽん煮」の具材は、すっぽんに限らず、

弱火でじっくり煮込むということで、長時間煮込んでもぱさつきにくい、ゼラチン質の多い素材に適した料理法、

とある(仝上)。もちろん、「すっぽん」そのものを使い、

スッポンは、おろしたあと霜降りをして薄皮を丁寧にむき取り、油で炒めたり、揚げたりしたものを酒、醤油、砂糖、みりんなどで煮つめます。そして、仕上げに搾りしょうがを加える、

とあるhttps://cookpad.com/cooking_basics/7118が、

骨付きの鶏肉やうずら肉を使う場合が多い、

とある(仝上)。因みに、「霜降り」とは、

肉や魚などを調味する前に、沸騰したお湯にさっと通すか熱湯をかけることで、素材のもつ臭みを抜くこと。身をしめてうまみを逃げにくくなる効果もあります、

とあるhttps://cookpad.com/cooking_basics/7118

ただ、「すっぽん煮」には、

ナマコの料理に「すっぽう」という煮方があり、このすっぽう煮が「すっぽん煮」と混同した、

とする説がある(たべもの語源辞典)。

「煮しめ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/480533264.htmlで触れたが、すっぽん料理には、「筑前煮」の別名とされる、

がめ煮、

がある。これは、秀吉が、文禄元年(1592)に、

博多の入江や沢にスッポンが多くいたので、これと野菜を一緒に煮て食べた、

らしいが、スッポンは川龜、またはドロガメというので、

ガメ煮、

といった(たべもの語源辞典)、とある。後には、スッポンの代わりに鶏肉を使い、

人参や牛蒡ヤコンニャクや筍などを甘煮(うま煮)にするようになった、

とある(仝上)。ただ、「がめ煮」については、

筑前煮同様、鶏肉と野菜などを炒めてから甘辛く煮た福岡県の郷土料理、

ではあるが、

「寄せ集めの」という意味を持つ方言「がめくり込む」から来ているという説、

もあり、一般には、がめ煮は、

骨付きの鶏肉、

使うhttps://delishkitchen.tv/articles/407、ともある。「鼈煮」との違いは、「がめ煮」が、

具材を全て炒める、

ところにあるのかもしれないが、時代によって変化し、「鼈煮」も、

魚類を濃いつゆで煮た物から、魚類をごま油で揚げて、調味料で煮たものになった、

とある(たべもの語源辞典)ので、違いは、具の違いなど微妙になってきている。

なお、「鼈(すっぽん)」については「月と鼈」http://ppnetwork.seesaa.net/article/470570777.htmlで触れた。

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

上へ


スッポン


「スッポン」は、

鼈、

の意であるが、これに準えた、

歌舞伎の舞台で、花道の七三(しちさん)に設けた切穴(きりあな)、

を指し、

奈落から花道へ役者をせり上げるためのもの、

をいう(広辞苑・江戸語大辞典)。「七三」とは、

「七三」とは揚幕(楽屋の出入り口にかかる幕)から七分、本舞台から三分の位置のこと、

で(http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/suppon.htm・広辞苑)、ここで、見得を切ったりする(広辞苑)。「奈落」は、花道の下や舞台の床下の地下室。回り舞台やせり出しの装置がある(仝上)。「七三」の位置は、

現在は舞台から3分、揚幕から7分(実際にはもっと舞台に近い)となっているが、古くは揚幕から3分の位置だったといわれる。花道にある〈スッポン〉は原則として人間以外の精や霊、妖怪、怨霊、忍術使いなどの出入りに用いる〈セリ上げ〉〈セリ下げ〉の機構である。すなわち、花道を歩かせない形で、効果的、印象的に役者を出没させるために案出されたものにほかならない、

とある(世界大百科事典)。人間以外の精や霊、妖怪、怨霊、忍術使いなどの役には、共通点があり、

人間離れしているか空想の生き物であるということです。これらはスッポンを使ってせり上がり、頭から徐々に登場してきます。場面によっては出たり退いたりする際に、スッポンから煙を出すこともあります。そうすることで、怪しさがさらに増すのです、

