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コトバ辞典
いつも「場」を考えるときは,自分側から,どう「場」に入るか,あるいは「場」の中で,どう一体化するか,あるいは,「場」にどう主体的にかかわるか,という視点からのみ考える。しかし,主役は「場」ではないのか。
たとえば,有名なK・レヴィンは,人間の行動(B:Behavior)は,人間(P:Person)と環境(E:Environment)の関数,B=f(P,
E)であるとした。それを生活空間(life space)といった。
レヴィンの生活空間は『場の理論(field
theory)』(トポロジー理論)とも呼ばれる。主体的な人間の認知・判断だけでは人間の行動が決まらず,目標とする対象や相手が持つ「正・負の誘発性」によって人間の行動は大きな影響を受けるという双方向性を説明している点に意味がある,とされる。つまり,人間の行動が『生理的な欲求・本能的な願望』という動機だけで決まるわけではなく,「環境の変化・他者の反応」といった環境要因との相互作用によって規定されることを説明した。
たとえば,人間が特定の対象や相手に対して欲望(目的)を抱く時には,その欲望(目的)が簡単には達成できず,その実現を妨げる障害があることが少なからずある。そして,そういった状況下では,緊張感や欲求不満を伴う葛藤が高まりやすくなるが,人間は「欲望の充足・目標の達成=接近」か「欲望の断念・目標の引き下げ=回避」によって葛藤を解消して安定した平衡状態を回復しようとする,というのである。
以上,受け売りのレヴィンの考えは,あくまで,主体は人にある。相手や状況は地になっている。この図と地を逆転して考えるべきではないか,というのが,ここでの問題意識である。
僕の中のイメージは,20代の前半,会社の指示で,参加したTグループ(感受性訓練)での体験だ。いまでいうとエンカウンターグループの源流の一つのようだが,僕の参加したそれは,立教大学の早坂泰次郎さんが主宰していたものだと記憶している。その頃いわゆるST(感受性訓練)が大流行であった。
資料はすでに処分しているので,正確な系譜や背景はわからない。記憶のなかにあるイメージだけだが,最終日(連休中に二泊三日か三泊四日の長いワークショップだった)あるいはその前日位には,自分の皮膚が溶けて,その10人前後のグループという「場」に一体になっていた気がしている。その時の感覚は,朧だがよく覚えている。その一体は,(後でいろいろ聞き合わせてみた限りでは)そのグループが特に先鋭だったのかもしれないが,お互いが,何を感じているのかが分かった。
たとえばの話だが,僕はある女性が好きだと思っていて,その女性も僕のことを好きだと思っている,そして周囲の人間にもそれがよくわかっている,言葉はないが,お互いが,皮膚という境界が溶けたように,感情がつながっている感覚であった。もちろん錯覚に違いない。しかしそういう錯覚を共有しあえる「場」が,そこにできていた。
その時,僕であるとか,何某であるとかがそこにいるのではなく,そういう「場」に,僕であり,何某がいる。しかしその「場」をつくっているのは,僕であり,何某だから,何某の代わりに,○○でもいいかというと,そうはいかない。
見も知らぬ何人かが,トレーナーの「でははじめましょう」の一言で始まるが,別に何かを言うわけではない。沈黙が続くと,その時間を無駄と思う人も出てくる。何の指示もしないトレーナーに文句を言う人も出てくる。その中から,互いに,そこにいる自分を受け入れ,そこにいるお互いを受け入れ,そこにいる時間を受け入れ,
その「場」を受け入れて,なんとなく和解的,緩和的な雰囲気の中で,何を話すというのでもない日向ぼっこのような瞬間が来る。その時,しゃべりたかったら何をしゃべってもいいし,聞きたくなかったら,聞き流してもいい,話さなくても,黙っていても,お互いを気にせず,その空気の中で浸っていられる時間が,ゆっくりと流れていく。
これが,たぶんロジャースのいう「基本的出会い(encounter)」ではないのかと思う。
その「場」を離れて,その後同じメンバーで何度か同窓会をしたが,やがて日々の中で相互の存在も忘れていった。でもこう思うのだ。その時の「場」が,その時お互いの作り出した「場」が,お互いの関係を深めたのであって,その「場」が崩れてしまえば,その関係は,水をなくした藻のように,枯れていく。そのTグループというワークショップの枠組みの中で,疑似的につくられた共感的空間だという言い方もできるかもしれないが,そうではなく,そういう「場」をつくる仕掛けさえあれば,日常的にも,それは可能なのではないか。主題は,「場」なのではないか。
Tグループとは,「参加者相互の自由な(非指示的な)コミュニケーションによって,人間としての人格形成をもたらそうというグループアプローチ」(『カウンセリング大事典)とある。
ネットで調べると,Tグループといった場合に,狭義にはTグループ(未知のメンバーで構成され,何を話せばいいとか,誰かがどのようにすすめるかなど一切決まっていないグループ)もしくは,そのセッションをさし,“今ここ”での人間関係に気づき,自分のことやグループのことを学ぶセッションであり,一般に,90分前後で1セッションが構成される。広義には,Tグループセッションも含め,実習を使ったセッションや小講義などからなる何日かの一連のプログラムからなるトレーニングをTグループと呼ぶこともある
いずれにしても,これもレヴィンのアイデアによるようだ。権威的な運営グループより,民主的なグループ運営の方が,課題達成成果が上がったというようなことが背景にあるらしい。もうひとつ,ネットで拾ったのは,次の文章。
Tグループは,個人が学習者として参加する,比較的構造化されていない(unstructured)集団である。その学習のための資料は,学習者の外側に存在するのではなく,Tグループ内での学習者の直接経験とかかわりをもっている。つまりその資料とは,成員間の相互作用そのものであり,集団内での自分たちの行為そのものである。すなわち,成員たちが,生産的で,活力のある1つの体制,すなわち1つの小さな社会を創造しようとして奮闘しているとき,その社会内でのお互いの学習を刺激しあい,支持しあうときの相互作用そのものであり,集団内での自分たちの行為そのものである。経験を含むということは,学習のための十分な条件ではないが,必要条件である。成員たちは,Tグループにおいて,自分自身の行動に関する資料を収集し,同時にその行動を生起させるにいたった経験を分析するという探求方式を確立しなければならない。このようにして獲得された学習結果は,引き続きそれを利用することによって,さらに検証され,一般化されていくのである。かくして,各人は,他者に対処する場合の自分の動機,感情,態度などについて学習するであろう。あるいはまた,他者と相互作用の場をもつとき,自分の行為が他者にどのような反応を呼びおこすかについても学習するであろう。人は,自分の意図とその結果が矛盾するとき,他者との人間関係において,自由闊達にふるまうことができなくなるような垣根をつくってしまう。このことによって人は,自分自身の潜在力について[今までと違った]新しいイメージをつくりだし,その潜在力を現実化するために,他者からの助けを求めるのである。(L.P.プラットフォード&J.Rギップ&K.Dベネ『感受性訓練:Tグループの理論と方法』(日本生産性本部))
上記の,「成員たちが,生産的で,活力のある1つの体制,すなわち1つの小さな社会を創造しようとして奮闘しているとき,その社会内でのお互いの学習を刺激しあい,支持しあうときの相互作用そのものであり,集団内での自分たちの行為そのものである」というところを,別に読み替えると,「場」という時,次の3つを考えてみる必要があるのではないか。
ひとつは,その場の構成員相互の関係性と言い換えてもいい。別の人とだったらそうはならなかったかもしれない。
ふたつは,その場の構成員相互の行動・反応である。ある行動(非言語も含め)にどうリアクションがあるのか等々。
みっつは,その時の状況(文脈)である。明るい日だったのか,寒い日だったのか,うるさい環境だったのか等々。
その他,その時の全体の醸し出す雰囲気である。前項と関係があるが,フィーリングと言った感じのものでもある。
これが「場」の構成要素だとすると,B=f(P, E)は,場(field)=Fを中心に,
F=f(P, E,B)
となるのではないか。数学的に正しいかどうかはわからないが,ほとんどシミュレーション不能なのではないか。つまり,その時,その場の体験でしか味わえないのではないか。
ただ,稀有だが,それが意識的に作り出せないものでもない。その「場」を最初に,それがどういう「場」なのか,そこで一人一人が何をするのかを,最初に共有化すれば,「場」の中で,おのずと役割を認識し,「場」として動き出し,その「場」に機能するように各自が関わる,そういう体験を,4人でだが,したことがある。
たとえ,見も知らぬ者同士でも,その「場」を共有して何かをしようとすることが共通認識としてあれば,「場」は作り出しやすいのではないか。
それを自律的な「場」としてスタートさせるには,各自が,自分のポジショニングをきちんと決める,最初の第一歩を間違えないことと,そのために,「場」の意味と各自のゴールを共有することと,その「場」に非協力的でなく,その「場」で何かを達成したいと思っている人(後ろ向きでさえなければいい)が構成員で,そのために他のメンバーとも,協力関係をつくろうとすることがあることが,大事な前提のような気がする。
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浮気は,
ふき,
と訓むと,
空気よりも軽い気体のこと,
らしいし,
ふけ,
と訓むと,滋賀県守山市の浮気町のことだし,
ふけ(うき)
と訓む名字もあるらしいが,ここでは,いわゆる,
うわき,
のことだ。その場合,
浮気,
以外に,
上気,
とも当てる。
なぜこの「浮気」を取り上げるかというと,三田村鳶魚が,『江戸ッ子』のなかで,旗本奴,町奴について言及する中で,
「『六方浮気』と続けて言っておりますが,『浮気』と申しても,この自分のは後に言う『浮気』とは違って,空元気というような意味にも取れます。」
と書いていた。「六方」というのは,奴風(やっこふう)のことを指し,
(奴というのは)「武家の奉公人で,身分の軽いものですが,これらりすることを軽快であるとし,おもしろいとして,それを学んだものが旗本奴」
で,原義はそういう意味なのか,と思ったのだが,『語源辞典』を見ても,
「原義は,『ウワ(浮)+気』です。心が浮いている意です。他の異性に心が映りやすいことを言います。転じて,一般に,興味が移りやすい意を表します。」
としかない。辞書(『広辞苑』)にも,
心が浮ついていること,心が落ち着かず変り易いこと,
陽気ではでな気質,
男女間の愛情が,うわついて変り易いこと,他の異性に心を移すこと,
としかない。ただ,「心が浮ついている」例として,『五輪書』の,
「敵に浮気にして事を急ぐ心の見ゆる時は」
は,「浮気」の,
「心がうわついていること。心が落ち着いておらず、変わりやすいこと。」(広辞苑)」
「心が浮ついて、思慮に欠けること。」(大辞泉)
「一つのことに集中できず心が変わりやすいこと。」(大辞泉)。
という意味の例に出してあるのだが,原文を見ると,「火之巻」で,
「うつらかすといふ事」
の項に,多人数を相手にした際のことが,こう書いてある。
「移らかすといふは,物事にるもの也。或いはねむりなどもうつり,或いはあくびなどのうつるもの也。時のうつるもあり。大分の兵法にして,敵うはきに(浮気)にして,ことをいそぐ心のみゆる時は,少しもそれにかまはざるやうにして,いかにもゆるりとなりてみすれば,敵も我事(わがこと)に受けて,気ざしたるむ物なり。其うつりたるとおもふ時,我方より空(くう)の心にして,はやくつよくしかけて,かつ利を得るもの也。」
この文意からすると,「浮気」が,心が浮ついている意なら,わざわざゆったりして,それにつられて相手の気迫がたるむなどという手を使う必要はない。つまり,「眠りが移る」ように,ゆったり気分を相手に移らせて,気をゆるませる必要はない。ここでの「浮気」は,
心が浮ついている,
とは,少し違うのではあるまいか。『大言海』を見ると,
浮きて落ち着かぬ心,
とあり,さらに,
軽佻,
客気,
とある。客気は,
かっき,
ないし
きゃっき,
と訓んで,
ものにはやる心,血気,空元気,
という意味になる。ここでは,三田村鳶魚の言っていた意味の,
浮気,
が使われているのではないか。
相手が血気にはやっているときは,こちらがゆったりすると,相手も気が緩む,
という意味なら,通じる。血気にはやるとは,
真の勇気ではない,
と,『字源』にある。「うわき」に当てる「上気」を,
じょうき,
と訓めば,
血が頭に上って興奮し,取り乱すこと,
のぼせること,
という意味になる。まさに,血気にはやるに近い。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
簡野道明『字源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
宮本武蔵『五輪書』(Kindle版)
上へ
「わや」は,
「すっかりわやや!」
というような使い方をする。辞書(『広辞苑』)には,
関西方言,「わやく」から,
とあり,
道理に合わないこと,乱暴なこと,無茶,
もろいこと,
だめなこと,
という意味が載る。『大辞林』には,その他に,
「すっかりこわれること。台無しになること。また,そのさま。」
とある。僕の感じでは,
台無し,
という意味が一番近い。因みに,「わやく」は,辞書(『広辞苑』)には,
「ワウワク(枉惑)の転」
とあり,
無茶なこと,
聞き分けのないこと,
とある。これだと,「わやく人」が,
無法者,腕白もの,
を意味することにつながらない。『大辞林』には,
いたずらをすること。悪ふざけをすること。また,そのさま。
筋が通らない・こと(さま)。無理。無茶。
聞き分けがない・こと(さま)。腕白。
と載る。このほうが的確な気がする。『大言海』は,「わや」をストレートに,
枉惑(わやく)の略か,
と書き,
ダメ,いけぬこと,
腕白,ヤンチャ,
と意味を載せる。どうやら,「枉惑(わやく)」が元の意味なのだろう。『古語辞典』には,「わやく」で,
枉惑
と
誑惑
の字を当てている。
無茶苦茶,
無理非道,
の意味を載せる。『語源辞典』をみると,「わや」は,
「漢語の『誑,惑(無法・無道・不道理)』です。オウワク(枉惑)がワヤクになり,さらに,クが脱落した語です。無理無法を言います。関西では,だめ,めちゃくちゃの意です。」
とある。因みに,「枉」の字は,
まっすぐな線や面を曲線に押し曲げる,
という意味で,
動詞を押し曲げる,
という意味に転じる。「誑」の字は,
でたらめなことをいってあざむく,
という意味になる。「惑」の字は,
「或は,『□印の上下に一線を引いたかたち(狭い枠で囲んだ区域)+戈(とび口型の刃に縦に柄をつけたこだいのほこを描いた象形文字。鉤型にえぐれて,敵をひっかけるのに用いる)』の会意文字で,一定の区域を武器で守ることを示す。惑は『心+音符或』で,心が狭い枠に囲まれること」
で,
一定の対象や先入観にとらわれる,
心が狭い枠にとらわれ,自由な判断ができないでいる,
という意味。辞書(『広辞苑』)では,「おうわく」は,
横惑,
の字も当てる。「道に外れたことをして,人を惑わすこと」という意味になる。
『日本語俗語辞典』には,
「わやとは道理に合わないこと、乱暴なこと、よわい(もろい)こと、ダメ・台無しなこと、無茶苦茶なこと、またそういった様を表す言葉である。わやは北海道、名古屋、関西などさまざまなエリアで方言として使われてきた言葉である。各エリアとも似通った意味で使われているが、関西芸人がTVなどで頻繁に使かったことで広く普及したため、わや=関西弁という認識が高い。」
とある。確かに,我が家では,「わや」を使ったが,両親とも,名古屋人である。で,調べると,大阪は勿論だが,
北海道方言,
津軽方言,
名古屋方言,
四日市市四郷地区方言,
京ことば,
但馬方言,
下関弁,
等々でも,使われているようで,「わやく」にいたっては,全国的のようだから,
関西弁,
から伝播したというのは,いかがかと思うが,
https://words.nanapi.com/ja/10171
に,
「『わや』と言っても、これまでは関東ではあまり通じませんでした。」
とあるから,関東で通じるようになったのには,関西の芸人が使ったことが大きいようではある。やはり,関東,特に東京で通じないと,全国区にはなれないらしい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
茶番について,三田村鳶魚は,
「宝暦以来,芝居の方から出たことで,役者の身振りや芝居の真似をする」
ということを意味する,という。辞書(『広辞苑』)によると,
客のために茶を点てて出す役,
茶番狂言または口上茶番の略。
馬鹿らしい,底の見えすいた振る舞い,茶番劇,
と意味が載る。因みに,茶番狂言は,
立茶番,
に同じとあり,立茶番は,
かつらや衣装をつけて芝居をもじった所作をする演芸の一種。茶番狂言,
とある。茶番師は,
茶番狂言を演じるのを業とする者,
人をだます名人,
とある。別の辞書を見ると,
「こっけいな即興寸劇。江戸歌舞伎の楽屋内で発生し、18世紀中ごろ一般に広まった。口上茶番と立ち茶番とがある」
というのが載る。あるいは,『大辞林』には,
「〔江戸時代,芝居の楽屋で茶番の下回りなどが始めたからという〕 手近な物などを用いて行う滑稽な寸劇や話芸。 → 立茶番 ・ 口上(こうじよう)茶番 ・
俄(にわか)」
と載る。「口上茶番」は,
身振りを入れず,座ったまま、せりふだけで演じる滑稽を演じるもの,
とあり,「立茶番」が,上記のように,かつらや衣装を着ける,
「かつら・衣装をつけ,化粧をして芝居をもじったこっけいなしぐさをする素人演芸」
となる。「俄」は,辞書(『広辞苑』)に,
「俄狂言の略。素人が座敷・街頭で行った即興の滑稽寸劇で,のちに寄席などで興業されたもの。もと京の島原で始まり,江戸吉原にも移された。明治以後,改良俄・新聞俄・大阪俄といわれたものから喜劇劇団が生まれた。地方では,博多俄が名高い。茶番狂言。仁輪加。」
とある。俄については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%84
に詳しいが,どうも,いまは,俄も茶番もひとくくりにされているが,そもそも発祥は違うのではないか。
端は,「素人」と言いつつ,いつの間にか「茶番師」という業がある,というのは,ストリートミュージシャンがメジャーデビューするような感じなのだろうか。
「茶番」に戻すと,
http://whatimi.blog135.fc2.com/blog-entry-392.html
には,
「江戸時代に歌舞伎などの芝居の楽屋で、茶番(下働き)が下手で馬鹿馬鹿しい短い劇や話を始めたことから、
茶番=下手な芝居、馬鹿げた芝居、という意味になったようです。『茶番劇』というのは、茶番がやるような下手な劇という意味です。現代では本当の芝居ではなく、結末が分かりきっているような馬鹿馬鹿しい話し合いなどを茶番劇と言います。」
とある。確かに,『古語辞典』には,
「近世後期,素人狂言の一種。歌舞伎芝居の楽屋の茶の番に当たった下級の役者が,座興を出す風習が,天明頃,民間にも広まったもので,手近な材料を使って仕方または手振りで,地口のような道化たことを演じたもの。京阪の俄と同類」
とある。「仕方」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422720655.html
で触れた。「地口」とは,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%8F%A3
に詳しいが,辞書(『広辞苑』)には,
「俚諺・俗語などに同音または声音の似通った別の語をあてて,違った意味をあらわす洒落,語呂合わせ」
とあり,まあ,いまふうに言うと,ダジャレということになる。
舌切り雀→着た切り雀,
といった類である。『大言海』に,「茶番」について,山東京山『蜘蛛の絲巻』(弘化)から,
「天明元年の十二月,ある所なる勢家にて,年忘れとて茶番ということありしに,云々,茶番の題は,鬼に金棒,二階から目薬,猫の尻へ木槌など云ふ卑俗の諺なり」
を引く。お題が,諺から与えられて,何かを演ずる,ということらしい,という「茶番」の原風景がうかがえる挿話になっている。因みに,「茶番狂言」については,『大言海』は,
「江戸にて,芝居の役者共,顔見世の頃,楽屋にて,茶番,餅番,酒番などとて,其番にあたりし者より饗することあり,色々たはれ(戯)たる趣向を尽くす。此時茶番に当たりし役者の,工夫思ひつきに,景物を出してせしを,云いひなるべし。略して,ちゃばん,にはか(京都)」
と,「茶番」の出自が明らかになっている。そこに,大田覃「俗耳鼓吹」(天明)から,
「俄と茶番とは,似て非なるもの也」
というのを引用する。俄が遊郭の,楽しみなら,茶番は,いわば,内々の素人芸,あるいは,落語の前座の芸比べといった雰囲気で,俄が,「喜劇劇団」になっていくのに対して,茶番は,実体を失い,
茶番劇,
と,出来レースというか,見えすいた小芝居,と喩えられる中に,かろうじて生きている,という感じである。
因みに,『語源由来辞典』は,
http://gogen-allguide.com/ti/chabangeki.html
「『茶番』は『茶番狂言』の下略で、江戸末期に歌舞伎から流行した、下手な役者が手近な 物を用いて滑稽な寸劇や話芸を演じるもののこと。
本来、茶番はお茶の用意や給仕をする者のことであるが、楽屋でお茶を給仕していた大部屋の役者が、余興で茶菓子などをつかいオチにしたことから,この芝居を『茶番狂言』と呼ばれるようになった。此の寸劇では,オチに使ったものを,客に無料で配っていたため,見物客の中には,寸劇ではなく,くばられる品物を目当てに訪れる者もいたといわれる。」
と書く。これも,なにがしか,その当時の雰囲気を伝えている。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
上へ
「すっぱぬく」は,
素(っ)破抜く
とも,
透(っ)波抜く
とも,
表記する。辞書(『広辞苑』)には,
刀などをだしぬけに抜く,
突然人の隠し事などを暴く,
人の意表に出る,出し抜く,
という意味が載る。『デジタル大辞泉』には,
「すっぱ(忍びの者)が思いがけない所に立ち入ることからともいう。」
と付言する。『大言海』も,
「忍者の思ひかけぬ所に立ち入るに譬へ云ふか」
とするし,「忍者」についての,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8D%E8%80%85
の記述にも,
「江戸時代までは統一名称は無く地方により呼び方が異なり、『乱破(らっぱ)』『素破(すっぱ、“スッパ抜き”という報道における俗語の語源)』『水破(すっぱ)』『出抜(すっぱ)』)『透破(すっぱ、とっぱ)』『突破(とっぱ)』『伺見(うかがみ)』『奪口(だっこう)』『竊盗(しのび)』『草(くさ)』『軒猿』『郷導(きょうどう)』『郷談(きょうだん)』『物見』『間士(かんし)』『聞者役(ききものやく)』『歩き巫女』『屈(かまり)』『早道の者』などがある。」
として,「スッパ抜き」を忍者が語源とする。
『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/13su/suppanuku.htm
も,
「すっぱ抜くのスッパとは後に忍者と呼ばれるようになる戦国時代の武術集団のことである。こうしたスッパの行動・活動をすっぱ抜くと言ったが、現代では企業や政治などの組織、また芸能人など著名人の秘密・裏情報・スキャンダルをマスコミや個人が不意に明るみに出すことを言う。」
とする。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q148854914
でも,
「『すっぱ抜く』という言葉の由来は忍者。南北朝時代、楠木正成は忍者を使って敵の情報を集めていたと記録に有ります。この忍者は当時『透波』(すっぱ)と呼ばれていました。この透波の行動力は、あまりにも素早く意表をついたものだったことから『透波のように出し抜く』という言葉が生まれたのです。」
と,やはり忍者説を取る。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/su/suppanuku.html
も,同じで,
「すっぱ抜くの『スッパ』は、『素っ破』や『透っ波』と書き、戦国時代、武家に仕えたスパイ( 忍者)のことである。
忍者は密かに行動し情報を収集して明るみに出すことや、不意に 刃物を抜くことから、出し抜いて暴くことを『すっぱ抜く』と言うようになった。
現代では使われないが,すっぱ抜くには,『刀を不意に抜き放つ』という意味もある。」
とする。
『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E3%81%99%E3%81%A3%E3%81%B1%E6%8A%9C%E3%81%8F
では,
「『すっぱ』は『素っ破』と書き、戦国時代に武家に雇われた忍びの者のこと。『抜く』は刀を抜くこと。忍者は刃物をいきなり抜くことから、江戸時代にはいきなり刃物を抜く意で用いられていた。のちに、出し抜いて暴く意味へと転じ、新聞や雑誌などのメディアで多く用いられるようになった。」
と,江戸時代に,意味が変じたと書く。確か三田村鳶魚は,『江戸ッ子』のなかで,
「素刃抜きの喧嘩」
という言い回しで,
素破,
ではなく,
素刃,
を当てていた。手元の『語源辞典』では,
「すっぱり+抜く」
で,秘密がすっぽりと筒抜けでわかる意,とする,擬態語語源説と,
「すっぱ(透波)+抜く」
で,忍者が秘密を嗅ぎつけて,うまく手に入れる,という忍者語源説と,二つある。しかし,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8D%E8%80%85
が,前述したように,「忍者」の呼び方については,
「江戸時代までは統一名称は無く地方により呼び方が異なり、『乱破(らっぱ)』『素破(すっぱ、“スッパ抜き”という報道における俗語の語源)』『水破(すっぱ)』『出抜(すっぱ)』)『透破(すっぱ、とっぱ)』『突破(とっぱ)』『伺見(うかがみ)』『奪口(だっこう)』『竊盗(しのび)』『草(くさ)』『軒猿』『郷導(きょうどう)』『郷談(きょうだん)』『物見』『間士(かんし)』『聞者役(ききものやく)』『歩き巫女』『屈(かまり)』『早道の者』などがある。」
と書いたように,地域ごとに呼び名は異なり,江戸時代まで統一したものがなく,
「戦前は『忍術使い』といった呼称が一般的だったが、戦後は村山知義、白土三平、司馬遼太郎らの作品を通して、『忍者』『忍びの者』『忍び』という呼称が一般化した。」
とあるところをみると,忍者=素破,透波,として
素破抜き,
を語源としたというには,少なくとも,「透波」「素波」で,「忍者」を指しているという共通認識がなければ,この言葉の含意は通じないのではないか。それよりは,三田村鳶魚が,
素刃,
を当てたように,
いきなり刃物を抜く,
意で用いていたという方が正確ではないだろうか。「すっぱ」に,「透波」「素波」の字を当てて,考え落ちのように,透波=忍者の行動が語源とこじつけた,というように思えてならない。
なお,忍者,草の作戦行動については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/416745079.html
で触れた。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8D%E8%80%85
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)上へ
江戸前とは,辞書(『広辞苑』)によると,
「芝・品川など『江戸前面の海』の意で,ここで捕れる魚を江戸前産として賞味したのにはじまる。鰻は浅草川・深川産のものをさす」
と注記して,
江戸湾付近で捕れる魚類の称,
江戸風,
に二つの意味を載せる。しかし,さまざまの解釈があるようで,ざっとひろっても,
『ブリタニカ国際大百科事典 』は,
「江戸すなわち東京風の料理をいう。江戸の近海でとれた魚を江戸前といい,鮮度の高いことを自慢したところから出た。のちにこれが江戸風の料理の意に転じた。」
『デジタル大辞泉』
1 《江戸の前の海の意》江戸の近海。特に、芝・品川付近の海をさす。
2 江戸湾(東京湾)でとれる新鮮な魚類。銚子・九十九里浜産と区別していった。
3 人の性質や食物の風味などが江戸の流儀であること。江戸風。江戸好み。
『百科事典マイペディア』
「もとは〈江戸の前面の海〉の意で,そこで捕れる新鮮な魚をいった。転じて生きのいい江戸風の事物一般をもさすようになり,とりわけ浅草川や深川などで捕れるウナギに〈江戸前〉の名をあてていた。」
『世界大百科事典 第2版』
「江戸の目の前の場所の意で,ふつう東京湾内奥のその海でとれた新鮮な魚類をいい,転じて,生きのよい江戸風の事物をいうようになった。現在では握りずしの種の鮮度を誇示する語として,もっぱらすし屋がこれを用いている。しかし,《物類称呼》(1775)には〈江戸にては,浅草川,深川辺の産を江戸前とよびて賞す,他所より出すを旅うなぎと云〉とあり,《江戸買物独案内》(1824)を見ると,江戸前,江戸名物などととなえているのはすべてウナギ屋で,すし屋はほとんどが御膳と称している。」
『日本大百科全書(ニッポニカ)』
「このことばの使い方は広く、時代により内容も異なる。江戸中期から使われていることばであるが、江戸の海の魚貝類に対しての特称としての用い方よりは、ウナギに対して用いたほうが古く、また江戸後期でもだいたいそのほうに重点があった。宝暦(ほうれき)年間(1751〜64)に出された『風流志道軒伝(しどうけんでん)』には、『厭離(えんり)江戸前大樺焼(おおかばやき)』ということばが出ている。また江戸末期に、京都の文人であり、芝居の狂言作者でもある西沢一鳳(いっぽう)が、江戸にきて、江戸の人と話をしていたおり、江戸前ということばが出た。関西人の一鳳にはその場所が明らかでないので問いただすと、江戸前とは大川の西、お城の東という説明をされたという。いまの築地(つきじ)から鉄砲洲(てっぽうず)にかけての地区であり、そこでとれたウナギを江戸前といっていたのである。当時ウナギの蒲焼(かばや)き屋が現在の銀座4丁目付近に多かったのは、ウナギの漁場が近かったためであろう。江戸時代の錦絵(にしきえ)に出ている蒲焼き屋の有名店には、行灯(あんどん)や看板に単に『江戸前』としか書いてないが、一般店は江戸前と肩書きし、大蒲焼きと書いてある。要するに江戸時代末のころでも、江戸前とはウナギの意としての用い方に比重が大きくかかっていたとみられる。
また1801年(享和1)に刊行された『比翼衆』には『かれいとくろだいがござります』『そりゃ江戸前だろう』ということばが出てくるように、芝浦、品川あたりの江戸の海の魚貝類を江戸前といったこともある。なお、当時江戸前のことばの意味は、味のいい意も含むが、鮮度のいい意も多く含まれ、江戸前のウナギに対して、埼玉県草加(そうか)あたりから持ってくるものを「旅の物」と称していた。江戸前のことばは明治以降あまり用いられなくなったが、大正の中ごろすし屋が東京近海の魚を用いている意で使い始め、ふたたび使われてきた。その表現する海域は、東京中心に、比較的広い範囲の意になっている。』
因みに,三田村鳶魚は,『江戸ッ子』で,江戸前を,もっと具体的に,
「両国から永代までの間,お城の前面」
と言い切り,文化・文政頃に,本所・深川まではいる,という言い方をしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%89%8D
では,
「江戸前の海は、江戸の前の海の意で、江戸の沿岸の品川沖から葛西沖あたりまでの海域を指した。江戸前は、海域ではなく漁場を示す言葉であり、江戸城の前の漁場のことで江戸時代に存在していた『江戸前島』もしくは『佃島』周辺を指していた。」
とする。
どうやら,鰻のことが「江戸前」の中心になっているが,三田村鳶魚は,
「江戸前鰺,中(ちう)ぶくろと云,随一の名産なり,惣じて鯛,平目にかぎらず,江戸前にて漁(あさ)るを前の魚と称して,諸魚共に佳品也」
と,『続江戸砂子』を引用し,
「この『江戸前』という言葉は,鰺からきているので,『武(む)玉川』にも,
江戸前売りの江戸と云ふ面
というのがある。この『江戸前売』というのが『江戸前』という言葉の早いもののように思われます。それがやがて鰻になって,江戸前鰻といって,江戸の名物になっている。しかしこれは江戸前で捕れるんじゃない。千住や尾久の方で捕れるのを,江戸前鰻といっている。そんなら地回り鰻と言いそうなものだが,江戸前鰻で済ましている。そのほかから来るのは,旅鰻という。」
と,「ジャポニカ」とは異説を立てている。どうやら,三田村鳶魚に軍配が上がりそうにみえる。鳶魚は,こう付け加えているのである。
「江戸前ということを気の利いたことのように思っているが,そうじゃない。芝浦で捕れたということなのです。これも実は芝浦で捕れはしないが,それを扱うのが新場なので,新場というものの景気は,江戸前の魚を商うということが何よりであった。」
つまり,「江戸前」はブランドなのである。その意味では,
http://homepage3.nifty.com/shokubun/edomae.html
で,
「『江戸前面の海』のほうですが、たとえば千葉県の銚子から利根川を昇り、関宿(せきやど)廻りで江戸川へ。そこから新川、小名木川を経て日本橋まで約200キロ、三日はかかります。もっと速いルートもありましたが、やはり刺身は無理な距離。保存魚はともかく,生ものは駄目ですね。そこで、人口の増大につれ手近かな江戸前の魚が重要になってきます。売るにしても食べるにしても、冬と夏で、また海からの距離で違ってきます。魚方面の江戸前とは、場所や海の名前ではなく『鮮魚流通の時間・距離のこと』というのが、今回の筆者の主張なのであります。」
という主張は,意味があるのかもしれない。
因みに,新場は,
http://www.library.metro.tokyo.jp/portals/0/edo/tokyo_library/modal/index.html?d=200
に,
「現在の日本橋室町や本町あたりに魚河岸がありました。江戸湾など近海で獲られた鮮魚がここに集まり、棒手振(ぼてふり)などを通して江戸の人々に食されたのです。本船町・安針町・長浜町といった日本橋から江戸橋までの日本橋川北岸一帯が日本橋魚市で、南岸の四日市町には塩魚や干魚を扱う塩魚問屋があり、本材木町には『新場』とよばれる魚市場がありました。その賑わいは江戸の名所として多くの浮世絵に取り上げられています。」
とあるが,鳶魚は,
本小田原町,本船町,按針町,長濱町,室町にわたっていたのが魚河岸,
で,寛永期からここにあった。新場(しんば)というのは,
「延宝年中に相模の浜方と申し合って,京都商人が資本を出し,それで木材木町の方へ別れた」
もので,小田原町は,房総二カ国と,もう少し遠海もの,新場は,豆相(伊豆・相模)二ヵ国と近海ものを扱う。つまり,すべてが,「江戸前」ではない。だから,
江戸前,
は,
近海と生きの良さ,
を標榜するブランドなのである。鳶魚が,
「実は芝浦で捕れはしないが,それを扱うのが新場なので,新場というものの景気は,江戸前の魚を商うということが何よりであった。」
とは,その意味である。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%89%8D
http://homepage3.nifty.com/shokubun/edomae.html
http://www.library.metro.tokyo.jp/portals/0/edo/tokyo_library/modal/index.html?d=200
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
上へ
「啖呵を切る」の「啖呵」である。辞書(『広辞苑』)には,
「『弾呵』の転訛か。維摩居士が十六羅漢や四大菩薩を閉口させた故事から」
と,注記して,
「勢い鋭く歯切れの良い言葉。江戸っ子弁でまくしたてること」
と意味を載せる。この注記は,他の辞書にはなく,『デジタル大辞泉』は,
「(「痰火」と書く)せきと一緒に激しく出る痰。また、ひどく痰の出る病気。」
が原義とし,
「喧嘩をする際などの、勢いよく言葉が飛び出す歯切れのよい言葉。」
「 香具師(やし)が品物を売るときの口上。」
という意味を載せる。因みに,香具師の口上は,例のフーテンの寅さんの,
http://www.asahi-net.or.jp/~vd3t-smz/eiga/dokuson8-2.html
に,その口上が出ているが,こういうのを,
啖呵売,
という。つまり,
「大声で,口上を述べ立てて,物品を売ること。」
である。話を元へ戻すと,『大辞林 第三版』は,
「弾呵(だんか)」の転
と。
「痰火(たんか)」の転,
と二説を並べる。『日本大百科全書(ニッポニカ)』も,
「語源については、『痰火(たんか)』から転じたとする説が有力である。『痰火』は痰の出る病、あるいは咳を伴って激しく出る痰をいい、のどや胸につかえた痰が切れて、胸がすっきりした状態を『痰火を切る』ということから、『痰火』に『啖呵』をあて、…『啖呵を切る』というようになったといわれる。また、仏語『弾呵(だんか)』からの転語説もある。弾は弾劾、呵は呵責(かしやく)を意味し、維摩居士(ゆいまこじ)が十六羅漢や四大菩薩を閉口させた故事による天台宗の方等部の教意で、自分だけが成仏すればよいとする小乗の修行者の考えを強くたたき、しかりつけることをいい、転じて『啖呵』の字をあて、相手を激しくののしることの意となったとされる。」
と。「痰火」は,
せきと一緒に激しく出る痰。また、ひどく痰の出る病気。
を指す。「弾呵」は,
維摩が羅漢や菩薩が,小乗の教えにとどまっているのを叱ること。
維摩居士については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%AD%E6%91%A9%E5%B1%85%E5%A3%AB
こんな問答が載っている。
「彼が病気になった際には、釈迦が誰かに見舞いに行くよう勧めたが、舎利弗や目連、大迦葉などの阿羅漢の声聞衆は彼にやり込められた事があるので、誰も行こうとしない。また弥勒などの大乗の菩薩たちも同じような経験があって誰も見舞いに行かなかった。そこで釈迦の弟子である文殊菩薩が代表して、彼の方丈の居室に訪れた。
そのときの問答は有名である。たとえば、文殊が『どうしたら仏道を成ずることができるか』と問うと、維摩は『非道(貪・瞋・痴から発する仏道に背くこと)を行ぜよ』と答えた。彼の真意は「非道を行じながら、それに捉われなければ仏道に通達できるということを意味している。」
と。「弾呵(だんか)」か,「痰火(たんか)」の転か,の二説のうち,『語源辞典』系は,「痰火(たんか)」の転を取っているようだ。
まず,『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E5%95%96%E5%91%B5%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B
は,
「『啖呵』はせきを伴って激しくでる痰(たん)、また、痰の出る病気のこと。もとは『痰火』と書き、体内の火気によって生じると考えられていた。これを治療することを『啖呵を切る』といい、治ると胸がすっきりすることからたとえていう。」
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ta/tankawokiru.html
は,
「啖呵を切るの『啖呵』は、もともと『痰火』と書き、体内の火気によって生ずると考えられていた咳と一緒に激しく出る痰やそのような病気のこと。『切る』は痰火(啖呵)を治療・治すこと。この痰火(啖呵)が治ると胸がすっきりするところから、香具師などの隠語で、品物を売る時に、歯切れ良い口調でまくしたてることをいい、相手をやり込める意味にもなった。一説には、自分の悟りを第一にすることにとどまっていることを叱る意味の仏教語『弾呵』に由来し、『叱る』という意味から、『相手を責める』『まくしたてる』という意味に転じたともいわれる。」
と。いきさつをみると,「痰火(たんか)」より「弾呵(だんか)」のほうが,僕には納得性があるように思えるが,決め手はない。
ところで,鋭くて歯切れのよいことば,また威勢よくまくし立てる「啖呵を切る」は,
「江戸っ子弁をいう」
とまで,江戸っ子の代名詞のようにされているが,三田村鳶魚は,辛辣に,あれは芝居が,特に,
二代目団十郎のつらね,
つまり,
歌舞伎,特に荒事(あらごと)では俳優の雄弁術をきかせる芸,
の,「悪対の塊りみたいなもの」だという。それに煽られた黄表紙や洒落本が作りだしたものだ,そして「江戸っ子の啖呵」の初出は,貞亨(じょうきょう)四年(1687)の『色の染衣(そめぎぬ)』という浮世草子らしい。そこに啖呵を切るシーンがあるらしい。その上で,現実の江戸っ子について,
「江戸っ子というものと,啖呵を切ることとは,どうしても離して考えられないようになる。ありもしないことでも,それが現実のように思われてくる。けれども実際の江戸っ子はどうだと言えば,『何でえ,ベランメエ』といった調子のごく短いもので,長い文句はない。殊に言葉の手っ取り早いのを好むふうがりましたから,『何が何して何だから』で用が足りる。長い文句などは実際言っていない。…とにかく芝居から背負い込んできた江戸っ子の啖呵というものは,芝居仕込みのものであります。」
と,啖呵を切る江戸っ子像は,芝居の作り出した虚像,ということらしい。因みに,「ベランメエ」は,
「べらぼうめ」の音変化,
で,「べらぼう」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/421256499.html
で触れた。ところで,かくいう三田村鳶魚は,「啖呵」の語源は,「啖火」説で,こう書く。
「漢方医の言葉で,喉に痰が詰まってゼイゼイいう,そこへ熱を持つから啖火というのですが,喉へからまる痰を切って出せば,気持ちがよくなる。そこで『痰を切る』という言葉ができた。『溜飲を下げる』などというのも同じことで,この悪対の塊りをだす。いわんと欲していうことのできないことを言う。芝居を見物して,それを喜ぶ。また,実際見ないでも,観て喜ぶ人たちの様子が,自分達を浮き立たせるから,見ない手合いまでが騒ぐ。芝居は,この悪対というものによって,江戸っ子に景気をつけ,人気取りをする。そこに悪態趣味というものができて,ツラネというものが喝采される。」
確かに,鳶魚の,
「息もつかずにいい調子でしゃべる。そんなことも江戸ッ子にはできるはずがないし,また彼等の知識ではああ見事には纏まらない。元来彼等には弁舌などはないので,殊に調子の修練などがあるのでないから,とても役者の真似は出来るものではない。中本に書いてあるようなことが言えるものでもない。本の上ないし舞台の上であればこそ,ああいうふうにいくのである。」
という如く,寄席の芸能に,
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rokyoku/syugyo.html
で,浪曲の啖呵の稽古が載っている。
「啖呵の稽古も必要です。啖呵は修行内容としては一番難しいといわれています。啖呵は内容を伝えるだけのリアルさを伴いながらも、節の延長としての音楽性が求められます。どんなにリアルに感じる啖呵であっても、浪曲である以上、皆、三味線の音色に乗っています。浪曲の醍醐味として、啖呵から節へ、また節から啖呵へと移行する際の心地よさというものがあります。知らず知らずのうちに啖呵が節へと変化し、それがまた啖呵に戻る。これがスムーズに行われることが求められます。つまり節と啖呵が一体化して調和していなければならないのです。これこそが感情の極みをダイナミックに聞き手に伝える大きな力となります。ところがこれが実に難しいのです。修練途上の浪曲師はどうしても、啖呵から節へ入る時に、途切れた感じがしてしまいます。」
そう,鍛錬しなくてはいえない口上ということなのだ。しかし,それが,香具師の口上に生き,店頭販売の口上に受け継がれているし,その江戸っ子像は,いまも芝居や落語に残る。そうした啖呵の例は,
http://www005.upp.so-net.ne.jp/sukeroku/bangai/tanka.htm
に詳しい。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
http://www.asahi-net.or.jp/~vd3t-smz/eiga/dokuson8-2.html上へ
よく,役者の三拍子,といって,
一調子,
二ふり,
三男,
というらしい(「一声二顔三姿」あるいは、「一声二振三男」とも)。調子とは,
口跡,
である。口跡については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/404019588.html
で触れた。多少重なるかもしれないが,辞書(『広辞苑』)には,
言葉遣い,ものの言い方,
歌舞伎で,俳優の台詞回し,またその声色,
と載る。一般的には,後者のコトのように思う。『世界大百科事典 第2版』には,
「俳優の音声演技の一要素。歌舞伎俳優の発声法,せりふ回し,エロキューションなどのせりふ術と,声音,高低などの声の質の両面をいう。歌舞伎の演技は,おもにせりふとしぐさから成り立つが,なかでも,古来から〈一声二振三男〉といわれるほど口跡の良さは,役者の質を評価する重要な要素である。口跡は役者の財産という意識がそこにある。」
とある。因みに,
エロキューション(elocution)
とは,
(聴衆に対する)話(演説・朗読)の仕方,語り口,台詞回し,演説法,雄弁術,朗読法,
の意で,語源は,ラテン語「表現」の意だという。まさに,日本語で言う,
滑舌,
である。滑舌とは,
http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%BB%91%E8%88%8C
に,
「人間が言葉をしゃべるとき、人間がその声を出す時、相手に理解してもらうために舌や顎や口をうまく動かしてはっきりとした発音をする。この動作が『滑舌』である。」
当然,口跡というとき,
発声法,せりふ回し,エロキューションなどのせりふ術
と,
声色、声の高さ、声の低さという基本的な声の質
の両面を指している。歌舞伎のせりふには,
「河竹黙阿弥作品に代表される七五調の音楽のような美しい名せりふや、『ツラネ』といって荒事芸などで主人公が花道で延々と(吉例などを)述べる長ぜりふ、2人以上の役者が交互に自分のせりふを喋り最後デュエットのように全員で声を合わせて終わる「割(わり)ぜりふ」、更には数人の役者がまるで連歌の会を催しているように順々にあとを続ける「渡りぜりふ」など、場面場面に応じた様々なせりふ術があります。」
というので,台詞回しはいのちと言ってもいい。もっとも,三田村鳶魚に言わせると,
「一体長いせりふを聞く芝居は二代目団十郎以来」
というのだから,言ってみると,自縄自縛の感がなくもない。例の,
俳優や声優などの養成所,或いはアナウンサーの研修等で暗唱,発声練習や滑舌の練習に使われている,
外郎売(ういろううり),
というのがある。全文は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E9%83%8E%E5%A3%B2
にあるが,たとえば,
拙者親方と申すは、お立ち会いの中に、 御存知のお方も御座りましょうが、 御江戸を発って二十里上方、 相州小田原一色町をお過ぎなされて、
青物町を登りへおいでなさるれば、 欄干橋虎屋藤衛門、 只今は剃髪致して、円斎となのりまする。 元朝より大晦日まで、 お手に入れまする此の薬は、
昔ちんの国の唐人、 外郎という人、我が朝へ来たり、 帝へ参内の折から、この薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、 冠のすき間より取り出す。
依ってその名を帝より、 とうちんこうと賜る。 即ち文字には、 「頂き、透く、香い」と書いて 「とうちんこう」と申す。
というで出しである。僕も,ボイストレーニングだか,朗読だかで,チャレンジさせられたことがある。
これは,劇中に出てくる外郎売の長科白で,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E9%83%8E%E5%A3%B2
に,
「外郎売(ういろううり)は、享保3年(1718年)正月、江戸森田座の『若緑勢曾我』(わかみどり いきおい
そが)で二代目市川團十郎によって初演された歌舞伎十八番の一つである。 現在は十二代目團十郎が復活させたもの(野口達二脚本)が上演されている。」
とある。まさに,役者の台詞回しの見せ場を,団十郎自らが作り上げていった,というべきものなのかもしれない。
この台詞の口上は,
啖呵,
啖呵売,
ひいては寅さんのような香具師の口上につながっていく。このことは,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435717090.html?1459023472
で触れた。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E9%83%8E%E5%A3%B2
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
http://ohanashi.edo-jidai.com/kabuki/html/ess/ess073.html上へ
鼻っ張りという言い方は,昨今はしない。が,
鼻っ柱,
と,ほぼ同義らしい。辞書(『広辞苑』)には,
表面だけの原基,虚勢,
博奕で,はじめに張ること,
と意味が載る。後者の意味は,
端っ張り,
から来たのかな,という気がするが,どうも,これが鼻っ張りの由来らしい気がする。鼻っ柱は,
「はなばしら」の音変化,
で,
人と張り合って負けまいとする意気。向こう意気。負けん気。鼻っぱし。鼻っぱり,
と意味が載る。ただ,
向こう気,
と
虚勢,
は,微妙に違う気がする。向こうっ気は,
向こう意気,
で,相手に張り合う気持ちで,虚勢は,
から威張り,
で,似ていると言えば似ているが,向こうっ気は,向こう意気だから,
「ムコウ(向き合う)+意気」
で,負ける物かという前のめりの気持ちであり,虚勢は,中国語の,
「虚(うそ・いつわり)+勢(いきおい)」
で,見せかけでしかない。だから,実際に,衝突になったら,背を見せるが,向こうっ気は,背を見せてなるものかと,踏ん張る。それがなければ,「向かう」とは言わないだろう。まあ,
負けん気,
とか
負けず嫌い,
に近い。いわゆる,江戸っ子の「ベランメエ」は,そんな感じかもしれない。鼻っ張りが,
娑婆っ気,
に近い,と三田村鳶魚は書く。娑婆っ気については,「娑婆」について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/432359262.html
で,触れた折に,
現世に執着する心。世俗的な名誉や利益を求める心
という意味だと書いたが,鼻っ張りと並べて見ると,
見え,
と重なってくる。「見え」は,
動詞「みえる」の連用形から。「見栄」「見得」は当て字,
で,
見た目。外観。みば,
(「見栄」と当てる)見た目の姿を意識して、実際以上によく見せようとする態度。体裁をつくろう,
(「見得」と当てる)歌舞伎の演技・演出の一。俳優が、感情の高揚した場面で、一瞬動きを停止して、にらむようにして一定のポーズをとること,
とある。観客(世間と置き換えてもいい)を意識して,強がる,という感じであろうか。そこまでは,確かに,虚勢だが,そこで,引かずに,向き合うから,向こう意気となる,のではないか。
この先に来るのが,「男立」ということになろうか。「男立」は,
「男+立て」で,男気があり,弱いものを助け,強いものを挫くことを言います,
とある。男伊達は,当て字である。『ブリタニカ国際大百科事典』には,
「いわゆる『旗本奴』『町奴』に代表される『かぶき者』,すなわち無頼の徒のこと,あるいは,それらの連中が身につけていた戦国の余風ともみえる男の風俗のことをいう。三升屋二三治の『紙屑籠』の『男達テ』の項には,『二代目団十郎栢莚,男達のやつしにも下に紅絹のむくを著る事,男達の襦袢はもみのゑりなし故に,荒事師のもみむくより出たるものか,りつぱにしてつよみあるを好むといふ』とある。」
とある。彌造の項で,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422606177.html
触れたが,これもまた,鼻っ張りの類である。鳶魚は,
「この『男』というのは、武士のことをいうので、『男をやめる』といえば、帰農か帰商かしてしまうことである。従って、男達というものは、大概武士の筋目』
と言い,
「男を立てるというのは、武士を立てるというのと同じことなので、根からの町人や 百姓の言うべき言葉でもなし、思うべきことでもなかった。」
はずなのである。それを町人が真似て,「男立」を競う。そして,滑稽なことに,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163232.html
で触れたように,その男立を,江戸後期には,侍が真似る,というマンガチックなことが起こる。侍というものが無用の長物だった証といっていい。いずれも,
鼻っ張り,
に過ぎない。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
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勇肌や勇み足の,
勇み,
である。辞書(『広辞苑』)には,
勇気,気力,
勇ましい手柄,
任侠の気概に富み,言動の異性のいいこと,おとこだて,
とある。『古語辞典』には,
(戦いや争いに臨んで)気持ちが奮い立つ,
とある。「勇む」の語源は,
「イキ(息・気)+スサム(進む)」の音韻変化,
とある。
心が奮い立ち,勢いづく,
という意味である。『大言海』も,「勇む」について,
「息進(いきすさ)むの約略なるべし」
と書き,
気噴(いきふ)く,いぶく,憤(いくく)む,息含(いきくく)むの約略,
と例を挙げる。
漢字の「勇」は,
「甬(ヨウ)は『人+音符用』からなり,用は突き通す意を含む。足でとんと突き通すように足踏みするのを甬・踊という。通と縁が近い。勇は『力+音符用』で,力があふれ足踏みして奮い立つ意。また,衝(まともに直進して突き当たる)とも縁が近い。」
とある。しかし,そのニュアンスを感じ取るには,『大言海』がいい。
「市人の,気概(いきはり)を衒(てら)ふ者。其の気立てを,いさみ肌,きほいはだ,と云ふ。」
気概を,
いきはり,
と訓ませ,意気地を張る,というニュアンスにし,それを衒う,つまり,
見せびらかす,ひけらかす,
という含意を持たせている。
しかし,そういうのを喝采するひとがいるから,ますますいきがる,ということになる。
三田村鳶魚は,神田祭の唄を紹介し,
「色のよくならこつちでも、常からぬしのあだな気を、しつてゐながら女房に、成つてみたいのよくがでゝ、神や仏 を
たのまずに、義理もへちまのかはばをり、親分さんのお世話にて、わたりもつけてこれからは、世間かまはず人さんの、まへはゞからず引よせて、たのしむうちに又ほか
へ、それからやみと口ぐせに。」
「まつりのなア、はでな若いしゆが、いさみにいさみ、身なりをそろへて、やれはやせ、それはやせ、花だしてこまへけいごに行列、よんやさ、男だてじやのやれこれさ、たて
ひきじやのと、いふちやわたしをこまらせる。」
祭の鯔背な若い衆に惚れて飛び込んだ女性を唄ったものだという。古くは,
備後福山十万石の水野日向守勝成の三男,三千石の旗本出雲守成貞(二代将軍秀忠のお小姓づとめをして三千石貰っ た)が,いわゆる旗本奴を気取り,
「頭は糸鬢、鎖帷子の着込み、棕櫚柄の大小をさし、着物を短く短く着て、脛が五六寸も出ている」
という奴風で歩いているのを,蜂須賀阿波守至鎮(よししげ)の女がその男振りに惚れ込んで、身分違いを越えて,無理に嫁に行った,という。
もっと時代が下ると,鳶魚は,
「時勢がずっと下って元文頃になりますと、旗本衆の妻や娘の、家出をしたり、駆落をしたりする者が多くなっている。
大昔の寛永・正保の頃ですら、蜂須賀蜂須賀侯の女のような人があったのですから、元文期に旗本衆の女達の様子がそうなったのは、思い遣られる。行儀の面倒な武家でさえ、こんなふうである。まして身柄のない民間の話になれば、もっと片づきのいいのは知れたことです。」
と書く。それが,上述の神田祭の唄につながる。河竹黙阿弥が,芝居で,
「是もみんな其方の身のすきずき、お嬢さんと言はれるのが、ちいさい時から、わたしは嫌ひ、油でかためた高髷も、つぶしの島田に結ひたい願ひ、御殿模様の文字入りより、二の字繋ぎ
褞袍が着たく、御新造さんや奥さんと、呼ばれるよりも家のやつ、家の人にといひたさに、親をば捨てゝ勘当受け、おまへの女房になつたわたし。」
と,心境を語らせている。しかし,である。その勇みを煽ったのは,芝居である,と鳶魚は言う。たとえば,役者の見立絵がある。
「見立絵というのは無論役者です。役者の顔や役者の身体を持ち込む。手許にある弘化期のもので、三番物の『勇の寿』という纏持ちを中心にしたものがあります。
一枚絵の方では『勇商人』という名がついていて、水菓子売り・俵売り・糸つり人形売り・稗蒔売り・葛餅売り・葱売り・水売り・鮨売り・鰹売り・五月人形売り・読売売りなんていうものを画いたのがある。これらは、いずれも実物との距離には無頓着で、いかにも綺麗に心持よく画き出されている。」
江戸っ子が,芝居を通して作りだされた経緯については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435717090.html
の「啖呵」で触れた。
「江戸ッ子というものが見物されているのである。見物されて喝采される。その喝采につれて踊っているようなものなのであります。」
と,鳶魚は言うが,女子に持て囃されて,ますます勇み立つ,という心情はわからないでもない。平和な時代だったということではあるまいか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
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江戸っ子の由来を語るところで,三田村鳶魚は,
「早いところで、頼朝が鎌倉に覇業を興したのも、尊氏が京都へ攻め上って室町幕府を拵えたのも、皆坂東武者が全日本を圧倒したのであって、坂東武者の骨ッ節のお陰であった。北条早雲が上方から関東へ出て来て,関八州を取って、上方を威嚇していたというのも、また坂東武者の力でありました。…秀吉
が関東の城々を攻め破ってしまったので、統帥というものがなく、団結というものがなくなって、纏まった権力や資力からは離れてしまったが、それはやがて土豪となり、土
族となり、泥坊となり、博徒となって残ってきた。 そのなぐれの端が江戸ッ子である。」
と,鼻っ柱の強い,江戸っ子の気風を,まあ,漫談ふうに披瀝している一節で,その下地がある,と言いたいらしいのだが,
「けれども、たいしたことは無論出来ないが、上の威光、すなわち、政府に対し、また、大名・旗本、その他身分の上な者に対しても、鼻ッ張りが強いというわけにもゆかない。」
と,しかし,さすが,鳶魚,見るべきものは見ている。
ところで,本題は,そこではない。かつては坂東武者として名を成した,
「そのなぐれの端が江戸ッ子」
という,
なぐれ,
が気になった。辞書(『広辞苑』)には,
「ナグレルの連用形から」
と付記して,
横にそれること,
使い終わって不用になったもの,売れ残り,なぐれもの,
なぐら(海上の風がおさまったあともなお高く立っている波。なごろ。),
とある。「なぐれもの」とは,
売れ残った者,
の意から,そのメタファで,
身を持ち崩したもの,
落ちぶれた者,
という意になっている。どうも,
成れの果て,
というのが,意味が近い気がする。成れの果ては,語源的には,
「成るの連用形+の+果て」
で,成ってしまった果て,の意。
惨めで落ちぶれた姿,
を言う。『大言海』は,
「為(なり)の果ての訛か」
と書く。いずれも,「なる」と訓むが,「成」「為」では,微妙に違う。漢字「成」の字は,
「丁は,打ってまとめ固める意を含み,打の原字。成は,『戈(ほこ)+音符丁』で,まとめ上げる意を含む。」
とある。だから,
つくろうとしたものが,しあがる,
なしとげる,
変化してある状態になる,
という意味になる。「爲(為)」の字は,
「爲の原字は,象を手名づけて調教するさま。人手を加えて,うまく仕上げるの意。転じて,作為を加える→するの意となる。また原形をかえて何かになるとの意を加えた。」
とある。「する」「なす」のという意味の違いは,
「為」は,事をするなり,
「成」「就」は,為したることをしとぐるなり,
「作」は,為なり,はじめつくる義,
と区別する。そうすると,「為」「成」の差は,「行為」の方に焦点を当てるか,し遂げた結果に焦点を当てるか,の違いなのだろうか。
「成り果て」について,『古語辞典』には,
すっかり終る,
もはやこれまでという状態になる,すっかりだめになる,
と,「時の経過の結果として,よくない状態になるの意にいうのが普通」として,
すっかり〜になる,
と,
すっかりおちぶれてしまう,
の意味を載せる。どうやら,成れの果ては,
どん詰まりの状態,
というニュアンスがある。その意味では,
結果として売れ残った,
というニュアンスの「なぐれの端」と,似てなくもないが,売れ残りとは,
はじき出された,
とか
はぐれた,
というニュアンスがある。つまり,
はぐれもの,
である。それは,成れの果てとは言わない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
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八幡船は,
ばはんせん,
あるいは
ばはんぶね,
と訓む。
はちまんせん,
とも訓むが,
ばはんせん,
のほうが,僕には通る。子供の頃,海賊船を主役にしたラジオドラマをやっていて,夢中になって聞いていた記憶がある。そのタイトルは,「ばはんせん」だったと思う。耳から覚えた。ちょっと調べたが,見当たらず,どうやらそれを映画化したらしい,
http://movie.walkerplus.com/mv23049/
に辿り着いただけである。辞書(『広辞苑』)では,「ばはんせん」として,こうある。
「室町末期から安土桃山時代にかけて,中国・朝鮮の沿岸を侵略した日本の海賊船を,明人などが称した。江戸時代には密貿易船の称。はちまんぶね。」
とある。因みに,「八幡(ばはん)」を引くと,
「倭寇の異称。『和漢三才図絵』によれば,倭寇がその船に立てた旗に『八幡』の神号を記したのを,明人がバハンと読んだからという。」
とあるほかに,
外国へ略奪に行くこと,
国禁を犯して海外に渉ること,海外にわたって密貿易を行うこと,
とあり,八幡船の略でもあるが,ほぼ意味が重なる。「ばはん」「ばはんぶね」は,室町末期の日葡辞典(イエズス会)にも載っているらしい。
「神号」は,『日本大百科全書(ニッポニカ)』に,
「本来の神名(じんめい)に対して、その神の性格によって加える称号をいう。尊崇の意による皇大神(おおみかみ)・大神(おおかみ)・明神(みょうじん)・菩薩(ぼさつ)・権現(ごんげん)・天王(てんのう)などと、区別して用いる天神(てんじん)・地祇(ちぎ)・正宮・新宮・今宮(いまみや)・王子、若宮(わかみや)などの例がある。皇大神(皇大御神(すめおおみかみ))は元来『天照坐皇大神(あまてらしますおおみかみ)』として天照大神のみの尊称であったが、のち豊受(とようけ)大神・春日(かすが)・熱田(あつた)・賀茂(かも)などの諸社に限って用いられた。大神(大御神)は古典には黄泉津(よもつ)大神、伊邪那岐(いざなぎ)大御神、猿田彦(さるたひこ)、住吉(すみよし)などの神名にみえるが、後世には信仰する神に対する尊称として広く用いられた。明神は社格を示した名神(みょうじん)と並称されたが、のちに明神が一般に通用され、また吉田家の執奏により大明神号が授けられ、多くの神社で大明神と称することが多くなった。仏説に拠(よ)る尊称として菩薩号(八幡(はちまん)大菩薩・妙理(みょうり)〈白山〉など)、権現号(箱根・熊野・東照(とうしょう)大権現など)、天王号(祇園(ぎおん)・藤森など)があるが、これらは明治以降は慣習による私称以外は禁ぜられた。また区別に用いる例として、神系による天神(あまつかみ)と地祇(くにつかみ)、本社・分社の別である本宮と新宮・今宮・王子、本社の御子神(みこがみ)としての若宮などがある。」
この場合,
八幡あるいは
八幡大菩薩
と,掲げていたことになる。『世界大百科事典 第2版』によると,
「〈ばはん〉は,戦国時代から安土桃山時代にかけての用例では海賊行為を意味し,江戸時代中期以後では密貿易を意味する言葉。〈八幡〉のほか〈八番〉〈奪販〉〈発販〉〈番舶〉〈破帆〉〈破幡〉〈波発〉〈白波〉〈彭亨〉などの文字もあてられている。《日葡辞書》はBafãと記している。語源は外国語であるという意見が有力である。ただ江戸中期に書かれた《南海通記》が倭寇(わこう)が八幡宮の幟(のぼり)を立てていたので八幡船と呼ばれたと書いたところから,ばはん船は八幡船であり,すなわち倭寇の異名であるとする考えが広く流布するようになった。」
と,「ばはん」は,「八幡」と当てたことで,もっともらしくなったが,別の意味だったのかもしれない。『日本大百科全書(ニッポニカ)』は,
「日本以外の地、すなわち中国その他に略奪に行くことをバハンといい、また他国へ略奪に行く盗賊の船をバハンブネと称した。中国では『発販』『破幡』『破帆』『波発』『白波』『彭享』とバハンは発音され、日本では『番販』『奪販』『八幡』『謀叛』『婆波牟』、あるいは単に平仮名で『ばはん』があてられた。
バハンの語源については、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の信仰に由来するという説と、ポルトガルや中国などの外国語に由来するとの二つの説がある。前者は、江戸時代の1719年(享保4)香西成資(こうざいしげすけ)の『南海治乱記(なんかいちらんき)』が『わが国の賊船が八幡宮の幟(のぼり)を立て、洋中に出て、西蕃(せいばん)の貿易を侵して財産を奪った。その賊船を八幡船とよんだ』と記しているのが出所である。海上安全を祈願して八幡大菩薩の幟を立てたことは一般的な風習だが、そこにバハン船の語源を求めるのは賛成できない。外国語に由来しているとみたほうが妥当であろう。のち、バハンは海賊行為や略奪行為一般をさし、江戸時代には抜け荷もそうよぶようになった。」
と,はっきり,「ばはん」を「八幡」と当てることに異論を投げかけている。
「はちまん(八幡)」は,
「八(八つ)+幡(はた,のぼり)」
が語源で,武人の神。
「応神天皇誕生の時,八つの幡(バン)が,…!から降りてきた伝説による」
と,『語源辞典』にある。八幡神は,
やはたのかみ,
はちまんじん,
と訓み,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E
には,
「日本で信仰される神で、清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武運の神(武神)『弓矢八幡』として崇敬を集めた。誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、応神天皇と同一とされる。また早くから神仏習合がなり、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と称され、神社内に神宮寺が作られた。」
とある。『大言海』には,「八幡大菩薩」について,異説はあるが,と断って,
「白幡四旒と赤幡四旒と,天より筥崎の地に降りれるより名起こる」
と記す。そのはずで,八幡神を応神天皇とした記述,
『古事記』『日本書紀』『続日本紀』
に一切見られない。八幡神の由来は応神天皇とは無関係であった,らしいからである。武人に尊ばれ,
海の神,
ともされることから,倭寇が,八幡大菩薩を掲げていたが,所詮,海賊は海賊である。やはり,
八幡船,
より,
倭寇,
がふさわしいような気がする。因みに,倭寇については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%AF%87
https://kotobank.jp/word/%E5%80%AD%E5%AF%87-154019
に詳しい。
参考文献;
https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E8%88%B9-115979
http://www.tanken.com/wako.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E
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「きおい」は,
きおいたつ,
と言った使い方をするが,
気負い
とも
競い
とも
勢い
とも,
当てる。微妙に,当てる漢字で,ニュアンスが違う気がする。辞書(『広辞苑』)には,
きおうこと,競争,
きそいあうように事が起こる,その勢い,または余勢,
張りあい,励み,
(「気負い」とも書く)自分こそはと勇み立つこと,意気込み,
とある。「きおう」の語源は,
「キソウ(競う)の変化(音韻交替)です。中世以降,自分こそはといった考えを表すようになり,『気負う』と書かれるようになります。」
と,『語源辞典』にはある。『大言海』は,
「いきほふ(勢)の上略か。きそふ(競)も,息添(いきそ)ふ,きかふ(錯)も,行き交ふの上略なるべし」
と書く。『古語辞典』に,「きほひ」について,
「勢い込んでわれ先にする意。類義語きそひは,相手に抜きん出ようとする意。」
と,その辺りのニュアンスを伝えている。
「競」の字を,共に当てたために,紛らわしいが,「きそひ」が,先陣争いしているさまを言っているのに対して,「きほひ」は,その最中にある当人の,主体的な気持ちを言っている,ということになろうか。
『古語辞典』には,
勇肌,
の意味も載せている。勇みについては,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435961747.html
で,触れた。まあ,任侠肌ということになる。
「競(竸)」の字は,会意文字で,
「『言+言+人+人』で,二人の人が,言葉で言いあって勝つか負けるか,やりあうことを示す。」
とあり,
競う,張りあう,競り合う,
という意味で,主体的な気負う,意味は少ない。「勢」という字は,
「埶は,演芸の芸(藝)の原字で,『木+土+人が両手歩をのばす形』の会意文字で,人が木を土に植え,よい形に整えるさま。勢は,それに力を加えて強制し,他のものを程よい形に整える意を示す。転じて,自分ではどうにもならない,外からの勢いの意となる。」
とある。この漢字の意味からすると,「きおい」に,
勢い,
を当てるのは,自分でコントロールできない,時代や集団の圧力に流される,という意味が加わる。その意味で,「きほひ」に,
気勢,いきおい,
とか,
余勢,
の意味があるのは,主体の「われ先に」という気持ちが,「勢」を当てて,その意味が広がったともいえる。相手との関係のなかで,負けじ,と競う,ところから,そのときの,
負けじ,と意気込む,
その気持ちに焦点が移ったとき,
気負う,
と,当てたのは,凄い,と言えるのかもしれない。「気(氣)」の字は,
「气(き)は,いきが屈曲しながら出てくるさま。氣は『米+音符气』で,米をふかすときに出る蒸気のこと」
で,鼻息の荒さが,眼に見えるようだ。「負」の字は,
「『人+貝(財貨)』で,人が財貨を背負うこと」
を意味する。
背に背負いこんで,意気込んでいる,
と言うニュアンスが,
気負う,
には,眼に見えるようだ。
競い口,
とは,
意気込む弾み,勢いづいた途端,調子に乗ったとき,
という意味で,まあ,前のめりに,気負ったときはろくなことはない。
競い口には伯母をも,
とは洒落にならない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「つんでれ」は,
ツンデレ,
と表記するモノらしい。迂闊なことに,僕は,この謂れがよくわからない。手元の辞書には載らない。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C4%A5%F3%A5%C7%A5%EC
には,
「気が強い(ぶっきらぼうな性格の場合も有り)ため、好意を寄せている相手を突き放すような態度をとってしまう、照れ屋な性格のこと。」
「主人公に対して刺々しい態度(ツンツン)を取っていたのが、何かのきっかけで急速に好感度を上昇させる(デレデレ)ヒロインのこと。」
とあり,こう解説する。
「ラブストーリーの登場人物としては、珍しくないパターンであり、ベタとも王道とも受け取れる手法である。
大まかな区分として、無口で非社交的なタイプと(シャナなど)、プライドが高くて活発なタイプ(ハルヒなど)の2通りが存在する。」
「シャナ」とは,ライトノベル,高橋弥七郎『灼眼のシャナ』のヒロインの名。「ハルヒ」は,ラノベで有名な,涼宮ハルヒのことではなく,葉鳥ビスコの『桜蘭高校ホスト部』シリーズのヒロイン兼ヒーロー・藤岡ハルヒのこと,らしい。
ライトノベルについては,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163370.html
で書いたが,
「ラノベ,という文芸ジャンルがある。正式名称は,ライトノベル。従来の文芸作品全般を『ヘビー』なものと考え,質量ともに『ライト』であることを追求した小説群のことを指す。読者層は主に中高生とされている。しかし,…平成生まれの世代は,そのほとんどが,何らかのかたちでラノベの影響下に(あるいは,ラノベを意識せざるを得ない状況下に)育ってきたといえるだろう。だが一方で,昭和生まれの世代ほとんどにとって,ラノベはある日突然降ってわいた『よく分からないジャンル』である。」
少女漫画も,ラノベも,重なる,若い世代にとって当たり前の言葉遣いが,一般社会に通用する,その一種なのかもしれない。たとえば,
やばい,
という言葉が,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/404842040.html
で触れたように,限定された世界での隠語であったのに,一般に使われるようになったように。
ツンデレは,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC
によると,
「元々はギャルゲーの登場キャラクターの形容に用いられる用語であったが、2005年頃からは一般の人々の間でも使われるようになった。」
とあるが,
http://www.ic.daito.ac.jp/~jtogashi/articles/togashi2009a.pdf
では,
「『ツンデレ』と呼ばれる概念は、2002年後半にインターネット上のスラングとして登場し、おおむね2004〜2005年を境として、一般層にも普及しつつある。」
として,「ツンデレという言葉の起源」を,
「『ツンデレ』という言葉は、『あやしいわーるど@暫定』というインターネット掲示板において誕生したとされている。『あやしいわーるど@暫定』そのものは既に閉鎖されているが、過去ログを検索できるサイト『あやしいわーるど@検索(http://strangedb.ath.cx/)』が存在するので、そこで正確な日付を調査」
して,
「投稿者: 投稿日:2002/08/29(木)00時28分42秒
> 貴殿ら大空寺大空寺と言ってるがあんな性格が悪くて馬鹿そうな奴の何処が良いんだ?