とあるhttps://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1174

こうした舞台機構は、宝暦年間(1751‐64)に、改新的な数々の技術改革が開発され、

セリ上げ(1753)、
(狂言作者並木正三による)回り舞台(1758)の発明、

につづいて、

スッポン(1759)、
がんどう返し(1761)、

が考案され、

舞台上の破風屋根を除去(1761)、
目付柱・脇柱の撤去(1761)、

明和期(1764〜72)には、

引割り(部隊の大舞台を左右へ引き込んで、次の場面に転換させること)、

寛政元年(1789)には、

田楽返し(舞台背景の襖などの中央に田楽豆腐の串のような棒を貫き、これを回転させて背景を変化させる)、

が創案されて、歌舞伎の演出上多彩な展開を可能とした(仝上・世界大百科事典)、とある。「スッポン」は、そうした舞台装置考案の一つである。

「月と鼈」http://ppnetwork.seesaa.net/article/470570777.htmlで触れたが、この「スッポン」は、

切穴から出るとき、演者が首から出るので亀の首を想像して付けられたか、

また、

床面が龜甲形だから、

とも、

床板のはまるときスポンと音がすることから、

ともいう、とあり(演劇百科大事典)、「鼈」と関わっている。

「鼈(すっぽん)」は、「月と鼈」http://ppnetwork.seesaa.net/article/470570777.htmlで触れたように、中国では、

団魚、

と呼ばれ、日本では、

土亀、
泥龜、
川龜、

等々とも呼ぶ(各地で、ガメ・ドウガメ・ドンガメ・ドヂ・ドチ・トチとも)。

和語「すっぽん」の語源は、

スボンボの轉。或いは、葡萄牙語也と云ふ説もあり(大言海)、
鳴き声がスンスボンと聞こえるから(瓦礫雜考・三余叢談・俚言集覧・名言通)、

等々がある。川柳に、

すっぽんの名は飛び込んだ時に附け、

とあるらしく、すっぽんが水の中に飛び込んだ時、

スッポン、

という音がした、という説に由来しているとするが、鳴き声が、スッポンスッポン、と聞こえるとするのは、

亀はポンポンと鼓の音のように鳴くという。「亀の看経(かんきん)」といって、亀の鳴き声は初めは雨だれ拍子で、次第に急になり、俗に責念仏(せめねんぶつ)といわれる。スッポンの鳴声も間遠にスポンスポンと聞こえる。いずれも夜になって聞こえる、

とある(たべもの語源辞典)のによる。大言海の「スボンホ」は、その転訛であるとも思われる。この他、

すぽむ+ぼ(もの)、

と首をすくめる擬態からとする説(日本語源広辞典)もあるが、やはり「擬音」で、よさそうである。

「スッポン」の由来が、「亀」ではなく「鼈」としたのは、音に由来するならわかるが、そうでないとすると、「カメ」では語感が間が抜けるせいだろうか。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

上へ


なか


「なか」は、

中、
仲、
央、

等々と当てる。「なか」の古形は、

な、

で、

三国の坂、中井(なゐ)に聘(むか)へて(書紀)、



他の語につき複合語をつくる、

とある(岩波古語辞典)。

中處(なか)の義、ナに中(チュウ)の意あり、

とある(大言海)のは、同趣旨である。で、

古くはナだけで中の意。カはアリカ・スミカのカと同じで、地点・所の意。原義は層をなすもの、並立するもの、長さのあるものなどを三つに分け、その両端ではない中間にあたる所の意。空間的には、上下、左右、または前後の中間。時間的な経過については、その途中、最中。さらに使い方が、平面的なとらえ方にも広まり、一定の区域や範囲の内側、物の内部の意を表すに至って、ウチと意味が接近してくる、

とある(岩波古語辞典)。「うち」http://ppnetwork.seesaa.net/article/452986493.html?1616905983で触れたように、「うち」は、

うち(うつ)⇔そと(と)・ほか、

と対比され、

古形ウツ(内)の転。自分を中心にして、自分に親近な区域として、自分からある距離のところを心理的に仕切った線の手前。また囲って覆いをした部分。そこは、人に見せず立ち入らせず、その人が自由に動ける領域で、その線の向こうの、疎遠と認める区域とは全然別の取り扱いをする。はじめ場所についていい、後に時間や数量についても使うように広まった。ウチは、中心となる人の力で包み込んでいる範囲という気持ちが強く、類義語ナカ(中)が、単に上中下の中を意味して、物と物とに挿まれている間のところを指したのと相違していた。古くは『と(外)』と対にして使い、中世以後『そと』または『ほか』と対する、