ツンツンデレデレが良いとか聞くな
漏れはまゆのほうがいいけど」
に辿り着いている。この後,しばらくは,
「ツンツンデレデレ」
と使われ,
「ツンツンデレデレ系」
「ツンツンデレデレキャラ」
と言うやり取りが続く。この「ツンツンデレデレ」が,例によって略されて,
ツンデレ,
となった,ということになる。
因みに,『君が望む永遠』
とは,
http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%90%9B%E3%81%8C%E6%9C%9B%E3%82%80%E6%B0%B8%E9%81%A0
によると,
「君が望む永遠とは、2001年8月3日に発売されたPC(Windows)用のエロゲーである。のちに家庭用機向けにアレンジされてDreamcastとPS2に移植された。」
とあり,
「エロゲとは、狭義には年齢制限を持つアダルトゲームのうち、その制限(一般には18禁)の主な理由が性的表現(セックスシーンなど)があるために年齢制限されるゲームのことである。」
とある。ツンデレを,富樫氏は,
「基本的には、『ツンツン』という要素と『デレデレ』という要素の、相反する二つの要素が混在しているのがツンデレと呼ばれる属性である。…ギャップ(落差)の存在がツンデレの主たる要素として注目されるようになった。ツンデレ属性とは、特定の人物に対する特別な感情を素直に表現しないキャラクターとして位置付けることができる。」
と概念を説明し,
「昨今のサブカルチャー作品において、ツンデレキャラクターは必要不可欠な存在となっており、作品そのものに言及する場合においても、ツンデレの存在が意識されないことはないといえる。」
と書く。一般に,「やばい」ほど,流通していないが,世代の中では,共通語として,言語感覚だけでなく,その言語の先に見えているものも,ある程度共有できているのだろう,か。
参考文献;
冨樫純一「ツンデレ属性と言語表現の関係―ツンデレ表現ケーススタディ―」(シンポジウム「役割・キャラクター・言語」(2009/03/28,29
神戸大学百年記念館)
http://www.ic.daito.ac.jp/~jtogashi/articles/togashi2009a.pdf
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「いのり」は,
祈り
あるいは
祷り
と当てる。意味は,辞書(『デジタル大辞泉』)には,
「動詞『の(宣)る』に接頭語『い(斎)」が付いてできた語』
とあり,
神や仏に請い願う。神仏に祈願する,
心から望む。願う,
という意味が載る。『語源辞典』にも,
「い(斎・いみ・神聖)+のる(宣)」
で,
「神聖な気持ちを口に出して願う意」
とある。『古語辞典』には,少し違う,
「イはイミ(斎・忌)・イクシ(斎串)などのイとおなじく,神聖なものの意。ノリはノリ(法)・ノリ(告)などと同根か。妄りに口に出すべきでない言葉を口に出す意」
とある。「みだりに口に出すべきでない言葉」というところに意味があり,転じて,
呪う,呪詛する,
になる,とある。因みに,呪うについては,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/403152541.html
で書いたように,
語源的には,
「祈る(ノル)」+「ふ」
で,基本は,「祈る」の延長戦上にあるものらしい。
祈り続ける,
には違いないが,
相手に災いがあるように祈りつづける,
ということらしい。因みに,『古語辞典』には,
「トナヘは呪文や経文を口にする意」
「ネガヒは,神を慰め,その心を安らかにして,自分の望みをかなえてくれるような取り計らいを期待する意」
とある。「呪」の字は,
「口+兄」
で,もともとは,「祈」と同じで,
神前で祈りの文句を称えること
なのだが,後,「祈」は,
幸いを祈る場合,
「呪」は,
不幸を祈る場合,
と分用されるようになった,とある。ついでに,「祈」の字は,
「斤は,物に斧の刃を近づけたさまを描いた象形文字で,すれすれに近づく意を含む。近の原字。祈は『示(祭壇)+音符斤』で,目指すところに近づこうとして神にいのること」
「祷(禱)」の字は,
「壽の原字は,「長い線+口二つ』の会意文字で,長々と告げること。音は,トウ。祷の本字は,それを音符として,示(祭壇)を加えた文字で,長々と神に訴えていのること」
とある。『日月神示』には,
「祈りとは,意が乗ること」
と言う。「霊の霊の霊(神)」と体(人間)と合流して一つの生命となること」と説く。
言霊とは,ただ言葉が霊力を持つ意味ではない。
http://ppnetwork.seesaa.net/article/403055593.html
で書いたように,
「人間の口から発せられたことばが,その独自の威力を発揮し,現実に対して何らかの影響を及ぼす,といった単純な機構ではない。神がその霊力を発揮することによって,『言霊の幸はふ国』を実現し『言霊の佐くる国』を実現するのだというのが,(@とAの)『言霊』に反映する考え方なのである。」
「言霊」を読みこんだ確かな用例は,『古事記』『日本書紀』『風土記』を含めて,『万葉集』の以下の三首以外にないそうで,@とAというのは,
@神代より 言ひ伝て来らく そらみつ倭国は 皇神の 厳しき国 言霊の幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり…(山上憶良)
A志貴島の 倭国は 言霊の 佐くる国ぞ ま福くありこそ(柿本人麻呂)
B言霊の 八十の衢に 夕占問ふ 占正に告る 妹相寄らむと(柿本人麻呂)
を指す。そこから,
「人間の発することば自体に威力があって事が実現するのではなく,人間の発することばを聞き入れた神が事を実現してくれる…,」
というわけであり,ことばに霊力がやどると信じたのは,
「人々の間で日常的に何気なく交わされることばではな(く)…儀礼の場で事の成就を願う非日常的な状況において,特別な意識をともなって口から発せられることばに霊力がこもる…」
のである。その意味で,真の祈りが,言霊なのである。
『論語』(述而篇)に,
「子疾む。子路祷らんことを請う。子曰く、諸(こ)れ有りや。子路対(こた)えて曰わく、有り、誄(るい)に曰わく、爾を上下の神祇に祷ると。子曰く、丘の祷ること久し。」
とある。孔丘は,ずっと祈っていた,という。ことに臨んで,あわてて祈る子路への皮肉である。
あえて,言葉に力があるとすると,その言葉の向こうに見える物を信じているときではないか。そのとき,人は知らず,おのれにとって,言葉は言霊となる。さらに,
祈りとは,
「口と心と行と三つ揃わねば」
とある。でなければ力を持ちえない。
参考文献;
中矢伸一『日月神示』(徳間書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
佐佐木隆『言霊とは何か』(中公新書)
上へ
浅学にして「こずむ」という言い回しを知らなかった。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2409543.html
にも,
「例えばココアを熱い牛乳に溶かした時に、溶けきらなくて粉が底に沈むことがありますね。そのような場合、私の家では『こずむ』と言っていたのですが、妻は『そんな言い方はしない』と言います。」
と,方言ではないか,という質問があった。しかし,辞書(『広辞苑』)には,「こずむ」は載っている。
かたよる,かたむく,特に馬がつまずいて倒れかかる,
ひとつところにかたよってあつまる,ぎっしり詰まる,混む,
筋肉が凝る,
気持ちが暗くなる,心もちが捩じれてくる,
という意味が載る。どうやら,「かたよる」とか「かたまる」という意味が,それのメタファーというかアナロジーで,意味の外延が広がっていったようである。その隠語として,
「相場が上へも、下へも動く気配の見えない場合」
にも使うらしいが,これも「かたよる」のメタファーとみることができる。漢字は,
偏む
と当てるが,「偏む」は,
かたずむ,
とも訓む。「かたずむ」は,
片ずむ,
とも当て,
かたよる,
一方へ傾く,
という意味になる。辞書(『広辞苑』)では,
「ツムのかなづかい未詳。一説に,『詰(つ)む』とも」
とある。『大言海』は,
片詰む,
とあてている。偏る(かたよる)は,
片寄る,
とも当てるので,確かに,片詰むというのは,意味から来ている。この意味は,「偏」の字を当てたせいかもしれない。
「偏」の字は,
「扁は,『戸(平らな板)+冊(薄いたんざく)』の会意文字で,薄く平らに延びたの意を含む。平らに延びればいきわたる(→遍),また,周辺にいきわたると周辺は中央から離れるの意を派生する。偏は『人+音符扁』で,おもに扁の派生義,つまり中心から離れてかたよった意をあらわす」
とあるので,この漢字の意味に引きずられている,ということはある。
『大言海』は,「こづむ」は,
片詰むの約,
とし,
「かづむ,こづむと転じたにはあらぬか,堅磐(かたしいは)をかしは,炊(かしき)を甑(こしき),聞かしめずを聞こしめず」
と,転訛の例を挙げている。とすると,「片詰む」が「こずむ」より先ということになる。
因みに,「かたよる」は,
「片+寄る」で,重みや考えが片方に寄るの意で,
「偏るは当て字」
とある。つまり,意味から,漢字「偏」を持ってきた,ということになる。『江戸語大辞典』では,
片詰む(かたずむ)
で表記し,「かづむ」「こず(づ)む」では載らない。で,かたよる,という意味の他に,
かたくるしい,
融通が利かない,
という意味を乗せる。「片づける」とも使う「片」は,
「介(人+八)わける意kat」からで,片方という意,
と
「蒙古語kaltas」で,「ツングース語kaltakas」が語源の側,片の意,
の二説ある。中国語「片」は,
「片は,爿(しょう 寝台の長細い板)の逆のかたちであるともいい,また木の字を半分に切ったその右側であるともいう。いずれにせよ,木の切れ端を描いたもの。薄く平らなきれはしのこと」
とある。切れ端が寄せられる,くっつけられる,ところから,片寄る,片付くがあるとすると,これも,「片」の意味から当てはめたもので,もともとは,ツングース系かどうかは別に,
「かた」
という言葉が,一方とか一片という意味で使われていて,それに漢字「片」を当てはめたことになる。
いつも思うが,
片詰む,
と書くのと,
かたづむ(かづむ)
と書くのとでは,明らかに,前者の方が,視界が開く。漢字の持つ威力を,また再確認させられた。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
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駆落ちは,今の常識では,
「恋し合う男女が連れだって密かに他の地へ逃亡すること」
という意味で,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A7%86%E3%81%91%E8%90%BD%E3%81%A1
には,
「駆け落ちは、愛し合っている男女の一方または双方の親に、身分や人種などを理由に結婚または交際を反対された場合や、男女の一方が既婚であったり、望まない結婚を親に強要された場合、最後の手段として決行する場合が多い。
未成年で一方または双方に保護者がいる場合の駆け落ちは、刑法上では結婚目的の略取・誘拐罪が適用される。
18世紀ごろのイングランドでは、結婚許可証の発行や異議申し立て期間の存在など、婚姻に関する厳しい制限があったため、イングランドを出てスコットランドのグレトナ・グリーンで結婚する駆け落ちが流行した。」
という意味しか載らない。しかし,辞書(『広辞苑』)には,他に,
密かに逃げて,行方をくらますこと,特に武士が戦場に負けて逃げること,
(「欠落」と書く)江戸時代,庶民が逃げうせること。いまの法律用語の「失踪」と同意に用いた。走り,逐電,出奔,
と意味が載る。『大辞林 第三版』には,所謂駆け落ち,「親から結婚の許しを得られない男女が,しめし合わせてひそかによそへ逃げ隠れること」の意味以外に,
逃げて行方をくらますこと。逐電。
戦国時代,農民が戦乱・重税などのために散発的あるいは組織的に離村・離郷すること。
江戸時代,貧困・悪事などのために,居住地を離れ行方をくらますこと。
を挙げ,これは,
「『欠落』と書く。武士には『出奔』の語が用いられる」
としている。
『語源辞典』には,
「語源は,『カケ(駆・駈)+落ち』です。こっそりと走って逃げる意です。近世以後,恋人同士が密かに逃げる意に用います。別に,戸籍から『欠け落ちる』説がありますが,近代的な戸籍法正立以前の語なので,疑問に思う。」
とあるが,江戸時代「人別帳」があり,必ずしもそうは思わない。三田村鳶魚は,
「無宿は 一定の住所のないものをいうのでなく、江戸の法律では、原籍のない者を指していう言葉なのです。
尊属の申立てによって、ところの名主を経て、町ならば町奉行、村ならば御代官の許可を得て、帳外と申しまして、人別帳から削除してしまう、そこで無籍の人間になる、帳外によって無籍になりますと、それを無宿と申すのです。…無宿狩で縛られるのは、ただ無宿者というのでなく、何の渡世にも有り付けない者です。真面目に奉公しようとしても、無宿者は請人がありませんから、雇ってくれる人もなけれ
ば人宿でも相手にしません。」
と,無宿を言っている。つまり,必ずしも,近代以降とは限らない。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ka/kakeochi.html
にも,
「駆け落ちは、中世末期から見られる語。戦国時代から江戸時代までは、戦乱・重税・貧困・悪事などから、よその土地へ逃げることを表し、『欠落(欠け落ち)』と書いた。『欠落』と表記するのは、戸籍から欠け落ちることからとも言われるが、明治時代以前からある言葉なので、集団から逃げ出すことを『欠け落ちる』としたものである。『欠落』は『よその土地に逃げ込む』から、『駆け落ち』と表記されるようになり、『失踪』の意味から、男女が密かに他の地へ移り住むことを言うようになった。」
とあるが,人別のことは繰り返さない。『大言海』は,
「言缺(か)けて落ち行く義か,或いはカケは,駈けか」
と書き,一番目に,
戦いに負けて他所へ逃げ走ること,没落,
という意味を挙げる。『江戸語辞典』には,「かけおち」の項は,
「欠落」
で上げ,
「正しくは,駆落。もと軍用語で,戦に敗れ逃走する意」
とある。ここで連想するのは,
逃散,
と言われる,農民が大挙して逃げることだが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%83%E6%95%A3
では,
「逃散(ちょうさん)とは、日本の中世から近世にかけて行われた農民抵抗の手段、闘争形態である。兆散とも言う。古代の律令時代に本貫から逃れて流浪する逃亡及び律令制解体後に課税に堪えずに単独もしくは数名単位で他の土地に逃れる逃亡・欠落とは区別される。」
と,集団逃亡と,欠落は区別されるようだ。『百科事典マイペディア』では,
「農民が自分の耕作地を放棄して逃亡すること。逃散には個々の農民が行う欠落(かけおち)と,集団で行うものとがあり,後者は支配者に対する有効な自覚的抵抗手段として14世紀ころから激増。」
と,『世界大百科事典 第2版』では,
「荘園制下の農民が,その家屋敷・田畠をすて荘外に逃亡することで,領主に対する抵抗の一形態。逃散には,個々の農民が行うもの(欠落(かけおち))と,集団で行うものとがあったが,惣村の成立以後,後者は自覚的な抵抗形態となり,逃散は単なる逐電と区別されるようになった。荘園制下の農民は,年貢課役の減免,非法代官の罷免などの要求を通すため,しばしば一揆を結成し,強訴(ごうそ)を行ったが,なお要求が認められない場合,最後の手段として全員が荘外に逃亡する逃散を行った。」
と,区別し,整理する。
「欠落(かけおち)」が,そういう意味だとすると,「欠落(けつらく)」と関連があるのではないか,と思ったが,『古語辞典』『大言海』には,「けつらく」では載っていない。現代の辞書(『広辞苑』)には,
かけおちること,
あるべきものがぬけていること,
と載る。あるいは,「欠落(かけおち)」が,「欠落(けつらく)」として,残ったのではないか。で,駆落ちに,恋人との逃避行の意味を振り分けたのではないか,と想像する。
因みに,「欠(缺)」の字について,
「欠(ケン)は,缺(けつ)とは別の字で,人が口をあけ,からだをくぼませて屈んださまで,くぼむ,掛けて足りないなどの意を含む。欲(腹がうつろで,物が欲しい)や,歌(体をかがめてうたう)に含まれる。缺は,『缶(ほどき,土器)+音符欠』。夬とは,コ型のくぼみに手をかけてえぐるさまで,抉(けつ えぐる)の原字。缺は,土器がコ型にかけて穴のあくことを示す。欠と缺は意味が似ているため混用され,欠を缺に代用するようになった」
とある。
参考文献;
三田村鳶魚『捕物の話』(Kindle版)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「ありてい」は,
有(り)体
とあてる。辞書(『広辞苑』)には,
ありのまま,ありよう,
ありきたり,通り一遍,
と意味が載る。語源は,
「有り+体(テイ 様子・態度)」
で,ありのまま,あるとおりの意味,とある。『大言海』の注が面白い。
「有體(ありすがた)の地の湯桶読み(有様,ありよう)」
と。湯桶読みとは,
「湯桶読み(ゆとうよみ)は、日本語における熟語の変則的な読み方の一つ。漢字2字の熟語の上の字を訓として、下の字を音として読む「湯桶」(ゆトウ)のような熟語の読みの総称である。」
とあり,
朝晩(あさバン),雨具(あまグ),豚肉(ぶたニク),鳥肉(とりニク)
等々。因みに,重箱読みは,
「上の字が音読みで下の字が訓読みのもの」
を指し,
音読み(オンよみ),額縁(ガクぶち),客間(キャクま),経木(キョウぎ),金星(キンぼし)
等々。
有体は,時に,
有態
とも当てる。中国語では,
自然的状態,
の意味であるらしい。そこで思うのは,本来は,
有態
と,表記したのかもしれない,と。
「ありよう」と意味が重なるらしいが,意味は,
ありのまま,
の他に,
ありさま,
様子,
の意味があり,
有様,
を
ありよう,
と読むのと,
ありさま,
と読むのとでは,微妙に変わる。しかし,語源的には,
「有り+サマ(状態・様子)」
で,それをただ,音読みしただけなのだが,漢字の意味とは,別の和語のニュアンスが出てくる気がする。「アリサマ」は,「あるものの状態」を言う状態表現なのに,そこに「身分,境遇」をにじませる価値表現が加味されてくる。
漢字「様(樣)」の字は,
「樣の右側の字は,『永(水が長く流れる)+音符羊』の形声文字で,漾(ヨウ ただよう)の原字。樣はそれを音符として添えた字で,もと橡(ショウ)と同じく,くぬぎの木のこと。のち,もっぱら象(すがた)の意に転用された。」
と,ただ,今ある姿を言い表しているに過ぎないのに,たとえば,
生き様,
を,「いきよう」と読むよりは,「いきざま」と読んだ方が,価値観を滲ませている感じが伝わる。
同様に,「ありてい」も,
ありのまま,
を示しているし,漢字「体(體,軆,躰)」の字は,
「本字の體は,『豊(レイ きちんと並べるの意)+骨』。体は,『人+音符本(ホン)』で,もと笨(ホン 太い)と同じくホンと読むが,中国でも古くから體の俗字として用いられた。尸(シ 人の横に寝た姿)と同系で,各部分が連なってまとまりをなした人体を意味する。のち広く,からだや姿の意。」
だから,自分のありのまま,あるいは,ぶっちゃけ,といった意味のはずである。しかし,漢字「態」の字は,
「能は,耐(タイ たえる)と同じく,そうできるだけの力をそなえていること。態は『心+音符能』で,こうできるぞという心構え。転じて広く,心ばえ,身構えのこと。」
と,「態」の字を使うとき,そこには,ただありのまま,というより,意志としての,
態度,
が,より示されており,価値表現に変っている気がする。そのせいか,
ありていを言えば,
には,率直さを強調しようとする意図が見えてくる。それが真実かどうかはまた別の話だが。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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荒唐無稽は,辞書(『広辞苑』)には,
言説や考えが,とりとめなく,根拠のないこと,でたらめ,
とある。因みに,「とりとめ」は,
取り留め,
とあて,
「おさえとどめる」
意で,「とりとめがない」とは,
「押さえどころのない話」
ということになる。荒唐無稽は,『語源辞典』によると,中国語で,
「荒(むなしい・うそ)+唐(大言・とりとめなし)+無稽(証拠なし・でたらめ)」
とある。
『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/ko/koutoumukei.html
には,
「『荒唐之言』と『無稽の言』とが一緒になり出来たことばで、『荘子』には『荘周その風を聞きてこれを悦び、謬悠の説、荒唐の言、端崖の無きの辞を以てす(荘子はその説を学んで共鳴し、実情を伴わない広遠な説、判断できない根拠のない説、糸口がとらえられない言葉を使って述べた)』とある。また、『書経』には『無稽の言は聴くこと勿れ(根拠のない話には耳を傾けるべきではない)』とある。『無稽荒唐』ともいう。」
とある。
こういう場合,漢字で見てみるのがいい。「荒」の字は,
「亡(モウ・ボウ)の字は,ない,何も見えないの意。荒の(クサカンムリ艸の)下部の字(音コウ)は,何もみえないむなしい川,荒はそれを音符とし,艸を加えた字で,みのりの作物がなにもない,むなしい,の意」
とあり,「荒唐」で,中身がなくて,出鱈目という意味の用語らしい(「老来事業転荒唐 老来事業転タ荒唐ナリ」(蘇軾))。
「唐」の字は,会意文字で,
「『口+庚(ぴんとはる)』で,もと,口を張って大言すること。その原意は,『荒唐』という熟語に保存されたが,単独ではもっぱら国名に用いられる。『大きな国』の意を含めた国名である。」
とあり,「荒唐」(大言する)の熟語となっていることが知れる。「無」の字は,形声文字で,
「原字は,人が両手に飾りを以て舞うさまで,後の舞(ブ・ム)の原字。無は,『亡(ない)+音符舞の略体』。古典では,无(ブ・ム)の字で無を表すことが多く,いまの中国の簡体字でも无をもちいる。」
とある。「稽」の字は,
「もと『禾(作物)+音符耆(キ 長く貯える)』で,久しく留めおいた収穫物。のち計(あわせてはかる)に当て,次々と考えあわせること。」
とある。
大口をきくだけで,根拠のないほら話,
という意味になろうか。
大言壮語,
に近いと言えば近いか。敢えて言えば,荒唐無稽は,
ひとごと,
についてであり,大言壮語は,
わたくしごと,
ということになろうか,どちらも,根も葉もない,ほら話に過ぎないが,大言壮語が,
喇叭を吹く,
のに対して,荒唐無稽は,
絵空事,
を描く。しかしいずれも,
見かけ倒し,
で,
眉唾,
なのは同じかもしれない。因みに,「壮(壯)」の字は,
「爿(ショウ)は,寝台にする長い板を縦に描いた象形文字で,長い意を含む。壯は『士(おとこ)+音符爿』で,堂々とした背丈の長い男のこと。また堂々とした体格の伸びた意から,勇ましい意を派生する」
とある。ついでに,「言」の字は,会意文字で,
「『辛(切れ目をつける刃物)+口』で,口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい,はっきりかどめをつけて発音することを言という。」
さらに,「語」の字は,
「吾(ゴ)は,『口+音符五(交差する)』からなり,AとBが交差して話し合うこと。のち,吾が我(われ)とともに一人称を表す代名詞に転用されたので,語がその原義を表すこととなった。」
とある。「大」の字は,象形文字で,
「人間が手足を広げて,大の字に立った姿を描いたもので,おおきくたっぷりとゆとりのある意。」
とある。その大きさはあくまで身の丈を指している。孔子ではないが,
「約を以て失(あやま)つもの鮮(すく)なし」
である。因みに,「約」の字は,会意文字。
「勺(シャク)は,一部を高く組み上げるさまで,杓(シャク ひしゃく)や酌(くみ上げる)の原字。約は『糸+勺(めだつようにとりあげる)』で,ひもを引き締めて結び,目立つようにした目印」
で,つづめる,とか,つづましい,という意味になるが,ここでは,
「控え目」
と,貝塚注にある。あるいは,
「不遜ならんよりは寧ろ固(いや)しかれ」
と,「固(いや)しい」よりもまし,とも。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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鉄火については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/414618915.html
で,「いなせ」に触れた折,
「『鉄火』というのは,鉄火場,つまり博奕場である。しかし,『鉄火肌』の『鉄火』は,『鉄火(鉄が焼かれて火のようになったもの)』という意味から来ているので,気性の激しさを言っている。」
と書いたが,「鉄火」には,もう少し深い謂れがある。
先ず,手元の辞書(『広辞苑』)には,
鉄を熱くして真っ赤にしたもの,
戦国時代に罪の有無を試すために,神祠の庭前で熱鉄を握らせたこと。炎苦に耐えず投げ捨てたものを有罪とした,
刀剣と鉄砲,
弾丸の発射の火,
鉄火打の略。博徒。また博徒のようにきびきびして威勢のいいさま,侠客風,
鉄火丼の略,
鉄火巻きの略,
と載る。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%81%AB
は,「鉄火」について,
「鉄が赤く焼けている様や鍛冶仕事の火花でもあるが、そこから鍛冶の中でも神事や武士との繋がりが強い、刀鍛冶・鉄砲鍛冶を指すようになり、ひいては刀・鉄砲を表す。またその使用時には刀も鉄砲も火花を散らす事も鉄火を意味するようになった。そこから戦場や戦という意味に転じ、戦(いくさ)や死を意味する修羅場、または勝負事(賭け事)という意味を持つようになった。もう一方では黒鉄(くろがね)が真赤に変化することや、その赤く焼けた鉄の比喩や、金属の特徴の一つでもある熱伝導率が高いことが、いわゆる『熱しやすく冷めやすい』という鉄の特徴を、捉えた比喩としても用いられた。」
とある。どうやら,鉄火の,
鉄を厚くして真っ赤にしたもの,
のメタファーから,その結果としての刀や鉄砲になり,さらに,いくさ場になり,賭け事の場にまでなった,ということか。三田村鳶魚は,
「西沢一鳳が解説しています、昔は、武内宿禰と甘内宿禰とが争って、熱湯に手をさし込んでその正邪を神にただした、ということがありますが、鉄火を執るということは、戦国時代によく言った言葉で、天神地祇に誓って、火で真赤に焼いた鉄を掴み、それで火傷をしない方を勝とする、善悪正邪の争いの時、鉄火を執っても自分の主張の正しいことを見せる、なんていうことがあった。一か八か、神祇の罰利生を覿面に見ようとする。テキパキ片づくところから、『
鉄火』 という言葉を生じた。」
と,
鉄火を執る,
というのが,善悪正邪の判定法,だったということを言っている。
火起請(ひぎしょう),
ともいい,
「鉄火裁判」
や
「鉄火の裁判」
ともいわれるらしい(『真田丸』のなかでもそんなエピソードをやっていた)。鉄火には,ただ,鉄が熱せられたという意味だけではなく,真偽,成否,是非を明らかにする,というニュアンスが色濃くあるのではないか,そこから,鉄火場の博奕場につながる意味の糸がある。因みに,
熱湯に手をさし込んでその正邪を神にただした,
というのは,
盟神探湯(くかたち,くかだち,くがたち)
のことであり,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%9F%E7%A5%9E%E6%8E%A2%E6%B9%AF
には,
「古代日本で行われていた神明裁判のこと。ある人の是非・正邪を判断するための呪術的な裁判法(神判)である。探湯・誓湯とも書く。対象となる者に、神に潔白などを誓わせた後、釜で沸かした熱湯の中に手を入れさせ、正しい者は火傷せず、罪のある者は大火傷を負うとされる。毒蛇を入れた壷に手を入れさせ、正しい者は無事である、という様式もある。あらかじめ結果を神に示した上で行為を行い、その結果によって判断するということで、うけいの一種である。」
とある。話を元へ戻すと,それにしても,鉄火にまつわる言葉は,多い。
「鉄火打ち」は,博打打,
「鉄火場」は,ばくち場,賭場(とば),
「鉄火肌」は,勇敢ではげしい気性,またその人。多く女性についていう,伝法肌,
と,博奕がらみだが,
鉄火丼,
鉄火巻,
鉄火味噌,
の「鉄火」は,どこから来たのか。「鉄火巻」について,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410405944
では,
「鉄火場で食べられたのが鉄火巻きです。手に米粒がつかないように海苔で巻いたのです。」
とか,「鉄火丼」も,
「鉄火場で食事せしやすい丼」
という説がある。しかし,『日本大百科全書(ニッポニカ)』
https://kotobank.jp/word/%E9%89%84%E7%81%AB-576046
には,
「鉄を熱して赤くなったのを鉄火というが、転じて活気みなぎる意のこと、さらには、裸で博打(ばくち)をする者の意にも用いる。また料理名にもよく使われる。江戸時代の『皇都午睡(みやこのひるね)』のなかに、『芝えびの身を煮て細末にし鮨(すし)の上に乗せたるを鉄火鮓(ずし)と云(い)うは身を崩してという説なるべし』とあり、これは博打の意から転じた名称である。また『春色恵の花』に、『鉄火味噌(みそ)に坐禅(ざぜん)豆梅干』とあり、鉄火みそは江戸時代からあった。色が赤く、辛味がきいているものにも鉄火の名がつけられた。鉄火みそは、炒(い)り大豆、刻みごぼう、麻の実などを油で炒(いた)め、みそやみりんなどを加えて練り上げる。マグロを用いた料理に鉄火の名がしばしば使われているが、天保(てんぽう)(1830〜1844)中期以前にはすしにマグロは用いていない。鉄火巻きの名称は明治以降からみられ、また、マグロの角切りを丼(どんぶり)飯の上に置き、焼きのりをふりかけたものを鉄火丼(どん)と名づけたのは大正以後とみられる。鉄火和えは、マグロを粗い賽(さい)の目に切り、熱湯をくぐらせたミツバ(2センチメートル長さに切る)少々を加え、わさびのきいたしょうゆで和えたものである。」
と載り,俗説らしい。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/te/tekka.html
にも,
「鉄火巻きの『鉄火』は、もともと真っ赤に熱した鉄をさす語である。マグロの赤い色とワサビの辛さを『鉄火』に喩えたもので、気質の荒々しい者を『鉄火肌』や『鉄火者』というのと同じである。賭博場を意味する『鉄火場』に由来し、手に酢飯が付かず、鉄火場で
博打をしながらでも手軽に食べられるからとする説もあるが、『鉄火』のつく食べ物には『鉄火丼』や『鉄火味噌』もあり、これらに共通するのは、『赤い色』と『辛さ』で、『鉄火場』も『手軽さ』も関係ないため、この説は間違いと言える。ただし、『鉄火場』の『鉄火』も同源で,熱した鉄のように博徒が熱くなるからという。」
赤のメタファや熱くなるメタファで,「鉄火」という冠がかぶせられたということに過ぎないようだ。もともとの神事にかかわる意味から,ずいぶん遠くまできたものだ。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%81%AB%E5%B7%BB
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%81%AB
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
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覿面は,
天罰覿面,
効果覿面,
と使うが,いずれもあまり使わない気がする。辞書(『広辞苑』)には,
「『覿』は会う意」
と注記されて,
まのあたり,目の前,
結果,効果などがその場ですぐあらわれること,
という意味が載る。前者については,
「テキメンニコロ(殺)イタ」
という日葡辞典の例が載り,室町末期には,そういう使われ方がされていたことが知れる。後者は,天罰覿面,の使われ方になる。『江戸語辞典』では,
「即座,まのあたり」
という意味で使われていた,と載る。で,
「待人でも身のうへでも願いごとでも,てきめんにあたる」
という例が載る。天罰覿面の使い方にシフトしている。厳密に分けると,『大辞林 第三版』の(「覿」は見る意としている。「会う」と「見る」では微妙に違うが),
@結果・効果が即座に現れる・こと(さま)。
Aまともに見ること。面と向かうこと。また,そのさま。
B見ている前。その場。即座。
と,意味が微妙に分かれるのかもしれない。「まのあたり」が「その場」「即座」「面と向かう」とシフトしていくのは,意味の外延としてはわからないでもない。
『大言海』には,覿面の由来を,
「於君謂之覿,於卿謂之面」
「覿,見也」
「覿者下見上」
と,覿と面の違い,覿のニュアンスを伝える。どうやら,見るや会うでも,対等ではない。下の者が上のものを見る,を指すらしい。意味として,
まのあたり,目の前に,験(しるし)の著しきこと,
とあり,転じて,
いまはまみゆることを云ふ,
とある。どうやら,『大言海』は,
まのあたり,
と
即座,
が先で,
まともに見ること。面と向かうこと。また,そのさま,
を後としていることになる。ともかく,「覿」は,
会う,
人と面会する,
という意味があるが,ただ,
まみゆる,
つまり,
貴人に対面する,
お目にかかる,
という意味をもつことになる。要は,
謁見,
である。『大言海』で,覿と面を区別していたのは,同じ貴人でも,「君」と「卿」では,覿と面と使い分けていた由来がある,と言っていたのである。つまり,それだけ,目の当たりにすることが少ない,という含意だったのかもしれない。『字源』には,
贄(にへ)を以て相見る,
とある。「贄」とは,
君主,または先生に初めて会見するさいに捧げる礼物,手土産。
とある。確か,『論語』に,
束脩を行うより以上は、吾未だ嘗て誨(おし)うることなくんばあらず
というのがあった。「束脩」というのは,
「入学・入門の際に弟子・生徒が師匠に対して納めた金銭や飲食物のこと」
贄と同じなのかどうかはわからない。
天罰覿面には,「まみゆる」意味はないが,君にまみゆるのと同じく,それだけ機会が少ないというニュアンスだったのだろうか。しかし,
天罰覿面,
が死語のように,いまや,
天網恢恢疎にして漏らさず,
もない。というより,もともと人の願望を意味していただけなのかもしれない。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
簡野道明『字源』(角川書店)
上へ
「カミ」は,
「神」
という漢字を当てているが,「カミ」の語源すらはっきりしていない。
http://ppnetwork.seesaa.net/article/430465963.html
で触れたように,本居宣長も,
「迦微(かみ)と申す名の義はいまだ思ひ得ず」
と言うほどである。古代,霊的なものを示す言葉に,「カミ」「タマ」「モノ」「オニ」がある。「タマ」は,霊魂を指す,人のみならずすべての存在は「タマ」をもち,その霊威をおそれるものを「モノ」と呼び,「オニ」は,「隠」で,隠れて見えない存在を指す。
伊藤聡氏が,「カミ」の基本的性格を次のように整理しているのは,上記で既に触れたところだ。
@霊的なものとして把握されており,実態的なものとみなされていない。ただ,すべての「タマ」が神なのではなく,強力な霊威・脅威をもつ「タマ」が「カミ」として祀られる。か「カミ」は「タマ」の一種なのである。
A「モノ」「オニ」も,「タマ」に属す。「カミ」が神となり,「カミ」の否定的な部分がモノ(名指し得ぬもの)は,後に怨霊的存在として,「モツケ」「モノノケ(物+気)」となる。「オニ」は「カミ」の最も荒々しい部分を取り出したもの。といって,「カミ」には,「モノ」「オニ」要素が消えたわけではない。
B「タマ」と同じく,「カミ」は目に見えないとされた。
C「カミ」は人と直接接触せず,意志を伝える時は,巫女や子供に憑依する。
D「カミ」の怒りは祟りという形をとる。
その「カミ」が,仏教伝来以降,神仏習合,本地垂迹を経て,神と仏は,いずれが裏か面か分かちがたくよじれていくことになる。
『古語辞典』も,「カミ」を,
「上代以前では,人間に対して威力を振るい,威力をもって臨むものは,すべてカミで,カミは人間の怖れと畏みの対象であった。人間はこれに多くの捧げ物をして,これが穏やかに鎮まっているのを願うのが基本的な対し方であった。」
とし,その上で,
「平安時代以降,古いカミの観念の大部分はひきつがれたが,奈良時代に始まる本地垂迹の説が広まり,仏とカミとに多少の融合が起こり,カミは荒々しく威力をふるう存在としてよりも,個々人の行為に禁止や許可を与える面が強く現れる。しかし仏が人間を救い,教導し,法を説くものとして頼られたのに対し,カミは好意・親愛で対されることなく,場合によっては,鬼・狐・木魂と同類視されて畏れ憚られた。中世末期キリスト教の伝来に際し,デウスはカミと訳されず,日葡辞典のカミの項には,『日本の異教徒の尊ぶカミ』とだけ説明されている。」
と書く。カミは,地に堕ちた,ということになる。
ここでは,ちょっと「カミ」という言葉の謂れを探ってみた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E_(%E7%A5%9E%E9%81%93)
にあるように,「神」は,「上」から来ていると,長く思われてきた。しかし江戸時代に発見された上代特殊仮名遣によると,
「神」はミが乙類 (kamï)
「上」はミが甲類 (kami)
と音が異なっており,『古語辞典』でも,
「カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い」
と断言する。ただ,
「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」
とする説もある。とっさに思い浮かぶのは,アイヌ語の,
カムイ,
で,
「カムヤマトイワレヒコ、カムアタツヒメなどの複合語で『神』が『カム』となっていることから、『神』は古くは『カム』かそれに近い音だったことが推定される。大野晋や森重敏などは、ï
の古い形として *ui と *oi を推定しており、これによれば kamï は古くは *kamui となる。これらから、『神』はアイヌ語の『カムイ (kamui)』と同語源」
という説もあるようである。因みに,琉球語では,カグというらしい。何となく,「カミ」に繋がりそうな感じである。
ちなみに,上記には,
「『身分の高い人間』を意味する『長官』『守』『皇』『卿』『頭』『伯』等(現代語でいう『オかみ』)、『龗』(神の名)、『狼』も、『上』と同じくミが甲類(kami)であり、『髪』『紙』も、『上』と同じくミが甲類(kami)である。」
とあり,
「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」
とする説も確かに成り立つようである。アイヌのカムイは,
「動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。一般にカムイと呼ばれる条件としては、『ある固有の能力を有しているもの』、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものである事が挙げられる。そして、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体がカムイであると考えられている。」
とあるとされる。
『大言海』は,別に語源をたてて,
「隠身(かくれみ)の意なりと云ふ」
とし,
「かくばかり,かばかり,探女(さぐりめ),さぐめ」
と,変化の例を出し,
「現身(うつつみ)に対す(隠世(かくりよ),現世(うつしよ))」
として,『古事記』の
「天御中主神,云々,獨神(ひとりがみ)成坐(なりまして),而隠身也(かくりみにまします)」
霊異記の,「聖徳太子,神人を看破したまひしを」
「聖人之通眼,見隠身」
等々の例を引く。そして,意味の第一に,
「形は,目に見えずして,霊(みたま)あり,幽事(かんなごと)を知(しろ)して,奇霊(くしび)にましますものの称。後には,無上自在の威霊(いきおい)ありて,世の禍福を知(しろ)し,人の善悪の行為に,加護,懲罰したまふとて,崇(あが)むべきものの意とす。」
と載せる。どうやら,その果てに,由来が,カミに根差しているかどうかはわからないが,江戸時代のカミ(神・髪)は,遊里語として,
「豪遊客に連れられて登楼する取り巻き」
を指すようになった。
漢字「神」の字は,
「申は,いなずまの伸びる姿を描いた象形文字。神は,『示(祭壇)+音符申』で,いなずまのように不可知な自然の力のこと。後に,不思議な力や,目に見えぬ心の働きをも言う」
ので,「カミ」に「神」を当てたのは慧眼なのだろう。『論語』の,
「怪力乱神を語らず」
の「神」は,この鬼神のこととされる。
参考文献;
伊藤聡『神道とは何か ― 神と仏の日本史』 (中公新書)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「観念する」は,
諦める,
ギブアップ,
の意味だが,観念という言葉自体は,
仏教由来,
のはずである。ギリシア語のイデアideaに由来する英語のアイディアideaの訳語として使われているが,そこからは,
諦める,
という意味は出ない。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ka/kannen.html
には,
「観念は、仏教用語で『観想の念仏』の略。 瞑想法の一で、精神を集中させ、仏や浄土の 姿を思念することをいい、そこから、物事に対してもつ考えや意識の意味が生じた。
あきらめるといった意味は、真理を会得し悟りを得るという『覚悟』の意味から転じたものである。観念の『観』は、知恵をもって観察し、悟りを得ることを意味するサンスクリット語『smrti』の漢訳である。」
とある。辞書(『広辞苑』)にも,
諦める,覚悟,
が意味として載る。
http://www.kinokagaku.com/cgi-bin/kinokagaku/siteup.cgi?&category=4&page=3&view=&detail=on&no=31
には,
「『観念』のサンスクリット原語は、スムリティ(smrti,またはアヌスムリティ anusmrti)です。これは、動詞の語根スムリから派生した女性名詞なのです。動詞のスムリには、『記憶する』『想い浮かべる』などの意味があります。
スムリティは、 単に『念』と漢訳されることが多いのですが、『記憶』の意味ではなく、『想い浮か
べる』ほうの意味であることをはっきりさせるために、『観』という字が付加される ようになったのではないかと想像されます。
したがって、『観念』は、『心に想い浮 かべること』の意味となります。」
そして,
「仏教の『観念』は、仏や菩薩の姿、名称、浄土の相、あるいは真理などを対象として観想し、思念することを意味しています。ここから、『深く心におもいをこらす』という意味が生ずる。深くおもいをこらして思念すると、ある事実に対してその結果をはっきりと知ることができます。結果が把握されることによってあきらめもつきます。こうして『観念』に『あきらめ』の意味が生じて、一般的な用語となったのだと考えられます。」
と,「あきらめ」へとつながる謂れを書いてある。ただ,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163539.html
で書いたが,「あきらめる」は,
諦める,
の他に,
明らめる,
とも書き,これは,「明らむ」の,「明るくなる」という意味以外の,
物事を見きわめる,
物事が明らかになる,
確かめられる,
という意味からきているという。むしろ,「観念する」を,
諦める,
の意味へとシフトさせたのは,「あきらめる」が,
「明ら+む(先を明らかに見て,否定的に悟る)の下一段化」
で,「詳らかに見究む。理由を究め知る」(『大言海』)結果,断念する,という意味の,その前段の思考プロセスをカットして,
断念する,
だけが,図となって,浮きあがった。その結果,観念する,が
「仏陀の姿や真理をこころを集中して考えること」((『広辞苑』))
ではなく,諦めの方へとシフトさせたことになる。しかし,イデアの訳は,どちらを意識して当てはめたのだろうか。
因みに,観念の「観(觀)」の字は,
「觀の辞の左側の字(音カン)は口をそろえて鳴く水鳥を示し,そろえる意を含む。觀はそれを音符として,見を加えた字で,物をそろえてみわたすこと」
とある。では,同じ「みる」といってもどんな違いがあるのかを比較してみると,わかる。
見は,ちょっと目に触れるなり,まみゆと訓むときは対面の義,
視は,気を付けてみるなり,視察と用ゆ,
観は,視より一層念を入れてみるなり。また脇から見物するなり。みものとも訓む。壮観・大観の如し。
覧は,一通り目を通す義。通覧,周覧などと用ゆ,
看は,手をかざしてみる,また久しく守り見る義,
等々とある。「観」は,もっとも念入りに,更に並べ比較して見る,という意がある。その上の,断念だからこそ,覚悟に通じる。因みに,「念」の字は,
「今は『ふたで囲んで抑えたことを示すかたち+一印(取り押さえたものを示す)』で,囲み綴じて押さえるの意をあらわす。のがさずに捕え押さえている時間,目前に取り押さえた事態などの含意があり。中に入れて含むことを表す会意文字。念は『心+音符今』で,心中深く含んで考えること。また吟(口を動かさず含み声でうなる)とも近く,経をよむように,口を大きく開かず,うなるように含み声で読むこと」
とある。余程深く考え至るのでない限り,観念とは言えぬ。とすれば,生半可で,
観念しました,
等々と言っている場合ではない。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「あだっぽい」などという言い方は,もはや死語かもしれない。
「あだっぽい」は,
婀娜っぽい,
とか
仇っぽい,
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,一応,
女が美しくなまめいて様子である,
という意味が載る。『日本語語感の辞典』には,
「古めかしくて少し俗っぽい和語」
とある。「婀娜」は,
女の美しくたおやかなさま
いろっぽくなまめかしいさま,洗練されて粋なさま,
と,辞書(『広辞苑』)にはあり,前者は,白氏文集から,
「春態紛として婀娜たり」
と,『太平記』から,
「しをれ伏したる気色の,折らば落ちぬべき萩の露,拾わばきえなん玉ざさのあわれよりなお婀娜なれば」
を,後者は,『色暦』から,
「日増しに婀娜になるおめへを」
を用例として載せる。どうやら,前者から,後者へ,俗っぽく下卑てきたようだ。「婀娜」は,漢字の「婀」の字は,
たおやか,しなやか,
という意味だし,「娜」の字は,
なよなよとして,なまめかしく美しい,
の意で,中国語では,「婀娜」は,
美人のしなやかなる貌,
を指すらしい。『大言海』には(『古語辞典』も),
たおやか
と
なまめかしい,
を並べるが,「たおやか」と「なまめかし」の語感の違いが気になる。「たおやか」とは,
「タオ(撓むの変化)+やか(形容動詞化)」(『古語辞典』には,「タヲはタワの母音交換形」とある)
とあり,女性の動作のしなやかで,やさしい様子,
を言い,「なまめかしい」は,
「ナマ(生・未熟・初々しく上品)+めく+しい(形容詞化)」
で,されげない様子をあらわす。
「本来は,何気なく見えて人を引き付ける」
の意で,辞書(『広辞苑』)には,
艶めかしい,
生めかしい,
の字を当てる。で,
「動詞ナマメクの形容詞形。格式ばった仰々しい感じではなく,未熟のように見えながら実はしっとりと洗練された美をあらわすことを言う」
と付記する。だから,
ういういしい,
しっとりと上品である,
奥ゆかしくしみじみとした趣きがある,
という意味の後に,「主として漢文訓読系の意味の流れを受けたもの」として,
つやっぽく美しい,
の意味を載せる。『古語辞典』には,確かに,
「色・様子・形・人柄などのよさ,美しさが,現れ方としては不十分のように見えながら,しっとりと,よく感じられるさまをいうのが原義」
とあり,どうやら,「たおやか」も「なまめかしい」も,ある種の上品さをあらわす言葉であったらしい。前者がしなやかさを秘め,後者が初々しさを秘めた,という感じであろうか。
それが江戸時代になると,「なまめいている」の意味が,すっかり様変わりしたせいか,「あだっぽい」も,
いろっぽい,
に変っている。三田村鳶魚は,
「『仇ッぽい』という言葉は、多く女に用いられるが、仇ッぽいというのは惚ッぽいということなので」
と,唄に言及しつつ,そう言いきっている。随分堕ちた。以降,
あだっぽい,
も
色っぽい,
も
なまめかしい,
も,
http://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/2920/meaning/m0u/
では,ほぼ同義,
「女性の身振り、しぐさや表情に、性的な魅力があるさま」
とされ,「コケティッシュ」とリンクされてしまっている。人間の質が落ちたのか,ものの見方が単純化したのか,ちょっと言葉があまりにも品を欠くように思える。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
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「げす」は,
下種
下衆
下司
と当てる。「げし」とも訓む。ついこの間,「ゲス」が話題になったが,まさに,「ゲスの極み」という名前を体で表している見本のような話であった。辞書(『広辞苑』)には,
身分の低い官位のひと,
平安末期から中世にかけて,荘園の現地にあって事務をつかさどった荘官。在京の上司に対して言う,沙汰人,
とある。因みに,
上級官庁の官吏,上役,
で,これがいま生きている,上司に当たる。
「げす」の語源は,
「下+ス(衆・種)」
で,
下賤の人,
という意味であり,転じて,
品が下劣な人,
という意味になる。本来は,「下司(げし)」から来ているらしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%8F%B8
には,
「下司(げし/げす)とは、中世日本の荘園や公領において、現地で実務を取っていた下級職員のこと。惣公文(そうくもん)とも呼ばれる。元は身分の低い役人を指して称した。現地の公文や田荘、惣追捕使らを指揮して年貢・公事・夫役の徴収や治安の維持などを行った。主に開発領主及びその子孫が荘園公領制の成立とともに下司になるケースが多く、本来は現地における荘官の責任者であったが、荘園領主が現地に上司(うえつかさ)にあたる預所を派遣した場合にはその指揮下に入り、公文・田所と同格扱いされることもあった(その場合には下司・公文・田所を「三職」とも称した)。(下司)職として給田や名田(下司名)、加徴米などの付加税を得分として与えられた(ただし、下司が荘園領主に当該地を寄進した開発領主やその子孫の場合には他に特権を保証されていたケースもある)。時代が下って武士化した下司の中には鎌倉幕府に従って地頭の地位を獲得して現地に勢力を伸ばす者もいた。地頭は荘園領主が勝手に免ずることが出来なかったため、次第に自立の姿勢を強めるようになり、荘園領主側も下司に対して武家に奉公しない旨を請文を提出させたりする対抗策を取る場合もあったが効果は薄く、鎌倉時代後期から南北朝時代になると自立した下司に代わって荘園領主側から下司の職務にあたる雑掌を派遣するようになった。」
とある。『世界大百科事典 第2版』には,
「本来上司(うえつかさ)に対する下司(したつかさ)で,身分の低い官人の意であるが,普通中世荘園において,在京荘官の預所(あずかりどころ)を上司あるいは中司というのに対して,現地にあって公文(くもん),田所,惣追捕使等の下級荘官を指揮し,荘田・荘民を管理し,年貢・公事の進済に当たる現地荘官の長をいう。惣公文と呼ばれることもある。このような下司の史料上の初見は,長徳2年(996)10月3日の伊福部利光治田処分状案(《光明寺文書》)に,〈甲賀御荘下司出雲介〉とあるものであるが,この史料はやや孤立した存在で,下司が頻出するのは,公文,田所などと同じく11世紀後半以降である。」
とある。ついでに,『日本大百科全書(ニッポニカ)』は,
「(1)役人で、上司に対して卑賤(ひせん)な職掌のものをいう。
(2)荘園(しょうえん)の現地にあって荘務を執行するものをいう。荘園領主の政所(まんどころ)で荘園のことを扱う上司、上司と荘園現地の間の連絡にあたる中司(預(あずかり))に対して、現地で実務にあたるものを「荘の下司」(荘司(しょうじ))といった。所領を寄進した在地の領主(地主)がそのまま下司に任命される場合と、荘園領主から任命されて現地に赴任するものとがあった。下司は荘地・荘民を管理し、年貢・公事(くじ)を荘園領主に進済する。代償として給田(きゅうでん)・給名(きゅうみょう)を与えられたほか、佃(つくだ)を給されたり、加徴米や夫役(ぶやく)の徴収を認められたりした。平安末期には、在地の下司は世襲となり、国衙(こくが)領の郡司職(ぐんじしき)・郷司職(ごうじしき)を兼帯して、それらの職(しき)を足掛りにして在地領主として成長し武士化するものが多かった。鎌倉幕府は、そのような在地領主層を御家人(ごけにん)として組織することによって成立したものであった。」
とある。どうやら,『古語辞典』には,
下種・下衆,
の字を当て,
身分の低いもの,
しもべ,
の意味しか載らないが,これが原点らしい。身分差を,上から見て,下賤,下品と貶めたということだ。そう考えると,「す」に当てた,「司」「衆」「種」は,いずれも,人の身分差を指すのではなかろうか。まず,「司」の字は,
「会意文字,『人+口』。上部は人の字の変形。下部の口は,孔のこと。小さい穴からのぞくことを表す。覗(のぞく),伺(うかがう),祠(神意をのぞきうかがう→まつる)の原字。転じて,司祭の司(よく一字をみきわめる)の意となった。」
意味は,役目を担当する人,役人,役所だが,日本では,
「つかさ」と訓み,役目の名(国司(くにのつかさ))。下司とは,下役の意,転じて卑しいものの意,
とある。「衆」の字は,
「会意文字。『日(太陽)+人が三人(多くの人)』で,太陽のもとで多くの人が集団労働をしているさま。上部は後に誤って,血とかかれた。」
とあり,大勢の人,という意味だが,
「もと,多くの臣下,または庶民を指し,いまでは,大衆の意に用いる。衆は,集団をなした人間にしか用いない」
とある。「種」の字は,
「重は,『人+土+音符東(つきぬく)』の会意兼形声文字で,人が上から下に,地面に向かってとんと重みをかけること。種は『禾(いね,さくもつ)+音符重』で,上から下に地面を押し下げて作物をうえること」
で,たね,とかたねをうえる,という意味のメタファーから,
品種を伝える血筋,
という意味になる。いずれも,「司」「衆」「種」,人の位を指す。上位=上品,下位=下品と,身分差が,イコール品位の差と見なされる時代の名残りということになる。人をゲス呼ばわりしているときは,無意識で,相手を下に見ていないかどうか,振り返ってみなくてはならない。位は,ある意味,役割を示すものでしかない。それが人の品格を示すはずはない。
下種と鷹とに餌を飼え,
下種の後知恵,
下種の勘繰り,
下種の逆恨み,
等々「ゲス」に絡む諺は多いが,孔子の言う,
「備わらざることを求め」
で,貶めていることはないか。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%8F%B8
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%8B%E5%8F%B8-59364
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「けんつく」は,
剣突,
と当てる。
荒々しく叱りつける,
という意味になる。
剣突を食う,
とか
剣突を食らわす,
という言い回しをする。面白いのは,『大言海』で,
「此語の類に,けんつん,つんけん,と云ふ語あり」
として,意味に,
「又,剣呑。荒々しく物云ふこと」
と意味を載せ,「つんけん」「けんつく」「剣呑(けんのみ)」が類語,だと言っていることだ。で,「剣呑(けんのみ)」の項をみると,
けんつきの條をみよ,
とある。面白いのは,「剣呑(けんのん)」は,別に項がたてられ,
「険難の轉にて(わななく,おののく),険難なる處を危ぶむより移りたるか」
として,
「危うきこと」
という意味を載せる。因みに,剣難の語源に,
「けんなん(剣難)」の音変化という」
とあるものがあるが,剣難が当て字なので,むしろ「険難の転」の方が,自然だろう。
いずれにしても,どうも,「剣突」は「剣呑(けんのみ)」とは重なるが,「剣呑(けんのん)」とは意味が重ならない,ということになる。調べてもよくその違いが分からない。
剣突は,
言動がとげとげしい,
あるいは
つけんどん,
という意味だから,
けんつん,
つんけん,
つんつん,
と意味は,重なる。
「つんけん」は,
不機嫌,無愛想,
「つんつん」は,
態度が取り付く島がないさま,
で,言ってみると,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/420594101.html
で触れた,「けんもほろろ」とほぼ同じ意味領域になる。『江戸語辞典』には,「剣呑(けんのみ)」は見当たらず,「剣突」と「剣呑(けんのん)」のみ載せる。それぞれ,
「剣突」は,
つっけんどんに言う,
とし,「剣呑」は,
(けんなんの転と)危ないこと,安心がならぬこと,
とし,両者をつなげるものがない。しかし,不機嫌な人や危ない人に出会うと,
「けんのん,けんのん」
と,(いまはあまり使う人を見かけないが),言っていたような気がする。してみると,『大言海』は,「けんのん」がそういう使われ方をするまでの過渡としての「けんのみ」を拾っていたのかもしれない。つまり,
kennan→kennomi→kennon
あるいは,
kennan→kennon
と
kennan→kennomi
と別々の転訛があり,「けんのみ」という言い回しが,日本語としては言いにくいので消えた,というような。しかし,意味としては,
相手が不機嫌だから危険,
の,心の「剣呑」感とつなげたと,見なせば,意味の重なりは自然と見えなくもない。まあ,億説だが。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「ワ印」あるいは「わ印」は,『大言海』には,
笑印,
と当て,
笑絵の隠語,
とある。辞書(『広辞苑』)には,
笑い絵,
笑い本,
の隠語,とあり,さらに,
春画,春本,
のこと,とある。同じく,「笑い本」について,
人を笑わせる絵,滑稽な絵,
の他に,
枕絵,春画,
の意味を載せる。さらに,「笑い本」については,
枕絵を挿入した冊子,春画本,春本,
という意味を乗せる。しかし,『江戸語辞典』には,「笑本」について,「春画の本」としつつも,
「女子は着物が増えるとて衣櫃に入れ,武士は災除けとして具足櫃に入れ,あるいは出陣の餞別に贈って魔よけとした。」
とあり,その謂われは分からないが,「笑い本」が,験担ぎに役立つらしい,別の意味もあったらしい。これに似た,験担ぎは,出征する兵隊が結構担いだと聞いたことがある。先ごろまで,国内初の「春画展」が開催され,話題になっていたが,その案内には,
「かつては女性が嫁ぐ時、母親が“このように夫と仲よくして子孫を繁栄しなさい”という意味を込めて春画をわたす風習がありました。」
ともあった。そういう意味あいを,もってもいたということだろう。
一般には,春画というと,
「性行為の情景や性的なものを描いた絵のこと。情欲的ではない裸体画は含まない。明治以降に用いられるようになった言葉で、枕絵・秘画・笑い絵などともいう。西洋ではポンペイの壁画、日本では江戸時代の浮世絵がよく知られており、春画と言えば一般に浮世絵によるものを指すことが多い。浮世絵による春画は数・種類共に多く、菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎など著名な絵師も手がけている。19世紀半ば以降、フランスなど海外で芸術作品としての評価が高まり収集され、日本でも価値が認められるようになっている。」(『知恵蔵mini』)
となるが,『世界大百科事典』には,
「男女の秘戯を描いた絵。古くは〈おそくず(偃息図)の絵〉〈おこえ(痴絵,烏滸絵)〉といい,〈枕絵〉〈枕草紙〉〈勝絵(かちえ)〉〈会本(えほん)〉〈艶本(えんぽん)〉〈秘画〉〈秘戯画〉〈ワじるし(印)〉〈笑い絵〉などともいう。あからさまな秘戯の図ではなく,入浴の場面など女性の裸体を見せる好色的な絵は,別に〈あぶな絵〉と称して区別している。《古今著聞集》にも〈ふるき上手どもの書きて候おそくづの絵〉と記すように,落書のようなものではなしに専門の画家による春画の歴史はかなり古く,中世に入れば《小柴垣草紙(こしばがきぞうし)》(13世紀),《稚児草紙》(14世紀,鎌倉末期)など絵巻物の傑作を生んでいる。」
とある。つまり,春画といっても,
ワ印系(枕絵,枕草紙,艶本,笑い絵,笑い本等々)
と
あぶな絵系
とは,異なるらしいのである。言ってみると,前者ががAV系,後者日活ロマンポルノ系,ということになろうか。
「あぶな絵」については,『ブリタニカ国際大百科事典』には,
「浮世絵美人画のうち,一般的なものと秘戯画 (→春画 )
との中間の作品。海女,湯上がり姿,爪切り,髪洗いなど,女性の裸体,または普通よりも肉体部分をあらわにした女性の姿態を主題にしたもの。」
として,浮世絵の美人画の範疇に入れるらしいのである。
ワ印については,三田村鳶魚が面白い話を載せている。江戸城の表坊主は,諸大名が登城退出に当たっては,その案内をするが,その折は拝領の羽織を着なければならない。で,その坊主について,
「お坊主は三番勤めですから、三日に一日の勤務で、暇な日があります。そこは利口に立ち回って、御機嫌御機嫌伺いに出たのです。出さえすればただということはありません。きっと頂戴物があります。
年首その他御機嫌伺いの折りに、献上物をいたすのですが、差し上げる物に困る。それでワ印などを
献上した。御不自由のないお大名様でも、そんな物をお買いになることは出来ませんから、お笑い草にはまことによろしい。この献上のために、価の高い立派なワ印が、民間で年々沢山出来たのだというのは、嘘かまことかしれませんが、民間にはそんな伝説さえある」
と。まあ,なくもないな,と思わせるリアリティがある。
それにしても,「春画」の「春」という字は,思春期の意味の他に,
色情,春情,
という意味がつきまとう。「春」の字は,
「屯(トン・チュン)は,生気が中にこもって,芽がおいでるさま。春の字は,もと『艸+日+音符屯』で,地中に陽気がこもり,草木がはえでる季節を示す。ずっしり重く,中に力がこもる意を含む。」
ということで,
若く元気な時期,若さや精力,
という意味とともに,
男女のしたいあう心,歌垣を催して,若い男女を結ばせる習慣があった,
とあり,『詩経』に,
「女有りて,春を懐ふ」
とある,とする。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
https://kotobank.jp/word/%E6%98%A5%E7%94%BB-78527
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
三田村鳶魚『武家の生活』 [Kindle版]上へ
「しんき」は,
心気,
辛気,
心機,
と,当てて,微妙に違う。
「辛気」,「心気」は,
辛気臭い,
とか,
心気臭い,
と当てて,振り替えがききそうだ(『古語辞典』には,心気を辛気とも書くとある)が,「心機」は,
心機一転,
と使い,意味が少し違う。辞書(『広辞苑』)をみると,「心気」・「辛気」は,一緒で,
心,気持ち,気分,
思うようにならずくさくさする,じれったくてイライラする,
という意味が載り,「心機」は,
心の働き,心の弾み,気持ち,
とある。心機も心気も,
気持ち,
ではあるが,「心機」・「心気」・「辛気」,いずれも中国語源で,使い分けがあるようだ。
語源的には,「心機」は,
「心+機(はたらき)」
で,「辛気」は,
「辛(つらい)+気(こころ)」
だが,「心気」の方は,「心機」重なりそうたが,同じ使い方をしないようだ。
漢和辞典を見ると,「心気」は,心とか気分で,
仲夏之月 節嗜欲定心気
と使い,「心機」は,心の動く弾み,心の働きで,
行無轍跡理絶心機
と使う。福沢諭吉の文に,
夫婦親子の間と雖も互に其心機の変を測る可らず,
とあるらしいが,これだと,「心気」でも通じそうだ。
心気が心の状態を示すのと,心機が心が意を決するという前のめりの状態を示すとの差だろうか。「心気」は,「気」だが,「心機」は「意」というような。『大言海』には,「心機」を,
気の動き,
とあるのは,そんなニュアンスだろうか。だから,
心機一転,
は,
心「気」一転,
では駄目なのだろう。『大言海』の「心気・辛気」の項に,
気分,
とあるのが正確だろう。さらに,「懊悩」とあって,
「性急(しんき)にて,明人の俗語なりと,陳元贇は云へりと」
とある。心気症とか心気病みとか心気痩せ,いうのは,そこから来ているのだろう。とすると,本来の「心気」は,単なる,気持ち,気分を言うより,
懊悩,
に近く,だからこそ,「辛気」と当てたのではないか,という気がする。因みに,「機」の字は,
「幾は,『幺二つ(細い糸,わずか)+戈(ほこ)+人』の会意文字で,人の首に武器を近づけて,もうわずかで届きそうなさま,わずかである,細かいという意を含む。機は『木+音符幾』で,木製の仕掛けの細かい部品,わずかな接触で噛み合う装置のこと」
とある。「気(氣)」の字は,
「气は,息が屈曲しながら出てくるさま。氣は,『米+音符气』で,米をふかすとき出る蒸気のこと」
とある。だから,「気」はこの場合,もやもやとした気分を指し,「機」は,心の働き出す動きを指す。そう考えると,「心気」と「心機」の区別は明瞭な気がする。「辛」の字は,
「鋭い刃物を描いたもので,刃物でびりっと刺すことを示す。転じて刺すような痛い感じ」
とある。「心気」に「心」の代わりに「辛」を当てたとき,その辛さを的確に言い表している。
つくづく,漢字の分化のもつ微妙さに畏れ入る。それは,それだけ細分化された世界を見ているということだ。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
落語に有名な,「ときそば」がある。
http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2004/11/post_13.html
夜鷹そばとも呼ばれた屋台の二八そば屋で,
「九つ時(午前零時),蕎麦を食べ終わった男が,16文の料金を支払う。ここで,「おい、親父。生憎と、細けえ銭っきゃ持ってねえんだ。落としちゃいけねえ、手え出してくれ」と言って、主人の掌に1文を一枚一枚数えながら、テンポ良く乗せていく。「一(ひい)、二(ふう)、三(みい)、四(よう)、五(いつ)、六(むう)、七(なな)、八(やあ)」と数えたところで、「今何時(なんどき)でい!」と時刻を尋ねる。主人が「へい、九(ここの)つでい」と応えると間髪入れずに「十(とう)、十一、十二、十三、十四、十五、十六、御馳走様」と続けて16文を数え上げ、すぐさま店を去る。」
と,代金の1文をごまかしたのである。
「そば」の歴史は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%95%8E%E9%BA%A6
に詳しいが,「そば」は,
蕎麦,
と当てる。古名は,「そばむぎ」で,その略とされる。語源は,
「そば(稜・カド)」
で,とがったカド(稜角)がある三角形の実の穀物が語源とされる。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/so/soba_mugi.html
は,
「『ソバムギ』を略した語で、『ソバ』は『わき』や『かたわら』を意味する『側・傍』ではなく、『とがったもの』『物のかど』を意味する『稜』に由来する。
これは、植物のソバの実が三角 卵形で突起状になっていることからである。
実は乾くと黒褐色になることから、『和名抄』では『ソバ』を『クロムギ』と称している。食品としての『そば』は、そば粉に熱湯を加えてかき混ぜた『ソバガキ』が、江戸時代以前には一般的であった。江戸時代以降、現在のように細く切られるようになり、当初は『ソバギリ』と呼ばれた。」
としている。
http://gogen-allguide.com/so/soba_mugi.html
には,
「日本語学者の杉本つとむによれば、そばの実は、形が三つに分かれていて、それぞれの形が山の稜線を思わせる。つまり谷を挟んで三つの山がそばだっているように見える。そこでそばだった麦と言う意味で、そば麦と名づけられたのだという。」
とあって,よりその意味が理解できる。
『由来・語源辞典』には,
「『蕎麦』は漢名からの当て字。」
とある。さて,その蕎麦,というと,落語にもある。
二八蕎麦,
であるが,辞書(『広辞苑』)には,二説載る。
蕎麦粉八,うどん粉二の割合で打った蕎麦。寛文(1661〜1673)頃定式化したという,
(天保頃(1830〜1843),もり・かけ一杯の値が16文だったことから)安価な蕎麦,
これは,他の辞書もおおむね同じで,『古語辞典』も『大言海』も両説を載せる。
https://kotobank.jp/word/%E4%BA%8C%E5%85%AB%E8%95%8E%E9%BA%A6-592572
の,『和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典』によると,
「そば粉を8に対し、つなぎの小麦粉を2の割合で打ったそば。古く、慶応年間(1865〜1868)以前には、2×8=16で、1杯16文のそばをいったとされる。時代が下って小麦粉を混ぜて作ったそばに質の低下したものが増えると、『二八そば』はそのような安価なそばの代名詞のように用いられ、高級店ではそば粉だけで打つ『生そば』を看板とした。こんにちでは単に配合をいい、そばの質や店の格とは無関係に用いる。」
と,経緯を説く。
基本,割合か,値段か,の二説だが,
http://www.eonet.ne.jp/~sobakiri/11-4.html
は,「江戸時代のそばの値段」と「そば粉とつなぎの割合」について詳しく見た結果,
「『十六文価格説』はそばの値段の推移という観点からの矛盾と、『配合割合説』は計量の歴史である枡(ます)の時代の視点にたっていないための説得力に欠ける部分に加え、うどん粉だけの筈の二八うどん、更には二六にうめんもあって配合割合では説明できない矛盾に突き当たってしまう。
すなわち、どちらの説を採っても『二八そば』の語源にはなりえないのである。」
として,
「結論から言うと、『二八そば』という言葉は『二八』または『仁八』という名前の人が自分の売り出すそばに付けた名目であった。いうまでもなくこの時代は、そばもうどんも同じ扱いで、値段も同じだからそばの名目としての『二八』はうどんにも共通する。その彼はそば切りの名手であり、打ったそばは当時の評判になって『にはちの蕎麦』、『二八そば』として『二八』がひとつの言葉・呼称として確立していったのであろう。」
と,とんでも仮説を持ち出す。計り方はともかく,値段については,
「そばの値段が十六文で定着してからのニハチ十六モン『九九・価格』の期間は長く続いた。ところが幕末以降の物価高騰で一気に五十文となり、明治には五厘から再出発することになってニハチの根拠が無くなってしまう。それで一時期はしかたなく単に『二八そば』という呼称だけが習慣として残ることになる。
それがふたたび、『二八』はそばの品質とか差別化をあらわす使われかたとして再出現し、さらに高品質イメージに加えて、『打つ側も味わう側も』ちょうど頃合いの配合比率であったところから、『粉の配合割合』を表す言葉として、すなわち『二八の割合』という新しい解釈が生まれて現在に至ったのである。」
と言っているように,長く,十六文時代が続いたのであって,値段が変わっていないと,言っているのである。今日の使われ方は,意味が質に変ったのかもしれないが,もともとの「二八蕎麦」の語源とは関係ない。それで思い出すのは,三田村鳶魚の説である。
「玉子つなぎ・芋つなぎなんていうのを、格別に言い立てて売物にしていたのが、それを看板にしなくなったのは、天保以後だと思います。一体、一八・二八・三八などというということが、蕎麦と饂飩との配合の加減をいったものだという説がある。けれども、芋つなぎ・卵つなぎということから考えてみると、一方には、生蕎麦といって、蕎麦ばかりで拵えるということを呼びものにする。それも田舎蕎麦は生蕎麦であるということを標榜するために、手打蕎麦というのを名としてさえいる。もしつなぎに饂飩粉を入れる分量を名称に現すとしたならば、それだけ蕎麦が悪い
ことになる。正味の少ないことを看板にするようなもので、これはおかしい。だからだから昔から、二八といえば十六文、三八といえば二十四文というふうに、蕎麦の代価だと解している。どうもこの方がよさそうに思わ
れる。」
ほぼ幕末まで値段が変わっていないのなら,鳶魚の実感には意味が出る。まして,
「蕎麦粉は『引抜』といって、色が白くなりましたのは、寛政元年の秋からで、それまでは蕎麦というものは、少し黄色味を帯びたものと思っていたのです。これ等のものは、江戸ッ子なんていう連中が食うには、少し銭が高い。けれども、毎月二度や三度は物食いに出るというような風習をもっていた江戸ッ子は、奢りに行くと称して、随分五十文、七十
文の蕎麦を食ったろうと思われる。
安い二八や三八の方はいうまでもない。その時分の労銀としては、三百か四百しか取れませんが、火事があった、嵐があったというようなことがあれば、日雇取連中は、二倍、三倍、甚しきは五倍も七倍もの賃銀を取った。
…江戸ッ子連中は、時たま、どうかして余分な銭でも取れれば、じきに何か食ってしまう。自宅では食えないものを食いに出掛ける。奢りにゆく風習は、彼の日常を存分に説明しています。あるいはまた下駄のいいのを穿く、手拭に銭をかける、というふうがあった。」
とすれば,日常は,「二八蕎麦」は,まさに落語の江戸ッ子の日頃の食い物なのである。落語の登場人物の現実味が増すというものである。因みに,鳶魚の言う,
江戸ッ子,
とは,裏店(商売の出来ない場所)に住む,
「日雇取・土方・大工・左官 などの手間取・棒手振、そんな
手合で、大工・左官でも棟梁といわれるような人、鳶の者でも頭になった人は、小商人のいる横町とか、新道とかいうところに住んでおりますから、裏店住居ではない。」
表店に住むのが,町人である。その辺りは,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436936674.html?1461182711
で触れた。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%95%8E%E9%BA%A6
http://www.eonet.ne.jp/~sobakiri/11-4.html
三田村鳶魚『江戸ッ子』 [Kindle版]
上へ
袖について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/434906721.html
で触れた折,「袖」に関わる言葉として,中国由来の「領袖」があることを指摘されたので,ちょっと調べてみることにした。
意味は,辞書(『広辞苑』)には,
(えり(領)と袖とは目に立つ部分であることから)人の頭に立つ人,人を率いてその長となる人,
ということになる。語源は,この通りで,
領(えり)+袖(そで)
で,着物の目立つ部分,衣服の重要な部分,ということから来ているらしい。出典は,
『晋書』魏舒伝,
にあるらしい。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ri/ryousyuu.html
は,
「領袖の『領』は衣の『えり(襟)』、『袖』は『そで』のことで、本来『領袖』は『えり』と『そで』を意味する漢語である。出典は中国晋代の歴史を記した紀伝体の書『晋書
魏舒伝』で、衣服の襟と袖は特に目立つ部分であることから、集団を率いる重要なポストを『領袖』というようになった。」
とある。
『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/ri/ryousyuu.html
には,
「『晋書・魏舒伝』には「魏舒は堂堂として人の領袖なり(魏舒は風格が堂々としており、人の上に立つ人物である)」とある。」
と,その謂れが載る。どうやら,晋の文帝が魏舒の才能を評価して言った言葉から来ているらしい。領袖の「領」の字は,
「令は,すっきりと清らかなお告げ,領は『頁(あたま,首)+音符令』で,すっきりと際立った首筋,襟元をあらわす。清らかな意を含む。」
とある。基本意は,首筋,襟首だが,そこから転じて,大筋,大切なところ,といった意味がある。「領す」とすると,わかったという表示,収める,襟首を以て衣を畳むことから転じて,要点を押さえて処理する,統べおさめる,意となる。「袖」は,
「『衣+音符由(=抽,抜き出す)』。そこから腕が抜けて出入りする衣の部分,つまり袖のこと。」
とある。
領袖の類語で言うと,
首領,
ということになる。意味は,
一段の仲間の長,かしら,
「首(かしら)+領(すべる)」
が語源。「首」の字には,「一番がけ」という含意がある。また,首領は,
主領,
とも当てる。主領は,
仲間の中で頭だつもの,宰領,主領,
という意で,「君」という意味がある。宰領は,
「宰(つかさどる)+領(すべる)」
が語源。「主」の字は,
「丶は,じっと燃え立つ灯火を描いた象形文字。種は,灯火が燭台の上でじっと燃えるさまを描いたもので,じっとひとところに止まる意を含む」
で,「首」の字は,
「頭髪のはえた頭部全体を描いたもの。抽(チュウ)と同系で,胴体から抜け出た首。また道(あたまを向けて進む)の字の音符となる。」
とあり,「主」と「首」の差は,どうも,「頭だつ」のと「先頭だって統べる」の差,
おのずと頭になる
のと,
頭になっていく,
の差のように,字からは感じるが,もちろん億説である。しかし,「宰領」の「宰」の字は,
「『宀(いえ)+辛(刃物)』で,刃物をもち,家の中で肉を料理することを示す。広く,仕事を裁断する意に用いる。」
とある。こちらは,仕事を司る,という意味が強い。してみると,実務の主務を預かる者ということになる。荘園で言えば,荘園を例にとると在地領主が「宰」,その寄進を受けた貴族である荘園領主(領家(りょうけ)が「首」,その寄進を受けた皇族や摂関家などの荘園領主(本家)が「主」,
主(領)→首(領)→宰(領),
といったニュアンスになろうか。その他に,似た意味に,
統領
頭領
棟梁
というのがある。頭領は,ほぼ首領に重なるが,統領は,統べ領る,という意味で,宰領に重なりそうである。棟梁は,
「屋根の棟と梁」
をあらわし,領袖と含意は同じである。『世界大百科事典 第2版』には,
「本来の意味は建物の棟(むね)と梁(はり)を指したが,これらが高くそびえる位置にあり,また建物の重要な部分であることから,集団の中心的人物,指導的立場にある人物を指すようになった。〈統領〉〈頭領〉も同じ意である。」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/to/touryou.html
も,
「棟梁は文字通り、建物の『棟(むね)』と『梁(はり)』をいった言葉である。棟と梁は建物を
支える重要な部分であることから、棟梁は集団の統率する中心的人物をいうようになり、一国の臣を指すようになった。
やがて、棟梁は大工・左官・鍛冶などの集団の長を指すようになり,近世から大工の親方をいうようになった。」