とある(仝上)ように、「うち」は、

外(そと)の反。内、
外(ほか)の反。物事の露わならぬ方。ウラ、
あひだ。間、
それより下。以内、以下、

等々という「うち」の意味が、その意味のメタファとして、

内裏、禁中、
主上の尊称。うへ、
家の内、
味方、
心の内、

と、

中心となる人の力で包み込んでいる範囲、という気持ちが強い、

のに対して、「なか」が、

物と物とに挿まれている間のところ、

を指した。ただ、「なか」も、

空間的に、上中下の中、両端でない所(真中)、物と物の間、ある区間の端でない所、
時間的に、始めと終わりの中間、途中、最中、中旬、まるまるの日数・月数、時間の流れの中のその頃、
うち(内)の意味に近づいて、内部、内心、ある区間の範囲内、

と意味が変化し、その「間」という含意をメタファに、

二人の間、同類、間柄、

といった意味でも使う(仝上)。この場合、

仲、

を当てる(広辞苑・日本語源大辞典)。原義は、

上(ほ)つ枝は天を覆(お)へり、中つ枝は東(あづま)を覆へり、下(し)づ枝は鄙(ひな)を覆へり(古事記)、
夕へになればいざ寝よと手をたづさはり父母もうへはな離(さか)り三枝(さきくさ)の中にを寝むと(山上憶良)、

等々と見えるところから見て、

層をなすもの、並立するもの、長さのあるものなどを三つに分け、その両端ではない中間にあたる所、

の意が強かったものと推測される。ただ、「なか」の「な」が何から由来するかは、「なか」の語源、

並ぶものの中間の位置を言うところから、並處の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
二つの物の間を意味するところから、両者が隔たることナカレ(勿)の義(名言通)、
マカ(間所)の義(言元梯)、

等々の諸説からは見当がつかない。ただ、憶説ながら、

並ぶ、

と関係あるのかもしれない。「並ぶ」は、

並(な)むの延、

とあり(大言海)、「並ぶ」は、

二つのものがそろって位置している意が原義、

だが(岩波古語辞典)、「並む」は、

三つ以上のものが凹凸なく横に並ぶ、

意とある(仝上)。この「並む」の語幹「な」ではないか、たとえば、

並む處(なむか)→並處(なか)、

というように転訛したというような。勿論憶説であるが。

「なか」に当てる漢字「中」(チュウ)は、

象形。もとの字は、旗竿を枠の真ん中につきとおした姿を描いたもので、真ん中の意を表す、また、真ん中を突きとおすの意をも含む。仲、衷の音符となる、

とあり(漢字源)、別の解釈では、

指事文字です。 「軍の中央に立てる旗」の象形から「うち」を意味する「中」という漢字が成り立ちました、との説もあるhttps://okjiten.jp/kanji121.htmlが、「中」は、

中外、

と、「ものの内側」の意であり、「内」の意に近いが、そこから、物の真ん中、進行している最中、子や兄弟の間、心の中、という意味を持つ。位置関係よりは、「内側」の意がもともと強いと見えるが、

中は、矢の的に中る義。百発百中と用ふ。転じて、広く的中する義とす。家語「孔子聖賢、其所刺譏、皆中諸侯之病」、又そこなひあてらるる義に用ふ。「中暑」「中酒」、

とある(字源)ところをみると、

まんなか、中央、

という原義のようである。

「仲」(漢音チュウ、呉音ジュウ)は、

会意兼形声。「人+音符中(真ん中)」、

で(漢字源)、まさに、人の関係に当てた字で、

兄弟の序列で、中に当たる人、

の意である。兄弟を年齢の上の者から、

伯・中・叔・季(または、孟・仲・季)、

という(漢字源)。これを季節に当て、春夏秋冬それぞれを三分して、たとえば、

孟春・仲春・季春、

という。

「央」(漢音オウ、呉音ヨウ)は、

会意。大の字にたった人間の真ん中にある首の部分を枷で押さえ込んださま。また、人間の頭の真ん中を押し下げた形と考えてもよい。真ん中、真ん中を押さえつける意を含む、

とある(漢字源)が、別に、

会意(藤堂)。大(ひと)+しるし。大の字に立ったひとの真ん中にしるしをつけたもの、

ともhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%A4%AE

象形文字です。「首かせをつけられた人」の象形で、人の首が首かせの中央にある事から「まんなか」を意味する「央」という漢字が成り立ちました、

ともあるhttps://okjiten.jp/kanji463.html。いずれも、首の位置から言っているようだ。

なお、「うえ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463565088.html、「かみ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463581144.html、「した」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463595980.html、「しも」http://ppnetwork.seesaa.net/article/463610265.html?1616905179、については、それぞれ触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