とする。こうみると,
領袖,
棟梁,
は,その含意からも重なり,宰領が,これに近い,ということになる。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
この「分」は,「ぶ」と訓む,それである。
分が悪い,
と言った使い方をする。「ぶん」と訓む「分」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/424082581.html
で触れたし,関連する「本分」についても,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/434242162.html
で触れた。「ふん」と訓む,時間単位については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86
に譲る。漢字「分」の意味については,
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%88%86
に詳しいが,「分」は,会意文字。
「『八印(左右にわける)+刀』で,二つに切り分ける意を示す。払(左右にわけてはらいのける)は,その入声(にっしょう つまり音)に当たる。また半・班(わける)・判(わける)・八(二分できる数)・別とも縁が近い。」
と,その語源。字の使い分けで言うと,
分は,合の反対,物を別々に分ける義,
別は,弁別と連用す,彼は彼,此れは此れ特別して混ぜざる義,
判は,分に断の義を帯びたり,
分(ぶ)は,分(ぶん)とは違い,区分そのものを指す。従って,辞書(『広辞苑』)には,
あるものをいくつかに等分したもののひとつ,特に10分の1。たとえば,一割の10分の1,一寸の10分の1,一文の10分の1,一度の10分の1
江戸時代の貨幣単価。一両の4分の1,銀1匁の10分の1,銭一文の10分の1
と言った単位を示す(『古語辞典』には,「俗に『歩』とも書く」とある)が,
分厚い,
といった厚さ,,
分配高,割り前,
優劣の具合,
弓を射る力の強さ,
といった意味もある。『デジタル大辞泉』には,その他に,単位として,
「四分音符」のように,音楽で,全音符の長さを等分に分けること,
があり,
分のいい商売,
といった「利益の度合い」といった意味もある。しかし,
分が悪いは,
上記の,「優劣の具合」を指しているが,しかし,ことは,逆のように感じる。
分が悪い,
という使い方かされるようになって,「分」に,そういう優劣の意味が加わったのではないか。同様に,
分のいい商売,
も同様に思う。では,
分が悪い,
の,「分」はどこから来たのか。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q125074452
では,
「『どちらの方が優勢か』ということですが、見方を変えてみると、良く分かります。『分』という漢字は、一本の棒を、刀で二つにわけた形を現しています。つまり一本の棒を二つにわけ、その下に『刀』を置いたものを『分』としたのです。だから『分が悪い』と言うのは、半分わけでなく、どちらかが少ないということになります。それで少ない方が『分が悪い』と言うことになるわけです。」
確かに「分」の字の謂れから見ると,そう言えなくもないが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86_(%E6%95%B0)
に,
「何の1⁄10になるかの基準となる単位(「基準単位」)は、量ごとに決まっており、以下のとおりである。
長さ - 寸、 文
質量 - 匁
温度 - 度
割合 - 割」
とあり,「割合」について,
「割合で用いる『分』は、割の1⁄10である。歩合(割合)の基準単位は 1⁄10 を表す『割』である。したがって、3.26
割を「三割二分六厘」と表現する。…『割』そのものが1/10を意味する数詞であるがために、『割』とともに『分』を使った場合には、まるで分が
1⁄100を意味するかのように誤解されることとなった。しかし、上記の場合の『分』は、基準単位である『割』の 1⁄10を表しているのである。」
とし,
「『七分咲き』、『五分五分』、『九分九厘』、『腹八分(腹八分目)』、『盗人にも三分の理』、『七分袖』の表現の中での使われ方は、全体である「十分(じゅうぶ) =
1」に対する割合を表している。つまりそれぞれ『1』を全部として、『0.7咲き』、『0.5 対
0.5』、『0.99』、『満腹の0.8』、『盗人にも0.3(30%)の理屈』、『長袖の70%の長さの袖』ということであり、ここでも『分』は
1⁄10という本来の意味を保っている。」
と,懇切に細くしている。こう見ると,「分」は,「割」の10分の1を指し,その優劣の割合を,比喩として言っている,というのが妥当なのだろう。やはり,四分六では,分が悪い,という言い回しを,日常感覚に,しみこんでいた時代の名残りなのだろう。
因みに,上記「分」には,分の下の単位を,
「分 厘 毛 糸 忽 微 繊 沙 塵 埃 渺 漠 模糊 逡巡 須臾 瞬息 弾指 刹那 六徳 虚空 清浄 阿頼耶 阿摩羅 涅槃寂静 」
と,計24単位まで載せていた。最後は,
涅槃寂静,
つまり,
「煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、静やかな安らぎの境地(寂静)」
なのだ。これは,10の−24乗に当たる,らしい。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%86_(%E6%95%B0)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
上へ
檜舞台というのは,辞書(『広辞苑』)には,
ヒノキの板で張った,能楽・歌舞伎などの格の正しい舞台,
転じて,自分の腕前をあらわす晴れの場所,
とある。これを,
晴れ舞台,
つまり,
人前で何かをする、重要で晴れがましい場所・場面,
と言い換えると,また微妙に意味が変わるかもしれない。「晴れ」は,
空に障害物,雲,霧などがなく,ハレバレした様,
だが,「ハレとケ」の「ハレ」だと,
「ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭、年中行事などの『非日常』、ケ(褻)は普段の生活である『日常』を表している。…ハレとは、折り目・節目を指す概念である。ハレの語源は『晴れ』であり、『晴れの舞台』(=生涯に一度ほどの大事な場面)、『晴れ着』(=折り目・節目の儀礼で着用する衣服)などの言い回しで使用されている。」
という意味で,
「江戸時代まで遡ると、長雨が続いた後に天気が回復し、晴れ間がさしたような節目に当たる日についてのみ『晴れ』と記した記録がある。」
とあり,檜舞台に比べて,晴れ舞台は,より特別度が増す。それは,ともかく,
檜でできた舞台,
というものが特別のものでなくては,こういう「晴れの場所」という意味への転じ方はないはずである。
『ブリタニカ国際大百科事』には,
「一流の劇場の略称。かつて檜 (ひのき)
の板で床を張ったのは,大劇場の舞台のみだったことから起こった呼び名。そのために大芝居に出演することを『檜舞台を踏む』と呼ぶようになった。」
『日本大百科全書(ニッポニカ)』には,
「ヒノキの板で床(ゆか)を張った舞台のこと。能舞台の総ヒノキ造りに影響を受け、一般的には杉を使っていたのを上等な劇場ではヒノキを使うようになり、したがって『檜舞台』といえば、大劇場または格式の高い劇場の意味になった。大芝居に出演すること、あるいは日常でも名誉の場所に出ることを『檜舞台を踏む』という。」
等々,檜張りは特別のものらしい。「演劇用語」として,
http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/hinokibutai.htm
では,
「今も昔も、檜(ひのき)は高価なもので、舞台の材質としても檜を超えるものはなかったようです。では、お金があれば作れるかというとそうでもない。江戸時代には、檜の舞台が許されていたのは、『能楽』『歌舞伎』などの幕府公認の劇場だけだったそうです。つまり、『檜舞台』に立つということは一流として認められることを意味していたのですね。俳優の夢だったのでしょう。」
とある。これなら,晴れ舞台の意味がより強く出る。それ以上に,檜そのものが希少価値だったことが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%8E%E3%82%AD
に出ている。
「木目が通り、斧や楔で打ち割ることによって製材できるヒノキは古くから建築材料として用いられてきた。既に『古事記』のスサノオ神話の中で、ヒノキを建材として使うことが示唆されている。特に寺院、神社の建築には必須で古くから利用された。そのありさまは、大阪府の池上・曽根遺跡で発掘された弥生時代の神殿跡に見ることができる。飛鳥時代のヒノキ造りの建築はすぐれたものが多く、法隆寺は世界最古の木造建築物として今日までその姿を保っているほか、主として奈良県内に存在する歴史的建築物はいずれもヒノキを建材としたことによって現存するといって過言ではない。もっとも、その有用性ゆえに奈良時代には大径材は不足をきたしていた。」
とあり,既に,治承年間(1177年 -
1180年),平重衡の南都焼討によって炎上した東大寺復興に当たっては,近畿地方各地ではヒノキの大径材が得られず,周防国や長門国までを求めたとされ,江戸初期,諸大名による大城郭や城下町の建設も相まって大木の払底をきたしていて,
「松永久秀の東大寺大仏殿の戦いで再度炎上した大仏殿は江戸時代初期に再建されたが、用材もヒノキは諦め、ケヤキの心材をスギの小材で覆い、金輪で締め上げた一種の集成材を柱」
とした,とある。すでに,檜は,品薄で,特別の場所でしか,張れない建材になっている。辞書のいう「格の正しい場所」とはそういう背景があるらしい。
「ひのき」の語源は,『語源辞典』には,二説載せる。
「火の木」説。昔から火切り杵などに使われ,火を作り出すときに,この木を用いたのが語源,
「ヒ(霊・秀)+の木」説。すぐれて立派な木(万葉音韻甲乙に合致)の意が語源。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%8E%E3%82%AD
は,
「ヒノキの名称は、『すぐ火がつく』から『火の木』となったとの説もある(錐もみ法で火を付けるときにヒノキを用いることも多い)。しかし、上代特殊仮名遣によると、ヒノキの『ひ』は甲音であるのに対して、火の『ひ』は乙音なので、上代特殊仮名遣を前提とするならば、この説は妥当ではないとする見かたもある。(ただし上代特殊仮名遣には異論も存在する)。
その他、神宮の用材に用いるところから『霊(ひ)の木』、『日』は太陽を表す最も古い語形で最高のものを表すところから『日の木』とする説があり、「日」「霊」共に甲音なので、いずれかがヒノキの語源と考えられる。」
とする。因みに,上代特殊仮名遣については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%BB%A3%E7%89%B9%E6%AE%8A%E4%BB%AE%E5%90%8D%E9%81%A3
に詳しい。
『古語辞典』は,「ひ(檜)」(ヒノキの古称は「ヒ」)の項で,
「ヒノキを『火の木』とみる説があるが,『火』は,F ïの音,『檜』は,Fiの音で,この説は成立困難」
とする。なお,
「中国においては、『檜(桧)』という漢字はビャクシン属を指す。日本では木曾に樹齢450年のものが生息しているのが最高であるが、台湾では樹齢2,000年のものが生息している。」
とか。「檜」の字を当てているが,別の樹らしい。別名,いぶき。
「イブキ(伊吹、学名:Juniperus chinensis)は、ヒノキ科ビャクシン属の常緑高木。
別名ビャクシン(柏槇)、イブキビャクシン(伊吹柏槇)、シンパク(槇柏、真柏)。」
漢和辞典には,
「ひのき科の常緑樹。普通は小木だが,大木になるものもある。」
とある。因みに,「檜」の方は,
「ヒノキ(檜、桧、学名:Chamaecyparis obtusa)は、ヒノキ科ヒノキ属」。
参考文献;
https://kotobank.jp/word/%E6%AA%9C%E8%88%9E%E5%8F%B0-162219
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%8E%E3%82%AD
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%81%A8%E3%82%B1
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「ざまあみろ」は,
ざまーみろ,
ざまあ,
ざまあ見ろ,
ざまー,
ざまー見ろ,
等々と表記する。
「『様見ろ』の俗語。人の不幸や失敗に対して発するののしりの言葉。」
とある。まあ,ただ,
いい気味だ,
という,相手の失敗を罵るニュアンスと,
それ見たことか,
言わんこっちゃない,
といった,そうなるだろうと思った通りに陥った,といったニュアンスをもつ。結果としては,罵りだが,その間の両者のプロセスに,幾らか違う色合いが出る,ということだろうか。
日本語俗語辞典
http://zokugo-dict.com/11sa/zamamiro.htm
には,江戸時代から使われている,として(『江戸語辞典』にも載る),
「失敗したさまの醜さを知れ(=失敗した醜いさまを自分で見てみろ)」という意味の『様を見ろ(ざまをみろ)』という言葉がある。ここから『様を見ろ』は人の失敗をあざけっていう言葉としても用いられた。ざまあみろは、この『様を見ろ』が音的に崩れたもので、同様に人をあざける際に用いる言葉である。他にざまみろ、ざまあみやがれという言い回しもある。」
と載る。
もともと「さま」は,
様・状・態・方,
を当て,辞書(『広辞苑』)には,
「物事の方法・形・あり方・しかた・趣きに関して包括的に言う語」
としている。『古語辞典』には,
「漠とした方向を指示するサに接尾語マのついた語。原義は漠然たる方向。転じて,事をする方法,あるいは対象の外部的な様子,容姿,趣き。そのものの内容に立ち入って露骨に表現することなく意から,人名などの下について,尊敬の接尾語に使われた。類義語カタ(方)は,ある一点を指向する明確な邦楽の意。」
とある。『大言海』は,もう少し踏み込んで,
「然任(さまま)の義にて,然(しか)あるままの意か。あるいは,然見(さみえ)の,さめ,さまと転じたるにて,似寄(により)の意か(大御身(おほみみ),おほみま。真中(まなか),みなか。みさかり,まさかり)。」
とし,「任(まに)の條を見よ」とある。「まに」を見ると,
任・儘・随,
と当て,
「まにまにの下略」
「まま(儘)に同じ」
とあり,「まにまにの條を見よ」とある。「まにまに」を見ると,
「まま(儘)にまま(儘)に約」
とある。「そのあるままに」の含意が,あることがわかる。ところが,「ざま」と「さま」が濁ると,
「様子・有様を嘲って言う語」
に変る。『大言海』は,
「濁音に云ふは,盛衰記三,資盛乗會狼藉事『平家の事様(ことざま),御めざましく思召さる』などの上略より移れるか,又は,ただ,罵るに因りて濁らせ云ふなるか」
とある。濁ることで,確かに,語感が悪くなる。しかし,接尾語のとき,
行きざまに,
というようなついでのニュアンス,
生きざま,
死にざま,
のときの在り方をしめすときの「ざま」は,罵る含意はない。しかし,「ざま」の語感から考えると,貶める意味はないまでも,「生き方」というよりは,謙遜のニュアンスがあったのではないか,という気がしてならない。少なくとも,「生きざま」などと誇らしげに言う含意はないのではあるまいか。
その意味で,
「ざまぁみろ」
というときの,「ざま」は,相手に,
自分自身のいまの体たらくを見てみろよ,
という,意味がある。
自分で自分が恥ずかしくないか,
という含意である。それは,そう言う自分に,かく言うおのれの生き方,ありようは,そう言えるほどのものか,と,照りかえってくる言葉でもある。
三田村鳶魚は,江戸ッ子のことを指して,
「外聞が悪いということが、何よりの彼等の道徳であった。そこで彼等は盛んに自己批評をする。『ざまア見ろ』という言葉は、立派な自己批評であって、人の失敗したのを傍観して言う言葉ではない。自分が成功しても失敗しても、自分の姿を見よというのだ。そういう心持はどうして起るかというと、彼等は世間が狭い。向三軒両隣とか、もしくは現在住っている町とか、そういうところを一の世界にしている。みっともない、外聞が悪いというのは、ごくそばの人達に対してだから、十分に見えもするし、聞こえもするということが多い。見えをするのも、そこからくる。自分のすることは、見透されるように、誰の目からもはずれられ
ぬよう に考える。」
と評する。「ざまぁ見ろ」とは,単純に人罵るだけはなく,そう言うおのれの「ざま」にも返ってくる,共有する道徳があってのことだった。それを,恥の意識と言ってもいい。昨今,そんなものは,消えてしまったように,臆面もない輩が横行している。その意味で,
ざまぁ見ろ,
は死語である。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』 [Kindle版]
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「おちゃっぴい」は,いまでは死語かもしれないが,辞書(『広辞苑』)には,
(「おちゃひき」の転)働いても金にならないこと。
多弁で,滑稽な真似をする娘,おませな小娘,
と載る。あるいは,別の辞書(『大辞林』)には,
(女の子が)おしゃべりで活発で,茶目っ気のあるさま。また,そのような女の子,
とある。これが知っている意味に近い。
『日本語俗語辞典』には,
http://zokugo-dict.com/05o/ochappii.htm
として,
「おちゃっぴいとは、多弁で滑稽な女の子。おませな女の子。」
とある。「おませな女の子」というのが,僕の理解している意味になる。この解説に,
「おちゃっぴいとは『お茶ひき』からきた言葉で、おしゃべりで滑稽な女の子。またはおませな女の子を意味する。これは江戸時代の遊郭で、なかなか客のつかない遊女をお茶ひき(仕事がなく、お茶をひいてばかりいることに由来する)と呼んだことによる。こうした客のつかない遊女の多くは、おしゃべりが過ぎることから、おしゃべりで滑稽な遊女をおちゃっぴいと呼び、後に遊女以外のおしゃべりで滑稽な女の子に対しても用いられるようになった。お茶っぴいの他、おちゃっぴー、おちゃっぴぃといった表記も用いられる。また、少女向け月刊誌『おちゃっぴー』という雑誌も存在した(1997年廃刊)。内容は現在のギャル雑誌に近いが、性情報に詳しいのが特徴であった。」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/o/ochappy.html
にも,やはり,
「江戸時代の遊郭で、客に出すお茶を挽く仕事を暇な遊女にさせていたことから、暇な遊女を『お茶挽き』といい、その『お茶挽き』の変化した言葉が『おちゃっぴい』である。
客もつかず、お茶ばかり挽いているような遊女たちは、おしゃべりでしとやかさ
に欠けているものが多かったから,『おしゃべりで活発な女の子』を意味するようになり,同時に遊女以外の女の子も指すようになった。昭和初期から,長音を表す『−』をもちいた『おちゃっぴー』や『ぃ』を用い『おちゃっびぃ』と表記される例が見られるようになった。」
とある。さらには,『江戸語大辞典』も,「おちゃっぴい」を,
お茶っぴい,
と当て,
「おちゃひきの促訛」
として,
お茶をひいた芸娼妓,売れ残った芸娼妓
の意味の例として,
「おちやつぴい節句の礼に二三度米」
という柳多留を載せる。その他に,
「お金にありつけぬこと,ただ働き」
「言動がしとやかでない小娘。はねっかえり」
の意味を載せる。しかし,『語源辞典』には,
「オシャベ(お+喋)の変化」
とあり,
「おしゃべりな女の子,ませた出しゃばりの女の子」
で,方言として,
オシッピー,
オシャッペ,
オチャッペ,
オチャッポ,
とあるのが根拠で,『国語大辞典』の,
「お茶を挽きく」の変化は,
疑問としている。
確かに,「お茶をひく」の意味から,
こまっしゃくれた,おませな小娘,
への意味の転化は,飛躍がありすぎる。『大言海』には,
「主として,小娘などの,出過ぎておしゃべりする者を罵りて云ふ語」
としか載らない。例として,
「出合(だしあ)って,番付を買ふおちゃっぴい」
という川柳が載る。ここからは,億説だが,「お茶挽き」の「おちゃっぴい」と出過ぎの「おちゃっぴい」は,出典が別なのではないか。
『江戸語大辞典』は,「おちゃっぴい」とは別に,
「おちゃっぴき(御茶っ引)」の項を載せ,
「(おちゃひきの促訛)芸娼妓がお茶をひくこと」
の意味を載せる。「お茶挽」は別項で,
「『お茶をひく』の名詞化。芸娼妓・芸人等が客に呼ばれず,ひまであること」
という意味を載せる。「お茶挽」の意味での「おちゃっぴい」と,「お喋り」の「おちゃっぴい」とは,転訛が同じになっただけで,別々だったのではないか。
「おちゃっびぃ」
という言葉に重なって,由来が,「お茶挽」の方だけ残った,というのが正しくはないか。でなければ,「お茶を挽く」ことと「おしゃべりな小娘」とは重ならない。
『広辞苑』もそう分けていたが,『デジタル大辞泉』は,「おちゃっぴい」を,こう載せる。
「[名・形動]
1 女の子が、おしゃべりで、出しゃばりなさま。また、そういう少女。
2 《「おちゃひき」の音変化》働いても金にならず、割の合わないこと。」
これが正確ではないか。三田村鳶魚『江戸ッ子』には,
「奇体なことに、また江戸では、男にあまりしゃべるのはないが、女は皆おしゃべりだ。子供の時から『おちゃっぴい』なんていわれて、よく舌 の回るやつ
がある。それが愛敬でもあるように思われていた。」
とある。「お喋りな女の子」は,別系統で「おちゃっぴい」と使われていたに違いないのである。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』 [Kindle版]
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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この場合,落書は,
らくがき,
ではなく,
らくしょ,
と訓む。辞書(『広辞苑』)には,「らくがき」のほかに,
「時事または人物を風刺・嘲弄した匿名の文書。人目につきやすい場所や権勢家の門などに貼りつけ,または道路に落としておくもの。」
「中世における匿名の投書。また,それが自社によって制度化されたもの。落書起請。」
という意味が載る。「らくがき」は,
「門・壁など,書いていけない場所にいたずら書きすること」
で,重ならなくもないが,戯れにするのと,意図的に主張をするのとの違いだろう。人を貶めるために,意図して,例えば,横井小楠を貶めるために,彼の書いたとする偽書,
『天道覚明書』
を,阿蘇神社に投げ込む,ということをした。これも,落書の一種だろう。横井小楠については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163207.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163208.html
で触れた。かつては確か,
落首
というものがあった。落書の一種だが,辞書(『広辞苑』)に,
諷刺・長老・批判の意をこめた匿名の戯れ歌。
とあるように,封建時代には,政道批判の手段としてしばしば使われた。『世界大百科事典』には,しかし,
「日本では,〈落書〉を〈らくしょ〉と読んだ時代が長く,そもそもは〈落首(らくじゆ)〉に由来することばである。落首は,詩歌の形で時事や人物を諷した章句を門や塀にはったり,道に落として世間の評判をたてようとする行為や作品をいった。」
とある。
御所柿(徳川家康)は 独り熟して 落ちにけり 木の下に居て 拾う秀頼 (二条城の落首)
や,二条城普請に石運びの人員を動員した織田信長を皮肉った,
花より団子の京とぞなりにける今日も石々あすもいしいし(団子(いしいし)とは団子の女房ことば)
という落首も,その背景に,
「本歌をただまねたり,作り直したりするのではなく,本歌を連想させながら新しい歌境を生み出すことが重要であった。中世に多くみられた落首(狂歌体で,政治に対する風刺的批判を込めた句)なども替歌の一種とすることもできよう。落首の起源は権力者に対する寓意的批判を込めた童謡(わざうた)としての,いわゆる流行歌(はやりうた)にあり,名君たるもの巷(ちまた)の童謡に心すべしといわれた。」
がある。『大言海』には,落書を,
「おとしぶみ(落文)」に同じ,
とあり,「おとしぶみ」の,
「現(あらわ)に言ひ難き事を,誰が仕業とも知られぬやうに,文書(かきもの)にして,路などに遺(おと)しおくもの」
という説明がふるっている。「落首」については,
「落書の訛といふ,落書の一首の意か」
とあり,落書と落首,いずれが先とも決めかねる。しかし,「らくしょ」と「らくがき」とは,
「時の政情や社会風潮の風刺・批判,陰謀の密告,特定の個人に対する嘲弄・攻撃のために作成し,ひそかに,人目につきやすい場所に落としておいたり(落しぶみ),門戸や壁に書きつけたり,紙に書いて掲示したりした匿名(とくめい)の文書。詩歌の形式によるものは,とくに〈落首(らくしゆ)〉といいならわしてきている。また,いわゆる〈いたずらがき〉としての〈らくがき〉(落書,楽書)は,〈らくしょ〉が変化したものであるが,本来のそれとは区別されている。」(『日本大百科全書(ニッポニカ))
と,まったく別と考えた方がいい。
いずれにしても,「落首」も「落書」も,その意図から,権力者にとっては憎むべきものらしく,
http://www.daitakuji.jp/2013/09/17/%E5%A3%81%E3%81%AB%E8%90%BD%E6%9B%B8%E3%81%8D%E3%81%AF%E3%83%80%E3%83%A1-%E8%80%B3%E9%BC%BB%E5%89%8A%E3%81%8C%E3%82%8C%E3%81%A6%E7%A3%94%E5%88%91/
にあるように,天正十七年(1589)聚楽第の白壁に夜陰に乗じて,
大仏の くどくもあれや 鑓かたな くぎかすがいは こだからめぐむ
と,刀狩を皮肉った落書があり,これに立腹した秀吉が,
「聚楽第守備兵17人の鼻耳を削いでの逆さ吊り刑」
にしたという。
先日,平成の今日,
http://www.sankei.com/affairs/news/160428/afr1604280034-n1.html
や
http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/16316
に,地下鉄のドアなどに貼付された資生堂の広告に,
「最近の読売や産経のように,あまりにも権力べったりになるなら,“政党機関紙”でいい。新聞は,『アベノミクスで景気が良くなる』というが,嘘ばっかりだ。報道ではなく,政権の応援だよ。」
という「政治的な主張を載せた『偽広告』ともいえる印刷物が見つかっていた」と,報じられた。現代版の,
落書
である。これは,
「東京メトロによると、広告は大手化粧品会社資生堂(東京都中央区)が平成24年ごろから始めたという。地下鉄の出入口ドアの左右にピンクを基調としたステッカー広告で、左に資生堂が発売している化粧品『エリクシール』を、右側に『大人女子のあるある川柳』が掲載されている。」
というのに紛れ込ませて,
「カラーコピーして本物の広告そっくりに似せて作られ、本物のステッカー広告の上に別のものを貼ったとみられる。『ELIXIR』「エリクシール体感 検索」といった細かい部分まで酷似していた」
もので,なかなか手の込んだ,現代版,
替え歌,
でもある。落書で有名なのは,
二条河原の落書,
で,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E6%9D%A1%E6%B2%B3%E5%8E%9F%E3%81%AE%E8%90%BD%E6%9B%B8
にあるように,
「建武の新政当時の混乱する政治・社会を批判、風刺した七五調の文書。専門家の間でも最高傑作と評価される落書の一つである」
とされ,確か教科書にも載っていた記憶がある。88節に渡るが,冒頭は,有名な,
此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 謀(にせ)綸旨
召人 早馬 虚騒動(そらさわぎ)
生頸 還俗 自由(まま)出家
俄大名 迷者
安堵 恩賞 虚軍(そらいくさ)
本領ハナルヽ訴訟人 文書入タル細葛(ほそつづら)
追従(ついしょう) 讒人(ざんにん) 禅律僧 下克上スル成出者(なりづもの)
である。この落書,
「中国の『書経』・『説苑』由来と見られる文言や今様の尽くし歌風の七五調の要素を持つ一種の詩をかたどった文書であり、漢詩や和歌に精通している人物」
が書いたと言われる。今日のそれはさほどではないが,手間暇をかけてはいる。
「二条河原の落書」の詳細は,
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gengogakuin/rakusyo/nijyogawara.html
に譲る。
参考文献;
http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/16316
http://www.sankei.com/affairs/news/160428/afr1604280034-n1.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%BD%E9%A6%96
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E6%9D%A1%E6%B2%B3%E5%8E%9F%E3%81%AE%E8%90%BD%E6%9B%B8
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滅法界は,
目法界,
とも当て,
甚だしいさま,法外,めっぽう,
と,辞書(『広辞苑』)に載る。昔のもの,といっても明治頃のものでも,
「滅法界もない」
とか,
「滅法界もないことになって」
といった使い方をして,まあ,
とんでもないこと,
といった意味に使っているようである。『大言海』の説明がふるっている。
「(法界の理を断滅する意)定法を外れたること。非常にあてこともなきこと。無法。」
と意味を載せ,こういうことが追加で説明されている。
「明歴二年刻,俳諧世話盡に,市の話の條に,めっそう買いとあるは値を論ぜざるなるべし,此の語の轉かともおぼゆ。滅法界,転じて,副詞に用ゐらる。たいそうに。たくさんに。」
滅法界は,ほぼ,滅法と同義で使われている。『江戸語大辞典』には,「滅法界」は,
「法外,めちゃくちゃ,途方もない,とんでもない」
と意味が載り,「滅法」は,
法外,途方もない,
以外に,
すばらしい,すてき,
という意味がある。『古語辞典』の「めっぽふ」には,
むやみ,めちゃくちゃ,
の意味しかないが,辞書(『広辞苑』)には,
ひどく道理にはずれていること,
また,
とんでもなくすばらしいこと,
とあるところをみると,江戸期には,(道理からの)外れ方が,マイナスの使い方だけではなく,プラスに超えている意味がかなり残っているらしい。これは「滅法」の謂れの痕跡が強いからかもしれない。
滅法は,仏教用語で,
「一切の相を寂滅した法,因縁の造作を離れた方,無為法」(『広辞苑』)
「因縁によって生じたのではないもの。無為法。」(『デジタル大辞泉』)
「一切の相を寂滅し,因縁によって生じたのではない不変の真如。無為法。」(『大辞林 第三版』)
と説明される。無知なのでさらに調べる。無為法とは,
「因縁によって生成されたものではないもの。涅槃などをいう。」(『広辞苑』)
「生滅変化を離れた常住・絶対の存在。因縁の支配を受けない解脱の境地などにいう。」(『デジタル大辞泉』)
「法をまず有為法(諸縁によって生じたもの)と無為法(絶対的存在)に分け,有為法を,三色法(しきほう)(物質的現象),心王(しんのう)(認識主観),心所法(しんしよほう)(心に伴ってはたらく諸現象),心不相応行法(しんふそうおうぎようほう)(物でも心でもない,関係や力,概念など)の4位に分け,そのそれぞれをさらに細分し,一方,無為法を第5位とし,虚空無為空間,択滅(ちやくめつ)無為(涅槃),非択滅無為(縁がなくて現在化しなかった存在)の三つに分ける。性質,属性としてのダルマはまた,あるものをあるものたらしめる特徴というところから発して,性質,属性という意味ももつ。」(『世界大百科事典』)
「有為法に対し,理論上生滅のない存在として,空間(虚空)などが想定されるが,宗教的要請たる涅槃もまた,生滅を超えた常住のものとみなされた。これらを有為でないものという意味で〈無為法〉(アサンスクリタ・ダルマasaṃskṛta‐dharma)と呼ぶ。ただし,これも決して実体あるものではない。」(『世界大百科事典』)
「法」とは,
サンスクリット語dhárma ダルマ(ダーマ)
を指し,
「法則・真理、教法・説法、存在、具体的な存在を構成する要素的存在などのこと」
を意味する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95_(%E4%BB%8F%E6%95%99)
に詳しいのでそれに譲る。どうやら,因縁に由来する,この世とははずれた,まさに,
法外,
ということになる。『語源辞典』には,「滅法」について,
「仏教語,一切の生滅変化のない絶対の状態」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/me/meppou.html
は,
「滅法は仏教用語で、因縁に支配される世界を超え、絶対に生滅変化しない真如や涅槃 といった絶対的真理のことで、『無為法(むいほう)』の別名である。
滅法に『因縁を超越
した絶対的なもの』といった意味が含まれていることから、近世以降、『桁外れに』『はなはだしく』という意味が派生し,『ケンカがめっぽう強い』『今日はめっぽう暑い』などと用いられるようになった。」
とあるのが,謂れを説明して過不足ない。一般には,辞書には,「めっぽう」は,
「[名]仏語。
1 因縁によって生じたのではないもの。無為法。
2 涅槃(ねはん)のこと。
[形動][文][ナリ]道理にはずれるさま。常識を超えているさま。
[副]並みの程度でないさま。はなはだしく。」
と載る。しかし,『大言海』は,別々に項を立てる見識を示す。
めっぽふ(滅法) 仏教の語。無為法(因縁の造作を離れたる法)の異名。一切の法の滅する故に云ふ
めっぽふ(滅法) (仏教に,欲世界の空しきを悟り,苦を滅ぼすを滅と云ふ,滅の法を悟り得たる意より,すぐれたる意に云ふか)法外に,甚だしく。
それにしても,滅法の説明に,無為法をさらりと載せて,意が通ずる時代があった,ということに,いまさらながらおのが無知を思い知らされる。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://kotobank.jp/word/%E7%84%A1%E7%82%BA%E6%B3%95-640772
https://kotobank.jp/word/%E6%BB%85%E6%B3%95-644050
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「曲がない」は,辞書(『広辞苑』)には,
面白みがない,
愛想がない,すげない,
の二系統の意味が載っている。『古語辞典』にも,
おもしろくもない,つまらない,
情がない,すげない,
の二系統が載る。ほかの辞書でも同じようだ。しかし,このふたつ,微妙にニュアンスが違う。『隠語辞典』
http://www.weblio.jp/content/%E6%9B%B2%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%84
を見ると,
情愛も趣味もないことをいふ。音楽の高低曲折なき義に基ゐたものである。〔情事語〕
情愛もなく又ちつとも面白味もないことをいふ。〔花柳界〕
愛情もなければ面白味もないことをいふ。
情愛もなく又ちつとも面白味もないことを云ふ。
情愛もなく、また少しの面白味もないこと。真直ぐで変化がないの意。
という意味を載せる。「面白みがない」とは,
型どおりで面白みがない,
きまりきっていてつまらない,
という意味らしい,とわかる。『大言海』は,「曲」を,
「直に対す」
としている。意味として,
まがれること,直(すぐ)ならぬこと,
正しからぬこと,邪(よこしま)なること,
音楽,歌謡(うたいもの)の調子,節,曲折,
楽,歌の切り,段,
軽業,手品,曲馬,独楽廻しなどの技(わざ)の種々に変化すること,
転じて,面白み,興味,
と載せる。その他に,
音楽の作品,
漢詩の六体の一。心情を詳しく述べるもの,
といった意味もある。
どうやら,「面白み」という含意は,
音楽や歌の調子,
というところから来たものらしい。そう見れば,
型どおりで面白みがない,
きまりきっていてつまらない,
は,よく分かる。そこから敷衍すると,「情がない」「愛想がない」も,
つまらない,
という意味の外延に入ると言えなくもない。『江戸語大辞典』は,「曲」について,
からかい,冗談,
という意味と,
「人相めつちゃな顔にきょくをいい」(柳多留拾遺)
という川柳を,例として載せる。さらに,
変化,面白み,
という意味と,
「歌も俳諧も随分曲のある可笑しい事を云はうとすれば」
という例を載せる。「曲がない」とは,だから,
変化がない,
という意味で,面白みがない,という含意になる。
「それを振捨,あちらへ色よひ返事とは,曲がない」
という例をみると,「をかし」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/418220586.html
「面白い」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/415405652.html?1426018728
で触れたように,,「面白い」も滑稽さではなく,知的な面白さも含めていたのに,滑稽の方にシフトしたように,また「をかし」が「可笑し」にシフトして,心惹かれ招きよせたい気がする意から,笑いを誘う方へ変化したように,「曲がない」が,
変化のない面白みのなさ,
という,メタ・ポジションから,対象を評価する気持ちを言い表していたはずなのに,主体の心情に変り,
(自分が)面白くない,
へとシフトして,その思いから,相手のことを,
すげない,
愛想がない,
と,評価するへと変っていった,ように見える。ひとまわりして,相手を評価するニュアンスが,一変したようだ。漢字の,「曲」の字は,
まがったものさしを描いた象形文字で,曲がって入り組んだという意を含む,
とある。だから,
まがる(「屈曲「曲折」),
曲がって入り組んでいる,こまごまと複雑である(「委曲」)
よこしま,ひねくれている(「曲邪」「曲学阿世」)
ふし(「音曲」)
等々という意味がある。,
くせ(「曲者」),
おもしろみ,
技巧の複雑な芸(「曲芸」「曲馬」)
等々は,わが国だけの特有な意味らしい。「曲がない」は,中国では通じないかもしれない。
上へ
「めっそうもない」は,
滅相もない,
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,
とんでもない,
有り得べきことでない,
という意味が載る(「また、相手の言を否定するときにも用いる。」と追記する辞書もある)。語源は,
「滅相(仏教語 一切のものが滅んでいく相)」
から来ているらしい。『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E6%BB%85%E7%9B%B8%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84
は,
「仏教で、万物が生滅変化する4つの段階を四相(生相・住相・異相・滅相)といい、その1つの『滅相』は因縁によって生じた一切の存在を過去の存在として滅し去る、心身が消滅する意。そこから、とんでもない意で『滅相な』『滅相もない』のようにいう。」
とあり,『語源由来辞典』
http://yain.jp/i/%E6%BB%85%E7%9B%B8%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84
は,
「滅相とは,仏教語で,物事や生物の移り変わりを四段階に分けた四相の一。四相では,事物がこの世に出現することを『生相』,存続・持続することを『住相』,変化することを『異相』,消えてなくなることを『滅相』という。滅相の業が尽きて命が終る段階の意味から,『とんでもない』という意味の『滅相な』が生まれ,『滅相な』どころでないという意味から『滅相もない』と使われるようになった。」
「滅相」は,『大言海』に,「めっさう」に,
「麤四相,生相,老相,病相,死相。細四相,生相,住相,異相,滅相とみえたり」。
とあり,四相(しさう)を見よとある。
「生,老,病,死を一期の四相と云ひ,生,住,異,滅を有為の四相と云ひ,我相,人相,衆生相,壽者相を識境の四相と云ふ。即ち,我相とは,自己の我の実在するを執するもの,人相とは他人の我の実在するを妄執するもの,衆生相とは,衆生界,又は自己心識の作出ものなるを知らずして,以前より実在するものと信ずるもの,壽者相とは,自己の,この世に住する時間の長短に執着するもの。」
とある。四相は,『大辞林』の説明がわかりやすい。
@事物が出現し消滅していく四つの段階。事物がこの世に出現してくる生相(しようそう),持続して存在する住相,変化していく異相,消え去っていく滅相。
A人間の一生に@ を当てはめたもの。すなわち,生・老・病・死の各相。
B人々がその心身に執着するために抱く四つの誤った相。我・人・衆生(しゆじよう)・寿者の四相。
ある,ということになる。
四相を悟る,
とは,事物の生滅と,人の生死と,妄執を知り尽くした,という意味で,
知慮すぐれ,聡明である,
ということになる。
「無為」と「有為」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437499017.html
で触れたが,「有為」とは,
「〈梵〉saṃskṛtaの訳。作られたものの意》仏語。因縁によって起こる現象。生滅する現象世界の一切の事物。」
「無為」とは,
「〈梵〉asaṃskṛtaの訳。仏語。人為的につくられたものでないもの。因果の関係を離れ、生滅変化しない永遠絶対の真実。真理。」
とある。「有為の奥山」は,例の,いろは歌だが,
無常の世を脱することのむつかしさを深山に喩えている,いろは歌自体が,
「色は匂へど散りぬるを我が世誰ぞつねならむ有為の奥山今日超えて浅き夢見じ酔ひもせず」
と,涅槃経の,
「諸行無常,是生滅法,生滅滅已,寂滅為楽」
を和訳したもの,とされている。有為の意味が浸透していなくては,この和歌の意味がないはずである。
http://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000000s0x.html
に,
「『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたる例なし。』
『方丈記』冒頭の有名な一文である。生じたものは必ず変化し滅びるものである。(中略)仏教は、このように変化するものを「有為法(ういほう)」といい、常に変化し続けることを「諸行無常」という。有為法は、因縁によって〈生〉じ、〈存続〉し、〈変化〉し、〈消滅〉する。この変化をそれぞれ生相(しょうそう)・住相(じゅうそう)・異相(いそう)・滅相(めっそう)と名づけ、有為の四相と呼んでいる。四相のうち「滅相」とは〈消え去るすがた〉という意味である。」
とある。鴨長明もまた,「有為の奥山」を共有していたことがわかる。
因みに,「滅法界」の「滅法」と「滅相」を混同した,
滅相界,
という言葉が,『江戸語大辞典』に載っている。意味は同じだか,
とんでもなさ,
が倍加するようだ。
参考文献;
http://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000000s0x.html
https://kotobank.jp/word/%E5%9B%9B%E7%9B%B8-520101#E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.9E.97.20.E7.AC.AC.E4.B8.89.E7.89.88
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
上へ
店は,
見世,
とも当てる。辞書(『広辞苑』)には,
「みせだな」の略,
と注記して,
商品を並べておいて売るところ,
店さき,商品などを積んで陳列してある場所,
妓楼で,道路に面して格子構えなどして遊女がいて遊客を誘う座敷,張見世,
という意味が並ぶ。『大言海』は,「見世」を「見世棚」の略として,「見世棚(見世店・店棚)」を項を別に立て,こう書く。
「(為見棚の義)商家の前の部分に,棚などを設け,人に見せむが為に,貨物を列ね置く處。常に,下略して,見世と云ひ,又上略して,店(たな)とも云ふ。現代,店(みせ)と云へば,商家の前の部分にて,貨物を並べ,又は,店員などの居る所と称し,貨物を列ね置く店棚と区別す。」
「店」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/401709935.html
で触れたことがある。「店」というのは,語源は,「見せ」。
「ミセともタナ(棚)とも言う。商店のことを『みせ』というのは,『見せる』の連用形『見せ』なのです。大阪では店のことをオタナともいいます。オ+棚は,つまり,タナに並べて,ミセる,商店です。いまでも,お店・おたなは,商人の世界では生きて使われています。」
とある。「店」という漢字は,
「占は,『卜(うらない)+口』。この口は,口ではなく,ある物ゃある場所を示す記号。卜をして,一つのものや場所を選び決めること。店は『广(ゲン,家)+音符占』で,行商人とは違い,一つ場所を決めて家を構えた意を含む」
で,決まった場所に建物を構えて物を売る家,の意味。
たな,見世の商品だな(「棚卸」),
たな,貸家(「店子)),
という使い方は,我が国だけらしい。ついでに,「世(丗)」の字は,会意文字で,
「十の字を三つ並べて,その一つの縦棒を横に引きのばし,三十年間にわたり期間が延びることを示し,長く伸びた期間をあらわす。」
とあり,「見せ」の字から,「見世」に当て,中国由来の「店」に当てたのには,かなり意味があることが想像される。
「店(見世)」が,「見せ」が語源らしいことは,『古語辞典』の,
「見せ」
の項を見ると,想像がつく。
見るようにさせる。物事や態度などを人目に入るようにする,
相手に姿を見せる,
という意味があるので,
「見せ棚」
の意味が目に見えるようだ。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/mi/mise.html
も,
「見世棚(みせだな)」の下略で、店は『見世』とも書く。見世棚は商品を並べて客に見せる
棚の意味に由来するため、動詞『見す(見せる)』の名詞形『見せ』といえる。『見世棚』の
上略語『棚(たな)』も、『店』と同じ意味で用いられ、『店』を『たな』と読ませることもある。江戸時代には、遊郭で遊女が客を誘うための道路に面した格子構えの部屋も『見世』や『張り見世』といい、中から客を引く下級の遊女を『見世女郎』などと言った。漢字の『店』は、一つの場所に家を構えるといった意味を含む文字で、市の露店・行商人などと区別するために用いられたと考えられる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%97
には,「店舗」の由来が詳しい。
「『店舗』(あるいは単に『店』)という言葉は、律令制度の伝来とともに中国から日本へと入ってきた言葉である。しかし、漢字における本来の意味は、都市に存在した邸店(今日で言うところの宿泊施設。倉庫施設を併せ持つ例が多かった)と肆舗(しほ、今日で言う商業施設に該当)をあわせて称した物であった(当時、肆舗が集まる市場の近くに商用の客のための邸店が多く置かれていたために、これらを一括して扱う事が多かった)。ところが、奈良時代の日本では、民間人が旅行をする事が殆どなく、従って邸店に該当するものが存在しなかった。このため、日本に入ってきた時にその意味を正確に把握できず、店舗=「商売を行う施設」と解釈されて受容され、それが商業施設を表す日本語として用いられるようになった(ただし、中唐以後には邸店が取引の仲介に入る例もあり、それを斟酌したものであるという見方もある)。今日、『飯店』と言う同じ言葉であるにも関わらず、日本では(中華料理を出す)『食堂』、中国では『ホテル』(元は『食事を出す邸店』の意味、『酒店』も同様の意味)と違うものを指すのにはこうした背景がある。」
さらに,日本語における「みせ」の語源についても,
「『見世棚(みせだな)』に由来する。『見世棚』とは商品を陳列する棚のことであり、鎌倉末期より言葉自体は存在し、台を高くして『見せる』ことから「見世」となり、室町期に至って、『店』の字が当てられるようになった。中世日本において登場した見世棚による商法は、当時の中国・朝鮮には見られない商法であり、当時の朝鮮通信使の報告では、魚肉といった食べ物まで地面に置いて売る我が国と違い、塵が積もらず、見やすく、見習いたい(衛生上、商業上でよい)文化との旨で評価をしている。従って、品物を見せる棚から発生した言葉である。」
と,懇切である。「店」の,「商品を陳列して売る場所」という意味以外の,江戸時代の,
「妓楼 (ぎろう) で、遊女が通りかかる客を呼び入れる格子構えの座敷。また、その遊女。張見世。」
という意味は,「見せ」の原義から,露骨に,「遊女」を商品と見立てた,というふうに言えなくもない。
「店」にからめては,
店を畳む
店を張る
店を引く
店を広げる
と言った言い回しがあるが,江戸期以降,必ず,その「店」は,妓楼のニュアンスが付きまとっていたようだ。因みに,「張見世」とは,
「遊女屋の道路に面した格子つきの部屋(見世)に,遊女が並んで客を待つこと。客は格子の間から眺めて好みの遊女を選んだ。客と遊女は,格子をはさんで会話を交わし,遊女は素見(ひやかし‖すけん)(見て歩くだけで登楼しない客)にも〈すいつけ煙草〉をふるまうことがあった。張見世をするのは通常,夕刻6時から夜12時までであった。開店の合図があると,それまでに化粧をすませて盛装していた遊女らが2階から下りて見世に並ぶ。」(『世界大百科事典
第2版』)
「遊女屋の入口わきの、道路に面して特設された部屋に、遊女が盛装して並ぶこと。もとは店先に立って客を引いたものが、座って誘客するために考案された方法であろう。したがって客を誘うための行為であるが、遊客が遊女を選定するのに便利なように、座る位置や衣装で遊女の等級や揚げ代がわかるようになっていた。各遊女屋では上級妓(ぎ)を除く全員が夕方から席について客を待ち、客がなければ夜12時まで並んでいた。江戸吉原では、張見世を見て歩く素見(ひやかし)客が多かった。明治中期から東京ほか地方の遊廓(ゆうかく)でも廃止され、かわりに店頭に肖像写真を掲げた。アムステルダムやハンブルクの『飾り窓の女』は、これの海外現代版である。(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)
とある。まさに,「見せ」である。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%97
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://www.jti.co.jp/tobacco-world/journal/chronicle/2004/08/pop07.html上へ
「つらね」は,
列ね,
とも,
連ね,
とも当てる。語源は,『古語辞典』を見ると,
「ツラ(列)・ツリ(釣)ツル(弦)・ツレ(連)と同根」
とあり,
縦に一列に並ぶ,
という意味で,そのアナロジーで,
ひきつれる,
とか
順序つけて並べる,
とか,
ことばを並べ整えて歌をつくる,
とか,
連歌で,前の句を受けて,次の句をつけてつづける,
といった意味に広がっていく。ここで,「つらね」というのは,限定されていて,おそらく,『大言海』のいうように,
「言葉をつらねる意」
から来ていると思うが,
浄瑠璃・小唄などで,縁語でつづった文句,
歌舞伎で,主役が花道で朗々と述べ立てる長台詞。延年のつらねの影響という,
という意味になる。辞書(『広辞苑』)には,
猿楽・延年舞などで,言葉や歌を長々と朗誦すること,つらねごと,
歌舞伎で,主として,荒事の主役が自分の名乗り,物の趣意・由来・功能から名所づくし,名物立てなどを,縁語,賭け言葉を使って,述べる長いセリフ。「暫」のつらねは代表的,
と載る。歌舞伎にも猿楽にも疎いので,いちいち調べないと埒が明かないが,因みに,「延年」は,本来の意味は,
寿命を延ばすこと,
という意味だが,辞書(『広辞苑』)には,
東大寺・興福寺その他の大寺で,大法会の余興として,僧侶や稚児の行った芸能の総称。平安中期に起こり,鎌倉時代に盛行。風流,連事,開口,当弁,俱舎舞,白拍子,若音など種目が多い。室町時代末には衰え,現在僅かの寺院に面影を残すにすぎない。延年舞とも。
とある。これ以上深入りすると,元へ戻れなくなるかもしれないが,『大言海』にある説明が具体的である。
「(避齢(「かれい」と訓むらしい)延年の義に拠ると名と云ふ)僧家の舞。略して,延年とのみも云ふ。平安朝の末に,既に行はる。比叡山の延暦寺,奈良の興福寺にて大會を行ふ時,必ず奏せり。其の他神事にも,酒宴の興にも舞へり。場は,方三十間許,二人の小法師,裏頭(くわとう),赤袍,白大口,白袈裟にて舞ひ,數僧,謡ふ。楽器は,銅鈸子(どうばつし)と鼓となり。床拂,拂露,開口など,種々の目あり。興福寺延年の舞の歌『梅が枝にこそ,鶯は巣をくへ,風吹かば,如何セム,花に宿る鶯』などあり。比叡山に,亂舞の遊僧とて,種々の藝もするなり。」
とある。因みに,裏頭(かとう)とは,
僧侶が袈裟で頭から顔を包み、目だけ出した装い,
で,例の弁慶の風体を思い描けばいい。その着用は,
http://ikkaiyoroi.com/katou.htm
にある。ついでに,銅鈸子(どうばつし)とは,
「中央が椀状に突起した青銅製の円盤2個を両手に持って打ち合わせるもの。仏教儀式では鐃鈸(にょうはち)、田楽では土拍子、神楽などでは手平金(てびらがね)、歌舞伎下座音楽ではチャッパなどとよばれる。」
とある。毛越寺に伝承される延年の舞については,
http://www.motsuji.or.jp/rekishi/data03.html
に詳しいが,
「常行堂内では、古伝の常行三眛供の修法のあと、法楽に延年の舞が奉納されます。『延年』とは『遐齢(かれい)延年』すなわち長寿を表します。遊宴歌舞は延年長寿につながるというところから、諸大寺の法会のあとに催される歌舞を総称して「延年」と言ったのです。
仏を称え寺を讃め千秋万歳を寿くのですが、曲趣は様々で、風流に仕組まれたものは漢土の故事などの問答方式に舞楽風の舞がついたものや田楽躍(おどり)など、当時の流行の諸芸を尽くして祝ったもののようです。」
『大辞林 第三版』の「延年舞」の説明に,
「のちに遊僧と呼ばれる専業者が出現し,中国の故事に題材をとる風流(ふりゆう)や連事(れんじ)などは能楽の形式に影響を与えたといわれる。現在も地方の寺院にわずかに残っている。」
とあるところから見ると,専門家集団も生まれていたらしい。猿楽との関連が気になり,素人には,この専門家,いわゆる「遊僧」とつながるように想像するが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E5%B9%B4
には,延年は,
「単独の芸能ではなく、舞楽や散楽、台詞のやりとりのある風流、郷土色の強い歌舞音曲や、猿楽、白拍子、小歌など、貴族的芸能と庶民的芸能が雑多に混じり合ったものの総称である。正確な起源は不明だが、平安時代中頃より行われたと言われている。能の原型である猿楽との関連は深く、互いに影響を与えあったのは間違いないが、起源的にどちらが先かについては諸説ある。初期には下級僧侶や稚児らにより、法会や貴族来訪の際の余興として行われたと思われる。やがてこの寺院で行われる催しに人気が出始めていくにつれ、観衆をより楽しませるために上記のような様々な芸能を取り入れていった。演じ手も、芸に熟達した僧達を中心に行われるようになっていった。これら延年を専門的に演じる僧は「遊僧」「狂僧」と呼ばれた。」
とあるので,はじめは,僧の演じていたはずのものが,専門家に委ね,
「一部の寺院における祭礼の際の延年は規模も大きくなっていった。延年風流と呼ばれる演劇的な出し物では、二階建ての装置や移動可能な山車のようなものなど、大がかりな舞台装置も使われる場合もあった。こういったけれん味のある舞台装置を使う発想は、後に歌舞伎に取り込まれていった」
とする説もある,という。猿楽自体,
「申楽と記すこともある。平安期では曲芸,滑稽(こつけい)なしぐさ芸,掛合芸,物まね芸などをいい,平安末期には筋立てのはっきりしたものになったようである。鎌倉期には楽劇的要素を加え,室町初期にはせりふ劇プラス歌舞芸として,現在の能の祖型が完成する。」
というように,さまざまにあった芸能が,いくつかに分枝し,互いに影響し合ったのだろう。そんな芸能の由来のなかに,歌舞伎の「つらね」はある。
『世界大百科事典第2版』は,「つらね」を,
「起源は猿楽,延年の連事(れんじ)から転化したものといわれている。《暫(しばらく)》《曾我の対面》などにおいて,懸詞や何々づくしといった趣向による音楽的な要素の強いせりふで,俳優の自作であることが約束とされ,その述べかた,雄弁術が一つの売り物となっていた。野郎歌舞伎初期から始まり,元禄期(1688‐1704)に盛んに行われた。《暫》の主人公が述べる〈つらね〉や《外郎売(ういろううり)》が述べたてる早口ことばの〈つらね〉などはその代表的な例にあげられる。」
と解説する。
『暫』については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%AB
に詳しいが,三田村鳶魚は,前に,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435717090.html
の「啖呵」や,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435765931.html?1459109089
の「台詞回し」で触れことがあるが,「つらね」を,こういう文脈のなかで語っていた。
「市川団十郎というものが江戸の名物になっている。この団十郎は歌舞伎三座――
もとは四座あったのですが、山村座がなくなって、中村座・市村座・森田座と、この三つが最後まであった――の座主ではない。はじめからしまいまで抱え役者でありました。が、抱えられる身分であるに拘らず、芝居道で大そう重んぜられている。ただ芝居道で貴ばれるばかりでなく、江戸の名物となり、江戸の表徴のようにもなった。というのは、彼の家の芸とする荒事、彼の得意であるツラネ――希代にまた団十郎の家では、弁舌の達者な者が多く出ております。このツラネというのは、まず悪対の塊りみたいなものです。痰火を切るというのは漢方医者の言葉で、咽喉へ痰が詰ってゼイゼイいう、そこへ熱を持つから痰火というのですが、咽喉へからまる痰を切って出せば気持がよくなる。そこで『痰火を切る』という言葉が出来た。『溜飲を下げる』などというのも同じことで、この悪対の塊りを出す。いわんと欲していうことの出来ないことをいう。芝居を見物してそれを喜ぶ。また、実際見ないでも、見て喜ぶ人達の様子が自分達を浮き立たせるから、見ない手合までが騒ぐ。芝居はこの悪対というものによって、江戸ッ子に景気をつけ、人気取をする。そこに悪対趣味というものが出来て、ツラネというものが喝采される。」
ちなみに,「せりふ」を,
http://ohanashi.edo-jidai.com/kabuki/html/ess/ess161.html
では,1人で言う場合と、2人以上で言う場合にわけ,1人で言うせりふを,
普通のごく一般的なせりふ,
独白 ---- 独り言,
名乗りせりふ ----松羽目物で役者が登場したときに述べるせりふ,
の他に,
つらね ---- 主として荒事芸などで主役が花道で述べる長ぜりふのこと,
厄払い ---- つらねの一形態ですが、せりふの中に厄落しの文句が入るので特にこう呼ぶ,
を入れている。
http://d.hatena.ne.jp/Rejoice+Kobikicho/20120318/1332050044#20120318f2
そこに,五代目市川團十郎の「つらね」を載せている。
「東夷南蛮骨継北狄せむしの大妙薬、くじき打身をためなおす、おやぢが譲りの小手脛当、柿の素袍も時分柄、納豆烏帽子の腕白盛り、さかり出たる色若衆は、東山義政が股肱の臣、荒獅子男之助茂満、生年積って十八町、きつゝ馴染のむかひ町、御贔屓のおしうりは、あつかましくも荒事の、血筋を受けた持病の虫、そのお叱りのお言葉を、かへり三升の紋所、一升一しょう又一升あわせて三升(さんじょう)仕った、森田勘弥がやつかい若衆、念者は誰だ、まき賣り提灯樽蒸籠、いとなみたつる其のうちに、夜はほのぼのと赤筋隈、まだ里馴れぬ鶯の蚕のうちのほとゝぎす、一聲かけた盲蛇、海老が譲りの小刀細工、きめ込割込鼠木戸、太鼓とともに夜の内から、いずれも様へお目見得を、したさのゝゝゝゝさしで者、しんまい新板新桟敷、初奉公の手見せ顔見勢、慮外働くうんざいめら、えり髪つかんで片つぱし、あかん堂の家の棟から、築地の海へはふり込むと、ホゝ敬って申す。」(明和八(1771)年 森田座『葺換月吉原』)
参考文献;
http://d.hatena.ne.jp/Rejoice+Kobikicho/20120318/1332050044
http://ohanashi.edo-jidai.com/kabuki/html/ess/ess161.html
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「つう」は,
通,
と当て,辞書(『広辞苑』)には,
「慣用音。呉音はツ」
とある。念のため,漢字「通」を見ておくと,しかし,
呉音ツウ,漢音ツ・トウ,
とある。別の漢和辞典を見ても,同趣のことが書いてある。しかし国語辞典は,他のものも,
「ツウ(慣) ツ(呉)」
と記す。この是非判断はつかない。この場合は,漢和辞典を取るしかないだろう。因みに,「通」の字は,
「用は『卜(棒)+長方形の板』の会意文字で,棒に板をとおしたことを示す(それが転じて通用のこととなり,力や道具の働きを他の面にまで通し使うこと,となる)。それに人を加えた甬(ヨウ)の字は,人がとんと地板を踏み通すこと。通は『辶(足の動作)+音符甬』で,途中仕えて止まらず,とんと突き通すこと」
とある。「つう」は,この「通」の字のもっている意味を広げたものとみなすことができる。で,「通(つう)」の意味は,
とおること,とおすこと,
の意味から,
かようこと,いききすること(「交通・通学・通勤),
知らせること,伝えること(内通・通知・通信・通告・文通),
全体に行き渡る,一般に広く行われる(「通常・通説・通俗・通念・通有・通用・共通」),
・弘通 (ぐずう) ・普通」
ある範囲の全部に及ぶ(「通算・通史・通読・通年」),
男女が交わること(「姦通・私通・密通」),
全体を経過すること(「通算・通読・通年」),
と広がり,
ある物事を広く知っている,知り尽くしていること,物知り(「通暁・通人・食通・精通・消息通」),
物事を自在に操る働き(「通力・神通力),
にまで至り,物知りの特殊事情として,
人情や花柳界の事情などをよく知っていて,捌けていること,野暮でないこと,またその人,
という意味があり,いま,「つう」というと,物知りであることと同時に,
粋,
という含意があるように思う。現に,『古語辞典』には,「行き通ること」「通力」の他に,
「(その道に通達するの意から)粋(すい)Bに同じ。近世後期明和・安永頃,管楽の影響で遊里に発生した流行語」
とある。「粋」には,
物事に精通してすぐれていること,またその人,
という意味があるが,Bにあるのは,
「遊里の事情に佳く通じ,言動がおのずからその道にかなう,洗練された遊興の態度,またその人」
と,限定された意味になる。『江戸語大辞典』を見ると,
粋(すい),いき,
粋人,通人,通り者,
と載る。『大言海』をみても,通人と通り者はほぼ同義で,「通人」は,
達人の意,
とある。「通り者」は,いまではほぼ使われないが,
世間一般にその名の知られているもの,
人情・世上の機微に通じた者,通人,粋な人,転じて放蕩者,道楽者,
侠客,博徒,遊び人,男だて,
とある。これを見る限り,通り者とは,まともに仕事をせず,放蕩して,世に知られている,というふうにしか,読めない。世に言う,
粋人,通人,
のイメージとは違うように思う。その答は,やはり,三田村鳶魚にあった。こうある。
「粋(すい)といえば上方言葉、通り者といえば江戸言葉だと思っている。それについては、『洞房語園(どうぼうごえん)』に収録した「待乳(まつち)問答」というものがありますから、その文を出しておきましょう。
『世人皆放埒成る博奕の徒をさして通りものといふ、然らず、爰に大言せば、天下の事に於て通ぜざる所なきを聖といふ、世俗の人に於いても、諸事に事馴れて、能く捌けたる者を、関東にて通り者といふ、かの通ぜざる所なしといふ通の字を借り用ひたるもの也、京にて粋といふ事は、六芸及び諸事に渡りて、其道々に達して精しき者を粋といふ、精と粋とは字意相通ず、文筆に精しき者は文筆の粋也、音楽に精しき者は音楽の粋也、』
『下手談義』に、「通者、江戸にて博奕するものゝ別号也」ときっぱり いってある」
と。どうやら,粋の「いき」の中身が,江戸へ出て,すりかえられたもののようである。
「では、『通り者』という言葉をどういうふうに使っ
ているかと思って捜してみると、随分沢山あるようですが、大概、気の利いたという方の意味に使っている。任侠という方の意味に使っているのは、『棠大門屋敷』に、此亭主かくれなき通者、筋の通りたる事に、たのまれて一足もひかぬ男。と書いてある」
つまり,「通り者」という言葉は,
「筋の通った者」
という心持で使われている。どうやら,「任侠」のいみの,「筋」である(筋目とか筋者とかという言い方をするように記憶している)。
「元文から宝暦まで、この三十年ほどの間に、通り者というのが任侠の意味らしく扱われている。前には、廓の言葉として、粋だの通だのという言葉が遣われていた。これが訓でよむようになって、通り者ということになると、今まで通といった
心持とは違って、別な意義 になってまいります。」
と,そして,こう付け加える。
「侠客というものと博徒というものとは、自ら違うのであって、侠客は侠客、博徒は博徒で、侠客のすべてが博徒でもなければ、博徒のすべてが侠客でもない。ですから、博奕打のことを、寛保・延享の頃は『通り者』といっております。」
遊里ではやった通人とは,別の意味の通人,通り者のイメージに変じている。しかし,通り者イコール通人と,辞書に載れば,「いきな」イメージになる。
「かぶき者・町奴・きおい組・通り者・大通、この大通がまた分れていって、通人となり、通となっている。それから勇み、勇み
になれば、江戸ッ子の一般の姿といっていいでしょう」
と鳶魚が書き加えたとき,江戸ッ子にも,どこか(粋ではなく)通り者の気風がある,と言っている。それは,男立と通底しているものがあるのかもしれない。男立(男伊達)については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163232.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435961747.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/435836567.html
等々で触れた。この「男」とは,士の意味である。
参考文献;
三田村鳶魚『江戸ッ子』(Kindle版)
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
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「つらね」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437711489.html
で書いたが,これは歌舞伎独特の台詞である。台詞は,
科白,
とも当てる。『江戸語大辞典』には,「せりふ」とルビを振って,
演説,
分説,
が載るが,一般には,
芝居で,俳優が劇中の人物として述べることば,
だが,そこから,
一般に言うこと,述べること,
に転じて,
決まり文句,儀礼的な言葉(「お得意の台詞だ」),
人に対する言葉,言いぐさ(「そんな台詞は聞きたくない」),
苦情を言うこと,云い分を延べること,談判(「お花はこちの奉公人、親仁との台詞なら、どこぞ外でしたがよい」),
と意味が広がり,
支払いをすること,
という意味まである。これは,
「今夜中にせりふしてくださんせにやなりませぬ」
という例が載っている(『広辞苑』)。どうも,談判の特殊例なのかもしれない。『江戸語大辞典』には,
「芸妓が客に体をゆるすときの条件につき話し合うこと」
という意味が載っている。『ブリタニカ国際大百科事典』には,
「劇のなかで俳優によって語られる言葉で,演劇の本質的要素の一つ。2人以上の登場人物の間でかわされる対話 dialogue (→ダイアローグ )
,自己の心境や感情を観客に向ってひとりで語りかける独白 monologue (→モノローグ )
,他の登場人物の面前でしゃべりながら相手役に聞えないという舞台上の約束のもとで自分の考えその他を述べる傍白 aside (アサイド) などの形式がある。」
とあるし,『世界大百科事典 第2版』にも,
「〈科白〉〈白〉などとも書かれる。よく行われるせりふの形式上の一分類としては,2人あるいはそれ以上の登場人物の間で交わされる〈対話(ダイアローグdialogue)〉。登場人物が自分自身の考えや感情などをみずからに問いかける形をとる〈独白(モノローグmonologue)〉(モノローグ劇),対話中に対話の当の相手には聞こえないという約束で横を向き独りごとのように言う〈傍白(アサイドaside)〉などがある。」
と,対話と独白とを整理している。そういえば,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437711489.html
でも取り上げたが,
http://ohanashi.edo-jidai.com/kabuki/html/ess/ess161.html
で,歌舞伎のセリフを,
1.1人で言うせりふ
(1) 普通のごく一般的なせりふ,
(2) 独白 独り言,
(3) 名乗りせりふ 松羽目物で役者が登場したときに述べるせりふ,
(4) つらね 主として荒事芸などで主役が花道で述べる長ぜりふ
(5) 厄払い つらねの一形態ですが、せりふの中に厄落しの文句が入るので特にこう呼ぶ,
2.2人以上で言うせりふ
(6)渡りぜりふ 一連のせりふを2人以上の役者が互いに次へ受け渡しながら分担していうせりふ,
(7) 割りぜりふ 2人以上の役者が別々の思いを交互に喋りながら最後には共通の結論を同時に発して締めくくる,
3.共通
(8) 名せりふ 歌舞伎ファンなら誰でも知っているいわずと知れた名せりふ,,
(9) 捨てぜりふ 役者がその場でアドリブで言う短いせりふのこと。
と,私説として分類しているが,この分類を見ると,「せりふ」という言葉が,その意味の外延を広げて,世の中に広まっていく経緯を彷彿とさせる,用例の見本市のようでもある。
「せりふ」の語源は,
「セリ(競争・競る)+フ(節・言葉)」
で,競り合っていいあう文句,述べあう言葉,である。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/se/serifu.html
には,
「セリフは、『競り言ふ(せりいふ)』を約した言葉といわれ、江戸初期頃から見られる。
漢字の『台詞』は、『舞台詞(ぶたいことば)』の上略。『科白』を中国語からの借用で、中国では『科』は劇中の俳優のしぐさ、『白』は言葉のことで、俳優のしぐさと台詞を意味するが、日本ではセリフに当てる漢字として用いられたため、しぐさの意味は含まれていない。このほか、せりふの漢字表記には、『分説』『世理否』『世利布』がある。古くは『世流布(せるふ)』『せれふ』と言っており,『せりふ』より古い語形とも考えられている。」
とある。『大言海』にも,「競り言ふの約」「舞台詞の略」と載る。「科白」の記述が気になるので調べると,『漢字源』に,「科」の字は,
「『禾(いね)+斗(ます)』で,作物をはかって等級をつけることを示す,すべての物事の等級を科という。」
とある。したがって,
品定めをした分類,
分類して排列した部門や条文,
といった等級や分類に当たる意味だが,通俗的に,
しぐさ,芝居で,俳優が行う動作,
とあり,「白(せりふ)」で,「科白(かはく)」で,「しぐさとせりふ」とある。「白」の字は,象形文字で,
「どんぐり状の実を描いたもので,下の部分は実の台座。上半は,その身。柏科の木の実のしろい中みをしめす。」
とあり,基本は,白いか,無色の意味だが,「告白」というように,動詞として,「マヲス」,
「内容をはっきり外に出して話す」」
という意味があり,通俗的には,
「飾り気のないさま」
という意が転じて,
「芝居のセリフ」
という意味になる,とある。「説白」(口語のせりふ),「白話」(口語)という用例がある。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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通り魔と言うと,今日では,
通りすがりに,人に危害を加える者,
というか,
行きずりの犯罪,
の意味になるが,通り魔は,もともと,
通り悪魔,
あるいは,
通り者,
あるいは,
通り物,
とも言うらしい。「つう」の意味の「通り者」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437747411.html
で触れた。ここで言う「通り者」は,辞書(『広辞苑』)には,
一瞬に通り過ぎ,その通り道に言え又はそれに行き会った人に災害を与えるという魔物,
とある。『江戸語大辞典』は,「通り物」として,
「通り魔,魔物」
としか載せない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E3%82%8A%E6%82%AA%E9%AD%94
は,「通り悪魔」の項で,
「気持ちがぼんやりとしている人間に憑依し、その人の心を乱すとされる日本の妖怪。『世事百談』『古今雑談思出草紙』などの江戸時代の随筆に見られ、通り者(とおりもの)、通り魔(とおりま)ともいう。」
とある。『広辞苑』のイメージとは違う。
http://www.youkaiwiki.com/entry/2013/01/27/%E9%80%9A%E3%82%8A%E6%82%AA%E9%AD%94(%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%81%82%E3%81%8F%E3%81%BE)
も,やはり「通り悪魔」として,
「ぼうっとしている心に憑依する妖怪。
心を常に落ち着け、冷静でいる者には憑きにくいが、そうでなければ誰にでも憑依する可能性のある恐ろしい妖怪である。」
とあり,通りすがり,と言うイメージではない。
いまで言う,「通り魔」だと,むしろ,「かまいたち」と呼ばれたものに近いかもしれない。
鳥山石燕は,「かまいたち」に,
窮奇,
の字を当てているが,通常,
鎌鼬,
の字を当てる。その経緯を,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E9%BC%AC
では,
「鎌鼬(かまいたち)は、日本に伝えられる妖怪、もしくはそれが起こすとされた怪異である。つむじ風に乗って現われて人を切りつける。これに出遭った人は刃物で切られたような鋭い傷を受けるが、痛みはなく、傷からは血も出ないともされる。別物であるが風を媒介とする点から江戸時代の書物では中国の窮奇(きゅうき)と同一視されており、窮奇の訓読みとして『かまいたち』が採用されていた。」
と説明している。因みに,「窮奇」とは,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%AE%E5%A5%87
に,
「中国神話に登場する怪物あるいは霊獣の一つ。四凶の一つとされる。中国最古の地理書『山海経』では、『西山経』四の巻で、ハリネズミの毛が生えた牛で、邽山(けいざん)という山に住み、犬のような鳴き声をあげ、人間を食べるものと説明しているが、『海内北経』では人食いの翼をもったトラで、人間を頭から食べると説明している。五帝の1人である少昊の不肖の息子の霊が邽山に留まってこの怪物になったともいう。」
とある。それが,
「『淮南子』では、『窮奇は広莫風(こうばくふう)を吹き起こす』とあり、風神の一種とみなされていた。」
ということから,「かまいたち」と同一視されたらしい。辞書(『広辞苑』)には,
「物に触れても撃ち付けてもいないのに,切傷のできる現象。昔は鼬のしわざと考え,この名がある。越後七不思議の一つに数え,信越地方に多い。鎌風。」
とある。『大言海』には,
「(人体に,利鎌を持ちて斬りたる痕の如きものの生ずるを,鼬の所為として名づく)気候の変動よりして,空気中に真空を生じ,人体これに触るれば,体内の気,平均を保つため,皮膚を裂きてこうむる負傷」
と載る。この説は,明治期に流布したものらしいが,
「実際には皮膚はかなり丈夫な組織であり、人体を損傷するほどの気圧差が旋風によって生じることは物理的にも考えられず、さらに、かまいたちの発生する状況で人間の皮膚以外の物(衣服や周囲の物品)が切られているような事象も報告されていない。これらの理由から、現在では機械的な要因によるものではなく、皮膚表面が気化熱によって急激に冷やされるために、組織が変性して裂けるといったような生理学的現象(あかぎれ)であると考えられている。かまいたちの伝承が雪国に多いことも、この説を裏付ける。また、切れるという現象に限定すれば、風が巻き上げた鋭利な小石や木の葉によるものとも考えられている。」
と,今日では考えられているらしい。「通り悪魔」を,憑依という面から言えば,
狐憑き,
に似ているのかもしれない。
「狐憑き」は,『世界大百科事典 第2版』には,
「キツネの霊が人間の体に乗り移ったとする信仰。現在でも広く各地で信じられている。憑かれるのは女性が多い。憑かれるとキツネのような行動をして,あらぬことを口走ったりするのが,狐憑きの典型的な症状であるが,体などに原因不明の異常が生じた時,そのような症状を呈さなくても,祈禱師によって,キツネが憑いているからだとされる場合もある。キツネに憑かれたままにすると,内臓を食いちぎられて,病気の末に死んでしまうとされ,祈禱師などを招いて祈禱したり,憑かれた者をいじめたり,松葉でいぶしたりして祓い落とす。」
とあるし,『日本大百科全書(ニッポニカ)』には,
「狐の霊が人に取り憑いて異常な状態を現出させること。憑依(ひょうい)(憑霊(ひょうれい)、憑き物)現象のもっとも代表的なもの。日本では狐は早くから霊威ある動物と認められており、狐塚という地名の示すように狐を祀(まつ)る習俗、狐によって豊凶を占う習俗、田の神の使いとみなす信仰、稲荷(いなり)神の使いないしは稲荷神そのものとする信仰、密教や修験道(しゅげんどう)などの系統の行法を行っての託宣・卜占(ぼくせん)・巫術(ふじゅつ)など、古くから狐に対する信仰が深くかつ広かったことが明らかである。このような狐への信仰を背景として狐憑きが成立したとみてよい。憑く小獣については普通『きつね』とよぶだけだが、所によっては特殊な呼び名をもつ。たとえば、関東から東北にかけてオサキ・オサキドウカ(御先稲荷)・イズナ(飯綱)、関東西部から中部地方にかけてはクダギツネ(管狐)、山陰の一部でトウビョウ・ニンコ(人狐)、九州の一部でヤコ(野狐)などである。しかしその形態・性情については不思議に伝承の一致があり、大きさはほぼ子猫ほど、色は茶褐色、眷属(けんぞく)は75匹などということが多い。いずれにせよ異常な状態になるのであるから、こうした状態変化をもたらしたり、またはその原因を説明し、はては『狐を落とす』と称して解放させたりすることのできる呪術(じゅじゅつ)者・祈祷師(きとうし)の活動も、狐馮きの俗信に伴って広まっていた。室町中期に『狐仕(きつねつかい)』と称する職業的祈祷師が都市にいた(『康富記(やすとみき)』)ことも明らかである。京都の吉田家からは近世初頭に『野狐鎮札』と称する符(ふ)を出していた(『梵舜(ぼんしゅん)日記』)。」
とあり,
「狐憑きそのものは本来動物崇拝から発したもので、古代中国の記録にもみえ、東アジアに広く共通する現象であったとみてよい。」
とされるようだ。こう見ると,「通り悪魔」は,
狐憑き,
や
鎌鼬,
と,「いたち」や「きつね」に原因が特定できない分だけ,不気味,と言えば言えるかもしれない。それにしても,通りすがりにいきなり人に危害を加える者を,
通り魔,
と名づけたのは,なかなかの慧眼と言えるのかもしれない。避けようのない,鎌鼬に似ていて,憑依されたように豹変するという意味で。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E3%82%8A%E6%82%AA%E9%AD%94
http://www.youkaiwiki.com/entry/2013/01/27/%E9%80%9A%E3%82%8A%E6%82%AA%E9%AD%94(%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%81%82%E3%81%8F%E3%81%BE)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%90%E6%86%91%E3%81%8D
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E9%BC%AC
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開口は,文字通り,
口を開く,
で,それだけとおもいきや,開口は,
「かいこう」
と訓む以外に,
「かいこ」
「あくち」
と訓み方があり,「あくち」と訓むのは,
「『開き口』の転」
で,
「足袋(たび)・脛当(すねあて)・沓(くつ)などの足を入れる口。」
という特定された意味で,
あぐち,
あきくち,
とも訓む。『大言海』には,
「あきくちを約(つづ)むれば,あくちとなる。齞脣(あいくち)と云ふ語もあり」
として,
「開口(あきくち)と云ふに同じ。連貫沓(つらぬきぐつ)に足を踏み入るる口を,あくちと云う。開きて,又合わするなり。」
という意味の他に,
「あくちも切れぬ若者など云ふは,まだ弁舌も自由ならぬ,口脇の黄なる少年など言はむが如し。」
という意味を載せているのが,唯一。
「かいこう」「かいこ」は,微妙に重なりつつ,意味が違う。辞書(『広辞苑』)には,「開口(かいこう)」について,
口を開くこと,話し始めること,
以外に,
外に向かって穴が開くこと,またその穴。
将軍宣下などの儀式的な能楽で,脇能の最初に,ワキの役が祝賀の文句を簡単な節で謡うこと。文章はその都度作る。延年などの芸能で,地口風に物尽くしを唱えたりする話芸的演目,
と意味が載る。「あくち」が,「穴が開くこと」から,特定化されたことを創造させるが,「脇能云々」については,
かいこ,
と訓む。『風姿花伝』に,
「かいこよりその謂れとやがて人の知る如く」
との文がある,らしい。『大言海』の,
「徳川幕府にて,能を行ふ時,式三番叟おはりて後,第一番目の能を,脇能と云ふ。其の脇能の初に,脇師の出でて,祝ひの謡ひをうたふこと。是れは,能ある毎に,林大学頭より,新詞を上り,能役者,節を作るなり。」
とあり,辞書(『広辞苑』)の「文章はその都度作る」の意味が,林大学頭が詞をつくり,それに能役者が節を作る,という意味だと知れる。因みに,「式三番叟」とは,
「猿楽に古くから伝わる儀式的な曲。初めは父尉(ちちのじょう)・翁(おきな)・三番猿楽(のちの三番叟(さんばそう))、室町時代以降は千歳(せんざい)・翁・三番叟の三人による祝福舞。現在の能の『翁』。」(『デジタル大辞泉』)
「能役者と狂言役者が演ずるが,能でも狂言でもない別の種目で,構成・詩章・謡(うたい)・囃子・舞・面・装束など,すべての点で能・狂言とは異なる古風な様式をもつ。式三番という名称は,〈例式の三番の演目〉の意味で,《父尉(ちちのじよう)》《翁》《三番猿楽(さんばさるがく)》の3演目を指す。いずれも老体の神が祝言・祝舞(しゆうぶ)を行うもので,3者の間に直接の関係はないが,能や狂言と違ってこの中から演目を選ぶというのではなく,三番一組にして演ずるものである。」(『世界大百科事典
第2版』)
とある。さらに,因みに,「三番叟」とは,式三番叟の三番目,つまり,
「『翁(おきな)』で、千歳(せんざい)・翁に次いで3番目に出る老人の舞。」
を指す。この口を開くワキを,
開口人(かいこにん)
というらしい。この「開口」については,
「寺院の延年において演ぜられた,言葉を主体とした芸能。その実態をよく伝えるのが1544年(天文13)書写の《多武峰(とうのみね)延年詞章》の開口7編で,それによればまず仏法の功徳などが述べられたあと,一定の題材に沿った洒落や秀句が比較的長く語られ,最後に延年の場に来臨した諸衆を祝福するという形になっている。頭尾の祝言はまじめなものだが,それにはさまれた洒落や秀句の部分は相当に滑稽なものである。たとえば7編中の第5〈開口名所山々相撲之事〉についてみると,〈よき相手に逢坂山の,しやつと寄て取らんとすれば,耳なしの山なれば,取手にはぐれて勝負をも決せずして入佐の山もあり,また,取られじとて足引の山もをかしきに,はや鳥羽の秋の山は時雨をも待たで勝つ(褐)色みえた候〉といった具合に綴られている。」(『世界大百科事典
第2版』)
に詳しいが,辞書(『広辞苑』)の
「延年などの芸能で,地口風に物尽くしを唱えたりする話芸的演目」
とあるのが,どうやら基らしい。延年については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437711489.html
で触れたが,『大言海』にある,
「(避齢(「かれい」と訓むらしい)延年の義に拠ると名と云ふ)僧家の舞。略して,延年とのみも云ふ。平安朝の末に,既に行はる。比叡山の延暦寺,奈良の興福寺にて大會を行ふ時,必ず奏せり。其の他神事にも,酒宴の興にも舞へり。場は,方三十間許,二人の小法師,裏頭(くわとう),赤袍,白大口,白袈裟にて舞ひ,數僧,謡ふ。楽器は,銅鈸子(どうばつし)と鼓となり。床拂,拂露,開口など,種々の目あり。興福寺延年の舞の歌『梅が枝にこそ,鶯は巣をくへ,風吹かば,如何せむ,花に宿る鶯』などあり。比叡山に,亂舞の遊僧とて,種々の藝もするなり。」
が具体的である。つまり,「開口」も,「延年」のひとつなのである。
開口一番,
という言葉も,ただ,
「口を開いてものを言いだすとすぐに。口を開くやいなや」
という意味の向こうに,能舞台が見える気がする。
参考文献;
http://www.motsuji.or.jp/matsuri/data07.html上へ
曲尺は,
かねじゃく,
と訓む。まあ,知っている人にとっては,常識かもしれないが,なぜ,「かね」なのか。「かね」を引くと,
矩,
と当てて,
かねじゃく,
の意味が載る。その他,
直線,直角,
基準となるもの,
の意味がある。「矩」の字は,「さしがね」の意味があるが,
「巨は,かぎ型の定規に取っ手のついたさまを描いた象形文字。矩は「矢(昔は,物の長さを矢で測った)+音符巨」で,かくどゃ長さを測るかぎ型の定規」
を意味する。因みに,「定規」と「物差し」は違うらしい。
「定規」は, 直線や曲線を引くときに用いる器具。三角定規・雲形定規・T 定規など,
「物差し」は,物の長さを測る道具,
ただ,、「定規」には, 「物事を判断するときの基準・尺度。ものさし」の意味があるが。
さて,「曲尺」を引くと,辞書(『広辞苑』)には,
矩尺,
とも当てるのである。でもって,「曲尺」は,
金尺,
大工金(だいくがね),
曲がり金,
差し金,
かねざし,
かね,
きょくしゃく,
指矩,
指金,
尺金,
指がね,
指しがね,
矩尺,
曲り差,
等々とも呼ばれている(『世界大百科事典
第2版』には,「古く中国では矩(く)といい,帯状の薄い金属板を直角に曲げた形に作ってあり,これに目盛をつけたものであり,かねざし,曲り尺ともいい,矩尺,鉄尺などとも書いた」とある)。
『大言海』を見ると,「かねざし」は,
鐡差,
と当て,鐡尺とも当て,「まがりがね」を見よ,とある。「まがりがね」は,
曲尺,矩,
を当て,
「曲鐡の義,裁縫の尺(たかばかり 竹量)に対す」
として,「たかばかり」つまり竹で作った,裁縫用の物差しに対していったものらしい。で,
「元は,方形の板の周囲に刻みをつく。後に,二面を用ゐて,常の物差しに枝ががあるが如し,故に名があり」
とする。「曲尺」の他に,
鯨尺,
呉服尺,
等々,というのがあるらしい。「物差し」は,
「物+さし(あてる棒)」
から来ているが,「さし」は,
「サス(二つの間をサシワタス)の連用形名詞化」
である。物差しを意味する。『大言海』をみると,
「古語は,タカバカリ,略してサシ」
とある。さらに,
「曲尺の一尺二寸(今は一尺二寸五分)を,一尺とするを呉服尺(ごふくさしとも云ふ)と云ひ,専ら布帛を度るに用ゐる。又,曲尺の一尺二寸五分(或いは,一尺一寸七分三厘六毫)を一尺とするを,鯨尺(くじらざしとも云ふ)と云ふ。其の他高麗尺,念佛尺など種類多し」
とある。高麗尺というのは,「古への大宝令の大尺」といい,支那尺,唐尺を小尺,と訓んだらしい。『日本大百科全書(ニッポニカ)』には,
「用途によってよばれるものも多い。文(もん)尺は足袋(たび)の文(もん)数を計るもの、呉服尺は呉服用、酒造尺は酒の仕入れ桶(おけ)の中の酒の量を液面の位置を計って出すもの、溢引尺(あびきざし)も酒造尺の一種である。地面、布、電線などに沿ってローラーを回し、その回転数から長さや料金を出すものも、物差しの一種であるが、計量法ではこれらを回転尺とよんでいる。伊能忠敬(ただたか)が測量に用いた量程車や現在のタクシーメーターもこれに属する。」
とある。この「曲尺」も,
http://8ninriki.jp/archives/5825
によると,
「この差し金は中国で生まれたものらしく、日本に持ってきたのは聖徳太子とのこと。
聖徳太子は大工の守り神様とも言われ、私の住む地域の大工さんは、毎年2月に太子講といって聖徳太子のおまつりを今でも行っています。」
とある。
http://www.misyuku-suzuki-kanamonoten.com/sasiganekajisi2.html
には,
「奈良時代(710〜794)には曲尺の文字がすでにあり、平安時代の899年に書かれた辞書『新撰字鏡』では、曲尺を(まがりかね)と読んでいます。中世時代になると、番匠が曲尺を使っている絵が描かれています。
この曲尺は、飛鳥時代(550〜710)の始めに、仏教伝来と共にその寺院建築のために、朝鮮半島から渡来した工人たちが寸法を測る道具として持ち込まれました。このとき伝来した曲尺は、木製乃至竹製とも言われています。」
とある。こんなところだろうか。なお,
「曲尺は、古代中国の神話に出てくる最初の皇帝である伏羲(ふくぎ)が曲尺を持つ姿が描かれていたり、また紀元前6世紀の中国の春秋戦国時代に、工聖と呼ばれる伝説的な大工の魯班が作ったとも伝承があるように、大変古い歴史を持っています。」
と付記されている。日本の曲尺の最大の特徴は,
「裏目にあります。曲尺の長い方(長手)を持って、短い方(妻手)が左になる目盛が裏目です。この裏目に、角目と丸目があります。角目は、表の√2倍の目盛で、直角三角形の斜辺が計算しないで求められ、建物の隅を墨付けするのに大変役立ちます。
この角目は、平安時代の末期に曲尺に記されたとの説や、隅を複雑に組み合わせる醍醐寺五重塔が建てられた平安時代の中期との説もありますが、角目の発明によって隅の屋根材の複雑な組み合わせを解決する方法である規矩(きく)術が、飛躍的に進歩しました。」
ということらしい。さて,曲尺は,昭和34年メートル法改正で尺貫法が禁止された折,危うく消える所を,永六輔らの活躍で,寸目盛の曲尺が残り,いまでもアマゾンなとで購入できる。たとえば,
五寸法師 5寸×2.5寸
三寸法師 3寸×1.5寸
と表示されている。この「法師」の意味が分からないのだが,勝手に想像するに,
一寸法師,
からの洒落なのだろうか。
参考文献;
http://8ninriki.jp/archives/5825
http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kokufu/math/kanejaku.html
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tyouken/sumigi/sasigane.htm
http://www.misyuku-suzuki-kanamonoten.com/sasiganekajisi2.html上へ
森羅万象は,ふつう,
しんらばんしょう,
と訓むが,『大言海』では,
しんらまんざう,
とも訓ませる。で,辞書(『広辞苑』)によれば,
「『森羅』は限りなく並び連なる意。『象』は,有形物の意」
とあり,
「宇宙空間に存在する数限りない一切の物事,万有」
という意味になる。「万有」とは,
「宇宙間にあるすべてのもの。万物。万象。一切有為」
という意味になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E7%BE%85%E4%B8%87%E8%B1%A1
には,
「『森羅』は樹木が限りなく茂り並ぶことであり、『万象』は万物やあらゆる現象。なお、『宇宙』はあらゆる存在物を包容する無限の空間と時間の広がり、および宇宙空間を指す。」
ともある。中世末期,イエズス会は『日葡辞書』で,
「御主デウス森羅万象ヲツクリタマウ」
と訳した,らしい。『大言海』は,
「天地の間に,萬物の,種々の有様にて,数限りもなく,存在する状を云ふ語。」
と説明する。これが正確のような気がする。
漢字から見ていくと,「森」の字は,
「『木三つ』を合わせたもの。たくさんの木が込み合っている」
という意になる。「羅」の字は,
「网(あみ)+維(ひも,つなぐ)」
で,
あみ,
とか,
(あみの目のように)つらなる,ならぶ,
という意味になる。「羅列」「網羅」と言った使い方をする。「万(萬)」の字は,象形文字で,
「萬は,もと,大きなはさみを持ち,猛毒のあるさそりを描いたもの。のちさそりは,萬の下に虫を加えて別の字となり,萬は音を利用して,長く長く続く数の字に当てた。」
とある。そのため,
よろず,非常に数が多いことを示す,
という意になる。「象」の字は象形文字。まさに,
「ゾウの姿を描いたもの。ゾウは,最も目立った大きなかたちをしているところから,かたちという意味になった」
とあり,「図像」「現象」「象形」とカタチを意味する。
だから,万物が,
「宇宙に存在するすべての物」
であり,万有が,
「すべての存在」
ということになる。すべてとは,数限りない,という意味である。
迂闊というか,無知というか,
森羅万象
は,人の名でもある。
しんらまんぞう,
とも訓ませる。たとえば,
「江戸後期の狂歌師。通称中原中良、のち森島甫斎。風来山人平賀源内の門人にて二世風来と号する。天明年間万象亭の号を以って黄表紙数部を作り、春町・手柄岡持等と其名を競った。文化5年(1808)歿、55才。」(『美術人名辞典』)
「江戸後期の狂歌師・戯作者・医師。江戸の人。本名、森島中良、のち桂川甫斎。通称、甫粲(ほさん)。狂号、竹杖為軽(たけづえのすがる)。平賀源内の門人で、2世風来山人と称した。洒落本「田舎芝居」など。しんらまんぞう。」(『デジタル大辞泉』)
「江戸後期の戯作(げさく)者,蘭学者。桂川甫周の弟で,本名森島(のち中原)中良。通称は甫粲。別号は万象亭,二世風来山人,天竺老人。平賀源内の門下で,洒落本《田舎芝居》(1787年)等を著す。(1756-1810)」(『百科事典マイペディア』)
「幕府医官桂川甫周の弟。平賀源内門下の蘭学者として《紅毛雑話》(1787),《万国新話》(1789),《類聚紅毛語訳》(1798)など多くの著述があるが,戯作者としては,黄表紙に知識人としての軽妙洒脱な作品が多く,《従夫(それから)以来記》《万象亭戯作濫觴(まんぞうていげさくのはじまり)》(以上1784),《竹斎老宝山吹色》(1794)などがあり,また洒落本では初作《真女意題(しんめいだい)》(1781)で,本能のまま行動する田舎侍の野暮さかげんを描いて笑わせ,《福神粋語録(すごろく)》(1786)では七福神の吉原遊びの滑稽を描いたが,《田舎芝居》(1787)は当時の洒落本の行き過ぎた写実の弊をついて,笑いの回復を主張し,のちの滑稽本への礎石をなした。読本には《月下清談》(1798)の中国種のものがある。)」(『世界大百科事典』)
等々。残念ながら,これ以上の言及はない。
http://www.ten-f.com/syarakusai-to-kyoka.html
に,
「江戸っ子の間で『大當りした』作者の一人として紹介されている萬象亭(森島中良、1756?〜1810)と号する人物は金鶏と同じ医師を生業とする戯作者の一人でした。そして、この人もまた天明狂歌壇と無縁ではなかったのです。江戸幕府の奥外科医師を勤めていた桂川甫三(1728〜1783)の次男として生まれた彼は、寛政の頃まで家祖の元姓『森島』を名乗り通称は万蔵、平賀源内の門人として知られ、狂歌名を竹杖為軽(すがる)、森羅万象あるいは萬象亭とも号した人物で洒落本『田舎芝居』の作者でもありました。そして、この人の経歴で目を引くのは丁度、写楽が江戸で活躍し始めた寛政六年から三年余りの期間松平定信が藩主であった奥州白河藩に『御小納戸格』として出仕している事実です。定信が老中の職を辞したのが寛政五年七月、そして戯作者であり狂歌詠みでもある萬象亭が医師としてではなく、藩主の身の回りの雑用も含めた秘書的な職を意味する『小納戸役』として近習したのは、彼の持つ文壇画壇そして狂歌界等の俗知識を定信が必要としていたからだと想像出来ます。」
と,意外な経歴を載せている。また,
http://www.ne.jp/asahi/kato/yoshio/sonota-edo/edokyoukabon.html
の,『江戸狂歌本選集』に,四方真顔、森羅万象編の,
『狂歌武射志風流』上之巻〔江戸狂歌・第六巻〕・享和四年(文化元年・1804)刊
があるらしい。
なお,『広辞苑』には,二世森羅万象がいる,とあり,
「姓は樋口。通称福島屋仁左衛門,別号,七珍万宝」
と載る。上へ
「兼ね合い」は,
二つのものがうまくつりあいを保つこと。均衡,
よい程合,
といった意味になる。辞書(『広辞苑』)には,別に,
兼ね合う,
の項があり,
軽重が釣りあう,均衡する,
という意味とは別に,
互いに気兼ねする,
という意味が載る。語源は,
「カネ(兼・両方の釣りあい)+アイ(合わせる)」
として,「両方の事情,条件を考え,つり合いをうまく保つこと」とある。
因みに,漢字の「兼」は,
「日本の禾(いね)+手」
で,「一緒に併せ持つさまを示す」という。だから,かねる,とか,二つ以上を合わせる,という意味を持つ。しかし,我が国では,この「兼ね」を,独特の使い方をしている。ひとつは,
「他の動詞の連用形につき,それをし遂げようとしても不可能・困難の意をあらわす」
という意味で,たとえば,「〜しようとしても力及ばない」という意味で,
「〜し兼ねる」
という使い方に用いる。または,「〜していることに堪えられない」という意味で,
「〜し兼ねない」
のかたちで,例えば,「見るに見兼ねる」という用い方をする。
いまひとつは,「まえもって」「あらかじめ」という意味で使う。『古語辞典』には,
「現在のありかを基点として,時間的・空間的に,一定の将来または一定の区域にわたる意」
として,
現在の時点で,今から既に将来のことまで予定する。見込む(「千年をかねてさだめけむ奈良の都」),
時間的に今から長期にわたる(「あらたまの年月かねてぬばたまの夢にし見えむ君が姿は」),
現在点を中心に一定の区域のにわたる(「一町かねて辺りに人のかけらず」),
併せたもつ,
兼職する,
あちこちに気をつかう,
とあり,「兼ね」「合う」は,その意味で気づかいが釣りあう,という意味になったと想像される。
『大言海』は,「兼ね合ふ」について,
軽重,均しくして,偏らぬこと,程に適うこと,
と書く。「程に適う」という言い回しがいい。
「程」は,『古語辞典』には,
「奈良時代ではホトと清音。動作が行われているうちに時が経過推移していくことの,はっきりと知られる,その時間を言う。道を歩くうちに,経過する時間の意から,道のり・距離,さらに奥行,広さなど空間的な意味にも使われた。平安女流文学では,時間の推移に伴って変化する物事の様子・具合・程度を言い,広く一般的に物事の程度を指すように使われた。中世になると,時間の経過をいう意は減少し,時間の全体よりも,時間の流れの到達点,時間の限度の意に片寄り,時の中の一点を指すとともに,数量や程度の極度に目立つさま,あるいは限度などの意を表した。他方,平安時代には,経過する時間の意から発展して,時間の進展の結果をいうようになり,〜ので,〜からという原因・理由を示す助詞の用法が生じた。漢文訓読体では,動作や行為の持続する時間を示す『頃』『中』『際』などの漢字もアヒダと訓んでいる。」
と注記があり,「程」もなかなか奥が深いが,
程に適う,
は,「程々」,
丁度良い程度,
という意味と考えていい。なかなか,
兼ね合い,
という言い回しは含蓄があり,
釣合い,
バランス,
均衡,
というのとは少しく違う気がする。その比較衡量するの両者の中だけで自己完結してのつり合いではなく,周囲を見渡し,気配りした上での,釣りあい,というニュアンスがある。敢えて言えば,
振り合い,
という言葉が,その細かに気配り,目配りを含意しているのを言い表している気がする。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
「日がな」というのは,,
日がな一日,
というような使い方をして,
朝から晩まで,終日,
という意味になる。語源を見ると,
「日+がな(強め)+一日」
とある。『大言海』には,
「夜がなよっぴてに対す」
とある。
ひねもす,
ひもすがら,
という意味になる。「ひねもす」は,
「日+助詞モ+ス(接尾語スガラの下略)」
とある。「すがら」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/420311540.html
で触れたが,辞書(『広辞苑』)には,
「一説に,スガは『過ぐ』と同根,ラは状態を表す接尾語」
とあり,
初めから終わりまで途切れることなく通す,
という意味になる。
http://www1.gifu-u.ac.jp/~satopy/kini042.htm
には,「日がな一日」を「日長一日」と勘違いしているケースがある,とある。
http://blog.livedoor.jp/yamakatsuei/archives/50914802.html
では,「しなが一日」とか「日が無い一日」もしくは「日がない一日」だと思い込んでいる人もいる,としている。耳から覚える慣用句の場合,「取り付く島がない」を「取り付くヒマがない」と覚えるのと似て,勘違いしてしまうケースはある。
三田村鳶魚『武家の生活』には,
「何よりのお 楽しみ、間(ま)がな隙(ひま)がな耽溺された」
という言い回しがある。『大言海』には,
「間がなすきがな」
という言い回しが載る。「すき」は「隙」なのだろう。
「少しの暇さえあれば,,きりなしに,ひまさえあれば」
という意味が載る。『江戸語大辞典』には,
「夜がな夜一夜(よひとよ)」
が載り,「日がな一日」の対,とある。あるいは,
「夜がな夜一夜(よっぴとい)」
と,「よがなよひとよ」の促訛。さらに,「よがなよっびてえ」とも訛るとある。
さて,この「がな」だが,単なる強調とも見える。『大言海』には,いわゆる,
「希ふ意のガに,更に感動詞のナを添えた」
という,たとえば,
「見る由もがな」
「無くもがな」
「人もがな」
希(こいねが)う意の感動詞以外に,別に,
「ダニの意に似たる辞,それなりとも」
「おおかた,でも」
の意の「がな」があるとしているが,スッキリしない。
http://okwave.jp/qa/q2844979.html
には,
「田井信之『日本語の語源』によれば、上代東国方言に多い『発音運動の強化』としての『子交』(子音の交替)傾向なのだとしています。
『朝から晩まで。終日』という意のヒモスガライチニチ(日もすがら一日)は、『モ』の撥音便、『ス』の脱落でヒンガライチニチ、ヒガライチニチ、ヒガナイチニチに転音した。
『夜通し。終夜』という意味のヨモスガラヨヒトヨ(夜もすがら夜一夜)も、語尾の『ヨ』を落としてヨモスガラヨヒト、ヨンガラヨヒトになり、さらにヨガラヨヒトテ、ヨガラヨッピテ、ヨガナヨッピテに転音した。』」
とある。たしかに,単なる強調,語勢かもしれないが,
「実現への願望の意をあらわす」(『広辞苑』)
という含意がある,と言うのも悪くない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「ひとしお」は,
一入,
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,名詞として,
染物を染液に一回浸すこと,はつしお,
とあり,副詞として,
ひときわ,一層,一段,
と意味が載る。馴染みなのは,
「ひとしおまさる春のめぐみは」
「感慨もひとしお」
と言った使い方である。『大言海』には,「ひとしほ」として,
「染物を,或る汁に,一度入れ浸すこと」
とあり,「しほ(入)の條も見よ」とある。「しほ」の條には,
「汐合の意にて,染むる淺深の程合いに寄せて云ふ語かと云ふ,或いは,醞(しほ)る意にて,酒を造り,色を染むる汁の義かと云ふ」
と注記して,
「浸して染むる度を数ふるに云ふ語」
とある。『語源辞典』には,
「ヒトシオは,『一+汐・潮』(染料用語)が語源です。このヒトシオが,さらに副詞ヒトシオへと転成し,寒さがヒトシオだ。ヒトシオ寂しさが身に染みる,のように用います。これらのヒトシオは,染色の用語です。一回染料に入れると,いっそう色がよく出るところから,ヒトキワ,イッソウの意で用います。さらに,シオの語源は,汐・潮です。暮らしの言葉では,網を海中に入れることを,漁師は,一汐(ヒトシオ)といいました。これを染物に転用したのがヒトシオと考えられます。一入と書きますが,平仮名書きがのぞましいことばです。」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/hi/hitoshio.html
にも,
「ひとしおの『しお(しほ)』は、染め物を染料につける回数のことで、ひとしおは染料に一回浸すことを意味する。
また、二回つけることは『再入(ふたしお)』、何回も色濃く 染め上げることは『八入(やしお)』『百入(ももしお)』『千入(ちしお)』『八千入(やちしお)』
といった。一回つけるごとに色が濃くなり鮮やかさを増すことから,ひとしおは『ひと際』等々を意味する副詞として,平安時代頃から用いられるようになった。漢字で『一入』と書くのは,染物を入れる意味からの当て字である。回数のいみでもちいる『しお』は上代から見られる語で,『語源辞典』は『湿らす』『濡れる』などを意味する『霑(しお)る』か『潮時』『塩合』などの『しお』とされるが未詳」
とある。『大言海』は「汐合」をとり,『語源辞典』は「一汐」をとる,ということか。しかし,「一汐」の意味は,ただ網をいれるという意味ではないのではないか。頃合いというか,まさに,入れるタイミング,
潮合い,
を含意しているように思えてくる。「潮合い」は,
海水が満ち合うところ,
潮の差し引きの程合い,
つまり,「潮時」である。『大言海』には,
機会,程合い,
という意味を載せる。もし,「一汐」から来たのだとしても,ただ「網を海中に入れる」という意味ではなく,網を入れるタイミングを含意しているように思える。とすると,「染料に一回浸す」というのも,浸すこと自体ではなく,引き上げるタイミングというものを含意しているのではあるまいか。だからこそ,「一汐」が「一入」に転じた意味がある。そう考えると,副詞の,
ひとしお,
にも,そのタイミング,頃合いというのが含意として残っているような気がしてならない。
感動もひとしお,
悦びもひとしお,
と使うとき,まさに,そのいま,ここというタイミングが含意されているからこそ,際立つのではないか。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1264674807
には,
「『一入』はひときわ、一層、一段といった感動を引き上げる形で使用します。
「苦労」 ← これは感動ではないです。
「覚悟」 ← これも同じ。
「憤り」ひとしお ← いえないこともないです。
「悔しさ」ひとしお ← いえないこともないです。」
とあった,あえて,そのタイミングで使うとすれば,嬉しい,楽しい,等々というわくわくすることに対して使うもののような気がする。
「ときはなる 松の緑も春くれば 今ひとしほの 色まさりけり」(『古今集』)
「一入好し」と注記がある,と言う。
因みに,一入 を,
いちにゅう
と訓むと,陶工の名で,
楽一入
のことで,
江戸中期(元禄9(1696)年〜寛永17(1640)年)。の陶工。楽家4代。幼名を左兵衛,明暦2(1656)年吉左衛門を襲名。元禄4(1691)年養子宗入に家督を譲り一入と改める。茶碗の器形には3代道入(のんこう)の影響はあまりみられず,むしろ長次郎の作を倣っており,高台などに一入らしさがあるが古格がある。釉技は道入の技を受け継ぎ,赤楽は道入の砂釉に近いものを用いながら,黒楽では道入に稀にみられる黒釉のなかに赤い斑文の現れる朱釉を完成させ,赤楽,黒楽ともに古格の造形にあった落ち着きのある釉調に仕上げている。印は道入の自楽印に似るが「自」の部分が「白」となり,やや小振りで高台内や胴裾から高台脇に捺している。玉水焼初代一元は一入の庶子である。」(『朝日日本歴史人物事典』)
とある。
上へ
左支右吾は,
さしゆうご,
と訓む。浅学にして,この四文字熟語を知らなかった。辞書(『広辞苑』)には,
左を支え,右を防ぐこと。いろいろ諮って危難を避けること,
どちらにも差し支えること,あちこち食い違うこと,
と意味が載る。しかし,
http://yoji.jitenon.jp/yojif/2804.html
には,
様々な手段を用いて危険を防ぐこと。または、いい加減なことを言ってごまかすこと。
右を支えて、左を防ぐという意味から。または、右も左も食い違うという意味から。
と,あまりいい意味には使われない。
http://www.jlogos.com/d008/4373904.html
には,
左右両方を支え、とめる。あれこれ謀って危険を回避すること。また、左右どちらにも、さしつかえがあって思うにまかせないこと。吾は、實と同じで、とどめる、ふせぐの意。左の方を支え、右の方をとどめる。
と載る。同義語として,
左枝右實
を,類語として,
齟齬
を載せる。三田村鳶魚『武家の生活』には,烈公(水戸中納言斉昭)の攘夷論をめぐって,
「水藩君臣の攘夷論は方便にして、絶対の目的にあらざるに、今や烈公は責任ある地位に立ちて、実地問題に臨みたれば、とかく左支右吾するを免れず。」
この使い方からすると,
応接に暇がない,
と言うニュアンスに見える。出典については,
「世説新語」
とあった。「世説新語」とは,
「中国後漢末から東晋末にいたる名士の逸話集。宋の劉義慶の編。3巻。徳行,言語,文学,方正などの
36編に分類した書。書名はもと『世説』『世説新書』などといったが,北宋のとき『世説新語』となって,分類も現在の形に改められた。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)
「中国、南朝宋(そう)の劉義慶(りゅうぎけい)(403―444)が著した逸話集。後漢(ごかん)末から東晋(とうしん)までの人物の言行や逸話を、徳行、言語など36のテーマに分類し、集録している。この書は、初め単に『世説』とよばれていた。その後『世説新書』と改題され、唐代からは現在の名称も使われるようになり、宋代以後定着した。人物の言行や逸話を事実として記録しようとしている点で、史書の性格も帯びているが、人物の個性を表現するために、結果的にはかなり意図的なフィクションが混じっており、明らかに史実に反する話も多い。しかし簡潔な短文形式で示される個性の断面には、それぞれに貴族社会の風俗や価値観がうかがわれ、全体として魏晋(ぎしん)の時代相を鮮やかに映し出している。また当時の口語なども用いられているため、言語資料としても重視されている。
なおこの書の理解に欠かせないのは、南朝梁(りょう)の劉孝標(462―521)の注である。劉孝標の注は、語釈は少なく、他の文献によって、本文を補足したり、あるいは事実に反していることを例示しつつ、『世説新語』の世界をより立体化している。本文に劣らぬ貴重な資料群である。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)
というものらしい。それによるものらしいが,
「(自然の景観が次々と現れ,ゆっくりとみている暇がない意から)多忙のため,いちいち応対している暇がない。物事が次々と続いて起こり,非常に忙しい」
という意味になる。まあ,
目まぐるしい状況変化に,次々と対応して忙殺されている,
といった意味になる。これが原意に近いかもしれない。
漢字で見てみると,左の字は,
「『ひだり手+工(仕事)』で,工作物を右手に添えて支える手」
とある。支の字は,
「『竹の枝+又(手)』で,手に一本の枝を持つさまを示す」
とある。右の字は,
「又は,右手を描いた象形文字。右は,『口+音符又(右手)』で,かばうようにしてものを持つ手,つまりその手で口を庇うことを示す」
とある。吾の字は,
「『口+音符五(交差する)』。語の原字だが,我とともに一人称代名詞に当てる」
とある。因みに,五の字は指事文字で,
「×は交差を表す印。五は『上下二線+×』で,二線が交差することを示す。片手の指で十を数えるとき,五の数で戻る,その転訛移転に当たる数を示す」
とある。左で支え,右でやり取りするのに忙しい,といったニュアンスになる。よく言えば,
八面六臂,
だが,悪く言えば,
前門に虎を防ぎ後門に狼を進む,
つまりは,
前門の虎後門の狼,
となるし,その進退窮まった状態は,
進退両難,
とも言える。あるいは,
一難去ってまた一難
虎口を逃れて龍穴に入る
という状態か。それは,
ちぐはぐ,
という言い方もできる。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
腰だめと言うと,1994年2月3日午前1時,当時の細川護熙首相が,突然記者会見し,
「所得・住民税減税を含む総額6兆円の減税を実施し、その財源として消費税(税率3%)を廃止して税率7%の国民福祉税を創設する」
云々を発表したが,記者団に税率7%の根拠を聞かれ(この当時には,お手盛り以外の質問があったらしい),
「正確にはじいていない。腰だめの数字だ」
と答えたので,「腰だめ」という特殊な用語がすっかり有名になった。「腰だめ」とは,辞書(『広辞苑』)には,
「狩猟などで,銃床を腰に当てて構え,大ざっぱな狙いで発砲すること。転じて,大づかみな見込みで事をすること。」
とある。『語源辞典』にも,
「『腰に鉄砲を当て,狙いを定めず撃つこと』を言います。大体の見当で事をする意です。」
とある。しかし,これは比較的新しいことばではないか。火縄では,そんなことをしないし,連発でなくてはあまり意味がないような気がする。そのためか,『大言海』には載らない。
我々には,あまり銃は縁がないが,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1466233949
には,
「腰あたりで構えて撃つのは、実際の軍では突撃時に使う、連射できる火器での射撃法です。軍によって若干の差はありますが、脇に銃を挟んで左手もしっかりと銃を固定するように持ち、照準器を使わずに連射される弾が命中する場所を目で確認しながら、敵に当てていく撃ち方です。敵の陣地に走りこみながら突撃をかける際、ちゃんと肩に構えて照準器を覗き込みながら撃つ余裕がないとき、こうしてしっかりとは狙わずに、連射による弾幕によって敵を圧倒します。」
としている。
あるいは,
「腰あたりで構えて撃つのは、実際の軍では突撃時に使う、連射できる火器での射撃法です。…腰だめ撃ちは狙って撃つより精度が大幅に低下しますが、至近距離や瞬発的な射撃を強いられる場面(角から敵が突然現れるなど)に適します。」
とあるので,敵がいると当たりをつけて,やたらと連射して,昔流の言い方をすると(ご容赦願うなら),「盲打(撃)ち」と言う言い方になる。しかしこれは,本来,
目あてなくむやみに打つこと,
で,『大言海』にも,
「目あてを定めず,又は,所構わず,打ち叩くこと」
で,「滅多打ち」と同義になるから,「撃つ」よりは,「打つ」方らしい。
http://www.truecombat.jp/elite/book/export/html/390.html
に,「射撃法」が載っていて,
「予測撃ち、部屋に入る時、入り口の近くの蔭等に居る敵に使う技。フルオート撃ちで相手の視界(これは予想した位置)に入る直前から撃ちます。反射速度0で撃ち始めるので上手くいけば反撃する隙を与えずに倒すことが出来る。ただし、弾を多く消耗したり等の欠点があるため使いどころが重要。
突撃、射撃腰撃ち、抱え撃ちとも呼ばれる姿勢で撃つ。アイアンサイトを覗かずにノーサイトによる射撃。敵と至近距離で遭遇した時などに有効。しかし、弾が非常にバラけるため相手に与えられるダメージが低く失敗する可能性も高い。ちなみに、ShotGunはアイアンサイトを覗かないでも結構な命中率を持っている。なお、突撃射撃は、かなり訓練のした兵士でないとできない射撃であるが、ゲームでは簡単にできる。移動速度を落とさずに射撃できるので、動き回って回避をしながらやると効果的。
しゃがみ撃ち、至近距離で敵と遭遇した時に有効な技DEを除く拳銃はしゃがむと集弾率が格段に上がり、アイアンサイトなしでも大体真ん中に当たるようになります。このことを利用し、曲がり角で敵に鉢合わせた時にしゃがみ→ハンドガン連射で敵の腹に弾を叩き込むことが出来ます。ハンドガンの時にはこしだめより有効かもしれません。
回転撃ち、至近距離で敵と遭遇した時に有効な技敵と遭遇した際に即座にダッシュ&ジャンプ(同時に)して敵の死角に移動する。そして敵を中心に円を描くように移動しながらノーサイトで撃つ。リコンでやると成功率UP。高い集中力と反射神経、テクニックを要するので、初心者にはお勧めしかねる。」
とあるが,どうやら,よく読むと,ゲームのことを言っているらしいのが,日本的でご愛敬。
面白いのは,この銃からきた「腰だめ」が,
http://myoshida.com/archives/2014/01232052/
に,「カメラを『腰だめ』にして撮影する」とあり,
「カメラを『腰だめ』にして撮影すると、両手で構えて撮るのとは違った写真がとれます。いわゆる『ありのままの写真』-- キャンディッド・フォト(candid
photography)の一種ですね。『腰だめ』というのは、腰の位置にカメラをホールドしてという意味です。私は両吊りのカメラ・ストラップを使っているので、ちょうど観光客が首からカメラをぶら下げたままの状態で撮影することになります。ちらっと見ただけでは、写真を撮っているようには見えません。腰だめだと、ファインダや液晶画面は見えないので、カメラを全自動モード(Autoモード)に設定しておき、感覚でフレームを決めることになります。」
と,写真撮影にも転用されている。
ちなみに,「銃床」については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%83%E5%BA%8A
「銃床(じゅうしょう、英:
Stock:ストック、Buttstock:バットストック)は、銃やクロスボウの照準を安定させ、発射時の反動を抑えるために、肩に当てる部品を指す。吊り紐や二脚と併用すれば、さらに発砲時の安定が得られる。本来の銃床は銃のflame(フレーム)と呼ばれる部分で、銃床の前部(手を添える部分)を前床、後部(肩に当てる部分)を後床と言う。特に木製のものを木被といった。」
と,詳しい。
上へ
天網恢恢の天網は,
天罔,
とも当てるようだ。辞書(『広辞苑』)には,
「天が張り巡らした網,是非を正す天道を網に喩えた語」
とあり,『日葡辞典』に,
「テンマウニカカル」
と載っているらしい。通常,
天網恢恢疎にして漏らさず,
と使う。
「天の網は広大で目は粗いが,悪人は漏らさずこれを捕える。悪いことを摩れば必ず天罰が下る」
の意味であるが,もとは,『老子』(七十三章)に,
「天網恢恢,疎而不失」
とあるのによる,という。文脈は,
「天の道は、争わずして善く勝ち、言わずしてよく応じ、召さずしておのずから来たり、繟然(せんぜん)として善く謀り、天網恢恢、疎にして失わず」
とあり,
「自然の運行というものは、素晴らしく懐が深く、大きなもので、その道に従ってさえいれば、争わなくても勝つようになり、相手に言わなくても、自分の意図が通じ、必要と思えば、呼ばなくても訪ねてくるものです。自然のはかりごとは、人の考えよりずっと壮大なものです。」
という意味らしい。だから,「疎にして失うことはない」と。この章は,
「敢えてするに勇なれば則ち殺(さつ),敢えてせざるに勇なれば則ち活(かつ)。此の両者は,或いは利,或いは害。天の悪(にく)む所は,孰(たれ)かその故(こ)を知らん。是を以て聖人は猶お之を難しとす。天の道は,争わずして善く勝ち,言わずして善く応じ,召さずして自(お)のずから来たり,繟然(せんぜん)として善く謀る。天網は恢恢,疎にして失わず。」
とある。
「人為的な刑罰よりも自然の裁きに任せて無為の政治を行うべきこと」
を述べている,とされる。とすると,天はわかっているのだから,
「天意を迎えて利害を揣(はか)るは,其の已(や)むるに如かず」(『列子』)
ということらしい。人為の及ばざるところ,ということか。
「網」の字は,
「罔はもと,あみを描いた象形文字。網は『糸+音符罔(モウ)』で,かぶせて見えなくするあみ。また目に見えにくくてかぶせるあみ。罔と同じ。」
とある。「恢」の字は,
「『心+音符灰』で,もと後悔の悔(うつろな気持ち)と同意であったが,普通にはうつろに広く空間のあいている意に用いる。」
とある。「疎」の字は,
「疋(しょ)は,あしのことで,左と右と離れて別々に相対する足。間をあけて離れる意を含む。疎は,『束+音符疋』で,束ねて合したものを,一つずつ別々に話して,間をあけること。」
とあり,「親密でない」とか「あらい」という意味を持つ。ついでに,「漏」の字は,
「右側は,『尸(やね)+雨』からなり,屋根からあめがもることを示す会意文字。漏はそれに水をそえたもの。」
とある。因みに,「も(れ)る」には,「洩」の字も当てる。情報の「もれる」や水時計の「もれる」に使う。「洩」の字は,
「曳(エイ)は『申(まっすぐのびる)+/印(横に引っ張る)』の会意文字で,横に引っ張って延ばすことを示す。洩(エイ)は,『水+音符曳』で,水が長く尾を引いてもれ出ること。」
で,「もれる」より,「もらす」「尾を引いてたらたらもれ出る」と言うニュアンスになる。「もれる」には「泄」もあるが,「泄」の字は,
「世とは,十を三つ合わせた会意文字で,三十年(一世代)のこと。長く伸びた時間や姿をあらわす。泄(セツ)は,『水+世(長くのびる)』で,水が長く尾を引いて漏れ出ることを示す。また,泄(エイ)は,『水+音符世』で,水が尾を引いて長くのびること。」
とあり,「洩」と同義らしい。この場合,「疎にして洩らさず」とは表記せず,「漏らさず」でなくてはならない。
類語は,
天罰覿面,
ということになるが,覿面については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436591827.html?1460492711
で触れた。ただ,いずれの場合も,
「天の網を粗く感じるのは人間が天(あるいは自然)の雄大さを理解しないからで、時と場合によって善悪の判断が分かれるような事例に天は関知しないという様な意味も含まれている」
という意味とすることになる。まあ,人は束の間に生きる現生の時間幅でしか,是非を判断できないが,長い時間軸で見るとき,是非は正される,という意味なのかもしれない。小人には計りがたい。類語で言えば,
「天知る、彼知る、己知る」
ということなのかもしれない。これは,『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/te/tenshiru.html
によると,
「天知る地知る我知る人知るとは、悪事や不正は必ず発覚するものだというたとえ。」
という意味だが,
「誰も知る者がおらず、二人だけの秘密にしようと思っても、天地の神々も知り、自分も相手も知っているのだから、不正は必ず露見するものだということ。後漢の学者・楊震に推されて役人になった王密が、金十斤の賄賂を贈ろうとしたとき、『夜なので誰にも気づかれません』と言ったところ、楊震が『天知る、地知る、我知る、子知る。何をか知る無しと謂わんや』と答えたという故事に基づく。「子」は二人称の人代名詞。『天知る、地知る、子知る、我知る』『天知る、神知る、我知る、子知る』ともいい、『子知る』は『ししる』と読む。」
とある。同じ意味なら,こちらの方が,小人の腑に落ちる。
参考文献;
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)
http://blog.mage8.com/roushi-73
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)
上へ
陰徳とは,
人に知られないようにひそかにする善行。隠れた,よい行い,
を言う。
陰徳あれば必ず陽報あり,
という使い方をする。
『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/i/intokuarebayouhou.html
には,
「人知れずよい行いをする者には、必ずよい報いがあるということ」
とある。『淮南子』に,
「夫陰徳有者必陽報有、陰行有者必昭名有」
とあるそうだが,
陰徳は末代の宝
とか
陰徳は耳の鳴る如し
とか,「陰」行だの「陰」徳を尊ぶのは,昔のことかもしれない。陰陽については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD
に譲るとして,『易経』に,
「戸を闔(とざ)すこれを坤と謂い,戸を闢(ひら)くこれを乾と謂い,一闔一闢(いっひういっぺき 一たび闔(と)じ,一たび闢(ひら)く)これを変と謂い,往来窮まらざるを通と謂い,見(あら)わるるはすなわちこれを象と謂い,形あるはすなわちこれを器と謂い,制してこれを用いるはこれを法と謂い,利用出入りして民みなこれをもちうるはこれを神と謂う」
とあり,
「戸を闔(と)ざしたように静かで動かない状態はこれを坤(陰)と謂い,戸を開いたように外へ向かって動く状態はこれを乾(陽)と謂い,闔じたり開いたり,すなわち或いは陰となりあるいは陽となることはこれを変と謂」
うとある。何ごとにも収支のバランスがある。しかし,
http://ak8mans.com/inntoku.html
に,
「陰徳を積むと一言で言っても、それはなかなか大変なことです。なぜなら、『人知れず』に行いをしなければいけないし、『見返り』を望んではいけないからです。相手の為を思っての人知れずの善行であっても、少しでも見返りを期待すると、それは陽徳になってしまいます。」
バランスは簡単に崩れる。簡単なら,諺にはなるまい。たしか杉良太郎が,養子81人を育てたことが話題になったとき,
「杉さんの活動を売名行為と揶揄する方もいました…。」
との問いに,
「ああ、偽善で売名ですよ。偽善のために今まで数十億を自腹で使ってきたんです。私のことをそういうふうにおっしゃる方々もぜひ自腹で数十億出して名前を売ったらいいですよ。」
「売名行為ですか? と、これまで嫌というほど聞かされてきました。もう反論する気もないけど、やったほうがいいんです。1億3千万人が売名でいいから、被災者に心を寄せてください」
と応えて,ネットで話題になっていた。広言するかどうかではなく,見返りを求めず,というところが眼目なのかもしれない。
『老子』に,
「上徳は徳とせず,是(ここ)を以って徳あり。下徳は徳を失わざらんとす,是(ここ)を以って徳なし。上徳は無為にして以って為す無く,下徳は之を為して以って為す有り。上仁は之を為して以って為す無く,上義は之を為して以って為す有り,上礼は之を為して之に応ずる莫(な)ければ,則ち臂(うで)を攘(はら)って之を扔(つ)く。故に道を失いて而る後に徳あり,徳を失いて而る後に仁あり,仁を失いて而る後に義あり,義を失いて而る後に礼あり。夫れ礼は、忠信の薄にして乱の首(はじめ)なり。前識(ぜんしき)は,道の華(か)にして愚の始めなり。是(ここ)を以って大丈夫(だいじょうぶ)は,其の厚きに処(お)りてその薄きに居らず。その実(じつ)に処りてその華に居らず。故に彼れを去(す)てて此れを取る。」
とあり,「無為の徳」を上徳としているようだ。儒家の説く「徳」,意識しての徳行への批判らしく,
「下徳をさらに『上仁』『上義』『上礼』に分けて,儒家の有為の道徳の下降性を説明する…『上仁』は孔子に,『上義』は孟子に,『上礼』は荀子にそれぞれ充てて考えることができる。」
無意識のまま徳をなすこともあるし,それが自然体の人もいる。しかし,
「陰徳陽報」
で言っているのは,そういうことではないのではないか。「意識して」でなければ(しかも報いを意識しないで),意味をなさない。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1015480540
に,
「陰徳とは、誰も見ていないところで徳を積んでいるという意味で、陽徳とは人が見ているところで徳を積むことで、すなわち、人が見ていない所でどこまで徳を積むかということが大切だということです。
例えば、陰徳を施している人がいて、それが何かの機会に人に知れると、パアッと世の中に現れてきます。
反対に、人に隠した悪事が何かの機会に漏れると、パアッと世の中の噂となります。
君子は人が見ていないからと行って、悪いことをしてはならないということです。
君子は平素『その独りを慎む』要があり、誰も見ていない時ほどきちんとしている必要があり、と言っています。」
とは,上述の杉のことを考えあわせることができる。
「老子によりますと、徳の行為には、さらに上徳と下徳の二つに分類できる、と言うのです。下徳というのは、『徳を積もう』『徳を積まなければならない』と自我意識をもって徳を積む行為ですが、上徳というのは、そうした自我意識を持たないで、少しも報いを求めずに無為にして人を愛し、無為にして善の行為をすることです。そして、聖人は上徳を行なう、と老子は説いているのです。」
と,できないから,徳行を積むべく意識する。積むこと自体が目的化していいのであろう。
孔子の言う,
「郷原(きょうげん)は徳の賊なり」
と。「郷原」とは「えせ君子」(吉川幸次郎)という。「君子」は難しいが,
「徳は弧ならず」
が,本来の含意とは違うかもしれないが,「陽報」をイメージさせる。
http://www.huffingtonpost.jp/krithika-varagur/mother-teresa-was-no-saint_b_9658658.html
で,最近,聖人に列したマザー・テレサの素顔が暴露されたが,ことほど左様に,
徳
と
仁
は,難しい。ただここまで書いて,念のため,「徳」の字を調べてみた。
「原字は,悳(とく)と書き,『心+音符直』の会意兼形声文字で,元,本性のままの素直な心の意。徳はのち,それに彳印を加えて,素直な本性に基づく行いを示したもの」
とある。原字「悳」,直+心,が示しているところから考えると,老子が「上徳」といった意味が少しわかった気がした。それは至難だから,
「徳を失いて而る後に仁あり」
なのである。そう位置づけると,孔子の意味がまた違って見える。
参考文献;
http://ak8mans.com/inntoku.html
高田真治・後藤基巳訳『易経』(岩波文庫)
http://spotlight-media.jp/article/160647007460420241
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)上へ
「やましい」は,
疾しい,
か
疚しい,
と当てる。いまの感覚だと,
「心に疚しいことがあって,気が引ける意」
という語感である。辞書(『広辞苑』)には,
「病むの形容詞化」
とあり,
病気の感じである,気分がすぐれない,
焦り・不満・腹立たしさなどを感じる,心中穏やかでない,
良心に恥じるところがある,後ろめたい,
という意味を載せる。たぶん「病む」がはじめとすると,
病んだ感じ,
から,
心のざわめき,
にシフトしたのだとは想像される。語源は,
「病むの形容詞で,心が病む意」
とある。「疚」という字は,
「久は『人が背を屈めた姿+ヽ印』の会意文字で,背の屈んだ老人のことである。ヽ印は老人が背を屈めて亀のようになった,その背部を指し示す指示記号であろう。故旧の旧と同系。疚は,『疒+音符久』で,久がひさしいという意に専用されたため,疚が原義を表すようになった。」
とあり,
「老衰や病気のため,亀のように背を屈めた形になる。また,長煩いや,老衰」
という意味と,
「やましい」
という意味を持ち,たとえば,
内省不疚 夫何憂何懼
内に省みて疚しからざれば,それ何をか憂ヘ何をか懼れん,
という用例があり,「疚」の字を当てた慧眼に畏れ入る。「疾」の字は,
「『疒+矢』で,矢のようにはやく進む,また急に進行する病気などをいみする。」
とあり,
「迅」は,「疾」の語尾が転じた語で,疾にきわめて近い,
ともあって,「はやい」「あっという間に進むほどはやい」という意味があり,他に「やまい」「くるしみ」「なやみ」という意味がある。ついでに,「病」という字は,
「疒は人が牀(ショウ 寝台)の上にねているさまを示す。丙は,机や人の足がピンと左右に張ったさま。ピント張るの意を含む。『疒+音符丙』で,病気になってからだが弾力を失い,ピンと張って動けなくなること。」
とある。漢字を当てることで意味のフックがかかる感じだが,日本語の「やむ」は,語源が,
「『病む,止む,息む』」
で,
「あらゆる部分の肉体活動が止まり家にこもり養生する,意」
とある。ただし別説に,
「なやむ(悩む)からナ音脱落」
というのもあるらしい。『大言海』は,「やましい」に,
悩しい,
疾しい,
疚しい,
を当て,
悩ましに同じ,
心中穏やかならず,良心に恥ずる所有り,後ろめたし,
と意味を載せる。「やむ」は,三項立て,
「止む」,「罷む」,
は,
とどむ,やめる,癒す,
の意を載せ,「病」の字を当てるのは,
(止む義かと云ふ,斎宮の忌詞に,病,やすみ)病にかかる,
という意と,
「病む」,「悩む」,
の字を当てて,
病におかされる,疚しくおもう,気にする,
の意を乗せる。どうやら,和語「やむ」には,「止」と「病」と「悩」の字を当てて,区分けするだけ多義的だたのではないか,という気がする。だから,「やむ」と言っている限り,
動きがやむ(具合が悪い)
のか
病がやむ(癒える)
のか
心がやむ(悩む)
のかが,文脈によらないかぎり,区別がつかない。しかし,
「病」「悩」「疾」「疚」「止」
と,書き分けることで,息の境界が分化することになったように思われる。漢字がなければ,実に未発達の,文脈に埋没した言葉,つまりはメタ化の(でき)ない言語であったという気がしてならない。
参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
色としての「しろ」については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD
に詳しい。『語源辞典』には,二説載る。
ひとつは,「『著し(しろし)』で,目立つ,意」
いまひとつは,「『素(シロ,生地のまま)』で,手を加えない,素材の色」
とあるとする。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/si/shiro.html
は,
「白は、形容詞『白し(しろし)』の語幹。 枕草子に『春はあけぼの
やうやうしろくなり行く』とあるが、この場合の『しろく』は、明るくはっきりしたさまを表している。『著しい』を古くは『いちしるし(いちしろし)』と言い、この『しるし(しろし)』は『はっきりしている』という意味である。『目印』などと用いられる『しるし』も、はっきりしたさまを表している。白の語源は、これら『はっきりしたさま』を意味する『しろし』『しるし』に通じる。また『し』の音には指示性のある語が多く,明確さをあらわす語であったと思われる。」
とある。『大言海』には,
著しき色の義か,
とある。『古語辞典』には,
「しろし」の語幹,
とあり,「しろし」には,
「白し」
「著し」
「素し」
と,当てて区別している。しかし,この区別は,中国語の「白」「素」「著」を当てたところから来ているのであって,素人が言うのもなんだが,さかさまのように感じる。『古語辞典』には,「しるし」は別項に立て,
「著し」
として,
「しるし(徴・標)と同根。ありありと見え,聞え,また感じ取られて,他とまがう余地がない状態」
とある。「しるし(徴し・標し・銘し)」の項には,
「シルシ(著し)と同根。他の事と紛れることなく,すぐそれと見分けがつく形で表現する意」
とある。どうやら,「しろい」は,
他との差異が際立って「目につく」
という意味で,その場合,色のみを指していたのではなく,見分け,聞き分け,嗅ぎ分け等々の知覚の際立つことを指していたのに違いない。日本語の「きく」が,
聞く,
利く,
効く,
と,「利き酒」にも通じていることを思い出させる。「あか」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
「あを」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.html
で触れたおりに,
「一説に,古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とするという。」
と書いたが,「あか」が明るいであり,「黒」が暗い,といった感覚を示していただけだということを思い出すと,われわれに,「色」という意識の言葉があったかどうかは疑わしい。むしろ,「白」「素」という言葉を知って,ひょっとすると色というものを意識したのではあるまいか。
漢字「白」は,象形文字で,
「どんぐり状の実を描いたもので,下の部分は実の台座,上半は,その実。柏科の木の実の白い中味を示す。柏(はく)の原字」
とある。「そうか,この明るさは,色というのか」と知ったということだろうか。
「素」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/434943171.html
で触れたが,「素」は,
「『垂(すい たれる)の略体+糸』で,ひとすじずつ離れて垂れた原糸」
で,「撚糸にする前のもとの線維」で,もととなるものという意味になる。で,漢字「素」は,「もと」という意味の本・元・原等々とは,区別されて使われる。
本は,末に対していい,後先をただしていう,
原は,水源の義より,根本を尋ねていう,
旧は,新の反,
故は,今に対して,以前はこうであった,という
素は,白き帛のこと,下地からの意,
基は,土台の意,
と区別する。「白い」色というよりは,
模様や染色する前の生地のまま,
を指す。それが,日本語の「素(す)」「素(そ)」と訓み分ける原因になっている。因みに,無罪の意味の「シロ」は,『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/12si/siro.htm
に,
「白とは無実、無罪、潔白を意味する。また無実の人のことも白という。白は警察の間で使われていたものが、ドラマや映画、その他メディアから一般にも普及。犯罪でなくてもイタズラや裏切り行為をしたかどうかといった程度のことにも使われるようになる。ちなみにこの白は日本語の潔白からきたのではなく、英語で無罪・潔白を意味するwhite(正確にはwhite
hands)から、警察の間で使われるようになったといわれる。」
とある。まったく別の由来ということになる。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
色の「黒」については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92
に詳しいが,すでに,「あか」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
で,「あを」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.html
で触れたが,その折,
「一説に,古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とする」
と書いたことがある。「しろ」でも,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/438347414.html?1464378171
触れたが,「くろ」は色というより,「明暗」の「暗」を指している。したがって「くろ」も,辞書(『広辞苑』)には,
「『くら(暗)』と同源か。また,くり(涅)と同源とも」
とある。あるいは,似たニュアンスだが,
「『暗い(くらい)』もしくは『暮れる(くれる)』が転じて『黒(くろ)』となった」
とする説もある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ku/kuro.html
は,
「黒の語源は定かではないが、『暗い(くらい)』『暮れる(くれる)』などの意味と繋がりのある語である。
平安時代の辞書『和名抄』には、水底によどむ黒い土の『涅(くり)』を『和名久理
水中黒土也』とあり、赤色を表す『丹(に)』が『赤土』をさしたのと同じで、色彩名と土の名称は関係が深い。上代に『黒色』を表わした『烏(ぬば)』も『ぬま(沼)』と同源で,泥の意味があった。」
としている。『語源辞典』を見ると,「黒い」について,
「語源は,『暗し』の音韻変化です。クロシの口語がクロイです。名詞の『黒』は,クロイの語幹がそのまま名詞に使われた」
とする。『大言海』も,
「暗(くら)と通ず(はららぐ,ほろぐ,白(しろ),しら)。沖縄にてはくる」
とある。さらに,「暗し」で,
「黒しと通ず,すめらぎ,すめろぎ」
と音韻変化例を示し,
「明(し)の反」
とする。「暗し」は,『古語辞典』にも,「くらし」として,「暗し」「暮し」を別に立て,
「クラ(暗)・クレ(暮)と同根。明(あか)しの対」
とある。他の色との関連から見れば,
明・暗・顕・漠が,アカ,クロ,シロ,アオ,
の原義,というのもうなずける。因みに,「あを」で触れたが,「あを」は,
「本来は,灰色がかった白色」
を言うらしいので,「漠」を指す。状態を示す言葉のはずが,
色,
として抽出され,汎用化されたということになるが,ここでも,「赤,黒,白,青」という漢字のもつ影響は多かったのかもしれない。「あを」でも書いたが,「青」と当てることで,「緑」と区別された。
「『あお』の代名詞のような,藍自体,古く中国から輸入した。」
この場合,藍染めと一緒に「藍」が伝わる。色(の識別や言葉)が先にあるのではなく,それを示すモノやコトが先にある。しかし,それを名づけて,地から図を,分化させていくことで,見える世界が変わる。
漢字の黒(K)の字は,
「この字の下部は火,上部は煙突に点々と煤のついたさまをあらわす」
とある。その状態を共有化しなければ,「くろ」(暗い)を「黒」には当てないだろう。
因みに,「黒」に関連して,『語源由来辞典』は,「黒字」の「黒」を,
http://gogen-allguide.com/ku/kuroji.html
「黒字は、簿記で収入超過額を黒色で記入すること。 そこから、利益が出ることを『黒字』と言うようになった。 言われ始めた
正確な時期は不明だが,広まった時期は『赤字』と同様,大正から昭和初期にかけてである。」
とあるし,「黒幕」の「黒」は,
http://gogen-allguide.com/ku/kuromaku.html
で,
「黒幕は歌舞伎などの芝居に用いる黒幕に由来する。歌舞伎では,舞台・場面の転換や,夜の場面を表すため黒い幕を張った。その陰で舞台を操ることから,裏で操る人を『黒幕』というようになった。また武家政権の『幕府』や相撲の『幕内』のように,『幕』には立ち入りがたい場や地位の者を表す語が多いため、裏で操る人の中でも、特に
権力者の意味が強くなり、『政界の黒幕』などと用いられるようになったと考えられる。」
としている。なお,「黒い」を,『江戸語大辞典』では,
よい,優れている,うまい,
という意味で使っている。これは,
「役者評判記の位付けに,同じ吉でも黒字の吉が上で,白字の吉を下としたのに基づき,明和頃深川の岡場所で流行語になった」
とある。ここから「玄人」を連想する。『大言海』は,「くろうと」に,
玄人,
と
黒人,
を当てる。で,
「クロヒトの音便,素人を打ちかへして云へるまでの語なり(おもしろいをかへして,おもくろいなどと云ふ)。」
とある。「面黒い」とは,一般には,
「おもしろい」をしゃれていった語,
という意味と,俳句や川柳では,逆に,
「おもしろい」の反対の意で、「つまらない」をしゃれていった語,
として使うという,相反する意味で使われた。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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知覚の色については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%B2
色名については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%B2%E5%90%8D
に詳しい。「色」のうち,「あか」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
「あを」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429309638.html
「しろ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/438347414.html
「くろ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/438380876.html
で,それぞれ触れた。そもそも「いろ」とは何か。『語源辞典』には,二つの説が載っている。
説1は,「ウルワシのウル」を語源とする。
「品目のイロ,顔色のイロ,いずれも古くから使われている語です。男女関係の情欲の色は中国語の影響かと思われます。」
節2は,「イロ(族)+わけ」で,階級により衣服の色が変わるのを語源とする。
『古語辞典』は,
「色彩,顔色の意。転じて,美しい色彩,その対象となる異性,女の容色。それに引き付けられる性質の意から色情,その対象となる異性,遊女,情人。また色彩の意から,心のつや,趣き,様子,兆しの色に使う。」
とする。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/i/iro.html
には,
「色の語源は、血の繋がりがあることを表す『いろ』で、兄を意味する『いろせ』、姉を意味 する『いろね』などの『いろ』である。
のちに、男女の交遊や女性の美しさを称える言葉となった。 さらに、美しいものの一般的名称となり、その美しさが色鮮やかさとなって、色彩そのものを表すようになった。」
との別説を記している。『大言海』は,
「うるは(麗)しのウルの轉なるべし。うつくし,いつくし,いちじるしい,いちじろし,」
と,「ウル」の転説をとる。なお,『大言海』は,この「いろ」の他に,
「いろ(色)」
を他に項を立て,
「白粉(しろきもの)の色の義。夫人の化粧を色香と云ふ。是なり」
として,「色を好む」「色を愛ず」の意味と,そこから転じた,「女を愛ずる情」「色好み」の意を載せて区別しているところが見識か。
漢字の「色」の字は,象形文字で,
「かがんだ女性と,かがんでその上に乗った男性とがからだをすりよせて性交するさまを描いたもの。セックスには容色が関係することから,顔や姿,彩などの意となる。また摺り寄せる意を含む」
とある。上記の『語源辞典』のいう「中国語の影響」というのは,漢字の語源から来ている。意味も,「男女間の情欲」から,顔かたち,外に現れた形や様子へとシフトし,いろどり,色彩へと転じている,ように見える。。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1286809697
では,
「色とは、人と巴の組み合わせです。巴は、卩であり、節から来ているといいます。卩・節には、割符の意味があり、心模様が顔に出るので、心と顔を割符に譬えて色という字になったと聞きました。顔色という言葉は、ここからきています。また、巴は、人が腹ばいになって寝ている所を表しそこに別の人が重なる形だとも言われます。つまり、性行為を表す文字です。卩は、跪くことにも通じているようです。いずれにしろ、性行為のことです。」
と,同趣の「色」の字の由来を載せている。いずれも,「性的意味」になるようだ。その上で,
「色は、性の意味で使われましたが、次第に女性の意味としても使われだし、やがて、美しい女性のことをも指すようになりました。最初は、カラーの意味はありませんでしたが、美しい様を色と言うようになり、それが転じて、色彩の意味を持つようになったようです。」
と付記している。なお,
色即是空
でいう「色」は,別系統で,
「『色』は、サンスクリット語ではルーパで、目に見えるもの、形づくられたものという意味で、それらは実体として存在せずに時々刻々と変化しているものであり、不変で実体はなく、すなわち『空』である。『空』は『無』や『虚無』ではなく、存在する宇宙のすべての物質や現象の根源には目には見えないが、エネルギーがあり、宇宙に存在するすべてのものはこのエネルギーが刻々形を変えているものである。すなわちエネルギーが『空』であり、『空』から生み出される形象が『色』と解釈される」
とある。
どうやら,ほんらい「いろ」は,語源はともかく,
色彩,
しか意味していなかった。しかし「色」の字を当てることで,色合い,彩りから,性愛の方へ意味の外延を広げていった。この場合,「色」のもつ含意によって,意味は広がったが,多少下卑たと言えるかもしれない。江戸時代は,『江戸語大辞典』をみると,
色事,
一辺倒になり,
色で逢う,
色で呼ぶ,
色に成る,
色に陥(はま)る,
等々,その類の成句が多い。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%B2%E5%8D%B3%E6%98%AF%E7%A9%BA
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「おもくろい」は,
面黒い,
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,相反する意味が載る。ひとつは,
「面白い」をたわむれに反対に言ったもので,「面白い」と同義,
いまひとつは,
近世,「面白くない」を洒落て言ったもの,つまらない,
である。後者の洒落の方が,わかりやすい。前者は,少し斜に構えた感じがある。
「面白い」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/415405652.html
ですでに触れた。「面黒い」は,「面白い」の語源ほどの奥行きのある謂れではないらしい。
『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/05o/omokuroi.htm
では,
「面黒いは江戸時代から下記の相対する二つの意味で使われる。
[1] 面黒いとは面白いを単に冗談っぽく言ったもので、面白いと同意に使われる。一般の人の会話や洒落本ではこちらの意味で使われた。
[2] 面黒いとは面白いの白に対し、対照的な黒ということから、面白くないという意味で使われた。主に俳句や川柳で用いられた意味である。」
とある。前者は,「面白い」を「面黒い」と,会話の中で洒落て言う,という感覚なのかもしれない。『江戸語大辞典』には,
「訛って,『おもくれえ』とも。おもに職人などの用語」
とある。「江戸ッ子」について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436936674.html?1461182711
で触れたように,「江戸ッ子」は,裏店に住む,
「日雇取・土方・大工・左官 などの手間取・棒手振、そんな 手合で、大工・左官でも棟梁といわれるような人」
を指し,町人とは区別される。そう言う人が使っていた,とイメージすると分かりやすい。『大言海』には,
「白しを黒しと反(かへ)して言ふ戯語(ざれごと)なり」
として,
「面白しに同じ」
の意味しか載せない。これが一般的だったということだろう。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/o/omokuroi.html
には,
「『おもしろい』と『おもしろくない』の相反する意味で用いられた言葉である。おもしろい意味の面黒いは近世江戸の通人や職人が使い、つまらない意味の面黒いは俳句や川柳で使われた。
つまらない意味の方は、面白いの『白』を『黒』にすることで正反対の意味を表し、『おもしろくない』としたもので,普通に考えられる表現である。おもしろい意味のほうは,『面白い』の『白』をもじって『黒』にし,『面白い』をしゃれているところがポイントである。」
とあり,「つまらない」という意味の使い方の方が,確かに自然だ。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/3578/2004/omokuroi.htm
には,『新明解国語辞典』に,
「〔「おもしろい」のもじり〕『(ちょっと)おもしろい』意の口頭語的表現。」
とある,という。口語として使うには,
「おもしろい」
のに,ただ「おもしろい」と言っても曲がない。で,
「おもくろい」
と言う。しかし,掛け値なしに,面白ければ,「おもしろい」というところだが,そう言うには,ちょっと,という意味で,
「おもくろい」
と言うニュアンスもあるが,ちょっとひねってみたいほど,面白さが,しゃれている,と言う場合も,単に,「おもしろい」というところを,捻って,
「おもくろい」
と言ってみる,というニュアンスもある。
「つまらない」意味だと,
富士なくばおもくろからん東路,
という句が,「おもしろい」意味だと,
雪の歌や,見て面黒き,筆の跡,
という句が,それぞれニュアンス伝えている。まあ,微妙。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
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「快刀乱麻」は,このままでも使うが,普通,
快刀乱麻を断つ,
という使い方をする。辞書(『広辞苑』)には,
「杜甫,戯題画山水図歌『焉得并州快剪刀剪取呉松半江水(切れ味のよい刀剣で,乱れもつれた麻を切る意)』」
と注記し,
「紛糾している物事を,てきぱきと手際よく処理すること」
と意味を載せる。
http://qanda.rakuten.ne.jp/qa5403568.html?rel=innerHtml
には,これについて詳しく,
「杜甫の『戯題画山水図歌』に『焉得并州快剪刀剪取呉松半江水』とあるのを,〈切れ味のよい刀剣で、乱れもつれた麻を切る意〉と解釈するもののようですが、『いずくにか并州の快剪刀を得て、呉松半江の水を剪取したる』と読むところのようです。
十日、一水を画き
五日、一石を画く
能筆、相い促迫するを受けず
王宰、始めて真跡を留むるを肯んず
壮なるかな、崑崙・方壺の図
君が高堂の素壁に挂く
巴陵、洞庭、日本の東
赤岸の水は銀河と通じ
中に雲気ありて飛龍に随う
舟人、漁子、浦漵に入る
山水ことごとく亜す、洪濤の風
もっとも工みなるは遠勢、古も比する莫し
咫尺、応に須らく万里を論ずべし
いずくにか并州の快剪刀を得て
呉松半江の水を剪取したる
この歌は、杜甫が友人の家の壁に掛けられた王宰の描く山水画を見てつくったものなのは明らかです。
これが快刀乱麻の出典だというのは誤りではないかと思います。」
とある。確かに,いずれを見ても,出典は,『北斉書』〈文宣帝紀〉とするのが有力らしく,ここでも,こう書く,
「『高祖嘗試觀諸子意識,各使治亂絲,帝獨抽刀斬之,曰:「亂者須斬。」高祖是之。』北斉(ほくせい)の高祖・高歓(こうかん)はかつて、我が子一人一人の判断力を試そうと考えた。息子たちそれぞれにからまった糸の固まり(乱麻)を渡すと、それをなんとかするように命じた。子供たちはこのからまりを解こうと必死に糸玉と格闘していたが、
この時、ひとり高洋(後の文宣帝)だけが刀を抜いて、糸玉を真っ二つに斬り、『秩序を乱した者は斬らなくてはなりません』と言った。高歓はこれをみて洋は見込みがあると思った。」
と。
『平明四字熟語辞典』
http://yojijyukugo.com/ka/yj01354.html
では,簡単に,
「北斉の高祖が乱れた糸をほぐすように言ったところ、高洋という子供は『もつれた糸は斬ってしまうべきだ』と言い、糸を刀で斬った」
とあるとする(高洋は,後に文宣王となった)。
快刀乱麻の「快刀」
のみでも,
非常によく切れる刀,
という意味がある。「快」の字は,
「夬(カイ)は,『コ印+又(手)+指一本』からなり,コ型にえぐりとることをあらわす。抉(ケツ えぐる)の原字。快は,『心+音符夬』で,心中のしこりをえぐりとった感じのこと。もたもたとつかえるもののない,さわやかな気持ちを意味する。」
で,「心よい」という意味から「はやい」「刀がよく切れる」にまで広がっている。
快刀乱麻の類語と言うと,
一刀両断
一剣両断
になるが,これは,
一太刀で真っ二つに切ること,
という言葉の意味から,
断固たる処置をすること,決断の速やかなさま,
という意味で使われる。
『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/i/ittouryoudan.html
には,
「『一刀』とは、刀をひとたび振り下ろしたり、斬り払ったりすること。『両断』は、二つの断つ意味で、一刀で物を真っ二つに切るということから。」
として,
「『朱子語類』で南宋の思想家朱熹は、人間の将来を憂えて発奮すると食事を忘れ、みずからの楽しみを楽しむときは憂いを忘れて没頭するという孔子の生き方を、『一刀両断』とあらわしている。現代中国語では、古い関係を思い切って断つ意味で用いられる。」
とある。辞書(『広辞苑』)にも出典は,『朱子語類』とある。
「己に克つ者は,是根源上より,一刀両断し,便(すなわ)ち斬絶し了(おわ)る」
によるらしい。
これに似たものに,英語で,
To cut the Gordian knot.