上へ


せんろっぽ


「せんろっぽ」は、

繊蘿蔔、

と当てるが、

千六本、
繊六本、

と当てたため、

せんろっぽん、
せろっぽう、

等々ともいう。「蘿蔔」は、「すずしろ」http://ppnetwork.seesaa.net/article/465194822.htmlで触れたように、

蘿蔔(ラフク)、

は、漢名である。

蘿菔(ラフク)、

とも書く(字源)。

「蘿蔔」は、

ロフ(広辞苑・大言海)、
ラフク(たべもの語源辞典)、
ラフ(精選版日本国語大辞典)、

等々と表記されるが、『易林本節用集』(1597)には、

らふく(蘿蔔)、

とある(精選版日本国語大辞典)。

中国でロープと訓まれた。千切りにした大根を北京語でセンロープといった。それが訛って千六本といわれた、

とある(たべもの語源辞典)。

「せんろっぽ」は、従って、漢名の、

センロフ(繊蘿蔔)の転、

とある(広辞苑・大言海)。ただ、

センロフ→センロッポ、
センラフ→センロッポ、
センラフク→センロッポ、

のいずれにせよ、転訛しにくいと見えるが、「繊蘿蔔」を、

唐音「せんろうぽ」の音変化(デジタル大辞泉)、
せんろふを唐音で訓んだ(日本語源大辞典)、
北京語で発音すると、センロウプ(たべもの語源辞典)、

等々と、漢語の発音のいずれかの転訛とみられる。日本人の大根の千切りを見て帰化僧が、

センロウプ、

と呼んだところから、大根の千切りを、そう呼び始めた(たべもの語源辞典)、ともある。室町時代の『下学集』(1444)には、「繊蘿蔔」を、

センロフ、

とふり仮名されている(仝上)。いつ、

センロウプ→センロフ→センロッポ、

に転訛したかははっきりしないが、「かた言」(1650)には、

ほそくきざみてうじたるを繊蘿蔔(せんろふ)と申すを、せろっぽんと云は、いかが、

とあり(精選版日本国語大辞典)、転訛であることを承知していた、とみられる。

ただ、異説に、

中国料理の料理法でハリのように細く大根を切る「鍼蘿蔔(チェンロープ)」から、

とするものもあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%8A%E5%88%87%E3%82%8A。これだと、「セン」ではなく、

チェンロープ→センロッポ、

という転訛ということになる。

なお、昭和初期まで、東京の主婦は、

「今朝のおみおつけのみは、せんろっぽよ」

という会話をしており、「せんろっぽ」が大根の千切りであることを承知していた、とある(たべもの語源辞典)。

平安期の「和名抄」は、

〈葍〉〈蘿菔〉の字をあて、俗に大根の二字を用う、

とある(世界大百科事典)が、近世以前は、どんな味付けをして食べていたものか、ほとんど知る手がかりがない(仝上)、とある。

また、「庭訓往来」には、

菜者、繊蘿蔔、煮染午房、

とある(大言海)。

従って、「千切り」にも、

千切り、

とともに、

繊切り、

とも当てる。

漢字「繊(纖)」(セン)は、

会意兼形声。韱(セン)は、小さく切るの意を含む。纖はそれを音符とし、糸を加えた字、

とあり(漢字源)、「繊細」「繊維」というように、細い意で、別に、

会意兼形声文字です(糸+韱)。「より糸」の象形と「刃のついた矛の象形と人の象形(「みじん切りにする」の意味)と地上に群がり生え揃った、にらの象形」(「みじん切りにしたような山にら」の意味)から、「細くてよわよわしい糸」を意味する「繊」という漢字が成り立ちました、