つまり,いわゆる,
ゴルディアスの結び目を断つ,
である。
「ゴルディアスの結び目またはゴルディオンの結び目(英: Gordian
Knot)は、古代アナトリアにあったフリギアの都ゴルディオンの神話と、アレクサンドロス大王にまつわる伝説である。この故事によって、手に負えないような難問を誰も思いつかなかった大胆な方法で解決しまうことのメタファー『難題を一刀両断に解くが如く』(英:
To Cut The Gordian Knot )として使われる。」
とある。
その詳細は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%B5%90%E3%81%B3%E7%9B%AE
に詳しいが,
「その昔、権力争いにあけくれたフリギアでは、世継ぎの王がいなくなってしまった。そこでテルメッソスの神サバジオスに、臣民が次の王がいつ現れるかの託宣を仰いだ。すると、預言者の前に牛車に乗ってやってくる男がフリギアの王になる、という神託がくだった。ちょうど神殿へ牛車に乗って入ってくる男がいたが、それは貧しい農民のゴルディアスであった。にわかには信じがたい神託であったが、ゴルディアスの牛車には、神の使いの鷲がとまっていたため、それを見た占い師の女が、彼こそが次の王だと高らかに叫んだ。
ゴルディアスは王として迎えられ王都ゴルディオンを建てた。ゴルディアスは神の予言に感謝を示すため、乗ってきた牛車を神サバジオスに捧げた。そしてミズキの樹皮でできた丈夫な紐で荷車の轅を、それまで誰も見たことがないほどにしっかりと柱に結びつけ、『これを結び目を解くことができたものこそ、このアジアの王になるであろう』と予言した。その後、この荷車を結びつけた結び目はゴルディアスの結び目として知られ、結び目を解こうと何人もの人たちが挑んだが、結び目は決して解けることがなかった。
数百年の後、この地を遠征中のマケドニア王アレクサンドロス3世(アレクサンドロス大王)が訪れた。彼もその結び目に挑んだが、やはりなかなか解くことができなかった。すると大王は剣を持ち出し、その結び目を一刀両断に断ち切ってしまい、結ばれた轅はいとも簡単に解かれてしまった。折しも天空には雷鳴がとどろき、驚いた人々を前に、大王の従者のアリスタンドロスは『たったいま我が大王がかの結び目を解いた。雷鳴はゼウス神の祝福の証である』と宣言した。後にアレクサンドロス3世は遠征先で次々と勝利し、予言通りにアジアの王となったという。」
とある。時間軸から言うと,快刀乱麻に影響があるとすると,元は,ゴルディアスの結び目のほうかもしれない,と想像したりする。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%B5%90%E3%81%B3%E7%9B%AE
http://qanda.rakuten.ne.jp/qa5403568.html?rel=innerHtml
田部井文雄編『四字熟語辞典』(大修館書店)上へ
「すく」を辞書(『広辞苑』)でひくと,
助く,
透く(空く),
食く,
剥く,
梳く,
結く,
漉く(抄く),
鋤く,
と並ぶ。同義語でも,「好く」のようなものは区別がつくが,「すく」と言うだけでは,文脈抜きでは,意味が伝わらないに違いない。
梳く(髪をすく),
と
漉く(紙をすく),
は,辞書(『広辞苑』)には,「透く」と同源とある。『大言海』には,
「梳く」
は,
「透き通るようにする意か」
とあり,「漉く」は,
「水の透くようにする意か」
とあり,「結く(網をすく)」も,
「透くように結ぶ意か」
とある。さらに,「剥く」については,
「鋤くの語の意か」
とある(『大言海』には,「鋤く」は,「すくすくと突き入る意か」とある)。
さらに『古語辞典』には,
鋤き,
梳き,
漉き,
が,「透きと同根」とあり,しかも,「透き」は,
隙き,
とも当てられている。関係なさそうなのは,「食(喰)く」なのだが,これも,
食う,
という意ではなく,飲む,という意味で,
「薬を服するときのように,水などで口に流し込む」
という意味なので,「透く(空く)」という含意が,こじつければこじつけられる。
どうやら,「すく」の意の鍵になる語は,
透く,
空く,
らしいと見える。辞書(『広辞苑』)には,「透く(空く)」は,
@ものの間にあきが生ずる,
意として,それを,
隙間ができる,
欠けてまばらになる,
(「空」)内部のものが少なくなる,また,からになる,
肉が落ちる,
(「空」)つかえがなくなる,さっぱりする,
に分け,さらに,
A(「空」)時間的・精神的なすきが生ずる,
として,
仕事がなくなる,ひまになる,
油断する,手抜かりをする,
さらに,
B(「透」)ものの隙間から通る,
として,
光・風などが通り抜ける,
物を通して向こうのものが見える,
と,その意味の幅広さに驚かされる。どうやら,憶測だが,
「すく」
は,多様な意味に使われていたらしいのである。『語源辞典』では,「すく」は,
「ス(狭い空間がカラに近い状態)+ク(動詞化)」
で,何もない状態,間に物がないか,少ないかして,向こうが見える状態を意味する。それに,
透,
空,
の字を当て,さらに,
梳,
漉,
鋤,
の字を当てて,言葉の世界を膨らませていったということができる。と同時に,その言葉の開いた世界があるはずである。
「空」の字は,
「工の字は,つきぬく意を含む。『穴+音符工(コウ・クウ)』で,突き抜けて,穴が開き,中に何もないことを示す」
を意味し,「透」の字は,会意文字で,
「秀は,『禾(稻のほ)+乃(なよなよ)』から成る会意文字で,なよなよした穂がそれだけ抜け出たさま。透は『辶(すすむ)+秀(抜け出る)』で,それだけ抜け通る,透き通るの意」
とある。
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年季で思い出すのは,
年季が入る,
とか
年季を入れる,
という言い回しだ。しかし,素朴な疑問だが,
年季,
というのは,辞書(『広辞苑』)にあるように,
奉公人などをやとうと約束の年限,一年を一季とする,
という意味で,
年季奉公,
の略だ。古く中世末の『日葡辞典』にも,
「ネンキをサダム」
という使い方をしたらしい。因みに,「年期」と表記すると,年季と同じ意味にも使うが,あくまで,
一年を単位として定めた期間,
という意味で,「一年単位」という期間を意味する。しかし「年季」は,あくまで奉公の期間に限定する。漢字で見ると,「期」の字は,
「其(キ)は,もと四角い箕(ミ)を描いた象形文字で,四角くきちんとした,の意を含む。箕の原字。期は『月+音符其』で,月が上弦→満月→下弦→朔をへてきちんともどり,太陽が春分→夏至→秋分→冬至をへて,正しくもとの位置にもどること」
という意味になる。だから,一ヵ月,ないし一年,を指す。「季」の字は,
「『禾(穀物の穂)+子』。麦や粟の実る期間。作物のひと実りする三ヵ月間。また,収穫する各季節の末。禾に子を加えて,末の子を意味する。のち,広く末の意に用いる」
とある。「すえ」という含意の意味が,「年季奉公」の「年季」に籠っている。やはり「年『期』奉公」では,含意がそれる。『大言海』に,
「年切(ねんきり)の略」
とあるのが,よくその含意を伝えている。ちなみに,「年紀」となると,
年齢,
年代,
という意味の他に,平安末期から,中世へかけて,
「今の不動産物権の取得時効に当たる語。知行の事実が一定期間存続すると,,その所領に対する権利を取得させる制が生じ,鎌倉幕府は御成敗式目で,この期間すなわち年紀を20年と定めた。この制度を年序法という。」
と限定された意味に使われる。それを除くと,「10年紀」と言った使い方がされる。「紀」の字は,
「己(キ)とは,曲がって起き立つさま。または,まがった目印。紀は『糸+音符己』で,糸のはじめをを求め,目印をつけ,そこから巻く,織るなどの動作を起こすこと」
とあり,「はじめを決めて順序良く仕事をすすめる」という意味で,「季」とは逆に,「はじめ」を定めて,その期間というニュアンスになる。
そこむで,「年季奉公」の意味の「年季」と,
年季が入る,
の,
ひとつの仕事に長年従事して,腕が確かにある,
や,
年季を入れる,
の,同様の,
長年修練を積む,
といった意味とは,少しニュアンスが違う気がする。確かに,年季を重ねれば,一端にはなるが,微妙にニュアンスが違う。
『語源辞典』にも,「年季をいれる」を,
「年季(一年一季)をいれる(何年も積み重ねる)」
とはなっているが,いま一つ納得しがたい。『江戸語大辞典』を見ると,
年季を入れる,
は,
年を入れる,
とも言い,それは,
年を書き入れる,
年を切り替える,
とも言う。それは,
「年季契約の年限を延ばす」
という意味らしい。しかし,
年季を沈める,
という言い方もあり,それは,
一定の年限,女郎に身を落とす,
という意味を持ち,年季奉公は,
「奴婢,丁稚などの,人に召し使われる」(『大言海』)
だけではない。確かに,商家に雇われ,丁稚,手代,番頭と,商いの腕が上がるのは認めるが,まだピタッと来ない。で,「丁稚」という言葉を調べると,『大言海』は,
「弟子を,弟っしと云ひしより,転ずと云ふ。法師(ほっし)をほっち,私(わたし)をわっち,…と同趣」
とあり,『江戸語大辞典』も,
「弟子の促化」
とする。そして,
「職人の家に奉公する年少の弟子。転じて,商家に奉公する少年の下僕」
とある。「丁稚」というと商家の小僧という意味で考えていたが,職人の弟子が先となると,少しイメージが変わる。『大言海』の説明がふるっている。
「幼少より,年季を定めて,且,養ひ,且,教へ,且,使役するもの」
これならば,
年季が入る,
の意味がストレートに入る。ただ年季を更新し,年限を重ねたところで,
腕が上がる,
とはならないことは,年功序列で身に沁みてはいるが。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%81%E7%A8%9A
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誂えは,
お誂え向きに,
という言い回しで使うことが多い。
「(まるであつらえたように)兼ねて希望していたとおりであること」(『広辞苑』)
という意味である。誂えは,だから,
注文して作らせること,
という意味だが(逆が「出来あい」ということになる),特殊に,
歌舞伎で,演出上,特に注文してその場に合うように作ったもの,またはそのようにすること,
という限定された意味もあるようだ。
語源は,
「あとう(誘う・頼む)」
らしく,
「頼んで自分の思い通りにさせる」
意となる。『大言海』には,「あつらふ」の項に,
「あとらふの転。明時(あかとき),あかつき,一昨日(をとつひ),をととい」
とあり,
頼みて為さしむ,
注文して造らしむ,
の意味が載る・「あとら(誂)ふ」を見ると,
「誂(あと)ふの延なり,準ふ,なぞらふ」
とあり,「あと(誂)ふ」には,
「説文『誂,相呼誘也』史記,呉王濞傳,『誂』註『以微動之也』」
と,注記して,
頼み誘う,
覓(ま)き迎ふ,結婚を言い入る,
と意味が載る。『古語辞典』も,「あつら(誂)へ」の項に,
「アトラヘの転」
とあり,
「頼んでじぶの思う通りのものや行動を人にに求める」
とあり,「あとらへ」に,
「アトヘに同じか。ナゾヘになぞらへの類」
とある。「あと(誂・聘)へ」には,
誘う,
結婚を申し入れる,
という意味がある。どうやら,「誂える」には,
「頼みて為さしむ」
つまり,自分の思う通りにさせようとする,という含意がある。そこに,
「覓(ま)き迎ふ」
結婚を申し入れるという意味があるところが,面白い。その通りにしてくれるかどうかはともかく,
自分の思い通りに相手をさせようとする,
という含意なのだろう。ここからは,億説だが,「ま(覓・求)ぐ」を引くと,
追い求める,探し求める,
という意味が載る(『広辞苑』)。しかし,『大言海』の「ま(覓・求)ぐ」をみると,
「目(マ)の活用。香(か)ぐ,輪(ワ)ぐと同趣」
とあり(「求める」「たずぬ」の意味),別項に「ま(婚)ぐ」があり,
まぐはひす,
の意味が載る。「まぐはひ」は,『古語辞典』には,
「マはメ(目)の古形。クハヒは,クヒ(食)アヒ(合)の約」
とあり,
「目と目を見合わせて,心を通じること」
で,
「性交」
の意へと広がる。『大言海』は,「まぐはひ」に,
目合,
と当て,
「目交合(マクヒアヒ)の約と云ふ」
として,
「愛でて目を見あわすこと」
とあり,続いて,別項で「まぐはひ(遘合)」として,
「マグは,妻覓(つままぎ)の転(月夜,つくよ)。ハヒは,業(なり)はひ,過はひ,のハヒにて,行ふ意。美交合(うまくひあひ)の約と云ふ。或は云ふ,前條の語意より転ずと」
とある。「前條」とは,「目交合(マクヒアヒ)」を指す。この説に従えば,
「目を交わす」
という意味から,
「媾合」
の意味へと広がったことになる。『語源辞典』には,
「マグワシ(目+細し)」
としている。『日本語の語源』には,
「メダク(女抱く)は,メダ(m(ed))a)の縮約でマク(媾く)・マグ(媾く)になった。」
とある。
「誂える」という言葉の奥に,「誂(あと)ふ」があり,「覓(ま)く」につながり,「ま(婚)ぐ」へと続く。そのカギは,「目(マ)」であるらしい。今も昔も,心が通じるには,「目が通じ」なくてはならないらしい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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惻隠は,
いたわしく思うこと,憐れみ,
と,辞書(『広辞苑』)にはあるが,通常,
惻隠の情,
と使うとき,「憐み」「いたわしい」とは,ちょっと微妙に違う気がしてならない。確かに,『語源辞典』にも,
「中国語の『惻隠(あわれむ)+の情』が語源です。いたわしく思う気持ちの意です。」
とあるし,『大言海』にも,
「惻は,説文『痛也』廣音『愴也』隠は,禮記,少儀篇,注,意也,思也」
と注記して,
「傷はしく思ふこと,あはれみ」
と,意味が載る。漢字から見ると,惻隠の「惻」の字は,
「則は,会意文字で,『鼎+刀』からなる略形。鼎にスープや肉を入れて,すぐそばに刀(ナイフ)を添えたさま。側(そば)にくっついて離れない意を含む。即(そばにくっつく)と同じ。転じて,常に寄り添う法則の意となり,さらにAのあとすぐBがくっついて起こる意をあらわす助詞となった。惻は『心+音符則』で,心にひしひしとくっついて離れないこと」
とある。「隠(隱)」の字は,
「隱の右側の上部は,『爪(手)+工印+ヨ(手)』の会意文字で,工形の物の上下の手で,覆い隠すさまを表す。隱はそれに心を添えた字を音符とし,阜(壁や土塀)を加えた字で,壁で隠して見えなくすることを表す。隠は,工印を省いた略字。」
とある。「憐」の字は,
「粦は,『炎(ひ)+舛(足がよろめく)』の会意文字で,よろよろとしているが,たえずに続いて燃える鬼火(燐)のこと。次々と続いて絶えない意を含む。憐は,それを音符とし,心を加えた字で,心がある対象に引かれて,つらつらと思いが絶えないこと」
とある。憐れむ,または同情とは,
「相手の感情,苦悩,不幸などをその実になって感じること」
とある。それは,ある意味,自分を相手と一体化させてしまっている,と言えるだろう。場合によっては,それを,
涙目,
と言ってもいい。上から目線とは言わないが,自分は安全なところから相手を哀れに見ている,と言い換えてもいい。しかし,惻隠の情は,そうではなく,あくまで,おのれの主体を維持しつつ,
相手に寄り添う,
ということだ。それは,あえて言えば,
共感,
というべきものだ。そのとき,彼我の距離を縮めて一体化しない。ロジャーズが,
「あたかも〜のごとく」(as if)という性質をけっして失わない,
といったのと同じなのだと思う。
『故事ことわざ辞典』には,『孟子』の,
「惻隠の心は,仁の端なり」
と出る。その原典は,
「人皆人に忍びざるの心有り。(中略)人皆人に忍びざるの心有りと謂ふ所以の者は、今,人乍(にわか)に孺子(こじゅし)の将に井(いど)に入(お)ちんとするを見れば、皆怵タ(じゅつてき)惻隠の心有り,交(まじわり)を孺子の父母に内(むす)ばんとする所以にも非(あら)ず。
誉れを郷党朋友に要(もと)むる所以にも非(あら)ず, 其の声を悪(にく)みて然するにも非ざるなり。
是に由(よ)りて之を観(み)れば、惻隠の心無きは、人に非ざるなり。 羞悪(しゅうお)の心無きは、人に非ざるなり。 辞譲の心無きは、人に非ざるなり。
是非の心無きは、人に非ざるなり。 惻隠の心は、仁の端なり。 羞悪の心は、義の端なり。 辞譲の心は、礼の端なり。 是非の心は、智の端なり。
人の是の四端有る、猶(な)ほ其の四體有るがごときなり。是の四端有りて、自ら(善を為す)能ずと謂者は、自ら賊(そこな)う者なり。
其の君能はずと謂う者は、其の君を賊う者なり。
凡そ我れに四端有る者の、皆拡(おしひろめ)て之を充(だい)にすることを知らば、(則ち)火の始めて然(も)え、泉の始めて達するが若くならん。
苟(いやしく)も能く之を充にせば、以て四海を保すんずるに足らんも、苟も之を充にせざれれば、以て父母に事(つこ)うにも足らじ。」(公孫丑章句上篇)
から来ている。『論語』に,仁とは,と問われて,
「仁を問う。子曰く,人を愛す。知を問う,子曰く,人を知る」
というのがある。「愛」の概念が違うので,フロムを引用するのは,場違いかもしれないが,
「一人でいられる能力こそ,愛する能力の前提条件」
と言っており,自分を棄てて相手と一体化することではなく,
「自分自身と一体化すること」
と言っているのと相通じる。相手にべったりくっつくのは,惻隠の情ではない。
http://blog.goo.ne.jp/shogo_74/e/cefcbc0eb2571591635ea541c8dbb418
には,
「墨子も『仁,體愛也』そして荘子も『愛人利物、謂之仁』と云っている。朱子は、『仁』は心の内にある『理』であり、それが外に『情』となって現れると様々な形の「愛」が生まれてくると云う。<朱子語類>にある『愛是惻隠。惻隠是情。其理則謂之仁。』がそれである。『愛』が心の中にある『仁』の外に現れた姿だ」
と,している。
ちなみに,
「惻隠の心無きは、人に非ざるなり。 羞悪(しゅうお)の心無きは、人に非ざるなり。 辞譲の心無きは、人に非ざるなり。 是非の心無きは、人に非ざるなり。
惻隠の心は、仁の端なり。 羞悪の心は、義の端なり。 辞譲の心は、礼の端なり。 是非の心は、智の端なり。」
の,
惻隠の心は、仁の端なり。
羞悪の心は、義の端なり。
辞譲の心は、礼の端なり。
是非の心は、智の端なり。
を,四端,という。つまり,
「四つの端緒、きざし」
というのだそうだ。
「惻隠」
「羞悪」
「辞譲」
「是非」
の四つの感情を努力して拡充することによって,仁・義・礼・智という人間の4つの徳に到達するというわけである。
参考文献;
http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo10.htm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E7%AB%AF%E8%AA%AC
伊東博・村山正治監訳『ロジャーズ選集(上)』(誠信書房)
小林勝人訳注『孟子』(岩波文庫)
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忖度(そんたく)は,
「『忖』も『度』も,はかる意」
と注記して,
他人の心中を推し量ること,推察,
と意味が載る。『語源辞典』も,
「中国語で,『忖(思いはかること)+度(はかる)』が語源」
と同じことが載る。漢字「忖」の字は,
「寸は,『手のかたち+一印』で,手の指一本の幅のこと。一尺は手尺の一幅でせ,22.5p。指十本の幅が丁度一尺に当たる。また,漢字をくみたてるときには,手,手をちょっとおく,手をつけるなどの意を表す。忖は,『心+音符寸』で,指をそっと置いて,長さや脈をはかるように,そっと気持ちを思いやること」
とある。「度」の字は,
「又は,物をかばう形をした右の手を描いたもので,右の原形。度は,『又(て)+音符庶の略体』。尺(手尺で長さをはかる)と同系で,尺とは,しゃくとり虫のように,手尺で一つ二つとわたって長さをはかること」
とある。同じく「はかる」と言っても,意味は,
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/174852/meaning/m0u/
のように様々だが,漢字で,
計る,量る,測る,諮る,謀る,忖る,料る,議る,度る,略る,衡る,
等々様々に当てるため,漢字のもつ(モノの)分化力にしたがって,「はかる」の向こうに多様な意味の視界が開く感じだが,和語は,語源は,二説ある。
ひとつは,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/431282570.html
でふれた,「はか」に関わり,
「ハカ(仕事の進み具合・めあて・あてど)+ル(動詞をつくる接尾語)」が語源。ハカドル,ハカガユク,ハカラウなどと同一の語源。
とする(『古語辞典』も,「ハカ(量・捗)の動詞化。仕上げようとした仕事の進捗状態がどんなかを,広さ・長さ・重さ等々について見当をつける意」とする)。
いまひとつは,
「ハ(張る)+カ(限る)+ル」が語源。親指と人差し指を一杯に広げて,それを何回かくりかえして,限っていくことができる,というハカル。」
とし(『大言海』も「大指と中指とを張(は)り限る意」という説を取る),こう付言する。
「日本語のハカルは,意味するところがきわめて広範囲な用法をもっています。物体,人事,重量,体積,深さ,相談,計画などにわたって,すべてハカルを用います。しかし,『ああでもない,こうでもない,と適正なものを求める』のがハカルのすべてに共通の語源ともいえます。そうして,これらの質的なハカルの違いは,…中国語源に頼っています。」
として,さまざまな漢字の語源を洗いだしている。「はかがゆく」の「はか」「もはかる」の「はか」も,元々はあいまいだったのかもしれない。そこに漢字の厳格な区分が入り,使い分けが進んだのではないか。漢字の語源はともかく,漢字は「はかる」を厳密に使い分けている。
「計」は,物の数をかぞへるなり。総計は,数の総じめなり,心計は,胸算用なり,転じて,謀計の意に用ふ。
「図」は,はかると訓むときは,料度,計量等の義なり。はかりごとと訓むときは,謀略の義。
「量」は,ますなり,転じて,分量をつもり見る意。商量,料度,測量などと用ふ。名詞としては,識量,度量,酒量などと用ふ。
「度」は,ものさしのときは,音ド。転じて,態度,遠度などと用ふ。また,はかる,と訓むときは,音タク。尺度にて,長短を度るごとく,心につもり見る意。量度,度量などと用ふ。
「称」は,はかりなり,はかりにかけて,軽重を知るように,つり合いよくする義。
「権」は,称錘(はかりのおもり)なり。物の軽重をかけて見るやうに,差し引きみはからうなり。転じて,権謀,権変などと用ふ。
「測」は,水の淺深をはかるなり。転じて,奥底のはかり知られぬ義とす。推測,測量などと用ふ。
「料」は,ますめを数ふる義。転じて,どれ程と心にはかりつもるに用ふ。
「忖」は,先方の心を推量するなり。
「揣」は,量也と註し,「度高曰揣」とも註す。手に手探りはかる義あり,これ程であらんかと頭を傾けて思案する義。
「商」は,商量,商略などと用ふ。
「揆」は,度に同じ。一つの型に合ふか合はぬかをはかるなり。揆度と用ふ。
「略」は,田地の境を計量する義。きりもりするに用ふ。はかりごとと訓するときは,軍略,覇王略などと用ふ。
「策」は,はかりごとと訓むときは,策謀,策略などと用ふ。はかると訓むときは,蓍(し)策似て,かくすれば善,かくすれば悪と,一つ一つにはかるなり。
「算」は,算木なり。転じて謀略の義に用ふ。勝算。
「議」は,事の宜しきを評定するなり。
「画」は,図に近し。もと線を引きて,此の通りがよからんと,差図する意。
「程」は,これ程と,原料をたつるなり。
「詮」は,はかりにて物をかける如く,品位の高下を精しく品評して分かつをいふ。詮評,品詮と連用す。
「衡」は,はかりのさをなり。転じて左右を見合わせ,公平にはかる義とす。
「訽」は,とひ謀る義。
「諮」は,貴い人が卑しき人に相談する義。諮問。
「参」は,人数の中に与り,加わる義。
「虞」は,度に同じで,予め心を配る義。
等々,よく使い分けると畏れ入る。しかし,いずれも,物理的な衡量,測定を心の測定のメタファへと拡大していることは推測がつく。
忖度の,「忖」は,どうやら,「心」を加えて,当初から心の中の計量を指していたらしいし,「度」も,心の見積もりを意味していたらしい。
類語で言うと,
推測
や
推量
や
推察,
ということになるが,ただ推し量る,というよりは,
相手の立場や事情を考える,
というニュアンスがあるように思えてならない。だから,通常,
思い遣る,
心を汲み取る,
という含意があるように思える。そうなると,
斟酌する,
とか
慮る,
と少し重なってくる。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114717086
では,斟酌と忖度を,
「単純に相手の心情を推し量るのが忖度。推し量った上で、それを汲み取って何か処置をするのが斟酌」
と,整理していた。とすると,慮るは,忖度と斟酌の中間,
どうするか思案するプロセス,
ということになる。その結果,配慮(慮りを配る)となる。配慮と斟酌は重なりそうだ。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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政務費の私的流用や官房機密費で公然とマスコミを接待して舌鋒を籠絡すると言った,いわば,業務上横領まがいの「さもしい」連中が,この国の牛耳を執っていることに,いたたまれぬ恥ずかしさを覚え,そう言う人間しか選ばぬおのれへと,その罵詈雑言は,返ってくる。
さもしい,
とは,人として,
あさましい,
ということだ。
卑しい,
ということでもある。この辺りの言葉の差異は少し気になる。『日本語語感の辞典』には,
「さもしい」は,欲が深く心の卑しい意,
「浅ましい」は,品性が下劣で惨めで情けない意,
「卑しい」は,下品の意,
と区分する。『江戸語大辞典』は,「さもしい」として,
「浅ましい,卑しい」
と,ほぼ同義に扱う。微妙な違いは,あとから見ることとして,まず,「さもしい」は,辞書(『広辞苑』)には,
「一説に,沙門(さもん)からサモンシイが作られ,サモシイと転じた語で,沙門のようだというのが原義という」
と,注記して,
見苦しい,みすぼらしい,
卑しい,卑劣である,心がきたない,
と意味を載せる。語源は,『語源辞典』は,『広辞苑』と同じ説を取り,
「托鉢姿のみすぼらしさから,みすぼらしい意に使い,また托鉢の心意を知らないで,恵みを得る乞食に似ているところから,心が卑しい意にもなりました。」
とし,『語源由来辞典』も,
http://gogen-allguide.com/sa/samoshii.html
「さもしいは、漢語『沙門(さもん)』を形容詞化したとする説が有力とされている。 『沙門』は
サンスクリット語で『僧侶』を意味する『sramana』を音写した語で、托鉢僧の みすぼらしい姿から、『沙門』を形容詞化し『さもしい』の語が生じたといわれる。
他に、『 さまうし(様憂し)』の転や、『さまあし(様悪し)』といった説があり,さもしいがシク活用であることから、『さまあし(様悪し)』の転は十分に考えられる。」
としている。いずれにしても,
外見のみすぼらしさ,
を,心のみすぼらしさのメタファに転用した,という意味では同じだろう。
「浅ましい」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/424460001.html
でふれた。「浅まし」は(『広辞苑』では),
「動詞アサムの形容詞形,意外なことに驚く意が原義,善いときにも悪いときにも用いる」
と注記があり,
意外である,驚くべきさまである,
興ざめである,余りのことに呆れる,
(あきれるほど)甚だしい,
なさけない,惨めである,見苦しい,
さもしい,心が賤しい,
といった意味になる。語源は,『広辞苑』の,
浅む(意外でおどろく)の未然形+しい
のようである。『大言海』によれば,
もともと浅しという意の語,
とある。さらに「あざむ(浅む)」を見よ,とあり,
「浅(あさ)を活用して,あざむと云ふなり,あきれ返るによりて濁る(淡(あは)むをあばむと云ふと同趣),この語の未然形アサマを,形容詞に活用せさせて,あさましと云ふ(勇(いさ)む,いさまし,傷(いた)む,いたまし)。すなわちあさましく思うなり,あざ笑うも,あざみ笑うなり」
と詳しい。「あさむ」を「あざむ」と濁ることで,意味は評価を下す意味を込めることになる。しかも,加えて,
驚き呆れる,あっけにとられる,興ざめ,の意を含む,
とある。「浅まし」は,ただ「卑しむ」というのではなく,
驚き呆れる,
という意味があるということは,想定外,意想外,ということだ。
そういうことをしない人がそんな振る舞いをした,
とか,
こういう場でそんなことはしないだろうということをした,
というニュアンスであろうか。しかし,元々「浅し」は,
深しの対,
だから,空間的に,
奥行がない,
とか
平面的,
という意味であり(色や香りに転用されて「薄い」もある),それが時間的に意味を広げて,
時間経過が少ない,
となり,身分や関係に敷衍されて,
地位が低い,
縁が薄い,
となり,結果として,
心の至りつくところが深くない,
智恵が未熟,
情が薄い,
趣きが少ない
となる。どうも「浅ましい」は「浅」と縁が深い。浅いということは,あまりいい評価にはつながらないらしい。
薄っぺら
軽い
表面的
皮相
は,いずれも,貶める言い方に通じるようだ。『語源由来辞典』にも(『語源辞典』も同じ),
http://gogen-allguide.com/a/asamashii.html
「あさましいは、『意外なことに驚きあきれる』『びっくりする』という意味を表す動詞『あさむ』 の形容詞形。
本来、あさましいは『意外だ』『驚くべきさまだ」といった意味で、良い場合にも悪い場合にも用いられた。
時代とともに、『甚だしほどひどい』『意外なことに驚いて興醒めする』『酷くて話にならない』と言った悪い意味の使用例が多くなり,現在のように意味に移っていった。』
とある。「浅まし」は,悪い意味の変化に,憐れみ,あざ笑う,というニュアンスがある。ただし,元々「そんなことをしないはず」の人に対して,でなくてはならない。そのニュアンスは,『古語辞典』の,
「見下げる意の動詞アサミの形容詞形。余りのことにあきれ,嫌悪し,不快になる気持ち。転じて,驚くような素晴らしさにいい,副詞的には甚だしくという程度をあらわす。」
このニュアンスだと,「さもしい」とは違い,「驚き」の方に力点がある,ということになる。その意味で,意味は多様である。たとえば,辞書(『広辞苑』)には,
意外である,驚くべきさまである,
興醒めである,あまりのことに呆れる,
(あきれるほど)甚だしい,
情けない,惨めである,
さもしい,心が卑しい,
と並ぶ。どうも「想定外」「意外」の感じがつきまとう。
「卑しい(賤しい)」は,辞書(『広辞苑』)には,
「類義語アヤシが不思議と思われる異常なものに対する感情であるのに対し,蔑視または卑下すべきものに対する感情をあらわす。」
と注記して,
身分や地位が低い,
貧しい,みすぼらしい,
取るに足りない,
下品である,
さもしい,下品である,
欲望がむき出しである,いじきたない,
という意味が載る。語源は,二説ある。
説一は,「イヤ(否)+ナシ」で,否定すべき人,
説二は,「イヤ(弥)+シ(下・敷く)」で,いよいよ下に敷かれる人,
つまり,身分の低い人を言い,
いやしむ,
いやしめる,
と同源。『日本語の語源』には,
「身分・品性・精神の程度がたいそう低いことをイヤヒシク(彌低し)といった。ヒ・クを落としてイヤシ(賤し・卑し)になった。」
とある。位゛ずれの説を取っても,「卑しい」は,「卑」「賤」の字を当てているように,下賤のもの,という身分を,人としての品格の賤しさのメタファとしたという意味で,この語を使うこと自体が,
賤しい,
と言える語かもしれない。
こうみると,「さもしい」同様,外見や身分を,その人の品位と同列視した言葉,ということができる。
いまや,「さもしい」「あさましい」「いやしい」も,ほぼ同列,
品性が下劣なさま,
心根が卑しい,
という意味で使われている。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q134615948
には,「いやしい」「さもしい」「あさましい」の微妙な違いを,
“いやしい”びんぼーくさい.品がない.自分の利益しか考えない,
“さもしい”せこい,心がいやしい,ひきょうな,
“あさましい”きたね〜,見苦しい,恥知らずな,
と,ニュアンス差を.区分していた。その言葉の意味を嗅ぎ分けるのは,
その人自身の品位,
を反映しているのかもしれない。僕は,薄っぺらの「浅ましさ」も貧乏くさい「卑しさ」も我慢できるが,
さもしい,
とだけは言われたくない気がする。
参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
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「ちゃら」を辞書(『広辞苑』)で引くと,
口から出まかせ,出鱈目を言うこと,またそれを言う人,
にせもの,
差し引きゼロにすること,
という意味が載る。『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/17ti/chara.htm
には,「ちゃら」について,
「ちゃらとは、でたらめ・でまかせ。差し引きゼロの何もない状態にすること。」
として, 江戸時代以降に使われている,として,こう解説する。
「 [1]
ちゃらとは出鱈目(でたらめ)・出任せ(でまかせ)といった信頼に値しないいい加減な軽口・嘘といった意味で江戸時代から使われている。ちゃらんぽらんのちゃらはここからきたものである。またここから、偽物のこともいう。
[2]
ちゃらとは発生している貸し借りや損得を差し引きゼロの状態にすることやなかったことにすることを言う。『ちゃらにする』という言い方をするが、大抵は交換条件を満たした上でなかったことにする場合が多い(例:欲しい情報や人・物などを渡す代わりに借金はなかったことにするなど。逆に心意気からちゃらにするといったような、交換条件なしで行う場合もある。)」
『江戸語大辞典』には,「ちゃら」は,
ごまかし,うそ,でたらめ,
という意味が載る。
http://ppnetwork.seesaa.net/article/419761791.html
で触れたように,『古語辞典』には,「ちゃり」として,
ふざける,
という意味が出ていて,その名詞は,
茶利,
と当て,
滑稽な文句または動作,ふざけた言動,おどけ,
(人形浄瑠璃や歌舞伎で)滑稽な段や場面,または滑稽な語り方や演技,
という意味がある。そこから,
チャラい,
ちゃらちゃら,
ちゃらかす,
ちゃらける,
等々,ふざけるとか,出鱈目,という意味は,出てくるが,いわゆる「チャラにする」という使い方の,
差し引きゼロにすること,
という意味の謂れにはつながらない。強いて言えば,
「それは,冗談」
と言って,なかったことにする,というふうにこじつけられなくもない。現に,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%A9
には,「チャラ」について,
「出鱈目、出任せ、いい加減な取引・態度・発言、すぐにバレる嘘。転じて、契約・貸借関係などの取引が『チャラ(いい加減なもの)』であると判明した場合に、その取引をご破算(帳消)にすること。江戸期から現代にまで受け継がれている俗語。『ちゃらぽら』・『ちゃらんぽらん』とも。」
と,載ってはいる。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1277004422
には,「でたらめ」とは別系統で,
「『真っ新にする』の『新(さら)』が『ちゃら』に転じたと考えるのが、単純明快だと思います。
関東方面の伝統的崩し方として、『マッサラ』を「マッツァラ」と表現されるそうですから、これが『ツァラ』から『チャラ』に転じたとする説なども頷けます。」
とあるが,「まっさら」は,あくまで,「さら」で,
「新」「更」
の字を当て,「新しい」という意味と,名詞の上に付けて,
更地
とか
更湯
と言った使い方をしていて,「ちゃら湯」「ちゃら地」とは言わない。語源的には,
「『サラ(浚フのサラ)』で,改まるさま,改め加わるさま,新しいさまを表す言葉です。サラという,近世の言葉は,新,更,の意味で,関西に方言として残っています。サラの服,サラ湯などの複合語を造ります。浚うことによって,すっかり新たにする,すっかり更新する意です。別説『サ(清新の意の接頭語)+アラ(新)を加えた語』とする語源説もありますが,疑問です。」(『語源辞典』)
としている。しかし,『大言海』は,
「倭訓栞,さら『更を訓むは,新(あら)に通ず,今も,新たにすることを,サラと云へり』新湯(あらゆ),さらゆ」
と注記している。また,『日本語の語源』には,「茶」の訓みについて,
「タ(茶)は拗音化して『チャ』になった。子交(子音交換)[ts]をとげるときは『サ』になった。」
とあるので,「茶利」から,
「ちゃり→ちゃら」
「ちゃら→さら」
の音韻変化は,ある程度想定できる。その意味では,「さら」は,
新たにする,
という更新の意味と,
ご破算,
の意味が含まれているようだ。しかし,「ちゃら」にするというとき,新たにする,という意味より,
ご破算,
という意味が強くないだろうか。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1277004422
ではさらに,
「一方で『ちゃら』の意味として大辞林では「(1)でたらめ。でまかせ。ちゃらぼこ。(2)差し引きゼロにすること。貸し借りなし。」と解説されていますが、…(1)(2)の由来が同源だとすれば、(1)のでたらめ。でまかせ。の意味からは『ちゃらんぽらん』『ちゃかす』『べんちゃら』『ちゃらちゃら』等が連想されますが『ちゃらちゃら』を擬音語と捉えれば、他に残るのは『茶(ちゃ)』の字でしょうか。
江戸時代世情が安定すると町人達が暇潰しにお茶を飲みながら冗談話を楽しむようになって、冗談を『お茶』とか『お茶の話』と言うようになり、更に何かの失言を冗談話として忘れることを『お茶にする』という用法も出来たとされます。
この失言・冗談話等を『お茶にする』ことから、有耶無耶・曖昧・誤魔化す・デタラメ・でまかせ等の意味が連想され、又綺麗さっぱり水に流して忘れるニュアンスも含まれる事から、やがて『おちゃらけ』『ちゃら』等と短縮・転訛される中で、差し引きゼロ・貸し借り無しの意味が派生したのかも知れません。」
と説明する。「冗談にする」という牽強付会説を裏付けるようだが,「ちゃかす」という言葉を連想する。「ちゃかす」は,
茶化す,
と当て,確かに,
冗談にしてしまう,茶にする,
冗談のようにして,はぐらかす,,
という意味が載り,「茶にする」には,「一休みする」という意味の他に,
真面目な応対をしない,
人を利用して,あとは打ち捨てておく,
という意味がある。『大言海』には,「茶化す」は,
「戯(ちゃり 茶利)を活用す」
として,茶利の動詞化としている。しかし,そもそも『江戸語大辞典』の「茶」の項を見ると,
人の言うことをはぐらかすこと,
という意味が載り,
茶に受ける(冗談事として応対する)
茶に掛かる(半ばふざけている)
茶に為る(相手のいうことをはぐらかす)
茶に成る(軽んずる)
茶を言う(いい加減なことを言ってからかう)
等々,「茶(ちゃ)」自体が,(どうやら遊里語発祥らしいが)冗談にする,という含意を込められている。その意味で,
チャラにする,
が,(冗談として)なかったことにする,
という含意が込められていることになる。ただ,
帳消しにする,
白紙に戻す,
ご破算にする,
という言い方とはニュアンスが違うのかもしれない。その流れで考えると,「チャラい」も,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/419761791.html
で触れたことを更に掘り下げると,『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/17ti/charai.htm
の言うように,
「チャラいとは言動が軽い様を表す俗語『チャラチャラ』を略し、形容詞化する接尾語『い』をつけたもので、言動が軽く浮ついている様や服装が派手で安っぽい様を表す。チャラいは1980年代に使われ始めた言葉で、徐々に使用度が減っていたが、近年、同様の意味で再び若者に使われるようになっている。」
と,擬音から来ている面もあるのは,「ちゃらんぽらん」が,
「ちゃらん(鉦の音)+ポラン(鼓や木魚などの音)」
まさにふざけて,いいかげんな出まかせの音から来ていることから考えて,ありえるかもしれないが,その背景に,
「ちゃ(茶)」
の言葉のもっていた含意が二重重ねになっている,と見えなくもない。『わらえる国語辞典』
http://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%A1/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
でも,「チャラい」を,
「江戸時代にはすでに使われていた言葉で、おしゃべりな人の発する言葉を『ちゃらちゃら』という擬音語で表現したところから派生した言葉らしい。」
としているが。
ちなみに,「チャラ男」(ちゃらお)は,
http://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%A1/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%A9%E7%94%B7%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
に,
「チャラ男とは、チャラい男つまり軽薄な男という意味の俗語。言葉づかいや態度、格好などが軽薄であると周囲から判断された場合、その男は『チャラ男』の呼称をいただくことになる。そのパターンでいくと、当然『チャラ子』というのがあってもよさそうだが、あまり使われている様子はないし、よく考えてみると、『チャラ男』と対照形の『チャラ子』という人物像を想像するのが非常に難しい。それは、日本社会では男は『チャラ』くないのが普通の姿だと考えられていて、『チャラい』のは珍しい生態だからそう呼ばれるのか、いずれにしても、『チャラ男』という言葉の使い方には、日本社会の男性と女性に対する性格付けの特徴が現れているように思われる。」
というのも,「ちゃ(茶)」という言葉の含意を鑑みると,なかなか含蓄がある。そもそも「茶化す」は,遊里で許された,冗談事と思えば,それをこの浮世で,そのまま振舞えば,
チャラい,
と言われるのは当たり前ではあるまいか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
上へ
正言若反は,
せいげんじゃくはん,
と訓む。先日ある本を読んでいて知った。
http://www.fukushima-net.com/sites/meigen/1788
に,
「真理にかなった正しい言葉は、一見真実とは反対のことのように聞こえる。という意味で、老子特有の逆説的言い回しです。水を例にとりまして、柔能く剛を制す、というように真実ではないように見えるかもしれないが、本当は正しいのである。」
と載る。『老子』第78章にある。
天下に水よりは柔弱(にゅうじゃく)なるは莫(な)し。
而うしても堅強を攻むる者、之に能(よ)く勝(まさ)る莫(な)きは,
其の以て之を易(か)うる無なきをもってなり。
弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは,
天下,知らざる莫きも,能く行なう莫し。
是(ここ)を以て聖人は云う,
國の垢(あか)を受くる,是れを社稷の主(しゅ)と謂い,
國の不祥を受くる,是れを天下の王と謂う,と。
正言は反するが若(ごと)し。
正言とは,
道理にかなった正しいことを言うこと,またはそのことば,
という意味で,辞書(『広辞苑』)には,
「正言はこれ重し」(『文明本節用集』),
が,『大辞林 第三版』には,
「真の正言は面白からぬ物に候」(『近世紀聞』)
という用例が載る。ただし『大言海』には載せない。
しかし,この文意,よく通らない。手元で,
http://d.hatena.ne.jp/yasushiito/20101217/1292511600
と
http://www.fukushima-net.com/sites/meigen/1788
に当たると,
柔よく剛を制す,
と同じく,世の常識で想定しているのとは反して,
国の汚辱を引き受ける者,これを国の主といい,
国の不幸を引き受ける者,これを世界の王者という,
というところは,文言の解釈はともかく,意味に,異同はない。しかし,最後の,
正言は反するが若し
については,
http://www.fukushima-net.com/sites/meigen/1788
は,
「正しい言葉は、常識に反しているようだ。」
と解し,
http://d.hatena.ne.jp/yasushiito/20101217/1292511600
は,
「(柔が剛に勝つように)正しい言葉には反対の作用がある。」
と解する。意味が微妙に違う。吉川監修版は,
「本当に正しい言葉は,一見真実とは反対のように聞こえるものである。」
と解し,
「聖人の言葉が世俗の常識的発言とは反対になっていながら,究極的には真実にかなっている意」
と説明する。これは,前者と一致する。しかし,聖人の挙げた例が,
柔よく剛を制する
と同じく,それが常識に反するように,
国の汚辱を引き受ける者が国の主,
であり,
国の不幸を引き受ける者が世界の王者
と対比して見せた,という意味はまあ,何とか分かるにしても,
正言は反するが若し,
は蛇足というか,文脈がつながらない。確かに,
柔よく剛を制す,
と同様,
国の汚辱を引き受ける者が国の主,
国の不幸を引き受ける者が世界の王者,
というのは,常識に反している。だから,吉川版の解説には,
「ここは上に引いた聖人の言葉が世俗の常識的発言とは反対になっていながら,究極的には真実にかなっているの意。『荘子』(雑篇上冊・庚桑楚篇)にいわゆる『名は相い反して実は相い順う』である。」
としている。しかし,続いてこうある。
「ただし,『正言若反』の一句『反』は,次の章の初めの三句,『和大怨,必有余怨,安可以偽善』の『怨』『怨』『善』」と韻を踏んでいるので,これを第七十九章の冒頭に移すべきだという説もある。」
と。因みに,次章は,
大怨を和するも,必ず余怨有り。安(な)んぞ以て善と為すべけんや。
是(ここ)を以て聖人は,左契を執りて人に責めず。
徳有るものは契を司(つかさど)り,徳無なきは徹を司る。
天道は親無く,常に善人に与す。
と続く(「左契」とはてがたとして用いる割符の左半分。証文を木札に書き,左半分を債権者が持ち,右半分を債務者が持つ)。
「天道は親無く,常に善人に与す」
とは,天網恢恢疎にして漏らさず,
を指す。この頭に,
正言は反するが若し,
をもってくると,
天理は,人為に反するように見えても,
というニュアンスになろうか。それにしても,
正言若反,
は,文脈を変えると,微妙に意味を変える。「天網恢恢」については,別途触れたい。
参考文献;
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)
上へ
「こまっしゃくれる」
「こましゃくれる」の転,
で,「こましやくれる」
は,
「こまさくれる」の転。
意味は,
言動などが大人ぶっていて生意気であるさま,
で,主に,子供に対して,
こざかしく,ませた言動をする,
のを指す。どちらが先かは,わからないが,その子供相手の言い回しが,
分を越えて,生意気にふるまう,
と,一般化しても使われるらしい。しかし,一般には,
小生意気な子ども,
を指して使う。
「こまっちゃくれる」
と,syaをtya,と訛る場合がある。『広辞苑』には,
「こまっちゃくれる」
しか載らない。語源は,『語源辞典』には,
「コマ(細かい)+しゃくれる(顎を突き出す)」
で,
「小さいくせに,顎を突き出したような様子で,喋る。差し出がましい行動をする意」
と載る。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ko/komasyakureru.html
は,「こましゃくれる」を,
こまっしゃくれる,
こまっちゃくれる,
こまちゃくれる,
とも言うとした上で,
「こましゃくれるはこまさくれるが転じた語で江戸時代から用いられている。こまさくれるの『さくれる』は、利口ぶったり
する意味で使われていた平安時代の言葉『さくじる』が転じた語で、『さくじる』は利口そうに振舞う『さかしら(賢しら)』と同源と思われる。」
と,別の説を立てる。『大言海』は,
「細(こま)さくじるの轉ならむ」
とする。「こま」は,「細かい」の「こま」だとしても,謂れが,
(こま)さくれる,
なのか,
(こま)さくじる,
なのか,
(こま)しゃくれる,
なのか,という違いのようだ。ただ,『古語辞典』に,「さくれる」はなく,
「さくじり」
が載る。
「クジリは抉りの意か」
として,
物事に聞き耳を立て,詮索ゐる性質をもつ,
という意味が載り,そこからでたのか,
早耳の人,
という意味に広がる。「くじり(抉り)」を見ると,
ほじくる,
という意味になる。面白いのは,「抉」の字を当てて,「さぐり」とも訓ませ,
渫り,
抉り,
の字を当て,
土や水をしゃくって取る,
という意味になる。「しゃく(抉)り」を調べると,
「さくり(抉り)の転」
とある。つまり,
さくり,
も
しゃくり,
も,同源,
ほじくる,
のと,
しゃくる
のと,まあ,同じことを別の意図で言っているということになる。元々は,どうやら,「ほじくる」,つまり,
詮索好き,
から来たのではあるまいか。『広辞苑』は,「さくる」に,
決る,
刳る,
を当て,
掘り穿つ,
すくうようにしてあげる,
の意味を載せる。『大言海』の「さくじる」に,
「小慧」
の字を当て,
「倭訓栞,さくじり『小抉の義にや』。抉(くじ)るに,サの発語を冠らせたる語。抉(さく)るも,サ刳(く)る,吐(くぐ)るも,た刳(く)るならむ。(さ走る,さ守(もら)ふ)」
と注記して,
小賢しく差し出て振舞ふ。さいまくる,こまじゃくれる。
と意味を載せる。ただ,賢しと同源と,『語源由来辞典』が言うのは妥当ではない。「賢しら」について,
「賢(さか)しとのみ云ひて,さかしらなり」
とあり,「賢(さか)し」の項に,
「割(さ)くを形容詞にしたる語なるか,理解する意(なげく,なげかし。いつく,いつかし。なつく,なつかし)」
としている。
上へ
人間は,普通,
にんげん,
と訓む。しかし,
人間(じんかん)万事塞翁が馬,
とあるように,「人間」は,もともと,世間という意味であり,江戸時代,
人,
という意味で使われるようになった,と恥ずかしながら,ある本を読んでいて,知った。確かに,『江戸語大辞典』には,
人間(にんげん),
として,
ひと,
の意味で載る。そもそも「人間(にんげん)」は,辞書(『広辞苑』)でみると,
人の住むところ,世の中,世間。じんかん,
(社会的存在として人格を具えた)ひと,
人物,人柄,
という意味が載る。「人間(じんかん)」は,
「人の住むところ」
という意味,とある。因みに,「ひとあい」と人間を訓む場合があるらしいが,その場合は,
人とのづきあい,人の気受け,
という意味になるらしい(「ひとあいの心ざま優に情ありければ」(『平家物語』))。また「ひとま」と訓むと,
人のいないすき,人の見えない間(「ひとまには月を見て」(『竹取物語』)),
人との間が絶えることを言う(「少し契りのさはりあるひとまをまことと思ひけるか」(『女郎花』)),
という意味になるらしい。閑話休題。
「人間」は,中国語では,
「人+間」
で,人びとの間,世の中,という意味になる。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ni/ningen.html
には,
「人間は、仏教語でサンスクリット語『mamusya』の漢訳。
仏教語としての『人間』は『世の中』『世間』『人の世』を意味した言葉で、『人間』に『人』そのもの意味が加わったの
は江戸時代以降である。『人間』を『にんげん』と読むのは呉音、漢音では『じんかん』という。一般に『人』を表す場合は『にんげん』、『世の中』の意味で用いる場合は,『じんかん』と訓み分けられる場合が多いが,この読み分けに特別な理由はない。」
とあるので,「じんかん」と訓むか,「にんげん」と訓むかで,差はなく,そもそももともと「ひと」を指していない。となると,
人間万事塞翁が馬,
も,
じんかんばんじさいおうがうま,
と訓もうと,
にんげんばんじさいおうがうま,
と訓もうと,ここでは,「人間」は,
ひと,
の意味ではなく,
人の住んでいる世界,世間,
という意味になる。この諺の謂れは,
https://mizote.info/image/02profile/30kaisetu_jinkan.html
に譲る。当然,『信長公記』の有名な,
「此時、信長敦盛の舞を遊ばし候。人間五十年
下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか、と候て、螺ふけ、具足よこせと仰せられ、御物具召され、たちながら御食をまいり、御甲めし候ひて御出陣なさる。」
の,
「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」でいう,「人間五十年」も,
「当時の人の平均寿命が50歳だったからという受け止められ方の方が流通している」
というのは正確ではなく,
じんかん,
と訓むか,
にんげん,
と訓むかはともかく,「ひと」の意味ではなく,「この世の中」という意味になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%A6%E7%9B%9B_%28%E5%B9%B8%E8%8B%A5%E8%88%9E%29
には,
「人間(じんかん)五十年」は、人の世の意。
『化天』は、六欲天の第五位の世化楽天で、一昼夜は人間界の800年にあたり、化天住人の定命は8,000歳とされる。『下天』は、六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。信長は16世紀の人物なので、『人間』を『人の世』の意味で使っていた。『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』の正しい意味は、『人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない』である。」
と解説する。しかし,
人間到る処青山あり,
は,幕末の僧月性の「清狂遺稿」の漢詩「将東遊題壁」
男児立志出郷関
学若無成死不還
埋骨豈期墳墓地
人間到処有青山
に拠るので,微妙である。「ひと」という意味が強い。
『大言海』の「にんげん」の項には,
人の住むところ,
仏経に,六界の一つ。即ちこの娑婆世界。人間界,
俗に,過りて,人,
等々,と載る。どうやら,「人間」は,仏経の訳語から来たものらしい。因みに,六界は,
六道,
に同じ。六道については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93
に詳しい。六道(ろくどう,りくどう)とは,
「仏教において迷いあるものが輪廻するという、6種類の迷いある世界のこと。
天道(てんどう、天上道、天界道とも)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)」
のひとつということになる。
http://www.tendai.or.jp/houwashuu/kiji.php?nid=86
にその間の経緯は詳しい。
「この言葉は、漢文では原則として、人の意として『じんかん』と読むが、『じんかん』は世間、この世の意味であり、中国古典では真なる世界に対する俗世間という語感をもつこともあるようです。これをいわゆるお経読みといわれる読み方で『にんげん』と発音するのは、もとは仏教のことばだからです。」
参考文献;
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20140220/1392830433
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E6%80%A7
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93
上へ
斟酌については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439036891.html
で,忖度と慮ると斟酌との微妙な違いを触れたことがある。そこでは,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114717086
では,斟酌と忖度を,
「単純に相手の心情を推し量るのが忖度。推し量った上で、それを汲み取って何か処置をするのが斟酌」
と,整理していたのを参考に,慮るは,忖度と斟酌の中間,どうするか思案するプロセス,その結果,配慮(慮りを配る)となる。配慮と斟酌は重なりそうだ,結論とした。
今度は,「斟酌」から,確かめてみる。
「斟酌」の意味は,
「水又は飲料を汲み分ける意から」
と注記して,辞書(『広辞苑』)には,
あれこれ照らし合わせて取捨すること,参酌,
そのときの事情や対手の心情などをこうりょして,程よく取りはからうこと,
控え目にする,差し控える,遠慮,
という意味になる。「程よく取りはからう」とは,この場合,
手加減する,
というか,
鉛筆を舐める,
とか,
手心を加える,
ということになるので,「控え目にする」というのも,そう言う含意になる。『大言海』は,
「事の心を,くみわくること」
とする。忖度と違うのは,
「事の心をくみわくること」
ということだ。そのために,「心事をくみとる」ということになる。語源は,『広辞苑』の言う通り,
「中国語の『斟酌(水,飲料をくみ分ける)』」
で,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/si/shinsyaku.html
は,
「斟酌の『斟』は分量を探りはかりながら汲むこと、『斟』は柄杓で汲み上げる意味で、斟酌 は酒や水の分量をはかってくみ分けることが原義。
そこから、ほどよく行うという意味や 、相手の意を汲んで行うといった意味になった。 さらに、言動を控え目にすることや,遠慮する意味にも転じた。」
とある。斟酌の同義語とされる,
参酌,
は,辞書(『広辞苑』)には,
照らし合わせて善を取り悪を棄てること,
とあり,『語源辞典』には,
「中国語の『参(てらしあわす)+酌(くむ)』が語源」
とあるので,斟酌に手心を加えるニュアンスに対して,同じくみ取るにしても,「参(參)」の字に,
「入り混じる」
という含意があり,手心というよりは,『大言海』の,
「参(まじ)へて斟酌すること,見はからふこと」
という意味で,何かを参照にしつつ,是非の判断をする,という意味が強くなり,手加減の色合いは薄められる気がする。確かに,
「単純に相手の心情を推し量るのが忖度。推し量った上で、それを汲み取って何か処置をするのが斟酌」
には違いないが,斟酌には,
事情や状況が加味される,
ということ(から勘案される)なのかもしれない。しかし,参酌となると,
参照すべきものに照らし合わせて,判断する,
という色が濃くなる。もっともタテマエ,としてそうしていることにする,というのはあるので,奥底では,斟酌が効いているのかもしれないが。参酌は,
鑑みる,
と重なるのだろう。辞書(『広辞苑』)には,
「カガミルの撥音化。転じて,明治時代の文語文に上二段活用カンガムもおこなわれた」
と注記して,
先例に照らして考える,他と比べ合わせて考える,
と載り,「照らし合わせて」が,
「先例踏襲」
の意味だと知れる。情状酌量するとすると,そう言う先例に倣う,という意味になる。『大言海』は,「かがみる」の項に,
「鏡(かかみ)を活用せしむ(蔭る,曇る,真似る,八重る),映(うつ)し見る意」
とあり,
「事を事に照らし合わせて考ふ。音便に,かんがみる」
と,正確に載る。「事を事に照らし合わせる」鑑みると,斟酌は重なる気がする。この照らし合わせる「事」が前例踏襲という意味では。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
斟酌
については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439338566.html?1466710928
で触れたが,その意味の外延に,似た言葉が一杯ある。その一つが,
手加減,
である。通常,
手加減を加える,
という使い方をする。あるいは,
手心,
というのもある。通常,
手心を加える,
という使い方をする。その他,
匙加減,
というのもある。手加減は,辞書(『広辞苑』)には,
手で扱う感じて,量や程度を知ること,
という意味が載る。それをメタファに,
相手の程度・場合に応じて,ほどよく調節すること,特にあまり厳しくしないこと,てごころ,
と,意味が広がる。
手に持った感じや手に握ったぐあいで分量や程度をはかる,
というのが本来の意味なのだろう。その関連で,
手を使って動作をする時の力の入れ具合・動かし方など,
という,操作の下限値いうか,調整というニュアンスもある。
手加減する,
とか,
手加減を加える,
という言葉には,そんな含意がある。手加減の語源は,
「『手+加減(程よい分量)』で,手で程よい分量にする意」
とある。手心は,辞書(『広辞苑』)には,
手元に残っている感じ。身についたわざ。転じて,事情に応じて物事を程よく塩梅すること。また,寛大な取り扱いをすること。手加減。
と,意味が載る。『大言海』は,
「心の覚えにて,好き程に,事を行ひてゆくこと。手加減。」
と載せる。
「手に受ける感じ。また,経験して覚えている具合や技術」
という意味を載せ,
「きれ口手心は良けれども,あばら三枚かかつたり」(浄瑠璃・唐船噺)
という例を挙げるものもあり(『大辞林 第三版』),手の感覚にしみこんでいる感覚を指していたものらしい。
匙加減は,辞書(『広辞苑』)には,
薬を調合する際の加減,
物事を扱う場合の,状況に応じた手加減の加え方,
とある。『大言海』は,
漢方医の薬匙を取りて,薬剤を処方する程度,
すべて事を処分する軽重の程度,手加減,
とある。「加減」という言葉自体が,辞書(『広辞苑』)には,
加えることと減らすこと,
加法と減法,
程よく調節すること,またその状態,
程度,ぐあい,
傾向,気味,
と載る。「加減」自体が,中国語由来の,
「加(くわえる)+減(減らす)」
で,転じて,ぐわい,とか,ちょうどいい程度,という意味なので,
いい加減,
とか,
陽気の加減,
とか,
馬鹿さ加減,
とか,
湯加減,
等々,ほとんど日本語化して使われている。因みに,「加」の字は,会意文字で,
「『力+口』。手に口を添えて勢いを助ける意」。
「減」の字は,
「咸(カン)とは『戌(ほこをもつ)+口』の会意文字で,人々の口を封じこめること。緘(カン 封じ込めること)の原字。減は『水+音符咸』で,水源を押さえ封じて,流れの量を減らすこと。のち,もっぱら減少の意に用いる。」
それにしても,
手心を加える,
も,
手加減する,
も,
匙加減,
も,どれも,甘めに見る,というか寛大にする,というニュアンスだ。そう言えば,
加減する,
と,「手」抜きでも,甘い方にシフトする含意だ。それにしても,
下駄をはかせる,
とか,
鉛筆を舐める,
とか,
鯖を読む,
とか,
目こぼし,
等々,「手加減する」言葉が多いこと。これは,かつての日本社会の寛容さというかいい加減さを反映しているのだろうか。いま,それは,私的利益のために手心を加える含意が目立つが。それとも,
たまたまをそもそも,
としているだけか。なお,
「下駄をはかせる」「鉛筆を舐める」「鯖を読む」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/414131601.html
で触れた。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
一味同心というと,どうも夜盗や泥棒といった連中が徒党を組む,というイメージになっている気がするが,本来は,
心を一つにして味方すること,
という意味(『広辞苑』)で,『太平記』の,「国々の大名一人も残さず,一味同心して」という用例から見ると,この中世を反映して,例の楠正成の「悪党」のイメージにつながる。「悪」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/433867377.html
で触れた。「一味」は,辞書(『広辞苑』)などを見ると,
仏説は時と所に応じて多様であるが,その本旨は同一であること,
事または理の平等であること,
味方すること。また,その人々。現代では,悪事の集団に言う,
漢方で薬種の一品,
独特の味わいがあること,
一つの味。また、副食物が一品であること,
等々と載るが,『大言海』は,「いちみ」として,二項を立て,
「味」系の,
食味の一様なること,
漢方医の薬種の一品,
涼風の,一趣味あること,
と,
「一味・一身」と当てて,
「ミは,身方の下略(一の手段,一の手)味(み)は,当て字なり」
と注記した,
同じ身方,一身同心とも云ふ,同盟,
という意味とを立てている。「一味」は,
「中国語の『一味(同一の味)』が語源です。転じて,同じ仲間の意を表します。」
という説(『語源辞典』)と,『語源由来辞典』,
http://gogen-allguide.com/i/ichimi.html
の,
「一味は仏教語で、時・所・人によって多様であるが、大海の味がどこでも同じであるよう に、本旨は同一で平等無差別であるといった教えであった。
その意味から、一味は心を 同じくして協力する意味や同志の意味となり、いつしか悪事を企む仲間の意味で用いられるようになった。」
とがあるが,「味」の字は,
「未は,細かいこずえの所を強調した象形文字で,『微妙』の『微』と同じく,細かい意を含む。味は『口+音符未』で,口で微妙に吟味する。」
という意味を出ず,ここからは,仲間という意味の「一身」の意味は出ない。ふつう考えられるのは,どうやら,仏語に当てたところから出たのではないか,と思う。本来は「味」の意で,仏典に当てて意味が広がったのではないか。
「同心」は,辞書(『広辞苑』)には,
同じ心,同意,
心を同じくすること,心を合わせること,
鎌倉・戦国時代,寄親(よりおや)に付属した寄子(よりこ)の下級武士,
江戸幕府の諸奉行所・所司代・城代・大番頭ろ書院番頭などの灰かに属し,与力の下にあって,庶務・警察の事を司った下級武士,
とある。別の辞書には,「どうじん」とも訓む,とある。
「鎌倉時代には加勢を意味した。室町時代には与力(よりき)とともに諸大名家に付属した武士をいったが、戦国時代になると一般化し、侍大将・足軽大将らの率いる諸隊に付属した軽格の武士をさすようになった。江戸幕府では、大番頭(おおばんがしら)、書院番頭、百人組頭、先手(さきて)頭、船手頭、京都所司代(しょしだい)、留守居(るすい)、町奉行(まちぶぎょう)、作事(さくじ)奉行、また遠国(おんごく)奉行などをはじめとする番方(ばんがた)・役方の諸職の支配に属し、馬上格の与力の指揮を受けた。徒歩(かち)の格で、30俵二人扶持(ぶち)高を基準とし、抱席(かかえせき)あるいは譜代(ふだい)席であった。」(『日本大百科全書(ニッポニカ)』)
こう見ると,「一味同心」は,中世の,
擬制的な親子関係,
から派生している,と見るのが妥当だろう。たんなる仲間,というのとは異なる。それは,
一揆,
という言葉とも,つながる。一揆は,百姓一揆,土一揆というイメージが強いが,辞書(『広辞苑』)を見ると,
道・方法を同じくすること,
心を同じくしてまとまること,
中世の土一揆,近世の百姓一揆などのように,支配者への抵抗・闘争などを目的とした農民の武装蜂起,
と意味が載るが,『大言海』は,「一揆」を二項別に立て,土一揆の「一揆」とは別の「一揆」について,
一致と云ふに同じ,
一身同心,
軍陣中の一手,一手に同族の兵,団結して其武装(いでたち),又は旗の紋を同じにしたるを,何一揆,某(それ)一揆と云ひき,
とあり,ほぼ一味同心と同義であるとわかる。「揆」の字は,『大言海』に,
揆,度(はかる)也,
とあるように,
「癸(キ)とは三方または四方に張り出てどちらでも突けるほこを描いた象形文字で,回転させて敵に引っ掻ける武器。または,回転させるコンパスのこと。始めから終わりまで一回転する意を含む。揆は,『手+音符癸』で,終始(つまり,一回転)を見わたしてはかって見積もること」
を意味する。
先聖後聖,その揆一なり,
と『孟子』にあるように,
揆(はかりごと・道・方法)を一つにするの意,
と見ることができる。だから,本来は,
「もとは一致協力する意味の言葉であるが,鎌倉幕府の滅亡後,うちつづく政治,社会の混乱に対処しようと,中小武士層が一味同心して集団行動をとり,一揆と称した。一揆は鎌倉時代の党が血縁的集団であったのと異なり,地縁的結合の要素が強かった。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)
ところから,
「一味同心という連帯の心性を共有する人々で構成された集団。日常性をこえた問題,通常の手段では解決が不可能であると考えられた問題を解決することを目的にして結成された,現実をこえた非日常的な集団が一揆である。一揆は,現実には個々ばらばらの利害の対立を示す社会的存在としての個人を,ある共通の目的達成のためにその関係を止揚して,一体化(一味同心)した。そのために一揆に参加する個々のメンバーが現実をこえた存在となることを目的とした誓約の儀式が必要であり,それが一味であった。」(『世界大百科事典
第2版』)
と,広がって使われたとみていい。「一味神水」は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%91%B3%E7%A5%9E%E6%B0%B4
に詳しいが,
「一味同心という一致団結した状態の集団(一揆)を結成する際に行われた集団誓約の儀式,作法。この儀式は,一揆に参加する人々が神社の境内に集まり,一味同心すること,またその誓約条項に違犯した場合いかなる神罰をこうむってもかまわない旨を記した起請文を作成し,全員が署名したのち,その起請文を焼いて灰にして,神に供えた水である神水に混ぜて,それを一同が回し飲みするのが正式の作法であった。」(『世界大百科事典』)
と,神前で誓約し「一味同心の」同志的結合を強めようとする,というものだったらしい。
一味徒党,
となると,大分意味合いが変わるが,当初,一揆にしろ,一味同心にしろ,自分でそう名乗っていた時の意味合いと,その集団に敵対するもの,幕府側や領主側が,その集団を呼称するのとでは,たぶん,意味が変わる。いま,
一揆,
や
一味同心,
は,自称(旗幟)なのか,他称(レッテル)なのかによって,意味は変ずる。自称には,
矜持,
があり,他称の場合は,
敵意(あるいは憎悪),
があり,貶める意味がある。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%91%B3%E7%A5%9E%E6%B0%B4
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「めこぼし」は,
目溢し,
と当てるらしい。辞書(『広辞苑』)には,
咎めるべきことを故意に咎めない,見逃すこと,
とあり,
めこぼれ,
に同じとある。「めこぼれ」も,
目溢れ,
と当てる。「溢」の字は,横溢,といったときに使い,
あふれる,
みちる,
という意味で,「こぼれる」とは,逆の気がする。しかし,あふれて,こぼれると,
零れる,
溢れる,
と当てる。あふれたらこぼれる,ということか。「めこぼし」は,少なくとも,
「目+こぼす」
つまり,故意に見落とす,という意味になる。
大目に見る,
見逃す,
目をつむる,
と,見なかったこと,なかったことにするという含意がある。
http://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/987/meaning/m0u/
で,
見落とし(みおとし),
看過(かんか),
目こぼし(めこぼし),
を比較していたが, 結果は同じでも,不注意と,自覚的関わりとは違う。
「『目こぼし』は、何か問題になる事柄を目にしてちゃんとわかっているのに、罰したりせずにすましてしまうこと。『目こぼし』をする主体は、そうした問題の事柄を取り締まったり罰したりするべき立場にある者である。『看過』が、見てはいながらついつい何もせずに終わるという、いわば消極的放任のニュアンスが強いのに対し、『目こぼし』は、ちゃんとわかっていて意図的に何もしないでおいてやるという積極的かつ意図的許容のニュアンスが強い。なお、『目こぼししてもらう』意で、『お目こぼしにあずかる』という言い方をすることもある。」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439372712.html
で触れたが,「手心を加える」「手加減する」「匙加減」というのが当事者ないし上から目線なのに対して,
目こぼし,
大目に見る,
は,下からのお願いというニュアンスになるか。「お」「御」をつけると(というか,つけられるかつけられないかで)よりはっきりする。
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%8A%E7%9B%AE%E3%81%93%E3%81%BC%E3%81%97
に,「お目こぼし」について,
「動詞『目こぼし』の名詞形に丁寧の『お』をつけた表現で、相手に見逃してもらえるよう頼み込む際などに用いる表現。」
とあったり,
http://yaoyolog.com/%E3%80%8C%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%93%E3%81%BC%E3%81%97%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%86%E6%84%8F%E5%91%B3%EF%BC%9F%E3%81%9D%E3%81%AE%E8%AA%9E%E6%BA%90%E3%81%A8%E3%81%AF/
に,
「そもそも『目溢し』なる語句に『御(お)』を付けた文言なのだそうです。なるほど、いったん目に入った情報をわざとこぼす、といったイメージになるのですね。」
とあり,その延長線上で,
http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/150
にあるように,
「発達障害の専門医であるドクターから『お目こぼし』という言葉を聞いた。簡単に言えば、子どもたちに完璧を求めるのではなく、ある部分については敢えて見逃すという考え方である。」
という考え方に行きつく。
「おめこぼし」とは,相手の雅量に頼むという姿勢に尽きる。類語は,
大目に見る,
だが,大目とは,
大ざっぱに見積もること,
つまり,「鯖を読む」の同義から,
厳しく見とがめず寛大にすること,
に転じたので,むしろ,
手心を加える,
手加減する,
匙加減,
と同じく,どちらかというと,当事者視点ということができる。
http://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%8A/%E5%A4%A7%E7%9B%AE%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
の,
「神様の大きな目では、人間のちまちました不正行為や誤りをいちいち細かくチェックしていられないことから、人の犯した不正や誤りをきびしく追求しないという意味あいで用いられる。」
との説明がふるっている。まさに,天網恢恢の「天網」のイメージであろうか。
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「えぐい」は,「えごい」とも言うが,
刳い,
蘞い,
醶い,
等々と当てられる。『広辞苑』は,「蘞い」と当てて,
あくが強く,のどをいらいらと刺激する味がある,いがらっぽい,
気が強い,また,冷酷である,
と意味を載せるが,一般に流通している意味と,微妙に違う。『大辞林 第三版』は,
刳い,
蘞い,
醶い,
と当てる字を列挙し,上記の他に,
どぎついさまを俗にいう,
という意味を載せる。「蘞」の字は,『字源』には,「レン」と読み,訓読みは,
やぶからし
である。
「蔓草の一。やぶからし。びんばふかづら。葉は五六裂し,夏四弁の淡紅色の小粒花をむらがりつく。根茎を薬用とす」
とある。なお,
白蘞(びゃくれん)は,薬草。やまかがみ。
とも。白蘞(ビャクレン )は,
http://nssnet.co.jp/index.php?%E7%99%BD%E8%98%9E
に,
「ブドウ科のカガミグサの肥大根を乾燥したものです。」
とあり,別名,白草、菟核(とかく)、崑崙,とあり,性状として,
「ブドウ科カガミグサの肥大根を乾燥したもので、『神農本草経』の下品に収載される。乾燥した塊根は紡錘形を呈し長さ3〜12p、直径1〜3p。重なりあう外皮は紅褐色でシワがあり脱落しやすい。内面は淡紅褐色。縦切りにした切面は、周辺が常に巻き曲がり、中部に突起した稜線が1本ある。」
さらに,
「薬味:苦・辛・(甘)」
と載る。なかなか複雑な味だ。
「えぐい」に当てる,「刳」の字は,「えぐる」と訓むが,
「夸(か)は,『大+音符于』の会意兼形声文字。股を大の字に大きく開くこと。跨(コ 大股にまたぐ)の原字。刳は『刀+音符夸(大きく⌒型に開く)』で,股を開くように刀で∧型にさき,または∩型にえぐること」
とあり,まさに抉る,という意味だ。抉られるような味がする,という意味で当てたのだろうか。
「醶」の字は,「ゲン」と読むらしいが,手元の漢和辞典には出ていなかった。
「えぐい」の語源は,
「エグルの形容詞」です。喉をえぐるような嫌な味を言います。植物名ヱグの形容詞化説もありますが,特殊な植物なので疑問です。」
とする。そして,「えぐる(抉る・刳る)」には,
「語源は,『エル(彫る)+クル(刳る)の複合語』です。彫り取り,刳りぬく意です。心に激しい苦痛を与える意です。」
とあり,それに端を発しているという説である。『大言海』も,
「ゑぐる意かと云ふ」
と,「抉る」説を取る。しかし,『大言海』自身が,「ゑぐ」を,
「葉は藺に似て小さく,根に,白く小さき芋ありて,味すこしくゑぐし」
と書くように,これはありふれたもので,,特殊ではなかったのは,上記の薬草としての使われ方から見て明らかである。『古語辞典』には,「ゑぐ」として,
「カヤツリグサ科の多年草。浅い水中にはえ,食用にする。」
とあり,「ゑぐし」を,
「植物名のヱグと同根」
として,
「あくが強く,舌を刺すような味である。」
とする。
どうやら,「え(ゑ)ぐい」は,古くから使われた言葉で,当てられた漢字から見ても,「えぐみ」,
蘞味,
醶味,
という味覚から来たものらしい。その味の不快な苦みから,
どぎついさまを俗にいう,
というように,広がったものだろう。『古語辞典』にも『大言海』にもそういう意味は載らないが,『江戸語大辞典』には,
ゑごい(蘞い),
として,「ゑぐいの転」として,
あくが強く,のどをいらいらと刺激するような味である。えがらっぽい,
の意の他に,それが転じたものとして,
ひどい,酷である,えげつない,
という意味が載る。江戸時代には,すでに,いまふうの,「えぐい」の使われ方があったと見える。
「芋の親嫁にはゑごくあたるなり」
と,味の「えぐい」と掛けて,「ひどい」という意味の句があり,一般的だったことが知れる。それが,昨今また,はやりだした経緯を,
『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/04e/egui.htm
は,平安時代からあった言葉が,80年代に,別の,
「気色悪い」「きつい」
または,
「すごい」こと,
として使われるようになったと,次のように説明する。
「えぐいとは本来『あくが強く、喉や舌を刺激するような味がする』という意味(この意味では平安時代から使用)だが、これが転じ『気色悪い・気味が悪い』更に『(気色悪いほど)残忍な・残虐な』『きつい』『きびしい』『つらい』など様々な意味で使われるようになる。1981年に女優:中原理恵がコンタック600のTVCMで『えぐいんじゃないの〜』と言ったことから流行語になった。また、同じ頃えぐいは本来の意味とは全く異なる『(いい意味での)凄い』『かっこいい』という意味でも使われるようになる(TVCM自体は本来の意味で使用していたため関連性はないと思われる)。現在もえぐいは様々な意味で若者を中心に使用されるが本来の意味を知っている人は減少している。」
『デジタル大辞泉』は,そうした風潮を反映して,「えぐい」に,味以外に,
俗に、むごたらしいさま。また、どぎついさま。
我が強くて思いやりのないさま。きつい。
という意味を加えている。ただ,「えぐい」という言葉の指示する中味は,ある意味で,世代間,仲間内等々,文脈に強く依存しているらしく,
http://d.hatena.ne.jp/coconutsfine/20081213/1229178925
「福岡から関西に出てきて10ヶ月近く経ち、関西弁に大分なれてきた。…しかし、関西弁の中でもなれない表現が『えぐい』という表現で、いまだにその意味が理解できない。…いろんなものが『えぐい』感じになるらしく、『ほんまえぐい授業やでー』とか『マジでバイトえぐいわー』とかみたいな感じで使われていて、しかも文脈によって『きつい』とか『すごい』とか何がなんだかわからない感じになる。」
というのが載っている。ある意味,
やばい,
かわいい,
と同じく,ひとつの言葉で済ませている簡略表現(僕には貧弱に見えるが)の一種なのだろう。その分,使う人と文脈で,小さな仲間内で通じる意味が多種多様になるのだろう。
参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
「しぐさ」は,
仕種,
仕草,
科,
と当てる。辞書(『広辞苑』)には,
ある物事をする時の動作や表情,
(「科」とも書く)舞台における俳優の表情・動作,所作,
とある。「江戸しぐさ」について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/407015947.html
で触れた折にも書いたが,「しぐさ」という言葉自体が新しいものなのではないか,という気がする。「しぐさ」は,『古語辞典』にも,『江戸語大辞典』にも載らない。
「しぐさ」の語源は,
「『シ(為・サ変動詞スルの連用形)+クサ(物事の種)』です。笑いや感動の種となる役者の身振り,所作を言います。せりふ(以外)の表現方法です。」
とある。せりふについて,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437819048.html
で触れた折,「科白」と当てるのは,
「『科白』を中国語からの借用で、中国では『科』は劇中の俳優のしぐさ、『白』は言葉のことで、俳優のしぐさと台詞を意味するが、日本ではセリフに当てる漢字として用いられたため、しぐさの意味は含まれていない。」
と,
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/se/serifu.html
にあり,「科」の字は,
「『禾(いね)+斗(ます)』で,作物をはかって等級をつけることを示す,すべての物事の等級を科という。」
で,通俗的に,
しぐさ,芝居で,俳優が行う動作,
とあり,「白(せりふ)」で,「科白(かはく)」で,「しぐさとせりふ」とあるので,「科」の字を「しぐさ」と訓ませる意味がある。
『大言海』には,
しぐさ 「仕種」をあて,テダテ,シカタ,シウチ
しぐさ 「科」をあて,所作,ミブリ
と区別してあげる。どうも,
しぐさ
は,「仕種」と当てるのが古いように思う。その意味は,
テダテ,
である。身振りには,古くは,
所作,
あるいは
しわざ,
あるいは,
身振り,
あるいは,
こなし,
あるいは,
立ち居振る舞い,
という言い方をしたのではないか,と感じる。「所作」は,辞書(『広辞苑』)には,
(仏)身・口(く)・意の三業を能作というのに対して,その発動した結果の動作・行為をいう。転じて読経・念仏など。
仕事・生業,
しわざ,ふるまい,身のこなし,
とある。『古語辞典』だと,このほかに,
仕事,特に生業,
演技,
歌舞伎の舞踊,
という意味が加わる。因みに,歌舞伎の舞踊,というのは,
所作事,
の意味で,『世界大百科事典 第2版』に,所作事について,
「歌舞伎舞踊のこと。〈所作〉また〈振事(ふりごと)〉〈景事(けいごと)〉とも。歌舞伎の文献では1687年(貞享4)の《野良立役舞台大鏡》にみえるのが古く,所作事ははじめやつし事として,職業の意味での所作から,職業とくに職人の動きを舞踊に写したものであった。その後,しだいに歌舞伎舞踊一般の総称となるが,おもに長唄物をさしていい,浄瑠璃物は単に浄瑠璃または浄瑠璃所作事という。振事は,歌舞伎舞踊の動きが物真似的な〈振り〉にあることから,また景事はとくに上方で,道行の景色を舞うことからいう。」
とある。
「しわざ」は,
仕業,
為業,
と当て,辞書(『広辞苑』)には,
「シはサ変動詞『す』の連用形」
で,
するわざ,また,したわざ,行為,
という意味で,現代では,多く人にとがめられるような行為について使うことが多い。しかし,現代では,
しぎょう,
と訓んで,
機械の操作をすること。車両を運行すること,
という意味で使う方が多い。
身振り,
という言い方は,昔からある。辞書(『広辞苑』)には,
身を動かして感情・意志などを表すこと,また,その身のこなし,
訳者などのしぐさをまねること,
身のなりふり,身なり,
とある。「振る舞い」の語源は,
「振るひ+舞うの連用形」
で,
「鳥が羽を動かして飛び回る意」
『古語辞典』も,同様に,
「振ひ舞ひの約で,鳥が羽を存分に振って空を自由に舞うのが原義」
としている。もともとは,「大盤振る舞い」という使い方が残っているように,
もてなし,
御馳走,
ふるまい酒,
等々の意として使われていた。で,同じ「行い」の意でも,
人目につくような行動,
という含意があるようである。むしろ,
こなし,
という言い回しが,いちばん「しぐさ」という表現に近いのではないか。「こなす」は,
熟す,
と当て,語源は,
「『コ(細・小)+なす(為す)』で,細かく砕くが本義です。土をコナス。木を倒してコナス。処理する。取り扱う身のコナシ。こなれる(消化)等々も同源です。」
とある。だから,
こなれる,
自分の思うままにうまく取り扱う,
という意の他に,
立ち居振る舞い,特に歌舞伎で役者の演ずる身振り,しぐさ,
という意味になる。『大言海』が,
着こなし,為なしの略,
とするのがいい。立ち居振る舞いは,
「タチ(立ち)+イ(居,行動)+振舞(行動)」
で,
立ったり座ったりする動作,
を意味する。こう見てみると,
所作,
仕業,
身振り,
振る舞い,
のどれをとっても,
しぐさ,
という言い方の自然さにはかなわないようである。強いて言えば,
(身の)こなし,
立ち居振る舞い,
が近いが,『日本語語感の辞典』の言う,「しぐさ」という言い方の,
「いくぶん古風なな感じの柔らかい和語表現」
に代わる適当な言葉は,残念ながら,見つからない気がする。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
上へ
「えげつない」は,『広辞苑』には,
元関西方言,イゲチナイ・イゲツナイの転」
として,
人情味や同情心に欠けている,
あくどい,露骨でいやらしい,
という意味を載せる。語源としては,『大辞林』も同じ説を取っている。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1210102502
も,
「近世の、主に上方で使われていた『いげちなし』が後に『えげつない』に転じたという説があります。『いげちなし』は漢字で書くと『意気地無し』です。しかし、この『意気地無し』は現在の『いくじなし』とは意味が違います。『いげちなし』の意味は、
1、いたわしい、かわいそうだ。
2、情けない。
3、貪欲だ、厚かましい。
このうち3の意味の『いげちなし』が『いげつない』『えげつない』と転じたものです。つまり『えげつない』で一つの単語です。『きたない』と同じです。」
確かに,『古語辞典』には,
いげちなし,
として,
意気地無し,
と当て,「近世上方でいう語」として,
いたわしい,かわいそうだ,
情けない,むごい,むごたらしい,
どん欲だ,厚かましい,
という意味が載る。『古語辞典』を見る限り,「いちげなし」の意味の過半は,
えげつない,
に重なる。『江戸語大辞典』には,「いちげなし」は載らず,
いくじなし(意気地無し),
が,
甲斐性なし,ふがいなし,
の意味を載せる。「意気地(いくじ・いきじ)」自体が,気概とか気力という意味で,それがない,というだけの意味でしかない。
http://yuraika.com/egetsunai/
は,残酷という意味でも江戸時代使われた,
えぐい,えごい,
を語源とする説,
いかつい,
から派生したとする説を載せている。なお,「えぐい」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439546716.html
で触れた。
『語源辞典』は,二つの説を載せる。ひとつは,
「『厳ついの変化』です。イカツナイ→エカツナイ→エゲツナイ→イケツナイ→イゲチナイ。ナイはいずれも,『甚だしい』の意味です。牧村説。あくどくていやらしい無遠慮である。薄情だ,金銭に汚い,どん欲だ,濃厚すぎる味,低劣だ,など多角的な意を表します。」
いまひとつは,
「『エグイ+ナイ(甚だしい)』→エグッケナイ→エゲツナイ,西垣幸夫氏の語源説で,傾聴すべき説。」
とする。「いげちない」は「いかつい」から派生したとするなら,
えぐい,
か,
いかつい,
の二説に集約できるようだ。「えぐい」は,すでに,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439546716.html
で触れたので,「いかつい」を調べておく。語源は,
「イカツ(厳)+イ(形容詞化)」
で,
ごつごつしていかめしく頑丈,
という意味になる。『大言海』は,「厳つい」を,
厳強いの略,
としているが,いずれにしても,これだけだと,「えげつない」につながらないが,『古語辞典』には,
厳つ,
の,「いかめしい」という言葉の関連で,
厳つがましい,
という形容詞化表現を載せ,
傲慢である,
居丈高である,
という意味を載せる。これだと,近づいていなくもない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
上へ
「たじろぐ」は,『類語新辞典』は,
辟易ろぐ,
と当てているが,『大言海』は,
逡巡,
退轉,
を当てている。『広辞苑』は,漢字を当てず,
「室町時代まではタジロクと清音」
と注記して(正確に表記すると,「タヂロク」になる),
尻込みする,ひるむ,辟易,
上達しない,劣る,
動き傾く,斜めになる,衰える,
という意味を載せる。「動き傾く」だけが異質だが,他の辞書では,
動揺する,傾く,
とあるので,辟易の意味の外延に入る。語源は,
「タジ(たじたじと)+ログ(動詞化)」
で,たじたじとして,しり込みする意味,ということになる。「たじたじ」は擬態語で,
足元が覚束ず,よろめくさま,よろよろ,
相手の気勢や力に圧倒されて,後ずさりするさま。ひるんでしりごみするさま,
という意味になる。『古語辞典』も,「たぢろき」の項で,
「タヂロは擬態語。タヂタヂのタヂと同根」
とする。「たじたじ」を動詞化している,ということになる。
http://yuraika.com/tajirogu/
も,『古語辞典』と同じ説を取っている。
しかし,『大言海』は,
「立ち動く意と云ふ。身じろぐ,目じろぐなどと同じ」
とあり,こうなると,ただ覚束なく,よろよろするというよりは,意志して,後ずさりする,ということになる。この説を取ると,擬態の,
たじたじ,
は,むしろ,「たじろぐ」を,擬態表現にした,ということになる。どちらもありうる,というのが言葉の面白いところかもしれない。
辟易,
逡巡,
退轉,
と当てたのは,当て字ということになる。因みに,
辟易
は,『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E8%BE%9F%E6%98%93%E3%81%99%E3%82%8B
「中国の『史記』(項羽本紀)に出てくる表現で、『辟』は避けるの意、『易』は変えるの意を表し、『辟易』の形で『道を避けて場所をかえる』が本来の意味。転じて、『相手を恐れ逃げる』の意を表した。日本でも逃げる、たじろぐの意で用いられていたが、相手に対して何もできない状態を表すところから、『閉口する』の意に転じた。」
とある。『史記−項羽本紀』には,
項王瞋目而叱之、
赤泉侯人馬倶驚、
辟易数里,
とある。囲みを破って逃れた項羽と項羽の兵は僅か28騎,対する赤泉侯・楊喜の兵は5千,項羽が追ってきた楊喜を睨み付け一喝すると、人馬ともに怖気付き,数里も逃げてしまった,という故事による。
「辟易」を「たじろぐ」に当ててみると,この故事から見れば,『大言海』の,
立ち動く意,
に軍配を上げたくなる。その場合,
ひるむ,
というより,
後ずさり,
という意味になろうか。「ひる(怯)む」の語源は,
「引き+緩む」の約,
で,気力がくじける,萎える,という意味になる。『大言海』は,
「痺(しび)る。手足萎えて行くこと能はず」
と,直截的である。
「後ずさり」は,「アトシサリ・アトジサリ」で,
後退り,
と当てるように,
「前を向いたまま後ろへ引き下がること」
である。やはり,意志なく萎えるというよりは,(気おされて)意志を持って下る,というのが,
たじろぐ,
にちかいという気がするが。
参考文献;
大野晋・浜西正人『角川類語新辞典』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「ていたらく」は,
体たらく,
あるいは,
為体,
とあてる。『広辞苑』には,
「タラクは助動詞タリのク語法」
とある。ク語法は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95
に詳しいが,
「用言の語尾に『く』を付けて『〜(する)こと/ところ/もの』という意味の名詞を作る語法(一種の活用形)」
で,「ほとんどの場合、用言に形式名詞『コト』を付けた名詞句と同じ意味になる」とされる。
「上代(奈良時代以前)に使われた語法であるが、後世にも漢文訓読において『恐るらくは』(上二段ないし下二段活用動詞『恐る』のク語法、またより古くから存在する四段活用動詞『恐る』のク語法は『恐らく』)、『願はく』(四段活用動詞「願う」)、『曰く』(いはく、のたまはく)、『すべからく』(須、『すべきことは』の意味)などの形で、多くは副詞的に用いられ、現代語においてもこのほかに『思わく』(「思惑」は当て字であり、熟語ではない)、『体たらく』、『老いらく』(上二段活用動詞『老ゆ』のク語法『老ゆらく』の転)などが残っている。」
ということで,「ていたらく」が残っている,ということになる。
『古語辞典』にも,「タリのク語法」として,
「体たることの意」
とあるし,『大言海』も,
「體たる,の転」
とある。意味は,
ようす,ありさま,
だが,『広辞苑』は,
「(後世非難の意を込めて)ざま」
との意味を加える。
「現在では、ののしったり自嘲をこめたりして、好ましくない状態にいう。」(『大辞林』)
「ありさま」自体が,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436422148.html
で触れたように,漢字で書くと,
有様,
で,これを,
ありよう,
と読むのと,
ありさま,
と読むだけで,微妙にニュアンスが変わる。語源的には,
「有り+サマ(状態・様子)」
で,それをただ,音読みしただけなのだが,漢字の意味とは,別の和語のニュアンスが出てくる気がする。「アリサマ」は,「あるものの状態」を言う状態表現なのに,そこに「身分,境遇」をにじませる価値表現が加味されてくる。
「ていたらく」にも,
ようす,
というよりは,
ありさま,
の意が滲む。濁点をつけると,よりそのニュアンスが強まる。「ざまあみろ」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437361864.html,
で触れたように,「ざま」と「さま」が濁ると,
「様子・有様を嘲って言う語」
に変る。『大言海』は,
「濁音に云ふは,盛衰記三,資盛乗會狼藉事『平家の事様(ことざま),御めざましく思召さる』などの上略より移れるか,又は,ただ,罵るに因りて濁らせ云ふなるか」
とある。濁ることで,確かに,語感が悪くなる。しかし,接尾語のとき,
生きざま,
死にざま,
のときの在り方をしめすときの「ざま」には,罵る含意はない。しかし,「ざま」の語感から考えると,貶める意味はないまでも,単なる「生き方」という言い方よりは,謙遜のニュアンスがあったのではないか,という気がしてならない。少なくとも,「生きざま」などと誇らしげに言う含意はなさそうのである。
それと同じで,「ていたらく」も,人への非難は,ブーメランになって,
おのがていたらく,
へと返ってくる。「ざまあみろ」で,鳶魚の言う,
「『ざまア見ろ』という言葉は、立派な自己批評であって、人の失敗したのを傍観して言う言葉ではない。自分が成功しても失敗しても、自分の姿を見よというのだ。」
「ていたらく」も,同じである。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
三田村鳶魚『江戸ッ子』 [Kindle版]
上へ
「がめつい」という言い方は,どちらかというと,そう口にしたときの,口触りというか,語感が,ひどく悪い。こういう言葉も珍しいのではあるまいか。『広辞苑』には,
利得に抜け目がなく,押しが強い。菊田一夫の戯曲『がめつい奴』によって流行,
とある。がめつい奴については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8C%E3%82%81%E3%81%A4%E3%81%84%E5%A5%B4
に詳しい。手元の『語源辞典』には,
「『ガメル(強欲・抜け目がなく,ごまかす)+ツイ(形容詞化)』」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ka/gametsui.html
は,その謂われを,
「昭和34年(1959年)から35年にかけて公演された菊田一夫作の戯曲『がめつい奴』の ヒットにより、流行語として全国に広まった語。
がめついには、『がめ』と『つい』に それぞれ説があり、組み合わせによって幾通りかの説がある。
『がめ』の語源には、麻雀用語で『大勝を狙って貪欲に勝負する』といった説。『ちょろまかす』といった意味で使われる『がめる』を語源とする説。スッポンを亀の意味から『がめ』と言うことがあり、スッポンは一度くわえたら離さないため、それをたとえたとする説がある。『つい』には『ごつい』『きつい』などの『つい』を加えたとする説と、『(運など)ついている』の『つい』を結びつけたとする説がある。この中でも、スッポンの説と、『ごつい』の『つい』の組み合わせが有力とされている,がめるの語源には、近世の隠語で質に入れることを『がめる』と言ったことからとする説もあるが、『がめつい』と同じくスッポンの説が有力とされており、スッポンの『がめ』から『がめる』となり、『がめつい』が生まれたとも考えられる。各説の中にも、菊田一夫の造語とする説や,関西方言など様々な説がある。」
と詳しく説く。『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E3%81%8C%E3%82%81%E3%81%A4%E3%81%84
は,
「1959年(昭和34年)から上映された、菊田一夫の戯曲『がめつい奴』によって流行した言葉。麻雀用語で、大きな手で上がろうと無理をする意の『がめる』と関西方言の『がみつい』をつないだもので、菊田一夫の造語とされる。
他に、『がめ』は亀と同語源でスッポンのことをいい、スッポンが一度くわえたら離さないことから、この『がめ』に『ごっつい』『きつい』などの『つい』が合わさったという説、また、芸能人仲間の麻雀用語からきた語で、『がめる』と『ついてる』を結びつけたという説もある。」
と,菊田一夫造語説を取る。『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/06ka/gametui.htm
は,「昭和時代〜」の言葉として,
「がめついとは自己の利益に対して抜け目がなく押しが強いことを言い、『けち』『せこい』に通じる言葉である。がめついに似た言葉に『貪欲』がある。ただし『貪欲』は良い意味でも使われるのに対し、『がめつい』は嫌みを込めて使われることが多く、良い意味ではほとんど使われない。がめついは東宝芸術座で1959年(昭和34年)から行われた戯曲『がめつい奴』のヒットともに当時の流行語となった。」
と。この言葉の含意を書いている。あまりいい言い方,言われ方ではない。さらに,『日本辞典』
http://www.nihonjiten.com/data/253978.html
は,
「けちでがっちりしている。利益を得ることに積極的で抜け目がないをいう。昭和34年に公演された菊田一夫作の戯曲『がめつい奴』から、全国的に広がった言葉。関西方言でスッポンを『ガメ』といい、くわえたら離さないことをたとえ、それに『ごっつい』『きつい』などの『ツイ』を語尾に付けたとする説、欲張る意の麻雀用語『がめる』と関西方言の『がみつい』を結合させたとする説、菊田一夫の造語とする説などがある。なお、けちな人を人名のように表した『伊勢屋与惣治(いせやよそうじ)』は、伊勢出身の商人には勤倹の人が多かったところから『伊勢屋』に、遊びに誘っても『よそう』と言って帰ることから『与惣治』を付けたもの。」
とある。「けち」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/432534698.html
で触れたので繰り返さない。
ともかく,菊池一夫の造語説がまかり通るくらい,「がめつい」は由来の定かでない言葉らしい。ということは,ある種世界での隠語だった可能性が高い。
念のため,「がめる」を調べてみる。『広辞苑』には,
がむしゃらに,より大きなりを得ようとする,
他人のものをちょろまかす,
とある。前者の意味は,「がめつい」に通じる。しかし,それは,結局「他人のものをちょろまかす」のだと言っているようで,妙におかしい。「がめる」も「かめる」も,『江戸語大辞典』には載っていないが,
http://kotobakai.seesaa.net/article/8173600.html
に,「がめる」とは,
「『掠め取る」(かすめとる)の省略形だそうです。ただし、これは、上野のテキヤのオヤブンに昔聞いた話ですが...。麻雀では、『ガメくる』の方が使われているような気がします。」
「ある種の和語(大和ことば)は、語頭を濁音化させてマイナスの意味を担わせることがあります。「がにまた」(蟹股)、『ドリ』(鳥。食べられない鳥の肺臓)、『ダま』(玉。小麦粉などの溶けない固まり)などです(例は『暮らしのことば語源辞典』の川嶋秀之氏の記述による)。
『がめる』もその伝で考えるなら、関係ありそうなことばとして、『かめる』。これは質に入れることをいう、人形浄瑠璃社会の隠語(『日本国語大辞典』)。しかし、その『かめる』の語源となるとわからないでしょう。また、『がめ』(亀。すっぽんの異名)。一度くわえたら放さない動物(以上、上掲語源辞典の池上啓氏の記述に沿う)。
このような「俗語」は、大半は語源がわからないと思ってよいのではないでしょうか。『ダサい』などという最近のことばも、語源説はいろいろあるが結局決定打はない、というのが『定説』のようです。語源は、不用意に説を出すと、誤りを広めることになりかねないので、研究者も慎重にならざるをえないところがあります。」
とある。清音が濁音化することにより,状態表現から価値表現に変ることについては,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437361864.html
で触れた。
「かめる」について,
『隠語大辞典』
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%8B%E3%82%81%E3%82%8B
は,
「かめる
@強窃盗の目的で邸内に忍入ること。A贓物の隠とくのことをいう。
かめる
強窃盗ノ目的ヲ以テ他人ノ邸内ニ忍入ルヲ云フ。〔第三類 犯罪行為〕
強窃盗の目的を以て邸内に忍入るを云ふ。
かめる
物品ノ入質処分。〔第四類 言語動作〕
給与−貸与−恵与等一般贈与又ハ挿入スルノ意。〔第四類 言語動作〕
給与、貸与、恵与等を云ふ。又捜入するの意も存する、此の捜入すると云ふ意より未決囚への物品の差入又は入質処分等を云ふ。
入れる事を云ふ。
貯蓄する意、転じて隠匿(贓物等を)する事を云ふ。
カメル
互ニ物ヲ取リ違ヒスルコトヲ云フ。〔第一類 言語及ヒ動作之部・石川県〕」
と,種々の意味を載せる。隠語だから,一定の世界で使われていたものだから,詳細を知っても仕方がないが,『江戸語大辞典』は,「かめる」について,
「操り・浄るり社会の隠語。いれる。」
とあり,上記のように,
はちやへかめる,
「はちや」つまり,「質屋へいれる」という意味になる。『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/06ka/kameru.htm
は,
「亀る」
が,2008年頃から使われているとして,
「亀るとは遅い、ゆっくりといったイメージの動物『亀』に動詞化する接尾辞『〜る』を付けたもので、遅れる、遅くなる、遅刻するといった意味で、若者の間で普及。もともとはメールの返事が遅くなることを指したが(メールの返事が遅いことを意味する「亀レス」からきた言葉かどうかは不明)、後に待ち合わせなど、メール以外を対象としても使われるようになる。また、これとは別にとろい、鈍臭いという意味で亀ると言う場合もある。」
まさに,「かめる」は,今日に生きているらしい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
上へ
「おもわく」は,通常,
思惑,
と当てる。だから,中国由来の言葉かと思いがちだが,じつは,前に,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439714068.html
で触れたように,「思ふ」のク語法である。つまり,純粋和語である。
ク語法については,「ていたらく」で触れたように,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95
に詳しいが,再録すると,
「上代(奈良時代以前)に使われた語法であるが、後世にも漢文訓読において『恐るらくは』(上二段ないし下二段活用動詞『恐る』のク語法、またより古くから存在する四段活用動詞『恐る』のク語法は『恐らく』)、『願はく』(四段活用動詞『願う』)、『曰く』(いはく、のたまはく)、『すべからく』(須、「すべきことは」の意味)などの形で、多くは副詞的に用いられ、現代語においてもこのほかに『思わく』(『思惑』は当て字であり、熟語ではない)、『体たらく』、『老いらく』(上二段活用動詞『老ゆ』のク語法『老ゆらく』の転)などが残っている。」
とある。『語源辞典』には,
「『思ふの名詞化』による『思ハ+ク』です。思うことの意です。」
とある。『日本語の語源』をみると,
「イフコト(言ふ事)を早口に発音すると,『フ』の大開き母韻(ua)化,『コ』の小開き拇韻(ou)化,語尾の脱落の結果,イハク(曰く)に転訛した。語尾の脱落によって転化が想定される十語形のイフコ・イヒコ・イヘコ・イハコ・イホコ・イフク・イヒク・イヘク・イハク・イホクのうち,音調的にいちばん安定感がアルからである。したがって,イハ(言は)は未然形との偶然の一致であり,四段動詞の未然形に体言化の接尾語(準体助詞)の『ク』をつけたというわけではなかった。『ク』はコト(事)の変形である。」
として,その例に,
ノタマフコト(宣ふ事)―ノタマハク(宣はく)
オモフコト(思ふ事)―オモハク(思はく)
ネガフコト(願ふ事)―ネガハク(願はく)
等々と例が載る。『大言海』の「思はく」の項を見ると,
「曰(いは)くの語源を見よ」
とあるのは,この意味である。
「おもわく」は,『広辞苑』には,
思うこと,
(副詞的に)思うことには,
思うところ,考え,
その人に対する他人の考え,評判。
恋い慕うこと,また恋人,
相場の騰落を見越し,その差金を得る目的で売買すること,投機,
とかなりの幅のある意味が載る。かつて,メールのやりとりで,この,
思惑,
という言葉を使って,相手に激怒された記憶がある。「思惑」という意味には,今日,単なる考えとは違う,悪意の翳が含意されているニュアンスがなくもない。それは,「他人の評判」ということからくるのだろうか。その意味は,中世の日葡辞典にも,
「ヒトノオモワクガハヅカシイ」
と,出ているから,ただの想いとか考えとは違う陰翳のある言葉なのだろう。だから,「おもわ(は)く」の意の時は,
思わく,
と表記すべきなのだろう。『広辞苑』は,
思わく,
と当て,『大言海』は,
思慮,
と当て,『古語辞典』は,
思わく,
以為,
の字を当てている。なぜなら,本来,
「思惑」
と表記した場合,
しわく(しゆわく),
と訓む。漢語(仏教用語)で,
見惑(けんわく/けんなく)
思惑(しわく)
である。『広辞苑』には,
世間の物事に対して起こす,貪(とん)・瞋(じん)・痴等々の迷い。三道のうち修道において断ぜられる。思想的な迷いである見惑に対し,より深い情的な迷いで,対治が困難。修惑。
とある。思惑は,
修惑(しゆわく),
に同じとされる。思惑というときは,
断ち切るべき貪(とん)・瞋(しん)・痴・慢などの煩悩(ぼんのう),
を指し,修惑というときは,
修行によって打ち消すべき煩悩,
という言い方をされる。微妙だが視点が違うようだ。
この場合の三道とは,
輪廻の三道,煩悩・業・苦,
ではなく,修業の三段階,
見・修・無学,
を指す。つまり,
聖者の位の見道,
修練を積む位の修道 (しゅどう),
学ぶべきもののなくなった位の無学道,
らしい。したがって,思惑は,
修道,
の最中ということになる。『ブリタニカ国際大百科事典』には,
「仏教用語。2種類の煩悩のうちの一つ。見惑 (けんわく)
の対。見惑が仏教の説く真理を誤認するなどして生じる,思想的な迷いであるのに対し,修惑は生れながらにそなえている煩悩で,それは種々の正しい修行によってなくすことができるので修惑という。」
とある。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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及び腰は,へっぴり腰とも言うが,『広辞苑』には,
腰を曲げ,手を伸ばして物を取ろうとする時の,不安定な姿勢。へっびり腰,
比喩的に,確信のないふらふらした状態,
とある。ある意味,
腰が引けている,
という状態である。腰のその状態を,メタファに,状態表現から,価値表現にシフトしている,ということになる。『大言海』は,
「追ひすがふ腰姿(こしつき)。膝にて立ち,中腰し,前に屈みながら,手を遠き物に及ぼさむとする貌なり」
とその状態を説明する。『語源辞典』は,
「『及び(手の届きそうな)+腰』です。物を取ろうとして手を伸ばし届きそうな不安定な腰つきをいいます。転じて,物事に自信がなく,消極的な心理状態を表すようになりました。」
とある。「腰」の関連で言うなら,
腰が定まらない,
腰がふらつく,
という意味になる。あるいは,
浮き腰,
弱腰,
となる。ただし,弱腰の反対は,
強腰,
で,「及び腰」の反対は,
本腰,
ということになるから,「及び腰」と「弱腰」は,向き合っているかどうかの差なのかもしれない。本腰は,
本格的に物事と取り組む姿勢,真剣な気が前,本式の腰構え,
とは真逆,向き合ってはいるが,覚悟が決まっていない,ということになる。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/o/oyobigoshi.html
は,
「及び腰の『及び』は、『達する』『届く』といった意味の動詞『及ぶ』の連用形。 離れたところ
にある物を取ろうとする(届かせようとする)と、手足を伸ばして腰を浮かせた不安定な 姿勢になることから、そのような腰つきを『及び腰』といった。
元々は姿勢についてのみいった言葉だが,自信のないときに取る姿勢であることや不安定な状態の意味から,自信なさげな態度や心理状態についても『及び腰』と言うようになった。」
としている。『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E5%8F%8A%E3%81%B3%E8%85%B0
は,
「遠くにある物を取るときに、腰を曲げて手を伸ばした、宙に浮くような姿勢がいかにも不安定そうでふらふらしていることからのたとえ。もともとは、姿勢についてのみいった言葉だが、自信のない時にとる姿勢であることや、不安定な状態の意味から、自信なさげな態度や心理状態についても用いられるようになった。屁をふる腰つきから、『へっぴり腰』ともいう。」
として,「へっぴり腰」とも関連づけている。『語源辞典』は,「へっぴり腰」を,
「『屁+放る+腰』です。屁をひる時の不安定な腰つきの喩えです。身体を屈めふらふらした腰つきをいいます。」
とする。
「身体を屈めて後ろへ尻を突き出した腰つき」
を言っているだけだが,そこに,腰の引けた状態をメタファとして見た,ということになる。『大言海』は,ずばり,
放屁腰,
と当てている。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/he/heppirigoshi.html
は,
「へっぴり腰の『へっぴり』は、『へひり』の促音添加した語。『へひり』は『屁をひる(おならを する)』の意味で、漢字では『屁っ放り腰』と表記する。
恐る恐る高い所で作業したり、
自信なくバッターボックスに立つ時など、中腰で尻を後ろに突き出した不安定な姿勢,つまりおならをする時のような姿勢になることから『へっぴり腰』と言うようになった。そして自信がなかったり怯えている時,へっぴり腰になることから,自信のない態度やびくびくした態度もいうようになった。」
とする。思えば,「腰」は,身体の重要な部分で,それをメタファに,建物,建具,器物にまで,腰と名づけ,蕎麦やうどんの,
腰の力,
まで言うようになっている。多く,
構え,
や
姿勢,
のメタファとして,
腰を折る,
とか,
喧嘩腰,
等々と言ったりする。「こし」の語源は,三説あるらしい。
@「コ(凝)+シ(接尾語)」説で,力の凝り集まるところ,です。人体の骨盤の上あたりです。
A「コシ(層,くびれているところ)」説。
B「コシ(越し,食べたものが越えるところ)」説,
とのうち,『語源辞典』は,@をとっている。漢字「腰」は,
「要は,両手で脊柱を締めているさま。のち,下部が女の字となった。腰は『肉+音符要』で,細くしめるウエスト」
とある。『語源辞典』には,
「本来コシは要だったのですが,別意に使われたので,『月(肉体)+要』を使い,身体のカナメをさします。」
と補足する。それにしても,「要」は,
こし,ほそくしまったこし,
を意味し,そこから,「かなめ」とメタファとして使うようになった,とは漢字はよく意を尽くしている。
それにしても,腰にまつわる成語は少なくない。確かに,
腰が要,
に違いない。
飛び足,浮き足,かたく踏みつける足,
の三つを嫌う足と宮本武蔵は言っているが,それは腰の定まり方と関係があるに違いない。
「身のなり,顔はうつむかず,余りあふのかず,肩はささず,ひづまず,胸を出さずして,腹を出し,こしをかがめず,ひざをかためず,身を真向にして,はたばり広く見する物也」
と,兵法三十五条に書く。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
鎌田茂雄訳注『五輪書』(講談社学術文庫)
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「よこしま」は,
横しま,
あるいは,
邪,
と当てる。『広辞苑』には,
横方向であること,またそのさま,
正しくないこと,邪悪,邪曲,
とある。「横ざまに吹く風」を,
横しま風,
というらしいので,本来は,
横しま,
という,ただ横向き,という意味だったのだろう。しかし,「よこ」には,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422323173.html
で触れたように,漢字の「横」にはない,
正しくない,
という含意がある。そう言えば,
横道,
という言い方もある。『語源辞典』には,
「『横+様』,yokosamaの音韻変化,yokosimaです。縦を正,横を不正と見た日本人の言語意識があります。」
とある。『古語辞典』に,
「縦しまの対」
とあるのは,その意味なのだろう。『大言海』は,
「横状(よこさま)の転,さかさま,さかしまの類」
とある。さらに,「よこさま」と別項に,
横方,
と当てて,
正しからざること,
と意味を載せる。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/yo/yokoshima.html
も,
「よこしまは、『よこ(横)』に接尾語の『し』と『ま』が付いた語。
接尾語の『し』は、方向を示す接尾語『さ』と同じもので、横の方向を意味する『横さ』『横し』という語もあり、よこしま は『横さま』ともいう。
よこしま同様の構成の語には、『逆さま』『逆しま』『逆さ』がある。よこしまは、本来、横の方向であることや、そのさまを意味し、そこから心の向きが正しくない(横を向いている)ことを意味するようになった。漢字の『邪』の『牙』は、二本の柱に切り込みを入れ、噛み合わせて繋いださまを描いた象形文字で、ちぐはぐに噛み合う歯を表す。『阝』は『邑(むら)』で、『邪』は元々『琅邪』という中国の古地名を表した字であるが、『牙』のもつくいちがいの意味も表すことから、よこしまに『邪』の字が当てられた。」
としている。そういえば,
立て板(に水)
に対して,
横板(に雨垂れ),
とあるのは,弁舌が滑らかではない謂いに用いる。横板については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/418108792.html
で触れた。「横」で触れたが,漢字の「横」は,
「黄(呉音おう・漢音こう)」が,火矢の形を描いたもので,上は,「廿+火(=光)」の略体,下は,中央にふくらみのある屋の形で,油をしみこませ,火をつけて飛ばす火矢。火矢の黄色い光,つまり,「黄」は,動物の脂脂肪(廿印)のついた火を描いた象形文字で,四方八方に発散する火矢の光,を表し,「横」は,「木+横」で,中心線からはみだして広がる横木,勝手に広がる意を含む,」
という意味で,「よこ」の語源は,二説あり,
ひとつは,「ヨコタフ」が語源で,体をヨコタエルのヨコ,
いまひとつは,「ヨ(寄)+コ(方向)」で,正面に対して,「寄る方向」がヨコ。不正な方向,ヨコシマのヨコ,
とある。因みに,「たて(縦)」は,
「『タチ,タツ(立つ)』です。立てたときの上下の方向。距離の意」
で,これを正,とみて,横を正ならず,と見る価値観があったということだろう。漢字の「縦」は,
「从(ジュウ)は,Aの人のあとにBの人が従うさまを示す会意文字。それに止(足)と彳印を加えたのが從(従)。縦は,『糸+音符從』で,糸が次々連なった,細長くのびること。たてに長い縦隊をつくるから,縦の意となり,縦隊はどこまでものびるので,のびほうだいの意となる。」
とある。漢字では,
縦は,縄をゆるめとりはなして,自由にするなり,法度などを守らざるに言う
横は,無理にわがままをするなり,
とあり,例えば,縦なら,
放恣,
とか,横なら,
横着,
だのと,縦も横もあまりいい意味ではない。「邪」の字は,上記の『語源由来辞典』に挙げた通り,
「『牙』は、食い違った組み木のかみ合ったさまを描いた象形文字で,『邪』は,『邑(むら)+音符牙』。もと琅邪という地名を表した字だが,牙の原義であるつくいちがい意味をも表す。」
で,考えようによっては,
横しま,
に,
邪,
を当てた慧眼には畏れ入る。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
簡野道明『字源』(角川書店)
上へ
サクラは,
桜
のことではなく,
おとり,
とか
偽客,
とかと言われる,いわゆる,
サクラ,
である。『広辞苑』には,このサクラについては,「桜」の項の最後のほうに,「馬肉」の「さくら」の後に,
ただで見る意,芝居で,役者に声をかけるよう頼まれた無料の見物人,
転じて,露天商なとで,業者と通牒し,客のふりをして他の客の購買心をそそる者。まわし者の意,
と載る。「桜」の「さくら」と,どういう関係があるのだろうか。
この場合,「サクラ」は,いわゆる「大向こう」とどう違うのか。大向こうについては,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%90%91%E3%81%86
http://style.nikkei.com/article/DGXNASIH25006_R30C13A1AA2P00
等々に詳しいが,
「芝居小屋の三階正面席、またそこに坐る客を指す隠語・通言(歌舞伎座では、構造上3階B席から幕見席あたりを指すものとして理解されている。)、つまり大向うとは、舞台上から見た客席の位置に由来する。主として歌舞伎で用いられ、安価な席にたびたび通ってくる見巧者の客(歌舞伎座が設けている幕見席とは、そうした客のための席だったともいえるだろう)を指す。『大向うを唸らせる』といえば、そういった芝居通をも感心させるほどの名演であることを意味する。」
とあり,
「歌舞伎では劇の雰囲気を盛り上げるために、大向うから声が掛かる。歌舞伎の中には、俳優が大向うの掛け声を巧く利用した演出がいつしか定着し、その掛け声がないと進行できないような舞踊もある。」
というから,まさに,
やらせ,
に近い。つまり,言い方は悪いが,演出効果を狙った,
サクラ,
である。さて,この「サクラ」の語源だが,『語源辞典』には,
「芝居や大道商人のサクラの語源は,『桜』です。」
とある。その謂れには,三説ある。
説1は,芝居で,枯れ木に灰を撒いて花を咲かせる場面で,『あらかじめ用意した桜を出してくれる人,またはその行為』をいうという説。
説2は,「劇場で頼まれて役者に声をかける者の桟敷席の名のサクラ」から,桜というという説。
説3は,桟敷席の名のサクラから,「なれあいの褒め言葉や掛け声を叫ぶ者」をサクラというとする説。
そこから転じて,
「『客をよそおって,品物を買ったりほめたりして他の客の購買心をそそる者』にも使うように広がった言葉です。」
とある。
この「サクラ」の意味は,『大言海』にも,『江戸語大辞典』にも載らない。ということは,比較的新しい言葉なのではないか。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/sa/sakura_kyaku.html
は,「偽客(さくら)」として,
「. 漢字で『偽客』と書くのは当て字で、露天商などの隠語から、明治時代以降に
一般へ広まった。語源は諸説あるが、江戸時代の芝居小屋で役者に声をかける見物人役は、パッとはでに景気よくやってパッと消えることから,桜の性質になぞらえて呼ぶようになり,そこから露天商の隠語になって、一般にも広まったとする説が有力とされる。また桜は無料で見ることができるため、芝居を無料で見物する人を『さくら』と呼ぶようになり、現在の意味になったとする説もある。その他、労働の意味の『作労(さくろう)』が転訛したとする説もあるが、意味的なつながりがはっきりせず、有力な説とは考えられていない。」
と述べ,新しい言葉だと,説く。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9_(%E3%81%8A%E3%81%A8%E3%82%8A)
は,「さくら(おとり)」で,
「本来は江戸時代に芝居小屋で歌舞伎をタダ見させてもらうかわりに、芝居の見せ場で役者に掛声を掛けたりしてその場を盛り上げること、またはそれを行う者のことをサクラといった。桜の花見はそもそもタダ見であること、そしてその場限りの盛り上がりを桜がパッと咲いてサッと散ることにかけたものだという。これが明治時代に入ると、露天商や的屋などの売り子とつるんで客の中に入り込み、冷やかしたり、率先して商品を買ったり、わざと高値で買ったりするような仕込み客のことも隠語でサクラと呼ぶようになった。サクラを『偽客』と書くようになったのはこの露天商などが用いた当て字が一般に広まったものである。」
としている。ある意味で,「サクラ」は,いま風に言うと,
やらせ
だが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%82%89%E3%81%9B
で言う,
「やらせとは、事実関係に作為・捏造をしておきながらそれを隠匿し、作為などを行っていない事実そのままであると(またはあるかのように)見せる・称することを言う。」
でみると,「偽客」の「サクラ」には近いが,「おとり」の意味の,「サクラ」からは離れていく。
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%84%E3%82%89%E3%81%9B
では,「やらせ」について,
「元々テレビ業界で使われていた用語だったが、1985年に起きたテレビ朝日『アフタヌーンショー』リンチ事件において、テレビ番組の制作において「やらせ」があることが広く知られることになった。報道番組・ドキュメンタリー番組など、取材対象が事実である事が前提となっている分野でもBGMやテロップの挿入などの演出が行われるのが通常である。しかし、このジャンルにおける事実を歪曲するほどの過剰な演出、つまりやらせは、報道の対象が存在しないにもかかわらずこれを作り出す『捏造』とも本質において変わりがなく、倫理的に非常に大きな問題となる。」
と,「やらせ」は,演出効果を狙った,
サクラ,
に比べても,悪質になっている,といっていい。『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/36ya/yarase.htm
で,
「やらせとはテレビや新聞などで事実にはないことを演技させ、その映像や写真を使った虚偽の内容を報道することである。やらせは元々業界用語であったが、1985年テレビ朝日『アフタヌーンショー』の報道にやらせがあったとして話題となり、一般にも浸透した。また、報道に関係なく、事前に打ち合わせた内容を自然に振る舞わせる様々な行為に対してやらせが使われるようになる。バラエティ番組における見学客のスタッフの合図で起こる拍手、露天の『さくら』もやらせの一種である。」
と,「偽客」のサクラとは重なってくるのかもしれない。
http://blog.goo.ne.jp/passionbbb/e/40b7426a8698e83b1f23b9fedb10849b
には,
「芝居=歌舞伎は『桜』が関連する出し物が多いが、舞台には 『釣枝』といって、桜や梅や紅葉の造花木を一線に釣り下げて、 芝居の華やかな雰囲気を盛り立てる装飾が
江戸時代から現在に至るまで施されてるのである。 とくに『桜の釣枝』が飾られる出し物は相当に華やぐ。で、 昔の芝居小屋にはその下手(しもて)側、つまり舞台上に、
『羅漢台』『羅漢』などと呼ばれる最低の木戸銭の席があった。やがて、 その位置の上に2階席が設けられると、そこは
『吉野』と言われるようになった。なぜなら、その眼前に 『(とくに桜の)釣枝』が飾られてたからである。(中略)当時は サクラといえば吉野の山桜のことで、その席も、
桜=吉野、という江戸っ子の駄洒落によって生まれた呼び名である。この席の客に小銭を与えて掛け声をかけさせたから、そういう行為を『サクラ』というようになったのである。『いよっ、待ってましたっ!』とサクラが発すると、声を掛けられた役者はすかさず、『待ってたとはうれしいじゃぁねぇか』などと応えて、小屋じゅうがドッとわくのである。」
とあり,これに尽きるのかもしれない。その雰囲気がよく伝わる。
いわゆる桜については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9
に詳しい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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田中ひな子先生の「ソリューション・フォーカスト・アプローチ再考」(第79回ブリーフ・セラピー研究会 定例研究会)に参加してきた。
案内メールには,
「1980年代に提唱されたソリューション・フォーカスト・アプローチ(以下、SFA)は、開発者らの「シンプルが一番」との方針にそってマニュアル化されていきました。その結果、多くの人が利用可能になりましたが、そぎ落とされた部分も少なくありません。実際、開発者であるド・シェイザーやインスーらの面接ビデオを見ると、システム論(MRIアプローチ)や社会構成主義などの予備知識がなければ理解し難いものです。この講座では、座学とワーク、ロールプレイを通して、SFAをより効果的に、より柔軟に使用するために、マニュアルに書かれていない部分について学んでいきます。」
とあった。
結論を先に言うなら,ソリューション・フォーカスト・アプローチの神髄は,
「いいセッションは,イエス・セットが続きます。」(田中ひな子)
という言葉に尽きるようだ。イエス・セットは,言うまでもなく,
「質問者が相手が『はい』と応えると思える質問を次々していくこと」
である。
「いい天気ですね」「はい」「過ごしやすいですね」「はい」
というやつである。これは究極,
おばさんの会話,
だそうである。敵意はありません,という信頼醸成であると同時に,一種の暗示に入っていく,とも言える。
そこから,結局,ソリューション・フォーカスト・アプローチは,
あなたは何ができますか?