とありhttps://okjiten.jp/kanji1850.html、「韱」の由来がよくわかる。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

上へ


笑止


「笑止」は、

笑止千万、

などと使う。「千万」は、

無礼千万、
後悔千万、
迷惑千万、

等々と、

形容動詞の語幹や性質・状態を表す体言に付いて、その程度がはなはだしいという意を添える、

が、「千万」自体は、

センバンマウシタイコトナレド(日葡辞書)、

のように、

数量の多いこと、

の意や、

千万砕く気の働き(浄瑠璃「生玉心中」)、

のように、

状態のさまざまなさま、

の意(広辞苑)や、

是は千万蒐合 (かけあひ) の軍 (いくさ) にうち負くる事あらば(「太平記」)、

のように、

万が一にも、

の意でも使われた(デジタル大辞泉)。

「笑止千万」は、

甚だ気の毒なこと、
あるいは、
笑うべきこと、

と、

同情

ばかばかしい、

と、相手に寄り添う気持ちと突き放す気持ちと、意味に幅がある。

これは、「笑止」自体の意味の幅が大きいことによる。たとえば、

たいへんなこと(弁内侍日記「笑止の候ふ、皇后宮の御方に火の、といふ」)、
困ったこと、苦しいこと、悲しいこと(謡曲・鉢木「あら笑止や候。さらばお帰りを待ち申しそうずるにて候」)、
他に対する気の毒な気持ちをあらわす(天草本・平家「女院、二位殿に憂き目を見せまらせうずるも笑止なれば」)、
気の毒やら、おかしいやらといった気持ちをあらわす(虎明本狂言・柿山伏「やれやれ笑止や、鳶と思うたればそなたか、と云て笑ふ」)、
おかしいこと、滑稽千万(咄・昨日は今日「言語道断、これ程おかしう、笑止なる事はあるまい」)、
恥ずかしく思うこと(浄瑠璃・一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)「ほんにまあわしとした事が、始めての付け合ひになめたらしい、ヲヲー笑止と、袖震ふさへ廓めかし」)、

等々と意味の幅がある(広辞苑・岩波古語辞典)。しかし、どうやら、

相手の状態に対する、

(「たいへん」という)状態表現から、その状態への、

(「こまったこと」という事態への)感情表現となり、その、

気の毒、
とか、
おかしい、

という感情自体の価値表現へと転換していく、という流れに見える。多くは、他者に対する表現だが、それが、自分自身に向けられると、「恥ずかしい」のように、

(相手が)気の毒、おかしい→(自分が)気の毒、おかしい→恥ずかしい、

という意味の転換が起きている場合がある。

しかし、多くは、その意味の幅の中に、

笑止なれども、京へ上ってたもれ(天草本狂言六義・若和布)、

というように、「笑止」には、相手に対する、

気の毒、

という気持ちがある。だから、本来、

気の毒やら、おかしいやらといった気持ち、

が、含意としてあるのではないか、と思えてならない。だから、

笑も止まる意か、

とし、

他人の、人笑いとなるを、気の毒と思ふこと、片腹痛きこと、

とするのが(大言海)、的確だと思える。「片腹痛い」http://ppnetwork.seesaa.net/article/462187823.htmlで触れたように、「片腹痛い」は、

傍ら痛い、

であり、室町末期の『日葡辞典』に、「カタハライタイ」と載り、

傍らにいて心が痛む、

意であり、

気の毒である、
傍で見ていて、嫌な気がする(源氏・桐壷「うへ人、女房などはかたはらいたしと、聞きけり」、「かたはらいたきもの、よくも音弾きとどめぬ琴を、よく調べで、心の限り弾きたてる」)

の意と、

きまりが悪い、
はずかしい(源氏・柏木「かたはらいたうて、御いらへなどをだにえし給はねば」)、

と、ほぼ「笑止」の意味の範囲と重なる。つまり、「笑止」は、

傍ら痛い、

と同じく、人の状態の、

気の毒ながら、おかしい、

という気持ちを言い表している。そう考えると、

「笑止」は当て字、「勝事」の転で、本来普通でないことの意(広辞苑・岩波古語辞典)、
「勝事」からか(デジタル大辞泉)、
「勝事」が語源、すぐれたこと、まれなことの意(日本語源広辞典)、