あなたは何をもっていますか?
あなたはどうなりたいのですか?
という三つの質問が象徴している,という。そこにあるのは,
既に出来ている部分,
既に実現している部分,
既に持っているもの,
を探し出していく,つまり,
リソースを探す,
ということに尽きる。それが,考えてみれば,
出来ていない,
もっていない,
自分の,
例外探し,
に通じるし,例の,,
ミラクル・クエスチョン,
自体が,究極のリソース探しに他ならない。因みに,ミラクル・クエスチョンは,たとえば,こんな風だ。
「ここでちょっと変わった質問をしたいと思います。少し想像力がいるかもしれません。今回の面接が終った後で,家に帰ってお休みになったと考えてください。あなたが眠っている間に奇跡が起こって,今日,ご相談にこられた問題が解決したとします。でも,あなたは眠っているので奇跡が起こったことはわからないわけです。明日の朝になって,夜中に奇跡が起こって相談に来られた問題が解決したことをあなたに教えてくれる,最初の小さな事柄はどんなことでしょうか?どのような違いに気がつきますか?」
ソリューション・フォーカスト・アプローチは,今日,
会話そのもの,
を重視する姿勢に変っている。それは,
社会構成主義,
の,
「現実は人々の間で言語(会話)を通して構成される」
「人は他者との会話によって育まれる物語的アイデンティティのなかで,そして,それを通して,生きる。『自己』は常に変化し続けており,セラピストの技能とはこのプロセスに参加する能力を意味する」
という考え方であり,それは,
コラボレイティブ・アプローチ,
つまり,協働的対話,とされる。そこにあるのは,専門家による介入ではない。
無知の姿勢,
である。以前,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437533769.html
で,ジョン・マクレオッド『物語りとしての心理療法―ナラティヴ・セラピィの魅力』に触れた折,セラピストがすることは,クライエントを治療したり改善することではなく,こうした「共同構成」を通して,
「単に自らのストーリィを語る場があり,そこでそのストーリィを尊重され,受け止められることが計り知れない自己肯定感を得る経験」
となる,ということだというのと通底する,今日のセラピーの共通姿勢なのだろう。そういうセッションを,
「クライエントの会話(自己内対話)の部屋にセラピストが参加すること」(田中ひな子)
あるいは,
「クライエントの土俵に乗ること」(平木典子)
というのであり,それは,ミルトン・エリクソンの言う,
「相手の枠組みであること」
というのと同じであろう。そして,ミラクル・クエスチョンも例外探しも,
その会話の空間を広げること,
だということになる。
「大切なのは変化を起こすことではなく,会話の空間を広げることである。治療における変化とは,対話を通して新しい物語をつくることを意味する。そして対話が進むこにつれ,まったく新しい物語,『それまで語られることのなかった』ストーリーが,相互の協力によって創造される。」(H・アンダーソン&H・グーリシャン『クライエントこそ専門家である。』)
会話の空間を広げる,とは,
視界を開く,
ということに通じる。
「現実は可能性の束,その中の何に着目してどのラインを未来へつなげていくか」(田中ひな子)
だという言葉は,ハイデガーの,
「人は死ぬまで可能性の中にある」
という実存を思い起こさせる。最後は,
「イエスに到達しイエスにとどまる」(田中ひな子)
ということに尽きる。
参考文献;
ジョン・マクレオッド『物語りとしての心理療法―ナラティヴ・セラピィの魅力』(誠信書房)
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昨今,そうは使わなくなったかもしれないが,「あしからず」は,
悪しからず,
と当て,意味は,
相手の意向にそえないで申し訳ないという気持ちをあらわす語,悪く思わないでほしい,
と,『広辞苑』には載る。
悪しからずご了承願います,
とか,
出席できませんが,どうぞ悪しからず,
といった使い方をする,とある。語源は,
「悪しから(形容詞未然形)+ず(打消し)」
で,「悪く取らないでください,よろしく」の意と,『語源辞典』には載る。
http://people.ucalgary.ca/~xyang/kobun/3-3-1.htm
に,形容詞未然形とは,
「『未然』とは、『未だ発生していない』、『そのようになっていない』、という意味から付けられた名前である。」
が,ただし,
「形容詞の『ク活用』と『シク活用』には未然形を持たない。否定を表わす『ず』や推量を表わす『む』などの接続助詞に接続するには、『カリ活用」の『から」という活用形を用いる。」
「悪から」
とあるのは,「悪し」が,「シク活用」で,
未然 悪しから,
連用 悪しく,悪しかり,
終止 悪し,
連体 悪しき,悪しかる,
已然 悪しけれ,
命令 悪しかれ,
と活用する,未然形だからということになる。それにしても,
「悪し」
の意味は多様である。その意味のバラエティは,
https://kotobank.jp/word/%E6%82%AA%E3%81%97-424331
に譲るとして,「悪し」に対する注記がなかなか含蓄がある。『古語辞典』には,
「『よし』『よろし』の対。シク活用の形容詞は本来情意を表すものなので,アシはひどく不快である,嫌悪されるという感覚・情意を表現するのが本来の意味。多くの人人が不快の念をいだくような害がある意から凶・邪・悪の意を表した」
とあり,価値感というより不快の意味に近い,ということだろう。似た表現に,
「悪ろし」
があるが,『古語辞典』は,
「性質が良くない,過っている,悪質である意。平安女流文学では転じて,みっともない,劣っているという意を表すことが多い。」
とする。ここから来ているのか,『大辞林』は,
「『あし』は絶対的な評価として,『わろし』は相対的な評価として用いる」
としているが,「悪し」が情感を示し,「悪ろし」が「性質の是非」を言っているとすると,当たらずと言えど遠からず,なのかもしれない。『大辞林』が,「悪し」を,
「(「よし」に対して)物事のありさまがよくない。また、不快な感じをもつさま。」
とし,「悪ろし」を,
「他より劣っている、普通以下である、の意で、一定の水準以下であるさまを表す」
というのがわかりやすいのかもしれない。因みに,「悪し」の語源は,
「アラ(粗・荒)+シ」
である。「悪ろし」の語源は,
「悪いの古語。ヨロシに対するワロシです。よくない意。適当でない。上手でない。思わしくない。感心しない。」
ついでに,「よし」は,『古語辞典』に,
良し,
善し,
好し,
宜し,
と当て,
「『あし(悪)』『わろし(劣)』の対。吉凶・正邪・善悪・美醜・優劣などについて,一般的に,好感・満足を得る状態である意」
とする。「よろし」については,『古語辞典』は,
宜し,
を当て,
「形容詞ヨラシ(宜)の転。その方へなびき寄り近づきたい気持ちがする意。ヨシ(良)が積極的に良の判定を下しているのに対し,悪い感じではない,まあ適当,相当なものだ,一通りの水準に達している意」
とする。当たり前だが,「悪し」「悪ろし」と対になっているのがよくわかる。「よし」の語源は,
「ヨ(良好)+シ(形容詞化)」
で,「よろし」の語源は,
「寄ろ+シ」
で,「どちらかというと,こちらに寄りたい」意となる。
「悪しからず」は,そういう意味で,感覚・情意の面で,
「悪くない」
と言っているのだが,それを主体として表明しているのではなく,相手に仮託して,
「(相手が)悪いと感じませんように」
という含意だろうか。『大言海』は,
「よろしく」
という意味のみ載せる。
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%9A
には,
「あしく(悪あしの連用形)+あら(あるの未然形)+ず(打消の助動詞 連用形)」
と解釈している。これだと,
「悪い感情を持った状態になりませんように」
といった意味になる。このほうが,相手に託すにはわかりやすい。
http://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%82/%E6%82%AA%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%9A%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
に,
「悪しからずとは、気を悪くしないで、という意味で、『ご意向に添えかねますが、悪しからずご了承ください』などと用いる。つまり、相手が気を悪くするようなことをやったり、言ったりしたにもかかわらず、『気を悪くしないで受け入れてちょうだいね』とずうずうしく開き直るときに用いる言葉である。」
というのが名言である。『 新和英中辞典』での「あしからず」の英訳
I hope you will not take it amiss.
となっている。やはり,目上には,使いづらい。
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横紙は,『広辞苑』に,
漉目を横にした紙,
守の漉目を横にして用いること,またそのときの紙,
という意味に過ぎないが,
横紙を破る,
とか
横紙破り,
という言い方をすると,同じく『広辞苑』には,
「(日本紙は縦に漉目があって横に裂くのは裂きにくいことから)慣習にはずれたことを無理にも行おうとすること,横車を押すこと,またそういう人」
とある。『大言海』は,
「竪簾(たてす)を用ゐて製する紙。文(あや),竪なり。之を横より裂くを,横紙を破るとて,非理を敢へてするに云ふ。横車を推す,と云ふも同意なり。」
と分かりやすい。「横車を押す」は,
横に車を押す,
とも言う。大体が,「横」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422323173.html
や「よこしま」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439853010.html
で触れたように,「よこ」については,
「縦を正,横を不正と見た日本人の言語意識」
があるらしく,「横」のつく言葉は,多く
横車,
だの,
横着,
だの
横死,
だの,
横道,
だの,
横言,
だの,
いい意味で使われないことが多い。繰り返しになるが,漢字の「横」は,
「黄(呉音おう・漢音こう)」が,火矢の形を描いたもので,上は,『廿+火(=光)』の略体,下は,中央にふくらみのある屋の形で,油をしみこませ,火をつけて飛ばす火矢。火矢の黄色い光,つまり,『黄』は,動物の脂脂肪(廿印)のついた火を描いた象形文字で,四方八方に発散する火矢の光,を表し,『横』は,『木+横』で,中心線からはみだして広がる横木,勝手に広がる意を含む,」
という意味で,和語「よこ」の語源は,二説あり,
ひとつは,「ヨコタフ」が語源で,体をヨコタエルのヨコ,
いまひとつは,「ヨ(寄)+コ(方向)」で,正面に対して,「寄る方向」がヨコ。不正な方向,ヨコシマのヨコ,
とある。この第二説が,横しまは,横様に通じる,と言えるが,どうも,直感的には,順逆がさかさまの気がする。「よこ」のもつ(当然でないという含意というか)意味から,横様が出たのではあるまいか。
もう一つの説は,『古語辞典』に,
「ヨキ(避き)と同根。平面の中心を,右または左に外したところ,またその方向の意。タテ(垂直)に対し,水平方向の意。転じて,意識的に中心点に当たらないようにする,真実・事実を避ける意から,『よこごと(中傷)』,『よこしま(邪悪)』等々,故意の不正の意に用いた。類義語『ワキ(脇)』は,中心となるものにぴったりと添ったところの意」
とあり,本来,タテ(正道)に対して,ヨコは,縦にするのを横に倒す,という喩えから,もともと正しくない,という意を含んでいたようだ。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/yo/yokogamiyaburi.html
は,「横紙破り」について,
「横紙破りの『紙』は『和紙』のこと。それを無理に破るようなものとたとえ、自分の思ったとおりを無理に押し通そうとすること を「横紙破り」と言うようになった。
車の心棒を『よこがみ(軸)』ということから、『横車を 押す』と同様の意味から生じた言葉で、『横紙』は当て字とする説もあるが考えがたい。」
とある。「横車を押す」は,上述のように,
横に車を押す,
ともいい,どう考えても無理なことを,無理押しする,という意はよく伝わる。横紙破りも,漉いた目に逆らう強引さを,喩えとして使っている。
横紙破り,
と
横車を押す,
は,確かに,
無理を通す,
というところでは似ているが,微妙に違う気がする。一つは,車と紙というスケールの差だが,横紙破りは,
決めたこと,
決め事,
に逆らって,おのれを通すという,へそ曲がり,というか,依怙地さがあるが,横車を押すは,どこかに,
突っ走る,
貫徹する,
というニュアンスがある気がする。それが,悪くすれば,無理どころか,
イチャもんつける,
言いがかりをつける,
難癖をつける,
となる。横紙破りには,そういうニュアンスはない。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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折紙というと,折鶴等々の,
折紙細工,
を思い出すが,ここでは,
折紙つき,
というときの,折紙を言っている。
いわゆる「折紙」については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%98%E3%82%8A%E7%B4%99
に詳しい。
折紙細工の意味以外に,折紙には,
「室町時代には清音」
と注記して,『広辞苑』には,
折った紙。特に奉書・鳥の子・檀紙などを横に二つに折ったもので,消息,進物の目録,鑑定書などに用いる。また「畳紙」のこと,
とある。畳紙(たとうし たとうがみ)については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/425358088.html
で触れた。つまりは,単に和紙を二つ折りにした,という状態を表現した言葉が,折紙自体で,
鑑定書,
という,意味の表現に変ったということだ。で,
折紙付,
は,
官邸保証の折紙がついていること,またそのもの,
とあり,それが転じて,今日では,
保証付きのもの,確かなもの,
へと一般化した意味になっている。『大言海』の「をりがみ」を見ると,
折状,
とも言い,「切紙」と対になる。「切紙」は,
「折紙を折目どほりに切りたるもの。文書(かきもの)に,奉書紙,杉原紙,鳥子紙,薄様紙などの,全紙を用ゐたるを,竪文(ていぶみ)と云ひ,横に半に折りて用ゐたるを,折紙と云ひ,折紙を半に切れるが,切紙又は手紙なり。切紙の書状の略」
とあり,手紙とは,
切紙の書状,
のことだと,ここで知れる。
手元の『語源辞典』には,「折紙付」について,
「『折り紙(和紙を横に半分にして折ったもの・鑑定書)+付き』です。工芸品などで確かなものだと受け合うこと」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/o/origamitsuki.html
には,
「折り紙つきの『折り紙』とは、紙を横半分に折った文書のことで、平安末期より公式文書 や贈呈品の目録として用いられていた。やがて、公文書にも使われ、江戸時代には
美術品や刀剣などの鑑定書に使われるようになり、確かな品質が保証されている物を『折り紙つき』というようになった。現代では、確かな品質の意味から、人の実力など物以外のことでも『折り紙つき』と使かわれている。」
とあり,『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E6%8A%98%E3%82%8A%E7%B4%99%E4%BB%98%E3%81%8D
には,
「この『折り紙』は奉書紙や鳥の子紙などを二つ折りにしたもののことで、もとは書画や骨董品、刀剣などの鑑定書に用いられた。鑑定保証の折り紙が付いていること、また、その物を『折り紙付き』と呼んだことから、一般に、保証書付きという意味にも用いられるようになった。」
とある。どうやら,
http://www.jlogos.com/d047/14820138.html
にあるように,
「折り紙の語源には、公式の文書や鑑定書という意味がある。もともと折り紙といえば、平安時代の末期に奉書紙がみや鳥の子紙などの和紙を横に二つに折って、公式の通達文などに使った文書のこと。それが、室町時代になると、刀剣や絵画などの鑑定書になった。江戸時代には、進物や贈答品の目録などに使われていたという。そしてその後、『折り紙』は武術やそのほかの文化芸能などの世界から、ある一定の実力のあることの証明として、『折り紙つき』という言い方をするようになったのである。同じような言葉の『お墨つき』。こちらは使うときに注意が必要だ。『お墨つき』の語源は、その昔、将軍や大名が臣下に領地を与えるときに、その石高について墨で署名した文書のこと。それをもらうと石高が保証されることになるので、権力を持つ人が与える保証や承諾を『お墨つき』というようになったのである。」
今日では,ほぼ同義で使われているが,折紙とお墨付きとは,似て非なるものらしい。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/o/osumitsuki.html
には,
「お墨付きは、室町時代・江戸時代、将軍や大名から臣下に 与えた領地を後日の証拠として保障・確認する文書のことをさした。
その文書が『お墨付き』と呼ばれた由来は、署名や署名を図案化した『花押』が、墨で記されていたことによる。」
とあるが,『大言海』の「墨付」の項を見ると,単に,
墨の染(そ)めつく状,
という意味だが,上記の『語源由来辞典』のように,特殊な意味があり,
黒印(こくいん)の称,又,其押してある文書,
とある。黒印がなければ,保証にはならない。黒印は,朱印と対で,「朱印」を見ると,
「足利氏,徳川氏,の世,命令書の證として用ゐたる印,朱肉にて押す。領地を賜はるを,特に御朱印と云ふ。又諸侯にても,行ふ。其の将軍の命令の書の重きものには,墨にて花押,名乗りを記す。これを黒印と云ふ。」
とあり,黒印の意味が重いことがわかる。しかし,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E5%8D%B0
には,
「日本の戦国時代から江戸時代にかけて、将軍・大名・武将などが、命令・承認などを目的とした公的文書に朱色の印章を用いた。その文書を朱印状と呼び、朱印状自体を略して俗に『朱印』と呼ぶこともあった。
律令制公文書及び公式様文書において用いられた印は朱印のみであり、黒印は私的な蔵書印などに用いられたのみであった。そのため、正式な書類に押す印は朱印であると考えられ、戦国時代に印判状が登場したときも当初は黒印状が先に出されていたが、後に朱印状が登場するようになると、公式かつ重要な文書は朱印を押した朱印状で発給される例が多くなる。これは織田信長・徳川家康が重要な文書は朱印状、私信や雑務的な文書には黒印状を用いて分け、更に彼らの家臣達が遠慮してもっぱら黒印状を用いたことが大きい。
ただし、朱印状と黒印状の境界線は必ずしも明確ではなかった。もっとも、朱印が用いることが可能であったのは武士などの支配階級に限られ、農民や町人は黒印のみしか用いることが出来なかった。明治元年(1868年)9月に農民や町人の朱印使用が認められるようになると、次第に朱印が広く用いられるようになった。」
とあり,『大言海』とは,逆の見解になっている。その辺りは,ここではこれ以上掘り下げない。しかし,結果として,今日,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E5%8D%B0_(%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E4%BB%8F%E9%96%A3)
にあるように,
「神社や寺院において、主に参拝者向けに押印される印章、およびその印影」
として,御朱印(ごしゅいん)を押したり,押してもらったりできるようになったというわけだ。
似た言葉に,
札付き,
というのがある。これは,本来,
正札付,
の意味だが,転じて,
「定評のあること,世に知れ渡っていること。悪い意味に用いる。」
と,『広辞苑』にあるように,あまりいい意味では使われない。『江戸語大辞典』には,
極札(きわめふだ 一説正札)付の意,定評のあること,
とあり,「善悪いずれにも使う」とあるから,随分悪評よりにシフトしたようだ。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/hu/fudatsuki.html
には,
「江戸時代、罪を犯した本人だけでなく、家族や隣近所(五人組)などに刑罰が及ぶ『連座』という制度があった。
家族や近所の中に素行が悪い者がいると、罪を着せられる可能性があるため、『人別帳』と呼ばれる戸籍謄本のようなものに、あらかじめ札を付け、要注意人物としていたことから、定評の悪い者を『札付き』というようになったといわれる。」
とある。ちょっと考えすぎではないか。たんに,
正札,
がついている,ということに意味があったのではないか。たとえば,
「掛値なしの正当な価格を表示する札。1673年(延宝1),現在の三越百貨店の前身である越後屋は,江戸で〈現銀掛値なし〉の新しい商法を打ち出して成功をおさめた。越後屋では商品に符丁を記した紙片を付していたが,正札による売価表示も同店がはじめたものかどうかは定かではない。この言葉は明和(1764‐72)ごろから見られるが,やがて〈正札附〉という言葉が流行したらしく,唐来参和(とうらいさんな)作の黄表紙《正札附息質(むすこかたぎ)》(1787)や,歌舞伎舞踊の《正札附根元草摺引(こんげんくさずりびき)》(1814初演)が書かれ,後者は《正札附》と通称されて人気を集めた。」(『世界大百科事典
第2版』)
とあるのだから。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
上へ
退屈というと,通常,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%80%E5%B1%88
で言うように,
「なすべきことがなくて時間をもてあましその状況に嫌気がさしている様、もしくは実行中の事柄について関心を失い飽きている様、及びその感情である。」
というのが,今日の我々の言葉の語感でもある。『日本語語感の辞典』も,
「何もすることがなくて暇を持て余し,気持ちが満たされず少しイライラしている意」
とする。『語源辞典』も,
「語源は,中国語『退(しりぞく)+屈(あきる)』です。飽きる意です。日本語では,暇をもてあまし困ること,を言います。」
としている。しかし,『広辞苑』をみると,
ひまで倦みあくこと,つまらなさやひまのためにあきあきすること,
という意の他に,
嫌気がさすこと,だれること,
圧倒されること,へこたれること,
(仏教語)仏道修行の苦しさ,むずかしさに負け,精進しようとする気持ちをなくすこと,
という意味を載せる。実は,ある本を読んでいて,
「動員された人びと退屈(困りはてること)のさまが活写」
している例として,『当代記』の,
「ここ近年の普請,人の退屈是非におよばず,あまりにきびしく相かせぐのあいだ,晩におよびて目みえず,あるいは石にあたり身そこなう,または煩いにつき普請に出でざれば,その主人,飯米を出ださざるのあいだ,乞食となり京中に充満せり」
という記事をひく。ここでは城普請に狩りだされている人々のことで,この,
退屈,
が,「暇を持て余している」意でないことは明らかである。だから著者は,
「困り果はてること」
と,注記した。『大辞林 第三版』は,ふたつにわけ,
ひとつは,いわゆる「退屈」の意の,
@何もすることがなく暇をもてあます・こと(さま)。
A飽きること。つまらないこと。いやになること。また,そのさま。
いまひとつは,
@疲れていやになること。
A困難におそれしりぞくこと。
B〘仏〙 修行の苦しさや困難さに,精進努力の心を失うこと。
と意味を載せ,
「修行の苦しさや困難さに,精進努力の心を失うこと」 が原義,と注記する。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ta/taikutsu.html
に,
「退屈は元々仏教用語で、修行の苦難に疲れ果て、気持ちが後退し、精進の気力が萎えて屈することを表した。
そこから、疲れていやになることを意味するようになった。何もしなくなると暇を持て余したり、つまらなくなったりすることから、時間を持て余すことや飽きることを意味するようになった。」
としているのと相通じる。『大言海』は,
厭倦(待ちくたびれること),
気屈(倦み疲れて退くこと,あぐむこと),
倦怠(気の疲れること),
と意味を載せるが,原義は「気屈」が近いか。
「退」の字は,
「もと『日+夂(止まりがちの足)+辶(足の動作)』で,足が止まって進まないことを示す。下へさがって,低いところに落ち着くの意を含む。」
で,しりぞく,とか,ひっこみがち,とか,程度や勢いがなくなる,とか,ぐたりとちからないさま,という意味を持つ。
「屈」の字は,
「『尸(しり)+出』で,躰を曲げて尻を後ろに突き出すことを示す。尻を出せばからだ全体がくぼんでまがることから,かがんで小さくなる,の意となる。」
とあり,かがむ,とか,へこむ,とか,まげる,という意味を持つ。「退」も「屈」も,下がるとか,引っ込むとか,後ろ向きの意味だ。
「退」は,
「進」と対,
「出」と対,
「屈」は,
「伸」と対,
「信(のびる)」と対,
と漢字自体が,「凹んだ」意味をもつ。「退屈」は,少なくとも,何かを充電しているという積極的な意味はないようである。それが,
「暇を持て余す」
と,状態の意味を転じた使い方に変ったところが,面白い。
参考文献;
河内将芳『落日の豊臣政権: 秀吉の憂鬱、不穏な京都』(吉川弘文館 歴史文化ライブラリー)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
上へ
辞書(『広辞苑』)で「あぐむ」を引くと,
倦む,
と
足組む(跌む)
が出る。「足組む」は別途取り上げることにして,ここでは,
考えあぐむ,
とか,
考えあぐねる,
という使い方をする「あぐむ」である。『広辞苑』には,
ある物事をしとげられないでいやになる,あぐねる,
と意味が載り,
「現代語では多く,動詞連用形に付けて用いる」
と付記する。要は,
考えあぐむ,
とか,
待ちあぐむ,
という使い方,ということである。語源は,
「飽く+倦む」
で,「困難で,困り果てる」という意味の,造語成分となる,とある。『古語辞典』には,「あぐみ」として,
困難な事にであって,いやけがさす,事を遂行しかねて,うんざりする,
という意味が載る。しかし,
考えあぐむ,
とか
考えあぐねる,
というときには,いまの語感では,
考えが煮詰まって,先に進まない,頓挫している,
というニュアンスのように思っていた。微妙に含意が違う気がする。『日本語の語源』には,
「アキウム(厭き倦む)はキウ(k[i]u)の縮約でアグム(倦む)になった。『考えあぐむ』など,『ある物事をし遂げられないで困る。もてあまして嫌気がさす』意である。」
とある。考えつめて,終に解けないで,「もてあます」というのが近い気がする。
嫌気,
とか
うんざりする,
というと,あくまでも,自分の言語感覚に過ぎないが,微妙に違うのではないか,という気がしてならない。
『大言海』には,
「厭倦(あきうむ)の約ならむ。アクブの語原を見よ」
とあり,
「為遂(しと)げかねて倦む。あぐねる。厭倦,倦労」
の意味が載る。このニュアンスである。
「為遂げかねて」
の含意が必要である。で,「あくぶ」(つまり欠伸のこと)をみると,
「厭(あき)を活用せしめし語ならむ。名詞形にアクビとなる。わぐはひも寛(まぎ)はひなるべく,厭倦(あきう)むをあぐむと云ふ」
『日本語の語源』も『大言海』も,
飽き倦む,
ではなく,
厭き倦む,
の転としていることに意味がある気がする。「飽」の字は,
「食+音符包(中に物を詰め込む,まるくふくれる)」
で,「厭」字は,
「猒は熊の字の一部と犬とをあわせ,動物のしつこい脂肪の多い肉を示す。しつこい肉は食べて飽きて嫌になる。厂印は上からかぶさる崖や重しの石。厭は,食べあきて,上からおさえられた重圧を感じることを表す。」
とある。どうも,「飽」と「厭」は使い分けられているようで,
「飽」は,物を一杯食ふ義,ひだるきことなき(空腹でない)ほどに食ふ義にて,いやになるまで過食するにはあらず。転用して「飽徳飽仁義」などと用ふ。論語の,「食無求飽」は,腹八分目に食べるの意,
「厭」は,あき満るほど,大食するなり。左伝「貪惏無厭」
と使い分け,「あぐむ」は,
目いっぱい,
という含意がある。
考えあぐむ,
は,従って,頭の限界まで考えに考えて,
もうこれまで,
と,もてあましている状態ということになる。だから,
攻めあぐむ,
というのは,飽きるのではなく,
もう手がないくらいにあの手この手で攻めても,抜けない
という意味でなくてはならない。「嫌になる」という含意は,そこで滲み出てくるのではあるまいか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
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横槍は,通常,
横槍を入れる,
という使い方をする。いわゆる合戦用語で,
横を入れる,
とも言う。「掣肘」の項,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/434197910.html
で,少し触れたことがあるが,「横を入れる」は,
「攻撃の最中に,別の軍が敵の側面から攻撃することを言う。室町時代以降,突撃の主兵器は槍であるので,『横槍を入れる』ともいう。互いに前の敵と戦っている時に,側面攻撃されると狼狽して破れるのである。」
と,説明される。
横矢,
というのも似た意味で,
「両軍が向かい合って戦っているのに別の隊が側面から矢を射かけて攻撃することを言う。正面の敵に夢中になっているから側面の攻撃には弱い。横槍と同じである。」
と説明される。
これ自体は,別に何の価値も入っていないから,卑怯とか,汚いとかの評価は入っていないのである。しかし,今日の,横槍は,『広辞苑』に,
横合いから第三者が口を出し文句を言うこと,容喙,
と,あまりいい意味には使われない。「よこしま」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439853010.html
で,触れたように,「横しま」は,ただ,横向きという意味のはずなのに,
邪,
という字を当てられるほど,
正しからざること,
と,価値評価が入っている。これには,「横」という字自体に,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422323173.html
で触れたように,
当然でないこと,
道理に背くこと,
という意味を込めて,日本(語)では使っているらしく,これも,「よこしま」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439853010.html
で触れたように,
「縦を正,横を不正と見た日本人の言語意識」
があることから,「横槍」に,
不当,
というニュアンスが加わったものと思われる。『語源辞典』に,
「語源は,『戦場で,戦の最中に,側面から槍で突きかかること』を言います。転じて,脇から文句をつける意,です。」
とあるが,「転じる」には,それなりの理由があったということだろう。例えば,『古語辞典』には,
「敵の側面から槍で突きかかること」
とあるが,この言い方に,どことなく,不当,という含意が含まれていなくもない。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/yo/yokoyari.html
は,
「横槍は戦場で戦っている際、別の一隊が脇から槍で攻めてくる ことを意味した。
そこから、談話や仕事に第三者が横から口を出して妨げる意味として、『横槍』『横槍を入れる』と使われるようになった。」
と,「転じる」謂れがうかがえる書き方となっている。つまり,当事者同士の対話に,脇から介入する,というニュアンスである。アナロジーとして,これを使うには,「横槍」自体に,
真正面から向き合っているところに,横から不意打ちを食らわせた,
という言外の感情の翳があるせいだろう。不思議に,
横矢を入れる,
には,横槍を入れる,という不当介入のニュアンスは含まれていないらしい。
似た言い回しに,
槍(鎗)脇
あるいは,
鑓脇の敵,
という言い方がある。「槍脇」は,
「敵味方が槍で戦っている時に,見方の者が敵を側面から攻撃して援助することをいう。先登(せんとう)に立って敵と槍を合わせたときに,見方が側面から協力して敵を仕留めた場合,一番槍の戦功に準じて,協力した者も戦功になる。この場合,槍脇の協力者は槍でなくても,太刀でも弓でもよい。」
と説明される。この場合,敵から見ると,戦っている相手の味方が相手の応援に突いてくる敵が,
鑓脇の敵,
ということになる。
参考文献;
笹間良彦『図説 日本戦陣作法事典』(柏書房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「しょってる」は,「しょっている」の転で,
背負ってる,
と当てる。当然,
背負っている,
という意味の他に,
うぬぼれている,
とか
いい気になっている,
という意味になる。まあ,荷物を背負う以上に自惚れを背負っている,ということになる。
背負う,
は,
せおう,
と訓むが,「せおう」の転で,
しょう,
とも訓む。この使い方でも,「せおう」以外に,『広辞苑』では,
うぬぼれる,
という意味があるし,さらに,『大辞林』には,
厄介なこと,迷惑なことなどを引き受ける,
という意味がある。しかし,
せおう,
と訓むときは,
背に負う,
という意味で,そのメタファで,
苦しい仕事や不本意な物事を引き受けて,責任を持つ,
という意味になるだけである。「しょう」と,転化したときは,
責任を引き受ける,
意と,それをどこか皮肉に,
自分で思う以上に軽い荷物を背負っているのに,重い意にを負っている,
という自惚れの意とが二重写しになっている。だから,
「しょう」
の派生語である,たとえば,
「しょってたつ」
という場合,やはり,
背負って立つ,
と当てるが,その場合,
「組織や団体の中心となって,活動・発展の支えとなる。また,全責任を一身に負う」(『広辞苑』)
という意味になる。その場合,決して,
「せおいたつ」
とは言わない。「せおってたつ」という言い方もできなくないが,「しょってたつ」が自然だ。『語感の辞典』には,
「『せおって』となるケースはまれである。」
と付記している。「しょってたつ」の方が,「せおいたつ」「せおってたつ」より,語感がすっきりしている。また,
しょいこむ,
も同じで,
背負いこむ,
と当てるが,「せおいこむ」という言い方よりは,「しょいこむ」が普通だし,語感もいい。また,「しょってる」という揶揄のニュアンスはなく,
「手にあまることや迷惑なことを我身に引き受ける。背負い込む」(『広辞苑』)
という,まさに背負うを強調した言い回しになる。因みに,「込む」は,他動詞連用形について,
みっちり,または,十分にそうする意,
なので,過分なほど背負う,ということになる。『語感の辞典』には,
「『抱え込む』に比べ,はっきり拒否しなかったせいでそうなってしまった感じもあり,負担も大きい雰囲気が漂う」
とある。『語源辞典』には,「しょっている」は,
「『背負っている』の音韻変化です。全責任を背負って誇りにしている。俗語では,自惚れている意に使います。」
とあるので,本来は,「しょう」がそうであったように,
しょってたつ,
の,全責任を,
しょっている,
という,どちらかというと状態表現の意味だったものが,たとえば,「よこしま」,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439853010.html
や,「横槍」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440387740.html
で触れたように,価値表現に転じて,その状態を揶揄する意に変ったと言えなくもない。
それにしても,「負う(ふ)」自体が,
背中に物をのせる,
という意味があり,さらに,
身に引き受ける,
という意味を持っているのに,さらに「背」を重ねたのは,どんな意味だったのだろう。『デジタル大辞泉』には,「おう・せおうの用法」として,
「『負う』は文語的。話し言葉では多く『背負う』を使う。『負う』『背負う』には抽象的に負担する意味もあり、『責任を負う』『罪を負う』『一家を背負って働く』などと使われるが、『背負う』のほうが具体的動作を表す度合いが強い。傷・痛手については『負う』を用い、『背負う』は使わない。類似の語に『担(にな)う』『担(かつ)ぐ』がある。ともに、肩で重みを受けるようにして物を運ぶ意。『大きな荷を担う』『おみこしを担ぐ』、また、抽象的に『役割を担う』『次代を担う』などとも使う。」
と付記する。しかし,単純なことかもしれない。「おう」という同音語は,
追う,
和う,
終う,
合う,
会う,
逢う,
遭う,
遇う,
逐う,
覆う,
等々とある。私立大と市立大を呼び分けるように,あえて「背」をつけることで,「負う」の意味を際立たせる必要があったのではないか。
参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「うぬぼれ」は,
自惚れ,
己惚れ,
と当てる。「うぬ」は,
「おの(己)の転」
で,「o→u」への母音交替の一例。たとえば,
あかとき(暁)→あかつき,
こは(蚕葉)→くわ(桑)
の如き,であるらしい。「うぬ」は,
汝,
己,
を当てる。自分自身を指すと同時に,
「相手を卑しめたいう」
つまり,「なんじ」の意味で使う,らしい。「うぬぼれ」は,
「自分自身に惚 (ほ) れる意」(『大辞泉』)
で,
自分で自分を(実際以上に)自分がすぐれていると思うこと,自負,
と『広辞苑』にはある。しかし,
自負,
と同義ではない,と僕は思う。「自負」は,
自恃,
つまり,「自らを恃む」ことであり,似ているが,
「自らの才能や仕事に自信や誇りを持つこと」(『広辞苑』)
が,自惚れになるかどうかの境目は,
謙虚さ,
あるいは,
謙譲,
であると思う。「自負」の語源は,中国由来で,
「自(じぶん)+負(たのむ)」
である。みずから自分を負うこと,であると思う。「うぬぼれ」の語源は,
「うぬ(己)+惚れ」
で,実際以上に自信を持ち,ひとりで得意になる意,とある。うぬぼれと自負との差は,負っているものの実態なのだろう。
うぬぼれ鏡,
という言葉があるそうである。
「《容貌が実際よりも美しく映るところからという》江戸時代、従来の和鏡に対して、ガラスに水銀を塗った懐中鏡。ビードロ鏡。」(『デジタル大辞泉』)
で,『広辞苑』には,
「(容貌を実際よりもよく見せる鏡,また,うぬぼれて絶えず見る鏡の意とも)江戸時代,それまでの和鏡に対し,ガラスに水銀を塗った洋鏡を指したとも,また一説に懐中鏡の一種で,人の居ない所でひとりで見,化粧をなおすのにもちいたりした故の名ともいう。」
とある。『江戸語大辞典』には,諸説あるが,
「用例に徴して,しばしば覗いて見るのを,うぬぼれて覗くといいなしたと解するのが最も穏当」
としている。
「うぬぼれ」の類語は,思上がり,心驕,慢心,自己過信,衒気,驕りと並ぶが,ある意味今日の,
自分褒め,
と重ならなくもない。それは,自画自賛であり,夜郎自大につながる。
相惚れ自惚れ片惚れ岡惚れ,
という諺があるらしいが,
「相惚れ=両思いの恋。自惚れ=ひとりよがりの恋。片惚れ=片思いの恋。 岡惚れ=ひそかな(憧れる)恋。」
と,「惚れる」にもいろいろあるらしいが,やはり,
うぬぼれ,
が一番格好悪い。
https://kotobank.jp/word/%E7%9B%B8%E6%83%9A%E3%82%8C%E8%87%AA%E6%83%9A%E3%82%8C%E7%89%87%E6%83%9A%E3%82%8C%E5%B2%A1%E6%83%9A%E3%82%8C-897573
によると,
「人が何かまたは誰かを好きになるのは、それぞれ様々であること。『蓼(たで)食う虫も好き好き』とほぼ同義だが、四種類の惚れ方が羅列してあって楽しい。『岡惚れ』は隠れて他人の恋人などを好きになること。」
とある。因みに「岡惚れ」の「岡」は,
岡目八目,
の岡であり,『日本語の語源』には,
「他人のすることを脇から見ていることをホカミ(外見,他見)といったのが,オカミ・オカメ(傍見,岡目)になって,第三者の立場でものを見ることをいう。」
とある。
岡持ち,
は,ホカモチバコ(他持ち箱)の転らしい。だから,
傍惚れ,
とも当てる。俗に,
おかっぽれ,
というやつである。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
上へ
「心が通じ(ず)る」は,
お互いの気持ちが伝わり合う,
という意味だと,『広辞苑』には載る。
心が通う,
という言い方もする。『大辞林 第三版』には,「心が通う」の意味を,
互いの気持ちが通じ合う。心が通じる,
とする。しかし,
心が通じ(ず)る,
と
心が通う,
は,瑣末なことにこだわるようだが,微妙に違う感覚がある。『大辞泉』の「心が通う」の意味は,
互いに十分に理解し合っていて,心が通じ合う,
とある。「通う」は,
「通じ合う」
状態で,『日本語語感の辞典』には,「かよう」は,
「一定の場所との間を定期的に繰り返し行き来する意」
とある。
通じ(ず)る,
は,ingという「いま・ここ」での状態なのではないか。時枝誠記の「風呂敷型(統一形式)」の日本語の,「詞」と「辞」でいうなら,
「詞」は,客体表現,
「辞」は,主体表現,
に喩えられる。これについては,
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod0924.htm
で書いた。つまり,「通じる」は「辞」,「通う」は「詞」になぞらえられる。つまり,「通う」と「通じる」は(発話の)視点が,違うのである。
「通う」は,
外から,
「通じる」は,
内から,
と言ってもいい。
「通じる」は,主観的にそう感じているが,
「通う」は,客観的に見える状態,
と言い換えてもいい。その場合,「通じ(ず)る」にしろ「通う」にしろ,『広辞苑』の,
気持ちが伝わり合う,
だけなのだろうか。『大辞林』の,
「互いに十分に理解し合っていて,心が通じ合う」
とは,
「気持ちが伝わり合う」
と同じなのか。「心」は,漢字では,
「心臓を描いたもの。それをシンというのは,沁(シン しみわたる)・滲(シン しみわたる)・浸(しみわたる)などと同系で,血液を細い血管のすみずみまで,しみわたらせる働きに着目したもの」
で,ズバリ「心臓」を指しており,「心」は,抽象度の高い,
精神,
を意味していた。和語の「こころ」は,
「『コゴル(凝固)』が語源です。体の中にあるもやもやしたものが凝り固まったものをココロと言い表したのです。心の存在する場所を心臓としたのは中国の影響かと思われます。現代的に表現すると,『人間の精神のはたらきを凝集したもの』が,こころです。」
とあるし,『大言海』も,
「凝り凝りの,ここり,こころと転じたる語なり。されば,ここりとも云へり」
から,「こころ」とは,
知情意,
の「心」ではなく,限りなく,
情のみの,
思い,
とか,
気持ち,
というのが近いのではないか。
「かよう」の語源は,
「カ(交ヒ)+ヨフ(動揺,繰り返す)」で,行き来する,共通する,意味の語源とする説,
と
「カ(処)+ヨフ(動揺,繰り返す)」で,場所移動を繰り返す,二空間が共通する,などの意とする説,
がある。『大言海』は,
「カは,交ひの意か(ちかひごと,ちかごと。そひなるる,そなるる)。ヨフは,動く意。もこよふ,いさよふ,ただよふ。」
と,「カ(交ヒ)+ヨフ(動揺,繰り返す)」をとり,拾遺集の,
「松が枝の,かよへる枝を,鳥栖(とぐら)にて,巣だてらるべき鶴の雛かな」(連理交叉の枝なり)
の例を挙げている。明らかに,「連理」になぞらえている。
「つうじる」は,漢字「通」由来で,「通」の字は,
「用は『卜(棒)+長方形の板』の会意文字で,棒を板にとおしたことを示す。それに人を加えた,甬(ヨウ)の字は,人が足でとんとんと地板を踏み通すこと。通は。『辶(足の動作)+音符甬』で,途中でつかえてとまらず,とんとつきとおること」
という意味になり,「通じ(ず)る」は,
「通+する(サ変動詞)」でもとおる,かよう,相手にわかる意,
となる。
こうみると,「心が通じる」は,一方通行に,まるでストーカーがそう思い込んでいるように,勝手に,
心が通う,
という幻想状態を,極端に言えば,妄想していることになる。その場合,それぞれが,勝手に,別々に思い描いた土俵で,
心が通う,
と思い込んでいることも含まれる。しかし,「心が通う」は,両者が,互いに,ひとつの土俵で,
思いが通じ合っている,
と思っている,ということになる。少なくとも,それぞれが,別々の土俵で心が通じている,と思い込んでいるのではなく,吉本隆明の,
対幻想,
ではないが,それぞれが,ひとつの土俵で,通じ合っている,と思っている,ということになる。もちろん,その土俵が,別々のものなのかもしれないことは,
通じない事態,
に遭遇しないかぎり,誰にもわからない。因みに,英訳すると,
to relate to;
to have one's feelings understood
だそうだが,後者がこの場合近いか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
「半畳を入れる」は,
半畳を打つ,
あるいは,
半畳を打ちこむ,
あるいは,
半畳を飛ばす,
という言い方もする。『広辞苑』には,「半畳」とは,
一畳の半分の畳,
とある。
起きて半畳寝て半畳,
で言う,半畳であるが,
江戸時代の歌舞伎で,見物人の敷いた小さい畳または茣蓙,
という意味もある。その場合,半畳も無いのだろう。
「半畳を入れる」
とは,『広辞苑』には,
「芝居で,役者に対する不満・反感を表すため,自分の敷いている半畳を舞台に投げうつ。芝居を見ていて,役者の演技を非難したり,からかったりする。転じて,他人の言動に対し非難・揶揄などの声を発する。弥次る。」
とある。「半畳を入れる」は,どうやら,
非難やからかいの掛け声・言葉を浴びせる,
つまり,「やじ」とセットらしい。「野次(弥次)」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/414455222.html
で触れた。「半畳を入れる」の語源は,上記で尽きているが,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ha/hanjyou.html
には,
「半畳は,江戸時代の芝居小屋で敷く畳半分ほどの茣蓙のこと。原罪の座席指定料のようなもので,昔の芝居小屋の客席は土間であったため,観客が入場料として半畳を買い,これを敷いて見物していた。役者の演技が気に入らないとヤジを飛ばし,この茣蓙を投げ入れたことから,『半畳を入れる』というようになった。」
とある。「畳」とか「茣蓙」とあるのは,正確には,『古語辞典』にある,
「半畳ほどの薄縁製の敷物」
というのが正確かもしれない。因みに,薄縁(うすべり)とは,
「裏をつけ,縁をつけた筵」(『『広辞苑』』)
「布の縁をつけたござ。薄縁畳。」(『大辞林』)
で,たとえば,
http://www.tatami-hamoto.com/sekourei/uwashiki/uwashiki.html
等々で,いまも売っているものだ。
『日本大百科全書(ニッポニカ)』の解説に,
「縁をつけた茣蓙(ござ)(畳表に使う藺蓆(いむしろ))。模様を織り出した茣蓙を花茣蓙というが、これには縁をつけない。薄縁の先祖は平安時代の薄畳(うすじょう)である。薄畳は藺蓆の裏に薦(こも)を1枚重ねて縁をつけたもので、薦を2枚以上重ねると厚畳(あつじょう)になる。薄縁とよぶようになったのは室町時代ごろからのようである。」
とあり,由来がはっきりする。
『大言海』に,「はんでふ」の項に,
「半畳を打ち込むとは,批難する意」
とあり,後世は知らず,
咎める,
あるいは,
不満の意を表す,
意味で投げ込んだというのが正確だろう。『江戸語大辞典』には,
「半畳を入れる」
について,
「歌舞伎の芝居で,切落しの客が役者の芸に不満を感じたときこれを野次り,自分の敷いていた半畳を舞台に投げ込むこと」
と書く。で,転じて,
批難する,野次る,茶化す,
と載る。少しずつ,揶揄のほうへシフトしていったことを示している。因みに,「切落し」とは,『江戸語大辞典』には,
「平土間で,追込み席。最下級の観客席であるが,芝居好きや見巧者が入る。歌舞伎初期の舞台は,能舞台と同様,前方へ突出して,見物席は凹字型をなしていたのを,後に,その突出した部分を切り落として土間にしたのでこの名がある。天明期までは入口鼠木戸から舞台際までの平土間全体をいったが,ここに桝席ができてからは,後方本花道寄りの一隅のみになった。」
とある。『広辞苑』には,
「落間(おちま)ともいった。劇場の組織が変った後も,下等の大衆席をいう。大入場。追込場」
と,説明が加わる。「追込場」とは,
「人数を限らずに観客を詰め込む下等で安い席」
どある。『江戸語大辞典』には,
「一回平土間の最後方,表木戸の傍の場所,および二回向桟敷,曳舟の後方,いわゆるつんぼ桟敷。大入場,大向,一切見場,自由席。人数の制限をせずに入れ込むのでこの名がある。」
とある。「つんぼ(う)桟敷」という言葉は,今は使えないが,『広辞苑』には,
「役者のせりふがよく聞こえない観客席。見巧者(みごうしゃ)が多く集まるので役者には重視される『大向う』といわれる」
とある。なお,「鼠木戸」とは,「芝居・見世物などの興行場の表に設けられた,見物客の出入りする狭い格子戸口の称」
のことらしい。
http://www.konpirakabuki.jp/gakuya/guide02.html
にある写真で,鼠木戸のイメージがつく。
参考文献;
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)上へ
「茶々を入れる」は,
茶々を付ける,
茶にする,
等々とも言うが,
じゃまをする,水をさす,
という意味で,ただ,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440621713.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440387740.html
で触れた,「半畳を入れる」や「横槍を入れる」のと似ていて,しかし少し違うのは,
ひやかす,
ニュアンスがあることだ。語源は,
「『茶々を入れる』で,談話の間に茶を入れて妨害する,邪魔をする意」
とある。また,
http://yuraika.com/chachawoireru/
も同じく,
「茶を入れて一服することから,人がやっていることを中断し,水を差すという意味になった」
という説を取る。しかし,そうなのか,と僕は疑う。というのは,
茶
という言葉自体に,いわゆる「お茶」の意の他に,例えば『広辞苑』に,
いい加減なことを言うこと,からかうこと,ちゃかす,
という意味があることだ。それは,『古語辞典』でも,
「人を相手にするように見せて,内実は取り合わないこと」
という意味を載せ,
「相手に茶に言うて置きける」
という用例を載せる。つまり,「茶々」の「茶」は当て字で,何か他の意のものに,「茶」の字を当てたのではないか。
「茶」の字は,
「もと『艸+音符余(のばす,くつろぐ)』。舒(くつろぐ)と同系で,もと緊張を解いてからだをのばす効果のある植物。味はほろ苦いことから,苦茶(くと)ともいった。のち,一画を減らして茶とかくようになった。」
とあり,この字に,からかう含意はない。『古語辞典』には,
ちゃり
という動詞が載る(『広辞苑』では「茶利」と当てる)。
ふざける,
という意味だが,その名詞は,
滑稽な文句または動作,ふざけた言動,おどけ,
という意味が載る。どちらが先かはわからないが,あわせて,
(人形浄瑠璃や歌舞伎で)滑稽な段や場面,また滑稽な語り方や演技,
という意味が載る。歌舞伎や人形浄瑠璃から出て,「ちゃり」がふざける意になったのか,ふざける意の「ちゃり」を,浄瑠璃などで転用したのかは,ここからはわからない。『大言海』は,
「戯(ざれ)の転」
として,
洒落,おどけ口,諧謔,又おどけたる文句,
という意味を載せる。しかし,『江戸語大辞典』は,
操り・浄瑠璃用語。滑稽,道化,
と載る。どちらが先かは,つかめない。
茶利語り,
茶利声,
は,そういう滑稽な語り口や声を指す。なにはともあれ,ともかく,「茶」には,
ふざける,
含意がつきまとうらしい。『江戸語大辞典』は,「茶」の項に,
遊里用語,交合,
人の言うことをはぐらかすこと,
ばかばかしい,
という意味が載り,それを使った,
茶に受ける(冗談事として応対する),
茶に掛かる(半ばふざけている),
茶に為る(相手のいうことをはぐらかす,愚弄する),
茶に成る(軽んずる,馬鹿を見る),
茶を言う(いい加減なことを言う)
等々という使われ方を載せていて,
ちゃかす(茶化す),
はその流れにある。
茶化すは,
「茶にする」
と同じで,語源は,
「『チャル(戯る・ふざける)+カス(接尾語,他に及ぼす)』です。」
とされる。
ちゃらかす,
とも言う。『江戸語大辞典』には,「茶る」という項が載り,
「茶の動詞化」
として,
おどける,ふざける,
の意味が載る。どうも「ちゃり」も「茶る」も,
「茶」
に込められた含意から来ている。あるいは,「ちゃる」に「茶」の字を当て,「茶」自体にそういう含意が込められるようになったのか,やはり,この前後はよくわからない。
因みに,
無茶,
と当てる「むちゃ」は,「茶」とは関係なく,
「ムタイ(無体)が語尾を落としたムタは『タ』の拗音化でムチャ(無茶)となった」
もので,「滅茶」は,
「ムチャ(無茶)は,『ム』の母交(ue)でメチャ(滅茶)になった」
もの。さらに,
「メチャ(滅茶)はメッタ(滅多)に転音して『滅多打ち・滅多切り・滅多やたら』」
というようになった。また,無茶苦茶は,
「ムドウゴクドウ(無道極道)の転音のムタイコクタイ(無体極体)は,これを早口で発音すると,ムタクタ・ムチャクチャ(無茶苦茶)・メチャクチャ(滅茶苦茶)に転音」
したもので,「茶」は完全に当て字。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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呂律は,
ろれつ,
とも
りょりつ,
とも訓み,また,
律呂(りつりょ)
とも言う。
「呂律(ろれつ)が回らない」で言う,
ろれつ,
である。「呂律が回らない」は,
「酒に酔いなどして言語がはっきりしないさまにいう」
と,『広辞苑』にはある。「呂律」は,
「(リョリツの転)ことばの調子。物を言うときの調子」
とあり,「リョリツ(呂律)」には,
「呂の音と律の音,転じて音階」
とあり,「律呂(りつりょ)」には,
律の音,呂の音,すなわち楽律,
律旋と呂旋,すなわち施法,
とある。つまりは,具体的な呂の音,律の音という音階を言っていたものが,
音階一般,
に転じ,さらに,「ろれつ」と転じて,
ことばの調子,言い方,
にまで変じた,ということらしい。『世界大百科事典』には,「律呂」について,
「中国や日本の音楽用語。呂律(りよりつ)ともいう。本来の字義は,陽陰,天地,甲乙のように,なんらかの集合を二つに分けた場合の名称で,律が標準的なもの,呂がそれに対するものという用い方もあるが,律,呂それぞれに特定の概念があるわけではない。中国では古来音律の意味で律呂の字を用いる(蔡元定《律呂新書》など)。この音律は楽律ともいい,音組織上の音高に関する規定をもさす。〈十二律呂〉という場合は,十二律を六つずつに分けたものをいい,奇数番目の6音律を律,偶数番目の6音律を呂という。」
とあり,どうやら,音階を陰陽になぞらえて,律と呂と区分した,という発想らしい。『語源辞典』をみると,
「中国語で,『ロ(雅楽呂調)+レツ(雅楽律調)』」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ro/roretsu.html
には,
「『呂律』は,もともと中国から伝わった雅楽の言葉『りょりつ』。『りょりつ』は『言葉の調子』を意味し,『呂(りょ)』と『律(りつ)』という音階が合わないことを,『呂律が回らない』と言ったことから,一般にも広まり,『言葉がはっきりしないこと』を意味するようになった。江戸前期の『男重宝記』には『ろれつがまはらぬは,呂律也』とある。」
とある。これだとよくわからない。むしろ,
http://o-gagaku.com/jiten/onritu.html
で,
「洋楽の長音階、短音階に当たるものです。『呂旋(りょせん)』は長音階、『律旋(りつせん)』は短音階に相当します。唐楽(中国経由で伝わった楽曲)の六調子のうち、『壱越調(いちこつちょう)』『双調(そうじょう)』『太食調(たいしきちょう)』は呂旋、『平調(ひょうじょう)』『黄鐘調(おうしきちょう)』『盤渉調(ばんしきちょう)』は律旋に属します。
これは蛇足ですが、『ろれつが回らない』という慣用句は、呂と律を吹き分けられない様を指していたのが、転じて現在の意味に用いられるようになったといわれています。」
という説明が,回らない「呂律」の意味を的確に説明してくれている。
念のため,「呂」と「律」の音階,「律旋」と「呂旋」とはどういうものか。『広辞苑』で見ると,「呂旋(りょせん)」は,
「日本の雅楽・声明(しょうみょう)の七音音階の一。下から,宮(きゅう)・商(しょう)・呂角(りょかく)・律角(りつかく)・徴(ち)・羽(う)・律嬰羽(りつえいう)と呼ばれ,洋楽のソラシドレミファに当たる。雅楽の壱越調(いちこつちょう)・双調(そうじょう)・太食調(たいしきちょう)がこれに当たる。」
「律旋」は,
「日本の雅楽・声明(しょうみょう)の七音音階の一。下から,宮(きゅう)・商(しょう)・嬰商(えいしょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)・嬰羽(えいう)と呼ばれ,洋楽のレミファソラシドに当たる。雅楽の平調(ひょうじょう)・黄鐘調(おうしきちょう)・盤渉調(ばんしきちょう)がこれに相当する。」
とある。ただ,『世界大百科事典』の「旋法」をみると,
「旋法という語は日本の伝統音楽にはなく,明治になって作られたが,雅楽の律と呂ないし半律半呂の関係を律旋(法),呂旋(法)として区別した。これは三分損益の法によって得られた五声(5音音階)を基本音階とし,その第1度(宮)に主音をおく場合を呂旋,第5度(徴)におく場合を律旋としている。」
と,日本語文法と同じく,西洋音楽の思想に合わせて整えた,という類らしい。詳しくは,
http://o-gagaku.com/jiten/onritu.html
http://sky.geocities.jp/stokoji2ooo/gakuri/gakuri.html
http://www.d2.dion.ne.jp/~kaz/gagaku/word/word4.htm
等々に譲るほかない。因みに,「君が代」は,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1347906033
によると,
「壱越調(いちこつちょう)」
だそうである。雅楽の
呂旋,『壱越調(いちこつちょう)』『双調(そうじょう)』『太食調(たいしきちょう)』,
律旋,『平調(ひょうじょう)』『黄鐘調(おうしきちょう)』『盤渉調(ばんしきちょう)』,
の,呂旋に分類される。
「壱越調を西洋音楽の音階に準じると、構成音は『レ・ミ・ファ♯・ソ・ラ・シ・ド』ということなので、音程関係が教会旋法の「D
ミクソリディアン」(ミクソリディアンの主音をDに移調したもの)と同じになります。これは第3音ファ♯が主音レの長三度になるので、長調(長音階)となります。この第三音がファだと主音レの短三度になるので、短調(短音階)になります。ちなみにこの短音階の場合、教会旋法では『D
ドリアン』と言います。しかし、六調子にはDドリアンに相当する旋法は無いようです。呂旋は皆ミクソリディアンと同じですが、主音の3種は『レ・ミ・ソ』、律旋は皆ドリアンと同じですが、主音の3種は『ミ・ラ・し』です。」
とある。音楽に疎いので,この程度で。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
http://o-gagaku.com/jiten/onritu.html
http://sky.geocities.jp/stokoji2ooo/gakuri/gakuri.html
http://www.d2.dion.ne.jp/~kaz/gagaku/word/word4.htm
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Toys/8804/onkai.html
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「青天」とは,
青天の霹靂,
や
青天白日,
の「青天」で,辞書(『広辞苑』)には,
晴れ渡った青空,蒼天(そうてん),晴天,
と意味が載る。しかし,「青天」と「蒼天」とは微妙に違う。「蒼天」は,
青空,大空,蒼空,
春の空,
天の造物主。天帝。上帝,
といった意味があり,確かに,「青空」には違いないが,そこに別のメタファが込められている。因みに,
青天,
と
晴天,
は,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q118362091,
に,
「晴天は晴れた空で多少の雲が有ってもかまわないでしょう。
青天は晴れ渡った青い空の意味で雲は見えない空のことでしょう。」
とあり,気象学的には,
「快晴と晴れと曇りの違いは空を占める雲の割合で決まります。」
とある。『広辞苑』は,「古くはセイデンとも」として,
晴れ渡った空,
天気の良いこと,
とある。『大言海』は,「晴天」は,
「雨天,曇天に対す」
とある。そういういみの「晴れ」である。漢字から見ると,「青」と「蒼」の差は,「」は,
「『生(あおい草の芽生え)+丼(井戸の中に清水のたまったさま)』で,生(セイ)・丼(セイ)のどちらかを音符とかんがえてもよい。あお草や清水のようなすみきったあお空」
で,「蒼」は,
「『艸+音符倉』で,倉(納屋)に取り残された牧草(または新穀)の色」
で,「蒼」は,
「干した青草のような色,くすんだあお色」
になる。因みに,「碧」は,
「『玉+石+音符白(ほのじろい)』。石英のようなほの白さが阿国ひそむあお色。サファイア色」
であるらしい。「紺碧」と使うと,
やや黒味を佩びた青色,
となるらしい。やはり,「青天」でないと,「霹靂」とはならない,か。
「青天の霹靂」とは,
(青天ににわかに起こる雷の意)突然起きる変動,急に生じた大事,
という意味で,陸游(りくゆう)の,
「九月四日鶏未鳴起作」
に,
「青天に霹靂を飛ばす」
とあるのが出典らしい。『語源由来辞典』に,
http://gogen-allguide.com/se/seitennohekireki.html
「『青天の霹靂』の『青天』は雲ひとつない澄んだ青空,『霹靂』は突然雷が鳴ること。青天の霹靂の由来は,中国南宋の詩人,陸游(りくゆう)が『九月四日鶏未鳴起作』の中で,『青天,霹靂を飛ばす』と表現したことによる。『青天,霹靂を飛ばす』は,病床に伏していた陸游が突然起き上がり,筆を走らせた勢いを雷に喩えたもので,本来は筆の勢いを表した言葉であった。」
とあるのが正確な謂れである。
http://melma.com/backnumber_43686_4338744/
に,陸游「四日夜鶏未鳴起作」が載っている。
放翁病過秋 忽起作酔墨
正如久蟄龍 青天飛霹靂
雖云堕怪奇 要勝常憫黙
一朝此翁死 千金求不得
放翁(ほうおう)病(や)みて秋を過ぎ
忽ち起きて酔墨(すいぼく)を作(な)す
正に久しく蟄(かく)るる龍の如く
青天に霹靂を飛ばす
怪奇に堕すと云うと雖も
要は常の憫黙(びんもく)に勝(た)えたり
一朝此の翁(おきな)死すれば
千金求むるも得ず
たしかに,『語源由来辞典』の説くとおりである。放翁とは,陸游の号。陸游の背景は,
http://melma.com/backnumber_43686_4338744/
に詳しい。
「『放翁』とは『放埒な振る舞いをする翁」の意です。世間の人々が陸游を放埒だと誹(そし)るのを逆手(さかて)にとり、諧謔を込めて、五十二歳の年から自らそのように名乗った』」
とある。なかなかのへそ曲がりである。
なお,
青天白日
とは,
よく晴れた日和,
という意味だが,それをメタファとして,
心中包み隠すところの全くないこと,
とか,
無実であることが明らかとなる,
という意味で使われる。『韓愈・崔群与書』に,
「青天白日は、奴隷も亦其の清明を知る」
とあるのに基づく,という。手元の『四字熟語辞典』には,『朱子全書』の,
「孟子の如きは,則ち,青天白日の如く,垢の洗うべきものなし」
を出典とするが,韓愈が元のようである。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
http://melma.com/backnumber_43686_4338744/
http://kanbun.info/koji/seitenheki.html
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「ふてくさる」あるいは「ふてくされる」は,
不貞腐(れ)る,
と当てるが,これは当て字。
捨て鉢になって見せる,不満があって言うことをきかない,
不満があって嫌な振る舞いをする,
といった意味である。語源は,
「フテ(太い)+クサル(腐る,強める)」
で,江戸時代,不貞をフテに当てて使うようになった,とされる。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/hu/futekusareru.html
も,同じで,
「ふてくされるの『ふて』は動詞『ふてる』で、『不貞』は当て字。 ふてるは、『すねる』『
投げやりな行動に出る』『強情を張る』という意味の言葉で、『ふてぶてしい』の『ふて』と 同じく、『ふとい(太い)』の『ふと』からと考えられる。
ふてくされるの『くされる』は『腐る』で 、『いばり腐る』『まじめ腐る』というように,相手の動作に対して軽蔑やののしりの気持ちを表す。」
とある。「ふてる」は,
棄てる,
と当て,『大言海』には,
「棄(ふ)てるは,棄(ふ)つ口語」
とあり,
「心太る意か」
として,
「憤りて,命を聴かず,恨み逆らふ,すてばちになる」
と意味が載る。『古語辞典』には,
ふて(捨て鉢になる意),
ふてごと(ふてくされたこと),
という言葉が載る。著聞集の用例が載るところから見ると,古くから使われていたものらしい。
どうやら「棄(ふ)てる」自体が,
ふてくされる,
という意味を持っている。「腐る」は,それを強めている,ということになる。『広辞苑』には,
「(他の動詞の連用形について)人の動作を軽蔑し,にくむ意を表す(主に関西地方で使う。関東では多く『やがる』)」
とある。
いばりくさる,
まじめくさる,
等々で,『大言海』の,
動作を貶める,
という意味を込める。『大言海』は,実態に近い,「やあがる」として,
「アガルは死ぬる意か,魚の死ぬるに云フ。またサガルとも云ふ(出雲にて)。また,クサルとも云ふ(畿内にて)」
と,説明をしている。因みに,「腐る」の語源は,四説ある。
説1は,「草+る」で,草が腐敗する意,
説2は,「臭+る」で,糞と同源。匂って腐る意,
説3は,「朽+る」で,朽ちていく意,
説4は,「クサ(ぐちゃぐちゃ)+る」で,擬態語の意,
『古語辞典』は,「くさる」を,
クサシ(臭)・クソ(糞)と同根。悪臭を放つようになる意」
と,説1を取っている。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ku/kusaru.html
は,
「腐るの語源は、『くちる(朽ちる)』の『くち』や『くたばる』の『くた』などに通じる語と考えられるが、それ以上のことは不明。
動植物が腐ると悪臭を発することから『くさあるる(臭 荒)』とする説もあるが、『くさい(臭い)』は『くさる』が語源なので、前後関係が逆転して
いる。『くそある(糞生る)』から『くさる』に転じたとする説もあるが,『くそ』も『くさる』もしくは『くさい』から生じたと考えられるため、この説も採れない。」
と,「朽ち」説を取る。臭い状態,ということなのだろう。『古語辞典』は,
「クサリ(腐り)」「クソ(糞)」「クサイ(臭い)」を同根,
としている。『大言海』は,
「くたる(腐る)と通ず,クタ(朽)の條を見よ」
と,「朽ち」説を取り,「くた」に,
「腐(くさ)ると同根。朽ち,朽つと通ず」
としている。『日本語の語源』は,
「クサはクソ(屎)になった」
と,音韻変化から,屎説をとる。そういえば,
クソ遠い,
とか,
クソ忙しい,
とか
やけくそ,
とか,
クソ度胸,
とか,
くそまじめ,
等々の「くそ」は,「くさる」に通じる,
卑しめる,ののしる,又は強調,
といった使い方だ。いずれにしても,両者は無縁ではない。
結局貶めるのに,
〜してくさる,
というとき,
形状や状態,
を見て言っているのか,
臭み,
という感覚で,価値表現で言っているのか,まあ,微妙。その時に応じて使い分けているのかもしれない。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「のほほん」は,どの辞書をみても,
何もしないで,または気を使わないでのんきにしているさま。
とか
物事にこだわらずのんびりとしていること,また,そのような人,
とか
他に無頓着で平然としているさま,
といった意味が載る。どちらかというと,よそから見て,批判的な目線で,例えば,『大言海』だと,
「恥を感ぜぬこと,またそのもの,のんきもの」
とあけすけである。語源は,予想されるように,
擬態語,
で,
「なにもしないでいる状態の副詞(擬態語)」
とあり,
「ノホは鋸で,木挽きが大木を切る時の様子を,何もしないでのんきだと見たのでしょう」
と,暢気な謂れが出ている。ちょっと眉唾な気がするが,真偽はわからない。ただ,『広辞苑』には,
江戸時代の俗謡の囃子詞,
と出ている。で,気になって調べたが,『江戸語大辞典』には載っていない。
しかし,どうも,本来は,
面の皮が厚い,
というか,
馬の面にしょんべん,
といった悪意を含んだ感じだったようなのだ。それが,類語には,「緊迫感がなくゆったりしているさま」の意として,
気長,悠長,呑気,ゆっくり,のんびり,おっとり,ゆったり,悠然,悠々,
と,ひどくのどかな意味になっている。むしろ,
のうのう,
あるいは,
のーのー,
が近いのかもしれない。『広辞苑』には,
心配や気づかいをすることなく,暢気な気分でいるさま,
とある。語源がよくわからないが,「のうのう」は,
喃喃
と当てる。「喃」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/424913724.html
で触れたように,語尾に,
〜だのう,
と付ける。しかし,
「喃」の字の,「南」は,納(中に入れる)と同系の言葉で,中に籠るという意をもつ。で,「口+南」は,
口の中に籠ってはっきり聞き取れない,
つまり,
くちごもりつつしゃべる
という意味となり,「喃喃(なんなん)」とつづけて,
もたもたといつまでもしゃべる,
という意味になる。「のう」と訓ませるのは,わが国独特で,
喃(のう),
で,人に呼び掛ける意味に使う。「喃々(のうのう)」で,
もしもし,
となる。
その他,「喃」で始まる言葉は,
喃語
喃喃(なんなん)
がある。
喃語
は,
乳児のまだ言葉にならない発声,
という意味だが,その他に,
くどくどと話すこと。
男女がむつまじくささやき合うように話すこと。むつごと。
喃喃
も,「なんなん」と訓ませると,
口数多くしゃべり続けるさま,
という本義になる。こう考えると,
「のうのう」
は,太い奴に,傍からは見えるが,その実,意味からは,可愛げが見える。しかし,現代の類語は,
おめおめ,
ぬくぬく,
といった,ある種非難をこめた言い方になっている。主観的には,悠々,だが,その態度そのものが咎められる,という状態である。
逆に,本来,面の皮の厚さを含意していたはずの,
のほほん,
が,どちらかというと,
ものごとに頓着しない,
とか,
おおらかな,
という意味に変っているのが面白い。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
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「まぼろし」は,
幻,
と当てる。意味は,
「実在しないのにその姿が実在するように見えるもの。幻影。はかないもの,きわめて手に入れにくいもののたとえ」
と,『広辞苑』にはある。そのほかに,「幻の何々」というように,
その存在さえ疑わしいほど珍しいもの,
という意味でも使われる。語源は,
「マ(目)+ボロシ(滅ぼし)」
で,
目に浮かんだだけで,消え去るもの,
の意とされる(『語源辞典』)。しかし,『大言海』は,
「目惚(まほる)るの意か」
と異説を立てる。そして,
「実在せぬものの,仮初にあるやうに見えて,まもなく消え失するもの。夢うつつ,まぼろしと云ひて,世のはかなきに云うと多し。夢にして夢にあらず,影にして影にあらぬもの。」
と説明する。「目惚る」は,辞書には載らないが,
http://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%BE/%E5%B9%BB-%E3%81%BE%E3%81%BC%E3%82%8D%E3%81%97%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B/
には,
「目が朦朧となる、ぼんやりする」
という意味とし,
「『目惚る』が語源だとすれば、昔の人も、ありもしないものを見るのは、目がどうかしているからだという冷静な観察眼を持っていたのだと感心する」
と記す。
また,『日本語の語源』は,「まぼろし」を,
「実在しないものの形や様子が実在するかのように『目に見えるようだ』という意味のマミユルラシ(目見ゆるらし)は,ミユ(m(ij)u)の縮約,ルラの縮約(r(ur)a)でマムラシに転化した。さらに,『ム』の母交(母韻の交換)[uo],『ラ』の母交[ao]の結果,マモロシ・マボロシ(幻)に変化した。…ちなみに,『夢』はイミエ(寝見え)で,ミエ(m(j)e)の縮約イメ(万葉)になりユメに転化した。」
と,「まみゆらし」の母音変化と説明する。
「まほろし」の語源は,
目の錯覚とする「目滅ぼし」
か
目がぼんやりする「目惚(まほる)る」
という,所詮目の錯覚,と冷静に見ているものか,
目に見えるようだと現象を説明する「まみゆるらし」
か,ということになるが,
「目に見えるようだ」
を語源とした方が,それを幻覚と知りつつ,その実在感に感嘆している様子が見えて,惹かれる。
「まぼろし」に当てた,「幻」の字は,
「もと,杼(ちょ 機織りの道具の杼(ヒ))の原字を逆にした形で,杼のなかからわずかに糸の端が見えた形。のち幻となの,細い糸がほのかに揺れる姿を示す。」
とあるが,もう一つ説があり,
「予(与えるの意)を逆にしたもので,与えるふりして与えない」
というもの。
どちらも,「まぼろし」のイメージというよりは,
まどわし,
という意味の方が近い気がする。
「幻」の類語だと,
幻影,
幻視,
幻象,
等々となるが,「まぼろし」の類語だと,
うたかた(泡沫),
かりそめ(仮初),
という言葉が似合う。うたかたは,『語源辞典』は,
「ウタ(ウツロ)+カタ(形)」
とするが,『大言海』は,
「空形(ウツカタ)の転になるべし」
とする。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/u/utakata.html
は,
「うたかたの語源には、『ウクタマカタ(浮玉形)』の転、『ウキテエガタキモノ(浮きて得がたきもの)』の略、『ワガタ(輪型)』の『ワ』の
延音『ウタ』、『ウツカタ(空形)』の転など多くの説がある。うたかたは「うたがた」とも言ったことから、『かた』は『形・型』の意味と考えられるが,『うた』については未詳。水面に浮かぶ泡を言う語だが、古くから消えやすくはかないもののたとえとして用いられている。漢字の『泡沫(ほうまつ)』は当て字。」
としている。しかし,『日本語の語源』は,
「水面にウカビタダヨウ(浮かび漂う)泡はウカタダに省略され,ウタカタ(泡沫)に転位した。きえやすいので『消え』の枕詞になった。」
と,まさに,
うかびただよう,
の略とする。とすると,
泡沫,
の字を当てたことには意味が出る。
なお,「かりそめ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/425644622.html
で触れた。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
「企つ」は,
くわだつ,
ではなく,
つまだつ,
と訓ませる。他に,
たくらむ,
とも訓む。『老子』の一節に,
企者不立 跨者不行
企(つまだ)つ者は立たず
跨(はだかる)者は行かず
とある。
「企者」は「「跂者」に同じ,
ともある。「跂」は,
つまだつ,
で,「跂」の字は,
「支は,枝の原字で,みきから細かく分かれた枝。跂は,『足+音符支(キ・シ)』。足の指がわかれていること。」
とある。足の指先で立って,背伸びする」という意になる。
「跨」は,股を広げて,はだかる,足を開いて踏ん張る意。「跨」の字は,