とするのは如何なものか。

室町以降、笑止と当てられ、笑も止まるほどのこと、困ったこと、気の毒なこと、わらうべきこと、等と意味が変遷した、

とする(日本語源広辞典)のは、十三世紀前期に、

今度の御座に笑止数多(あまた)あり。先法皇の御験者、次に后御産の時御殿の棟より甑(こしき)を転かす事あり(高野本平家)、

と、「笑止」使われており、根拠がない(精選版日本国語大辞典)。むしろ、中世末の易林本節用集(1597)に、

勝事 シャウシ 笑止、

とあることは、これが「笑止」の語源ではなく、中世には、「笑止」がそう解釈されていただけなのではないか。高野本平家では、

今度の御産に勝事あまたあり、

となっており、「勝事」と表記されている(仝上)とされる。これは、

「勝」と「笑」とは本来「ショウ」「セウ」として別音であるが、平安時代末にはその発音上の区別は失われていたと考えられる、

ためである(仝上)。「高野本」は、もとになった、応安四年(1371年)の、

覚一本http://www6.plala.or.jp/HEIKE-RAISAN/zenshoudan/shohon.html#kakuichi

を室町末期に写本した、とされるhttp://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/Publish_db/1996Moji/04/4401.html。とすれば、「笑止」は「勝事」という通念ができた室町期による表記なのではないのか、という気がする。もちろん、素人の憶説だが、ただ、

ショウジ(笑事)をショウシ(笑止)というのは強化例である、

との説もある(日本語の語源)。「笑」=「勝」とするのは如何だろうか。

なお、漢字「笑」については「笑」http://ppnetwork.seesaa.net/article/402589627.htmlで、「わらう」http://ppnetwork.seesaa.net/article/449655852.htmlhttp://ppnetwork.seesaa.net/article/418275600.htmlについては、それぞれ触れた。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

上へ


上戸


「上戸」は、

じょうご、

と訓むと、

下戸(げこ)の対、

の意となり、

じょうこ、

と訓むと、701年(大宝1)に制定された大宝律令で、

賦役に服す義務をもつ壮丁(課丁)が6〜8人いる家を上戸、4〜5人の家を中戸、3人以下のそれを下戸(げこ)、

といい(日本大百科全書)、「上戸」は、

四等戸(大戸・上戸・中戸・下戸)の第二、

の意となる(広辞苑)。また、そこから、

貧富によって民家を区別して、富む家を上戸、貧しい家を下戸、

という意味でも使った(日本大百科全書)、とある。ここでは、

酒の飲めない人、

の意の、

下戸(げこ)の対、

の意とされる、

上戸(じょうご)、

である。

酒のたくさん飲める人、

の意だが、

笑い上戸、
無き上戸、

といった、

因った時の癖、

から、

日常の癖、

に転用しても使われる(広辞苑)。

「上戸(じょうこ)」に引きずられたせいか、「上戸(じょうご)」も、

庶民婚礼、上戸八瓶下戸二瓶、

とある(群書類要)として、

婚礼に用いる酒の瓶数の多少から出た(広辞苑)、
「上戸」「下戸」は、もと民戸の家族数による上下を言ったが、婚礼に用いる酒の瓶の数から、飲酒量に関して用いるようになったという(岩波古語辞典・大言海)、

等々と、江戸時代の随筆『塩尻(しおじり)』が伝える『群書類要』の、

庶民婚礼、上戸八瓶下戸二瓶、

根拠とする説が大勢である。しかし、酒瓶の数は、酒瓶の数で、飲酒量のことを指してはいない。「上戸」「下戸」は漢語由来ではあるまいか。

按以飲酒、為大小戸、三國之時也、今以嗜酒號上戸、以上頓與戸大幷言也(経史摘語)、

とあり(字源)、「戸大」とは「酒豪」の意とある。「戸」は、

とぐち、とびら、

の意だが、

飲酒の量、

の意があり、

大戸、
小戸、

と使い、白居易の詩に、

戸大嫌甜酒、才高笑小詩、

とある(仝上)。

戸大は上戸、

とある(仝上)「甜酒(てんしゅ)」は、もち米を蒸し、発酵させた甘い酒である。辛党が好むはずはない。

「戸」は酒量の意で、酒飲みの意の「上頓(じょうとん)」「戸大(こだい)」の語の1字ずつをとって上戸とし、その逆を下戸とした(日本大百科全書)、

ともある。

上頓の訛りという。また飲酒を戸というのは三国からの語であるから、上頓と戸大をあわせて上戸といった(俚言集覧)、

とするのは、上述の「経史摘語」を指している。

この「上戸」の由来については、

秦の阿房宮は高くて寒いため、殿上の戸の内に宿直する者は多量の酒を飲んで上がったから(志不可起・一時随筆・卯花園漫録)、
秦の時代、万里の長城で門番をしている兵士がいました。万里の長城には「上戸」と呼ばれる寒さの厳しい山上の門と、「下戸」と呼ばれる往来の激しい平地の門があります。労をねぎらうために、上戸の兵士には体を温めるお酒を、下戸の兵士には疲れを癒やす甘いものを配ったそうです。それが転じて、現在の「上戸」「下戸」の意味になったとされていますhttps://jp.sake-times.com/knowledge/culture/sake_jogo

等々とするが、そんな付会をする必要はなく、「上戸」は、漢語、

大戸、
小戸、

あるいは、

戸大、

からきた、漢語由来と考えていいのではないか。

「下戸」も、

酒を飲み得ざる人、

とある(字源)。

「戸」(漢音ト、呉音ゴ・グ)は、

象形。門は二枚扉を描いた象形文字。戸はその左半分をとり、一枚扉の入口を描いたもの、

とある(漢字源)

因みに、「上戸」と同じ意味の、「左党」は、

江戸時代、大工や鉱夫が右手に槌、左手にノミを持つことから右手のことを「槌手」、左手のことを「ノミ手」と言いました。この「ノミ手」が「飲み手」と同じ発音だったため、ダジャレのような感覚で、お酒飲みのことを「左利き」と呼ぶようになりました。「左党」もその派生語とされています、

との説がある(https://jp.sake-times.com/knowledge/word/sake_word-geko・笑える国語辞典)。

また、同義の「辛党」は、近代以降で、

酒が好きな人、
辛いものが好きな人
塩からいものが好きな人、

の用例は古くても1920年代ごろ、酒好きの意味にシフトしたのは、1930年頃、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%9B%E5%85%9A、最近の言葉のようである。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
簡野道明『字源』(角川書店)

上へ


雑炊


「雑炊」は、

雑吸、
増炊、

等々と当てる(たべもの語源辞典・語源由来辞典)が、

大根・ねぎなどの具を刻みこみ味付けをして炊いた粥(広辞苑)、
醤油や味噌などの調味料で味を付け、肉類、魚介類、キノコ類や野菜などとともに飯を煮たり、粥のように米から柔らかく炊き上げた料理https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E7%82%8A

等々とある。

雑炊、

は当て字で、古くは、

増水、

と当てられた(たべもの語源辞典)。「増水」というのは、

粥にして水を増す、

という意である(仝上)。「雑炊」は、

ただしくは増水、

とあり(江戸語大辞典)、「増水」は、

米の粉に水を加えてかき混ぜて煮立てた羹(あつもの 熱い吸物)、

であり、これを、

こながき、

ともいった(たべもの語源辞典)。「こながき」は、

こなかき、

ともいい、

糝、
餗、

等々と当てるが、平安中期の『和名抄』に、

餗、古奈加木、

米の粉をかきまぜて煮立てた羹(あつもの)、

とあり(たべもの語源辞典)、平安後期の『字鏡』に、

以糝煮肉也、古奈加支、

室町時代の『下学集』には、

増水羹也、

とある。「こながき(こなかき)」は、

熟攪(コナシガキ)の義、かきこなしの意。名義抄「擾、かきこなし」、熟田(こなた)、錬金(こながね)も、こなしだ、コナシガネなり(大言海)、
コナカキ(粉掻)の義(言元梯)、
米粉を菜羹(さいこう)に和える意で、コナカキ(粉菜掻・米菜掻)の義(日本釈名・和訓栞)、

等々、

米粉をかきまぜる、

という意に由来しているが、古くは、

穀類の粉末を熱湯でかいて補食または薬食としたもの、

であり(たべもの語源辞典)、厳密には、今日の「雑炊」とは異なる。

「雑炊」は、