「『足+音符夸(大きく∧型に開く)』で,両足を大きく広げること,股型に大きく広げる意を含む。」
とある。立ちはだかる,の「はだかる」である。『荘子』に,
「人は其の跂(つまだ)つを見るに,猶之魁然たり」
とあるらしい。「魁然」とは,
大きくて目立つ,堂々としているさま,
の意で,つまり,
はた目にはの伸びした危なっかしい人生に見えるが,当人は偉丈夫然と構えて得意この上もない」
という意味になる。上記,『老子』は,二十四章に,
企者不立 跨者不行
自見者不明 自是者不彰
自伐者無功 自矜者不長
其在道也 曰余食贅行
物或悪之 故有道者不処
とあるところから来ている。
企(つまだ)つ者は立たず 跨(はだ)かる者は行かず。
自ずから見(しめ)す者は明らかならず 自ずから是(よ)しとする者は彰(あらわ)れず
自ずから伐(ほこ)る者は功無く 自ずから矜る者は長(ひさ)しからず。
其の道に在(お)けるや余食(よし)贅行(ぜいこう)と曰う
物或(つね)に之を悪(にく)む 故に有道(ゆうどう)者は処(お)らず
全体の文意は明らかである。確かに,
等身大,
を無理に伸ばしてみても,益はないかもしれない。しかし,「企」は,「企画」の「企」でもある。「企」の字は,
「『人+止(趾 あし)』で,人が足先でつま立ちする意を表す。」
で,
「人が足を爪立てて望む」
意である。だから,
企業の「企」,
であり,
企画の「企」,
であり,
企図の「企」,
であり,
投企の「企」
である。ときに,背伸びしなければ,人は,現状の足枷から脱することはできない。
企(つまだ)たざる者は進めず
跨(はだか)らざる者は流さるる
でもあるのではないか。
遠くを見る眼があるから,足元の問題が見える。
遠くの視野があるから,障壁を超える道も見える,
長い時間軸が見えるから,自分を賭けることができる,
のだと,長く企画を考えてきたものとしては,思う。背伸びせぬものに,成長はない。それにしても,「企」の字のつく熟語が少ないことに気づく。ひとは,『老子』の無為自然にからめとられているのかもしれない。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
吉川幸次郎監修『老子』(朝日新聞社)
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「腑に落ちた」という言い回しについて,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012519005
に,
「腑に落ちた、という表現、日本語として正しいですか?今朝の毎日新聞の新聞小説で、宮部みゆきさんが『腑に落ちた』という表現を使っています。この表現には違和感がありますが、日本語の表現として妥当でしょうか?」
という疑問が出ている。確かに,手元の辞書(『広辞苑』)には,
腑に落ちない,
は載り,
「合点がいかない,納得できない」
との意味が載るが,
腑に落ちる,
は載らない。『語源辞典』も,
腑に落ちない,
のみ載り,
「『腑』(はらわた,転じて心)に落ちない意です。心に理解できない。納得できない意です。」
と載る。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/hu/funiochinai.html
を見ると,
「腑に落ちないの『腑』は、『はらわた』『臓腑』のこと。
『腑』は『考え』や『心』が宿るところと考えられ、『心』『心の底』といった意味があるため、『人の意見などが心に入ってこない(
納得できない)』という意味で、『腑に落ちない』となった。
肯定形の『腑に落ちる』は明治時代の文献にも見られ、『納得がいく』『納得する』という意味で用いることは誤用ではないが、一般に『腑に落ちる』の形で用いられることが少なくなり、使い慣れない・聞き慣れない言葉を使われる違和感から、『正しい日本語ではない』と誤解されることが多くなった。」
と,肯定形もある,と説くが,僕の実感では,
腑に落ちた,
という言い方を,知識レベルではなく,実感レベルで了解できた意で使うことが多い気がする。あるいは,
心底わかった,
という感覚で使う。『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/hu/funiochinai.html
は,「腑に落ちない」で,
「『腑に落ちない』で、納得いかない・合点がいかない状態をいう。一般的には『落ちない』『落ちかねる』など否定的な表現で使うが、『腑に落ちる』が『納得がいく』の意味でも使われている。」
とあるのが妥当なのだろう。
『大言海』の「腑」の項を見ると,「臓腑」の意味の他に,
「俗に,思慮分別の宿る所。腑の足らぬとは,料簡の不足の意。腑の抜けるとは,料簡の脱したる意。」
とある。『語源辞典』には,「腑抜け」を,
「『腑+抜け』です。身体の中の臓腑が抜けている意です。信念や大度にしっかりしたものがない意です。」
とある。しかし,『日本語語感の辞典』では,
意気地なし,
の意になっている。
根性がない,
元気がない,
といった意味の外延をひっぱった感じな気がする。漢字「腑」は,
「府は,いろいろな物をまとめて置く所。付と同系のことば。腑は『肉+府』で,体内にある食物や液体のくら。もと府と書いた。」
とある。漢方で言う,
五臓六腑,
つまり,五臓は,
肝・心・脾・肺・腎(心包を加え六臓とも)
を指す。六腑は,
胃・肝・三焦(リンパ管を指す)・膀胱・大腸・小腸,
を言う。詳細は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%87%93%E5%85%AD%E8%85%91
に譲るが,身体の中心で,
得心した,
あるいは,
得心しない,
という意味になる。この体感覚は,凄いと思う。単に,
合点した,
というのとも,
理解した,
というのとも違う。
胸にストンと落ちる,
というのが,感覚としては合っているかもしれない。
参考文献;
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
上へ
「そっけない」は,
素っ気無い,
と当てる。『広辞苑』には,
「(スゲナシを『素気無し』と書いたところから)おもいやりがない。愛想がない。趣きや潤いがない。」
と意味が載る。単なる,具体的な,人の態度や振る舞いから,抽象的な趣きにまで,意味の幅がある。他の辞書には,
好意が感じられない,
他人に対する思いやりや温かさが感じられない,
と,もう少し具体的なニュアンスが意味に加えられている。『日本語語感の辞典』には,
無愛想で相手に対する好意や思いやりが感じられない意,
と,よりニュアンスの焦点が絞られる。
語源は,辞書(『広辞苑』)にある通り,
「『スゲ(素気)+ない』を『ソッケ(素気)ナイ』と読んだものです。冷淡の意です。」
で,では「すげ(素気)ない」は,というと,
「古語『すがなしの変化』。ヨスガナシ(因所無)です。つれない。薄情。冷淡,の意です。」
とある。『古語辞典』の「すがなし」をみると,
「一人いてこころたのしまない」
と,意味が載る。「よすがなし」の「よすが」は,
便,
因,
縁,
の字を当て,『古語辞典』には,
「奈良時代ヨスカと清音。ヨス(寄)カ(処)の意。類義語ユカリはたぐっていくと,何らかの縁のあることで,多く人間関係にいう」
と注記して,
身を近づけ寄せる所,
という文字通りの意味から,
(引かれて)気持ちを注ぐ所,心のよりどころ,
血縁者,親類,
手掛かり,
と,意味が広がっていく。因みに,『古語辞典』の「ゆかり」の項には,
「つながりをたどれば見いだされる関係。類義語エン(縁)は仏教用語で,結果を生じさせる必然のつながりのきっかけ」
とある。いわゆる「薩摩の芋づる」とはまさにユカリのことである。
で,「よすが(拠処)」の意味に戻すと,『広辞苑』でも,「手掛かり」の意味は,
物事をするのに,たよりとなること,
とあり,やはり,「寄り所」の含意の範囲の中に入っている。
「そっけない」の類語を見ていくと,この言葉の語用の幅がよく見える。ひとつは,
愛想がない,
の意味範囲で,そこには,
つれない,
よそよそしい,
みずくさい,
木で鼻をくくったような,
けんもほろろ,
にべもない,
取り付く島もない,
つっけんどん,
つんけん,
等々が並ぶ。「木で鼻をくくったような」は,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/423124944.html
で,「けんもほろろ」は,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/420594101.html
で,「つんけん」は,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/436980398.html
で,それぞれ触れた。
他方,
趣き,
の意味範囲では,「味もそっけもない」という使い方をするが,
つまらない,
味気なし,
興醒め,
散文的,
趣がない,
といった類語が並ぶ。人の態度,振る舞いが,対象の味わいのなさに意味を広げているが,
よすががない,
とは,取り付く島がないのであり,対象が,ヒトであれ,モノであれ,コトであれ,モノゴトであれ,心が通じるものがない,と言っているのだろうか。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「数寄」あるいは「数奇」は,
「好き」の当て字,
である。『大言海』には,
「数奇(すうき)と混ずるを恐れて,寄の字になす」
とあるので,もとは,「数奇」だったのかもしれない。ちなみに,「数奇(すうき)」は,
「『数』は運命,『奇』はくいちがう意」
とあり,不遇という意の他に,「数奇な運命」というように,
境遇の変化が激しいこと,
の意で使う。
話を元へ戻すと,「数寄」について,『広辞苑』には,
「特に茶の湯などを好むこと」
とあるが,少し意味が限定されすぎているのではないか。確かに,
「茶の湯を意味する言葉。平安時代には,〈好く〉の連用形である〈好き〉は色好み,あるいは風流文雅を好むこと,の意味であった。鎌倉時代に入ると,色好みとは区別して〈数寄〉という文字が使われるようになったが,それはもっぱら歌道の風流を意味する語として用いられていた。数寄が茶の湯を対象とするようになったことを示す早い例は,歌論集《正徹物語》(1444‐52ころ成立)であり,歌数寄に対して〈茶数寄〉という語が用いられている。」(『世界大百科事典
第2版』)
という説明もあるが,中世末の『日葡辞典』には,
「ある事柄に心を寄せる」
という意味を載せているし,『大言海』も,「数寄」と「数奇」の由来を,
「下學集,下,言辞門『数奇,辟愛之義也』,節用集『茶數奇』,慶長節用集『數奇』,正保慶安節用集『數寄』,難波江,五,上『孝(岡本保孝)云,下學集より,慶長十六年の節用集までは,奇僻の奇の字を書き,正保三年の節用集より,今日までは,寄附の寄の字を書く,いかなる事にか,云々,抑スキと云ふ詞は,数奇の字音にあらぬこと,云ふも更なり,史記李廣伝に,數奇の字面あれど,ここに由あることにあらず,只,スキと云ふ詞を,數奇と書けるまでの假字なり。字義を採るにあらず,スキと云ふは,物に執着すること,其の事に偏(かたよ)る事にて,好色の事のみにあらず,歌にも,絵にも,仏事にも,何にも云へば,茶の道に限らぬことも,推して知るべし。物語文などに,好色の事に,多く用ふるは,人人の好み,さまざまにあるが中に,好色は,おし渡してあるものなれば,おのづから,所所に多く見ゆるなり。枕草子に,みかどの,女御に,古今集の歌,試給ふ所,又,大臣の誦経せさせ給ふ所に,スキズキシとあるは,歌と仏事となり。源氏物語の繪合せの巻に,スキズキシと云ふは繪なり。同物語の松風の巻なるは,風流の事に云ふにて,好色の事にあらず。鴨長明が發心集,六の巻なる,永秀法師のスキは,横笛の事なり。又,源氏物語の若紫の巻に,嗄れたる聲の,いといたうスキ僻めるも,あはれにとあるは,世の人には,物遠く,頑なに偏(かたよ)りて,打僻めるを云ふ也けり。老人の歯落ちて,聲のスクと云ふ説は,取るに足らず』」
と,引用している。ついでに,
「器用を地盤として,数奇を第一とすべし。器用と,稽古と,スキと,三つのうち,スキこそ物の上手なりけり」
と,『紀逸雑話』を引用している。これは,『論語』の,
「これを知る者はこれを好む者に如かず,これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」
を思わせる。
もうひとつ,数寄者についての,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E5%AF%84%E8%80%85
での記事にも,
「『数寄』とは本来『好き』の意味であり、特殊な当て字として流布している。専門業とはせずに何らかの芸事に打ち込む様を、特に『すき』と称しているのであり、現代の俗語としては『あんたもすきね』『ものずき』などに通じる。
古くは『すきもの』とは和歌を作ることに執心な人物を指した様であるが、室町時代には連歌が流行し、特に『数寄』が連歌を指すようになったとされる。
さらに桃山時代には富裕な町衆の間で茶の湯が流行し、『数寄』も連歌から茶の湯へと意味を変えている。このため江戸時代には、数寄のための家『数寄屋』も茶室の別称として定着する。」
と,簡にして要をえた説明をしている。要は,「数寄」とは,
「好きだなあ」
と,傍の人が言っている意味だと考えていい。
数寄を凝らす,
も,広く,
風流の意匠を尽くす,
という意味になるが,ようするに,凝っているのである。「好き」は,語源的には,
「心を寄せる」
という意らしいが,『古語辞典』を見ると,
気に入ったものに対してひたすら心が走る,一途になる,
という意味が最初に載る。それが,恋や趣味・芸道に流用されたのではないか。『江戸語大辞典』になると,
好きな事,
勝手,
という意味にシフトしていて,
好きに為る,
と,今でも使うことばが使われるようになる。「すき」に「好」の字を当てるが,この字は,
「『女+子(こども)』で,女性が子供を大切に庇ってかわいがるさまを示す。大事にかわいがる意を含む。このむ(動詞)は去声,よい(形容詞)は上声に読む」
とあり,「すき」にこの字を当てたのはなかなか含意が深い。
「つう」について,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/437747411.html
で触れたように,必ずしも,褒めているとは限らない。周囲の貼るレッテルである。あるいは,
数寄,
あるいは
数寄者,
も,
数寄に赤烏帽子,
のように,多少揶揄するように,「数寄」と名づけたのかもしれない。自称する数寄者にはろくなものがいない気がする。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
上へ
気心とは,
「その人が本来持っている気質,気立て,気前」
と,『広辞苑』には載る。
気心が通じる間柄,
とか,
気心の知れた仲間,
とか,
気心が知れない,
という使い方をするのだが,辞書の意味との乖離を感じる。
『実用日本語表現辞典』
http://www.weblio.jp/content/%E6%B0%97%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%9F%A5%E3%82%8C%E3%81%9F
では,「気心の知れた」を,
「親しい、仲の良い、気の置けない、気安い、などの意味の表現」
とする。「気心の知れた間柄だ」という場合,
気の置けない,
といった程度の意味のはずだ。
「気心」という言葉,『古語辞典』『江戸語大辞典』には載らない。『大言海』には,
気性と,心底と。心意気。
と意味が載り,
気心の知れぬ人,
と用例が載る。
「気性と,心底と」
なら,意味が通じるが,
心意気,
となると,また少し違和感がある。
「気(氣)」の字は,前にも触れたが,
「气(き)は,息が屈折しながら出てくるさま。氣は『米+音符氣』で,米をふかすと気に出る蒸気のこと」
で,本来,
いき(息),
の意味。そこから,
人間の心身の活力,
を意味し,「気を養う」とか,「気,壱ならば則ち志をうごかすなり」といった使い方をする。さらに,漢方の,
人体を守り,生命を保つ要請の力,
となり,広く,
人間の感情や衝動のもととなる,心の活力,
となり,「元気」「気力」となって,
こころもち,
とか,
うまれつき,
とかの意味を持ち,気性,気質,気象,と使われるようになる。
「心」の字は,これも前に触れたが,心臓を描いた象形文字で,
「シンというのは,沁(シン しみわたる)・滲(シン しみわたる)・浸(シン しみわたる)と同系で,血液を細い血管のすみずみまで,しみわたらせる心臓の働きに着目したもの」
であり,本来,心臓を指し,そこから敷衍して,
精神,考え,
へと広がっていくが,我が国では,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440591304.html
で,「心が通じる」について触れたように,「こころ」に当て,
思いやり,
趣味を解する気持ち,
という意味に偏していく。和語の「こころ」は,
「『コゴル(凝固)』が語源です。体の中にあるもやもやしたものが凝り固まったものをココロと言い表したのです。心の存在する場所を心臓としたのは中国の影響かと思われます。現代的に表現すると,『人間の精神のはたらきを凝集したもの』が,こころです。」
とあるし,『大言海』も,
「凝り凝りの,ここり,こころと転じたる語なり。されば,ここりとも云へり」
から,「こころ」とは,
知情意,
の「心」ではなく,限りなく,
情のみの,
思い,
とか,
気持ち,
へとシフトしてしまった。その意味では,気心は,漢字の意味に引きずられるのでなければ,
気立て
や
気質
や
心意気
ではなく,情(「じょう」というより「なさけ」)の方ではないか。とすれば,
気の置けない,
気安い,
という心情を指しているというべきではないか,という気がする。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
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「性懲り」は,
しょうこり,
と訓み,
心底から本当に悔いること,
と,『広辞苑』には意味が載る。多く,
性懲りもない,
という使い方をする。
幾度こらしめられても,こりることがない同じ過ちを繰り返しても一向に改めない,
という意味である。「性懲り」には,『デジタル大辞泉』は,さらに,
懲り懲りすること,
とも載せる。「懲り懲りする」とは,
ひどく懲りること,
だが,『デジタル大辞泉』『大辞林 第三版』には,
「古くは『こりこり』とも」
として,形容動詞として,
すっかり懲りて嫌になるさま。ひどく懲りて,二度と同じことはしたくない気持ちを表す語,
と,「二日酔いはもう懲り懲りだ」という使い方と,副詞として,
(多く「こりごりする」の形で)ひどく懲りて二度としたくないさま,
を載せる。「懲りる」は,
ひどい目に会って,二度とすまいと思う,
という意味だが,語源は,
「コ(懲)+ルの上一段化」
とある。万葉集(三八四)の,
「こりずてまたも蒔(ま)かむとそ思ふ」
という用例を載せるものもあり,古くから使われていたものらしい。『大辞林 第三版』には,
みこる(見懲る),
という言葉が載っていて,
見てこりる,
という意味らしく,
「男ども見懲りて,おぢわななき,え車につかず」
と,『落窪 』から用例をもってきている。
「懲りる」の「懲」の字は,
「徴(ちょう)は,『微(すこし)の略体+王』の会意文字で,少し頭をだしたとたんに,その才人を召出すこと。懲は『心+音符徴』で,少し頭をのぞかせた悪事をとらえて制裁を加えること」
で,
こらしめる。表面に洗彫れた悪事のきざしを抑えて将来を戒める,
と
こりる。頭を出したとたんいためつけられてこりごりする,
と,受動と発動の二つの意味がある。「こる」に「懲」をあてて,
懲りる,
と
懲らす,
の二つの意味が,ダブる。「性」の字は,「セイ」だが,漢音では,「ショウ」,呉音はxing。
「生は,『若芽の形+土』で,芽が地上に生え出るさま。生き生きとして新しい意を含む。性は『心+音符生』で,うまれつきの澄み切った心のこと」
とある。「性」の意味は,
生まれつき持っている心の働きの特徴,
であり,
さが,ひととなり,人や物に備わる本質,
といった意味になる。和語には,こういう文脈を離れた抽象度の高い言葉はないので,
さが,
という言葉も,由来は,
「中国音sangに,母韻aが加わったもの」
で,『大言海』は,
「然(しか)の転にて,(其髪(しがかみ),さがみ,倒(さかさま),さかしま,手節(てぶし),たぶさ)然(しか)あるものの意にもあらむか。古事記,上三,『女人先言不良』の條に,古事記伝『性を佐賀と訓めり云々』,自然に然あることを云ふ言なり」
とあり,本来の意味よりも,
もってうまれた性質や宿命,
や
ならわし,くせ,
や
前兆,きざし(「成立の意より転じて本性の意」),
と,
「こころよからぬ性質(さが)故に,あなたを苦界に沈むる巧計(たくらみ)」
という用例に見るように,あまりいい「うまれつき」ではないニュアンスが出ている。『古語辞典』には,
「生(なま)のままに性質や運命を,人間の力ではどうにもできないものととらえていう語。多くよくない性質について使う。」
と言い切り,
どうにもならない性質,
人力ではどうにもならない本性,
悪い性質,
という意味のみ載せる。「性」の字の意味が変わったのだ。しかし,「性(せい・しゃう)」と訓ませると,
本性,
性質,
あるいは,
たち,性分,
と,少しニュートラルに戻る気がする。こんにちでは,性別の含意が濃くなる。その意味で,
性懲りもない,
で使う,「性」は,かつて「しゃう」と訓んでいたものが,今風に,「しょう」になったのではないか。とすると,その「性」は,「さが」の方ではない,本性,つまり,字義通り,
おのれの性根から,
という意味なのだろう。しかし,この語は,今日,死語である。われわれは,「せい」ではない「さが」が際立つようになったのだから。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「気さく」は,『広辞苑』には,
「気性がさっぱりして,物事にこだわらないこと。打ち解けて気軽なさま」
との意味が載る。他の辞書も大同小異,
「人柄・性質がさっぱりしていて,親しみやすく気軽なさま。」(大辞林 第三版『』)
「人柄がさっぱりしていて、こだわらないさま。気取りがなく親しみやすいさま。」(『デジタル大辞泉』)
である。物の性質から人の性質に敷衍したのか,それとも人の性質を物に広げたのか,これだけではちょっとはっきりしない。
語源は,『由来・語源辞典』に,
「気さくの『さく』は、形容詞『さくい』の語幹。『さくい』は中世から見られる語で、『淡白だ』または『壊れやすい』を意味し、『さくい』のみでも『気さく』を意味していた。この『さくい』の語幹に『気』をそえて形容動詞となったもので、『気性が淡白なさま』を表すようになった。」
とあり,これによれば,物の性質が,
もろい,
とか
淡泊,
とか
壊れやすい,
と表現していたものを,「気」を付けて,人の性質に転じた,ととれる。『古語辞典』には,「さくい」を,
あっさりしている,気さくである,
と
もろい,こわれやすい,
の両方を載せる。『大言海』は,「気さく」を載せず,「さくい」に,
「粘気(ねばりけ)なきを,サクサクと云ふ。其の條をみよ。」
とあり,
解けやすし,わかれやすし(粘しの反),鬆(ス),
心,打ち解けたる状り,気軽なり,気さくなり,爽懐,洒落(さくい気性),
と意味を載せる。「さくさく」を見ると,
「粘気なきものを切る音より云ふ」
とあって,
「物を。容易(たやす)く噛み,又は切る音などに云ふ語」
とある。つまり,擬音語である。「さくさく」は,『擬音語辞典』では,
「林檎や揚げ物の衣,パイ生地などを,噛んだり,切ったりする時の,リズミカルで軽い音。またそのときの歯ごたえ,旨そうな印象を与える語」
「霜柱や雪,かき氷など,水分を含んだ固体が,踏まれたり,混ぜられたりして崩れていく小気味よい音。」
とあり,類義語に,
さくっ,
ざくざく,
を挙げ,
「連続する音や様子をあらわす」
「さくさく」に対して,「さくっ」は,
「一回だけ警戒に切ったり混ぜたりする時に使う。梨などを一噛みしたときの爽やかな歯触りなどに用いられる。」
とし,「ざくざく」は,「さくさく」より重い音や様子で,
「ややかたさのある物を,粗く警戒に切ったり,噛んだりする時の音,またそのときの歯ごたえ」
とする。ここからは億説かもしれないが,
さくい,
という言葉自体が,
さくっ,
という擬音語から来たのではないのか。とすると,本来は,対象あるいは,それを切ったりしている時の感触を表現していた語なのではあるまいか。それをメタファとして,人の性質に当てはめた,と。『大言海』の,
粘気の対,
というのはその意味ではあるまいか。とすると,本来,「気さく」は,
さっぱりしている,
というより,
軽快さ,
あるいは,今日「さくさく」に,
サクサク片づける,
という使い方をする時の,
手際よく,
とか
てきぱき,
という意味が近い気がする。事実,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ki/kisaku.html
には,中世末の日葡辞典に,「さくい人」が載っており,
「敏活でてきぱきした人」
とある。『江戸語大辞典』の「気さく」は,
気のきくこと,
淡泊で快活な気質,
とあり,「てきぱき」から,少し意味がシフトしている。
気性がさっぱりして,物事にこだわらない,
という意味とほぼ地続きになっている。
参考文献;
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
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「臍で茶を沸かす」
は,
「臍が茶を沸かす」
とも,
臍茶,
とも言う。
「おかしくて仕方がない,または,ばかばかしくて仕方がないたとえ。多く嘲りの意をこめて使う」
と,『故事ことわざの辞典』には載る。『故事ことわざ辞典』
http://kotowaza-allguide.com/he/hesodecha.html
には,
「大笑いして腹が捩よじれる様子が、湯が沸き上がるのに似ていることから。」
と注釈している。
似た言い回しに,
臍が茶たいて西国せんと言う,
臍が入唐渡天(にっとうとてん)する,
臍が宿替え(店替え)かる,
臍が四つ竹を打つ,
臍が笑う,
臍が茶を挽く,
等々がある。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1034110450
には,
「元々の語源は『へそを茶化す』のようです。江戸時代の浄瑠璃に出てくる言い回しで、『へそをばかにして大笑いする』という意味があります。
当時の人は他人に素肌を見せる機会が少なかったため、もし、へそが見えようものなら『へそを見せやがった』と言って大笑いしたとのことです。つまり、へそが茶化されたと言う事ですが、それが時を経て徐々に変化し、『茶を沸かす』となったようです。」
「臍を茶化す」について,
http://www.za.ztv.ne.jp/vgv7ynpq/homepage/zatugaku/zatugaku-list/heso-tya.html
にも,
「『へそを茶化す』とは、江戸時代の浄瑠璃に出てくる言い回しで、意味は『へそをばかにして大笑いする』ということ。
今のように若い女性の水着姿なんてありえない時代に、 当時の人は他人に素肌を見せるという事が滅多になかったため
たまにへそでも見えようものなら『あの野郎、へそを見せやがった』と言って大笑いしたのです。
つまり、へそが茶化されたと言う事ですが、それがいつしか『茶を沸かす』となったのでした。」
と載る。この辺りの真偽は,さておくとしても,「茶々を入れる」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440686901.html
で触れたように,
「茶」の自体には,からかう含意はないのに,『古語辞典』には,
ちゃり,
という動詞が載り(『広辞苑』では「茶利」と当てる),
ふざける,
という意味だが,その名詞は,
滑稽な文句または動作,ふざけた言動,おどけ,
という意味が載る。どちらが先かはわからないが,あわせて,
(人形浄瑠璃や歌舞伎で)滑稽な段や場面,また滑稽な語り方や演技,
という意味が載る。歌舞伎や人形浄瑠璃から出て,「ちゃり」がふざける意になったのか,ふざける意の「ちゃり」を,浄瑠璃などで転用したのかは,ここからはわからない。『大言海』は,「茶利」を,
「戯(ざれ)の転」
として,
洒落,おどけ口,諧謔,又おどけたる文句,
という意味を載せる。しかし,『江戸語大辞典』は,
操り・浄瑠璃用語。滑稽,道化,
と載る。どちらが先かは,つかめない。
茶利語り,
茶利声,
は,そういう滑稽な語り口や声を指す。なにはともあれ,ともかく,「茶」には,
ふざける,
含意がつきまとうらしい。『江戸語大辞典』は,「茶」の項に,
遊里用語,交合,
人の言うことをはぐらかすこと,
ばかばかしい,
という意味が載り,それを使った,
茶に受ける(冗談事として応対する),
茶に掛かる(半ばふざけている),
茶に為る(相手のいうことをはぐらかす,愚弄する),
茶に成る(軽んずる,馬鹿を見る),
茶を言う(いい加減なことを言う)
等々という使われ方を載せていて,
ちゃかす(茶化す),
はその流れにある。
茶化すは,
「茶にする」
と同じで,語源は,
「『チャル(戯る・ふざける)+カス(接尾語,他に及ぼす)』です。
とされる。
ちゃらかす,
とも言う(「おちゃらかす」とも言う)。『江戸語大辞典』には,「茶る」という項が載り,
「茶の動詞化」
として,
おどける,ふざける,
の意味が載る。どうも「ちゃり」も「茶る」も,
「茶」
に込められた含意から来ている。あるいは,「ちゃる」に「茶」の字を当て,「茶」自体にそういう含意が込められるようになったのか,この前後はよくわからない。
こう考えると,
「臍で茶を沸かす」
で,「茶」を使った背景は,存外奥が深いようだ。
臍は,『語源辞典』には,
「ヘソは,『hoso heso』で,改まったとき,『hozo』です。」
とあるが,『大言海』は,
「俗に臍をヘソといふは,ホソの転ずる也」
という『倭訓栞』を引き,「ほぞ」をみると,
「清音にホソ。転じてヘソ。沖縄にてフス」
と載る。どうやら,平安時代末期までは「ホソ」と清音だったらしい。『日本語の語源』は,奥舌母音と前舌母音間の母音交替の例として,
オ(o)→エ(e)間の交替,
として,
ほそ→へそ
を挙げている。因みに,「臍」の,字は,
「齊(セイ・サイ)(=斉)の原字は,◇印がが三つ斉然と並んださま。のちに下に板または布の形を添えた。臍は『肉+齊』で,斉然として人体の中央にある部分」
とある。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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かなは,
仮名,
あるいは,
仮字,
と当てる。本来,
カリナ,
と,訓んでいたものが,音便化し,
カンナ,
となり,カナとなった。『大言海』は,「かんな」で載る。「かりな」→「かんな」の変化を,
「残りの雪,のこんのゆき,尾張,をわんぬ」
と同趣で,さらに,「かんな」→「かな」の変化を,
「案内(あんない),あない,本尊(ほんぞん),ほぞん」
と,例を挙げる。
「かな」は,漢字を真名と訓んだ,その対で,
「正式な文字とされた漢字に対して,私的な仮の名」
の意味である。「名(な)」とは,『大言海』に,
「名の義と云ふ」
とあり,文字の意味。周禮,春官篇「外史,掌達書名於四方」の注に,
「古曰名,今曰字」
を載せる。
「仮名(かな)とは、漢字をもとにして日本で作られた文字のこと。現在一般には平仮名と片仮名のことを指す」,
とあるが,『広辞苑』は,
「漢字から発生した,日本固有の音節文字」
として,広義には,
万葉仮名,
草仮名,
平仮名,
片仮名,
を指し,狭義には,
平仮名,
片仮名,
を指す,とする。万葉仮名は,
「上代に日本語を表記するために漢字の音を借用して用いられた文字のことである。『万葉集』での表記に代表されるため、この名前がある」
で,草仮名は,万葉仮名の草 (書) 体をいう。「草 (そう) の仮名」ともいう。
片仮名は,
「カタ(片・一部)+仮(仮の)+名(字)」
で,漢字の一部を取って表したから,この名がある。
平仮名は,
「ヒラ(普通の)+仮名」
で,片仮名の「カタ(一部分)+仮名」に対照して使われるが,
漢字を音で表記した万葉仮名を崩した草仮名を更に簡略化した」
ものということになる。『大言海』は,
「真名(漢字)の音,又は訓を取りて,国語の音を写すに,仮り用ゐる字の義なり。人を,比止と書き,瓶を加女など書くが如きを云ふ。…即ち仮借字にて,これを真名書きと云ふ,是れ仮名なり。奈良朝の頃までは,すべて真名書(万葉仮名)なりしに,其の字の画の多くして,書くに難渋なるの因りて,平安朝の初期に至り,婦人の用に,比止,加女などの草書の體を,甚だしく崩して,ひと,かめ,などと書き取ることとなりて,草仮名とと云ひ,女手(おんなで)とも云ひ,遂に,此草仮名を,専ら,単に,かな,かんな,と云うふやうになり(後にひらがなの称,起こる)」
云々と説明する。片仮名は,由来が異なり,
「片仮名の起源は9世紀初めの奈良の古宗派の学僧たちの間で漢文を和読するために、訓点として借字(万葉仮名)の一部の字画を省略し付記したものに始まると考えられている。この借字は当初、経典の行間の余白などにヲコト点とともに使われていた。それが小さく素早く記す必要から字形の省略・簡化が進んだ結果、現在見る片仮名の原型となり、ヲコト点に成り代わって盛んに訓読に利用されるようになった。片仮名はその発生の由来から、僧侶や博士家などによって漢字の音や和訓を注記するために使われることが多く、ごく初期から漢字仮名交り文に用いた例も見られる。後には歌集や物語をはじめ、一般社会の日常の筆記にも使用範囲が広がったが、平仮名で書かれたものが美的な価値をもって鑑賞されるに至ったのと比べると、記号的・符号的性格が強い。」
とあり,尺八などの邦楽の譜面に用いられているような,一種の記号として使われていたようだ。『大言海』には,
「真名(漢字)を手短く書き取るためにできたるものなり。カタとは,真名の伊の字の偏のみ取りて,『イ』に作り,呂の字の上部のみ取りて『ロ』に作れるなどにて,其の真名の偏方(かたへ)なる意なり。其の初めは,村を寸,岐を支,…など省き記せるに起こり,遂に菩薩を『ササ』,縁覚を『ヨヨ』と,其の一片を取りて,速記の用としたる,抄物書きに成れるなり。されば,古き片仮名には,『乀(キ)』『卩(ミ)』…などの種々なりき」
とあり,
「当初は字体に個人差・集団差が大きく、10世紀中頃までは異体字が多く見られ、時代を経るに従って字体の整理が進み、12世紀には現在のそれと近いものになった。」
のだそうだ。いまでは,片仮名は,外国語や擬態語と,使い分けているが,
「平仮名と片仮名の使い分けは長年に渡って統一されなかったが、第二次世界大戦後あたりから、文章の表記には原則として平仮名を用い、片仮名は外来語など特殊な場合に用いるスタイルとなった。」
というのは,意外である。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%AE%E5%90%8D_(%E6%96%87%E5%AD%97)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E4%BB%AE%E5%90%8D
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%87%E4%BB%AE%E5%90%8D
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「おごそか」は,
厳(嚴)か,
と当てるが,
荘(莊),
儼,
粛,
矜,
等々とも当てる。
威厳正しく,近寄りにくいさま,いかめしいさま,厳粛,
と,辞書(『広辞苑』)には意味が載る。その他に,
重々しくいかめしいさま,
といった意味を載せるものもある。
http://hyogen.info/word/4682362
には,
「普段とは違うきちんとした雰囲気で、近寄りにくいさま。静かで落ちついていて、真剣にならずにいられない雰囲気があるさま。ふざけてはいけないような雰囲気。」
として,使い方は,
夕焼けの雲が西の空から広がって、厳かに見えるほど単純な深さで半天をばら色に染める(夕焼けの雲の表現・描写・類語)
晴れた冬の日のアルプスの山々が、岩の殿堂のように厳かに立ち並ぶ景観(山脈・山の連なりの表現・描写・類語)
宗教音楽のような厳かな音楽(音楽の表現・描写・類語)
巫女のようにおごそかに託宣を下す(占い・お告げの表現・描写・類語)
厳かな儀式を見守るような目(目(瞳)の表情の表現・描写・類語)
等々を挙げている。語感としては,
態度や雰囲気などに威厳があって近寄りがたい,
といったニュアンスである。語源は,
「『オオ(大)+ゴ(凝)+そかか(状態)』です。大いなることが起こった緊張状態を言うことばです。」
とある。『大言海』も,
「オゴは,大(おほ)ゴルなど云ふ意の約か(ひろごる,ほどこる)。ソカは,副詞の語尾,おろそか,あはそか,あり。」
と,ほぼ同じ語源説をとる。ただ,
「礼儀正しく,慎みて」
と,雰囲気側ではなく,主体側の姿勢に焦点を当てているのが,微妙に違う。「こる」が,
凝る,
なら,
より固まる,ひとつに集まる,
凍る,
といった意味で,「こごる(固まる・集中する)」が語源で,緊張した主体の雰囲気が伝わる言葉で,外の雰囲気ではなく,それに威圧されて慎むというニュアンスがよく出る。
『古語辞典』は,
「オゴは,オゴリ(傲)のオゴと同根。自らを高いものとしてと人に対すること。ソカは,おろそか(疎)・あはそか(淡)のソカと同じ,状態を表す接尾語。」
と,まったく異なり,意味も,主体側の視点なのに,
「威容をもって高所から人に対するさま」
という意味を載せる。この意味なら,
矜(おごそ)か,
と当てる意味がある。ただし,『古語辞典』は,
「漢文訓読に使い,和文脈では使わない」
と,注記する。いつから,普通に使いだしたものかは,よくわからないが,『古語辞典』を信ずるなら,当初は,
威厳と厳粛さ,
を自分視点で言っていた主体表現が,その場の雰囲気の状態表現になり,同時に,その場で畏まっている主体評価にもなった,ということになる。たとえば,
「ほこる(誇る)」は,子音の「h」が脱落して,「おごる(驕る)」になった,
とされるが,別の見方をすると,主体表現の「誇る」が,状態表現として,「驕る」になったとも見える。言葉は,視点を変えていくものらしい。
因みに,「厳(嚴)」の字は,
「嚴の下部(音ガン)は,いかつくどっしりした意を拭きむ。巖(がん 岩)の原字。嚴は,それを音符にし,口立つ(口やかましい)を加えた字。いかついことばを口やかましくきびしく取り締まることを示す」
と,「おごそか」ではあるが,
いかめしさ,
とか,
厳しさ,
のニュアンスが強い。その意味では,『古語辞典』の言う原義が,この字を当てた主意としては,通るのではないか,という気がする。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「そうろふ」は,
候ふ,
と当てる。『広辞苑』には,
「さぶらふの転」
とあり,
目上の人のそばに控える,つかえる,はべる,
「あり」の謙譲語,または「あり」の丁寧な言い方,
等々と意味が載る。瞬間に,
さむらい(侍・士),
との関連を想像した。『広辞苑』には,「さむらい」について,
「さぶらひ」の転,
とあり,いわゆる武士の意味の他に,
「さぶらい」に同じ,
とある。「さぶらい」を見ると,
「さぶらふの連用形から」
とあり,
主君のそばに使えること,また,その人,
平安時代,親王,摂関,公卿家に仕えて,家務を執行した者。多く,五位,六位に叙せられた。
武器をもって貴族の警固に任じた者。平安中期,禁中滝口,院の北面,東宮の帯刀(たちはき)などの武士の称,
とあり,「さぶらふ」「さぶらひ」と,ほぼ意味が重なる。つまり,
侍する,
仕える,
という状態表現が,一方で,謙譲の価値表現の「候」に,他方に,その状態自体を擬人化して「侍」に転じていったと想像される。
語源で確かめておくと,「そうろう」は,
「『さぶらふ(仕える,ある,いる)の音韻変化』で,伺候する,の敬語」
であり,「さむらい」は,
「『サブラフ(侍ふ)の連用形。サブラヒ,サモラヒ,サムラビと音韻変化した語』です。高位の人,目上の人のそば近くに仕える人をいいます」
で,「さぶらう」は,
「『サ+守+フ(継続・反復)』です。上代のサモラフは,『守り続ける』意と考えられます。後,ソウロウとなり,候という感じを当てますが,同じ語源なのです。」
とある。「さもらう」は,
「『サ(接頭語)+モル(守る)の未然形+フ(継続)』です。後に,サブラフ,候ふ,ソウロウ,と変化した。」
とある。『古語辞典』も,「さもらひ」について,
「サは接頭語。モラヒは,見守る意の動詞モリに反復・継続の接尾語ヒのついた形」
と,同趣旨を書いている。なお,『古語辞典』では,「さぶらひ」の項に,
候ひ,
侍ひ,
伺ひ,
を当て,
「サモラヒの転。じっとそばで見守り待機する意。類似語ハベリは,身を低くして貴人たちのそばにすわる意。」
として,
「そばに仕える,丁寧の助詞(「丁寧語としては奈良・平安時代にはハベリ(侍)が使われていたが,次第にサブラヒが取って代わった。ロドリゲス大文典によれば,鎌倉・室町時代には,男は『さうらひ』の形で,女は,『さぶらひ』『さむらひ』の形で使うという区別があったらしい),と並んで,名詞として,
貴人や目上の人のそばにいつも控えて仕えている人,
君主のそばで警固に任ずる者。帳内(ちゃうない)・内舎人(うとねり)・兵衛・滝口・帯刀・北面など。君側に仕えることから,後には,『さぶらひ』が上級武士の身分的呼称に転用されることになった。」
と載せ,「そうろう」と「さむらい」の同義性を強調している。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/sa/samurai.html
は,「さむらい」側から,
「侍の語源は、貴人のそば近くに使えることを意味する動詞『さぶらふ(さぶらう)』の名詞形『さぶらひ』に由来する。『さぶらふ』は、『守らふ(もらふ)』に接頭語『さ』が付いた『さもらふ』が古形となる。
平安時代、『さぶらひ』は貴人のそばに仕える男のことを言ったが、鎌倉時代以降、武士階級の勢力が強まり、武士一般を呼ぶようになり、室町時代に『さぶらひ』から『さむらひ』へ音が変化した。1603年の日葡辞典には、尊敬すべき人という語釈がされており、侍は武士の中でも偉大な人物を評する語となっていた。」
とする。
「そうろふ」「さぶらひ」「さもらひ」の音韻変化については,『日本語の語源』に,
「貴人の側近で従者が平身低頭の姿で奉仕している様子をハヒアリ(這ひ在り)といった。ヒア(hia)の部分の融合で,ハヘリ・ハベリ(侍り)に転化した。これに反復・継続の助動詞『ふ』をつけたハベラフ(侍らふ)は,語頭の子交(子音交替 hs)でサベラフになり,さらにサブラフ・サムラフ・サモラフ(侍ふ・候ふ)に転化した。」
と,転化のプロセスが詳しいが,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D
をみると,
「『サムライ』は16世紀になって登場した比較的新しい語形であり、鎌倉時代から室町時代にかけては『サブライ』、平安時代には『サブラヒ』とそれぞれ発音されていた。『サブラヒ』は動詞『サブラフ』の連用形が名詞化したものである。…まず奈良時代には『サモラフ』という語形で登場しており、これが遡り得る最も古い語形であると考えられる。『サモラフ』は動詞『モラフ(候)』に語調を整える接頭辞『サ』が接続したもので、『モラフ』は動詞『モル(窺・守)』に存在・継続の意の助動詞(動詞性接尾辞ともいう)『フ』が接続して生まれた語であると推定されている。その語構成からも窺えるように、『サモラフ』の原義は相手の様子をじっと窺うという意味であったが、奈良時代には既に貴人の傍らに控えて様子を窺いつつその命令が下るのを待つという意味でも使用されていた。この『サモラフ』が平安時代に母音交替を起こしていったん『サムラフ』となり、さらに子音交替を起こした結果、『サブラフ』という語形が誕生したと考えられている。『サブラフ』は『侍』の訓としても使用されていることからもわかるように、平安時代にはもっぱら貴人の側にお仕えするという意味で使用されていた。『侍』という漢字には、元来
『貴族のそばで仕えて仕事をする』という意味があるが、武士に類する武芸を家芸とする技能官人を意味するのは日本だけである。…『サブラフ』の連用形から平安時代に『サブラヒ』という名詞が生まれたわけであるが、その原義は「主君の側近くで面倒を見ること、またその人」で、後に朝廷に仕える官人でありながら同時に上級貴族に伺候した中下級の技能官人層を指すようになり、そこからそうした技能官人の一角を構成した『武士』を指すようになった。」
と,言葉の変化と侍登場の経緯が詳しい。因みに,「候」という字は,
「侯の右側は,たれた的と,その的に向かう矢との会意文字で,的をねらいうかがうの意を含む。侯は侯,弓矢で警固する武士。転じて爵位の名となる。候は,『人+音符侯』で,伺いのぞくの意をあらわし,転じて,身分の高い人の機嫌や動静をうかがう意となる」
で,うかがうとかそっと様子をのぞく,といった意味になる。「侍」の字は,
「寺は『寸(手)+音符之(し)(足)』で,手足を動かして雑用を弁じるの意。身分の高い人の身辺を世話する人を古くは寺人と称したが,のち寺人の寺は,役所や仏寺の意に転用されたため,侍の字がその原義をあらわすようになった」
で,はべる,身分の近い人のそばに仕える,という意味になる。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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別に義理という言葉に興味があったわけではないが,三田村鳶魚が,
武士道とは義理である,
と書いていた。で,少し調べてみる気になった。『広辞苑』には,
物事の正しい筋道,道理,
分け,意味,
(儒教で説く)人の踏み行くべき正しい道,
特に江戸時代以降,人が他に対し,交際上のいろいろな関係から,いやでも務めなければならない行為や物事,対面,面目,情誼,
血族でないものが血族と同じ関係を結ぶこと,
とある。他の辞書には,
つきあい上しかたなしにする行為(『大辞泉』)
対人関係や社会関係の中で,守るべき道理として意識されたもの。道義(『大辞林』)
といった意味が加わったりする。『江戸語大辞典』には,人との交際云々の他に,
祝の贈り物,祝儀,
と出ていて,まさに,
「交際上のいろいろな関係から,いやでも務めなければならない行為や物事」
の象徴である。で,
義理と下帯は外されぬ,
義理と褌は欠かされぬ,
義理ほどつらいものは無し,
等々とことわざが並ぶ。想像がつくが,義理は,中国語由来であり,『語源辞典』には,
「『義(我を美しくする)+理(すじみち)』です。人のふみ行うべき正しい道が本義です。日本語では,とうぜんしなければならないつきあいを言います。」
とある。『大言海』が,
義の理,
と書くのが,本来の意味なのだろう。
義の字は,
「我は,ぎざぎざになった戈(ほこ)をえがいたものか,峨(ぎざぎざと切り立った山)と同系。『われ』の意味に用いるのは,我(が)の音を借りて代名詞を著わした仮借。義は,『羊(かたちのよいひつじ)+音符我』で,もと,かどめがたってかっこうのよいこと。きちんとしてかっこうのよいと認められるやり方を義(宜)という」
とある。前にも触れたが,『孟子』に,
惻隠の心は,仁の端(はじめ)なり,善悪の心は,義の端なり,辞譲の心は礼の端なり,是非の心は,智の端なり」
とある。「義」に,「義理立て」の意味はそぐわない。
「里は,『田+土』からなり,すじめを付けた土地。理は『玉+音符里』で,宝石の表面に透けて見えるすじめ。」
である。だから,「義理」は,善悪の心の道筋,という意味に過ぎない。
もともと,日本でも,
「古くは,物事の正しい筋道の意で,《今昔物語集》や《愚管抄》にその用例が見える。また,文章やことばの〈意味〉という使われ方もあった。中世末期の《日葡辞書》には,すでに,〈良い道理〉とともに〈礼儀正しさ,律義さ〉という意味があげられているが,この言葉が,対人関係上,守り実践しなければならない道義をさすものとして特に重んじられるようになるのは,近世社会においてである。近世初めの儒者林羅山は,〈人ノ心ノ公平正大ニシテ,毛ノサキホドモ人欲ノ私ヲマジヘズシテ,義理ヲ義トスルハ,義ゾ〉(《春鑑抄》)といい,〈義理〉を儒教の〈義〉と結びつけ,世俗的な人間関係における絶対的な道義とした。」(『世界大百科事典
第2版』)
とあり,それが,「義理を欠く」という意味に変って,
「村社会における相互関係を維持するために定められた行為。この義理を欠く者は,村八分という制裁を受けることもあった。親戚の間で果されるものと,村社会に対して果さなければならないものとに大別される。」(『ブリタニカ国際大百科事典』)
ということになる。ほぼ,個人から見れば,しがらみ,と同じである。
「しがらみ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/428799095.html
で触れたが,
水をせき止める柵を指していたはずが,身を束縛するものに転じた,ということになる。どうも,
水をせき止めるために,杭を打ち,それに,竹や木の枝を絡ませる,
↓
絡みつく,数多く絡ませる,
↓
かかわりあいをもつ,
↓
身を縛る,
といった変化で,柵として,外に見ていた絡み合いが,メタファになって,絡まる意味になり,それが内へと転じて,自身がその柵に絡み取られ,身を縛るというメタファになった,という,しがらみは,本来,そういう圧力を支えてくれるはずの柵であったはずなのに,いつの間にか,おのれを縛り,拘束する足枷,というが拘束衣に変ってしまったように,義理も主体的な身の処し方であっはずが,身を縛るものに変ってしまったようだ。武士道の義理は,どちらの意味だろうか。
「利欲にかられず筋道をたてる」
意が,日本では,主君への義理立て,の意として使われ,それを正義,義士,とするところからすると,おのずと答えは出ている。新渡戸稲造の言う,
封建時代の武士は(封建)社会全体への義務を負う存在として己を認識していた,
とは,タテマエではあるまいか。
参考文献;
三田村鳶魚『武家の生活』 [Kindle版]
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
小林勝人訳注『孟子』(岩波文庫)
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「なまじっか」は,
憖(じ)っか,
と当て,『広辞苑』には,
「なまじ」に同じ,
とあり,「なまじ」を引くと,
ナマジイの約,主に副詞として用いる,
と載る。「なまじい(ひ)」を引くと,
「『生強い』の意,清音にも」
とあって,意味は,
できそうもないことを無理につとめるさま,
すべきでない,またはしなくてもいいことをするさま,
深く心をもちいないさま,うかつ,かりそめ,
とある。
やらなくていいこと,やれもしないことを無理してやる,
というニュアンスと,
注意を払わない,
という,「うかつ」や,
その場かぎりの間に合わせであること,
という「かりそめ」とは随分意味の幅がある。『大言海』は,
「(生強い(なましひ)の義と云ふ)熟せぬを強いて,心に欲せぬを自ら強いて」
「よせばよいのに,せずともよきに」
の意味しか載らない。『語源辞典』には,
「『生(中途半端)+強い(しいる)』です。気が進まないのに,中途半端に無理につとめる意です。むしろ,しなくてもいいのに,等々の用法です。」
とある。『古語辞典』も,
「ナマは中途半端の意。シヒは気持ちの進みや事の進行,物事の道理に逆らう力を加える意。近世の初期まで,ナマジヒ・ナマシヒの両形あった。近世ではナマジとも。」
とある。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/na/namajikka.html
も,
「中途半端の意味を表す副詞『なま(生)』に、動詞『しいる(強いる)』の連用形が付いて『なまじい』になった。
古くは『なましい』と清音の形も見られる。『なまじい』が『なまじ』や『なまじか』となり、『なまじか』が促音化されて『なまじっか』が生じた。「なまじっか(なまじ)」の『か』は、『おごそか』や『はなやか』など形容動詞に用いられる『か』であろう。」
とある。やはりどう考えても,
意に反して,
とか,
通例に反して,
とか,
いやいや,
というのが含意である。
http://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%AA/%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%81%98%E3%81%A3%E3%81%8B-%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/
のいう,
「『生強い』つまり未熟(生)なのに無理にことを行う(強い)という意味で、そこから『中途半端な』という意味の『なまじ』、『中途半端に』という意味の『なまじか』『なまじっか』が派生した。」
が適切な言い方に思う。
「(後に「ば」を伴う)あることを仮定して,それをしないほうがむしろよいという意を表す。…するためにかえって。 」(『大辞林』)
という使い方は,
「 なまじ会えば未練がわく」
「 なまじ真実を知れば苦悩が増す」
も,その延長線上にある。無理にするとは,自分が,もあるが,強いられてもある。それが,いやいやすることとなり,
「十分に考えずにするさま」
に通じ,
うかつ,
につながる,と言えば言えるのかもしれない。
「よくせざらんほどは,うかつに人に知られじ」
との用例(『徒然草』)が引用されている。
「生」という言葉のニュアンスがもたらすものなのかもしれない。いわゆる「なま」として使う,
生で食べる,
生の声,
腕が生だ,
等々の他に,副詞として,
なんとなく,
どことなく,
という使い方をするし,接頭語で,
生兵法
とか
生聞き,
とか,
なまかじり,
と,未熟やいい加減の意と同時に,
生温かい,
生白い,
等々と使って,どことなく,というニュアンスを伝えようとする。それは,
間に合わせ,
の意味の,「かりそめ」とつながっていく。そのあたりから,
「なおざり」 「おざなり」 「ないがしろ」 「ゆるがせ」 「かりそめ」
といった,和語に地続きになる。
「かりそめ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/425644622.html
「おろそか」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/428385232.html
「なおざり」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/428266090.html
で,それぞれ触れた。
漢字の「生」も,
「若芽の形+土」
で,地上に映えたさまを示す,生き生きしてあたらしい,という意を含むから,未熟な意も含んでいる。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「たまさか」は,
偶,
とか
適,
と当てて,『広辞苑』には,
思いがけないさま,たまたま,
まれであること,
万一,
とあり(『大言海』は,邂逅の字も当てている),「たまたま」も,
偶,
とか,
適,
とか
会,
と当てて,『広辞苑』には,
偶然,
まれであるが,時折,
という意味を載せ,かなり重なる。『大言海』は,「たまさかに」で載せ,
「サカニは,ソカニの転。おろそかに,おごそかにの類」
として,
「偶(たま)に同じ。まれに,わくらばに。」
と載せる。「わくらばに」は,たまたま,たまさかに,の意である。
たま(偶)に,
を見ると,
「タマは,絶え間の義かと云ふ。タマサカニの略」
とある。で,「たまたま」を見ると,
「絶え間絶え間の義」
とあり,
稀に時(をり)に遇ひて,たまに,たまさか。(しばしばの反),
ゆくりなく,偶然に,
と意味が載る。「ゆくりなく」は,
思いがけず,偶然に,
の意味で,こう見ると,
たまさか,
たまに,
たまたま,
ゆくりなく,
わくらばに,
は,かなり重なる。
偶然に,
が,
まれに,
となり,
思いがけず,
となる,という意味の流れはある程度わかる。『古語辞典』をみると,「たまさか」は,
「偶然出会うさま。類義語マレは,存在・出現の度数がきわめて少ない意。ユクリカ・ユクリナシは,不意・唐突の意。」
とあり,「たまたま」は,
「予期しなかったことに偶然出くわすさま。和文脈系には使われることが少ない。」
とある。ついでに,「ゆくりなし」を見ると,
「ユクは擬態語。ユクリカと同根(リカは状態を示す接尾語)。気兼ね遠慮なしに事をするさま。
相手がそれを突然だと感じるような仕方。リは状態を示す接尾語。ナシは,甚だしい意」
とある。『大言海』は,「ゆくりなし」については,
「ゆかり無しの転にもあらむか。ゆくりもなく,ゆくりある,などとも見ゆ」
などと,異説を載せる。しかし,だから「不意」なのだ,と言えなくもない。「わくらばに」は,『大言海』に,
「別くる計(ばかり),人多き中を云ふ」
とあるので,「たまさか」の意味の外延にはあっても,偶然にはちがいないが,
不意に,
のニュアンスがあるのとないのとではかなり差がある。
『語源辞典』をみると,「たまさか」は,
「『タマ(たまたま)+サカ(接尾語ソカ)』です。偶然,まれ,誰かとひょっこり出会う意」
とし,『語源由来辞典』は,
http://gogen-allguide.com/ta/tamasaka.html
「たまさかの『たま』は、滅多にないこと、希なことを意味する『たま』『たまたま』と同源。 たまさかの『さか』は、『おろそか
(疎か)』や『おごそか(厳か)』の『そか』と同系で、状態を表す接尾語と思われる。接尾語『そか』は、その前の音が『o(母韻)』なので接尾語も『o(そ)』になり,たまさかの『さか』は、前の音が『A(母韻)』なので『A(さ)』になったのであろう。」
とする。しかし,『語源辞典』は,「たまたま」は,
「『タマ(乏しいのトモの変化)』です。たまたま,乏+乏で,機会の乏しい意です」
と,別の説を立てる。そうすると,「たまさか」と「たまたま」は,
偶然の方に力を入れる,
か,
まれ,つまり僅かの機会の方に力を入れる,
か,ものの見方の違いということになる。しかし,『日本語の語源』には,
「『ひじょうに稀である』という意のイタマレニ(甚稀に)は,省略されて,タマニ(偶に)に変化した。これを強めてタマタマ(偶々)という。イササカ(聊か)は,『ついちょっと。ほんのすこし。わずかばかり』という意の形容動詞である。『めったに会いがたいものについちょっとあう』という意を表現するとき,ふたつの形容動詞を重ねてタマニイササカ(偶に聊か)といった。語中の三音を落としてタマサカ(偶)になった。〈わたつみの神のをとめにタマサカニ漕ぎ向かひ〉(万葉・水江浦島),〈タマサカニわが見しひとをいかならむ縁(よし)をもちてかまた一目見む〉(万葉)。」
とあり,これによれば,元々は,
まれ,
という意であり,それを出会う側が,
不意に,
と受け止めるか,
偶然に,
と受け止めるか,
唐突に,
と受け止めるか,
予期せずに,
と受け止めるかで,微妙な語感の幅になったということなのではあるまいか。因みに,「偶」の字は,
「禺は,上部が大きい頭,下部が尾で,大頭のひとまねざるをえがいた象形文字。偶は『人+音符禺』で,人に似た姿をとることから,人形の意となり,本物と並んで対をなすことから,偶数の意図なる。」
とある。偶然,の「偶」であり,この字を当てた慧眼に畏れ入るしかない。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「自己完結」とは,基本的に,閉鎖的であると思う。『実用日本語表現辞典』,
http://www.weblio.jp/content/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%8C%E7%B5%90
によると,
「何かの物事について、自分自身の中だけで納得したり決着したりしているさま。『周りの人からするとまだ決着していないのに、独りよがりに決着している』といった意味合いで否定的に用いられることもある。また、『自分自身で調べたりして自分だけで疑問や課題などを解決できた』という意味で用いられることもあるが、この場合は、『完結』というよりも『解決』が近い。」
とある。あるいは,別に,
「それだけで一つの世界を作っていて、内部に矛盾のないこと。」
と載せるものもある。仕事の仕方でいえば,
抱え込む,
というのに近い。自分の裁量でできる範囲で,自分だけの才覚で,何とかしようとしてしまう,という意味でもある。そして,それは,本来自分で抱え込んではいけないこと,あるいは自分ではどうにもならないことも抱え込んで,何とかしようとしてしまう,という意味でもある。
あるいは,
http://psychology-japan.com/self-completion-type-human.html
で,自己完結型人間について,
「一般に自己完結型人間と言う意味を調べると、何か問題が起こっても、自分はあまり関わらなかったり、自分の中だけで結論を出して、納得しているタイプということになります。冷静でドライな意見の持ち主ともいえるでしょう。」
とある。ある意味で,抱え込みといい,別の意味では,碁や将棋で言うと,勝手読みで,相手を無視して自分の筋しか見ないへぼでもある。
なぜこんなことにこだわるかというと,先日ある芝居を観て,実にオーソドックスで,完結した世界を,きちんと描いているのだが,途中で,うんざりしてしまったことがある。
別に脚本は,丁寧に,人物ひとりひとりもきちんと造形され,細部まで目が行き届いている。申し分がないのである。しかし,既視感が拭えない。どこかで見たことのある,パターン化した人物たちなのである。ひとりひとりがきちんと描かれれば,描かれるほど,デジャブが強まる。
どこかで見たことのある放蕩息子であり,
どこかで見たことのある頑固なオヤジであり,
どこかで見たことのある嫁舅であり,
どこかで見たことのある強突く隣人であり,
どこかで見たことのあるコソ泥であり,
どこかで見たことのある駆落ちであり,
どこかで見たことのある愛人と妻であり,
等々どこかで見たことのある人たちなのである。
既視感とよく描かれていることとは矛盾しない。しかし,それは破綻がないということではない。いやむしろ,既視感を懐かせるということは,その芝居世界が完成度が高ければ高いほど,自己完結した芝居世界の綻びなのではないか。
芝居とは,何も世界のミニチュアをつくることではない。それなら,
箱庭,
に過ぎない。あるいは,
ドーム,
と呼んでもいいし,
ドールハウス,
と呼んでもいい。それが,どんなに現実を忠実に写したとしても,そのことは,
箱庭的な世界,
として自己完結させるのなら,それでもいい。しかし,芝居に必要なのは,そうした,
自己完結性,
ではないのではあるまいか。少々芝居の結構が崩れていても,人物描写が多少破綻していても,この現実の世界と,
相渉(わた)る,
ことがなければ,芝居として舞台に世界を描く意味がない。むろん,作家の脳内自己完結はかまわない,作家自身が,
リアル世界と相渉っている,
限り。しかし,それは,作品の自己完結を諒とすることではない。しかし,逆に言うと,あるいは,
芝居の自己完結,
は,作家の,
自己完結の反映,
であり,作家自身が,
自己完結した世界,
に閉じこもり,現実と相渉っていないことを露呈しているのかもしれない。そのことは,テーマが,
反戦劇であるとか,
時代劇であるとか,
古典劇であるとか,
喜劇であるとか,
ドタバタであるとか,
シリアスであるとか,
等々とは関係ない。それはチャップリンを思い起こせばいい。
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たまさか,
とか
たまたま,
と同義で,
ゆくりなく,
わくらば,
という言葉があることは,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/441825356.html
で触れた。『広辞苑』には,「ゆくりなし(く)」は,
思いがけない,突然である,
の意味を載せ,「わくらば」は,
病葉,
で,いわゆる「色づきすがれた葉」のことだが,「わくらばに」となると,
邂逅に,
とあて,
たまさかに,たまたま,偶然,
という意味になる(中世末の『日葡辞典』には『わくらわに』とあり,同じ意味になる)。
『語源辞典』をみると,「ゆくりなく」は,
@「ユカリ(縁)+なく」の音韻変化,
A「ユックリとする暇なく」。ナクを打消しと取る,
B「ユクリ(突然)+なく(甚・接尾語)。突然の強調,
と,三説あるとする。「わくらば」は,
「『ワクラ(病気・別)+葉』です。色の変わった若葉,です。ワクラバは,偶然見られる葉ですので『偶然,たまたま』の意も表します。ですから,同源です。」
という。『大言海』は,「ゆくりなし」について,
「ゆかり無しの転にもあらむか。ゆくりもなく,ゆくりある,などとも見ゆ」
と,上記の@説を取っているが,『古語辞典』で「ゆくりなし」を見ると,
「ユクは擬態語。ユクリカと同根(リカは状態を示す接尾語)。気兼ね遠慮なしに事をするさま。相手がそれを突然だと感じるような仕方。リは状態を示す接尾語。ナシは,甚だしい意」
と,ちょっとちがう説を立て,
事をするのに無遠慮である,
だしぬけである,
という意味を載せる。唐突感が強い,という意味合いなのだろう。因みに,「ゆくりか」は,
「ユクは擬態語。ユクリナシと同根。リカは状態を示す接尾語」
とあり,
無遠慮で気兼ねをしないさま,
思いがけず突然なさま,
という意味になる。しかし,「ゆくりか」のひとつ前の項に,「ゆくり」があり,
緩り,
と当てて,
ゆとりがある,ゆったりとしているさま,ゆっくり,
の意味なので,あるいは,素人判断に過ぎないが,「ゆくり」の状態を妨げるというニュアンスなのではないか,と想像する(上記のA説になる)。たた,「ゆくり」は,『大言海』に,
縁,
と当てて,
「ユカリの転」
とある。各辞書は,,それぞれの主張の一貫性を保とうとしている意図が見えてくる。
「わくらばに」は,『大言海』に,
「別くる計(ばかり),人多き中を云ふ」
とある。しかし,『日本語の語源』には,
「『こんなまれに』という意のカクマレニ(斯く希に)には複雑な転化経路をたどってワクラバニ(邂逅)になった。『カ』の子音交替(kf),『レ』の母音交替(ea)の結果,『ファクマラニ』に転音した。さらに,『ファ』の子音交替(fw),『マラ』の転位で,ワクラマニ・ワクラバニに転化して,『たまさかに。まれに。たまに』の意の副詞になった。〈人となることは難きをワクラバニなれる我身は〉万葉。」
とあり,「病葉」からの転移ではないとする。だから,「病葉」については,こう書く。
「同音異議のワクラバ(病葉)がある。夏ごろ暑気にむされて赤や黄に変色した朽ち葉のことである。アカルハ(赤る葉)に子音(w)が添加されたワカルハは,『カル』の部分に母韻の転位が行われて『クラ』になり,ワクラバになった。〈ワクラバや葉守りの神もおはさぬか〉(新類題・玉川)」
とある。あるいは,
「アカラムハ(赤らむ葉)の省略形アカラバに子音(w)が添加されてワカラバになり,『カ』が母音交替(au)をとげてワクラバに転化した。」
とある。これを見る限り,「病葉」と「わくらばに」は,別系統ということになる。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「朝まだき」は,
夜のまだ明けきらぬ頃,
つまり,早朝を意味し,『大言海』には,
「マダキは,急ぐの意の,マダク(噪急)の連用形,其の條を見よ」
とある。「まだき」には,
豫,
夙,
の字を当て,
「その時期よりも急ぎて早く。夙(はやく)より,早くも。」
と意味が載る。『古語辞典』には,
「マダ(未)・マダシ(未)と同根か」
とあり,
「早くも,時もいたらないのに」
という意味が載る。どうも何かの基準からみて,ということは,夜明けを基点として,まだそこに至らないのに,既にうっすらと明けてきた,という含意のように見受けられる。『語源辞典』は,
「朝+マダキ(まだその時期が来ないうちに)」
で,未明を指す,とあるので,極端に言うと,まだ日が昇ってこないうちに,早々と明るくなってきた,というニュアンスであろうか。
「あさ」は,
朝,
と当てるが,『語源辞典』には,二つの説を載せる。
@「『浅いの語幹です。アサ(基準の初めに近い)』を語源とみる説。一日のうちの浅い頃。夜明けのあと少しの時間,これらを『浅』=朝とみる説です。夜更けのフケ(深)が対応します。」
A「『ア(明け方)+サ(状態・時間)』。明け方の状態をいう語源説です。夜明けの頃の意味です。」
しかし『大言海』は,
「アシタの約」
とし,「あした」には,
「アは,明くの語幹,明時(あけした)の意…(東(あずま)も明端(あけつま)なるが如し)。あした,又約(つづま)りて,朝(あさ)となる。雅言考(橘守部)アシタ『明節(あけしとき)の略也。時節などを,古く,シタと言ふ』」
とあり,「した(だ)」の項を見ると,
「時の意にて,今行きしな,帰りしな,起きしななどいうシナ」
とあり,『日本語の語源』をみると,
「しだ(時)がシナ(時)に転音」
とある。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313110488
に,
「夜明け時のことを古くは『アケシダ(明け時)』と言い、この『アケシダ』の『ケ』が脱落して『アシタ』になり、
さらに変化して『アサ』になったようです。」
とあるので,『大言海』の「アシタ」から「アサ」の転位の補足説明になっている。
しかし,『古語辞典』は,時間経過の考え方から,「アサ」を,
「宵(よひ)・夕(ゆふ)の対」
として,
「上代には昼を中心にした言い方と,夜を中心とした時間の言い方とがあり,アサは,昼を中心にした時間の区分の,アサ→ヒル→ユフの最初の部分の名。夜の時間の区分の最終部分の名であるアシタと実際上は同じ時を指した。」
とある。因みに,夜の時間区分は,「宵」の項に,
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ,
となる,「アシタ」である。こうみると,『大言海』説が,時の流れ感覚に合っているのではあるまいか。「あさ」に当てた,「朝」の字は,
「もと『くさ+日+水』の会意文字で,草の間から太陽がのぼり,潮がみちてくる時をしめす。のち『幹(はたが上るように日がのぼる)+音符舟』からなる形声文字となり,東方から太陽の抜け出るあさ」
とある。
たぶん,言葉としては,「朝まだき」に対し,
夕まぐれ,
が対なのではないか,と想像する。「夕まぐれ」は,
夕間暮れ,
と当て,
夕方薄暗くて,よく見えないこと,またその頃,
で,
暮れなずむ頃,
とか,
逢魔が時,
に当たる。逢魔が時については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/433587603.html
で触れた。「おほまがとき(大禍時)」とも当て(『大言海』),
「黄昏の薄暗き時の称。大魔が時などと云ひて,怪ありとす。訛りて,おまんがとき」
と意味を載せる。同じく,黄昏は,語源的には,
「タ(誰)+そ+カレ(彼)」
で,「誰だ,彼は」の意とある。夕方人影が見分けにくくなる,という意味である。『大言海』は,
「誰そ,彼かと見分け難き義。たそがれ時の下略」
とある。もののカタチがわかちがたい時分を指す。
「まぐれ」は,『広辞苑』に,
「目暗れ」の意,
とあるから,まさに夕暮れの視界の危うい時期を指す。『大言海』は,「目暗れ」について,
「目のくれふたがりて,ものの見えぬ比を云ふ」
と説明する。「夕」の語源は,
「『宵』の音韻変化説むが有力です。ヨヒ,ユヒ,ユフ,となったか。」
とある。「宵」は,
「『夜+アヒ(間)』です。日暮れから夜までの間の意です。夜+サリ(来る)に対する語」
とある。「宵」について,『古語辞典』は,
「ヨ(夜)・ユウ(夕)と同根」
とあり,上代の夜の時間区分で,上述した,
ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ,
の「ヨヒ」である。
「妻訪い婚の時代には,男が女の家を訪ねていく時間に当たる」
と言う。やっぱり,隠れて訪うものなのだろう。逢魔が時も,なかなか味な時間ではある。
「夕」の字は,象形文字で,
「三日月の姿を描いたもの,夜(や)と同系で,月の出る夜のこと。もとの字体は月と同じだが,言葉としては別」
とある。「宵」の字は,
「小は,−印を両側から削って小さくするさま。肖は,それに肉を添えた字で,素材の肉を削って小さくし,肖像をつくること。宵は『宀(家)+音符肖(ショウ)』で,家の中に差し込んでくる日光が小さく細くなったとき」
とある。同じ字を当てても,漢字の語感と日本語どれだけ違うかを思い知らされる。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
上へ
「朝」については,「朝まだき」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442024908.html?1474144774
で触れたので,その対の,
夜,
の謂れを考えてみる。しかし,『古語辞典』には,「夜」は,
昼の対,
らしい。しかも,
「奈良時代には複合語に使わず,副詞的に独立した形で用いた」
とあり,『万葉集』の
「あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらにねのみし泣かゆ」
を例に挙げている。通常は,「よる」ではなく「よ」と言ったらしく,
「『ひ』(昼・日)の対」
とある。『語源辞典』には,
「『ヨ(夜)+る(接尾語)』です。ヒ(日)+るに対する言葉です。日没から夜明けまでを言います。日本語のヨは,時間的空間的に限られた区間,区切りを表します。したがって,竹の節と節の間のヨと,本来同じ語源と思われます。ヨルは,接尾語ルをつけて,代,世と区別し,夜間を意識した語です。」
とある。「朝まだき」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442024908.html?1474144774
で触れたように,『古語辞典』によると,上代には昼を中心にした言い方と,夜を中心とした時間の言い方とがあり,
昼を中心にした時間の区分,アサ→ヒル→ユフ,
夜を中心にした時間の区分,ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ,
と,呼び方が分けられている。前者がヒル,後者がヨル,ということになる。アサとアシタは同じ「朝」である。
「ヨ(ル)」に当てられた「夜」の字は,
「亦(エキ)は,人のからだの両わきにあるわきの下を示し,腋(エキ)の原字。夜は,『月+音符亦の略体』で,昼(日の出る時)を中心にはさんで,その両脇にある時間,つまりよるのことを意味する。」
とあるので,「昼」の視点から「夜」をみていることかをみていることがわかる。
「ひ(る)」は,『古語辞典』に,
「ヒ(日)と同根」
とあり,「ヒ(日)」を見ると,
「太陽というのが原義。太陽の出ている明るい時間,日中。太陽が出て没するまでの経過を時間の単位としてヒトヒ(一日)という。ヒ(日)の複数はヒビというが,二日以上の長い時間を一まとめに把握した場合には,フツカ(二日)・ミカ(三日)のようにカ(日)という。」
とある。語源は,
「ヒ(日)+ル(接尾語)」
で,「ヨ(夜)+ル」に対する語,とあり,さらに,
「朝夕をのぞいた明るい時間をいう」
と,『語源辞典』は言う。『古語辞典』の,
昼を中心にした時間の区分,アサ→ヒル→ユフ,
という,時間についての,昼を中心にした言い方で言う,「あさ」と「ゆう」の間の「ヒル」ということになる。
「ヒ」に当てた,「日」の字は,そのままズバリ,
太陽の姿を描いた象形文字,
で,「昼(晝)」の字は,
「晝は『筆を手に持つ姿+日を視覚に区切った形』。日の照る時間を,ここからここまでと筆でくぎって書くさまを示す。一日のうち,主となり中心となる時のこと。夜(わきにある時間)に対することば」
とある。昼夜は,きっちりと区切られている感覚,らしい。
昼を中心にした時間の区分,アサ→ヒル→ユフ,
夜を中心にした時間の区分,ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ,
の,グラデーションの感覚とは違うようだ。
ちなみに,
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313110488
では,朝昼夜を,
「【朝】夜明け時のことを古くは「アケシダ(明け時)」と言い、この「アケシダ」の「ケ」が脱落して「アシタ」になり、さらに変化して「アサ」になったようです。
【昼】古代において「ル」というのは、「状態」を表す語だったそうで、「日(ヒ)(=太陽)」がある状態という意味で「ヒル」と言うようになったようです。
【夜】昼と同様に「ル」は状態。「ヨ」は、「他の」とか「停止」を表す語だったそうで、「他の状態(昼でない状態)」や「活動が停止している状態」ということから「ヨル」になったようです。」
と整理している。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「涙ぐむ」は,
眼に涙を含む。涙を催す。泣きそうになる,
という意味である。「涙ぐむ」の「ぐみ」は,
「ぐむ」は接尾語,
と,『大辞林 第三版』にもあるし,『古語辞典』にも,
「グミは,ツノグミ,ミヅグミなどのグミ」
とあり,「ぐみ」を見ると,
「名詞を承けて四段活用の動詞をつくる。内部に含まれている力や物が外に形をとって現れる意」
の接尾語として,
(芽や根が)ふくらみ,延びる,
(涙が)こみあげて滲み出る,
(水を)含む,
という意味と出る。しかし,『日本語の語源』には,「ナミダグム」は,
ナミダフクム,
の,少数音節の脱落の例として載る。たとえば,「ふ」の項だけでも,
フトワスレ(不図忘れ)→ドワスレ,
フフミヅキ(含み月)→フミヅキ(文月),
メフクム(芽含む)→メグム(芽ぐむ),
コフジキ(乞ふ食)→コジキ(乞食),
フミチ(踏み地)→ミチ(道),
ブンゲンシャ→ブゲンシャ(分限者),
等々の例が載る。『大言海』も,「なみだぐむ」に,
涙含む,
と当て,
「涙含(ナミダブクム)の略」
と載せる。「ぐみ」と接尾語とする謂れは,転化が起こった後の理屈なのではないか,という気がする。
「なみだ」は,
涙,
泪,
涕,
の字を当てる。「なみだ」の語源は,
「ナ(泣き)+ミダ(水垂)」
説が有力らしい。『大言海』も,その説に基づき,
「泣水垂(なきみだり)の略かと云ふ。朝鮮語,ヌン(眼),ムル(水)暹羅(しゃむ)語,ナム(水),タ(眼)」
とある。『古語辞典』には,
「古くはナミチとも。万葉の後期からナミダ」
とある。たとえば,
「あが兄(せ)の君は那美多(なみた)ぐましも」
と使われる。さらに,
「朝鮮語の涙と同源か」
と,『大言海』と同趣旨の注記がある。「ナミダ」の語源が,一筋縄ではいかない,というか,ひょっとすると,ナミダという言葉は,人の移動に伴って,日本列島に入ってきたのだとうかがわせる。
「なみだ」には,涙の字を当てるが,この字は,
「水+戻(はねる,はらはらとちる)」
の会意文字。泪の字は,涙と同じと,『漢和辞典』にはあるが,
「水+目」
は,わかりやすすぎる。「涕」の字は,
「弟(テイ)は,『ひものたれたさま+棒くい』で,上から下へひもの巻いた棒の低い所を/印で示した指事文字。『下にくだる』『低い』などの意を含み,兄弟のうち背の低い年下の者を弟という。低(背の低い人)と同系。涕は『水+音符弟』で,なみだが上から下へ低くたれ落ちること。」
とある。「なみだ」の,涙,涕の使い分けは,辞書にはなかったが,「なく」については,
「泣」は,声をたてずに涙を流してなく,
「哭」は,なみだを流し,声をあげて深く悲しみなく,
「啼」は,声をあげてなく,
「鳴」は,鳥獣のなく,
の区別があった。和語には,「なく」しかなく,
「音(ネ・ナ)+く」
で,
「どういうなき声でも区別しなかったようです。涙を流す意も,声を出す意もナクです。」
とあり, 『古語辞典』には,「ナ」は,
「ネ」の古形とあり,
『大言海』には,
音(ネ)の活用形,
ともあるが,要するに,「音」であって,
「鳴く」も「泣く」も区別がないことを意味する。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
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「すべからく」は,
須(ら)く,
と当てる。『広辞苑』には,
「為(す)ベカリのク語法。漢文訓読から生じた語。多くの場合,下の『べし』と呼応する」
として,
なすべきこととして,当然,
という意味である。ところが,
http://matome.naver.jp/odai/2140128506775863601
http://spotlight-media.jp/article/158371752965105342
等々によると,
「平成22年度の「国語に関する世論調査」で,「学生はすべからく勉学に励むべきだ。」という例文を挙げて,「すべからく」の意味を尋ね」
たところ,
「10人中4人が『全て』または『皆』の意味で誤認しているらしい」
という。しかし,
「漢文由来の用法で本来は『〜べし』で受けなければいけない」
のだから,
「『すべからく〜べし』で1セットなので、文末に『〜べし』がないのは本来の使い方ではない」
という。例文の,「べき」自体が,誤用ということになる。「べき」は,
「べし」の連用形,
で,厳密に言うと,本来の使い方からはずれている,ということらしい。皮肉である。
語源は,『古語辞典』は,
「スベキアラクの約,すべくあることの意。」
とあり,『大辞林』にも,
「漢文訓読に由来する語。『すべくあらく(すべきであることの意)』の約。下に『べし』が来ることが多い」
とある。『語源辞典』も,
「『スベクアルラク』です。『すべからく〜すべし』という形で,『是非とも』『当然』『必ず』の意なのです。須クの漢字を使います。須は,必須の須です。」
とあるし,『日本語の語源』も,
「スベカルコト→スベカラク」
の変化を言う。『広辞苑』のいう,ク語法は,「おもわく」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439786326.html
で触れたように,
「日本語において、用言の語尾に『く』を付けて『〜(する)こと/ところ/もの』という意味の名詞を作る語法(一種の活用形)である。ほとんどの場合、用言に形式名詞『コト』を付けた名詞句と同じ意味になると考えてよいが、記紀歌謡などにおいては『モノ』の意味で現れているとおぼしき例も見られる。」
というもので,
「上代(奈良時代以前)に使われた語法であるが、後世にも漢文訓読において『恐るらくは』(上二段ないし下二段活用動詞『恐る』のク語法、またより古くから存在する四段活用動詞『恐る』のク語法は『恐らく』)、『願はく』(四段活用動詞『願う』)、『曰く』(いはく、のたまはく)、『すべからく』(須、『すべきことは』の意味)などの形で、多くは副詞的に用いられ、現代語においてもこのほかに『思わく』(『思惑』は当て字であり、熟語ではない)、『体たらく』、『老いらく』(上二段活用動詞『老ゆ』のク語法『老ゆらく』の転)などが残っている。」
で,『語源由来辞典』も,
http://gogen-allguide.com/su/subekaraku.html
「すべからくは、動詞『す(為)』に助動詞『べし』が付いた『すべし』が、ク語法で『すべからく』となった語。
ク語法は、活用語の語尾に『く』『らく』が付いて名詞化する語法であるため
、本来は『すべきであること』という名詞句になるが、副詞的に用いられて『当然』『是非とも』の意味になった。元々は『須・応』を『すべからく〇〇べし』と再読した漢文訓読に由来する。近年『すべて』の意味で使用される例が多くみられるが,『すべて』という意味は含まれておらず誤用である。」
としている。この辺りは,微妙で,判断しがたいが,
『大言海』は,
「可為(すべかる)の延。いはく(曰)の條を見よ。ベシに,須(スウ)・應(オウ)・当(タウ),などの字を宛つるに別(わか)たむ為に,須の音に付けて読み習へる漢籍読なりと云ふ。須教(スベカラクオシフベシ),應行(マサニユクベシ),宜定(ヨロシクサダムベシ)の類」
として,「いはく」では,
「曰(い)ふの延音。宣ふの,宣はく,忍の忍ばくの類」
とし,「すべからく」について,
「予めすべき方法を立て,又は,」示すようなる意に云ふ語。」
という意味の説明がいい。ただ,『大言海』の「延音」説は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95
によると,
「ク語法は江戸時代末ごろから明治時代にかけては、いわゆる『延言』のひとつと考えられており、戦前は『カ行延言』の呼称が用いられる事が多かった。特異な形態を持つ事から、専ら語源に関する研究ばかりである。延言ではないことに気付いた系列の研究では、まず接辞のクとラクを設定して考察するタイプと、アクを設定するタイプとがあり、現代では後者が有力と考えられている。」
とあり,時代背景を反映しているのかもしれない。もともと,漢文訓読のために造られた,漢文読みであり,気取って使うならともかく,和文脈には合わないのではないか。誤用も当然である。
「須」の字は,
「もと,あごひげの垂れた老人を描いた象形文字。のち『彡(ひげ)+頁(あたま)』で,しっとりとしたひげのこと。柔らかくしめって,きびきびと動かぬ意から,しぶる,たってまつ意となり,他者をたよりにして期待する,必要として待ち受けるなどの意となった。需も同じ経過をたどって必需の意となり,須と通用する。」
とある。「竜須」というと,龍の髯であり,須臾の「須」にも元の意が残っている。
「『須』は細いひげ,『臾』は細く抜き出すこと,いずれも細く小さい意を含む」
で,
「不可須臾離也(須臾も離るべからざるなり)」(『中庸』)
となる。多く,「需」と通用するというように,「必須」というように,
求める,必要とする,
意で用いられる。「須らく」は,「須知(須らく知るべし)」というように,助詞として用いられているものの訓みとしてもちいたものだが,どこか不自然ではあるまいか。漢文訓読の堅苦しさは,中国言語の言い回しのニュアンスに裃を着せている。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
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「こなし」は,
熟し,
と当てる。『広辞苑』には,
こなすこと,消化,
自分のおもうままにうまく取り扱うこと,
立ち居振る舞い,特に歌舞伎で,役者の演ずる身振り,しぐさ,
ひどくやっつけること,けなすこと,
とその意味が幅広い。「こな(熟)す」を引くと,
砕いてこまかにする,土などを砕いて柔らかにする,
食物を消化する,
思うままに扱う,
動詞について,その動作を要領よくうまくする意を添える,
思うままに処分する,征服する,
仕事をすませる,処理する,
見下す,軽蔑する,
と,「こなし」の原義らしいものが載る。語源は,
「『コ(細・小)+なす(為す)』で,細かく砕くが本義です。土をコナス。木を倒してコナス。処理する。取り扱う身のコナシ。こなれる(消化)等々も同源です。」
とある。『古語辞典』には,
「『粉(こ)になす』」が原義」
とある。これがわかりやすいが,『大言海』は,
「粉熟(こな)すの義なるべし。粉にする意,自動にこなると云ふ。こねるという語もあり」
とあって,よりわかりやすい。
「こなし」というと,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%AA%E3%81%97
でいう,
「白餡を主原料に蒸して作る主菓子の生地」
を指すが,
「いったん蒸して水分を抜いた白あんに薄力粉をさっと混ぜてしばらく蒸篭で蒸し揚げる。和菓子店によっては強力粉やもち粉を混ぜる事もある。蒸しあがったものをまとめ、シロップを加え固さを調整しながら揉みこなす。『こなし』という名称はこの作業から来ている。」
とあり,「こなす」が単に粉砕するという程度の意味ではないことがわかる。『大言海』に,
「土を掘り起こして,砕き熟(な)れしむ。」
と載せて,
「熟田(なた)は熟し田なり」
とあり,「熟し」は「熟れる」に通じていることがわかる。「な(れ)る」は,
熟れる,
と当てるが,
馴れる,
慣れる,
狎れる,
とも当てる。語源は,「熟(れ)る」で,
「習熟,熟成の意です。常のこととなる状態を言います。ナレル,ナラスは同源」
と,『語源辞典』にはある。
「混ざり合ひて,ひとつになる」
と『大言海』の説明がいい。で,それが常態になれば,「慣れる」と言うわけである。
ここで言うのは,
着こなし,
の「こなし」も,
仕事をこなす,
の「こなす」も,そういう処理のプロセスを経たという含意がある。。
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439580963.html
の「しぐさ」で触れたが,立ち居振る舞いの意の「こなし」は,
という意の他に,
立ち居振る舞い,特に歌舞伎で役者の演ずる身振り,しぐさ,
という意味になる。『大言海』が,
着こなし,為こなしの略,
として,「調節」という意味を載せている。確かにその通りだろう。「仕事をこなす」という意味も,
仕事を終わらせる,
仕事を片付ける,
というよりは,
仕事をさばく,
とか
仕事を切り回す,
とか,
仕事を切り盛りする,
という含意がある。ただ「やっける」のとは違うのである。
為遂げる,
ニュアンスがある。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)上へ
「やつし」は,
俏し,
窶し,
と当てる。『広辞苑』には,
やつすこと,
やつし方の略,
(江戸方言)地口,
と載る。「やつす」は,
俏す,
窶す,
と当てるが,『広辞苑』には,
目立たぬ姿に変える,みすぼらしく様子を変える,
出家して姿を変える,
痩せるほど切に想う,熱中する,
行儀を崩す,打ち解ける,寛ぐ,
略す,崩す,
容姿をつくる,化粧する,
と意味が載る。一般には,
身をやつす,
という言い回しをする。だから,「やつし」についても,『デジタル大辞泉』には,
1 身をやつすこと。また、やつした姿,
2 おしゃれをすること。また、その人,
3 「俏し方 (がた) 」「俏し事」の略,
と意味が載る。語源からみると,「やつす」は,
「ヤツルの他動詞」
で,
やつれて見えるようにする,
という意だが,現代的には,
「現代俗語として,おしゃれする,意で使っています。」
とある。現代風の「やつれる(寠れる)」は,
「やつる(痩せ衰える)の下二段活用」
で,やせ細る,みすぼらしくなる,という意味になる。本来は,
肉体的な痩せ細る,
という意味を,メタファとして,
みすぼらしい,
とし,さらに,
崩す,
と,それを拡大していったという,含意の広がりが見て取れる。その果てに,
化粧,
と行くのは,意識的に身をやつす,という意味の転化が挟まって,その意味の変化がよくわかる。『古語辞典』に,「やつし」の意味として,
(容姿など)観た目を悪くする,みすぼらしくする,
地味で目立たぬ様子をする,
特に出家姿となる,
(入墨などして)形を変える,
身を落とす,
略す,
崩す,
(姿を変える意から転じて)めかす,
等々と意味の変化の幅が載っており,
やせ細る→みすぼらしくする→身をやつす→形を変える→崩す→めかす→化粧,
という大筋が見えてくる。「身をやつす」とは,
「(人目につかないように)みすぼらしい格好をする」
なのだから,
https://www.osaka-info.jp/ja/model/osakaben/html/0027.html
に,
「『窶す(やつす)』とは、おめかししたり、おしゃれに着飾ることをいうのです。」
として,成人式で着飾るのを指すとしていて,意味が「身をやつす」の正反対になっているのが面白い。この変化は,
江戸時代,
のようで,『江戸語大辞典』をみると,「やつす」は,既に,
容姿を美しくつくる,粉飾する,
の意味が初めに来るし,「やつし」は,
似せる,真似る,
の意味になっている。しかし,
「動詞〈やつす〉の連用形の名詞化したことば。〈やつす〉の原義は,見すぼらしい様にする,姿を変えることで,そこから,省略する,めかす,身を落とすなどの義を派生した。この〈やつす〉行為もしくは状態に与えられた最古のイメージは,たとえば,〈青草を結束ひて,笠蓑として,宿を衆神に乞ふ〉(《日本書紀》)素戔嗚(すさのお)尊の姿であろう。折口信夫は,〈笠を頂き簑を纏(まと)ふ事が,人格を離れて神格に入る手段であったと見るべき痕跡がある〉(《国文学の発生・第三稿》)と説き,蓑笠に姿を変えて人界を訪れるまれびとや,漂泊する神,神人の存在を指摘している。」(『世界大百科事典
第2版』)
をみると,「やつし」のもつ意味の深奥が見えてくる気がする。スサノオの「身をやつし」には,まねる,という意味が,含まれている。
歌舞伎で言う,「やつしごと」が,
「大名の若殿や金持ちの息子などが、義理や恋のために家を出て流浪し、卑しい物売りなどに身をやつす演技。また、その演目」(『デジタル大辞泉』)
というのは,本来の意味の象徴的だろう。
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1290
には,「やつし」について,
「和事【わごと】の演技、演出の一種です。何らかの理由で高貴な身分の人物が落ちぶれた様子を演じるものです。元禄【げんろく】時代のお家騒動物【おいえそうどうもの】の中に組み込まれて発達しました。みすぼらしい身なりと、元は立派な身分であることから自然と出る上品で柔【やわ】らかなしぐさとの落差がやつしの面白いところで、演じる俳優には軽妙【けいみょう】さとおかし味が必要とされます。代表的な役として、『廓文章【くるわぶんしょう】』の藤屋伊左衛門【ふじやいざえもん】などが挙げられます」
と載っている。まさに,「やつし」の意味転換の象徴である。
参考文献;
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1290
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)上へ
「ずたぼろ」は,辞書(『広辞苑』)には載らない。
ズタボロ,
とも表記する。『実用日本語表現辞典』
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%9A%E3%81%9F%E3%81%BC%E3%82%8D
には,
「ずたずたのぼろぼろ、を略した表現。切れ切れに切り裂かれてどうしようもなく壊れた様子などを意味する表現。心象などについても用いられる。」
と意味が載る。「ずたずた」「ぼろぼろ」いずれも,擬態語に属する。『広辞苑』は,「ずたずた」に,
寸寸,
を当て,
「細かく乱雑に切り裂かれたさま。寸断。切れ切れ」
とある。
ずたずた斬り,
という言い回しがあるくらいで,擬態としては,
「紙や布などが細かく切れ切れに,乱雑にする様子」
となる。ただ,『大言海』や『デジタル大辞泉』には,
「『つだつだ』の音変化。『ずだずだ』とも」
とある。『古語辞典』には「ずたずた」は載らず,
つたつた,
あるいは,
づだづだ,
で載る。中世末の『日葡辞典』には,
「ヅダヅダニキル」
と載るらしい。「ずたずた」も,
ずだずだ,
とも言う。このほうが,細かく切り刻まれた状態にふさわしい気がしないでもない。『擬音語・擬態語辞典』には,
「『ずだずだ』は,『ずたずた』の切り方よりさらに細かくかつ激しく切り刻む感じ」
とある。「ずたずた」の語源は,
「ズタ(破れ 擬態語)の繰り返し」
で,細かくきれぎれにすること,である。「ぼろぼろ」は,『広辞苑』には,
細かい破片や粒状のものが大量にこぼれ落ちるさま,
ものが風化してもろくなったり使い古されて破れたりしているさま,
比喩的に,隠れていた事柄が次々に現れるさま,
と載る。ものによっては,
水分や粘りけがなく,ばらばらになっているさま,
という意味も加わる擬態語である。『大言海』は,
襤褸襤褸,
と当てて,
「襤褸綿(ぼろわた)より移るか」
と,注記し,
物の散々なること,ほろろげたること,古衣の破れて,はららぎたること,又そのもの」
と,「襤褸」の含意にこだわっている。「ほろろぐ」は,
塊りを崩しわける,ばらばらにする(『『広辞苑』』)
という意味だが,『古語辞典』には,「ほろろげ」で,
「ホロロはホロホロの約。ホロビ(亡)と同根」
とあり,
「かたまっている物を,ばらばらにほぐし崩す」
とある。こうみると,「ぼろぼろ」は,「ほろほろ」と重なってくる。「ほろほろ」は,『広辞苑』には,
木の葉などが散るさま,
人が散り散りになるさま,
着物などがもろく裂け,破れるさま,
涙のこぼれ落ちるさま,
物を食う音。ぼりぼり,
雉や山鳥の鳴声,
等々の意味が載る。「ぼろぼろ」が「ぼりぼり」にも,「ぽろぽろ」にもつながるが,『大言海』は,
「物の散(はららき)き乱るる状に云ふ語,ハラハラ,バラバラ」
と載せて,バラバラ,はらはら,ともつながる。「はららく」は,
散く,
と当て,
バラバラになる,ぼろぼろと崩れ散る,
と,『広辞苑』には載るが,『大言海』は,
ほろほす,ほろほろになる,はらはらす,ばらばらになる,
と意味を載せ,「亡ぼす」との類縁を思わせる。
参考文献;
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「いぶし銀」は,
燻し銀,
と当てる。
「燻し」を掛けて表面を灰色に変化させた銀,またはその色,
を指す。そのメタファで,
渋くて味わいのあるもののたとえ,
として使われる。「燻し」とは,
いぶすこと,特に硫黄などをいぶして金属器具などに煤色をつけること,
を指す。「いぶす」とは,
物を燃やして煙をたてる,
ことを指すが,語源は,
「『イ(接頭語)+フス』です。フス(ふすべる・ふすぼる・くすべる・くすぼる)に,接頭語イが付き,連濁で,イブスになった語です。燃えあがらせないで,煙を多く出すことをいいます。」
とある。『古語辞典』には,「いぶす」は載らず,
燻(くす)(下二段活用),
燻(ふす)べ(下二段活用),
が載る。子音の交替(カ形音ku−ハ行音fu)で,
くすべる→ふすべる
くすぼる→ふすぼる
という音韻変化があるらしい。『大言海』には,「燻(いぶ)す」について,
「火鬱(いぶ)るの他動,とぼる,とぼす」
と載る。「いぶる」をみると,
「火鬱」
と当て,
「燌(いぼ)ると通ず」
とある。「いぼる」は,
燌
灸
傷
の字を当て,
「灸にて焼きたる痕」
とある。確かに,燃やすというよりは,燻す感じに近くはあるが,この説からいくと,「イ」を接頭語として切り離さなくてもいい,ということになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B8
によれば,
「灸の起源は約三千年前の古代中国の北方地方において発明された。多くの地方に皮膚を焼くことを治療行為とする伝記は残っている。日本において鍼、灸、湯液などの伝統中国医学概念は遣隋使や遣唐使などによってもたらされた。灸は律令制度や仏教と共に日本に伝来したが、江戸時代に「弘法大師が持ち帰った灸法」として新たな流行となり、現在も各地に弘法の灸と呼ばれて伝わっている。」
というくらいだから,「いぼる→いぶる→いぶす」の変化の方が説得力がある気がする。
話を「いぶし銀」に戻すと,
いぶしをかけた銀,
という意味になる。語源も,
「硫黄の煙で燻して表面を濃い灰色にした銀」
である。しかし,そうやって作為的にこしらえた「いぶし銀」が,
「品格があって中味の充実が滲み出ているさま」
というのは,如何なものか。それを,
「いぶし銀のような」
と,形容するときの,
「見た目の華やかさはないが実力や魅力があるもの」
としたのは,何か媒介がなくては,板を燻らせて風格を出す,まがいものとどこが違うのか。
『由来・語源辞典』
http://yain.jp/i/%E3%81%84%E3%81%B6%E3%81%97%E9%8A%80
には,
「本来は、硫黄でいぶして、表面を灰色にくすませた銀のこと。地味で華やかさはないが、長年の経験につちかわれた渋みのある芸などを評価するときに用いられるようになった。」
というのも,俄には信じがたい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q128150697
に,こうある。
「銀は
使い込んで年季が入ると、くすんだ色に変色し、まるで薫蒸されてぼやけたような風合いになります。これが『いぶし銀』です。この使い込まれた風合いや年季の入った伝統の雰囲気、渋い輝きが良いのです。銀の良さです。」
とある。これなら,
年季の入ったベテランの味わい,
という意味が納得がいく。辞書の説明では,安上がりに燻した「いぶし銀」の含意しかない。たとえば,
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%84%E3%81%B6%E3%81%97%E9%8A%80
にある,
「燻(いぶ)しを掛けた銀。くすんで渋みのある銀色のこと。銀製品は手入れをしないと黒ずんでくるが、常に手入れをしていると上記のような色になることから。」
という。説明で,さらに納得がいく。
手を込めて,常時手入れを怠らない,
という含意があってはじめて,
「一見すると華やかさに欠けて見えるが、実際はとても実力や味わい(魅力)がある人の比喩表現。実力がありながら淡々と着実に物事をこなす人、他人へのサポートが上手い人などにつけられることが多い。『ベテラン』『渋い』『縁の下の力持ち』などと称されることもある。」
の意味が生きる。なお,銀については,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80
に詳しい。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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よく使われる,
オッカムの剃刀,
について,ちょっと調べ直してみた。『広辞苑』には,
「ある事象を説明するとき,その事象が必然的に要求する以上に多くの原理を立ててはならないという原理。これにより,オッカムは,無用な形而上学的思考を排除しようとした。」
とある。
「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」
とする指針とされ,もともとスコラ哲学にあり,それをオッカムが多用したことで有名になった「剃刀」という言葉は、説明に不要な存在を切り落とすことを比喩しており,
思考節約の原理,
思考節約の法則,
思考経済の法則,
科学的単純性の原則,
ケチの原理,
等々とも呼ばれ,英語だと
Occam's razor
と表記されるらしい。因みに,オッカムは,中世イギリスのスコラ哲学者,
だが,『日本大百科全書(ニッポニカ)』に,
「William of Ockham(1280/1285―1349)
イギリスのスコラ哲学者。オッカムのウィリアムともよばれる。イングランドのオッカムに生まれる。若くしてフランシスコ会の修道僧となり、オックスフォードに学び、やがて神学を講じたが、異端の嫌疑をかけられ、修道会の貧困の教説と教皇権の問題も加わって、破門されつつも教皇ヨハネス22世およびベネディクトゥス12世Benedictus
(在位1334〜1342)に抵抗した。彼の哲学と神学には論理学的観点が貫かれており、『論理学大全』Summa Logicaeに代表されるその立場は唯名論と目される。彼は、ことばを文字、音声、概念に区別したうえで、普遍は概念としてのことばであるとする。音声および文字が取り決めによって成立した記号であるのに対し、概念は理解の働きとして事物の自然的な記号である。「人間」はあくまでも個物の記号であるが、かならずしも個物を代表する(指す)とは限らず、「人間は名詞である」においては音声を、「人間は種である」においては概念を代表する。実在は個物のみであり、個物を認識する直覚知notitia
intuitivaこそが明証的知識の基礎となる。この考えは、多くの神学的命題を信じられるべきものとし、これと経験的知識との分離を促し、近世の自然科学的思想の先駆となった。「オッカムの剃刀(かみそり)」とは、彼が議論にしばしば用いた「必要なしに多くのものを定立してはならない」という規則のことである。」
と詳しい。オッカムの剃刀は,もともと,
Entities should not be multiplied beyond necessity.
で,
「必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。」
と訳されているのも,オッカムの剃刀に反する。
不必要な仮説を立てるな,
ということだろうか。たとえば,矮小化した言い方になるが,過去の日本の行動を,
侵略だったのか,
と問われて,侵略の定義ははっきりしていないだの,事実関係がどうだの等々と,そのために援用する理窟を繰りだすのを,
冗語法(Redundancy),
というらしい。
「ある概念を説明するのに、必要以上の言葉を使うこと」
である。その例を,
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80
冗語と剃刀を当てた後を対比していて,明快である。使い方はいたって簡単である。
余計な言葉を探す,
オッカムの剃刀を当てる,
であるらしい。ただし,
http://kagaku-jiten.com/ockham.html
にあるように,
「オッカムの剃刀を説明するための一つの例として、『2つの競合する理論がある場合、よりシンプルなものの方が正しい可能性が高い』というものがある。ここで重要なのは『正しい可能性が高い』というだけであって、どちらの理論が正しいかを確認する判定則ではないと言うことである。」
で,分子の存否を巡る,
ルートヴィッヒ・ボルツマンとエルンスト・マッハの論争,
で,マッハが,
「誰も見たことも触れたこともないものなんて説明に不要。そういう不確かな物を抜きにして科学は説明されるべきだ。」
として,
「運動の説明に得体のしれない概念である『力』はいらない。排除するべきだ」
「分子は直接検出できない。ならばそれは思弁的モデルだから要らない」
と,ボルツマンらを執拗に攻撃したのに対し,それを証明した後,アインシュタインが,
「理論はできるだけ単純にしろ。ただし、それにも限度はある。」
と言ったとされる。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80
http://kagaku-jiten.com/ockham.html
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%89%83%E5%88%80
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閉口というのは,語源的には,
「中国語で『閉口』(口を閉じる)」
で,口を閉ざすという意味以外にはない。しかし,
「近世以降,困る,意で用いています。」
とある。『江戸語大辞典』をみると,
「一言もない。あやまった。参った。降参。屈服。」
と意味が載り,
ただ一言もない→参った→降参→屈服,
と,ただ口を閉ざした意味が,遂には,屈服まで意味が変化している様子が,見える。『広辞苑』には,
口を閉ざして,物を言わないこと(「大儀なれば万座閉口の処」(『太平記』))
言い負かされたり圧倒されたりしい,返答に詰まること屈服すること(「とかく論ずるに及ばないで閉口して畏まったが」(『天草本伊曾保物語』))
相手の出方やその時の状況などのために,手の打ちようもなく困らせること。どうしようもなく参ること(「一ヵ月の断水には閉口した」)
と,ただ「口を閉ざす」と言う状態表現にすぎない言葉に,価値が加えられ,言い負かされて言葉に詰まっている,屈服している,という価値表現にかわっていく様子が見て取れる。『古語辞典』にも,
口を閉ざして物を言わないこと,
返答に詰まること,屈服すること,
と,意味が載るが,用例から見ると,中世末辺りから,価値表現に転じたように見える。今日では,ほぼ,
口を閉ざしている,
という意味では使わず,その意味の,
参った,
か
困った,
意味でしか使わない。『大言海』には,口を閉ざすの意では,『史記』張儀伝の,
「願陳子閉口,無復言」
を載せ,負けて屈服する意で,『浮世床』
「コリャ,アヤマッタ,閉口,閉口」
を載せて,わかりやすい。
口を閉じて何も言わないこと,
の本来の意味から,口を閉ざしていることに意味を加えて,
口を閉じてものを言わないこと→言い負かされたり圧倒されたりして言葉に詰まる→手に負えなくて困る→屈服,
と意味がマイナスへとシフトしていく。たぶん,最初は,閉じた本人視点であったものが,その相手視点へと移っている,だから,相手側の思い入れ(価値)の加わったものへと変化している,と言えなくもない。
http://hyogen.info/word/8916119
に,「閉口」の使い方を,
あまりの味に閉口する(味がまずいの表現・描写・類語)
閉口する(悲しみの表現)
閉口する(気分が晴れない・落ち込むの表現)
閉口する(恐怖・不安の表現)
閉口する(嫌いの表現)
閉口する(表情・顔に表れた気持ちの表現)
と例示しているのを見ると,相手からの価値表現から,その価値表現を,主体へと押し戻し,自分の価値表現へと再度返している,と見ることができる。
閉口頓首(頓首閉口),
と言う熟語も,
全く困り果てること(さま)。お手上げ。
という意味だが,閉口の意味と視点の変化を前提にした言葉だと言える。
「閉」の字は,
「『門+才(栽の原字。断ち切って止める)』で,門を閉じて,出入りを断ちとめる意をあらわす。」
で,因みに,「とじる」意の漢字には,
「閉」は,門を閉ざす。開・啓・闢の反対,
「鎖」は,錠をおろすこと,「とざす」と訓む,
「闔」は,両開きの扉。転じて,その扉を閉ざす意。
「杜」は,塞。閉じ塞ぐ意。
「閟」は,閉に近く,大切にしめる義あり。廟を閟宮という。
「關」は,かんのきを入れること,
等々があり,ほぼ状態を表現しているにすぎない。
状態に,無用に思い入れを投影して,価値表現に換える癖が我々にはあるらしい。典型的には,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/422323173.html
で取り上げた「横」だろう。われわれは,縦=正,横=邪,という言語感覚があるらしく,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/439853010.html
で触れたように,
よこさま,
の意の,「よこしま」に「邪」の意を当てたりしている。そう言えば,正統とは,血統のことをいう感覚と通じているのだろうか。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
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「胡散くさい」は,
どことなく疑わしい,何となく怪しい,
といった意味であるが,「うさん」を引くと,
烏盞,
胡盞,
の字を当てる。『広辞苑』には,
(ウ(胡)は唐音)黒色の釉の建盞(けんさん)で,茶家の用いる天目茶碗の一種,
とある。「建盞」を引くと,
「宋の頃から中国福建省建窯で焼かれた天目型茶碗。窯変・油滴が著名。古くは天目と区別し,建盞を一般の天目より高くみなしていた」
とある。建盞天目は,たとえば,
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/71812/1
にあるような,
「建窯で造られていた天目茶碗には、口縁部が強く反るタイプのものと、あまり反らないタイプ(いわゆる天目形)の2種類があり。この碗は後者の一例。建窯の天目茶碗にかけられた黒い釉薬には、茶色や銀色の細かい縦筋が無数に見られるものが少なくない。日本では、これを稲の穂先の芒(禾)に見立てるため、この種の釉薬がかかった天目茶碗を禾目天目と呼んでいる。」
と説明される。天目茶碗は,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9B%AE%E8%8C%B6%E7%A2%97
によると,
「天目茶碗の代表的な物として、現在の福建省建陽市にある建窯で作られた建盞(けんさん)と呼ばれるものや、江西省吉安県にある吉州窯で作られた玳皮盞(たいひさん)/鼈盞(べつさん)が挙げられる。前者からは『曜変天目』(ようへんてんもく)・『油滴天目』(ゆてきてんもく)・『灰被天目』(はいかつぎてんもく)・『禾目天目』(のぎめてんもく)、後者からは『木葉天目』(このはてんもく)、『文字天目』(もじてんもく)、『鸞天目』(らんてんもく)が派生した」
と説明される。因みに,
「『曜変』…『天目』という言葉と同じく日本で作られた言葉で、中国の文献には出てこない。」
という。「曜変」とは,
「漆黒の器で内側には星の様にもみえる大小の斑文が散らばり、斑文の周囲は藍や青で、角度によって虹色に光彩が輝き、『器の中に宇宙が見える』とも評される。曜変天目茶碗は、現在の中国福建省建陽市にあった建窯で作られたとされる。」
さて,「胡散臭い」である。語源は,
「『ウ(胡,唐宋音)+サン(散,漢音)』で,どこなく怪しい意で,中世以後の言葉」
とあり,漢字の「胡」は,
「『肉+音符古』で,大きく表面を覆い隠す意を含む。古はたんに音をあらわし,原義(ふるい)には関係がない」
とあり,
ぼやけていてあいまいなさま,いいかげん,
といった含意で,どうやら当て字の気配がある。
『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/u/usankusai.html
には,
「胡散臭いは近世以降の言葉で、怪しいさまを意味する『胡散』に『らしい』を意味する接尾 語の『臭い』をつけて、形容詞化されたものである。
胡散の語源は、疑わしいを意味する 漢語「胡乱(うろん)」からとする説。
茶碗の一種で、黒の釉(うわぐすり)をかけた天目茶碗の『烏盞(うさん)』からとする説があり,この二説のいずれかと思われる。その他に,ポルトガル語で怪しいという意味の『Vsanna(ウサンナ)』からとする説もあるが,『胡散』の語がつかわれ始めた時代と合わない。香辛料の名前や薬の名前といった説もあるが,そのような名前の香辛料も薬も過去に実在しない。『胡』を「う」と読むのは唐音,『散』を『さん』と読むのは漢音のため,『胡散』は和製漢語と思われる。」
とある。どう考えても,「烏盞」から「胡散」が出てくる意味かがよくわからない。敢えて言うと,
「中国では曜変天目は不吉の前兆として忌み嫌われ、すぐに破棄されたために中国に現存せず、わずかに破壊の手を逃れたものが密かに日本に伝来した、とする説も唱えられた」
といことから(中国での陶片の出土状況から南宋時代の最上層の人々に曜変天目が使われていたらしいが),
乱り,
とか
怪しい,
という意味が牽強付会できなくもない。『大言海』は,「胡散」は,「胡乱」由来をとり,中国の俗語,とする。
「鎌倉時代に,禅僧の伝へたる語なるべし。胡散,胡盞,胡曹抄など云ふ音も,同じ」
として,
みだりなること,烏亂,
転じて,たしかならぬこと,怪しく疑わしきこと,
と意味を載せる。この方が,語源としては自然な気がしないでもない。
なお,「臭い」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440846962.html?1470599269
で触れたが,「くさ(臭)し」は,『古語辞典』に,
「クサリ(腐り)・クソ(糞)と同根」
とされ,『日本語の語源』には,
「クサし(臭し)はいやなにおいがするさまをいう。樟脳や樟脳油をつくる樟(くすのき)は臭いがするのでクサキ(臭き)木と呼んだ。サキ(s(ak)i)の縮約でクシ・クス(樟)となった。…クサキフン(臭き糞)の語幹のクサはクソ(屎)になった。」
とある。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%9C%E5%A4%9%E5%A4%A9%E7%9B%AE%E8%8C%B6%E7%A2%97
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9B%AE%E8%8C%B6%E7%A2%97
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/71812/1上へ
どんな二人称があるかについては,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E7%A7%B0%E4%BB%A3%E5%90%8D%E8%A9%9E
に詳しいが,乏しい意見では,
お前,
ぬし,
君,
なんじ,
等々のように,かつては,相手への尊称や敬称であったものが,相手を貶める言い方になっているものと,
われ(我),
てめえ(手前),
な(むぢ)(汝)
等々のように,かつては,自分のことを指していた呼称が,相手へ転化されたものと,
そち,
そなた,
そこもと,
あなた,
等々のように,方向を指していた言葉が転じたものと,
おたく(お宅),
のように,家や組織や分野など,その人の所属を二人称に代替したもの(今日の「オタク」の語源でもある),があるようである。
相手への尊称や敬称から二人称に転じた,「ぬし」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/434073304.html
で触れた。「お前」は,
御前,
あるいは,
大前,
で,神仏または貴人の前,という意味であった。なんじ(汝)は,
「ナ(汝)+ムチ(貴)」の音韻変化,
で,「なむぢ」とも訓む。「な」は,「己」と当てて,
自分の呼称,
であったが,二人称に転じて,「汝」と当てる。「君」は,
上代の姓の一つ,
自分の使える君主,
を指したが,二人称に転じた。貴様は,近世前期までは目上に対して使っていたが,近世後期以降,同等以下となり,最近は,貶めるニュアンスがある。
自称から二人称に転じたものとしては,「我」は,
「ワ(自分自身)+れ(指示的接尾語)」
で,自分自身を指す。中世以降,二人称に転じ,だんだん相手を卑しめる使い方になる。
われ,
とか
わりゃあ,
というのも転化したもの,と思われる。。「手前」は,
「手+前」
で,自分の手の前,転じて,自分を指す。
手前ども,
という言い方を,まだする。自分をへりくだった言い方だが,二人称に転ずると,目下を指し,
てめぇ,
と訛ると,相手を貶める意味になる。「おのれ」も,
「オノ(己)+レ(接尾語)
で,「レ」は,「ワレ(我)」や「カレ(彼)」の「レ」と同じである。この場合も,
自分自身,
を指すが,二人称に転ずると,
おのれ,
おんどれ,
おんどりゃあ,
等々と貶め度が高まる。「うぬ(汝)」も,「おのれ」の転化したもの。うぬぼれ(己惚れ)と同じ,「おのれ」「うぬ」と「o→u」転換である。
方向指示から二人称に転じたものとしては,「そち」は,
それとさせる方向,そちら,
の意であり,
「そこもと」は,
「そこ」よりも場所をしっかり特定するする,
意だし,
「そなた」は,
其の方の約で,
いずれも,方角から,目下の者を指す二人称に転じた。「あなた(彼方)」は,
此方(こなた)の対で,遠称,
で,「かなた(彼方)」から「k」が脱落したもの。本来,自分との距離を意識しているので,
「第三者を敬って指す語」
であったが,江戸時代以降,二人称に使うようになった。『大言海』に,「此方(こなた)」の項で,
「コノカタの,ノ,カ,約(つづま)りて,ナとなる」
とあり,「そのかた,そなた」「かのかた,かなた」「あのかた,あなた」「どのかた,どなた」が皆同じ,とある。相手を貶めるのは,発話者の近い距離の「そこ」だからのようだ。しかし,「あなた」も,
あんた,
と転化すると,少し意味が変わる。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E7%A7%B0%E4%BB%A3%E5%90%8D%E8%A9%9E
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「いま」は,
今,
と当てるが,語源は,
「イ(発語)+マ(間)」
とされる。これについて,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/440936447.html?1470858440
で触れた熊倉千之氏は,
『イ』は口を横に引いて発音し,舌の位置がほかの四つの母音よりも相対的に前にくるので,一番鋭く響きますし,時間的にも口の緊張が長く続かない,自然に短い音なので,『イマ』という『瞬間』を表現できるのです。」
と言い,「イマ」の「マ」については,
「『イマ』の『マ』は,実は/i/という一瞬の時間的な間隔なのです。『マをとる』とか『マをおく』とか,何もないように見える時間・空間が,演劇でも絵画でも日本文化では大切な意味をもっています。/a/は一般的に『開かれた』時間や空間の表現に使われます。『開かれている』時間・空間『マ』は,何もないように見えますが,そこに何かが生まれる可能性を孕んでいます。/m/音が何かを『生む/umu/』特性をもつからです。…/m/音は,唇を閉じて発音するので,内にこもった語感があり,何かが『内包』された事態に使われます。」
と述べている。「イ」という間が,「いま」らしいのである。確か,何かの本で,例のヒルの漫画の,老婆と娘の,切替わりの数秒を「いま」と言っていた記憶があるが,一瞬のことなのだろう。
「今」の字は,
「『ふたで囲んで押さえたことから示すかたち+一印(とりおさえたものを示す)』で,囲みとじて押さえる意味をあらわす。のがさず捕らえ押さえている時間,目前にと押さえた事態などの意を含む。また,含(周囲をふさぎ口の中に含む)や吟(口をふさいで声だけ出す)などに含まれる。」
とあり,「いま」のイメージが随分違う。
今を中心に,過去が,「きのう」,未来が「あした」になる。
あしたは,
朝,
明日,
と当てるが,『広辞苑』に,
「古代には,昼間を中心にした時の表現と夜間を中心にした時の表現法があり,『あした』は夜間を基準にした『ゆうべ』『よい』『よなか』『あかとき』『あした』の最終部分」
とある。朝,昼,夜については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442052834.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442024908.html
で触れたが,『古語辞典』によると,上代には昼を中心にした言い方と,夜を中心とした時間の言い方とがあり,
昼を中心にした時間の区分,アサ→ヒル→ユフ,
夜を中心にした時間の区分,ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ(アカトキ)→アシタ,
と,呼び方が分けられている。前者がヒル,後者がヨル,ということになる。アサとアシタは同じ「朝」である。つまり,
「今夜が明けて,迎える日」
が,明日であり,朝である,ということになる。昼の時間区分の「アサ」とおなじなのだが,
「ただ『夜が明けて』という気持ちが常についている点でアサとは違う。」
と『古語辞典』にはあり,
「夜が中心であるから,夜中に何か事があっての明けの朝という意に多く使う。従ってアクルアシタ(翌朝)ということが多く,そこから中世以後に,アシタは明日の意味へと変化しはじめた。」
という。『大言海』には,
「アは,明くの語幹。明時(アケシトキ)の意」
とある。明日の,
明ける日,
とは,その含意である。
「今日」は,
「『今(ケ)+日(ヒ)』です。ヒが転じてフ,ケフとなり,現代語でキョウとなります。」
とあり,『大言海』は,『倭訓栞』の,
「此日(コヒ)の義也」
を引く。「きのう」は,語源は,
「『サキノヒ』の音韻変化です。サが略され,キノヒ,音韻変化でキノフ,キノウとなった」
とする説が有力だが,他に,
「『来し(過ぎた日)+日』転じて,キノヒ,キノフ,キノウとなった」
という説もある,とする。『大言海』は,
「昨日(きす)の日の略」
とある。「きす」を見ると,
「昨日(きのふ)の古語」
とある。「きそ」にリンクしていて,「きそ」を見ると,
昨日(きのふ)の古語,
とあり,「去年(こぞ)」を見よとある。「きそ」は,『古語辞典』には載らないが,
「きぞ(昨夜)」
はあり,さらに,「こぞ」を引くと,「昨夜」「去年」と二つの意味がある。で,『大言海』の「こぞ(去年)」にはこうある。
「去年,又は昨夜をコゾと云ひ,昨日を,キソ,又はキゾと云ふは,来(コ)し年,来(キ)し日,来(コ)し夜(来(こ)し方,来(き)し方)を下略して,連体形を名詞に用ゐるならむ。シ,ス,ソ相通ず…。然して,コゾ,キソ,キス,共に,ひろく過去を称する語なるが,去年にも,昨夜にも,用ゐられしなるべし。漢語に,前日を,疇昔と云ふが如し。」
と。疇昔(ちゅうせき)の「疇」は,「さきの」という意味で,
昨日,
にも,
先日,
にも,
昔,
にも使う。「昨」の字は,
「『日+音符乍(サ)』。乍(切れ目を入れる)は音符で,意味に関係ない」
とあり,「夜を隔てた前日」を指す。
参考文献;
熊倉千之『日本語の深層: 〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』(筑摩選書)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
種村季弘・高柳篤『だまし絵』(河出文庫)
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和語の「あか」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
で触れた。ここでは,漢字の「赤」である。
「赤」には,色の意味の他に,
赤貧,
赤子,
赤手,
赤心,
等々といった,
むなしく尽きてなにもない,
とか,
まごころ,
とか,
はだか,むきだし,ほんたい,
といった意味がある(『字源』)。「赤」の字は,
「『大+火』で,大いに燃える火の色」
を意味する。この字自体には,
「あか,火の燃えるあかい色」
の意味しかない。「漢字起源説 漢字の起源と由来を探る甲骨文字の旅」
http://kanji-roots.blogspot.jp/2012/09/blog-post_21.html
によると,
「甲骨文字の『赤』の字は、火の上にある大の字から出来ている。まるで人を焼きつけている火の上においたようである。はるか昔、生贄の人を火あぶりにして雨ごいをした習俗があった。『赤』の字は将にこの種の習俗の形を反映したものである。小篆の『赤』の字は隷書への変化の過程で、今の楷書の赤の字になった。上半分は人の形で、少しずつ変化して土の字になった。」
とある。「大」の字は,象形文字で,
「人間が手足を広げて,大の字に立った姿を描いたもので,おおきく,たっぷりとゆとりがある意」
とあるので,確かに,「人」ではある。
「赤」には,色の意の他に,
まじりけがない(「赤心」「赤誠」「赤子」)
はだかの,なにもない,むきだしの(「赤手」「赤裸々」「赤地千里(見渡す限りの荒れ地)」)
血を流す,血が噴き出すようにひどい(「赤舌(ひどい悪口)」「赤族(一族すべてを殺す)」)
という意味がある。「赤色」のメタファで,血につながるのはわかるが,前者二つの謂れがわからない。上記の「漢字起源説」には,
「『赤』はもともと一種の祭祀の名称であった。示しているのは火で人を焚きつけて雨がほしいことを感じさせる。火の炎が起こってくると、まず人の服装を焼ける。この為赤は空と裸の意味がある。『赤地千里』(干ばつや虫害で土地が莫大な広さで枯渇する)、赤貧(貧乏のひどいこと)、『赤手空拳』(自分以外頼るものが何もないこと)、『赤足』(はだし)、『赤膊上阵』(鎧兜を脱いで突き進むこと)、『赤条条』(素っ裸であること)等」
との説明があるが,「祭祀」由来はわかるが,いまひとつ説得力がない。しかし,漢字の「赤」の意味の流れで,そのまま使われている言葉もあるが,
赤の他人,
真っ赤な嘘,
赤っ恥,
等々は,和語「あかい」,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/429360431.html
で触れたように,
明,
つまりかつては,色名がなく,
「古代日本では,固有の色名としては,アカ,クロ,シロ,アオがあるのみで,それは,明・暗・顕・漠を原義とするという。」
という意味で,
赤し
は
明かし,
と同源になる。つまり,
明るい,
という意味とともに,
心が清い,偽りがない,
という意味に通じる。『大言海』には,
「明しの語根,明白なの意なるべし」
として,
「全くなにも無きこと,何のかかわりあいもなきこと」
とあり,「赤」の字の意味と重ならなくもない。で,
赤の他人は,「赤(明瞭・真実・純粋)+の+他人」,
赤恥は,「赤(明瞭・真実)+恥」,
赤裸は,「赤(明らか・真実)+裸」,
真っ赤な噓は,「真っ赤(明白な)+噓」,
等々,この辺りは,「赤」の字を当ててはいるが「赤」よりは,「あか(明)」の意味の外延にあるように見える。しかし,似た意味でも,
「赤裸(あかはだか)」の,「赤」
は,和語の「明」なのに,
「赤裸々(せきらら)」の「赤」
は,中国語の「赤」の「むきだし」の意味である。「裸々」は「裸」の強調だから,「赤裸」でも同じ意味だが,どちらかというと,「裸」の意味よりは,それをメタファに,転化した意味の,「包み隠しがない」の意味で使うことが多い。こうなると,日本語で,「赤」と当ててしまうと,本来の由来が紛らわしくなっているのである。
参考文献;
簡野道明『字源』(角川書店)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)上へ
「まぶしい」は,
眩しい,
と当てる。
光が強く輝いてまともに見ることができない,
という意味と,それをメタファに,
眩いまでに美しい,
という意味とがある。『語源辞典』には,
「『目+細い』です。マボソシがマボシイを経てマブシイと変化した」
として,
「目+伏す+しい」
は,俗解と斥けている。
http://yuraika.com/mabushii/
も,同じ説をとり,
「古くは『まばゆし』が用いられた。これは『目映ゆし』で,強い光に眼がちらちらすることであった。『まばゆい』は現在でも使われるが,やや文語化している。」
とし,『由来・語源辞典』も,
http://yain.jp/i/%E3%81%BE%E3%81%B6%E3%81%97%E3%81%84
「『まぶしい』の語源は『まぼそい(目細い)』で、光が強いために目を細めるの意。『まぼそい』から『まぼしい』となり、さらに『まぶしい』と変化した。」
と同説をとる。確かに,「まばゆい」は,
眩い,
目映い,
と当て,語源は,
「マ(目)+映ゆ+イ(形容詞化)」です。強い光が目を刺激してまぶしい。」
とある。しかし,「まぶしい」と「まばゆい」は,少し語感が違う気がする。単に,
まぶしい,
のと,
まばゆい,
のとでは,主体の感覚にかなり違いがあるように思うが,「まばゆい」が文語的な感覚からくる錯覚なのかもしれない。『日本語の語源』によると,
「『照り輝いてまばゆい』ことをハユシ(映ゆし)といったが,メハユシ(眼映ゆし)はマハユシ・マバユシ(眩し)になり,バユ(b[aj]u)(はゆ(h[aj]u))が縮約されてマフシ・マブシ(眩し)になった。…標準語としては原形のマバユイ(目映い。眩しい)であるが,縮約形は京都でマブイ,江戸(物類称呼)でマボシイ,中国(物類称呼)でマボソイという。なお香川県地方では『ユ』を落としてマバイという。」
とある。どうやら,「まばゆい」には,
はゆし(映ゆし),
が,語感に残っているせいなのかもしれない。「映ゆ」つまり,「映える」は,
「ハ(晴)+ユ(見ゆ)の約」
で,晴れ晴れしく見える,
の意とする。「夕日に映える」という使い方からすると,
「光を映して美しく輝く」
という,反映とか反照の方に意味の力点がある。その意味では,「映ゆし」の意味に,
面はゆい,
という意味が載っている(『古語辞典』)のは意味がある。「眩しい」の意味に,
眩いまでに美しい,
とあるのは,実は逆で,「映(はゆ)し」にもともとあった含意の名残りが,「目映い」にあるのかもしれない。
因みに,「眩」の字は,
「玄は『−(平面)+幺(ほそい糸)』の会意文字で,細い糸の先が,かすかに平面の上にのぞいて,見定められないこと。眩は『目+音符玄』で,めがくらくらして,見定められないこと。」
で,目がくらくらとして見えない意から,「くらむ」「くらませる」という意味と,「相手の目をまどわせて,見定められないようにする」という意から,「たぶからす」という意味とがある。
「映」の字は,
「日+音符央」
で,「うつる」「光の照らすところと,暗いかげのけじめがはっきりする」「色や輪郭が浮き彫りになる」「日光によって,明暗の境目や形が生じること」という意味と,「照り映える」反射する」という意味がある。
まぶしい,
には,目に眩んでいる感覚だが,
まばゆい,
には,それに照らし出されて見えてくるという含意が込められているような気がする。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「無手」は,
むて,
と訓むが,『古語辞典』には,
「ムデとも」とある。意味は,『広辞苑』によると,
何も持っていないこと,からて,素手,,徒手,むなで,
方法や思慮がなくて物事をすること,みさかいのないこと,強引なこと,
何の技量・技芸もないこと,とりえのないこと(『日葡辞典』に「ムテナヒト」と載る),
無駄なこと,得るところないこと,
拳(けん)でにぎりこぶしを出して零(ゼロ)を示すこと,
と,かなり幅広い意味で使われている。『古語辞典』をみると,はじめに,
芸能・武芸・遊戯などに全く無能なこと,
とあるので,あるいは,そこに限定した意味が,拡大されたのかもしれない。だから「無手に」と言うときは,
何もできない,
意味であり,それを広げると,
いたずらに,
になり,
無理に,
となる。
「無手」の同意語にある,「むなで」は,
空手,
徒手,
と当て字して,
むなしで,
に同じとある。『古事記』の,
この山の神は,むなでに直(ただ)にとりてむ,
と言う用例を載せているところから見て,かなり古い。「むなしで」を見ると,
空し手,
と当て,
からて,
すで,
むなで,
の意味が載る。『日本語の語源』には,「むなし」に関連して,こう述べている。
「@『中になにも無い。からっぽである』という意味のミナシ(実無し)はムナシ(空し)に転音した。〈庫にムナシキ月なし〉(記・序)。A転義して『事実無根である。あとがない』さまをいう。〈ムナシキ名をも空に立つかな〉(宇津保)。また,『無益である。無駄だ。かいがない』という意味を派生した。〈ムナシクて帰らむが,ねたかるべき〉(源氏・末摘花)。Cさらに『無常である。はかない』という意味が生まれた。〈世の中はムナシキものと知る時し,いよよますますかなしかりけり〉(万葉)。Dその転義として『命がない。死んだ』ことをいう。〈この人をムナシクしなしてむこと〉(源氏・夕顔)。
上の二音ムナ(空・虚)を接頭語として名詞に冠らせた。人の乗っていない空車をムナグルマ(空車)といい,武器を持たないことをムナデ(空手)というのは@の語義を伝えている。」
「ムナデ」が古い言い方だったのかもしれない。だから,
空手,
も
無手,
も,
当て字。純粋和語である。
無手勝流,
の「無手」は,この「無手」で,
「剣豪塚原卜伝が琵琶湖の矢橋(やばせ)の渡しの船中で乱暴な武士に真剣勝負を挑まれた際,相手をだまして小洲に上がらせ,自分はそのまま竿で船を突き離し,『戦わずして勝つのが無手勝流だ』と言って血気の勇を戒めた」
という故事に由来し,「卜伝流」の異称でもあり,
戦わずに相手に勝つこと。武器を用いず相手に勝つこと。また,その方法。
師伝によらず自分勝手に定めた流儀,自己流,
という意味に拡大されている。この「無手」は,
武器をもたない,使わない,
という意味になる。
無手の同義語には,
素手,
徒手,
赤手,
空拳,
空手(くうしゅ),
とあるが,素手以外は,中国由来,とみられる。「素手」は,
「素(なにもつけていない)+手」
で,
手に何も持たないこと,特に武器を持たないこと,からて,空手(くうしゅ),
所持するものがないこと,てぶら。
出かけて何の成果・土産もなく帰ること,
という意味になる。今日は,「手袋などをしないで」といういみの「素手」という意味もある。
赤手,
徒手,
は,
徒手空拳,
赤手空拳,
という言い方をする。「素手」や「無手」ではそういう言い方をしない。「空拳」は,
拳こぶしだけで武器を持たないこと,
で,同じ意味なので,「徒手」「赤手」を強調する意味がある。
赤手空拳は,
手には何の武器も持たないで立ち向かうこと。また、助けを何も借りずに、独力で物事を行うこと,
で,
徒手空拳は,
手に何も持たないこと。事業などを始めるのに資本などが全く無いこと,
となる。ほぼ同じ意味だが,漢字の「赤」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442701318.html
で触れたように,「赤手」「赤裸々」「赤地千里(見渡す限りの荒れ地)」といったような言い方で,
はだかの,なにもない,むきだしの,
という含意があり,身一つ,というニュアンスがあるのかもしれない。「徒」の字は,
「止(あし)+彳(いく)+音符土」
で,
「陸地を一歩一歩と歩むことで,ポーズをおいて一つ一つ進む意を含む」
とある。徒歩,徒渉の「徒」であり,徒博(素手で打ちかかる)の「徒」で,「赤手」と,微妙な差がある。
参考文献;
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
簡野道明『字源』(角川書店)
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「はらいせ」は,『広辞苑』では当てていないが
腹いせ,
腹癒せ,
と, 当てているものがある(「腹居せ」と当てるとするものもある)。
「『腹を居させる』から生じた語か」
と,『広辞苑』は注記する。『デジタル大辞泉』も,
「『腹を居させる』の意か。その際の歴史的仮名遣いは『はらゐせ』」
と,注記している。『江戸語大辞典』も,
「腹の立ったことを居せしむる意」
としている。意味は,
「怒りや怨みを他の方に向けて紛らせ,気を晴らすこと」
で,「はらいせに缶をけとばす」といった使い方をする。手元の『語源辞典』には,
「腹(腹立ち・うらみ)+いせ(癒す)」
つまり,「腹立ちを癒す」が語源としている。『大言海』も,
「腹癒(ハライヤセ)の略か」
としている。『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ha/haraise.html
は,
「腹いせの語源には、『腹を居させる』の意味とする説がある。
『居させる』というのは、立てた腹を『座らせる(しずめる)』という意味だが、『さ』が脱落する理由が不明、『居せる』 という動詞の使用例がないなど、疑問点も多い。
気持ちを落ち着かせるという意味で あれば、『いせ』は『なぐさめる』『いたわりねぎらう』を意味する『慰する』で,『腹を慰する』を語源とする説がよい。」
と,「居させる」説ではなく,「慰する」説を取る。
しかし,『古語辞典』には,「はらいせ」も「はらゐせ」も載らず,
はらゐ(腹居),
が載る。そこに,こうある。
「腹立ちの対」
と。で,
腹がおさまる,
怒りが静まる,
という意味が載る。対という「腹立ち」を見ると,
「ハラは胸の中・心・気持ちの意。タチは活発に運動を始める意」
として,「立腹する」という意味になる。ついでに,「たち」を見ると,
「自然界の現象や静止している事物の,上方・前方に向かう動きがはっきりと目に見える意。転じて物が確実に位置を占めて存在する意」
とあり(『古語辞典』),その中に,
@自然界の現象が上方に向かって動きを示し,確実にくっきりと目に見える,例えば霧などが立ち上る。
A事物の現象の度合いが高まり,周囲にはっきりと目立つ,例えば,沸く,腹立ち,
と,用例の区別があるようだ。
「はらゐ(腹居)」
は,上一段活用なので,「ゐ(居)」は,
語幹(居(ゐ)) 未然形(ゐ)→連用形(ゐ)→終止形(ゐる)→連体形(ゐる)→已然形(ゐれ)→命令形(ゐよ)
で,「はらいせ」にはつながらない。しかし,
はらゐ+し(為),
と考えると,
語幹(為)未然形(せ)→連用形(し)→終止形(す)→連体形(する)→已然形(すれ)→命令形(せよ)
となり(ゐ→いが前提だが),
hraisi→haraise
の,イ(i)→エ(e)変換と考えられなくもない。たとえば,
ウツシミ(現し身)→ウツセミ(空蝉)→ウツソミ(現身),
と母音交替(i e o)をする例がある。「癒し」の変化よりはよさそうに思うが,いかがであろうか。そもそも『古語辞典』をみると,
ゐ(居),
は,
「『立ち』の対。すわる意。」
とあり,意味の中に,
「(腹がゐるという形で)激した感情が落ち着く」
とある。つまり,「はらいせ」とは「腹立ちを落ち着かせる」という意味の「腹ゐ」を「ゐせしむ」が考えられる語源なのではないか。だから,
ただ鎮まる,
のではなく,何かの『大言海』は,
(代替行為で)鎮める,
という意味になるのではないか。
因みに,「はら(腹)」は,語源は,
「ハル(張る)の変化」を語源とする説,
「ハラ(原)」が語源とする説,
があるが,『語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/ha/hara_karada.html
では。上記二説の他に,
「朝鮮語で『腹』の意味の『peri』」」
語源説も伝えている。『大言海』は,
「廣(ヒロ)に通ず,原(ハラ),平(ヒラ)など,意同じと云ふ」
とある。廣(ヒロ),原(ハラ),平(ヒラ)と並べると,むしろ,朝鮮語「peri」との地続きを想像してしまう。当然「原」の語源も,
「ハラ(ハリ,開・墾・治・拓の音韻変化)」説,
「ヒロ(広),ヒラ(平)」語源説,
がある。『大言海』は,
「廣(ヒロ),平(ヒラ)と通ず。あるいは開くの意か」
としている。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「ひより」を,
日和,
と書くのは,当て字らしい。『大辞林 第三版』には,「日和」を,
にわ,
と訓ませ,
「万葉集の『にはよくあらし』を日の和(な)いだことと解して当てた字」
とある。意味は,
海上の天気,または海上の天気の良いこと,
空模様,天候,特に良い天候,晴天,ある事をするのにふさわしい天候,
事のなりゆき,くもゆき,
日和下駄の略,
と載る(『広辞苑』)『古語辞典』には,
「日和の字は,万葉集256『飼飯の海の庭よく荒し』,同2609『武庫の海の爾波よくあらし』のニハを,後世,日の和らいだことと解して当てた『日和(ニハ)』という字面が,同義のヒヨリの語に当てられて新しく成立したもの」
とある。「には」を見ると,「庭」の,
魚場,
の意から転じて,
「風がなく海面の静かなさま」
という意味になる。だから,「ひより」の意味の,
海上の天気,または海上の天気の良いこと,
という意義には意味があるのである。
因みに,「日和下駄」とは,
晴天の日に履く歯の低い下駄,
のことらしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%A7%84#.E4.B8.8B.E9.A7.84.E3.81.AE.E7.A8.AE.E9.A1.9E
には,
「足駄(雨天用)に対する意味でこの名がある。時期によって定義はいろいろとあるが、男物の場合は角形で台は桐(糸柾目が高級品)、長さ七寸二〜三分(女物は五分ほど短い)。歯は二寸二分程度がふつうで(大差という)、これを三寸三〜四分にすると(京差という)、足駄(高足駄)というようになる。」
とある。下駄については,
https://www.getaya.org/co/column3.html
に譲るが,日和下駄は,
「駒下駄よりも背が高く薄い朴歯の下駄です。日和=晴れの日、ですが、『日和を選ばず(雨の日でも)履ける』という意味での『日和』ではないかと思います。『日和下駄』というと、通常女物の事を指す慣習があります。」
とあり,女物を指すものらしい。
では,「日和(には)」,はなく元々の「ひより」の語源はというと,
「日+寄り」
で,良い天気のこと,とある。『大言海』も,
「日寄の義にて,日の方の意と云ふ」
とある。これに対して,
「雲+寄り」
が,
曇り,
だとある(『語源辞典』)。ただ,『日本語の語源』には,
「黒雲の中に(雨)コモル(籠る)は(天)クモル(曇る)に転音・転義をとげた。その名詞形のクモリ(曇り)は語尾を落としてクモ(雲)になった。」
とある。『大言海』は,「くも(雲)」について,
「隠(くも)るの義なりと云ふ。かくむ,かこむ。くくもる,くこもる。曇ると云ふも,雲を活用せしめたるごなり,沖縄にて,クム,朝鮮にてクラム」
としており,
隠(くも)る,
という言い方の方に軍配を挙げたくなる。因みに,
晴れ,
は,語源は,
「原・墾・晴と同根」
で,「空に障害物,雲,霧などがなく,ハレバレした様」の意。「腹」の字も,「はらいせ」
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442840201.html?1476560673
で触れたように,「原」と同根で,「ふさがっていた障害となるものがなくなって,ひろびろとした」という意味になる。
因みに,「雲」という字は,
「云(ウン)という字は,指事文字で,息や空気が曲折してたちあがるさまを示す。もと,口の中に息がとぐろを巻いてくちごもること。たちのぼる湯気が一印につかえて,もやもやとこもったさまを描いた象形文字。雲の原字。雲は,『雨+音符云』で,もやもやとたちこめた水蒸気。」
「曇」という字は,
「『日+雲』で,雲が深くて日を隠すことを示す。底深く重なって重苦しいこと。」
「晴」という字は,
「(セイ)という字は『生(清らかな芽生え)+音符丼(セイ 清らかな井戸水)』の会意兼形声文字で,澄みきった意を含む。晴は『日+音符』で,澄みきったひのこと。」
とある。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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「こてんこてん」は,
「肉体的または精神的な打撃が徹底的であるさま。完膚なきさま。」
という意味である(『広辞苑』)。
こてんこてんにやられた,
といった使い方をする。
「こてんぱん」というのも似た意味で,
「論争などで徹底的にやり込めるさま。」
という意味である(『広辞苑』)。
こてんぱんに批判される,
という使い方をする。似た言い方だと,
「けちょんけちょん」
というのがある。
「徹底的にけなされたりやりこめられたりして体をなさないさま。」
という意味である(『広辞苑』)。
けちょんけちょんに打ち負かされる,
という使い方をする。前に,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/442227869.html
で取り上げた,「ずたぼろ」も似た意味である。『広辞苑』には載らないが,
ズタボロ,
とも表記し,『実用日本語表現辞典』
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%9A%E3%81%9F%E3%81%BC%E3%82%8D
には,
「ずたずたのぼろぼろ、を略した表現。切れ切れに切り裂かれてどうしようもなく壊れた様子などを意味する表現。」
とある。同じく, 『辞書(広辞苑』)には,者を叩く音とか穴が開いている,という擬音語や擬態語としてのっいるが,
ボコられる,
ボッコボッコにされる,
というのは,
叩きのめされる,
という意味である。やはり,辞書(『広辞苑』)に載らないが,
フルボッコ,
フルボッコされる
というのも,『ニコニコ大百科』
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%B3
によると,
「『フルパワーでボッコボコ』の略である。すなわち、『一方的な展開で打ちのめすこと、あるいはされること』である。」
とある。そして,
「この言葉も日々使用シーンが多様化しており、必ずしも『フル』がフルパワーというニュアンスを含まない用法も散見される。もっとも多く見られるのは、単に『完膚なきまでに叩きのめす』という意味で用いられるケースだ。完膚とは傷のない肌のこと。つまり無傷のところが無いほど徹底的に痛めつける(または痛めつけられる)様子を表わしている。簡単に言うと、原作版でジャイアンにフルボッコにされるのび太を想像してみてほしい。この場合の『フル』は単に『全身くまなく』『余すところなく』というニュアンスであり、必ずしもジャイアンがフルパワーであるとは限らない。『フルにボッコボコ』という、ボコられ側の視点に立った用法と言える。
また、『周囲にフルボッコにされる』という使われ方の場合、『フルボッコ=袋叩き』のニュアンスが強く、この場合の『フル』はどちらかといえば『フルメンバー』という意味合いであろう。たとえば2ちゃんねるなどの掲示板において、うかつな発言をしてしまった人物がその場にいる全員から責められ、批判され、孤立無援で総ツッコミを受けている場面などは「フルボッコ」と表現して差し支えあるまい。」
と説く。現在進行形の言い回しのようだ。『日本語俗語辞典』
http://zokugo-dict.com/28hu/hurubokko.htm
も,2007年頃として,
「フルボッコのフルとはフルパワーの略で『力の限り』『全力で』といった意味になる。ボッコはひどく殴りつける様を表すボコボコの語感を強めたボッコボコの略である。つまり、フルボッコで力の限り殴りつける様=徹底的に殴りつける様を表す。実際のケンカの様子を現す際に使われる他、格闘技に関するブログ記事や格闘ゲームなどに見ることが出来る(=『フルボッコにしてやんよ』)。また、これとは別に、「(古くて)壊れそう」という意味の『ぼっこ(ぼっこいの略)』に『古い』をつけ、古くておんぼろ(ボロボロ)なものを指して使うこともある。」
と書く。「ぼこぼこ」の意味の強化とみていい。
こうみると,
けちょんけちょん,
こてんぱん,
こてんこてん,
ぼこぼこ,
いずれも,「相手を手ひどくやっつける」意味の,擬音語ないし擬態語とみられる。『擬音語・擬態語辞典』によると,
けちょんけちょん,
のみ,他とは違うニュアンスがあり,
「主に精神的ダメージを与える際に使われる。」
とある。「こてんぱん」は,
「完全に相手を打ちのめすまで,徹底的にやっつける」
意味だだが,
「こてんぱあ」
だと,「こてんぱんほど手厳しい感じはともなわない。」という。
「こてんこてん」
は,「徹底的にやっつけたり,やっつけられたりする」意だが,
次から次とやっつける,
というニュアンスがある。
「ぼこぼこ」
は,どうやら,
「表面の薄く空洞の物語などを,やや強く何度もたたく音」
で,そこからなぞらえて,
人を何度も殴ったり,徹底的に相手をやっつけたりする様子,
に転用された,とみることができる。これが,
ぽこぽこ,
と,半濁音になると,叩き方が軽くなる。思えば,和語は,抽象度の高い概念の言葉を創り出すのは,あまり上手ではないが,文脈依存だから,幾らでも,擬音語・擬態語を創り出せる。多く,流行語がその類なのは,不思議ではない。
参考文献;
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
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「臍曲り」というのは,
「性質がひねくれていて,素直でないこと,またそういう人」
と『広辞苑』には載り,
つむじまがり,
とも言う。
臍を曲げる,
という言い方だと,何か特定のことについて,
臍曲りになる,
という意味で,一時的に,
機嫌を損ねる,意固地(依怙地)になる,
という意味になる。つまりは固定していないで,進行形と言うわけだ。
つむじ(旋毛)を曲げる,
も,一時的につむじ曲がりになったという意味で,
区分を損ねて,意地わるく,反対して従わない,わざとひねくれる,
という意味になる。『語源辞典』をみると,「臍曲り(「へそまがり」と表記したほうがいいが)」は,
「櫓ををはめるヘソ(ほぞ)が曲がると,櫓の機嫌が悪くて,漕ぎにくい」
と言うところから来ているらしい。「臍で茶を沸かす」の項で,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/441330515.html
臍について触れたが,臍は,『語源辞典』には,
「ヘソは,『hoso heso』で,改まったとき,『hozo』です。」
とあるが,『大言海』は,
「俗に臍をヘソといふは,ホソの転ずる也」
という『倭訓栞』を引き,「ほぞ」をみると,
「清音にホソ。転じてヘソ。沖縄にてフス」
と載る。どうやら,平安時代末期までは「ホソ」と清音だったらしい。『日本語の語源』は,奥舌母音と前舌母音間の母音交替の例として,
オ(o)→エ(e)間の交替,
として,
ほそ→へそ
を挙げている。因みに,「臍」の,字は,
「齊(セイ・サイ)(=斉)の原字は,◇印がが三つ斉然と並んださま。のちに下に板または布の形を添えた。臍は『肉+齊』で,斉然として人体の中央にある部分」
とある。「臍」をなぞらえた櫓のヘソから,また臍そのものに還って使われている感じである。
「つむじまがり」の語源は,
「『ツムジ+曲がり』です。ツムジは,渦のことです。ツムジ風,カタツムリのツムリなども,同じ語源とされています。頭の渦(旋毛)の位置がずれているという意から,性質がねじけている意で使う。」
とある。まがったり,ずれたりすると,
普通ではない,
と見なされるのか。似た言い方で,
ひねくれ,
ひねくれる,
も,そんな含意だ。「ひねくる」は,
「ヒネ(捻る)+クル(繰る)」
で,さまざまに捻じっていじくりまわす,意となるが,そこから「ひねくれる」は,
よじれ曲がった,
という意になる。しかし,億説だが,「ひね」には,『古語辞典』には,
古・陳,
とあてて,
古臭い,
という意味の言葉があり,動詞の「ひね」で,
古臭くなる,
という意味になる。捻じれる,
捻くれ,
の他に,古くなる,
陳(ひね)くれ,
があり,『大言海』にも,老成と当てて,
ひねる,
が載り,「ひねこびてあり,ふるびてあり」という意味が載る。ついでに,
拈る,
と当てて,例の「ちょっとひねった」という意味の,
一風変わったコトをなす,
という意味もある。同音異義語の「ひねくれ」に古びた,風変わり,という意味の翳がついて回っている気がしないでもない。偏屈は,言い換えると,
一刻(一国),
と当てて,
頑固なこと,人のいうことを聞かず,腹立ち易いこと,
であり,
一国(刻)者,
という言い方をする。語源では,
短時間で事をなそうとする,気短で,頑固な者,
の意とされる。「一刻」には,
激しく急く,
意がある。それは,僕には悪い意味には取れない。とかく,変わり者は,邪魔扱されるが,へそ曲りで,一芸に長ずる者は多い気がする。
臍がらみの,
へそくり,
については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/426549080.html
で触れた。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
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